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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) B32B |
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管理番号 | 1317927 |
審判番号 | 不服2014-2099 |
総通号数 | 201 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2016-09-30 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2014-02-04 |
確定日 | 2016-08-10 |
事件の表示 | 特願2009-505432「閉じ込められた層の製造方法、およびそれを使用して製造されたデバイス」拒絶査定不服審判事件〔平成19年10月25日国際公開、WO2007/120654、平成21年9月17日国内公表、特表2009-533251〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1.手続の経緯 本願は、平成19年4月10日(パリ条約に基づく優先権主張外国庁受理2006年4月10日、アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、平成25年9月30日付けで拒絶査定がなされ、これに対し、平成26年2月4日付けで拒絶査定不服審判の請求がなされ、同時に同日付けの手続補正がなされた。その後、当審から平成26年10月27日付け、平成27年2月16日付け、及び平成27年9月30日付けで、拒絶理由通知、審尋、及び拒絶理由通知がなされ、平成28年1月6日付けで特許請求の範囲を対象とする手続補正がなされると共に意見書が提出されたものである。 第2.本願発明 平成28年1月6日付けで補正された特許請求の範囲、明細書及び図面の記載から見て、本願の請求項1ないし7に係る発明は、請求項1ないし7に記載された事項によって特定されるとおりの発明と認める。その請求項1の記載は、次のとおりである。(以下、請求項1に係る発明を「本願発明」という。) 《本願発明》 閉じ込められた第2の層を第1の層の上に形成する方法であって、 第1の表面エネルギーを有する前記第1の層を形成するステップと、 前記第1の層上に、エーテルセグメントおよびフルオロエーテルセグメントを含むマクロモノマーの主鎖を有する化合物から選択されるフッ素化マクロモノマーよりなる群から選択される反応性界面活性組成物をコーティングして、前記第1の表面エネルギーよりも低い第2の表面エネルギーを有するコーティング層を形成するステップと、 前記コーティング層を放射線に露光するステップであって、前記放射線がパターンで適用され、前記反応性界面活性組成物の暴露領域および非暴露領域を形成するステップと、 反応性界面活性組成物の暴露領域または非暴露領域のいずれかの反応性界面活性組成物を除去するステップと、 前記除去ステップで反応性界面活性組成物が除去された領域に第2の層を形成するステップと を含むことを特徴とする方法。 第3.当審拒絶理由の概要 当審が平成27年9月30日付けで通知した拒絶理由(以下、「当審拒絶理由」という。)のうち、本願発明1に係る拒絶の理由の概要は、次のとおりである。 《当審拒絶理由》 この出願の請求項1?7に係る発明は、その出願前日本国内において頒布された、次の《引用刊行物一覧》の刊行物に記載された発明に基づいて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 《引用刊行物一覧》 刊行物1.特開2005-93751号公報 刊行物2.特開2005-350484号公報 刊行物3.特開2005-179613号公報 ……… 刊行物5.特開2004-234901号公報 ……… 第4.引用刊行物の記載事項 1.刊行物1の記載事項 刊行物1(特開2005-93751号公報)には、「パターニング用基板の製造方法およびパターニング用基板」の発明に関し、次の事項が記載されている。 (ア)段落0001?0005 【技術分野】 【0001】 濡れ性の違いを利用して、パターンを形成することが可能なパターニング用基板の製造方法に関するものである。 