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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08J
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08J
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08J
管理番号 1318102
異議申立番号 異議2016-700538  
総通号数 201 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-09-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-06-09 
確定日 2016-08-29 
異議申立件数
事件の表示 特許第5832907号発明「ポリオレフィン微多孔膜の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5832907号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 第1 主な手続の経緯等
特許第5832907号(請求項の数は3。以下、「本件特許」という。)は、平成24年1月10日に出願された特許出願に係るものであって、平成27年11月6日に設定登録された。
特許異議申立人 津田裕(以下、単に「異議申立人」という。)は、平成28年6月9日、本件特許の請求項1ないし3に係る発明についての特許に対して特許異議の申立てをした。

第2 本件発明
本件特許の請求項1ないし3に係る発明(以下、「本件発明1」ないし「本件発明3」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
(a)少なくともポリオレフィン樹脂と可塑剤を含有する組成物を溶融混練し、ダイから押し出して膜状に成形する工程、(b)前記押出成形後、得られた膜を少なくとも1軸方向に延伸する工程、(c)前記延伸後、膜から前記可塑剤を溶剤で抽出することによって除去する工程、(d)前記抽出後、膜を乾燥させる工程を有するポリオレフィン微多孔膜の製造方法において、
前記(c)の抽出工程後、前記(d)の乾燥工程前に、溶剤の沸点より低温のロールに膜を密着させ、膜のロールへの密着を維持したまま、溶剤の沸点以上の温度のポリオレフィンと疎の液体を膜に接触させて加熱することによって前記(d)の膜を乾燥させる工程を行うことを特徴とするポリオレフィン微多孔膜の製造方法。
【請求項2】
ポリオレフィンと疎の液体が水であることを特徴とする請求項1に記載のポリオレフィン微多孔膜の製造方法。
【請求項3】
前記(d)の乾燥工程が、溶剤の沸点以上の温度のポリオレフィンと疎の液体を、膜の送りロールの反対側から接触させることによって膜を加熱することを特徴とする請求項1又は2に記載のポリオレフィン微多孔膜の製造方法。」

第3 申立理由の概要
異議申立人の主張は、概略、次のとおりである。

1 証拠として国際公開第2005/023919号(以下、「甲1」という。)及び特開2005-82651号公報(以下、「甲3」という。)という。)を提出し、本件発明1ないし3は、甲1又は甲3に記載された発明であるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない(以下、「取消理由1」という。)。

2 主たる証拠として甲1又は甲3、従たる証拠として甲2を提出し、本件発明1ないし3は、甲1又は甲3に記載された発明及び甲2に記載の技術事項並びに周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない(以下、「取消理由2」という。)。

3 本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明の記載は特許法36条4項1号に規定する要件に適合しない(以下、「取消理由3」という。なお、当該要件を「実施可能要件」という場合がある。)。

具体的には、本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明には、冷却ロールの温度条件以外の条件、例えば、温水の温度、吹き付ける量、ロールの温度のコントロール方法、ロール径、ロールの材質などの条件をどのように調整するかの記載がないから、本件発明の課題である「幅方向の厚みと空孔率が均一な微多孔膜を得る」には、相当の試行錯誤を要するから、発明の詳細な説明は本件発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない。

4 そして、上記取消理由1ないし3にはいずれも理由があるから、本件特許の請求項1ないし3に係る発明についての特許は、特許法113条2号及び4号に該当し、取り消されるべきものである。

第4 当合議体の判断
当合議体は、以下述べるように、取消理由1ないし3にはいずれも理由はないと解する。

1 甲1に基づく取消理由1及び2(新規性及び進歩性)について
(1) 甲1の記載及び甲1に記載された発明
甲1の段落[0008]、[0021]、[0027]、[0069]?[0073]、[0104]?[0106]の記載から、以下の甲1発明1が記載されているといえる。
<甲1発明1>
「(1)熱可塑性樹脂であるポリオレフィンに成膜用溶剤を添加した後、溶融混練し、熱可塑性樹脂溶液を調製する工程、(2)熱可塑性樹脂溶液をダイリップより押し出し、冷却してゲル状成形物を形成する工程、(3)洗浄用溶剤による成膜用溶剤除去工程、及び(4)得られた膜から洗浄用溶剤を除去する工程、(3)の工程の前に延伸工程を含み、前記洗浄用溶剤を除去する工程は、必要に応じて熱可塑性樹脂の結晶分散温度-5℃以下に加熱されたロールへのゲル状成形物の巻き掛け部分に洗浄用溶剤の沸点+3℃?熱可塑性樹脂の結晶分散温度-5℃以下に加熱された温水をシャワーして行うものである、ポリオレフィン樹脂微多孔膜の製造方法。」

