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審決分類 |
審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない。 G01N 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G01N 審判 査定不服 特17条の2、3項新規事項追加の補正 特許、登録しない。 G01N 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G01N |
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管理番号 | 1308284 |
審判番号 | 不服2014-20493 |
総通号数 | 193 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2016-01-29 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2014-10-09 |
確定日 | 2015-12-01 |
事件の表示 | 特願2011-532566「絶縁層を備える薄膜共振器(FBAR)を用いて物質を検出するための装置および方法」拒絶査定不服審判事件〔平成22年4月29日国際公開,WO2010/046212,平成24年3月15日国内公表,特表2012-506549〕について,次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は,成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本件出願は,特許法184条の3第1項の規定により,平成21年9月29日(優先権 平成20年10月21日 ドイツ)にされたとみなされる特許出願であって,その後の手続の経緯の概要は,以下のとおりである。 平成24年11月30日:拒絶理由通知(同年12月7日発送) 平成25年 2月25日:意見書 平成25年 2月25日:手続補正書 平成25年 8月19日:拒絶理由通知(同年同月26日発送) 平成25年11月26日:意見書 平成25年11月26日:手続補正書 平成26年 6月 3日:拒絶査定(同年同月9日送達) 平成26年10月 9日:手続補正書(以下「本件補正」という。) 平成26年10月 9日:審判請求 平成26年11月28日:前置報告 平成27年 3月11日:上申書(前置報告に対する反論) 第2 補正却下の決定 [結論] 本件補正を却下する。 [理由] 1 補正の内容 (1) 本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである(以下,この記載に係る発明を「本願発明」という。)。 「 流体(2)の少なくとも1つの物質を検出するため装置(1)であって, 該装置(1)は圧電音響薄膜共振器(10)を有し,該圧電音響薄膜共振器(10)は, ・少なくとも1つの圧電層(11)と, ・該圧電層(11)に配置された1つの電極層(12)と, ・前記圧電層(11)に配置された少なくとも1つの別の電極層(13)と, ・流体(2)の物質を吸着するための少なくとも1つの吸着面(3)とを備えており, ・前記圧電層(11)と電極層(12,13)と吸着面(3)は, 前記電極層(12,13)を電気制御することによって励振交流電場が前記圧電層(11)に結合されるように互いに構成および配置されており, ・前記薄膜共振器(10)は,前記圧電層(11)に結合された励振交流電場に基づき, 共振周波数f_(R)を有する共振振動に対して励振可能であり, ・前記共振周波数f_(R)は,前記吸着面(3)にて吸着される物質の量に依存している,装置(1)において, 前記電極層(12,13)のうちの少なくとも1つの電極層の,前記圧電層がある側とは反対の側(121)に直接,前記電極層を電気絶縁するための少なくとも1つの電気的な絶縁層(4)が配置されており, その結果,前記絶縁層(4)により,前記流体(2)と前記電極層(12,13)とが絶縁され, 前記絶縁層(4)は,二酸化ケイ素を有し, 前記絶縁層(4)が配置されている前記電極層(12)は,アルミニウムを有する, ことを特徴する装置。」 (2) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである(以下,この記載に係る発明を「本件補正後発明」という。)。なお,下線は当審判体が付したものである(以下同じ。)。 「 流体(2)の少なくとも1つの物質を検出するため装置(1)であって, 該装置(1)は圧電音響薄膜共振器(10)を有し,該圧電音響薄膜共振器(10)は, ・少なくとも1つの圧電層(11)と, ・該圧電層(11)に配置された1つの電極層(12)と, ・前記圧電層(11)に配置された少なくとも1つの別の電極層(13)と, ・流体(2)の物質を吸着するための少なくとも1つの吸着面(3)とを備えており, ・前記圧電層(11)と電極層(12,13)と吸着面(3)は, 前記電極層(12,13)を電気制御することによって励振交流電場が前記圧電層(11)に結合されるように互いに構成および配置されており, ・前記薄膜共振器(10)は,前記圧電層(11)に結合された励振交流電場に基づき, 共振周波数f_(R)を有する共振振動に対して励振可能であり, ・前記共振周波数f_(R)は,前記吸着面(3)にて吸着される物質の量に依存している, 装置(1)において, 前記電極層(12,13)のうちの少なくとも1つの電極層の,前記圧電層がある側とは反対の側(121)に直接,前記電極層を電気絶縁するための少なくとも1つの電気的な絶縁層(4)が配置されており, その結果,前記絶縁層(4)により,前記流体(2)と前記電極層(12,13)とが絶縁され, 前記絶縁層(4)は,二酸化ケイ素を有し, 前記絶縁層(4)は,保護層として周辺環境に対する前記薄膜共振器(10)の不動態化を生じさせ, 前記絶縁層(4)が配置されている前記電極層(12)は,アルミニウムを有し,さらに前記吸着面(3)が前記絶縁層から形成されている, ことを特徴する装置。」 (3) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項4?6の記載は,以下のとおりである。 「【請求項4】 前記吸着面(3)は,前記絶縁層の上に被着された化学感応膜(7)によって形成されている,ことを特徴とする請求項1から3いずれか一項記載の装置。 【請求項5】 前記化学感応膜(7)は,金を有する,請求項4記載の装置。 【請求項6】 前記化学感応膜は,5nmから30nmの層厚を有する,請求項4または5記載の装置。」 2 17条の2第3項 (1) 絶縁層の構成 本件補正は,「絶縁層(4)」について,「前記絶縁層(4)は,保護層として周辺環境に対する前記薄膜共振器(10)の不動態化を生じさせ,」という発明特定事項(以下「本件発明特定事項」という。)を加える補正を含むものである。 そこで,この補正が17条の2第3項の規定に適合するか,検討する。 (2) 「絶縁層」に関して,本件出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下「当初明細書等」という。)には,以下の記載がある。 ア 特許請求の範囲 「前記電極層(12,13)のうちの少なくとも1つの電極層の,前記圧電層がある側とは反対の側(121)に直接,前記電極層を電気絶縁するための少なくとも1つの電気的な絶縁層(4)が配置されている」(請求項1) 「前記絶縁層は,無機絶縁材料を有する」(請求項2) 「前記無機絶縁材料は,金属窒化物および金属酸化物のグループから選択された少なくとも1つの化学的化合物を有する」(請求項3) 「前記金属酸化物は二酸化ケイ素である」(請求項4) 「前記絶縁層が配置されている前記電極層は,アルミニウムを有する」(請求項5) 「前記吸着面は,前記絶縁層によって形成されている」(請求項8) 「前記吸着面は,前記絶縁層の上に被着された化学感応膜(7)によって形成されている」(請求項9) イ 段落【0005】 「この装置は,少なくとも1つの前記電極層の,前記圧電層がある側とは反対の側に直接,電極層を電気絶縁するための少なくとも1つの電気的な絶縁層が配置されていることを特徴としている。電気的な絶縁層は,有利には,流体と薄膜共振器とが互いに完全に隔てられるように構成されている。」 