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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H01J |
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管理番号 | 1311388 |
審判番号 | 不服2014-19550 |
総通号数 | 196 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2016-04-28 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2014-09-30 |
確定日 | 2016-02-18 |
事件の表示 | 特願2013- 25053「荷電粒子線装置、及びその制御方法」拒絶査定不服審判事件〔平成25年 5月 9日出願公開、特開2013- 84629〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、2009年6月10日(優先権主張2008年6月20日、日本国)を国際出願日とする特願2010-517699号の一部を平成25年2月13日に新たな特許出願としたものであって、平成25年10月7日付けで拒絶理由が通知され、同年12月9日付けで意見書が提出されるとともに、同日付けで手続補正書が提出されたが、平成26年6月23日付けで拒絶査定がなされた。本件は、これに対して、同年9月30日に拒絶査定に対する審判請求がなされ、同時に手続補正がなされたものである。 その後、当審において、平成27年9月30日付けで拒絶理由が通知され、同年11月18日に面接を行い、同年12月7日付けで意見書が提出されるとともに、同日付けで手続補正書が提出された。 第2 本願発明について 1 本願発明 本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、平成27年12月7日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。 「先端を先鋭化させた<310>方位の単結晶タングステン線を有する電界放射電子源と、前記電界放射電子源に電界を印加する電極とを備える荷電粒子線装置であって、 前記電界放射電子源のまわりの圧力を1×10^(-8)Pa以下に維持する真空排気部と、前記電界放射電子源を加熱するフラッシング電源と、前記フラッシング電源を制御する制御器と、前記電界放射電子源から放射させた電子線の電流の検出部とを有し、前記電界放射電子源の電子線のうち、前記電界放射電子源の表面中央の<310>面から放射させた電子線を用い、 前記制御器に制御された前記フラッシング電源により前記電界放射電子源を繰り返し加熱し、前記検出部の出力を用いて前記電界放射電子源から放射される前記電子線の電流を所定の値以上に維持し、 前記制御器が前記電界放射電子源のフラッシングを任意のタイミングで行うか否かを選択する操作器を更に備え、前記任意のタイミングで実行される前記フラッシングの強度を選択できる、 ことを特徴とする荷電粒子線装置。」 2 引用刊行物 当審で通知した拒絶の理由に引用され、本願の優先日前に頒布された刊行物である、特開2007-73521号公報(以下「引用文献1」という。)には、以下の事項が記載されている。(下線は当審が付した。) (1)「【0055】 ここで図1を参照すると、半導体産業においてウェーハ検査又はプロセス診断(CR及びDR)に使用される走査電子顕微鏡(SEM)に基づく電子ビーム照射デバイスの実施例が示されている。図1は、冷陰極電界エミッタを含むデバイス、いわゆる電子銃のみを示している。しかしながらSEMは、いわゆるSEMのコラムを構成する静電及び静磁のレンズ、偏向器、ビームシェーパ等のようなより多くの構成要素を含むことは当業者には明らかであろう。 【0056】 半導体産業用途では、高輝度及び高分解能の粒子ビーム検査、評価、及びCDツールが必要とされる。詳細には、上述の清浄化法によって大きな恩恵を得る高分解能SEMが用いられている。SEMは、リソグラフィマスク及びウェーハの外観検査を可能とし、これにより製造品質を迅速且つ容易に評価することが可能となる。ウェーハ又はマスクが処理チャンバからSEMに移され、検査完了後は別のチャンバに入れられる。