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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1305776
審判番号 不服2013-24079  
総通号数 191 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-11-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-12-06 
確定日 2015-09-16 
事件の表示 特願2009-510055「局所コエンザイムQ10製剤、及び疼痛、疲労、並びに創傷の治療」拒絶査定不服審判事件〔平成19年11月15日国際公開、WO2007/131047、平成21年10月 8日国内公表、特表2009-536215〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,2007年5月2日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2006年5月2日 米国)を国際出願日とする出願であって,平成24年8月21日付けの拒絶理由通知に対して,平成25年2月28日に意見書,手続補正書が提出され,同日付けで手続補足書が提出され,同年8月1日付けで拒絶査定がなさたところ,同年12月6日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに,手続補正書が提出され,平成26年1月23日に手続補正書(方式)が提出され,同年1月24日付けで物件提出書が提出され,平成26年8月14日付けの審尋に対し,平成26年11月19日に回答書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1?40に係る発明は,平成25年12月6日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?40に記載された事項により特定されるとおりのものと認められるところ,その請求項3に記載された発明(以下,「本願発明」という。)は,次のとおりである。

「リポソームに封入された約0.001%?約60%(w/w)の間のコエンザイムQ10を含む,治療に有効な量の局所組成物及び薬学的に許容される担体を含む,創傷の再上皮化を促進するための治療薬であって,前記局所組成物は,必要とする患者の創傷領域に局所投与されることを特徴とする,治療薬。」

第3 引用刊行物とその記載事項

(1) 原査定の拒絶の理由に引用された本願の優先日前に頒布された刊行物1(原査定の引用文献5)に係る特開昭63-39813号公報には,以下の事項が記載されている。
なお,下線は当審が付したものである。

(刊1-1)
「2.特許請求の範囲
(1)ユビデカレノンを有効成分として含有する皮膚投与用の創傷治療剤」(1頁左欄3?5行)

(刊1-2)
「3.発明の詳細な説明
本発明はユビデカレノンを有効成分として含有する創傷治療剤に関する。すなわち,本発明はユビデカレノンの医薬用途発明であり,医療の分野において創傷の治療のために利用される発明である。
創傷は切創,挫創,刺創などに大別され,その治療は創傷部位の皮膚,粘膜上皮における欠損,離別を迅速な上皮新生によって修復することが肝要である。従って,迅速に皮下に良い肉芽組織がつくられ,その上に上皮新生が急速に進行するような治療剤が開発されるならばその臨床的意義は大きい。
本発明者は薬剤投与によって創傷を治療することを目的として種々の検討を試みた。その結果ユビデカレノンを創傷部位に直接塗布投与することによって著しい治癒成績が得られることを見出し,本発明を完成するに至った。」(1頁左欄6行?右欄7行)

(刊1-3)
「本発明において創傷は広義に解釈されるものであり,外傷によりひきおこされる皮膚損傷の全般を意味する。具体的にはナイフ,包丁,キリによる鋭的外力を受けて発生した切創,刺創をはじめ,鈍的外力を受けて組織が挫滅,断裂した割創,挫創あるいは切線方向の外力を受けて皮下組織や皮膚が剥脱した剥脱創,さらには銃弾による射創が含まれる。
次にユビデカレノンは,ユビキノンあるいは補酵素Q_(10)とも呼ばれ,従来より鬱血性心不全の治療剤として医薬用途に使用されてきたものを本発明において使用すればよい。」(2頁右上欄7?18行)

(刊1-4)
「本発明は本発明において前記のごとく定義される創傷が発症している部位に対してユビデカレノンを皮膚投与することを特徴とする。
従って皮膚投与にあたってはユビデカレノンをそのまま直接投与してもよいが,なるべくは皮膚塗布に適した製剤として投与することが望ましい。またユビデカレノンと共に他の薬剤,例えばチトクロームC,ウロキナーゼ等と併用して投与してもよく,本発明はこれら併用投与によって限定されない。
また本発明治療剤においてユビデカレノンの配合量は0.05-5.0%が推奨され,さらに好ましくは0.1?2.0%がよい。創傷部の大きさおよび進行度に応じて治療剤の適当量を塗布すればよい。」(2頁左下欄16行?右下欄9行)

(刊1-5)
「皮膚投与に適した製剤とするためには,ユビデカレノン以外の成分として適当な刺戟性の少ない製剤用原料を選択して配合すればよい。例えばグリセリン,スクワラン,セチルアルコール,卵黄リン脂質,グリセリル脂肪酸エステル等を選択し,常法により皮膚投与用製剤を製造すればよい。
以下に記載する実施例をもって本発明をさらに具体的に説明する。」(3頁右上欄1?8行)

