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審決分類 審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C23C
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  C23C
管理番号 1317757
審判番号 無効2015-800067  
総通号数 201 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-09-30 
種別 無効の審決 
審判請求日 2015-03-17 
確定日 2016-08-01 
事件の表示 上記当事者間の特許第4837801号発明「Co若しくはCo合金相に酸化物相を分散させたスパッタリングターゲット」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第4837801号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯

本件特許第4837801号は、平成22年10月13日(優先権主張:平成21年12月11日、日本)を国際出願日とする特願2011-513558号の願書に添付した特許請求の範囲に記載された請求項1?4に係る発明(以下、「本件発明1?4」ともいう。)について、平成23年10月 7日に特許権の設定登録がされたものである。
本件審判は、本件発明1?4の特許(以下、「本件特許」ともいう。)の無効を請求するものであり、その手続の経緯は、次のとおりである。

平成27年 3月17日付けの審判請求書の提出
同年 6月 8日付けの審判事件答弁書の提出
同年 9月30日付けの審理事項通知
同年11月20日付けの口頭審理陳述要領書の提出(両当事者)
同年12月 7日実施の第1回口頭審理
平成28年 3月 2日付けの審決の予告
同年 5月 2日付けの意見書の提出(被請求人)

第2.本件発明

本件発明1?4は、特許第4837801号公報の特許請求の範囲に請求項1?4として記載された次の事項により特定されたものである。

【請求項1】
Coを含有する金属マトリックス相と、SiO_(2)を含有し、粒子を形成して分散して存在する6?14mol%の酸化物の相(以下、「酸化物相」という。)から構成されるスパッタリングターゲットであって、前記金属マトリックス相及び酸化物相を構成する成分以外に、前記酸化物相内又はその表面に点在する0.3mol%以上、1.0mol%未満のCr酸化物を含有し、酸化物相の各粒子の平均面積が2.0μm^(2)以下であることを特徴とするCo若しくはCo合金相に酸化物相を分散させたスパッタリングターゲット。
【請求項2】
前記金属マトリックス相が、Co金属単独であるか、Cr:6?40mol%であり、残部がCoからなるCo基合金であるか、又はCr:6?40mol%、Pt:8?20mol%であり、残部がCoからなるCo基合金であることを特徴とする請求項1記載のCo若しくはCo合金相に酸化物相を分散させたスパッタリングターゲット。
【請求項3】
比抵抗が3.5×10^(16)Ω・cm以下であることを特徴とする請求項1又は2記載のCo若しくはCo合金相に酸化物相を分散させたスパッタリングターゲット。
【請求項4】
相対密度を98%以上であることを特徴とする請求項1?3のいずれか一項に記載のCo若しくはCo合金相に酸化物相を分散させたスパッタリングターゲット。

第3.当事者の主張

1.請求人

請求人は、甲第1?6号証(以下、「甲1?6」という。)を提出し、「本件発明1?4の特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求め、口頭審理にて確認した次の無効理由を主張している。

無効理由1:本件発明1?4は、甲1(「比較ターゲット2」)及び甲2に記載された発明に基づいて、その優先権の基礎とされた先の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効とすべきものである。

無効理由2:本件発明1?4は、甲1(「本発明ターゲット9」)及び甲2に記載された発明に基づいて、その優先権の基礎とされた先の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第123条第1項第2号の規定に該当し、無効とすべきものである。

無効理由3:本件特許は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第123条第1項第4号の規定に該当し、無効とすべきものである。

無効理由4:本件特許は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第123条第1項第4号の規定に該当し、無効とすべきものである。

無効理由5:本件特許は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第2号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第123条第1項第4号の規定に該当し、無効とすべきものである。
ここで無効理由3?5は、具体的には、請求項1のCr酸化物の特定についての記載不備を根拠とする無効理由3-2、4-2、5-1、請求項1の酸化物相の平均面積の特定についての記載不備を根拠とする無効理由3-3、5-2、本件特許明細書の段落0029の金属Crの自然酸化についての記載不備を根拠とする無効理由3-1、4-1、請求項3の比抵抗の特定についての記載不備を根拠とする無効理由3-4、4-3、請求項2の組成限定についての記載不備を根拠とする無効理由5-3である。

2.被請求人

被請求人は、乙第1?18号証(以下、「乙1?18」という。)を提出し「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」との審決を求めている。

第4.証拠方法

甲1:特開2007-31808号公報
甲2:国際公開第2007/080781号
甲3:特開2001-236643号公報
甲4:豊島製作所カタログ「SPUTTERING TARGETS MOCVD」2003.3
甲5:理科年表平成17年「金属の固有抵抗と温度係数」
(兵神装備株式会社編「エンジニアズブック第18版」173頁援用)
甲6:社団法人日本化学会編「化学便覧基礎編改訂4版」
平成11年11月30日、丸善株式会社、II-493
「表13・9 無機化合物の電気抵抗率」

乙1:特開平10-88333号公報
乙2:特開2004-339586号公報
乙3:特開2007-31808号公報(甲1に同じ)
乙4:特許第4422574号公報
乙5:特開2009-215617号公報
乙6:田中貴金属工業株式会社 山本 俊哉作成
「陳述書(4)(第3360号事件)」平成26年5月24日
乙7:東京大学 山口 周作成「見解書」平成26年2月13日
乙8:堺化学工業株式会社「球状シリカ Sciqas Series」2016.4.5作成
乙9:Nicholas F.Szabo and Prabir K.Dutta
"Correlation of sensing behavior of mixed potential sensors
with chemical and electrochemical properties of electrodes"
Solid State Ionics 171(2004)183-190
乙10:Product Specification AlfaAesar "12285",April 14,2016
乙11:高校生のための入門講座「メカニカルアロイングってなに?」
東北大学 工学部 材料科学総合学科 4/19/2016
http://www.material.tohoku.ac.jp/dept/lecture_02.html
乙12:石原 知「微細組織制御による難加工性材料の高温変形能向上」
(大阪大学博士論文)http://hdl.handle.net/11094/861
Osaka University Knowledge Archive
乙13:鈴木 達「金属-ヘプタン系のメカニカルアロイングにおける
反応過程とその成型体に関する研究」
(早稲田大学博士論文)1995.3
乙14:「SPSプロセスの原理とメカニズム」4/19/2016
http://sps.fdc.co.jp/jp/whats/whats4.html
乙15:特開2016-17215号公報
乙16:高野光司 外4名「オーステナイト系ステンレス鋼の酸化物
の分散を利用した結晶粒径調整」、鉄と鋼Vol.89(2003)No.5
乙17:「不動態化現象」出所不明
乙18:JX金属株式会社 高見 英生作成
「陳述書」平成28年4月28日

