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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01L
管理番号 1311176
審判番号 不服2015-1222  
総通号数 196 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-04-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-01-21 
確定日 2016-02-12 
事件の表示 特願2011-103723「光電変換素子および太陽電池」拒絶査定不服審判事件〔平成24年11月29日出願公開、特開2012-235024〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成23年5月6日の出願であって、平成26年7月9日付けで拒絶理由が通知され、同年9月16日付けで意見書が提出されるとともに、同日付けで手続補正書が提出されたが、同年10月16日付けで拒絶査定がなされた。本件は、これに対して、平成27年1月21日に拒絶査定に対する審判請求がなされ、同時に手続補正がなされたものである。
その後、前置審査において、平成27年3月5日付けで拒絶理由(最後)が通知され、同年5月18日付けで意見書が提出されるとともに、同日付けで手続補正書が提出されたが、平成27年6月4日付けで前置報告がなされ、この後、平成27年8月21日付けで上申書が提出された。


第2 本願発明について
1 本願発明
本願の特許請求の範囲は、平成27年5月18日付けの手続補正(以下、単に「本件補正」という。)により、本件補正前の請求項1が削除され、同請求項2?4が新たな請求項1?3とされ、新たな請求項1について、誤記の訂正を目的として、「前記光吸収層の伝導帯下端と前記バッファー層の伝導帯下端の差」を「前記バッファー層の伝導帯下端と前記光吸収層の伝導帯下端の差」と補正されたものであって、本件補正のうちの特許請求の範囲についての補正は、請求項の削除及び誤記の訂正を目的とするものである。
そして、本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである

「Cuと、Al、In及びGaからなる群より選ばれる少なくとも一つのIIIb族元素と、S或いはSeとを含みカルコパイライト型構造を有する光吸収層と、Znと、O或いはSから成るバッファー層を具備し、前記光吸収層と前記バッファー層の界面から10nmにおける前記バッファー層のS/(S+O)比が0.7以上1.0以下であり、
前記バッファー層の伝導帯下端と前記光吸収層の伝導帯下端の差が、0以上0.4以下であり、
前記バッファー層はZn、OおよびSから成り、前記バッファー層の前記光吸収層とは反対側の面にZnとOから成る層を有し、
前記光吸収層のGa/IIIb族元素のモル比が、0.5以上1.0以下であることを特徴とする光変換素子。」

2 引用刊行物
(1)前置審査で通知した拒絶の理由に引用され、本願の出願前に頒布された刊行物である、
峯元 高志,外2名,18p-TK-16,ZnO_(1-x)S_(x)/Cu(In,Ga)Se_(2)太陽電池におけるバンドオフセットの影響,2010年春季第57回応用物理学関係連合講演会講演予稿集,2010年 3月 3日(以下「引用文献1」という。)
には、以下の事項が記載されている。