(刊1-6)
「実施例1(親水性軟膏)
ステアリルアルコール 12.0 wt%
スクワラン 6.0
ミリスチン酸イソプロピル 4.0
ステアリン酸 2.0
ユビデカレノン 0.5
プロピレングリコール 6.0
エチルパラベン 0.1
ブチルパラベン 0.1
精製水を加え 全量 100.0
上記処方成分を常法により混合して均質なクリームとなし,本発明治療剤とした。」(3頁右上欄9行?左下欄2行)

(刊1-7)
「以下に記載する実験例および症例によって本発明の効果を説明する。以下において本発明治療剤としてはユビデカレノンを0.5%に含有する実施例1の親水性軟膏または実施例4のローションを使用した。」(4頁右上欄9?12行)

(刊1-8)
「症例6.47歳,女。両側乳癌。術前に,3000Rを照射後,両乳房切断術を施行した。胸壁緊張が強く,特に右前胸部で術創の治癒が遅延したので,1月間高圧酸素療法を行った。しかし,改善は著しくはなかったので,約2か月後紹介されて来た。前胸部を左右に一直線に横断する縫合線があってこれに沿って縫合不全部と3カ所の大きい壊死巣とが認められた。ユビデカレノン軟膏療法を1週間実施したところ,皮膚創は鮮紅色となり,治癒傾向がみられたが,壊死組織の存在がそれ以上の治癒機転を妨げていると考えられたので,外科剪刀で壊死組織の除去を計った。その後,順調に上皮化が進展し,来科後20日までには,完全に治癒した。」(5頁右上欄18行?左下欄12行)

(刊1-9)
「以上の実験例および症例を通じて次の考察が得られた。
(A)本発明治療剤の特徴は創傷において表皮形成(上皮化)を著明に促進する点にあり,「悪い肉芽組織」が「良い肉芽組織」に変わると同時に,表皮形成がスタートし,進展するのがみられた。
(B)創傷の治癒経過は(1)受傷による皮膚組識の欠損と強い炎症性反応と疼痛,これに続いて(2)皮下結合組織の反応(肉芽形成),さらに(3)上皮(表皮)の新生による欠損皮膚の修復へと進行するが,実際には局所の不潔,反復する打撲,放射線治療等の既往,加令現象などの原因により,(1)-(2)-(3)のいづれかが単独あるいは複合して障害され,治癒の遅延あるいは頓挫が起る。しかし本発明治療剤の応用によりこの治癒機転は改善され,治癒が促進されることが知られた。
効果の第一は疼痛の軽減ないし消失であって,治療開始の10-20分頃から判然と認識することができた。これは本発明治療剤が局所の反応,すなわち浮腫,虚血に対して即時的な改善をもたらしたためとみられる。奄法療法などによって局所循環動態が改善され,酸素供給がよくなり,最終的にはATP産生が促進される現象と類似しており,広義のチトクロームC効果に属すると思われる。
(C)皮下結合組織の反応は肉芽形成と線維性結合の置換の進行であり,反応の前半期では良好な血液循環状態が必要である。もし虚血状態であると,低酸素のもとで線維芽細胞の増殖が促進され,「悪い肉芽組織」となり,その程度がひどいとケロイド形成(過剰の線維腫形成)が起る。この場合において本発明治療剤は血液循環を改善し,過剰の線維性結合織の形成を抑制し「良い肉芽組織」を形成する効果を有することが判明した。
一般に手術創では局所血管系の損傷と皮膚緊張など幾多の局所虚血の原因を抱えており,特に放射線療法後の手術創では照射後の局所虚血が著しく,治療は非常に困難なものである。しかし本発明治療剤によって局所虚血の壁は克服され,治療効果を期待できることが知られた。
(D)いったん形成された瘢痕ケロイドは吸収されることはないというのが従来常識であった。しかしある範囲の瘢痕ケロイドに対して本発明治療剤はそれを吸収し,治癒させることができることが観察された。これは一部には本発明治療剤によって毛細血管が新生し,その際に線維融解酵素が増生して分泌されるためと考えられる。
以上,(A)?(D)に説明したごとく,本発明治療剤は皮膚投与によって,皮膚欠損を伴う新鮮創傷に対する治癒を促進し,治癒機転障害創傷に対する治癒を誘導し,ケロイド形成の予防ないし吸収促進の効果を示すことが判明した。なお,本発明治療剤は皮膚投与用であるが,手術創に対しては軟膏よりはむしろローションがよく,あるいは噴霧したり,ユビデカレノンをガーゼ等にしみこませて当てる等の形態がよいことが知られた。また症例治療中は,熱発,皮膚発疹の出現あるいは増悪,アレルギー疾患の出現,その他の局所異常反応の出現,ならびにアナフィラキシーショック等全身性副作用の発生は見られず,本発明治療剤は安全に反復して使用できることが知られた。」(6頁左上欄3行?右下欄17行)

