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審決分類 |
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備 H01S 審判 全部無効 発明同一 H01S 審判 全部無効 産業上利用性 H01S 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 H01S 審判 全部無効 1項3号刊行物記載 H01S 審判 全部無効 2項進歩性 H01S |
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管理番号 | 1306301 |
審判番号 | 無効2013-800110 |
総通号数 | 191 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2015-11-27 |
種別 | 無効の審決 |
審判請求日 | 2013-06-19 |
確定日 | 2015-10-13 |
事件の表示 | 上記当事者間の特許第4180107号発明「窒化物系半導体素子の製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 |
理由 |
第1 本件の概要及び経緯 1 本件の概要 本件は、請求人(日亜化学工業株式会社)が、被請求人(三洋電機株式会社)が特許権者である特許第4180107号(以下、「本件特許」という。特許登録時の請求項の数は10である。)の請求項1?10に係る発明についての特許を無効とすることを求める事案である。 2 出願の経緯概要 本件特許の出願の経緯概要は、次のとおりである。 平成14年 3月26日 特願2002-85085号(以下「先の出願」という。) 平成15年 3月19日 特願2003-74966号(先の出願に基づく優先権主張を伴う出願。以下「原々出願」という。) 平成18年12月25日 特願2006-348161号(原々出願の一部を新たな特許出願とした出願。以下「原出願」という。) 平成20年 3月24日 特願2008-76844号(原出願の一部を新たな特許出願とした本件出願。以下「本願」という。) 平成20年 4月18日 手続補正書 平成20年 6月20日 手続補正書 平成20年 7月18日 特許査定 平成20年 9月 5日 設定登録(特許第4180107号) 平成20年11月12日 特許公報発行 3 本件審判の経緯 本件審判の経緯は、次のとおりである。 平成25年 6月19日 特許無効審判請求 平成25年 9月 6日 審判事件答弁書 平成25年10月28日 上申書(請求人) 平成25年11月13日 審理事項通知書(合議体) 平成25年12月27日 口頭審理陳述要領書(被請求人) 平成26年 1月 6日 口頭審理陳述要領書(請求人) 平成26年 1月15日 口頭審理 平成26年 1月16日 上申書(請求人) なお、本件特許については、同じ請求人により、平成23年10月7日に、別件特許無効審判(2011-800203号)が請求され、平成24年7月20日に請求は成り立たない旨の審決がなされ、当該審決について審決取消訴訟(平成24年(行ケ)第10303号)が提起されたが、平成25年11月14日に請求棄却判決が言渡された。 第2 請求人の主張の概要 請求人は、「特許第4180107号の請求項1乃至10に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、本件特許は無効とすべきものであると主張している。 1 証拠方法 請求人が提出した甲第1号証ないし甲第16号証(以下、それぞれ「甲1」ないし「甲16」という。)は次のとおりである。 甲1:特許第4180107号公報(本件特許) 甲2:特開2003-51614号公報 甲3の1:報告書(1)(平成25年6月7日付け、日亜化学工業株式会社 総合部門 法知本部 主幹技師 丸谷幸利(請求人従業者)作成) 甲3の2:意見書(平成24年11月2日付け、京都大学 工学研究科 准教授 船戸充作成) 甲3の3:Kyoyeol Lee 他1名,”Properties of Freestanding GaN Substrates Grown by Hydride Vapor Phase Epitaxy”,Japanese Journal of Applied Physics Vol.40(2001),pp.L13-L15 甲3の4:Joon Seop Kwak 他6名,“Crystal-polarity dependence of Ti/Al contacts to freestanding n-GaN substrate”,APPLIED PHYSICS LETTERS, Volume 79,Number 20,pp.3254-3256,12 NOVEMBER 2001 甲3の5:P.Visconti 他7名,”Characteristics of free-standing hydride-vapor-phase-epitaxy-grown GaN with very low defect concentration”,APPLIED PHYSICS LETTERS, Volume 77,Number 23,pp.3743-3745,4 DECEMBER 2000 甲3の6:J.Jasinski 他9名,”Characterization of free-standing hydride vapor phase epitaxy GaN”,APPLIED PHYSICS LETTERS, Volume 78,Number 16,pp.2297-2299,16 APRIL 2001 甲4の1:報告書(2)(平成25年6月10日付け、日亜化学工業株式会社 総合部門 法知本部 主幹技師 丸谷幸利(請求人従業者)作成) 甲4の2:陳述書(4)(平成23年6月13日付け、三洋電機株式会社 電子デバイスカンパニー 光エレクトロニクス事業部 フォトニクス技術部 レーザ技術課 畑雅幸(被請求人従業者:本件特許発明者)作成、本件審判の被請求人(三洋電機株式会社)を原告とし本件審判の請求人(日亜化学工業株式会社)を被告とする特許権侵害差止損害賠償等請求事件(東京地裁平成23年(ワ)第26676号)における甲14) 甲4の3:陳述書(平成25年12月20日付け、日亜化学工業株式会社 総合部門 法知本部 主幹技師 丸谷幸利(請求人従業者)作成) 甲5:先の出願(特願2002-85085号)の願書に最初に添付した明細書及び図面 甲6:下川房男著「はじめての精密工学・エッチング技術の基礎」、精密工学会誌、第77巻、第2号、162頁?168頁(2011) 甲7:特開2007-106666号公報 甲8の1:特開2001-257414号公報 甲8の2:特開平10-22526号公報 甲8の3:特開2001-345519号公報 甲9の1:平田照二著「わかる半導体レーザの基礎と応用/レーザ・ダイオードの発光原理および諸特性とその展望」、CQ出版社、112頁?131頁、2001年11月20日 甲9の2:特開2001-313422号公報 甲9の3:特開2001-322899号公報 甲10:本件審判の被請求人(三洋電機株式会社)を原告とし本件審判の請求人(日亜化学工業株式会社)を被告とする特許権侵害差止損害賠償等請求事件(東京地裁平成23年(ワ)第26676号)の訴状 甲11:特開2000-349338号公報 甲12:特願2008-140105号(甲2の分割出願、特開2008-263214号)の願書に最初に添付した図面のうち図9及び図10 甲13:Sung S.Park,他2名,“Free-Standing GaN Substrates by Hydride Vapor Phase Epitaxy”,Japanese Jouranal of Applied Physics,Volume 39,pp.L1141-1142,15 November 2000 甲14:KAST高度計測センターFIB加工・観察・EDS分析のwebサイト、http://www.newskast.or.jp/koudo/0101_keitai/kk_010102_FIB-SEM-Ar-micro.html(平成26年1月12日閲覧) 甲15:別件特許無効審判事件(無効2011-800202号及び無効2011-800203号)の口頭審理における技術説明に本件審判の被請求人(三洋電機株式会社)が用いたスライド 甲16の1:本件審判事件の口頭審理における技術説明に請求人(日亜化学工業株式会社)が使用したパワーポイント(説明資料・その1)の電子データを記録したコンパクトディスク 甲16の2:本件審判事件の口頭審理における技術説明に請求人(日亜化学工業株式会社)が使用したパワーポイント(説明資料・その2)の電子データを記録したコンパクトディスク 2 主張の概要 以下、本件特許の請求項1ないし10に係る発明をそれぞれ「本件特許発明1」ないし「本件特許発明10」といい、これらをまとめて「本件特許発明」という。 また、本件特許の請求項1の分説は、審判請求書の5頁に記載されたものを採用して次のとおりとし、各発明特定事項を「発明特定事項A」ないし「発明特定事項F」のようにいう。 「【請求項1】 A n型の窒化物系半導体層および窒化物系半導体基板のいずれかからなる 第1半導体層の上面上に、活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半 導体層を形成する第1工程と、 B 前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程と 、 C 前記第1工程及び前記第2工程の後、前記研磨により発生した転位を含 む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第1半導体層の裏 面の転位密度を1×10^(9)cm^(-2)以下とする第3工程と、 D その後、前記転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域が除去され た第1半導体層の裏面上に、n側電極を形成する第4工程とを備え、 E 前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタクト抵抗を0.05Ωcm ^(2)以下とする、 F 窒化物系半導体素子の製造方法。」 (1)無効理由1(記載不備) ア 記載不備の理由1 (i)本件特許発明は、半導体素子の「製造方法」の発明であるにもかかわらず、発明特定事項に半導体素子の製造のための操作・工程等に基づく発明の特定だけでなく、「達成すべき特性値」による発明の特定を含んでいる。 (ii)半導体素子の製造のための具体的な操作・工程等と「達成すべき特性値」との関係が明確に特定されていない。 (iii)特定されている「達成すべき特性値」が、本件発明方法で特定されている素子製造の具体的操作・工程等の実施中にリアルタイムに計測することができる物理量ではない。 (iv)本件特許発明は、半導体素子製造の過程において「達成すべき特性値」を現実に計測することを、その発明特定事項として含んでいない。 (v)上記(i)ないし(iv)の結果、本件特許発明の要旨(ないしは、その技術的範囲)の外延が極めて不明確となっている。 (vi)特定されている「達成すべき特性値」の範囲が、当業者の誰しもが技術常識として「達成することが望ましい」と認識している範囲と重複する。 (vii)上記(i)ないし(vi)の結果、「窒化物系半導体素子」が、周知の技術に従って製造された場合であって、しかも、その値が当業者の誰しもが技術常識として「達成することが望ましい」と認識している範囲内のものであっても、当該数値が、本件特許発明で「達成すべき特性値」として特定されている範囲内にあるときは、当該「窒化物系半導体素子」は、文言上、本件特許発明の技術的範囲に属することとなってしまう。 上記(i)ないし(vii)より、本件特許発明1及び請求項1に従属する本件特許発明2ないし10が、少なくとも、特許法第36条第6項第2号に規定する要件(明確性要件)を満たしていないことは明らかである(審判請求書6頁26行?14頁5行)。 また、上記(iii)に関して、本件特許発明1の第3工程は、発明特定事項のとおりに実施することは不可能であり、当該工程により「裏面の転位密度」が「1×10^(6)cm^(-2)以下」となったか否かは、当該工程からの中間製品から薄片状の試料を切り出して高真空下において電子顕微鏡を用いて調べる等しなければ確認できない。本件特許発明の実質は、上記のとおりのものであり、この発明と、被請求人の「転位密度とコンタクト抵抗は・・・リアルタイムに計測する必要はない。転位密度が1×10^(6)cm^(-2)以下となり、コンタクト抵抗が0.05Ωcm^(2)以下となる条件を予め調べておき、その条件で第1半導体層の裏面近傍を除去することによっても再現性をもって実施できる」との主張とを比較すると、両者が大きく乖離することは明らかである。本件特許発明1及び請求項1に従属する本件特許発明2ないし10は、「物の製造方法」として、その実質と文言が大きく乖離し、第3者との調和を失するものであるから、特許法第36条第4項第1号並びに同第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしていない(口頭審理陳述要領書48頁31行?55頁22行)。 イ 記載不備の理由2 転位密度及びコンタクト抵抗の範囲(上限値)が、機械研磨により発生した結晶欠陥を含む裏面近傍の領域を十分に除去できないもの(試料3)を含んでいる。また、転位密度及びコンタクト抵抗の範囲(下限値)が、本件出願時点で知られておらず、本件明細書に当業者が実施可能に記載されてもいないゼロを包含している。 そのような不満足な特性値を上限とし、それより優れた特性値の範囲の全域(しかも、下限値として「ゼロ」を含む)を「達成すべき特性値」として特定し、当該範囲に包含される特性を有するすべての「窒化物系半導体素子」をその技術的範囲(排他独占権の範囲)とする本件特許発明1は、第三者との「調和」を過度に失するものであることは明らかであり、単に願望に基づいて当業者に実施不能な「達成すべき特性値」を特定する発明特定事項Cや発明特定事項Eを含む本件特許発明1及び請求項1に従属する本件特許発明2ないし10は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件(実施可能要件)及び同第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)を充足しない(審判請求書14頁6行?19頁8行)。 また、「転位密度」と「コンタクト抵抗」について、達成すべき特性値の上限値のみを特定する本件特許発明1及び請求項1に従属する本件特許発明2ないし10は、記載要件を充足するものではない。