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審決分類 |
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C10M 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C10M |
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管理番号 | 1311485 |
審判番号 | 不服2014-19185 |
総通号数 | 196 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2016-04-28 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2014-09-26 |
確定日 | 2016-02-25 |
事件の表示 | 特願2010-154989「潤滑油組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成22年11月 4日出願公開、特開2010-248529〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 この出願は、平成15年9月10日(パリ優先権による優先権主張:2002年9月10日 米国)に出願された特願2003-318748号の一部を平成22年7月7日に新たな特許出願としたものであって、平成25年2月20日付けの拒絶理由通知に対して平成25年8月16日に意見書及び手続補正書が提出され、平成26年5月20日付けで拒絶査定がされ、これに対し、同年9月26日に拒絶査定不服審判の請求がされたものである。 第2 原審の拒絶査定の概要 原審において、平成25年2月20日付け拒絶理由通知書で概略以下の内容を含む拒絶理由が通知され、当該拒絶理由が解消されていない点をもって下記の拒絶査定がなされた。 <拒絶理由通知> 「 理 由 1.(省略) 2.(省略) 3.(省略) 4.この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。 5.この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。 記 (引用文献等については引用文献等一覧参照) ・理由:4,5 発明の詳細な説明には、基油、高分子量ポリマー、清浄剤、分散剤を含む潤滑油組成物が記載されているが(実施例6?16)、フェネート清浄剤の量、硫黄含有量、分散剤の種類、量が不明である。 よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1,2に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されておらず、請求項1,2に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。 ・・(後略)」 <拒絶査定> 「この出願については、平成25年 2月20日付け拒絶理由通知書に記載した理由2,3によって、拒絶をすべきものです。 なお、意見書及び手続補正書の内容を検討しましたが、拒絶理由を覆すに足りる根拠が見いだせません。 備考 ・・(中略)・・ ・なお、以下の点にも注意されたい。 発明の詳細な説明には、基油、高分子量ポリマー、清浄剤、分散剤を含む潤滑油組成物が記載されているが(実施例6?16)、フェネート清浄剤の量、硫黄含有量、分散剤の種類、量が不明である。 特許出願人は、意見書において、実施例6-16は、本願発明の高分子ポリマーと、該高分子ポリマーに該当しないポリマーとの比較を行っているものであり、フェネート清浄剤の量等が明示的に示されていないとしても、当業者は実施例6-16の実験の意図とその結果を容易に理解できる旨主張している。 しかしながら、潤滑油組成物の性質は、添加剤の種類、量等によって変化するものであり、上記実施例6-16の実験結果から、フェネート清浄剤の量等を推認することはできない。」 第3 当審の判断 I.本願発明 平成25年8月16日付けの手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1には、以下の事項が記載されている。 