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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08J
管理番号 1314327
異議申立番号 異議2016-700043  
総通号数 198 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-06-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-01-21 
確定日 2016-04-28 
異議申立件数
事件の表示 特許第5753806号「透明フィルムの製造方法」の請求項1ないし7に係る特許に対する特許異議の申立てについて,次のとおり決定する。 
結論 特許第5753806号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5753806号(以下,「本件特許」という。)の請求項1ないし7についての出願は,平成22年11月17日(優先権主張 平成21年11月19日,平成22年 5月27日,平成22年 6月30日)にされた特願2010-257074号の一部を新たな特許出願としたものであって,平成27年 5月29日に特許権の設定の登録がなされ,その後,特許異議申立人 林 法子(以下,「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1ないし7に係る発明(以下,各々「本件発明1」ないし「本件発明7」という。)は,特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
「【請求項1】
下記構造式(1)で表される結合構造を有するジヒドロキシ化合物(A)に由来する構成単位を少なくとも含むポリカーボネート樹脂からなるフィルムを,下記式(5)を満足する条件で,少なくとも一方向に延伸することを特徴とする透明フィルムの製造方法。
-(CH_(2)-O)- (1)
(但し,前記構造式(1)中の酸素原子に水素原子は結合しない。)
200%/分≦延伸速度(ひずみ速度)≦1200%/分 (5)
【請求項2】
前記ジヒドロキシ化合物(A)は,環状エーテル構造を有するジヒドロキシ化合物であることを特徴とする請求項1に記載の透明フィルムの製造方法。
【請求項3】
前記ポリカーボネート樹脂は,更にジヒドロキシ化合物(B)に由来する構成単位を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の透明フィルムの製造方法。
【請求項4】
前記ジヒドロキシ化合物(B)は,脂環式ジヒドロキシ化合物であることを特徴とする請求項3に記載の透明フィルムの製造方法。
【請求項5】
延伸温度が,前記ポリカーボネート樹脂のガラス転移温度を基準として-20℃から+40℃の範囲内であることを特徴とする請求項1?4のいずれか1項に記載の透明フィルムの製造方法。
【請求項6】
前記ポリカーボネート樹脂に一軸延伸を行うことを特徴とする請求項1?5のいずれか1項に記載の透明フィルムの製造方法。
【請求項7】
延伸倍率が1.05?4倍であることを特徴とする請求項1?6のいずれか1項に記載の透明フィルムの製造方法。」

第3 申立理由の概要
1 申立人は,次のとおり主張している。
(1) 本件発明1ないし7は,発明の詳細な説明に記載されたものではないから,本件特許の特許請求の範囲の記載は,特許法第36条第6項第1号の規定に適合しない(以下,「主張1」という。)。
(2) 本件発明1ないし7は,本願優先日前に頒布された刊行物である甲第1号証ないし甲第8号証に記載された発明に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない(以下,「主張2」という。)。
(3) そして,前記主張1,2はいずれも理由があるから,本件特許は特許法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。
2 前記主張2につき,申立人が提出した証拠方法は次のとおりである。
・国際公開2008/156158号(甲第1号証)
・特開2009-161764号公報(甲第2号証)
特許第4120294号公報(甲第3号証)
・特開2002-258045号公報(甲第4号証)
・特開2004-78247号公報(甲第5号証)
・特開2005-345816号公報(甲第6号証)
・特開2005-345817号公報(甲第7号証)
・特開平6-51118号公報(甲第8号証)

第4 申立理由に対する判断
1 主張1(特許法第36条第6項第1号関係)
(1) 申立人は,本件明細書の発明の詳細な説明は,発明の課題を解決しかつ所望の効果を奏するジヒドロキシ化合物(A)として特定のものしか記載しておらず,特許請求の範囲の記載に含まれる全ての化合物で同等の作用効果を奏するという理論的な説明もないことから,本件発明1ないし7を記載する本件特許請求の範囲は,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものである旨主張している。
(2) そこで,本件明細書の発明の詳細な説明をみると,発明が解決しようとする課題は「厚みばらつきが少ない透明フィルム及びその製造方法を提供すること」(段落【0006】)であり,その解決手段は「構造式(1)で表される結合構造を有するジヒドロキシ化合物に由来する構成単位を少なくとも含むポリカーボネート樹脂からなるフィルムを,下記式(5)を満足する条件で,少なくとも一方向に延伸する,透明フィルムの製造方法」(段落【0013】)であり,その効果は「厚みのばらつきが小さい透明フィルムを安定的に製造できる」(段落【0016】)と記載されている。そして段落【0049】?【0062】にはヒドロキシ化合物(A)の説明が記載され,そのうえで,段落【0174】(表2)にはヒドロキシ化合物(A)としてイソソルビドを用いた実施例が記載され,所定の要件を満たすものは厚みのばらつきが小さいことも確認されている。
(3) 前記の各記載を参照すれば,本件発明1ないし7に規定するジヒドロキシ化合物(A)がイソソルビドに限定されるものではなく,その他の化合物も用いうることは,当業者であれば理解できるものと認められるから,本件特許請求の範囲の記載が,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求するものであるということはできない。よって,主張1は,理由がない。