【背景技術】 【0002】 一般的に、パターニング用基板の製造方法は、親液性隔壁形成後、隔壁表面を撥液化処理する方法と、撥液性隔壁形成後、パターン形成部の親液化処理を行なう方法の2つに大別することができる。前者の方法としては、特許文献1に記載されているようにフッ素原子を含有するガスを導入してプラズマ照射を行なう方法や、後者の方法としては、特許文献2に記載されているように撥液性隔壁に保護膜を設けて、UV照射や酸素プラズマ処理等の親液化処理を行なう方法、または、特許文献3に記載されているように、全面にUV照射を行ない、凸部を撥液性、凹部を親液性にする方法がある。 【0003】 しかしながら、上述した特許文献1に開示された方法では、フッ素ガスによる撥液化処理は、有機物すべてに付着するため、絶縁層を形成する材料の選択の幅が狭くなるといった問題があり、特許文献2に記載された発明では、保護膜を形成する工程が追加される為、生産性が悪いといった問題があった。また特許文献3では、凹部を親液化する際に、凸部も親液化され凸部の撥液性が低下するおそれがあった。 ……… 【0005】 本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、流動性の塗工液を基板表面にパターン状に形成する際に、所定の領域外に塗工液が濡れ広がることなく精度良くパターンを形成することを可能とするパターニング用基板の製造方法およびパターニング用基板を提供することを主目的とするものである。 (イ)段落0006?0008 【課題を解決するための手段】 【0006】 本発明は、上記目的を達成するために、基板と、上記基板上にパターン状に形成され、上記基板よりも液体との接触角が高い撥液性層とを有するパターニング用基板の製造方法であって、基板上に、上記基板よりも液体との接触角が高い撥液性層を形成する撥液性層形成用塗工液を塗布し、パターン状に撥液性層を形成する撥液性層形成工程と、上記パターン状に形成された撥液性層を有する基板に対して、その全面に除去処理を施す除去工程と、液体との接触角を高める接触角回復処理を、上記除去工程後の上記パターン状に形成された撥液性層を有する基板に対して施すことにより、上記撥液性層の液体との接触角を、上記除去工程後よりも高くする接触角回復処理工程とを有することを特徴とするパターニング用基板の製造方法を提供する。 【0007】 除去処理を施すと、異物等の残渣を除去することができるため、除去処理が施された領域においては、液体との接触角が低下する方向に変化し、親液化される。したがって、上記除去工程後は、撥液性層が形成されていない領域は親液性が高まり、また、撥液性層においては、その撥液性が低下する。しかしながら、除去工程後に接触角回復処理工程を行うことにより、撥液性層において、除去処理により一度低下した撥液性を、所望の程度まで再び高めることができる。よって、予め形成された撥液性層のパターンに応じて、基板上に明確な濡れ性の違いによるパターンが精度良く形成されたパターニング用基板を簡便な工程で容易に製造することができる。 【0008】 さらに本発明においては、上記接触角回復処理は、加熱処理であることが好ましい。特に煩雑な手間を要せず、簡便な方法で、十分に撥液性を回復させることができるからである。 (ウ)段落0022?0026 【0022】 (1)撥液性層形成工程 まず、本実施態様における撥液性層形成工程について説明する。本実施態様における撥液性層形成工程は、基板上に、前記基板よりも液体との接触角が高い撥液性層を形成する撥液性層形成用塗工液を塗布し、パターン状に撥液性層を形成する工程である。 【0023】 本工程により撥液性層のパターニングを行う。このような本工程において、撥液性層のパターニングの方法は、所望の形状に精度良く撥液性層をパターン状に形成することが可能な方法であれば特に限定はされない。具体的には、感光性樹脂を用いたフォトリソグラフィー法、グラビア印刷法、フレキソ印刷法、オフセット印刷法、スクリーン印刷法、熱転写法、レーザ転写法等を挙げることができる。 【0024】 また、本工程において、基板上に塗布する撥液性層形成用塗工液としては、後述する基板が有する液体との接触角よりも、高い液体との接触角を有する撥液性層を形成することが可能な塗工液であれば特に限定はされない。具体的には、適切な溶媒に、撥液性を有する材料が溶解したものを挙げることができる。例えば、撥液性を有する材料としては、樹脂材料自体が撥液性を有するものである場合と、樹脂材料に添加剤を付与して撥液性を付与する場合とがある。 