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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K |
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管理番号 | 1309454 |
審判番号 | 不服2014-5513 |
総通号数 | 194 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2016-02-26 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2014-03-25 |
確定日 | 2016-01-06 |
事件の表示 | 特願2010-503069「末梢血管疾患の前処置としての、及びその処置における双極性トランスカロテノイドの使用」拒絶査定不服審判事件〔平成20年11月13日国際公開、WO2008/136900、平成22年 7月22日国内公表、特表2010-524855〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
1.手続の経緯 本願は、平成20年4月11日(優先権主張 2007年4月13日(US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする特許出願であって、平成25年1月29日付けで拒絶理由が通知され、同年8月2日に意見書及び手続補正書が提出されたが、同年11月20日付けで拒絶査定がなされた。 これに対し、平成26年3月25日に拒絶査定不服審判が請求され、同年5月21日に審判請求書の手続補正書(方式)が提出されたものである。 2.本願発明 本願の請求項1乃至25に係る発明は、平成25年8月2日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1乃至25に記載された事項により特定されるとおりのものであると認められ、そのうち、請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりのものと認められる。 「下記構造を有する、トランスカロテノイドジエステル、トランスカロテノイドジアルコール、トランスカロテノイドジケトン、トランスカロテノイド二塩基酸、双極性トランスカロテノイド(BTC)及び双極性トランスカロテノイド塩(BTCS)からなる群から選ばれる、治療有効量のトランスカロテノイドを含む、末梢血管疾患用治療剤: YZ-TCRO-ZY [式中、 Yが同一又は異なってもよい陽イオンを示し、 Zが同一又は異なってもよい、前記陽イオンと会合している極性基を示し、 TCROが、ペンダント基Xを有し、共役炭素-炭素二重結合及び単結合を含む、直鎖トランスカロテノイド骨格を示し、前記ペンダント基Xが、同一又は異なってもよい10個以下の炭素を有する直鎖若しくは分岐鎖炭化水素基、又はハロゲンを示す。]。」 3.原査定の拒絶の理由の概要 原査定の拒絶の理由の概要は、この出願に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて当業者が容易に発明をすることができた発明であるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものであり、刊行物として以下の引用文献1乃至引用文献3を引用するものである。 引用文献1 国際公開第2005/028411号 引用文献2 国際公開第98/14183号 引用文献3 国際公開第2006/104610号 4.当審の判断 (1)引用文献の記載事項および引用発明 原査定の拒絶の理由で引用された、本願の出願前に頒布された刊行物である引用文献1(国際公開第2005/028411号)には、以下の事項が記載されている。なお、引用文献1は、英語で記載されているので、訳は、対応する特表2007-522076号公報に基づく。また、下線は、当審による。 (a-1) 「【請求項14】 哺乳動物における酸素の拡散性を増大させる方法であって、 下記式: YZ-TCRO-ZY [式中、 Yはカチオンであり、 Zは、前記カチオンに結合した極性基であり、 TCROはトランスカロテノイド骨格である。] を有する治療有効量の化合物を哺乳動物に投与することを含み、 前記化合物がTSCでない方法。 (一部記載を省略) 【請求項16】 呼吸器疾患を治療する方法であって、 下記式: YZ-TCRO-ZY [式中、 Yはカチオンであり、 Zは、前記カチオンに結合した極性基であり、 TCROはトランスカロテノイド骨格である。] を有する治療有効量の化合物を、治療を要する哺乳動物に投与することを含み、 前記化合物がTSCでない方法。 【請求項17】 気腫を治療する方法であって、 下記式: YZ-TCRO-ZY [式中、 Yはカチオンであり、 Zは、前記カチオンに結合した極性基であり、 TCROはトランスカロテノイド骨格である。] を有する治療有効量の化合物を、治療を要する哺乳動物に投与することを含み、 前記化合物がTSCでない方法。 【請求項18】 出血性ショックを治療する方法であって、 下記式: YZ-TCRO-ZY [式中、 Yはカチオンであり、 Zは、前記カチオンに結合した極性基であり、 TCROはトランスカロテノイド骨格である。] を有する治療有効量の化合物を、治療を要する哺乳動物に投与することを含み、 前記化合物がTSCでない方法。 【請求項19】 循環器疾患を治療する方法であって、 下記式: YZ-TCRO-ZY [式中、 Yはカチオンであり、 Zは、前記カチオンに結合した極性基であり、 TCROはトランスカロテノイド骨格である。] を有する治療有効量の化合物を、治療を要する哺乳動物に投与することを含み、 前記化合物がTSCでない方法。 【請求項20】 アテローム性動脈硬化を治療する方法であって、 下記式: YZ-TCRO-ZY [式中、 Yはカチオンであり、 Zは、前記カチオンに結合した極性基であり、 TCROはトランスカロテノイド骨格である。] を有する治療有効量の化合物を、治療を要する哺乳動物に投与することを含み、 前記化合物がTSCでない方法。 【請求項21】 喘息を治療する方法であって、 下記式: YZ-TCRO-ZY [式中、 Yはカチオンであり、 Zは、前記カチオンに結合した極性基であり、 TCROはトランスカロテノイド骨格である。] を有する治療有効量の化合物を、治療を要する哺乳動物に投与することを含み、 前記化合物がTSCでない方法。 【請求項22】 脊髄損傷を治療する方法であって、 下記式: YZ-TCRO-ZY [式中、 Yはカチオンであり、 Zは、前記カチオンに結合した極性基であり、 TCROはトランスカロテノイド骨格である。] を有する治療有効量の化合物を、治療を要する哺乳動物に投与することを含み、 前記化合物がTSCでない方法。 【請求項23】 脳浮腫を治療する方法であって、 下記式: YZ-TCRO-ZY [式中、 Yはカチオンであり、 Zは、前記カチオンに結合した極性基であり、 TCROはトランスカロテノイド骨格である。] を有する治療有効量の化合物を、治療を要する哺乳動物に投与することを含み、 前記化合物がTSCでない方法。 【請求項24】 乳頭腫を治療する方法であって、 下記式: YZ-TCRO-ZY [式中、 Yはカチオンであり、 Zは、前記カチオンに結合した極性基であり、 TCROはトランスカロテノイド骨格である。] を有する治療有効量の化合物を、治療を要する哺乳動物に投与することを含み、 前記化合物がTSCでない方法。 【請求項25】 低酸素症を治療する方法であって、 下記式: YZ-TCRO-ZY [式中、 Yはカチオンであり、 Zは、前記カチオンに結合した極性基であり、 TCROはトランスカロテノイド骨格である。] を有する治療有効量の化合物を、治療を要する哺乳動物に投与することを含み、 前記化合物がTSCでない方法。」(特許請求の範囲) (a-2) 「本発明はまた、下記式: YZ-TCRO-ZY を有する化合物を可溶化し、また、合成するいくつかの方法を包含する。 本発明はまた、本発明の化合物を送達するための吸入器にも関する。 【発明の詳細な説明】 新たな種類のカロテノイド及びカロテノイド関連化合物が見出されている。これらの化合物は、「双極性トランスカロテノイド塩」(BTCS)と称されている。 (本発明の化合物) 本発明は、疎水性のカロテノイド又はカロテノイド関連骨格が水溶液に溶解することを可能にする一群の化合物である双極性トランスカロテノイド塩、及びそれらの製造方法に関する。これらの塩のカチオンとしては、多くの種が挙げられるが、ナトリウム又はカリウム(これらは大部分の生体系で見出される。)