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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
管理番号 1313394
審判番号 不服2013-25330  
総通号数 198 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-06-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-12-24 
確定日 2016-04-14 
事件の表示 特願2008-553798「HERV-W干渉群に属するウィルスの包膜とhASCT受容体との間の相互作用に必要なペプチド領域からなるペプチド」拒絶査定不服審判事件〔平成19年8月16日国際公開、WO2007/090967、平成21年7月16日国内公表、特表2009-525741〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯
本願は、平成19年2月9日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2006年2月9日 フランス)を国際出願日とする出願であって、以降の手続は次のとおりである。

平成24年 6月 6日付け 拒絶理由通知書
平成24年12月13日 意見書
平成25年 8月16日付け 拒絶査定
平成25年12月24日 審判請求書
平成26年 2月21日 手続補正書(請求の理由の補充)
平成27年 4月 6日付け 当審の拒絶理由通知書
平成27年10月 8日 意見書・補正書

2 本願発明
本願の請求項1?10に係る発明は、平成27年10月8日付け手続補正書の請求項1?10に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、次のとおりである。

「【請求項1】
hASCT受容体と相互作用し得る、HERV-W干渉群に属するウィルスの包膜のペプチド領域からなるペプチドであって、N-末端を開始としC-末端で終点とし、該N-末端はSEQ ID No.44?SEQ ID No.72から選ばれた部位によって特定され、その際末端部位Pro Cys Xaa Cys中のアミノ酸はアルギニンであり、該C-末端はSEQ ID No.30?SEQ ID No.40から選ばれた部位によって特定され、SEQ ID Nos.30?40の3位、4位及び5位のアミノ酸Xaaはグリシンであり;SEQ ID Nos.30?40の6位のアミノ酸Xaaはプロリン及びバリンから選んだアミノ酸であり;SEQ ID Nos.30?40の7位のアミノ酸Xaaはグルタミン、ロイシン及びトレオニンから選んだアミノ酸であり;SEQ ID Nos.30?40の9位のアミノ酸Xaaはリシン、トレオニン、メチオニン及びグルタミンから選んだアミノ酸であり;SEQ ID Nos.30?40の10位のアミノ酸Xaaはアラニン、リシン、イソロイシン、トレオニン及びバリンから選んだアミノ酸であり、前記のペプチド領域はN-末端とC-末端との間にSEQ ID No.41及びSEQ ID No.73の少なくとも2つの部位を含有することで特定されたペプチド領域からなるペプチドであって、SEQ ID No.41の3位のアミノ酸Xaaはアスパラギン、トレオニン、グルタミン酸、ヒスチジンから選んだアミノ酸であり、SEQ ID No.41の4位のアミノ酸Xaaはヒスチジン、アラニン、セリン、リシン、グルタミン酸から選んだアミノ酸であり、SEQ ID No.41の5位のアミノ酸Xaaはチロシン、トレオニン、アラニンから選んだアミノ酸であり;SEQ ID No.41の6位のアミノ酸Xaaはグルタミン、アルギニン、トレオニンから選んだアミノ酸であり;SEQ ID No.41の7位のアミノ酸Xaaはロイシン、グルタミン、グルタミン酸から選んだアミノ酸であり、しかもSEQ ID No.73の2位のアミノ酸Xaaはプロリン、トレオニン、アルギニン及びアスパラギンから選ばれ;SEQ ID No.73の3位のアミノ酸Xaaはグリシン、グルタミン酸、アスパラギンから選ばれ;SEQ ID No.73の4位のアミノ酸Xaaはグリシン、アスパラギン、イソロイシン、トレオニン、セリンから選ばれ;SEQ ID No.73の5位のアミノ酸Xaaはリシン、バリン、イソロイシン、ロイシンから選ばれ;SEQ ID No.73の6位のアミノ酸Xaaはグリシン、アスパラギンから選ばれ;SEQ ID No.73の7位のアミノ酸Xaaはグルタミン、リシン、バリンから選ばれ;SEQ ID No.73の8位のアミノ酸Xaaはバリン、プロリン、セリン、トレオニンから選ばれ;SEQ ID No.73の9位のアミノ酸Xaaはバリン、イソロイシンから選ばれる、ペプチド領域からなるペプチド。」