また、甲1発明1の具体的な実施例5として、以下の甲1発明2が記載されているといえる。
<甲1発明2>
「質量平均分子量が2.0×10^(6)の超高分子量ポリエチレン(UHMWPE) 25質量%と質量平均分子量3.5×10^(5)の高密度ポリエチレン(HDPE) 75質量%とからなり、Mw/Mn=16であるポリエチレン (融点135℃、結晶分散温度90℃)に、酸化防止剤としてテトラキス[メチレン-3-(3、5-ジターシャリーブチル-4-ヒドロキシフェニル)-プロビオネート]メタンを組成物100質量部当たり0.375質量部加えたポリエチレン組成物を得、得られたポリエチレン組成物25質量部を二軸押出機(内径58mm、L/D=42、強混練タイプ)に投入し、この二軸押出機のサイドフィーダーから流動パラフィン75質量部を供給し、200℃及び200ppmの条件で溶融混練して、押出機中でポリエチレン溶液を調製し、続いて、このポリエチレン溶液を押出機の先端に設置されたTダイから、二軸延伸した時に厚さが40μm程度になるように押し出し、50℃に温調した冷却ロールで引き取りながら、ゲル状シートを形成し、得られたゲル状シートに対して、連続延伸機を用いて116℃で5×5倍になるように二軸延伸を行い、長さ600m及び幅0.4mの二軸延伸膜を作製し、得られた延伸膜は、2m/分の速度で連続式洗浄装置中を通過させることにより洗浄し、連続式洗浄装置としては、23℃に温調した塩化メチレンを含有する3つの第一洗浄槽及び23℃に温調したパーフルオロヘキサン[組成式:C_(6)F_(14)、品名:フロリナートHC-72、住友スリーエム(株)製、表面張力:12.0mN/m(25℃)、沸点:56℃、水への溶解度 :100ppm(質量基準)以下(25℃)]を含有する2つの第二洗浄槽(リンス槽)を有するものを用い、3つの第一洗浄槽における滞留時間はそれぞれ30秒とし、2つの第二洗浄槽における滞留時間はそれぞれ20秒とし、洗浄後の膜が含む洗浄用溶剤は、75℃の温水をシャワーすることにより除去し、槽中に直径10cmのロールを設置し、膜をロール上部のほぼ半周円分に接触させた状態で、ロールの軸線方向に配列した複数のノズルにより、ロール上方から走行する膜に5L/分の温水をシャワーし、膜と温水との接触時間は4秒として得られた膜に付着した水をエアースプレーで吹き飛ばし、更に122℃で60秒間熱固定したポリエチレン微多孔膜の製造方法。」