第5.書証の関連記載

甲1(乙3)

摘示1-A(【0002】)
「・・・これに適用可能な磁気記録膜の一つとしてCoCrPt-SiO_(2)グラニュラ磁気記録膜が提案されており、このCoCrPt-SiO_(2)グラニュラ磁気記録膜はCrおよびPtを含むCo基焼結合金相とシリカ相の混合相を有する複合ターゲットを用いてマグネトロンスパッタ法により作製することができることが知られている(非特許文献1参照)。
この複合ターゲットは、通常、Cr粉末、Pt粉末およびCo粉末の各要素粉末を混合した混合粉末、またはCrおよびPtを含むCo基合金粉末に、シリカ粉末を、シリカ:2?15質量%、Cr:3?20質量%、Pt:15?45質量%を含有し、残部:Coからなる組成となるように配合し混合したのち、ホットプレスまたは熱間静水圧プレスすることにより作製されるが、前記シリカ粉末として高温火炎加水分解法で製造されたシリカ粉末を使用し、複合ターゲットの素地中に分散するシリカ相を10μm以下の極めて細かい組織とすることによってパーティクルの発生を少なくしている(特許文献1、特許文献2などを参照)。」

摘示1-B(【0004】)
「そこで、本発明者は、一層パーティクル発生の少ないCo基焼結合金からなるスパッタリングターゲットを得るべく研究を行なったところ、
(a)従来から知られているシリカ:2?15質量%、Cr:3?20質量%、Pt:15?45質量%を含有し、残部:Coからなる組成を有するターゲットに酸化クロムを微量添加したスパッタリングターゲットは、スパッタリング中に発生するパーティクルの数が著しく減少する、
(b)前記酸化クロムの含有量は0.01?0.5質量%の範囲内の極めて微量であることが好ましい、などの知見を得たのである。」

摘示1-C(【0006】【0007】)
「この発明の磁気記録膜形成用スパッタリングターゲットに含まれる酸化クロムの量を0.01?0.5質量%に限定した理由は、酸化クロムが0.01質量%未満ではパーティクル発生を抑制する作用が十分でなく、一方、酸化クロムを0.5質量%を越えて含有すると酸化クロム自身が異常放電の起点となり、かえってパーティクルの発生が増大するので好ましくない理由によるものである。
酸化クロムを含む磁気記録膜形成用スパッタリングターゲットがスパッタリングに際してパーティクルの発生を抑制する理由は、粒界に析出した酸化クロムが、同じく粒界に分散しているシリカ粒子とCr-Pt-Co合金結晶粒との接着性を高め、スパッタリング中にシリカ粒子が剥離飛散するのを防止するためであると考えられるが明らかではない。」

摘示1-D(【0010】)
「原料粉末として、平均粒径:10μmのCo粉末、平均粒径:15μmのCr粉末、平均粒径:15μmのPt粉末、平均粒径:3μmの結晶質SiO_(2)粉末および平均粒径:1μmのCr_(2)O_(3)粉末を用意した。
この用意した原料粉末であるCo粉末、Cr粉末、Pt粉末、SiO_(2)粉末およびCr_(2)O_(3)粉末を、Cr_(2)O_(3)粉末の添加量を変えて表1に示される配合組成となるように配合し、得られた配合粉末:1kgをジルコニアボールと共に10リットルの容器に投入し、この容器内の雰囲気をArガス雰囲気中で置換し、その後、容器を密閉した。この容器をボールミルで16時間回転させ、混合粉末を作製した。得られた混合粉末を真空ホットプレス装置に充填し、真空雰囲気中、温度:1200℃、圧力:15MPa、3時間保持の条件で真空ホットプレスすることによりホットプレス体を作製し、このホットプレス体を切削加工することにより直径6インチ、厚さ:3mmの寸法を有し表1に示される成分組成を有する本発明ターゲット1?9、比較ターゲット1?2および従来ターゲットを作製した。・・・」

摘示1-E(【表1】)


甲2

摘示2-A(【0022】)
「(実施例1)
焼結原料粉末として、粒径がそれぞれ5μm未満のCo微粉、Cr微粉、Pt微粉の磁性材料を使用し、これに対して、平均粒径1μmのSiO_(2)粉を用いた。これを94(74Co-10Cr-16Pt)-6 SiO_(2)(mol%)となるように秤量し、これらを湿式ボールミルで100時間混合した。次に、この混合粉をカーボン製の型に充填し、ホットプレス法により、1200°Cで1時間焼結し、94(74Co-10Cr-16Pt)-6 SiO_(2)からなる強磁性体材料のターゲットを得た。
このターゲットの相対密度は98%であり、高密度のターゲットが得られた。この結果を表1に示す。また、このターゲットの研磨面のSEM画像を図5に示す。図5に示すように、細紐状の微細なSiO_(2)粒子が分散していた。
この場合の、非磁性材であるSiO2粒子内の任意の点から界面に向けて垂線を下ろした場合の、界面までの距離は1μm以下の範囲内にあった。すなわち、非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径1μmの全ての仮想円よりも小さいか、又は該仮想円と強磁性材と非磁性材の界面との間で、少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法を備えるという本願発明の条件を満たしていた。」

摘示2-B(【0027】)
「(実施例3)
焼結原料粉末として、粒径がそれぞれ5μm未満のCo微粉、Cr微粉、Pt微粉の磁性材料を使用し、これに対して、平均粒径1μmの市販のCr_(2)O_(3)粉を用いた。これを94(74Co-10Cr-16Pt)-8 Cr_(2)O_(3)(mol%)となるように秤量し、これらをボールミルで100時間混合した。次に、この混合粉をカーボン製の型に充填し、ホットプレス法により、1200°Cで1時間焼結し、94(74Co-10Cr-16Pt)-8 Cr_(2)O_(3)(mol%)からなる強磁性体材料のターゲットを得た。
このターゲットの相対密度は98%であり、高密度のターゲットが得られた。この結果を表1に示す。また、このターゲットの研磨面のSEM画像を図7に示す。図7に示すように、紐状の微細なCr_(2)O_(3)粒子が分散していた。
この場合の、非磁性材であるCr_(2)O_(3)粒子の任意の点から界面に向けて垂線を下ろした場合の、界面まで長さは、2μm以下の範囲内にあった。すなわち、非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2μmの全ての仮想円よりも小さいか、又は該仮想円と強磁性材と非磁性材の界面との間で、少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法を備えるという本願発明の条件を満たしていた。」

摘示2-C(図5) 摘示2-D(図7)