3 当審の拒絶理由通知書の概要
平成27年4月6日付け拒絶理由通知書には、以下の拒絶理由が含まれていた。
(1)特許法第36条第6項第1号(拒絶理由3)および第4項第1号(拒絶理由4)
請求項1には、N-末端部位、C-末端部位、及びN-末端とC-末端との間の部位のみをそれぞれ配列番号で特定した、hASCT受容体と相互作用し得る、HERV-W干渉群に属するウイルスの包膜のペプチド領域からなるペプチドが記載されている。
そして、請求項1に係る発明が解決しようとする課題は、明細書[0006]の記載からみて、hASCT受容体と相互作用し得る、HERV-W干渉群に属するウイルスの包膜のペプチド領域からなるペプチドを提供することであると認められる。
一方、発明の詳細な説明には、hASCT受容体と相互作用し得る、HERV-W干渉群に属するウイルスの包膜のペプチド領域からなるペプチドとして、具体的に記載されているのは、図3aに示されるHERV-W包膜タンパク質の前駆体の領域21?144に相当するペプチドのみであり、このペプチドのうちの特定の部位のみが特にhASCT受容体との相互作用に密接に関連することをうかがわせるような記載は存在しない。そして、出願時の技術常識を考慮しても、発明の詳細な説明には、hASCT受容体と相互作用し得るペプチドとして、この具体的に記載されたペプチドを、請求項1に記載された範囲にまで、拡張ないし一般化できると当業者が認識できるように記載されているとはいえない。
そうすると、ペプチド領域のごく一部が特定されているにすぎない請求項1には、発明の詳細な説明において当業者が発明の課題を解決できると認識できように記載された範囲を超える発明が記載されている。
また、上記のような発明の詳細な説明の記載では、出願時の技術常識を考慮しても、請求項1に係るペプチドを製造し使用できるように明確かつ十分に記載されているということはできない。

(2)特許法第29条第2項(拒絶理由1)
この出願の請求項1に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された引用例1?4の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
引用文献等一覧
1.PNAS, 2004, Vol.101, p.1731-1736
2.Microbes Infect., 2005, Vol.7, p.658-665
3.J. Virol., 1995, Vol.69, p.713-719
4.Retrovirology, 2004, 1:41

4 当審の判断
(1)特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)
ア 本願発明に係るサポート要件
本願発明がサポート要件を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、本願発明が、発明の詳細な説明において発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるか否かを検討して判断すべきものである。

イ 本願発明の課題
本願の発明の詳細な説明には、
「【課題を解決するための手段】
【0006】
驚くべきことには、本発明者は、HERV-W干渉群に属するウィルスの包膜(envelope)とhASCT受容体との間の相互作用に起因するポリペプチド領域を同定した。」と記載されており、本願発明に係る「hASCT受容体と相互作用し得る、HERV-W干渉群に属するウィルスの包膜のペプチド領域からなるペプチド」を提供することが、本願発明の課題であると認められる。

ウ 発明の詳細な説明の記載事項
本願の発明の詳細な説明および図面には、次のような記載がある。
なお、下線は当審で付した。

(記載事項1)「【0094】
実施例2:N包膜のSU部分とそのhASCT2レセプターとの相互作用のための領域の同定
hASCT2レセプターに結合する包膜の領域の境界を同定するために、本発明者はN-末端及びC-末端の端部から一組の欠失突然変異体を構成した。SUサブユニットの領域はPCRによって得られ、発現ベクターphCMV-EnvSU中にサブクローン化し、配列させた。発現プラスミドphCMV-EnvSU、Env69-317、Env197、Env168、Env169-317、Env117及びEnv144(図2a)を、リン酸カルシウムでの沈降によりHEK293T細胞中に移入した。タンパク質の生産及び分析の条件は実施例1に詳細したのと同一である。
【0095】
EnvSU、Env69-317及びEnv197タンパク質は可溶形で正確に発現される。hASCT2を構成的に発現するXC細胞を用いて、本発明者はEnv197タンパク質がSUサブユニット(1?317)と同様に細胞の表面で発現されるレセプターに結合し得ることを証明した。即ち、成熟SUサブユニット(それ故その信号ペプチドを欠失する)の最初の176残基はhASCT2レセプターを発現する細胞の表面に結合するのに十分である。21?68領域の欠失はレセプターへの結合の減損を生じまたレセプター結合領域(RBD)中へのその取込みを示している。他方、切頭Env168タンパク質はhASCT2レセプターに結合する能力がより低いことを示した。
【0096】
種々の切頭タンパク質間の上澄み液で同量を得るためには、本発明者はSUのN-末端領域の2つのより小さな領域(Env117及びEnv144)をSUサブユニットのC-末端領域(Env169-317)に融合させ、後者の領域はhASCT2に結合しない。Env117及びEnv144タンパク質の発現の程度は同様であり、該タンパク質は可溶形で発現される。結合試験はEnv144タンパク質のみがhASCT2レセプターを発現する細胞に結合し得ることを示した。Env117タンパク質が細胞の表面に結合しないことは117?144領域内部で結合の少なくとも1つの決定基が減損していることを示す。
【0097】
従って、W包膜とそのレセプターとの相互作用に対する領域の境界はアミノ酸21?144によって特定される。」

