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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07C |
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管理番号 | 1315522 |
審判番号 | 不服2014-22154 |
総通号数 | 199 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2016-07-29 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2014-10-31 |
確定日 | 2016-06-08 |
事件の表示 | 特願2011-509884「新規の[F-18]ラベル化L-グルタミン酸及びL-グルタミン誘導体(I)、その使用及びその調製方法」拒絶査定不服審判事件〔平成21年11月26日国際公開、WO2009/141091、平成23年 7月21日国内公表、特表2011-520932〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、2009年5月14日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2008年5月20日(EP)欧州特許庁)を国際出願日とする出願であって、平成25年11月29日付けで拒絶理由が通知され、平成26年6月10日付けで意見書と手続補正書が提出された後、同年6月26日付けで拒絶査定がなされ、これに対して平成26年10月31日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。 第2 本願発明について 本願の請求項1ないし2に係る発明は、平成26年6月10日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし2に記載されたとおりのものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。 「一般式I: 【化1】 (上式中、 Aは、ヒドロキシル又はO-Zであり、 Gは、ヒドロキシル又はO-Zであり、 R^(1)は、直鎖^(18)F-C_(3)アルキルであり、 R^(2)は、水素であり、そして Zは、金属カチオンである) で表わされる、(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸又はその塩。」 第3 原査定の理由 原査定の理由は、本願発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物Aに記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないという理由であって、その刊行物Aとして国際公開第2008/052788号(原査定の引用文献(B)1である。)が引用されている。 第4 当審の判断 1 刊行物 刊行物A:国際公開第2008/052788号 刊行物B:日本化学会編、季刊化学総説 光学異性体の分離、No.6、1989年10月10日 刊行物C:加藤隆一、月間薬事、第29巻、第10号、第23?26頁、1987年 刊行物D:南山堂医学大辞典(豪華版)、1998年1月16日、18版1刷、株式会社南山堂発行 (なお、刊行物BないしDは、本願の優先日における周知技術を示すために引用するものである。) 2 刊行物に記載された事項 (1)刊行物Aについて 原査定の拒絶の理由に引用された、本願の優先日前に頒布された刊行物である刊行物Aには、次の事項が記載されている。なお、刊行物Aはドイツ語により記載されているため、訳文にて示す。 a1) 「本発明は、特許請求の範囲に特徴づけられる対象、すなわち一般式Iで表わされる[F-18]-ラベルされたL-グルタミン酸及び[F-18]-ラベルされたL-グルタミン、それらの誘導体、及びそれらの調製のためへのそれらの使用及び方法に関する。 悪性腫瘍の初期診断は、腫瘍患者の生存予後において非常に重要な役割を演じる。この診断においては、非侵襲性診断イメージング方法が重要な手段である。最近、PET技法(Positron-Emission-Tomography)が特に、有用であることがわかっている。PET技法の感度及び特異性は、使用されるシグナル-伝達物質(トレーサー)及び身体におけるその分布に有意に依存する。