(2) 本件発明1と甲1発明1との対比
本件発明1と甲1発明1とを対比する。
甲1発明1の「成膜用溶剤」、「洗浄用溶剤」、「ゲル状成形物」、「温水」、「ポリオレフィン樹脂微多孔膜」は、それぞれ、本件発明1おける「可塑剤」、「溶剤」、「膜」、「溶剤の沸点以上の温度のポリオレフィンとは疎の液体」、「ポリオレフィン微多孔膜」に相当する。
甲1発明1の「(1)熱可塑性樹脂であるポリオレフィンに成膜用溶剤を添加した後、溶融混練し、熱可塑性樹脂溶液を調製する工程」及び「(2)熱可塑性樹脂溶液をダイリップより押し出し、冷却してゲル状成形物を形成する工程」を合わせた工程は、本件発明1における「(a)少なくともポリオレフィン樹脂と可塑剤を含有する組成物を溶融混練し、ダイから押し出して膜状に成形する工程」に相当する。
甲1発明1の「(3)の工程の前の延伸工程」は、本件発明1における「(b)前記押出成形後、得られた膜を少なくとも1軸方向に延伸する工程」に相当する。
甲1発明1の「(3)洗浄用溶剤による成膜用溶剤除去工程」は、本件発明1における「(c)前記延伸後、膜から前記可塑剤を溶剤で抽出することによって除去する工程」に相当する。
甲1発明1の「(4)得られた膜から洗浄用溶剤を除去する工程」である「必要に応じて熱可塑性樹脂の結晶分散温度-5℃以下に加熱されたロールへのゲル状成形物の巻き掛け部分に洗浄用溶剤の沸点+3℃?熱可塑性樹脂の結晶分散温度-5℃に加熱された加熱貧溶媒である水をシャワーして行う」工程は、本件発明1における「ロールに膜を密着させ、溶剤の沸点以上の温度のポリオレフィンと疎の液体を膜に接触させて加熱することによって戦記(d)の膜を乾燥させる工程」に相当する。そして、甲1発明1の「必要に応じて熱可塑性樹脂の結晶分散温度-5℃以下に加熱されたロールへのゲル状成形物の巻き掛け」は、「(3)洗浄用溶剤による成膜用溶剤除去工程」(抽出工程)後、乾燥工程前に行われている。
そうすると、本件発明1と甲1発明1とは、
「(a)少なくともポリオレフィン樹脂と可塑剤を含有する組成物を溶融混練し、ダイから押し出して膜状に成形する工程、(b)前記押出成形後、得られた膜を少なくとも1軸方向に延伸する工程、(c)前記延伸後、膜から前記可塑剤を溶剤で抽出することによって除去する工程、(d)前記抽出後、膜を乾燥させる工程を有するポリオレフィン微多孔膜の製造方法において、
前記(c)の抽出工程後、前記(d)の乾燥工程前に、ロールに膜を密着させ、溶剤の沸点以上の温度のポリオレフィンと疎の液体を膜に接触させて加熱することによって前記(d)の膜を乾燥させる工程を行う、ポリオレフィン微多孔膜の製造方法。」の点で一致し、以下の点で相違している。
<相違点1>
ポリオレフィンと疎の液体を膜に接触させて加熱することによって膜を乾燥させる工程において、本件発明1は「溶剤の沸点より低温のロールに膜を密着させ、膜のロールへの密着を維持したまま」と特定するのに対し、甲1発明1は、ロールに膜を密着させてはいるものの、「必要に応じて熱可塑性樹脂の結晶分散温度-5以下に加熱されたロール」を用い、「膜のロールへの密着を維持したまま」とは特定しない点。

以下、相違点1について検討する。
甲1発明1の「(4)得られた膜から洗浄用溶剤を除去する工程」で利用する「ロール」及び「温水」(ポリオレフィンと疎の液体)に関して、甲1には、以下の記載がある。
「温水の下限温度は、除去すべき洗浄用溶剤Aの沸点-5℃以上であるのが好ましく、沸点以上であるのがより好ましく沸点+3℃以上であるのが特に好ましい。温水の下限温度を、除去すべき洗浄用溶剤Aの沸点5℃以上にすることにより、迅速に洗浄用溶剤Aを除去できる。温水の上限温度は、熱可塑性樹脂の結晶分散温度以下であるのが好ましく結晶分散温度5℃以下であるのがより好ましい。温水の上限温度を結晶分散温度超にすると、樹脂が軟化する恐れがある。上記のように例えばポリエチレンの結晶分散温度は一般的に90℃である。熱可塑性樹脂の結晶分散温度が95℃以上である場合でも、温水から発生する水蒸気量を抑えるために、温水の温度を95℃以下にするのが好ましく85℃以下にするのがより好ましい。」(段落[0070])
「洗浄成形物を連続的に搬送しながら温水で処理する場合、ロールを使用し、洗浄成形物の巻き掛け部分にシャワーするか、少なくとも洗浄成形物の巻き掛け部分を温水に浸漬するのが好ましい。これらのような処理方法によりロールは温水により加熱され、洗浄成形物を迅速に加熱できるので、洗浄用溶剤Aの除去速度が一層速くなる。必要に応じてロールを内部から加熱してもよい。ロールの加熱温度は、熱可塑性樹脂の結晶分散温度以下であるのが好ましく結晶分散温度5℃以下であるのより好ましい。」(段落[0073])

