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審決分類 審判 査定不服 4号2号請求項の限定的減縮 特許、登録しない。 G02B
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G02B
管理番号 1316698
審判番号 不服2015-11777  
総通号数 200 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-08-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-06-23 
確定日 2016-07-07 
事件の表示 特願2010-182120「光フィルター,光フィルターモジュール,分光測定器および光機器」拒絶査定不服審判事件〔平成24年 3月 1日出願公開,特開2012- 42584〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本件出願は,平成22年8月17日の特許出願であって,その手続の経緯の概要は,以下のとおりである。

平成26年 6月 5日:拒絶理由通知(同年同月10日発送)
平成26年 8月 8日:意見書
平成26年 8月 8日:手続補正 (以下「手続補正1」という。)
平成26年 9月25日:拒絶理由通知(同年同月30日発送)
平成26年11月28日:意見書
平成26年11月28日:手続補正(以下「手続補正2」という。)
平成27年 3月13日:補正の却下の決定(手続補正2の却下)
平成27年 3月13日:拒絶査定(同年同月24日送達)
平成27年 6月23日:審判請求
平成27年 6月23日:手続補正(以下「本件補正」という。)
平成27年 9月16日:前置報告
平成27年11月26日:上申書(前置報告に対し)

第2 補正却下の決定
[結論]
本件補正を却下する。
[理由]
1 補正の内容
(1) 本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである(以下,この記載に係る発明を「本願発明」という。)。

「 第1基板と,
前記第1基板に対向する第2基板と,
前記第1基板に設けられた第1光学膜と,
前記第2基板に設けられ,前記と対向する第2光学膜と,を含み,
前記第1光学膜および前記第2光学膜の少なくとも一方は,所望波長帯域の光に対する反射特性および透過特性を有する金属膜を有し,前記金属膜の表面およびエッジ部は,バリア膜としての誘電体膜によって覆われており,
前記バリア膜としての誘電体膜は,Alの酸化膜,Alの窒化膜,Siの酸化膜,Siの窒化膜,Tiの酸化膜,Tiの窒化膜,Taの酸化膜,Taの窒化膜,ITO膜,Mgのフッ化膜の第2群のいずれかの膜,あるいは,前記第2群のいずれか一つの酸化膜および一つの窒化膜の積層膜であり,
前記バリア膜の膜厚が前記金属膜の膜厚よりも小さいことを特徴とする光フィルター。」


(2) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである(以下,この記載に係る発明を「本件補正後発明」という。)。なお,下線は当審判体が付したものである(以下同じ。)。

「 第1基板と,
前記第1基板に対向する第2基板と,
前記第1基板に設けられた第1光学膜と,
前記第2基板に設けられ,前記第1光学膜と対向する第2光学膜と,を含み,
前記第1光学膜および前記第2光学膜の少なくとも一方は,所望波長帯域の光に対する反射特性および透過特性を有する金属膜を有し,前記金属膜の表面およびエッジ部は,バリア膜によって覆われており,
前記バリア膜は,Alの窒化膜,Tiの窒化膜,Taの酸化膜,Taの窒化膜,ITO膜の第2群のいずれかの膜,あるいは,前記第2群のいずれか一つの酸化膜および一つの窒化膜の積層膜であることを特徴とする光フィルター。」

2 補正の目的

本件補正は,本願発明から「前記バリア膜の膜厚が前記金属膜の膜厚よりも小さい」との特定を削除する補正を含んでいるから,「請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定する」補正に該当せず,特許法17条の2第5項2号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とする補正に該当しないことは明らかである。また,このような発明特定事項を削除する補正が,誤記の訂正や明りようでない記載の釈明を目的とするものといえないことも,明らかである。
してみれば,本件補正は,特許請求の範囲の限定的減縮,誤記の訂正又は明りようでない記載の釈明を目的とするものではなく,特許法17条の2第5項の規定に違反するので,特許法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。

また,予備的に,本件補正がいわゆる特許請求の範囲の限定的減縮にあたる場合に,本件補正後発明が独立して特許を受けることができるかについて,次の「3」において検討する。

