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審決分類 審判 全部申し立て 判示事項別分類コード:なし  A01N
管理番号 1311823
異議申立番号 異議2015-700155  
総通号数 196 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-04-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2015-11-06 
確定日 2016-01-25 
異議申立件数
事件の表示 特許第5718143号「蒸散材」の請求項1ないし4に係る特許に対する特許異議の申立てについて、次のとおり決定する。 
結論 特許第5718143号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 1 手続の経緯
本件特許第5718143号の請求項1ないし4に係る特許についての出願は、平成23年5月10日を出願日とする出願であって、平成27年3月27日に特許の設定登録がされ、同年5月13日に特許公報が発行され、同年11月6日に、その特許に対し、特許異議申立人大日本除蟲菊株式会社(以下「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。


2 本件発明
本件特許第5718143号の請求項1ないし4に係る特許は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下、それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明4」といい、まとめて「本件発明」ともいう。)。

「【請求項1】
蒸散成分を保持した揮散体を備えた蒸散材であって、前記揮散体が、短繊維および長繊維からなり通気孔を設けたものであることを特徴とする蒸散材。
【請求項2】
前記揮散体が、短繊維および長繊維からなるネットである請求項1に記載の蒸散材。
【請求項3】
前記短繊維と長繊維の割合が、重量比で短繊維:長繊維=10:90?80:20である、請求項1または2に記載の蒸散材。
【請求項4】
前記揮散体を保持した枠体と、通気性を有し前記枠体を着脱自在に収納した収納体とを、さらに備えた、請求項1?3のいずれかに記載の蒸散材。」


3 特許異議申立ての概要及び提出した証拠
(1)申立ての理由1
請求項1ないし4に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証ないし甲第3号証に記載された発明から容易に発明することができたものであるから、それらの特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきである。

(2)申立ての理由2
請求項3に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでなく、特許請求の範囲の記載が、第36条第6項第1号に適合するものではないから、その特許は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきである。

(3)証拠方法
甲第1号証:国際公開第2010/058817号
甲第2号証:特開昭57-143551号公報
甲第3号証:特開2008-136558号公報


4 申立ての理由1について
(1)刊行物の記載
ア 甲第1号証
本件特許出願前に頒布された甲第1号証には、以下の記載がある。
(1a)「[請求項1] 複数本の吸液性フィラメントからなる糸で形成された編織物に蒸散成分を保持させた蒸散成分保持体を備えた蒸散材であって、前記編織物を形成する糸の少なくとも一部に捲縮が付与されていることを特徴とする蒸散材。
[請求項2] 前記編織物がレース編により形成されたものである、請求項1記載の蒸散材。」(請求の範囲)

(1b)「[0001] 本発明は、例えば、害虫防除剤(殺虫剤、忌避剤等)、芳香剤、消臭・防臭剤、殺菌・防カビ剤等の蒸散成分を常温下で蒸散させて、効果を発現させる蒸散材に関する。」

(1c)「[0005] そこで、本発明は、蒸散成分の保持量を高め、該蒸散成分の蒸散による効果をその効力を落とすことなく長期間にわたり継続して発現できる蒸散材を提供することを目的とする。」