これらの記載において「温水の望ましい温度は洗浄用溶剤の沸点-5℃以上」の記載はあるものの、甲1発明1の「ロール」は、必要に応じて熱可塑性樹脂の結晶分散温度(ポリエチレンの場合は一般的に90℃(甲1の段落[0070]))以下にロールを内部から加熱してもよく、加熱されていないとしても、温水によって加熱されるものであると認められる。
そうすると、甲1発明1における「ロール」は、実質的には洗浄溶剤の沸点以上の温度に加熱することのみが想定されているといえるから、ロールの温度を溶剤の沸点より低温に保つことで、「ロールに膜を密着させ、膜のロールへの密着を維持したまま」とすることが記載ないし示唆されているといえず、上記相違点1は、実質的な相違点である。
そして、異議申立人の提示したいずれの証拠にも、ロールに膜を密着させ、ポリオレフィンと疎の液体で加熱することで膜を乾燥させるものにおいて、ロールの温度を溶剤の沸点より低温とし、「ロールに膜を密着させ、膜のロールへの密着を維持したまま」とすることが開示・示唆されておらず、甲1発明1において、ロールの温度を溶剤の沸点より低温とする動機も存在しない。
さらに、相違点1に係る効果について、本件特許の明細書の段落【0008】【0009】【0014】の記載からみて、相違点1の発明特定事項を有することにより、ロール表面で溶剤が急速に気化することがなく、膜をロールに密着させた状態を保つことができ、空孔率と厚みの均一性を向上するものといえ、当該効果は、具体的な実施例において確認されている。
一方、異議申立人が提出したいずれの証拠にも、ロールの温度を溶剤の沸点より低温とすることと上述の効果についての記載はなく、示唆もされていないから、上記効果は、当業者が予測し得ない格別の効果といえる。
してみれば、相違点1は当業者が容易に想到し得たものではない。

(3) 本件発明1と甲1発明2との対比
本件発明1と甲1発明2とを対比する。
甲1発明2の「質量平均分子量が2.0×10^(6)の超高分子量ポリエチレン(UHMWPE) 25質量%と質量平均分子量3.5×10^(5)の高密度ポリエチレン(HDPE) 75質量%とからなり、Mw/Mn=16であるポリエチレン (融点135℃、結晶分散温度90℃)」、「流動パラフィン」、「変化メチレンとパーフルオロヘキサン」、「ゲル状シート」、「75℃の温水」、「ポリエチレン微多孔膜」は、それぞれ、本件発明1おける「ポリオレフィン樹脂」、「可塑剤」、「溶剤」、「膜」、「溶剤の沸点以上の温度のポリオレフィンとは疎の液体」、「ポリオレフィン微多孔膜」に相当する。
甲1発明2の「ポリエチレン組成物を得、得られたポリエチレン組成物25質量部を二軸押出機(内径58mm、L/D=42、強混練タイプ)に投入し、この二軸押出機のサイドフィーダーから流動パラフィン75質量部を供給し、200℃及び200ppmの条件で溶融混練して、押出機中でポリエチレン溶液を調製し、続いて、このポリエチレン溶液を押出機の先端に設置されたTダイから、二軸延伸した時に厚さが40μm程度になるように押し出し、50℃に温調した冷却ロールで引き取りながら、ゲル状シートを形成」する工程部分は、本件発明1における「(a)少なくともポリオレフィン樹脂と可塑剤を含有する組成物を溶融混練し、ダイから押し出して膜状に成形する工程」に相当する。
甲1発明2の「ゲル状シートに対して、連続延伸機を用いて116℃で5×5倍になるように二軸延伸を行い、長さ600m及び幅0.4mの二軸延伸膜を作製」する工程部分は、本件発明1における「(b)前記押出成形後、得られた膜を少なくとも1軸方向に延伸する工程」に相当する。
甲1発明2の「得られた延伸膜は、2m/分の速度で連続式洗浄装置中を通過させることにより洗浄し、連続式洗浄装置としては、23℃に温調した塩化メチレンを含有する3つの第一洗浄槽及び23℃に温調したパーフルオロヘキサン[組成式:C_(6)F_(14)、品名:フロリナートHC-72、住友スリーエム(株)製、表面張力:12.0mN/m(25℃)、沸点:56℃、水への溶解度:100ppm(質量基準)以下(25℃) ]を含有する2つの第二洗浄槽(リンス槽)を有するものを用い、3つの第一洗浄槽における滞留時間はそれぞれ30秒とし、2つの第二洗浄槽における滞留時間はそれぞれ20秒と」する工程部分は、本件発明1における「(c)前記延伸後、膜から前記可塑剤を溶剤で抽出することによって除去する工程」に相当する。
甲1発明2の「洗浄後の膜が含む洗浄用溶剤は、75℃の温水をシャワーすることにより除去し、槽中に直径10cmのロールを設置し、膜をロール上部のほぼ半周円分に接触させた状態で、ロールの軸線方向に配列した複数のノズルにより、ロール上方から走行する膜に5L/分の温水をシャワーし、膜と温水との接触時間は4秒と」する工程部分は、本件発明1における「ロールに膜を密着させ、溶剤の沸点以上の温度のポリオレフィンと疎の液体を膜に接触させて加熱することによって前記(d)の膜を乾燥させる工程」に相当する。
上述の甲1発明2の「膜をロール上部のほぼ半周円分に接触」させることは、連続式洗浄装置通過後(抽出工程後)、乾燥工程前に行われている。

