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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C09K
管理番号 1306201
審判番号 不服2013-15629  
総通号数 191 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2015-11-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-08-12 
確定日 2015-10-05 
事件の表示 特願2009-502242「多結晶質研磨材料成形体」拒絶査定不服審判事件〔平成19年10月 4日国際公開、WO2007/110770、平成22年 7月 8日国内公表、特表2010-522776〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯

本願は、平成19年3月29日を国際出願日とする出願であって、平成24年8月27日付けで拒絶理由が通知され、その指定期間内である同年11月28日に意見書及び手続補正書が提出されたが、平成25年4月9日付けで拒絶査定され、これに対し、同年8月12日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、さらに、審判請求書の請求の理由を補正する手続補正書(方式)及びその参考資料を補足する手続補足書がそれぞれ同年10月8日及び10月9日(受付)に提出されたものである。

2.平成25年8月12日付けの手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
平成25年8月12日付けの手続補正を却下する。

[理由]
(1)補正の内容

平成25年8月12日付けの手続補正書による特許請求の範囲の補正(以下、「本件補正」という。)は、特許法第17条の2第1項第4号に掲げる事項を目的とする補正であって、特許請求の範囲の請求項1について次のとおり補正することを含むものである。
本件補正前:
「【請求項1】
マトリックス材料中に存在する超硬研磨粒子と、該マトリックス材料とを含有する多結晶質超硬研磨材料であって、
該マトリックスは、該超硬研磨粒子を結合していて、0.5μm未満の平均のマトリックス又は結合材厚さを有し、該平均のマトリックス又は結合材厚さが0.5μm以下の標準偏差を有している、多結晶質超硬研磨材。」
本件補正後:
「【請求項1】
マトリックス材料中に存在する超硬研磨粒子と、該マトリックス材料とを含有する多結晶質超硬研磨材料であって、
該マトリックスは、該超硬研磨粒子を結合していて、0.5μm未満の平均のマトリックス又は結合材厚さを有し、該平均のマトリックス又は結合材厚さが0.5μm以下の標準偏差を有していて、該マトリックスが、チタン及びタンタルの少なくとも1つから選択されるマトリックス材料である、多結晶質超硬研磨材。」
(以下、本件補正前の請求項1に係る発明を「本願発明」といい、本件補正後の請求項1に係る発明を「本願補正発明」という。)

(2)補正の適否についての当審の判断

上記請求項1についてする補正は、本件補正前の請求項1に記載されたマトリックスを、「チタン及びタンタルの少なくとも1つから選択されるマトリックス材料である」と特定するものである。そこで、以下、当該補正が、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法(以下、単に「特許法」という。)第17条の2第3項から第5項までの規定に違反しているか否かにつき検討する。

(2-1)特許法第17条の2第3項の規定違反について

まず、特許法第184条の12第2項の規定により読み替えられた特許法第17条の2第3項の規定に照らし、本件補正が、本件の国際出願日における国際特許出願の明細書若しくは図面(図面の中の説明に限る。)の翻訳文、国際出願日における国際特許出願の請求の範囲の翻訳文又は国際出願日における国際特許出願の図面(図面の中の説明を除く。)(以下、これらをまとめて「本件翻訳文等」という。)に記載した事項の範囲内においてしたものか否かを検討する。

(2-1-1)本件翻訳文等の記載事項

本件翻訳文等には、マトリックス材料及びその形成工程につき、以下のような記載が認められる。

A:(特許請求の範囲におけるマトリックス材料に関する記載)
「【請求項9】
ガラス性表面を有する多数個の超硬研磨粒子を提供する工程と、脱イオン水の存在下でアルコキシドの加水分解及び重縮合を経るゾル-ゲル法によって、懸濁液中の前記超硬研磨粒子をマトリックス前駆体材料で被覆する工程と、前記の被覆された超硬研磨粒子が焼結工程に適するように該超硬研磨粒子を処理する工程と、前記の被覆された超硬研磨粒子が結晶学的又は熱力学的に安定である圧力及び温度で、前記の被覆された超硬研磨粒子を圧密化して焼結する工程とを含む、多結晶質超硬研磨材の製造方法であって、
前記超硬研磨粒子上の被膜の加水分解及び重縮合の速度は、前記懸濁液に前記脱イオン水を極めてゆっくりと添加することによって制御することを特徴とする、上記製造方法。
・・・・
【請求項18】
前記の被覆された超硬研磨粒子を処理して、前記マトリックス前駆体材料を、該マトリックス前駆体材料の酸化物、窒化物、炭化物、酸窒化物、酸炭化物若しくは炭窒化物、又は、該マトリックス前駆体材料の単体形態、又は、それらの組合せに転化する、請求項9?17のいずれか1項に記載の方法。
・・・・
【請求項22】
前記の転化されたマトリックス前駆体材料は、前記のマトリックス前駆体材料のミクロン粒度、サブミクロン粒度若しくはナノ粒度の酸化物、窒化物、炭化物、酸窒化物、酸炭化物及び炭窒化物、又は、単体のマトリックス前駆体材料、又は、それらの組合せから選定する、請求項9?21のいずれか1項に記載の方法。
【請求項23】
前記の転化されたマトリックス前駆体材料は、アルミニウム、チタン、ケイ素、バナジウム、ジルコニウム、ニオブ、ハフニウム、タンタル、クロム、モリブデン及びタングステンの酸化物、窒化物、炭化物、酸窒化物、酸炭化物及び炭窒化物、並びに、これらの材料のいずれかの適切な組合せから選定する、請求項9?22のいずれか1項に記載の方法。
【請求項24】
前記マトリックス前駆体材料は、アルミニウム、チタン、ケイ素、バナジウム、ジルコニウム、ニオブ、ハフニウム、タンタル、クロム、モリブデン及びタングステンの非晶質化合物又はナノ粒度化合物、並びに、これらの材料のいずれかの適切な組合せから選定する、請求項9?23のいずれか1項に記載の方法。
【請求項25】
前記の転化されたマトリックス前駆体材料は、タングステン、モリブデンの単体形態、又は、これらの金属の組合せ若しくは合金である、請求項9?22のいずれか1項に記載の方法。
【請求項26】
前記の転化されたマトリックス前駆体材料の単体形態は、ナノ粒度のタングステン、モリブデン、又は、これらの金属の組合せ若しくは合金である、請求項9?22のいずれか1項又は請求項25に記載の方法。」