検査及び製造処理の中断を制限するために、ウェーハ又はマスクをSEMとの間で移動させるのに必要とされる交換時間期間は、特に清浄化処理を実行するのに使用される。従って、SEMのアクティブ期間又は動作期間、すなわち検査に利用可能な時間には影響しない。更に、1つの場所から別の場所へのステージ移動、又はシステム較正等のSEMツールの他の非アクティブ期間又は非動作期間も同様に、清浄化処理を開始できる時間フレームを提供する。コンピュータ制御システムを利用すると、エミッタ表面の清浄化とシステム動作とを同期させるために、取るべき全ての動作を管理することができる。 【0057】 SEMの電子照射銃は、U字形に曲げられたタングステンワイヤ1を含む。タングステンワイヤ1の曲げ部分には、極めて細い尖端又は先端(エミッタ表面)5に形成されたタングステン結晶4が溶接される。通常、[100]又は[310]配向を有する非被覆多結晶タングステン又は非被覆単結晶タングステンが使用される。タングステン結晶は冷陰極電界エミッタ2を形成する。図1では尖鋭な先端5がSEMの光学軸9に沿って下側に向いている。カップ状の抑制電極8が、冷陰極電界エミッタ、及び特にタングステン結晶4を囲んでいる。その中心には、抑制電極8が開口7を含み、タングステン結晶4がここを通って部分的に延び、先端5が抑制電極8を下側に突出させるようになる。引き出しアノード6は、抑制電極8及びエミッタ先端5に離間した関係で光学軸9に沿って配置されている。引き出しアノード6は、SEMの光学軸9に整合する中央開口を含む。通常動作中は、引き出し電圧が引き出しアノード6と冷陰極電界エミッタ2との間に印加され、引き出しアノード6が冷陰極電界エミッタ2に対して正のポテンシャルを有するようにする。尖鋭先端5によって、電界は先端5で大きく湾曲され、該先端近傍において高い引き出し電界強度を生じさせる。他方、抑制電極8は冷陰極電界エミッタ2に対して負のポテンシャルを有し、先端を除く冷陰極電界エミッタ及びタングステンワイヤの一部を引き出し電界から遮蔽する。印加された抑制電圧によって発生する抑制電界は、実質的に引き出し電界を弱め、先端のみが引き出し電界に暴露されるようになる。清浄化中に抑制電界は、冷陰極電界エミッタからの望ましくない熱放射を抑制する。 【0058】 冷陰極電界エミッタ2は、SEMの他の部分と共に高真空チャンバ10内に配置される。真空は、6.65×10^(-9)Pa(5×10^(-11)Torr)よりも良好な範囲内でなければならない。真空が良好である程(すなわち圧力が低い程)、エミッタ表面はの汚染がより緩慢になる。上述のように、真空チャンバ10は、適切な差圧アパーチャによって互いに分離した複数の真空サブチャンバによって形成することができる。 【0059】 タングステンワイヤ1は、加熱電流コントローラ16によって制御される加熱電流源12に接続されている。加熱電流コントローラ16は、加熱パルスの長さ、振幅、及び幅を定める。加熱電流コントローラ16と接続された総合システム制御コンピュータ18は、清浄化処理を起動し、これを検査サイクルと同期させる。総合システム制御コンピュータ18はまた、抑制及び引き出し電圧、並びに加熱電流源と接続されたHV発生源14を制御する。 【0060】 図2を参照すると、1つの実施形態によるシーケンス処理が記述されている。 【0061】 動作開始時、特に新しい冷陰極電界エミッタが電子ビーム照射デバイスに組立み込まれたときには、主清浄化処理(20)を実行して、全ての残留汚染物からエミッタ表面を清浄化する。一般に主清浄化処理は、エミッタ表面を約2500Kから2800Kの温度TMCにまで加熱する短く且つ強い加熱パルス(主フラッシング)を利用する。主清浄化中は、熱電子放射が低く維持されるように、冷陰極電界照射と引き出しアノードとの間に印加される引き出し電圧はオフにされる必要がある。 【0062】 主清浄化(20)後、引き出し電界を印加することによって冷陰極電界エミッタが通常動作(22)に入る。冷陰極電界エミッタは、どのような加熱も追加することなく室温で動作され、電子照射は電界誘起だけになる。通常動作中は電子ビームが発生し、調査される試料に配向される。 【0063】 次に、SEMの通常動作(22)又はアクティブ期間は、清浄化処理(24)を行うために短期間中断される。通常モードの中断は、電子ビームが試料上に合焦されないことを意味する。