(1d)「[0010] 本発明の蒸散材は、編織物に蒸散成分を保持させた蒸散成分保持体を備えたものである。
本発明において、前記編織物とは、編物または織物を意味し、例えば、比較的目開きの小さい布地状のものから、比較的目開きの大きいネット状のものまでを含む概念である。詳しくは、前記織物とは、経糸と緯糸とが互いに直角の方向に交錯して形成されるものである。他方、前記編物とは、例えば、1本あるいは数本の糸がループを作り、そのループに次の糸を引っ掛けて新しいループを作ることを連続するなどして、糸を互いに絡み合わせて形成されるものであり、レース編みやメリヤス編みなどで形成されたものが挙げられる。
[0011] 本発明において、前記編織物を形成する糸(経糸、緯糸)は、複数本の吸液性フィラメントからなる。つまり、編織物を形成する糸は、吸液性を有するモノフィラメントを複数本束ねた、いわゆるマルチフィラメントであってもよいし、もしくは、吸液性を有するモノフィラメントまたは前記マルチフィラメントの2本以上を編んだり、撚ったりすることにより、1本の糸束としたものであってもよい。
前記編織物を形成する吸液性フィラメント(モノフィラメント)の直径は、特に制限されないが、通常20?500dtex、好ましくは50?300dtexであるのがよい。吸液性フィラメント(モノフィラメント)の直径が小さすぎると、蒸散成分(薬剤)の保持量が少なくなるおそれがあり、一方、大きすぎると、編織物の目開きが小さくなり、保持された蒸散成分の蒸散性が低下するおそれがある。」

(1e)「[0032] 本発明の蒸散材は、前記蒸散成分保持体とともに、該蒸散成分保持体を保持したカートリッジ式の枠体と、通気性を有し前記枠体を着脱自在に収納した収納体とを備えたものであることが好ましい。このようにカートリッジ式枠体と収納体とを備えた形態であれば、例えば、蒸散成分が全てもしくは殆ど蒸散してしまい効力が消失もしくは低下した場合に、この使用後の枠体を新たな蒸散成分保持体を保持した枠体に取替えることで、再度、優れた効果を発現させることができ、しかも、枠体の取替えに際しても、収納体への着脱が一回の操作(ワンタッチ)で簡便に行なえる。以下、このようにカートリッジ式枠体と収納体とを備えた実施形態の一例を、図面を用いて説明する。」

(1f)「[0043] 以下に実施例において本発明を具体的に説明するが、これらの実施例に限定されるものではない。
(参考例1?4)
ポリエステルからなるマルチフィラメント(モノフィラメント数50本)に、加ねん-熱固定-解ねん法によるテクスチャード加工を施すことにより捲縮率13%で捲縮を付与し、得られた糸を用いて、レース編みによるネット状の編織物(ネット)を作製した。
すなわち、図2に示すレース編みの形態において、各列に用いる糸の数、そのうち経方向に走行させる経糸の本数と別の経糸に絡ませる経糸の本数との比率、絡み合わせる別の経糸の位置(何本の経糸を間に飛ばして絡み合わせるか)を変更することにより、緯方向に配される経糸の数(x)および経方向に配される経糸の数(y)がそれぞれ下記の通り
であるレース編みによるネット状の編織物(ネット)を作製した。
参考例1;x=2、y=2
参考例2;x=3、y=2
参考例3;x=2、y=3
参考例4;x=3、y=3
[0044] 得られた各編織物(ネット)について、目開きの割合(%)、緯方向および経方向に配される経糸の合計幅(mm)、目付け(g/m^(2))、厚み(mm)を測定したところ、表1に示す通りであった。
緯方向および経方向に配される各経糸の合計幅(mm)は、デジタルマイクロスコープ(「VHX-900」(株)キーエンス製)を用いて、得られたネットの表面を50倍に拡大した画像に基づいて測定し、さらに、この測定値と、一定面積(z)における緯方向および経方向の経糸の本数とから、一定面積(z)あたりの目開き面積を算出し、下記式に従い目開きの割合(%)を求めた。なお、測定はネット全体の任意の3箇所で行い、その平均値をとった。
目開きの割合(%)
=〔一定面積(z)あたりの目開き面積/一定面積(z)〕×100
他方、上記厚み(mm)は、厚み計(「DIAL THICKNESS GAUGE」(株)尾崎製作所製)を用いて測定した。」

イ 甲第2号証
本件特許出願前に頒布された甲第2号証には、以下の記載がある。
(2a)「2.特許請求の範囲
1.少なくとも20重量%以上が人工繊維からなる繊維集合体であって、繊維が全体として略均一となる様に配置されており、かつ繊維同志がそれらの多数の接触点に於て接着されている繊維成形体からなることを特徴とする揮発性物質を含有する液体含浸用保持体。」

