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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61K
管理番号 1314124
審判番号 不服2014-15871  
総通号数 198 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-06-24 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-08-11 
確定日 2016-05-06 
事件の表示 特願2010-271007「上昇したアルギナーゼ状態を含む、低下した一酸化窒素バイオアベイラビリティに関連する状態の治療」拒絶査定不服審判事件〔平成23年 6月 2日出願公開、特開2011-105728〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1.手続の経緯
本願は、2004年2月13日(パリ条約による優先権主張 2003年2月14日,米国)を国際出願日とする出願である特願2006-503579号の一部を平成22年12月6日に新たな出願としたものであって、平成23年1月4日付けと平成23年12月28日付けで手続補正がなされた後、平成25年4月3日付けの拒絶理由通知に応答して平成25年9月24日付けで手続補正書と意見書が提出されたが、平成26年4月7日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成26年8月11日に拒絶査定不服審判が請求され、平成26年9月18日付けで請求理由の手続補正書が提出されたものである。

2.本願発明
本願請求項1?9に係る発明は、平成25年9月24日付けの手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定されたとおりのものであり、そのうち請求項3に係る発明(以下、「本願発明」ともいう。)は次のとおりのものである。
「【請求項3】
対象において、肺高血圧症を治療するための薬剤を製造するための、L-アルギニン亜硝酸塩の使用。」

3.引用例
原査定の拒絶理由に引用され本願優先日前に頒布された刊行物である、「佐々木滋 他,モノクロタリン肺高血圧症モデルにおけるL-Arginine投与の有効性について,日本外科学会雑誌,2002年,103巻 臨時増刊号,230頁」(以下、「引用例1」という。)には、次の技術事項が記載されている。

(1-i)「SF0402 モノクロタリン肺高血圧症モデルにおけるL-Arginine投与の有効性について」(第230頁左下のSF0402の表題)
(1-ii)「【目的】L-Arginine経口内服の肺高血圧症治療の有効性について検証した.
【方法】4週齢雄Wistar ratにモノクロタリンを40mg/kg皮下投与し(PH群),L-Arginine併用群(PH+Arg群)は,2.25%L-Arginine水を摂取させた.投与後22日目から尿中のnitrateを測定後,肺動脈圧を測定.血液採取しRV/LV+S比を算出,また肺血管内皮依存性弛緩反応を計測した.
【結果】肺動脈圧,RV/LV+S比においてPH+Arg群はPH群に対して有意に低下し,肺血管内皮依存性弛緩反応も有意に保たれていた.血中L-Arginine濃度および尿中nitrate排泄量はPH+Arg群で有意に増加していた.
【結論】モノクロタリン肺高血圧症モデルにおいてL-Arginine経口内服が治療に十分な効果を持つものと考えられた.」(230頁左下,注:項目毎の改行は当審による)

引用例1の実験結果は、モノクロタリン肺高血圧症モデルにおいて、L-アルギニンの経口投与により、肺動脈圧が有意に低下する等、該モデルにおける肺高血圧症の症状が有意に改善されたことを示すものと認められる。また、経口内服に使用され、投与対象動物に対して有意な作用を生じたものは「薬剤」ということができる。そうすると、引用例1には、「モノクロタリン肺高血圧症モデルにおいて、該モデルにおける肺高血圧症の症状を有意に改善するためのL-アルギニン経口内服薬剤」の発明が記載されているものと認められる。
そして、この発明は、当該薬剤の製造にL-アルギニンを使用する発明と捉えることもできるから、「モノクロタリン肺高血圧症モデルにおいて、該モデルにおける肺高血圧症の症状を有意に改善するための経口内服薬剤を製造するためのL-アルギニンの使用」(以下、「引用発明」という。)と言い換えることができる。

4.対比、判断
そこで、本願発明と引用発明を対比する。
本願において、「治療」とは、明細書の【0033】に、『用語「治療」、「治療する」などは、望ましい薬学的および/または生理学的作用を得ることを意味する。・・・本明細書において使用される「治療」は、哺乳類、特にヒトにおける疾患の治療に及び、かつ以下を含むことができる:(a)・・・;(b)疾患または状態を阻害する段階、すなわちその発症を停止する段階;ならびに(c)疾患を緩和する段階、すなわち、疾患の退行を引き起こす段階。』と記載されるように、疾患の緩和、すなわち、症状の改善を包含するものであるから、本願発明も引用発明も「肺高血圧症の症状を改善」するものである点で共通している。
また、本願発明における「L-アルギニン亜硝酸塩」と、引用発明における「L-アルギニン」は、L-アルギニン化合物である点で共通する。
そうすると、両発明は、
「対象において、肺高血圧症の症状を改善するための薬剤を製造するための、L-アルギニン化合物の使用」で一致し、次の相違点A,Bで相違している。
<相違点>
A.本願発明は、「対象において、肺高血圧症を治療する」ための薬剤であるのに対し、引用発明は、「モノクロタリン肺高血圧症モデルにおいて、該モデルにおける肺高血圧症の症状を改善する」ための薬剤である点
B.使用されるL-アルギニン化合物が、本願発明では、「L-アルギニン亜硝酸塩」であるのに対し、引用発明では「L-アルギニン」である点

そこで、これらの相違点について検討する。
(1)相違点Aについて
引用例1においては、モノクロタリンを投与することによって肺高血圧症の症状を誘発させたラットを、肺高血圧症の動物病態モデルとして認識し、該モデルにおいて、肺高血圧症の症状が有意に改善されたことから、L-アルギニンの経口内服が治療に十分な効果を持つものと結論づけている。ここで、動物病態モデルを用いた実験は、実際の疾病の治療に有効な薬剤を探索するためのものであるから、引用例1において「モノクロタリン肺高血圧症モデルにおいて、該モデルにおける肺高血圧症の症状を改善する」ことが確認された薬剤を、「対象において、肺高血圧症を治療する」ためのものとすることは、当業者にとって何ら困難性は認められない。