【0025】 まず、樹脂材料自体が撥液性を有する場合に、撥液性層を形成する材料としては、ポリテトラフルオロエチレンや、フルオロ脂肪族基を含むアクリレートまたはメタクリレートおよびフッ素を含まないアクリレートまたはメタクリレートの共重合体等の含フッ素高分子化合物を挙げることができる。上記フルオロ脂肪族基を含むメタクリレートモノマーとしては……。さらに、フルオロ脂肪族基を含むアクリレートモノマーとしては……1H,1H,9H-ヘキサデカフルオロノニルアクリレート、1H,1H,11H-イコサフルオロデシルアクリレート……等を挙げることができる。…… 【0026】 なお、上述した含フッ素高分子化合物とフッ素を含有しない一般の高分子材料とを共重合させた共重合体を用いて撥液性層を形成することも可能である。 (エ)段落0058?0060 【0058】 (EL素子の製造方法) 本発明におけるEL素子の製造方法は、少なくとも電極層を有する基板上に、前記電極層よりも液体との接触角が高い撥液性層を形成する撥液性層形成用塗工液を塗布し、パターン状に撥液性層を形成する撥液性層形成工程と、前記パターン状に形成された撥液性層を有する基板に対して、その全面に除去処理を施す除去工程と、液体との接触角を高める接触角回復処理を、前記除去工程後の前記パターン状に形成された撥液性層を有する基板に対して施すことにより、前記撥液性層の液体との接触角を、前記除去工程後よりも高くする接触角回復処理工程と、前記電極層上に、ノズル吐出法により有機EL層形成用塗工液を吐出して塗布することにより、有機EL層をパターン状に形成する工程とを有することを特徴とするものである。 【0059】 本発明におけるEL素子の製造方法の一例については、上述した図1に示す。EL素子の製造方法においても、上述したパターニング用基板の製造方法と同様に、図1(a)に示すように、電極層2が形成された基板1上に撥液性層を形成する撥液性層形成用塗工液を塗布し撥液成膜3を成膜した後、図1(b)に示すように、マスク4を用いて紫外線5をパターン状に照射し、現像、洗浄等を行うことにより、撥液性層3’をパターン状に形成する(図1(c)参照)。撥液性層3’をパターン状に形成した後、図1(d)に示すように、基板1全面に対して除去処理6を施す。次に、図1(e)に示すように、加熱処理7を施す。本発明においては、加熱処理7を施すことにより、上記除去処理6により一度低下した撥液性層3’の撥液性を、所定の程度まで再び高めることができる(図1(f)参照)。これにより、電極層2と撥液性層3’との濡れ性の違いによるパターンが精度良く形成されたパターニング用基板を得る。EL素子の製造方法においては、次いで、撥液性膜3が除去され、親液性を有する電極層2上の領域aに、発光層を形成するための発光層形成用塗工液を、インクジェット装置により、吐出することにより塗布する。この発光層形成用塗工液を固化させることにより、所定の位置に発光層を形成し、さらに、対向電極層等を形成することによりEL素子を作製することができる。 【0060】 本発明においては、上述したパターニング用基板の製造方法により製造されたパターニング用基板を用いてEL素子を製造していることから、発光層等の有機EL層を形成する際に、所定の領域以外に塗工液が濡れ広がることが防止され、均一にムラ無く、発光層等を精度良く形成することができる。 2.引用発明 (1)刊行物1の段落0059に記載の電極層2が、所定の表面エネルギーを有することは自明である。段落0058の「電極層よりも液体との接触角が高い撥液性層を形成する撥液性層形成用塗工液を塗布し、パターン状に撥液性層を形成する撥液性層形成工程」との記載、及び段落0059の「撥液性層3’」との記載などから、「撥液成膜3」及び「撥液性層3’」が「電極層2」より「液体との接触角が高い」こと、すなわち、「撥液成膜3」及び「撥液性層3’」が「電極層2」より「低い表面エネルギーを有する」ことが自明である。「電極層2」の表面エネルギーと「撥液成膜3」の表面エネルギーとが異なるので、それぞれを「第1の表面エネルギー」及び「第2の表面エネルギー」ということができる。 段落0001、0002、0059の記載から見て、発光層は、電極層2上の撥液性膜3が除去された電極層2上に、撥液性層3’によって個々に隔離されたパターン状に形成されることが了知できる。 段落0023、0059の記載から見て、段落0059の「撥液成膜3」は、紫外線5を照射することにより反応する感光性樹脂であることが明らかである。 (2)上記刊行物1の記載事項、図1(a)?