そうすると、本件発明1と甲1発明2とは、
「(a)少なくともポリオレフィン樹脂と可塑剤を含有する組成物を溶融混練し、ダイから押し出して膜状に成形する工程、(b)前記押出成形後、得られた膜を少なくとも1軸方向に延伸する工程、(c)前記延伸後、膜から前記可塑剤を溶剤で抽出することによって除去する工程、(d)前記抽出後、膜を乾燥させる工程を有するポリオレフィン微多孔膜の製造方法において、
前記(c)の抽出工程後、前記(d)の乾燥工程前に、ロールに膜を密着させ、溶剤の沸点以上の温度のポリオレフィンと疎の液体を膜に接触させて加熱することによって前記(d)の膜を乾燥させる工程を行う、ポリオレフィン微多孔膜の製造方法。」の点で一致し、以下の点で相違している。
<相違点2>
ロールに膜を密着させ、ポリオレフィンと疎の液体を膜に接触させて加熱することによって膜を乾燥させる工程において、本件発明1は「溶剤の沸点より低温のロールに膜を密着させ、膜のロールへの密着を維持したまま」と特定するのに対し、甲1発明2は、ロールの温度について特定がなく、「密着を維持したまま」との特定もない点。

以下、相違点2について検討する。
甲1発明2の「ロール」は、加熱されるとの記載はないが、5L/分の75℃の温水と膜を介してではあるが接触し続けていることから、75℃近くの温度に加熱されているとみられ、溶剤である塩化メチレンとパーフルオロヘキサンの沸点は、それぞれ40℃、56℃であることから、甲1発明2のロールは、溶剤の沸点以上の温度に加熱されているといえる。
してみれば、相違点2は、本件発明1との間での実質的な相違点である。
そして、異議申立人の提示したいずれの証拠にも、ロールに膜を密着させ、ポリオレフィンと疎の液体で加熱することで膜を乾燥させるものにおいて、ロールの温度を溶剤の沸点より低温とすることが開示・示唆されておらず、甲1発明1において、ロールの温度を溶剤の沸点より低温とする動機も存在しない。
さらに、相違点2に係る効果について、本件特許の明細書の段落【0008】【0009】【0014】の記載からみて、相違点2の発明特定事項を有することにより、ロール表面で溶剤が急速に気化することがなく、膜をロールに密着させた状態を保つことができ、空孔率と厚みの均一性を向上するものといえ、具体的な実施例において確認されている。
一方、異議申立人が提出したいずれの証拠にも、ロールの温度を溶剤の沸点より低温とすることと上述の効果についての記載はなく、示唆もされていないから、上記効果は、当業者が予測し得ない格別の効果といえる。
してみれば、相違点2は当業者が容易に想到し得たものではない。

(4) まとめ
よって、本件発明1は、甲1発明1又は甲1発明2でないことはもちろん、甲1発明1又は甲1発明2に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、新規性及び進歩性を有する。異議申立人が主張する甲1に基づく取消理由1及び2には理由がない。本件発明1を引用する本件発明2及び3についても同様である。

