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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1305766
審判番号 不服2012-23160  
総通号数 191 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-11-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2012-11-22 
確定日 2015-09-16 
事件の表示 特願2008-524097「鬱血性心不全が原因である組織の劣化、損傷、または破損を処置または予防する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成19年2月1日国際公開、WO2007/014253、平成21年1月29日国内公表、特表2009-502938〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、2006(平成18年)年7月26日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2005年7月26日 米国)を国際出願日とする出願であって、以降の手続の経緯は以下のとおりのものである。

平成23年11月 4日付け 拒絶理由通知書
平成24年 5月 9日 意見書・手続補正書
平成24年 7月27日付け 拒絶査定
平成24年11月22日 審判請求書・手続補正書
平成25年12月13日付け 審尋
平成26年 3月12日 回答書
平成26年 8月27日付け 当審の拒絶理由通知書(最後)
平成27年 2月25日 意見書・手続補正書
平成27年 2月26日 手続補足書

第2 当審における拒絶の理由の概要
平成26年8月27日付け拒絶理由通知書(最後)に記載された当審における拒絶の理由の概要は、以下の通りである。

1 特許法第29条第2項
本件出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


・請求項:1?12、14?18
・引用文献:A(Nature, 2004年, Vol.432, pp.466-472)
・備考
ア 引用文献Aの記載事項
(a-1)「サイモシンβ4はインテグリンに結合したキナーゼを活性化し、心臓細胞の移動、生存および心臓の修復を促進する
(要約)心臓病は新生児および成人における死亡原因の主因である。幹細胞を用いた心臓修復を促進する努力は有望ではあるが、一般に前駆細胞の単離、導入が含まれる。今回、我々は、Gアクチン隔離ペプチドであるサイモシンβ4が胚性期の心臓における心筋細胞および内皮細胞の移動を促進し、出生後の心筋細胞においてもこの性質を保持していることを示す。胚性期および出生後の心筋細胞の生存は、培地においても、サイモシンβ4によって高められた。我々は、サイモシンβ4が、PINCHおよびインテグリン結合キナーゼ(ILK)とともに機能的な複合体を形成すること、その結果、生存キナーゼAkt(プロテインキナーゼBとしても知られている。)が活性化されることを見出した。マウスの冠状動脈を結紮した後に、サイモシンβ4で処置すると、心臓におけるILKおよびAktの活性がアップレギュレートし、早期の心筋細胞の生存が高まり、心臓機能が改善した。これらの知見によれば、サイモシンβ4は、心筋細胞の移動、生存および修復を促進すること、およびそれが制御している経路が急性の心筋障害の定着における新しい治療のターゲットになるかもしれないことを示唆している。」(466頁の表題および要約)

(a-2)「サイモシンβ4は、心筋梗塞後の細胞を保護する
インビトロでの心臓細胞へのサイモシンβ4の効果を理由として、我々は、心筋に障害が起きた後に、サイモシンβ4がインビボでの心臓修復を助けるかどうかを試験した。我々は、冠状動脈を結紮することで58匹の成熟マウスに心筋梗塞を創製し、その半数を結紮直後にサイモシンβ4を全身、心臓内、または全身+心臓内で投与し、残りの半分はPBSで処置した(図4)。2週間後まで生き延びた45匹のマウスすべてについて、心臓収縮の多重測定により、梗塞後2週間および4週間の時点でランダム-ブラインドの超音波試験により心臓の機能を調べた(図4a-d)。梗塞の4週間後に、対照マウスの左心室は、平均の短縮率が23.2±1.2%(n=22、信頼区間95%)であったのに対して、サイモシンβ4で処置されたマウスは平均の短縮率が37.2±1.8%(n=23、信頼区間95%、P<0.0001)(図4c,e)であった。2番目の心室機能のものさしとして、2次元の、心エコー測定を行ったところ、冠状動脈の結紮後、サイモシンβ4で処置したマウスにおける左心室からの血液駆出率の平均は57.7±3.2%(n=23、信頼区間95%、P<0.0001)であったのに対して、対照マウスにおいては、28.2±2.5%(n=22、信頼区間95%)であった(図4d,e)。偽手術された動物と比較して心臓機能が低下したまま(短縮率については約60%で、駆出率については約75%)ではあったが、この心臓の短縮率または駆出率がそれぞれ、60%よりも大きな、あるいは100%の改善を示したことは、サイモシンβ4に曝露したことによる有意の改善を示唆した。最後に、拡張末期径(EDDs)および収縮末期径(ESDs)は対照において有意に高かったが、このことはサイモシンβ4による処置によって梗塞後の心臓の拡張が低下したことを示しており、これは改善した機能と整合する(図4e)。顕著なことには、腹腔内注射により全身投与した場合と局所的に心臓にだけ投与した場合とで、改善の度合いは統計学的には相違がなく、このことはサイモシンβ4の有益な効果は、おそらくは、心臓外の源によるというよりもむしろ心臓細胞への直接的な効果によってもたらされることを示している。」(470頁左欄11行?同頁右欄17行)

