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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 B60W
管理番号 1312461
審判番号 不服2015-10346  
総通号数 197 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-05-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-06-02 
確定日 2016-03-17 
事件の表示 特願2012- 59155「走行軌跡制御装置」拒絶査定不服審判事件〔平成25年 9月30日出願公開、特開2013-193467〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成24年3月15日の出願であって、平成26年12月18日付けで拒絶理由が通知され、平成27年2月9日に意見書及び手続補正書が提出されたが、平成27年2月24日付けで拒絶査定がされ、これに対して平成27年6月2日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1ないし3に係る発明は、平成27年2月9日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲並びに出願当初の明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項によって特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりのものである。

「 【請求項1】
ギヤ比可変ステアリングシステム、電動パワーステアリングシステム、および後輪操舵システムを搭載した車両における、車両前方における自車の走行車線情報を検出し、該走行車線情報に基づいて車両を制御する走行軌跡制御装置において、
前記走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下した場合又は当該走行車線情報の検出が途切れた場合、前記ギヤ比可変ステアリングシステム、前記電動パワーステアリングシステム、および前記後輪操舵システムの目標項目に対応する制御項目の制御応答性を、該基準検出精度の走行車線情報が検出された場合と比較して上げることにより、走行軌跡制御中の車体ヨーレート、車体横加速度又は車体スリップ角の内の少なくとも1つの制御応答性を上げることを特徴とした走行軌跡制御装置。」

第3 引用文献
(1)引用文献の記載
本願の出願前に頒布され、原査定の理由に引用された刊行物である特開2007-99124号公報(以下、「引用文献」という。)には図面とともに次の記載がある。なお、下線は、当審で付した。

ア 「【要約】
【課題】白線の検出精度が低い状況下でも、的確な車線逸脱防止制御を可能にする。
【解決手段】車線逸脱防止装置は、増加側変化量リミッタLup、最大値リミッタLmax及び減少側変化量リミッタLdownを設定するとともに(ステップS6)、基準ヨーモーメントMs0を算出して、その基準ヨーモーメントMs0を補正した補正基準ヨーモーメントMshを算出する(ステップS7、ステップS8)。ここで、白線の検出精度に基づいて、基準ヨーモーメントMs0を補正して補正基準ヨーモーメントMshを算出する。そして、増加側変化量リミッタLup、最大値リミッタLmax及び減少側変化量リミッタLdownで制限した補正基準ヨーモーメントMshを目標ヨーモーメントMsに設定し(ステップS11)、その目標ヨーモーメントが自車両に付与されるような各車輪の目標制動液圧を算出する(ステップS12)。」(【要約】欄)

イ 「【0001】
本発明は、自車両が走行車線から逸脱しそうになったときに、その逸脱を防止する車線逸脱防止装置及びその方法に関する。」(段落【0001】)

ウ 「【0002】
従来、車線逸脱防止装置は、自車両が走行車線から逸脱傾向があると判定した場合、自車両にヨーモーメントを付与して、自車両が走行車線から逸脱してしまうのを回避している。ここで、車線逸脱防止制御の一連の処理ルーチンで、走行車線に対する自車両の逸脱傾向を判定し、その判定の後、自車両にヨーモーメントを付与しているから、車線逸脱防止制御の処理ルーチンにおいて走行車線から逸脱していると判定している限り、その都度、当該処理ルーチンで自車両にヨーモーメントが付与されることになる。
【0003】
ここで、特許文献1に開示の技術では、走行車線を区画する車線区分線(レーンマーカ)を認識できない状態から認識できる状態になった時や制御作動スイッチをオンした時などで、その時に既に自車両が車線逸脱状態にある場合、車線逸脱防止制御の開始を禁止するなどして、車線逸脱防止制御を制限している。これにより、大きな制御量(ヨーモーメント)により車線逸脱防止制御が行われることを防止して、車線逸脱防止制御が運転者に与える違和感を低減している。
【特許文献1】特開2003-154910号公報」(段落【0002】及び【0003】)

エ 「【0004】
前記特許文献1に開示の技術は、車線区分線の認識状態と不認識状態とを繰り返すような不安定なシーンでは、車線逸脱防止制御を制限するから、車線逸脱防止制御の誤作動を防止することもできる。しかし、例えば、悪天候の中を走行中だったり、Rがきついカーブ路を走行中だったりした場合、走行環境(車線区分線)を検出するカメラが車線区分線を精度良く検出できない場合があり、このような場合には、車線逸脱傾向を判定するための白線に対する自車両の姿勢に関する情報がばらついたり、不連続になったりしてしまう。このようになると、車線逸脱防止制御の制御量(ヨーモーメント)がばらつき気味になってしまい、車線逸脱防止制御が運転者に違和感を与えてしまう。
【0005】
ここで、図30を用いて説明すると、カメラによる車線区分線200の検出精度が良ければ、自車両100には、図30(a)に矢印として示すように、スムーズにヨーモーメントが付与されて、自車両100は、車線逸脱回避を迅速に完了することができる。しかし、カメラによる車線区分線200の検出精度が低くなると、車線逸脱傾向を判定するための自車両の白線に対する姿勢に関する情報がばらついたり、不連続になったりするために、その情報に基づいて、車線逸脱傾向があると判定されている限り、自車両100には、図30(b)に矢印として示すように、ばらついてヨーモーメントが付与されるようになる。この場合、自車両100は、車線逸脱回避を迅速に完了することもできなくなる。
【0006】
また、強いフィルタをかけることで白線に対する自車両の姿勢に関する情報のばらつき等を防ぐことも可能であるが、このような場合、その情報に遅れが生じるため、車線逸脱防止制御が遅れてしまう。
本発明は、前述の問題に鑑みてなされたものであり、車線区分線の検出精度が低い状況下でも、的確な車線逸脱防止制御を可能にする車線逸脱防止装置及びその方法の提供を目的とする。」(段落【0004】ないし【0006】)