B:(マトリックス材料の概要に関する記載)
「【0010】
・・・・
マトリックス材料は、ミクロン結晶粒度、サブミクロン結晶粒度若しくはナノ結晶粒度の酸化物マトリックス、窒化物マトリックス、炭化物マトリックス、酸窒化物マトリックス、酸炭化物マトリックス又は炭窒化物マトリックスを包含するが、それらに限定されない。サブミクロンサイズ又はナノサ
イズのマトリックス材料は、アルミニウム、チタン、ケイ素、バナジウム、ジルコニウム、ニオブ、ハフニウム、タンタル、クロム、モリブデン及びタ
ングステンの酸化物、窒化物、炭化物、酸窒化物、酸炭化物及び炭窒化物、並びに、これらの材料のいずれかの適切な組合せを包含する。これらのマトリックスは、アルミニウム、チタン、タンタル、ケイ素又はジルコニウムの、ナノ結晶粒度の化合物であることが好ましい。」

C:(ゾル-ゲル法を利用したマトリックスの形成工程に関する記載)
「【0012】
・・・・
本発明の方法は、概して4つの手順要素、即ち、1)超硬研磨粒子にガラス性表面(vitreophilic surfaces)を与える工程、又は、適切な場合には、該超硬研磨粒子の表面を化学的に処理して、それら表面をガラス性にする工程、2)コロイド懸濁液反応法(colloidal suspension reaction methods)を用いて、前記超硬粒子を前駆体材料で被覆する工程、3)複数種類の反応ガスを含有するガス環境を包含するガス環境の中で、前記の被覆された超硬粒子を熱処理して、その被膜を、選ばれた酸化物、窒化物、炭化物、酸窒化物、酸炭化物及び/又は炭窒化物に転化する工程、並びに、4)高圧高温での圧密化及び焼結を行って、十分に高密度の微細構造でナノ構造の複合材料部品を作り出す工程、を含む。
【0013】
第1の工程では、超硬粒子材料の表面化学を巧みに操作して、超硬研磨粒子にガラス性(vitreophilic nature)を与える。
・・・・
【0014】
第2の工程では、超硬研磨粒子を、非晶質及び/又はナノ結晶粒の水和酸化物の前駆体材料でコロイド懸濁液被覆する工程が使用される。PCT/IB2005/002799号明細書に記載のゾル-ゲル法の幾つかの工程を最適化することによって、ミクロンサイズ、サブミクロンサイズの超硬材料粒子を、且つ、ナノサイズの超硬材料粒子をも的確に被覆することができることが分かった。
・・・・
【0018】
第3の工程では、選定したガス環境中で、前駆体の被覆された超硬粒子に対して、温度をプログラム化した反応熱処理を行って、該被膜を部分的に緻密化し、次いで、それを選定された微細なセラミック材料又はナノ結晶粒度のセラミック材料に転化する。被膜を部分的に緻密化し、残留しているあらゆる水分及びアルコール成分を追い出し、且つ、該被膜を所望の酸化物相として結晶化させるために、空気中又は酸素中での熱処理を採用する。加熱速度、最高温度、及び最高温度の持続時間は、必要とされる酸化物の構造、相及び種類によって特定される。
被膜を窒化物に転化することが望ましい場合、ある特定の用途では、約1400℃以下の温度が必要であるかもしれないが、乾燥された被覆材料、又は空気中でか焼した被覆材料を、典型的には1100℃以下の乾燥アンモニア中で加熱することができる。この、温度をプログラム化した反応熱処理は、被覆材料を徐々に変化させて、酸化物ベース被膜を、化学両論的な窒化物及び酸窒化物、並びに非化学両論的な窒化物及び酸窒化物に転化することができる。この場合も先と同様に、加熱速度、ガスの流速、最高温度、及び最高温度の持続時間は、必要とされる窒化物の構造、相及び種類によって特定される。
【0019】
酸窒化物相は、前記の諸条件を適切に選定することによって作り出すことができることも見出だされた。
被膜を炭化物に転化することが望ましい場合、ある特定の用途では、1500℃以下の温度が必要であるかもしれないが、乾燥された被覆材料、又は空気中でか焼した被覆材料を、典型的には1200℃未満の温度で、炭素質ガス(例えば、メタン又はエタン)と水素との混合物の中で加熱することができる。この場合も先と同様に、加熱速度、ガスの流速、最高温度、及び最高温度の持続時間は、必要とされる炭化物の構造、相及び種類によって特定される。酸炭化物相は、前記の諸条件を適切に選定することによって作り出すことができることも分かった。代替的に、上述のようにして作り出された窒化物被膜は、メタン又はエタンと水素との混合物の中で適切に加熱処理することによって炭化物に転化することができることが分かった。炭窒化物相は、前記の諸条件を選定することによって作り出すことができる。
【0020】
幾種類かの酸化物被膜は、純水素中での還元によって、対応する単体金属まで容易に還元することができる。そのような被膜の例は、酸化タングステン(WO_(3))及び酸化モリブデン(MoO_(3))であり、それらの被膜は、500?700℃の典型的な範囲の低い温度で、単体金属まで容易に還元することができる。
・・・・
【0021】
第4の工程では、高温による圧密化工程及び焼結工程を、超硬粒子が熱力学的に且つ化学的に安定である温度及び圧力で用いて、十分に緻密な、又はほぼ十分に緻密なミクロンサイズ、サブミクロンサイズ及びナノサイズの複合材料によるモノリシック(monolithic)材料部品を作り出す。」

