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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 A61K 審判 全部申し立て 2項進歩性 A61K |
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管理番号 | 1311800 |
異議申立番号 | 異議2015-700138 |
総通号数 | 196 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2016-04-28 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2015-10-30 |
確定日 | 2016-01-06 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第5709527号「微生物感染症の治療」の請求項1ないし16に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第5709527号の請求項1ないし16に係る特許を維持する。 |
理由 |
1 手続の経緯 特許第5709527号の請求項1ないし16に係る特許(以下、「本件特許」という。)についての出願は、平成21年1月29日に国際特許出願がされ、平成27年3月13日に特許の設定登録がされ、その後、その特許に対し、特許異議申立人SK特許業務法人により特許異議の申立てがされたものである。 2 本件発明 本件特許に係る発明は、その特許請求の範囲の請求項1ないし16に記載された事項により特定されるとおりの以下のものである。 【請求項1】 微生物感染症の治療または予防用の薬剤の製造における組換えクランピング因子A(ClfA)タンパク質、またはフィブリノーゲン結合領域(領域A)のアミノ酸残基221?531を含んでなるそのフラグメントの使用であって、該組換えクランピング因子A(ClfA)タンパク質又はそのフラグメントが、フィブリノーゲンに非共有結合する能力が低減又は欠失した組換えフィブリノーゲン結合タンパク質を生じるアミノ酸残基Pro336及び/またはTyr338において少なくとも一つのアミノ酸残基の欠失又は置換を有し、かつ野生型ClfAタンパク質と比べて大きな免疫応答を誘導する、上記使用。 【請求項2】 組換えクランピング因子A(ClfA)タンパク質が、残基P336および/またはY338におけるアミノ酸置換を含む、請求項1に記載の使用。 【請求項3】 アミノ酸残基P336および/またはY338がセリンまたはアラニンのいずれかと置換されている、請求項2に記載の使用。 【請求項4】 組換えクランピング因子A(ClfA)タンパク質がrClfAP_(336)S Y_(338)AまたはrClfAP_(336)A Y_(338)Sである、請求項1?3のいずれか一項に記載の使用。 【請求項5】 アミノ酸残基Ala254、Tyr256、Pro336、Tyr338、Ile387、Lys389、Glu526および/またはVal527がAlaまたはSerのいずれかと置換されている、請求項1?4のいずれか1項に記載の使用。 【請求項6】 組換えブドウ球菌フィブリノーゲン結合タンパク質が、残基P336および/またはY338がセリンおよび/またはアラニンのいずれかと置換され、rClfAP_(336)S Y_(338)AまたはrClfAP_(336)A Y_(338)Sをもたらす配列番号1?3,6,9,10および13のいずれかによるアミノ酸配列、またはそのフラグメントを有するか、あるいは配列番号4,5,7,8,11,12および14のいずれかによるアミノ酸配列を含む、請求項1?5のいずれか一項に記載の使用。 【請求項7】 組換えクランピング因子A(ClfA)タンパク質が a.亜領域N123、前記フィブリノーゲン結合領域(領域A)のアミノ酸残基40?559にわたる;または b.亜領域N23、ClfAのフィブリノーゲン結合領域(領域A)のアミノ酸残基221?559にわたる; を含む、請求項1?6のいずれか一項に記載の使用。 【請求項8】 微生物感染症がStaphylocciによって引き起こされる、請求項1?7のいずれか一項に記載の使用。 