甲3

摘示3-A(【0011】【0012】)
「具体的には本発明における磁気記録媒体製造用スパッタリングターゲットは、非磁性基体上に少なくとも非磁性下地層、磁性層、および保護層を順次積層してなる磁気記録媒体の前述の磁性層を成膜する時に使用され、該スパッタリングターゲットは、金属と酸化物との混合体からなり、該スパッタリングターゲット中の酸化物の粒径が10μm以下である。好ましくはこのスパッタリングターゲット中の酸化物の粒径は5μm以下である。
ここで、前述のスパッタリングターゲットは、少なくともCoおよびPtを含む合金と、Si、Ti、Zr、Al、およびCrよりなる群から選択された少なくとも1つの酸化物とからなる混合体であることが好ましい。」

甲4

摘示4-A


甲5

摘示5-A


甲6

摘示6-A


乙5

摘示5-a(【請求項7】)
「コバルト、クロム、および白金からなるマトリックス相と、少なくとも酸化クロムを含む2種以上の金属酸化物からなる酸化物相とを含有し、該酸化物相が平均粒径3μm以下の粒子を形成してなり、かつ、
該酸化物相が、酸化クロムと、Siからなる金属酸化物とを含み、
スパッタリングターゲット材100mol%中、酸化クロムの含有量が1.2?12.0mol%、Siからなる金属酸化物の含有量が1.5?11.9mol%であることを特徴とするスパッタリングターゲット材。」

摘示5-b(【0015】【0016】)
「本発明のスパッタリングターゲット材を得るには、まずコバルト、クロムおよび白金を含む金属と、少なくとも酸化クロムを含む2種以上の金属酸化物とからなる粉末を用いる。該粉末は、以下の方法により、粉末(A)から得られる粉末(B)を用いる。
粉末(A)は、CoとCrとの合金と金属酸化物とをメカニカルアロイングすることにより得る。まずCoとCrとの合金をアトマイズする。この場合に原料として用いる合金は、Cr濃度が、通常5?95原子%、好ましくは10?70原子%である。この合金をアトマイズすることにより、粉末を得る。」

摘示5-c(【0023】)
「上記粉末(A)の粉砕率は、通常30?95%、好ましくは50?95%、より好ましくは80?90%である。粉砕率が上記範囲であると、粉末(A)を充分に微細化してターゲット内における酸化物相からなる粒子をより微細化し、該粒子をコバルト、クロムおよび白金からなる金属相内に均質に分散させることができるとともに、粉砕率の上昇に伴い増加する傾向にあるジルコニウムまたは炭素などの不純物の混入を適度に抑制することができる。」

乙6

摘示6-a(2頁2?6行)
「上記の点を明らかにするため、セミコンライト社サンプル1再製品について、再度EPMA分析を行いました。その結果、甲4の図5と全く同じ結果を得ました。また同じ条件で、非磁性材の大きな粒子を分析したところ、SiとOが良く一致し、SiO_(2)であることが確かめられましたので、以下の通り陳述しいます。」

乙7

摘示7-a(3頁「2-1-1 結論」)
「Co-Cr-Ptを成分とするアトマイズ合金粉とSiO_(2)粉末とを混合して焼結することにより、Co-Cr-Pt-SiO_(2)系ターゲットを製造する場合、Co-Cr-PtのCrはCo-Cr-Ptを成分とするアトマイズ合金粉の外側(表面)で酸化する。したがって、焼結過程において、Co-Cr-Ptを成分とするアトマイズ合金粉の外側に生成されたCr_(2)O_(3)がSiO_(2)と接触し、SiO_(2)の成長を妨げる作用を奏する。」

乙8

摘示8-a


乙9

摘示9-a(184頁左欄22?23行)
「Cr_(2)O_(3 )powder(99% metals basis) was obtained from Alfa Aeser.」
(訳)Cr_(2)O_(3)粉末(99%金属ベース)は、Alfa Aesarから入手した。

摘示9-b(185頁左欄12?23行)
「Flesh Cr_(2)O_(3) powder did not have a uniform size distribution. Small particles of <200 nm as well as larger structures were observed,as shown in Fig.3.」
(訳)未使用のCr_(2)O_(3)粉末は、均一の大きさの分を有していなかった。図3に示すように、200nm未満の小さな粒子が大きな構造と同様に観察された。」

摘示9-c(185頁図3)


乙10

摘示10-a
「Product Number: 12285
CAS number: 1308-38-9
MDL number: MFCD00010949
Molecular formula: Cr_(2)O_(3) 」

乙11

摘示11-a
「・・・メカニカルアロイングはその一つで、不活性雰囲気中でのボールミル(図1)時におけるボールの衝突エネルギーを利用して、図2のように粉末同士の折りたたみと圧延を繰り返し起こさせることにより、微細に混合してゆく方法です。・・・」

乙12

摘示12-a(10頁下から7?3行)
「メカニカルアロイング(機械的合金化)とは,純金属や合金の粉末に機械的エネルギーをくわえることにより,目的の合金を得る方法である。原料粉末とボールを密閉した容器に入れ,撹拌または振動を連続して加えると,粉末に塑性変形,粉砕,凝着が繰り返され,組織と組成が均質化した合金粉末が得られる。粉末表面の酸化膜も粉砕されて微細に分散する。」

乙13

摘示13-a(1頁3?6行)
「メカニカルアロイング(Mechanical Alloying:MA)はボールミル中で金属粉末を撹拌して合金化する方法で、1970年にBenjaminにより耐熱強度に優れた超合金を作成する方法として開発された。Ni,Crなどの原料粉末と少量のY_(2)O_(3)粉末を高エネルギーボールミルにより混合し、粉末の粉砕と圧接を繰り返して合金化を行なう。」

摘示13-b(5頁)
「通常、MAによる合金化の進行過程は3段階に分けて説明される。第1段階では原料粉末粒子は冷間圧接により扁平化あるいは片状化されて二次凝集する。その複合体粒子中にはまだ出発原料が残り、二次粒子ごとに組成の偏りができている。酸化物などの硬度の高い分散物が存在する場合は一次粒子の界面に沿って分布する。第2段階では、複合体粒子はKneading効果が進み層状構造をもつようになりラメラ組織が発達する。ミリングが進むにつれてこのラメラ組織の層間隔は狭くなり、分散物がある場合にはKneading効果により粒内に微細に取り込まれる。第3段階ではラメラ組織はランダム化し、ついには光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡では識別できない程度まで微細に均一化する。組成も各々の粒子全体にわたって挿入時の混合組成で均一になる。粉砕と凝着が釣り合い粒径は一定に近づく。このミリング進行過程の3段階を模式的に表したのがFig.1-4である。」

摘示13-c(6頁、図1-4)