(2) 原査定の拒絶の理由に引用された本願の優先日前に頒布された刊行物2(原査定の引用文献7)に係る,小倉まゆみ 他,表皮の過酸化脂質生成に対するCoQ_(10)リポソーム塗布効果,久留米医学会雑誌,1986年,第49巻,第1号,p.64-69には,以下の事項が記載されている。
なお,下線は当審が付したものである。

(刊2-1)
「そこで本論文では,膜の保護や抗酸化作用を有するCoQ_(10)をhairless mouseの皮膚に塗布し,紫外線照射による過酸化脂質生成が如何なる影響を受けるかを検討した。さらに細胞膜への浸透を良くするためCoQ_(10)はリポソーム化して皮膚に塗布した。」(64頁右欄3?7行)

(刊2-2)
「2.CoQ_(10)リポソーム・ローション
CoQ_(10)リポソームは,エーザイ株式会社研究開発本部技術センター・薬務本部開発室の作成によるものでubidecarenoneと卵黄リン脂質とをpolyethyleneglycolとethylalcholの混液に加え加熱溶解の後に,予め同温に加熱した蒸留水中に撹拌下に添加して室温まで冷却した。この溶液をN_(2)ガスに置換したガラスアンプルに充填して溶閉し,さらに100℃・60分間滅菌した。得られたリポソームの粒子径は平均35?40nmであった。」(64頁右欄15行?65頁左欄6行)

第4 刊行物1記載の発明
刊行物1の請求項1は,「ユビデカレノンを有効成分として含有する皮膚投与用の創傷治療剤」(摘示(刊1-1))であり,「以下に記載する実施例をもって本発明をさらに具体的に説明する」(摘示(刊1-5))として示された実施例1の親水性軟膏は,「ステアリルアルコール12.0wt%,スクワラン6.0wt%,ミリスチン酸イソプロピル4.0wt%,ステアリン酸2.0wt%,ユビデカレノン0.5wt%,プロピレングリコール6.0wt%,エチルパラベン0.1wt%,ブチルパラベン0.1wt%に,精製水を加え全量を100.0wt%とした処方成分を,常法により混合した均質なクリーム」である(摘示(刊1-6))。そして,「以下に記載する実験例および症例によって本発明の効果を説明する」として,「以下において本発明治療剤としてはユビデカレノンを0.5%に含有する実施例1の親水性軟膏または実施例4のローションを使用した」と記載され(摘示(刊1-7)),症例6において,「ユビデカレノン軟膏療法を1週間実施したところ,皮膚創は鮮紅色となり,治癒傾向がみられたが,壊死組織の存在がそれ以上の治癒機転を妨げていると考えられたので,外科剪刀で壊死組織の除去を計った。その後,順調に上皮化が進展し,来科後20日までには,完全に治癒した。」と記載されている(摘示(刊1-8))。
そうすると,症例6の「ユビデカレノン軟膏」は,請求項1(刊1-1)の実施態様の一つである,実施例1の親水性軟膏である。
そこで,請求項1(刊1-1)に,ユビデカレノンがコエンザイムQ10であること(摘示(刊1-3)),実施例1(親水性軟膏)のユビデカレノン(以下,コエンザイムQ10という)その他の処方を加えて整理すると,刊行物1には,次の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「0.5%(w/w)のコエンザイムQ10を有効成分として含有し,ステアリルアルコール12.0wt%,スクワラン6.0wt%,ミリスチン酸イソプロピル4.0wt%,ステアリン酸2.0wt%,プロピレングリコール6.0wt%,エチルパラベン0.1wt%,ブチルパラベン0.1wt%に,精製水を加え全量を100.0wt%とした,皮膚投与用の創傷治療剤」