D:(チタンあるいはタンタルに関連するマトリックス材料の実施例)
「【0030】
実施例1 1.3μmの平均粒度を有する立方晶窒化ホウ素100gをHClで清浄化して、表面汚染物を除去した。立方晶窒化ホウ素(cBN)粒子の表面は、国際特許出願PCT/IB2005/002799号明細書に教示される通りに、親ガラス性(vitreophilic)にした。次いで、ビーカーに入れた純アルコール700mlに、cBN 53.7gを懸濁させた。該懸濁液は、大ホーン(直径40mm)を用い、cBN粒子を非凝集化するのに十分大きい動力で、20分間超音波処理を行った。次いで、該懸濁液は、櫂形撹拌機を用い、約100rpmで激しく撹拌した。
タンタル(V)エトキシドの液体[Ta(OC_(2)H_(5))_(5)]50gを、無水エタノール75mlに溶解させた。cBN懸濁液を(超音波処理した後)室温まで冷却した後、Ta(OC_(2)H_(5))_(5)は、2時間の時間にわたって該cBN懸濁液に一滴ずつ添加した。次いで、チタンイソプロポキシドの液体[Ti(OC_(3)H_(7))_(4)]35.25gを、無水エタノール75mlに溶解させ、次いで、更に2時間の時間にわたって該cBN懸濁液に一滴ずつ添加した。
【0031】
脱イオン水44mlを、無水エタノール200mlで希釈し、次いで、2時間の時間にわたって立方晶窒化ホウ素(cBN)懸濁液に添加した。その懸濁液及び諸試薬は、室温(約25℃)に保持し、加熱しないで反応速度を低くした。更に16時間の間、撹拌し続けた。次いで、結果として得られた多数の被覆された粒子は、純エタノールで3回洗浄し、次いで、回転式蒸発器で乾燥させた。次いで、750℃に維持されたオーブンで2日間、更なる乾燥工程を行った。交換可能ディスク記憶装置(EDS)を使用しながら、走査型電子顕微鏡(SEM)で調べてみると、各々のcBN粒子は、チタン及びタンタルの酸化物化合物の均質混合物であって、細孔性非晶質のチタニア(TiO_(2))及びタンタラ(tantala:酸化タンタル)(Ta_(2)O_(5))であると予想される上記均質混合物で完全に被覆されていることが観察された。
次いで、この酸化物で被覆されたcBNは、400℃の空気で3時間の間処理した。加熱速度及び冷却速度は、5℃/分に維持した。次いで、空気加熱処理された、チタニア及びタンタラで被覆されたサブミクロンcBN粒子60gを、管状炉の中で、乾燥アンモニアガス(NH_(3))の流れに暴露させながら、1000℃で5時間の間更に加熱した。使用した加熱速度は、10℃/分であった。X線回折(XRD)調査によって、アンモニア中でのこの熱処理は、ナノ結晶粒度のチタニア及びタンタラの被膜をナノ結晶粒度の窒化チタン(TiN)及び窒化タンタル(TaN)に転化することが示された。
【0032】
次いで、ナノ結晶粒度のTiN/TaNの組合せで被覆された立方晶窒化ホウ素(cBN)約45gを、当該技術分野では周知のベルト型高圧装置の中で、約5.0GPaの圧力で20分間、約1400℃の温度にさらした。
連続したTiN/TaNマトリックスの中にcBN約84体積%を有する、亀裂なし多結晶質cBN材料を製造した。結果として得られた材料を走査型電子顕微鏡(SEM)で調べてみると、TiN/TaNマトリックス中にサブミクロンのcBN粒子を有する、十分に焼結された均質な単分散系であることが分かった。結合材相を前述の方法のように測定し、この複合材料に対する平均結合材自由行程は0.25μmであり、この値の標準偏差は0.23μmであることが分かった。」

(2-1-2)本件翻訳文等の記載事項と本件補正との関係

上記した本件翻訳文等の記載事項を斟酌すると、本件翻訳文等に記載されたマトリックス材料は、ゾル-ゲル法により超硬研磨粒子に被覆された金属酸化物であるか、当該金属酸化物を転化した窒化物、炭化物、酸窒化物、酸炭化物、炭窒化物及び単体形態、並びに、これらの材料のいずれかの組合せ、から構成されていることが理解できる。
そして、上記単体形態は、上記金属酸化物を還元(転化)したものであって、具体的には、タングステンとモリブデンを想定したものであると解される(記載事項A【請求項25】、記載事項C【0020】参照)。
そうすると、本件翻訳文等には、チタンあるいはタンタルに関連するマトリックス材料として、チタンあるいはタンタルの酸化物、窒化物、炭化物、酸窒化物、酸炭化物及び炭窒化物、並びに、これらの材料のいずれかを組合せたものが記載されているということができる。
一方、本件補正後の請求項1に記載されたマトリックスは、上記のとおり「チタン及びタンタルの少なくとも1つから選択されるマトリックス材料」であるところ、審判請求人は、平成25年10月8日付けの手続補正書(方式)において、「TiNTaN」をマトリックス材料とする試験結果を提示していることを斟酌すると(後記「5.(3-5)」も参照)、当該マトリックス材料は、チタンあるいはタンタルを含有しさえすればよい、広範な材料から選定されるものであって、具体的には、チタン単体、タンタル単体はもとより、チタンの合金(例えば、Ti-Ta合金)、硼化物(例えば、TiB_(2))、金属間化合物(例えば、TiAl)などをもその範疇とする、と解するのが相当である。
してみると、本件補正後のマトリックス材料は、本件翻訳文等に記載されたマトリックス材料以外の材料(上記例示のチタンの単体、合金、硼化物、金属間化合物など)を包含するものであるから、本件補正は、本件翻訳文等に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものといえ、また、技術常識に照らしても、上記したチタン単体などの材料が、本件翻訳文等に既に記載されていたとする根拠は見当たらないから、当業者によって、本件翻訳文等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係においても、新たな技術的事項を導入しないものということはできない。
したがって、本件補正は、本件翻訳文等に記載した事項の範囲内でしたものということはできない。

(2-1-3)小括

以上のとおり、本件補正は、特許法17条の2第3項の規定に違反しているものと認められるので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

(2-2)特許法第17条の2第5項の規定違反について

上記のとおり、本件補正は、特許法第17条の2第3項の規定に違反するものであり、却下すべきものであるが、仮に、本件補正が、当該規定に違反しておらず、マトリックスの材料をさらに特定するものであって、同法同条第4項第2号に規定される特許請求の範囲の減縮を目的とする補正であるとした場合について、本件補正後の請求項1に係る発明(本願補正発明)が特許法第17条の2第5項で準用する同法第126条第5項の規定する要件(いわゆる独立特許要件)を満たすか否か検討する。