具体的には、達成すべき特性値の範囲のうち、少なくとも、特性の優れる側の範囲については発明の詳細な説明に実施可能に記載されておらず、また、本件特許発明1及び請求項1に従属する本件特許発明2ないし10のうち特性の優れる側の範囲については発明の詳細な説明の記載によりサポートされていないから、特許法第36条第4項第1号及び同第6項第1号に規定する要件を満たしていない(口頭審理陳述要領書48頁25行?30行)。 ウ 記載不備の理由3 本件特許発明は、請求項の記載からみて、「機械研磨」により発生した結晶欠陥を「機械研磨」により除去するものを包含するが、このようなことを実現可能な「機械研磨」は本件特許明細書に記載されておらず、本件出願時における当業者の技術常識からも実現可能とはいえない。したがって、本件特許発明1及び請求項1に従属する本件特許発明2ないし10は実施可能でなく、また、本件特許明細書の記載によってサポートされていない実施態様を包含するから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件(実施可能要件)及び同第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)を充足しない(審判請求書第19頁9行?20頁6行)。 エ 記載不備の理由4 発明特定事項Cの「裏面近傍の領域」との記載は不明瞭である。したがって、本件特許発明1及び請求項1に従属する本件特許発明2ないし10は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件(明確性要件)を満たしていない(審判請求書第20頁7行?28行)。 (2)無効理由2(発明未完成) (i)本件特許発明1の発明特定事項C及び発明特定事項Eが、「転位密度」および「コンタクト抵抗」の値について「達成すべき特性値」にもとづいて発明を特定するものであること、(ii)発明特定事項C及び発明特定事項Eが特定する「達成すべき特性値」は少なくともその一部は実施不可能であり、単に願望に基づくものである。そうすると、本件特許発明1は、少なくともその一部に実施不能であって未だ完成していない発明を包含することは明らかであるから、全体として発明は未完成である。したがって、本件特許発明1及び請求項1に従属する本件特許発明2ないし10は、「産業上利用することができる発明」に該当しないから、特許法第29条第1項柱書の規定により特許を受けることができない(審判請求書21頁2行?18行)。 また、本件特許発明は「転位密度」及び「コンタクト抵抗」について未だ達成されていない数値範囲を包含しており、本件特許発明が、少なくともその一部に未完成発明を包含することは明らかであるから、全体として未完成発明に該当する(口頭審理陳述要領書57頁2行?5行)。 (3)無効理由3(甲2に記載された発明に基づく新規性欠如) 上記「第1 2」に記載したとおり、本願は、先の出願である特願2002-85085号に基づく国内優先権を主張して出願された特願2003-74966号(原々出願)の一部を新たな特許出願とした出願である特願2006-348161号(原出願)の一部をさらに新たな特許出願とした出願である。 ア 甲2の引用例適格性(本件特許発明の優先権主張の効果の享受)について (ア)転位密度及びコンタクト抵抗について 本件特許発明が、転位密度値やコンタクト抵抗値について、優先権主張の基礎とされた先の出願(以下「基礎出願」という。)の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書等」という。)に実質的に記載のない「ゼロ」を含む範囲としており、基礎出願の当初明細書等の記載と比較して「ゼロ」の側に大きく拡大されているから、本件特許発明の技術的事項が基礎出願の当初明細書等に記載の技術的事項を超えることは明らかである(審判請求書54頁24行?55頁25行)。 (イ)除去処理手段及び除去処理の対象となる第1半導体層の面について 基礎出願の当初明細書等には、GaN基板の裏面の除去処理方法としては、「反応性エッチング」のみが記載され、処理の対象としては「窒素面」が記載されているに止まるのに対して、本件特許発明1は、窒化物系半導体基板について、除去処理の種類と除去対象となる結晶面の組み合わせを問わず、先の出願の請求項3に記載の発明と同等の効果が達せられることを、事実上、発明の要旨となる技術的事項とするものであるから、本件特許発明1が基礎出願の当初明細書等に記載された技術的事項を超えることは明らかである(審判請求書56頁3行?57頁15行)。 (ウ)本件特許発明1が基礎出願の当初明細書等に一の発明として記載されていないことについて 優先権主張が認められるためには、後の出願の特許請求の範囲に記載された発明の要旨となる技術的事項のそれぞれが、一の発明(すなわち、創作された一の技術的思想)として先の出願の明細書に記載されていることを要するところ、基礎出願の当初明細書等に本件特許発明1の技術的事項が一の発明として実質的に記載されていないことは明らかである(審判請求書57頁16行?26行)。 (エ)本件特許発明1が基礎出願の当初明細書等に当業者が実施可能な完成された発明として記載されていないことについて 予備的主張として、本件特許発明1は転位密度値及びコンタクト抵抗値が「ゼロ」のものを包含するところ、このようなものが基礎出願の当初明細書等に達成可能に記載されているということはできないから、本件特許発明1は、全体として、基礎出願の当初明細書等に当業者が実施可能な完成された発明として記載されているとはいえないことを主張する(審判請求書57頁27行?58頁15行)。 (オ)上記(ア)ないし(エ)より、本件特許発明は優先権主張の効果を享受することができないから、甲2は本件特許の出願時に公知の刊行物である(引用例適格性を備える)。 イ 本件特許発明1と甲2に記載された発明との対比 本件特許発明が優先権主張の効果を享受できない場合、本件特許発明1と甲2に記載された発明とを対比すると、一応、 相違点1:発明特定事項Cの第3工程における除去対象が、前者では、「研磨により発生した転位を含む第1半導体層(=n型GaN基板)の裏面(=下部面)近傍の領域」であるのに対し、後者では「n型GaN基板(=第1半導体層)の下部面(=裏面)のダメ-ジ層」である点、 相違点2:機械研磨により発生した転位を含む前記窒化物系半導体基板の裏面近傍の領域の除去処理が、前者では「半導体基板の裏面(下部面)の転位密度を1×10^(9)cm^(-2)以下とする」ものであるのに対し、後者では、ダメ-ジ層を除去した後の転位密度の数値それ自体については、明示的に記載されていない点、及び、 相違点3:前者では、窒化物系半導体基板とn側電極との「コンタクト抵抗」を「0.05Ωcm^(2)以下」とするのに対し、後者では、作製された半導体素子の電気特性が記載されているものの、半導体基板とn側電極とのコンタクト抵抗の値それ自体については、明示的に記載されていない点、 で相違するものの、相違点1については、同一物を対象として同一の処理がなされるから何ら相違せず、相違点2、3については実質的には同一であって相違点ではなく、したがって、本件特許発明1と甲2に記載された発明とは差異がないから、本件特許発明1は新規性がない(審判請求書21頁19行?33頁8行)。 ウ 本件特許発明2ないし10について 本件特許発明2ないし10は、本件特許発明1に周知技術を発明特定事項として付加する等した程度のものであるから、いずれも新規性がない(審判請求書33頁9行?37頁10行)。 (4)無効理由4(甲2に記載された発明に基づく進歩性欠如) 上記「(3)ア」のとおり、本件特許発明が優先権主張の効果を享受できないとすると、本件特許発明1と甲2に記載された発明とを対比した場合、一応相違点1、2および3があるのは無効理由3と同じであり、相違点1については、この点において相違しないことは、無効理由3と同じであり、相違点2、3については、甲2の【0036】、【0038】の記載に接した当業者が機械研磨により欠陥の生成した半導体基板の裏面のダメージ層をエッチングにより完全に除去してその転位密度を1×10^(9)cm^(-2)とすることにより容易になしうることであるから、本件特許発明1は、当業者が甲2に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものである(審判請求書37頁11行?43頁12行)。 また、本件特許発明2ないし10も、いずれも当業者が甲2に記載された発明及び周知技術等に基づいて容易に発明をすることができたものである(審判請求書43頁13行?46頁23行)。 また、本件特許発明は、甲2の記載に甲3の4に記載の技術的事項及び周知の技術的事項を組み合わせることにより当業者が容易に想到することができたものである(口頭審理陳述要領書57頁16行?23行)。 さらに、本件特許発明は、甲2の記載に、甲11に記載の技術的事項及び周知の技術的事項を組み合わせることにより当業者が容易に想到することができたものである(口頭審理陳述要領書57頁24行?30行。なお、口頭審理において、請求人は、同頁29行の「甲3号証の4」は「甲第11号証」の誤記であると釈明した。)。 (5)無効理由5(拡大先後願) 甲2の優先日は平成13年5月26日で、公開日は平成15年2月21日(一方、本件特許出願の優先日は平成14年3月26日)であるから、甲2の特許出願は、特許法第29条の2の「当該特許出願の日の前の他の特許出願であって当該特許出願後に出願公開がされたもの」という要件を満たし、仮に、本件特許発明が優先権主張の効果を享受できるとしても、無効理由3と同じ理由で本件特許発明は甲2に記載された発明と同一であるから、特許法第29条の2の拡大先後願の関係に該当し、特許を受けることができない(審判請求書46頁24行?47頁2行)。 第3 被請求人の主張の概要 被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない」、「審判費用は請求人の負担とする」との審決を求め、請求人の主張はいずれも理由がないと主張している。 1 証拠方法 被請求人が提出した乙第1号証ないし乙第16号証(以下、それぞれ「乙1」ないし「乙16」という。)は次のとおりである。 乙1:別件特許無効審判事件(無効2011-800203号)の審決 乙2:別件特許無効審判事件(無効2011-800202号)の審決 乙3:特許第3979378号公報 乙4:特許第4493041号公報 乙5:特許第4581478号公報 乙6:特許第5076746号公報 乙7:陳述書(平成25年1月18日付け、パナソニック株式会社 デバイス社 セミコンダクタービジネスユニット パワー・オプトデバイスディビジョン 第4開発グループ 第4開発チーム 畑雅幸(被請求人従業者:本件特許発明者)作成) 乙8:韓国公開特許第2002-0090055号公報 乙9:特開2008-263214号公報 乙10:特開2012-80140号公報 乙11:米国特許第6551848号明細書 乙12:乙2の審決の取消訴訟(平成24年(行ケ)第10302号)の判決(知的財産高等裁判所、平成25年11月14日言渡) 乙13:特開平11-121800号公報 乙14:特開2008-74671号公報 乙15:国際公開第2013/146504号 乙16:松永正久、他3名編「エレクトロニクス用結晶材料の精密加工技術」(昭和60年1月30日)、サイエンスフォーラム、577?584頁(乙12に記載された甲24) 2 主張の概要 (1)無効理由1について 第1半導体層の裏面の転位密度を1×10^(9)cm^(-2)以下とし、第1半導体層とn側電極とのコンタクト抵抗を0.05Ωcm^(2)以下とすることは、達成すべき特性値などではなく、本件発明により初めて達成された特性値である(審判事件答弁書5頁4行?8行)。 本件発明における転位密度とコンタクト抵抗は、第3工程や第4工程を終えた後の窒化物系半導体素子が有する特性値を特定したものであり、製造方法の操作・工程中にリアルタイムに計測する必要はない(審判事件答弁書5頁22行?26行)。 試料3で得られたコンタクト抵抗値は、従来と同様の方法で作製された試料1よりも低減され、十分な特性が得られている(審判事件答弁書10頁28行?30行)。 コンタクト抵抗を「ゼロ」とすることが現状では物理的に難しい条件であることは当業者に自明のことであるから、明記されていないとしても、コンタクト抵抗として「ゼロ」が本件発明の技術的範囲に入らないことは当然に認識することである(審判事件答弁書11頁14行?18行)。 本件発明は、機械研磨により発生した転位を低減することを技術的意義としているのであるから、当業者にとって、研磨により発生した第1半導体層の裏面近傍の領域を除去する手段として新たな転位を発生して転位密度を1×10^(9)cm^(-2)以下とすることができない通常の機械研磨が含まれないことは自明のことである(審判事件答弁書13頁8行?12行) 本件第1発明における「近傍」が第1半導体層の裏面側の領域で転位密度が1×10^(9)cm^(-2)よりも大きい領域を意味していることは明らかである(審判事件答弁書14頁7行?9行)。 (2)無効理由2について 当業者であれば、下限値としての「ゼロ」が本件発明の技術的範囲に入らないことは当然に認識することである(審判事件答弁書14頁28行?30行)。 (3)無効理由3、4について ア 甲2の引用例適格性(本件特許発明の優先権主張の効果の享受)について (ア)転位密度及びコンタクト抵抗について 基礎出願の請求項6を引用する請求項8には、第1半導体層のn側電極との界面近傍における転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)以下」であり、n側電極と第1半導体層とのコンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)」である窒化物系半導体素子が記載されているから、本件発明の技術的事項が、基礎出願の当初明細書等の記載と比較して「ゼロ」の側に大きく拡大されていることはない(審判事件答弁書16頁1行?7行)。 (イ)除去処理手段及び除去処理の対象となる第1半導体層の面について 別件特許無効審判事件の審決(乙1)では、本件特許出願の原々出願の当初明細書の【0058】の記載から本件特許出願は分割の実体要件を満たしていると判断されているところ、基礎出願の【0043】には、原々出願の当初明細書の【0058】と同様の記載があるから、本件特許出願の分割の実体要件と同様の理由により、特定の方法に限定されない除去処理手段は基礎出願の明細書等の記載から当業者にとって自明な事項であり、本件特許発明は優先権主張の効果を享受できる。 また、別件特許無効審判事件の審決(乙2)では、本件特許出願の原々出願における請求項1?6、請求項7の一部及び請求項8に係る発明について、優先権主張の効果を享受できると判断されているところ、本件特許発明1は、原々出願における「物」の発明を「方法」の発明としたものであるから、原々出願の上記各請求項に係る発明と同様の理由により、優先権主張の効果を享受できるものである。 さらに、除去処理の対象となる面については、基礎出願の明細書【0043】の記載から、除去処理の対象となる面が第1半導体層の裏面近傍の領域であることは、基礎出願の当初明細書等の記載から当業者にとって自明である(審判事件答弁書16頁27行?18頁5行)。 (ウ)本件特許発明1が基礎出願の当初明細書等に一の発明として記載されていないとの主張への反論 先の出願に、n側電極と第1半導体層とのコンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)以下」であり、第1半導体層のn側電極との界面近傍における転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)以下」である窒化物系半導体素子の製造方法が技術的事項として開示され、また、本件特許発明1の技術的事項が、先の出願に記載の技術的事項の範囲内であることは、上記(ア)、(イ)のとおりであるから、本件特許発明1は、先の出願に一の発明として実質的に記載されている(審判事件答弁書18頁17行?23行)。 (エ)本件特許発明1が基礎出願の当初明細書等に当業者が実施可能な完成された発明として記載されていないとの主張への反論 先の出願に、n側電極と第1半導体層とのコンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)以下」であり、第1半導体層のn側電極との界面近傍における転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)以下」である窒化物系半導体素子の製造方法が技術的事項として開示されていることは、上記(ア)のとおりであり、また、当業者であれば、「ゼロ」が本件発明の技術的範囲に入らないことは、当然に認識することであるから、本件特許発明1の技術的事項である発明特定事項C及び発明特定事項Eが、先の出願に達成可能に記載されていないということはない。(審判事件答弁書19頁6行?14行) (オ)上記(ア)ないし(エ)より、本件特許発明は、先の出願に記載の技術的事項の範囲内のものであり、優先権主張の効果を享受でき、甲2は引用例適格性を備えていないから、請求人の無効理由3、4における主張も誤りである(審判事件答弁書19頁末行?20頁2行)。 イ 相違点1ないし3について (ア)甲2の図10は、機械的研磨により形成されたダメージ層を乾式又は湿式エッチングによって除去した後のGaN基板の下部面の表面状態を示す走査電子顕微鏡写真であるが、下部面は綺麗であり、下部面にダメージ層が存在しないことがわかるが、走査電子顕微鏡では「転位」を見ることができないから、除去後のGaN基板の下部面にどの程度「転位」が存在しているのかについては、わかるものではない(審判事件答弁書21頁22行?28行)。 (イ)甲2の図9の写真は走査電子顕微鏡(SEM)像の特徴である「傾斜効果」を示しており(審判事件答弁書24頁29行?32行)、甲2の分割出願(乙9と乙10)、甲2と同じ優先基礎出願(韓国出願、乙8)に基づく米国出願(乙11)においても、図9及び図10については走査電子顕微鏡(SEM)写真と明記されており、特に、上記の分割出願2件においては、特許請求の範囲の請求項17で、「n型GaN基板のエッチングされた下部面は、走査電子顕微鏡のレベルでダメージ層が見えない面を有する」と、ダメージ層が走査電子顕微鏡のレベルで観察されるものであることを発明の特徴としていることからも、甲2に記載された発明において、n型電極との付着を不安定にする除去対象の「ダメージ層」がSEM像で観察されるものであるということは、全く疑う余地がない(審判事件答弁書25頁5行?17行)。 (ウ)窒化物系半導体基板のn側電極との界面における転位密度が小さいほど望ましいということは、本件特許出願前に、当業者の誰しもが技術常識として認識したことではなく、本件第1発明は、低い転位密度とコンタクト抵抗とを併せ持った窒化物系半導体素子の製造を、研磨により発生した転位密度が増大した領域を除去することにより、初めて実現したものである(審判事件答弁書28頁8行?13行)。 (エ)請求人がコンタクト抵抗を推定している甲4の1では、p電極幅、共振器長、チップ幅について、甲4の2において請求人の販売製品から仮定した数値をそのまま用いて計算しているが、甲2の図12は実験用の素子により得られた結果であり、甲2の素子のコンタクト抵抗を推定するに当たり、販売製品の寸法をそのまま仮定して計算することは正解ではない(審判事件答弁書29頁13行?19行)。 (4)無効理由5について 無効理由3についての反論のとおり、本件発明と甲2の当初明細書等に記載された発明は同一ではないから、請求人の主張は誤りである(審判事件答弁書32頁8行?14行)。 第4 本件特許発明に対する当審の判断 1 本件特許発明 本件特許発明1ないし本件特許発明10は、明細書、特許請求の範囲及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。 「【請求項1】 n型の窒化物系半導体層および窒化物系半導体基板のいずれかからなる第1半導体層の上面上に、活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する第1工程と、 前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程と、 前記第1工程及び前記第2工程の後、前記研磨により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×10^(9)cm^(-2)以下とする第3工程と、 その後、前記転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域が除去された第1半導体層の裏面上に、n側電極を形成する第4工程とを備え、 前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタクト抵抗を0.05Ωcm^(2)以下とする、窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項2】 前記第1半導体層の裏面は、前記第1半導体層の窒素面である、請求項1に記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項3】 前記第3工程により、前記転位密度は、1×10^(6)cm^(-2)以下に低減される、請求項1又は2に記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項4】 前記第3工程により、前記転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域が0.5μm以上除去される、請求項1?3のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項5】 前記基板は、成長用基板上に成長することを利用して形成されている、請求項1?4のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項6】 前記第1工程によって前記第1半導体層の上面上に前記第2半導体層を形成した後に、前記第2工程によって前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工を行う、請求項1?5のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項7】 前記第1半導体層及び前記第2半導体層を劈開することにより、共振器端面を形成する第5工程をさらに備える、請求項1?6のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項8】 前記第1半導体層は、HVPE法により形成される、請求項1?7のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項9】 前記第2半導体層は、MOCVD法により形成される、請求項1?8のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。 【請求項10】 前記第1半導体層は、前記第2工程により180μm以下の厚みになるまで厚み加工される、請求項1?9のいずれかに記載の窒化物系半導体素子の製造方法。」 2 甲各号証に記載された事項 ア 甲2の記載事項 請求人が提出した甲2には、次の事項が記載されている。なお、下線は当審で付した(以下同じ。)。 (ア)「【請求項1】 n型基板上にp型電極を含む発光構造体を形成する段階と、前記基板の下部面をエッチングする段階と、前記基板のエッチングされた下部面上にn型電極を形成する段階とを含むことを特徴とする半導体発光素子の製造方法。 【請求項2】 前記発光構造体を形成した後、前記基板の下部面をエッチングする前に、前記基板の下部面を機械的に研磨することを特徴とする請求項1に記載の半導体発光素子の製造方法。 【請求項3】 前記発光構造体は発光ダイオード用の構造体であることを特徴とする請求項1、2に記載の半導体発光素子の製造方法。 【請求項4】 前記発光構造体はレーザダイオード用の構造体であることを特徴とする請求項1、2に記載の半導体発光素子の製造方法。 【請求項5】 前記下部面は乾式エッチングされることを特徴とする請求項1、2に記載の半導体発光素子の製造方法。 【請求項6】 前記下部面は湿式エッチングされることを特徴とする請求項1、2に記載の半導体発光素子の製造方法。 【請求項7】 前記乾式エッチングは電子サイクロトロン共鳴エッチング、ケミカルアシスティッドイオンビームエッチング、誘導結合プラズマエッチング及び反応性イオンエッチングのうちいずれか一つの方法で実施されることを特徴とする請求項5に記載の半導体発光素子の製造方法。 【請求項8】 前記乾式エッチングにおいて、主要エッチングガスとしてCl_(2)、BCl_(3)又はHBrガスを使用することを特徴とする請求項7に記載の半導体発光素子の製造方法。 【請求項9】 前記乾式エッチングにおいて、添加ガスとしてAr又はH_(2)ガスを使用することを特徴とする請求項8に記載の半導体発光素子の製造方法。 【請求項10】 前記湿式エッチングにおいて、エッチング液としてKOH、NaOH又はH_(3)PO_(4)溶液を使用することを特徴とする請求項6に記載の半導体発光素子の製造方法。 【請求項11】 前記下部面はグラインディング又はラッピングで研磨されることを特徴とする請求項2に記載の半導体発光素子の製造方法。 【請求項12】 前記n型電極は0?500℃で熱処理されることを特徴とする請求項1、2に記載の半導体発光素子の製造方法。 【請求項13】 前記n型電極は、Ti,Al,In,Ta,Pd,Co,Ni,Si,Ge及びAgより成った群から選択された少なくともいずれか一つの物質を含む電極であることを特徴とする請求項1、2、12に記載の半導体発光素子の製造方法。 【請求項14】 前記n型基板はIII-V族のn型化合物半導体基板であることを特徴とする請求項1、2に記載の半導体発光素子の製造方法。 【請求項15】 前記n型化合物半導体基板はn型窒化ガリウム基板であることを特徴とする請求項14に記載の半導体発光素子の製造方法。」 (イ)「【発明の詳細な説明】 【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は半導体発光素子の製造方法に係り、より詳しくは基板の下部面を加工してn型電極を効果的に形成できる半導体発光素子の製造方法に関する。 【0002】 【従来の技術】高密度な情報記録の必要性の増大により、可視光放出が可能な半導体発光素子に対する需要が増加している。特にDVD等のような高密度光記録媒体が市場に出回ることにより、可視光領域のレーザ放出が可能なレーザダイオードに対する需要が急増している。これにより、可視光領域のレーザ発振が可能な多様な形態の化合物半導体レーザダイオード(Laser Diode、以下LD)が登場している。特に、III-V族窒化物を用いた化合物半導体レーザダイオードは、遷移方式がレーザ発振確率の高い直接遷移型であり、青色レーザ発振が可能な特性を有するので、注目されている。又、照明機器への応用次元で青色半導体発光ダイオード(Light Emitting Diode、以下LED)も注目されている。 【0003】III-V族の窒化物を用いた化合物半導体発光素子は、発光特性をより向上させるために窒化ガリウム(GaN)基板上に形成されるのが一般的である。 【0004】図1はGaN発光素子の従来の製造方法によりGaN基板上に形成されたGaN LEDの断面図であり、これを参照すれば、GaN基板2上にn型GaN層4、活性層6及びp型GaN層8が順次に形成されている。p型GaN層8上に透明なp型電極10が形成されており、p型電極10の所定領域上にボンディングパッド12が形成されている。 【0005】一方、参照番号14はGaN基板2の下部面に付着させられたn型電極を示す。n型電極14は、通常、GaN基板2の厚さが研磨後もなお発光素子を支持することができる所定の厚さになるまでGaN基板2の下部面をグラインディング、ラッピング又はポリシングにより研磨した後に、GaN基板2の下部面に付着させられる。 【0006】ところで、上記研磨過程でGaN基板2の下部面は損傷するので、GaN基板2の下部面にダメージ層16が形成される。結局n型電極14はダメージ層16に付着するようになる。 【0007】従って、n型電極14の付着が不良になることがあり、それにより発光素子の特性が低下しうる。例えば、n型電極14に印加される電圧に関する発光効率が低くなり、発光素子の動作過程で発生する熱が多くなるため発光素子の寿命が短縮しうる。 【0008】図2は発光素子の従来の製造方法によりGaN基板上に形成されたGaN LDの断面図であり、これを参照すれば、GaN基板22上にn型GaN層24、n型AlGaN/GaNクラッド層26、n型GaNウエーブガイド層28、InGaN活性層30、p型GaNウエーブガイド層32、p型AlGaN/GaNクラッド層34及びp型GaN層36が順次に形成されている。ここで、p型AlGaN/GaNクラッド層34は電流通路になるリッジを有するリッジ構造であり、p型GaN層36は当該リッジ上に形成されている。続いて、当該リッジを有するp型AlGaN/GaNクラッド層34上に、p型GaN層36の電流通路になる一部領域を露出させる保護層38が形成されている。そして、p型GaN層36の上記露出された部分と接触するように、保護層38上にp型電極40が形成されている。GaN基板22の下部面上にn型電極42が形成されており、n型電極42は上記のLEDのn型電極14と同一の過程を経て付着させられたものである。従って、LDの場合にもGaN基板22の下部面にダメージ層44が形成されるので、結局n型電極42はダメージ層44上に形成され、上記LEDで発生する問題点と類似した問題点が発生する。 【0009】一般に、GaN基板上にIII-V族の窒化物を用いた化合物半導体発光素子を形成する時、LEDの場合は熱放出及び素子の分離のため、LDの場合は劈開面形成のため、GaN基板の下部面を機械的に研磨してその厚さを薄くすることが望ましい。