第5 対比
1 治療薬とその投与の態様について
引用発明の「創傷治療剤」は,「本発明はユビデカレノンを有効成分として含有する創傷治療剤に関する。すなわち,本発明はユビデカレノンの医薬用途発明であり,医療の分野において創傷の治療のために利用される発明である。」(摘示(刊1-2))と記載されており,「創傷のための治療薬」と言い換えることができる。一方,本願発明の「治療薬」については,本願明細書に文言として記載はないが,通常の意味である「治療用の医薬」を意味するものと解される。そして,これは本願明細書段落【0001】に「本発明は,コエンザイムQ10(CoQ10)を含む医薬組成物,及び,疼痛,筋肉疲労,創傷治癒,関節炎などの治療においてCoQ10を用いる方法を提供する。」と記載されていることとも符合する。
そして,引用発明のコエンザイムQ10を有効成分として含有する「創傷治療剤」は,「皮膚投与用」(摘示(刊1-1))であって,「ユビデカレノンを創傷部位に直接塗布投与することによって著しい治癒成績が得られることを見出し,本発明を完成するに至った」(摘示(刊1-2)),「本発明は本発明において前記のごとく定義される創傷が発症している部位に対してユビデカレノンを皮膚投与することを特徴とする」(摘示(刊1-4))と記載されていることから,「必要とする患者の創傷領域に局所投与される」ものである。
したがって,引用発明の「皮膚投与用の創傷治療剤」は,本願発明の「創傷の再上皮化を促進するための治療薬であって,前記局所組成物は,必要とする患者の創傷領域に局所投与されることを特徴とする,治療薬」とは,「創傷のための治療薬であって,必要とする患者の創傷領域に局所投与される,治療薬」である点で共通する。

2 治療薬におけるコエンザイムQ10とその含有量について
本願発明の「局所組成物」について,本願明細書の段落【0003】?【0013】に「治療に有効な量のCoQ10,リポソーム,及び薬学的に許容される担体の組成物を含む」と記載され,また,「組成物は約0.001%?約60%(w/w)の間のコエンザイムQ10を含むのが好ましい。」と記載されている。
さらに,本願発明の「治療に有効な量」について,本願明細書の段落【0022】に「「治療に有効な量」とは,所望の治療反応を生じるのに有効な本発明の化合物の量を意味する。治療反応とは,例えば,創傷治癒,疼痛及び疲労寛解の促進である。」と記載されている。
これに対し,引用発明の「皮膚投与用の創傷治療剤」の有効成分である「0.5%(w/w)のコエンザイムQ10」は,「約0.001%?約60%(w/w)の間」であることが明らかである。また,引用発明が用いられた症例6で皮膚創が治癒しており(摘示(刊1-8)),創傷部の大きさおよび進行度に応じて治療剤の適当量が用いられることから(摘示(刊1-4)),当該濃度0.5%(w/w),あるいは症例6(摘示(刊1-8))のユビキノン軟膏療法で適用された引用発明の治療剤の量(w)は,「治療に有効な量」であるといえる。
したがって,引用発明の有効成分として含有される「0.5%(w/w)のコエンザイムQ10」は,本願発明の「約0.001%?約60%(w/w)の間のコエンザイムQ10を含む,治療に有効な量の局所組成物」に相当する。

3 コエンザイムQ10,及びリポソーム以外の含有成分について
引用発明は,「ステアリルアルコール」,「スクワラン」,「ミリスチン酸イソプロピル」,「ステアリン酸」,「プロピレングリコール」,「エチルパラベン」,「ブチルパラベン」,「精製水」を含む。
一方,含まれる成分に関して,本願発明は,請求項3の記載から明らかなとおり,「リポソームに封入された約0.001%?約60%(w/w)の間のコエンザイムQ10を含む,治療に有効な量の局所組成物及び薬学的に許容される担体」を含有するものであればよく,かつ,「薬学的に許容される担体」については,本願明細書の段落【0041】に,「担体(単数又は複数)は,製剤のその他の成分と相溶性があり,かつ,受容体に有害でない意味において「許容可能」でなければならない。」と記載されているが,限定されていない。段落【0005】?【0014】には,治療用の局所組成物は「治療に有効な量のCoQ10,リポソーム,及び薬学的に許容される担体の組成物を含む」と記載され,段落【0034】には,「任意の適切な担体を用いることができる。」とも記載されている。
そして,上記各成分のうち,「ステアリルアルコール」及び「プロピレングリコール」は本願明細書段落【0065】に,使用することができる「その他の公知の経皮用皮膚浸透促進剤」として記載されるものであり,同段落【0064】には,「好ましい局所送達賦形剤では,組成物の残留成分は水であり,例えば,脱イオン水のように必ず精製されている。」と記載されている。さらに,「ステアリン酸」は,本願明細書段落【0057】に,クリーム剤等の基剤として用い得ることが記載されている。
よって,引用発明に,さらに上記各成分が配合されていることは,本願発明に包含され,「薬学的に許容される担体を含む」ことに相当し,相違点とはならない。