(a-3)「3つのレベルでの切断面のトリクローム染色によると、傷跡のサイズは、サイモシンβ4で処置したマウスのすべてにおいて低下していたが、サイモシンβ4の全身投与と局所投与では相違がなかった(図5a-f)。これは上述の心エコー測定のデータと整合する。マウスのサブセットの左心室の6レベルの切断面を用いた傷跡の定量化により、サイモシンβ4で処置されたマウスにおいて傷跡容積の有意の低下が実証された(図5g、P<0.02)。我々は、冠状動脈の結紮後、3日目、6日目、11日目、または14日目での心筋細胞のPBS中またはサイモシンβ4で処置された心臓(データ示さず。)での有意の増殖または死滅は検知しなかった。しかしながら、結紮の24時間後、我々は、サイモシンβ4で処置された心筋細胞においてTUNELアッセイ(緑)による、筋肉アクチン抗体(赤)で二重ラベルしてマークされた(図5l,m)細胞死を見出した(図5h-k)。筋肉細胞であるTUNEL陽性の細胞もサイモシンβ4で処置された群ではまれであったが、対照心臓では多かった。この観察結果と整合するものとして、我々は、梗塞の3日後の左心室の短縮率は、心臓内でのサイモシンβ4処置では39.2±2.3%(n=4、信頼区間95%)、対照では28.8±2.3%(n=4、信頼区間95%)(P<0.02)であり、また、駆出率は、それぞれ、64.2±6.7%または44.7±8.4%(P<0.02)であった。このことは、サイモシンβ4による早期の保護を示している。最後に、我々は、c-kit、Sca-1またはAbcg2陽性の心筋細胞の数が、処置された心臓と処置されなかった心臓の間で何等かの相違を検知できなかった。また、サイモシンβ4で処置された動物における心筋細胞の細胞容積は成熟した筋細胞と同様なものであったが、このことはサイモシンβ4で誘発された改善は、公知の幹細胞が心臓の系統に補充されたことにより影響を受けたということはありそうもないことを示唆している。かくして、サイモシンβ4で処置されたマウスにおける、減少した傷跡体積および保存された機能はおそらくは、梗塞後の心筋の、心筋細胞の生存へのサイモシンβ4の効果を通しての早期の保護によるものであろう。」(470頁右欄18行?471頁左欄19行)

(a-4)「考察
ここで提示したエビデンスによれば、細胞移動および心臓の形態形成の間の生存に関与する蛋白であるサイモシンβ4が心筋梗塞後の心筋細胞の喪失を最小限にするために再配置されるかもしれないことが示唆される。PINCH、ILKおよびAktの公知の役割を考慮すると、我々のデータは、細胞の運動性、生存および心臓の修復に対するサイモシンβ4の影響における中心的な役割を有するこの複合体と整合する。冠状動脈を結紮後24時間以内の細胞死を防ぐというサイモシンβ4のこの能力が、おそらくは、マウスで観察される傷跡の容積の低下および心室機能の改善につながる。ILKのサイモシンβ4による活性化は多くの細胞効果を有すると思われるものの、Aktの活性化が、サイモシンβ4が細胞生存を促進する支配的な機構かもしれない。これは、心臓障害の後に投与されたマウスの骨髄由来幹細胞において過剰に発現された場合に、Aktの提案された心臓修復に対する効果と整合する。ただし、これは、おそらくは非細胞自立的におこるのかもしれない。サイモシンβ4は器官の表面障害を治癒させる能力を増大させ、血管新生を刺激することができる(16,17,32)一方で、我々の今回の仕事は、はじめて、固体の器官を治癒させるサイモシンβ4の能力を実証するものであり、それにより細胞の機能に影響を与える新規な機構を明らかにするものである。サイモシンβ4が直接、ILKの安定化あるいはILKの転写に、転写因子のアクチン依存性の制御を通して影響を及ぼすかどうか、およびどの細胞タイプがこれらまたは他の経路により影響されるか、はまだ決定されていない。
心臓を細胞死から保護する際のサイモシンβ4の早期(段階で)の効果は、"休眠”により低酸素障害を乗り越えて生き残ることのできる筋細胞を想起させる。休眠している心筋の基礎をなす機構は明らかでないものの、代謝およびエネルギーの使用における変化が細胞の生存を促進するように見える。さらなる研究によって、サイモシンβ4が、休眠している心筋と同様な方法で細胞の性質を変化させるかどうか,が判明するであろう。ひょっとするとその変化は内皮細胞の移動および新規な血管形成のための時間を与えるものかもしれない。今回の知見を考慮すると、サイモシンβ4、あるいはその機能を模倣する小さな分子の発見、は患者を心臓の障害から保護するために有用なものになるかもしれないから、さらなる臨床的な検討が是認される。」(471頁左欄33行?471頁右欄3行)