適切なトレーサーについての調査においては、健康な周囲組織から腫瘍組織を分化する腫瘍のある性質を利用することが試みられて来た。PETのために使用される好ましい市販の使用されるアイソトープは、^(18)Fである。2時間以下のその短い半減期のために、^(18)Fは適切なトレーサーの調製を特に必要なものにする。同位体の放射能の相当な部分が、トレーサーが診断のために使用される前、すでに壊変しているので、面倒な長い合成路及び精製は、このアイソトープにより不可能である。従って、^(18)Fトレーサーの合成において非放射性弗素化のための確立された合成路を使用することはしばしば不可能である。さらに、^(18)Fの高い比活性(約80GBq/nモル)が、トレーサーの合成のために非常に少量の[^(18)F]フルオリド物質を誘導し、これは、非常に過剰の前駆体を必要とし、そして予測できない非放射性弗素化反応に基づいての放射性合成手段を成功せしめる。」(第1頁第8?32行目参照) a2) 「本発明の目的は、PETに基づく診断のための[^(18)F]-ラベルされた形で適切である新規化合物を見出すことがある。」(第3頁第31?32行目参照)) a3) 「さらに、次の群からの化合物のいずれかの個々の化合物が特に好ましく、ここですべての可能性あるジアステレオマー及び鏡像異性体は本発明の対象の一部である: ・・・ ・・・」(第9頁第23行目?最下行及び第10頁の化学式G参照) a4) 「例8 ジメチル2-(3-ブロモプロピル)-4-tert-ブトキシカルボニルアミノペンタンジカルボキシレート(33)の合成(S. Hanessian, et al. J. Org. Chem. 2005, 70, 5070-5085に従っての) LiHMDS(7.8ml、THF中、1Mの溶液)を、乾燥THF(20ml)中、1.00g(3.63mモル)のジメチルN-Boc-グルタメート(26)の溶液に-78℃で添加した。得られる混合物を、-78℃で45分間、撹拌した。続いて、THF(10ml)中、1.10g(5.45mモル)の1,3-ジブロモプロパンの溶液を、-78℃でゆっくり滴下した。その混合物を60分間、撹拌した。それを、塩化アンモニウム溶液の添加により急冷し、RTに暖め、そしてジクロロメタンにより抽出した。 組合された有機相を飽和塩化ナトリウム溶液により洗浄し、そして硫酸ナトリウム上で乾燥した。溶媒を真空下で除去し、そして粗生成物を、カラムクロマトグラフィー(シリカゲル、酢酸エチル/ヘキサン10:90?40:60)により精製した。0.490g(34%)のジメチル2-(3-ブロモプロピル)-4-tert-ブトキシカルボニルアミノペンタンジカルボキシレート(33)を、無色の油状物として得た。 元素分析C15H26BrNO6:実測値C:45.21; H:6.53; N:3.60;計算値C:45.46; H:6.61; N:3.53。 ジメチル2-(3-ブロモプロピル)-4-tert-ブトキシカルボニルアミノペンタンジカルボキシレート(33)のF-18ラベリング [F-18]弗化物を、[0-18](p, n)[F-18]反応により、サイクロ(登録商標)トロンにおいて調製した。アイソトープ溶液(1.33 GBq)を、Sep-Pack Light QMAカートリッジに添加した。[F-18]弗化物を、Kryptofix2.2.2/K_(2)CO_(3)溶液(5gのK2.2.2, 1mgのK_(2)CO_(3), MeCN (1.5ml)、水(0.5ml))を用いて、カートリッジから溶出した。溶媒を、アセトニトリル(3度、1ml)の添加を伴って、窒素流下で120℃で除去した。 1mlのアセトニトリル中、5mg(12.6μモル)のジメチル2-(3-ブロモプロピル)-4-tert-ブトキシカルボニルアミノペンタンジカルボキシレート(33)を添加し、そしてその得られる混合物を100℃で10分間、撹拌した。約60℃への冷却の後、その混合物を、Silica-Plusカートリッジにより添加した。 中間体を、HPLC(C18、アセトニトリル/水)により精製した。HPLC画分を、水(約50ml)により希釈し、そしてC18カートリッジにより添加した。中間体を、1mlのアセトニトリルにより溶出した。346MBq(46% d.c.)のジメチル2-tert-ブトキシカルボニルアミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタンジカルボキシレート(31)を、90分の合成時間で得た。 