(f)の記載事項及び上記(1)で指摘した技術的事項から見て、刊行物1に開示された技術的事項を、本願発明に照らして整理すると、刊行物1には次の発明が記載されているといえる。(以下、「引用発明」という。) 《引用発明》 a.電極層2の上に、個々に隔離されたパターン状の発光層を形成する方法であって、 b.第1の表面エネルギーを有する前記電極層2を形成するステップと、 c.前記電極層2上に、含フッ素高分子化合物を含む感光性樹脂を含有する撥液性層形成用塗工液を塗布して、前記第1の表面エネルギーよりも低い第2の表面エネルギーを有する撥液成膜3を形成するステップと、 d.前記撥液成膜3に紫外線5をパターン状に照射するステップと、 e.前記紫外線5をパターン状に照射した前記撥液成膜3に、現像、洗浄等を行うことにより、撥液性層3’をパターン状に形成するステップと、 f.前記撥液性膜3が除去され、親液性を有する電極層2上の領域aに、発光層を形成するステップと h.を含む方法。 第5.当審の判断 1.対比、一致点及び相違点 (1)本願発明と引用発明の対比 ア.本願明細書段落0004?0006の「電子デバイスの種類の1つに有機発光ダイオード(OLED(当審注:日本では「有機EL」と呼ぶことが一般的である。))がある。……。フルカラーOLEDの製造における現在の研究は、費用対効果が大きく高生産性であるカラーピクセル製造方法の開発に向けられている。……。たとえば、フルカラー画像を表示するために、各表示ピクセルが3つのサブピクセルに分解され、そのそれぞれがディスプレイの三原色の赤、緑、および青の1つを発する。このようなフルカラーピクセルの3つのサブピクセルへの分割の結果、液体着色材料(すなわちインク)の拡散および色の混合を防止するために現行方法を修正する必要が生じた。……。インクを閉じ込めるためのいくつかの方法が文献に記載されている。これらは閉じ込め構造、表面張力の不連続性、およびこれら両方の組み合わせに基づいている。閉じ込め構造は、ピクセルのウェル、バンクなどの拡散の幾何学的な障害物である。」との記載や、当審拒絶理由が引用した刊行物5(特開2004-234901号公報)の要約、図1、図2及びそれらの説明などに例示された周知の技術的事項から見て、本願発明の「閉じ込められた第2の層を第1の層の上に形成する」とは、下側の層である「第1の層(刊行物5では正孔注入層3)」の上に、個々に隔離されたパターン状の「第2の層(刊行物5では発光層4)」を形成することを意味していることが明らかである。 すると、引用発明の構成aの「電極層2」及び「個々に隔離されたパターン状の発光層」は、それぞれ本願発明の「第1の層」及び「閉じ込められた第2の層」に相当する。 イ.引用発明の構成bの「第1の表面エネルギーを有する前記電極層2を形成するステップ」は、本願発明の「第1の表面エネルギーを有する前記第1の層を形成するステップ」に相当する。 引用発明の構成cの「含フッ素高分子化合物を含む感光性樹脂を含有する撥液性層形成用塗工液」と、本願発明の「エーテルセグメントおよびフルオロエーテルセグメントを含むマクロモノマーの主鎖を有する化合物から選択されるフッ素化マクロモノマーよりなる群から選択される反応性界面活性組成物」とは、「含フッ素高分子化合物を含む反応性界面活性組成物」である限りにおいて一致する。 引用発明の構成cの「塗布」及び「撥液成膜3」は、それぞれ本願発明の「コーティング」及び「コーティング層」に相当する。 ウ.「紫外線5をパターン状に照射する」と「暴露領域および非暴露領域」が形成されることは自明である。すると、引用発明の構成dの「前記撥液成膜3に紫外線5をパターン状に照射するステップ」は、本願発明の「前記コーティング層を放射線に露光するステップであって、前記放射線がパターンで適用され、前記反応性界面活性組成物の暴露領域および非暴露領域を形成するステップ」に相当する。 引用発明の構成eの「前記紫外線5をパターン状に照射した前記撥液成膜3に、現像、洗浄等を行うことにより、撥液性層3’をパターン状に形成するステップ」は、本願発明の「反応性界面活性組成物の暴露領域または非暴露領域のいずれかの反応性界面活性組成物を除去するステップ」に相当する。 引用発明の構成fの「前記撥液性膜3が除去され、親液性を有する電極層2上の領域aに、発光層を形成するステップ」は、本願発明の「前記除去ステップで反応性界面活性組成物が除去された領域に第2の層を形成するステップ」に相当する。 (2)一致点及び相違点 上記対比の結果をまとめると、本願発明と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。 《一致点》 A.閉じ込められた第2の層を第1の層の上に形成する方法であって、 B.第1の表面エネルギーを有する前記第1の層を形成するステップと、 C’.前記第1の層上に、含フッ素高分子化合物を含む反応性界面活性組成物をコーティングして、前記第1の表面エネルギーよりも低い第2の表面エネルギーを有するコーティング層を形成するステップと、 D.前記コーティング層を放射線に露光するステップであって、前記放射線がパターンで適用され、前記反応性界面活性組成物の暴露領域および非暴露領域を形成するステップと、 E.反応性界面活性組成物の暴露領域または非暴露領域のいずれかの反応性界面活性組成物を除去するステップと、 F.前記除去ステップで反応性界面活性組成物が除去された領域に第2の層を形成するステップと G.を含む方法。 《相違点》 本願発明は、コーティング層を形成するための「反応性界面活性組成物」が、「エーテルセグメントおよびフルオロエーテルセグメントを含むマクロモノマーの主鎖を有する化合物から選択されるフッ素化マクロモノマーよりなる群から選択される」ものであるのに対し、 引用発明は、「反応性界面活性組成物(含フッ素高分子化合物を含む感光性樹脂を含有する撥液性層形成用塗工液)」が、「エーテルセグメントおよびフルオロエーテルセグメントを含むマクロモノマーの主鎖を有する化合物から選択されるフッ素化マクロモノマーよりなる群から選択される」ものであるとは特定していない点。 2.相違点の検討 (1)当審の判断 ア.本願明細書等において、「第1の表面エネルギーよりも低い第2の表面エネルギーを有するコーティング層を形成する」ための「反応性界面活性組成物」として開示された具体的な物質は、「ゾニル(Zonyl)8857A」、「ゾニル(Zonyl)TA-N」及び「アクリル酸3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,10,10,11,11,12,12,12-ヘンエイコサフルオロドデシル(H_(2)C=CHCO_(2)CH_(2)CH_(2)(CF_(2))_(9)CF_(3))」(段落0052、0121参照)というフッ素を含有する「エステル」モノマー又は「アクリレート」モノマーのみである。(なお、上記第4の1(ウ)に摘記するように、刊行物1の段落0025にはフッ素を含有する「含フッ素高分子化合物」の具体例として種々の「アクリレート」モノマーが記載されている。) 本願発明が規定する「エーテルセグメントおよびフルオロエーテルセグメントを含むマクロモノマーの主鎖を有する化合物から選択されるフッ素化マクロモノマーよりなる群から選択される反応性界面活性組成物」については、本願明細書の段落0053に「ある実施形態においては、マクロモノマーの主鎖が、エーテルセグメントおよびパーフルオロエーテルセグメントを含む。ある実施形態においては、マクロモノマーの主鎖が、アルキルセグメントおよびパーフルオロアルキルセグメントを含む。ある実施形態においては、マクロモノマーの主鎖が、部分フッ素化アルキルセグメントまたは部分フッ素化エーテルセグメントを含む。」と記載されているにすぎない。これらマクロモノマーのうち、本願発明に利用可能な物質が具体的に何であるかは開示されていないし、「フッ素化エーテルセグメントを含むフッ素化マクロモノマー」を用いて「第2の表面エネルギーを有するコーティング層を形成」した実験結果も示されていない。すなわち、本願明細書等には、これら「エーテルセグメントおよびフルオロエーテルセグメントを含むマクロモノマーの主鎖を有する化合物」によって、「第1の表面エネルギーよりも低い第2の表面エネルギーを有するコーティング層を形成できる」旨の開示がされているにとどまり、例えば、その「コーティング層」が、従来技術(本願の優先権主張日時点における公知技術)に比べて、格別顕著な作用効果を実現したことなどは実証されていない。これらのことから、本願明細書等には、前記「……形成できる」こと以上の技術的思想は、開示されていないことが明らかである。 そうすると、本願発明は、「閉じ込められた第2の層を第1の層の上に形成する方法」において、第1の表面エネルギーよりも低い第2の表面エネルギーを有する層を形成する組成物として「エーテルセグメントおよびフルオロエーテルセグメントを含むマクロモノマーの主鎖を有する化合物から選択されるフッ素化マクロモノマーよりなる群から選択される反応性界面活性組成物」が利用可能であるとの技術的思想にすぎないといえる。 