「【はじめに】 従来、高効率Cu(In,Ga)Se_(2)(CIGS)太陽電池のバッファ層・窓層には化学析出法によるCdS、Zn(O,OH,S)、InS等が用いられてきた。特にCdSを用いた場合、CdSとCIGSとの伝導帯不連続量(ΔE_(C))が最適であることからも、最も高い変換効率が得られている。一方で、環境負荷低減や生産性向上の観点からCdフリーかつドライ成膜のバッファ層・窓層の開発が望まれている。我々はこれまで上記を満たす材料としてはZnMgOを検討してきたが、今回は新たに、スパッタ法成膜によるZnO_(1-x)S_(x)を提案した。本講演では、ZnO_(1-x)S_(x)中のS含有量(x)がZnO_(1-x)S_(x)/CIGS太陽電池の性能に与える影響について、実験結果とバンドオフセットのモデル図を用いて議論する。
【実験内容】 xの異なるZnO_(1-x)S_(x)を用いてAl/NiCr/ITO/ZnO_(1-x)S_(x)/CIGS/Mo/青板ガラスという構造を持つCIGS太陽電池を作製した。CIGSのバンドギャップは約1.1eVである。ZnO_(1-x)S_(x)はZnOとZnSの二元同時スパッタリング法によって成膜し、各ターゲットへの印加電力によりxを0.00?0.62まで変化させた。比較のために、ZnO_(1-x)S_(x)の代わりにZnO/CdSを用いたCIGS太陽電池も同様に作製した。また、我々が開発した1次元デバイスシミュレータ(NSSP:Numerical Solar cell Simulation Program)を用いて、ΔE_(C)の異なるCIGS太陽電池のバンド図を描いた。
【結果と考察】 図1にZnO_(1-x)S_(x)のxがCIGS太陽電池の変換効率と開放電圧(V_(OC))に与える影響を示す。x=0ではV_(OC)が低く変換効率も低いが、xを増加させたx=0.1?0.4程度の範囲ではV_(OC)が増加し、これに伴い変換効率も増加した。CdS/CIGS太陽電池には及ばないが、比較的高い変換効率が得られた。xをさらに増加させX>0.5になると、V_(OC)の顕著な低下はないが、短絡電流が大幅に減少したために、変換効率も大幅に減少した。x=0のときはΔE_(C)が負(つまり窓層の伝導帯がCIGSのそれよりも低い状態)であり、これまでの結果と同様にV_(OC)が低くなった。xを増加させていくとZnO_(1-x)S_(x)の伝導帯が上昇し、最適なΔE_(C)の範囲(0?+0.4eV)に入ったためV_(OC)が増加したと考えられる。これは図2に示すように、CIGS表面(本計算ではOrdered Vacancy Compound(OVC)を考慮している)と窓層の界面における価電子帯と、CIGSバルクの価電子帯のエネルギー差が、ΔE_(C)が正の場合の方が負の場合よりも大きいために正孔の注入を抑えることができ、界面再結合を低減できるためである。さらにxを増やしていくとΔE_(C)が正に大きくなりすぎ、短絡電流が減少したと考えられる。このようにZnO_(1-x)S_(x)によってΔE_(C)が制御可能であることがわかった。また、ZnO_(1-x)S_(x)のSがCIGS表面に拡散することによるCIGS表面改質の効果も期待できる。当日は、バンドモデルの詳細とS拡散の効果にも触れる。


謝辞:ZnO_(1-x)S_(x)の組成比分析に関して(株)コベルコ科研の御協力を得ました。」

上記記載事項中の「CdSとCIGSとの伝導帯不連続量(ΔE_(C))」、「ΔE_(C)が負(つまり窓層の伝導帯がCIGSのそれよりも低い状態)であり」という記載及び当業者の技術常識から、「ΔE_(C)」がZnO_(1-x)S_(x)の伝導帯とCIGSの伝導帯の差であることは明らかである。
また、上記記載事項中の「xを増加させたx=0.1?0.4程度の範囲ではV_(OC)が増加し、これに伴い変換効率も増加した。CdS/CIGS太陽電池には及ばないが、比較的高い変換効率が得られた。xをさらに増加させX>0.5になると、V_(OC)の顕著な低下はないが、短絡電流が大幅に減少したために、変換効率も大幅に減少した。x=0のときはΔE_(C)が負(つまり窓層の伝導帯がCIGSのそれよりも低い状態)であり、これまでの結果と同様にV_(OC)が低くなった。xを増加させていくとZnO_(1-x)S_(x)の伝導帯が上昇し、最適なΔE_(C)の範囲(0?+0.4eV)に入ったためV_(OC)が増加したと考えられる。これは図2に示すように、CIGS表面(本計算ではOrdered Vacancy Compound(OVC)を考慮している)と窓層の界面における価電子帯と、CIGSバルクの価電子帯のエネルギー差が、ΔE_(C)が正の場合の方が負の場合よりも大きいために正孔の注入を抑えることができ、界面再結合を低減できるためである。さらにxを増やしていくとΔE_(C)が正に大きくなりすぎ、短絡電流が減少したと考えられる。」という記載及び図1、2の記載から、x=0.1?0.4程度の範囲では、ZnO_(1-x)S_(x)の伝導帯が上昇し、ZnO_(1-x)S_(x)の伝導帯とCIGSの伝導帯の差であるΔE_(C)が最適な範囲(0?+0.4V)に入るという技術事項が開示されていると認められる。

