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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C10C
管理番号 1305934
審判番号 不服2014-6755  
総通号数 191 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-11-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-04-11 
確定日 2015-09-24 
事件の表示 特願2011-510523「高いコークス化値を有するピッチ」拒絶査定不服審判事件〔平成21年11月26日国際公開、WO2009/142807、平成23年 7月21日国内公表、特表2011-521072〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯

本願は、平成21年3月20日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理平成20年5月22日 米国(US))を国際出願日とする出願であって、平成25年9月13日付けの拒絶理由通知に応答して同年12月19日に手続補正書及び意見書が提出されたが、平成26年1月15日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、同年4月11日に拒絶査定不服審判が請求され、それと同時に手続補正書が提出されたものである。

2.本願発明

本願の請求項1ないし3に係る発明は、平成26年4月11日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載されたとおりのものであるところ、そのうち請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりである。
なお、当該手続補正書により特許請求の範囲についてする補正は、当該補正前の請求項3を削除するものであって、特許法第17条の2第5項第1号に掲げられた請求項の削除を目的とするものに該当するから、適法な補正であると認められる。

「【請求項1】
ピッチを生成する方法であって、
a)沸点範囲が少なくとも270℃から始まるコールタール蒸留物を圧力下で400?525℃にまで加熱してタールを取得する工程と、
b)前記タールを蒸留して、コークス化値が少なくとも55%で且つ軟化点が90℃以上140℃以下で、キノリン不溶分含有量が約0.5重量%よりも小さいピッチを生成する工程と、を含む
ことを特徴とするピッチを生成する方法。」

3.引用例の記載事項

原査定の拒絶理由において引用された、本願優先日前に頒布された刊行物である特開昭49-90720号公報(以下、「引用例1」という。)、及び特開昭61-36392号公報(以下、「引用例2」という。)には、次の事項が記載されている。