が好適である。本願の発明者が保有する米国特許第6060511号(参照することにより、本明細書にそのまま組み込まれる。)には、トランスソディウムクロセチネート(TSC)(BTCSの1つ)をサフランから製造する抽出方法が記載されている。 双極性トランスカロテノイド塩の一般構造は下記式で表される。 YZ-TCRO-ZY 式中、Y(両末端で同一でも異なってもよい。)はカチオンであり、好ましくはNa^(+)、K^(+)又はLi^(+)である。Yは、好適には一価金属イオンである。Yは、有機カチオン、例えばR_(4)N^(+)、R_(3)S^(+)[Rは、H、又はC_(n)H_(2n+1)(nは、1?10、好適には1?6)である。Rは、例えば、メチル、エチル、プロピル又はブチルである。]でもよい。 式中、Z(両末端で同一でも異なってもよい。)は、上記カチオンに結合する極性基である。このような基は、カロテノイド(又はカロテノイド関連化合物)上の末端炭素を任意的に含み、例えば、カルボキシル(COO^(-))基又はCO基である。また、硫酸基(OSO_(3)^(-))、又はモノリン酸基(OPO_(3)^(-))、(OP(OH)O_(2)^(-))、ジリン酸基、トリリン酸、又はそれらの組合せでもよい。 式中、TCROは、直鎖で、ペンダント基(以下で定義する。)を有するトランスカロテノイド又はカロテノイド関連骨格(好適には炭素100個未満)であって、一般に、「共役した」、すなわち交互に連結された炭素-炭素二重結合及び単結合(一実施形態において、TCROは、リコペンのように完全には共役していない。)を含むものである。ペンダント基は、一般にメチル基であるが、後述のように他の基でもよい。好適な一実施形態において、骨格のユニットは、分子の中央でその配置が逆転するように連結している。炭素-炭素二重結合の周囲の4つの単結合はすべて同一平面内に位置する。ペンダント基が炭素-炭素二重結合に対して同じ側に存在すれば、それらの基はシスと称される。炭素-炭素結合に対して反対側に存在すれば、トランスと称される。本発明の化合物はトランスである。シス異性体は、一般に有害であり、拡散性を増大させない。一実施形態では、骨格が直鎖のままのトランス異性体を利用することができる。 トランスカロテノイド又はカロテノイド関連骨格は、例えば、下記式で表されるものである。 【化1】 式中、ペンダント基X(同一でも異なってもよい。)は、水素(H)原子、又は10個以下、好適には4個以下の炭素原子を有する直鎖状若しくは分岐鎖状の基(ハロゲンを任意的に含む)、又はハロゲンである。Xは、例えば、メチル基(CH_(3))、エチル基(C_(2)H_(5))、ハロゲン含有アルキル基(C1?C10)(例えば、CH_(2)Cl)、又はハロゲン(例えば、Cl又はBr)である。ペンダント基Xは同一でも異なってもよいが、X基としては、骨格を直鎖状に維持するものを用いる必要がある。」(3頁下から2行-6頁下から9行) (a-3) 「本発明の化合物は、単独で投与することができるが、医薬製剤の一部として投与することもできる。そのような製剤は、当業者に公知の薬学的に許容される担体及び他の治療薬を含んでもよい(下記参照)。その製剤は、酸素の拡散性を改善する本発明の化合物の能力を阻害する化合物を含まないのが好適である。 本発明の化合物及び組成物の適切な投与量は、治療対象である病状の重症度に依存する。用量が「治療的に有効」であるためには、所望の効果、すなわち酸素の拡散性の増大という効果を有する必要がある。これにより、次は、酸素関連パラメータが正常値に戻ることになる。 投与は、任意の適切な経路、例えば、経口、経鼻、局所、非経口(皮下、筋肉内、静脈内、皮内、骨内、等)、経膣又は経直腸によって行うことができる。好ましい投与経路は状況に依存する。BTCSが血流に非常に迅速に入ることが必要な緊急状況では、吸入経路が治療に有利である。従って、製剤には、そのような経路の投与に適したもの(噴霧用の液体又は粉末)も含まれる。好ましい経路は、例えば患者の状態及び年齢により変わることは理解されるであろう。製剤は、ユニット剤形、例えば錠剤及び徐放性カプセルの形で適宜提供することができ、薬学分野で公知の方法によって調製し、投与することができる。製剤は、BTCSの即時放出、又は徐放若しくは放出制御用のものでもよい。例えば、WO99/15150(参照することにより、本明細書にそのまま組み込まれる。)