(a-5)「動物および外科的操作
58匹のオスの16週齢のC57BL6Jマウス(25-30g)を、以前記載したように、左の前方下行冠状動脈を結紮することにより心筋梗塞を誘発した。すべての動物のプロトコールは、テキサスサウスウエスタン・・・委員会によってレビューされ認証されたもので、NIHにより刊行された動物使用を規制する規則に合致していた結紮されたマウスのうち、29匹がサイモシンβ4の処置を結紮直後にうけた。残りの29匹はPBS注射を受けた。処置は、心臓内で10μlのコラーゲン中の400ngのサイモシンβ4、あるいは10μlのコラーゲンを用いてなされた。また腹腔内で、300μlのPBS中の150μgのサイモシンβ4、あるいは300μlのPBSを用いてなされた。さらに、心臓内および腹腔内の注射の組み合わせでなされた。腹腔内の注射は3日ごとに、マウスが死ぬまで行われた。用量は、生体中のサイモシンβ4の分布についての先行研究に基づいた。心臓を取り出し、重量を測定し、組織学的切断のために固定した。さらなるマウスを同様な方法で結紮の0.5、1、3、6および11日後に扱った」。(471頁右欄下から23?10行)

イ 本願の請求項1に係る発明(本願発明1)について
本願発明1は、「心不全患者における心臓組織の劣化、損傷もしくは破損を阻害または軽減するために、前記患者に直ちにおよび/または長期的に投与する医薬を製造するための、アミノ酸配列LKKTETもしくはその保存的変異体、または、LKKTNTもしくはその保存的変異体を含む組成物の使用」を包含するものである。
ここで、請求項3には「前記組成物がサイモシンβ4(Tβ4)である」こと、請求項11には「前記組成物が組み換え体ペプチドまたは合成ペプチドである」ことが記載されており、さらに出願当初の特許請求の範囲の請求項1の記載からみて、本願発明1における「アミノ酸配列LKKTETもしくはその保存的変異体、または、LKKTNTもしくはその保存的変異体」とは、「アミノ酸配列LKKTETもしくはその保存的変異体、または、LKKTNTもしくはその保存的変異体が含まれているペプチド試薬」を意味するものと解釈される。・・・
また、引用文献Aの(a-1)?(a-5)の記載からみて、引用文献Aには、マウスの冠状動脈を結紮することで誘発された心筋細胞の障害を阻害または軽減する「サイモシンβ4、あるいはその機能を模倣する小さな分子」(a-4)を含む組成物が記載されており、この「冠状動脈を結紮することで誘発される心筋細胞の障害」を有するマウスは、心筋梗塞を引き起こすことによる心不全モデル動物である(このことは、本願明細書の実施例1における「マウスの心筋梗塞(MI)心不全モデル」との記載と整合しており、当該技術分野の周知の事項でもある(必要であれば、特開2002-291373号公報等参照))。
さらに、サイモシンβ4が「アミノ酸配列LKKTET」を有するペプチド試薬であることは周知の事項であり、アミノ酸配列「LKKTNT」を有するペプチドがサイモシンβファミリーの一員であるサイモシンβ15であることも周知の事項であり、それらの保存的変異体もまた周知の事項である(必要であれば、WO00/06190(原審で引用した引用文献3)およびWO2004/091550(原審で引用した引用文献4)を参照。)。
したがって、引用文献Aに記載された発明が心筋細胞の障害による心臓病から患者を保護するための医薬の開発を目的とするものであること((a-1)および(a-4)の記載など)を考慮すれば、「心不全患者における心臓組織の劣化、損傷もしくは破損を阻害または軽減するために、前記患者に直ちにおよび/または長期的に投与する医薬を製造するための、アミノ酸配列LKKTETもしくはその保存的変異体、または、LKKTNTもしくはその保存的変異体を含む組成物の使用」を想到することは当業者であれば容易になし得たことである。
・・・(中略)・・・
そして、本願発明1の奏する効果は、具体的資料に基づいて主張されておらず、引用文献Aとの比較において格別顕著なものとは認められない。
・・・(中略)・・・
したがって、本願発明1は、引用文献Aに記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
・・・(以下省略)・・・

2 特許法第36条第6項第1号および第4項第1号
本件出願は、明細書及び図面の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号及び第4項第1号に規定する要件を満たしていない。


・請求項:1?18
・備考
実施例1の段落【0052】に記載の「血流力学的改善」はそれぞれどのようなプロトコールを採用したものであるのか、そして具体的にどのようなデータが得られたのかが本願明細書中に記載されていない。
(単に「心筋の破損/損傷後」にサイモシンβ4で処置する、というだけでは不十分であり、どの程度破損/損傷したものがどの時点で、どの程度改善したのか等を記載する必要がある。)
実施例1の段落【0053】に記載の左心室拡張期圧が有意に低下したこと、段落【0054】に記載の左心室収縮末期容積の減少、段落【0055】に記載の左心室拡張期圧の減少、段落【0056】に記載の経時的な左心室圧の上昇の変化率(dP/dt)の改善、段落【0057】に記載の左心室の弛緩における変化率の改善、段落【0058】に記載の肺気腫の軽減、段落【0059】に記載の左心室の筋肉の肥厚の軽減についても、それぞれどのようなプロトコールを採用したものであるのか、そして具体的にどのようなデータが得られたのかが記載されていない。
したがって、当業者が請求項1?18に係る発明を実施することができる程度に本願明細書が記載されておらず、また請求項1?18に係る発明の効果を裏付ける記載が本願明細書中に存在しない。

第3 平成27年2月25日付けの手続補正についての補正却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
平成27年2月25日付けの手続補正を却下する。