3.1 引用例1

(1a)「特許請求の範囲
1 原料タールの常圧蒸留残の減圧蒸留によつて得られる高沸点油に、400?480℃で第1段加熱を施した後、該温度よりも低温で第2段加熱を行うことを特徴とする、キノリン不溶分3%以下のピツチの製造法。」(特許請求の範囲1参照)
(1b)「而してバインダー用ピツチとしては焼成時の粘結性並に炭化歩留が大であると共に黒鉛化時の黒鉛化性が優れていることを必要とするのに対し、含浸用ピツチは黒鉛電極素材の孔塞ぎ目的から先づ含浸滲透性並に炭化歩留の大であることを要しその他粘結性並に黒鉛化性の優れていることをも必要とする。含浸用ピツチの上記諸要件は従来の製法では相反し、ベンゼン不溶分および固定炭素を高くしようとするとキノリン不溶分の量が増し、またそのキノリン不溶分の粒径が大きくなり含浸性が悪くなる。またその逆もある。従つて含浸性ピツチとして理想的なピツチは未だ得られずその必要性が強く要望されている。上記バインダー用ピツチの要件からすれば、このようなすぐれた含浸用ピツチが得られれば、軟化点の調整だけでバインダー用ピツチとしてもすぐれた性能を発揮するものと考えられる。
なおピツチ類の上記諸性質中、粘結性はβ-レジン分(即ちベンゼン不溶分-キノリン不溶分)の大きい程増大すること、炭化歩留は固定炭素の大きい程増大すること、黒鉛化性は原料タール中の所謂フリーカーボン(黒鉛化阻害の著しい)が少ない程優れていること、更に含浸性はキノリン不溶分の含量が少いと共にその平均分子量も小さい方が優れていることは、それぞれ周知の通りである。」(1頁左下欄15行?2頁1行参照)
(1c)「依つて本発明者はこの様なキノリン不溶分減少等の要求に応え得る含浸用ピツチの製造原料として、原料タールの蒸留残またはそれから製造されるピツチに代え該蒸留による留出油就中その高沸点留分を使用することとこの留分を何らかの手段で熱処理しピツチ化することにより、キノリン不溶分減少のみならず各種特性(前記)の優れた含浸用ピツチを製造することが出来ないであろうかと考え、この着意の下に種々の具体的手段を実験的に検討して来た。」(2頁右上欄1?10行参照)
(1d)「この着想に基づいて本発明者は、第1段加熱でキノリン不溶分が生成し始めるまで400?480℃なる高温下に苛酷な熱処理を行つて原料油重質化(平均分子量向上)を進行せしめ、その後第2段加熱で上記よりも幾分温度を下げ従つて一層緩和された条件下に、反応の過進行を抑え且つ反応液の粘度を高めてコーキング物質析出を防止しつつ熱処理し、之によりベンゼン不溶分並に固定炭素を増加させた後生成物から油分を適当量遂出させて所望のピツチ軟化点に合わせる新規方法を試験した。その結果本発明者はこの試製ピツチが原料高沸点油や各種熱処理条件等の広い範囲に亘り常に優れた再現性をもつて、
(1)キノリン不溶分 3%以下
(2)ベンゼン不溶分 20%以上
(3)固定炭素 50%以上
なる三つの性状を共に満足させ得る事実を見出した。」(2頁右下欄11行?3頁左上欄8行参照)
(1e)「本発明の出発原料たる原料タールとしてはコールタールやオイルガスタールの如きものが使用される。また本発明原料油たる高沸点油とは、上記原料タールの常圧蒸留に於て蒸留塔塔底温度約290℃で得られる蒸留残を減圧蒸留して得られる高沸点油であるが、50%留出温度が340℃以上の高沸点油が望ましい。また反応器の圧力を調節することにより、第1段目の反応器で原料油の一部を留去し、上記の好ましい沸点範囲にしながら熱処理してもよい。なお上記の好ましい高沸点油の50%留出温度に於て、その上限は蒸留技術上から決まるものである。即ち上記原料油より低い平均沸点の留分ではピツチ収率が低く更に所期のピツチを造るのに反応条件を厳しくする必要性があり、生成キノリン不溶分の溶解性が低い為にコーキングトラブルを生起し易い。」(3頁左下欄1?16行参照)
(1f)「次に本発明に於ける反応条件の内、第1段の加熱温度は前記の如く400?480℃就中420?460℃(反応器出口温度)するのが好ましいことが実験的に確認せられ、この範囲より低温では反応が遅すぎて熱処理に長時間を要し、逆にこの範囲より高温では反応性の高い成分の過度の重質化の為コーキングトラブルを抑え切れず且つ製品ピツチの性状も劣化する。第2段の加熱温度は上記の範囲よりも幾分下げる必要があり、その低下度は該範囲の上下限より夫々15℃以上特に25℃以上の温度差とすることが好ましい。第2段でこの様に温度を下げる手段としては、例えば減圧フラツシユ法により内容油を若干逐出させながら降温せしめるのが好都合である。」(3頁右下欄6?20行参照)
(1g)「反応器圧力は第1、2段とも通常1?50kg/cm^(2)(ゲージ圧)程度の常圧又は加圧、好ましくは5?30kg/cm^(2)Gの圧力下で熱処理する。なお製品収率は加圧下の方が一般に高いが、原料高沸点油として比較的高い沸点留分を使用する場合は常圧でよいこともある。反応時間は第1、2段とも通常1?20時間特に3?15時間程度とすることが適当である。なお本発明の実施に当り第1、2段加熱に於ける上記反応温度、圧力、時間の各具体的数値は、原料タール(出発原料)とその留分たる高沸点油(原料油)の各性状、並に製品ピツチの所望性状等に応じ、適宜に選択さるべきは勿論である。」(3頁右下欄末行?4頁左上欄12行参照)
(1h)「実施例 2
コールタールの常圧蒸留残を減圧蒸留して得られた5%留出温度280℃、50%留出温度360℃の留分を加圧反応装置で20kg/cm^(2)G、435℃で6時間加熱した。得られた反応油の粘度は18.5cp(100℃)、キノリン不溶分は0であつた。この反応油を第2段目の反応条件まで断熱フラツシユした時に留出しうる量の油(25%)を蒸留で抜き出し、10kg/cm^(2)G、400℃、7時間加熱した。その後さらに未反応油を減圧蒸留で留去しピツチを得た。第1段反応、第2段反応ともコーキング物は全然なかつた。得たピツチの収率および性状は下記の如くであつた。
ピツチ収率 57.8%
軟化点 81.0℃
ベンゼン不溶分 28.5%
キノリン不溶分 0.4%
β-レジン 27.1%
固定炭素 57.8%」(4頁右上欄10行?左下欄8行参照)