【請求項9】 組換えクランピング因子A(ClfA)タンパク質、またはフィブリノーゲン結合領域(領域A)のアミノ酸残基221?531を含んでなるそのフラグメントを含んでなる、ワクチンであって、該組換えクランピング因子A(ClfA)タンパク質又はそのフラグメントが、フィブリノーゲンに非共有結合する能力が低減又は欠失した組換えフィブリノーゲン結合タンパク質を生じる該フィブリノーゲン結合領域のアミノ酸残基Pro336及び/またはTyr338において少なくとも一つのアミノ酸残基の欠失又は置換を有し、かつ野生型ClfAタンパク質と比べて大きな免疫応答を誘導する、上記ワクチン。 【請求項10】 組換えクランピング因子A(ClfA)タンパク質、またはフィブリノーゲン結合領域(領域A)のアミノ酸残基221?531を含んでなるそのフラグメント、および製薬上許容されるアジュバントを含んでなる、免疫原性医薬組成物であって、該組換えクランピング因子A(ClfA)タンパク質又はそのフラグメントが、フィブリノーゲンに非共有結合する能力が低減又は欠失した組換えフィブリノーゲン結合タンパク質を生じる該フィブリノーゲン結合領域のアミノ酸残基Pro336及び/またはTyr338において少なくとも一つのアミノ酸残基の欠失又は置換を有し、かつ野生型ClfAタンパク質と比べて大きな免疫応答を誘導する、上記免疫原性医薬組成物。 【請求項11】 組換えクランピング因子A(ClfA)タンパク質が、残基P336および/またはY338におけるアミノ酸置換を含む、請求項9に記載のワクチンまたは請求項10に記載の免疫原性医薬組成物。 【請求項12】 アミノ酸残基P336および/またはY338がセリンまたはアラニンのいずれかと置換されている、請求項9に記載のワクチンまたは請求項10に記載の免疫原性医薬組成物。 【請求項13】 組換えクランピング因子A(ClfA)タンパク質がrClfAP_(336)S Y_(338)AまたはrClfAP_(336)A Y_(338)Sである、請求項9に記載のワクチンまたは請求項10に記載の免疫原性医薬組成物。 【請求項14】 アミノ酸残基Ala254、Tyr256、Pro336、Tyr338、Ile387、Lys389、Glu526および/またはVal527がAlaまたはSerのいずれかと置換されている、請求項9に記載のワクチンまたは請求項10に記載の免疫原性医薬組成物。 【請求項15】 組換えブドウ球菌フィブリノーゲン結合タンパク質が、残基P336および/またはY338がセリンおよび/またはアラニンのいずれかと置換され、rClfAP_(336)S Y_(338)AまたはrClfAP_(336)A Y_(338)Sをもたらす配列番号1?3,6,9,10および13のいずれかによるアミノ酸配列、またはそのフラグメントを有するか、あるいは配列番号4,5,7,8,11,12および14のいずれかによるアミノ酸配列を含む、請求項9に記載のワクチンまたは請求項10に記載の免疫原性医薬組成物。 【請求項16】 組換えクランピング因子A(ClfA)タンパク質が a.亜領域N123、前記フィブリノーゲン結合領域(領域A)のアミノ酸残基40?559にわたる;または b.亜領域N23、ClfAのフィブリノーゲン結合領域(領域A)のアミノ酸残基221?559にわたる; を含む、請求項9に記載のワクチンまたは請求項10に記載の免疫原性医薬組成物。 (以下、これらの請求項に係る各発明をそれぞれの請求項の番号に対応させて「本件発明1」、「本件発明2」、・・・「本件発明16」といい、また、これらの発明をまとめて「本件発明」という場合がある。) 3 申立理由の概要 特許異議申立人は、以下の証拠を提出し、請求項1ないし16に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり(申立理由1)、また、請求項5ないし8及び14に係る特許は同法第36条第6項第2号の規定に違反してなされたものである(申立理由2)から、請求項1ないし16に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。 甲第1号証 J Infect Dis, 2001, Vol.184, pp.1572-1580. 甲第2号証 EMBO J, 2002, Vol.21, pp.6660-6672. 甲第3号証 Mol Microbiol, 2005, Vol.57, pp.804-818. 甲第4号証 FEMS Microbiol Lett, 2006, Vol.258, pp.290-296. 甲第5号証 Microbes Infect, 2004, Vol.6, pp.188-195. 甲第6号証 J Infect Dis, 2005, Vol.191, pp.791-798. 甲第7号証 I. Roittほか著、多田富雄監訳、「免疫学イラストレイテッド(原書第2版)」、株式会社南江堂、1990年7月10日発行、p.23. 