従って、通常モードの動作状態を維持することが可能であり、例えば、ビームブランカを用いて電子ビームを偏向させることが可能である。このことから、照射電流の変動が許容できなくなり、従って電子ビーム照射デバイスが停止される時に清浄化段階を行う従来技術とは異なり、一般的には、清浄化処理は冷陰極電界エミッタが作動している時に開始される。 【0064】 加熱パルスは、清浄化処理(24)中に冷陰極電界エミッタに印加され、エミッタ表面を約2200Kから2500Kの最高温度にまで加熱する。最高温度は、高表面張力によりエミッタ先端の鈍化又は肥厚化が観測される温度を下回るべきである。一例として、単一の清浄化処理は、1秒から3秒の間隔で約1秒から2秒のパルス幅を有する2つから4つの加熱パルスを含む。単一の清浄化処理の持続時間は、通常モードの中断を可能な限り小さく保つためにできるだけ短くする必要がある。例えば、清浄化処理は1分より短く、特に10秒よりも短くなくてはならない。 【0065】 清浄化中のエミッタ表面の損傷を回避するために、約300Vから1000V、好ましくは約700Vから1000Vの高い抑制電圧が印加され、これにより冷陰極電界エミッタの加熱部分からの望ましくない照射が阻止される。 【0066】 清浄化処理(24)は、エミッタ表面を清浄に保つために必要とされるたびに繰返される(26)。清浄化処理は、一定の間隔で、又は照射電流が事前に選択された最小値I_(C)まで低下した時に要求に基づいて開始することができ、最小値ICはαI0として定義され、αは約0.9又はこれよりも大きく、例えば0.95、0.96、0.97、0.98、或いは特に0.99である。αが高い程I_(C)は高くなり、清浄化処理がより頻繁に行われる。値_(α)は、I_(C)が特定の冷陰極電界エミッタの安定平均照射電流I_(S)よりも実質的に高くなるように選択する必要がある。上記で参照したW.K.Lo他の論文で示されているように、標準平均安定照射電流は、初期の高い照射電流の約60%に過ぎない。その結果、α=0.9を選択すると、エミッタ表面は初期の高照射I_(0)の約90%の最小照射を有するように清浄に保たれる。値0.95とは95%の最小照射を与え、α=0.99では99%を与える。従って、冷陰極電界エミッタは、上述のように汚染の平衡がとれていない初期不安定領域において動作される。汚染は常に最小に保たれるため、エミッタ表面上の有害な作用が実質的に低減され、冷陰極電界エミッタの長期安定性及び長寿命につながる。 【0067】 例えば清浄化処理(24)は、事前に選択された時間間隔の後に開始することができ、或いは調査される試料を移すためのSEMの非アクティブ又は非動作期間と同期させることができる。固定の時間間隔は通常、適用される真空度、使用される冷陰極電界エミッタのタイプ、及び最小照射電流を定める値I_(C)>I_(S)に対して決定される。固定の時間間隔の代わりに、或いはこれと組み合せて、照射電流を監視し、照射電流が事前に選択されたICにまで低下した時、又は不安定化の傾向がある時に次の清浄化処理を開始することができる。 【0068】 更に清浄化処理は、照射電流I_(1)が最小値I_(min)であるI_(C)とI_(0)よりも低いI_(max)との間に維持されるように行われる。すなわち照射電流は、I_(min)=I_(C)とI_(max)との間で変動又は変化する。 【0069】 図5を参照すると、照射電流Iの時間的推移が示されている。時間t_(0)において清浄なエミッタ先端が提供されたと仮定する。エミッタ先端と引き出し電極との間に印加された所与の定電圧Uによって発生する所与の一定引き出し電界下、及び所与の真空下では、t_(0)において高い初期照射電流I_(0)を有する照射電流Iが発生する。一定条件下でこれ以降を動作させた場合、照射電流Iは減少し、t_(1)において低い安定平均電流I_(S)を示す。照射電流の減少は、経時的にエミッタ表面の汚染が増大することによって生じる。頻繁な清浄化を伴わない所与の一定条件下での冷陰極電界エミッタの典型的な照射特性は、図5に点線42で示されている。 【0070】 これとは対照的に、同じ条件ではあるがエミッタ表面の頻繁な清浄化を伴った冷陰極電界エミッタの照射特性は、図5の実線40で示されている。図5に示されているように、第1の清浄化処理24は、照射電流IがI_(min)=I_(C)にまで低下した時に実行される。