ジメチル2-tert-ブトキシカルボニルアミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタンジカルボキシレート(31)の保護解除による2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタンジカルボン酸(29)の合成 1mlのアセトニトリル中、346MBqのジメチル2-tert-ブトキシカルボニルアミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタンジカルボキシレート(31)を、0.5mlの4NのHClにより処理した。その混合物を、130℃(油槽温度)での撹拌下で10分間、加熱した。室温への冷却の後、その溶液を、約650μlの2NのNaOHの添加により中和した。 288MBq(96% d.c.)の2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタンジカルボン酸(29)を得た。」(第68頁第9行目?第69頁第17行目参照) a5) 「例10 生物学的特徴づけ: [^(18)F]グルタミン酸の腫瘍細胞摂取の評価のために、細胞摂取実験を、ヒトA549(非小細胞気管支癌)及びHT29(結腸癌)細胞において実施した。グルタミン酸誘導体の腫瘍細胞摂取を、[^(18)F]FDG(腫瘍学的PET調査のためのゴールド標準)と比較した。結果は、図1に示される。 図2:A549細胞における[^(18)F]-4-グルタミン酸[20?35μM](左側)及び[F-18]FDG[2μM](右側)の時間-依存性腫瘍細胞摂取の比較。細胞を、250kBq/ウェルでインキュベートした。置換実験のためには、L-グルタミン酸(1mM)又はグルコース(5mM)を使用した(平均値±標準偏差、n=3)。 A549及びHT29腫瘍細胞における[^(18)F]-4-グルタミン酸の驚くべき高い摂取は、それらの弗素化されたグルタミン酸誘導体が本発明の目的のための腫瘍表示のための可能性を有することを示す。 類似する摂取結果が、[^(18)F]-4-グルタミン、2-アミノ-4-(2-[F-18]フルオロエトキシ)ペンタンジカルボン酸及び2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタンジカルボン酸について達成された。」(第72頁第5?24行目参照) a6) 「13)下記式で表される化合物から成る群から選択される請求項1記載の化合物。 ・・・ ・・・」(第77?78頁の請求項13参照) (2)刊行物Bについて 本願の優先日前に頒布された刊行物である刊行物Bには、次の事項が記載されている。 b1)「対掌体の一方が有効な生物活性を示す場合,もう一方の異性体が単にまったく活性を示さないだけでなく,有効な対掌体に対して競合阻害(competitive inhibition)をもたらす結果,ラセミ体の生物活性が有効な対掌体に比べ1/2以下に激減してしまう場合があることは,医薬品の開発研究でしばしば体験するところである. ・・・ したがって,光学的に純粋な対掌体をいかにして入手(合成又は分割)するかは,医薬品のみならず生物活性物質を対象とする研究において,不斉中心をもつ化合物を扱う場合,避けて通ることのできない重要課題である.」(第2頁第9?15行) b2)「生理(薬理)活性をもつ物質が生体に摂取され吸収されると,その物質に特異的な親和性をもつ受容体(receptor)との結合により生理活性が発現することになるので,基質が不斉中心をもっていれば,その(S)体と(R)体とでは生理活性に相違が生ずるのはこれまた自然であろう.医薬品の多くは生体にとって異物(xenobiotics)であり,副作用が認められない場合でも,疾病という異常状態から正常状態への復帰に必要な最少限度の用量を(必要期間だけ)投与されるべきである.したがって,医薬品の構造中に不斉中心が存在している薬物は,たとえ一方の光学異性体が生体に対して何らの生理活性を示さないラセミ体であっても,光学分割して目的に適合した対掌体のみを提供すべきであると主張されるようになった.換言すれば,このようなラセミ体は「50%の不純物を含有する医薬品」とみなすべきであるとの提唱であり,これが共感を呼ぶに至ったのはごく自然のことである^(1))。このような考え方が出てきた背景には,1章のはじめに述べたサリドマイドに関する知見が大きく横たわっていたためと思われる^(2))。」(第123頁第8?18行) b3)「医薬品はヒトや動物の病気の治療に用いられる化学物質であるが,その作用は薬物が生体内の特定の受容体(レセプター)に結合して活性を発現するものと考えられている.