3 独立特許要件(29条2項)
(1) 引用例に記載の事項
本件出願の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物であり,原査定の拒絶の理由2に引用された特開平1-300202号公報(【公開日】平成1年12月4日,【発明の名称】反射体および該反射体を用いた干渉装置,【出願番号】特願昭63-130791号,【出願日】昭和63年5月27日,【出願人】シヤープ株式会社,以下「引用例」という。)には,図面とともに,以下の事項が記載されている。

ア 1頁左欄15?19行
「 < 産業上の利用分野 >
本発明は,耐熱性に優れ,特に可視・赤外の広い波長領域において高反射率の反射膜,損失の少ない半透光性反射膜などを有する反射体に関し,干渉計,光合流・分岐器などに利用できる。」

イ 2頁右上欄5?14行
「 < 実施例 >
以下,実施例に基いて発明の詳細な説明を行なう。
本発明の第一の実施例に係る反射体の断面図を第1図(a)に示す。本発明に係る反射体は,ガラス基板1上に,真空蒸着法により酸化チタン薄膜層2を厚さ900Åで形成する。そして,その上に真空蒸着法により銀薄膜層3を厚さ400Åで形成し,酸化チタン薄膜層と銀薄膜層とにより反射膜4を構成する。」

第1図(a)


ウ 2頁右下欄2?14行
「 本反射膜4に用いた銀薄膜層3は,常温であっても空気中に長時間さらすことにより,硫化,あるいは湿度の影響により劣化する。これを防ぐためには銀薄膜層3上に保護膜を形成することが考えられる。第1図(b)は保護膜を形成した反射体の断面図で,基板1,酸化チタン薄膜層2,銀薄膜層3は上記実施例と同じであるが,さらにその上にMgF_(2)よりなる保護層5を真空蒸着法によって形成している。保護層5としてはこの他に,SiO_(2),TiO_(2),ZnS,CaF_(2),SiN_(4),Al_(2)O_(3)などの無機材料や,ポリイミド,各種フォトレジストなどの有機材料などを用いることができる。」

第1図(b)

エ 2頁右下欄15行?3頁左上欄11行
「 次に,本発明の第二の実施例に係るファブリーペロー干渉装置を示す。第4図(a)は該ファブリーペロー干渉装置の構造断面図であって,ガラス基板10,11には上記第一実施例に示した半透光性反射膜4が形成されており,さらに基板10にはAlよりなるスペーサ膜13が形成されている。基板11の反射膜4の反対面には,後述する静電接合用に電極14が形成されている。基板11は,その反射膜4が基板10の反射膜4と対向するように基板10に重ね合わされ,スペーサ膜13との接触部分で接合される。
対向する反射膜4間でファブリーペロー干渉が生じ,反射膜4の間隔に応じた特定波長の光を透過する。
本実施例の干渉装置では,基板11に外力を印加して反射膜間隔を変化させ,透過波長を制御することができる。」

第4図(a)


オ 上記ア?エからみて,引用例には,以下の発明が記載されている(以下「引用発明」という。)。なお,引用例では,「半透光性反射膜4」を単に「反射膜4」と呼称する場合があるが,当審決においては便宜上,以下「半透光性反射膜4」で統一することとした。

「 ガラス基板10及びガラス基板11に,酸化チタン薄膜層2及び銀薄膜層3からなる半透過性反射膜4が設けられ,対向する半透過性反射膜4間でファブリーペロー干渉が生じるものであり,銀薄膜層3の上に,MgF_(2)よりなる保護層5が形成された,
干渉装置。」

(2) 対比
本件補正後発明と引用発明を対比すると,以下のとおりである。

ア 引用発明の「ガラス基板10」,「ガラス基板11」,ガラス基板10に設けられた「銀薄膜層3」,ガラス基板11上に設けられた「銀薄膜層3」,「保護層5」及び「干渉装置」はそれぞれ,本件補正後発明の「第1基板」,「第2基板」,「第1光学膜」,「第2光学膜」,「バリア膜」及び「光フィルター」に相当する。