本願補正発明に係る多結晶質超硬研磨材は、上記(1)のとおり、「チタン及びタンタルの少なくとも1つから選択されるマトリックス材料」を構成
要素とするものであるところ、上記(2-1-2)にて説示したとおり、当該マトリックス材料は、チタン単体である場合を包含するものである。
しかしながら、上記(2-1-1)の記載事項Cに示された工程に照らすと、チタン単体で構成されるマトリックスを形成するためには、ゾル-ゲル法により形成されたチタンの酸化物を還元(転化)してチタン単体とする必要があるが、本件明細書の発明の詳細な説明には、タングステンやモリブデンの酸化物を還元して単体金属とすることは説明されているものの(上記記載事項C【0020】参照)、チタン酸化物の還元については何ら説明されていないし、チタン酸化物は、水素還元等により容易に単体金属とすることができない化合物であることは、当業者間でよく知られた事項である。
そうすると、本件明細書の発明の詳細な説明は、本願補正発明のうち、マトリックス材料がチタン単体である場合につき、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものということはできないから、特許法第36条第4項第1号に適合するものではない(チタン単体に限らず、上記例示のチタン合金などについても同様である。)。
したがって、本件補正後の本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4号第1号の規定に適合するものではないから、本件補正後の本願は、同法第49条第4号に該当し、拒絶すべきものであって、本願補正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものとはいえず、本件補正は、特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反しているものと認められるから、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下されるべきものである。

3.本願発明

平成25年8月12日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、本願の請求項1ないし37に係る発明は、平成24年11月28日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし37にそれぞれ記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、そのうち請求項1に係る発明は、再掲すると次のとおりのものである。
「【請求項1】
マトリックス材料中に存在する超硬研磨粒子と、該マトリックス材料とを含有する多結晶質超硬研磨材料であって、
該マトリックスは、該超硬研磨粒子を結合していて、0.5μm未満の平均のマトリックス又は結合材厚さを有し、該平均のマトリックス又は結合材厚さが0.5μm以下の標準偏差を有している、多結晶質超硬研磨材。」

4.原査定の拒絶理由

原査定の拒絶の理由は、「平成24年8月27日付け拒絶理由通知書に記載した理由C」であって、要するに、本願発明は、下記引用文献1ないし3に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものである。

引用文献1:特開2000-44347号公報
引用文献2、3は省略

5.当審の判断

(1)引用文献1の記載事項

本件国際出願日前に頒布された刊行物である上記引用文献1には、次の記載がある。

a:
「【請求項1】 cBN粒子を結合相で焼結した焼結体であって、
前記結合相が二次元的に見て連続しており、
この結合相は、
周期律表4a,5a,6a族遷移金属の炭化物,窒化物,炭窒化物,硼化物、
Alの窒化物,硼化物,酸化物、
Fe,Co,Niの少なくとも1種の炭化物,窒化物,炭窒化物,硼化物、
およびこれらの相互固溶体よりなる群から選択される1種以上を含み、
cBNの含有率が体積%で45-70%で、
cBN粒子の平均粒度が0.01以上2.0μm未満であり、
結合相厚みの平均値が1.0μm以下で、その標準偏差が0.7以下であることを特徴とするcBN焼結体。」

b:
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は立方晶窒化硼素(cBN)焼結体に関するものである。特に、耐摩耗性および耐欠損性が改良された切削工具用のcBN焼結体に関するものである。」

c:
「【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかし、上記の各技術においても、強度の面で必ずしも十分ではない。例えば、上記の焼結体をバイトに用いた場合、強い衝撃が刃先に加わるような用途では、衝撃により刃先が欠損しやすく、その結果、工具寿命が安定しないという問題があった。
【0005】従って、本発明の主目的は、強度を向上することにより、耐欠損性に優れたcBN焼結体を提供することにある。」

d:
「【0007】従来のcBN焼結体(cBN粒子が平均粒度0.01?2μm)は結合相厚みの標準偏差が0.7を越えている。すなわち、結合相の厚みのばらつきが大きく、結合相だけで大きな体積を占める部分がある。この部分は焼結体中で強度が弱い部分(欠陥)である。焼結体に衝撃が加わったときに、この部分は応力が集中しやすく、かつ強度が弱いため、ここを起点に破壊が発生しやすく、工具の耐欠損性が十分でない。
【0008】刃先に衝撃が加わる用途では、上述したように、衝撃により上記の欠陥の部分に応力が集中し、かつこの部分の強度が弱いために、ここと起点として破壊が発生し、刃先が欠損すると考えられる。
【0009】そこで、本発明焼結体では結合相厚みのバラツキを従来の焼結体より小さくすることで、欠陥となる部分を少なくし、耐欠損性の改善を図っている。結合相の平均厚みとその標準偏差が上記規定値を越えると、結合相だけで大きな体積を占める部分が増え、耐欠損性の改善効果が少ない。また、結合相の平均厚みの下限は、結合相としての機能を発揮するため、0.2μm程度が好ましい。さらに、cBN粒子が上記規定よりも微粒では粒子の耐熱性が劣って摩耗が発達しやすくなり、規定よりも粗粒ではcBN粒子自体が衝撃により劈開し、刃先が欠損して工具の耐欠損性が不足するので、cBN粒子の粒度は0.01-2μmが適している。」

e:
「【0033】(実施例3)92重量%のTiの窒化物と18重量%のAlを混合し、真空中で1200℃、30分熱処理をした化合物を粉砕し、結合相粉末を作製した。この粉末はXRDではTiN、Ti_(2) AlN、TiAl_(3)等のピークがみられた。この結合相粉末を平均粒径1.5μmのcBN粉末にcBNの体積含有率が表3に記載の割合となるように被覆した。被覆はRFスパッタリングPVD装置を用いて行った。この被覆粉末をTEMで観察したところ、cBN粉末にTiNが平均層厚45nmでほぼ均質に被覆されていることがわかった。このTiN被覆cBN粒子および前記結合相粉末をボールミルで分散材を用いずに混合した。BM法による混合は、ポットに直径10mmのボールとcBN粉末および結合材粉末を入れ、235rpm、550分、エチルアルコール中で湿式混合により行った。そして、この混合粉末を4.9GPa 、1380℃の超高圧、高温下で焼結した。得られた焼結体のXRDはどれもcBN、TiN、TiB_(2)、AlB_(2)、AlN、Al_(2)O_(3)、WCが観測された。
【0034】
【表3】