(記載事項2)「



(記載事項3)「【0100】
実施例3:包膜とそのレセプターとの結合を試験管内阻害する試験(ペプチドの特定及びラビッド抗体の生成)
ペプチド(112?129、TGMSDGGGVQDQAREKHV+C、19個のアミノ酸)を、実施例2で限定した領域から及びSUサブユニットの潜在的に抗原性の領域から特定する。システインを、KLH(スカシガイヘモシアニン、Frendoび等のMol. Cell Biol. (2003) 23(10) 巻;3566?3574頁参照)結合用にC-末端の位置で添加する。このペプチドを用いてラビットを免疫化し次いでこのラビットの血清中に含有される領域112?119(審決注:「119」は「129」の誤記と推測される)に指向されるポリクローナル抗体を親和性により精製する。
【0101】
Env144タンパク質を37℃で1時間抗-SUポリクローナル抗体又は抗-TMポリクローナル抗体の何れかと共に予備インキュベートした。Env144タンパク質-抗-SU抗体複合体の形成は、hASCT2レセプターを発現する細胞への包膜の結合を大幅に低下させた。対照的に、RBDに対して指向されない抗体を用いると、hASCT2レセプターへの包膜の結合に不利に影響しなかった。」

(記載事項4)「【0105】
モノクローナル抗体2H1H8、12C7A3及び1F11B10をかくして得た。モノクローナル抗体2H1H8及び12C7A3をEnv-HERV-Wタンパク質のSU領域の非グリコシル化N-末端部分に対して指向する。該抗体はEnv144を用いてウェスタンブロット検定法により示される如くRDBに対して指向される。モノクローナル抗体1F11B10はEnv169-317を用いてウェスタンブロット検定法により示される如くEnv-HERV-Wタンパク質のSU領域のグリコシル化C-末端部分に対して指向される。該抗体はEnv144を認識しない。
【0106】
実施例5:包膜とそのレセプターとの結合の試験管内阻害の試験及び細胞-細胞融合試験(同時培養)によりモノクローナル抗体を用いて合胞体の形成阻害の試験
包膜タンパク質を発現するためのプラスミドを、2つの量100及び500ngでリン酸カルシウムでの沈降により細胞TELCeB6に移入した(Cosset等のウィルス学雑誌:Journal of Virology 69 (10) 巻;6314?6322頁(1995))。移入の20時間後に包膜を発現する細胞を支持体から脱離し、それぞれ抗-HIV23A5モノクローナル抗体、、抗-TM Env-HERV -W 6A2B2モノクローナル抗体(前もって得られた)、抗-SU Env-HERV-W 2H1H8 12C7A3及び1F11B10モノクローナル抗体(希釈率1/50)と共に37℃で1時間予備インキュベートした。次いで、該細胞を12個の凹みプレート中に等しい濃度(0.4×10^(5)細胞/凹み)で再接種した。類上皮ガン腫指示用のヒトの細胞(Hela、ATCC CCL-2)を2×10^(5)細胞/凹みの量で、移入した細胞に添加し、同時培養を24時間続行する。XGal(5-ブロモ-4-クロロ-3-イソドリル-β-D-ガラクトピラノシド)染色を次いで行なって細胞TEL CeB6の核を染色する(Cosset等のウィルス学雑誌、69(10)巻;6314?6322頁(1995))。続いて供給者の推奨により行なったメイ-グリーンワルド及びギザム溶液(MERCK社)での染色を行なった。観察された融合は、ビリオン-細胞(群)の融合に従って合胞体の形成に相当する「フロム ウイズアウト(from without)」融合とは対照的に「フロム ウイズイン(from within)」融合即ち細胞-細胞融合に相当する。
【0107】
以下の表1に表わした結果は融合した細胞の算出数を表わす。
【0108】
表1