3.2 引用例2

(2a)「〔特許請求の範囲〕
(1)(a)(1)蒸留残分(@355℃)>30重量%;
(2)QI<0.5重量%;および
(3)#4ワツトマンろ紙のろ過速度500g/30秒
を有することを特徴とする供給原料コールタール油を選択し;
(b)該供給原料を約150?390℃の温度に加熱し;そして
(c)(1)約90?150℃のASTM D3104-77軟化点;
(2)ASTM D2416-73によるコーキング値少なくとも45重量%;および
(3)ASTM D92-72によるフラツシユ点少なくとも200℃
が得られるまで供給原料を酸化およびストリツピングする
ことよりなる、キノリン不溶分(QI)約0.5%以下および高い含浸性を有することを特徴とするコールタールピツチを得る方法。
(2)軟化点(c)(1)100?130℃が得られるまで酸化およびストリッピングを続けることよりなる、特許請求の範囲第1項に記載の方法。
(3)少なくとも48%のコーキング値が達成されるまで酸化およびストリッピングを続けることよりなる、特許請求の範囲第1項に記載の方法。
(4)供給原料がASTM D246-73により測定して355℃で50?70%の蒸留残分を有する、特許請求の範囲第1項に記載の方法。」(特許請求の範囲参照、なお、上記「ろ紙」、「ろ過」はワープロの都合上、かな字の「ろ」としたものである。「ろ」の漢字は「さんずい」と「戸」からなるものである。以下同じ。)
(2b)「ピツチの固形分は普通はピツチに対する重量%で測定され、ASTM D2318-76 により”キノリン不溶分”(QI)で定められる。」(2頁右下欄6?8行参照)
(2c)「2.ピツチは炭素電極を成形およびベーキングに際して保持する結合剤またはセメントとして使用できる。この用途には、本来キノリン不溶(QI)分の高いコールタールピッチが要求される。
・・・
3.電極製造に用いる’含浸用ピツチ’について述べたが、この用途は明瞭に’低固形’分のピツチを必要とする。」(3頁左上欄4行?右上欄3行参照)
(2d)「最近、電極の品質が改良され、含浸用ピツチを明記する基準はより厳格になつている。5%のQIを含む含浸用ピツチではもはや満足できない。この用途において石油ピツチがコールタールピツチにとつて代わつた理由である。
現在の工業標準規格は<0.5%のQIを含む石油ピッチである。本発明のコールタールピッチもQI分<0.5%である。これまでコールタールの酸化により高品質の含浸用ピッチを製造しうることを証明した者はいなかった。」(3頁右上欄下から2行目?左下欄8行参照)
(2e)「本発明の改良された含浸用ピツチは高残分、低固形分のコールタール油の酸化生成物からなる。目的とするピツチの製造に前駆物質として用いられる油は粗コークス炉タールの蒸留中に中間留分を分離することによつて得られる。前駆物質油の品質が決定的である。これはろ過試験により品質が定められ、油の固形分はASTM D2318-76により測定して0.05%以下でなけれはならない。この低固形分の重油を300?700°Fの空気のスパージング(噴霧)により酸化して、前駆物質よりも平均分子量が実質的に高い中間体が得られる。反応器の表面温度がきわめて重要である。700°F(371℃)以下に保つことが好ましく、800°F(427℃)を越えてはならない。さもなけれは固体の形成を制御することができない。次いで中間体を不活性ガス(水蒸気および窒素を使用することができる)でストリツピングし、望ましくない低沸点成分を除去する。
酸化期間の終了点は2つの基準、すなわち(1)中間体の収率および(2)ASTM D-3104-77により定められる軟化点により決定される。
ガイドラインとして中間体の収率は通常30?70重量%である。しかしこれはASTM D246-73により定められる供給原料の残分の関数である。中間体の軟化点は約30?120℃でなけれはならない。この段階でストリツピングを開始し、最初の装てん量のさらに10重量%が除かれるまで続ける。この時点でピツチは下記の基準に従って特性づけされる。
1.軟化点(℃) (ASTM D3104-77)100-150
2.コーキング値-
コンラドソン(重量%)(ASTM D2416-73)45分
3.フラツシユ点C.O.C.(℃)(ASTM D92-72)200分
本発明によれば新規なコールタール系含浸用ピツチはコールタール留分の酸化により製造される。
新規な改良されたコールタール系含浸用ピツチの製造用供給原料を得るためには、粗製タールを蒸留して、355℃で25?100重量%の蒸留残分をもつと記述される重質クレオソート留分を得る。」(4頁左下欄5行?5頁左上欄4行参照、なお、上記「装てん」はワープロの都合上、かな字の「てん」としたものである。「てん」の漢字は「つちへん」と「眞」からなるものである。以下同じ。)
(2f)「酸化コールタール成分の製造に際しては、図面を参照して説明すると、出発材料クレオソート油を容器10内で約300°F(149℃)?75゜F(417℃)、好ましくは約600°F(315℃)?725°F(385℃)の温度に加熱し、その間12に示されるように加熱に伴つて大量の空気を液体中ヘスパージングする。同時に加熱およびスパージングを行うことにより効果的に(a)14において除去されることが示される低沸点物質がストリツピングされ、また(b)加熱に伴つて16において取出されることが示される残留タールが酸化される。希望する温度限界(一般には約725°F(385℃)、ただし定常状態の酸化がこれよりも低い温度、恐らく300°F(149℃)までで行うことができることは明らかであろう)に達したとき、この温度で、目的とする酸化中間体が得られるまで空気のスパージングを続ける。非凝縮性の蒸気を18において除去し、軽油を20において取出す。
目的とする中間体を得たのち酸化を終了し、不活性ガス(たとえは水蒸気または窒素)によるストリツピングを開始する。ストリツピング操作においては水蒸気が経済的でありかつ蒸気流から容易に凝縮除去することができるので好ましい。これにより排ガススクラビング装置の必要性が少なくなる。別個の工程としてのこの不活性ガスによるストリツピング工程は、酸化工程に際してより高い入熱を採用することにより省略できる。ストリツピング操作においては望ましくない低沸点成分がピツチから除かれ、高分子成分が残される。ストリッピング処理の終末点は115?150℃の軟化点、45%以上のコンラドソンコーキング値、および392°F(200℃)以上のフラツシユ点により特色づけられる。」(5頁右上欄下から7行?右下欄7行参照)
(2g)「実施例1
この操作においては合計117,600ポンド(53390kg)のコールタール重油を表示10,000ガロン(37800l)の蒸留器に2インクリメントにおいて装てんした。直火を用いて内容物を690°F(365℃)に加熱し、その間平均200SCFM(5663l/分)の空気をスパージングした。酸化中またはストリツピングサイクル中に61%の前駆油がストリツピングされた。
供給した酸素の74%がコールタール油と反応した。
20000ポンド(5952kg)の物質がストリツピング期間中にストリツピングされ、水蒸気がストリツピング媒質として用いられた。
最終的な含浸用ピツチの特性は下記のとおりであった。
A)軟化点(ASTM D3104-77) 123.8℃
B)Q.I.(wt.%) .29
・・・
E)コーキングコンラドソン(重量%) 50.3
・・・
前駆物質であるコールタール重油の実際の特性はこの操作については記録されなかつたが、下記のとおりであると推定された。
比重@100°F 1.150
留分(重量%)
235℃まで 0.0
270℃ 0.0
315℃ 2.2
355℃ 31.0
残分(%)(355℃で) 68.9
キシレン不溶分(重量%) 0.02
実施例2
・・・最終収率は38%、軟化点は126℃、コーキング値は55%であつた。」(5頁右下欄下から6行?6頁左下欄4行参照)

