• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C07C
管理番号 1314098
審判番号 不服2013-21928  
総通号数 198 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-06-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-11-08 
確定日 2016-05-06 
事件の表示 特願2009-553050「エステルの製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成20年 9月18日国際公開、WO2008/110305、平成22年 6月17日国内公表、特表2010-520902〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2008年3月7日(パリ条約による優先権外国庁受理 2007年3月13日(US)米国)を国際出願日とする出願であって、平成21年11月17日に手続補正書が提出され、平成24年7月4日付けで拒絶理由が通知され、同年10月9日に意見書及び手続補正書が提出され、平成25年7月1日付けで拒絶査定がされ、同年11月8日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、平成27年4月6日付けで当審による拒絶理由が通知され、同年10月6日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1?3に係る発明(以下「本願発明」という。)は、平成27年10月6日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
フタル酸エステルの製造方法であって、
(i) フタル酸または酸無水物を過剰量のアルコールでエステル化して未精製エステルを製造する工程と、
(ii) エステル化により製造された未精製エステルから余剰アルコールを回収する工程と、
(iii) 回収された余剰アルコールを、酸素が除去された新品のアルコールとともにエステル化反応へリサイクルする工程とを備える方法において、
リサイクルされるアルコール中の単分子性不純物の量に応じて、リサイクルされるアルコールの量と新品のアルコールの量との比率を調整して、正味のアルコールのモル過剰量を制御し、前記制御は、
(a) 供給される、酸素が除去された新品のアルコールを分析して新品のアルコール中の単分子性不純物の量を測定する工程と
(b) リサイクルされるアルコール中の単分子性不純物の予測量を、エステル化反応に基づく物質収支モデルを用いて計算する工程とを含み、
前記単分子性不純物は、酸素が除去された新品のアルコールのGCスペクトルにおいて、アルコールより前に検出される種である、
ことを特徴とする前記方法。
【請求項2】
前記エステルがフタル酸ジエステルで、前記酸または酸無水物がフタル酸または無水フタル酸であり、フタル酸または無水フタル酸に対する、アルコールの正味の化学量論モル過剰量(不純物を除く)を22から32%の範囲とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記エステルがフタル酸ジエステルであり、さらに、フタル酸ジエステルを水素化して対応するジ-アルキルシクロヘキサン酸ジ-エステルを製造する工程を含む、請求項1または2に記載の方法。」

第3 当審の拒絶理由
当審において、平成27年4月6日付けで通知した拒絶の理由(以下「当審拒絶理由」という。)の概要は、以下の理由である。
「 理 由
この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。


・・・
請求項6には、「・・・比率を調整する際に、
(i) 供給される新品のアルコールを分析して新品のアルコール中の不純物の量を測定する工程と
(ii) リサイクルされるアルコール中の不純物の予測量を計算する工程とを含む、請求項1から5のいずれか1項に記載の方法。」の発明が記載されているが、発明特定事項である「リサイクルされるアルコール中の不純物の予測量を計算する工程」については、発明の詳細な説明においては、実施例も含めて、具体的にどのようにリサイクルされるアルコール中の不純物の予測量を計算するのか説明されていない。
【0059】?【0061】には、物質収支モデル、新品アルコール中の不純物分析値から計算できる旨の記載はあるが、反応器内の新品アルコール中の不純物状態以外の種々の反応条件が大きく「リサイクルされるアルコール中の不純物」の量に影響を与えることは明らかであるので、記載がなくとも当業者が、実施することができるとはいえない。・・・」(なお、当審拒絶理由の対象となる補正前の請求項6は、補正後の請求項1に対応するものである。)

第4 当審の判断
当審は、当審拒絶理由のとおり、本願の発明の詳細な説明の記載は、当業者がその発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものではなく、特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないと判断する。
理由は以下のとおりである。

1 発明の詳細な説明の記載について
本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明に関する、一般的記載及び実施例が記載されている。