[理由]
1 補正後の請求項1に記載された発明
本件補正は、補正前の特許請求の範囲の請求項1の
「【請求項1】
心不全患者における心臓組織の劣化、損傷もしくは破損を処置、阻害または軽減する、または、心不全患者において悪影響を受けた組織を回復させるために、前記患者に直ちにおよび/または長期的に投与する医薬を製造するための、アミノ酸配列LKKTETもしくはその保存的変異体、または、LKKTNTもしくはその保存的変異体を含む組成物の使用。」
を、
「【請求項1】
心不全患者における心臓組織の劣化、損傷もしくは破損を処置、阻害または軽減する、または、心不全患者において悪影響を受けた組織を回復させるために、前記患者に直ちにおよび/または長期的に投与する医薬を製造するための、アミノ酸配列LKKTETもしくはその保存的変異体、または、LKKTNTもしくはその保存的変異体を含む組成物の使用であって、
前記組成物は、心臓の左心室収縮期圧(LVSP)の低下、心臓の左心室拡張末期圧(LVEDP)の低下、心臓の左心室収縮末期容積の減少、心臓の左心室末期拡張期容積の減少、心臓の経時的な左心室圧の上昇の変化率(速度)(dP/dt)の増大、心臓の経時的な左心室圧の低下の変化率(速度)(pdP/dt)の増大、心筋の破損/損傷後の肺水腫の軽減、あるいは、心臓の左心室の筋肉肥厚の軽減の少なくとも1つのために投与される組成物である、使用。」
(下線は補正箇所を示す。)とする補正を含むものである。
そして、補正後の請求項2?16は、請求項1または請求項1を引用する請求項を引用するものである。

してみると、上記補正は、補正前の請求項1に記載された発明を特定するために必要な事項を補正前の請求項13に記載された事項を用いて限定するものであって、その補正の前後において発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であると認められるから、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、「改正前の特許法」という。)第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項1に記載された発明(以下、「本願補正発明」という。)が独立して特許を受けることができるものであるか(改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するか)について、以下に検討する。

2 特許法第36条第6項第1号(サポート要件)について
(1)本願補正発明の課題について
本願明細書には、
「【発明が解決しようとする課題】
【0012】
鬱血性心不全が原因である組織の劣化、損傷、または破損を処置、予防、阻害、または軽減するための処置方法が、当該分野で依然として必要とされている。」
と記載されており、
上記「第2の1」に記載した進歩性欠如の拒絶の理由を回避するために、「心不全患者における心臓組織の劣化、損傷もしくは破損を処置、阻害または軽減する、または、心不全患者において悪影響を受けた組織を回復させる・・・組成物」について、「前記組成物は、心臓の左心室収縮期圧(LVSP)の低下、心臓の左心室拡張末期圧(LVEDP)の低下、心臓の左心室収縮末期容積の減少、心臓の左心室末期拡張期容積の減少、心臓の経時的な左心室圧の上昇の変化率(速度)(dP/dt)の増大、心臓の経時的な左心室圧の低下の変化率(速度)(pdP/dt)の増大、心筋の破損/損傷後の肺水腫の軽減、あるいは、心臓の左心室の筋肉肥厚の軽減の少なくとも1つのために投与される組成物である」という限定が本件補正で行われたことを考慮すると、
(1)「心臓の左心室収縮期圧(LVSP)の低下」、
(2)「心臓の左心室拡張末期圧(LVEDP)の低下」、
(3)「心臓の左心室収縮末期容積の減少」、
(4)「心臓の左心室末期拡張期容積の減少」、
(5)「心臓の経時的な左心室圧の上昇の変化率(速度)(dP/dt)の増大」、
(6)「心臓の経時的な左心室圧の低下の変化率(速度)(pdP/dt)の増大」、
(7)「心筋の破損/損傷後の肺水腫の軽減」および
(8)「心臓の左心室の筋肉肥厚の軽減」
という本願明細書に記載された課題をより具体化したものの全てを解決することが、本願補正発明の課題であると認められる。

(2)引用文献Aに記載された発明との対比における本願の技術的貢献
ア 引用文献Aに記載された発明
上記「第2の1」に記載したように、引用文献Aの要約(a-1)には、「マウスの冠状動脈を結紮した後に、サイモシンβ4で処置すると、・・・早期の心筋細胞の生存が高まり、心臓機能が改善した。これらの知見によれば、サイモシンβ4は、心筋細胞の移動、生存および修復を促進すること、およびそれが制御している経路が急性の心筋障害の定着における新しい治療のターゲットになるかもしれないことを示唆している。」と記載されている。ここで、「冠状動脈を結紮した」マウスが心筋梗塞を引き起こすことによる「心不全モデル動物」であることは、本願明細書の実施例1における「マウスの心筋梗塞(MI)心不全モデル」に係る記載と整合しており、また当該技術分野の周知の事項でもある(必要であれば、特開2002-291373号公報等参照)。
引用文献Aには、「冠状動脈を結紮することで58匹の成熟マウスに心筋梗塞を創製し、その半数を結紮直後にサイモシンβ4を全身、心臓内、または全身+心臓内で投与し、残りの半分はPBSで処置した(図4)。2週間後まで生き延びた45匹のマウスすべてについて、心臓収縮の多重測定により、梗塞後2週間および4週間の時点でランダム-ブラインドの超音波試験により心臓の機能を調べた」(a-2)こと、具体的な方法としては、「29匹がサイモシンβ4の処置を結紮直後にうけた。残りの29匹はPBS注射を受けた。・・・腹腔内で、300μlのPBS中の150μgのサイモシンβ4、あるいは300μlのPBSを用いてなされた。・・・腹腔内の注射は3日ごとに、マウスが死ぬまで行われた」(a-5)ところ、「この心臓の短縮率または駆出率がそれぞれ、60%よりも大きな、あるいは100%の改善を示したことは、サイモシンβ4に曝露したことによる有意の改善を示唆した。最後に、拡張末期径(EDDs)および収縮末期径(ESDs)は対照において有意に高かったが、このことはサイモシンβ4による処置によって梗塞後の心臓の拡張が低下したことを示しており、これは改善した機能と整合する(図4e)」(a-2)との結果が得られており、「このことは、サイモシンβ4による早期の保護を示している」(a-3)および「我々の今回の仕事は、はじめて、固体の器官を治癒させるサイモシンβ4の能力を実証するもの」(a-4)とその結果を評価している。