ウ 段落【0010】 「特別な実施形態においては,絶縁層は無機絶縁材料を有する。この無機絶縁材料は,任意のものとすることができる。しかしながら有利には,無機絶縁材料は,金属窒化物および金属酸化物のグループから選択された少なくとも1つの化学的化合物を有する。例えば絶縁材料は,酸化アルミニウム(Al_(2)O_(3))または窒化ケイ素(Si_(3)N_(4))である。有利な実施形態においては,金属酸化物は二酸化ケイ素(SiO_(2))である。二酸化ケイ素は,電気絶縁性が良好である他にも音響インピーダンスが低いことを特徴としており,したがって薄膜共振器に適用するためには特に適当である。」 エ 段落【0014】 「吸着面は,特に特別な実施形態では絶縁層によって構成されている。このことはつまり,絶縁層が生体機能化を有することを意味している。」 オ 段落【0015】 「吸着面は,絶縁層の上に被着された化学感応膜によって形成されている。化学感応膜は例えばプラスチック被覆とすることができる。」 カ 段落【0016】 「化学感応膜は,絶縁層の上に被着されている。」 キ 段落【0022】 「・絶縁層により,薄膜共振器と流体との互いの効果的な電気絶縁が実現されている。」 ク 段落【0023】 「・絶縁材料がSiO_(2)である場合には,共振周波数の温度係数が低減する,すなわち温度変動に対する共振周波数の安定性が向上する。」 ケ 段落【0024】 「・例えばSiO_(2)からなる絶縁層を被着するためにCVDプロセスを使用する場合には,表面が平坦になる。これにより,とりわけ水中での使用時に音響損失が低減される。」 コ 段落【0025】 「・とりわけアルミニウムからなる電極層と,二酸化ケイ素からなる絶縁層との組み合わせは有利である。アルミニウムと二酸化ケイ素の音響損失は,例えば金の場合よりも小さい。これによって質量感度は約3倍増加する。アルミニウムおよび二酸化ケイ素材料は,例えば金よりも少ない相成分を含むので,共振周波数が同じ場合には圧電層をより厚くすることができる。」 サ 段落【0032】 「電極層12の,圧電層がある側とは反対の側121に直接,電極層12を電気絶縁するための電気的な絶縁層4が配置されている。絶縁層は約100nm厚であり,無機絶縁材料である二酸化ケイ素からなる。択一的な実施形態においては,無機絶縁材料は窒化ケイ素である。絶縁層は,CVD(化学気相成長)方法によって被着される。」 シ 段落【0033】 「流体の物質を吸着するための吸着面3を形成するために,絶縁層の上に,金からなる化学感応膜7が被着されている(図1)。」 ス 段落【0037】 「この実施例は実施例1から派生している。実施例1とは異なり,絶縁層4が吸着面を形成している。絶縁層は,生体分子の吸着のために必要な生体機能化を有する。」 セ 【図4】 本件補正後発明に対応する図4は,以下のとおりである。 【図4】 (3) 判断 まず,当初明細書等には,「保護層」,「周辺環境」及び「不動態化」という用語それ自体が存在しない。本件発明特定事項は,当初明細書等に明示的に記載された事項ではない。 次に,当初明細書等に記載された「絶縁層」は,(A)電極層を電気絶縁するために,流体と薄膜共振器を完全に隔てるもの,(B)吸着面として機能するもの,(C)薄膜共振器との関係において音響特性や温度係数が適切なもの,として記載されているにとどまる。すなわち,当初明細書等には,保護内容を特定しない「保護層」である「絶縁層」や,薄膜共振器の「不動態化」を生じさせるような「絶縁層」,あるいは,「周辺環境」との関係において保護層として薄膜共振器の不動態化を生じさせるような「絶縁層」は,記載も示唆もされていない。加えて,「不動態」とは,「金属の表面が不溶性の超薄膜に覆われて腐食されにくくなる現象,あるいはその状態。」(広辞苑6版)を意味するところ,当初明細書等には,アルミニウム電極層ないし薄膜共振器を不動態化させることについて,記載も示唆もされていない(アルミニウム電極層が陽極酸化により不動態となることは技術常識ではあるが,それを示唆する記載が全くない。)。さらに,当初明細書等には,「絶縁層」が腐食との関係において保護層として機能することについて,記載も示唆もない(二酸化ケイ素膜は,約100nmであり(段落【0032】),このような薄膜には通常,多数のピンホールがあるから,電気的な絶縁層としては機能するとしても,腐食に耐える膜であるとまでは,直ちに理解することができない。また,流体が,アルミニウム電極層を腐食させる一方,二酸化ケイ素膜は腐食させない種類のものであると,直ちに理解することができない。)。加えて,腐食は,装置を腐食環境において長期使用する際に問題となる事象と考えられるところ,本件補正後発明が腐食環境において長期使用される装置(例えば,特開2006-337332号公報(後記引用例2に同じ。)に記載の,ディーゼルパーティキュレートフィルターの故障を検知する装置(段落【0004】))であることについて,当初明細書等には,記載も示唆もされていない。本件補正は,「絶縁層」を,電気的な絶縁層等の技術的意義を有するものから,周辺環境に対する保護層の技術的意義を有するものに,変更するものである。したがって,本件発明特定事項は,当初明細書等の記載から自明な事項でもない。 なお,請求人は,補正の根拠として,「図面から明らかなように,絶縁層(4)は周辺環境に対する保護層として薄膜共振器(10)を保護しています。」と主張する(請求書の「3」(3-1))。 しかしながら,図面は,概略的に示されたものにすぎない。すなわち,図面は,段落【0029】?【0037】に明示的に記載された技術的事項との関係においては,技術的理解の一助となるように正確に描かれているとしても,本件発明特定事項に関しては,発明の詳細な説明に何ら言及がないのであるから,請求人が主張する事項を理解可能なように描かれた図面であるとはいえない。仮に,絶縁層に着目するとしても,図面からは,図示された断面部分の限りにおいて,電気的な絶縁の観点から,流体と薄膜共振器とが互いに完全に隔てられるように構成された絶縁層しか,看取できない。 以上のとおりであるから,本件補正は,当業者によって,当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるということができない。 (4) 小括 本件補正は,特許法17条の2第3項の規定に違反するので,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。 事案に鑑みて,独立特許要件違反についても,判断する。 3 独立特許要件違反(36条6項1号及び2号) 本件出願の手続において,特許請求の範囲は補正されたが,発明の詳細な説明及び図面は補正されていない。 そうしてみると,前記「2」(3)と同様の理由により,本件発明特定事項を具備する本件補正後発明は,発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。 また,特許請求の範囲には,「保護層」による保護内容は記載されておらず,また,仮に,「不動態化」との用語の意味を考慮しても,発明の詳細な説明において腐食に関する説明が存在せず,「保護」が腐食に対する保護であると明確に理解することができないから,特許請求の範囲の記載が明確であるとはいえない。 加えて,本件補正後発明は,「前記吸着面(3)が前記絶縁層から形成されている」という構成を具備するところ,請求項4?6には,「前記吸着面(3)は,前記絶縁層の上に被着された化学感応膜(7)によって形成されている」,「前記化学感応膜(7)は,金を有する」,「前記化学感応膜は,5nmから30nmの層厚を有する」と記載されている。 しかしながら,発明の詳細な説明には,「前記吸着面(3)が前記絶縁層から形成され」かつ「前記吸着面(3)は,前記絶縁層の上に被着された化学感応膜(7)によって形成されている」構成,「前記吸着面(3)が前記絶縁層から形成され」かつ「前記吸着面(3)は,前記絶縁層の上に被着された化学感応膜(7)によって形成され,前記化学感応膜(7)は,金を有する」構成,「前記吸着面(3)が前記絶縁層から形成され」かつ「前記吸着面(3)は,前記絶縁層の上に被着された化学感応膜(7)によって形成され,前記化学感応膜は,5nmから30nmの層厚を有する」構成は,記載されていない。また,これら構成は,技術的に重複する構成であるから,特許請求の範囲の記載が明確であるとはいえない。 本件補正後の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号及び2号に規定する要件を満たしていないから,特許出願の際に独立して特許を受けることができないものである。 