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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H04J
管理番号 1314885
審判番号 不服2015-6398  
総通号数 199 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-07-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-04-06 
確定日 2016-05-19 
事件の表示 特願2013- 98368「情報伝送方法及びシステム」拒絶査定不服審判事件〔平成25年10月10日出願公開、特開2013-211864〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯と本願発明
本件出願は,2007年3月30日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2006年4月3日,スイス)を国際出願日とする特願2009-503386号の一部を平成25年5月8日に新たな特許出願としたものであって,平成26年4月18日付け拒絶理由通知に対して同年11月4日に意見書が提出されたが平成26年12月5日付けで拒絶査定がなされ,これを不服として平成27年4月6日に審判請求がなされるとともに手続補正書が提出され,同年5月14日に審判請求書について手続補正がなされ,平成27年7月1日付け前置報告書が審査官により作成され,同年10月1日に請求人より上申書が提出されたものであって,本願の請求項1に係る発明(以下,「本願発明」という。)は,平成27年4月6日に提出された手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された以下のとおりのものと認める。

「一つの機器と一つの書込及び/又は読出モジュールの間のデータ伝送方法であって,この方法が,
符号シンボル列によりデータを表す工程と,
その符号シンボル列をチップ周波数を有するチップ列により変調して,直接シーケンススペクトル拡散信号を発生させる工程と,
その直接シーケンススペクトル拡散信号を搬送信号に変調して,変調された直接シーケンススペクトル拡散信号を発生させる工程と,
その変調された直接シーケンススペクトル拡散信号をポータブル機器から容量結合及び/又は抵抗結合により書込及び/又は読出モジュールに伝送する工程と,
を有し,
この変調された直接シーケンススペクトル拡散信号が中心周波数の少なくとも20%の帯域幅を有し,それにより,この伝送される変調された直接シーケンススペクトル拡散信号が超広帯域信号になるとともに,この中心周波数が2MHz以内であるように,チップ周波数と搬送信号の搬送周波数を選定する方法。」

2 引用発明
原査定の拒絶の理由に引用された特開平10-228524号公報(以下,「引用例」という。)には,「識別カードとの暗号化通信のための近距離場人体結合のためのシステム及び方法」(発明の名称)に関し,図面とともに以下の事項が記載されている。

ア 「【請求項1】電子通信装置であって,
i)情報の項目を記憶する手段と,
ii)前記情報の項目を表す暗号化電気信号を生成する手段と,
iii)前記生成する手段からの前記信号を前記ユーザの身体に結合する物理インタフェースと,
を含む,ユーザに持ち運ばれる,または身に付けられる携帯用送信機と,
i)受信機と前記ユーザの身体との間の電気結合を確立する物理インタフェースと,
ii)前記物理インタフェースを通じて,前記ユーザの身体から前記暗号化信号を受信する手段と,
iii)前記信号を解読し,前記情報の項目を獲得する解読手段と,
iv)前記情報の項目に応答して,アクションを実行する手段と,
を含む,受信機と,
を含む,電子通信装置。
【請求項2】前記送信機が変調する手段を含み,前記受信機が復調する手段を含む,請求項1記載の装置。
【請求項3】前記変調する手段及び前記する復調手段が,それぞれ変調及び復調のための直接シーケンス拡散スペクトル手段を含む,請求項2記載の装置。」

イ 「【0008】電子通信を実現する最近登場した新たなアプローチは,人体が主に電解液から成り,従ってそれ自身,電気信号を伝搬できるという事実を利用する。
【0009】David Allport,Neil Gershenfeld,及びThomas Zimmermanによる係属中の米国特許出願(通し番号は未取得)"Non-Contact System for Sensing and Signaling by Externally Induced Intra-Body Currents(外部誘起体内電流による反応及び信号のための無コンタクト・システム)"では,送信機及び受信機が,ユーザの接触または接近により,ユーザの人体を通じて結合される無線システムが述べられる(電気グラウンドとして扱われる床との接近により,電気回路が形成される)。
【0010】送信機は低周波の低電力の信号を生成し,これが容量結合を通じて,ユーザの体内を変位電流として流れる。ユーザの人体は伝導媒体として作用する。ユーザの人体に容量結合される受信機は,ユーザの人体から流れ込む変位電流に応答して,低周波信号を検出する。
【0011】送信機により伝送される信号は,好適には,伝送される情報により擬似ランダム・コードを用いて変調される搬送波であり,拡散スペクトル(spread spectrum)信号を生成する。こうした変調は耐雑音性を提供し,各々が異なる変調コードを使用する複数の送信機が同時に動作することを可能にする。」