乙14

摘示14-a(右欄9?14行)
「ネック形成のメカニズムは、粒子表面に局所的に気化と溶融現象が起こり、粒子間接触部にネック(頸部)というくびれた部分ができ溶着状態となります。隣接粒子間でできたネックは次第に発達し、塑性変形を起こしながら拡散部分を拡張させて最終的に密度99%以上の高密度焼結体を合成するのです。」

摘示14-b(写真)


乙15

摘示15-a(【0007】【0008】)
「また、アーキングを低減し、安定した放電が得られ、高密度でパーティクル発生の少ない非磁性材粒子分散型磁性材スパッタリングターゲットを得るために、Cr粉末、Pt粉末、Co粉末、SiO_(2)粉末及びCr_(2)O_(3)粉末を混合して真空雰囲気中1150℃でホットプレスして、CrPtCo合金相に2.0μm^(2)以下の平均面積を有するSiO_(2)酸化物相を分散させ、SiO_(2)酸化物相内又はその表面に0.3mol%以上1.0mol%未満のCr_(2)O_(3)を含有するターゲットを得る方法が提案されている(特許文献3)。特許文献3には、Cr_(2)O_(3)粉末を添加しない場合には、SiO_(2)酸化物相の各粒子が大きく成長してパーティクルの発生を抑制できないことが記載されている。
・・・
【特許文献3】特許4837801号公報」

摘示15-b(【0018】【0019】)
「酸化物相は、金属相を磁気的に分離する機能を有する。酸化物相は、CrTi_(2)O_(5)及びSiO_(2)を含むものであれば、他の酸化物をさらに含んでいてもよい。・・・CrTi_(2)O_(5)が存在しない場合には、SiO_(2)の凝集を抑制できず、CrTi_(2)O_(5)が10mol%を越えて存在すると、スパッタリングターゲットの相対密度が低くなり、また磁性特性が変化してスパッタリングによって所望の磁性膜を形成することが困難となる。
本発明において、酸化物相がCrTi_(2)O_(5)及びSiO_(2)を含むため、CrTi_(2)O_(5)が介在することでSiO_(2)が凝集することを抑制することができる。したがって、SiO_(2)は石英でもアモルファスでもクリストバライトであってもよいが、自己粉砕しやすいクリストバライトである場合に本発明の効果がより発揮される。クリストバライトは金属との濡れ性が悪く、金属相と酸化物相が隣接していても密着強度が極端に低い。一方、CrTi_(2)O_(5)は金属との濡れ性がよく、金属相との密着強度が高い。」

乙16

摘示16-a(120頁左欄6?16行)
「そして,結晶粒を微細化するには主に基地中に分散させた炭化物や窒化物粒子の粒界ピン止め効果によって粒界の移動を抑制することが有効とされてきた。・・・その代替として、溶体化温度域でも熱力学的に安定で,かつ材質に悪影響を与えないような微量な酸化物による結晶粒径の調整が期待されている。」

乙17

摘示17-a(9?12行)
「酸化剤例えば硝酸などによるステンレス鋼(12%以上のCrを含有する)の不動態化現象は、酸化剤の作用(電子を吸い取る)で、目に見えない透明な厚み1?3nmの水和オキシ水酸化クロム(他の元素の濃縮はない)が合金表面に形成される現象である。」

乙18

摘示18-a(図3)


摘示18-b(4頁1?7行)
「4 考察
粒度分布の測定結果によれば、メジアン径(D50)は、1.52μmであった。
しかしながら、そのメジアン径(D50)として算出された1.52μmは、SEM観察したところ、数百ナノ程度の一次粒子から構成される二次粒子の径であることは明らかである。
一次粒子が数百ナノ程度であるため、一般的に販売されている平均粒径がμm単位のCr_(2)O_(3)粉末は、二次粒子の状態であるといえる。」

第6.無効理由5について

進歩性要件に係る無効理由1,2の検討に先立ち、まず本件発明1?4の明確性要件に係る無効理由5について検討し、続いて、実施可能要件及びサポート要件に係る無効理由3,4を検討する。

1.無効理由5-1(審判請求書「4.(3)」の「オ(ア)」)

請求項1に記載された本件発明1?4共通の発明特定事項である「酸化物相内又はその表面に点在する0.3mol%以上、1.0mol%未満のCr酸化物」について、請求人は、本件特許明細書に記載された実施例等において、Cr酸化物の存在形態が確認されていないから明確でないと主張している。
しかしながら、実施例等による裏付けの有無は、後述するサポート要件や実施可能要件の問題であって、前記発明特定事項が、Cr酸化物の存在形態とその量を特定していることは明確であるから、該主張は採用できない。

2.無効理由5-2(同「オ(イ)」)

請求項1に記載された本件発明1?4共通の発明特定事項である「SiO_(2)を含有し、粒子を形成して分散して存在する・・・酸化物の相(以下、「酸化物相」という。)・・・酸化物相を構成する成分以外に、前記酸化物相内又はその表面に点在する・・・Cr酸化物を含有し、酸化物相の各粒子の平均面積が2.0μm^(2)以下である」について、請求人は、Cr酸化物が酸化物相に含まれるか否かが明確でないと主張している。
しかしながら、前記発明特定事項には、Cr酸化物が「酸化物相を構成する成分以外」のものであると記載されているのだから、酸化物相に含まれないことは明確であり、該主張は採用できない。

3.無効理由5-3(同「オ(ウ)」)

請求項2に記載された「前記金属マトリックス相が、・・・Cr:6?40mol%であり、残部がCoからなるCo基合金であるか、又はCr:6?40mol%、Pt:8?20mol%であり、残部がCoからなるCo基合金である」との発明特定事項について、請求人は、組成が金属マトリックス相を100mol%とするものかターゲット全体を100mol%とするのか不明であると主張している。
しかしながら、Crのみを含む場合も、Cr及びPtを含む場合も、「残部がCoからなるCo基合金である」と記載されているのだから、金属マトリックス相を100mol%とすることは明確であり、該主張は採用できない。

4.まとめ

以上のとおりであるから、無効理由5には理由がない。

第7.無効理由3,4について

1.無効理由3-1,4-1(同「ウ(ア)」及び「エ(ア)」)

(1)発明の詳細な説明(以下、「本件明細書」ともいう。)の【0029】には、
「・・・Cr酸化物の添加は、例えばCo-Cr-Pt-SiO_(2)等の、各要素粉末、あるいは合金粉末を構成する混合粉末にCr_(2)O_(3)を均一に混合することにより得ることができる。また、粉砕・混合工程などで、Cr粉、Co-Cr粉やCo-Cr-Pt粉を適度に自然酸化させることで、結果として、金属として存在していたCrの一部をCr酸化物とすることによってもCr酸化物の添加は可能である。」
と記載されており、これは、本発明のスパッタリングターゲットの製造工程におけるCr酸化物の添加方法について、Cr_(2)O_(3)を混合する方法とCr粉等を混合中に酸化する方法があることを示したものと認められる。