甲第8号証 国際公開第2005/116064号 甲第9号証 本件特許の審査過程において出願人が平成25年12月24日に提出した意見書 4 申立理由1(特許法第29条第2項違反)について (1) 証拠の記載 ア 甲第1号証 (ア) 「ClfAは血漿中での細菌細胞の凝集を促進したり、細菌が血中の血栓、血漿中で調製されたバイオマテリアル、あるいは心内膜症のモデルラットにおいてカテーテルで傷つけられた心臓弁に接着したりすることを促進する。ClfAは、S. aureusが疾患の原因となる能力において重要な役割を演じると思われる。」(1572頁右欄5?10行) (イ) 「能動免疫 ClfAは敗血症性関節炎における重要な毒性因子であるので、ClfA特異的な免疫反応はこの感染症の発達を妨害できるであろう。このコンセプトを検討するために、マウスを生成されたrClfA40-559またはBSAで2回皮下にワクチン接種し、S. aureus Newman株を1.6×10^(7)cfu/マウスで感染させた。rClfA40-559で免疫されたマウスは、実験を通して、対照のBSAで免疫された群よりも重度の低い関節炎であった。」(1576頁左欄6?13行) (ウ) 「能動免疫実験でにおけるrClfA40-559で免疫されたマウスの、細菌を感染させた日における血清試料中に、rClfA40-559に特異的な抗体が検出され、感染の2週間後では、より高い濃度の抗体がみられた(表3)。」(1576頁右欄8?12行) (エ) 「この研究で、我々は、クランピング因子ClfAがS. aureus Newmanにより引き起こされる敗血症性関節炎の重要な毒性決定因子であることを示した。」(1578頁右欄9?11行) (オ) 「ClfAのフィブリノーゲンまたはその他の宿主の分子への結合が食作用を阻止するのであろう。」(1579頁左欄43?44行) (カ) 「rClfAは敗血症性関節炎に対するワクチンとして働く。」(1579頁右欄9行) イ 甲第2号証 (ア) 「これら全ての溶液で、Fg(フィブリノーゲン)のγ鎖ペプチドは、N2とN3の境界に形作られる疎水性ポケットにはまりこんだ(図6A)。」(6666頁右欄43?46行) (イ) 「このモデルにおいて、γ鎖のAla408-Gly-Asp-Val411と相互作用するとみられるrClfA_((221-559))の他の残基は、N2領域内のTyr256、Pro336およびTyr338と、N3領域内のIle387とLys389である。」(6666頁右欄59?63行) (ウ) 「rClfA_((221-559))の変異解析 我々のドッキングモデルを検証するために、我々は、rClfA_((221-559))の疎水性ポケットの口の部分に存在するAla254、Tyr256、Pro336、Tyr338、Ile387およびLys389残基の役割を調べた。これらの残基は部位特異的な突然変異生成の標的とされ、AlaまたはSer残基で置換された。」(6667頁左欄6?12行) (エ) 「変異タンパク質の遠紫外線円二色性(CD)スペクトルでは、野生型rClfA_((221-559))との検出できる差はなく(データ示さず)、このことは、置換がタンパク質の構造を顕著に変えなかったことを示唆する。」(6667頁左欄12行?右欄2行) (オ) 「Y_(338)A変異体タンパク質は、いずれのアッセイにおいても固定化されたFgに結合せず、一方Y_(256)A、K_(389)AおよびP_(336)S変異体タンパク質は、Fgに対して顕著に低下した見かけの親和性を示した。加えて、A_(254)SとI_(387)S変異体タンパク質は、いくぶん低下した見かけの親和性を示した。」(6667頁右欄8?13行) (カ) 図7中の表(6668頁) ウ 甲第3号証 (ア) 「血小板活性化の初期の過程におけるClfAによるフィブリノーゲン結合の役割を調査するために、P336S Y338Aの置換を有するClfAの変異体(ClfA PY)がプラスミドpCF77中に構築された。これらの置換は、Escherichia coli中に発現されたClfAのA領域タンパク質の組換え体によるフィブリノーゲンへの結合を消失させることが示されている(Deivanayagam et al., 2002)。S. aureus Newman DU5944(clfAclfB)がClfA PYの発現のための宿主として使用された。」(806頁左欄29?38行) (イ) 「DU5944(pCF77)は、固定化されたフィブリノーゲンに接着し、可溶化フィブリノーゲン中で強く凝集させたが、一方、DU5944(pCF77 PY)は検出可能なフィブリノーゲンヘの結合活性を示さなかった(Fig.2AとB)。」