イ 引用文献Aに記載された発明と本願の対比
ここで、引用文献Aにおいて、サイモシンβ4の全身投与(腹腔内注射)は、「150μgのサイモシンβ4」を「結紮直後」およびその後「3日ごとに、マウスが死ぬまで行われた」ことから、本願明細書の実施例1の「マウスには、サイモシンβ4・・・(150μg/マウス)を心筋梗塞の直後、および、その後は、4週間にわたり、3日おきにi.p.注射によって投与した。」(【0049】)と記載されており、引用文献Aと本願明細書の実施例1とは同様の実験手順を用いている。
してみると、引用文献Aと実施例1に対応する本願補正発明とは、同様の実験手順を用いて、サイモシンβ4投与の作用効果として、引用文献Aが「心臓の短縮率または駆出率・・・の改善を示したこと」および「拡張末期径(EDDs)および収縮末期径(ESDs)は・・・低下したこと」を具体的に確認したのに対して、実施例1に対応する本願補正発明は、(1)「心臓の左心室収縮期圧(LVSP)の低下」、(2)「心臓の左心室拡張末期圧(LVEDP)の低下」、(3)「心臓の左心室収縮末期容積の減少」、(4)「心臓の左心室末期拡張期容積の減少」、(5)「心臓の経時的な左心室圧の上昇の変化率(速度)(dP/dt)の増大」、(6)「心臓の経時的な左心室圧の低下の変化率(速度)(pdP/dt)の増大」、(7)「心筋の破損/損傷後の肺水腫の軽減」および(8)「心臓の左心室の筋肉肥厚の軽減」したことが特定されている点でのみ相違する。

ウ 小括
本願優先日前に頒布された引用文献Aに記載された発明(技術水準)に基づいて、本願補正発明において技術的貢献が認められる部分を検討すると、本願補正発明は、引用文献Aに記載された公知の実験手順を用いて、従来公知であった「心臓の短縮率または駆出率・・・の改善を示したこと」および「拡張末期径(EDDs)および収縮末期径(ESDs)は・・・低下したこと」に加えて、(1)「心臓の左心室収縮期圧(LVSP)の低下」、(2)「心臓の左心室拡張末期圧(LVEDP)の低下」、(3)「心臓の左心室収縮末期容積の減少」、(4)「心臓の左心室末期拡張期容積の減少」、(5)「心臓の経時的な左心室圧の上昇の変化率(速度)(dP/dt)の増大」、(6)「心臓の経時的な左心室圧の低下の変化率(速度)(pdP/dt)の増大」、(7)「心筋の破損/損傷後の肺水腫の軽減」および(8)「心臓の左心室の筋肉肥厚の軽減」という8つの作用効果を特定した点のみに技術水準に対する技術的貢献が認められる。
したがって、技術水準との対比における本願の技術的貢献を考慮しても、本願補正発明の記載に基づいて上記(1)で認定した本願補正発明の課題は、限定的であるとは言えず妥当であると認められる。