4.当審の判断

4.1 引用例1記載の発明(引用発明)

4.1.1 引用発明1(特許請求の範囲の記載からみて)
上記引用例1の「特許請求の範囲1」には、「原料タールの常圧蒸留残の減圧蒸留によって得られる高沸点油に、400?480℃で第1段加熱を施した後、該温度よりも低温で第2段加熱を行うことを特徴とする、キノリン不溶分3%以下のピッチの製造法。」(摘示事項(1a)参照)と記載され、当該原料タールについて、「本発明の出発原料たる原料タールとしてはコールタールやオイルガスタールの如きものが使用される。」(摘示事項(1e)参照)と記載されているから、これらの記載から、引用例1には、次の発明が記載されているといえる。
「コールタールの常圧蒸留残の減圧蒸留によって得られる高沸点油に、400?480℃で第1段加熱を施した後、該温度よりも低温で第2段加熱を行う、キノリン不溶分3%以下のピッチの製造法。」(以下、引用例1の特許請求の範囲の記載を中心に認定した上記発明を、「引用発明1」という。)

4.1.2 引用発明2(実施例2の記載からみて)
さらに、引用例1には、上記高沸点油について、「本発明原料油たる高沸点油とは、上記原料タールの常圧蒸留に於いて蒸留塔塔底温度約290℃で得られる蒸留残を減圧蒸留して得られる高沸点油であるが、50%留出温度が340℃以上の高温油が望ましい。」(摘示事項(1e)参照)と記載され、具体的態様として、「実施例2」には、「コールタールの常圧蒸留残を減圧蒸留して得られた5%留出温度280℃、50%留出温度360℃の留分を加圧反応装置で20kg/cm^(2)G、435℃で6時間加熱」して反応油を得、「この反応油を第2段目の反応条件まで断熱フラッシュした時に留出しうる量の油(25%)を蒸留で抜き出し、10kg/cm^(2)G、400℃、7時間加熱」し、「その後さらに未反応油を減圧蒸留で留去しピッチを得た」ことが記載されるとともに、得られたピッチの性状が「軟化点81.0℃」、「キノリン不溶分0.4%」、「固定炭素57.8%」であったことが示されているから(摘示事項(1h)参照)、これらの記載を併せて考えると、引用例1には、次の発明が記載されているということもできる。
「コールタールの常圧蒸留において蒸留塔塔底温度約290℃で得られる蒸留残を減圧蒸留して得られた高沸点油である、5%留出温度280℃、50%留出温度360℃の留分を、20kg/cm^(2)G、435℃で6時間という第1段加熱を施した後、この反応油を第2段加熱の反応条件まで断熱フラッシュした時に留出し得る量の油を蒸留で抜き出し、10kg/cm^(2)G、400℃で7時間という第1段加熱よりも低温の第2段加熱を行い、さらに未反応油を減圧蒸留で留去して、軟化点81.0℃、キノリン不溶分0.4%、固定炭素57.8%という性状のピッチを得る、ピッチの製造法。」
の発明が記載されているものと認められる(以下、引用例1の実施例2の記載を中心に認定した上記発明を、「引用発明2」という。)。