イ ガラス基板10に設けられた,酸化チタン薄膜層2及び銀薄膜層3からなる半透光性反射膜4と,ガラス基板11に設けられた,酸化チタン薄膜層2及び銀薄膜層3からなる半透過性膜4とは対向するものであるから,ガラス基板10に設けられた銀薄膜層3とガラス基板11に設けられた銀薄膜層3もまた,対向するものであることは明らかである。さらに,ガラス基板10も,ガラス基板11に対向するものであることも明らかである。これらのことは,第4図(a)からも直ちにみてとれる。
したがって,引用発明の,ガラス基板10に設けられた「銀薄膜層3」と,ガラス基板11に設けられた「銀薄膜層3」とは,本件補正後発明の「第1基板に設けられた第1光学膜と,前記第2基板に設けられ,前記第1光学膜と対向する第2光学膜と,を含み」との要件を満たす。また,「ガラス基板11」は,本件補正後発明の「第1基板に対向する」との要件を満たす。

ウ ファブリーペロー干渉を利用した干渉装置は,通常,利用する波長帯の光を干渉装置内に取り込み,干渉装置内で多重反射させ,その際生じる光の干渉効果を利用して所望の透過スペクトルや反射スペクトルを得るものであるから,半透過性反射膜4を構成する銀薄膜層3について,所望波長帯域の光に対して,一定の反射特性と透過特性を有すべきであることは,当業者が直ちに理解できるところである。このことは,部材「4」の名称として,「半透過」と「反射」との用語の両者が併せ用いられていることからも直ちに理解できる。
したがって,ガラス基板10及び11に設けられた銀薄膜層3を有する引用発明は,本件補正後発明の「所望波長帯域の光に対する反射特性および透過特性を有する金属膜を有し」との要件を満たす。

エ 引用例の2頁右下欄2?6行には,「本反射膜4に用いた銀薄膜層3は,常温であっても空気中に長時間さらすことにより,硫化あるいは湿度の影響により劣化する。これを防ぐためには銀薄膜層3上に保護膜を形成することが考えられる。」と記載されている。この記載から明らかなように,保護膜5は銀薄膜層3の上に設けられることよって銀薄膜層3の劣化を防止するのであるから,前記保護層5は,少なくとも銀薄膜層3の表面を覆うものであることは明らかである。このことは,第1図(b)からも直ちにみてとれる。
したがって,引用発明の銀薄膜層3は,本件補正後発明の「前記金属膜の表面は,バリア膜によって覆われている」との要件を満たす。

(3) 一致点
上記(1),(2)から,本件補正後発明と引用発明は,以下の構成において一致する。

「 第1基板と,
前記第1基板に対向する第2基板と,
前記第1基板に設けられた第1光学膜と,
前記第2基板に設けられ,前記第1光学膜と対向する第2光学膜と,を含み,
前記第1光学膜および前記第2光学膜の少なくとも一方は,所望波長帯域の光に対する反射特性および透過特性を有する金属膜を有し,前記金属膜の表面は,バリア膜によって覆われている光フィルター。」

(4) 相違点
本件補正後発明と引用発明は,以下の点において相違する。

相違点1:本件補正後発明は,バリア膜が金属膜の表面およびエッジ部を覆うものであるのに対して,引用発明は,銀薄膜層3の上にMgF_(2)よりなる保護層5が形成されるものであって,前記保護層5がエッジ部までも覆うことは記載されていない点。

相違点2:本件補正後発明は,バリア膜の材料がAlの窒化膜,Tiの窒化膜,Taの酸化膜,Taの窒化膜,ITO膜のいずれかであるのに対し,引用発明は,MgF_(2)である点。