ウ 「【0040】従って,望ましいパーソナル・エリア・ネットワーク通信システムの目的は,次のように要約できる。
1)現在,これらの個人電子装置を相互接続する標準的な方法が存在しない。静電結合(ESC)が装置の範囲において,使用され得る。
2)無線ローカル・エリア・ネットワーク(LAN)などの,コンピュータにより使用されるタイプに類似する特定の無線タイプの,但し好適には空気を媒介としない(すなわちRFでない)ネットワークが待望され,これらのセンサ及び他の電子装置がデータを共用することが望まれる。ESCはネットワーク構造への物理インタフェースを提供できる。
3)好適な通信システムは,少量の電力しか消費しないべきである。なぜなら,ESCは無線よりも低い周波数で動作するので,エネルギーが放射されず,低電力が消費されるからである。
4)好適な通信システムは,その方向に関し大きな柔軟性を有し,動き及び位置の範囲において動作するべきである。好適な通信システムは,身体上のどこに身につけられる装置間でも,通信できるべきである。ESCは身体を通信回路の一部として使用し,しかも環境内のあらゆる物質を戻り電流路として使用する。
5)好適な通信システムは,FCCの認可を条件としないべきである。本発明の好適な実施例で使用される電界強度は,FCCにより設定される大きさよりも桁違いに低い大きさである。例えば,80mm×50mm×8mm(厚型クレジット・カード)の寸法の,330KHz,30Vで送信する典型的なESC装置は,300mにおいて344pV/mの電磁界強度を有し,これはFCCで許容される電磁界強度(FCCパート15規制で指定される)よりも86dB低い。
6)メッセージの傍受を困難にする通信方法が必要とされる。電界は距離の3乗として減衰するので,距離が10倍になると,電界強度は1/1000になる。送信機からの距離が増加すると,信号強度は環境の熱雑音以下に急速に減衰するので,盗聴を益々困難から不可能にする。
7)隣のシステムからの妨害が無いこと。静電通信システムは,制限付きの範囲を有する。再度,電界強度が距離の3乗に従い減衰するので,隣の装置はそれらの隣の装置を聞くだけである。更に遠くの装置からの信号は,背景雑音に隠れて急速に減衰し,聞こえなくなる。
8)アンテナのサイズは小さく平坦であるか,それが埋め込まれる対象物の形状を取ることができる。電極の効果は,突き出る表面積に依存し,特定の正確な形状及び幾何に依存しない。腕時計バンドがこの要求に合致する。クレジット・カードは特にすばらしい。なぜなら,これらは比較的大きな表面積を提供するからである。靴底もまた大きな表面積を有し,地面(外側電極)及びユーザの身体(内側電極)の両方と,希に良好に接触し,ユーザの身体の周りに配置される他の装置と通信するための,偉大な候補である。」