したがって,薬理活性の発現には医薬品と受容体の双方の立体構造が重要な役割を演じ,不斉をもつ薬物ではその鏡像体によって受容体との結合のしやすさに差があり,これにより薬理活性の強さに差を生じることになる.場合によっては,まったく異なった薬理作用を示すこともある.さらに薬物が受容体に到達するまでに各種の酵素によって分解されて活性を失ったり,逆により活性の強い形に変換される場合もあり,その分解あるいは変換の速さが鏡像体によって大きく異なることがしばしば認められていて,これも薬理活性の差となって現れる.また,分解物が毒性をもつ場合には,鏡像体によって異なった副作用を示すこととなる. このように,医薬品の立体化学は薬効だけでなく,吸収,分布,代謝,排泄,さらに副作用まで,その薬理作用にきわめて大きな役割を果たしている.治療の目的に適した特定の薬理作用のみをもつ医薬品が強く求められる傾向にあり,今後ますます,目標とする受容体のみに作用する特定の化学構造と立体構造をもつ医薬品開発の重要性が増加するものと考えられる.」(第212頁第12?24行) b4)「光学異性体間の薬効の差が小さいもの,活性体で投与しても体内でラセミ化されるもの,逆にラセミ体で投与しても体内で活性型の鏡像体に変換されるものなど,薬物代謝にはさまざまな経路があり,不斉をもつ医薬品はすべて光学活性体として使用すべきだとはいえない.現状では上述のような薬物代謝を充分に検討したうえで,ラセミ体で使用するか,光学活性体とするかが決定されている.最近では製造承認を得るために,ラセミ体の薬物については,それぞれの光学異性体の吸収,分布,代謝,排泄など薬物動態を検討した資料の提出が求められている^(2))」(第213頁第6?11行) (3)刊行物Cについて 本願の優先日前に頒布された刊行物である刊行物Cには、次の事項が記載されている。 c1) 「生体(酵素や受容体)はこれらの光学異性体を識別する能力を持っており,異性体にはまったく生理活性を持たないもの,弱い同類の生理活性を持つもの,拮抗的な生理活性を持つもの(アンタゴニスト)や別な生理活性を持つものがある。 それゆえ,医薬品として用いるときにはラセミ体としてではなく,目的にあったエナンチオマーのみを用いることが好ましいと考えられるが,現状はほとんどがラセミ体として用いられている。たとえば,Mason(1984)によると米国では合成キラル医薬品の82%はラセミ体として投与されている。この原因として,不斉合成や光学異性体の分離は技術的にかなり難しいことがあり,特に大量生産においては分離・精製などの生産コストの問題があげられる。 しかし,最近,医薬品としてラセミ体の開発・使用に関して問題が投げかけられてきた。その背景として,最近の薬物分析技術の進歩,とくに高速液体クロマトグラフィーにおけるキラルカラムの開発などにより,光学異性体の分離・定量の技術が進歩し,その結果,合成キラル医薬品の生体内動態,特に代謝に関して異性体間に著しい差があることが明らかになったことがあげられよう^(1,2))。」(第23頁左欄第7行目?同頁右欄第3行目参照) (4)刊行物Dについて 本願の優先日前に頒布された刊行物である刊行物Dには、次の事項が記載されている。 d1) 「エナンチオマー ・・・ 光学異性体^(*)のうち,互いに鏡像関係となっている化合物の1対をさす.このような化合物のどちらか一方のみが存在する溶液は,光の偏光面を回転させる性質(旋光性・・・)を示し,偏光面を右に回転させる性質を持つ化合物を右旋回性化合物あるいはd体,左に回転させる物を左旋光性化合物あるいはl体という.d体とl体では,旋光性以外の物理的,化学的性質は同じであるが,生理的作用は両者で異なる場合が多い.」(第199?200頁「エナンチオマー」欄参照) d2) 「ジアステレオマー ・・・ 立体異性体^(*)の一つ.1つの分子中に2個以上の不斉中心が存在する場合,光学異性体であるが互いにエナンチオマー^(*)(鏡像異性体,対掌体)となっていないような化合物をジアステレオマーと呼ぶ.エナンチオマーとは異なり,ジアステレオマーでは旋光度以外の物理的,化学的性質も異なる場合があり,この性質の差を利用して異性体を分離することができる.・・・」(第809頁「ジアステレオマー」欄参照) 3 引用発明について 上記2(1)に示した摘示a3)、a6)より、刊行物Aには「2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタンジカルボン酸」が記載されており、摘示a4)には該化合物の合成法が記載されており、該化合物の同定結果は記載されていないものの、中間物質の同定結果が示されており、その後の合成法の記載を勘案すると、「2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタンジカルボン酸」が合成されたものと認められる。