しかし、この過程で下部面には前述したようなダメージ層が形成されるので、GaN基板の下部面へのn型電極の付着が不安定になり、その結果素子の特性が低下するという問題点が発生しうる。 【0010】 【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、上部面に発光素子が形成されたGaN基板の下部面を加工するにおいて、下部面にダメージ層が形成されることを防止して、上記発光素子の特性が低下することを防止することができる半導体発光素子の製造方法を提供することである。」 (ウ)「【0011】 【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために、本発明はn型基板上にp型電極を含む発光構造体を形成する段階と、前記基板の下部面をエッチングする段階と、前記基板のエッチングされた下部面上にn型電極を形成する段階とを含むことを特徴とする半導体発光素子の製造方法を提供する。 【0012】前記発光構造体を形成した後、前記基板の下部面をエッチングする前に、前記基板の下部面を機械的に研磨することが望ましい。 【0013】前記発光構造体は発光ダイオード用又はレーザダイオード用の構造体であることが望ましい。 【0014】前記下部面は乾式又は湿式エッチングされることが望ましい。 【0015】前記乾式エッチングは電子サイクロトロン共鳴エッチング、ケミカルアシスティッドイオンビームエッチング、誘導結合プラズマエッチング及び反応性イオンエッチングのうちいずれか一つの方法で実施されることが望ましい。 【0016】前記乾式エッチングにおいて、主要エッチングガスとしてCl_(2)、BCl_(3)又はHBrガスを使用することが望ましい。ここで、添加ガスとしてAr又はH_(2)ガスを使用してもよい。 【0017】前記湿式エッチングにおいて、エッチング液としてKOH、NaOH又はH_(3)PO_(4)溶液を使用することが望ましい。 【0018】前記下部面はグラインディング又はラッピング方式で研磨されてもよい。 【0019】前記n型電極はTi,Al,In,Ta,Pd,Co,Ni,Si,Ge及びAgよりなる群から選択された少なくともいずれか一つの物質を含む電極であることが望ましい。また、前記n型電極は、0?500℃で熱処理されることが望ましい。 【0020】前記n型基板はIII-V族のn型化合物半導体基板であることが望ましく、n型GaN基板であることがさらに望ましい。 【0021】このような本発明によれば、GaN基板の下部面を加工する過程で前記下部面にダメージ層が形成されることを防止できる。従って、前記下部面にn型電極を安定して付着できるので、GaN基板上に形成された発光素子の特性が低下することを防止できる。」 (エ)「【0022】 【発明の実施の形態】以下、本発明の半導体発光素子の製造方法の実施例として、GaN発光素子製造方法について、図面を参照して詳細に説明する。図面においては、層や領域の厚さは明細書の明確性のため誇張して示す。ここで、発光素子を構成する部材の中で従来技術と同一の部材に対しては、従来技術の説明において用いた参照番号と同一の参照番号を使用する。 【0023】LEDやLDのような半導体発光素子の種類によって、素子の構成上の差はあるが、この差は大きくない。従って、後述するようにその製造工程も類似すると見られる。そこで、GaN基板上にLDを形成する場合を先ず詳細に説明し、LEDについてはこれに基づいて簡略に言及する。この際LDについての説明は第1及び第2実施例に区分する。 【0024】〈第1実施例〉図3を参照して説明する。n型GaN基板22上にn型GaN層24と、n型AlGaN/GaNクラッド層26と、n型GaNウエーブガイド層28と、InGaN活性層30と、p型GaNウエーブガイド層32と、p型AlGaN/GaNクラッド層34及びp型GaN層36とを順次に形成する。n型AlGaN/GaNクラッド層26と、n型GaNウエーブガイド層28と、InGaN活性層30と、p型GaNウエーブガイド層32と、p型AlGaN/GaNクラッド層34とは共振器層を形成する。p型AlGaN/GaNクラッド層34は電流通路になるリッジを備える構造に形成されることが望ましい。 【0025】詳しく説明すると、リッジになる領域を画定し、その他の領域を露出させるフォトレジストパタ-ン(図示せず)をp型GaN層36上に形成する。上記フォトレジストパタ-ンをエッチングマスクとして使用してp型GaN層36及びp型AlGaN/GaNクラッド層34を順次にエッチングした後、上記フォトレジストパタ-ンを除去する。ここで、p型AlGaN/GaNクラッド層34の上記リッジ部を除外した領域については、p型AlGaN/GaNクラッド層34を完全にはエッチングせず所定の厚さを残すことが望ましい。このようにして、上記のリッジ構造を有するp型AlGaN/GaNクラッド層34が形成され、上記リッジ部上にp型GaN層36が形成される。 【0026】続いて、p型AlGaN/GaNクラッド層34上にp型GaN層36の一部領域を露出させる保護層38を形成する。保護層38上にp型GaN層36の上記露出された領域と接触するようにp型電極40を形成する。 【0027】その後、図4に示したように、GaN基板22の厚さが、GaN基板22の上部面上に形成された発光素子を少なくとも支持でき、上記発光素子の動作中に発生する熱を外部へ放熱することができる程度の厚さになるまで、GaN基板22の厚さをGaN基板22の下部面から薄くすることが望ましい。 【0028】ここで、GaN基板22の下部面を乾式エッチング又は湿式エッチングで除去することが望ましいが、機械的研磨を併用することもできる。即ち、機械的研磨方式で上記下部面を研磨してGaN基板22の厚さを所定の厚さに縮めた後、GaN基板22の下部面を乾式エッチング又は湿式エッチングする。これについては第2実施例で詳細に説明する。 【0029】上記乾式エッチングはケミカルアシスティッドイオンビームエッチング(CAIBE:chemical assisted ion beam etching)、電子サイクロトロン共鳴(ECR:electron cycloneresonance)エッチング、誘導結合プラズマ(ICP:inductively coupled plasma)エッチング及び反応性イオンエッチング(RIE:reactive ion etching)のうち選択されたいずれか一つの方法を用いて実施されることが望ましい。CAIBE方法を使用する場合、BCl_(3)ガスを主要エッチングガスとして使用し、Arガスを添加ガスとして使用する。他の方法が使用される場合、主要エッチングガス又は添加ガスが異なりうる。例えば、Cl_(2)又はHBrガスを主要エッチングガスとして使用でき、この際H_(2)ガスを添加ガスとして使用できる。 【0030】一方、上記湿式エッチングの場合、GaN基板22の下部面は、所定の湿式エッチング液、例えばKOH、NaOH又はH_(3)PO_(4)溶液を使用してエッチングされる。 【0031】具体的には、所定量の上記エッチング液が充填されているエッチング槽に、GaN基板22の厚さが所望の厚さに薄くなるまで、所定時間の間、上部面上にLD用の発光構造体が形成されたGaN基板22を浸けておく。 【0032】このような乾式又は湿式エッチングは、従来の機械的研磨と異なり、GaN基板22の下部面に損傷を与えないので、下部面にダメージ層(図2の44)が形成されない。従って、上記乾式又は湿式エッチングで加工された上記下部面に電極を付着させる場合、電極は安定して付着させられる。 【0033】このように、乾式又は湿式エッチングされたGaN基板22の下部面上に、図5に示したように、n型電極42を形成する。n型電極42は、Ti電極であるのが望ましいが、Ti,Al,In,Ta,Pd,Co,Ni,Si,Ge及びAgより成った群から選択された少なくともいずれか一つの物質を含む電極とすることもできる。ここで、上記n型電極42は0乃至500℃で熱処理される。こうしたn型電極42は最終的に湿式又は乾式エッチングされた下部面に付着させられるので、上記のように安定して付着させられる。 【0034】従って、n型電極の付着と関連した従来の問題点は、解消されるか、少なくともLDの特性を低下させない範囲におさめられる。 【0035】〈第2実施例〉図6を参照して説明する。n型のGaN基板22上にn型GaN層24と、n型AlGaN/GaNクラッド層26と、n型GaNウエーブガイド層28と、InGaN活性層30と、p型GaNウエーブガイド層32と、p型AlGaN/GaNクラッド層34及びp型GaN層36とを順次に形成する。次いで、第1実施例と同様に、p型GaN層36及びp型AlGaN/GaNクラッド層34を順次にエッチングしてリッジを形成した後、保護層38及びp型電極40を順次に形成する。 【0036】次に、図7を参照して説明する。第2実施例では、n型GaN基板22の下部面を機械的に研磨する。GaN基板22の下部面は、グラインディング又はラッピング方式で研磨されることが望ましく、その他改善された表面研磨方式がある場合にはその方式で研磨されることがさらに望ましい。ここで、GaN基板22上に形成された発光構造体を支持できる範囲内で、GaN基板22の厚さを可能な限り薄くすることが望ましい。機械的に研磨されたn型GaN基板22の下部面に、ダメージ層44が形成される。このように形成されたダメージ層44は、乾式又は湿式エッチングによって除去される。ここで、ダメージ層44を完全に除去するため、上記乾式又は湿式エッチングは、ダメージ層44が除去されうると見積もった時間よりも長い時間実施されるのが望ましい。尚、上記エッチングに使用するガスやエッチング液等は、第1実施例で使用したものと同一であっても差し支えないが、エッチング対象がダメージ層44である点を考慮して第1実施例で使用したものと異なるガス又はエッチング液を使用することもできる。 【0037】図8に示すとおり、このように乾式又は湿式エッチングされたGaN基板22の下部面上にn型電極42を形成する。n型電極42は、第1実施例と同様に、形成される。その後の工程は第1実施例と同一である。 【0038】図9は機械的に研磨されたGaN基板の下部面の表面状態を示す走査電子顕微鏡写真である。図9より、機械的研磨後には、GaN基板の下部面に、多くの欠陥が生成されているダメージ層が存在することが分かる。図9で下部の灰色部分はGaN基板の下部面を示す。 【0039】一方、図10は、機械的研磨により形成されたダメージ層を乾式又は湿式エッチングによって除去した後のGaN基板の下部面の表面状態を示す走査電子顕微鏡写真である。図10より、下部面は綺麗であり、下部面にはダメージ層が存在しないことが分かる。 【0040】図11と図12及び図13は、従来の製造方法により作成された発光素子と本発明の実施例の製造方法により作成された発光素子との電気的特性(電圧?電流特性)を示したグラフである。図11の第1グラフG1は、機械的に研磨されたGaN基板の下部面にn型電極が形成された発光素子の電気的特性を示したものである。図12の第2グラフG2は、乾式エッチングされたGaN基板の下部面上にn型電極が形成された発光素子の電気的特性を示したものである。図13の第3グラフG3は、湿式エッチングされたGaN基板の下部面上にn型電極が形成された発光素子の電気的特性を示したものである。 【0041】第1乃至第3グラフG1、G2、G3を比較すると、従来の場合8V以上で20mAの電流が得られるのに対し、本発明の場合エッチングの種類に関係なく5Vより低い電圧で20mAの電流が得られることが分かる。又、従来の場合は電気的特性のばらつきが大きいが、本発明の場合は電気的特性のばらつきがないことが分かる。 【0042】一方、LED製造過程にも本発明を適用できる。例えば、GaN基板上にn型GaN層、活性層及びp型GaN層を順次に形成し、当該p型GaN層上にp型電極を形成する。次いで、当該p型電極の所定領域上にボンディングパッドを形成する。その後、こうした発光構造体が形成された上記GaN基板の下部面を上記の乾式又は湿式エッチング方式のみで又は機械的研磨方式と上記エッチング方式とを併用して加工する。このように加工された上記下部面上にn型電極を形成してLEDを完成させる。 【0043】上記の説明で多くの事項が具体的に記載されているが、これらは発明の範囲を限定するものとして解釈されるべきではなく、望ましい実施例の例示として解釈されるべきである。例えば、本発明の属する技術分野において通常の知識を有する者なら、リッジ型ではないLDの製造方法にも本発明の技術的思想を適用でき、活性層を含む共振器層の形態を異なるようにしたLDの製造方法にも本発明の技術的思想を適用できるであろう。又、III-V族のGaN基板ではない化合物半導体基板又はII-VI族の化合物半導体基板を使用することもできるであろう。従って、本発明の範囲は説明された実施例により決められるのではなく、特許請求の範囲に記載された技術的思想により決められる。」 (オ)「【0044】 【発明の効果】前述したように、本発明のGaN発光素子、特にレーザダイオードの製造方法では、初めから、或いは、機械的に研磨した後に機械的研磨過程で形成されるダメージ層を除去するために、発光構造体が形成されたGaN基板の下部面を乾式又は湿式エッチングし、その後、GaN基板の下部面にn型電極を形成する。 【0045】このように、最終的に乾式又は湿式エッチングした下部面上にn型電極を形成することとしたので、ダメージ層を介在させることなく、n型電極を形成することができる。このように形成したn型電極の付着特性は安定的なので、LDやLED等のような発光素子の発光効率を高めることができ、その他の特性が低下することも防止できる。」 (カ)図9より、GaN基板の下部面近傍に多数の線状の黒い模様が写っていることが見てとれ、図10より、GaN基板の下部面近傍には前記線状の模様は写っていないことが見てとれる。 イ 甲2発明 上記アの前記摘記事項(ア)?(カ)を含む甲2の全記載からみて、甲2には、次の発明が記載されていると認められる。 