イ.ガラス、金属等の物質は、一般的に水との接触角が小さく(すなわち表面エネルギーが大きく、親水性であり)、水に濡れる性質を有すること、ポリエチレン等の一般的に広く用いられる合成樹脂では、ガラスや金属等に比べると水との接触角が大きいが、接触角は90°以下であり、通常「撥水性」とは呼ばれないこと、含フッ素高分子化合物等は、水との接触角が特に大きく(すなわち表面エネルギーが特に小さく)、接触角が90°を超えるため、一般的に「撥水性」と呼ばれることが、電子デバイスの技術分野を含め、一般的に周知の技術的事項である。 (例えば、http://takahara.ifoc.kyushu-u.ac.jp/講義資料/表面化学2/2009-3.pdfの14頁の「物質」に対する「水の接触角」が示された表、同18頁の「液滴の形状と接触角の大きさ」の説明や、http://www.iri.pref.niigata.jp/25new49.htmlの説明、http://www.fia-sims.com/p40-interface-science.htmlの「親水性/撥水性の区分は相対的なものですが,接触角が90°以下か90°以上かということによって親水性/撥水性が区分されることもあります。さらに接触角が5°以下で超親水性,150°?160°以上になると超撥水性といわれることもあります。」との説明、刊行物2の段落0306や刊行物3の段落0080を参照。) また、紫外線等によって硬化する組成物を塗布し、紫外線等をパターン状に照射し、現像、洗浄等を行うことにより、当該組成物の層をパターン状に形成できることは、電子デバイスの技術分野において周知の技術的事項である。 さらに、「エーテルセグメントおよびフルオロエーテルセグメントを含むマクロモノマーの主鎖を有する化合物」である「フッ素化マクロモノマー」よりなる「反応性界面活性組成物」が、例えば、刊行物2(特開2005-350484号公報)の請求項1、刊行物3(特開2005-179613号公報)の請求項1などに記載されており、周知の技術的事項である。 そして、化学物質を利用する技術分野においては、性能向上、コスト削減等のため、同様の機能を有する物質について置換試験等を行うことは、当業者が通常の創作能力の範囲内で日々行っている、日常的な開発活動である。 ウ.そうすると、引用発明の「反応性界面活性組成物(含フッ素高分子化合物を含む感光性樹脂を含有する撥液性層形成用塗工液)」として、刊行物2、3に例示された上記周知の「エーテルセグメントおよびフルオロエーテルセグメントを含むマクロモノマーの主鎖を有する化合物」である「フッ素化マクロモノマー」よりなる「反応性界面活性組成物」を採用し、相違点に係る本願発明の構成とすること、換言すれば、引用発明の「反応性界面活性組成物」として、前記周知の「フッ素化マクロモノマーよりなる反応性界面活性組成物」を利用するという技術的思想を得ることは、当業者が日常的な開発活動において直ちになし得たことである。しかも、本願発明が奏する効果も、引用発明及び周知の技術的事項から当業者が予測できたものであって、格別顕著なものとはいえない。 したがって、本願発明は、引用発明及び周知の技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許を受けることができないものである。 (2)請求人の主張について ア.請求人は、平成28年1月6日付け意見書の(3)(A)(d)項「審判官の認定について」において、大要、次の(ア)?(エ)の主張を行っている。 (ア)審判官は、『化学物質を利用する技術分野においては、性能向上、コスト削減等のため、同様の機能を有する物質について置換試験等を行うことは、当業者が通常の創作能力の範囲内で行うことである。したがって、紫外線に反応して硬化し、表面エネルギーが低い表面を形成する化学物質として……周知の「エーテル基とフッ素基を有するマクロモノマー」を採用することは、当業者が容易に推考し得たことである。』と認定した。 しかし、刊行物2及び3に開示された材料は、必ず、紫外線と反応し、硬化してその表面エネルギーを低下させるものではない。紫外線に反応し硬化して得られる被膜は、その表面のエネルギーが増加する、低下する、又は変化しない場合があり、エーテル基とフッ素基を有するマクロモノマーであれば、必ず表面エネルギーが低下するというものではない。このことは当業者にとっての技術常識である。 (イ)また、刊行物2及び3に開示されたエーテル基及びフッ素基を有するモノマーが、紫外線に反応して硬化することはあったとしても、この事実が、この硬化された層の下の層と比較して表面エネルギーが低い表面を形成することまで開示乃至示唆するものではない。このように、刊行物2及び3に本願発明で使用する「エーテルセグメントおよびフルオロエーテルセグメントを含むマクロモノマーの主鎖を有する化合物から選択されるフッ素化マクロモノマー」に対応する化合物が記載されているとしても、その事実のみから、刊行物1に記載の材料に代えて「エーテル基とフッ素基を有するマクロモノマー」を採用することに想到できるものではなく、引用発明の「反応性界面活性組成物」と共通の作用効果を奏することはない。 (ウ)刊行物2及び3に記載の材料は、刊行物1に開示されているような化学的閉じ込めを行う撥液性層を形成するためのものではなく、反射防止膜、ハードコート層等の層に用いるものである。従って、刊行物2及び3に記載の発明では、反射防止膜又はハードコート層の下層に存在する層と比較して、表面エネルギーが低いコーティング層を実現するための本願発明のマクロモノマーを含む「反応性界面活性組成物」を想起させるものではない。刊行物2及び3は、単に反射防止膜又はハードコート層自身の表面の撥水・撥油性を記載しているに過ぎず、本願発明のような反応性界面活性組成物の層と、この層の下の層との間の表面エネルギーの関係を何ら開示も示唆もするものではない。そして、ある特定の層の表面エネルギー(撥水又は撥油性)が低いことと、特定の二層間の表面エネルギーの関係を導くことは、全く異なる技術事項であるから、刊行物2及び3の記載から、本願発明のように表面エネルギーの差を設けることは、容易に想起することはできず、また、単なる設計事項にも当たらない。 (エ)刊行物2では、含フッ素ポリマーにより形成された反射防止膜は、低い接触角を有するものであり(段落0306)、本願発明のように、第1の層に対して、高い接触角を有するコーティング層(反応性界面活性組成物の層)を形成すること(例えば実施例等参照)は開示も示唆もしていない。 加えて、刊行物2及び3のような反射防止膜又はハードコート層は、有機ELデバイスのような表示素子では、表示素子全体を覆うか、或いは、少なくとも各画素(各ピクセル)の領域を覆うものである。そうでなければこれらの膜の機能が果たせないからである。従って、反射防止膜又はハードコート層は、技術的に有機ELデバイスの各画素の形成時に画素の所定領域に対応する部分を除去するような概念の層ではない。 このような点からも、刊行物2及び3の材料を、刊行物1に記載の方法に適用するという着想は、例え当業者であっても容易に想起できるものではない。 イ.しかしながら、請求人の主張はいずれも失当であるから、採用することができない。 (ア)請求人の主張(ア)について 請求人の主張(ア)から見て、請求人は、当審拒絶理由の「紫外線に反応して硬化し、表面エネルギーが低い表面を形成する化学物質」との文言を、「紫外線と反応し硬化することにより、硬化反応前の状態よりもその表面エネルギーを低下させる化学物質」と解しているものと推認される。しかしながら、技術常識に鑑みれば、当審拒絶理由の上記文言は、「紫外線に反応して硬化する化学物質であって、硬化反応で形成された層の表面エネルギーが一般的な物質より低く、撥水性を有する表面を形成する化学物質」という意味であり、請求人が解しているような意味でないことは、当業者に明らかである。請求人の主張は、当審拒絶理由の文言を独自に解釈したことに基づく主張であり、失当であるから採用することができない。 (イ)請求人の主張(イ)について 上記(1)で述べたように、含フッ素高分子化合物は、ガラス、金属、一般的な合成樹脂等に比べて表面エネルギーが小さく、一般的に「撥水性」と呼ばれることが、周知の技術的事項である。 刊行物2の段落0306や刊行物3の段落0080には、これら文献に記載されている「エーテルセグメントおよびフルオロエーテルセグメントを含むマクロモノマーの主鎖を有する反応性界面活性組成物」が、撥水性であることが記載されているから、硬化された層の下の層と比較して表面エネルギーが低い表面を形成することを開示している、又は、少なくとも示唆しているといえる。 請求人の主張は、刊行物2、3の記載事項について、周知の技術的事項とは異なる請求人独自の解釈を行ったことに基づく主張であるから、採用することができない。 (ウ)請求人の主張(ウ)について 上記(1)アで述べたように、一般的に接触角が90°を超える場合を「撥水性」と呼ぶこと、一般的に広く用いられる合成樹脂では接触角が90°以下であることから、刊行物2及び3は、撥水性を有する反射防止膜又はハードコート層が、その下層に存在する層と比較して、表面エネルギーが低いコーティング層を実現していることを開示している、又は、少なくとも示唆しているといえる。「刊行物2及び3は、単に反射防止膜又はハードコート層自身の表面の撥水・撥油性を記載しているに過ぎず、本願発明のような反応性界面活性組成物の層と、この層の下の層との間の表面エネルギーの関係を何ら開示も示唆もするものではない。」との請求人の主張は、周知の技術的事項とは異なる請求人独自の解釈であるから、採用することができない。 (エ)請求人の主張(エ)について (エ-1)請求人が主張するとおり、刊行物2の段落0306には「本発明の反射防止膜は、フッ素含有率も高く、表面接触角も低く、それ自体、撥水性、非粘着性、防汚性を有しており」との記載があるが、この「表面接触角も低く」との記載は、誤記又は何らかの説明不足によって矛盾した記載となっているものと認められる。 上記(1)アで述べたように、フッ素含有率が高い樹脂層は、表面接触角が高いため「撥水性」を有することが、周知の技術的事項である。したがって、刊行物2の段落0306の「表面接触角も低く」との記載は、「表面接触角も大きく」の誤記であるか、あるいは、何らかの説明不足(例えば、「表面接触角も低く」との記載は、フッ素含有層とは異なる層についての記述であることを説明していない等)によって周知の技術的事項に矛盾した記載となっていることが、当業者に明らかである。「刊行物2の含フッ素ポリマーにより形成された反射防止膜は低い接触角を有するものである」との請求人の主張は、周知の技術的事項に反する請求人独自の解釈を行ったことに基づく主張であるから、採用することができない。 (エ-2)刊行物2、3の反射防止膜又はハードコート層は、請求人が主張するとおり、表示装置の基板や光情報媒体等の表面全面又はほぼ全面を覆うことを想定しているといえる。しかし、刊行物2、3の「エーテルセグメントおよびフルオロエーテルセグメントを含むマクロモノマーの主鎖を有する化合物」である「フッ素化マクロモノマー」よりなる「反応性界面活性組成物」は、紫外線等によって硬化する組成物である(刊行物2の段落0010、0280、刊行物3の段落0018、0117等)。上記(1)アで述べたように、紫外線等によって硬化する組成物を塗布し、紫外線等をパターン状に照射し、現像、洗浄等を行うことにより、当該組成物の層をパターン状に形成できることは、電子デバイスの技術分野において周知の技術的事項であるから、刊行物2、3の「エーテルセグメントおよびフルオロエーテルセグメントを含むマクロモノマーの主鎖を有する化合物」である「フッ素化マクロモノマー」よりなる「反応性界面活性組成物」を用いれば、紫外線等をパターン状に照射し、現像、洗浄等を行うことにより、撥液性層をパターン状に形成できることが当業者に明らかである。したがって、上記(1)イで述べたとおり、引用発明の「含フッ素高分子化合物を含む感光性樹脂」として、刊行物2又は3に例示された周知の「エーテルセグメントおよびフルオロエーテルセグメントを含むマクロモノマーの主鎖を有する化合物」である「フッ素化マクロモノマー」よりなる「反応性界面活性組成物」を採用することは、当業者が直ちに想起し得たことである。 「刊行物2及び3の材料を、刊行物1に記載の方法に適用するという着想は、例え当業者であっても容易に想起できるものではない」との請求人の主張は、採用することができない。 第6.むすび 以上のとおり、本願発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2016-03-09 |
結審通知日 | 2016-03-15 |
審決日 | 2016-03-29 |
出願番号 | 特願2009-505432(P2009-505432) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
WZ
(B32B)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 中山 佳美 |
特許庁審判長 |
渡邊 豊英 |
特許庁審判官 |
栗林 敏彦 熊倉 強 |
発明の名称 | 閉じ込められた層の製造方法、およびそれを使用して製造されたデバイス |
代理人 | 特許業務法人 谷・阿部特許事務所 |
復代理人 | 主代 静義 |