すると、上記引用文献1の記載事項から、引用文献1には、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。

「Cu(In,Ga)Se_(2)(CIGS)太陽電池であって、
Al/NiCr/ITO/ZnO_(1-x)S_(x)/CIGS/Mo/青板ガラスという構造を持ち、
CIGSのバンドギャップは約1.1eVであり、
x=0.1?0.4程度の範囲では、ZnO_(1-x)S_(x)の伝導帯が上昇し、ZnO_(1-x)S_(x)の伝導帯とCIGSの伝導帯の差であるΔE_(C)が最適な範囲(0?+0.4V)に入る、CIGS太陽電池。」

また、上記引用文献1の記載事項に加えて、特開2004-214300号公報(以下、「引用文献3」という。)の
「【0007】
CIGS太陽電池の場合、実際に光吸収層材料CuIn_(1-x)Ga_(x)Se_(2)のE_(g)はxの増加に伴って増大しx?0.7のときにE_(g)の最適値1.4eV?1.5eVになるが(図8参照)、・・・
【0008】
・・・ΔE_(c)=0が理想的な条件であるが、ΔE_(c)>0のとき窓層側にできるバンドの曲がり(V_(b2))は窓層材料のキャリア濃度を光吸収層材料のそれより若干大きくすれば大きな障壁とはならないので、ΔE_(c)>0は許される条件である。・・・
【0009】
CIGS太陽電池において光吸収層材料のGa組成比を増していくと価電子帯のエネルギーはほとんど変わらずにE_(g)が大きくなることが知られている[例えば、非特許文献4参照]。すなわち、Ga組成比の増大に応じて伝導帯のエネルギーが上昇して電子親和力は小さくなる。その結果、Ga組成比とE_(g)およびΔE_(c)との関係を示す図8から分かるように、Ga組成比を増していくとCIGSの電子親和力はあるところで、ZnOのそれと逆転し、前述したように、ZnO/CIGS太陽電池の順方向電圧が制約されるようになる。この原理によって、図6に示されるように、実際のCIGS太陽電池の開放電圧が例えば非特許文献2において期待されるようには増大しないことが推定された。
【0010】
そこで、CIGS光吸収層材料のGa組成比に合わせてΔE_(c)≧0となるように窓層材料を調整しなければならないことになる。・・・」
「【図8】


に示されるように、CIGS太陽電池において、光吸収材料のGa組成比を増していくと、CIGSの伝導帯のエネルギーが上昇するから、該Ga組成比に合わせて、ΔEcが条件を満たす値となるように窓層材料を調整しなければならないことが、当業者にはよく知られていることを考慮すれば、当業者であれば、上記引用文献1の記載事項から、下記の技術事項(以下「引用文献1の技術事項」という。)を読み取ることができると認められる。

「CIGSの伝導帯に対して、ZnO_(1-x)S_(x)のxを変えることによりZnO_(1-x)S_(x)の伝導帯を変化させてΔE_(C)を制御し、最適なΔE_(C)の範囲(0?+0.4eV)とすることができる。」

(2)前置審査で通知した拒絶の理由に引用され、本願の出願前に頒布された刊行物である特開2004-342678号公報(以下「引用文献2」という。)には、以下の事項が記載されている。