4.2 引用例1、2から把握し得る一般に要求されるピッチ特性

ここで、引用例1、2を参酌しながら、炭素工業にて用いられるバインダー用ピッチや含浸用ピッチに要求される特性について、予め整理しておく。
当該ピッチの特性は、炭化歩留(炭素含有量)に関連する固定炭素量あるいはコーキング値(コークス化値)、含浸性や粘結性に関連する軟化点、キノリン不溶分量といった指標などにより評価されているところ、一般に、上記炭化歩留(炭素含有量)に関連する固定炭素量及びコーキング値(コークス化値)は高い方が良く、また、上記含浸性や粘結性に関連するキノリン不溶分量は、その用途により若干最適範囲が異なるものの、含浸用ピッチにおいては低い方が良く、バインダー用ピッチではこれよりも高い数値のものが要求されている(摘記事項(1b)、(2b)?(2d)参照)。
そして、これらの指標の所望値(最適値)は、上記のとおり、その用途にも依拠するが、引用例2の摘記事項(2a)を斟酌すると、含浸用ピッチにおいては、おおよそ、コーキング値(コークス化値)45%以上あるいは48%以上、キノリン不溶分0.5%以下、軟化点90?150℃あるいは100?130℃といった数値範囲であるということができる。
さらに、引用例2の摘記事項(2g)には、このような数値範囲を満足する具体例として、実施例1には軟化点123.8℃、キノリン不溶分0.29%、コーキング値(コークス化値)50.3%のピッチが、実施例2には軟化点126℃、コーキング値(コークス化値)55%のピッチ(キノリン不溶分についての言及はないが、摘記事項(2a)、(2d)より0.5%以下と推認される。)がそれぞれ示されており、当該数値が実現可能なものとして確認されている。
してみると、本願発明において規定されているピッチ特性、すなわち、「コークス化値が少なくとも55%で且つ軟化点が90℃以上140℃以下で、キノリン不溶分含有量が約0.5重量%よりも小さい」という諸指標の数値は、当該技術分野において一般に、ピッチ(特に含浸用ピッチ)に要求され、所望されている程度の特性として整理することができる。

4.3 本願発明と引用発明1との対比・検討

4.3.1 対比
はじめに、本願発明と引用発明1とを対比すると、両発明の対応関係は下記のとおりである。
(ア)引用発明1の「ピッチの製造法」は、本願発明の「ピッチを生成する方法」に相当する。
(イ)引用発明1の「コールタールの常圧蒸留残の減圧蒸留によって得られる高沸点油」に関し、引用例1には、「・・・含浸用ピツチの製造原料として、原料タールの蒸留残またはそれから製造されるピツチに代え該蒸留による留出油就中その高沸点留分を使用すること・・・が出来ないであろうかと考え、この着意の下に種々の具体的手段を実験的に検討して来た。」(摘記事項(1c)参照)、「本発明原料油たる高沸点油とは、原料タールの常圧蒸留に於て蒸留塔塔底温度約290℃で得られる蒸留残を減圧蒸留して得られる高沸点油である」(摘示事項(1e)参照)、及び「実施例2 コールタールの常圧蒸留残を減圧蒸留して得られた5%留出温度280℃、50%留出温度360℃の留分を加圧反応装置で20kg/cm^(2)G、435℃で6時間加熱した。」(摘記事項(1h)参照)と記載されていることから、当該「コールタールの常圧蒸留残の減圧蒸留によって得られる高沸点油」は、コールタールを出発原料とする、蒸留による高沸点留分(蒸留物)であるということができ、本願発明における「コールタール蒸留物」に相当するものと解することができる。
(ウ)引用発明1の「400?480℃で第1段加熱を施した後、該温度よりも低温で第2段加熱を行う」工程は、上記高沸点油を重質化し粘度を高めるものであるから(摘記事項(1d)参照)、この工程により、タール状の物質(黒色の粘り気のある液体)が生成されることが分かり、また、この工程は、何らかの圧力下に置かれていることは明らかであるから、当該工程は、本願発明における「コールタール蒸留物を圧力下で加熱してタールを取得する工程」に相当するものということができる。
これら(ア)?(ウ)の相当関係を踏まえると、両者は、次の点で一致するといえる。
「ピッチを生成する方法であって、
a)コールタール蒸留物を圧力下で加熱してタールを取得する工程、を含む、ピッチを生成する方法。」
そして、両者は、次の点で相違するものと認められる。
<相違点1A>
本願発明のコールタール蒸留物は、「沸点範囲が少なくとも270℃から始まる」のに対して、引用発明1の高沸点油(コールタール蒸溜物)は、この点の明示がない点。
<相違点1B>
本願発明は、「400?525℃にまで加熱して」タールを取得しているのに対して、引用発明1は、「400?480℃で第1段加熱を施した後、該温度よりも低温で第2段加熱を行」っている点。
<相違点1C>
本願発明は、最終的に、「b)タールを蒸留して、コークス化値が少なくとも55%で且つ軟化点が90℃以上140℃以下で、キノリン不溶分含有量が約0.5重量%よりも小さいピッチを生成する工程」を具備するのに対して、引用発明1は、この工程についての明示はなく、単に、キノリン不溶分3%以下のピッチを製造することを明示するに留まる点。