清浄化処理は小さな矢印24で示されている。I_(min)は望ましい照射電流の下側範囲を定め、I_(S)よりも有意に高い事前に定められた値である。清浄化後、照射電流は値I_(max)にまで上昇する。I_(max)は図5においてはI_(0)よりも低く示されているが、I_(0)と等しくすることもできる。清浄化後に得られる照射電流Iは、温度、持続時間、及び印加される加熱パルスの数によって決定される清浄化処理の強度に依存する。一定条件、すなわち一定の引き出し電界及び所与の真空条件下でのこれ以降の動作では、照射電流は再び低下する。照射電流Iが再びI_(min)まで低下すると、更に清浄化処理24が実行される。清浄化処理は必要とされる度に繰返され、図5に示されているように照射電流がI_(min)まで低下した時に起動される。よって、清浄化処理を制御する制御パラメータは照射電流Iであり、これを監視する必要がある。この手法を採用することにより、照射電流IはI_(min)とI_(max)との間で変動又は変化する。清浄化処理は照射電流の監視を行わずに実行できることは当業者には明らかであろう。この場合、清浄化は、使用される冷陰極電界エミッタのタイプに応じて事前に定めることができる固定間隔で行われる。 【0071】 長期の時間期間の後、図5において大きな矢印で示されたビルドアップ処理28を行い、エミッタ先端の緩慢に進む変形を補償することができる。」 (2)「【図1】 【図2】 【図5】 」 すると、上記引用文献1の記載事項から、引用文献1には、以下の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。 「走査電子顕微鏡(SEM)に基づく電子ビーム照射デバイスであって、 SEMの電子照射銃は、U字形に曲げられたタングステンワイヤ1を含み、タングステンワイヤ1の曲げ部分には、極めて細い尖端又は先端(エミッタ表面)5に形成された、[310]配向を有する非被覆単結晶タングステンであるタングステン結晶4が溶接され、タングステン結晶は冷陰極電界エミッタ2を形成し、 カップ状の抑制電極8が、冷陰極電界エミッタ、及び特にタングステン結晶4を囲んでおり、その中心には、抑制電極8が開口7を含み、タングステン結晶4がここを通って部分的に延び、先端5が抑制電極8を下側に突出しており、 引き出しアノード6が、抑制電極8及びエミッタ先端5に離間した関係で光学軸9に沿って配置されていて、通常動作中は、引き出し電圧が引き出しアノード6と冷陰極電界エミッタ2との間に印加され、引き出しアノード6が冷陰極電界エミッタ2に対して正のポテンシャルを有するようにされ、 尖鋭先端5によって、電界は先端5で大きく湾曲され、該先端近傍において高い引き出し電界強度を生じさせ、他方、抑制電極8は冷陰極電界エミッタ2に対して負のポテンシャルを有し、先端を除く冷陰極電界エミッタ及びタングステンワイヤの一部を引き出し電界から遮蔽し、印加された抑制電圧によって発生する抑制電界は、実質的に引き出し電界を弱め、先端のみが引き出し電界に暴露されるようになり、 引き出し電界を印加することによって、冷陰極電界エミッタは、電子ビームが発生し、調査される試料に配向され、 タングステンワイヤ1は、加熱電流コントローラ16によって制御される加熱電流源12に接続されていて、加熱電流コントローラ16は、加熱パルスの長さ、振幅、及び幅を定め、 冷陰極電界エミッタ2は、SEMの他の部分と共に高真空チャンバ10内に配置され、真空は、6.65×10^(-9)Pa(5×10^(-11)Torr)よりも良好な範囲内であり、 加熱パルスは、清浄化処理(24)中に冷陰極電界エミッタに印加され、エミッタ表面を約2200Kから2500Kの最高温度にまで加熱し、 清浄化処理(24)は、エミッタ表面を清浄に保つために必要とされるたびに繰返され、清浄化処理は、照射電流が事前に選択された最小値I_(C)まで低下した時に要求に基づいて開始し、最小値I_(C)はαI_(0)として定義され、αは約0.9又はこれよりも大きく、例えば0.95、0.96、0.97、0.98、或いは特に0.99である、 電子ビーム照射デバイス。」 