(1)「【技術分野】
【0001】
この発明は、エステルの製造方法、またはエステルの製造方法の改良に関し、特に可塑剤用エステルに関するが、これに限定されない。」

(2)「【発明が解決しようとする課題】
【0009】
回収された余剰アルコール中の不純物の量は、新品のアルコール中の不純物の量よりも明らかに高くなる。従って、この回収された余剰アルコールがエステル化反応へリサイクルされるとき、特にリサイクルが繰り返し行なわれる場合に、エステル化反応へ供給される新品のアルコール/リサイクルアルコール混合物中に不純物が蓄積されることになる。
すなわち、リサイクルを連続して行なうと、回収された余剰アルコール中の不純物の量は20から30%に達し、これがエステル化反応へリサイクルされることになる。この結果、エステル化反応におけるアルコールと酸の比率が予定値より低下する結果、エステル化率が低下するか、反応時間を長くする必要が生じる。このため、反応1バッチ当りの時間は予想し難くなり、実際よりも少なく見積もられることが多い。
しかし、経済的理由からエステル転換率の目標値を達成しなければならない。このため、サンプルを採取して分析して、目標転換率あるいは目標反応率に達したことを確認する必要がある。このサンプリングと分析に要する時間も1バッチ当りの時間に加算されるため、生産性が低下することになる。
この発明は、これらの問題を解決することを課題とする。」

(3)「【発明を実施するための形態】
【0013】
本願発明者らは、リサイクルされるアルコール中の不純物の量を考慮するための簡易な方法は、新品のアルコールを分析し、その中に含まれる不純物の量を求めることであることを見出した。
これは、リサイクルされるアルコール中の不純物の量、主として予想される単分子性不純物の量を、余剰アルコールの分離回収の前に予測するために用いることができ、これにより、次のバッチ反応のための適正な調整を十分な精度で行なうことができる。このようにすれば、リサイクルされたアルコールの正確な組成分析結果を待つ必要が無くなる。
この不純物の予測値と、リサイクルされるアルコールの実際の分析値との差を定期的にチェックして、必要であれば、反応器中の過剰アルコールの量が目標値に近づくよう調整する。この方法は、例えば異なる供給源のアルコールを順次使用している場合等、供給アルコールの純度が変動し、不純物の量が一定でない場合に特に有効である。
【0014】
一般的なエステル化プロセスに供給される新品のアルコールの純度は通常99%以上であり、典型的には99.5%以上である。一般に、リサイクルされるアルコールの純度は70から95%である。この発明の方法に従い、リサイクルされるアルコールの組成に応じて、エステル化プロセスへ供給されるアルコールの混合処方を調整することにより、エステル化反応でのアルコールと酸または酸無水物との比が最適化され、反応器での高い生産性が得られる。
【0015】
また、この発明によれば、リサイクルされるアルコールの分析結果を待つことなく、目標転換率に達するまでの1バッチ当りの時間をより高い信頼度で予想することが可能になる。これにより、エステル化反応のバッチを予定された時間で終了することができ、分析結果は事後的に1バッチ当りの時間の予想精度を検証するために用いられる。
【0016】
これにより、反応器の生産効率が顕著に増大する。さらに、反応速度が十分な精度で分かっている場合、特に出発物質が単一異性体アルコールの場合、予想されるバッチ終了時間の数分前に採取したサンプルの分析結果から、目標転換率に達する予想時間を正確に算出することが可能になり、以前は必要であった分析結果を待つ時間が削減される。
【0017】
サンプルがバッチ終了時間の少なくとも2分前、好ましくは少なくとも3または4分前、より好ましくは約5分前、好ましくは10分前以内に採取されれば、分析結果を得るためと、より正確なバッチ終了時間を算出するために十分な時間が確保される。これにより、バッチ反応をより適切な時間に終了させることが可能になり、目標転換率はより正確に達成され、反応器の最適生産性に近づけることができる。
【0018】
予想されるバッチ終了時間の15分前以内にサンプルを採取することが好ましい。これは、これより早い時機にサンプルを採取する場合より、その後の反応の進行度合いの予想がより容易になるためである。これらのサンプル採取時間はフタル酸エステルの場合に適している。
しかし、より反応速度が遅い原料を使用する場合は、予想バッチ終了時間の1時間前以内、1.5時間以上前等のより早い時間にサンプルを採取しても、目標転換率が達成されるまでの反応の進行を正確に予想することができる。
【0019】
エステル化反応において、過剰成分の初期量、多くの場合はアルコールの初期量が多いほど、エステル反応速度が速くなり、1バッチ当りの時間が短縮される。
しかし、過剰成分の量が多いほど、過剰成分の希釈効果と、その総量が増大することにより、反応器1バッチ当り生産量と、下流側の精製設備の生産性が低下する。さらに、過剰成分の総量が増大することにより、過剰成分の分離回収に要するエネルギー量が増大する。
【0020】
フタル酸ジエステルの製造の場合、無水フタル酸1モルに対する、アルコールの正味の化学量論モル過剰量(不純物を除く)を22から32%、好ましくは24から29%、さらに好ましくは25から27%、最も好ましくは26±0.5%、すなわち、無水フタル酸1モルに対し、アルコールを2.52モルとすることが好ましい。
この正味の化学量論モル過剰量を厳密に管理することにより、目標転換率に達するまでの1バッチ当りの時間の予測性が高まり、反応を分析・監視する必要性が低減する。
また、目標反応率に達したことを確認する必要がある。このサンプリングと分析に要する時間も1バッチ当りの時間に加算されるため、生産性が低下することになる。
アルコールの過剰量の上限値を遵守することは、最大熱供給能力により生産能力が決められている、通常の多くのエステル化設備において特に重要である。」