(2b)「本発明は、香料、消臭剤、殺虫剤、防黴剤、消毒剤、忌避剤、誘引剤等を含む液体を含浸保持させた状態で、大気中に置いたときに揮発性物質をなるべく一定量づつ徐々に放出させることを目的とした用途に供する。」(第2頁右上欄第10?14行目参照)

(2c)「本発明による保持体は、原料繊維の形態や、製造方法によって限定されるものではなく、例えば原料繊維がステープルファイバーであっても、又、フィラメントやトウであっても又、製造方法では繊維の開繊を行なう装置、使用するバインダーの種類や量、加熱や乾燥の方法などはどの様なものであっても良い。」(第5頁左上欄第14?20行目参照)

(2d)「〔実施例1〕表1に示す種類の繊維各々を開繊機にかけてよく開繊したもの各々4gに表中記載のバインダーを均一に散布した後、内径70mmの金属製円筒に詰め、外径70mmの多孔円盤で筒内上下から押えて繊維充填部の厚さが5mm,10mmおよび15mmになる様に調節した後、70℃の温度下で30分間硬化させ、直径が70mm、厚さが各々5mm,10mmおよび15mmの第1図に示すような円盤状繊維成形体を得た。


」(第5頁右上欄第5頁右上欄第11行目?最下行、左下欄表1参照)

(2e)「〔実施例3〕単糸繊度が4デニールの、捲縮のかかった酢酸繊維素の長繊維がほぼ10万本集まったトウを開繊してトリアセチンを均一に散布した後内径25mm長さ30cmの真鍮製円筒内に引き入れ、円筒のまま105℃で30分間加熱して直径25mm,長さ30cm,空間率91%,Wの値が17.88,Dの値が5.75の繊維成型保持体を得た。」(第7頁左上欄第1?8行目参照)

ウ 甲第3号証
本件特許出願前に頒布された甲第3号証には、以下の記載がある。
(3a)「【請求項1】
容器内に収容された芳香液を、吸上芯で吸上げ、吸上げた芳香液を該吸上芯と接触して設けられた揮散体から該容器外に揮散させる消臭芳香器において、該揮散体に亜鉛化合物を担持させたことを特徴とする消臭芳香器。」

(3b)「【0013】
本発明の消臭芳香器は、揮散体に活性炭を含有させたものに比べ、揮散体での香料等の成分の吸着が少なく、芳香効果及び消臭効果の低下を抑制することができるため、悪臭の除去と芳香の付与を同時に行うことができ、その効果が長期間持続するものである。」

(3c)「【0020】
一方、揮散体としては、従来公知の揮散体を使用することができるが、例えば2枚の不織布を用い、基体となる不織布上に、エアーレイ法等従来公知のウェブ形成法により繊維と熱融着性バインダーを混合した繊維層を形成し、その上から被覆体となる不織布で覆い、スルーエアドライヤーを通過させる方法等で乾燥し、熱カレンダー装置や熱エンボス装置により接着、成型することができる。揮散体に亜鉛化合物を担持させるに当たっては、従来公知の担持方法により担持させることができるが、好ましくは次に挙げるいずれかの方法により、この揮散体中に亜鉛化合物を担持させれば良い。」

(3d)「【0024】
上記各方法において、繊維層に用いられる繊維としては、従来公知のもの、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、パルプ、レーヨン、セルロース、アセテート、アクリル、ナイロン、ビニロン、ポリエステル、ポリ塩化ビニル、羊毛、綿、シルク等の長繊維又は短繊維の1種若しくは2種以上を混合したものが挙げられる。」