(3)本願補正発明に係る本願明細書の開示
本願明細書の発明の詳細な説明の実施例1には、
「【0052】
血流力学的改善:
心室内圧の低下:
TB4での処置は、心筋の破損/損傷後に左心室収縮期圧(LVSP)を改善する(すなわち、低下させる)傾向を示した。高い左心室収縮期圧および/または左心室収縮期圧の上昇には、その根底に、特定のタイプの鬱血性心不全の原因がある。
【0053】
TB4での処置によっては、左心室拡張末期圧(LVEDP)が有意に低下した。高い左心室拡張末期圧および/または左心室拡張末期圧の上昇は、特定のタイプの鬱血性心不全が原因である。
【0054】
心室容積の減少
TB4での処置によっては、CHF患者において増大している、左心室収縮末期容積が有意に低下した。収縮末期容積は、収縮機能に関係している心臓の排出の適性の測定であるので、収縮期心不全のCHF患者に関係している。
【0055】
TB4での処置によっては、左心室拡張末期容積が有意に減少した。罹患している心臓においては、心室の容積および心臓拡張の容積が高レベルにまで増大すると、心不全の場合にそうであるように、心拍出量が下がる。左心室拡張末期容積の増大は、拡張期心不全のCHF患者に付随する。
【0056】
TB4での処置によっては、心室収縮力の代替的測定値である経時的な左心室圧の上昇の変化率(速度)(dP/dt)は有意に改善された。排出に利用できる一定時間だけが存在するので、心室内圧上昇速度の低下(すなわち、より長い収縮時間)によっては、1回の動作で拍出される血液の減少が生じる。これは、収縮期心不全のCHF患者において明らかである。
【0057】
TB4での処置は、左心室の弛緩における変化率(速度)に影響を与える(改善する)傾向を示した。dP/dtがよりネガティブであればあるほど、心臓はより速く弛緩することができる。拡張期心不全のCHF患者は、弛緩し、血液で満たされる時に、あまり弾力のない心臓を有している。これにより、心室への血液の充填が遅れ、肺への逆流が生じる。
【0058】
臓器の重量
TB4での処置によっては、心筋の破損/損傷後の肺水腫が有意に軽減される。肺水腫は、左心不全の結果としてCHF患者において起こる重篤な結果である。
【0059】
TB4での処置によっては、心臓のポンプ作用にネガティブな影響を与える左心室の筋肉の肥厚が軽減された。
【0060】
この実験では、TB4で処置した動物のグループ、媒体で処置した動物のグループ、および未処置の動物(偽治療)のグループにおいて臓器の重量(心臓および肺)を評価した。これらのデータは、TB4が、ストレス/損傷が原因である心筋の肥厚および肺水腫(左心不全が原因である肺での体液の蓄積)の両方を軽減したことを示しており、TB4が鬱血性心不全(CHF)の患者の処置に有効であり得ることを強く示している。CHF(心不全とも呼ばれる)は、大抵は慢性的な長期間にわたる症状であるので、TB4による長期間におよぶ処置によって症状の悪化の進行を遅らせるかまたは停止させることができる。」
と記載されているものの、本願明細書の発明の詳細な説明中には、それ以上のことは何ら記載されていない。

(4)本願補正発明で特定された作用効果の推認の可能性
本願補正発明がサポート要件を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、本願補正発明が、発明の詳細な説明において発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるか否かを検討して判断すべきものである。
一般に、医薬についての用途発明においては、物質名、化学構造だけからその用途を予測することは困難であるから、出願時の技術常識及び出願当初の明細書に記載された作用効果の説明等からでは、含有成分がその医薬用途として機能することが推認できない場合には、明細書に有効量、投与方法、製剤化方法が記載されている場合であっても、それだけでは当業者は当該医薬が実際にその用途として使用できるか否かを知ることはできないので、明細書に具体的な薬理試験の結果である薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしてその用途を裏付ける必要がある。
しかしながら、上記(3)に記載したように、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願補正発明で特定された8つの作用効果を確認したことが一行記載されているのみであって、薬理データはおろか、その実験プロトコールさえ記載がない。そして、出願時の技術常識に基づく理論的な説明を行うことによって、所望の作用効果を示すものであることを当業者が客観的に理解できるように本願の発明の詳細な説明が記載されているとも認められない。
してみると、本願補正発明は、発明の詳細な説明において発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであって、発明の詳細な説明に記載したものとはいえず、特許法第36条第6項第1号に規定した要件(サポート要件)を満たしていない。

(5)請求人の主張について
請求人は、平成27年2月26日付け手続補足書に添付された参考資料1?10を提出して、平成27年2月25日付け意見書において、「当分野の技術常識に鑑みれば、出願当初の本願明細書の記載内容で、請求項1?18に係る効果については理解できるものと思量致します。」と主張しているが、参考資料1、2、4?10は出願後に公表された文献であるから、「出願時の技術常識」ではなく参酌することができない。
出願前に公表された唯一の文献である参考資料3について、請求人は、平成27年2月25日付け意見書において、「・・・参考文献3・・・には、Tβ4での治療が、左心室拡張末期圧(LVEDP)を顕著に減少したことが記載されています。」と主張しているが、参考資料3には、「左心室拡張末期圧(LVEDP)」はおろか、「pressure」(圧力)という用語すら記載がない。
なお、参考資料3には、引用文献Aと同様に、サイモシンβ4治療により「end diastolic dimensions (EDDs)」(末期拡張期径)と「end systolic dimensions (ESDs)」(末期収縮期径)の減少が観察されたことが記載されているが(470頁右欄)、この記載によって本願補正発明の作用効果である(3)「心臓の左心室収縮末期容積の減少」および(4)「心臓の左心室末期拡張期容積の減少」が裏付けられるのであれば、引用文献Aまたは参考資料3に基づき、(3)「心臓の左心室収縮末期容積の減少」および(4)「心臓の左心室末期拡張期容積の減少」に係る本願補正発明は、進歩性が否定されるべきである。

(6)小括
したがって、出願時の技術常識を参酌しても、本願補正発明の課題が解決できると認識できる程度に発明の詳細な説明が記載されているとは言えず、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