の徐放性製剤を参照のこと。 」(13頁下から5行-14頁16行) (a-4) 「TSCは、水溶液中における酸素の拡散性を約30%増大させることが示されている。TSCは、哺乳動物における低酸素症後の生存を延長させ、低酸素症又は身体的ストレス後の酸素消費を増加させ、低酸素症後の血圧を増加させ、低酸素症後の血液アシドーシスを低減させ(すなわち、血中塩基の欠乏を低減させ、血液pHを増加させ、かつ血漿乳酸レベルを低下させる)、低酸素症後の臓器傷害(例えば肝臓、腎臓)を低減させる。従って、本発明の化合物は、低酸素(低酸素症)を特徴とする哺乳動物(ヒトを含む。)の疾患/状態、例えば、呼吸器疾患、出血性ショック及び循環器疾患、特に、(例えば、ARDS敗血症又は出血性ショックによる)多臓器不全、慢性腎不全、アテローム性動脈硬化、気腫、喘息、高血圧症、脳浮腫、乳頭腫、脊髄損傷、脳卒中を治療するのに有用である。本発明の化合物はまた、上記疾患/状態のリスクのある哺乳動物を治療するのにも有用である。他の双極性トランスカロテノイド塩も類似の性質を有する。そのような化合物は、体内の酸素利用を増大させる方法として一般に提案されている他の方法(例えば、酸素療法、及びヘモグロビン又はフルオロカーボンの使用)と併用することもできる。」(15頁12-26行) (2)引用文献に記載された発明 引用文献1には、「下記式: YZ-TCRO-ZY(式の説明の記載を省略する。以下、同様。)を有する治療有効量の化合物」を「治療を要する哺乳動物に投与すること」を含む「アテローム性動脈硬化を治療する方法」についての記載(摘示(a-1)の請求項20)、および、該化合物について「医薬製剤の一部として投与することもできる」(摘示(a-3))との記載があることから、以下の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 「アテローム性動脈硬化を治療するための医薬製剤であって、 下記式: YZ-TCRO-ZY [式中、 Yはカチオンであり、 Zは、前記カチオンに結合した極性基であり、 TCROはトランスカロテノイド骨格である。] を有する治療有効量の化合物を含み、治療を要する哺乳動物に投与することを含み、 前記化合物がTSCでない製剤。」 (3)対比、判断 本願発明と引用発明とを対比する。 引用発明の「下記式: YZ-TCRO-ZY(式の説明の記載を省略する。以下、同様。)を有する化合物」は、Y、Z、TCROのそれぞれについて複数の選択肢を有する化合物である(式の説明の記載及び摘示(a-2)を参照。)から、多数の化合物からなる群から選択される化合物であり、同様に、本願発明の「下記構造を有する、トランスカロテノイドジエステル、トランスカロテノイドジアルコール、トランスカロテノイドジケトン、トランスカロテノイド二塩基酸、双極性トランスカロテノイド(BTC)及び双極性トランスカロテノイド塩(BTCS)からなる群から選ばれる、治療有効量のトランスカロテノイド YZ-TCRO-ZY(式の説明の記載を省略する。以下、同様。)」も、多数の化合物からなる群から選択される化合物である。 そして、両者は、例えば、引用発明の「下記式: YZ-TCRO-ZY」において、YがK^(+)であり、Zがカルボキシル(COO^(-))基であり、TCROが【化1】の上から2番目に記載のものに対応する化合物や、YがLi^(+)であり、Zがカルボキシル(COO^(-))基であり、TCROが【化1】の上から2番目に記載のものに対応する化合物などの複数の化合物をその選択肢として共通に包含している。 したがって、引用発明の「下記式: YZ-TCRO-ZYを有する化合物」は、本願発明の「下記構造を有する、トランスカロテノイドジエステル、トランスカロテノイドジアルコール、トランスカロテノイドジケトン、トランスカロテノイド二塩基酸、双極性トランスカロテノイド(BTC)及び双極性トランスカロテノイド塩(BTCS)からなる群から選ばれる、治療有効量のトランスカロテノイド YZ-TCRO-ZY」に相当する。 そうすると、本願発明と引用発明の一致点、相違点は、以下のとおりである。 <一致点> 「下記構造を有する、トランスカロテノイドジエステル、トランスカロテノイドジアルコール、トランスカロテノイドジケトン、トランスカロテノイド二塩基酸、双極性トランスカロテノイド(BTC)及び双極性トランスカロテノイド塩(BTCS)からなる群から選ばれる、治療有効量のトランスカロテノイド YZ-TCRO-ZY を含む剤」 <相違点> 「剤」について、本願発明は、「末梢血管疾患用治療剤」と限定されているのに対し、引用発明は、「アテローム性動脈硬化を治療するための医薬製剤」と限定されている点。 相違点について検討する。 まず、本願発明の「末梢血管疾患」、および、「治療」の定義について確認すると、発明の詳細な説明には「末梢血管疾患」、および、「治療」の定義に関する記載は無く、以下の記載がある。なお、下線は、当審による。 「末梢血管疾患(PVD)という用語は、末梢動脈及び末梢静脈内の損傷、機能障害、又は閉塞を指す。末梢動脈疾患(PAD)は、最も一般的なPVDである。」(段落【0005】) 「2つの型の末梢血管疾患がある。第1の型は、罹患末梢動脈を指す末梢動脈疾患(PAD)である。末梢動脈疾患は、冒されている動脈にちなんで名付けられることが多い。 頸動脈疾患。アテローム性動脈硬化による、酸素に富んだ血液を脳へ供給する頸部における1つ又は複数の頸動脈の狭窄。」(段落【0008】-【0009】) 「末梢血管疾患の最も多い原因は、アテローム性動脈硬化である。アテローム性動脈硬化は、プラークと呼ばれる物質が動脈の内側に蓄積する漸進的過程である。この物質は、脂質、カルシウム、瘢痕組織、及び他の物質の混合物であり、若干固くなってプラーク(病巣とも呼ばれる)を形成する。アテローム性動脈硬化は、動脈硬化又はただ単に「動脈の硬化」と呼ばれることが多い。アテローム性動脈硬化は血流を低下させ得、特に、それは、末端、心臓、又は脳を含めた体内の様々な部分への血流を低下させ得る。アテローム性動脈硬化性プラークが形成すると、それらは血管壁を遮断し、狭くし、又は弱くする。 動脈が遮断され、又は狭くなった場合、その動脈によって供給される身体の部位は、十分な血液/酸素を得ていない。脚部又は足部などの末端における血流の不足は、いくつかの箇所で血圧を測定することにより検出することができる。足関節/上腕血圧指数は、この型の血流を分類する方法として定義されている。足関節/上腕血圧指数(ABI)は、足関節における血圧の上腕における血圧に対する比率である。ABIの値が1.0以上の場合は血流が肢において正常であることを示唆し、1.0未満の値はそうではないことを示唆する(PVDを患う糖尿病患者は、1より大きいABI値を有し得る)。その後、末端への血流の不足は組織に到達する酸素の不足をもたらし、これは虚血として知られている。 PVDは、アテローム性動脈硬化以外の他の原因によることもあり得る。これらには、以下が挙げられる:」(段落【0021】-【0023】) 「脚部における末梢血管疾患の最も多い症状は、一方又は両方のふくらはぎ、大腿部、又は腰の疼痛である。疼痛は、通常、歩いている、又は階段を上っている間に起こり、安静中は止まる。そのような疼痛は、間欠性跛行と呼ばれる。それは、通常、鈍いけいれん痛である。それはまた、脚部の筋肉に重苦しさ、圧迫感、又は疲労感のような感じを覚えることがある。 脚部における筋けいれんは、いくつかの原因があるが、運動で始まり、安静中は止まる筋けいれんは、間欠性跛行による可能性が最も高い。脚部の血管がよりいっそう遮断されるようになる場合、夜の脚部の疼痛が非常に典型的であり、個体は、ほとんどの場合、疼痛を和らげるために自身の足部を下に垂らす。脚部を下に垂らすことは、血液が脚部の遠位部分へ受動的に流れるのを可能にする。 末梢血管疾患の他の症状には以下が挙げられる: ・臀部疼痛 ・脚部のしびれ、刺痛、又は脱力感 ・安静中の足部又は足指の灼熱痛又はうずく痛み ・治癒しそうにない脚部又は足部の痛い所 ・一方又は両方の脚部又は足部が冷たく感じる、又は変色する(蒼白、青みがかった色、暗赤色) ・脚部の脱毛 ・インポテンス 安静時に症状を示すことは、より重篤な疾患の徴候である。 PVDの虚血を処置するために現在用いられる治療は、患者に濃縮酸素を、高圧酸素療法(HBOT)の場合のように多くは圧力下で吸わせることである。これを行うための1つの方法は、1.3?1.4気圧における100%酸素を用いる。」(段落【0031】-【0035】) 「一般的に、虚血性傷害を標的とする治療ストラテジーは、それらがいつ施されるか、すなわち、虚血前か、虚血中か、及び虚血後かによって分類することができる。虚血前の治療的介入は、組織に耐性を誘導することと考えることができる。