オ 「【0007】
請求項1記載の発明に係る車線逸脱防止装置は、車線区分線を検出する車線区分線検出手段と、前記車線区分線検出手段が検出した車線区分線に基づいて、走行車線に対して自車両の逸脱傾向があるか否かを判定する車線逸脱傾向判定手段と、前記車線逸脱傾向判定手段が逸脱傾向があると判定した場合、自車両を走行制御して前記走行車線に対して自車両の逸脱を回避する逸脱回避制御手段と、を備える車線逸脱防止装置である。
【0008】
この車線逸脱防止装置は、自車両の逸脱を回避するのに前記逸脱回避制御手段が最低限必要とする第1制御量を第1制御量算出手段により算出し、前記車線区分線検出手段による車線区分線の検出精度を車線検出精度判定手段により判定し、前記車線検出精度判定手段の車線区分線の検出精度の判定結果及び前記車線逸脱傾向判定手段が判定する逸脱傾向に基づいて、前記逸脱回避制御手段が自車両の逸脱を回避するための第2制御量を第2制御量算出手段により算出し、前記第1制御量算出手段が算出した第1制御量と前記第2制御量算出手段が算出した第2制御量とに基づいて、第3制御量を第3制御量算出手段により算出する。そして、前記逸脱回避制御手段が、前記第3制御量算出手段が算出した第3制御量に基づいて、逸脱回避のための走行制御をする。
【0009】
すなわち、車線逸脱防止装置は、自車両の逸脱を回避するのに最低限必要な第1制御量と、車線区分線の検出精度の判定結果及び逸脱傾向に基づいて得た自車両の逸脱を回避するための第2制御量とに基づいて、第3制御量を算出して、その第3制御量に基づいて、逸脱回避のための走行制御をしている。
【発明の効果】
【0010】
請求項1記載の車線逸脱防止装置によれば、車線区分線の検出精度を考慮しつつも、自車両の逸脱を回避するのに最低限必要な制御量により、逸脱回避のための走行制御ができる。これにより、車線区分線の検出精度が低い状況下でも、的確な車線逸脱防止制御が可能になる。」(段落【0007】ないし【0010】)