ア 「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、表面にCu-Se系化合物が存在しないCu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)膜の製造方法及びその膜を含む太陽電池に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
Cu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)(0<x≦1)(以下、CIGSと略す。)は薄膜太陽電池の中で最も変換効率が高く、また、Gaを添加することで禁制帯幅を変化させることができるため、次世代薄膜太陽電池材料として有力視されている。これまで、この太陽電池材料においては、Ga組成比が約30%、禁制帯幅1.1?1.2eVにおいて高い変換効率が得られている。しかしながら、太陽光との整合性を考えた場合、禁制帯幅の最適値(1.4eV)とは約0.2eV程度の開きがある。
【0003】
そこで、太陽光スペクトルとのマッチングを取るため、現在Ga組成比60%程度を有するCIGSが注目されている。
【0004】
この多結晶Cu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)(CIGS)薄膜の成長は、三段階法を用いて行われている。三段階法では真空中で、はじめにIn-Ga-Seプリカーサを基板温度約350℃で形成し、次に約550℃でCu-Seを照射してCu過剰なCIGS薄膜を形成する。最後に再びIn-Ga-Seを供給し、最終的にIII族が少し過剰な多結晶CIGS薄膜を作製する。
【0005】
しかし、ワイドギャップCIGS膜を用いた太陽電池では、現在のところ高い変換効率を有する太陽電池の作製には成功していない。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
そこで、本発明は上記従来技術の現状に鑑み、高い変換効率を有する太陽電池とそれを可能にするCIGSの製造方法を提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明では、上記目的を達成するべく検討した結果、多結晶Cu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)(CIGS)薄膜は三段階法では作製上表面にCu-Se系化合物が残留することは避けられず、このCu-Se系化合物が表面に存在すると太陽電池の変換効率が低下すること、しかし、このCu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)作製後、水素雰囲気中でアニールすることでCu-Se系化合物を表面に存在しない高い変換効率を有する太陽電池の作製に成功して、本発明を完成したものである。こうして、本発明は下記を提供する。
【0008】
(1)基板上にIn-Ga-Se膜を堆積し、次いで加熱下でIn-Ga-Se膜にCu-Seを供給してIn-Ga-SeをCu-Se過剰のCu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)膜に変換し、さらに当該Cu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)膜にIn-Ga-Seを供給して過剰のCu-SeをCu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)に変換して基板上にCu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)(0<x≦1)膜を形成した後、Cu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)膜の表面に残存するCu-Se系化合物を除去する工程をさらに有することを特徴とするCu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)膜の形成方法。」

イ 「【0025】
先に述べたように、現在、Cu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)膜においてx=0.3程度の膜についての報告が多い。この場合、禁制帯幅は1.1?1.2eVであり、最適値の1.4eV(x=約0.6)には及ばないが、従来0.4≦x≦1では優れた光電変換効率を実現するCu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)膜を形成することができていなかった。本発明によれば、好ましくは0.4≦x≦1、より好ましくは0.5≦x≦1、特にx=0.6付近においても、高い光電変換効率を示す良好なCu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)膜を成長することが可能にされる。xの上限値は0.7が好ましい。本発明の比較実験ではCu-Se系化合物を除去する前後で変換効率7%台から11%台に向上した。この本発明により成長される良好なCu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)膜の特徴は表面にCu_(2-y)SeなどのCu-Se系化合物が存在しないことである。これはラマン散乱分光法などで調べることができる。」