(806頁左欄46?49行) (ウ) 「ClfA+およびClfA PY+のLactococcus lactisは真の血小板活性化を刺激する」(809頁左欄27?28行) (エ) 「フィブリノーゲンに結合しない変異体ClfA PYを発現するL. lactisが、遅延時間が延びていたものの、依然として凝集を起こしたことに我々は驚いた。この意外な発見は、フィブリノーゲン非依存的な活性化の、効率が高くはないメカニズムも生じてもいることを示唆する。上述のデータは明らかに、フィブリノーゲン依存的なメカニズムと同様に、血清中のClfA特異的抗体が他の血漿中因子とともに必要であることを示す。」(813頁左欄30?38行) エ 甲第4号証 (ア) 「種々の動物モデルでのStaphylococcus aureusの病原性におけるClfAの重要性は、このタンパク質が抗食作用効果を持つことを示唆する。この研究では、S. aureusの、ヒトPMNL(多形核白血球)による食作用に対する抵抗性におけるClfAの予想される役割を検討した。」(293頁右欄15?19行) (イ) 「おそらくS. aureus表面上のClfAが血中でフィブリノーゲンに結合する能力は、それに対する特異的抗体の高いレベルの誘導を抑制しているであろう。」(294頁左欄39?42行) オ 甲第5号証 (ア) 「クランピング因子A(ClfA)は、Staphylococcus aureus細胞壁に結合したフィブリノーゲン結合タンパク質であり、感染モデル、例えば敗血症性関節炎における重要な毒性因子である。」(188頁要約1?2行) (イ) 「我々が得た結果は、ClfA発現は、マクロファージの食作用に対してS. aureusを有意に保護することを示唆する。」(188頁要約5行) カ 甲第6号証 「Clfs(クランピング因子)はS. aureusの関節炎誘発原性に顕著に寄与するが、FnBPs(フィブロネクチン結合因子)は関節炎の発達には効果を示さなかった。逆に、FnBPsはインターロイキン-6分泌、重篤な体重減少、および致死性により特徴づけられる全身性炎症の誘発において重要な役割を果たす。」(791頁要約8?10行) キ 甲第7号証 「ジフテリア菌は、筋肉細胞を傷害するような毒素を産生するが、この毒素はホルマリンで処理することによって、抗原性を保持したまま無毒化することができる。このようにして得られたトキソイドが、現在ワクチンとして使われている」(23頁左欄23?27行) ク 甲第8号証 (ア) 「本発明は、凝固第XIIIa因子に対する反応性が低下した、黄色ブドウ球菌(Staphylococcal aureus)の改変型フィブロネクチン結合タンパク質に関する。この改変型フィブロネクチン結合タンパク質を含む免疫原性組成物は、改善された抗原性特性を持ち、より安全に使用される。」(1頁5?8行) (イ) 「黄色ブドウ球菌(Staphylococcal aureus;S. aureus)のフィブロネクチン結合タンパク質(Fnb)は、フィブロネクチン、フィブリン、およびフィブリノゲンのようなヒトタンパク質への特異的可逆的結合に関与する表面結合型多機能性レセプターである。このような結合によって、微生物は、手術や血管損傷などの間にヒト宿主に効果的に付着し、その後、侵入して定住できるようになる。」(1頁11?15行) (ウ) 「第XIIIa因子によって触媒される架橋反応は、血液凝固、創傷治癒、および線維素溶解を含む多様な正常な生理学的反応において重要な段階である。・・・FnbAは、第XIIIa因子によって簡単にヒトフィブロネクチンおよびヒトフィブリンに架橋されえることが実証されている(非特許文献1)。したがって、FnbAで免疫化すると、FnbAは、直ちにフィブロネクチンおよびフィブリンに対する共有結合的(不可逆的な)架橋を行う。この抗原とヒトタンパク質との不可逆的複合体の形成は、免疫反応を低下させる可能性、および阻害/中和活性を持たない抗体の産生をもたらす可能性が非常に高い。」(2頁10?19行) (エ) 「・・・その改変は、黄色ブドウ球菌(S.aureus)株ATCC49525由来のFnbAのGln103、Gln105、Lys157、Lys503、Lys620、Lys762、Gln783、およびGln830に相当する残基からなる群より選択される少なくとも一つのアミノ酸の変異であり、ここでこの改変型フィブロネクチン結合タンパク質は、免疫原性を保持しており、かつ免疫原性組成物に取り込まれて脊椎動物に投与される場合、第XIII因子、第XIIIa因子または組織トランスグルタミナーゼに対する基質として機能するヒトタンパク質とは共有結合架橋する能力が、野生型Fnbよりも低くなっており、・・・」(3頁16行?4頁3行) (2) 甲第1号証に記載された発明 前記(1)ア(イ)、(ウ)、(エ)及び(カ)より、甲第1号証には、 「S. aureusにより誘起される関節炎を抑制するための薬剤の製造における、rClf(クランピング因子)A40-559の使用」についての発明(以下、この発明を「甲1発明A」という。)