4.3.2 相違点の検討
(1)相違点1Aについて
引用発明1における高沸点油(コールタール蒸溜物)は、確かに初留点を明示するものではない。
しかしながら、引用例1には、「本発明原料油たる高沸点油とは、上記原料タールの常圧蒸留に於て蒸留塔塔底温度約290℃で得られる蒸留残を減圧蒸留して得られる高沸点油であるが、50%留出温度が340℃以上の高沸点油が望ましい。・・・・なお上記の好ましい高沸点油の50%留出温度に於て、その上限は蒸留技術上から決まるものである。即ち上記原料油より低い平均沸点の留分ではピツチ収率が低く更に所期のピツチを造るのに反応条件を厳しくする必要性があり、生成キノリン不溶分の溶解性が低い為にコーキングトラブルを生起し易い。」(摘記事項(1e)参照)と記載されていることから、引用発明1の上記高沸点油は、蒸留技術上から決まる高い50%留出温度の留分であって、「コールタールの常圧蒸留において蒸留塔塔底温度約290℃で得られる蒸留残を」対象にして「減圧蒸留して得られる」ものであり、これの大気圧下での初留点が290℃よりも高い温度であることは明らかであることからして、この「290℃よりも高い温度」は、本願発明の「沸点範囲が少なくとも270℃から始まるコールタール蒸留物」における「少なくとも270℃」と重複し、これを満足するものである。
そして、本願明細書を仔細にみても、当該270℃という初留点に、臨界的意義を認めるに足りる記載は見当たらない。
してみると、本願発明の当該相違点1Aに係る発明特定事項は、引用発明1が既に想定する範疇のものであって、当業者が容易に想到し得るものと認められる。
加えて、引用例2(摘記事項(2e)?(2g)、特に摘記事項(2g)に記載された前駆物質であるコールタール重油(重質クレオソート留分)の特性の欄参照)には、沸点範囲が少なくとも270℃から始まる重質クレオソート留分(上記特性欄には270℃での留分が0.0重量%であることが示されている。)を出発材料として含浸用ピッチを生成することが記載されており、このような出発材料の選択及びこれに応じた初留点の設定に特段の創意を認めることはできないから、この点からみても、本願発明の相違点1Aに係る発明特定事項に特許性を見出すことはできない。
(2)相違点1Bについて
引用例1には、「本発明に於ける反応条件の内、第1段の加熱温度は前記の如く400?480℃就中420?460℃(反応器出口温度)するのが好ましい・・・・。第2段の加熱温度は上記の範囲よりも幾分下げる必要があり、その低下度は該範囲の上下限より夫々15℃以上特に25℃以上の温度差とすることが好ましい。」(摘記事項(1f)参照)、及び「実施例2 ・・・加圧反応装置で・・・435℃で6時間加熱した。・・・この反応油を・・・400℃、7時間加熱した。」(摘記事項(1h)参照)と記載されていることから、引用発明1においては、第1段加熱温度及び第2段加熱温度をともに、本願発明が規定する「400?525℃」という温度域内で行うものであるということができる(例えば、第1段加熱温度を好ましいとされる温度域420?460℃から選択し、第2段加熱温度をこれより15℃低下させた場合を考えると、両加熱温度はともに本願発明の温度規定を満足する。)。
したがって、本願発明の当該相違点1Bに係る発明特定事項は、引用発明1が既に想定する範疇のものであって、当業者が容易に想到し得るものと認められる。
(3)相違点1Cについて
本願発明の「b)工程」は、前半部分において「前記タールを蒸留」すること(以下、「b1工程」という。)を規定し、後半部分において「コークス化値が少なくとも55%で且つ軟化点が90℃以上140℃以下で、キノリン不溶分含有量が約0.5重量%よりも小さいピッチを生成する」こと(以下、「b2工程」という。)を規定するものである。
そして、当該b1工程は、「タールを蒸留する工程」であるから、本願発明に係る方法を構成する、有意な一工程として理解することができるものの、b2工程については、本願明細書を仔細にみても、これが意図する有意かつ具体的な工程を認めるに足りる記載は見当たらない。
してみると、本願発明の「b)工程」のうち、b1工程は有意な工程として認識することができるのに対して、b2工程は、本願発明に係る方法を構成する有意な工程としてではなく、単に最終的に得られたピッチ特性(所望するピッチ特性)を提示するにすぎないもの(単なる作用効果の追記にすぎないもの)と捉えるのが相当である。
一方、引用例1には、「上記バインダーピッチの要件からすれば、このようなすぐれた含浸用ピツチが得られれば、軟化点の調整だけでバインダーピツチとしてもすぐれた性能を発揮するものと考えられる。」(摘記事項(1b)参照)、「之によりベンゼン不溶分並に固定炭素を増加させた後生成物から油分を適当量遂出させて所望のピツチ軟化点に合わせる新規方法を試験した。」(摘記事項(1d)参照)、及び「実施例2・・・その後さらに未反応油を減圧蒸留で留去しピツチを得た。」(摘記事項(1h)参照)と記載されているから、引用発明1は、二段加熱を必須工程としながらも、その後、「未反応油を減圧蒸留で留去」し「生成物から油分を適当量遂出」させて所望のピッチ軟化点に調整するものということができる。
そうすると、引用発明1において、このようなピッチ軟化点の調整のための蒸留工程、すなわち、本願発明における上記b1工程に相当する工程を付加することは当業者にとって容易なことといえ、結局のところ、方法の発明を構成する有意な工程に着目した場合、本願発明の上記相違点1Cに係る工程は、引用発明1が既に想定する範疇のものであって、当業者が容易に想到し得るものと認められる。
仮に、上記b2工程が単なる所望のピッチ特性の提示(作用効果の追記)に留まるものではなく、有意な工程として某かの意味を持つものであるとしても、その意味は、b2工程において示された所望のピッチ特性となるように、「a)工程」あるいは「b1工程」の条件をさらに最適化する程度のものと解されるから(ただし、本件明細書には、この最適化の手法が十分に説明されていないことから、当該最適化の手法は、当業者が既に会得している技術常識に依拠して行い得る程度のものと理解するほかない。)、容易想到の域を脱するものとは到底いえない。
なぜなら、そもそも、当該b2工程において示された所望のピッチ特性は、上記4.2のとおり、一般に、含浸用ピッチにおいて要求され、所望されているものであるから、当然のことながら、引用発明1に係る含浸用ピッチにおいても必要に応じて所望される特性にほかならないのであって、引用発明1において、このような所望のピッチ特性となるよう、当業者が有する技術常識に照らしながら、工程の最適化を図ることは、まさに当業者の通常能力の発揮にすぎないからである。事実、引用例1には、「第1、2段加熱に於ける上記反応温度、圧力、時間の各具体的数値は、原料タール(出発原料)とその留分たる高沸点油(原料油)の各性状、並に製品ピッチの所望性状等に応じ、適宜に選択さるべきは勿論である」(摘示事項(1g)参照)と教示され、さらに、上記のとおり最終の蒸留工程による未反応油の留出の程度により、ピッチ軟化点の調整が可能であることまで示唆されているのであるから、引用発明1において、上記所望性状の製品ピッチを得ることを阻害する技術上の要因も見当たらない。
してみると、たとえ本願発明のb2工程が、方法の発明を有意なものとして特徴付ける工程であったとしても、本願発明の上記相違点1Cに係る工程は、引用発明1及び引用例1、2に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に想到し得るものということができる。
(4)相違点の検討のまとめ
以上のとおり、本願発明の、上記相違点1A、1B、1C(但しb1工程)に係る発明特定事項は、引用発明1が既に想定する範疇のものであって、当業者が容易に想到し得るものであり、上記相違点1Cのb2工程については、本願発明に係る方法を構成する工程として有意なものとは認められないか、仮に有意な工程であるとしても、引用発明1及び引用例1、2に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に想到し得る程度のものということができる。そして、本願明細書をみても、本願発明がこれら相違点に係る技術的事項を具備することにより引用例1等の記載から当業者が予想し得ないような有利な効果を奏する、と認めるに足りる記載は見当たらない。