4 独立特許要件違反(29条2項) (1) 引用例1の記載 本件出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である,特開2004-264023号公報(【公開日】平成16年9月24日,【発明の名称】反応性チップと,このチップを用いた標的物質の結合検出方法,【出願番号】特願2003-1577号,【出願日】平成15年1月7日,【出願人】日本碍子株式会社,以下「引用例1」という。)には,図面とともに,以下の事項が記載されている。 ア 「【請求項1】 基板上に整列配置された3以上の振動面のそれぞれに,標的物質に結合するキャプチャープローブが固定されていることを特徴とする反応性チップ。 【請求項2】 各振動面がそれぞれ,第1電極と第2電極間に圧電/電歪素子を介在させた振動発生部を有する請求項1の反応性チップ。 …(省略)… 【請求項4】 基板が肉薄領域とその周囲の肉厚領域を有し,肉薄領域の上面に振動発生部を有する請求項2または3の反応性チップ。 …(省略)… 【請求項8】 振動面の共振周波数を測定する手段を有する請求項2から7のいずれかの反応性チップ。」 イ 「【0001】 【発明の属する技術分野】 この出願の発明は,反応性チップと,このチップを用いた標的物質の検出方法に関するものである。さらに詳しくは,標的物質とキャプチャープローブとのミスハイブリダイゼーションを排除することができ,しかも短時間による正確な検出が可能であり,さらには検出の手段や対象を様々に選択することのできる新しい反応性チップと,このチップを用いた標的物質の新しい検出方法に関するものである。」 ウ 「【0002】 【従来の技術】 遺伝子の構造や遺伝子発現様式の大量かつ迅速な解析を目的として,様々な反応性チップが用いられている。この反応性チップは,スライドガラス等の基板上に数千から数万種以上の異なるキャプチャープローブがスポットとして整列固定されており,蛍光等によって標識した標的物質のキャプチャープローブへの結合の有無を指標として,標的物質の特定やサンプル中における標的物質の量を定量することができるようになっている。チップ上に固定されるキャプチャープローブは,解析する標的物質の種類によって異なる。例えばDNAやRNAが標的物質となる場合は,それらと相補性結合(ハイブリダイゼーション)が可能な2本鎖および1本鎖DNA断片やポリヌクレオチド鎖,オリゴヌクレオチド鎖等がキャプチャープローブとして採用され,これらはDNAチップ(またはDNAアレイ)と呼ばれている(例えば,特許文献1-4,非特許文献1,2を参照)。また,タンパク質チップの場合には,タンパク質やペプチドと,それらと特異的に結合する受容体や抗体が,標的物質-キャプチャープローブの関係を構成する。 【0003】 反応性チップにおける標的物質の結合は,例えば,標識化標的物質を含む試料(サンプル溶液)を反応性チップに接触させ,一定時間反応させて標的物質をキャプチャープローブに結合させ,非結合の物質を除去した後,反応性チップ上の標識位置を検出することによって,標的物質がどのキャプチャープローブに結合したかを判定する。また,標識シグナルの強度を測定することによって,標的物質の量を定量化することも可能である。」 エ 「【0005】 【発明が解決しようとする課題】 従来の反応性チップの場合には,サンプル溶液中の標的物質が自然拡散によって対応するキャプチャープローブに接近し,結合することができるように,サンプル溶液と反応性チップとを長時間に渡って反応させていた。このため,検出結果を得るまでに,多くの時間を必要とするという問題点を有していた。 【0006】 また,反応性チップによる標的物質の検出精度は,標的物質とキャプチャープローブとの特異的な結合に依存している。例えばDNAチップの場合,標的DNAとプローブDNAが互いの完全な相補性によって結合することが理想であるが,実際には,数個のミスマッチによっても標的DNAはプローブDNAに結合してしまう可能性がある。特に,標的DNAがサンプル溶液中で自然拡散によりプローブDNAに接近した場合には,このミスマッチ結合(ミスハイブリダイゼーション)の危険性は極めて高かった。 【0007】 このような問題点を解決するDNAチップとして,特表2001-501301号公報の発明(ナノチップ)が知られている。このナノチップは,電極表面にプローブDNAを固定し,この電極に正の直流電流を通電した状態で標的DNAとプローブDNAとをハイブリダイゼーションさせる。DNA断片(標的DNA)は負に電荷しているため,正の電荷をもつプローブDNAに短時間で接近し,結合することができる。そして,ハイブリダイゼーション反応が終了した後は,電極に負の直流電流を流す。これによって,プローブDNAと標的DNAが共に負に電荷した状態となり,プローブDNAに対してミスマッチ結合している標的DNAはプローブDNAから排斥され,正しい相補性によって結合した標的DNAのみがプローブDNAに残る。 【0008】 ただし,このナノチップの場合には,DNAが通常は負に電荷していることを利用しているため,タンパク質やペプチドを利用するタンパク質チップには適用することができない。 【0009】 この出願の発明は,以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであって,広範な標的物質に対して,反応時間の短縮を可能とし,しかもミスマッチ結合を効果的に予防して高精度な検出を可能とする新しい反応性チップを提供することを課題としている。」 オ 「【0042】 【発明の実施の形態】 この出願の第1発明は,基板上に整列配置された3以上の振動面のそれぞれに,標的物質に結合するキャプチャープローブが固定されていることを特徴とする反応性チップである。 【0043】 「基板」は,通常のDNAチップやタンパク質チップ等に使用されるスライドグラス板やセラミックス板,プラスチック等の樹脂板,金属板等である。「キャプチャープローブ」は,標的物質と特異的に結合する生体分子である。例えば,標的物質がゲノムDNA由来のDNA断片(例えばcDNA等)の場合には,キャプチャープローブは,相補性に基づいてこれらDNA断片とハイブリダイズする1本鎖のDNA断片,RNA断片,ヌクレオチド鎖(100塩基以上のポリヌクレオチドまたは100塩基未満のオリゴヌクレオチド)等である。また,標的物質がタンパク質の場合は,そのアミノ酸配列の一部に特異的に結合するタンパク質(例えばレセプタータンパク質)やペプチド等,あるいはタンパク質のエピトープに結合することができる抗体またはそのFab,F(ab’)2,Fv断片等をキャプチャープローブとすることもできる。さらには,糖鎖を有する複合生体分子,生体組織片,細胞,酵母等の微生物をキャプチャープローブとしてもよい。 【0044】 これらのキャプチャープローブは,従来のDNAチップやタンパク質チップと同様に,公知の方法で基板上に配置することができる。例えば,DNAチップの場合には,基板上にDNA断片(例えば25mer程度)を合成する方法や,DNA断片をスポッティング法によって基板上に固定する方法を採用することができる。またスポッティング法の場合には,特開2001-116750号公報や特開2001-186881号公報に開示されているインクジェット方式を採用することが好ましい。スポッティングの後は,通常の反応性チップ製造と同様にして,スポットに対する水分付加(湿度?80%程度に一定時間保持),高温乾燥によるベーキング,薬液処理による固定化処理等を行うことによって,各スポットを基板上に固定する。さらに,スポッティング法による反応性チップの製造では,特開2001-186880号公報に開示されているような,スポッティング重ね打ちを行うようにしてもよい。タンパク質やペプチド,組織片や細胞等を固定する場合には,生体特異的吸着物質や有機高分子等を予めその固定面にコーティングし,このコーティング層にキャプチャープローブを固定するようにすればよい。 【0045】 第1発明の反応性チップにおいて,キャプチャープローブは3以上の振動面にそれぞれ固定される。個々の「振動面」は,100?1000μm程度の距離をもって基板上に整列配置され,各振動面の大きさは,直径50?500μm程度の円形,または一辺が50?500μ程度の方形とすることができる。この振動面は,特定の周波数や振幅で振動する面である。