これに対して、請求人は、審判請求理由において、参考資料1,2を引用して、引用例1のモノクロタリンモデルは(深刻な)肺高血圧症の正確なモデルではない旨や、ラットのモデルが鎌状赤血球の肺高血圧症等の溶血からの過剰なアルギナーゼに関連するヒトの疾患を反映するわけではない旨を主張している。
しかし、実験的に作成した動物病態モデルが、自然発生した疾患と完全に同じではないことは、むしろ当然であり、実際の疾病を正確に反映していないことが直ちに、その動物病態モデルが、創薬の観点から使用できないことの根拠とはならない。
また、以下に述べるとおり、肺高血圧症の正確なモデルではないとの指摘があってもなお、モノクロタリンを投与することによって肺高血圧症の症状を誘発させたラットは、肺高血圧のモデルとして使用可能なものと、本願優先日当時の当業者に認識されており、本願優先日当時の当業者においては、該ラットが肺高血圧症の治療薬を作る際のモデルとして使用できることが技術常識であったと認められる。
請求人が提出した上記参考資料1(Am. J. Physiol. Lung Cell Mol.Physiol.,302:L363-L369(2012))のL363頁の左欄の本文14?24行には、「過去30年間、ヒトの肺高血圧症(PH)の研究の中心は、2つの齧歯類モデル:慢性低酸素曝露モデルとモノクロタリン(MCT)肺損傷モデル、であった。・・・MCTラットモデルは、技術的なシンプルさ、再現性及びPAH(当審注:肺動脈高血圧症)の他のモデルと比較して低コストであることから、頻繁に研究に用いられるPAHのモデルであり続けている。」と記載され(原文は英語であるため、翻訳文として摘記)、また、『日薬理誌,102,p.191-199(1993)「総説 創薬における薬理学の役割 創薬のための新しい病態モデル」』の191頁左欄の下から4行?最下行には、「さらに、モノクロタリンを投与することによりできる肺高血圧症モデル(3)、・・・などがある。」と記載され、この参照文献(3)は「Miyauchi,T.,Yorikane,R. and Goto,K.:Rats with pulmonary hypertension induced by monocrotaline,a plant pyrrolizidine alkaroid. Japan.J.Pharmacol.61,Supp.I,37P(1993)」のことである。これらの記載から、モノクロタリンを投与することによって肺高血圧症の症状を誘発させたラットは、本願優先日の10年前から、肺高血圧症のモデルとして既に知られており、本願優先日当時のみならず、その前後にわたり30年もの間、ヒトの肺高血圧症のモデルとして広く研究に用いられていたことが理解できる。
そして、特開平11-49700号公報、特開2002-30085号公報、特開2002-47203号公報ではいずれも、モノクロタリン誘発ラット肺高血圧症モデルにおける肺高血圧症状の改善効果に基づいて、肺高血圧症の治療への有効性を予測しており、これは、モノクロタリンを投与することによって肺高血圧症の症状を誘発させたラットが、肺高血圧症の治療薬を作る際のモデルとして使用できることが、本願優先日当時の当業者の技術常識であったことを示すものである。
よって、請求人の上記主張は、上記容易想到性の判断を覆す根拠とならない。

(2)相違点Bについて
ある化合物を薬剤として使用するにあたり、その生理的に許容される塩の形態を選択してみることは当該技術分野における常套手段であり、かつ、亜硝酸塩(nitrite)は、L-アルギニンの生理的に許容される塩として周知である(例えば、米国特許第5895788号明細書の第4欄第57行?第5欄第5行、米国特許第6127421号明細書の第5欄第26?42行参照。)から、引用発明において、L-アルギニンに代えて、L-アルギニン亜硝酸塩を用いることは格別の創意を要しない。

したがって、引用発明において、相違点A,Bに係る構成を本願発明のものにすることは、当業者が容易になし得たものである。

そして、効果について検討するに、本願明細書には、L-アルギニン亜硝酸塩を用いた実施例もなく、また、亜硝酸塩が優れていることを説明する記載もないので、相違点Bに係る本願発明の構成を採用したことに基づく効果として格別顕著なものは見出せない。また、相違点Aに係る本願発明の構成を採用したことに基づく効果、すなわち、肺高血圧症の治療効果については、引用例1の記載から予期できた範囲内のものと認められる。結局、相違点A,Bに係る構成を本願発明のものとしたことによって、本願発明が格別顕著な効果を奏したものとは認められない。

よって、本願発明は、引用例1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5.むすび
以上のとおりであるから、本願請求項3に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
それゆえ、本願は、その余の請求項について論及するまでもなく拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-12-03 
結審通知日 2015-12-07 
審決日 2015-12-18 
出願番号 特願2010-271007(P2010-271007)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 横山 敏志清野 千秋  
特許庁審判長 内田 淳子
特許庁審判官 渕野 留香
佐久 敬
発明の名称 上昇したアルギナーゼ状態を含む、低下した一酸化窒素バイオアベイラビリティに関連する状態の治療  
代理人 佐藤 利光  
代理人 小林 智彦  
代理人 新見 浩一  
代理人 五十嵐 義弘  
代理人 川本 和弥  
代理人 刑部 俊  
代理人 井上 隆一  
代理人 大関 雅人  
代理人 清水 初志  
代理人 春名 雅夫  
代理人 山口 裕孝  

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