(4)「【0059】
物質収支モデルのアプリケーションを利用することにより、リサイクルアルコール中の不活性物質の増加量を予測することができる。これにより、リサイクルアルコール中のアルコール含有量が目標値、例えば75%、に達するまでの時間を予測することができる。
物質収支は、GCで求めた新品のアルコール中の不活性成分量と、実際の生産速度と、エステル化に用いられた過剰アルコールの量と、製造設備及び貯槽のアルコール保有容量と、生産中のロスとから求めることができる。
【0060】
また、物質収支モデルから、反応器へ供給されるリサイクルアルコール中のアルコール含有量を求めることもできる。これにより、反応器へ供給するエステル化反応用混合物中の成分組成をより正確に求め、最適な反応生産性を達成することができる。
【0061】
リサイクルアルコールの純度の低下は、新品のアルコール中の不純物分析値から計算することができる。これを利用して、供給原料の混合処方中のアルコールの過剰モル比が目標値に近づくよう調整する。エラー! リンクが正しくありません。を上記の1または両方の方法で定期的に測定して計算値と照合し、必要であれば供給原料の混合処方を修正する。」

(5)「【0127】
この発明について、以下の実施例により説明する。以下の実施例では、リサイクルアルコールの純度は、新品のアルコールの純度の分析値に、物質収支モデルを適用して求めた。
この物質収支モデルは、不純物は経験的に求めた定数に従って新品のアルコールからリサイクルアルコール中へ濃縮され、エステル製造設備のリサイクルアルコールの保有量は一定であるとの前提に基づく。
【実施例】
【0128】
<実施例1>
撹拌機付タンク反応器に、Annulex BX禁止剤を10ppm含み、分岐ノネンから誘導され予備加熱されたC10アルコール(150℃)26.2m^(3)と、実際の純度及び計算による純度の両者が80%のC10リサイクルアルコール6.2m^(3)と、無水フタル酸9.9トンとを投入した。
反応混合物中の酸に対するアルコールのモル過剰量は22.5%である。
反応器の内容物を高圧スチームでさらに加熱し、温度が180℃に達したとき42リットルのテトライソオクチルチタネートを反応混合物に注入し、目標反応温度の220℃までさらに加熱を続けた。
【0129】
215℃に達したとき、一定の反応温度220℃においてアルコールを定常的に還流させるために、反応器の圧力を大気圧(100kPa)から徐々に30kPaまで下げ始めた。
反応器に原料の投入を開始してから119分後に、モノエステルの転換率が99.96%に達した。この反応のバッチを開始してから反応器を完全に空にするまでに要した時間は、131分であった。
【0130】
<比較例2>
この比較例では、リサイクルアルコールの純度を正確に計算することの重要性を説明する。供給するアルコールの純度を分析するときの誤差、あるいは、経験的に求めた定数および/またはリサイクルアルコールの保有量の標準値からのズレによる誤差のため、リサイクルアルコールの純度の予測値が不正確になり得る。これは、リサイクルアルコールを定期的に分析し、分析結果に基づきアルコール純度の計算値を調整することにより、是正することができる。
【0131】
撹拌機付タンク反応器に、Annulex BX禁止剤を10ppm含み、分岐ノネンから誘導され予備加熱されたC10アルコール(150℃)26.2m3と、計算による純度が80%であるが実際の純度が75%のC10リサイクルアルコール6.2m3と、無水フタル酸9.9トンとを投入した。
反応混合物中の酸に対するアルコールのモル過剰量は21.5%に過ぎず、予定値の22.5%ではない。
【0132】
反応器の内容物を高圧スチームで加熱し、温度が180℃に達したとき42リットルのテトライソオクチルチタネートを反応混合物に注入し、目標反応温度の220℃までさらに加熱を続けた。
215℃に達したとき、一定の反応温度220℃においてアルコールを定常的に還流させるために、反応器の圧力を大気圧(100kPa)から徐々に30kPaまで下げ始めた。