ウ 「【0029】
【実施例】
多結晶CIGS薄膜の成長は、MBE装置を用いて三段階法により行った。基板にはMoを1.5?2.0μmスパッタで堆積したソーダライム・ガラス(SLG)基板を用いた。はじめに分子線エピタキシー蒸着装置でIn-Ga-Seプリカーサ(In-Ga-Seの組成比はIn:Ga:Se=2(1-x):2x:3(0<x≦1))を基板温度約350℃で膜厚1.8?2.3μmに堆積した。次に基板温度を550℃に上昇させて、同じく分子線エピタキシー蒸着装置でCu-Se(Cu-Seは基板温度をモニターしながら、図2に示すように約1度低下するまで)照射してCu-richなCu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)(CIGS)薄膜を形成した。第2段階が終了した後の膜厚は2.0?2.5μmである。最後に基板温度550℃のままで再びIn-Ga-Seを(照射後図2に示すように基板温度が極小値を取った後再び約1度上昇するまで)供給し、最終的にIII 族が少し過剰な多結晶CIGS薄膜を作製した。最終的な膜厚は2.0?2.5μmであった。
【0030】
上記のようにして形成した多結晶CIGS薄膜を用いて、図1に示した構成Al/ZnO/CdS/CIGS/Mo/SLGを有する太陽電池を作製した。CdSは溶液成長法で、ZnOはMOCVD法で作製し、最後に真空蒸着法でAlを電極として蒸着した。また、この試料には反射防止膜を使用していない。
【0031】
上記の如く、高いGa組成比を有するCIGS薄膜の作製に、三段階法を用いた。しかし、CIGS膜中のGa組成比を高くすると、三段階法の二段階目と三段階目において、製膜時間が長くなるという現象が見られた。図2は、二段階目と三段階目の製膜時間を模式的に示したものである(図2中のCGSはCuGaSe_(2)である)。Gaの組成比が高くなるにつれて、二段階目及び三段階目の製膜時間、基板温度の低下及び上昇が、非常に遅くなっていることが分かる。特にGa組成比30%のものに比べ、100%のもの(CGS)は二段階目以降の製膜時間が最大約3倍程度かかっている。三段階法においては、二段階目は液相であるCu-Seと固相のCIGSの二相共存状態であると推定されており、Cu-Seがフラックスとして結晶薄膜表面に存在し、これを介してCIGSが成長すると考えられている。三段階目は、二段階目終了時に表面に存在する低抵抗Cu_(2-x)Se層を除去するために行う。二段階目以降の製膜時間が非常に長くなることから、三段階法における一段階目のIn-Ga-Seプリカーサと、二段階目の液相であるCu-Se層の反応が、Ga組成比が高くなったことで遅くなったと考えられる。すなわち、Gaを介した反応の方が、Inを介した反応よりも遅いと推定される。
【0032】
Ga組成比を変化させたCIGS膜について、Raman散乱分光法を用いて評価した。結果を図3(a)に示す。注目すべきところは、250?300cm^(-1)付近の波数領域である。この拡大図を図3(b)に示す。最も高い変換効率を得ている[Ga]/[III ]比が約30%のものは、260?280cm^(-1)付近には、特徴的なピークは見られない。しかし、Ga組成比を高くすると、この波数範囲にピークが確認された。このピークは、低抵抗層であるCu_(2-y)Seのピークである。この低抵抗層であるCu_(2-y)Seの存在は、太陽電池特性を劣化させる主な要因の一つであると考えられる。またGa組成比を高くすると、Cu_(2-y)Seのピーク強度が増加する。成長時間の観測より、二段階目でCu-SeとGaとの化学反応が遅いことを示した。このRaman測定結果は、この結果を示唆するものである。すなわち、Ga組成比が高いCIGS膜は、GaとCu-Seの反応が遅いため、表面にCu-Se系の化合物が残留し易いと考えられる。またこのことは、断面SEMのCuの面分析によって確認した。これが禁制帯幅を増加させても開放電圧が上昇しない一因であると考えられ、CIGS製膜時にCu_(2-y)Seを形成させないことが、高いGa組成比を有するCIGS薄膜太陽電池の高効率化につながると考えられる。
【0033】
次に、CIGS薄膜製膜終了後に赤外ランプによるRTA(Rapid Thermal annealing)を行うことで、表面に残留しているCu_(2-x)Seを除去することを試みた。上記の如く、3段階堆積法で形成した、Cu-Se系化合物が残留したCu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)薄膜を真空容器内に封入した。残留ガスを除去するため、真空容器を真空ポンプにより排気した。真空容器内を、アニール時のガス(フォーミングガス)で充填した。この時のアニール時のガスは、水素を5%含む窒素ガスである。ガス充填後、赤外ランプを用いて当該試料を加熱した。この時の温度範囲は、基板裏面温度で400℃であった。昇温時の温度上昇率は、150?450℃/分であった。アニール温度保持時間は、1秒から5分であった。アニール後は、自然冷却により室温まで冷却した。
【0034】
作製した試料はSEM、EDX、Raman散乱分光法、及びI-V測定を用いて評価した。
【0035】
図4は、基板裏面温度400℃において RTA処理を行った前後のRaman散乱分光法による測定結果である。グラフより260?280cm^(-1)付近に存在するCu_(2-y)Se層のピークが減少していることがわかる。SEMでの表面観察の結果、膜自身には損傷はなく、RMS(root mean square)値にも変化はなかった。また、RTA処理前後の膜のEDX測定を行った結果、RTA処理前後でCuの濃度はあまり変化せず、Se濃度が10%程度減少していることが確認された。このことから、表面に存在しているSeが昇華したものと考えられる。
【0036】
図5に、Ga組成比約60%における、上から順に開放端電圧、短絡光電流、曲線因子(F.F.)及び変換効率のRTA処理温度依存性を示す。RTA処理温度の上昇に伴い、開放電圧及び曲線因子が向上している。これは表面の低抵抗層であるCu_(2-y)Se化合物が除去された結果であると考えられる。
【0037】
このRTA処理をCIGS製膜後に施し、上記と同様に、太陽電池を作製した。太陽電池の構造はAl/ZnO/CdS/CIGS/Mo/SLGである。RTA処理を最適化することにより、Ga含有量60%(Eg=1.4eV)のものにおいて、開放電圧750mV、変換効率11.2%が達成された(図6)。
【0038】
以上のことから下記のことが判明した。
【0039】
CIGS薄膜中のGa組成比を増加させると、三段階法の二段階目と三段階目に要する製膜時間が長くなるという現象が見られた。これはGaとCuの化学反応が、InとCuの化学反応よりも遅いためであると考えられる。また、Ga組成比を高くすることによって、表面に低抵抗層であるCu_(2-y)Se化合物が残留し、この低抵抗層が開放電圧の上昇を妨げていることが明らかとなった。
【0040】
この低抵抗層を除去するために、Ga組成比の高いCIGS薄膜製膜後にRTA処理を施した。その結果、Cu_(2-y)Se層の除去に成功し、開放電圧の向上が図られた。さらにRTA処理を最適化したところ、RTA処理温度400℃で、11.2%の変換効率が得られた。
【0041】
【発明の効果】
本発明によれば、CIGS薄膜のGa組成比を高くして禁制帯幅を理想的な1.4eVに近づけて、光電変換効率を向上させた太陽電池が提供される。」