このような振動面は,例えば,基板のプローブ固定面の下面に適当な振動発生装置(例えば,電気磁石や低周波発生装置)を配設することによって作成することができるが,この出願においては,第2発明の構成を好ましい態様とする。 【0046】 第2発明は,各振動面がそれぞれ,第1電極と第2電極間に圧電/電歪素子を介在させた振動部を有する反応性チップである。この場合の振動面は,例えば図1に示したような構造とすることができる。 【図1】 ずなわち,図1の例では,第1電極(11)と第2電極(12)との間に圧電/電歪素子(20)を挿入して振動発生部(40)を構成し,この振動発生部(40)を基板(30)上に固定して振動面(50)としている。第1電極(11)と第2電極(12)に交流電圧を印加すると,圧電/電歪素子(20)が電圧周波数に応じて矢印X方向に連続的に伸縮するが,基板(30)は伸縮しないため,振動面(50)には結果として矢印Y方向の振動が発生する。振動の周期は電圧周波数に,振幅は電圧の大きさに応じて変化する。第1電極(11),第2電極(12)および圧電/電歪素子(20)の関係は,図2および図3に例示したようにすることもできる。 【図2】 【図3】 図2の例では,圧電/電歪素子(20)の上下に第1電極(11)を配し,圧電/電歪素子(20)の間に第2電極(12)を挿入している。この構成では,圧電/電歪素子(20)のX方向への伸縮が増すことによって,Y方向への振動量が大きくなる。また図3の例では,櫛型の第1電極(11)および第2電極(12)を基板(30)上に対向並置し,その間に圧電/電歪素子(20)を配置している。この場合には,圧電/電歪素子(20)の電界誘起歪の縦効果を用いてY方向の振動を得ているため,少ない電圧で十分な振動を得ることができる。 【0047】 圧電/電歪素子(20)は,公知の圧電/電歪体または反強誘電体であって,例えば,ジルコン酸鉛,チタン酸鉛,マグネシウムニオブ酸鉛,ニッケルニオブ酸鉛,亜鉛ニオブ酸鉛,マンガンニオブ酸鉛,アンチモンスズ酸鉛,マンガンタングステン酸鉛,コバルトニオブ酸鉛,チタン酸バリウム等のセラミックスを単独で,あるいは,これらのいずれかを組み合わせた成分を含有するセラミックスを採用することができる。特に,ジルコン酸鉛とチタン酸鉛およびマグネシウムニオブ酸鉛からなる成分を主成分とする材料が好適に用いられる。このような材料は,高い電気機械結合係数と圧電定数を有することに加え,圧電/電歪素子(20)の焼結時における基板(30)との反応性が小さく,所定の組成のものを安定に形成することができるためである。 【0048】 さらに,上記のセラミックスに,ランタン,カルシウム,ストロンチウム,モリブデン,タングステン,バリウム,ニオブ,亜鉛,ニッケル,マンガン,セリウム,カドミウム,クロム,コバルト,アンチモン,鉄,イットリウム,タンタル,リチウム,ビスマス,スズ等の酸化物,もしくはこれらいずれかの組み合わせ,または他の化合物を適宜に添加したセラミックスを用いてもよい。たとえば,ジルコン酸鉛とチタン酸鉛およびマグネシウムニオブ酸鉛を主成分とし,これにランタンやストロンチウムを含有するセラミックスを用いることもまた好ましく,さらに,マンガンを加えたものは圧電材料の機械的品質係数(Q値)が大きく,反応性チップの構造面からだけでなく,材料面からもQ値を大きくすることができ,好ましい。 【0049】 第1電極(11)および第2電極(12)は,室温で固体である導電性の金属で構成されていることが好ましく,たとえば,アルミニウム,チタン,クロム,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛,ニオブ,モリブデン,ルテニウム,パラジウム,ロジウム,銀,スズ,タンタル,タングステン,イリジウム,白金,金,鉛等の金属単体あるいはこれらのいずれかを組み合わせた合金を用いることができる。さらに,これらの金属に圧電/電歪素子(20)あるいは基板(30)と同じ材料を分散させたサーメット材料を用いてもよい。 【0050】 以上の材料によって振動発生部(40)および振動面(50)を形成するには,例えば,図1の構造の場合には,基板(30)上に第2電極(12)を形成した後,この第2電極(12)上に圧電/電歪素子(20)を焼成し,最後に第1電極(11)を形成する。あるいは第1電極(11),第2電極(12)および圧電/電歪素子(20)を基板(30)上に一体焼成して形成することもできる。このような一体焼成による振動面(50)の成形は,図2,図3の構造の場合には特に好ましい。 【0051】 さらに,第1電極(11)および第2電極(12),並びにそれぞれのリード線の標識物質に接する箇所は絶縁被覆してもよい。この被覆材料としては,絶縁性のガラスまたは樹脂を使用することができる。樹脂としては,化学的安定性に優れたフッ素樹脂,例えば,四フッ化エチレン樹脂系テフロン(登録商標)(デュポン(株)製のテフロン(登録商標)PTFE),四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体樹脂系テフロン(登録商標)(テフロン(登録商標)FEP),四フッ化エチレン・パーフロロアルキルビニルエーテル共重合体樹脂系テフロン(登録商標)(テフロン(登録商標)PFA),PTFE/PFA複合テフロン(登録商標)等が例示できる。また,シリコーン樹脂(中でも熱硬化型のシリコーン樹脂)や,エポキシ樹脂,アクリル樹脂等も目的に応じて使用することができる。さらに,絶縁性樹脂に無機・有機充填材を添加し,振動面(50)の剛性を調整することも好ましい。 【0052】 なお,振動面(50)の厚みを薄くすると,例えば,後述する共振周波数測定の際の感度が向上するが,その一方で,剛性が低下するといった問題が生ずるため,基板(30)および振動発生部(40)からなる振動面(50)の厚みの合計は5?50μm程度とすることが好ましい。」 カ 「【0053】 図4は,第2発明の反応性チップの一実施例を示した側断面図である。 【図4】 この図4に例示した反応性チップは,基板(30)の表面に第2電極(12),圧電/電歪素子(20)および第1電極(11)を積層一体化している。そして,第1電極(11)の表面にキャプチャープローブ(60)を配設している。キャプチャープローブ(60)は,この図4の例のように振動発生部(40)の表面に直接固定することもでき,または図5に例示したように,振動発生部(40)の表面をコーティングし,このコーティング層(70)にキャプチャープローブ(60)を固定するようにしてもよい(第3発明)。 【図5】 すなわち,このコーティング層(70)は,キャプチャープローブ(60)の固定を容易とするための材料であって,キャプチャープローブ(60)の種類によって,例えばポリヌクレオチドLリジン層,γアミノプロピルトリエトキシラン等のシラン剤およびその誘導体,ビオチン/アビジン等の生体特的吸着物質,ポリアクリルアミドやナイロン膜等の有機高分子等から適宜に選択される。 【0054】 図4および図5の例において,基板(30)は,肉薄領域(31)とその周囲の肉厚領域(32)とを有し,肉薄領域(31)が,その上面に振動発生部(40)を備えた振動面(50)となっている(第4発明)。このような肉薄領域(31)と肉厚領域(32)を設けることによって,反応性チップ全体の剛性を維持し,かつ振動面(50)において好適な振動を発生させることができる。この肉厚領域(32)と肉薄領域(31)は,例えば図6に例示したように,肉厚領域(32)の下端を延設させて,肉薄領域(31)の下方を空洞とすることもできる。 【図6】 このような構造は,基板(30)の全体的剛性の向上のために好ましい。」 キ 「【0057】 この出願の第8発明の反応性チップは,振動面の共振周波数を測定する手段を有している。この共振周波数の測定に関する原理と具体的方法等は,この出願人が先に特許出願した発明(再表99/034176公報,特開平08-201265号公報)と基本的に同一であり,再表99/034176公報および特開平08-201265号公報に記載の方法に従って測定手段を構成することができる。すなわち,このような共振周波数は,具体的には,振動面に外部から何らかの物質が付着した時や,振動面に接するサンプル液の比重や粘度が変化した時に,振動面の共振周波数が変化することを,圧電/電歪素子を含む回路の電気的定数の変化として検出することができる。」 ク 「【0061】 この発明の方法は,通常の反応性チップにおける標的物質の検出に際して「キャプチャープローブ固定面を振動させる」工程を付加することを特徴とする。