2 甲3に基づく取消理由1及び2(新規性及び進歩性)について
(1) 甲3の記載及び甲3に記載された発明
甲3の特許請求の範囲の請求項1、段落[0027]、[0035]、[0072]?[0074]の記載から、以下の甲3発明が記載されているといえる。
<甲3発明>
「(a) ポリオレフィンを主体とする熱可塑性樹脂に溶剤を添加して溶融混練し、熱可塑性樹脂溶液を調製する工程、(b) 熱可塑性樹脂溶液をダイリップより押し出し、冷却してゲル状成形物を形成する工程、(c) ゲル状成形物から洗浄溶媒を用いて溶剤除去する工程、及び(d) 得られた洗浄成形物から前記洗浄成形物を吸引ロールに巻き付け、これに温水をシャワーすることによって前記洗浄成形物から前記洗浄溶媒を吸引除去する工程、(d)工程の前に、延伸する工程を有する熱可塑性樹脂成形体の製造方法であって、前記洗浄溶媒として大気圧下における沸点が100℃以下、25℃における表面張力が24mN/m以下及び16℃における水への溶解度が600質量ppm以下である洗浄溶媒(A)を用い、かつ前記洗浄溶媒吸引手段の透孔サイズ(前記洗浄溶媒を吸引するための透孔に内接する最大円の直径)を10?5000μmとする熱可塑性樹脂成形体の製造方法。」

(2) 本件発明1と甲3発明との対比
本件発明1と甲3発明とを対比する。
甲3発明の「溶剤」、「洗浄用溶媒」、「ゲル状成形物」、「温水」、「熱可塑性樹脂成形体」は、それぞれ、本件発明1おける「可塑剤」、「溶剤」、「膜」、「溶剤の沸点以上の温度のポリオレフィンとは疎の液体」、「ポリオレフィン微多孔膜」に相当する。
甲3発明の「(a) ポリオレフィンを主体とする熱可塑性樹脂に溶剤を添加して溶融混練し、熱可塑性樹脂溶液を調製する工程」と「(b) 熱可塑性樹脂溶液をダイリップより押し出し、冷却してゲル状成形物を形成する工程」とを合わせた工程は、本件発明1における「(a)少なくともポリオレフィン樹脂と可塑剤を含有する組成物を溶融混練し、ダイから押し出して膜状に成形する工程」に相当する。
甲3発明の「(c) ゲル状成形物から洗浄溶媒を用いて溶剤除去する工程」は、本件発明1における「(c)前記延伸後、膜から前記可塑剤を溶剤で抽出することによって除去する工程」に相当する。
甲3発明の「(d) 得られた洗浄成形物を吸引ロールに巻き付け、これに温水をシャワーすることによって前記洗浄成形物から前記洗浄溶媒を吸引除去する工程」は、吸引ロールに巻き付けられた洗浄成形物は、吸引されていることから、洗浄成形物と吸引ロールは密着した状態を保つものといえるから、本件発明1における「ロールに膜を密着させ、膜のロールへの密着を維持したまま、溶剤の沸点以上の温度のポリオレフィンと疎の液体を膜に接触させて加熱することによって前記(d)の膜を乾燥させる工程」に相当する。そして、吸引ロールへの巻き付けは、「(c) ゲル状成形物から洗浄溶媒を用いて溶剤除去する工程」(抽出工程)後に行われている。
そうすると、本件発明1と甲3発明とは、
「(a)少なくともポリオレフィン樹脂と可塑剤を含有する組成物を溶融混練し、ダイから押し出して膜状に成形する工程、(b)前記押出成形後、得られた膜を少なくとも1軸方向に延伸する工程、(c)前記延伸後、膜から前記可塑剤を溶剤で抽出することによって除去する工程、(d)前記抽出後、膜を乾燥させる工程を有するポリオレフィン微多孔膜の製造方法において、
前記(c)の抽出工程後に、ロールに膜を密着させ、膜のロールへの密着を維持したまま、溶剤の沸点以上の温度のポリオレフィンと疎の液体を膜に接触させて加熱することによって前記(d)の膜を乾燥させる工程を行う、ポリオレフィン微多孔膜の製造方法。」の点で一致し、以下の点で相違している。

<相違点3>
ロールに関して、本件発明1は、単に「ロール」と特定するのに対し、甲3発明は、「吸引ロール」である点。
<相違点4>
前記(c)の抽出工程後にロールに膜を密着させることに関し、本件発明1は、「前記(d)の乾燥工程前に」と特定するのに対し、甲3発明は、この点を特定しない点。
<相違点5>
ポリオレフィンと疎の液体を膜に接触させて加熱することによって膜を乾燥させる工程におけるロールについて、本件発明1は「溶剤の沸点より低温のロール」と特定するのに対し、甲3発明は、温度を特定しない点。