【0035】これら焼結体の組織を金属組織顕微鏡にて1500倍で撮影したところ、黒く見えるcBN粒子と白く見える結合相が観察された。また、この写真で任意の直線を引き、結合相厚みを測定したところ、表3に示す平均値と標準偏差が得られた。
【0036】さらに、これら焼結体を切削工具に加工し、下記の条件で切削試験を実施し、欠損に至る工具寿命を測定した。その結果も表3に示す。
【0037】切削試験条件:
被削材:SCM415、HRC58-62、φ100mm×L300mmで長手方向にV形状の溝が6本付けられた形状。
工具形状:SNG432 NL-25*0.15-0.2
ホルダー:FN11R
切削条件:V=110m/min、d=0.15mm、f=0.09mm/rev、dry
【0038】これらの結果からcBNの含有率は45から70体積%が好ましいことがわかる。」

f:
「【0045】(実施例5)78重量%のTiの窒化物、16重量%のAl、4重量%のCoおよび2重量%のNiを混合し、真空中で1260℃、20分熱処理をした化合物を粉砕し、結合相粉末を作製した。この粉末はXRDではTiN、Ti_(2)AlN、TiAl_(3)等のピークがみられた。この結合相粉末と表5に記載の平均粒径のcBN粉末をcBNの体積含有率が57%になるように超音波混合法により混合した。超音波混合は、エチルアルコール中にcBNと結合材の粉末を投入し、20.5kHzの超音波振動を付加して行った。そして、この混合粉末を5.0GPa、1400℃の超高圧、高温下で焼結した。得られた焼結体のXRDはどれもcBN、TiN、TiB_(2)、AlB_(2)、AlN、Al_(2)O_(3)、WCが観察された。
【0046】
【表5】

【0047】これら焼結体の組織を金属組織顕微鏡にて1500倍で撮影したところ黒く見えるcBN粒子と白く見える結合相が観察された。この写真で任意の直線を引き、結合相厚みを測定したところ、表5に記載の平均値と標準偏差が得られた。
【0048】さらに、これら焼結体を切削工具に加工し、下記の条件で切削試験を実施し、欠損に至る工具寿命を測定したところ表5に記載の結果が得られた。
【0049】切削試験条件:
被削材:SCM415、HRC58-62、φ100mm×L300mmで長手方向にV形状の溝が6本付けられた形状。
工具形状:SNG432 NL-25*0.15-0.2
ホルダー:FN11R
切削条件:V=100m/min、d=0.21mm、f=0.12mm/rev、dry
【0050】この結果から明らかなように、cBNの平均粒径が0.1μm以上2μm未満の場合に欠損を抑制できていることがわかる。」

g:
「【0051】
【発明の効果】以上説明したように、本発明によれば、焼結体における結合相の厚みのばらつきを小さくすることで、耐摩耗性および耐欠損性に優れたcBN焼結体を得ることができる。」

(2)引用発明

上記摘記事項aには、
「cBN粒子を結合相で焼結した焼結体であって、
前記結合相が二次元的に見て連続しており、
この結合相は、
周期律表4a,5a,6a族遷移金属の炭化物,窒化物,炭窒化物,硼化物、
Alの窒化物,硼化物,酸化物、
Fe,Co,Niの少なくとも1種の炭化物,窒化物,炭窒化物,硼化物、
およびこれらの相互固溶体よりなる群から選択される1種以上を含み、
cBNの含有率が体積%で45-70%で、
cBN粒子の平均粒度が0.01以上2.0μm未満であり、
結合相厚みの平均値が1.0μm以下で、その標準偏差が0.7以下であることを特徴とするcBN焼結体。」
が記載され、このcBN焼結体は、上記摘記事項bの記載によれば、
「切削工具用のcBN焼結体」
であることが把握できるから、引用文献1には、次の発明が記載されているといえる(以下、「引用発明」という。)。

「切削工具として使用される、cBN粒子を結合相で焼結した焼結体であって、
前記結合相が二次元的に見て連続しており、
この結合相は、
周期律表4a,5a,6a族遷移金属の炭化物,窒化物,炭窒化物,硼化物、
Alの窒化物,硼化物,酸化物、
Fe,Co,Niの少なくとも1種の炭化物,窒化物,炭窒化物,硼化物、
およびこれらの相互固溶体よりなる群から選択される1種以上を含み、
cBNの含有率が体積%で45-70%で、
cBN粒子の平均粒度が0.01以上2.0μm未満であり、
結合相厚みの平均値が1.0μm以下で、その標準偏差が0.7以下であるcBN焼結体。」

(3)対比・検討

両者の用途についてみると、「切削」と「研磨」とは、被加工材の表面を削り取るという意味で同義であるとともに、本願発明における「多結晶質超硬研磨材」は、本件明細書の段落【0008】に記載された「本発明は、岩石、セラミックス及び摩耗部品のための旋削刃、フライス、ホーニング仕上げ刃及び穿孔刃としての切削工具として使用される、多結晶質超硬研磨要素とも呼ばれる多結晶質超硬研磨体及び多結晶質超硬研磨材料、並びに、それらの製造方法に関する。」との記載からみて、単に磨くためだけではなく、切削工具としての使用を予定するものと解され、両者の材料の用途に差異は認められない。
また、cBN粒子を焼結して固めたものは、一般に多結晶質cBNなどと呼称されている。
これらの点から、引用発明における「切削工具として使用される、cBN粒子を結合相で焼結した焼結体」は、本願発明における「多結晶質超硬研磨材(料)」に相当するものといえる。
さらに、引用発明における「cBN粒子」、「結合相」及び「結合相厚みの平均値」はそれぞれ、本願発明における「超硬研磨粒子」、「マトリックス(材料)」及び「平均のマトリックス又は結合材厚さ」に相当するものである。
そうすると、本願発明と引用発明とは、
「マトリックス材料中に存在する超硬研磨粒子と、該マトリックス材料とを含有する多結晶質超硬研磨材料であって、
該マトリックスは、該超硬研磨粒子を結合している、多結晶質超硬研磨材。」
である点で一致し、以下の点で相違していると認められる。
<相違点>
本願発明におけるマトリックスは、「0.5μm未満の平均のマトリックス又は結合材厚さを有し、該平均のマトリックス又は結合材厚さが0.5μm以下の標準偏差を有している」のに対して、引用発明の結合相(マトリックス)は、「結合相厚みの平均値が1.0μm以下で、その標準偏差が0.7以下である」点。