エ 「【0047】図示の実施例の説明:図1は,本発明に従い,リモート・オーセンチケータ(認証装置)を含むパーソナル・エリア・ネットワークが使用される典型的な環境を示す。多数の他の環境も本発明を使用し得ることが理解されよう。こうした他の環境には,呼び出しカード呼び出しを受諾する公衆電話,サービス・ステーションのガス・ポンプ,写真複写機,郵便料金メータ,及び建物または自動車のドアを通じる入場などが含まれる。また,本発明はコンピュータ・キーボードと一緒に,パスワード機構として使用され得る。ユーザが自身の手をキーボードから持ち上げるとき,マシンがロックする。
【0048】図1を参照すると,人またはユーザ2が自動窓口機(ATM)4を活動化している。人2はEFカード(後述)などの,パーソナル・エリア・ネットワーク(PAN)手段5を持ち歩いている。ATM4は制御パネル6を含み,これはユーザ2がPIN及び所望のトランザクションなどの,好適な情報をキー入力することを可能にする好適なキーを含む。制御パネル6は,人2との電気接続を形成するコンタクトを含む。
【0049】ATM4は通信リンク10により,受信機モジュール7及びプロセッサ8に接続される。通常,プロセッサ8は遠隔地に配置され,通信リンク10は電話網などの好適な媒体を含む。プロセッサ8は,ユーザ2のトランザクション要求を処理するための全ての要求機構を含み,こうした要求には,ユーザ2の口座のデータベースへのアクセスなどが含まれる。
【0050】PANカード5及びプロセッサ8は,ユーザ2の身体の伝導性媒体及び通信リンク10を通じて通信し,ユーザ2の識別を確認する。
【0051】本発明によれば,通信が確認及びセキュリティを確立するために,暗号化される。暗号化の好適な手法は,以下で詳述する。
【0052】また,ユーザが,カード,時計,または靴に埋め込まれる手段などの,複数のPANタイプの送信機を持ち運ぶ場合,これらが確認のために別々に検出され得る。
【0053】図1に示される本発明によれば,送信機と受信機が協動して通信する。双方向通信のために,2つのトランシーバが使用される。これらは例えば,図1のカード5及びプロセッサ8内に配置される。
【0054】図2及び図3は,これらの送信機及び受信機モジュールの2つの好適な実施例の機能ブロック図である。
【0055】図2では,送信機と受信機との間で,片方向通信が発生する。このシステムは,カード5が連続的に,または定期的間隔(例えば毎秒ごと)で,IDなどの信号を送信する状況をサポートする(下記参照)。ユーザ2が適切に短い時間内に,制御パネル6に触れる都度,定期的に送信されるID信号が制御パネル内を通過し,プロセッサ8により受信されるものと仮定する。従って,プロンプトまたはハンドシェークが要求されない。
【0056】こうした実施例では,カード5が詳細に示される送信機モジュールを含む。後述されるように,送信信号は本発明に従い暗号化される。従って,カード5は,好適には乱数,時間表現,及びユーザIDにもとづき暗号化信号を生成する信号発生器12を含む。結果の信号は,低周波変調器14を用いて変調され,カード5がユーザ2の身体と近接していることにより,ユーザ2の人体組織に伝送される。ユーザ2の身体は,図2では,片方向通信回線として表される。
【0057】受信機4は,ユーザ2と制御パネル6上の受信機電極18との物理的接触により,信号を受信するように接続される。信号は復調器20により復調され,ネットワーク回線10を通じて,プロセッサ8に渡される。プロセッサ8内において,オーセンチケータ22が,後述の暗号化プロトコルに従い信号を確認し,情報をATMトランザクションを処理するプログラムなどの,アプリケーション24に提供する。
【0058】図3では,カード5内のトランシーバとATM4内のトランシーバとの間で,双方向通信が発生する。代替システムは,カード5が信号(例えばID(下記参照))の送信を要求されるときだけ,そうすることにより,電力を節約する状況をサポートする。ユーザ2が制御パネル6に触れてトランザクションを開始する度に,制御パネル6が信号を要求し,カード5が信号を送信することにより応答するものと仮定する。従って,プロンプトまたはハンドシェーク・シーケンスが実行される。
【0059】図3の一部の構成要素は,図2の同様に番号付けされた構成要素と等価である。しかしながら,別の通信信号26すなわち前述の要求が,ユーザ2の身体を通じて制御パネル6からカード5に伝わる。要求はATM4内の起動回路28により生成され,カード5内の起動受信回路30により受信される。起動回路30は好適には,カード5上の電力節約機能を制御し,遊休期間中の消費電力を低減し,要求の受信時にフルパワーを復元する。」