カ 「【0011】
本発明を実施するための最良の形態(以下、実施形態という。)を図面を参照しながら詳細に説明する。
第1の実施形態は、本発明に係る車線逸脱防止装置を搭載した後輪駆動車両である。この後輪駆動車両は、自動変速機とコンベンショナルディファレンシャルギヤとを搭載し、前後輪とも左右輪の制動力を独立制御可能な制動装置を搭載している。
【0012】
図1は、第1の実施形態を示す概略構成図である。
図中の符号1はブレーキペダル、2はブースタ、3はマスタシリンダ、4はリザーバであり、通常は運転者によるブレーキペダル1の踏込み量に応じて、マスタシリンダ3で昇圧された制動流体圧を各車輪5FL?5RRの各ホイールシリンダ6FL?6RRに供給する。また、マスタシリンダ3と各ホイールシリンダ6FL?6RRとの間には制動流体圧制御部7が介装されており、この制動流体圧制御部7によって、各ホイールシリンダ6FL?6RRの制動流体圧を個別に制御することも可能になっている。
【0013】
制動流体圧制御部7は、例えばアンチスキッド制御(ABS)、トラクション制御(TCS)又はビークルダイナミックスコントロール装置(VDC)に用いられる制動流体圧制御部を利用したものである。制動流体圧制御部7は、単独で各ホイールシリンダ6FL?6RRの制動流体圧を制御することも可能であるが、後述する制駆動力コントロールユニット8から制動流体圧指令値が入力されたときには、その制動流体圧指令値に応じて制動流体圧を制御するようにもなっている。
【0014】
例えば、制動流体圧制御部7は、液圧供給系にアクチュエータを含んで構成されている。アクチュエータとしては、各ホイールシリンダ液圧を任意の制動液圧に制御可能な比例ソレノイド弁が挙げられる。
また、この車両には、駆動トルクコントロールユニット12が設けられている。駆動トルクコントロールユニット12は、エンジン9の運転状態、自動変速機10の選択変速比及びスロットルバルブ11のスロットル開度を制御することにより、駆動輪である後輪5RL,5RRへの駆動トルクを制御する。駆動トルクコントロールユニット12は、燃料噴射量や点火時期を制御したり、同時にスロットル開度を制御したりすることで、エンジン9の運転状態を制御する。この駆動トルクコントロールユニット12は、制御に使用した駆動トルクTwの値を制駆動力コントロールユニット8に出力する。
【0015】
なお、この駆動トルクコントロールユニット12は、単独で後輪5RL,5RRの駆動トルクを制御することも可能であるが、制駆動力コントロールユニット8から駆動トルク指令値が入力されたときには、その駆動トルク指令値に応じて駆動輪トルクを制御するようにもなっている。
また、この車両には、画像処理機能付きの撮像部13が設けられている。撮像部13は、自車両の車線逸脱傾向検出用として、走行車線内の自車両の位置を検出するために備えられている。撮像部13は、自車両前方を撮像するように設置されたCCD(ChargeCoupled Device)カメラからなる単眼カメラで撮像するように構成されている。この撮像部(フロントカメラ)13は車両前部に設置されている。
【0016】
撮像部13は、自車両前方の撮像画像から例えば白線(レーンマーカ)等の車線区分線を検出し、その検出した白線に基づいて走行車線を検出している。さらに、撮像部13は、その検出した走行車線に基づいて、自車両の走行車線と自車両の前後方向軸とのなす角(ヨー角)φ_(front)、走行車線に対する横変位X_(front)及び走行車線曲率β等を算出する。
【0017】
このように、撮像部13は、走行車線をなす白線を検出して、その検出した白線に基づいて、ヨーφ_(front)を算出している。よって、ヨー角φ_(front)は、撮像部13の白線の検出精度に大きく影響される。この撮像部13は、算出したこれらヨー角φ_(front)、横変位X_(front)及び走行車線曲率β等を制駆動力コントロールユニット8に出力する。
【0018】
また、走行車線曲率βを後述のステアリングホイール21の操舵角δに基づいて算出しても良い。
また、この車両には、ナビゲーション装置14が設けられている。ナビゲーション装置14は、自車両に発生する前後加速度Yg或いは横加速度Xg、又は自車両に発生するヨーレイトφ´を検出する。このナビゲーション装置14は、検出した前後加速度Yg、横加速度Xg及びヨーレイトφ´を、道路情報とともに、制駆動力コントロールユニット8に出力する。
【0019】
なお、専用のセンサにより各値を検出しても良い。すなわち、加速度センサにより前後加速度Yg及び横加速度Xgを検出し、ヨーレイトセンサによりヨーレイトφ´を検出しても良い。
また、この車両には、自車両と前方障害物との間の距離等を計測するレーダ16が設けられている。レーダ16は、レーザ光を前方に掃射して先行障害物からの反射光を受光して、自車両と前方障害物との間の距離等を計測する。そして、レーダ16は、その計測結果を制駆動力コントロールユニット8に出力する。このレーダ16による計測結果は、ACCや追突速度低減ブレーキ装置等の処理のために使用される。
【0020】
また、この車両には、マスタシリンダ3の出力圧、すなわちマスタシリンダ液圧Pmを検出するマスタシリンダ圧センサ17、アクセルペダルの踏込み量、すなわちアクセル開度θtを検出するアクセル開度センサ18、ステアリングホイール21の操舵角(ステアリング舵角)δを検出する操舵角センサ19、方向指示器による方向指示操作を検出する方向指示スイッチ20、及び各車輪5FL?5RRの回転速度、所謂車輪速度Vwi(i=fl,fr,rl,rr)を検出する車輪速度センサ22FL?22RRが設けられている。そして、これらセンサ等が検出した検出信号は制駆動力コントロールユニット8に出力される。
【0021】
次に、制駆動力コントロールユニット8で行う演算処理(処理ルーチン)について説明する。図2は、その演算処理の手順を示すフローチャートである。この演算処理は、例えば10msec.毎の所定サンプリング時間ΔT毎にタイマ割込によって実行される。なお、この図2に示す処理内には通信処理を設けていないが、演算処理によって得られた情報は随時記憶装置に更新記憶されると共に、必要な情報は随時記憶装置から読出される。
【0022】
先ずステップS1において、前記各センサやコントローラ、コントロールユニットから各種データを読み込む。具体的には、ナビゲーション装置14が得た前後加速度Yg、横加速度Xg、ヨーレイトφ´及び道路情報、各センサが検出した、各車輪速度Vwi、操舵角δ、アクセル開度θt、マスタシリンダ液圧Pm及び方向スイッチ信号、並びに駆動トルクコントロールユニット12からの駆動トルクTw、撮像部13から横変位X_(front)及び走行車線曲率β_(front)を読み込む。
【0023】
ステップS2では、ヨー角φ_(front)を算出する。図3は、その算出処理の一例を示すフローチャートである。
先ず、ステップS21において、撮像部13が遠方の白線まで撮像可能か否かを判定する。例えば、撮像部13が自車両から前方の所定距離以上のところで、白線を検出できれば、撮像部13が遠方の白線まで撮像可能と判定する。ここで、撮像部13が遠方の白線を撮像可能な場合、ステップS22に進み、撮像部13が遠方の白線を撮像できない場合、ステップS23に進む。
【0024】
ステップS22では、撮像部13が検出した遠方に延びる白線に基づいて、ヨー角φ_(front)を算出する。例えば、このステップS22で取得するヨー角φ_(front)は、撮像部13による実測値である。そして、当該図3に示す処理(ステップS2の処理)を終了する。
ステップS23では、撮像部13が撮像した近傍の白線に基づいて、ヨー角φ_(front)を算出する。例えば、前記ステップS1で読み込んだ横変位X_(front)を用いて、下記(1)式によりヨー角φ_(front)を算出する。
φ_(front)=tan^(-1)(V/dX´(=dY/dX)) ・・・(1)
【0025】
ここで、dXは、横変位Xの単位時間当たりの変化量であり、dYは、単位時間当たりの進行方向の変化量であり、dX´は、前記変化量dXの微分値である。
そして、当該図3に示す処理(ステップS2の処理)を終了する。
なお、近傍の白線に基づいてヨー角φ_(front)を算出する場合、前記(1)式のように、横変位Xを用いてヨー角φ_(front)を算出することに限定されるものではない。例えば、近傍で検出した白線を遠方に延長して、その延長した白線に基づいて、ヨー角φ_(front)を算出しても良い。