(2)甲第1号証に記載された発明
甲第1号証には「複数本の吸液性フィラメントからなる糸で形成された編織物に蒸散成分を保持させた蒸散成分保持体を備えた蒸散材」と記載され(摘示1a)、「ポリエステルからなるマルチフィラメント(モノフィラメント数50本)に、加ねん-熱固定-解ねん法によるテクスチャード加工を施すことにより捲縮率13%で捲縮を付与し、得られた糸を用いて、レース編みによるネット状の編織物(ネット)を作製した」と記載され(摘示1f)、甲第1号証の「本発明において、前記編織物とは、編物または織物を意味し、例えば、比較的目開きの小さい布地状のものから、比較的目開きの大きいネット状のものまでを含む概念である。」との記載(摘示1d)及び技術常識から編織物が目開きを有することは明らかであるので、甲第1号証には、「蒸散成分を保持した保持体を備えた蒸散材であって、前記保持体が、マルチフィラメントからなり、目開きを有するネットであることを特徴とする蒸散材」(以下「引用発明」という。)が記載されているといえる。


(3)対比・判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と引用発明とを対比すると、引用発明の「保持体」と本件発明1の「揮散体」とは、ともに蒸散成分を保持する部材であり、単に名称が異なるのみであるから、引用発明の「蒸散成分を保持した保持体を備えた蒸散材」は、本件発明1の「蒸散成分を保持した揮散体を備えた蒸散材」に相当する。
また、本件発明1の揮散体と引用発明の保持体とは、ともに繊維から作成されている。
さらに、本件特許の明細書には、「ネットの目開き(通気孔)」と記載されている(【0029】)ことから、引用発明の「目開きを有する」は、本件発明1の「通気孔を設けたもの」に相当する。
そして、本件特許の明細書には、「長繊維の糸は、複数本のフィラメントからなる。」と記載(【0017】)されていること、及び、繊維分野の技術常識から、引用発明の「マルチフィラメント」は、本件発明1の長繊維に相当する。

したがって、本件発明1と引用発明とは、「蒸散成分を保持した揮散体を備えた蒸散材であって、前記揮散体が、長繊維からなり通気孔を設けたものであることを特徴とする蒸散材」である点で一致し、以下の点で相違している。

【相違点】本件発明1では、揮散体を構成する繊維が短繊維および長繊維の混合物であるのに対して、引用発明では、揮散体を構成する繊維が長繊維である点

(イ)相違点についての判断
以下、相違点について検討する。
a 引用発明と甲第2号証の記載について
甲第2号証には、香料、消臭剤、殺虫剤、防黴剤、消毒剤、忌避剤、誘引剤等の揮発性物質を含有する液体含浸用保持体(摘示2a、2b)が記載されており、原料繊維として短繊維を用いた液体含浸用保持体(摘示2d)と、原料繊維として長繊維を用いた液体含浸用保持体(摘示2e)とが、それぞれ記載されており、原料繊維がステープルファイバーであっても、又、フィラメントやトウであってもよい旨も記載(摘示2c)されているものの、長繊維と短繊維の混合物を使用することについては、記載も示唆もされていない。
このため、引用発明に甲第2号証に記載された技術事項を組み合わせたところで、「繊維が短繊維と長繊維の混合物であること」を発明特定事項とする本件発明1を容易になし得たとは認められない。

b 引用発明と甲第3号証の記載について
甲第3号証には、芳香液を揮散体から揮散させる消臭芳香器が記載されており(摘示3a、3b)、当該揮散体は繊維層からなることが記載されており(摘示3c)、当該繊維層に用いられる繊維として、長繊維又は短繊維の1種若しくは2種以上を混合したものが挙げられている(摘示3d)ものの、具体的に長繊維と短繊維の混合物を使用することについては、記載も示唆もされていない。
このため、引用発明に甲第3号証に記載された技術事項を組み合わせたところで、「繊維が短繊維と長繊維の混合物であること」を発明特定事項とする本件発明1を容易になし得たとは認められない。