すなわち,この振動によって,反応性チップに接触するサンプル溶液内の標的物質が,自然拡散の程度よりもさらに強く拡散され,その結果として,標的物質とキャプチャープローブとの特異的結合が促進される。さらに,キャプチャープローブを振動させた状態でハイブリダイゼーションを行うことによって,ミスマッチによる結合や非特異的吸着を排除または低減することができる。これによって,単一塩基が異なるDNA断片(例えばSNPs)や立体構造の異なる分子を,それぞれに対応したキャプチャープローブへの結合として検出することが可能となる。 【0062】 なお,振動面を振動させる時間間隔は,キャプチャープローブや標的物質の種類等に応じて適宜に設定することができるが,例えばDNAチップの場合は1秒?32時間程度とすることができる。また,振動面の振動周波数は,10?1 MHz程度,振幅は0.001?10μm程度とすることができる。」 ケ 「【0084】 【発明の効果】 以上詳しく説明したとおり,この出願の発明によって,広範な標的物質に対して,反応時間の短縮を可能とし,しかもミスマッチ結合を効果的に予防して高精度な検出を可能とする新しい反応性チップが提供さえる。また,この反応性チップを用いた新しい標的物質検出方法が提供される。この検出方法では,従来の反応性チップでは不可能であった,標的物質の微量な相違をも検出することが可能となる。」 (2) 引用発明 引用例1には,請求項8に係る発明(請求項1,2及び4を引用し,これら構成を具備するもの)に対応した態様として,以下の発明が記載されている(以下「引用発明」という。また,引用発明の認定に活用した引用例1の記載箇所を明示するために,段落番号等を併記する。)。 「【請求項1】基板上に整列配置された3以上の振動面のそれぞれに,標的物質に結合するキャプチャープローブが固定され,【請求項2】各振動面は,それぞれ,第1電極と第2電極間に圧電/電歪素子を介在させた振動発生部を有し,【請求項4】基板が肉薄領域とその周囲の肉厚領域を有し,肉薄領域の上面に振動発生部を有し,【請求項8】振動面の共振周波数を測定する手段を有する反応性チップであって, 【0044】キャプチャープローブは,例えば,DNAチップの場合には,DNA断片をスポッティング法によって基板上に固定する方法を採用することができ, 【0045】個々の振動面は,100?1000μm程度の距離をもって基板上に整列配置され,各振動面の大きさは,直径50?500μm程度の円形,または一辺が50?500μ程度の方形とすることができ, 【0047】圧電/電歪素子は,セラミックスを採用することができ, 【0049】第1電極および第2電極は,室温で固体である導電性の金属で構成されていることが好ましく,たとえば,アルミニウム,チタン,クロム,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛,ニオブ,モリブデン,ルテニウム,パラジウム,ロジウム,銀,スズ,タンタル,タングステン,イリジウム,白金,金,鉛等の金属単体あるいはこれらのいずれかを組み合わせた合金を用いることができ, 【0051】第1電極および第2電極,並びにそれぞれのリード線の標識物質に接する箇所を絶縁被覆してもよく,被覆材料としては,絶縁性のガラスまたは樹脂を使用することができ, 【0046】振動面は,例えば,第1電極と第2電極の間に圧電/電歪素子を挿入して振動発生部を構成し,第1電極と第2電極に交流電圧を印加すると,振動が発生し,【0057】振動面に外部から何らかの物質が付着した時に,振動面の共振周波数が変化することを,圧電/電歪素子を含む回路の電気的定数の変化として検出することができ, 【0062】振動面を振動させる時間間隔は,1秒?32時間程度とすることができる, 反応性チップ。」 (3) 引用例2の記載 本件出願の優先権主張の日前に頒布された刊行物である,特開2006-337332号公報(【公開日】平成18年12月14日,【発明の名称】物質検出装置,【出願番号】特願2005-165730号,【出願日】平成17年6月6日,【出願人】日本碍子株式会社,以下「引用例2」という。)には,以下の事項が記載されている。 ア 「【請求項1】 振動子,および帯電した目的物質の吸着能を有する静電吸着膜を備えており,前記振動子に基本振動を励振したときの前記目的物質の前記静電吸着膜への吸着による前記振動子の振動状態の変化に基づいて前記目的物質を検出する,物質検出装置。 【請求項2】 前記静電吸着膜に直流バイアス電圧が印加されていることを特徴とする,請求項1記載の装置。」 イ 「【技術分野】 【0001】 本発明は,目的物質の存在の検出や濃度の検出を行う物質検出装置に関するものである。 【背景技術】 【0002】 例えばディーゼル機関から排出される粒子状物質(PM)は,有機溶媒に可溶性の物質(Soluble organic fraction:SOF)と有機溶媒に不溶性の物質(dry soot:スート)とに分離できる。スートは,結晶構造を持つ球状粒子が鎖状に凝集したものであり,排出されると黒色となる。SOFは,スート生成過程における準安定中間生成物である凝集炭化水素液滴および潤滑油が排出されたものである。SOFおよびスートの排出特性は,負荷や回転速度等の運転条件によって著しく異なる。 【0003】 排気ガス中のPMは,フィルタ重量法によって,次のように定義されている。エンジン排ガスを希釈トンネルを用いて空気で52℃以下まで希釈,冷却し,0.3μmの標準粒子を95%以上捕集できる炭化フッ素被膜ガラス繊維フィルタやメンブランフィルタなどによってフィルタ上に捕集された固形または液状の粒子の総和をPMという。そして,捕集後,気温25℃,湿度60%の雰囲気中に8時間以上放置した後の重量をPMの重量とする。 【0004】 最近,ディーゼルパーティキュレート規制の法制化が検討されており,車両においてディーゼル機関からの排出スートをリアルタイムで測定するセンサーが要望される。しかし,運行中の車両において連続的にスート量を監視し続けるのに適したセンサーは未だ知られていない。基本的には,ディーゼルパーティキュレートフィルターについたすすの量を推定する。また,すすの瞬間発生量を知ることができれば,ディーゼルパーティキュレートフィルターの故障検知やエンジン燃焼制御に使用することも可能となる。 【0005】 スートセンサには,電気抵抗式,電荷式,加速度,光式,マイクロ波式など,さまざまな検知方式が検討されているが,選択性,コスト,および耐久性に問題を抱えている。例えば,抵抗式とは,電極間についたすすによって,電極間の抵抗変化で検知する。すすがついた量と抵抗変化が比例しないため,すす量の推定の精度が悪い。」 ウ 「【0009】 本発明の課題は,目的物質の吸着による振動子の振動状態の変化に基づいて目的物質を検出するのに際して,広範囲の目的物質の振動子上への効率的な吸着を可能とし,これによって測定対象物質の範囲を拡張することである。 【課題を解決するための手段】 【0010】 本発明は,振動子,および帯電した目的物質の吸着能を有する静電吸着膜を備えており,目的物質の静電吸着膜への吸着による振動子の振動状態の変化に基づいて目的物質を検出する,物質検出装置に係るものである。 【発明の効果】 【0011】 本発明によれば,各種の微粒子のような広範囲の目的物質を帯電状態で振動子上の静電吸着膜に対して吸着させる。従って,広範囲の目的物質を高効率で振動子上に吸着させ,検出可能とである。」 エ 「【発明を実施するための最良の形態】 【0012】 振動子の材質や形態は特に限定されない。振動子の材質は特に限定するものでないが,水晶,LiNbO_(3),LiTaO_(3),ニオブ酸リチウム-タンタル酸リチウム固溶体(Li(Nb,Ta)O_(3))単結晶,ホウ酸リチウム単結晶,ランガサイト単結晶等からなる圧電単結晶を使用できる。あるいは,振動子をセラミックスによって形成できる。このセラミックスの種類は特に限定されず,アルミナ,ジルコニア,炭化珪素,窒化珪素,コージェライトなどのアルミノ珪酸塩,あるいはそれらに添加物を加えたものを例示できる。 【0013】 振動子に基本振動を励起するための駆動手段は特に限定されない。一実施形態においては,圧電性材料によって形成された振動子の表面に駆動電極を設け,この駆動電極を駆動手段とする。また,他の実施形態においては,振動子の表面に圧電性材料を取り付け,この圧電性材料を伸縮させることによって振動子に基本振動を励振することができる。 【0014】 また,振動子の振動状態を測定する検出手段の種類も特に限定されない。