【0026】
続いてステップS3において、車速Vを算出する。具体的には、前記ステップS1で読み込んだ車輪速度Vwiに基づいて、下記(2)式により車速Vを算出する。
前輪駆動の場合
V=(Vwrl+Vwrr)/2
後輪駆動の場合
V=(Vwfl+Vwfr)/2
・・・(2)
ここで、Vwfl,Vwfrは左右前輪それぞれの車輪速度であり、Vwrl,Vwrrは左右後輪それぞれの車輪速度である。すなわち、この(2)式では、従動輪の車輪速の平均値として車速Vを算出している。なお、本実施形態では、後輪駆動の車両であるので、後者の式、すなわち前輪の車輪速度により車速Vを算出する。
【0027】
また、このように算出した車速Vは好ましくは通常走行時に用いる。例えば、ABS(Anti-lock Brake System)制御等が作動している場合には、そのABS制御内で推定している推定車体速度を前記車速Vとして用いるようにする。また、ナビゲーション装置14でナビゲーション情報に利用している値を前記車速Vとして用いても良い。
続いてステップS4において、推定横変位を算出する。具体的には、前記ステップS1で得た走行車線曲率β及び現在の車両の横変位X_(front)、前記ステップS2で得たヨー角φ_(front)、並びに前記ステップS3で得た車速Vを用いて、下記(3)式により推定横変位Xsを算出する。
Xs=Tt・V・(φ_(front)+Tt・V・β)+X_(front) ・・・(3)
【0028】
ここで、Ttは前方注視距離算出用の車頭時間である。この車頭時間Ttに自車速Vを乗じると前方注視点距離になる。すなわち、車頭時間Tt後の走行車線中央からの横変位推定値が将来の推定横変位Xsになる。また、ヨー角φ_(front)は、前記ステップS2で遠方に延びる白線に基づいて算出されたものであれば、前記ステップS22で算出した値(直接計測値)であり、近傍の白線に基づいて算出されたものであれば、前記ステップS23で算出した値(推定値)である。
この(3)式によれば、ヨー角φ_(front)が大きくなるほど、推定横変位Xsが大きくなる。
【0029】
続いてステップS5において、撮像部13による白線の検出精度を推定(判定)する。すなわち、前記ステップS2(前記ステップS22又はステップS23)でヨー角φ_(front)の算出に用いた白線を、撮像部13がどの程度遠方まで検出しているか、白線の状況はどのようになっているか、等の判断基準により、白線の検出精度を推定する。具体的には、図4に示すようなテーブルを用いて、撮像部13の白線の検出範囲が遠くなるほど、又は検出した白線がより実線に近いほど(又は白線の連続性(白線の検出密度)が高いほど)、白線の検出精度が高いと推定し(◎)、撮像部13の白線の検出範囲が近くなるほど、又は検出した白線がより汚い破線に近いほど(又は白線の連続性(白線の検出密度)が低いほど)、白線の検出精度が低いと推定する(×)。
【0030】
続いてステップS6において、車線逸脱防止制御に用いるヨーモーメント(車線逸脱防止制御量)の出力形態を定義する。車線逸脱防止制御では、走行車線に対して自車両が逸脱傾向にある場合に、自車両に所定のヨーモーメント(所定の車線逸脱防止制御量)を付与して、自車両が走行車線から逸脱するのを回避しており、このステップS6では、そのヨーモーメント(車線逸脱防止制御量)の出力形態(付与形態)の既定値(標準値)を定義する。
【0031】
具体的には、自車両が走行車線から逸脱するのを回避完了するまでに当該車線逸脱防止制御の処理ルーチンが複数回実行されることを前提として、すなわち、ヨーモーメント(具体的には、後述の目標ヨーモーメントMs)を連続的に逐次自車両に付与していき、自車両が走行車線から逸脱するのを回避することを前提として、図5に示すように、そのように連続して自車両に付与していくヨーモーメントの増加割合を増加側変化量リミッタLupで制限し、かつ当該ヨーモーメントの最大値を最大値リミッタ(ヨーモーメントの値そのもののリミッタ)Lmaxにより制限し、かつ当該ヨーモーメントの減少割合を減少側変化量リミッタLdownにより制限するものとし、それら制限値(リミッタ)Lup,Lmax,Ldownをヨーモーメントの出力形態を制限する既定値として設定する。例えば、増加側変化量リミッタLup及び減少側変化量リミッタLdownをフィルタにより実現する。また、増加側変化量リミッタLup及び減少側変化量リミッタLdownは、当該車線逸脱防止制御の1回の処理ルーチン時間内の変化量相当である。
【0032】
また、このような増加側変化量リミッタLup、最大値リミッタLmax及び減少側変化量リミッタLdownで定義できるヨーモーメントを、既定ヨーモーメントMlimという。すなわち、既定ヨーモーメントMlimは、車線逸脱防止制御の開始時点から増加側変化量リミッタLupにより増加していき、最大値Lmaxに達した時点で当該最大値Lmaxを所定時間維持し、その所定時間経過後、増加側変化量リミッタLupにより減少していくヨーモーメントである。
【0033】
なお、増加側変化量リミッタLup、最大値リミッタLmax及び減少側変化量リミッタLdownの具体的な値は、経験値や実験値等に基づいて、自車両が走行車線から逸脱を回避するのに最低限必要なヨーモーメントが得られるような値として決定される。
続いてステップS7において、実際の走行状態に基づいて、車線逸脱回避制御として自車両に付与するヨーモーメント(以下、基準ヨーモーメントという。)Ms0を算出する。
【0034】
具体的には、前記ステップS3で得た推定横変位Xsと横変位限界距離XLとに基づいて下記(4)式により基準ヨーモーメントMs0を算出する。
Ms0=K1・K2・K3・(|Xs|-X_(L)) ・・・(4)
ここで、K1は車両諸元から決まる比例ゲインであり、K2は車速Vに応じて変動するゲインである。図6はそのゲインK2の例を示す。図6に示すように、例えばゲインK2は、低速域で大きい値になり、車速Vがある値になると、車速Vと反比例の関係となり、その後ある車速Vに達すると小さい値で一定値となる。
【0035】
また、ゲインK3は、1/Tret^(2)として定義される値である。そして、Tretは、車線逸脱回避時の自車両の戻り時間(車線逸脱回避完了までに要する時間或いは目標復帰時間)である。よって、戻り時間Tretが短くなるほど、ゲインK3が大きくなるから、基準ヨーモーメントMs0もそれに応じて大きくなる。これは、車線逸脱防止制御として自車両に付与するヨーモーメントを大きくすれば、車線逸脱回避完了までに要する時間が短くなる、といった関係に基づくものであり、戻り時間Tretが短くなるほど、基準ヨーモーメントMs0が大きくなるようにしている。なお、戻り時間Tretと基準ヨーモーメントMs0との関係は、実験や経験により得るものとする。
【0036】
この(4)式によれば、推定横変位Xsと横変位限界距離XLとの差分が大きくなるほど、基準ヨーモーメントMs0は大きくなり、また、推定横変位Xsとヨー角φ_(front)の関係から(前記(3)式参照)、ヨー角φ_(front)が大きくなるほど、基準ヨーモーメントMs0は大きくなる。
また、逸脱判断フラグFoutがONの場合に基準ヨーモーメントMs0を前記(4)式により算出するものとし、逸脱判断フラグFoutがOFFの場合、基準ヨーモーメントMs0を0に設定する。
【0037】
続いてステップS8において、前記ステップS7で算出した基準ヨーモーメントMs0を補正する。
具体的には、前記ステップS5で推定した白線の検出精度(推定値)が低くなるほど、前記戻り時間Tretを短くすることで、基準ヨーモーメントMs0を大きく補正する(前記(4)式参照)。そして、補正後の値を補正基準ヨーモーメントMshとする。
【0038】
図7は、白線の検出精度と戻り時間Tretとの関係を示す。図7に示すように、白線の検出精度が低ければ、戻り時間Tretを一定値で短くし、白線の検出精度が高くなっていくと、戻り時間Tretもそれに応じて長くし、白線の検出精度がある程度高くなると、戻り時間Tretを一定値に維持する。これにより、白線の検出精度が高くなるほど、戻り時間Tretを長くすることで、補正基準ヨーモーメントMsh(基準ヨーモーメントMs0)を小さくしている。このように、戻り時間Tretを基準において、白線の検出精度に基づいて補正基準ヨーモーメントMshを算出している。」(段落【0011】ないし【0038】)