4.4 本願発明と引用発明2との対比・検討

4.4.1 対比
次に、本願発明と引用発明2とを対比すると、両発明の対応関係は次のとおりである。
(ア)引用発明2の「ピッチの製造法」は、本願発明の「ピッチを生成する方法」に相当する。
(イ)引用発明2における「コールタールの常圧蒸留において蒸留塔塔底温度約290℃で得られる蒸留残を減圧蒸留して得られた高沸点油である、5%留出温度280℃、50%留出温度360℃の留分」は、本願発明における「コールタール蒸留物」に相当するものといえる(上記4.3.1(イ)参照)。
(ウ)引用発明2は、上記留分(コールタール蒸留物)を「20kg/cm^(2)G、435℃で6時間という第1段加熱を施した後、この反応油を第2段加熱の反応条件まで断熱フラッシュした時に留出し得る量の油を蒸留で抜き出し、10kg/cm^(2)G、400℃で7時間という第1段加熱よりも低温の第2段加熱を行」うものであるところ、これら第1段加熱および第2段加熱は、圧力下で435℃及び400℃に加熱して行うものであるから、本願発明が規定する「圧力下で400?525℃」という加熱条件に合致する。そして、当該第1、2段加熱により得られた反応油は、「タール」と呼称し得るものであるから(上記4.3.1(ウ)参照)、引用発明2における当該二段加熱の工程は、本願発明における「コールタール蒸留物を圧力下で400?525℃にまで加熱してタールを取得する工程」に相当するものといえる。
(エ)引用発明2における「さらに未反応油を減圧蒸留で留去して、軟化点81.0℃、キノリン不溶分0.4%、固定炭素57.8%という性状のピッチを得る」工程は、上記二段加熱により得られた反応油(タール)をさらに蒸留して未反応油を留去し、特定性状のピッチを得るものであるから、本願発明における「前記タールを蒸留して」「ピッチを生成する工程」に相当する。
(オ)引用発明2において得られたピッチのキノリン不溶分は「0.4%」であるから、本願発明の「キノリン不溶分含有量が約0.5重量%より小さい」という規定に合致する。
上記(ア)?(オ)の相当関係を踏まえると、両者は、次の点で一致するといえる。
「ピッチを生成する方法であって、
a)コールタール蒸留物を圧力下で400?525℃にまで加熱してタールを取得する工程と、
b)前記タールを蒸留して、キノリン不溶分含有量が約0.5重量%よりも小さいピッチを生成する工程と、を含む
ピッチを生成する方法。」
そして、両者は、次の点で相違するものと認められる。
<相違点2A>
本願発明のコールタール蒸留物は、「沸点範囲が少なくとも270℃から始まる」のに対して、引用発明2のものは、この点の明示がない点。
<相違点2B>
本願発明は、最終的に、「b)タールを蒸留して、コークス化値が少なくとも55%で且つ軟化点が90℃以上140℃以下で、キノリン不溶分含有量が約0.5重量%よりも小さいピッチを生成する工程」を具備するのに対して、引用発明2は、「未反応油を減圧蒸留で留去して、軟化点81.0℃、キノリン不溶分0.4%、固定炭素57.8%という性状のピッチを得る」ものであって、キノリン不溶分含有量以外のピッチの性状が異なる点。