上記相違点について検討する。

(3-1)数値限定を伴った発明における進歩性の考え方について

特許法第29条第2項の規定の趣旨は、通常の技術者が容易に発明をすることができたものについて特許権を付与することは、技術進歩に役立たないばかりでなく、かえってその妨げになるので、そのような発明を特許付与の対象から排除しようというものであり、当該規定は、いわゆる進歩性を有しない発明に関するものである。
そして、本願発明は、従来技術の数値範囲の中から、これに包含される特定の数値範囲を選択する、数値限定を伴った発明であるところ、このような発明の進歩性を判断するにあたり、実験的に数値範囲を最適化又は好適化すること、それ自体は、当業者の通常の創作能力の発揮であって、通常はここに進歩性はないものと考えられる。
そうすると、本願発明が進歩性を有する、というためには、本願発明が、限定された数値の範囲内で、引用文献に記載されていない有利な効果であって、引用発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際だって優れた効果を有し、これらが技術水準から当業者が予測できたものでないことを必要とし、さらに、本願発明が引用発明の延長線上にあるとき、すなわち、両者の相違が数値限定の有無のみで、課題が共通する場合は、有利な効果について、その数値限定の内と外で量的に顕著な差異(数値限定の臨界的意義)があることが要求されると解すべきである。
以下、このような観点に立って検討する。

(3-2)両者の数値範囲の関係について

上記のとおり、本願発明における「平均のマトリックス又は結合材厚さ」と引用発明における「結合相厚みの平均値」とは同義であるから、これらを、単に「平均厚さ」といい、その厚さ(厚み)の標準偏差を、単に「標準偏差」と呼称して、上記相違点を整理すると、両者は、「平均厚さ」と「標準偏差」の数値範囲においてのみ相違しているといえる。
そして、本願発明の数値範囲は、「平均厚さ」<0.5μm、「標準偏差」≦0.5μmであるのに対して、引用発明の数値範囲は、「平均厚さ」≦1.0μm、「標準偏差」≦0.7μmであるから、本願発明の数値範囲はすべて、引用発明の数値範囲に包含されていることが理解できる。

(3-3)両者が解決しようとする課題について

本件明細書には、本願発明が解決しようとする課題につき、以下のような記載が認められる。
「【0003】
・・・・
従来の焼結体は典型的には、厚さ又は平均自由行程(mean free path)が該材料の大きさ全体に渡ってかなり変動する結合相を含有する。即ち、より大きい量の結合相を含有する領域と、より少ない量の結合相を含有する領域とが存在する。このことを当業者は典型的には、均質性が欠如するものとして特徴付けている。材料構造の一致性がこのように欠如することは、明らかに用途における材料の総合性能に影響を及ぼす。
【0004】
欧州特許EP0974566B1号明細書には、冶金学的な走査型透過電子顕微鏡法及びオージェ電子顕微鏡法を用いて、立方晶窒化ホウ素(cBN)粒子とそれらcBN粒子を結合する結合相とを含有するcBN焼結体の中の結合相の厚さを測定することが記述されている。顕微鏡写真上に任意の直線を引くことによって結合相の厚さが直接的に測定され、且つ、画像解析が行われて、該結合相の厚さの平均値と標準偏差値とが決定された。
欧州特許EP0974566B1号において、結合相の厚さの標準偏差は、材料を混合する様々な方法の有効性を評価するための測定基準(metric)として用いられている。標準偏差が低ければ低い程、その混合方法は、結合相を均質に分配する上でより有効である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
製造方法又は製造ルートを最適化することにより、本発明の多結晶質成形体の均質性(即ち、超硬研磨粒子とマトリックス材料又は結合材との相対分布)を改善することによって、特性が改善された材料を得ることができる。」

上記段落【0003】、【0005】の記載から、従来の焼結体は、「平均厚さ」が材料全体に渡ってかなり変動する結合相を含有しており、均質性が欠如するため、材料の総合性能に影響を及ぼしていたことから、本願発明は、製造方法又は製造ルートを最適化することにより、多結晶質成形体の均質性(即ち、超硬研磨粒子とマトリックス材料又は結合材との相対分布)を改善することによって、特性が改善された材料を得ることを課題とするものであることが理解できる。
そして、段落【0004】の記載に照らすと、本願発明は、既に「平均厚さ」と「標準偏差」に着目していた欧州特許EP0974566B1号明細書記載の従来技術を、製造方法又は製造ルートの観点から最適化し、改良したものであることが分かる。

一方、引用発明が解決しようとする課題は、引用文献1の記載事項から(上記5.の摘記事項c、d、g参照)、結合相厚みのバラツキを従来の焼結体より小さくすることで、欠陥となる部分を少なくし、耐欠損性および耐摩耗性に優れたcBN焼結体を得ることであると認められる。

してみると、本願発明と引用発明がそれぞれ解決しようとしている課題は、「平均厚み」のバラツキ、すなわち「標準偏差」を低減して、優れた特性の材料(工具)を得ることであるといえ、両者の課題は共通しているということができる。
ここで、上記欧州特許EP0974566B1号明細書(原査定の引用文献3に相当)は、本件明細書の上記段落【0004】はもとより、段落【0022】、【0026】、図1、図2においても参照され、そして本願発明との対比対象とされるものであって、さらに、この欧州特許出願は、引用文献1(及び原査定の引用文献2)に係る特許出願を基礎出願とするものであることを踏まえると、本願発明は、まさに引用発明の延長線上のもの(共通課題下での改良発明)というべきものである。