c 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、本件特許発明1の課題と甲第1号証ないし甲第3号証の課題とは、蒸散成分を長期間にわたり安定して蒸散させるという点で共通するものであり、甲第1号証ないし甲第3号証には、本件特許発明1に想到するための強い動機付けが存在し、甲第1号証に甲第2号証及び甲第3号証を適用することは極めて容易であり、甲第2号証及び甲第3号証には、甲第1号証への適用を阻害する特段の事由も認められないから、それらの開示から当業者が本件発明1を容易に想到し得るものである旨を主張している。
しかしながら、上記a、bに示したとおり、甲第1号証に甲第2号証及び甲第3号証を適用したところで、当業者が本件発明1を容易になし得たとはいえない。

(ウ)まとめ
以上、(ア)、(イ)に示したとおり、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証ないし甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

イ 本件発明2ないし4について
本件発明2は、本件発明1において、揮散体が短繊維及び長繊維からなるネットであることが特定されたものであり、本件発明3は、本件発明1ないし2において、短繊維と長繊維の重量比が10:90?80:20であることが特定されたものであり、本件発明4は、本件発明1ないし3において、揮散体を保持した枠体と、通気性を有し前記枠体を着脱自在に収納した収納体とをさらに備えることが特定されたものである。
ここで、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証ないし甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものとはいえないから、本件発明2ないし4についても、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証ないし甲第3号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

ウ 小括
上記ア、イに示したとおり、本件発明1ないし4は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証ないし甲第3号証に記載された発明から容易に発明することができたものとはいえない。


5 申立ての理由2について
特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この観点に立って検討する。

(1)本件特許の発明の詳細な説明の記載
本件特許の発明の詳細な説明には、以下のとおり、本件発明の課題に関連して(a)が、その解決手段に関連して(b)が、本件発明における長繊維と短繊維の使用量に関連して(c)が、具体的な実施例として(d)が、それぞれ記載されている。
(a)「【0005】
本発明は、蒸散成分の保持量を高め、かつ該蒸散成分を長期間にわたり安定して蒸散させることができる蒸散材を提供することを課題とする。」

(b)「【0008】
本発明の蒸散材によれば、揮散体が短繊維を含有することにより蒸散成分の保持量が高まり、かつ揮散体には通気孔が形成されているので、前記蒸散成分の有効量を長期間にわたり安定して蒸散させることができる、という効果がある。
具体的には、本発明の蒸散材では、揮散体の単位面積あたりに保持させうる蒸散成分(薬剤)の量を従来よりも高めることができ、その有効期間も長期化させることが可能になる。」

(c)「【0014】
短繊維と長繊維とは、重量比で短繊維:長繊維=10:90?80:20の割合であるのがよい。短繊維の割合が上記範囲より少なく、長繊維の割合が上記範囲より多い場合には、薬剤の保持量を高めることが困難になるおそれがある。一方、短繊維の割合が上記範囲より多く、長繊維の割合が上記範囲より少ない場合には、得られるネットの強度が劣り、ネットへの編み上げ加工も困難になるおそれがある。」

(d)「【0052】
(実施例1?4)
経糸として、ポリエチレンテレフタレートの短繊維(太さ30番手、繊維長51mm)を紡績した糸(ステープル・ヤーン)と、ポリエチレンテレフタレートの長繊維であるマルチフィラメント(モノフィラメント数50本)の糸(フィラメント・ヤーン)とをそれぞれ用いて、レース編みによるネットを作製した。
すなわち、図2に示すレース編みの形態において、各列に用いる糸の種類(すなわち上記ステープル・ヤーンおよびフィラメント・ヤーンのいずれか)と数、そのうち経方向に走行させる経糸の本数と別の経糸に絡ませる経糸の本数との比率、絡み合わせる別の経糸の位置(何本の経糸を間に飛ばして絡み合わせるか)を変更することにより、レース編みによるネット(蒸散材)を作製した。
各実施例における短繊維の使用量、全繊維量および短繊維の割合を表1に示す。
【表1】