「硫黄含有量が0.3質量%未満である潤滑油組成物であって、 (a)多量の潤滑粘度のオイルと、 (b)少量の1種以上の(i)モノビニル芳香族炭化水素の水素化重合体と共役ジエン重合体の共重合体であって、モノビニル芳香族炭化水素の水素化重合体部分が共重合体の少なくとも20質量%となる共重合体、(ii)アルキル若しくはアリールアミン又はアミド基、窒素含有複素環基又はエステル結合を含むオレフィン共重合体、及び/又は(iii)分散基を有するアクリレート又はアルキルアクリレート共重合体の誘導体を含む高分子量ポリマーと、 (c)中性及び/又は過塩基性のフェネート清浄剤であって、最終オイル1kgにつきフェネート界面活性剤が6?50mmolの割合で潤滑油組成物に提供できる量のフェネート清浄剤とを含む潤滑油組成物で、該潤滑油組成物には最終オイル1kgにつき1mmol未満のサリチレート界面活性剤が含まれている潤滑油組成物。」 (以下の検討において、上記請求項1に記載された事項で特定される発明を「本願発明」という。) II.特許法第36条第6項第1号について 1.サポート要件 特許法36条6項1号では,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。 そもそも,特許制度の趣旨を考慮すると,特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。上記特許法第36条第6項第1号の規定は,このような考えを受けて規定されたものと解される。 そして,特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第6項第1号に規定する要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであるか否かを検討して判断すべきものである。 このような観点に立って,以下本願明細書の記載について検討する。 2.明細書に記載された事項 本願明細書における,本願発明に関連する主な記載事項は,次のとおりである。 ア 「【0001】 本発明は潤滑油組成物に関する。より詳細には、本発明は排気ガス再循環(EGR)装置を設けたディーゼルエンジンにおいて、潤滑性能を向上させることができる潤滑油組成物に関するものである。 【背景技術】 【0002】 環境に対する関心から、圧縮点火(ディーゼル)内燃機関での窒素酸化物の排出を軽減しようとする取り組みは、絶えることなく行われてきた。ディーゼルエンジンの窒素酸化物の排出を軽減するために用いられた最新の技術として、排気ガス再循環又はEGRとして知られているものがある。EGRによると、エンジンの燃焼室に新たに導入された空気と燃料のチャージに不燃成分(排気ガス)を投入することで窒素酸化物の排出が低減される。これによって、火炎最高温度は下がり窒素酸化物の生成が抑えられる。EGRによる単純な希釈効果に加え、排気ガスをエンジンに戻す前に冷却することによって窒素酸化物の排出量が大幅に削減できる。吸入したチャージの温度が低いほどシリンダーの充填効率は向上し、出力が上がる。さらに、EGR成分は導入された空気と燃料の混合物よりも比熱が高いので、EGRの排気ガスによって燃焼混合物の温度はさらに下がり、その結果、所定の窒素酸化物生成レベルであれば、出力はより高く、燃費はより良好となる。 ディーゼル燃料には硫黄が含まれている。「低硫黄」ディーゼル燃料であっても、300?400ppmの硫黄分を含有する。エンジン内で燃料が燃焼すれば、この硫黄は硫黄酸化物に変わる。さらに、炭化水素系燃料が燃焼した際の主要な副生成物の一つは水蒸気である。そのため、排気ガスのストリームには、ある程度の窒素酸化物、硫黄酸化物及び水蒸気が含まれていることになる。以前は、これらの物質が存在しても何の問題もなかった。それは排気ガスが極めて高温のまま存在していたので、上記の成分は分離して気体の状態で排出されていたからである。しかしながら、エンジンにEGR装置が設けられ、排気ガスがより低温の吸入空気と混合されてエンジン内を再循環するとなると、水蒸気は凝結して窒素酸化物や硫黄酸化物成分と反応し、EGRストリーム中で硝酸や硫酸のミストを形成する可能性がある。この現象は、EGRストリームをエンジンに戻す前に冷却する場合には、さらに深刻な問題となる。 【0003】 こうした酸の存在下では、潤滑油組成物におけるススの濃度が急速に増えることがわかった。また上記の条件下では、たとえススの濃度が比較的低くても(例えば3質量%のスス)、潤滑油組成物の動粘度(kv)は容認できないレベルにまで上昇することがわかった。潤滑油粘度の上昇は性能に悪影響を及ぼし、エンジンの故障を起こす可能性があるので、EGR装置を使用する場合は潤滑油の交換頻度を増やさなければならない。単に分散剤を添加してもこの問題を適切に処理することにはならないことはわかっている。 そのため、EGR装置が取り付けられたディーゼルエンジンの性能を向上させる潤滑油組成物をつきとめられれば有利となろう。