(2)これについて、請求人は、Cr粉等を混合中に酸化する方法を用いた場合の実施例がないから、本件明細書は、当業者が本件発明を実施可能な程度に明確かつ十分に記載されたものではないと主張し、また、当該実施例において効果が確認されていないから、本件発明は、本件明細書に記載された発明の範囲を超えたものであると主張している。
そこで検討するに、本件発明は、物の発明であるから、その実施のためには、本件明細書において、その物を製造する方法についての具体的な記載が必要とされるが、だからといって、開示した製造方法の全てについて実施例が必要になるわけではない。そして、本件明細書には、Cr酸化物の添加方法について、Cr_(2)O_(3)を混合する方法を用いた場合の実施例(「実施例1,2」)は記載されている。
してみると、本件発明が、実施可能な程度に明確かつ十分に記載されたものであるか否か、また、本件明細書に記載された発明の範囲を超えたものであるか否かは、この実施例の記載との関係によって判断することができる(無効理由3-2,3-3,4-2にて検討する。)。
したがって、上記主張はいずれも採用できない。

2.無効理由3-2,4-2(同「ウ(イ)」及び「エ(イ)」)

(1)請求人は、無効理由5-1で検討した発明特定事項である「酸化物相内又はその表面に点在する0.3mol%以上、1.0mol%未満のCr酸化物」について、本件明細書は、当業者が実施可能な程度に明確かつ十分に記載されたものでなく、そもそも、本件明細書に記載されたものではない旨主張している。

(2)そこで、まず発明の課題について検討するに、本件明細書の【0006】には、
「・・・Co、Cr、Ptなどの金属とSiO_(2)などの酸化物を含有する磁性材ターゲットの場合、SiO_(2)などの酸化物に導電性がないので、ターゲット表面に露出する酸化物相の各粒子の面積が大きいと、スパッタリング時にパーティクル発生が増加するという問題があり、それを解決するために、酸化物相の各粒子の面積を出来るだけ小さくする必要があった。」
と記載され、同【0011】には、
「一般に、上記のようなマグネトロンスパッタ装置で非磁性材粒子分散型磁性材スパッタリングターゲットをスパッタしようとすると、酸化物粒子を基点にアーキングを起こし、放電が安定しないという大きな問題が生じやすくなる。この問題を解決するには、SiO_(2)を均一に分散させることが有効である。本発明は、アーキングを低減し、マグネトロンスパッタ装置で安定した放電が得られ、かつ、高密度でスパッタ時に発生するパーティクルの少ない非磁性材粒子分散型磁性材スパッタリングターゲットを提供することを課題とする。」
と記載されている。
してみると、本発明の課題は、スパッタリングターゲットにおけるアーキングやパーティクルの発生防止であり、具体的には、パーティクルの発生防止のために酸化物相(SiO_(2))の面積を小さくし、アーキングの発生防止のために酸化物相(SiO_(2))を均一に分散させることであると認められる。

(3)これに対し、上記発明特定事項について、同【0024】?【0026】には、
「本願発明は、これを解決するものである。すなわち、その解決手段として、焼結時に、SiO_(2)を含有する酸化物の表面、あるいは酸化物粒子の間隙に、同じ温度においては拡散速度がはるかに遅い高融点酸化物の微粒子を介在させることにより、SiO_(2)を含有する酸化物同士の凝集を抑えることを提案するものである。・・・以上を実現する手段として、Cr酸化物の高融点酸化物を0.3mol%以上、1.0mol%未満添加する。・・・上記Cr酸化物の添加量が0.3mol%未満であると、SiO_(2)の粒子が凝集し、SiO_(2)の平均粒子面積2.0μm^(2)以下を達成することができない。その結果パーティクルの発生が低減できない。他方、Cr酸化物の添加量が1.0mol%以上であると、磁性特性が変化し、所定の特性を有する磁性膜を作成することが困難となる。」
と記載されており、ここで焼結時の「酸化物粒子の間隙」は焼結後に「酸化物相内」になるものと解される。
してみると、これらの記載から、上記発明特定事項のうちCr酸化物が「酸化物相内又はその表面に点在する」ことについては、酸化物同士の凝集を抑えることによって、酸化物相の面積は小さくなり、また、酸化物相が均一に分散すると解されるから、上記課題を解決する手段と認めることができる。しかしながら、Cr酸化物が「0.3mol%以上、1.0mol%未満」であることについては、スパッタリングターゲットを製造する際のCr酸化物の添加量として説明されており、これが直ちに「酸化物相内又はその表面に点在する」量を意味するとは認められない。
そこで、Cr酸化物の添加量と「酸化物相内又はその表面に点在する」量との関係について検討する。