「窒化ガリウム(GaN)基板上にIII-V族の窒化物を用いた化合物半導体レーザダイオードのような化合物半導体発光素子を形成する際、劈開面を形成するためにGaN基板の下部面を機械的に研磨してその厚さを薄くする必要があり、研磨後もなお発光素子を支持することができる所定の厚さになるまで前記GaN基板の下部面をグラインディング、ラッピング又はポリシングにより研磨し、その後、前記GaN基板の下部面にn型電極を付着していたところ、 前記研磨過程でGaN基板の下部面が損傷し、GaN基板の下部面にダメージ層が形成されるので、前記n型電極はダメージ層に付着するようになって付着が不良になり、その結果、前記n型電極に印加される電圧に関する発光効率が低くなり、また、発光素子の動作過程で発生する熱が多くなるため発光素子の寿命が短縮する等、素子の特性が低下する問題があったので、 上部面に発光素子が形成されたGaN基板の下部面を加工するに際し、該下部面にダメージ層が形成されることを防止して、前記発光素子の特性の低下を防止することができる半導体発光素子の製造方法を提供することを目的として、 GaN基板の下部面を加工してn型電極を効果的に形成できるIII-V族の窒化物を用いた化合物半導体発光素子の製造方法であって、 GaN基板上にレーザダイオードを形成する場合、 n型GaN基板上にn型GaN層、n型AlGaN/GaNクラッド層、n型GaNウエーブガイド層、InGaN活性層、p型GaNウエーブガイド層、p型AlGaN/GaNクラッド層及びp型GaN層を順次形成する段階と、 前記p型GaN層及びp型AlGaN/GaNクラッド層を順次エッチングしてリッジを形成した後、保護層及びp型電極を順次形成する段階と、 その後、前記n型GaN基板の下部面を、該GaN基板上に形成された発光構造体を支持できる範囲内でその厚さが可能な限り薄くなるように機械的に研磨する段階と、 前記機械的に研磨されたn型GaN基板の下部面に形成された、多くの欠陥が生成されているダメージ層を、該ダメージ層が除去されうると見積もった時間よりも長い時間、乾式又は湿式エッチングすることによって前記下部面の前記ダメージ層が存在しなくなるまで完全に除去する段階と、 前記乾式又は湿式エッチングされたGaN基板の下部面上にn型電極を形成する段階と、 を含み、 GaN基板の下部面の表面状態を示す走査電子顕微鏡写真では、 機械的研磨後には、GaN基板の下部面近傍に、多数の線状の黒い模様が写っているが、 機械的研磨により形成された前記ダメージ層を乾式又は湿式エッチングによって除去した後には、下部面近傍には前記線状の模様は写っておらず、 n型電極の付着特性が安定的なので、レーザダイオードのような発光素子の発光効率を高めることができ、その他の特性が低下することも防止でき、 前記乾式又は湿式エッチングされたGaN基板の下部面上にn型電極が形成されたレーザ素子の電圧?電流特性は、エッチングの種類に関係なく5Vより低い電圧の印加で20mAの電流が得られるものである、 化合物半導体発光素子の製造方法。」(以下、これを「甲2発明」という。) (2)甲各号証(甲1、甲2、甲5を除く)に記載された事項の概要 ア 甲3の1 日亜化学工業株式会社 総合部門 法知本部 主幹技師 丸谷幸利(請求人従業者)による、甲2の図9及び図10が断面TEM像であり、また、甲2に記載されたGaN基板下部面の転位密度が5×10^(5)cm^(-2)?4×10^(7)cm^(-2)程度である旨の報告が記載されている。 また、上記の根拠として、それぞれ甲2の発明者の一人(李きょう烈=KyoYeol Lee)が著者の一人である、甲3の3ないし甲3の6の論文を挙げている。 イ 甲3の2 京都大学 工学研究科 船戸充準教授による、甲2の図9及び図10の写真は、透過電子顕微鏡像(TEM像あるいはSTEM像)と考えるのが合理的であり、また、本件特許でいう「転位」と、従来から当業者が「ダメージ層」などとしている層とは同じものと考えるのが合理的である旨の意見とその理由が記載されている。 ウ 甲3の3 甲2の発明者の一人(李きょう烈=KyoYeol Lee)が著者の一人である論文である。 請求人が提出した甲3の3には、次の事項が記載されている。 (ア)「我々はハイドライド気相成長法(HVPE)によって2インチのサファイア(0001)基板上に成長した厚さ300μmの自立窒化ガリウム(GaN)の厚膜について報告する。ヒロック(小丘)のあるGaNの表面形態を改善するために、その表面をダイヤモンド研磨剤で研磨し、研磨したGaNのフォトルミネッセンス特性を調べた。透過型電子顕微鏡測定法を用いてサブサーフェスのダメージ層を観察した。乾式エッチング法である化学支援イオンビームエッチング (CAIBE)によってダメージ層を除去し、フォトルミネッセンス特性の回復を確認した。結果として、非エッチング層のものと比較したGaNのホモエピタキシャル成長の形態は、イオンビームエッチングによって改善された。」(L13頁要約) (イ)「上述の成長条件下で平面図TEM解析によって測定したGaN基板の欠陥密度は、Fig.1に示したように10^(7)cm^(-2)で、対称性(0002)ピークの半値全幅(FWHM)は131秒角であった。」(L13頁右欄12行?16行) (ウ)「自立GaNの構造上及び光学上の特徴は、デバイス基板への適用には十分かもしれないが、表面処理無しでデバイスのウェハーとしてGaNを採用することは不可能である。これは、GaN膜の表面形態がヒロックのせいで非常に粗いためである。発光ダイオード(LED)やレーザダイオード(LD)機器のような基板へ適用するためには、GaNの表面粗さを改善する必要がある。平坦な表面無しでは、GaN基板上に、高品質で滑らかで鏡面状の表面のホモエピタキシャル成長を得ることはほとんどできない。一般に、ウェハーとして用いられる基板のほとんどは、化学機械的研磨によってこの問題を解消してきた。GaNに適したエッチング液はまだ無いので、表面処理のためには機械的研磨のみが採用された。GaN基板はダイヤモンド研磨剤による機械的研磨後、非常に滑らかな表面を呈したが、この工程は結果的にGaNのサブサーフェスにダメージ層を生じさせた。この研磨によって誘発されたダメージ層はFig.3(a)に示したように、TEMを用いて観察された。」(L13頁右欄19行?L14頁左欄9行) (エ)「Fig.3(b)は、CAIBE処理後のGaNの断面TEM画像である。TEMで明らかなようにGaN膜にはダメージ層が認められなかった。我々は、上述の結果を確かめるために、このドライエッチングした基板を用いてGaN膜の再成長についても研究した。」(L14頁左欄24行?同頁右欄2行) エ 甲3の4 甲2の発明者の一人(李きょう烈=KyoYeol Lee)が著者の一人である論文である。 n型窒化ガリウム(n-GaN)基板へのチタン/アルミニウム(Ti/Al)接触の電気特性に対する結晶極性の影響を研究するため、試料として、サファイア基板上でHVPEによってGaN層を厚さ300μmまで成長させ、自立GaN基板を得るために、上記厚いGaN層をレーザリフトオフ法によってサファイアから分離し、次にGaN基板を機械的に研磨し、Ga面上とN面上の両方でドライエッチングして滑らかなエピレディ面を得て、二結晶法X線回折(DXRD)法を用いて構造上の性質を調べたところ、Ga面とN面の典型的な転位密度は、10^(7)cm^(-2)よりも低かったこと、n-GaN基板ガリウム(Ga)面上で調製されたTi/Al接触は、600℃以上の温度で30秒間アニーリングした後、接触抵抗率2×10^(-5)Ωcm^(2)のオーム性を示したが、対照的に、n-GaNの窒素(N)面上での接触は、非線形電流電圧曲線を示し、同じアニーリング条件で1eV以上の高いショットキー障壁が測定されたこと等が記載されている。 オ 甲3の5 甲2の発明者の一人(李きょう烈=KyoYeol Lee)が著者の一人である論文である。 ハイドライド気相成長法によって成長させた300μm厚の自立窒化ガリウム(GaN)テンプレートの構造と光学特性を、X線回折法、欠陥描写エッチングとその後の原子間力顕微鏡イメージング、および様々な温度でのフォトルミネッセンスを用いて評価したところ、c平面GaNのガリウム(Ga)面と窒素(N)面には、欠陥密度の大きな変動が認められ、Ga面での欠陥濃度は約5×10^(5)cm^(-2) 、N面での欠陥濃度は約1×10^(7)cm^(-2)であったこと等が記載されている。 カ 甲3の6 甲2の発明者の一人(李きょう烈=KyoYeol Lee)が著者の一人である論文である。 ハイドライド気相成長法によって成長させた自立GaNテンプレートを、透過型電子顕微鏡(TEM)により特性評価し、さらに、TEMの調査を、X線回折、欠陥露出エッチング過程とそれに続く原子間力顕微鏡によるイメージング、および温度を変えたフォトルミネッセンスによって補強したところ、N面付近の転位密度は、断面TEMで3±1×10^(7)cm^(-2)、平面TEMで4±1×10^(7)cm^(-2)、欠陥露出エッチングで約1×10^(7)cm^(-2)であると決定されたこと等が記載されている。 キ 甲4の1 甲2のGaN基板下部面のn型電極のコンタクト抵抗を図12の曲線G2より甲4の2の手法に従って推定したところ、0.00077Ωcm^(2)未満であったこと、及び、その手法の詳細が記載されている。 ク 甲4の2 被告(本件審判の請求人)の製造する波長405nmのレーザ光を発するGaN系基板を用いた半導体レーザ素子のコンタクト抵抗値の推定値及びその推定手法が記載されている。 ケ 甲4の3 甲4の1の推定手法の補足が記載されている。 コ 甲6 ウエットエッチングとドライエッチングの表面の反応機構について、Siを例に取り上げ基礎的な現象を説明しており、ウエットエッチングでは、エッチング形状やエッチング速度が等方性になるか異方性になるかは、基本的にはエッチング溶液と被加工材料との組み合わせによって決まること、ドライエッチングでは、加工形状によって等方性エッチングと方向性エッチングに大別されること等が記載されている。 サ 甲7 SEMイメージ(走査電子顕微鏡写真)の一例が記載されている(図3、図4C)。これらには、走査電子顕微鏡写真の典型的な特徴が表れており、図3及び図4Cのいずれにも、走査電子顕微鏡写真では「エッジ効果」と呼ばれる、明るく輝く領域が写っている。 シ 甲8の1 共振器長400μm、チップ幅300μm、p電極幅5μmの半導体レーザが記載されている(【0014】)。 ス 甲8の2 共振器長300μm、チップ幅250μm、p電極幅5μmの半導体レーザが記載されている(【0036】、【0037】)。 セ 甲8の3 共振器長300?500μm、p電極幅2μmの半導体レーザが記載されている(【0047】?【0054】)。 ソ 甲9の1 「ラッピング」の見出しの下に、レーザの土台の数百μm厚の基板は、そのままでは厚すぎて劈開できないので、まず、石を磨くようなラッピング(研磨)の手法によって基板側を削り、ウエハ厚さを約100μmにするが、ラッピング後の表面は非常にざらざらしていて表面状態が悪いので、全面を硫酸などのエッチング液で数μmさらにエッチングし、そうすることで表面が非常にきれいになるので、そのあとで裏面側の電極を蒸着すること等が記載されている(121頁下から1行?9行)。 タ 甲9の2 基板の研磨は、n型窒化物半導体層が露出するまで行うこと、基板の研磨後は、n型コンタクト層の研磨によりダメージを受けた領域をRIEにて1?2μm程度エッチングを行うこと、その後、露出したn型コンタクト層にタングステンを20Åの厚さで、次にアルミニウムを30Åの厚さでスパッタリングにより形成し、アニーリングを行い、n電極を形成すること等が記載されている(【0041】、【0054】)。 チ 甲9の3 研磨によって平坦化されたGaN基板は、研磨時に物理的なダメージを受けているため、GaN基板表面には少なくとも結晶性の悪化したダメージ層が残るので、研磨によって平坦化されたGaN基板上に高品質な窒化ガリウム系化合物半導体薄膜を作製するためには、ダメージ層の除去が必要となること、ダメージ層の除去は化学的に行うことが望ましいが、ケミカルエッチングでは基板表面に多くのエッチピットを形成するので、RIE(反応性イオンエッチング装置)を用いたエッチングを実施したこと、まずチャンバーにセットしたGaN基板をプロセスガスとして塩素ガスを10sccm流し、高周波パワーを400W、バイアスパワーを50W、基板温度を50℃でエッチングを行い、GaN基板を用いて、エッチング深さ1μmまでエッチングしたところ、研磨直後のピットの少ない平坦な表面を維持した状態で、前記基板の研磨前と同等レベルの結晶性が得られることを確認したこと等が記載されている(【0078】?【0080】)。 ツ 甲10 「方法目録」(別紙1頁)に記載の「半導体レーザ素子の製造方法」に従って製造された半導体レーザ素子は本件特許発明(甲10中では「本件特許発明2」)の侵害に当たる旨、「第6.被告の行為 2.被告方法の構成のうち、本件特許発明2の構成要件に対応する構成」では、原告(本件被請求人)が、 「別紙被告方法目録及び別紙被告製品説明書に記載した被告方法の構成のうち、本件特許発明2の各構成要件に対応する構成は次のとおりである。 a2 およそ400μmのn型GaN基板ウエハの第1の面(『表面』)の上に、n型半導体層(n型クラッド層、n型光ガイド層)、活性層、キャップ層、p型半導体層(p型光ガイド層、p型クラッド層)をこの順に積層する工程を有する。 b2 GaN基板ウエハの第2の面(『裏面』)を機械研磨して、GaN基板ウエハの厚みをおよそ100μmにする工程を有する。 c2 上記a2及びb2の工程の後、GaN基板ウエハの裏面に化学的機械的研磨(CMP、Chemical Mechanical Polishing)、反応性イオンエッチング(RIE、Reactive Ion Etching)などを施し、GaN基板ウエハの裏面近傍の領域を除去する工程を有する。その結果、GaN基板ウエハの裏面の転位密度は『8×10^(6)cm^(-2)以下』となる。 d2 その後、GaN基板ウエハの裏面にn電極を形成する工程を有する。 e2 GaN基板とn電極とのコンタクト抵抗は『10^(-4)?10^(-5)Ωcm^(2)のオーダー』である。 f2 GaN基板を用いた半導体レーザ素子の製造方法である。」 と主張する旨が記載されている(18頁13行?19頁10行)。 テ 甲11 「ウルツ鉱型結晶構造を有するIII族元素窒化物半導体、例えば、GaN系半導体発光素子において、 格子定数や熱膨張係数が異なるサファイア基板上にGaN結晶膜のエピタキシャル成長を行うと、基板やエピタキシャル層に歪みや欠陥、転位が発生し、また、厚い膜を成長した場合にはクラックが発生し、デバイスとしての性能が極端に悪くなるという問題があったので、 サファイア基板上にエピタキシャル成長を行って形成されたものであっても、歪みや欠陥、転位が少なく、また厚い膜であってもクラックが入りにくい、GaN結晶膜を提供するために、 サファイア基板上にMOCVD法で膜厚1μmの下地結晶膜としてのGaN膜を形成し、該GaN膜上にSiO_(2)膜を形成し、該SiO_(2)膜をフォトリソグラフィー法とウエットエッチングでストライプ状に成形してマスクを形成し、該ストライプ状のマスク間の領域である成長領域上に、塩化ガリウム(GaCl)をGa原料とし、アンモニア(NH_(3))ガスをN原料として、ハイドライドVPE法によりGaN結晶をエピタキシャル成長させると、GaN結晶は、初期段階ではマスク上に成長せず前記成長領域のみで成長するため、前記成長領域上のGaN結晶には基板の面方位とは異なる面方位を有するファセットが出現し、エピタキシャル成長を続けると、GaN結晶はファセット面に対して垂直な方向に成長が進むため、前記成長領域だけでなくマスク上にも成長し、やがてマスクを覆うようになって隣接する成長領域のGaN結晶のファセットと接触し、さらにエピタキシャル成長を続けると、ファセットが埋め込まれ、平坦な表面を有するGaN結晶膜を得て、 得られたGaN結晶膜上に発光素子構造を形成した後にサファイア基板とマスクと前記GaN結晶膜の一部を除去する方法(以下「サファイア基板法」という。)