反応器に原料の投入を開始してから122分後に、モノエステルの転換率が99.96%に達した。この反応のバッチを開始してから反応器を完全に空にするまでに要した時間は、134分であった。
【0133】
<比較例3>
この比較例では、リサイクルアルコールの純度の監視は行なわず、操業中の各バッチにおいて一定であるとみなした。リサイクルアルコールの実際の純度が検知されること無く低下し、また、過剰アルコール量の低下と非アルコール成分の蒸発が生じたことにより、1バッチ当りの時間が顕著に増加した。
【0134】
撹拌機付タンク反応器に、Annulex BX禁止剤を10ppm含み、分岐ノネンから誘導され予備加熱されたC10アルコール(150℃)26.2m^(3)と、計算による純度が80%であるが実際の純度が50%のC10リサイクルアルコール6.2m^(3)と、無水フタル酸9.9トンとを投入した。
反応混合物中の酸に対するアルコールのモル過剰量は16.5%に過ぎず、予定値の22.5%ではない。
【0135】
反応器の内容物を高圧スチームで加熱し、温度が180℃に達したとき42リットルのテトライソオクチルチタネートを反応混合物に注入し、目標反応温度の220℃までさらに加熱を続けた。
215℃に達したとき、一定の反応温度220℃においてアルコールを定常的に還流させるために、反応器の圧力を大気圧(100kPa)から徐々に30kPaまで下げ始めた。
反応器に原料の投入を開始してから155分後に、モノエステルの転換率が99.96%に達した。この反応のバッチを開始してから反応器を完全に空にするまでに要した時間は、167分であった。
【0136】
これらの実施例と比較例から、反応器が連続操業されている際のリサイクルアルコールの不純物の量の変動を考慮して、リサイクルされるアルコールの量及び新品のアルコールの量を調整しないと、エステル反応が最適条件下で行なわれず、特にアルコールの過剰モル条件が予定値及び最適値を下回る結果、反応の1バッチ当りの時間が長くなるとともに、予測不能になる。
このような場合、所望の反応転換率が達成されたことを確認するための分析による転換率の監視が必要になり、またこれにより、さらに1バッチ当りの時間が長くなる。」

2 判断
(1)本願発明に関する特許法第36条第4項第1号の判断の前提
本願発明は、請求項1の発明特定事項からみて、「フタル酸エステルの製造方法であって、」「未精製エステルを製造する工程」と、「未精製エステルから余剰アルコールを回収する工程」と、「回収された余剰アルコールを、酸素が除去された新品のアルコールとともにエステル化反応へリサイクルする工程」とを備える方法において、
リサイクルされるアルコール中の単分子性不純物の量に応じて、リサイクルされるアルコールの量と新品のアルコールの量との比率を調整して、正味のアルコールのモル過剰量を制御し、前記制御は、
(a) 供給される、酸素が除去された新品のアルコールを分析して新品のアルコール中の単分子性不純物の量を測定する工程と
(b) リサイクルされるアルコール中の単分子性不純物の予測量を、エステル化反応に基づく物質収支モデルを用いて計算する工程とを含」(下線は、当審にて追加)む方法である。
したがって、当業者が過度の試行錯誤を行うことなく、発明の詳細な説明の記載から、本願発明の発明特定事項である、「回収された余剰アルコールを、酸素が除去された新品のアルコールとともにエステル化反応へリサイクルする工程とを備える」「フタル酸エステルの製造方法」において、「エステル化反応に基づく物質収支モデルを用いて計算する工程」で算出された「リサイクルされるアルコール中の単分子性不純物の予測量」に基づき、「リサイクルされるアルコールの量と新品のアルコールの量との比率を調整し」、最終的な制御パラメータである「正味のアルコールのモル過剰量」を制御するという方法が実行できることが理解できるものでなければならない。