ND:測定せず
前記した結果が示す処によれば、Envタンパク質-抗-SU 2H1H8と12C7A3抗体との複合体の形成は、包膜とhASCT2レセプターを発現する細胞との結合及び細胞融合を大幅に低下させる。対照的に、rdb(6A2B2又は1F11B10)に対して指向されない抗体を用いると抗-HIV23A5対照抗体で得られた結果と比較することにより見られる通り、有意な程に包膜の結合及び細胞の融合に不利には影響しない。」

エ 本願発明の課題に対応する発明の詳細な説明中の記載
本願発明の課題は、「HERV-W干渉群に属するウィルスの包膜」(538アミノ酸)のうち、(i)24?27領域の野生型のアミノ酸配列(PCRC)を含むアミノ酸配列群(SEQ ID No.44?SEQ ID No.72)及び(ii)115?124領域の野生型アミノ酸を選択肢として含むアミノ酸配列群(SEQ ID No.30?SEQ ID No.40)、そして(iii)72?79領域(SEQ ID No.41)又は96?106領域(SEQ ID No.73)の野生型アミノ酸を選択肢として含むアミノ酸配列群のいずれか一方というアミノ酸の部分配列が特定されただけの広範なペプチドを「hASCT受容体と相互作用し得る」ものとして提供することである。
一方、本願の発明の詳細な説明には、実施例2(記載事項1)において、野生型の「HERV-W干渉群に属するウィルスの包膜」(538アミノ酸)の「21?68領域の欠失はレセプターへの結合の減損を生じまたレセプター結合領域(RBD)中へのその取込みを示している」こと、「Env117タンパク質が細胞の表面に結合しないことは117?144領域内部で結合の少なくとも1つの決定基が減損していることを示す」こと及び「W包膜とそのレセプターとの相互作用に対する領域の境界はアミノ酸21?144によって特定される」ことが確認され、実施例3(記載事項3)において、「ペプチド(112?129、TGMSDGGGVQDQAREKHV+C、19個のアミノ酸)」で免疫された「抗-SUポリクローナル抗体」を用いた「Env144タンパク質-抗-SU抗体複合体の形成は、hASCT2レセプターを発現する細胞への包膜の結合を大幅に低下させた」ことが確認されていることから、野生型の「HERV-W干渉群に属するウィルスの包膜」(538アミノ酸)の「21?68領域」並びに「117?144領域」及び「112?129」領域に「hASCT受容体と相互作用」に関与するペプチド領域が存在する可能性が示唆されているのみである。

オ サポート要件の適否
実施例2における野生型の「HERV-W干渉群に属するウィルスの包膜」(538アミノ酸)の「21?68領域の欠失はレセプターへの結合の減損を生じ」た実験結果から(i)24?27領域の野生型のアミノ酸配列(PCRC)を含むアミノ酸配列群(SEQ ID No.44?SEQ ID No.72)に係る発明特定事項が導き出されたものと推測されるが、24?27領域さえ存在すればN末端側に2?30個のいかなるアミノ酸が存在しても所望の結合活性が得られる論理的根拠は発明の詳細な説明に記載されておらず、出願時の技術常識を参酌しても当業者に所望の結合活性が得られると認識できるものではない。
また、野生型の「HERV-W干渉群に属するウィルスの包膜」(538アミノ酸)の「117?144領域」及び「112?129」領域に「hASCT受容体と相互作用」に関与するペプチド領域が存在する可能性に基づき、(ii)115?124領域の野生型アミノ酸を選択肢として含むアミノ酸配列群(SEQ ID No.30?SEQ ID No.40)に係る発明特定事項が導き出されたものと推測されるが、115?124領域さえ存在すればC末端側に15?25個のいかなるアミノ酸が存在しても所望の結合活性が得られる論理的根拠は発明の詳細な説明に記載されておらず、出願時の技術常識を参酌しても当業者に所望の結合活性が得られると認識できるものではない。加えて、野生型の121位のグルタミン(極性・親水性)をアミノ酸として性質の異なるロイシン(非極性・疎水性)に置換したり、野生型の123位のグルタミン(非電荷・極性・親水性)をアミノ酸として性質の異なるリジン(陽性荷電・塩基性)やメチオニン(非極性・疎水性)に置換したり、野生型の124位のアラニン(非極性・疎水性)をアミノ酸として性質の異なるリジン(陽性荷電・塩基性)やトレオニン(非電荷・極性・親水性)に置換した場合に、野生型と同様の結合活性が得られることが発明の詳細な説明に記載されておらず、出願時の技術常識を参酌すれば所望の結合活性が失われる可能性が高いものと認められる。
さらに、(iii)72?79領域(SEQ ID No.41)又は96?106領域(SEQ ID No.73)の野生型アミノ酸を選択肢として含むアミノ酸配列群のいずれか一方が結合活性に関与していることが発明の詳細な説明に記載されてない。
そしてまた、(i)?(iii)を組み合わせたところで本願発明の課題が達成できる範囲に限定されたものとも認められない。