2 主張2(特許法第29条第2項関係)
(1) 本件発明1ないし7は,前記第2に示したとおりであって,このうち,本件発明1は次のとおりのものである。
「下記構造式(1)で表される結合構造を有するジヒドロキシ化合物(A)に由来する構成単位を少なくとも含むポリカーボネート樹脂からなるフィルムを,下記式(5)を満足する条件で,少なくとも一方向に延伸することを特徴とする透明フィルムの製造方法。
-(CH_(2)-O)- (1)
(但し,前記構造式(1)中の酸素原子に水素原子は結合しない。)
200%/分≦延伸速度(ひずみ速度)≦1200%/分 (5)」

(2) ア 甲第1号証には,以下の記載がある。
(ア)「1.下記式

式中,R_(1)およびR_(2)は夫々独立して,水素原子,炭素原子数1?10の芳香族基を含んでもよい炭化水素基またはハロゲン原子を示し,R_(3)およびR_(4)は夫々独立して,炭素原子数1?10の芳香族基を含んでもよい炭化水素基を示し,mおよびnは夫々独立して0?4の整数を示し,pおよびqは,夫々独立して0以上の整数を示す。
で表される単位(A)および下記式

式中,R_(5)?R_(8)は夫々独立して,水素原子または炭素数1?10のアルキル基を示す。
で表される単位(B)を含み,単位(A)と単位(B)とのモル比(A/B)が10/90以上90/10以下のポリカーボネート共重合体からなり,下記式(1)
R(450)<R(550)<R(650) (1)
但し,R(450),R(550)およびR(650)は夫々,波長450nm,550nm,650nmにおけるフィルム面内の位相差値を示す。
を満たす光学フィルム。」(請求の範囲第1項)
(イ)「技術分野
本発明は光学フィルムに関する。本発明は,所望の波長分散特性を有し,光弾性定数が低く,耐熱性が高い光学フィルムに関する。
背景技術
光学フィルムは,位相差フィルム,偏光板の保護フィルムとして用いられる。」(明細書第1頁4?9行)
(ウ)「実施例1
<ポリカーボネート樹脂共重合体の製造>
3,9-ビス(2-ヒドロキシ-1,1-ジメチルエチル)-2,4,8,10-テトラオキサスピロ[5.5]ウンデカン(以下スピログリコールと略す)109.45部,9,9-ビス(4-ヒドロキシ-3-メチルフェニル)フルオレン(以下BCFと略す)15.12部,ジフェニルカーボネート89.29部,および触媒としてテトラメチルアンモニウムヒドロキシド1.8×10^(-2)部と水酸化ナトリウム1.6×10^(-4)部を窒素雰囲気下180℃に加熱し溶解させた。その後,30分かけて減圧度を13.4kPaに調整した。その後,20℃/hrの速度で260℃まで昇温を行い,10分間その温度で保持した後,1時間かけて減圧度を133Pa以下とした。合計6時間撹拌下で反応を行った。
反応終了後,触媒量の4倍モルのドデシルベンゼンスルホン酸テトラブチルホスホニウム塩を添加し,触媒を失活した後,反応槽の底より窒素加圧下吐出し,水槽で冷却しながら,ペレタイザーでカットしてペレットを得た。NMRより組成比を測定した。
<光学フィルムの製造>
次に,(株)テクノベル製15φ二軸押出混練機に幅150mm,リップ幅500μmのTダイとフィルム引取り装置を取り付け,得られたポリカーボネート共重合体をフィルム成形することにより透明な押出しフィルムを得た。得られたフィルムの中央部付近の厚み66±0.8μmである部分より50mm×10mmサイズのサンプルを切り出し,そのサンプルを用いて光弾性定数測定を行った。また,同様にして切り出した長さ100mm×幅70mmサイズのサンプルを120℃(Tg+10℃)にて長さ方向に2.0倍で一軸延伸し,長さ200mm×幅56mm,厚み47μmの延伸フィルムを得た。この延伸フィルムの位相差測定,波長分散性を測定した。結果を表1に示す。」(明細書第27頁24行?第28頁20行)