(2)発明の詳細な説明の一般的記載について
本願の発明の詳細な説明には、摘記(1)には、本願発明の技術分野が、エステルの製造方法、またはエステルの製造方法の改良に関するものであることが記載され、摘記(2)には、リサイクルを連続して行なうと、回収された余剰アルコール中の不純物の量は20から30%に達し、エステル化反応におけるアルコールと酸の比率が予定値より低下する結果、エステル化率が低下するか、反応時間を長くする必要が生じ、反応1バッチ当りの時間は予想し難くなり、実際よりも少なく見積もられることが多く、サンプルを採取して分析して、目標転換率あるいは目標反応率に達したことを確認する必要があり、このサンプリングと分析に要する時間も1バッチ当りの時間に加算されるため、生産性が低下する問題の解決が課題であることが記載されている。また、摘記(3)には、上記課題に基づく実施形態に関して、新品のアルコールの分析とリサイクルされるアルコール中の不純物の量の分析の両方が必要で、どのタイミングでサンプルを採取すべきか、どの程度のアルコール過剰量にすべきかが記載され、摘記(4)には、物質収支モデルのアプリケーションを利用することにより、リサイクルアルコール中の不活性物質の増加量を予測することができ、リサイクルアルコール中のアルコール含有量が目標値に達するまでの時間を予測することができ、物質収支のパラメータとして、GCで求めた新品のアルコール中の不活性成分量と、実際の生産速度と、エステル化に用いられた過剰アルコールの量と、製造設備及び貯槽のアルコール保有容量と、生産中のロスが記載されている。
しかしながら、物質収支モデルのアプリケーションは具体的には何が利用されるのか、物質収支モデルの内容はどうなっているのか、物質収支モデルを用いてどのように計算するのかを含めて、具体的記載がなく、回収された余剰アルコールを、酸素が除去された新品のアルコールとともにエステル化反応へリサイクルする工程とを備えるフタル酸エステルの製造方法において、「エステル化反応に基づく物質収支モデルを用いて計算する工程」によって得た「リサイクルされるアルコール中の単分子性不純物の予測量」に基づき、「リサイクルされるアルコールの量と新品のアルコールの量との比率を調整し」、最終的な制御パラメータである「正味のアルコールのモル過剰量」を制御するという方法が過度の試行錯誤を行うことなく、当業者が実行できるとはいえない。

(3)実施例の記載について
ア 実施例には、摘記(5)のとおり、【0127】に、リサイクルアルコールの純度は、新品のアルコールの純度の分析値に、物質収支モデルを適用して求めたこと、この物質収支モデルは、不純物は経験的に求めた定数に従って新品のアルコールからリサイクルアルコール中へ濃縮され、エステル製造設備のリサイクルアルコールの保有量は一定であるとの前提に基づくことの記載がある。

イ 実施例1では、実際の純度及び計算による純度の両者が80%であって、反応混合物中の酸に対するアルコールのモル過剰量は22.5%であると記載され、反応器に原料の投入を開始してから119分後に、モノエステルの転換率が99.96%に達し、この反応のバッチを開始してから反応器を完全に空にするまでに要した時間は、131分であったことが記載されている。一方、比較例2では、計算による純度が80%であるが実際の純度が75%のリサイクルを投入したしたこと、反応混合物中の酸に対するアルコールのモル過剰量は21.5%に過ぎず、予定値の22.5%ではないこと、反応器に原料の投入を開始してから122分後に、モノエステルの転換率が99.96%に達し、この反応のバッチを開始してから反応器を完全に空にするまでに要した時間は、134分であったことが記載され、比較例3には、リサイクルアルコールの純度の監視は行なわず、操業中の各バッチにおいて一定であるとみなした例で、計算による純度が80%であるが実際の純度が50%のリサイクルアルコールを投入し、反応混合物中の酸に対するアルコールのモル過剰量は16.5%に過ぎず、予定値の22.5%ではなく、反応器に原料の投入を開始してから155分後に、モノエステルの転換率が99.96%に達し、この反応のバッチを開始してから反応器を完全に空にするまでに要した時間は、167分であったことが記載されている。