カ 小括
したがって、本願発明は、発明の詳細な説明において発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであって、発明の詳細な説明に記載したものとはいえず、特許法第36条第6項第1号に規定した要件(サポート要件)を満たしていない。

(2)特許法第36条第4項第1号に規定する要件(実施可能要件)
ア 本願発明に係る実施可能要件
特許法第36条第4項第1号は、当業者が、発明の詳細な説明に記載された事項と出願時の技術常識とに基づき、本願発明を実施することができる程度に、発明の詳細な説明を記載しなければならない旨を意味する(「実施可能要件」という)。そして、どのように実施するかを見いだすために、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要がある場合も、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていないことになる。

イ 本願発明
上記2に記載したとおりである。

ウ 発明の詳細な説明の記載事項
上記(1)ウに記載したとおりである。

エ 本願発明に対応する発明の詳細な説明中の記載
上記(1)エに記載したとおりである。

実施可能要件の適否
実施例2における野生型の「HERV-W干渉群に属するウィルスの包膜」(538アミノ酸)の「21?68領域の欠失はレセプターへの結合の減損を生じ」た実験結果から(i)24?27領域の野生型のアミノ酸配列(PCRC)を含むアミノ酸配列群(SEQ ID No.44?SEQ ID No.72)に係る発明特定事項が導き出されたものと推測されるが、24?27領域さえ存在すればN末端側に2?30個のいかなるアミノ酸が存在しても所望の結合活性が得られる論理的根拠は発明の詳細な説明に記載されておらず、出願時の技術常識を参酌しても当業者に所望の結合活性が得られると認識できるものではない。
また、野生型の「HERV-W干渉群に属するウィルスの包膜」(538アミノ酸)の「117?144領域」及び「112?129」領域に「hASCT受容体と相互作用」に関与するペプチド領域が存在する可能性に基づき、(ii)115?124領域の野生型アミノ酸を選択肢として含むアミノ酸配列群(SEQ ID No.30?SEQ ID No.40)に係る発明特定事項が導き出されたものと推測されるが、115?124領域さえ存在すればC末端側に15?25個のいかなるアミノ酸が存在しても所望の結合活性が得られる論理的根拠は発明の詳細な説明に記載されておらず、出願時の技術常識を参酌しても当業者に所望の結合活性が得られると認識できるものではない。加えて、野生型の121位のグルタミン(極性・親水性)をアミノ酸として性質の異なるロイシン(非極性・疎水性)に置換したり、野生型の123位のグルタミン(非電荷・極性・親水性)をアミノ酸として性質の異なるリジン(陽性荷電・塩基性)やメチオニン(非極性・疎水性)に置換したり、野生型の124位のアラニン(非極性・疎水性)をアミノ酸として性質の異なるリジン(陽性荷電・塩基性)やトレオニン(非電荷・極性・親水性)に置換した場合に、野生型と同様の結合活性が得られることが発明の詳細な説明に記載されておらず、出願時の技術常識を参酌すれば所望の結合活性が失われる可能性が高いものと認められる。
さらに、(iii)72?79領域(SEQ ID No.41)又は96?106領域(SEQ ID No.73)の野生型アミノ酸を選択肢として含むアミノ酸配列群のいずれか一方が結合活性に関与していることが発明の詳細な説明に記載されてない。