そのような介入はまた、脳の神経保護などの保護を提供することとも考えることができる。そのような治療は、時々、虚血性又は低酸素性曝露の直前に与えられるが、それより早く与えることもできる。条件刺激が傷害の数日前に与えられる場合には、それは、いわゆる「遅延型耐性」(又は「遅発性耐性」)を誘導することができる。これを行うことが知られているいくつかの刺激は、とりわけ、低酸素、低体温、長時間高圧酸素、及びサイトカインである。 前処置治療が脳組織に耐性又は保護を誘導するかどうかを試験する1つの方法は、脳卒中研究を行うことである。この研究において、動物の脳への血流が大幅に低下し、これが脳卒中を誘発するように、血管を縛る。脳卒中によって冒された脳の領域は、虚血コア及び周囲罹患組織(ペナンブラと呼ばれる)からなる。それらの領域の容積を測定することにより、脳に耐性を誘導することにおける治療の効果を評価することが可能である。」(段落【0052】-【0053】) 「双極性トランスカロテノイドでの末梢血管疾患の処置 双極性トランスカロテノイド(TSCなど)の投与は、短期間でも長期間でも、PVD、又は跛行及び安静時疼痛などのその症状のいずれかの有益な処置である。 文献で示唆されたPVDを検出するための1つの測定方法は、脚部又は足部上で経皮的酸素電極(TCOM)を用いる。PVDに関しては、TCOM読みが正常個体よりも低い。100%酸素は、TCOM読みを増加させるであろう。実施例1に示されているように、TSCは、特定の条件下でTCOM読みを増加させる。これは、哺乳動物が100%酸素を吸入しているとき、又は哺乳動物が最初に低酸素状態である場合には、一段と強まる。 短期間処置 PVDの結果は、末端に到達する血流がより少ないため、組織に届く酸素がより少ないことである。双極性トランスカロテノイドの投与により、その組織におけるPVDについて処置が短期間となり、器官は、処置期間中、低酸素状態に曝されることはないであろう 。 TSCなどの双極性トランスカロテノイドは、数時間又は数日間(例えば、1?4日間)、注射(静脈内又は筋肉内)若しくは注入により、又は肺、経口、若しくは経皮経路により、投与することができる。「治療有効」である用量について、それは所望の効果を生じなければならない、すなわち、PVDの症例において、症状(例えば、跛行)を低減する、及び/又は末梢動脈及び静脈の酸素レベルを増加させる量である。典型的な用量は、ヒトにおいて0.05?5.0mg/kg、有利には0.1?3.5mg/kgである。 双極性トランスカロテノイドは、酸素処置と併用され、よりいっそう多い酸素を組織に到達させることができる。一実施形態は100%酸素を用い、別の実施形態では100%酸素を1.3?1.4気圧で投与する。 長期間処置 上で述べられているように、TSCなどの双極性トランスカロテノイドは、PVDを有する哺乳動物の組織における酸素状態を改善することができる。さらに、双極性トランスカロテノイドでの前条件づけもまた、虚血期間後の組織損傷の容積を有意に低下させることができる(実施例2参照)。最後に、多くのPVD症例は、アテローム性動脈硬化性変化による。双極性トランスカロテノイドはまた、アテローム性動脈硬化性プラークの形成を低下させることができ、したがって、長期間にわたってPVDを処置するのに有益である。 双極性トランスカロテノイドは、長期間、例えば、5日間以上、数週間、数カ月、又は数年間、注射(静脈内又は筋肉内)若しくは注入により、又は肺、経口、若しくは経皮経路により、投与することができる。「治療有効」である用量について、それは所望の効果を生じなければならない、すなわち、PVDの症例において、症状を低減する、及び/又は末梢動脈及び静脈の酸素レベルを増加させる量である。典型的な1日量は、ヒトにおいて0.05?5.0mg/kg、有利には0.1?3.5mg/kgである。 TSCなどの双極性トランスカロテノイドは、酸素処置と併用され、よりいっそう多い酸素を組織に到達させることができる。これを行うための1つの方法は、周囲気圧又は1.3?1.4気圧で100%酸素を用いる。 上記で列挙された治療を用いるTSCなどの双極性トランスカロテノイドの投与はまた、脳虚血又は腹膜虚血などの虚血、冠動脈疾患、心筋梗塞、及びアンギナについての有益な処置でもある。上記で投与される本発明の化合物はまた、虚血性骨壊死の処置に、又は緑内障、黄斑変性症、及び糖尿病性網膜症を含めた慢性眼疾患を処置するために有用である。 