(3-4)本願発明の有利な効果及び数値限定の臨界的意義について

上記のとおり、本願発明は、引用発明と共通する課題認識の下、その延長線上の改良発明としてなされたものであるから、上記(3-1)にて説示したとおり、本願発明における数値限定の臨界的意義が重要となる。
そこで、本件明細書及び図面に記載された、本願発明の有利な効果及び数値限定の臨界的意義について考察する。
本件明細書及び図面中、従来技術として参照されている欧州特許EP0974566B1号明細書が、引用文献1に係る特許出願を基礎出願とするものであることは上記のとおりであるところ、特に、本件図1にプロットされた従来技術のマッピングデータは、まさしく、引用文献1に記載された実施例に相当するものと認められる(ちなみに、図2は、引用文献2に記載された実施例に対応)。
そして、上記した本件図1(引用発明の実施例)、及び、本願発明の数値範囲を示した本件図3は次のとおりであり、これに関連して、本件明細書の段落【0026】?【0028】には、以下のように記載されている。
【図1】

【図3】

「【0026】
・・・・
添付図面の図1及び図2は、(立方晶窒化ホウ素(cBN)の異なる結晶粒度の2つの型に関する)欧州特許第0974566号明細書からの従来技術の実施例(結合材の厚さの平均値の関数としてプロットされた結合材の厚さの平均値の標準偏差)を示す。例えば、範囲の名称「Sumi 2」とは、該欧州特許明細書からの実施例2に解説されるそれらの試料を言い、範囲の名称「Sumi 10」とは、実施例10に解説されるそれらの試料を言う。
【0027】
本発明の多結晶質研磨材料は、結合材の厚さの平均値の標準偏差が、従来技術において示される標準偏差に比べて遥かに低くなっている。
結合材相又はマトリックス相の分布は典型的には、統計学的に結合材の厚さの平均値と、それに関連する標準偏差値とによって表現することができる。結合材の厚さの平均値は、複合材料内部における1種類以上の結合材相の分布特性を効果的に表現する。結合材の総含有率と超硬粒子の粒度及び分布とを定義することによって、この値は効果的に幾何学的に決定される。しかし、この値の標準偏差値は、均質性に対する優れた記述語(descriptor)である。結合材の厚さの分布が広ければ広い程(即ち、標準偏差値が高ければ高い程)、その材料はより非均質である。結合材の厚さの分布が狭ければ狭い程、又は、標準偏差値が低ければ低い程、その材料はより均質である。
【0028】
考慮すべき実際的見地からの更なる効果が存在する。材料の性能を損なうことなく結合材の厚さを薄くすること(従って、結合材又はマトリックスの含有率を減少させること)は、均質性が本質的に欠如するため、典型的には困難である。均質性が本質的に欠如すれば、結果的に、材料の一部分が、効果的な圧密化を促進するには不十分である結合材相を有することになる。これらの低くなった結合材厚さの平均値を、遥かに低くなった標準偏差値(典型的には、0.5μm以下)と結び付けることによって、結合材相の平均厚さが0.5μm以下で0.1μmより大きい材料であって、圧密化が困難であることに起因して諸特性が損なわれない上記材料を作り出すことは可能であることが分かった。最も好ましい取り合わせ(arrangement)は、標準偏差が、0.1μmより高く0.45μm以下である値を有する場合である。
図3は、結合材の厚さの値が0.1μm?0.5μmであり、且つ、標準偏差が0.1μm?0.5μmである本発明の好ましい材料の範囲を、斜交平行線模様で示す。」

上記の記載事項は、本願発明が引用発明に比して有する有利な効果を理解する一助となるところ、その教示するところは次のとおりと解される。
イ.本願発明に係る多結晶質超硬研磨材は、引用文献1記載の実施例に比べ「標準偏差」が遙かに低く、材料はより均質であること(【0027】)。ロ.材料の性能を損なうことなく結合材の厚さを薄くすること(従って、結合材又はマトリックスの含有率を減少させること)は、均質性が本質的に欠如するため、典型的には困難であるところ、この低くなった結合材厚さの平均値を、遥かに低くなった標準偏差値(典型的には、0.5μm以下)と結び付けることによって、結合材相の平均厚さが0.5μm以下であっても諸特性が損なわれないこと(【0028】)。

確かに、上記イ.のとおり、本願発明の「標準偏差」の数値範囲が、引用文献1記載の実施例の「標準偏差」より低いことは、本件図1と図3を対比すれば明らかである(ただし、図3の斜交平行線模様中、実施例により裏付けられているのは、(「平均厚さ」,「標準偏差」)=(0.25,0.23)、(0.22,0.23)の2点のみである。)。しかしながら、このような「標準偏差」の違いにより、工具特性(耐欠損性、工具寿命)にどの程度の影響が生じるのかについては、上記ロ.を参酌しても把握することは不可能であるから、本願発明が、引用発明と比較して、その特性(耐欠損性、工具寿命)に関し、有利な効果を有すると認めることはできないし、本願発明の数値限定の内と外で量的に顕著な差異(数値限定の臨界的意義)が存在するとは到底いえない。

(3-5)審判請求人の主張について

審判請求人は、平成25年10月8日及び10月9日(受付)に提出された手続補正書(方式)及び手続補足書において、「材料系B16EのTiNTaN」に関して行った切削試験の結果を示し、本願発明に係る多結晶質超硬研磨材が優れた材料特性(工具寿命)を有するものである旨主張するが、当該「材料系B16EのTiNTaN」とはいかなる材料であるのかが判然とせず、その「平均厚さ」及び「標準偏差」の値は不明であるから、本願発明の有利な効果及び数値限定の臨界的意義を、当該切削試験の結果から確認することはできない。
また、上記手続補正書(方式)には、上記した本件補正後の請求項1に記載の「チタン及びタンタルの少なくとも1つから選択されるマトリックス材料」を更に「窒化チタン及び窒化タンタルの少なくとも1つから選択されるマトリックス材料」に限定する用意がある旨付記されているが、引用発明の結合相(マトリックス)は、チタン及びタンタルが属する周期律表4a,5a族遷移金属の窒化物をも対象とするものであって、その実施例の結合相(マトリックス)はTiNを含むものであるから(上記「5.(1)」の摘記事項e、f参照)、引用発明において、上記マトリックス材料を選択することに格別の創意は認められない。