してみれば、本願発明に係る上記(i)?(iii)の部分配列で特定された広範なペプチドの全てが「hASCT受容体と相互作用し得る」とは技術常識からは到底考えられない。
そして、特に、本願発明に係る広範なペプチドの中から、下記(3)に記載する先行技術文献から進歩性が否定される野生型のN末端側のトランケート体とは化学構造上顕著に相違する「人工的な」ペプチドを「hASCT受容体と相互作用し得る」ものとして選択するためには、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等を行う必要があると認められる。

カ 小括
したがって、発明の詳細な説明は、本願発明を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないので、特許法第36条第4項第1号に規定した要件(実施可能要件)を満たしていない。

(3)特許法第29条第2項(進歩性)
ア 引用刊行物に記載された事項
(ア)引用例1
当審の拒絶理由通知書で引用された引用例1(PNAS, 2004, Vol.101, p.1731-1736)には、以下の事項が記載されている。なお、引用例1は英語で記載されているので、当審で作成した訳文で示す。

(引1-1)「これは、栄養膜の分化に関与するらしいエンベロープ糖タンパク質(シンシチン)をコードするヒト内因性レトロウイルスWファミリー(HERV-W)のERVWE1遺伝子座の事例である。」(1731頁左欄の要約6?8行)

(引1-2)「


Fig.6. ヒト科のERVWE1エンベローブの分析 (a)envの翻訳された領域のアライメント。・・・(b)Fig.3に記載されたように分析された受容体仲介融合。」(Fig.6)。

(引1-3)「


Fig.3. ヒト集団のERVWE1エンベロープの多型と機能分析 (a)多型部位の位置及びアミノ酸の種類と頻度を表示したエンベロープ糖タンパク質の概要図。SU 表面タンパク質;TM トランスメンブレンタンパク質;・・・(b)ERVWE1エンベロープによる融合細胞の形成。・・・受容体仲介融合は、ヒトRDR受容体を欠く(XC/RDR-)または発現する(XC/RDR+)XCラット細胞とenvトランスフェクトTELCeB6細胞の共培養により分析された。」(Fig.3)

(引1-4)「観察された融合特性は、すべての類人猿のエンベロープに関して、hASCT-2受容体の認識に強く依存していた(Fig.6b)。」(1735頁左欄12?14行)

(引1-5)「phCMVプラスミドで発現された5つ全てのヒトエンベローブ多型変異体は、ヘテロタイプの細胞-細胞融合アッセイにおいて融合を誘導した(Fig.3b)。・・・観察された融合特性は、記載されたように(7)、RDR受容体の認識に強く依存していた(Fig.3b)。」(1734頁左欄9?16行)

(引1-6)「5つ全てのヒトエンベロープ多型変異体と4つの類人猿エンベロープが、hASCT-2/RDR受容体の認識に依存したプロセスであるin vitro融合アッセイにおいて、機能的であることが見いだされた。」(1736頁左欄4?7行)

(イ)引用例2
当審の拒絶理由通知書で引用された引用例2(Microbes Infect., 2005, Vol.7, p.658-665)には、以下の事項が記載されている。なお、引用例2は英語で記載されているので、当審で作成した訳文で示す。

(引2-1)「ブタ内因性レトロウイルスのエンベローブタンパク質の細胞結合特性」(658頁の標題)

(引2-2)「この研究では、エンベローブ糖タンパク質のPERV受容体への結合特性を調べるために、バキュロウイルス発現系を用いて2つの可溶性のエンベローブタンパク質Env-ST及びEnv-SUを発現させた。」(659頁左欄12?16行)

(引2-3)「

」(Fig.1B)

(引2-4)「3.4. 哺乳動物細胞における可溶性エンベロープタンパク質の結合特性
組換えバキュロウイルスで発現されたEnt-ST及びEnt-SUタンパク質を用いてPERV感受性セルライン(HEK293)及び非感受性セルライン(MOLT-4)上で結合アッセイが行われた(Fig.4)。PERV-B Env-STはHEK293及びMOLT-4細胞の双方に効率的に結合した一方で、PERV-A Env-STはいずれとも結合しなかった。対照的に、PERV-B Env-SUはHEK293に強く結合するがMOLT-4細胞には結合しない。PERV-A Env-SUはHEK293に結合するがMOLT-4細胞には結合しない。」(662頁左欄18行?右欄6行)