TSCなどの双極性トランスカロテノイドは、短期間、例えば、1?24時間若しくは1?4日間、又は長期間、例えば、5日間以上、数週間、数カ月、若しくは数年間、注射(静脈内又は筋肉内)若しくは注入により、又は肺、経口、若しくは経皮経路により、投与することができる。「治療有効」である用量について、それは所望の効果を生じなければならない、すなわち、症状を低減する、及び/又は罹患領域の酸素レベルを増加させる量である。典型的な1日量は、ヒトにおいて0.05?5.0mg/kg、有利には0.1?3.5mg/kgである。」(段落【0068】-【0077】) 「前処置は、ほとんどの場合、予防的処置と考えられ、慢性病と共通である。例えば、心臓発作を予防するために、降圧剤及び/又は抗高脂血症薬を服用することがある。この治療の背後にある論理は、心臓発作が起こるのを防ぐために心臓発作と密接に関連している状態のうちの2つ(高血圧及び血清脂質上昇)を処置することである。前処置は、通常には急性疾患又は状態と関連していない。しかしながら、それが関連している症例があり、そのような症例における双極性トランスカロテノイドの前処置が本明細書で考察されている。TSCが虚血損傷を予防するために用いられてきた。TSCは、TSCで処置された後に起こる低酸素性事象によって生じる組織の損傷を低減することができる。」(段落【0081】) そうすると、本願発明の「末梢血管疾患」(以下、「PVD」とも記載する。)は、「末梢動脈及び末梢静脈内の損傷、機能障害、又は閉塞」のこと(段落【0005】)であるが、末梢動脈及び末梢静脈内の損傷、機能障害、又は閉塞それ自体を治療することに関する記載は、ほとんどなく、「多くのPVD症例は、アテローム性動脈硬化性変化による。双極性トランスカロテノイドはまた、アテローム性動脈硬化性プラークの形成を低下させることができ」(段落【0068】-【0077】)と記載されている程度に過ぎない。 これに対し、発明の詳細な説明には、末梢血管疾患の最も多い原因は、アテローム性動脈硬化であるが、アテローム性動脈硬化以外の他の原因によることもあり得ること(段落【0021】-【0023】)などの、末梢血管疾患の原因が様々であることに関する記載や、アテローム性動脈硬化は血流を低下させ得、特に、それは、末端、心臓、又は脳を含めた体内の様々な部分への血流を低下させ得ること、末端への血流の不足は組織に到達する酸素の不足をもたらし、これは虚血として知られていること(段落【0021】-【0023】)、脚部における末梢血管疾患の最も多い症状は、一方又は両方のふくらはぎ、大腿部、又は腰の疼痛であるが、臀部疼痛などの他の症状も挙げられること、などの末梢血管疾患により様々な症状が発生することについても記載され、さらに、(PVDそれ自体では無く)PVDの虚血を処置するために現在用いられる治療や、一般的な虚血性傷害を標的とする治療ストラテジーについて言及した上で(段落【0052】-【0053】)、双極性トランスカロテノイドでの末梢血管疾患の処置について、双極性トランスカロテノイド(TSCなど)の投与が短期間でも長期間でも、PVD、又はその症状のいずれかの有益な処置であると記載されている。 また、短期間処置、長期間処置のいずれについても、TSCなどの双極性トランスカロテノイドを投与するが、「治療有効」である用量について、それは所望の効果を生じなければならない、すなわち、PVDの症例において、症状(例えば、跛行)を低減する、及び/又は末梢動脈及び静脈の酸素レベルを増加させる量であることが記載されている(段落【0068】-【0077】)。 以上を総合すると、本願発明の「末梢血管疾患用治療」とは、アテローム性動脈硬化を含む様々な原因で生じた末梢動脈及び末梢静脈内の損傷、機能障害、又は閉塞の治療に限られず、それにより当該末梢血管の下流の組織に生じた酸素の不足(虚血)や虚血性障害などの症状の処置を包含すると認められる。 次に、引用文献1には、引用発明の「下記式: YZ-TCRO-ZY を有する化合物、前記化合物がTSCでない」について「哺乳動物における酸素の拡散性を増大させる方法であって、 下記式: YZ-TCRO-ZY を有する治療有効量の化合物を哺乳動物に投与することを含み、 前記化合物がTSCでない方法」(摘示(a-1)の請求項14)、および、「低酸素(低酸素症)を特徴とする哺乳動物(ヒトを含む。)