【0053】
(実施例5)
実施例4と同じ糸を使用し、目開きをできるだけ小さくなるようにレース編みした以外は、実施例4と同様にしてネットを作製した。得られたネットの目開きの割合は21%であった。
【0054】
得られた各ネットについて、目開きの割合(%)、緯方向および経方向に配される経糸の合計幅(mm)、目付け(g/m^(2))、厚み(mm)を測定した。その結果を表2に示す。
緯方向および経方向に配される各経糸の合計幅(mm)は、デジタルマイクロスコープ(「VHX-900」、(株)キーエンス製)を用いて、得られたネットの表面を30倍に拡大した画像に基づいて測定した。この測定値と、一定面積(z)における緯方向および経方向の経糸の本数とから、一定面積(z)あたりの目開き面積を算出し、下記式に従い目開きの割合(%)を求めた。なお、測定はネット全体の任意の3箇所で行い、その平均値をとった。
目開きの割合(%)
=〔一定面積(z)あたりの目開き面積/一定面積(z)〕×100
他方、上記厚み(mm)は、厚み計(「DIAL THICKNESS GAUGE」、(株)尾崎製作所製)を用いて測定した。
【0055】
(比較例1)
ポリエチレンテレフタレートの長繊維であるマルチフィラメント(モノフィラメント数50本)の糸(フィラメント・ヤーン)に捲縮を施すことなく、これを経糸として用いた以外は、実施例1?5と同様にして、レース編みによるネットを作製した。
得られたネットについて、実施例1?5と同様に、目開きの割合(%)、緯方向および経方向に配される経糸の合計幅(mm)、目付け(g/m^(2))、厚み(mm)を測定した。その結果を表2に併せて示す。
【0056】
上記実施例1?5および比較例1で得られた各ネットの網目を模式的に図8A?図8Fに示す。いずれの場合も、編み目は経糸21と緯糸22とからなり、通気孔となる目開きが経糸21と緯糸22とから形成される。これらの図から、目開きの大きさが概略的に理解できる。実施例5の網目を示す図8Eにおいて、経糸21は幅(太さ)が0.96mmであり、緯糸22は幅(太さ)が0.59mmの緯糸22aと、幅(太さ)が1.13mmの緯糸22bとから構成されている。
また、上記実施例1?5および比較例1で得られた各ネットについて、流動パラフィンを薬剤と仮定し、その含浸許容量を評価した。すなわち、得られた各ネットを10cm×10cmの大きさに裁断し、50℃で1時間乾燥させた後、乾燥後のネットの重量W1を測定した。次いで、乾燥後のネットを流動パラフィン中に10分間浸漬した後、過剰量の流動パラフィンをろ紙(No.2)を用いて除去し、再度、ネットの重量W2を測定した。得られた乾燥後の重量W1と含浸後の重量W2との差を、ネットが保持できる薬剤の含浸許容量(g)とした。なお、各測定は3回ずつ行い、その平均値で評価した。
得られた各ネットの含浸許容量(g)を表2に示す。また、各ネットの比較を容易にするため、含浸量比率(%)および単位目付け当りの薬剤保持量(g/g)を求めた。試験結果を表2に示す。
なお、含浸量比率(%)は、〔比較例1の単位目付当りの薬剤保持量(g/g)/実施例の単位目付当りの薬剤保持量(g/g)〕×100により求めたものである。
【表2】