(4)Cr酸化物の添加について、本件明細書の【0029】には、
「・・・Cr酸化物の添加は、例えばCo-Cr-Pt-SiO_(2)等の、各要素粉末、あるいは合金粉末を構成する混合粉末にCr_(2)O_(3)を均一に混合することにより得ることができる。また、粉砕・混合工程などで、Cr粉、Co-Cr粉やCo-Cr-Pt粉を適度に自然酸化させることで、結果として、金属として存在していたCrの一部をCr酸化物とすることによってもCr酸化物の添加は可能である。」
ことが記載されており、【0031】【0032】には、
「(実施例1)
実施例1では、原料粉末として、平均粒径1μmのCo粉末、平均粒径2μmのCr粉、平均粒径1μmのSiO_(2)粉末、平均粒径を0.6μmのCr_(2)O_(3)粉末を用意した。
これらの粉末をターゲットの組成が12.00Cr-7.58SiO_(2)-0.75Cr_(2)O_(3)-残部Co(mol%)となるように、Co粉末79.73wt%、Cr粉末10.60wt%、SiO_(2)粉末7.73wt%、Cr_(2)O_(3)粉末1.94wt%、の重量比率でそれぞれ秤量した。
次に、Co粉末、Cr粉末、SiO_(2)粉末、Cr_(2)O_(3)粉末を、粉砕媒体のジルコニアボールと共に容量10リットルのボールミルポットに封入し、20時間回転させて混合した。この混合粉をカーボン製の型に充填し、真空雰囲気中、温度1150°C、保持時間90分、加圧力30MPaの条件のもとホットプレスして、焼結体を得た。さらにこれを旋盤で切削加工して直径が180mm、厚さが7mmの円盤状のターゲットを得た。」
こと、さらに【0038】【0039】には、
「(実施例2)
実施例2では、原料粉末として、平均粒径1μmのCo粉末、平均粒径2μmのCr粉末、平均粒径2μmのPt粉末、平均粒径2μmのRu粉末、平均粒径2μmのTa_(2)O_(5)粉末、平均粒径1μmのSiO_(2)粉末、平均粒径を0.6μmのCr_(2)O_(3)粉末を用意した。
次に、これらの粉末をターゲットの組成が16Cr-18Pt-4Ru-1Ta_(2)O_(5)-6SiO_(2)-0.75Cr_(2)O_(3)残部Co(mol%)となるように、それぞれ秤量した。
次に、Co粉末、Cr粉末、Pt粉末、Ru粉末、SiO_(2)粉末、Ta_(2)O_(5)粉末、Cr_(2)O_(3)粉末を、粉砕媒体のジルコニアボールと共に容量10リットルのボールミルポットに封入し、20時間回転させて混合した。
この混合粉をカーボン製の型に充填し、真空雰囲気中、温度1150°C、保持時間2時間、加圧力30MPaの条件のもとホットプレスして焼結体を得た。さらにこれを旋盤で直径が180.0mm、厚さが7.0mmの円盤状のターゲットへ加工した。」
ことが記載されている。
これらの記載から、本発明のスパッタリングターゲットは、Cr酸化物粒子(Cr_(2)O_(3)粉末)を、金属粒子(Co粉末、Cr粉末、Pt粉末及びRu粉末)や酸化物相粒子(SiO_(2)粉末及びTa_(2)O_(5)粉末)と一緒に混合して製造されるものと認められる。
してみると、技術常識に照らし、このような製造方法では、各粒子の体積比や個数比からみて、Cr酸化物粒子の大多数が、焼結時に、酸化物相粒子と同様に、金属粒子の表面や間隙に介在するものとなり、焼結後に、酸化物相同様、金属マトリックス相中に分散することになる(下記※配合表及び模式図A参照)から、焼結時に、酸化物相粒子の表面や間隙に粒子として介在し、焼結後に、酸化物相内又はその表面に点在するCr酸化物が存在するとしても、その量は添加量の一部にすぎないと解される。

※配合表(当審作成)
(式量や密度は理論値、重量比と粉末粒径は実施例1のもの。)


※模式図A(当審作成)


(5)したがって、「酸化物相内又はその表面に点在する0.3mol%以上、1.0mol%未満のCr酸化物」なる発明特定事項は、そもそも本件明細書に記載されたものではなく、当然に、本件明細書に実施可能な程度に明確かつ十分に記載されたものでもない。

(6)これについて、被請求人は、口頭審理陳述要領書の「6-2-5」及び「6-2-6」において、本件明細書に記載された混合方法では、Cr酸化物粒子も酸化物粒子も大きな粒径を有する金属粒子の粒界を伝わって入り込み、焼結後に、金属又は合金マトリックス相の結晶粒界に互いに接するように存在すると主張し、乙3(甲1)及び乙5を提出している。
そこで検討するに、甲1には、本件明細書記載の実施例同様、SiO_(2)粉末およびCr_(2)O_(3)粉末をCo粉末等と一緒にボールミルで混合して製造したスパッタリングターゲット(摘示1-D)について、粒界に析出した酸化クロムが、同じく粒界に分散するシリカ粒子と合金結晶粒との接着性を高めること(摘示1-C)が記載されているが、これは、酸化クロムがシリカ粒子と同様に粒界に分散して析出することから、シリカ粒子と合金結晶粒との接着性に関与する可能性を示唆したものにすぎず、酸化クロムの全てがシリカ粒子に接して析出することを記載したものではない。
また、乙5には、酸化物相としてSiからなる金属酸化物と共に酸化クロムを含むスパッタリングダーゲット材(摘示5-a)において、本件明細書記載の実施例とは異なり、メカニカルアロイングによって金属酸化物を均質分散させた金属粉末を用いること(摘示5-b,5-c)が記載されているにすぎず、酸化クロムとSiからなる金属酸化物が接していることが記載されているわけではない。
したがって、上記主張は採用できない。

(7)さらに、被請求人は、意見書の「6-3」?「6-6」において、SiO_(2)粉末は一次粒子であるがCr_(2)O_(3)粉末は二次粒子であるから、メカニカルアロイングによりCr_(2)O_(3)粉末は粉砕されて、SiO_(2)粉末と共に粒子状に分散し、焼結工程におけるネックの形成に伴い、両酸化物粒子が接するように金属粒界の隙間に取り残された状態で焼き固められ、Cr_(2)O_(3)粒子がSiO_(2)粒子の粒成長を抑えるピン止め効果を奏する旨主張し、乙8?18を提出している。
そこで検討するに、乙8には粒径の揃った球状シリカ(摘示8-a)が記載されているが、乙15には自己粉砕するシリカ粒子(摘示15-b)も記載されている。また、乙18に記載されているように、市販のCr_(2)O_(3)粉末が数百nm程度の一次粒子から構成されている(摘示18-a,b)ならば、本件明細書記載の実施例で使用した平均粒径0.6μm(=600nm)のCr_(2)O_(3)粉末は一次粒子であるかもしれない。よって、メカニカルアロイングした場合に、Cr_(2)O_(3)粉末のみが主に粉砕されるとはいえない。
さらに、そもそも本件明細書記載の実施例は、ボールミルを用いて原料粉末を混合し、混合粉にしているのであって、乙13に記載されているような高エネルギーボールミルを用いて原料粉末をメカニカルアロイングし、合金粉にしている(摘示13-a)ものとは認められない。しかも、仮にメカニカルアロイングしていたら、酸化物は合金粉の粒内に取り込まれてしまう(摘示13-b,c)から、焼結工程で金属粒界に取り残されることはない(下記※模式図B参照)。
また、乙14に記載されているようなネックの形成(摘示14-a,b)は、各酸化物粒子のまわりで同時に生じるはずだから、分散した酸化物粒子が、これにより互いに接する方向へのみ移動することは考えられないし、乙16に記載されているのは、分散した酸化物粒子が、金属結晶粒界をピン止めして金属結晶粒の粒成長を抑制する(摘示16-a)ことであって、他の酸化物の粒成長を抑制することではない。
なお、本件特許公報を引用している(摘示15-a)乙15には、CrTi_(2)O_(5)が介在することでSiO_(2)が凝集することを抑制する(摘示15-b)ことが記載されているが、CrTi_(2)O_(5)粒子がSiO_(2)粒子の表面に接しているとは記載されていない。金属相中のSiO_(2)粒子の凝集が拡散によるのであれば、拡散経路である金属粒界にCrTi_(2)O_(5)粒子が存在すれば、接していなくても効果を奏するものと解される。
すなわち、上記主張は、本件明細書の記載に基づくものではないし、乙号証の記載によって裏付けられているものでもない。
したがって、上記主張は採用できない。