3 特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)について
上記2(3)および(4)に記載したように、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願補正発明で特定された8つの作用効果を確認したことが一行記載されているのみであって、薬理データはおろか、その実験プロトコールさえ記載がない。そして、出願時の技術常識に基づく理論的な説明を行うことによって、当該8つの作用効果の全てが奏されることを当業者が客観的に理解できるように本願の発明の詳細な説明が記載されているとも認められない。
したがって、発明の詳細な説明は、本願補正発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されておらず、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

4 まとめ
以上のことから、この出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、かつ発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件も満たしていないので、特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
したがって、本件補正は、改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。

第4 本願発明について
1 本願発明
平成27年2月25日付けの手続補正は、上記のとおり却下されることになったので、本願の請求項1?18に係る発明は、平成24年11月22日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?18に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ、そのうち請求項13および請求項13が引用する請求項1は、次のとおりである。

【請求項13】
前記組成物は、心臓の左心室収縮期圧(LVSP)の低下、心臓の左心室拡張末期圧(LVEDP)の低下、心臓の左心室収縮末期容積の減少、心臓の左心室末期拡張期容積の減少、心臓の経時的な左心室圧の上昇の変化率(速度)(dP/dt)の増大、心臓の経時的な左心室圧の低下の変化率(速度)(pdP/dt)の増大、心筋の破損/損傷後の肺水腫の軽減、あるいは、心臓の左心室の筋肉肥厚の軽減の少なくとも1つのために投与される組成物である、請求項1に記載の使用。

【請求項1】
心不全患者における心臓組織の劣化、損傷もしくは破損を処置、阻害または軽減する、または、心不全患者において悪影響を受けた組織を回復させるために、前記患者に直ちにおよび/または長期的に投与する医薬を製造するための、アミノ酸配列LKKTETもしくはその保存的変異体、または、LKKTNTもしくはその保存的変異体を含む組成物の使用。

2 サポート要件および実施可能要件について
請求項13に係る発明は、本願補正発明と同じ発明特定事項を含むものであるから、上記「第3の[理由]」に記載したとおり、この出願は、特許請求の範囲(請求項13)の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)を満たしておらず、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件(実施可能要件)を満たしていない。

3 請求項1に係る発明の進歩性について
念のため、当審の拒絶理由通知書で指摘した、請求項1に係る発明(以下、「本願発明1」という。)に対する特許法第29条第2項の拒絶の理由についても検討する。

(1)引用文献Aの記載事項
当審の拒絶の理由に引用された引用文献A(Nature, 2004年, Vol.432, pp.466-472)の記載事項は、前記「第2の1ア」に記載したとおりである。

(2)対比・判断
ア 引用文献Aに記載された発明
引用文献Aには、摘示(a-1)に記載されているように、「マウスの冠状動脈を結紮した後に、サイモシンβ4で処置することにより、早期の心筋細胞の生存が高まり、心臓機能が改善し、心筋細胞の移動、生存および修復を促進する」発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

イ 本願発明1と引用発明の対比
本願発明1と引用発明を対比する。
本願発明1は、「心不全患者における心臓組織の劣化、損傷もしくは破損を阻害または軽減するために、前記患者に直ちにおよび/または長期的に投与する医薬を製造するための、アミノ酸配列LKKTETもしくはその保存的変異体、または、LKKTNTもしくはその保存的変異体を含む組成物の使用」を包含するものである。
ここで、サイモシンβ4が「アミノ酸配列LKKTET」を有するペプチドであることは周知の事項であり(必要であれば、WO00/06190(原審で引用した引用文献3)およびWO2004/091550(原審で引用した引用文献4)を参照。)、請求項3には「前記組成物がサイモシンβ4(Tβ4)である」こと、請求項11には「前記組成物が組み換え体ペプチドまたは合成ペプチドである」ことが記載されており、さらに出願当初の特許請求の範囲の請求項1の記載からみて、本願発明1の「アミノ酸配列LKKTETもしくはその保存的変異体、または、LKKTNTもしくはその保存的変異体」という記載は、「アミノ酸配列LKKTETもしくはその保存的変異体、または、LKKTNTもしくはその保存的変異体が含まれているペプチド」を意味するものと解釈されるから、引用発明の「サイモシンβ4(Tβ4)」を包含するものである。

また、引用文献Aの(a-1)?(a-5)の記載からみて、引用文献Aには、マウスの冠状動脈を結紮することで誘発された心筋細胞の障害を阻害または軽減する「サイモシンβ4、あるいはその機能を模倣する小さな分子」(a-4)を含む組成物が記載されており、この「冠状動脈を結紮することで誘発される心筋細胞の障害」を有するマウスは、心筋梗塞を引き起こすことによる心不全モデル動物であると認められる。このことは、本願明細書の実施例1における「マウスの心筋梗塞(MI)心不全モデル」との記載と整合しており、当該技術分野の周知の事項でもある(必要であれば、特開2002-291373号公報等参照)。
そして、引用文献Aには、「心臓の短縮率または駆出率がそれぞれ・・・改善を示したことは、サイモシンβ4に曝露したことによる有意の改善を示唆した。最後に、拡張末期径(EDDs)および収縮末期径(ESDs)は・・・サイモシンβ4による処置によって梗塞後の心臓の拡張が低下したことを示しており、これは改善した機能と整合する」(a-2)と記載されており、サイモシンβ4の投与された「マウスの心筋梗塞(MI)心不全モデル」において心臓の機能が改善されたことが具体的に確認されている。