、あるいは、GaN結晶膜を形成後、サファイア基板とマスクと該GaN結晶膜の一部を除去して得たGaNエピタキシャル層のみからなるウェーハを基板として、該基板上に発光素子構造を形成する方法(以下「GaN基板法」という。)により作製されたGaN系半導体発光素子であって、 前記GaN結晶膜において、転位は、ファセットに向かって進み基板と垂直に伸びていたものが垂直な方向へ伸びることができなくなるためファセットの成長とともに横方向に曲げられ、そのほとんどは結晶の端に出てしまうか閉ループを形成するので、エピタキシャル膜の膜厚増加に伴い上部の成長領域では転位が減少していき、その結果、上層領域において、下地結晶中の刃状転位を引継ぎc面に対して平行な変位ベクトルを持つA転位と下地結晶中の混合転位を引継ぎc面に対して斜めに傾いた変位ベクトルを持つB転位を合わせた全転位の転位密度が好ましくは2×10^(8)/cm^(2)以下、より好ましくは1×10^(7)/cm^(2)以下の低転位密度層を有するn型GaN結晶膜となり、 前記サファイア基板法は、例えば、キャリア濃度が1×10^(18)cm^(-3)以上の前記n型GaN結晶膜が形成された基板をMOCVD装置にセットし、所定の温度、ガス流量、V族元素/III族元素比で、厚さ1μmのSi添加n型GaN層、厚さ0.4μmのSi添加n型Al_(0.15)Ga_(0.85)Nクラッド層、厚さ0.1μmのSi添加n型GaN光ガイド層、厚さ2.5nmの無添加In_(0.2)Ga_(0.8)N量子井戸層と厚さ5nmの無添加In_(0.05)Ga_(0.95)N障壁層からなる10周期の多重量子井戸構造活性層、厚さ20nmのMg添加p型Al_(0.2)Ga_(0.8)N層、厚さ0.1μmのMg添加p型GaN光ガイド層、厚さ0.4μmのMg添加p型Al_(0.15)Ga_(0.85)Nクラッド層、及び厚さ0.5μmのMg添加p型GaNコンタクト層を順次形成して発光素子構造を形成し、次に、該発光素子構造を形成したサファイア基板を研磨器にセットし、前記サファイア基板、前記下地結晶膜、前記マスク及び前記GaN結晶膜の一部を研磨してn型GaN結晶膜を露出させ、露出したGaN結晶膜の面、すなわち素子裏面側にチタンとアルミニウムからなるn型電極を形成し、p型GaNコンタクト層上にニッケルと金からなるp型電極を形成する工程を含み、 前記GaN基板法は、例えば、全断面にわたって低転位密度層となっているGaN基板ウエーハを用い、MOCVD法によりGaN基板側から厚さ0.5μmのSi添加n型Al_(0.05)Ga_(0.95)Nクラッド層、厚さ0.1μmのSi添加n型GaN光ガイド層、厚さ3nmの無添加In_(0.2)Ga_(0.8)N量子井戸層と無添加In_(0.05)Ga_(0.95)N障壁層からなる7周期の多重量子井戸構造活性層、厚さ20nmのMg添加p型Al_(0.2)Ga_(0.8)Nインジウム解離防止層、厚さ0.1μmのMg添加p型GaN光ガイド層、厚さ0.5μmのMg添加p型Al_(0.05)Ga_(0.95)Nクラッド層、及び厚さ0.2μmのMg添加p型GaNコンタクト層を順次形成して発光素子構造を形成し、該発光素子構造の最上層にはSiO_(2)膜を形成し、幅10μmのストライプ状の電流注入用窓を形成し、この上にニッケルと金からなるp型電極を形成し、p型電極面で研磨用重しに貼りつけ、GaN基板の裏面を研磨し、通常、60μm?100μmの劈開可能な厚さに仕上げ、チタンとアルミニウムからなるn型電極を前記裏面に形成する工程を含む、 GaN系半導体発光素子。」の発明等が記載されている(【0055】、【0126】?【0128】、【0136】、【0138】、【0182】、【0183】、【0189】、【0193】?【0197】、【0212】、【0214】)。 ト 甲12 特願2008-140105号(甲2の分割出願、特開2008-263214号)の願書に最初に添付した図面のうち図9及び図10である。 ナ 甲13 甲3の3のL13頁左欄下14行の脚注12)の文献である。直径2インチ(約5cm)のGaN基板の写真(Fig.1)が掲載されている。 二 甲14 透過電子顕微鏡像の撮影用試料の作成方法の例が記載されている。 ヌ 甲15 透過電子顕微鏡写真(TEM、STEM)で観察される線状の黒い模様は「転位」であること等が記載されている(3頁、4頁)。 ネ 甲16の1 甲2の図9と甲3の3とFig.3aとを比較し、両者が同一のものであると結論付けている。 ノ 甲16の2 甲2の図9及び図10には、透過電子顕微鏡写真特有の干渉縞が看取される一方、走査電子顕微鏡写真特有の傾斜効果やエッジ効果が看取されないことから、図9及び図10は透過電子顕微鏡写真であり、甲2の【0038】、【0039】の図9、図10が走査電子顕微鏡写真である旨の記載は誤記であると結論付けている。また、甲2に記載された発明では、奥まで伸びる転位が除去されていると結論付けている。 3 当審の判断 (1)無効理由1(記載不備) ア 記載不備の理由1について (ア)「第2 2(1)ア(i)及び(ii)」の点について 本件特許発明1は、第1半導体層の裏面の転位密度を「1×10^(9)cm^(-2)以下」とする第3工程において、具体的に「研磨により発生した転位を含む第1半導体層の裏面近傍の領域を除去」することによって、前記転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)以下」になることを規定しているのであり、また、第1工程ないし第4工程を備えることにより、第1半導体層とn側電極とのコンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)以下」になることを規定しているのであるから、本件特許発明1は、不明確であるとはいえない。 (イ)「第2 2(1)ア(iii)及び(iv)」の点について 本件特許発明1は、例えば、第1半導体層をどの程度除去すれば、転位密度が1×10^(9)cm^(-2)以下となり、コンタクト抵抗が0.05Ωcm^(2)以下となるか、その条件を予め調べておき、その条件で第1半導体層の裏面近傍を除去することによっても再現性をもって実施できるものであり、窒化物系半導体素子の製造方法の操作・工程等の実施中に転位密度やコンタクト抵抗をリアルタイムに計測する必要はない。したがって、転位密度やコンタクト抵抗をリアルタイムに計測する工程を発明特定事項として含む必要もない。 本件特許明細書の【0056】ないし【0065】の記載から、本件特許発明1に規定される転位密度とコンタクト抵抗は、転位密度が1×10^(6)cm^(-2)以下となり、コンタクト抵抗が0.05Ωcm^(2)以下となる条件(例えば、裏面処理条件や裏面除去の厚み)を予め調べておき、その条件で第1半導体層の裏面近傍を除去することによって、再現性をもって実施できることを当業者であれば理解できるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載が、当業者が本件特許発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではないとはいえない。また、本件特許発明1が発明の詳細な説明に記載したものでないとも、明確でないともいえない。 (ウ)「第2 2(1)ア(v)」の点について 上記(ア)及び(イ)のとおり、請求人の主張する理由(i)?(iv)は誤りであり、本件特許発明1は明確な発明特定事項をもって定義されているから、本件特許発明1の外延は明確である。 (エ)「第2 2(1)ア(vi)」の点について 特定されている「達成すべき特性値」の範囲が、当業者の誰しもが技術常識として「達成することが望ましい」と認識している範囲と重複することは、発明が不明確である理由にはならない。 (オ)「第2 2(1)ア(vii)」の点について 本件特許発明は、当業者の誰しもが技術常識として望ましいと認識している数値を特定しているものではなく、また、請求人が主張する周知の技術によって、本件特許発明が特定している「転位密度」及び「コンタクト抵抗」を具備する窒化物系半導体素子を製造できるものでもない。すなわち、本件特許発明は、研磨により発生した転位密度が増大した領域を除去することにより、低い転位密度と低いコンタクト抵抗とを併せもった窒化物系半導体素子の製造を初めて実現したものであり、窒化物系半導体素子を周知の技術に従って製造した場合において、当業者の誰しもが技術常識として「達成することが望ましい」と認識している範囲内の「転位密度」や「コンタクト抵抗」を特定したものではない。 (カ)本件特許発明2ないし本件特許発明10について、請求人の主張する理由は、本件特許発明1が不明確であるから、本件特許発明1に従属する本件特許発明2ないし本件特許発明10も不明確であるというものであるところ、上記(ア)ないし(オ)のとおり、本件特許発明1が不明確であるとはいえないから、本件特許発明2ないし本件特許発明10も不明確であるとはいえない。 イ 記載不備の理由2について (ア)転位密度及びコンタクト抵抗の数値範囲の上限値について 本件特許発明は、「n型GaN基板101の裏面をn型GaN基板101が所定の厚み(100μm程度)になるまで研磨した後、n型GaN基板101の裏面(窒素面)上に、n側電極112を形成する」(【0007】)という「従来の方法」には、「n型GaN基板の裏面を機械研磨する際に、n型GaN基板の裏面近傍に応力が加わる。このため、n型GaN基板の裏面近傍にクラックなどの微細な結晶欠陥が発生するという不都合がある。その結果、n型GaN基板と、n型GaN基板の裏面(窒素面)上に形成されたn側電極とのコンタクト抵抗が増加するという問題点」(【0009】)があり、当該従来の方法の問題点を解決するためになされた発明であるから、請求項記載の転位密度やコンタクト抵抗の値が満足なものか否か(効果が得られるものであるのか否か)を判断する際に、これと対比すべきは、機械研磨のみを行う従来の方法である。 本件明細書の【表1】に示された「電極形成方法(裏面処理条件)」及び【0059】の「従来と同様の方法により作製された試料1」との記載からみて、機械研磨のみを行う従来の方法で作製されたものは試料1である。そして、【0049】の記載によれば、「一実施形態」のn型GaN基板1において、TEM分析により測定したエッチング前の裏面の結晶欠陥(転位)密度は「1×10^(10)cm^(-2)以上」ということであり、当該「一実施形態」は、「n型GaN基板1の裏面(窒素面)をn型GaN基板1の厚みが約120μm?約180μmになるまで研磨」(【0047】)してから、「反応性イオンエッチング(RIE)法により、n型GaN基板1の裏面(窒素面)を、約20分間エッチングする」(【0048】)ものであるから、GaN基板の裏面を研磨してn側電極を形成(【表1】)する試料1の裏面の転位密度は、「一実施形態」のエッチング前の転位密度である「1×10^(10)cm^(-2)以上」と同程度であると考えられる。また、【表1】によれば、試料1のコンタクト抵抗は「20Ωcm^(2)」である。 試料1の上記各値を請求項1記載の各値と対比すると、請求項1記載の裏面の転位密度及びコンタクト抵抗の上限値である「1×10^(9)cm^(-2)」及び「0.05Ωcm^(2)」は、上記試料1(すなわち従来の方法で作製されたもの)の転位密度及びコンタクト抵抗の値と比べて充分に小さいといえるから、本件特許発明が不満足な特性値を上限値として包含しているとはいえない。 (イ)転位密度及びコンタクト抵抗の数値範囲の下限値について 本件特許発明は、「n型GaN基板101の裏面をn型GaN基板101が所定の厚み(100μm程度)になるまで研磨した後、n型GaN基板101の裏面(窒素面)上に、n側電極112を形成する」(【0007】)という「従来の方法」における「n型GaN基板の裏面を機械研磨する際に、n型GaN基板の裏面近傍に応力が加わる。このため、n型GaN基板の裏面近傍にクラックなどの微細な結晶欠陥が発生するという不都合がある。その結果、n型GaN基板と、n型GaN基板の裏面(窒素面)上に形成されたn側電極とのコンタクト抵抗が増加するという問題点」(【0009】)を解決するためになされた発明であって、「前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×10^(9)cm^(-2)以下とする」ことを含む発明特定事項Cは、上記転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)以下」であることを特定しているにすぎず、「前記第1半導体層と前記n側電極とコンタクト抵抗を0.05Ωcm^(2)以下とする」なる発明特定事項Eは、上記コンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)以下」であることを特定しているにすぎない。 本件明細書には、上記転位密度が「1×10^(6)cm^(-2)以下」(【0049】)で上記コンタクト抵抗が「2.0×10^(-4)Ωcm^(2)以下」または「1.0×10^(-5)Ωcm^(2)」(【0054】)である一実施形態や、上記転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)」(【0061】)で上記コンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)」(【0056】の【表1】)である試料3や、上記転位密度が「1×10^(6)cm^(-2)以下」(【0061】)で上記コンタクト抵抗が「7.0×10^(-4)Ωcm^(2)」(【0056】の【表1】)である試料4等が記載されており、上記一実施形態の製造方法については【0042】ないし【0053】にその具体的な製造方法が記載され、上記試料3や上記試料4については【0056】の【表1】に「電極形成方法(裏面処理条件)」がGaN基板裏面研磨後にRIE法(Cl_(2)ガス)により0.5μmエッチングしてからn側電極形成するものであることやGaN基板裏面研磨後にRIE法(Cl_(2)ガス)により1μmエッチングしてからn側電極形成するものであることが記載されているから、当業者は、これらの記載に基づいて、上記転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)以下」であり上記コンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)以下」である窒化物半導体素子を製造することができるのである。 