4 小括
以上のことから,本願発明と引用発明とは,以下の<一致点>,及び<相違点1>?<相違点2>を有する。

<一致点>
「約0.001%?約60%(w/w)の間のコエンザイムQ10を含む,治療に有効な量の局所組成物及び薬学的に許容される担体を含む,創傷の治療薬であって,前記局所組成物は,必要とする患者の創傷領域に局所投与される,治療薬。」

<相違点1>
本願発明では,「創傷の治療薬」が「創傷の再上皮化を促進するための」ものであるのに対し,引用発明では,そのような特定がない点。

<相違点2>
本願発明では,「コエンザイムQ10」が「リポソームに封入された」ものであるのに対し,引用発明では,そのような特定がない点。

第6 判断
1 相違点1について
本願発明の「再上皮化」について,あるいは,「上皮化」について,本願明細書には定義および説明はなされておらず,「上皮化」については,本願明細書の段落【0133】に「欠損(単数又は複数)が存在しない場合,上皮化は完了した(治癒された)と考え;創傷領域におけるいずれの欠損も,治癒が未完了であることを示している。」と記載されており,「再上皮化」については,同段落【0134】,【0135】,および【0146】に,その結果について,「創傷は完全に再上皮化されてなかった」,「創傷が完全に再上皮化された」等と記載されていることから,創傷における「上皮化」と,「再上皮化」は同義であると解される。
そして,引用発明の治療薬が適用された症例6の皮膚創においては,「順調に上皮化が進展」しており(摘示(刊1-8)),実験例および症例を通じた考察として,刊行物1には,「本発明治療剤の特徴は創傷において表皮形成(上皮化)を著明に促進する」と結論付けられている(摘示(刊1-9))から,引用発明の「創傷の治療薬」は,本願発明の「創傷の再上皮化を促進するための治療薬」に相当する。
したがって,相違点1は,実質的な相違点ではない。

2 相違点2について
本願発明の「リポソームに封入された」コエンザイムQ10について,明細書には「封入」なる記載はないが,「薬剤をリポソームでカプセル化し」(段落【0053】),「コエンザイムQ10(Q10)をカプセル化するリン脂質リポソーム」(段落【0111】)と記載されており,リポソーム内部に組み込まれた,すなわち,リポソーム化された,コエンザイムQ10であると理解される。
引用発明のコエンザイムQ10を有効成分として含有する製剤は,皮膚投与用であって,刊行物1において,「皮膚塗布に適した製剤として投与することが望ましい」とされている(摘示(刊1-4))。
一方,コエンザイムQ10を含有する皮膚投与用の製剤を,「細胞膜への浸透を良くするため」,「リポソーム化して皮膚に塗布」することは,刊行物2に記載されるとおり,当業者に公知であった(摘示(刊2-1))。
してみると,引用発明の皮膚投与用の治療剤を,細胞膜への浸透を良くすることを目的として,リポソーム化することは当業者が容易になし得ることである。