イ 甲第2号証には,以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】
分子内に少なくとも一つの連結基-CH_(2)-O-を有するジヒドロキシ化合物を少なくとも含むジヒドロキシ化合物を、重合触媒の存在下、炭酸ジエステルと反応させる工程を含むポリカーボネートの製造方法であって、
前記分子内に少なくとも一つの連結基-CH_(2)-O-を有するジヒドロキシ化合物中の蟻酸含有量が、20ppm未満であることを特徴とするポリカーボネートの製造方法。
【請求項2】
分子内に少なくとも一つの連結基-CH_(2)-O-を有するジヒドロキシ化合物が、下記一般式(1):
【化1】

で表されるジヒドロキシ化合物である、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
ジヒドロキシ化合物が、さらに、脂環式ジヒドロキシ化合物、脂肪族ジヒドロキシ化合物、オキシアルキレングリコール類、芳香族ジヒドロキシ化合物及び環状エーテル構造を有するジオール類よりなる群から選ばれる少なくとも1種のジヒドロキシ化合物を含む、請求項1ないし9のいずれか1項に記載の方法。」(特許請求の範囲の請求項1,2,10)
(イ)「【発明の効果】
本発明の方法により、着色等が少ない高品質のポリカーボネートを安定的かつ効率的に製造することができる。本発明のポリカーボネートは、熱安定性が高く、屈折率が低く、アッベ数が大きく、光学的異方性が小さく、また、機械的強度に優れ、用途に応じてガラス転移温度を、例えば45℃?155℃まで調整できるので、柔軟性が必要な、フィルム、シート分野、耐熱性が必要な、ボトル、容器分野、さらには、カメラレンズ、ファインダーレンズ、CCDやCMOS用レンズなどのレンズ用途、液晶やプラズマディスプレイなどに利用される位相差フィルム、拡散シート、偏光フィルムなどの光学用フィルム;シート、光ディスク、光学材料、光学部品、色素、電荷移動剤等を固定化するバインダー用途といった幅広い分野への材料提供が可能である。」(段落【0025】)
(ウ)「 また、本発明のポリカーボネートにおける、ジヒドロキシ化合物(I)、例えば一般式(1)で表されるジヒドロキシ化合物に由来する構成単位と脂環式ジヒドロキシ化合物に由来する構成単位との含有割合については、任意の割合で選択できるが、一般式(1)で表されるジヒドロキシ化合物に由来する構成単位:脂環式ジヒドロキシ化合物に由来する構成単位=1:99?99:1(モル%)、特に一般式(1)で表されるジヒドロキシ化合物に由来する構成単位:脂環式ジヒドロキシ化合物に由来する構成単位=10:90?90:10(モル%)であることが好ましい。上記範囲よりも一般式(1)で表されるジヒドロキシ化合物に由来する構成単位が多く脂環式ジヒドロキシ化合物に由来する構成単位が少ないと着色しやすくなり、逆に一般式(1)で表されるジヒドロキシ化合物に由来する構成単位が少なく脂環式ジヒドロキシ化合物に由来する構成単位が多いと分子量が上がりにくくなる傾向がある。」(段落【0081】)
(エ)「 位相差フィルム作製の延伸条件としては、フィルム原料のガラス転移温度の-20℃?+40℃の範囲で行うことが好ましい。より好ましくは、フィルム原料のガラス転移温度の-10℃?+20℃の範囲である。この延伸濃度がガラス転移温度-20℃より低いと、延伸フィルムの位相差が大きくなり易く、所望の位相差を得るためには延伸倍率を低くしなければならず、フィルム面内の位相差のばらつきが大きくなりやすい。一方、ガラス転移温度+40℃以上では、得られるフィルムの位相差が小さくなり、所望の位相差を得るための延伸倍率を大きくしなければならず適正な延伸条件幅が狭くなってしまう。
フィルムの延伸倍率は目的とする位相差値により決められるが、縦一軸延伸の場合、通常1.05?4倍、好ましくは1.1?3倍である。延伸したフィルムはそのまま室温で冷却してもよいが、ガラス転移温度の-20℃?+40℃の温度雰囲気に少なくとも10秒間以上、好ましくは1分以上、更に好ましくは10分?60分保持してヒートセットし、その後室温まで冷却することが好ましく、これにより安定した位相差特性と波長分散特性を有する位相差フィルムが得られる。」(段落【0139】?【0140】)