オ 「【0071】好適な通信変調手法は,Leon W.CouchによりModern Communication Systems(Prentice Hall,N.J.,1994)のページ380乃至387等で述べられる直接シーケンス拡散スペクトル(direct sequence spread spectrum)である。拡散スペクトルを用いて,複数の送信機の選択的検出を可能にする好適な方法は,各々の送信機を通信信号26の位相に同期させ,各送信機の個々の固有のID番号にもとづき,擬似ランダム・シーケンスを遅延することである。複数の送信機の間で選択するために,受信機は相関関数の位相をスリップさせ,自動相関関数のピークを探索する(Couchのページ384等参照)。」

上記引用例の記載及び図面ならびにこの分野における技術常識を考慮すると,特に,図1?3に記載された実施例に関し,以下の技術事項が読み取れる。

a ユーザ2の身体を介して,PANカード5からATM4に暗号化信号を送信している。
b ATM4は通信リンク10により,受信機モジュール7及びプロセッサ8に接続されている。
c 上記暗号化信号は低周波変調器14で変調されるが,具体的な変調手段として直接シーケンス拡散スペクトル手段が例示されおり(【請求項3】,【0071】),該直接シーケンス拡散スペクトル手段が,擬似ランダム・コードを用いてスペクトラム拡散された情報により搬送波を変調するものであることは技術常識である(【0011】参照)。

以上を総合すると,上記引用例には,以下の発明(以下,「引用発明」という。)が開示されていると認める。

「PANカード5と,通信リンク10により受信機モジュール7及びプロセッサ8に接続されるATM4の間のデータ伝送方法であって,この方法が,
暗号化信号を擬似ランダム・コードにより変調して直接シーケンス拡散スペクトル信号を発生させる工程と,
その直接シーケンス拡散スペクトル信号で搬送波を変調して,変調された直接シーケンス拡散スペクトル信号を発生させる工程と,
その変調された直接シーケンス拡散スペクトル信号をPANカード5からユーザ2の身体を介してATM4に伝送する工程と,
を有する方法。」

3 対比
本願発明と引用発明とを対比するに,
a 引用発明の「PANカード5」について,引用例の「人2はEFカード(後述)などの,パーソナル・エリア・ネットワーク(PAN)手段5を持ち歩いている。」(【0048】)の記載によれば,明らかに「ポータブル」な機器であって,本願発明の「一つの機器」及び「ポータブル機器」に相当する。
b 引用発明の「通信リンク10により受信機モジュール7及びプロセッサ8に接続されるATM4」について,引用例の「受信機4は,ユーザ2と制御パネル6上の受信機電極18との物理的接触により,信号を受信するように接続される。信号は復調器20により復調され,ネットワーク回線10を通じて,プロセッサ8に渡される。プロセッサ8内において,オーセンチケータ22が,後述の暗号化プロトコルに従い信号を確認し,情報をATMトランザクションを処理するプログラムなどの,アプリケーション24に提供する。」(【0057】)の記載によれば,「書込」あるいは「読出」などの処理を行うことは明らかであるから,本願発明の「書込及び/又は読出モジュール」に相当する。
c 引用発明の「擬似ランダム・コード」,「直接シーケンス拡散スペクトル信号」は,それぞれ,本願発明の「チップ周波数を有するチップ列」,「直接シーケンススペクトル拡散信号」に明らかに相当する。
また,引用発明の「暗号化信号」は伝送される「データ」であって,本願発明の「データ」に相当するものであり,引用発明の「暗号化信号を擬似ランダム・コードにより変調して直接シーケンス拡散スペクトル信号を発生させる工程」と,本願発明の「符号シンボル列によりデータを表す工程と,その符号シンボル列をチップ周波数を有するチップ列により変調して,直接シーケンススペクトル拡散信号を発生させる工程」とは,「データとチップ周波数を有するチップ列とを用いた変調により,直接シーケンススペクトル拡散信号を発生させる工程」の点で共通する。
d 引用発明の「搬送波を変調して」は,本願発明の「搬送信号に変調して」と同義である。
e 引用発明の「ユーザ2の身体を介して」の信号伝送は,引用例の「PANカード5及びプロセッサ8は,ユーザ2の身体の伝導性媒体及び通信リンク10を通じて通信し」(【0050】),「結果の信号は,低周波変調器14を用いて変調され,カード5がユーザ2の身体と近接していることにより,ユーザ2の人体組織に伝送される。」(【0056】),「送信機は低周波の低電力の信号を生成し,これが容量結合を通じて,ユーザの体内を変位電流として流れる。ユーザの人体は伝導媒体として作用する。ユーザの人体に容量結合される受信機は,ユーザの人体から流れ込む変位電流に応答して,低周波信号を検出する。」(【0010】)等の記載によれば,「容量結合」や「抵抗結合」による伝送であるから,引用発明の「ユーザ2の身体を介して」は,本願発明の「容量結合及び/又は抵抗結合により」に相当する。