キ 「【0039】
図8は、白線の検出精度が異なる補正基準ヨーモーメントMshを示す。なお、ここで示す補正基準ヨーモーメントMshは、当該車線逸脱回避制御のための処理ルーチンが繰り返し行われた場合に得られる時系列のヨーモーメント(経時変化するヨーモーメント)である。図8に示すように、白線の検出精度が高い(戻り時間Tretが長い)補正基準ヨーモーメントMsh(一点鎖線で示す値)と白線の検出精度が低い(戻り時間Tretが短い)補正基準ヨーモーメントMsh(実線で示す値)とを比較してわかるように、白線の検出精度が低いと(戻り時間Tretが短いと)、補正基準ヨーモーメントMshは大きくなる。
(中略)
【0063】
一方、逸脱判断フラグFoutがONの場合、すなわち車線逸脱傾向があるとの判定結果を得た場合、前記ステップS11で設定した目標ヨーモーメントMsに基づいて、前輪目標制動液圧差ΔPsf及び後輪目標制動液圧差ΔPsrを算出する。具体的には、下記(8)式?(11)式により目標制動液圧差ΔPsf,ΔPsrを算出する。
|Ms|<Ms1の場合
ΔPsf=0 ・・・(8)
ΔPsr=2・Kbr・|Ms|/T ・・・(9)
|Ms|≧Ms1の場合
ΔPsf=2・Kbf・(|Ms|-Ms1)/T ・・・(10)
ΔPsr=2・Kbr・Ms1/T ・・・(11)
ここで、Ms1は設定用しきい値を示す。また、Tはトレッドを示す。なお、このトレッドTは、簡単のため前後で同じ値にする。また、Kbf,Kbrは、制動力を制動液圧に換算する場合の前輪及び後輪についての換算係数であり、ブレーキ諸元により定まる。
【0064】
このように、目標ヨーモーメントMsの大きさに応じて車輪で発生させる制動力を配分している。そして、目標ヨーモーメントMsが設定用しきい値Ms1未満のときには、前輪目標制動液圧差ΔPsfを0として、後輪目標制動液圧差ΔPsrに所定値を与えて、左右後輪で制動力差を発生させ、また、目標ヨーモーメントMsが設定用しきい値Ms1以上のときには、各目標制動液圧差ΔPsr,ΔPsrに所定値を与え、前後それぞれの左右輪で制動力差を発生させる。そして、算出した目標制動液圧差ΔPsf,ΔPsrを用いて、最終的な各車輪の目標制動液圧Psi(i=fl,fr,rl,rr)を算出する。
【0065】
具体的には、逸脱判断フラグFoutがONで、かつ逸脱方向DoutがLEFTの場合、すなわち左側の白線に対して車線逸脱傾向がある場合、下記(12)式により各車輪の目標制動液圧Psi(i=fl,fr,rl,rr)を算出する。
Psfl=Pmf
Psfr=Pmf+ΔPsf
Psrl=Pmr
Psrr=Pmr+ΔPsr
・・・(12)
【0066】
また、逸脱判断フラグFoutがONで、かつ逸脱方向DoutがRIGHTの場合、すなわち右側の白線に対して車線逸脱傾向がある場合、下記(13)式により各車輪の目標制動液圧Psi(i=fl,fr,rl,rr)を算出する。
Psfl=Pmf+ΔPsf
Psfr=Pmf
Psrl=Pmr+ΔPsr
Psrr=Pmr
・・・(13)
【0067】
この(12)式及び(13)式によれば、車線逸脱回避側の車輪の制動力が大きくなるように、左右輪の制動力差が発生する。
また、ここでは、(12)式及び(13)式が示すように、運転者によるブレーキ操作、すなわち制動液圧Pmf,Pmrを考慮して各車輪の目標制動液圧Psi(i=fl,fr,rl,rr)を算出している。そして、制駆動力コントロールユニット8は、このようにして算出した各車輪の目標制動液圧Psi(i=fl,fr,rl,rr)を制動流体圧指令値として、制動流体圧制御部7に出力する。
【0068】
以上の一連の処理の概略は次のようになる。
先ず、各種データを読み込むとともに(前記ステップS1)、ヨー角φ_(front)を算出し(前記ステップS2)、さらに車速Vを算出する(前記ステップS3)。続いて、算出したヨー角φ_(front)、自車速V等を用いて、将来の推定横変位(逸脱量推定値)Xsを算出する(前記ステップS4)。一方、撮像部13の白線の検出精度を推定する(前記ステップS5)。また、増加側変化量リミッタLup、最大値リミッタLmax及び減少側変化量リミッタLdownを設定(既定ヨーモーメントMlimを設定)するとともに(前記ステップS6)、基準ヨーモーメントMs0を算出して、その基準ヨーモーメントMs0を補正した補正基準ヨーモーメントMshを算出する(前記ステップS7、ステップS8)。ここで、白線の検出精度(推定値)に基づいて基準ヨーモーメントMs0を補正した補正基準ヨーモーメントMshを算出する。続いて、推定横変位に基づいて車線逸脱傾向を判定し(前記ステップS9)、その車線逸脱傾向に基づいて、警報を出力する(前記ステップS10)。さらに、増加側変化量リミッタLup、最大値リミッタLmax及び減少側変化量リミッタLdown(既定ヨーモーメントMlim)で制限した補正基準ヨーモーメントMshを目標ヨーモーメントMsとして設定し(前記ステップS11)、その目標ヨーモーメントが自車両に付与されるような各車輪の目標制動液圧を算出する(前記ステップS12)。これにより、自車両が車線逸脱傾向にある場合、自車両には、その車線逸脱を回避する方向にヨーモーメント(目標ヨーモーメント)が付与される。
【0069】
そして、車線逸脱防止制御の処理ルーチンで、走行車線に対して自車両が逸脱傾向にあると判定している限り、逐次自車両にヨーモーメントが付与される。
以上の処理により、特に、撮像部13の白線の検出精度に基づいて、補正基準ヨーモーメントMshを算出し、その算出した補正基準ヨーモーメントMshを増加側変化量リミッタLup、最大値リミッタLmax及び減少側変化量リミッタLdownで制限して、目標ヨーモーメントMsを算出している。
【0070】
図14は、白線の検出精度が異なる補正基準ヨーモーメントMshと増加側変化量リミッタLup、最大値リミッタLmax及び減少側変化量リミッタLdown(既定ヨーモーメントMlim)との関係を示す。図14に示すように、撮像部13の白線の検出精度が低いと、補正基準ヨーモーメントMsh(同図中に示す実線)が大きくなるから、その結果、当該補正基準ヨーモーメントMshの増減量も多くなり、これにより、当該補正基準ヨーモーメントMshは、増加側変化量リミッタLup、最大値リミッタLmax及び減少側変化量リミッタLdown(同図中に示す点線)により制限を受け易くなる。
【0071】
また、撮像部13の白線の検出精度が高ければ、補正基準ヨーモーメントMsh(同図中に示す一点鎖線)が小さくなるから、その結果、当該補正基準ヨーモーメントMshの増減量も少なくなり、これにより、当該補正基準ヨーモーメントMshは、増加側変化量リミッタLup、最大値リミッタLmax及び減少側変化量リミッタLdown(同図中に示す点線)により制限を受け難くなる。すなわち、制限をほとんど受けない補正基準ヨーモーメントMshが目標ヨーモーメントMsに設定されるようになる。
【0072】
よって、撮像部13の白線の検出精度が低いと、車線逸脱回避が完了するまで、本来の補正基準ヨーモーメントMshよりも小さく、かつ変化量が滑らかにされたヨーモーメント(目標ヨーモーメントMs)が自車両に付与される。その反対に、撮像部13の白線の検出精度が高いと、車線逸脱回避が完了するまで、本来の補正基準ヨーモーメントMshに近いヨーモーメント(目標ヨーモーメントMs)が自車両に付与される。すなわち、撮像部13の白線の検出精度が高ければ、通常の車線逸脱防止制御で用いるヨーモーメントが自車両に付与される。
【0073】
なお、補正基準ヨーモーメントMshが大きければ(同図中に示す実線)、自車両には大きなヨーモーメント(限りなく既定ヨーモーメントMlimに近いヨーモーメント)が付与されるから、短時間で車線逸脱回避が完了するようになる。このようなことから、実際には、同図に示す二点鎖線のように、補正基準ヨーモーメントMshが逐次算出される時間、すなわち、補正基準ヨーモーメントMshによるヨーモーメントの付与時間も短くなる。
【0074】
図15は、走行車線(白線200)に対して自車両100が逸脱傾向にある場合に自車両に付与するヨーモーメントの状態を示す。同図中に実線で示す矢印は、カメラの白線の検出精度が低い場合に、従来の車線逸脱防止制御が自車両100に付与するヨーモーメントの状態を示し(前記図30(b)と同じ)、同図中に点線で示す矢印は、カメラの白線の検出精度が低い場合に、本発明を適用した車線逸脱防止制御が自車両100に付与するヨーモーメントの状態を示す。図15に示すように、従来の車線逸脱防止制御では、自車両100には、ばらついてヨーモーメントが付与されるようになる。これに対して、本発明を適用した車線逸脱防止制御では、自車両100には、変化が滑らかにされたヨーモーメントが付与されて、車線逸脱回避が迅速に完了するようになる。
(中略)
【0078】
これにより、白線の検出精度が低い走行状況下、例えば悪天候やRがきついカーブ路等の走行状況下であったりしても、補正基準ヨーモーメントMshを制限することで、白線の誤認識によりヨーモーメント(目標ヨーモーメント)が大きくなってしまうのを防止しつつ、変化が滑らかにされたヨーモーメントを自車両に付与している。
また、補正基準ヨーモーメントMshの制限に用いる増加側変化量リミッタLup、最大値リミッタLmax及び減少側変化量リミッタLdownを、自車両が走行車線から逸脱を回避するのに最低限必要なヨーモーメントが得られるような値とすることで、少なくとも走行車線から逸脱を回避するのに最低限必要なヨーモーメントが自車両に付与されるから、自車両は最低限必要なレベルで車線逸脱回避できる。
【0079】
一方、白線の検出精度が高ければ、補正基準ヨーモーメントMshを小さくすることで、補正基準ヨーモーメントMshを増加側変化量リミッタLup、最大値リミッタLmax及び減少側変化量リミッタLdownにより制限され難くしている。これにより、白線の検出精度が高い走行状況で、補正基準ヨーモーメントMshを不要に制限しないようにしており、この結果、通常の車線逸脱防止制御の制御量とされたヨーモーメントが自車両に付与されるから、すなわち、走行車線に対する自車両のヨー角φ_(front)に応じたヨーモーメントが自車両に付与されるから、自車両は、車線逸脱傾向に応じて最適に車線逸脱回避できる。
【0080】
このように、増加側変化量リミッタLup、最大値リミッタLmax及び減少側変化量リミッタLdownによる補正基準ヨーモーメントMshの制限を白線の検出精度に応じて行うことで、車線逸脱防止制御が過少又は過多になってしまうのを防止している。
また、前述のように、戻り時間Tretを基準に基準ヨーモーメントMs0を算出するとともに(前記ステップS7)、白線の検出精度に基づいてその戻り時間Tretを設定(補正)することで、基準ヨーモーメントMs0の補正値となる補正基準ヨーモーメントMshを算出している(前記ステップS8)。これにより、白線の検出精度が低いほど補正基準ヨーモーメントMshを大きくするが、戻り時間Tretを基準におくことで、補正基準ヨーモーメントMshが不要に大きく(長く)ならないようにしている。
【0081】
また、白線の検出精度が低くなるほど戻り時間Tretを短くする補正基準ヨーモーメントMshを算出している(前記図7参照)。白線の検出精度が低ければ、走行車線に対する自車両の姿勢の情報(例えばヨー角φ_(front))の精度も低くなる可能性が高いので、そのような情報に基づいて付与するヨーモーメントは最適でない可能性が高いことから、戻り時間Tretを短くする補正基準ヨーモーメントMshとすることで、そのような最適でないヨーモーメントを自車両に多く(長く)付与しないようにできる。」(段落【0039】ないし【0081】)