以下、相違点について検討する。
相違点3について
甲3発明における「吸引ロール」は、洗浄溶媒を吸引除去するためのものである。
一方、本件特許明細書には、ロールに関し、以下の記載がある。
「ロールに膜を密着させる場合、ロールの温度は溶剤の沸点未満の温度とする必要がある。ロールの温度を溶剤の沸点以上とするとロール表面で溶剤が急速に気化し、膜をロールに密着させることができなくなるので好ましくない。」(段落【0015】)
「可塑剤を抽出後、乾燥工程の前に、冷却ロールに膜を密着させるか、膜の幅を機械的に拘束する。冷却ロールに密着させる場合、冷却ロールの表面温度は溶剤の沸点以下かつ溶剤の凝縮や結露が激しくならない温度とする。具体的には、溶剤が塩化メチレンの場合、0?40℃が好ましく、35℃前後がより好ましい。」(段落【0034】【0035】)
「冷却ロールに密着させ又は膜の幅を機械的に拘束した後、冷却ロールへの密着又は膜の幅の拘束を維持したまま、膜に液体状の熱媒体を接触させることにより膜を加熱して、溶剤の乾燥を行う。」(段落【0037】)
「熱媒体を膜に吹き掛ける場合、送りロール側の反対面側から、膜に吹き掛けるのが好ましい。ロール側から熱媒体を吹き掛けると、ロール表面で溶剤が急に気化して、膜がロールから浮くおそれがある。」(段落【0040】)
「流動パラフィンを抽出除去後、図1の乾燥装置を用いて、製膜速度70m/分で加熱乾燥を行った。具体的には、流動パラフィンを抽出除去したポリエチレン微多孔膜1を、ポイント2で温度35℃に制御された冷却ロール3に密着させ、密着を維持したままノズル4から温度65℃の温水を吹き付け、塩化メチレンを加熱除去した。」(段落【0045】)

これらの記載からみて、本件発明1の「ロール」は、冷却のためだけに使用されていて、ロールを他の用途に使用することは想定されていないといえる。
甲3発明における「吸引ロール」は、その構成を必須とするものであって、当該吸引ロールを、吸引の用途を持たない単なる「ロール」とすることに阻害要因がある。
してみれば、相違点3は、実質的な相違である。

相違点4について
甲3発明の吸引ロールは、甲3の段落【0072】の記載からみて、ゲル状成形物が吸引ロールに密着すると同時に洗浄溶媒を吸引除去することになる。洗浄溶媒を吸引除去する工程は、本件発明1における乾燥工程に相当するから、甲3発明は、(d)の乾燥工程前にロールに膜を密着させるものとはいえない。また、吸引ロールを前提する甲3発明においては、乾燥工程前にロールに膜を密着させることはできない。
そうすると、相違点4は、実質的な相違であって、また、相違点4は、当業者においても想到容易とはいえない。

相違点5について
甲3発明の「洗浄成形物から前記洗浄溶媒を吸引除去する工程」で利用する「吸引ロール」に関して、甲3には、以下の記載がある。
「ゲル状成形物の延伸及び溶剤除去により得られた微多孔膜(洗浄成形物)を吸引ロールの外周面で洗浄溶媒を吸引除去しながら移送する。このとき膜は吸引によりロールに張り付き、固定された状態で洗浄溶媒が吸引除去されるため、膜の収縮を抑制しつつ、かつ高速に洗浄溶媒を除去することが可能になる。特に微多孔膜の場合は、空孔の収縮が抑制される効果がある。吸引ロールによる移送速度は0.5?80 m/分であるのが好ましく、2?60 m/分であるのがより好ましい。その際、吸引ロールを加熱しながら移送してもよい。これにより乾燥効果が向上する。但し加熱温度を熱可塑性樹脂の結晶分散温度以下、好ましくは結晶分散温度より5℃以上低い温度とする。」(段落【0072】)
「本発明では微多孔膜の空孔の収縮を一層抑制するため、微多孔膜(洗浄成形物)を温水と接触させながら微多孔膜から洗浄溶媒を吸引除去する。この場合、微多孔膜を温水と接触させる方法は、中空に支持した吸引ロールに微多孔膜を巻き付け、これに温水をシャワーする方式でも、微多孔膜を巻き付けた吸引ロールを温水中に浸漬する方法でもよい。・・・
洗浄溶媒除去時の温水の温度は30?95℃が好ましく、35?90℃がより好ましく、40?85℃がさらに好ましい。30℃より低いと溶媒除去速度が遅く、95℃を超えると水蒸気の発生が著しく増大し作業効率が悪くなる。
温水の温度は30?95℃であるとともに、洗浄溶媒の沸点-10℃?洗浄溶媒の沸点+50℃であるのが好ましく、洗浄溶媒の沸点?洗浄溶媒の沸点+3℃であるのがより好ましい。」(段落【0073】?【0075】)