以上をまとめると,両者は以下の点で一致ないし相違している。

(一致点)
「一つの機器と一つの書込及び/又は読出モジュールの間のデータ伝送方法であって,この方法が,
データとチップ周波数を有するチップ列とを用いた変調により,直接シーケンススペクトル拡散信号を発生させる工程と,
その直接シーケンススペクトル拡散信号を搬送信号に変調して,変調された直接シーケンススペクトル拡散信号を発生させる工程と,
その変調された直接シーケンススペクトル拡散信号をポータブル機器から容量結合及び/又は抵抗結合により書込及び/又は読出モジュールに伝送する工程と,
を有する方法。」

(相違点1)
「データとチップ周波数を有するチップ列とを用いた変調により,直接シーケンススペクトル拡散信号を発生させる工程」が,
本願発明では「符号シンボル列によりデータを表す工程と,その符号シンボル列をチップ周波数を有するチップ列により変調して,直接シーケンススペクトル拡散信号を発生させる工程」であるのに対し,
引用発明では「暗号化信号を擬似ランダム・コードにより変調して直接シーケンス拡散スペクトル信号を発生させる工程」である点。

(相違点2)
「変調された直接シーケンススペクトル拡散信号」に関し,
本願発明では「変調された直接シーケンススペクトル拡散信号が中心周波数の少なくとも20%の帯域幅を有し,それにより,この伝送される変調された直接シーケンススペクトル拡散信号が超広帯域信号になるとともに,この中心周波数が2MHz以内であるように,チップ周波数と搬送信号の搬送周波数を選定する」のに対し,
引用発明では「擬似ランダム・コード」のチップ周波数や「搬送波」の搬送周波数は明らかではない点。

4 検討
上記各相違点につき検討する。

(相違点1)について
直接シーケンススペクトル拡散を用いたデータ伝送において,送信するデータを予め位相変調のような狭帯域変調方式による1次変調により符号シンボル列としておくことはデジタル変調の技術分野における周知慣用技術に過ぎず,引用発明の直接シーケンススペクトル拡散を用いたデータ伝送方法においても該周知慣用技術を単に採用して,暗号化信号を予め「符号シンボル列」により表しておき(1次変調),その「符号シンボル列」を直接シーケンススペクトル拡散により変調するようにして,本願発明のように「符号シンボル列によりデータを表す工程と,その符号シンボル列をチップ周波数を有するチップ列により変調して,直接シーケンススペクトル拡散信号を発生させる工程」を有した構成とすることは,当業者が必要に応じて適宜なし得たものである。