(2)上記(1)及び図面から分かること

サ 上記(1)アないしキ(特にオ)及び図面の記載から、引用文献には、車線区分線を検出する車線区分線検出手段と、前記車線区分線検出手段が検出した車線区分線に基づいて、走行車線に対して自車両の逸脱傾向があるか否かを判定する車線逸脱傾向判定手段と、前記車線逸脱傾向判定手段が逸脱傾向があると判定した場合、自車両を走行制御して前記走行車線に対して自車両の逸脱を回避する逸脱回避制御手段と、を備える車線逸脱防止装置が記載されていることが分かる。

シ 上記(1)ア、オ、カ、キ及び図面の記載から、引用文献に記載された車線逸脱防止装置は、車線区分線である白線の検出精度が低い状況下でも的確な車線逸脱防止制御を可能にするものであることが分かる。

ス 上記(1)カ(例えば段落【0030】)及び図面の記載から、引用文献に記載された車線逸脱防止装置は、走行車線に対して自車両が逸脱傾向にある場合に、自車両に所定のヨーモーメント(所定の車線逸脱防止制御量)を付与して、自車両が走行車線から逸脱するのを回避するものであることが分かる。

セ 上記(1)カ(例えば段落【0011】)、キ(例えば段落【0063】ないし【0068】)及び図面の記載から、引用文献に記載された車線逸脱防止装置は、目標ヨーモーメントMsの大きさに応じて、車線逸脱回避側の車輪の制動力が大きくなるように、左右の後輪で発生させる制動力を制御するものであることが分かる。