驚いたことに、特定の添加剤、具体的には特定の粘度改質剤、分散剤及び/又は清浄剤を選択することによって、及び/又は分散剤の窒素濃度及び塩基性度を調整することによって、EGR装置のついたエンジンを使用することによる潤滑油粘度の急速な上昇を改善できることがわかった。」 イ 「【0005】 本発明の第三の態様によると、多量の潤滑粘度のオイルと、(i)モノビニル芳香族炭化水素の水素化重合体と共役ジエン重合体の共重合体であって、モノビニル芳香族炭化水素の水素化重合体部分が共重合体の少なくとも約20質量%となる共重合体、(ii)アルキル若しくはアリールアミン又はアミド基、窒素含有複素環基、又はエステル結合を含むオレフィン共重合体、及び/又は(iii)分散基を有するアクリレート又はアルキルアクリレート共重合体の誘導体を含む高分子量ポリマーの1種以上を少量と、中性及び/又は過塩基性のフェネート清浄剤であって、最終オイル1kgにつき約6?約20mmolのフェネート界面活性剤を潤滑油組成物に提供できる量のフェネート清浄剤とを含む潤滑油組成物で、該潤滑油組成物は最終オイル1kgにつき1mmol未満のサリチレート界面活性剤が含まれている潤滑油組成物を提供する。」 ウ 「【0012】 ・・・ 潤滑粘度のオイルは、グループI、II、III、IV又はVのベースストック、或いはこれらのベースストックの基油調合品を含有するとよい。好ましい潤滑粘度のオイルは、グループII、III、IV又はVのベースストック、或いはその混合物、或いはグループIのベースストックとグループII、III、IV又はVのベースストックのうちの1種以上との混合物である。ベースストック又はベースストック調合品は、好ましくは少なくとも65%の飽和化合物分を含むもので、より好ましくは少なくとも75%、例えば少なくとも85%が好ましい。ベースストック又はベースストック調合品の飽和化合物分は、90%より多いことがもっとも好ましい。オイル又はオイル調合品の硫黄分は質量基準で1%未満、好ましくは0.6%未満、最も好ましいのは0.3%未満であろう。 オイル又はオイル調合品の揮発性は、NOACKテスト(ASTM D5880)で測定した場合、30%以下が好ましく、さらに好ましくは25%以下、より好ましくは20%以下、最も好ましいのは16%以下である。オイル又はオイル調合品の粘度指数(VI)は、好ましくは少なくとも85であり、さらに好ましくは少なくとも100、最も好ましいのは105?140である。 本発明で使用するベースストック及び基油は、American Petroleum Institute (アメリカ石油協会:API)出版の「Engine Oil Licensing and Certification System (エンジン油ライセンス認証システム)」(Industry Services事業部、14版、1996年12月、追記1、1998年12月)に定義されている通りである。前記出版物によるとベースストックは以下のごとく分類されている。 【0013】 a)グループIのベースストックは、表1に規定したテスト方法で、飽和化合物分が90%未満、及び/又は硫黄含量が0.03%より多く、粘度指数は80以上、120未満となる。 b)グループIIのベースストックは、表1に規定したテスト方法で、飽和化合物分が90%以上、硫黄含量は0.03%以下、粘度指数は80以上、120未満となる。 c)グループIIIのベースストックは、表1に規定したテスト方法で、飽和化合物分が90%以上、硫黄含量は0.03%以下、粘度指数は120以上となる。 d)グループIVのベースストックはポリアルファオレフィン(PAO)である。 e)グループVのベースストックは、グループI、グループII、グループIII又はグループIVに含まれない他のすべてのベースストックを含む。」 エ 「【0018】 潤滑油組成物の処方において通常有用な清浄剤として、係属中の米国特許出願09/180,435号及び同09/180,436号、米国特許第6,153,565号及び同6,281,179号に記載されているように、界面活性剤の混合系、例えばフェネート/サリチレート、スルホネート/フェネート、スルホネート/サリチレート、スルホネート/フェネート/サリチレートなどで形成された「ハイブリッド」清浄剤も挙げることができる。 驚いたことに、排気ガス再循環装置、なかでも吸入空気及び/又は排気ガス再循環ストリームが、エンジン作動時間の一部(例えば作動時間の少なくとも10%)の時間は露点以下に冷却されている排気ガス再循環装置が装着されたディーゼルエンジンの動作中、生成される酸の存在下では、特定の清浄剤が潤滑油中のススの存在による動粘度の上昇率に対して有効な効果を示すことがわかった。