(相違点2)について
引用例に,「好適な通信システムは,FCCの認可を条件としないべきである。本発明の好適な実施例で使用される電界強度は,FCCにより設定される大きさよりも桁違いに低い大きさである。例えば,80mm×50mm×8mm(厚型クレジット・カード)の寸法の,330KHz,30Vで送信する典型的なESC装置は,300mにおいて344pV/mの電磁界強度を有し,これはFCCで許容される電磁界強度(FCCパート15規制で指定される)よりも86dB低い。」(【0040】)とあるように,PANカードとして用いられる厚型クレジット・カードの送信周波数として「330KHz」が用いられることが記載されているが,この送信周波数が搬送波の中心周波数を意味することは当業者にとり明らかであるから,「中心周波数が2MHz以内であるように」,「搬送信号の搬送周波数を選定する」ことは引用例に示唆されている。
また,直接シーケンススペクトル拡散により搬送信号が広帯域化し,その帯域幅は拡散符号(擬似ランダム・コード)のチップ長(チップの時間的な長さ)に応じて変化することは技術常識であるところ,引用発明において変調後の拡散された搬送波をどの程度の帯域幅にするか,すなわち,どのようなチップ長の拡散符号を用いるかは,当業者が必要に応じて適宜選択し得るものである。
そして,本願発明の「中心周波数の少なくとも20%の帯域幅」という数値に臨界的意義があるとも認められない。
そうすると,引用発明において,「変調された直接シーケンススペクトル拡散信号が中心周波数の少なくとも20%の帯域幅を有し,それにより,この伝送される変調された直接シーケンススペクトル拡散信号が超広帯域信号になるとともに,この中心周波数が2MHz以内であるように,チップ周波数と搬送信号の搬送周波数を選定する」構成とすることに格別の困難性はない。

そして,本願発明が奏する効果も引用発明および引用例記載事項から容易に予測出来る範囲内のものである。

なお,上申書において請求人は,【参考資料1】「Personal Area Networks: Near-field intrabody communication」,T. G. Zimmerman,IBM SYSTEMS JOURNAL, VOL 35, NOS 3&4, 1996」を添付するとともに,「引用文献1に記載された発明では,審判請求時に説明しました通り,帯域幅を狭くする共振現象を利用しているため,中心周波数の少なくとも20%の帯域幅を有する信号を利用することはできません。共振現象を利用した通信に関しましては,参考文献1の614頁右欄の第2及び第3段落と615頁の図6に図示されたタンク共振器から明らかな通り,共振現象の利用が帯域幅を狭くすることは物理法則から避けられないことであり,当業者であれば,引用文献1に記載された発明に基づき共振現象を利用すると,帯域幅を広くすることができないと考えるのが至当です。」と主張しているので,この点について検討する。
たしかに,請求人の主張するとおり,参考文献1の614頁右欄の第2及び第3段落と615頁の図6にはタンク共振器が記載されており,タンク共振器が狭帯域の信号を出力するものであると認められる。
しかしながら,該参考文献1の614頁右欄-615頁左欄の「Modulation strategies(当審仮訳:変調ストラテジー)」の項に「Two modulation strategies were examined for PAN communication:・・・(中略)・・・ Direct sequence spread spectrum modulates the carrier with a pseudonoise (PN) sequence, producing a broadband transmission much greater than the message bandwidth.(当審仮訳:2つの変調ストラテジーがPAN通信について検証された:・・・(中略)・・・直接シーケンス拡散スペクトラムは搬送波を擬似ノイズ(PN)シーケンスで変調し,メッセージ帯域幅よりもはるかに大きい広帯域送信を生成する。)」と記載されているとおり,直接シーケンス拡散スペクトラム変調を用いるストラテジーでは,参考文献1の図6のトランシーバから送信される信号は,直接シーケンス拡散スペクトラム変調により広帯域化されたものであることは明らかであり,同様に,引用発明についても,たとえ引用例に記載された「330KHz,30Vで送信する典型的なESC装置」(【0040】)が請求人の主張するようにタンク共振器を用いたものであるとしても,当該タンク共振器の出力を搬送波として用い,これを直接シーケンススペクトラム拡散により広帯域化できることは明らかであるから,上記請求人の主張は失当である。

5 むすび
以上のとおり,本願発明は,引用発明および引用例記載事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,他の請求項に係る発明について審理するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2015-12-09 
結審通知日 2015-12-16 
審決日 2016-01-06 
出願番号 特願2013-98368(P2013-98368)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H04J)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 羽岡 さやか長谷川 篤男  
特許庁審判長 大塚 良平
特許庁審判官 坂本 聡生
新川 圭二
発明の名称 情報伝送方法及びシステム  
代理人 江崎 光史  
代理人 鍛冶澤 實  

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