(5) 判断
相違点1及び相違点2についての判断は,以下のとおりである。

ア 相違点1について
引用発明において保護膜5を形成する理由は,引用例の2頁右下欄2?6行目に記載されるように,銀薄膜層3の劣化の防止である。ここで,金属薄膜層の劣化を防止するための層として,当該金属薄膜層の表面のみでなく,そのエッジ部をも覆うようにすることは周知技術にすぎない(必要であれば,特開2004-361717号公報の段落【0022】及び図1,特開昭61-266334号公報の7頁右下欄9?17行及び第18図,特開昭55?100501号公報の1頁右欄18行?2頁左欄2行及び図面,特開2009-281990号公報の段落【0022】?【0024】及び図2,特開2004-302487号公報の段落【0082】及び図3,特開2010-122094号公報の段落【0008】及び図5を特に参照されたい。)。
してみれば,引用発明においても,保護層5が銀薄膜層3の表面およびエッジ部を覆うようにして,相違点1に係る本件補正後発明のような構成とし,銀薄膜層3の劣化を防止しようとすることは,当業者が適宜なし得たことである。

イ 相違点2について
引用例の2頁右下欄10?14行には,「保護層5としてはこの他に,SiO_(2),TiO_(2),ZnS,CaF_(2),SiN_(4),Al_(2)O_(3)などの無機材料や,ポリイミド,各種フォトレジストなどの有機材料などを用いることができる。」と記載されているところ,金属薄膜の劣化を防止するためのバリア膜として種々の無機材料を採用できることは,本件出願時における技術常識にすぎない。そして,請求項1に列記される種々の材料についても,バリア膜の材料として当業者に広く知られたものにすぎない(必要であれば,Alの窒化膜について例えば特開2007-65261号公報の段落【0004】,ITO膜について例えば特開2004-341433号公報の段落【0006】,Taの酸化物として例えば特開2003-16821号公報の段落【0049】?【0051】を参照されたい。なお,平成27年11月26日付け上申書には,バリア膜の材料をTiの窒化膜及びTaの窒化膜に限定する用意があるので,補正の機会を与えて欲しい旨記載されているが,これら材料も,例えば原査定で引用した特開2006-98856号公報の段落【0008】,【0012】に記載されるように,金属薄膜の劣化防止のために利用できることは,当業者に広く知られていたものと認められる。)。
してみれば,引用発明において,引用例に記載された示唆にしたがって保護層5の材料を選択し,相違点2に係る本件補正後発明のような構成とすることは,当業者が適宜なし得たことである。

ウ 効果について
本件補正後発明の奏する効果は,引用発明の奏する効果,及び上記周知技術が奏する効果から当業者が予測できた程度のものである。

(6) 請求人の主張について
請求人は,審判請求書において,以下の2点を主張しているものと認められるので,それぞれについて検討する。

ア 「 一方,本願請求項1は,「バリア膜は,Alの窒化膜,Tiの窒化膜,Taの酸化膜,Taの窒化膜,ITO膜の第2群のいずれかの膜,あるいは,前記第2群のいずれか一つの酸化膜および一つの窒化膜の積層膜であること」を特徴とするものであります。これらのバリア膜は,上記の補正の却下の決定において引用された文献(引用文献1乃至10,及び引用文献15乃至18)には記載も示唆もされておりません。また,これらのバリア膜は,平成26年9月25日付け拒絶理由通知において引用された引用文献1-12及び14には開示も示唆もされておりません。」(審判請求書7頁20?25行)

しかし,上記(5)イで検討したとおり,本件補正後発明のバリア膜の材料は,本件出願時には当業者に広く知られていたものにすぎず,またバリア膜の材料を本件補正後発明のように選択したことによって,当業者が予測できないような格別顕著な効果が奏されるものとも認められない。

イ 「また,同拒絶理由通知(審決注:平成26年9月25日付け拒絶理由通知)における引用文献13は,Ag系膜上の極薄のキャップ層(請求項1)は3?5nmが好ましいことが同文献の段落[0023]に記載されており,引用文献2等に記載の反射膜の側面を覆う保護膜に用いることに難があることは当業者には自明です。即ち,引用文献13の極薄のキャップ層を引用文献2等の保護膜に用いることには適用阻害要因があるものと思料いたします。従って,本願請求項1は特許法第29条第2項の規定には該当しないものと思料いたします。」(審判請求書7頁27行?8頁4行)