、 「rClf(クランピング因子)A40-559からなるS. aureusにより誘起される関節炎を抑制するためのワクチン」についての発明(以下、この発明を「甲1発明B」という。)、及び 「rClf(クランピング因子)A40-559からなるS. aureusにより誘起される関節炎を抑制するための免疫原性医薬組成物」についての発明(以下、この発明を「甲1発明C」という。また、これらの発明をまとめて「甲1発明」という場合がある。)が記載されているということができる。 (3) 本件発明1について ア 本件発明1と甲1発明Aとの対比 本件発明1と甲1発明Aを対比する。 甲1発明におけるrClf(クランピング因子)A40-559は、組換えクランピング因子Aのアミノ酸残基40?559からなるフラグメントであることから、甲1発明におけるrClf(クランピング因子)A40-559は、本件発明1における組換えクランピング因子Aのフィブリノーゲン結合領域(領域A)のアミノ酸残基221?531を含んでなるフラグメントに包含される。また、本件明細書の段落【0070】及び【0071】には、「本発明の好ましい実施形態によれば、治療に用いるための、フィブリノーゲンを結合する能力のない、組換えブドウ球菌フィブリノーゲン結合タンパク質、またはフィブリノーゲン結合領域の少なくとも一部を含んでなるそのフラグメントが提供される。前記組換えブドウ球菌フィブリノーゲン結合タンパク質、またはそのフラグメントを、・・・敗血症性関節炎・・・の治療などの微生物感染症、好ましくは、ブドウ球菌感染症の治療に用いてよいことは理解されるであろう。」と記載されているところ、甲1発明における「S. aureus」は黄色ブドウ球菌のことで(前記(1)ク(イ)参照)、本件明細書に記載された「ブドウ球菌」の一種であることから、甲1発明Aにおける「S. aureusにより誘起される関節炎を抑制するための薬剤」は、本件発明1における「微生物感染症の治療または予防用の薬剤」に包含される。 そうしてみると、本件発明1と甲1発明Aは、 黄色ブドウ球菌により誘起される関節炎を抑制するための薬剤の製造における組換えクランピング因子A(ClfA)のアミノ酸残基40?559フラグメントの使用である点において一致し、 上記組換えクランピング因子Aのアミノ酸残基40?559フラグメントが、本件発明1では「フィブリノーゲンに非共有結合する能力が低減又は欠失した組換えフィブリノーゲン結合タンパク質を生じるアミノ酸残基Pro336及び/またはTyr338において少なくとも一つのアミノ酸残基の欠失又は置換を有」するものであり、かつ、「野生型ClfAタンパク質と比べて大きな免疫応答を誘導する」ものであるのに対して、甲1発明Aでは、上記組換えクランピング因子Aのアミノ酸残基40?559フラグメントは、アミノ酸残基Pro336及び/又はTyr338で欠失も置換もされていない、本件発明1でいう野生型ClfAタンパク質に相当するものである点、において相違する。(甲1発明におけるrClf(クランピング因子)A40-559が本件発明でいう野生型ClfAタンパク質に相当する点については、本件明細書の実施例1において、配列番号3のrClfA40-559を、Pro336及びTyr338に置換を有する変異型のrClfA40-559と比較している点からも理解できる。(「材料と方法」の項の「野生型および変異型組換えClfAによるワクチン接種」(段落【0136】)及び「結果」の項の「組換えClfAタンパク質による免疫化」(段落【0160】)参照)) イ 判断 甲第2号証には、rClfA_((221-559))のY_(338)A変異体タンパク質及びP_(336)S変異体タンパク質が記載されており(前記(1)イ(ウ)、(オ)及び(カ))、これらの変異体タンパク質の構造は野生型rClfA_((221-559))と顕著に相違しないこと(前記(1)イ(エ))、Y_(338)A変異体タンパク質はフィブリノーゲンに結合せず、また、P_(336)S変異体タンパク質とフィブリノーゲンの親和性は顕著に低下したこと(前記(1)イ(オ)及び(カ))も記載されている。