また、摘示a5)より、刊行物Aには、「2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタンジカルボン酸」を用いた細胞摂取実験の結果も記載されている。 よって、刊行物Aには「2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタンジカルボン酸」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているものと認められる。 4 対比・判断 (1)対比 本願発明と引用発明を対比すると、引用発明の「2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタンジカルボン酸」は、本願発明の「2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸」に相当する。 よって、本願発明と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。 【一致点】 両者はともに「2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸」である点。 【相違点】 本願発明は「(2S,4S)体」であるのに対し、引用発明はジアステレオマーについて特定されていない点。 (2)相違点の検討 a 前提 引用発明は、分子中に不斉炭素原子が2つ存在するので、ジアステレオマーを有する化合物である。ただし、刊行物Aには、刊行物Aには「すべての可能性あるジアステレオマー及び鏡像異性体は本発明の対象の一部である」と記載されている(摘示a3参照)ものの、引用発明についてジアステレオマーであることを示す表記が一切ないこと、及び、引用発明の合成法では特定のジアステレオマーが合成されるとは認められず、ジアステレオマーを分離したことも記載されていない(摘示a4参照)ことからすれば、いずれかのジアステレオマーであるとはいえず、(2S、4S)体、(2S、4R)体、(2R、4S)体、(2R、4R)体の混合物であると解するのが相当と認められる。 この前提に立って、以下相違点について検討する。 b 動機付けについて 刊行物Aには「すべての可能性あるジアステレオマー及び鏡像異性体は本発明の対象の一部である」と記載されている(摘示a3参照)。 また、刊行物Bには、光学異性体には、その一方のみに生物活性があり、他方には全くない場合や活性に差がある場合があること(摘示b1?b3参照)、たとえ一方の光学異性体が何ら生理活性を示さないラセミ体でも光学分割して目的の光学異性体のみを提供すべきとなってきたこと(摘示b2参照)、立体化学は薬効だけでなく、吸収、分布、代謝、排泄さらに副作用にまで大きな役割を果たしていること(摘示b3)、医薬品の製造承認にあたっては、ラセミ体の薬物については、それぞれの光学異性体の薬物動態を検討した資料の提出が求められていること(摘示b4参照)が記載され、刊行物Cにも、異性体には全く生理活性を持たない場合や弱い生理活性を有する場合があること、生体内動態、特に代謝に関して光学異性体間に差があることが明らかになったこと(摘示c1参照)も記載されていることから、光学異性体がある生物活性化合物では、混合物だけではなくそれぞれの光学異性体を分割して取得し、その生物活性を確認して生物活性のよい光学異性体を使用することが本件優先日時点での当業者の技術常識となっていたものと認められる。 さらに、刊行物Dには、ジアステレオマーは光学異性体の1種であり、旋光性以外の物理的、化学的性質が同じエナンチオマーとは異なり、ジアステレオマーでは旋光度以外の物理的、化学的性質も異なる場合があること、この性質の差を利用して異性体を分離することができること(摘示d1、d2参照)が記載されている。 そして、引用発明は、PETに基づく診断のための生物活性化合物である(摘示a1、a2参照)が、明らかに光学異性体が存在する化合物であって、(2S、4S)体、(2S、4R)体、(2R、4S)体、(2R、4R)体を含む混合物であるから、刊行物Aの記載及び上記技術常識に照らして、引用発明においても、当業者がこれを分割し、光学異性体のうち生物活性に優れたものを選択し、(2S,4S)体を得ようとする動機付けがあるということができる。 c (2S,4S)体を得る手段の容易想到性について 引用発明の光学異性体混合物から(2S,4S)体を得る手段が当業者にとって容易に想到し得たことかについて検討する。 