具体的に言うと、上記のようなエンジンにおいて潤滑油組成物のススによる動粘度の上昇は、清浄剤界面活性剤の全量の約60?100%をフェネート及び/又はサリチレートとする清浄剤系を選択することによってある程度抑制できることがわかった。フェネートの中性及び過塩基性清浄剤が好まれる。本発明で有用な潤滑油組成物においては、スルホネート清浄剤の含有量が清浄剤の全質量を基準として約30質量%以下、好ましくは20質量%以下、さらに好ましくは5質量%以下であることが好ましい。好ましくは、1kgの最終製品の潤滑油に対して中性又は過塩基性フェネート清浄剤界面活性剤を約6?約50mmol、より好ましくは約9?約40mmol、最も好ましくは約12?約30mmol、サリチレート清浄剤界面活性剤を1mmol未満含むように清浄剤系を潤滑油組成物に提供するとよい。さらに、清浄剤系が硫黄を含有しない清浄剤、とりわけ硫黄を含有しないフェネート清浄剤を含むことが好ましい。」 オ 「【0038】 本発明で「高分子量ポリマー」として使用することができるポリマーのグループの1つは、モノビニル芳香族炭化水素の水素化重合体と共役ジエン重合体の共重合体であって、モノビニル芳香族炭化水素の水素化重合体部分が共重合体の少なくとも約20質量%となる共重合体(以後「ポリマー(i)」と呼ぶ)が挙げられる。このようなポリマーは潤滑油組成物中で粘度改質剤として使用することができ、例えば、「SV151」(Infineum社、米国、L.P.)等が市販されている。このような物質を作成するのに有用なモノビニル芳香族炭化水素モノマーの好ましい例として、スチレン、アルキル置換スチレン、アルコキシ置換スチレン、ビニルナフタレン及びアルキル置換ビニルナフタレンが挙げられる。アルキル及びアルコキシル置換基は、通常1?6個、好ましくは1?4個の炭素原子を有しているとよい。アルキル又はアルコキシル置換基が存在する場合、その数は1分子につき1?3個であるとよいが、好ましくは1個である。 ・・・」 カ 「【0039】 ・・・ 本発明を実施するうえで有用なポリマーの第二のグループは、アルキル若しくはアリールアミン又はアミド基、又は窒素含有複素環基などの分散基、或いはエステル結合を含むオレフィン共重合体(OCP)(以後、「ポリマー(ii)」と呼ぶ)である。オレフィン共重合体はオレフィンモノマーをどのような組み合わせでも含むことができるが、最も一般的にはエチレンと少なくとも他の1種のα-オレフィンである。この少なくとも1種の他のα-オレフィンモノマーは、従来より炭素数3?18個のα-オレフィンで、最も好ましくはプロピレンである。よく知られているように、エチレンと高級α-オレフィン(例えばプロピレン)の共重合体には他の重合性モノマーが含まれることがよくある。このようなモノマーの代表例として下記のような非共役ジエン類があげられるが、これに限られるものではない。」 キ 「【0041】 ・・・ オレフィン共重合体は、ポリマー主鎖に窒素含有極性部位(例えばアミン、アミンアルコール又はアミド)を結合させることによって多機能型にすることができる。窒素含有部位は従来より式R-N-R’R”で表され、式中R、R’及びR”は独立してアルキル、アリール又は水素を示す。また、式R-R’-NH-R”-Rで表される芳香族アミンも好適で、式中、R’とR”は芳香族基で、それぞれのRがアルキルである。多機能型OCP粘度改質剤の作成方法として最も一般的な方法として、ポリマー主鎖への窒素含有極性部位の遊離基添加が挙げられる。窒素含有極性部位はポリマー内の二重結合(即ち、EPDMポリマーのジエン部分の二重結合)を用いて、或いは二重結合を含む橋かけ基を付与する化合物(例えば、米国特許第3,316,177号、同3,326,804号に記載されているような無水マレイン酸、並びに例えば米国特許第4,068,056号に記載されているようなカルボン酸及びケトン)とポリマーを反応させた後、官能基化させたポリマーを窒素含有極性部位で誘導体化させることによって窒素含有極性部位をポリマーに結合させることができる。官能基化させたOCPと反応させることができる窒素含有化合物については、より完全な一覧を分散剤の説明の際に記載する。多官能基化したOCP及びそのような物質の作成方法はこの分野では既知であり、市販されている(例えば、Ethyl社から入手できるHITEC5777及びDutch Staaten Minen社の製品PA1160)。 約50質量%のエチレンを含み、数平均分子量が10000?20000で、無水マレイン酸をグラフトしたりアミノフェニルジアミンや他の分散剤アミンでアミノ化した低エチレンオレフィン共重合体が好ましい。」 ク 「【0042】 本発明の実施にあたり有用なポリマーの第三のグループは、分散基を有するアクリレート又はアルキルアクリレート共重合体の誘導体(以後、「ポリマー(iii)」と呼ぶ)である。