しかし、甲1発明の有効成分であるクランピング因子A40-559は、クランピング因子AのAドメイン全体であるのに対し、甲第2号証に記載されたClfA_((221-559))はクランピング因子AのAドメインの中でN1領域(アミノ酸残基40-220)を欠くフラグメントであることから、ClfA_((221-559))のY_(338)A変異体タンパク質及びP_(336)S変異体タンパク質のフィブリノーゲンに結合する能力が低減又は欠失したものであるとしても、クランピング因子AのAドメイン全体を有効成分とする甲1発明Aについて、その有効成分をN1領域を欠くクランピング因子AのAドメインに置き換えることが容易ということはできないし、そもそも、甲第2号証には、そこに記載された変異体タンパク質の免疫応答に関連する記載も示唆もなく、変異体タンパク質を黄色ブドウ球菌により誘起される関節炎を抑制するための薬剤に使用することについても記載も示唆もない。また、甲第3号証には、P336S Y338Aの置換を有するClfAの変異体を発現する細菌(S. aureus 及び L. lactis)が記載されており(前記(1)ウ(イ)ないし(エ))、これらの細菌はフィブリノーゲンに結合しなかったことが記載されている(前記(1)ウ(イ)及び(エ))が、甲第3号証には、これらの細菌からクランピング因子Aタンパク質自体やそのフラグメントを分離・精製した記載はないし、クランピング因子Aやそのフラグメント自体の物性についての記載もない。 さらに、甲第1号証にも、甲1発明の有効成分であるクランピング因子Aのアミノ酸残基40?559フラグメントを他のものに置換して関節炎を抑制するための薬剤を製造しようとすることを示唆する記載はない。 加えて、本件発明は、関節炎を生じさせる量の黄色ブドウ球菌よりも多くの量の黄色ブドウ球菌を感染させた場合のマウスの生存率の点において、甲1発明の有効成分と比較して有利な効果を有することが本件特許の願書に添付された図5に示されている。 そうしてみると、甲1発明Aに甲第2号証又は甲第3号証に記載された事項を組み合わせたとしても、本件発明1を容易に想到することができるということはできず、本件発明1は特許法第29条第2項の規定に違反してされたということはできない。 この点について、異議申立人は、クランピング因子Aがフィブリノーゲンに結合することにより、マクロファージの食作用を妨げること(前記(1)ア(オ)、エ(ア)及びオ(イ))、クランピング因子Aとフィブリノーゲンの結合が、クランピング因子Aに対する特異的抗体が高濃度で誘導されることを抑制する可能性のあること(前記(1)エ(イ))、クランピング因子Aが血小板活性化を刺激すること(前記(1)ウ(ウ))、クランピング因子Aが敗血症性関節炎を誘発する毒性因子であること(前記(1)ア(エ)、オ(ア)及びカ)が、甲第1、3?6号証に記載されているように本件特許の優先権主張日前に公知であったことから、当業者はクランピング因子Aをワクチンとして使用するには危険があることを十分に認識していたところ、ワクチンの開発において、免疫原性は維持したまま抗原の有する好ましくない機能を解消させる方法は甲第7号証に記載されているように周知慣用の方法であり、また、タンパク質にアミノ酸変異を導入することによって免疫原性は維持したまま抗原の好ましくない機能を解消させる方法も甲第8号証に記載されているように周知慣用の方法であることから、クランピング因子Aの好ましくない作用を回避するために、クランピング因子Aの免疫原性は保持されているがフィブリノーゲンには結合しない甲第2又は3号証に記載されたクランピング因子Aの変異体をワクチンとして使用することを、当業者は容易に想到することができた旨を主張する。 しかし、甲1発明Aにおける有効成分を甲第2又は3号証に記載されたクランピング因子Aの変異体に置換することは、甲第1ないし3号証には記載も示唆もないことは、上述したとおりであるし、甲1発明は、申立人がワクチンとして使用するには危険があることを当業者が十分に認識していたというクランピング因子Aのフラグメントをワクチンとして使用する発明であることから、クランピング因子Aの様々な機能が甲第1、3?6号証に記載されていたとしても、クランピング因子Aをワクチンとして使用するには危険があるというのは、申立人の独自の見解で、これを根拠とする申立人の主張を採用することはできない。 また、異議申立人は、甲第4号証における「おそらくS. aureus表面上のClfAが血中でフィブリノーゲンに結合する能力は、それに対する特異的抗体の高いレベルの誘導を抑制しているであろう。」