ウ 上記実施例等における前提として、不純物は経験的に求められた定数に従って濃縮されるとの記載以外は、実施例1,比較例2,3の記載から計算による純度と実際の純度が、相違していればいるほど、転換率が高くなるまでの時間を要する事象が生じることは理解できるものの、エステル化反応に基づく物質収支モデルを用いて計算する工程自体については、何ら記載がなく、実施例の記載に基いて本願発明の「エステル化反応に基づく物質収支モデル」を構築することができず、「リサイクルされるアルコール中の単分子性不純物の予測量」を計算できない以上、「正味のアルコールのモル過剰量」を制御するという方法が過度の試行錯誤を行うことなく、当業者が実行できるとはいえない。

エ また、たとえば、実施例の前提では、リサイクルアルコールの保有量は一定であるとしながら、摘記(4)の一般的記載では、物質収支で生産中のロスをパラメーターの例として挙げるように、発明の詳細な説明にも一貫性がなくこれらの記載を総合しても当業者が過度な試行錯誤なく実施できるとはいえない。

オ さらに、特定反応に関する物質収支は、それぞれの反応に対して特異性をもっており、具体的に反応の種類や反応条件を特定しなければ、物質収支の式やそこに用いられる定数も決定できないので、計算を行う過程の具体例を一つも提示せずに、ただ、実測値と計算値とがずれるほど調整に時間がかかることを示すだけでは、当業者が過度な試行錯誤なくエステル化反応に基づく物質収支モデルを用いて計算する工程を含んだ制御を行うには、記載が不十分であるといえる。
したがって、当業者といえども、実際に方法を実施するに当たっては、物質収支の式及び定数の決定をしなければならず、過度な試行錯誤を強いられ、本願出願時の技術常識を参酌しても、本願発明の方法における制御が機能するかどうかを理解し、実行することができるとはいえない。

(4)請求人の主張の検討
請求人は、エステル化に基づいた物質収支モデルは、当業者の通常の知識の範囲内であり特に定義を必要としない旨主張している。
化学反応一般に関する物質収支については、一般的な技術的事項に属する部分が存在するとしても、本願発明に係る特定の反応に対して、特定の制御を機能させるために、どのような物質収支モデルが適切で、どのようなモデル式や定数を設定するかは、通常実験によって確認し決定するほかなく、前記のとおり、どのような物質収支モデルのアプリケーションを利用するかも示さず、請求項で発明特定事項にしているにもかかわらず、「リサイクルされるアルコール中の単分子性不純物の予測量を、エステル化反応に基づく物質収支モデルを用いて計算する工程」を具体的に一例も示していないこと、及びそのような記載がなくとも当業者が過度な試行錯誤なしに容易に実施できるという本願出願時点での技術常識も存在していないことを考慮すると、本願発明に含まれる全範囲にわたって、当業者が過度な試行錯誤なく実施できるとはいえず、上記審判請求人の主張を採用することはできない。

3 まとめ
以上のとおり、本願の発明の詳細な説明の記載は、本願発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえず、特許法第36条第4項1号に適合するものではなく、特許法第36条第4項第1号の要件を満たしていない。

第5 むすび
したがって、本願は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号の要件を満たしておらず、その余について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-11-25 
結審通知日 2015-12-01 
審決日 2015-12-14 
出願番号 特願2009-553050(P2009-553050)
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 高橋 直子  
特許庁審判長 井上 雅博
特許庁審判官 瀬良 聡機
木村 敏康
発明の名称 エステルの製造方法  
代理人 山崎 行造  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