ウ 甲第3号証には,以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】
複数の透明層が一体的に積層されてなる積層体により構成され、当該積層体における少なくとも二つの透明層が、ポリカーボネート系樹脂よりなる樹脂フィルムに延伸加工を施すことによって得られる位相差フィルムにより形成されており、当該位相差フィルムによって形成された透明層に入射される偏光光の入射角をθ〔度〕としたとき、θの値が45〔度〕の条件下で使用される液晶プロジェクター用偏光変換素子用波長板であって、
前記位相差フィルムによって形成された透明層の面上において、当該透明層に入射される偏光光における偏光面と当該透明層の光軸とのなす角をα〔度〕としたとき、下記式(a)で算出される値をβとすると、最初に透過する位相差フィルムよりなる透明層における角度αの値が7.1?40.1〔度〕で角度βの値が10?70〔度〕であり、2番目に透過する位相差フィルムよりなる透明層における角度αの値が14.4?62.8〔度〕で角度βの値が20?70〔度〕であることを特徴とする液晶プロジェクター用偏光変換素子用波長板。
【数1】
式(a)
β=tan^(-1)(tanα/cosθ)」(特許請求の範囲の請求項1)
(イ)「 本発明に用いられる位相差フィルムは、上記方法によって得られた成形フィルムを延伸加工することによって得られる。具体的には、成形フィルムを、公知の一軸延伸法あるいは二軸延伸法を用いて延伸加工することによって、位相差フィルムを得ることができる。
延伸法としては、テンター法による横一軸延伸法、ロール間圧縮延伸法、周縁の異なるロールを利用する縦一軸延伸法、あるいは横一軸延伸と縦一軸延伸とを組合わせた二軸延伸法、インフレーション法による延伸法などを用いることができる。
一軸延伸法を利用する場合には、延伸速度は通常1?5000%/minであり、好ましくは50?1000%/minであり、さらに好ましくは100?1000%/minであり、特に好ましくは100?500%/minである。
二軸延伸法としては、同時に互いに交わる2方向に延伸を行う方法や一軸延伸をした後に最初の延伸方向と異なる方向に延伸を行う方法を利用することができる。これらの方法において、2つの延伸軸が交わる角度は、通常120?60度の範囲である。また、延伸速度は各延伸方向で同じであっても、異なっていてもよく、通常1?5000%/minであり、好ましくは50?1000%/minであり、さらに好ましくは100?1000%/minであり、特に好ましくは100?500%/minである。」(段落【0021】?【0022】)

エ 甲第4号証には,以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】 ジヒドロキシ化合物から誘導される繰り返し単位を少なくとも2種含むポリカーボネート樹脂を、2?30m/分で溶液流延した後、少なくとも1軸方向に延伸して形成されたものであることを特徴とする位相差フィルム。」(特許請求の範囲の請求項1)
(イ)「〔ポリカーボネート樹脂フィルムの延伸〕
上記流延フィルムに延伸処理を行う。延伸は、縦、横いずれの方向に行っても良く、これらを組み合わせても良い。なかでも好ましいのが縦あるいは横の1軸延伸であり、さらに好ましいのが縦の1軸延伸である。
好ましい延伸倍率は1.2?2.5倍、より好ましくは1.4?2.3倍、さらに好ましくは1.5?2.2倍である。延伸は1段で行っても良く、多段で行っても良い。多段で行なう場合は各延伸倍率の積がこの範囲にはいるようにすれば良い。
延伸速度は50?1000%/分、より好ましくは80?800%/分、さらに好ましくは100?700%/分である。
好ましい延伸温度は180℃?250℃、より好ましくは190℃?240℃、さらに好ましくは195℃?235℃である。このような加熱は延伸ゾーンをケーシング内に収納し、ここに加熱風を給気しても良く、この中に設置したニップロールで延伸しても良く、加熱装置を内在したヒートロールを用いて加熱することも好ましい。また、IRヒーターをハロゲンヒータ等の放射熱源をもちいても良い。これらは単独で用いても良く、併用しても良い。さらに軸ズレ軽減のため、端部の温度を中央部の温度より1℃?5℃、より好ましくは2℃?4℃高くするのが好ましい。これは給気風の吹き込み口の整風板の調整、幅方向に分割した熱源を設置したヒートロール、幅方向に分割した放射熱源を用いることで達成できる。」(段落【0030】)