との記載(前記(1)エ(イ))を根拠に、野生型クランピング因子Aはフィブリノーゲンと結合することで免疫応答が妨げられているところ、フィブリノーゲンに結合しないクランピング因子Aの変異体は野生型よりも強い免疫応答を誘発するので、当業者は、フィブリノーゲンと結合しないクランピング因子Aの変異体を使用するものであり、また、クランピング因子Aの変異体が野生型のものと比較して大きな免疫応答を誘導することも予測することができた旨も主張する。 しかし、野生型のクランピング因子Aがフィブリノーゲンと結合することが原因でクランピング因子Aに対する抗体産生が妨げられている可能性があるとしても、フィブリノーゲンに結合しないクランピング因子Aの変異体であれば、フィブリノーゲンと結合する野生型のクランピング因子Aと比較してより強い免疫応答を誘発するということは、当該技術分野における技術常識として確立したものではなく、実際に実験を行うことにより確認しなければ判明しない事項であるし、そもそも、甲第1号証には、クランピング因子Aのアミノ酸残基40?559フラグメントを投与した場合に、当該フラグメントに対する抗体が検出されたことが示されている(前記(1)ア(ウ))ことから、甲第1号証に接した当業者が、さらに強力な免疫応答を得るために、フィブリノーゲンと結合しないクランピング因子Aの変異体を使用することを想到するものではない。申立人の主張は、本件発明に接した上でその容易想到性についての論理を構成するものであって、このような主張を採用することはできない。 (4) 本件発明9について ア 本件発明9と甲1発明Bとの対比 本件発明9と甲1発明Bを対比すると、両者は、 組換えクランピング因子A(ClfA)のアミノ酸残基40?559フラグメントを含んでなる、黄色ブドウ球菌により誘起される関節炎を抑制するためのワクチンである点において一致し、 上記組換えクランピング因子Aのアミノ酸残基40?559フラグメントが、本件発明9では「フィブリノーゲンに非共有結合する能力が低減又は欠失した組換えフィブリノーゲン結合タンパク質を生じるアミノ酸残基Pro336及び/またはTyr338において少なくとも一つのアミノ酸残基の欠失又は置換を有」するものであり、かつ、「野生型ClfAタンパク質と比べて大きな免疫応答を誘導する」ものであるのに対して、甲1発明Bでは、上記組換えクランピング因子Aのアミノ酸残基40?559フラグメントは、アミノ酸残基Pro336及び/又はTyr338で欠失も置換もされていない、本件発明9でいう野生型ClfAタンパク質に相当するものである点、において相違する。 イ 判断 上記本件発明9と甲1発明Bの相違点は、前記(3)アで述べた本件発明1と甲1発明Aの相違点と同じものであることから、その判断についても、前記(3)イで述べたとおりである。そうしてみると、甲1発明Bに甲第2号証又は甲第3号証に記載された事項を組み合わせたとしても、本件発明9を容易に想到することができるということはできず、本件発明9は特許法第29条第2項の規定に違反してされたということはできない。 (5) 本件発明10について ア 本件発明10と甲1発明Cとの対比 本件発明10と甲1発明Cを対比すると、両者は、 組換えクランピング因子A(ClfA)のアミノ酸残基40?559フラグメントを含んでなる、黄色ブドウ球菌により誘起される関節炎を抑制するための免疫原性医薬組成物である点において一致し、 上記組換えクランピング因子Aのアミノ酸残基40?559フラグメントが、本件発明10では「フィブリノーゲンに非共有結合する能力が低減又は欠失した組換えフィブリノーゲン結合タンパク質を生じるアミノ酸残基Pro336及び/またはTyr338において少なくとも一つのアミノ酸残基の欠失又は置換を有」するものであり、かつ、「野生型ClfAタンパク質と比べて大きな免疫応答を誘導する」ものであるのに対して、甲1発明Cでは、上記組換えクランピング因子Aのアミノ酸残基40?559フラグメントは、アミノ酸残基Pro336及び/又はTyr338で欠失も置換もされていない、本件発明10でいう野生型ClfAタンパク質に相当するものである点において相違し(相違点1)、また、本件発明10の組成物は製薬上許容されるアジュバントを含むのに対し、甲1発明Cでは、製薬上許容されるアジュバントを含むことは不明である点において相違する(相違点2)。 イ 判断 上記相違点1は、前記(3)アで述べた本件発明1と甲1発明Aの相違点と同じものであることから、その判断についても、前記(3)イで述べたとおりである。