一実施形態では,圧電材料からなる振動子上に形成された検出電極であり,また他の実施形態では,振動子上の圧電材料に設けられた検出電極である。検出手段は,このような検出電極が好ましいが,これには限定されない。例えば,レーザ変位計で振動子の中心軸およびその付近の変位を計測することができる。 【0015】 前述した駆動電極,検出電極は,導電性膜によって構成することができる。こうした導電性膜としては,金膜,金とクロムとの多層膜,金とチタンとの多層膜,銀膜,銀とクロムとの多層膜,銀とチタンとの多層膜,鉛膜,白金膜等の金属膜,TiO_(2)等の金属酸化物膜が好ましい。金膜と酸化物単結晶,例えば水晶とは密着性が低いので,金膜と振動子,特に水晶振動子との間には,下地層,例えば少なくともクロム層またはチタン層を介在させることが好ましい。 【0016】 測定対象である目的物質の種類や形態は,帯電可能である限り,特に限定されない。しかし,目的物質の形態は,帯電しやすさの点から粒子が好ましい。目的物質としては具体的には以下を例示できる。 (1) 排気ガス等の気体中に含まれる各種の粒状物質:例えばスート,エンジン等が磨耗して発生した金属紛 (2) 排気ガス以外の気体中に含まれる各種の粒状物質:例えば室内のハウスダスト等の粉塵,花粉等のアレルゲン物質,タバコの煤煙,半導体工場等のクリンルーム内のパーティクル物質。 (3) 液体中に含まれる各種の粒状物質:例えば半導体工場等で用いる洗浄液中の粒状汚染物質,研磨作業で用いる研磨液中の研磨砥粒。 【0017】 測定系は特に限定されず,気相,液相であってよい。また,目的物質以外の構成物質は特に限定されないが,検出膜と相互作用を起こさない不活性物質であることが好ましい。この例としては,溶媒(例えば水,アルコール),気体(例えば窒素,アルゴン,酸素,二酸化炭素)がある。 【0018】 目的物質は帯電していればよく,その帯電方法は特に限定されない。好適な実施形態においては,本発明による検出装置の上流側に,目的物質を帯電させるための帯電手段を設ける。これによって目的物質を計測に先立って確実に帯電し,その検出能を向上させることができる。このような帯電手段は特に限定されず,コロナ放電によって目的物質を帯電させることができる。あるいは,電子線の放射による帯電が考えられる。 また,目的物質は,正帯電させてよく,負帯電させてもよい。正帯電させた目的物質は負側の直流ポテンシャルを与えられた静電吸着膜に吸着される。負帯電させた目的物質は正側の直流ポテンシャルを与えられた静電吸着膜に吸着される。 【0019】 静電吸着膜は,前記した検出電極および/または駆動電極と兼用であってよく,また駆動電極および検出電極とは別体であってよい。静電吸着膜の材質は,静電吸着能がある限り特に限定されない。好ましくは,静電吸着膜の材質は導電性材料であり,例えば,金膜,金とクロムとの多層膜,金とチタンとの多層膜,銀膜,銀とクロムとの多層膜,銀とチタンとの多層膜,鉛膜,白金膜等の金属膜,TiO_(2)等の金属酸化物膜が好ましい。金膜と酸化物単結晶,例えば水晶とは密着性が低いので,金膜と振動子,特に水晶振動子との間には,下地層,例えば少なくともクロム層またはチタン層を介在させることが好ましい。あるいは,静電吸着膜が駆動電極や検出電極と別体である場合には,非導電性材料によって静電吸着膜を形成できる。このような非導電性材料としては,SiO_(2)等の酸化物膜,誘電体高分子膜を例示できる。」 (4) 引用例2記載発明 引用例2には,以下の発明が記載されている。 「【請求項1】振動子,および帯電した目的物質の吸着能を有する静電吸着膜を備えており,前記振動子に基本振動を励振したときの前記目的物質の前記静電吸着膜への吸着による前記振動子の振動状態の変化に基づいて前記目的物質を検出する,物質検出装置であって, 【請求項2】前記静電吸着膜に直流バイアス電圧が印加され, 【0019】非導電性材料によって静電吸着膜を形成でき,非導電性材料としては,SiO_(2)等の酸化物膜,誘電体高分子膜を例示できる, 物質検出装置。」 (5) 対比 ア 装置(1) 引用発明の「反応性チップ」は,「基板上に整列配置された3以上の振動面のそれぞれに,標的物質に結合するキャプチャープローブが固定され」たものであり,また,「キャプチャープローブは,例えば,DNAチップの場合には,DNA断片をスポッティング法によって基板上に固定する方法を採用することができ」るものである。ここで,引用発明の「反応性チップ」が,使用に際し,標的物質を含む流体と接触させられることは,自明である(段落【0003】からも理解できる事項である。)。 したがって,引用発明の「反応性チップ」は,本件補正後発明の「流体(2)の少なくとも1つの物質を検出するため装置(1)」に相当する。 イ (圧電音響)薄膜共振器(10) 引用発明の「各振動面は,それぞれ,第1電極と第2電極間に圧電/電歪素子を介在させた振動発生部を有し」ている。また,引用発明の「反応性チップ」は,「基板上に整列配置された3以上の振動面のそれぞれに,標的物質に結合するキャプチャープローブが固定され」ている。 そうしてみると,引用発明の「第1電極」,「第2電極」,「圧電/電歪素子」及び「振動面」は,それぞれ,本件補正後発明の「1つの電極層(12)」,「1つの別の電極層(13)」,「圧電層(11)」及び「(圧電音響)薄膜共振器(10)」に相当する。また,引用発明の「キャプチャープローブは,例えば,DNAチップの場合には,DNA断片をスポッティング法によって基板上に固定する方法を採用することができ」るから,引用発明の「振動面」のうち,キャプチャープローブが固定される面は,本件補正後発明の「吸着面(3)」に相当する。 したがって,引用発明の「反応性チップ」は,本件補正後発明の,「該装置(1)は圧電音響薄膜共振器(10)を有し」の要件を満たし,また,引用発明の「振動面」は,本件補正後発明の「該圧電音響薄膜共振器(10)は,少なくとも1つの圧電層(11)と,該圧電層(11)に配置された1つの電極層(12)と,前記圧電層(11)に配置された少なくとも1つの別の電極層(13)と,流体(2)の物質を吸着するための少なくとも1つの吸着面(3)とを備えており,」の要件を満たす。 ウ 共振周波数f_(R)の検出 引用発明は,「基板上に整列配置された3以上の振動面のそれぞれに,標的物質に結合するキャプチャープローブが固定され,各振動面は,それぞれ,第1電極と第2電極間に圧電/電歪素子を介在させた振動発生部を有し,振動面の共振周波数を測定する手段を有する反応性チップ」であり,また,「振動面は,例えば,第1電極と第2電極の間に圧電/電歪素子を挿入して振動発生部を構成し,第1電極と第2電極に交流電圧を印加すると,振動が発生し,振動面に外部から何らかの物質が付着した時に,振動面の共振周波数が変化することを,圧電/電歪素子を含む回路の電気的定数の変化として検出することができ」る。 したがって,引用発明の「反応性チップ」は,本件補正後発明の,「前記圧電層(11)と電極層(12,13)と吸着面(3)は,前記電極層(12,13)を電気制御することによって励振交流電場が前記圧電層(11)に結合されるように互いに構成および配置されており,前記薄膜共振器(10)は,前記圧電層(11)に結合された励振交流電場に基づき,共振周波数f_(R)を有する共振振動に対して励振可能であり,前記共振周波数f_(R)は,前記吸着面(3)にて吸着される物質の量に依存している,」の要件を満たす。 エ 絶縁層(4) 引用発明は,「第1電極および第2電極,並びにそれぞれのリード線の標識物質に接する箇所を絶縁被覆してもよく,被覆材料としては,絶縁性のガラスまたは樹脂を使用することができ」る。 したがって,引用発明の「絶縁被覆」は,本件補正後発明の「絶縁層(4)」に相当し,また,絶縁被覆の構成を具備する態様の引用発明は,「前記電極層(12,13)のうちの少なくとも1つの電極層の,前記圧電層がある側とは反対の側(121)に直接,前記電極層を電気絶縁するための少なくとも1つの電気的な絶縁層(4)が配置されており,その結果,前記絶縁層(4)により,前記流体(2)と前記電極層(12,13)とが絶縁され,」の要件を満たす。 (6) 一致点及び相違点 ア 本件補正後発明と引用発明は,以下の構成において一致する。 