オ 甲第5号証には,以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】
熱可塑性樹脂フィルムを、
(1) 下記温度範囲において予熱し、
Tg<Tp≦(Tg+100℃)
(Tg:熱可塑性樹脂のガラス転移温度)
(Tp:予熱温度)
(2) 下記温度範囲において、延伸軸と直交する方向における長さの収縮を起こさないようにして変形速度150%/分?1000%/分、延伸倍率2?3倍で一軸延伸し、
Tg<Ts≦(Tg+100℃)
(Ts:延伸温度)
(3) 下記温度範囲において熱処理する
(Ts-50℃)≦Ths≦Ts
(Ths:熱処理温度)
ことを特徴とする、面内のレターデーション値が50?300nmであり、(面内のレターデーション値)/(厚み方向のレターデーション値)の比が0.5以上1.8以下である位相差フィルムの製法。
【請求項4】
熱可塑性樹脂は、ポリカーボネート樹脂又はポリサルフォン樹脂である請求項1記載の方法。」(特許請求の範囲の請求項1,4)
(イ)「次いで、予熱されたフィルムは延伸部に導入され、
Tg<Ts≦(Tg+100℃)
(但し、Tsは延伸温度を示す)の温度範囲Tsで、延伸軸と直交する方向の収縮を起こさないようにした状態で、変形速度150%/分?1000%/分、延伸倍率2?3倍でフィルムの進行方向と直交する方向へ横一軸延伸される。ここで、延伸温度、変形速度及び延伸倍率は、原反として用いる熱可塑性樹脂フィルムの種類や厚み、及び必要とされる位相差フィルムの面内のレターデーション値、(面内のレターデーション値)/(厚み方向のレターデーション値)の比の値、厚み等により適宜選択される。例えば、ポリカーボネートフィルムを用いる場合には、延伸温度190?220℃、変形速度150?600%/分、延伸倍率2?3倍とするのが好ましい。一般的には、延伸温度を低下させるか、変形速度を上昇させるか、あるいは延伸倍率を増加させると、面内のレターデーション値は増加する傾向にあり、また、延伸倍率を増加させることにより、(面内のレターデーション値)/(厚み方向のレターデーション値)の比の値は大きくなる傾向にある。」(段落【0011】)

カ 甲第6号証の段落【0037】には,「また、延伸工程における延伸歪み速度は、小さくなると熱緩和によりレターデーション値が低下したり、ボーイング現象の抑制効果が低下したりする。したがって、延伸歪み速度(V2およびV3)は300%/分以上が好ましい。但し、あまり速くするとフィルムが切断したり、テンタークリップから外れたりするので、より好ましくは400?1000%/分である。また、高い延伸歪み速度で延伸することにより、テンターのレール開き角度を大きくし延伸ゾーンの長さを短くすることが可能になる。」との記載がある。

キ 甲第7号証の段落【0039】には,「また、延伸工程におけるフィルム幅方向の延伸歪み速度は、小さくなると熱緩和によりレターデーション値が低下したり、ボーイング現象の抑制効果が低下する。したがって、延伸歪み速度は300%/分以上が好ましい。但し、あまり速くすると今度はフィルムが切断したり、テンタークリップからはずれたりするので、より好ましくは400?1000%/分である。また、高い延伸歪み速度で延伸することにより、テンターのレール開き角度を大きくし延伸ゾーンの長さを短くすることが可能になる。」との記載がある。