これらの記載から、甲3発明の「吸引ロール」は、熱可塑性樹脂の結晶分散温度(ポリエチレンの場合は一般的に90℃)以下、好ましくは結晶分散温度より5以上低い温度に加熱してもよいとされていて、加熱されていないとしても、温水によって加熱されるものであって、温水の望ましい温度は洗浄用溶剤の沸点-10℃以上、より好ましくは+3℃以上とされていることから、甲3発明における「吸引ロール」の温度を溶剤の沸点より低温にたもつことが記載ないし示唆されているといえず、上記相違点3は、実質的な相違点である。
そして、異議申立人の提示したいずれの証拠にも、ロールに膜を密着させ、ポリオレフィンと疎の液体で加熱することで膜を乾燥させるものにおいて、ロールの温度を溶剤の沸点より低温とすることは開示ないし示唆されているものは存在せず、甲3発明において、吸引ロールの温度を溶剤の沸点より低温とする動機も存在しない。
してみれば、相違点5は当業者が容易に想到し得たものではない。
なお、異議申立人は、「吸引ロールはその構造上、ロール内部からロールを加熱することが難しいため、温水から熱を供給する必要がある。しかし、ロールの表面には溶剤が存在し、気化熱を奪われることになり、さらに、膜の吸引ロール側は負圧になっているので、溶剤は大気圧の沸点未満の温度で蒸発する。したがって、甲3発明において、吸引ロールが溶剤の沸点以上の温度となることはなく」と主張するが、吸引ロールの熱容量、温水の温度と量、溶剤の残存量によって、気化熱で奪われる熱量と吸引ロールの温度は変化するものであり、技術常識からみて、甲3発明の吸引ロールの温度が、溶剤の沸点以下となるとはいえないから、異議申立人の主張は採用できない。

(3) まとめ
よって、本件発明1は、甲3発明でないことはもちろん、甲3発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、新規性及び進歩性を有する。異議申立人が主張する甲3に基づく取消理由1及び2には理由がない。本件発明1を引用する本件発明2及び3も同様である。

3 取消理由3(実施可能要件)について
異議申立人は、本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明には、冷却ロールの温度条件以外の条件、例えば、温水の温度、吹き付ける量、ロールの温度のコントロール方法、ロール径、ロールの材質などの条件をどのように調整するかの記載がないから、本件発明の課題である「幅方向の厚みと空孔率が均一な微多孔膜を得る」には、相当の試行錯誤を要するから、発明の詳細な説明は本件発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないと主張する。
しかしながら、ポリオレフィン微多孔質膜の製造方法において、可塑剤を抽出した溶剤の除去工程として、ロールに膜を密着させ、溶剤の沸点以上の温度のポリオレフィンと疎の液体を膜に接触させることで行うことは、異議申立人の提示した甲1、甲3にも記載があるように、当業者において周知の技術事項といえるから、異議申立人が主張する温度条件以外の他の条件は、当業者の技術常識及び本件特許の明細書の具体的な実施例の記載を踏まえれば、当業者が実施できると認められ、過度の試行錯誤を要するものとはいえない。
よって、本件特許に係る明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を満たすと判断される。異議申立人が主張する取消理由3には理由がない。

第5 むすび
したがって、異議申立人の主張する申立ての理由及び証拠によっては、特許異議の申立てに係る特許を取り消すことはできない。また、他に当該特許が特許法113条各号のいずれかに該当すると認め得る理由もない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-08-18 
出願番号 特願2012-2298(P2012-2298)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C08J)
P 1 651・ 121- Y (C08J)
P 1 651・ 113- Y (C08J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 平井 裕彰  
特許庁審判長 小柳 健悟
特許庁審判官 守安 智
大島 祥吾
登録日 2015-11-06 
登録番号 特許第5832907号(P5832907)
権利者 野方 鉄郎
発明の名称 ポリオレフィン微多孔膜の製造方法  
代理人 名越 秀夫  

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