「 流体(2)の少なくとも1つの物質を検出するため装置(1)であって, 該装置(1)は圧電音響薄膜共振器(10)を有し,該圧電音響薄膜共振器(10)は, ・少なくとも1つの圧電層(11)と, ・該圧電層(11)に配置された1つの電極層(12)と, ・前記圧電層(11)に配置された少なくとも1つの別の電極層(13)と, ・流体(2)の物質を吸着するための少なくとも1つの吸着面(3)とを備えており, ・前記圧電層(11)と電極層(12,13)と吸着面(3)は, 前記電極層(12,13)を電気制御することによって励振交流電場が前記圧電層(11)に結合されるように互いに構成および配置されており, ・前記薄膜共振器(10)は,前記圧電層(11)に結合された励振交流電場に基づき, 共振周波数f_(R)を有する共振振動に対して励振可能であり, ・前記共振周波数f_(R)は,前記吸着面(3)にて吸着される物質の量に依存している, 装置(1)において, 前記電極層(12,13)のうちの少なくとも1つの電極層の,前記圧電層がある側とは反対の側(121)に直接,前記電極層を電気絶縁するための少なくとも1つの電気的な絶縁層(4)が配置されており, その結果,前記絶縁層(4)により,前記流体(2)と前記電極層(12,13)とが絶縁されている, 装置。」 イ 本件補正後発明と引用発明は,以下の点で相違する。 (相違点1) 本件補正後発明の「前記絶縁層(4)は,二酸化ケイ素を有し」,「前記絶縁層(4)が配置されている前記電極層(12)は,アルミニウムを有し」ているのに対し,引用発明は,「被覆材料としては,絶縁性のガラスまたは樹脂を使用することができ」,また,「第1電極および第2電極は,室温で固体である導電性の金属で構成されていることが好ましく,たとえば,アルミニウム,チタン,クロム,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛,ニオブ,モリブデン,ルテニウム,パラジウム,ロジウム,銀,スズ,タンタル,タングステン,イリジウム,白金,金,鉛等の金属単体あるいはこれらのいずれかを組み合わせた合金を用いることができ」る点。 (相違点2) 本件補正後発明は,「前記吸着面(3)が前記絶縁層から形成されている」のに対し,引用発明は,これが明らかではない点。 (相違点3) 本件補正後発明の「前記絶縁層(4)は,保護層として周辺環境に対する前記薄膜共振器(10)の不動態化を生じさせ」るものであるのに対して,引用発明は,これが明らかではない点。 (7) 判断 ア 相違点1及び2について 引用発明において,「第1電極および第2電極は,室温で固体である導電性の金属で構成されていることが好ましく,たとえば,アルミニウム,チタン,クロム,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛,ニオブ,モリブデン,ルテニウム,パラジウム,ロジウム,銀,スズ,タンタル,タングステン,イリジウム,白金,金,鉛等の金属単体あるいはこれらのいずれかを組み合わせた合金を用いることができ」,また,「被覆材料としては,絶縁性のガラスまたは樹脂を使用することができ」るところ,電極の材料としてのアルミニウムや絶縁被覆材料としての二酸化ケイ素(ガラス)は,圧電素子を含む電子部品の製造用材料として,一般的なものである。また,引用発明の「個々の振動面は,100?1000μm程度の距離をもって基板上に整列配置され,各振動面の大きさは,直径50?500μm程度の円形,または一辺が50?500μ程度の方形とすることができ」るものであるから,電子部品の製造技術が採用される。 したがって,引用例1の記載に接した当業者において,第1電極及び第2電極の材料としてのアルミニウム,並びに,被覆材料としての二酸化ケイ素(ガラス)は,引用例1に記載されていると理解可能な組合せ(選択肢)である。 相違点1は,事実上,相違点ではない。 あるいは,引用例1の【0002】には,「遺伝子の構造や遺伝子発現様式の大量かつ迅速な解析を目的として,様々な反応性チップが用いられている。この反応性チップは,スライドガラス等の基板上に数千から数万種以上の異なるキャプチャープローブがスポットとして整列固定されており,蛍光等によって標識した標的物質のキャプチャープローブへの結合の有無を指標として,標的物質の特定やサンプル中における標的物質の量を定量することができるようになっている。」と記載されているから,引用発明の反応性チップは,安価に大量生産されるべきものである。そして,引用発明の「個々の振動面は,100?1000μm程度の距離をもって基板上に整列配置され,各振動面の大きさは,直径50?500μm程度の円形,または一辺が50?500μ程度の方形とすることができ」るものであるから,引用発明の反応性チップを安価に大量生産しようとする当業者において,電子部品の製造用材料として一般的なものである,第1電極及び第2電極の材料としてのアルミニウム,並びに,絶縁被覆材料としての二酸化ケイ素(ガラス)を引用例1に記載の選択肢の中から選択することは,容易である。また,引用例2記載発明は,電極の表面を二酸化ケイ素により絶縁被覆したとしても,帯電した目的物質を静電吸着可能な発明であるところ,引用例1の段落【0007】には,「DNA断片(標的DNA)は負に電荷しているため,正の電荷をもつプローブDNAに短時間で接近し,結合することができる。」と記載されているから,引用発明と引用例2記載発明を組み合わせる(引用発明の第1電極の電位をサンプル溶液に対して正となるようにバイアスする)と,いっそうDNA断片を効率的に吸着可能となることが期待できる。 したがって,引用発明において,第1電極及び第2電極の材料としてのアルミニウム,並びに,被覆材料としての二酸化ケイ素を選択するとともに,二酸化ケイ素からなる被覆材料の面を吸着面とすることは,当業者が容易にできることである。 なお,引用発明において,二酸化ケイ素からなる被覆材料の面を吸着面とするためには,キャプチャープローブを,二酸化ケイ素の表面に固定可能であることが前提となるところ,引用例1の段落【0002】には,「反応性チップは,スライドガラス等の基板上に数千から数万種以上の異なるキャプチャープローブがスポットとして整列固定されており」と記載されているから,引用発明が前提とするキャプチャープローブは,二酸化ケイ素表面上にも固定可能なものである。加えて,引用例1の段落【0044】には,「スポッティング法の場合には,特開2001-116750号公報や特開2001-186881号公報に開示されているインクジェット方式を採用することが好ましい。」と記載されているので,特開2001-116750号公報を参照すると,そこには,ガラス製スライドグラス上にキャプチャープローブをスポッティングする技術が開示されている(段落【0019】等)。このような事実に接した当業者ならば,むしろ積極的に引用発明の被覆材料として二酸化ケイ素を採用し,その面を吸着面にするといえる。 イ 相違点3について 引用発明の「各振動面は,それぞれ,第1電極と第2電極間に圧電/電歪素子を介在させた振動発生部を有し,基板が肉薄領域とその周囲の肉厚領域を有し,肉薄領域の上面に振動発生部を有し」ている。また,引用発明は,第1電極および第2電極,並びにそれぞれのリード線の標識物質に接する箇所を絶縁被覆するものであるから,引用発明の絶縁被覆は,振動面の全体を覆うものである。 ここで,引用発明において,「振動面を振動させる時間間隔は,1秒?32時間程度とすることができる」ものであるから,引用発明は,比較的長時間,サンプル溶液に接触させる場合を考慮すべき発明である。また,相違点1及び2に対する判断においても述べたとおり,負に帯電しているDNA断片を効率よく吸着するためには,引用発明の第1電極の電位をサンプル溶液に対して正となるようにバイアスすることが望ましい(その結果,第1電極の金属がイオン化しやすくなる。)。したがって,引用発明の第1電極においてマイグレーションが発生しないよう,その表面を不動態化しておくとともに,引用発明の絶縁被膜をピンホールのない十分緻密な二酸化ケイ素膜とし,サンプル溶液に対する保護層とすることは,引用発明を具体化する際に当業者が採用すべき構成である。 本件補正後発明の効果は,引用発明及び引用例2記載発明から予測可能な範囲内のものであり,顕著なものとはいえない。 (8) 請求人の主張について ア 請求人は,上申書において,「本願明細書の段落「0025」に,「とりわけアルミニウムからなる電極層と,二酸化ケイ素からなる絶縁層との組み合わせは有利である。アルミニウムと二酸化ケイ素の音響損失は,例えば金の場合よりも小さい。これによって質量感度は約3倍増加する。アルミニウムおよび二酸化ケイ素材料は,例えば金よりも少ない相成分を含むので,共振周波数が同じ場合には圧電層をより厚くすることができる。