3 効果について
本願の明細書において,実施例1として,コエンザイムQ10の平滑筋細胞増殖数及びATP産生量への正の影響(段落【0110】?【0126】,【図1】?【図3】,【図11】),実施例2として,ブタモデルの深部中間層の創傷治癒におけるコエンザイムQ10組成物の効果(段落【0127】?【0135】,【図4】?【図6E】),実施例3として,コエンザイムQ10の線維芽細胞及びケラチン生成細胞の増殖及び移動の亢進(段落【0136】?【0141】,【図7】?【図10】),および実施例4として,関節痛又は筋肉疲労がある対象へのコエンザイムQ10組成物を投与した臨床試験(段落【0142】?【0144】,【図12】?【図13】)が,記載されており,特に実施例2,及び実施例3が,創傷治癒に関するものである。
実施例2では,「未処置群」,「CoA(1%w/wコエンザイムQ10)」,「CoB(偽薬)」の各処置群における創傷後日数毎の再上皮化率が記載されており(段落【0127】?【0134】),一方,段落【0135】の【表2】及び【図6A】?【図6E】には,「未処置」,「Q-SOOTH A」,「Q-SOOTH B」と記載されていることから,「Q-SOOTH A」が「CoA(1%w/wコエンザイムQ10)」であり,「Q-SOOTH B」が「CoB(偽薬)」であると解される。
ここで,「Q-SOOTH A」あるいは「CoA(1%w/wコエンザイムQ10)」について,「リポソームに封入された」ものであるとは本願明細書には記載されていないが,3つの処置群の内の少なくとも1つは本願発明の実施形態であると解釈し,「リポソームに封入された1%w/wのコエンザイムQ10を含む組成物」であると仮定する。そして,「CoB(偽薬)」は,偽薬の本来の意味である,主薬(この場合,コエンザイムQ10)を配合していないが外見上は区別のつかない薬剤[株式会社岩波書店 広辞苑第六版]」であると解され,このことは,平成26年1月23日付け手続補正書(方式)の記載(9頁下から8?5行)とも符合する。
そうすると,実施例2では,コエンザイムQ10を含有する「CoA(1%w/wコエンザイムQ10)」,コエンザイムQ10を配合していない「CoB(偽薬)」のいずれの創傷治癒も,5日後に0%であって7日後には100%であるところ,6日後に後者は20%であるのに対し,前者は80%であるという効果が示されている。
そして,コエンザイムQ10を配合した薬剤が,コエンザイムQ10を配合していない薬剤に比較して,より有効な上皮化促進作用,創傷治癒作用を示すことは,刊行物1の記載から予測可能である。
仮に,「CoB(偽薬)」が,「偽薬」の本来の意味,及び請求人の主張(平成26年1月23日付け手続補正書(方式)の記載(9頁下から8?5行))とは異なり,リポソームを配合していない(コエンザイムQ10を含有する)薬剤であるとしても,コエンザイムQ10をリポソーム化することにより,細胞膜への浸透が良くなることが刊行物2に記載されているのであるから,コエンザイムQ10がリポソームに封入されたことにより創傷治癒が7日から6日に促進される効果は,刊行物1,及び刊行物2の記載から予測し得ない程のものとはいえない。
また,実施例3は,線維芽細胞及びケラチン生成細胞の移動と増殖におけるコエンザイムQ10の効果を示すものであるが,リポソームに封入されたコエンザイムQ10の作用を表すものではないから,本願発明の実施形態とはいえず,本願発明の効果を裏付けるものではない。
してみると,本願発明の効果は,刊行物1及び2から予測される範囲内の効果である。

4 審判請求人の主張と補正案について
なお,審判請求人は,平成25年2月28日付け意見書,平成26年1月23日付け手続補正書(方式),及び平成26年11月19日付け回答書において,刊行物1(文献5)には「中間層」の創傷治癒について記載されていないことを主張し,また,同回答書において,「特許請求の範囲全体において,「創傷」を「中間層の創傷」に減縮」する補正案を提示しているので,念のため以下に検討する。

(1)「中間層」の創傷についての主張の概要
審判請求人は,「中間層」の創傷について,平成26年1月24日付け物件提出書により甲第10?12号証(甲第10号証は平成25年2月28日付け手続補足書の甲第1号証と同じ)を提示し,平成26年11月20日付け手続補足書により,甲第15号証を提示している。そして,これらの甲号証に基づいて,刊行物1に記載された創傷は「肉芽形成」を伴うことから,「全層」の創傷であって「中間層」の創傷とは異なり,一方,「中間層の創傷は,特別な治癒メカニズムを有する特別な型の創傷」(平成25年2月28日付け意見書)であり,「肉芽組織の形成は「中間層の創傷」の治癒においていかようにも関係していないことから,肉芽組織の形成における効果は「中間層の創傷」に関連するものではな」く(平成26年11月19日付け回答書),「刊行物1に接した通常の当業者は,CoQ10は肉芽組織を必要とする創傷においてのみ効果を発揮すると考えるから」,CoQ10は肉芽組織の形成を促進することを報告する刊行物1は,「中間層」の創傷を意図する本願発明の阻害要因となり得る旨(平成26年1月23日付け手続補正書(方式)),主張している。