ク 甲第8号証の段落【0004】?【0007】には,「そして、位相差フィルムの上記位相差補償性能はレターデーション値と呼ばれ、Δn×dで表される。ここで、Δnは屈折率の異方性、dはフィルムの肉厚である。また、上記レターデーション値は測定波長によって異なり、レターデーション値=測定波長となるレターデーション値をR値と呼び、位相差補償性能の代用特性としている。
ところで、液晶表示装置等に組込まれたときに着色や色むらのでない均一な位相差フィルムを得るためには以下の3点に注意する必要がある。
(1)フィルム全面で位相差補償性能(レターデーション値)が同じであること。
(すなわち上記R値のばらつきが要求値±2.5nm以内であること。)
(2)テンター延伸時に延伸軸の軸ずれがないこと。
(すなわち延伸軸の軸ずれが1度以内であること。)
(3)外観不良がないこと。」との記載がある。

(3) ア(ア) 上記(2)ア(ア)?(ウ)によれば,甲第1号証には,申立人が「甲1発明」と称する,次の発明が記載されているといえる。
「3,9-ビス(2-ヒドロキシ-1,1-ジメチルエチル)-2,4,8,10-テトラオキサスピロ[5.5]ウンデカン及び9,9-ビス(4-ヒドロキシ-3-メチルフェニル)フルオレンに由来する構成単位を少なくとも含むポリカーボネート樹脂からなるフィルムを,120℃(Tg+10℃)にて長さ方向に2.0倍で一軸延伸する,光学フィルムである位相差フィルムの製造方法。」

(イ) 上記(2)イ(ア)?(エ)によれば,甲第2号証には,申立人が「甲2発明」と称する,次の発明が記載されているといえる。
「一般式(1):

で表されるジヒドロキシ化合物に由来する構成単位と脂環式ジヒドロキシ化合物に由来する構成単位を少なくとも含むポリカーボネート樹脂からなるフィルムを,フィルム原料のガラス転移温度の-20℃?+40℃の範囲で,縦一軸延伸で,1.05?4倍に延伸する,位相差フィルムの製造方法。」

(ウ) そして,甲1発明及び甲2発明のいずれも,本件発明1における「フィルムの延伸速度について,本件発明1が特定する「200%/分≦延伸速度(ひずみ速度)≦1200%/分」を特定しておらず,この点で本件発明1と相違する。

イ 前記相違点について検討するに,前記(2)ウ?キのとおり,甲第3号証ないし甲第7号証には,フィルムの延伸速度について,前記と同程度のものを用いる旨が記載されている。また,前記(2)クのとおり,甲第8号証には,光学フィルムの物性として,厚さの均一性が求められる旨が記載されている。しかしながら,これらの各記載は,光学フィルムの製造におけるフィルムの延伸速度,又は,光学フィルムに求められる物性を各々開示するものに止まり,光学フィルムにおける延伸速度と物性との技術的関係を示唆するものではない。しかも,前記甲1発明及び甲2発明の製造方法についてみても,係る製造方法により得られるフィルムの厚さ方向のばらつきをなくすことについて明示的に示すものではないから,甲1発明及び甲2発明に対して,甲第3号証ないし甲第8号証に記載されている技術的事項を組み合わせることの動機づけがあるとまでいうことはできない。

ウ そして,本件発明1は,所載の製造方法により,得られたフィルムの厚さ方向のばらつきを抑えることができるという有利な効果を奏するものである。そうすると,本件発明1は,甲1発明ないし甲2発明に基いて当業者が容易に想到できたものということはできない。

(4) 本件発明2?7は,本件発明1を引用して,本件発明1の発明特定事項をさらに特定したものである。そして,本件発明1が,前記(3)イ及びウのとおり進歩性を有するものであるから,本件発明2?7も,同様の理由により進歩性を有するものである。

(5) よって,本件発明1ないし7が,甲第1号証ないし甲第8号証に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであるということができないから,主張2は,理由がない。

第5 むすび
以上のとおり,申立人が主張する特許異議申立ての理由及び証拠方法によっては,請求項1ないし7に係る特許を取り消すことはできない。
また,その他に請求項1ないし7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-04-19 
出願番号 特願2012-46681(P2012-46681)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C08J)
P 1 651・ 121- Y (C08J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 大村 博一  
特許庁審判長 菊地 則義
特許庁審判官 加藤 友也
大島 祥吾
登録日 2015-05-29 
登録番号 特許第5753806号(P5753806)
権利者 日東電工株式会社 三菱化学株式会社
発明の名称 透明フィルムの製造方法  
代理人 特許業務法人あいち国際特許事務所  
代理人 特許業務法人あいち国際特許事務所  

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