そうしてみると、上記相違点2について検討するまでもなく、甲1発明Cに甲第2号証又は甲第3号証に記載された事項を組み合わせたとしても、本件発明10を容易に想到することができるということはできず、本件発明10は特許法第29条第2項の規定に違反してされたということはできない。 (6) 本件発明2ないし8及び11ないし16について 本件発明2ないし8及び11ないし16は、本件発明1、9又は10を引用する発明であるか、又は、本件発明1を引用する発明を引用する発明である。ここで、本件発明1、9及び10が、特許法第29条第2項の規定に反してされたものということはできない点は、前記(3)ないし(5)で述べたとおりであることから、本件発明2ないし8及び11ないし16についても、同様の理由で特許法第29条第2項の規定に反してされたものということはできない。 5 申立理由2(特許法第36条第6項第2項違反)について (1) 申立人は、本件発明5は、本件発明1ないし4のいずれか一つの発明を引用する発明であるが、本件発明1ないし4に含まれていないアミノ酸残基Ala254、Tyr256、Ile387、Lys389、Glu526、Val527を置換することが含まれているので、明確ではないと主張する。しかし、本件発明1において、その薬剤の製造において使用する物質は、「組換えクランピング因子A(ClfA)タンパク質、またはフィブリノーゲン結合領域(領域A)のアミノ酸残基221?531を含んでなるそのフラグメント」で、「該組換えクランピング因子A(ClfA)タンパク質又はそのフラグメントが、フィブリノーゲンに非共有結合する能力が低減又は欠失した組換えフィブリノーゲン結合タンパク質を生じるアミノ酸残基Pro336及び/またはTyr338において少なくとも一つのアミノ酸残基の欠失又は置換を有」する物質であり、かつ、「野生型ClfAタンパク質と比べて大きな免疫応答を誘導する」物質であるところ、当該物質のアミノ酸残基Ala254、Tyr256、Ile387、Lys389、Glu526及び/又はVal527が、Ala又はSerのいずれかと置換されているか否かは、本件発明1ではなんら特定されていないのであるから、本件発明1は、上記アミノ酸残基がAla又はSerのいずれかと置換されている場合を包含するものと解される。また、本件発明2ないし4についても同様である。そうしてみると、本件発明5は、本件発明1ないし4の一つの態様に係る発明として明確であると解することができるので、申立人の主張は失当である。 (2) 本件発明9又は10を引用する本件発明14についても、本件発明9におけるワクチンの有効成分及び本件発明10における免疫原性組成物の有効成分は、本件発明1において、その薬剤の製造において使用する物質と同一の物質であることから、前記(1)で述べた理由と同様の理由により、本件発明14は明確である。 また、本件発明6ないし8は本件発明5を引用する発明であるが、前記(1)で述べたように本件発明5は明確であることから、本件発明6ないし8についても明確である。 (3) したがって、申立人の主張する理由によって、本件特許が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたということはできない。 6 むすび 以上に述べたとおり、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし16に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に請求項1ないし16に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2015-12-21 |
出願番号 | 特願2010-544703(P2010-544703) |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(A61K)
P 1 651・ 537- Y (A61K) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 長谷川 茜 |
特許庁審判長 |
内藤 伸一 |
特許庁審判官 |
大久保 元浩 大宅 郁治 |
登録日 | 2015-03-13 |
登録番号 | 特許第5709527号(P5709527) |
権利者 | ザ プロボスト フェローズ アンド スカラーズ オブ ザ カレッジ オブ ザ ホーリー アンド アンディバイデッドトリニティー オブ クイーン エリザベス ニア ダブリン |
発明の名称 | 微生物感染症の治療 |
代理人 | 新井 栄一 |
代理人 | 平木 祐輔 |
代理人 | 田中 夏夫 |
代理人 | 藤田 節 |