刊行物Aには、^(18)Fの半減期は2時間以下であり、面倒な長い合成路及び生成は不可能である旨も記載されていることから(摘示a1参照)、刊行物Aに開示された2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタンジカルボン酸の合成方法(摘示a4参照)において、F-18ラベリングを導入する以前、「ジメチル2-(3-ブロモプロピル)-4-tert-ブトキシカルボニルアミノペンタンジカルボキシレート」の段階において光学異性体の分離を行い、(2S,4S)体を得ることにより、半減期が短いことによる合成上の問題点を回避することは、当業者が適宜なし得るものと認められる。 その上で、刊行物Dには、ジアステレオマーは、旋光度以外の物理的、化学的性質が異なり、この性質の差を利用して異性体を分離することができる旨が記載されており、ジアステレオマーを分離することは、化合物を分離精製するための一般的な方法が使用できるものと認められるから、(2S,4S)体の分離を、例えば、原料としてジメチルN-Boc-グルタメートのS体を用い、1,3-ジブロモプロパンを反応させた後、得られたジメチル2-(3-ブロモプロピル)-4-tert-ブトキシカルボニルアミノペンタンジカルボキシレートの(2S,4S)体と(2R、4S)体とを分離することによって行えばよいし、他にも、キラルクロマトグラフィー等を用いて光学異性体を分離する方法も技術常識に過ぎないことから、(2S,4S)体を得ることが当業者にとって格別困難であったとは認められない。 d 本願発明の効果について 本願の発明の詳細な説明には、本願発明の効果に関して以下の記載がある。 (a)「【0007】 本発明の目的は[^(18)F]-ラベル化形態でPETをベースとする診断に適する新規の化合物を提供することである。 【課題を解決するための手段】 【0008】 この目的は、ジアステレオマーを含む、一般式(I)の[^(18)F]-ラベル化グルタミン酸誘導体及び[^(18)F]-ラベル化グルタミン誘導体の発明により達成される。」 (b)「【0259】 例4 細胞実験 本発明に係るグルタミン酸誘導体の腫瘍細胞への取り込み量を細胞実験において調査した。ここで、放射ラベル化グルタミン酸誘導体(4R/S-[F-18]F-L-グルタミン酸)の取り込み量は本発明に係る化合物及び対象物質の存在下において調べた(競争実験)。本発明に係る化合物を、4R/S-[F-18]F-L-グルタミン酸(トレーサー)よりも過剰量(1mM)で用いた。天然のL-配置グルタミン酸(L-Glu)を正の対照として用いた。このL-Gluは、分析において、1mMのL-Gluの濃度で、トレーサの取り込みの87%抑制をもたらしている。驚くべきことに、4S-配置のメチル誘導体及びヒドロキシル誘導体は、各場合に、対応する4R-配置の誘導体よりもかなり良好にトレーサ取り込み量を抑制することが判った。4-ヒドロキシ誘導体では、S-配置誘導体について、87%の競争値と決定され、一方、R-配置誘導体について、70%の競争値のみと決定された。4S-メチル誘導体では、92%もの抑制が判明し、一方、4R-配置メチル誘導体については、わずか64%の抑制であることが判明した。4S-(3-フルオロプロピル)-L-Gluは調べた他の誘導体よりもかなり良好な抑制を示した。このように、1mMの4S-(3-フルオロプロピル)-L-Gluはトレーサ取り込み量を5.4%にまで、>94%低減することができた。 【0260】 【表1】 【0261】 S-配置のF-18ラベル化グルタミン酸誘導体の細胞取り込み量 F-18でラベル化した後に、(2S、4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸を、A549及びH460腫瘍細胞(両方とも、ヒト非小細胞の気管支癌細胞株)を用いて、細胞実験において試験した。ここで、時間依存性細胞取り込み量を観測した。30分間のインキュベーションの後に、(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸について、899000cpm/100000細胞の取り込み量を測定することができた。したがって、30分間のインキュベーションの後に、(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸は、「ゴールドスタンダード」[F-18]FDGよりも、これらの腫瘍細胞中に高度に蓄積している。 