しかし,引用文献13(上記特開2006-98856号公報)は,本件補正がなされる前の,本願発明に対する拒絶理由通知において,「銀膜上に設けるキャップ層において,光吸収を抑制するため膜厚をできるだけ薄くすること」が当業者に知られていることを示すために引用されたものである。そして,このような膜厚に関する引用文献13の記載は,本願発明の「前記バリア膜の膜が前記金属膜の膜厚よりも小さい」という発明特定事項に関する容易想到性を裏付けるために引用されたものである。
そして,本件補正後発明には,バリア膜の厚さに関する特定はなく,また当審決においても,引用文献13の厚みに関する記載事項は引用していない。
したがって,引用文献13に関する請求人の主張は,上記(5)で行った本件補正後発明の容易想到性の判断に,何ら影響を及ぼすものでない。

(7) 小括
したがって,本件補正後発明は,その出願前に日本国内又は外国において,頒布された引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4 補正却下の決定のまとめ

以上のとおり,本件補正は,特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するので,同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法第53条1項の規定により却下すべきものである。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は上記のとおり却下されたので,本件出願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(本願発明)は,上記第2の1(1)に記載のとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由
(1) 理由1:特許法17条の2第3項について
ア 原査定の拒絶の理由1は,手続補正1が特許法17条の2第3項に規定する要件を満たさない旨を指摘するものであり,その内容は,以下のとおりである。
「 平成26年8月8日付け手続補正書における補正は,この出願の願書に最初に添付された明細書又は図面(以下,「当初明細書」。)の請求項1に「前記バリア膜の膜厚が前記金属膜の膜厚よりも小さい」という発明特定事項を付加する補正である。
しかしながら,当初明細書には,段落【0038】に「バリア膜90の膜厚が厚いと,・・分光強度分布に不要なピークが出現して,分光可能な波長帯域の帯域幅が狭まくなる場合がある。よって,バリア膜90の膜厚は,できるだけ薄く形成するのが好ましい。例えば,金属膜40Mの膜厚が50nmの場合,バリア膜90としての誘電体膜の膜厚は20nm程度とするのが好ましい」と記載されているだけである。そうすると,バリア膜を薄くする場合の上限値として金属膜の厚みを採用することについては記載がなく,また当初明細書の上記記載から,上限値を金属膜の厚みとすることが自明の事項ということもできない。」

イ 当審の判断
本件出願の願書に最初に添付された明細書又は図面(以下「出願当初明細書等」という。)の全記載を参酌しても,バリア膜の膜厚の上限値として金属膜の厚みを採用することについては,記載も示唆もされていない。
したがって,本件補正は,出願当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるとはいえない。

(2) 理由2:特許法29条2項について
ア 原査定の拒絶の理由2は,概略,本願発明は,引用例(原査定の拒絶の理由2における引用文献5)に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。

イ 当審の判断
(ア) 引用例に記載の事項及び引用発明について
引用例に記載の事項及び引用発明については,上記第2の3(1)に記載したとおりである。

(イ) 対比及び判断
本願発明は,本件補正後発明のバリア膜材料の選択肢として,「Mgのフッ化膜」を含むものであるところ,引用発明の「MgF_(2)」は,本願発明の「Mgのフッ化膜」に相当する。
また,本願発明は,「前記バリア膜の膜厚が前記金属膜の膜厚よりも小さい」との,本件補正後発明には存在しない発明特定事項を含んでいる。
以上のことを踏まえると,本願発明と引用発明とは,以下の点において相違する。

相違点1:本件補正後発明は,バリア膜が金属膜の表面およびエッジ部を覆うものであるのに対して,引用発明は,銀薄膜層3の上にMgF_(2)よりなる保護層5が形成されるものであって,前記保護層5がエッジ部までも覆うことは記載されていない点。