すると、上記引用文献2の記載事項から、下記の技術事項(以下「引用文献2の技術事項」という。)が記載されていると認められる。

「Cu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)膜においてx=0.3程度の膜について、禁制帯幅は1.1?1.2eVであり、最適値の1.4eV(x=約0.6)には及ばないところ、0.5≦x≦1、特にx=0.6付近においても、高い光電変換効率を示す良好なCu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)膜を成長することを可能とするべく、
高いGa組成比を有するCIGS薄膜の作製に、三段階法を用い、
次に、CIGS薄膜製膜終了後に赤外ランプによるRTA(Rapid Thermal annealing)を行うことで、表面に残留しているCu_(2-x)Seを除去することにより、
Al/ZnO/CdS/CIGS/Mo/SLGの構造を有し、Ga含有量60%(Eg=1.4eV)である太陽電池において、11.2%の高い変換効率が得られた。」

3 対比
(1)本願発明と引用発明との対比
ア 引用発明の「Cu(In,Ga)Se_(2)(CIGS)」である「/CIGS/」は、カルコパイライト構造を有し、光を吸収することは技術常識であるから、本願発明の「Cuと、Al、In及びGaからなる群より選ばれる少なくとも一つのIIIb族元素と、S或いはSeとを含みカルコパイライト型構造を有する光吸収層」に相当する。

イ 引用発明の「/ZnO_(1-x)S_(x)/」は、「/CIGS/」に接触する層であるから、本願発明の「Znと、O或いはSから成るバッファー層」に相当する。

ウ 引用発明の「x=0.1?0.4程度の範囲では、ZnO_(1-x)S_(x)の伝導帯が上昇し、ZnO_(1-x)S_(x)の伝導帯とCIGSの伝導帯の差であるΔE_(C)が最適な範囲(0?+0.4eV)に入る」ことと、本願発明の「前記光吸収層と前記バッファー層の界面から10nmにおける前記バッファー層のS/(S+O)比が0.7以上1.0以下であり、前記バッファー層の伝導帯下端と前記光吸収層の伝導帯下端の差が、0以上0.4以下であり、前記バッファー層はZn、OおよびSから成」ることは、「前記バッファー層の伝導帯下端と前記光吸収層の伝導帯下端の差が、0以上0.4以下であり、前記バッファー層はZn、OおよびSから成」ることで、一致する。