【0262】 図2:[F-18]FDGと比較した(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸の時間依存性細胞取り込み量。すべてのF-18-ラベル化化合物について、時間依存性細胞内放射活性が観測された。30分後に、840000cpm/100000細胞の(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸が取り込まれた。[F-18]FDGの場合には、30分後に、770000cpm/100000細胞が取り込まれた。 【0263】 動物実験 臓器分布実験において、(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸を、マウス保有A549腫瘍で試験した(表2)。注入の0.25時間後に、2.4%の注入投与量/g(%ID/g)を腫瘍内で測定し、1時間後に、腫瘍取り込み量は1.6%ID/gであった。腎臓及び膵臓において、過渡的吸収又は排出を観測した。このため、0.25時間後に、これらの臓器中で、それぞれ14.4%ID/g及び13.6%ID/gを観測した。1時間後に、これらの臓器での活性はそれぞれ2%ID/g及び4%ID/gに低減された。すべての時点で、骨への取り込み量は<0.5%ID/gであった。 【0264】 【表2】 【0265】 マウス保有A549腫瘍における(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸を用いたPET/CT画像形成 10MBqの(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸をマウス保有A549腫瘍に静脈内投与した60分後に、PET/CTスキャナー(Inveon)を用いた20分データ獲得を開始した。画像分析はA549腫瘍中への(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸の高い取り込み量を示す。 【0266】 ラット保有H460腫瘍での(4S)-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)-L-Gluを用いたPET 18MBqの(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸をラット保有H460腫瘍に静脈内投与した80分後に、PETスキャナー(Inveon)を用いた20分データ獲得を開始した。画像分析はH460腫瘍中への(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸の高い取り込み量を示す。 【0267】 図3はマウス保有A549腫瘍における(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸を用いたPET/CT試験(左側、セクション画像分析、右側、最大強度プロジェクション、10MBqの(4S)-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)-L-Gluの静脈内投与90分後)である。 【0268】 図4はラット保有H460腫瘍中の(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸を用いたPET(セクション画像分析、16MBqの(4S)-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)-L-Gluの静脈内投与80?100分後)である。 【0269】 図5はラット保有H460腫瘍中の(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸を用いたPET(最大強度プロジェクション、16MBqの(2S,4S)-2-アミノ-4-(3-[F-18]フルオロプロピル)ペンタン二酸の静脈内投与80?100分後)である。」 さらに、請求人は、審判請求書中において、以下のとおり述べている。 「そこで、4-(3-フルオロプロピル)-グルタミン酸誘導体についてこの点を確認するため、下記の実験を提出します。 (6)実験 (イ)4-(3-フルオロプロピル)-グルタミン酸誘導体について、4S体と4R体の癌細胞への取込みを比較するため、 (2S,4S)-フルオロプロピルグルタメート(本願発明) (2R,4R)-フルオロプロピルグルタメート(引用文献1の開示に含まれる) グルタミン酸(比較群) 対照(トレーサーのみ) について、上記3種類のグルタミン酸又はその誘導体は1mM及び0.1mMの2段階の濃度において、癌細胞NCI-H460へのトレーサー取込み実験を行ないました。 (ロ)実験は上にご説明致した方法(明細書に記載の例4の方法)と類似していますが、放射性トレーサーとして14C-L-シスチンを使用しています。若干ご説明致しますと、グルタミン酸及びシステイン/シスチンは、グルタミン酸/シスチン輸送系「Xc-」と称する共通の輸送ルートにより細胞に取り込まれます。このため、被験グルタミン酸誘導体と放射性トレーサー(14C-L-シスチン)とを共存させて癌細胞への競争的に取り込みを行い、取り込まれた放射性トレーサーの量を測定しますと、取り込まれたグルタミン酸誘導体の量を推定することができます。この場合、被験グルタミン酸の取込みが多いと取り込まれた放射性テレーサーの量が少なくなり、逆も真です。したがって、測定値の数値が小さいほど、被験グルタミン酸誘導体が多く取り込まれたことを意味します。 (ハ)実験で得られた結果は下記のとおりでした。 被験物質(濃度) トレーサー取込み量 対照(トレーサーのみ) 100%±9% グルタミン酸(比較群)1mM 19.6%±2.7% グルタミン酸(比較群)0.1mM 61.0%±4.1% (2S,4S)-フルオロプロピルグルタメート1mM 13.2%±0.7% (2S,4S)-フルオロプロピルグルタメート0.1mM 33.1%±1.3% (2R,4R)-フルオロプロピルグルタメート1mM 51.8%±3.1% (2R,4R)-フルオロプロピルグルタメート0.1mM 96.3%±5.2% 以上のとおり、同じ被験物質濃度(1mM又は0.1mM)で比較しますと、本願発明の(2S,4S)-フルオロプロピルグルタメートは、(2R,4R)-フルオロプロピルグルタメートに比べて、極めて高い、腫瘍細胞への取り込み活性を有することが明かです。特に、0.1mMの(2R,4R)-フルオロプロピルグルタメートは腫瘍細胞に殆ど取り込まれません。」 以上より、本願発明の効果は、光学異性体混合物のうち、(2S,4S)体を選択したことにより、極めて高い、腫瘍細胞への取り込み活性を有することであると認められる。 しかしながら、光学異性体には、その一方のみに生物活性があり、他方には全くない場合や活性に差がある場合があること、たとえ一方の光学異性体が何ら生理活性を示さないラセミ体でも光学分割して目的の光学異性体のみを提供すべきとなってきたこと、立体化学は、吸収、分布、代謝、排泄さらに副作用にまで大きな役割を果たしていることが本願出願時点において技術常識であったことを勘案すると、本願発明と他の光学異性体との間に取り込み活性の差異が生じるとしても、それは、当業者が予測し得た程度のものであると認められる。 さらに、上記対照比較は、(2R,4R)体との比較のみであり、それ以外の(2S、4R)体、(2R,4S)体との比較がなされていないことから、他の光学異性体に対して、格別な効果があることを明確に示しているともいえない。 (3)小括 以上、(2)a?dに示したとおり、本願発明は、本願優先日前に頒布された刊行物である刊行物A?Dに記載された発明に基いて、当業者が適宜なし得ることであり、そのことにより、当業者の予測を超えた格別顕著な効果を奏するとも認められないことから、当業者が容易に発明をすることができたものである。 第5 むすび 本願請求項1に係る発明は、上記したとおりの理由によって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 したがって、その余の請求項に係る発明について論及するまでもなく、本願は拒絶すべきである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2016-01-07 |
結審通知日 | 2016-01-12 |
審決日 | 2016-01-25 |
出願番号 | 特願2011-509884(P2011-509884) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(C07C)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 福井 悟 |
特許庁審判長 |
井上 雅博 |
特許庁審判官 |
辰己 雅夫 齊藤 真由美 |
発明の名称 | 新規の[F-18]ラベル化L-グルタミン酸及びL-グルタミン誘導体(I)、その使用及びその調製方法 |
代理人 | 中村 和広 |
代理人 | 古賀 哲次 |
代理人 | 渡辺 陽一 |
代理人 | 青木 篤 |
代理人 | 福本 積 |
代理人 | 中島 勝 |
代理人 | 石田 敬 |