(2)甲第10?12号証,甲第15号証について
甲第10号証は,Wound Care - A Collaborative Practice Manual第3版(2007年)第2章であり,22頁左欄33?50行に「中間層創傷治癒」(Partial-Thickness Wound Healing)について,22頁右欄5?36行に「全層または二次治癒」(Full-Thickness or Secondary Intention Healing)について記載されており,23頁に図2-1として「二次治癒」(Healing by secondary intention)について図説されている。
甲第10号証22頁左欄33?50行の「中間層創傷治癒」のパラグラフには,以下の記載がある(訳文は当審による。)。
「真皮の中間層の損失を伴う創傷は原則として上皮化により治癒する。上皮化は新たな上皮細胞,主にケラチン生成細胞による創傷部位の再上皮化(resurfacing)である。上皮化(epithelialization)は創傷部位を閉じ始めることにより浸入や崩壊から自身を守るための生体機構であり,このプロセスは受傷後直ちに始まる。
創傷部位の端部にある上皮細胞は,皮脂腺,汗腺,毛嚢といった皮膚付属器からと同様,側方移動による創傷部位の再上皮化(resurfacing)を補助するための損傷のない上皮細胞を供給する。皮膚付属器が存在する場合,表皮の島が創傷面を通じて現れ,再上皮化(resurfacing)過程を加速し得る。結果として生じる上皮組織はしばしば周辺皮膚と区別され得ず,皮膚の通常の機能が保存される。中間層創傷の例としては,擦り傷,皮膚裂傷,ステージIIの褥瘡,第二度熱傷が挙げられる。」
甲第10号証22頁右欄5?36行の「全層または二次治癒」のパラグラフには,以下の記載がある(訳文は当審による。)。
「全層または二次治癒は,創傷が皮膚の全ての層を貫通して,及び/または,皮下組織まで及ぶ場合に最も有効な方法である。例えば,大量の組織が除去されたか破壊され,隙間が生じたり,創傷端部が隣接できないか,生存できない創傷周辺部が存在する場合,これらの場合に創傷は二次治癒により閉じられることになる。微生物数過多の創傷部位,残さ,壊死皮膚もまた,二次治癒により閉じられることになる。
全層二次治癒は主に収縮により生じる。二次治癒による組織の修復は瘢痕組織の形成を伴う。この過程において,瘢痕組織の解剖学的構造は置き換えられた組織(筋肉,腱,または神経)を複製しない。更に,表皮組織は弾性や引張強度において元のものと同じではない。
時に,欠損が一次治癒によって閉じるには小さすぎる(当審注:大きすぎるの誤記と考えられる)場合,二次治癒が好ましい。いくつかの創傷は分層植皮により不完全に覆われ,二次治癒によっても最も治る。創傷が,収縮により外見を損なうか機能しない奇形をもたらす部位にあるならば,二次治癒での回復過程は,強い,健康的な創傷床を発達させるのを許可されることができる。それから,それは遮られ,分層植皮は肉芽創傷床に配置される。全層創傷治癒は,修復の4つの重なり合う段階に分けられるプロセス:炎症,上皮形成,増殖とリモデリング,を含む。図2-1は,二次治癒の略図である。」
甲第10号証23頁の図2-1「二次治癒(分離した末端を有する創傷)」の説明には,以下の記載がある(訳文は当審による。)。
「A.えぐられた創傷は,各端部がはるかに離れており,相当の組織欠損がある。
B.この創傷は,傷収縮,広範囲な細胞増殖,そして新血管形成(肉芽組織)を治癒のために必要とする。
C.創傷は末端部分から再上皮化(reepithelialize)され,肉芽組織においてコラーゲン繊維が沈澱する。
D.肉芽組織は最終的には吸収され,受傷以前とは機能的に異なる大きな瘢痕に置き替えられる。」
以上により,甲第10号証の記載からは,肉芽組織の形成は,皮下組織にまで至る全層の創傷の治癒においては必須の過程であって,肉芽組織の上に上皮化が起こり,完全な治癒に至るが,中間層の創傷の治癒においては肉芽組織の形成は必要なく,創傷部位の上皮化のみで完全な治癒に至ることが理解される。
甲第11号証,甲第12号証,甲第15号証はいずれもWikipediaウェブサイトであり,順に,平成25年12月10日付けの“Wound healing”のサイト,平成26年1月21日付けの“Granulation tissue”のサイト,平成26年11月17日付けの“Skin”のサイトであり,本願出願時の技術常識を示すものであるか明らかではないが,少なくとも,いずれにも「中間層」,あるいは「中間層の創傷」について記載されていない。