※模式図B(当審作成)


3.無効理由3-3(同「ウ(エ)」)

(1)請求人は、無効理由5-2で検討した発明特定事項である「SiO_(2)を含有し、粒子を形成して分散して存在する・・・酸化物の相(以下、「酸化物相」という。)・・・酸化物相を構成する成分以外に、前記酸化物相内又はその表面に点在する・・・Cr酸化物を含有し、酸化物相の各粒子の平均面積が2.0μm^(2)以下である」について、本件明細書は、当業者が実施可能な程度に明確かつ十分に記載されたものでない旨主張している。

(2)そこで、酸化物相の各粒子の平均面積の測定方法について検討するに、本件明細書の【0029】には、
「SiO_(2)粒子の1つあたりの平均面積は、顕微鏡観察画像を画像処理することで求めることができる。・・・」
と記載され、同【0033】には、
「・・・実施例1のターゲットの研磨面を、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したときの組織画像を図1に示す。この図1の組織画像に示すように、上記実施例1において極めて特徴的なのは、マトリックス合金相の中に、SiO_(2)粒子が微細に分散していることである。図1において、細かく分散しているのがSiO_(2)粒子である。また、酸化物相の各粒子の平均面積は1.6μm^(2)であった。・・・」
ことが記載されている。
しかしながら、上記「第7.2.(4)」にて検討したところによれば、実施例1にて焼結後に確認される分散粒子には、SiO_(2)粒子のほかにCr_(2)O_(3)粒子が無視できない数で存在し、ここで、SiO_(2)粒子とCr_(2)O_(3)粒子をそれぞれ単独で分散させた甲2記載の実施例(摘示2-A,2-B)の組織画像(摘示2-C,2-D)によれば、走査型電子顕微鏡(SEM)の組織画像では、SiO_(2)粒子とCr_(2)O_(3)粒子の区別はできないものと認められる。
してみると、本件明細書に記載された実施例1,2では、酸化物相粒子(SiO_(2)粒子及びTa_(2)O_(5)粒子)の面積を、酸化物相に含まれないCr_(2)O_(3)粒子の面積と区別して測定していないことになるから、算出された平均面積が2.0μm^(2)以下であっても、それは酸化物相の各粒子(SiO_(2)粒子及びTa_(2)O_(5)粒子)の平均面積が2.0μm^(2)以下になったことを意味するのではなく、SiO_(2)粒子より微細なCr_(2)O_(3)粒子の面積が算入された結果であると解される。

(3)したがって、「SiO_(2)を含有し、粒子を形成して分散して存在する・・・酸化物の相(以下、「酸化物相」という。)・・・酸化物相を構成する成分以外に、前記酸化物相内又はその表面に点在する・・・Cr酸化物を含有し、酸化物相の各粒子の平均面積が2.0μm^(2)以下である」なる発明特定事項について、本件明細書は、当業者が実施可能な程度に明確かつ十分に記載されたものではない

(4)これについて、被請求人は、口頭審理陳述要領書の「6-2-7」において、Cr酸化物は、基本的にSiO_(2)の酸化物相の中又はその表面に存在し、単独で存在することはないから、Cr酸化物も含む粒子の平均面積が2.0μm^(2)以下になっているのであれば、Cr酸化物を除いた酸化物相の各粒子の平均面積が2.0μm^(2)以下であることは明らかであると主張し、乙6,乙7を提出している。
そこで検討するに、口頭審理陳述要領書の「6-2-2」には、乙6,乙7において分析されたもの(摘示6-A,7-A)は、本件明細書記載の実施例のように、Cr酸化物をCr_(2)O_(3)粉末によって形成したものではなく、Cr合金粉の酸化によりCr酸化物が形成されたものであることが記載されている。
してみると、Cr_(2)O_(3)粉末から形成されるCr酸化物が粒子状であるのに対し、Cr合金粉の表面酸化により形成されるCr酸化物は皮膜状のものとなるから、焼結後の存在形態は同等ではなく(下記※模式図Cと、上記※模式図A参照)、これらの記載をもって、本件明細書記載の実施例におけるCr酸化物と酸化物相粒子との存在形態が明らかになったとはいえない。
したがって、上記主張は採用できない。
なお、被請求人は、意見書の「6-5」において、乙6,乙7にて分析されたものも、メカニカルアロイングによって本件発明と同様の組織となる旨主張しているが、「第7.2.(7)」にて検討したとおり、本件発明が、メカニカルアロイングにより製造されたものであるとは認められないし、一方、乙6,乙7に、メカニカルアロイングをしたことについて記載はないのだから、当該主張も採用できない。

※模式図C(当審作成)


4.無効理由3-4、4-3(同「ウ(エ)」及び「エ(ウ)」)

(1)請求項3には、本件発明3の発明特定事項として、スパッタリングターゲットの「比抵抗が3.5×10^(16)Ω・cm以下である」ことが記載されている。

(2)これについて、請求人は、本件明細書に記載された実施例において、製造されたターゲットの比抵抗を測定していないから、本件明細書は、当業者が本件発明3を実施可能な程度に明確かつ十分に記載されたものではないと主張し、また、本件発明3は、本件明細書に記載された発明ではないと主張している。
そこで検討するに、甲5、甲6等の記載によれば、本件発明3のスパッタリングターゲットにおいて、金属マトリックス相を構成する合金元素のCo、Cr、Pt及び当該マトリックス中に分散するSiO_(2)、Cr酸化物(Cr_(2)O_(3))の比抵抗(=体積固有抵抗)が、いずれも3.5×10^(16)Ω・cm以下であること(摘示5-A,6-A)は、本件特許の出願時において技術常識であったと認められる。
してみると、本件発明3のスパッタリングターゲットの比抵抗が3.5×10^(16)Ω・cm以下であることは、実施例において測定がなされていなくとも、当業者には自明なことである。
したがって、上記主張はいずれも採用できない。

5.まとめ

以上のとおりであるから、無効理由3-2,3-3,4-2には理由がある。

第8.無効理由1,2について

1.引用発明の認定

甲1には、従来から知られているシリカ:2?15質量%、Cr:3?20質量%、Pt:15?45質量%を含有し、残部:Coからなる組成を有するターゲット(摘示1-B)、すなわち、CrおよびPtを含むCo基焼結合金相と素地中に分散する10μm以下の極めて細かい組織をもったシリカ相の混合相を有する複合ターゲット(摘示1-A)に、酸化クロムを微量添加して製造されたスパッタリングターゲット(摘示1-B,1-D)の実施形態である「比較ターゲット2」及び「本発明ターゲット9」(摘示1-E)として、次の発明がそれぞれ記載されていると認められる。