このポリマーは、潤滑油組成物において多機能型分散剤粘度改質剤として使われてきた。また、このタイプの低分子量ポリマーは多機能型分散剤/LOFIとして用いられてきた。このようなポリマーとしては、例えばACRYLOID 954(RohMax USA社の製品)が市販されている。ポリマー(iii)の形成に有用なアクリレート又はメタクリレートモノマー及びアルキルアクリレート又はアルキルメタクリレートモノマーは、対応のアクリル酸、メタクリル酸又はそれらの誘導体から調製することができる。これらの酸は従来からよく知られている技術で誘導することができる。例えば、アクリル酸は、エチレンシアノヒドリンを酸による加水分解と脱水にかけるか、またはβ-プロピオラクトンを重合し、できたポリマーを分解蒸留することによってアクリル酸が形成される。メタクリル酸は、例えばメチルα-アルキルビニルケトンを次亜塩素酸金属塩で酸化する方法、ヒドロキシイソ酪酸を五酸化リンで脱水する方法、又はアセトンシアノヒドリンを加水分解する方法によって調製することができる。 ・・・」 ケ 「「【実施例】 【0060】 ・・・ 【0064】 ・・・ 本発明の利点を明らかにするために、カーボンブラックで処理した潤滑油の動粘度の増加を96%硫酸が存在する場合としない場合とで比較した。酸を添加して(96%硫酸を1質量%)、凝結モードで運転されるEGR付きのヘビーデューティーディーゼルエンジン内の条件をシミュレートした。下記のテストにおいて、分散剤、清浄剤(カルシウムフェネート及びカルシウムスルホネート)、酸化防止剤、磨耗防止剤(ZDDP)及び消泡剤を含有する市販の清浄剤インヒビター(DI)パッケージと以下に示す市販の高分子量粘度改質剤とで処方した潤滑油組成物に、3質量%のカーボンブラックを添加した。 SV151は、Infineum USA L.P.社製のスチレン/ジエン共重合体である。ACRYLOID 954は、Rohmax USA社製の多機能型ポリメタクリレート粘度改質剤である。HITEC 5777及びPA 1160は、それぞれEthyl社とDutch Staaten Minen社製の多機能型OCP粘度改質剤である。これらの粘度改質剤はそれぞれ本発明の範囲のものであるが、この粘度改質剤を含む処方済みオイルの性能を、従来の官能基化させていないOCP共重合体(ChevronTexacoの一部門であるORONITE製のPTN8011)を含む処方のものと比較した。各処方において、潤滑油組成物がASTM D445テスト法で規定されているような15W40のグレード(初期動粘度が12.5?16.5cst)となるように粘度改質剤の量を調整した。比較結果を下記の表3に示す。 【0065】 表3 (*)グループIとIIの基油の調合品、飽和分84?85% (**)グループIIの基油、飽和分92% 【0066】 表3のデータが示すように、酸が存在すると、従来のOCP粘度改質剤を含む潤滑油組成物のススによる動粘度の上昇は875%(実施例7)から1528%(実施例9)であり、その結果、絶対動粘度は極めて高くなる(211.1cst?324.0cst)。 それに対して、ポリマー(i)、(ii)及び(iii)を含む潤滑油組成物の動粘度の上昇は、わずか9%(実施例6)から288%(実施例16)であり、絶対動粘度は28.14cstから71.89cstという許容できる値を示した。」 3.本願発明の課題 本願明細書【0002】及び【0003】(上記2.ア)の記載から見て,本願発明の課題は,次の事項にあると解せられる。 「EGR装置付エンジンにおける,水蒸気が凝結して窒素酸化物や硫黄酸化物成分と反応して形成される硝酸や硫酸の存在下では、潤滑油組成物におけるススの濃度が比較的低くても(例えば3質量%でも),潤滑油組成物の動粘度(kv)は容認できないレベルにまで上昇するので,このようなEGR装置のついたエンジンで使用することによる潤滑油粘度の急速な上昇を改善すること。」 そこで、このような課題が,本願発明である, 「硫黄含有量が0.3質量%未満である潤滑油組成物であって、 (a)多量の潤滑粘度のオイルと、 (b)少量の1種以上の(i)モノビニル芳香族炭化水素の水素化重合体と共役ジエン重合体の共重合体であって、モノビニル芳香族炭化水素の水素化重合体部分が共重合体の少なくとも20質量%となる共重合体、(ii)アルキル若しくはアリールアミン又はアミド基、窒素含有複素環基又はエステル結合を含むオレフィン共重合体、及び/又は(iii)分散基を有するアクリレート又はアルキルアクリレート共重合体の誘導体を含む高分子量ポリマーと、 (c)中性及び/又は過塩基性のフェネート清浄剤であって、最終オイル1kgにつきフェネート界面活性剤が6?50mmolの割合で潤滑油組成物に提供できる量のフェネート清浄剤とを含む潤滑油組成物で、該潤滑油組成物には最終オイル1kgにつき1mmol未満のサリチレート界面活性剤が含まれている潤滑油組成物。」 