ソ 上記(1)アないしキ及び図面の記載から、引用文献に記載された車線逸脱防止装置は、実線又は破線である白線(段落【0029】)からなる車線区分線の検出精度が低い状況下(例えば、悪天候やRがきついカーブ路等)(段落【0078】)では、補正基準ヨーモーメントMsh(同図中に示す実線)が大きくなる(段落【0070】)とともに、本来の補正基準ヨーモーメントMshよりも小さく、かつ変化量が滑らかにされたヨーモーメント(目標ヨーモーメントMs)が自車両に付与され(段落【0072】)、また、戻り時間Tretを短くする補正基準ヨーモーメントMshとすることで、そのような最適でない可能性が高いヨーモーメントを自車両に多く(長く)付与しないようにできる(段落【0081】)ことが分かる。

タ 当該分野における技術常識によれば、ヨーモーメントは、ヨーレートの時間微分に対応する量であり、車両軸心点における鉛直軸回りのヨーイング運動方程式から、ヨーモーメントが大きくなれば、ヨーレートの時間微分、つまり単位時間当たりのヨーレートの変化量が大きくなることが分かる。

(3)引用発明
以上の(1)及び(2)並びに図1ないし30の記載を総合すると、引用文献には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。

「左右後輪の制動力を独立制御可能な制動装置を搭載した車両における、車両前方における自車の車線区分線を検出し、該車線区分線に基づいて車両を制御する車線逸脱防止装置において、
前記車線区分線の検出精度が低い場合、左右後輪の制動力を独立制御可能な制動装置の目標ヨーモーメントMsに対応する補正基準ヨーモーメントMshの戻り時間Tretを、該走行車線情報の検出精度が高い場合と比較して短くすることにより、車線逸脱防止制御中の補正基準ヨーモーメントMshの戻り時間Tretを短くする、車線逸脱防止装置。」

第4 対比
本願発明と、引用発明とを対比する。
引用発明における「車線区分線」は、その機能、構造又は技術的意義からみて、本願発明における「走行車線情報」に相当し、同様に、「車線逸脱防止装置」は「走行軌跡制御装置」に相当する。
また、引用発明における「左右後輪の制動力を独立制御可能な制動装置」は、左右後輪の制動力を制御することにより自車両のヨー角φ_(front)を制御するものであるから、「ヨー角を制御するシステム」という限りにおいて、本願発明における「ギヤ比可変ステアリングシステム、電動パワーステアリングシステム、および後輪操舵システム」に相当する。
また、引用文献における「撮像部13の白線の検出範囲が近くなるほど、又は検出した白線がより汚い破線に近いほど(又は白線の連続性(白線の検出密度)が低いほど)、白線の検出精度が低いと推定する」(段落【0029】)という記載を考慮すると、引用発明における「検出精度が低い場合」は、本願発明における「基準検出精度よりも低下した場合又は当該走行車線情報の検出が途切れた場合」に相当する。
同様に、引用発明における「走行車線情報の検出精度が高い場合」は、本願発明における「基準検出精度の走行車線情報が検出された場合」に相当する。
また、引用文献の記載によれば、「戻り時間Tret」を小さくするとゲインK3(=1/Tret^(2))が大きくなり(段落【0035】)、制御応答性が上がることから、引用発明における「目標ヨーモーメントMsに対応する補正基準ヨーモーメントMshの戻り時間Tret」を「短くすること」は、本願発明における「目標項目に対応する制御項目の制御応答性」を「上げること」に相当する。
また、引用発明における「車線逸脱防止制御中の補正基準ヨーモーメントMshの戻り時間Tretを短くする」は、「走行軌跡制御中の車体ヨーレートの制御応答性を上げる」という限りにおいて、本願発明における「走行軌跡制御中の車体ヨーレート、車体横加速度又は車体スリップ角の内の少なくとも1つの制御応答性を上げる」に相当する

したがって、本願発明と、引用発明とは、
「ヨー角を制御するシステムを搭載した車両における、車両前方における自車の走行車線情報を検出し、該走行車線情報に基づいて車両を制御する走行軌跡制御装置において、
前記走行車線情報の検出精度が基準検出精度よりも低下した場合又は当該走行車線情報の検出が途切れた場合、ヨー角を制御するシステムの目標項目に対応する制御項目の制御応答性を、基準検出精度の走行車線情報が検出された場合と比較して上げることにより、走行軌跡制御中の車体ヨーレートの制御応答性を上げる、走行軌跡制御装置。」
という点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点>
(1)「ヨー角を制御するシステム」に関して、本願発明は「ギヤ比可変ステアリングシステム、電動パワーステアリングシステム、および後輪操舵システム」であるのに対して、引用発明においては「左右後輪の制動力を独立制御可能な制動装置」である点(以下、「相違点1」という。)。

(2)「ヨー角を制御するシステムの目標項目に対応する制御項目の制御応答性を、基準検出精度の走行車線情報が検出された場合と比較して上げることにより、走行軌跡制御中の車体ヨーレートの制御応答性を上げる」に関して、本願発明は、「ギヤ比可変ステアリングシステム、前記電動パワーステアリングシステム、および前記後輪操舵システムの目標項目に対応する制御項目の制御応答性を、基準検出精度の走行車線情報が検出された場合と比較して上げることにより、走行軌跡制御中の車体ヨーレート、車体横加速度又は車体スリップ角の内の少なくとも1つの制御応答性を上げる」のに対して、引用発明においては「左右後輪の制動力を独立制御可能な制動装置の目標ヨーモーメントMsに対応する補正基準ヨーモーメントMshの戻り時間Tretを、走行車線情報の検出精度が高い場合と比較して短くすることにより、車線逸脱防止制御中の補正基準ヨーモーメントMshの戻り時間Tretを短くする」点(以下、「相違点2」という。)。