3 対比 (1)本願発明と引用発明との対比 ア 引用発明の「[310]配向を有する非被覆単結晶タングステンであるタングステン結晶4」及び「冷陰極電界エミッタ2」が、それぞれ、本願発明の「<310>方位の単結晶タングステン線」及び「電界放射電子源」に相当するから、引用発明の「極めて細い尖端又は先端(エミッタ表面)5に形成された、[310]配向を有する非被覆単結晶タングステンであるタングステン結晶4が溶接され、タングステン結晶は冷陰極電界エミッタ2を形成」することは、本願発明の「先端を先鋭化させた<310>方位の単結晶タングステン線を有する電界放射電子源と」「を備え」ることに相当する。 (b)引用発明の「引き出しアノード6が、抑制電極8及びエミッタ先端5に離間した関係で光学軸9に沿って配置されていて、通常動作中は、引き出し電圧が引き出しアノード6と冷陰極電界エミッタ2との間に印加され、引き出しアノード6が冷陰極電界エミッタ2に対して正のポテンシャルを有するようにされ」ることは、本願発明の「前記電界放射電子源に電界を印加する電極とを備える」ことに相当する。 (c)引用発明の「高真空チャンバ10」が真空排気部を有することは技術常識であるから、引用発明の「冷陰極電界エミッタ2は、SEMの他の部分と共に高真空チャンバ10内に配置され、真空は、6.65×10^(-9)Pa(5×10^(-11)Torr)よりも良好な範囲内である」ことは、本願発明の「前記電界放射電子源のまわりの圧力を1×10^(-8)Pa以下に維持する真空排気部と」「を有」することに相当する。 (d)引用発明では、「尖鋭先端5によって、電界は先端5で大きく湾曲され、該先端近傍において高い引き出し電界強度を生じさせ、他方、抑制電極8は冷陰極電界エミッタ2に対して負のポテンシャルを有し、先端を除く冷陰極電界エミッタ及びタングステンワイヤの一部を引き出し電界から遮蔽し、印加された抑制電圧によって発生する抑制電界は、実質的に引き出し電界を弱め、先端のみが引き出し電界に暴露される」(特に、下線部)のであるから、「冷陰極電界エミッタ」の「尖鋭先端5」のみから「電子ビーム」が発生することは明らかである。 また、本願発明の「電界放射電子源の表面中央」が「電界放射電子源」の先端にあることは明らかである。 すると、引用発明の 「尖鋭先端5によって、電界は先端5で大きく湾曲され、該先端近傍において高い引き出し電界強度を生じさせ、他方、抑制電極8は冷陰極電界エミッタ2に対して負のポテンシャルを有し、先端を除く冷陰極電界エミッタ及びタングステンワイヤの一部を引き出し電界から遮蔽し、印加された抑制電圧によって発生する抑制電界は、実質的に引き出し電界を弱め、先端のみが引き出し電界に暴露されるようになり、 引き出し電界を印加することによって、冷陰極電界エミッタは、電子ビームが発生し、調査される試料に配向され」ることと、本願発明の「前記電界放射電子源の電子線のうち、前記電界放射電子源の表面中央の<310>面から放射させた電子線を用い」は、「前記電界放射電子源の電子線のうち、前記電界放射電子源の先端から放射させた電子線を用い」ることで一致する。 (e)引用発明の「清浄化処理(24)」、「加熱電流源12」、「加熱電流コントローラ16」及び「最小値I_(C)」は、それぞれ、本願発明の「フラッシング」、「フラッシング電源」、「フラッシング電源を制御する制御器」及び「所定の値」に相当する。 また、引用発明では、「清浄化処理は、照射電流が事前に選択された最小値I_(C)まで低下した時に要求に基づいて開始」するのであるから、引用発明が「照射電流」を検出する検出部を有することは自明である。 すると、引用発明の 「タングステンワイヤ1は、加熱電流コントローラ16によって制御される加熱電流源12に接続されていて、加熱電流コントローラ16は、加熱パルスの長さ、振幅、及び幅を定め、 冷陰極電界エミッタ2は、SEMの他の部分と共に高真空チャンバ10内に配置され、真空は、6.65×10^(-9)Pa(5×10^(-11)Torr)よりも良好な範囲内であり、 加熱パルスは、清浄化処理(24)中に冷陰極電界エミッタに印加され、エミッタ表面を約2200Kから2500Kの最高温度にまで加熱し、 清浄化処理(24)は、エミッタ表面を清浄に保つために必要とされるたびに繰返され、清浄化処理は、照射電流が事前に選択された最小値I_(C)まで低下した時に要求に基づいて開始し、最小値I_(C)はαI_(0)として定義され、αは約0.9又はこれよりも大きく、例えば0.95、0.96、0.97、0.98、或いは特に0.99である」ことは、本願発明の 「前記電界放射電子源を加熱するフラッシング電源と、前記フラッシング電源を制御する制御器と、前記電界放射電子源から放射させた電子線の電流の検出部とを有し、」 「前記制御器に制御された前記フラッシング電源により前記電界放射電子源を繰り返し加熱し、前記検出部の出力を用いて前記電界放射電子源から放射される前記電子線の電流を所定の値以上に維持」することに相当する。 (f)引用発明の「電子ビーム照射デバイス」が、本願発明の「荷電粒子線装置」に相当する。 (2)一致点 以上のことから、両者は、 「先端を先鋭化させた<310>方位の単結晶タングステン線を有する電界放射電子源と、前記電界放射電子源に電界を印加する電極とを備える荷電粒子線装置であって、 前記電界放射電子源のまわりの圧力を1×10^(-8)Pa以下に維持する真空排気部と、前記電界放射電子源を加熱するフラッシング電源と、前記フラッシング電源を制御する制御器と、前記電界放射電子源から放射させた電子線の電流の検出部とを有し、前記電界放射電子源の電子線のうち、前記電界放射電子源の先端から放射させた電子線を用い、 前記制御器に制御された前記フラッシング電源により前記電界放射電子源を繰り返し加熱し、前記検出部の出力を用いて前記電界放射電子源から放射される前記電子線の電流を所定の値以上に維持する、 荷電粒子線装置。」で一致し、次の点で相違する。 (3)相違点 ア 本願発明では、「電界放射電子源の表面中央の<310>面から放射させた電子線を用い」るのに対して、引用発明では、「[310]配向を有する非被覆単結晶タングステンであるタングステン結晶4」で形成された「冷陰極電界エミッタ」の「尖鋭先端5」のみから発生する「電子ビーム」を使用するものであるが、「冷陰極電界エミッタ」の「尖鋭先端5」が<310>面であるか否かが明らかでない点。 イ 本願発明では、「前記制御器が前記電界放射電子源のフラッシングを任意のタイミングで行うか否かを選択する操作器を更に備え、前記任意のタイミングで実行される前記フラッシングの強度を選択できる」のに対して、引用発明では、そのような構成を有さない点。 4 判断 (1)相違点アについて 特開2002-216686号公報(当審で通知した拒絶の理由に引用された文献)には、【従来技術】の欄に、「先端を鋭く尖らせた針状電極に強電界を印加して電子線を発生させる電界放射型電子源、および電界印加と通電加熱を同時に行なう熱電界放射型電子源は、熱電子放射型電子源と比較して、高輝度、長寿命であり、放射電子のエネルギーが均一なため、高分解能を要する電子顕微鏡等に適している。・・電子線装置の性能を確保するには電子源から放射した電子線のうち、中心付近の放射電子のみを選択して使用することが必要となる。」(段落【0002】:下線は当審が付した。)、「図16に針状電極の材料として軸方位<310>のタングステン(以下、Wと表記する)単結晶を用いた電界放射型電子源の概略断面図を示す。電界放射型電子源は、W単結晶でできた針状電極1と、W多結晶の細線でできたフィラメント2と、電流導入端子3と、フィラメント碍子4で構成されている。引出電源6を用いて引出電極5に、針状電極1に対して正の強電界を印加すると、針状電極1の先端に形成されているW(310)面から電子放射を得ることが出来る。電子源から放射される電子線光軸105は通常、針状電極中心軸104に一致する。」(段落【0003】:下線は当審が付した。)との記載があり、軸方位<310>のタングステン単結晶の先端中心の(310)面から電子放射が得られることが記載されている。 また、審判請求人も、平成27年12月7日付け意見書(以下、単に「意見書」という。)の「2-2)」「(2)」で、「請求項1における、「前記電界放射電子源の電子線のうち、前記電界放射電子源の表面中央の<310>面から放射させた電子線を用い」につきましては、本願明細書の段落[0032]に基づき下線部分を補正致しました。また、「先端を先鋭化させた<310>方位の単結晶タングステン線を有する電界放射電子源」の「表面中央に<310>面」となることは、例えば”E. W. Muller, Journal of Applied Physics, 26, 732 (1955)”のp.734右項の上から22行目に記載があります。すなわち、「All our tip have the (011) direction on the axis」と書かれており、Fig.2には(011)面を中心としたエミッションパターンが示されており、結晶方位の値と放射面の中心面が対応することを表しております。」