表2より、実施例1?5で得られたネットは、いずれも比較例1で得られたネットよりも高い含浸許容量を有していることがわかる。
【0057】
(比較例2)
ネットに代えて、目付量が63.8g/m^(2)のPET製不織布を使用した以外は、実施例1?5と同様にして試験試料を作製した。
【0058】
(比較例3)
ネットに代えて、目付量が357.8g/m^(2)の防虫剤マット(パルプ製原紙)を使用した以外は、実施例1?5と同様にして試験試料を作製した。
【0059】
(揮散試験1)
上記実施例1,2,4,5および比較例1,2,3で得られたネット等の試料を用いて、以下の手順で薬剤の揮散試験を行った。
(a)試料を165mm×85mmに裁断し、図6に示すようなポリエチレンテレフタレート製の枠体2に固定した。
(b)メトフルトリン100mgと流動パラフィン40S(中央化成株式会社製)の75mgとを混合して得た薬剤液175mgを試料に含浸させた。
(c)試料全体に薬剤液が拡散した後、風通しの良い屋外空間に吊るし、1、3、4および6日後に試料を回収した。
(d)下記方法に従って残存薬剤の定量分析を行った。
(イ) 回収した試料をステンレスバットに入れ、内標準溶液5mLを加えた。
(ロ) 全体が浸かる程度にトルエンを加えて、一晩静置し、有効成分を抽出し、試料溶液を得た。
(ハ) メトフルトリン標準品の約0.1gを精密に量り取り、内標準溶液5mLを加えて標準溶液とする。
(ニ) 試料溶液および標準溶液の各1μLにつき、ガスクロマトグラフィーにより、それぞれのピーク面積比を求め、このピーク面積比よりメトフルトリンの定量を行った。
試験結果を表3A,3Bに示す。なお、表3Aと表3Bは、それぞれ別々の期間に行なった試験結果である。風の通り具合や温度が実施期間によって異なるので、測定条件を揃えるために、それぞれの期間で実施した実施例5の数値を併記した。
【0060】
【表3A】


【表3B】


表3A,3Bから明らかなように、実施例1,2,4,5では、比較例1で得られた長繊維糸からなるネットと同様に薬剤は安定した揮散パターンで揮散することが確認できた。一方、比較例2,3で用いた開孔部の無い不織布およびパルプ製原紙では、薬剤の揮散量が小さく、有効量の薬剤が放出されていない。
以上の結果から、本発明の蒸散材はネット面積あたりの薬剤含浸許容量が大きく、長期間にわたり、安定した薬剤揮散量を得られることがわかった。」

(2)本件発明3の課題
摘示(a)によれば、本件発明3は「蒸散成分の保持量を高め、かつ該蒸散成分を長期間にわたり安定して蒸散させることができる蒸散材を提供すること」を課題とするものであると認められる。

(3)判断
本件発明3は、短繊維と長繊維とを「重量比で短繊維:長繊維=10:90?80:20」で用いるものである。
これに対し、本件特許の発明の詳細な説明には、摘示(b)に「揮散体が短繊維を含有することにより蒸散成分の保持量が高まり」と記載され、具体例として、短繊維:長繊維=13.97:86.03?65.82:34.18で用いた実施例が開示されており、そのいずれもが、長繊維のみを用いた比較例に対して、優れた含浸許容量を示すことも開示されており、蒸散成分を長期間にわたり安定して蒸散させることも開示されており、短繊維と長繊維とを、重量比で短繊維:長繊維=10:90?80:20の割合とすることにより、高い薬剤の保持量と得られるネットの強度を両立しうることも記載されている(摘示C)ことから、発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明3の課題を解決できると認識できると認められる。
よって、本件発明3は、発明の詳細な説明に記載したものであるから、第36条第6項第1号に適合するものであり、特許法第36条第6項の規定を満たす。


6 むすび
したがって、特許異議申立人が主張する特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし4の特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-01-15 
出願番号 特願2011-104914(P2011-104914)
審決分類 P 1 651・ - Y (A01N)
最終処分 維持  
前審関与審査官 太田 千香子  
特許庁審判長 佐藤 健史
特許庁審判官 木村 敏康
辰己 雅夫
登録日 2015-03-27 
登録番号 特許第5718143号(P5718143)
権利者 アース製薬株式会社
発明の名称 蒸散材  
代理人 深井 敏和  
代理人 沖中 仁  

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