という潤滑油組成物を使用することによって解決されることが、当業者にとって認識できるように,発明の詳細な説明において記載されているといえるかについて検討する。 4.発明の詳細な説明の記載の検討 ア 本願発明の詳細な説明の【実施例】のうち、本願明細書【0060】及び【0061】(上記2.ケ)に記載の実施例1?3や,本願明細書【0062】?【0064】(上記2.ケ)に記載の実施例4?5については,何れも,本願発明の(b)成分である高分子量ポリマーを含むものではないこと等により,本願発明について,課題が解決できることを直接示す記載であるとはいえない。 そこで,本願発明の(c)成分を使用した実施例である本願明細書【0064】?【0066】(上記2.ケ)の表3の実施例6?16に関連した記載について,以下詳細に検討する。 本願明細書には, 「下記のテストにおいて,分散剤、清浄剤(カルシウムフェネート及びカルシウムスルホネート)、酸化防止剤、磨耗防止剤(ZDDP)及び消泡剤を含有する市販の清浄剤インヒビター(DI)パッケージと以下に示す市販の高分子量粘度改質剤とで処方した潤滑油組成物に、3質量%のカーボンブラックを添加した。 SV151は、Infineum USA L.P.社製のスチレン/ジエン共重合体である。ACRYLOID 954は、Rohmax USA社製の多機能型ポリメタクリレート粘度改質剤である。HITEC 5777及びPA 1160は、それぞれEthyl社とDutch Staaten Minen社製の多機能型OCP粘度改質剤である。これらの粘度改質剤はそれぞれ本発明の範囲のものであるが、この粘度改質剤を含む処方済みオイルの性能を、従来の官能基化させていないOCP共重合体(ChevronTexacoの一部門であるORONITE製のPTN8011)を含む処方のものと比較した。各処方において、潤滑油組成物がASTM D445テスト法で規定されているような15W40のグレード(初期動粘度が12.5?16.5cst)となるように粘度改質剤の量を調整した。比較結果を下記の表3に示す。」(上記2.ケの【0064】)と記載され,かかる記載と表3の記載とを参酌すると,次のことが理解される。 すなわち,表3に関連する実施例については,『清浄剤(カルシウムフェネート及びカルシウムスルホネート)』を一成分として含むDIパッケージに加えて,本願発明の範囲に係る高分子量粘度改質剤4種(「SV151」,「ACRYLOID 954」,「HITEC 5777」及び「PA 1160」)又は比較として従来の添加剤である「PTN8011」の,何れか1つを,基油1又は基油2に対して配合した潤滑油組成物をテストしたものであって,その結果が表3に示されているものである。 そして,表3の「CB Kv 100℃ (cst)」,「CB/酸 Kv 100℃ (cst)」及び「CB Kv - CB/酸 Kv 100℃ (cst)」の数値を比較すると,EGR装置付ディーゼルエンジンにおけるススの濃度が比較的低く,かつ,水蒸気が凝結して窒素酸化物や硫黄酸化物成分と反応して硝酸や硫酸のミストが形成された状態を擬制したと解される実験条件(3質量%のカーボンブラック(CB)を含み,かつ,96%硫酸を1質量%含む条件下)において,本願発明の範囲に係る高分子量粘度改質剤4種が配合された実施例6,8及び11?16は,確かに,従来の添加剤が配合された実施例7及び9?10と比較して良好な数値を示すものの,これらの各実施例に係る潤滑油組成物については,その詳細が明らかとはいえないので,本願発明に対応する組成物であるとはいえないものである。 すなわち,本願発明において,清浄剤に関しては, 「(c)中性及び/又は過塩基性のフェネート清浄剤であって、最終オイル1kgにつきフェネート界面活性剤が6?50mmolの割合で潤滑油組成物に提供できる量のフェネート清浄剤とを含む潤滑油組成物で、該潤滑油組成物には最終オイル1kgにつき1mmol未満のサリチレート界面活性剤が含まれている」 との特定事項が,また,潤滑油組成物について, 「硫黄含有量が0.3質量%未満である潤滑油組成物であって」 との特定事項が,それぞれ付されているものである。 そうすると,表3の結果を以て本願発明の効果が示されているというためには,表3に記載の実施例6?16の潤滑油組成物について,少なくとも,本願発明の(c)成分が配合された組成物に関しては,上記2つの特定事項を備えていることが確認できて初めて,本願発明に係る課題が解決できることを当業者が認識し得るものとされるべきである。 