(引2-5)「

Fig.4 HEK293(a)及びMOLT-4(b)に対するPERVエンベロープタンパク質の結合特性。・・・」(Fig.4)

(ウ)引用例3
当審の拒絶理由通知書で引用された引用例3(J. Virol., 1995, Vol.69, p.713-719)には、以下の事項が記載されている。なお、引用例3は英語で記載されているので、当審で作成した訳文で示す。

(引3-1)「ネズミ白血病ウイルスのエンベローブ糖タンパクの受容体結合ドメイン」(713頁の標題)

(引3-2)「4つのMuLVサブグループからの天然又はトランケートSUの受容体結合特性を分析した。・・・ここに、このアプローチは、E、広宿主性(A)、P及びX受容体並びにアミノ末端領域だけ(STタンパク質)、アミノ末端領域とPRO(PROタンパク質)又は完全SU部分を残したトランケートエンベロープ糖タンパク質の間の相互作用をアッセイするために用いられた。」(713頁右欄8?19行)

(引3-3)「

」(FIG.1B)

(エ)引用例4
当審の拒絶理由通知書で引用された引用例4(Retrovirology, 2004, 1:41)には、以下の事項が記載されている。なお、引用例4は英語で記載されているので、当審で作成した訳文で示す。

(引4-1)「受容体結合におけるHTLV-1及び-2エンベローブSUサブドメイン及び主要決定因子」(1頁の標題)

(引4-2)「この報告では、天然型及び変異HTLV-1及び-2のSUアミノ末端サブドメインを作製し、これらの受容体結合能を調べた。」(2頁左欄下から4行?最終行)

(引4-3)「

Figure 2
HTLV/MLV Env キメラの図式表現及びHTLV SU アミノ末端サブドメイン・・・(B)可溶性HTLV-1(H1)及びHTLV-2(H2)SUアミノ末端サブドメイン・・・」(Figure 2B)

(引4-4)「

Figure 4
HTLV-1及び-2 SU サブドメインのHTLV Env SU 細胞表面結合への干渉
・・・」(Figure 4)

(引4-5)「H2_(178)SUによる結合はH2_(211)SUによるのと同様であったことから、アミノ末端の20アミノ酸のない成熟HTLV-2 SUの最初の158残基が、細胞表面結合に十分であり、したがって、PRRHは受容体結合には要求されないことが証明される(Figure 4A)。」(5頁右欄31?35行)

イ 引用発明
上記(引1-1)?(引1-6)の記載から、引用例1には、「hASCT受容体と相互作用し得るHERV-Wエンベローブタンパク質」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

ウ 対比
引用発明における「HERV-W」、「エンベローブ」は、それぞれ、本願発明における「HERV-W干渉群に属するウイルス」、「包膜」に相当するから、本願発明と引用発明の間には、以下の一致点及び相違点がある。

一致点:「hASCT受容体と相互作用し得る、HERV-W干渉群に属するウイルスの包膜」に関する発明である点。

相違点:本願発明が、N-末端部位、C-末端部位、及びN-末端とC-末端との間の部位をそれぞれ配列番号で特定した「ペプチド領域からなるペプチド」であるのに対し、引用発明が、538個のアミノ酸からなる「全長タンパク質」である点。

エ 相違点に対する判断
相違点について検討する。
引用例2には、上記(引2-1)?(引2-5)に摘示したように、「ブタ内因性レトロウイルスのエンベローブタンパク質」の「PERV受容体への結合特性を調べるために、」トランケートされた「2つの可溶性エンベローブEnv-SU、Env-ST」を用いて、細胞への結合特性を検討したことが記載されている。
引用例3には、上記(引3-1)?(引3-3)に摘示したように、「ネズミ白血病ウイルスのエンベローブ糖タンパクの受容体結合ドメイン」について、「4つのMuLVサブグループからの天然又はトランケートSUの受容体結合特性を分析」するために、「アミノ末端領域だけ(STタンパク質)、アミノ末端領域とPRO(PROタンパク質)又は完全SU部分を残したトランケートエンベロープ糖タンパク質の間の相互作用をアッセイ」したことが記載されている。
引用例4には、上記(引4-1)?(引4-5)に摘示したように、「受容体結合におけるHTLV-1及び-2エンベローブSUサブドメイン」について、「天然型及び変異HTLV-1及び-2のSUアミノ末端サブドメインを作製し、これらの受容体結合能を調べた」ことが記載されており、「成熟HTLV-2 SUの最初の158残基が、細胞表面結合に十分であり、したがって、PRRHは受容体結合には要求されない」と結論づけられている。