してみると、本願発明1と引用発明とは、以下の一致点および相違点を有する。
(一致点)
心臓組織の劣化、損傷もしくは破損を阻害または軽減するために、直ちにおよび/または長期的に投与する医薬を製造するための、アミノ酸配列LKKTETもしくはその保存的変異体、または、LKKTNTもしくはその保存的変異体を含む組成物の使用
(相違点)
本願発明1が「心不全患者」に適用されるのに対して、引用発明が「マウスの心筋梗塞(MI)心不全モデル」に適用される点

ウ 相違点に対する判断
引用文献Aの「サイモシンβ4は、心筋細胞の移動、生存および修復を促進すること、およびそれが制御している経路が急性の心筋障害の定着における新しい治療のターゲットになるかもしれないことを示唆している」(a-1)、「我々の今回の仕事は、はじめて、固体の器官を治癒させるサイモシンβ4の能力を実証するもの」(a-4)および「今回の知見を考慮すると、サイモシンβ4、あるいはその機能を模倣する小さな分子の発見、は患者を心臓の障害から保護するために有用なものになるかもしれないから、さらなる臨床的な検討が是認される」(a-4)という記載を考慮すれば、引用発明が心筋細胞の障害による心臓病から患者を保護するための医薬の開発を目的とするものであり「心不全患者」に適用することが課題の1つであることは当業者であれば容易に理解できることであるから、サイモシンβ4を「心不全患者」に適用することは当業者であれば容易になし得ることである。
このことは、本願明細書においても、「心不全患者」を対象とした臨床試験は行われておらず、上記「第3の2(2)イ」に記載したように、引用文献Aと同じ「マウスの心筋梗塞(MI)心不全モデル」を用いて「サイモシンβ4・・・(150μg/マウス)を心筋梗塞の直後、および、その後は、4週間にわたり、3日おきにi.p.注射によって投与した」実験しか行われていないにもかかわらず、「心不全患者における」と特許請求していることからも理解できる。

そして、本願発明1の作用効果は、いずれについても具体的な実験データに基づいて確認されておらず、引用文献Aとの比較において格別顕著なものとは認められない。
なお、本願明細書の実施例2の表1に記載された実験データは、骨格筋に関するものであり、心臓組織に係る本願発明1とは直接の関係がないものである。

エ 請求人の主張について
請求人は、平成26年3月12日付け回答書において、「引用文献1(=引用文献A)は、心不全の課題について何ら言及していません。引用文献1において、心筋梗塞は健康なマウスに導入され、そして、Tβ4はその直後に投与されました。本願発明者は、規定された本願発明に係る医薬が心不全患者における心臓組織の劣化、損傷もしくは破損を処置、阻害または軽減する、または、心不全患者において悪影響を受けた組織を回復させるために有用であるかを見出すために実験を行うという発明のステップを採りました。この課題、その技術的解決手段のいずれも、引用文献1には何ら開示も示唆もされていません。」と主張している。
しかしながら、引用文献Aには、58匹のマウスの冠状動脈を結紮して心筋梗塞を誘発し、その内の29匹にサイモシンβ4を直後から腹腔内の注射は3日ごとに行ったこと、残りの29匹にはPBS注射を行ったこと(a-5)、さらに2週間後まで生き延びたのは45匹のマウスであったこと、梗塞後2週間および4週間の時点で超音波試験により心臓の機能を調べたこと(a-2)が記載されているところからみて、サイモシンβ4で処置されなかったマウスは、すくなくとも初期の心不全状態にあったもの(死亡してしまったマウスも59匹のうち13匹(22%)もいる。)と認められ、対照マウスと比較してサイモシンβ4で処置されたマウスは、心臓の短縮率および駆出率において、より少ない障害を示したことが記載されているのであるから、サイモシンβ4は、結紮で誘発された心筋梗塞による心筋細胞の障害(これは上記期間からみて少なくとも初期の心不全といえる。)の発生を少なくとも部分的に抑えていることが示されているのであり、請求人の上記主張には理由がない。

オ 小括
以上のとおりであるから、本願発明1は、引用文献Aに記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

4 まとめ
したがって、この出願は、上記2に記載したように、特許法第36条第6項第1号および第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、上記3に記載したように、その請求項1に係る発明が特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないことから、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-04-15 
結審通知日 2015-04-21 
審決日 2015-05-07 
出願番号 特願2008-524097(P2008-524097)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (A61K)
P 1 8・ 536- WZ (A61K)
P 1 8・ 575- WZ (A61K)
P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小森 潔  
特許庁審判長 田村 明照
特許庁審判官 齋藤 恵
新留 素子
発明の名称 鬱血性心不全が原因である組織の劣化、損傷、または破損を処置または予防する方法  
代理人 仲村 義平  
代理人 森田 俊雄  
代理人 深見 久郎  
代理人 荒川 伸夫  
代理人 堀井 豊  
代理人 野田 久登  

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