相違点3:本願発明は,「前記バリア膜の膜厚が前記金属膜の膜厚よりも小さい」ことが特定されているのに対し,引用発明は,保護層5の膜厚は明らかでない点。

上記相違点1については,上記第2の3(5)アで検討したとおりである。
上記相違点2について検討する。
一般に,反射膜上に形成するバリア膜を厚く設けるべきでないことは,原査定の拒絶の理由2において,引用文献11?14を示しつつ指摘されているとおりである(特開2000-241612号公報(引用文献11)の段落【0009】,特開平7-168008号公報(引用文献12)の段落【0009】,上記特開2006-98856号公報(引用文献13)の段落【0008】,特開2007-65261号公報(引用文献14)の段落【0018】を参照)。
してみれば,引用発明においても,干渉や光吸収が発生しないような保護層5の厚さとすることは,当業者であれば当然なし得たことであり,その際に,具体的にどのような厚さとするかは,当業者が適宜決定すべきことにすぎない。その結果として,保護層5を銀薄膜層3よりも薄い厚さとして,相違点3に係る本願発明のような構成とすることは,当業者が適宜なし得たことである。

(ウ) 請求人の主張について
上記第2の3(6)に記載したように,請求人は,審判請求書において,本件補正後発明が進歩性を有することを主張している。ここで,請求人の主張のうち,上記第2の3(6)イの主張は,本願発明についてするものと解する余地が一応あるので,念のため検討する。
引用文献13には,キャップ層の膜厚として,段落【0008】に「キャップ層での光吸収を出来るだけ抑制するために,透過率が高い材料系を用い,キャップ層の膜厚をできるだけ薄くした構造が望ましい。」,段落【0023】に「好ましくは3nm以上15nm未満,より好ましくは3?10nm,最も好ましくは3?5nm」と記載されている。また,実際の実験例として,ITOについて5,10,20,40nmのものが(図3及びその説明を参照),Siの窒化膜について5,10,40nmのものが(図6,7及びその説明を参照),Siの酸化膜について5,40nmのものが(図9及びその説明を参照)それぞれ記載されている。さらに,請求項5には,キャップ層の厚さを「3?50nm」とすることが記載されている。
請求人は,引用文献13のキャップ層の膜厚のうち,特に「最も好ましくは3?5nm」との記載を摘記して,側面を覆う保護層に用いることに難がある,と主張している。
しかし,なぜ3?5nmであると,側面を覆う保護層に用いることに難があるのか,具体的な証拠に基づいて説明されていない。またそもそも,「難」というのがどのようなものであるのか(例えば,そのような厚さのものが実現不可能であるということなのか,あるいは一応可能ではあるが,コストの問題があるということなのか等)について,一切説明されていない。またそもそも,引用文献13では,10?40nmの実験例も記載され,請求項5には「3?50nm」とすることが記載されているのであるから,必ず3?5nmにしなければならないものとも認められない(なお,念のために付記すると,本願明細書の発明の詳細な説明の段落【0038】には,バリア膜の厚さを20nm程度とすることが好ましい旨記載されている。)。さらにいえば,引用文献13は「銀膜上に設けるキャップ層において,光吸収を抑制するため膜厚をできるだけ薄くすること」という事項が当業者に知られていることを示すために例示された文献にすぎず,原査定の拒絶の理由2において,具体的な厚さを引用しているものではない。
以上のことから,請求人の主張を採用することによって,本願発明の進歩性を肯定することはできない。

第4 まとめ
上記第3の2(1)で検討したとおり,平成26年8月8日付けでした手続補正1は,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでないから,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない。
また,上記第3の2(2)で検討したとおり,本願発明は,本件出願の出願前に日本国内または外国において頒布された引用例に記載された発明及び周知技術に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,他の請求項に係る発明について審理するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-04-28 
結審通知日 2016-05-10 
審決日 2016-05-23 
出願番号 特願2010-182120(P2010-182120)
審決分類 P 1 8・ 572- Z (G02B)
P 1 8・ 121- Z (G02B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中山 佳美  
特許庁審判長 樋口 信宏
特許庁審判官 道祖土 新吾
鉄 豊郎
発明の名称 光フィルター、光フィルターモジュール、分光測定器および光機器  
代理人 西田 圭介  
代理人 渡辺 和昭  
代理人 仲井 智至  

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