そこで,上記2つの特定事項に関して,以下順次検討する。 イ まず,実施例6?16についての清浄剤に関連する記載としては, 「分散剤、清浄剤(カルシウムフェネート及びカルシウムスルホネート)、酸化防止剤、磨耗防止剤(ZDDP)及び消泡剤を含有する市販の清浄剤インヒビター(DI)パッケージ」(上記2.ケの【0064】) といったDIパッケージに関する簡単な説明のほか,表3におけるDIパッケージの質量%で示された添加量「19.8」と「16.25」が一応の関連性があるといえる記載であって,これに留まるものである。 ここで,「DIパッケージ」といっても,単一のメーカーで製造されているものでもないし,また,各メーカー間で統一された成分や配合量となっているようなものでもなく,異なる製品であれば,そこに含まれる配合成分及びその配合量もそれぞれ異なると理解されるものである。(この点に関して,例えば,特開平6-299184号公報参照;【0030】において,「DIパッケージは、種々異なる成分および或る場合には製造業者に独特な製造方法を有する市販商品である。」なる記載がなされている。なお,該文献では,本願発明における清浄剤を「洗剤」との用語で表現している。)。 そうすると,本願明細書【0064】(上記2.ケ)や表3(上記2.ケ)のような記載からでは,清浄剤について,「カルシウムフェネート」という,本願発明における「中性及び/又は過塩基性のフェネート清浄剤」に対応するものが含まれていることが認識されるに留まり,該フェネートが「最終オイル1kgにつき6?50mmolの割合で潤滑油組成物に提供できる量」で含まれることや,「潤滑油組成物には最終オイル1kgにつき1mmol未満のサリチレート界面活性剤が含まれている」といったことについては,当業者が理解し認識しうるものとは到底いえないものである。 また,明細書の他の記載,及び,技術常識を考慮しても,実施例6?16において使用されている分散剤が,本願発明で特定された事項を備えるものであることが当業者にとって理解しうるものであるとの事情も見いだせない。 したがって,本願発明における分散剤に関する特定事項である, 「(c)中性及び/又は過塩基性のフェネート清浄剤であって、最終オイル1kgにつきフェネート界面活性剤が6?50mmolの割合で潤滑油組成物に提供できる量のフェネート清浄剤とを含む潤滑油組成物で、該潤滑油組成物には最終オイル1kgにつき1mmol未満のサリチレート界面活性剤が含まれている」 については,表3の実施例6,8及び11?16の潤滑油組成物について,これらの特定事項を備えていることが,当業者にとって認識しうるものとすることができない。 ウ 次に,本願発明における,「硫黄含有量が0.3質量%未満である潤滑油組成物であって」との特定事項について検討する。 上記したように,実施例6?16のうち,本願発明に係る組成物に対応する実施例6,8及び11?16では,基油1又は基油2に対して,DIパッケージと本願発明の(c)成分に該当する4種の高分子量粘度改質剤が配合されているものである。そして,これら各成分のうち,高分子量粘度改質剤に関しては,各製品に関する説明がなされている箇所,例えば,本願明細書【0038】,【0041】及び【0042】(上記2.オ,キ及びク)の記載を参酌すると,硫黄分は含まれていないものと一応理解されるものである。また,基油1及び基油2についての表3の欄外の注釈をみると,前者はベースストックのグループIとIIを調合したものであり,後者はベースストックのグループIIのみからなるものであって,ここで使用のベースストックIIについては,本願明細書【0013】(上記2.ウ)の記載によれば,「硫黄含量は0.03%以下」とされていて,硫黄含有量が本願発明で特定される範囲内のものであると一応解釈されるものである。 したがって,仮に,潤滑油組成物が,4種の高分子量粘度改質剤及びグループIIのベースストックだけから構成されているのであれば,「硫黄含有量が0.3質量%未満である潤滑油組成物であって」との特定事項を備えることは首肯できるものである。しかしながら,実施例6,8及び11?16は,これら成分のみで構成されているものではなく,その他の成分として,これら全実施例においてDIパッケージを含むものであり,そこには硫黄分を含有する「カルシウムスルホネート」を含む旨の記載(上記2.ケの【0064】)がなされているとともに,実施例11,13及び15で使用されている(比較を示す例である実施例7及び9でも使用されている)基油1を調合する際に使用されるグレートIのベースストックについても,本願明細書【0013】(上記2.