と記載しており、結晶方位の値と放射面の中心面が対応すると説明している。 すると、引用発明の「[310]配向を有する非被覆単結晶タングステンであるタングステン結晶4」で形成された「冷陰極電界エミッタ」の「尖鋭先端5」の表面中央が(310)面であることは当業者には自明であるから、引用発明における、「[310]配向を有する非被覆単結晶タングステンであるタングステン結晶4」で形成された「冷陰極電界エミッタ」の「尖鋭先端5」のみから「電子ビーム」が発生すること、すなわち、「尖鋭先端5」の表面中央の(310)面から「電子ビーム」が発生することは、本願発明の「電界放射電子源の表面中央の<310>面から放射させた電子線を用い」ることに相当する。 したがって、相違点アは、実質的な相違点ではない。 (2)相違点イについて 一般に、機器の調整において、自動で調整することに加えて、操作者が手動で調整できるようにすることは、引用文献を挙げるまでもなく、周知技術であるから、引用発明において、「清浄化処理は、照射電流が事前に選択された最小値ICまで低下した時に要求に基づいて開始」する構成に加えて、操作者が手動で調整できるようにすることは、当業者が適宜なし得ることである。 (3)効果について 審判請求人は、意見書の「2-3)」「(1)」で、 「本願の請求項1は、上記の構成要件を有することで、出願時点において知られていなかった新規な電流領域である、高輝度安定領域を利用できるようになりました([0028]乃至[0031]、及び図4)。すなわち、本願発明者は、電子源表面中央の<310>面の局所的な電子線において、エミッションパターンを取得し、中心部分ではガス吸着が起こらず、やがて中心部の吸着が始まるまでには時間差があることを実験的に見出しました([0032]及び図5)。 次に、引用文献1について説明いたします。引用文献1は、FE銃の電流を自動で一定の大きさ以上に保ち続ける方法であり、照射電流が急激に減衰する減衰領域にて断続的にフラッシングする発明です(同明細書の段落[0010]、及び図4等)。」 と記載して、本願発明は「高輝度安定領域」を有するが、引用発明は「高輝度安定領域」を有さない旨主張する。 しかし、上述のとおり、本願発明と引用発明は、相違点イ以外で一致するところ、なぜ、本願発明は「高輝度安定領域」を有し、引用発明は「高輝度安定領域」を有さないかが不明であるし、また、本願の明細書には実験例などの記載もなく、さらに、本願の明細書段落【0049】の「本実施例では電子源に<310>結晶方位のタングステンを用いたが、その他の結晶方位、例えば<111>などの低仕事関数面でも同様の効果を得ることが出来る。また同じ電界放射を用いる電子源でも同様の効果を得ることができ、電子源にLaB_(6)、カーボン繊維などの異なる材料を用いても良い。」という記載も勘案すると、本願発明により、上記「出願時点において知られていなかった新規な電流領域である、高輝度安定領域を利用できるようになりました」という効果を奏し得ることが確認できない。 すると、本願発明が奏し得る効果は、引用発明が既に奏し得ていた効果であるか、または、引用発明及び周知技術から当業者が予測し得る範囲のものであって、格別なものではない。 (4)結論 したがって、本願発明は、引用発明及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 第3 むすび 以上のとおり、本願発明は特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本願は拒絶されるべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2015-12-21 |
結審通知日 | 2015-12-22 |
審決日 | 2016-01-05 |
出願番号 | 特願2013-25053(P2013-25053) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
WZ
(H01J)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 小野 健二 |
特許庁審判長 |
森林 克郎 |
特許庁審判官 |
土屋 知久 伊藤 昌哉 |
発明の名称 | 荷電粒子線装置、及びその制御方法 |
代理人 | ポレール特許業務法人 |