(3-6)進歩性の判断

上記(3-2)?(3-5)のとおり、本願発明は、引用発明と課題を一にする、その延長線上の改良発明であるとともに、その数値範囲が引用発明の数値範囲に包含される、数値限定を伴った発明であるところ、実施例を含む本件明細書及び図面の全体を俯瞰しても、本願発明の数値範囲の選択による有利な効果を見いだすことはできず、また、本願発明が規定する数値範囲の臨界的意義を確認することもできない。
したがって、上記(3-1)に説示した進歩性の考え方に照らすと、引用発明の数値範囲から、これに包含される本願発明の数値範囲を選択することは、単に、実験的に数値範囲を最適化又は好適化した結果にすぎず、当業者の通常の創作能力の発揮の域を脱しないというほかないから、本願発明に進歩性を認めることはできない。

さらに付言すると、本件明細書の上記段落【0027】にも記載されるとおり、「平均厚さ」は、マトリックス(結合材)の総含有率と超硬研磨粒子の粒度及び分布により、ある程度自ずと幾何学的に決定されるものであり、例えば、マトリックス(結合材)の含有率が高くなれば(これに付随して超硬研磨粒子の含有率は低下)、「平均厚さ」は小さくなる傾向にあることが理解できる。
このような傾向は、引用文献1に記載された実施例3(表3)及び実施例
5(表5)のデータ(上記5.の摘記事項e、f参照)からも看取でき、cBN体積含有率が高くなれば「平均厚さ」が小さくなり(cBN平均粒径は一定)、cBN平均粒径が小さくなれば「平均厚さ」が小さくなる(cBN堆積含有率は一定)という傾向を把握することができる。

また、引用文献1の段落【0009】(上記5.の摘記事項d参照)には、「結合相の平均厚みの下限は、結合相としての機能を発揮するため、0.2μm程度が好ましい。」と記載されているから、引用発明は、「平均厚さ」を1.0μm以下としながら、その下限は、0.2μm程度まで小さくすることを想定したものと解される。

これらの点を考え合わせると、引用発明において、このような「平均厚さ」の下限値(0.2μm程度という、本願発明の0.5μm未満という数値範囲を満足する値)を実現することは、上記した傾向を理解する当業者であれば、引用発明が規定する「cBNの含有率(体積%)を45-70%、cBN粒子の平均粒度を0.01以上2.0μm未満」という数値範囲内で、これらの値を調整することにより可能であると解するのが相当である。
すなわち、例えば、引用文献1の実施例5(表5)のデータ(cBNの体積含有率は57%で一定)をみれば、cBN粒子の平均粒径を引用発明の下限値である0.01μmにすると、「平均厚さ」及び「標準偏差」はそれぞれ、「0.5μm」、「0.3μm」程度となることが把握できるところ、さらに、実施例3(表3)により教示される上記傾向(cBN体積含有率が大きくなれば「平均厚さ」は小さくなる)を理解した当業者であれば、上記実施例(表5)のデータにおけるcBN体積含有率を、57%からその上限である70%に調整することにより、該「平均厚さ」を、より低減することができ、もって下限値である0.2μm程度に近づけ得るといえる。

してみると、上記傾向を理解した当業者であれば、引用発明における「cBNの含有率」や「cBN粒子の平均粒度」を調整することにより、「平均厚さ」を0.5μm未満、ひいては上記した「平均厚さ」の下限値である0.2μm程度まで低減することにさほどの困難性はないといえ、これを阻害する要因も特段見当たらない。
そして、この場合の「標準偏差」は、上記引用文献1の表3、5に示された「標準偏差」のデータからして、また、統計学的にみて、マトリックス(結合材)厚さの測定値の分布が、「平均厚さ」を中心とする正規分布から極端に外れたものとは想定しにくいことからして、通常は「平均厚さ」と同程度であるか、これを下回るものと考えるのが自然であるから、本願発明が規定する「0.5μm以下」という数値範囲を満足すると解するのが妥当である。
加えて、引用発明は、上記(3-3)のとおり、「平均厚さ」のバラツキを従来の焼結体より小さくすることで、欠陥となる部分を少なくし、耐欠損性および耐摩耗性に優れたcBN焼結体を得ることを課題とし、そのために、
「cBNの含有率が体積%で45-70%で、
cBN粒子の平均粒度が0.01以上2.0μm未満であり、
結合相厚みの平均値が1.0μm以下で、その標準偏差が0.7以下」
という条件を設定したのであるから、この条件を満足する限りにおいては、上記課題が具現化されているというべきであって、上述の検討において、当該条件下でcBN体積含有率などを調整することにより容易想到と認定したもの(「平均厚さ」を0.5μm未満、ひいては0.2μm程度に低減し、かつ、「標準偏差」を0.5μm以下としたもの)も、所期の耐欠損性(工具寿命)を具備するものと推認するのが相当である。

(4)小括

以上検討したとおり、引用発明における数値範囲から、これに包含される本願発明の数値範囲を選択することは、当業者の通常の創作能力の発揮にすぎず、この点に進歩性は認められない。加えて、引用発明における「平均厚さ」の数値を本願発明が規定する「0.5μm未満」とすることに、特段困難な点は見当たらず、この場合の「標準偏差」の数値は、「平均厚さ」の数値の低減に付随して、本願発明が規定する「0.5μm以下」を満足するものと解され、さらに、その材料特性(工具特性)に関しても、所期のレベルを満たすものと認められる。
よって、本願発明は、引用発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

6.むすび

以上のとおりであるから、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって、本願のその余の点について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-05-12 
結審通知日 2015-05-13 
審決日 2015-05-26 
出願番号 特願2009-502242(P2009-502242)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C09K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 小出 輝福井 美穂  
特許庁審判長 山田 靖
特許庁審判官 日比野 隆治
橋本 栄和
発明の名称 多結晶質研磨材料成形体  
代理人 特許業務法人浅村特許事務所  

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