「Co基焼結合金相と素地中に分散する5.8質量%のシリカ相の混合相を有する複合ターゲットであって、前記混合相を構成する成分以外に、0.90質量%の酸化クロムを含有し、前記シリカ相が10μm以下の極めて細かい組織であるスパッタリングターゲット。」(以下、「引用発明1」という。)

「Co基焼結合金相と素地中に分散する6.1質量%のシリカ相の混合相を有する複合ターゲットであって、前記混合相を構成する成分以外に、0.49質量%の酸化クロムを含有し、前記シリカ相が10μm以下の極めて細かい組織であるスパッタリングターゲット。」(以下、「引用発明2」という。)

2.無効理由1(同「ア(ア)?(エ)」)

(1)発明の対比

本件発明1と引用発明1とを対比する。
引用発明1の「Co基焼結合金相」「素地中に分散するシリカ相」「酸化クロム」は、それぞれ本件発明1の「Coを含有する金属マトリックス相」「SiO_(2)を含有し、粒子を形成して分散して存在する酸化物の相」「Cr酸化物」に相当するから、本件発明1のうち、
「Coを含有する金属マトリックス相と、SiO_(2)を含有し、粒子を形成して分散して存在する酸化物の相(以下、「酸化物相」という。)から構成されるスパッタリングターゲットであって、前記金属マトリックス相及び酸化物相を構成する成分以外に、Cr酸化物を含有する、Co合金相に酸化物相を分散させたスパッタリングターゲット。」の点は、引用発明1と一致し、次の点で両者は相違する。

相違点1:本件発明1の酸化物相が、6?14mol%であるのに対し、引用発明1のシリカ相は、5.8質量%である点。

相違点2:本件発明1のCr酸化物が、酸化物相内又はその表面に点在する0.3mol%以上、1.0mol%未満のものであるのに対し、引用発明1の酸化クロムは、0.90質量%のものである点。

相違点3:本件発明1の酸化物相の各粒子の平均面積が2.0μm^(2)以下であるのに対し、引用発明1のシリカ相が10μm以下の極めて細かい組織である点。

(2)相違点の判断

相違点1について
引用発明1のシリカ相5.8質量%は、各成分の式量を基にモル換算すると7.69mol%となるから、相違点1は実質的な差異ではない。

相違点2について
引用発明1の酸化クロム0.90質量%は、モル換算すると0.47mol%となるから、この酸化クロムが、シリカ相内又はその表面に点在しているか否かについて検討する。
甲1には、引用発明1が、SiO_(2)粉末およびCr_(2)O_(3)粉末をCo粉末等と同時にボールミルで混合して製造されること(摘示1-D)と共に、粒界に析出した酸化クロムが、同じく粒界に分散するシリカ粒子と合金結晶粒との接着性を高めること(摘示1-C)が記載されている。
しかしながら、上記「第7.2.(6)」にて検討したように、これらの記載は、酸化クロムがシリカ粒子と同様に粒界に分散して析出することから、シリカ粒子と合金結晶粒との接着性に関与する可能性を示唆したものにすぎず、酸化クロムの全てがシリカ粒子に接して析出することを記載したものではないから、0.47mol%の酸化クロムを含む引用発明1において、0.3mol%以上の酸化クロムがシリカ相内又はその表面に点在していることを、これらの記載から確認することはできない。
そして、引用発明1において、0.3mol%以上の酸化クロムをシリカ相内又はその表面に点在させることについて、甲2?4に記載や示唆はない(摘示2-A?2-D,3-A,4-A)。
してみると、相違点3について検討するまでもなく、引用発明1において相違点2を解消することが、当業者にとって容易になし得たことではない。

3.無効理由2(同「イ(ア)?(エ)」)

(1)発明の対比

本件発明1と引用発明2とを対比すると、一致点においては、引用発明1と同様であり、次の点で両者は相違する。

相違点1:本件発明1の酸化物相が、6?14mol%であるのに対し、引用発明2のシリカ相は、6.1質量%である点。

相違点2:本件発明1のCr酸化物が、酸化物相内又はその表面に点在する0.3mol%以上、1.0mol%未満のものであるのに対し、引用発明2の酸化クロムは、0.49質量%のものである点。

相違点3:本件発明1の酸化物相の各粒子の平均面積が2.0μm^(2)以下であるのに対し、引用発明2のシリカ相が10μm以下の極めて細かい組織である点。

(2)相違点の判断

相違点1について
引用発明2のシリカ相6.1質量%は、モル換算すると8.10mol%となるから、相違点1は実質的な差異ではない。

相違点2について
引用発明2の酸化クロム0.49質量%は、モル換算すると0.26mol%となるから、量において本件発明1と相違する。
そして、甲1には、酸化クロムを0.5質量%を越えて含有させることが好ましくない(摘示1-C)と記載されているから、引用発明2において、酸化クロムの含有量を0.3mol%以上とすることには阻害要因があり、甲2?4にこれを覆すに足る記載はない。
してみると、相違点3について検討するまでもなく、引用発明2において相違点2を解消することが、当業者にとって容易になし得たことではない。

4.まとめ

以上のとおりであるから、本件発明1は、甲1及び甲2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。本件発明1の発明特定事項を全て含む本件発明2?4も同様である。
したがって、無効理由1,2には理由がない。

第9.むすび

以上のとおり、本件発明1?4の特許は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、また、特許請求の範囲の記載が、同条第6項第1号の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものでもあるから、同法第123条第1項第4号の規定に該当し、無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、被請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-06-07 
結審通知日 2016-06-09 
審決日 2016-06-21 
出願番号 特願2011-513558(P2011-513558)
審決分類 P 1 113・ 537- Z (C23C)
P 1 113・ 536- Z (C23C)
最終処分 成立  
前審関与審査官 浅野 裕之岡田 隆介  
特許庁審判長 新居田 知生
特許庁審判官 萩原 周治
大橋 賢一
登録日 2011-10-07 
登録番号 特許第4837801号(P4837801)
発明の名称 Co若しくはCo合金相に酸化物相を分散させたスパッタリングターゲット  
代理人 森下 梓  
代理人 鈴木 修  
代理人 高橋 雄一郎  
代理人 大平 茂  
代理人 大西 千尋  
代理人 望月 尚子  
代理人 磯田 直也  
代理人 松山 美奈子  

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