(3)中間層の創傷について
皮膚の「中間層」について,本願明細書に定義や説明はなく,本願明細書に「中間層」が記載されているのは,段落【0127】の実施例2の,「深部中間層の創傷治癒における組成物の効果の調査 本研究の目的は,ブタモデルの深部中間層の創傷治癒におけるCoQ10組成物の効果を調査することであった。」のみである。
そして,当該実施例2でブタモデルの深部中間層の創傷として用いられているのは,「実験動物:ブタの皮膚とヒトの皮膚との間の形態的類似により,ブタモデルを実験研究に用いた。2匹の若い雌の特定病原体を含まない(SPF:Ken-0-Kaw Farms,Windsor,IL)体重25?30kgのブタ」(段落【0128】)における,「7mmの刃が取り付けられた特殊電気角膜切開刀で寸法10mm×7mm×深さ0.5mmの矩形創傷を傍脊椎及び胸部領域に約90個作った。創傷は非損傷皮膚から約15mmの間隔で互いに離隔した。」(段落【0131】)という創傷であるから,体重25?30kgのブタの傍脊椎及び胸部領域における,深さ0.5mmの矩形創傷は,本願発明の意図する「中間層の創傷」に含まれることが理解できる。
一方,皮膚の「中間層」とは,皮膚の「全層」が,皮下組織までの表皮真皮の全てであることに対応する用語として,表皮と真皮の一部までである(下記刊行物Aを参照)。

刊行物A:医歯薬出版株式会社,最新医学大辞典第3版,2005年4月1日,1655頁右欄?1656頁左欄「分層植皮」の項
(刊A-1)
「分層植皮〔片〕split-thickness skin graft((中間層植皮)) 植皮術に用いる移植片は分層植皮と全層植皮に分けられる。全層植皮では表皮真皮の全層が用いられるのに対し,分層植皮では真皮の一部と表皮が用いられる。分層植皮片の厚さにより,薄い分層植皮,中等度の分層植皮,厚い分層植皮に分類される。形成外科,再建外科で多く用いられ,恵皮部の治癒が容易で植皮片の生着も良いが,外観は全層植皮に劣る。」(1655頁右欄?1656頁左欄)

(4)「中間層の創傷」と,刊行物1の記載との関係について
刊行物1には,コエンザイムQ10を含有する創傷治療剤が,上皮化を促進することが記載されている(摘示(刊1-8),(刊1-9),(刊1-2))。特に,(刊1-9),(刊1-2)には,創傷の治癒経過について,肉芽組織の形成,上皮の新生の順に進行することが記載され,コエンザイムQ10を含有する創傷治療剤が,そのいずれをも改善し,治癒を促進する旨が記載されており,この治癒経過は,甲第10号証の全層創傷についての記載と矛盾がない。
ここで,上記「中間層」の意味と,刊行物1,及び甲第10号証の記載からみて,全層の創傷では,表皮真皮の全層が損傷を受けているために肉芽形成が必要であって,その上に上皮化が進行するのに対し,中間層の創傷は皮下組織まで至っていないため,肉芽形成を要しない。すなわち,中間層の創傷治癒は,上皮化のみで足りるものである。したがって,肉芽形成の促進の有無にかかわらず,上皮化を促進することが記載された引用発明を,創傷のうち,上皮化のみが必要とされる中間層の創傷に適用することに,格別の創意を要するものとはいえない。ここで,甲第10号証は本願優先日当時に公知文献であったか明らかではないことから,これを参酌しない場合にも,創傷の「肉芽形成」及び「上皮新生」のいずれにも有効である引用発明を適用する創傷について,種類を特定すること,特に,比較的浅い創傷である「中間層」創傷とすることは,当業者が適宜なし得ることである。
そして,創傷の深さにより本願発明の効果が異なるとは,本願の明細書の記載において確認できないから,特に中間層の創傷に適用したことにより,本願発明が予想外の効果を奏するともいえない。
よって,上記請求人の主張は採用することができず,「創傷」が「中間層の創傷」であっても,本願発明の進歩性は認められない。

第7 むすび
以上のとおり,本願発明は,刊行物1及び2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,その他の請求項に係る発明についての判断を示すまでもなく本願は拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-04-14 
結審通知日 2015-04-21 
審決日 2015-05-07 
出願番号 特願2009-510055(P2009-510055)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 関 景輔  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 前田 佳与子
安藤 倫世
発明の名称 局所コエンザイムQ10製剤、及び疼痛、疲労、並びに創傷の治療  
代理人 高岡 亮一  

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