の疾患/状態、例えば、呼吸器疾患、出血性ショック及び循環器疾患、特に、(例えば、ARDS敗血症又は出血性ショックによる)多臓器不全、慢性腎不全、アテローム性動脈硬化、気腫、喘息、高血圧症、脳浮腫、乳頭腫、脊髄損傷、脳卒中を治療するのに有用である。本発明の化合物はまた、上記疾患/状態のリスクのある哺乳動物を治療するのにも有用である。」(摘示(a-4))と記載されている。 そうすると、アテローム性動脈硬化は、低酸素(低酸素症)を特徴とする哺乳動物(ヒトを含む。)の疾患/状態の例の1つとして記載されているところ、アテローム性動脈硬化の際にプラークが形成され血管壁が遮断され、狭くなり、又は弱くなることによって当該末梢血管の下流の組織に酸素の不足(虚血)や虚血性障害などの症状が生じることは周知である(本願の段落【0021】にも同趣旨の記載がある。)ことを勘案すると、引用発明の「アテローム性動脈硬化を治療する」は、具体的にはアテローム性動脈硬化により血管壁が遮断され、狭くなり、又は弱くなることによって当該末梢血管の下流の組織に生じた低酸素(低酸素症)を特徴とする哺乳動物(ヒトを含む。)の疾患/状態の治療を意味すると認められる。 そして、引用文献1には「低酸素(低酸素症)を特徴とする哺乳動物(ヒトを含む。)の疾患/状態」として、アテローム性動脈硬化以外にも呼吸器疾患、出血性ショック等多種多様で様々な疾患/状態が例示されている(摘示(a-4))とともに、「呼吸器疾患を治療する方法」(摘示(a-1)の請求項16)、「出血性ショックを治療する方法」(摘示(a-1)の請求項18)等の記載もあることを勘案すると、本願発明が属する技術分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)であれば、引用発明の「医薬製剤」において、アテローム性動脈硬化以外の原因によって血管壁が遮断され、狭くなり、又は弱くなることによって当該末梢血管の下流の組織に生じた低酸素(低酸素症)を特徴とする哺乳動物(ヒトを含む。)の疾患/状態の治療に引用発明の「医薬製剤」を応用できることは、自明に理解できることであるから、当業者であれば引用発明の「アテローム性動脈硬化を治療するための医薬製剤」を「末梢血管疾患用治療剤」とする程度のことは容易に想到しうると認められる。 また、本願発明が奏する効果に関し具体的な薬理データによって確認することができるものは、実施例2(段落【0115】-【0120】)に記載の「局所性脳虚血モデルにおけるトランスクロセチネートナトリウムによって誘導される虚血耐性」であり、予めトランスクロセチネートナトリウムを投与しておくと、投与しない場合と比較して「梗塞容積」が減少するという効果であるが、要するに、血管壁が遮断されることによって引き起こされる低酸素(低酸素症)を有意に治療できることが示されているだけであり、当業者に予測できない格別顕著な効果が奏されているとはいえない。 (4)まとめ よって、本願発明は、引用文献1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができた発明であるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 5.むすび 以上のとおりであるから、本願の請求項1に係る発明についての原査定の拒絶の理由は妥当なものであり、本願はこの理由により拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2015-08-06 |
結審通知日 | 2015-08-11 |
審決日 | 2015-08-24 |
出願番号 | 特願2010-503069(P2010-503069) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(A61K)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 田中 耕一郎 |
特許庁審判長 |
内田 淳子 |
特許庁審判官 |
蔵野 雅昭 安藤 倫世 |
発明の名称 | 末梢血管疾患の前処置としての、及びその処置における双極性トランスカロテノイドの使用 |
代理人 | 山田 行一 |
代理人 | 酒巻 順一郎 |
代理人 | 池田 成人 |
代理人 | 池田 正人 |
代理人 | 野田 雅一 |
代理人 | 山口 和弘 |
代理人 | 城戸 博兒 |