エ 引用発明の「Al/NiCr/ITO/ZnO_(1-x)S_(x)/CIGS/Mo/青板ガラスという構造」は、本願発明の「光変換素子」に相当する。

(2)一致点
以上のことから、両者は、
「Cuと、Al、In及びGaからなる群より選ばれる少なくとも一つのIIIb族元素と、S或いはSeとを含みカルコパイライト型構造を有する光吸収層と、Znと、O或いはSから成るバッファー層を具備し、
前記バッファー層の伝導帯下端と前記光吸収層の伝導帯下端の差が、0以上0.4以下であり、
前記バッファー層はZn、OおよびSから成る、光変換素子。」で一致し、次の各点で相違する。

(3)相違点
ア 本願発明では、「前記光吸収層と前記バッファー層の界面から10nmにおける前記バッファー層のS/(S+O)比が0.7以上1.0以下であ」るのに対して、引用発明では、「x=0.1?0.4程度の範囲」である、すなわち、S/(S+O)比が0.1以上0.4以下であり、また、「x」が「/CIGS/」と「/ZnO_(1-x)S_(x)/」の界面、すなわち、光吸収層とバッファ層の界面からどの程度離れた箇所で測定されたかが不明である点で相違する。

イ 引用発明の「CIGSのバンドギャップは約1.1eVであ」ることについて、引用文献3(特に、段落【0007】?【0010】、図8:上記「2」「(1)」参照)に示されるように、「CIGSのバンドギャップが約1.1eV程度であ」ると、Ga/(In,Ga)のモル比が0.3程度であることは当業者には普通に知られたことである。
すると、本願発明では、「前記光吸収層のGa/IIIb族元素のモル比が、0.5以上1.0以下である」のに対して、引用発明では、「CIGSのバンドギャップが約1.1eV程度であ」る、すなわち、Ga/(In,Ga)のモル比(本願発明の「Ga/IIIb族元素のモル比」に相当)が0.3程度である点で相違する。

ウ 本願発明は、「前記バッファー層の前記光吸収層とは反対側の面にZnとOから成る層を有」するのに対して、引用発明は、そのような層を有さない点で相違する。

4 判断
(1)相違点アのうちの、S/(S+O)比の測定箇所について
太陽電池において、ZnO_(1-x)S_(x)/CIGS界面のようなヘテロ接合界面では、その両側の層の組成比や結晶構造が乱れることから、組成比を測定する際に、界面から離れた箇所で測定する方が正確に測定できることは技術常識であり、どの程度離して測定するかは当業者が適宜設定できるものであるから、引用発明において、「x」の値、すなわち、ZnO_(1-x)S_(x)のOとSの組成比を測定する際に、ZnO_(1-x)S_(x)/CIGS界面から離れた箇所で測定することは当業者が当然に行うことであって、その距離を10nmとすることは適宜設計し得ることにすぎない。