また、上述したように、発明特定事項Cは上記転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)以下」であることを特定しているにすぎず、発明特定事項Eは上記コンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)以下」であることを特定しているにすぎないのであって、本件明細書の発明の詳細な説明には、上記転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)以下」であり上記コンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)以下」である窒化物半導体素子が記載されているのであるから、本件明細書の発明の詳細な説明に上記転位密度や上記コンタクト抵抗がゼロである窒化物半導体素子が記載されていないことをもって、本件特許発明が発明の詳細な説明に記載したものでないとすることもできない。 さらに、請求人のいう特性の優れる側の範囲は、転位密度については、機械研磨する前の転位密度を下限とする範囲であることは明らかであり、また、それを実現するためには機械研磨に起因して生じた転位を完全に除去すればよいことは明らかである。また、転位密度が特性の優れる側の範囲に属する値を採ることにより、コンタクト抵抗についても特性の優れる側の範囲に属する値が得られることは明らかである。 したがって、転位密度とコンタクト抵抗について、特性の優れる側の範囲については発明の詳細な説明に実施可能に記載されていないとも、本件特許発明1のうち特性の優れる側の範囲については発明の詳細な説明の記載によりサポートされていないともいえない。 ウ 記載不備の理由3について 本件特許発明は、「n型GaN基板101の裏面をn型GaN基板101が所定の厚み(100μm程度)になるまで研磨した後、n型GaN基板101の裏面(窒素面)上に、n側電極112を形成する」(【0007】)という「従来の方法」には、「n型GaN基板の裏面を機械研磨する際に、n型GaN基板の裏面近傍に応力が加わる。このため、n型GaN基板の裏面近傍にクラックなどの微細な結晶欠陥が発生するという不都合がある。その結果、n型GaN基板と、n型GaN基板の裏面(窒素面)上に形成されたn側電極とのコンタクト抵抗が増加するという問題点」(【0009】)があったところ、当該従来の方法の問題点を解決するためになされた発明であって、機械研磨により発生した転位を低減することを技術上の意義としていることは明らかであるから、機械研磨により発生した第1半導体層の裏面近傍の転位を除去する手段として、新たな転位を発生して転位密度を低減することができないことが明らかである機械研磨が含まれないことは当業者にとって自明である。 したがって、請求人の主張は前提を誤っているから、請求人の主張する理由によっては、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明が実施可能な程度に明確かつ十分に記載したものではないとも、本件特許請求の範囲の記載は、本件特許発明が明細書の発明の詳細な説明に記載したものでないともいえない。 エ 記載不備の理由4について 本件明細書の発明の詳細な説明中で、「一実施形態」の転位密度について説明した【0049】には、「ここで、上記したエッチングによる効果を確認するために、エッチング前後におけるn型GaN基板1の裏面の結晶欠陥(転位)密度を、TEM(Transmission Electron Microscope)分析により測定した。その結果、エッチング前には、結晶欠陥密度は、1×10^(10)cm^(-2)以上であったのに対して、エッチング後には、結晶欠陥密度は、1×10^(6)cm^(-2)以下にまで減少していることが判明した。」と記載されており、また、試料3及び試料4の転位密度について説明した【0061】には、「Cl_(2)ガスを用いたRIE法により、n型GaN基板の裏面を約1μmの厚み分だけ除去した試料4では、Cl_(2)ガスを用いたRIE法により、n型GaN基板の裏面を約0.5μmの厚み分だけ除去した試料3よりも、低いコンタクト抵抗を得ることができた。・・・(略)・・・これらの試料において、n型GaN基板の裏面の結晶欠陥(転位)密度を、TEM分析により測定したところ、試料3の結晶欠陥密度は1×10^(9)cm^(-2)であった。一方、試料4では、観察した視野中に結晶欠陥は観察されず、結晶欠陥密度は1×10^(6)cm^(-2)以下であった。」と記載されている。 これらの記載から、エッチング前の(機械研磨直後の)n型GaN基板1の裏面の転位密度が1×10^(10)cm^(-2)以上であり、エッチングによりn型GaN基板1の裏面を約0.5μmの厚み分だけ除去した後の当該裏面の転位密度が1×10^(9)cm^(-2)であり、エッチングによりn型GaN基板1の裏面を約1μmの厚み分だけ除去した後の当該裏面の転位密度が1×10^(6)cm^(-2)以下であるから、機械研磨直後のn型GaN基板1の裏面近傍は、より裏面に近い(浅い)領域ほど転位密度が高い状態にあるものと理解することができる。 そうすると、発明特定事項Cの「前記研磨により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×10^(9)cm^(-2)以下とする」は、第1半導体層を裏面側から転位密度が1×10^(9)cm^(-2)を超える領域の厚み分を除去することにより前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×10^(9)cm^(-2)以下とするという意味に解され、「裏面近傍の領域」が、機械研磨直後の第1半導体層の裏面側の領域であって、転位密度が1×10^(9)cm^(-2)を超える領域を意味していることは明らかであるから、「裏面近傍の領域」との記載が不明瞭であるとはいえない。 したがって、本件特許発明が明確でないとはいえない。 オ まとめ 上記アないしエのとおり、無効理由1は成り立たない。 (2)無効理由2(発明未完成) 請求人が主張する、本件特許発明1が包含する「実施不能であって未だ完成していない発明」とは、転位密度やコンタクト抵抗がゼロであるもののことを指しているものと考えられるところ、上記(1)イで述べたのと同様の理由から、本件特許発明1において転位密度やコンタクト抵抗の数値範囲の下限値を特定しないことをもって、本件特許発明が全体として未完成発明であり「産業上利用することができる発明」に該当しないとすることはできない。 よって、無効理由2は成り立たない。 (3)無効理由3(甲2発明に基づく新規性欠如) ア 甲2の引用例適格性(本件特許発明の優先権主張の効果の享受)について (ア)転位密度及びコンタクト抵抗について 基礎出願の請求項6を引用する請求項8に、第1半導体層のn側電極との界面近傍における転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)以下」であり、n側電極と第1半導体層とのコンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)」である窒化物系半導体素子が記載されていることから、本件発明の技術的事項が基礎出願の当初明細書等に記載の技術的事項を超えるとはいえない。 (イ)除去処理手段及び除去処理の対象となる第1半導体層の面について a 除去処理手段について 基礎出願の当初明細書【0043】に、 「また、Cl_(2)ガスを用いたRIE法により、n型GaN基板の裏面を約1μmの厚み分だけ除去した試料4では、Cl_(2)ガスを用いたRIE法により、n型GaN基板の裏面を約0.5μmの厚み分だけ除去した試料3よりも、低いコンタクト抵抗を得ることができた。これは、約0.5μmの厚み分の除去では、機械研磨により発生した結晶欠陥を含むn型GaN基板の裏面近傍の領域を十分に除去することができなかったためであると考えられる。これらの試料において、n型GaN基板の裏面の結晶欠陥(転位)密度を、TEM分析により測定したところ、試料3の結晶欠陥密度は1×10^(9)cm^(-2)であった。一方、試料4では、観察した視野中に結晶欠陥は観察されず、結晶欠陥密度は1×10^(6)cm^(-2)以下であった。」 と記載されている。 上記記載に接した当業者であれば、試料4が試料3に比べて転位密度がより低くなり、コンタクト抵抗がより低くなったという結果は、試料4の方が機械研磨によって生じた転位を含む領域が比較的厚く(多く)除去された、すなわち、転位そのものがより多く除去されたことによってもたらされたものであると認識するのであって、除去手段をエッチングとするか他の手段(ただし、新たな結晶欠陥(転位)を発生しない手段に限る)によって係る効果が左右されるものであると認識するものではない。 したがって、基礎出願の当初明細書【0043】の「研磨により発生した転位を含む第1半導体層の裏面近傍の領域を除去」する手段としては、特定の方法(エッチング)に限定されるものではないことは、基礎出願の当初明細書等の記載から、当業者にとって自明であったといえる(別件特許無効審判事件(無効2011-800203号)の審決(乙1)の取消訴訟(平成24年(行ケ)第10303号)の判決(知的財産高等裁判所、平成25年11月14日言渡)の28頁23行?29頁12行参照。)。 b 除去処理の対象となる第1半導体層の面について 請求人が主張するように、基礎出願の当初明細書等には、除去処理の対象となる裏面が窒素面であるもののみが記載されており、除去処理の対象となる裏面が窒素面以外であってもよいことについての明記はない。 一方、本件の特許請求の範囲において、請求項4以外の請求項は除去処理の対象となる第1半導体層の裏面を窒素面とは特定しておらず、また、本件明細書には、【0077】にGa面を裏面とした態様が記載されているが、当該態様に特有の効果については特段記載されていない。 しかしながら、 裏面を窒素面とは異なる面、例えば、Ga面とした窒化物系半導体素子が基礎出願の出願前にありふれたものであったと考えられること(本件において提出された証拠ではないが、本件特許の関連特許に係る無効審判事件(無効2013-800120号)の甲4(特開2001-148357号公報。【0007】等参照。)には、n型電極をGaN基板のGa終端面に形成した発光素子について記載されている。)、 当業者が基礎出願の明細書【0043】の記載に接すれば、試料4において試料3に比べて転位密度がより低くなりコンタクト抵抗がより低くなるという結果は、機械研磨によって生じた転位を含む領域が比較的に厚く(多く)除去された、すなわち転位そのものがより多く除去されたことによってもたらされたものであり、当該事情は、除去処理の対象が窒素面であるか窒素面とは異なる面であるかとは関係がないということを理解することができると考えられること、 裏面を窒素面とは異なる面(Ga面)とした上記態様が、基礎出願の明細書【0009】に記載された、機械研磨により発生した転位に起因して裏面とn側電極とのコンタクト抵抗が増加するという問題点を解決して、基礎出願の明細書【0021】に記載された、第1半導体層のn側電極との界面におけるコンタクト抵抗を低減することができるという基礎出願の当初明細書等に記載された技術的事項を超えるような事項を有するものでないこと、 から、除去処理の対象となる第1半導体層の面が特定の面(窒素面)に必ずしも限定されないことが基礎出願の当初明細書等の記載から当業者にとって自明な事項であったといえる。 (ウ)本件特許発明1が、基礎出願の当初明細書等に一の発明として記載されているか否か、及び、基礎出願の当初明細書等に当業者が実施可能な完成された発明として記載されているか否かについて 基礎出願の当初明細書には、第1半導体層のn側電極との界面近傍における転位密度が「1×10^(6)cm^(-2)以下」(【0031】)で、n側電極と第1半導体層とのコンタクト抵抗が「2.0×10^(-4)Ωcm^(2)以下」または「1.0×10^(-5)Ωcm^(2)」(【0036】)である一実施形態や、上記転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)」(【0043】)で上記コンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)」(【0039】の【表1】)である試料3や、上記転位密度が「1×10^(6)cm^(-2)以下」(【0043】)で上記コンタクト抵抗が「7.0×10^(-4)Ωcm^(2)」(【0039】の【表1】)である試料4等が記載されており、上記一実施形態の製造方法については【0024】ないし【0035】にその具体的な製造方法が記載され、上記試料3や上記試料4については【0039】の【表1】に「電極形成方法(裏面処理条件)」がGaN基板裏面研磨後にRIE法(Cl_(2)ガス)により0.5μmエッチングしてからn側電極形成するものであることやGaN基板裏面研磨後にRIE法(Cl_(2)ガス)により1μmエッチングしてからn側電極形成するものであることが記載されている。本件特許発明1の「第1工程」については【0025】、【0026】に具体的に記載され、「第2工程」については【0028】、【0029】に具体的に記載され、「第3工程」については【0030】、【0031】及び【0039】の【表1】の「電極形成方法(裏面処理条件)」の欄に具体的に記載され、「第4工程」については【0034】に具体的に記載されている。 当業者は、これらの記載に基づいて、上記転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)以下」であり上記コンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)以下」である窒化物半導体素子を製造することができるのであるから、本件特許発明1は、基礎出願の当初明細書等に当業者が実施可能な発明として記載されている。なお、本件特許発明1の発明特定事項Cは上記転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)以下」であることを特定しているにすぎず、発明特定事項Eは上記コンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)以下」であることを特定しているにすぎないのであって、基礎出願の当初明細書には、上記のとおり、上記転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)以下」であり上記コンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)以下」である窒化物半導体素子の製造方法が記載されているのであるから、基礎出願の当初明細書等に上記転位密度や上記コンタクト抵抗がゼロである窒化物半導体素子が記載されていないことをもって、本件特許発明1が基礎出願の当初明細書等に当業者が実施可能な発明として記載されていないとすることはできない。 また、上記のとおり、基礎出願の当初明細書等には、上記転位密度が「1×10^(9)cm^(-2)以下」であり、上記コンタクト抵抗が「0.05Ωcm^(2)以下」である窒化物系半導体素子の製造方法が技術的事項として開示され、本件特許発明1の技術的事項が基礎出願の当初明細書等に記載の技術的事項の範囲内であることは上記(ア)、(イ)のとおりであるから、本件特許発明1は、基礎出願の当初明細書等に一の発明として実質的に記載されている。 (エ)小括 上記(ア)ないし(ウ)のとおりであるから、本件特許発明が基礎出願の当初明細書等の全体に記載した事項の範囲内のものではないとはいえない。したがって、本件特許発明は、優先権主張の効果を享受することができるから、本件特許発明の優先日は、基礎出願の出願日である平成14年3月26日である。 平成15年2月21日に公開された甲2は、本件特許発明の優先日の後に頒布されたものであるから、当該甲2は、特許法第29条第1項第3号及び第2項の規定違反を理由とする無効理由における引用例適格性を備えていない。 イ 無効理由3について 上記アのとおり、甲2は引用例適格性を備えていないから、甲2を引用例とする無効理由3は、その具体的内容を検討するまでもなく成り立たない。 (4)無効理由4(甲2発明に基づく進歩性欠如) 上記(3)のとおり、甲2は引用例適格性を備えていないから、甲2を引用例とする無効理由4は、その具体的内容を検討するまでもなく成り立たない。 (5)無効理由5(拡大先後願) ア 本件特許発明1について 本件特許発明1と甲2発明とを対比する。 (ア)甲2発明の「『GaN基板』、『n型GaN基板』」、「n型GaN層、n型AlGaN/GaNクラッド層、n型GaNウエーブガイド層、InGaN活性層、p型GaNウエーブガイド層、p型AlGaN/GaNクラッド層及びp型GaN層」、「『GaN基板の下部面』、『n型GaN基板の下部面』」、「『研磨』、『機械的研磨』」、「GaN基板上に形成された発光構造体を支持できる範囲内でその厚さが可能な限り薄くなるように機械的に研磨」、「除去」、「n型電極」及び「化合物半導体発光素子の製造方法」は、それぞれ本件特許発明1の「n型の窒化物系半導体層及び窒化物系半導体基板のいずれかからなる第1半導体層」、「活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層」、「第1半導体層の裏面」、「研磨」、「厚み加工」、「除去」、「n側電極」及び「窒化物系半導体素子の製造方法」に相当する。 (イ)甲2発明の「窒化物系半導体素子の製造方法(化合物半導体発光素子の製造方法)」は、GaN基板上にレーザダイオードを形成する場合、「n型の窒化物系半導体層及び窒化物系半導体基板のいずれかからなる第1半導体層(n型GaN基板)」上に「活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層(n型GaN層、n型AlGaN/GaNクラッド層、n型GaNウエーブガイド層、InGaN活性層、p型GaNウエーブガイド層、p型AlGaN/GaNクラッド層及びp型GaN層)」を順次形成する段階を含むから、本件特許発明の「窒化物系半導体素子の製造方法」と、少なくとも、「n型の窒化物系半導体層および窒化物系半導体基板のいずれかからなる第1半導体層の上面上に、活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する第1工程」を備えている点で一致する。 (ウ)甲2発明の「窒化物系半導体素子の製造方法(化合物半導体発光素子の製造方法)」は、前記「第1工程」の後、前記「第1半導体層の裏面(n型GaN基板の下部面)」を「厚み加工(GaN基板上に形成された発光構造体を支持できる範囲内でその厚さが可能な限り薄くなるように機械的に研磨)」する段階を含むから、本件特許発明1の「窒化物系半導体素子の製造方法」と、少なくとも、「前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程」を備えている点で一致する。 (エ)甲2発明の「窒化物系半導体素子の製造方法(化合物半導体発光素子の製造方法)」は、機械的に研磨された前記「第1半導体層の裏面(n型GaN基板の下部面)」に形成された、多くの欠陥が生成されているダメージ層を、該ダメージ層が除去されうると見積もった時間よりも長い時間、乾式又は湿式エッチングすることによって前記「第1半導体層の裏面(下部面)」の前記ダメージ層が存在しなくなるまで完全に除去する段階を含むから、本件特許発明1の「窒化物系半導体素子の製造方法」と、少なくとも、「第1工程と第2工程の後、前記研磨された前記第1半導体層の裏面近傍の所定の領域を除去する第3工程」を備えている点で一致する。 (オ)甲2発明の「窒化物系半導体素子の製造方法(化合物半導体発光素子の製造方法)」は、前記「第3工程」の後、前記乾式又は湿式エッチングされた「第1半導体層の裏面(GaN基板の下部面)」上に「n側電極(n型電極)」を形成する段階を含むから、本件特許発明1の「窒化物系半導体素子の製造方法」と、少なくとも、「その後、前記第1半導体層の裏面上に、n側電極を形成する第4工程」を備えている点で一致する。 (カ)上記(ア)?(オ)からみて、本件特許発明1と甲2発明とは、 「n型の窒化物系半導体基板からなる第1半導体層の上面上に、活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する第1工程と、 前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程と、 前記第1工程及び前記第2工程の後、前記研磨された前記第1半導体層の裏面近傍の所定の領域を除去する第3工程と、 その後、前記裏面近傍の領域が除去された第1半導体層の裏面上に、n側電極を形成する第4工程とを備えた、 窒化物系半導体素子の製造方法。」の点において一致し、次の点において一応相違する。 相違点1: 前記「第3工程」で「除去」される所定の「領域」が、本件特許発明1では、「研磨により発生した転位を含む第1半導体層の裏面近傍の領域」であるとともに、該「除去」により「前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×10^(9)cm^(-2)以下と」しているのに対し、甲2発明では、「多くの欠陥が生成されているダメージ層」であり、該ダメージ層除去後のGaN基板の裏面の転位密度は不明である点。 相違点2: 本件特許発明1では、「前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタクト抵抗」を「0.05Ωcm^(2)以下とする」のに対し、甲2発明では、GaN基板の下部面上にn型電極が形成されたレーザ素子の電圧?電流特性は、エッチングの種類に関係なく5Vより低い電圧の印加で20mAの電流が得られるものであるものの、前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタクト抵抗の値は不明である点。 (キ)相違点についての判断 a 相違点1について (a)特許法第29条の2の「当該特許出願の前の他の特許出願・・・であって当該特許出願後に・・・出願公開・・・がされたもの」(以下「他の出願」という。)の「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面」(以下「当初明細書等」という。)に記載された発明とは、他の出願の当初明細書等に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から把握される発明をいい、「記載されているに等しい事項」とは、記載されている事項から他の出願の出願時における技術常識を参酌することにより導き出せるものをいうこととされている(特許・実用新案審査基準第II部第3章2.3参照。)。 (b)他の出願である甲2に係る出願の当初明細書の【0038】には、「図9は機械的に研磨されたGaN基板の下部面の表面状態を示す走査電子顕微鏡写真である。図9より、機械的研磨後には、GaN基板の下部面に、多くの欠陥が生成されているダメージ層が存在することが分かる」と記載されており、当該記載に接した当業者は、図9の下部面近傍に写っており、図10の下面部近傍には写っていない多数の線状の黒い模様が機械的研磨により生成された「多くの欠陥」であると認識するであろう。 請求人は、甲3、甲7、甲12、甲15、甲16等により、甲2の図9、図10は走査電子顕微鏡写真ではなく、透過電子顕微鏡写真である(したがって、甲2の【0038】、【0039】の「走査電子顕微鏡写真」との記載は誤記である)ことを主張・立証しようとしており、これらが透過電子顕微鏡写真である可能性はある。しかしながら、請求人が提示する証拠の中に、他の出願の優先日以前に、走査電子顕微鏡写真又は透過電子顕微鏡写真で写った機械研磨面近傍の線状の黒い模様を「転位」と呼称しているものはない。甲3の3は、甲2と同様、機械的研磨によって誘発された「ダメージ層」と呼称している。また、「転位」と呼称するかどうかに関わらず、上記線状の黒い模様が、結晶中に存在する原子レベルの線状の格子欠陥が写ったものであることを示唆しているものもない。甲3の2は、本件特許でいう「転位」と従来から当業者が「ダメージ層」などと呼称している層とは同じものと考えるのが合理的である旨の意見を提示しているが、一般に、研磨(加工)による基板の変質については、表面から深化するに従い、非晶質層、多結晶質層、モザイク層、クラック層、ひずみ層、完全結晶層等に分類して認識されており(乙16)、甲2又は甲3の3において、研磨による「多くの欠陥を有するダメージ層」が認識されたからといって、「結晶中に存在する原子レベルの線状の欠陥」である「転位」との関係が不明なだけでなく、「転位」を含んでいるのかも不明であるのだから、上記「ダメージ層」と本件特許発明にいう「転位」が同義であると認めることはできない(乙12の36頁末行?37頁12行参照。)。また、甲15は、他の出願の優先日より後に被請求人により作成されたものである。 図9及び図10が走査電子顕微鏡写真ではなく透過電子顕微鏡写真であるとしても、確かに、透過電子顕微鏡写真において、転位が線状の黒い模様として写ることは被請求人も認めていることであるが(甲15)、他の出願の優先日以前に成立した証拠であって、透過電子顕微鏡写真に線状の黒い模様として写ったものが「転位」であること又は結晶中に存在する原子レベルの線状の格子欠陥が写ったものであることを記載又は示唆したものは提出されていないから、他の出願の優先日当時、機械的研磨により発生する「多くの欠陥」のうちの特に「転位」が透過電子顕微鏡写真では線状の黒い模様として写ることが技術常識であったとまではいえない。 (c)仮に、他の出願の優先日当時、当業者にとって、機械的研磨により発生した転位が走査電子顕微鏡写真又は透過電子顕微鏡写真で線状の黒い模様として写ることが技術常識であったとしても、甲2の図9及び図10の電子顕微鏡写真はスケールが不明である(スケールらしきものは写っているが、不鮮明であり、読みとることができない。)から、これらから転位密度を算出することはできない。 したがって、甲2発明のダメージ層除去後のGaN基板の裏面の転位密度は不明である。 (d)上記(a)ないし(c)より、相違点1に係る本件特許発明1の構成が甲2に記載されているに等しい事項であるということはできない。 b 相違点2について 請求人が甲2発明におけるGaN基板下部面のn型電極とのコンタクト抵抗を推定している甲4の1では、共振器長、チップ幅、p電極幅について、甲4の2(本件審判の被請求人(三洋電機株式会社)を原告とし本件審判の請求人(日亜化学工業株式会社)を被告とする特許権侵害差止損害賠償等請求事件(東京地裁平成23年(ワ)第26676号)における甲14)において請求人の販売製品から仮定した数値をそのまま用いて計算しているが、甲2発明において、コンタクト抵抗を推定するに当たっては、他の出願(甲2に係る出願)の優先日当時の技術水準を用いなければならず、他の出願の優先日当時に販売されていたことが明らかでない被請求人の製品(甲4の2の2頁8行?15行に、2011(平成23)年6月1日時点で請求人ホームページに波長405nmの半導体レーザダイオード製品として販売していることが掲載されていた旨が記載されている)の寸法をそのまま採用して計算することは正解とはいえない。 また、甲8の1(平成13年9月21日公開)及び甲8の3(平成13年12月14日公開)は、他の出願の優先日(平成13年5月26日)以降に公知となった刊行物であるから、これら刊行物に記載された半導体レーザの共振器長、チップ幅、p電極幅が他の出願(甲2に係る出願)の優先日当時の技術水準を構成する刊行物であるとは認められない。 そうすると、請求人が、甲2のGaN基板下部面のn型電極とのコンタクト抵抗について、正しい推定を行っているか否かは不明であるから、請求人の主張するコンタクト抵抗の数値0.00077Ωcm^(2)が、甲2に記載されているに等しい事項であるということはできない。 c 上記a及びbのとおり、本件特許発明1と甲2発明とは相違点1及び相違点2において相違するから、両者は同一であるとはいえない。 イ 本件特許発明2?10について 本件特許発明1と甲2発明とが同一発明であるとはいえないのであるから、本件特許発明1の発明特定事項をすべて含み、さらに他の発明特定事項を付加した本件特許発明2?10が、甲2発明と同一であるとはいえないことは当然である。 ウ まとめ 上記ア及びイのとおり、無効理由5は成り立たない。 (6)小括 上記(1)ないし(5)のとおり、請求人の主張する無効理由1ないし無効理由5は、いずれも成り立たない。 第5 むすび 以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件特許発明1ないし本件特許発明10についての特許を無効とすることはできない。 審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2014-04-30 |
結審通知日 | 2014-05-07 |
審決日 | 2014-05-23 |
出願番号 | 特願2008-76844(P2008-76844) |
審決分類 |
P
1
113・
121-
Y
(H01S)
P 1 113・ 537- Y (H01S) P 1 113・ 113- Y (H01S) P 1 113・ 14- Y (H01S) P 1 113・ 536- Y (H01S) P 1 113・ 161- Y (H01S) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 橿本 英吾 |
特許庁審判長 |
西村 仁志 |
特許庁審判官 |
鉄 豊郎 清水 康司 |
登録日 | 2008-09-05 |
登録番号 | 特許第4180107号(P4180107) |
発明の名称 | 窒化物系半導体素子の製造方法 |
代理人 | 尾崎 英男 |
代理人 | 今田 瞳 |
代理人 | 古城 春実 |
代理人 | ▲廣▼瀬 文雄 |
代理人 | 豊岡 静男 |
代理人 | 鷹見 雅和 |
代理人 | 牧野 知彦 |
代理人 | 蟹田 昌之 |
代理人 | 松田 一弘 |
代理人 | 堀籠 佳典 |
代理人 | 加治 梓子 |