ウ)によれば「硫黄含量が0.03%より多く」と,下限のみが示されているにされているに留まることから,これらの記載を参酌すると,本願明細書の記載のみからでは,DIパッケージ又はグレードIのベースストックを含む潤滑油組成物に関しては,本願発明で特定される硫黄含有量となっていることが明らかとはいえないものである。 また,明細書の他の記載,及び,技術常識を考慮しても,実施例6?16に係る潤滑油組成物が,本願発明で特定された硫黄含有量の範囲内であることが当業者にとって理解しうるものであるとする事情も見いだせない。 したがって,本願発明における,「硫黄含有量が0.3質量%未満である潤滑油組成物であって」との特定事項についても,実施例6,8及び11?16に係る潤滑油組成物がかかる特定事項を備えるものであることが,当業者にとって認識し得るものであるとすることができない。 エ 以上のことから,実施例6,8及び11?16に係る潤滑油組成物が, 「(c)中性及び/又は過塩基性のフェネート清浄剤であって、最終オイル1kgにつきフェネート界面活性剤が6?50mmolの割合で潤滑油組成物に提供できる量のフェネート清浄剤とを含む潤滑油組成物で、該潤滑油組成物には最終オイル1kgにつき1mmol未満のサリチレート界面活性剤が含まれている」との特定事項及び 「硫黄含有量が0.3質量%未満である潤滑油組成物であって」との特定事項を備えるものとはいえないので,本願明細書【0064】?【0066】(上記2.ケ)の記載において,本願発明に係る組成物を使用することにより,本願発明の課題が解決できることを示しているとはいえないものである。 さらに,明細書の他の記載,例えば,本願明細書【0018】(上記2.エ)の記載や,本願明細書【0060】?【0064】(上記2.ケ)における他の実施例の記載をも併せ考慮しても,本願発明に係る潤滑油組成物が,EGR装置付けエンジンにおいて使用された際に,粘度の急激な上昇が改善されることについて,当業者が理解できるような技術的裏付けを以て示されているとはいえないし,また,たとえ技術常識を考慮したとしても同様である。 したがって,本願発明に係る潤滑油組成物を使用することにより、本願発明の課題を解決できることが,本願発明の詳細な説明において,当業者が認識し得る程度に記載されているものとすることができない。 5.小括 以上のとおり,本願明細書の記載は,技術常識を考慮しても,本願発明について,当業者が発明の課題を解決できると認識できるに足るものであるとすることができないので,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしているとはいえない。 III.特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)について 1.実施可能要件 特許法第36条第4項第1号には,発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」との規定がなされている。 2.発明の詳細な説明の記載の検討 本願発明に相当する潤滑油組成物を使用することにより,本願発明の目的とするところの,EGR装置付ディーゼルエンジンにおける潤滑油組成物の粘度の許容できないレベルまでの上昇を,効果的に改善することができることについて,当業者が理解できるように記載されているものとすることができないことは,上記II.4において記載したとおりである。 したがって,本願発明の詳細な説明の記載は,本願発明について,当業者が実施できるように明確かつ十分に記載されているものとすることができない。 3.小括 よって,本願明細書の記載は,特許法第36条第4項第1号の規定を満たしているものとすることができない。 第4 むすび 以上のとおり、本願は、特許法第49条第4号の規定に該当し、拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2015-09-30 |
結審通知日 | 2015-10-05 |
審決日 | 2015-10-16 |
出願番号 | 特願2010-154989(P2010-154989) |
審決分類 |
P
1
8・
536-
Z
(C10M)
P 1 8・ 537- Z (C10M) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 安田 周史 |
特許庁審判長 |
豊永 茂弘 |
特許庁審判官 |
菅野 芳男 星野 紹英 |
発明の名称 | 潤滑油組成物 |
代理人 | 市川 さつき |
代理人 | 浅井 賢治 |
代理人 | 辻居 幸一 |
代理人 | 熊倉 禎男 |
代理人 | 箱田 篤 |
代理人 | 山崎 一夫 |