これによって,圧電層においてより高い相成分が存在することとなる。したがって有効な圧電結合係数が増加する。」に記載があります。」と主張する。 しかしながら,本件補正後発明の電極層及び絶縁層は,それぞれ,「アルミニウムを有し」及び「二酸化ケイ素を有し」と特定され,「アルミニウムからなる」及び「二酸化ケイ素からなる」とは特定されていない。請求人の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。 なお,電極層及び絶縁層が,それぞれ,「アルミニウムからなる」,「二酸化ケイ素からなる」ものであるとしても,圧電素子の設計において,音響インピーダンス等を考慮することは当然のことである(通常は,音響インピーダンス等が圧電材料とマッチし,かつ,適切な剛性を有する材料が選択される。)。また,アルミニウム及び二酸化ケイ素の音響インピーダンスが,金との比較においては数分の1であること等は技術常識であり,請求人が指摘する記載は,圧電材料を特定することなく,単に,当業者が圧電素子において使用する一般的な材料に関する特性を明記したにすぎない。 イ 請求人は,上申書において,「引用文献1の段落「0049」には,「第1電極(11)および第2電極(12)は,室温で固体である導電性の金属で構成されていることが好ましく,たとえば,アルミニウム,チタン,クロム,鉄,コバルト,ニッケル,銅,亜鉛,ニオブ,モリブデン,ルテニウム,パラジウム,ロジウム,銀,スズ,タンタル,タングステン,イリジウム,白金,金,鉛等の金属単体あるいはこれらのいずれかを組み合わせた合金を用いることができる。さらに,これらの金属に圧電/電歪素子(20)あるいは基板(30)と同じ材料を分散させたサーメット材料を用いてもよい。」と多数の電極の材料候補が羅列されているだけで,本願発明の「アルミニウムからなる電極層と,二酸化ケイ素からなる絶縁層との組み合わせ」の組み合わせを抽出することは当業者といえども困難です。」と主張する。 しかしながら,前記(7)アで述べたとおりである(圧電素子の電極材料及び絶縁層の組合せとして,アルミニウム及び二酸化ケイ素が一般的であることについて,証拠が必要ならば,特開2008-244523号公報の段落【0004】及び【0012】,特開2007-10378号公報の【0026】及び【0029】,特開2008-64646号公報の【0063】,特開2008-99339号公報の【0059】を参照。)。 ウ 請求人は,「前置報告は,「引用文献1には電極としてアルミニウムを用いることが記載されている。また,絶縁層として二酸化ケイ素を選択することも上記の如く引用文献1に記載されている又は当業者が適宜なし得るほどのことにすぎない。」と,多数の候補の中から当該組み合わせを特定することは容易であると理由を述べることなく結論づけています。この論理が審査で正当化されるならば,特許文献,非特許文献において,論理的あるいは実験的な立証もない,非常に多数の候補物質を羅列しておけば,後願の発明で困難の末に見つけた特定の組み合わせを簡単に否定することが可能となります。現実は,時間や予算の関係で多数の候補物質の中から特定の組み合わせを選択することは容易ではなく,当該審査官の論理は,このような努力を否定するもので,発明の奨励を目的とする特許法の精神に反するものです。」と主張する。 しかしながら,引用例1段落【0051】では,絶縁被覆材料として,ガラスまたは樹脂の2種類が記載されているところ,この2種類から,絶縁材料として一般的なガラス(二酸化ケイ素)を採用することは,当業者が適宜選択し得る事項である。また,引用例1段落【0049】には,電極材料として22種類の候補が挙げられているはいるものの,このうち,冒頭に挙げられているアルミニウムについては,電極の材料として極めて一般的なものであり,当業者が普通に選択し得るものである。そして,前記イに記載したように,アルミニウムと二酸化ケイ素を用いることも周知技術であり,また,この組合せにおいて,格別の作用効果を奏するものでもないから(上記ア),本件においては,引用例1において,電極材料については22種類の候補が,また,絶縁被覆材料については2種類の候補が挙げられていることでもって,容易になし得ないとすることができず,請求人の主張を採用することができない。 (9) 小括 本件補正後発明は,引用発明及び引用例2記載発明に基づいて,当業者が容易に発明できたものであるから,29条2項の規定により,特許出願の際に独立して特許を受けることができない。 5 補正却下のまとめ 本件補正は,特許法17条の2第3項の規定に違反するので,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。 あるいは,本件補正は,特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するので,同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。 第3 本願発明 1 原査定の拒絶の理由 原査定の拒絶の理由(請求項1に対するもの)は,概略,(A)この出願の請求項1に係る発明は,その出願前に日本国内又は外国において,頒布された引用例1に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができない,(B)この出願の請求項1に係る発明は,その出願前に日本国内又は外国において,頒布された引用例1に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,というものである。 2 本願発明 本件出願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(本願発明)は,前記「第2」1(1)に記載のとおりのものである。 3 引用例の記載事項等 引用例1に記載の事項及び引用発明は,前記「第2」4(1)?(2)に記載のとおりである。 4 対比及び判断 本願発明は,本件補正後発明から,「前記絶縁層(4)は,保護層として周辺環境に対する前記薄膜共振器(10)の不動態化を生じさせ,」及び「前記吸着面(3)が前記絶縁層から形成されている,」の発明特定事項を除いたものである。 そうしてみると,本願発明と引用発明は,前記「第2」4(6)で示した相違点1において相違し,その余の点では一致する。また,相違点1に対する判断は,前記「第2」4(7)と同様である。 そして,本願発明の効果は,引用発明が奏する効果であるか,あるいは,引用発明から予測できる効果の範囲内にとどまるものであり,少なくとも,顕著なものとはいえない。 以上のとおりであるから,本願発明は,引用発明と同一であり,あるいは,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明できたものである。 第4 まとめ 本願発明は,その出願前に日本国内又は外国において,頒布された引用例1に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから,特許法第29条第1項第3号に該当し,特許を受けることができない,あるいは,本願発明は,その出願前に日本国内又は外国において,頒布された引用例1に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 したがって,他の請求項に係る発明について審理するまでもなく,本件出願は拒絶すべきものである。 よって,結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2015-07-02 |
結審通知日 | 2015-07-06 |
審決日 | 2015-07-17 |
出願番号 | 特願2011-532566(P2011-532566) |
審決分類 |
P
1
8・
575-
Z
(G01N)
P 1 8・ 113- Z (G01N) P 1 8・ 121- Z (G01N) P 1 8・ 561- Z (G01N) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 比嘉 翔一 |
特許庁審判長 |
酒井 伸芳 |
特許庁審判官 |
堀 圭史 樋口 信宏 |
発明の名称 | 絶縁層を備える薄膜共振器(FBAR)を用いて物質を検出するための装置および方法 |
代理人 | 久野 琢也 |
代理人 | アインゼル・フェリックス=ラインハルト |
代理人 | 星 公弘 |