第5 判断
上記相違点について判断する。
(1)相違点1及び2について
「車線逸脱防止装置」及び「走行軌跡制御装置」は、ともに走行支援装置の一種であるが、走行支援装置を備える車両において、ヨー角等を制御するシステムである「ギヤ比可変ステアリングシステム、電動パワーステアリングシステム、および後輪操舵システム」を搭載することは、本願出願前に周知の技術(以下、「周知技術1」という。例えば、特開2005-225430号公報[例えば、段落【0001】及び【0002】の記載を参照。]、特開2005-225431号公報[例えば、段落【0001】及び【0002】の記載を参照。]、特開2009-56914号公報[例えば、段落【0003】及び【0111】の記載を参照。]等を参照。)である。
そして、上記第4に示したように、引用発明において、「戻り時間Tret」を小さくするとゲインK3(=1/Tret^(2))が大きくなり(段落【0035】)、制御応答性が上がることから、引用発明における「目標ヨーモーメントMsに対応する補正基準ヨーモーメントMshの戻り時間Tretを短くすること」は、本願発明における「目標項目に対応する制御項目の制御応答性を上げること」に対応し、引用発明における「車線逸脱防止制御中の補正基準ヨーモーメントMshの戻り時間Tretを短くする」ことは、本願発明における「走行軌跡制御中の車体ヨーレートの制御応答性を上げる」ことに対応する。
してみれば、引用発明において、周知技術1を適用して、車線区分線(走行車線情報)の検出精度が低いときに的確な車線逸脱防止制御を行うために、「走行軌跡制御中の車体ヨーレート、車体横加速度又は車体スリップ角の内の少なくとも1つの制御応答性を上げる」ように設計変更することは、当業者が容易に想到できたことである。
また、走行車線情報の検出精度が低い場合は、危険度が高いといえるところ、危険度が高い場合に危険を回避するためにヨーレート等の応答性を上げる技術は周知技術(以下、「周知技術2」という。例えば、特開2001-88722号公報[例えば、段落【0005】、【0010】、【0011】、【0022】等の記載を参照。]及び特開2010-158963号公報[例えば、【特許請求の範囲】の【請求項1】ないし【請求項9】、段落【0064】ないし【0076】等の記載を参照。]等を参照。)でもある。

してみると、引用発明を周知技術1に適用するとともに設計変更をすることにより、又は、引用発明に周知技術1及び2を適用することにより、相違点1及び2に係る本願発明の発明特定事項をなすことは、当業者が容易に想到できたことである。

(2)請求人の主張について
請求人は、審判請求書において、
「引用文献1に記載の技術は、白線の検出精度に基づいて補正基準ヨーモーメントを算出する技術であり、いわゆる「制御目標値」を白線の検出精度に基づいて変更する技術である。しかしながら、本願発明は、平成27年2月9日に提出した手続補正を経て、「VGRSシステム、EPSシステム及びARSシステムの夫々の制御応答性を通常状態のときよりも上げることで、目標値が同じでも各システムにおいて実応答性が上がる([0040]参照)」という、引用文献1に記載の技術とは全く異なる技術となっている。ここで本願発明と引用文献との相違点について補足すると、制御技術の分野において、「制御目標値を変更すること」と「制御応答性を変更すること」とは、本質的に異なる技術である。実際、本願明細書[0040]にも記載のように、本願発明は、請求項記載の構成により、「目標値が同じでも各システムにおいて実応答性が上がる」という、引用文献1に記載の技術とは全く異質な効果が得られる。」(審判請求書の(3)(d)欄)と主張する。
しかしながら、本願明細書の段落【0037】及び【0039】を参照すると、
「 【0037】
ここで、目標車体ヨーレートγ_(tgt)、目標車体横加速度Yg_(tgt)及び目標車体スリップ角β_(tgt)については、下記の式1-3の演算式を夫々に設定する。「Gγ」はヨーレートゲイン、「Gyg」は横加速度ゲイン、「Gβ」はスリップ角ゲインを表す。「δ」は、ステアリングホイール21の操舵角を表す。「T」は時定数、「s」はラプラス演算子を表す。
【0038】
γ_(tgt)=Gγ*δ/(1+T*s) … (1)
Yg_(tgt)=Gyg*δ/(1+T*s) … (2)
β_(tgt)=Gβ*δ/(1+T*s) … (3)
【0039】
例えば、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγの制御応答性を上げる場合には、その目標車体ヨーレートγ_(tgt)の制御応答性を通常状態のときよりも上げればよい。これが為、目標車体ヨーレートγ_(tgt)の制御応答性を上げる為には、その設定の際に通常状態のときの目標車体ヨーレートγ_(tgt)よりも時定数Tを小さくする。これと同様に、走行軌跡制御中の車体横加速度Ygについても、その制御応答性を上げる場合には、目標車体横加速度Yg_(tgt)の制御応答性を通常状態のときよりも上げればよいので、目標車体横加速度Yg_(tgt)を設定する際に通常状態のときの目標車体横加速度Yg_(tgt)よりも時定数Tを小さくする。また、車体スリップ角βについても同様に、その制御応答性を上げる場合には、目標車体スリップ角β_(tgt)の制御応答性を通常状態のときよりも上げればよいので、目標車体スリップ角β_(tgt)を設定する際に通常状態のときの目標車体スリップ角β_(tgt)よりも時定数Tを小さくする。この様に、この走行軌跡制御装置では、走行軌跡制御中の車体ヨーレートγ、車体横加速度Yg又は車体スリップ角βの内の少なくとも1つの制御応答性を上げる第1の方法として、目標車体ヨーレートγ_(tgt)、目標車体横加速度Yg_(tgt)又は目標車体スリップ角β_(tgt)の内の少なくとも1つの制御応答性を上げればよい。」(段落【0039】)と、制御応答性を上げるために段落【0038】の(1)ないし(3)式における時定数Tを小さくすることにより制御応答性を上げることが記載されている。
そして、上記(1)ないし(3)式において時定数Tを小さくすれば、目標車体ヨーレートγ_(tgt)、目標車体横加速度Yg_(tgt)及び目標車体スリップ角β_(tgt)の値が大きくなることは明らかであるから、本願明細書に記載された実施例においては「制御目標値を変更している」ことになり、請求人の主張は本願明細書の記載内容と整合していない。
また、本願発明には、「目標値を変更しないこと」は特定されていないから、請求人の上記主張は、本願発明の発明特定事項に基づくものでもない。

(3)作用効果について
そして、本願発明は、全体としてみても、引用発明及び周知技術1、又は、引用発明並びに周知技術1及び2から予測される以上の格別な効果を奏するものではない。

(4)まとめ
したがって、本願発明は、引用発明及び周知技術1、又は、引用発明並びに周知技術1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができない。

第6 むすび
上記第5のとおり、本願発明は、引用発明及び周知技術1、又は、引用発明並びに周知技術1及び2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、本願は拒絶すべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-01-13 
結審通知日 2016-01-19 
審決日 2016-02-01 
出願番号 特願2012-59155(P2012-59155)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (B60W)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 菊地 牧子  
特許庁審判長 中村 達之
特許庁審判官 槙原 進
金澤 俊郎
発明の名称 走行軌跡制御装置  
代理人 酒井 宏明  
代理人 伊藤 剣太  

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