(2)相違点アのうちのS/(S+O)比自体、及び、相違点イについて
一般に太陽電池において、光吸収層のバンドギャップが1.4eV?1.5eV程度が理想的であること、また、Cu(In_(1-x)Ga_(x))Se_(2)(CIGS)光吸収層において、バンドギャップが1.4eV?1.5eV程度とするには、xを0.5?0.8程度とすればよいことは、引用文献2(段落【0025】:上記「2」「(2)」「イ」参照)の他にも、特開2000-323733号公報(段落【0003】)、特開2010-192689号公報(段落【0005】?【0006】)にも示されるように、当業者には周知の技術事項である。
すると、引用発明において、「CIGS」のバンドギャップを最適値の1.4eVとするべく、引用発明の「CIGS」に、引用文献2の技術事項を適用して、Ga/(In,Ga)のモル比を0.6とすることは、当業者には容易なことである。
さて、引用発明においては、バンドギャップが約1.1eVであるCIGSに対して、「x」が0.1?0.4のときに、ΔE_(C)が最適値0?+0.4eVとなったものであるところ、上述のように、「CIGS」のバンドギャップを最適値の1.4eVとするべく、Ga/(In,Ga)のモル比を0.6としたものにおいては、引用文献3の段落【0009】の「Ga組成比の増大に応じて伝導帯のエネルギーが上昇して」という記載,及び、図8の記載を参照すると、「CIGS」の伝導帯のエネルギーが上昇し、ΔE_(C)の値が変わる(小さくなる)ことは自明なことである。
ここで、引用文献1の技術事項によると、「x」を変えることよりΔE_(C)を制御し、ΔE_(C)を最適値0?+0.4eVとすることができるのであるから、「CIGS」のGa組成比の増加に合わせて、ZnO_(1-x)S_(x)の「x」の値を最適化する必要があることは、当業者であれば、当然に想到し得ることである。そして、この最適化を行えば、「x」が0.7?1.0程度になると認められる。

(3)相違点ウについて
CIGSからなる光吸収層、バッファ層、ZnOからなる層を、この順に積層した構造は、国際公開第2009/151396号(「a CIGS-layer 7」、「the buffer layer 9, e.g. formed CdS or ZnO_(Z)S_(1-Z)」、「the high resistivity thin layer 11, e.g. formed ZnO」:第6頁第14?24行、図1a)、特表2006-525671号公報(「CIGS層3」、「Zn(O,S)を含む第1のバッファ層7」、「ZnOを含む第2のバッファ層8」:段落【0022】?【0051】、図2)、特開2005-228975号公報(「p型光吸収層8」(「p-CIGS層」)、「n型バッファ層10」([ZnO_(1-x-y)S_(x)Se_(y)])、「半絶縁層12」(「ZnO層」):段落【0024】?【0048】、図1)に示されるように周知であるから、引用発明において、「ITO」と「ZnO_(1-x)S_(x)」の間に、ZnOからなる層を配置することは、当業者が容易に想到し得ることである。

(4)効果について
本願発明が奏し得る効果は、引用発明、引用文献1の技術事項、引用文献2の技術事項及び周知技術から当業者が予測し得る範囲のものであって格別なものではない。
なお、請求人は、審判請求書の「2.」「(2)」「・特許法第36条第4項第1号について」で、「本願明細書段落0010欄に「ここで、バッファー層は、光吸収層とバッファー層の界面から10nmにおけるS/(S+O)で表されるモル比が0.7以上、1.0以下であることが好ましい。このモル比が0.7より小さいと2相分離することがある。」という記載がございます。かかる記載に、「前記光吸収層と前記バッファー層の界面から10nm」という特定の箇所において前記バッファー層のS/(S+O)比を満足させる技術的意義が記載されております。」と、「10nm」という数値が格別な技術的意義を有する旨、主張する。
しかし、本願の明細書段落【0010】の上記記載を含む本願明細書の全記載を参照しても、「10nm」という特定の箇所でモル比を測定することが特別な技術的意義を有する、すなわち、10nmではなく、例えば、8nm、15nm、20nmといった箇所で測定することに比べて、特別な技術的意義を有することが記載されているとは認められず、上記「(1)」で挙げた技術常識を踏まえると、「10nm」という数値は、「バッファ層」のOとSの組成比が正確に測定できる箇所の一例を挙げるものにすぎないと認められる。
すると、本願発明の「10nm」という数値は、格別な効果を奏するものではないことは明らかである。

(5)結論
したがって、本願発明は、引用発明、引用文献1の技術事項、引用文献2の技術事項及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


第3 むすび
以上のとおり、本願発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-12-03 
結審通知日 2015-12-08 
審決日 2015-12-21 
出願番号 特願2011-103723(P2011-103723)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 濱田 聖司和田 将彦  
特許庁審判長 森林 克郎
特許庁審判官 伊藤 昌哉
土屋 知久
発明の名称 光電変換素子および太陽電池  
代理人 池上 徹真  
代理人 須藤 章  
代理人 松山 允之  
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