4.4.2 相違点の検討
本願発明の、当該相違点2A、2Bに係る発明特定事項は、上記4.3.2の「(1)相違点1Aについて」及び「(3)相違点1Cについて」において既に検討したのと同様の理由により、引用発明2及び引用例1、2に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に想到し得るものということができる。

4.5 審判請求人の主張について

最後に、審判請求人の主張について言及すると、審判請求人は審判請求書において、引用発明は、出発材料としてコールタール蒸留物を用いる代わりに「原料タールの常圧蒸留残」を用いるものであり、当該「蒸留残」とは蒸留塔塔底に残った物質であり、本願でいうコールタールピッチ残留物のことであるから、本願発明のように「コールタール蒸留物」を出発材料として選択するものではない旨主張するので、この点について検討する。
まず、本願発明における「沸点範囲が少なくとも270℃から始まるコールタール蒸留物」につき本件明細書を仔細にみると、その段落【0034】には「コールタールを蒸留すると、コールタールは少なくとも二つの生成物に分離され、重い残留生成物がコールタール蒸留物としての間接生成物を含むコールタールピッチ残留物に相当する。コールタールの蒸留の一実施形態においては複数の蒸留塔が利用され、コールタールがコールタールピッチと異なる沸点範囲を有するさまざまなコールタール蒸留物とに分離される。」と記載され、段落【0037】には、「本発明のピッチを生成する第一の工程として、比較的高い沸点範囲を有するコールタール蒸留物を選択する。高温沸点範囲を有するコールタール蒸留物には、沸点範囲が典型的に約270℃以上315℃以下で始まる軽質クレオソート油、沸点範囲が典型的に約315℃以上355℃以下で始まる中質クレオソート油、及び沸点範囲が典型的に約355℃から始まる重質クレオソート油などの材料が含まれる。高沸点範囲を有するコールタール蒸留物の大気圧における沸点範囲は、少なくとも約270℃、好ましくは約315℃、そしてより好ましくは約355℃から始まるべきである。」と記載されている。
そうすると、本願発明における「沸点範囲が少なくとも270℃から始まるコールタール蒸留物」とは、大気圧における沸点範囲が少なくとも270℃から始まる留分であると解するのが相当である。言い換えれば、当該コールタール蒸留物は、単に、コールタールを構成する種々の化合物から、沸点範囲が270℃以上である化合物を、某かの蒸留手法により留分として得たものを指すということができ、また、270℃までの蒸留温度にあっては、気化することなく残留するもの(残留物)であることは明らかである。
一方、引用発明1(引用発明2も同様)の「コールタールの常圧蒸留残の減圧蒸留によって得られる高沸点油」は、既に上記4.3.1(イ)にて説示したとおり、本願発明における「コールタール蒸留物」に相当するものと言い得るところ、さらに詳記すると、当該高沸点油は、「原料タールの常圧蒸留に於て蒸留塔塔底温度約290℃で得られる蒸留残を減圧蒸留して得られる高沸点油」(摘示事項(1e)参照)であり、「原料タールの蒸留残またはそれから製造されるピッチに代え該蒸留による留出油就中その高沸点留分を使用する」(摘示事項(1c)参照)ことを意図して採用されたものであることから、大気圧における沸点範囲がおおよそ290℃以上となる、減圧蒸留により得られた留出油(留分)であるということができ、また、おおよそ290℃までの蒸留温度にあっては、気化することなく残留するもの(残留物)であることは明らかである。
してみると、引用発明1の「コールタールの常圧蒸留残(蒸留塔塔底温度290℃で得られるもの)の減圧蒸留によって得られる高沸点油」と、本願発明の「沸点範囲が少なくとも270℃から始まるコールタール蒸留物」とは、沸点範囲の下限値(初留点)において差があるとしても、高沸点の留分であるとともに、沸点範囲の下限値(初留点)までの蒸留温度にあっては、気化することなく残留するもの(残留物)である点で一致するので、この高沸点油が「蒸留残」であって本願発明の「コールタール蒸留物」とは相違するとする、審判請求人の上記主張を採用することはできない。

5.むすび

以上検討のとおり、本願の請求項1に記載された発明は、本願の優先日前に頒布された上記引用例1、2に記載された発明ないし技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、請求項2および3に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-04-27 
結審通知日 2015-04-28 
審決日 2015-05-13 
出願番号 特願2011-510523(P2011-510523)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C10C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 森 健一  
特許庁審判長 豊永 茂弘
特許庁審判官 日比野 隆治
山田 靖
発明の名称 高いコークス化値を有するピッチ  
代理人 瀧野 秀雄  
代理人 川崎 隆夫  
代理人 瀧野 文雄  
代理人 鳥野 正司  
代理人 朴 志恩  
代理人 津田 俊明  

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