以上のような引用例2?4の記載からみて、レトロウイルスのエンベローブタンパク質における受容体結合部位を、エンベローブタンパク質のSUのN末端領域を含む様々なトランケート体を用いて探索することは、本願の優先日前から一般に行われることであると認められるから、引用発明においても、538アミノ酸残基からなるHERV-Wエンベローブタンパク質における、hASCT受容体と相互作用する領域を、引用例2?4に記載された方法と同等の方法を用いて決定することは、当業者が容易になし得たことである。
特に、本願発明の配列番号で特定されたペプチドには、野生型の包膜ペプチド(エンベロープタンパク質)の1位から139?149位までのN末端トランケート体や当該トランケート体の1位から20位までのシグナル配列を含まないものを包含するものであるから、少なくともこれらの野生型のトランケート体については引用例1?4に記載された発明に基づいて当業者が容易に得ることができたものと認められる。
そして、本願発明が、引用例1?4及び優先日当時の技術常識から当業者が予測できないような顕著な効果を奏するとも認められない。

オ 小括
したがって、本願発明は、引用例1?4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(4)請求人の主張について
なお、本件請求人は、平成27年10月8日付け意見書において、当審の拒絶理由通知に対して、
(i)「理由1及び2に関して、本願の請求項1に定義したペプチド領域の構造に関する説明は、本願明細書の段落番号[0094]?[0097]の実施例2及び段落番号[0079]の記載に対応する図面2a及び2bに与えた通りであります。勿論、本願請求項1内に包含されるペプチドの全てが検定された訳ではないが、請求項1によるペプチドの定義は本願明細書の実施例2において本発明者が実施した構造研究から得られたものであることは明らかであります。また理由3?5に関しても別紙差出の手続補正書で補正した通りで請求項1?5の記載を限定、補正しました。」及び
(ii)参考資料-1及び参考資料-2を提出して、引用例2?4に記載されたレトロウイルスが本願発明に係るD型のクラスに属するガンマレトロウイルスではないから、「引用例1?4の教示からは、当業者は本願の請求項1又は2に定義したペプチド領域からなるペプチドを同定する動機付けを有しない。」と主張している。

しかしながら、主張(i)については、本願明細書(実施例2等)に記載されているのは、「野生型」の「HERV-W干渉群に属するウィルスの包膜のペプチド領域」の一部アミノ酸配列を欠失しただけのものに過ぎず、本願発明として特定されているように、N末端に2?30個の任意のアミノ酸配列及びC末端に15?25個の任意のアミノ酸配列を付加し、N末端とC末端の間にも任意のアミノ酸配列が挿入された「人工的な」アミノ酸配列について受容体結合活性を検証したものではないので、補正により不備が解消したとは言えない。
また、主張(ii)については、レトロウイルスの種類が異なっていてもリガンドと受容体の相互作用を検証する一般的な技術に格別相違が生じるものではないので、引用例2?4に記載された発明を引用発明に適用できないとは言えない。
したがって、請求人の主張には理由がない。

5 結語
以上のことから、この出願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件も満たしていない。
また、本願の請求項1に係る発明は、引用例1?4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-11-13 
結審通知日 2015-11-18 
審決日 2015-12-03 
出願番号 特願2008-553798(P2008-553798)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C12N)
P 1 8・ 536- WZ (C12N)
P 1 8・ 537- WZ (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 北田 祐介  
特許庁審判長 田村 明照
特許庁審判官 小堀 麻子
長井 啓子
発明の名称 HERV-W干渉群に属するウィルスの包膜とhASCT受容体との間の相互作用に必要なペプチド領域からなるペプチド  
代理人 浜野 孝雄  

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