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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1318699
審判番号 不服2013-14508  
総通号数 202 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2016-10-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2013-07-29 
確定日 2016-08-25 
事件の表示 特願2010-519986「グレリン類似体を使用して炎症と炎症誘発性サイトカイン/ケモカインの発現を阻害する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成21年2月12日国際公開、WO2009/020643、平成22年11月25日国内公表、特表2010-535770〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成20年8月7日(パリ条約による優先権主張 2007年8月8日 (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする出願であって、平成25年3月27日付けで拒絶査定がされ、同年7月29日に拒絶査定不服審判の請求がされると同時に手続補正書が提出され、平成27年1月28日付けで拒絶の理由が通知され、同年4月30日に意見書及び手続補正書が提出され、同年7月7日付けで拒絶の理由が通知され、平成28年1月8日に意見書及び手続補正書が提出されたものである。なお、平成27年7月7日付け拒絶理由通知書では、そこに示した拒絶の理由を通知したことが、同年1月28日付けで通知した拒絶の理由の解消を意味するものではないということについて言及している。

第2 本願発明
本願発明は、平成28年1月8日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項により特定されるものであり、その請求項1に係る発明は、以下のとおりのものである。
「胃腸管の炎症性疾患をもつ患者において、炎症誘発性サイトカインIL-6の分泌を抑制し、抗炎症性サイトカインIL-10の分泌を増強するための、有効量のH-Inp-D-Bal-D-Trp-Phe-Apc-NH_(2)またはその医薬的に許容される塩を含む医薬組成物であって、前記炎症性疾患がクローン病、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎および小児脂肪便症から選択される、前記医薬組成物。」(以下、この発明を「本願発明」という。)

第3 引用例の記載
1 平成27年1月28日付けの当審による拒絶理由通知において引用した本願の優先日前に頒布された国際公開第2005/110463号(以下、「引用例A」という。)には以下の事項が記載されている。(引用例Aは英語で記載されているので、訳文で示す。)
(1) 背景技術
「グレリンは、主として、胃のX/A様細胞から分泌される28個のアミノ酸からなるアシル化されたポリペプチドである(Kojimaほか, Nature. 402: 656-660 (1999))。グレリンは、げっ歯類及びヒトにおいて、成長ホルモン(GH)放出、エネルギーバランス、食物摂取及び体重の長期間の調節に関係がある(げつ歯類:Tschopほか, Nature. 407: 908-913 (2000)及びNakazatoほか, Nature. 409: 194-198 (2001)、ヒト:Cummingsほか, New Engl. J. Med. 346: 1623-1630 (2002))。グレリン遺伝子は、117個のアミノ酸を有するペプチドであるプレ-プロ-グレリンをコードし、これは、ラットとヒトとの間で82%の相同性を有する(Kojimaほか, 1999)。グレリンは、体内循環する唯一の食欲促進因子とみなされており、視床下部NPY/Y1経路の活性化により、レプチンが誘導する食物摂取減少に対し拮抗作用を及ぼす(Nakazatoほか, 2001、Inuiほか, Nature Rev. Neurosci. 2: 551-560 (2001))。グレリンの作用は、成長ホルモン分泌促進受容体GHS-Rと呼ばれる7回膜貫通型Gタンパク質共役型受容体を介して伝えられる(Howardほか, Science. 273: 974-977 (1996))。」(4ページ15?27行)
(2) 発明の概要
「本発明は、グレリン又はそのフラグメントを投与する工程を含む、炎症を治療する方法を提供する。」(5ページ21?22行)
(3) 発明の詳細な説明
ア 「B.組成物」
(ア) 「1.グレリン」
「『グレリン』という用語は、上述の任意のグレリン分子又はその機能性フラグメントを指すように明細書全体で使用される。・・・
グレリンは、機能的な細胞表面のGHS-Rを介し、ヒトPBMC(審決注:末梢血単核細胞のこと(5ページ2?3行参照))及びT細胞に対し、IL-1β、IL-6、TNF-αといった炎症性サイトカインの発現及び産生を特異的かつ選択的に阻害する効果を及ぼす。」(12ページ2?16行)
イ 「C.治療及び予防方法」
(ア) 「1.炎症」
a 「本発明は、被験体に有効量のグレリンを投与する工程を含む、被験体の炎症を治療する方法を提供する。」(23ページ21?22行)
b 「炎症は、炎症性疾患と関連し得る。炎症性疾患の例としては、・・・クローン病及び潰瘍性大腸炎を含む炎症性腸疾患、・・・が挙げられるが、これらに限定されない。」(24ページ3?8行)
(イ) 「6.サイトカイン」
a 「有効量のグレリンを投与する工程を含む、サイトカインの分泌を阻害する方法も開示される。」(31ページ24?25行)
b 「サイトカインは、他の細胞の挙動に影響を与える細胞によって作製されるタンパク質である。・・・いくつかのサイトカイン、とりわけIL-1、TNF-α、IL-6、IL-11、IL-8及び他のケモカイン、GCSF、並びにGM-CSFは、急性炎症反応の伝達に重要な役割を果たす。」(32ページ6?11行)
(4) 実施例
ア 「実施例4:グレリンは炎症促進性サイトカインの発現を選択的に阻害する」
「代謝活性の調節における炎症促進性サイトカインの重要な役割を考え、活性化PBMC及びT細胞でのIL-1β、IL-6及びTNF-αの産生におけるグレリンの調節能力を試験した。男性健常者から得たヒトPBMCを、ポリクローン性マイトゲンであるフィトヘマグルチニン(PHA)で刺激し、グレリン及びGHS-Rアンタゴニストの存在下又は非存在下で24時間インキュベートし、上清を収集し、サイトカイン濃度を分析した。グレリンの存在下では、1?100ng/mlのグレリン濃度で、PBMCにおけるIL-1β、IL-6及びTNF-αの産生を有意に阻害した(図3a-c)・・・。GHS-Rアンタゴニストの添加はグレリンによる阻害を弱め、また、サイトカイン産生に対するグレリンの同様の作用が、コンカナバリンA(ConA)で刺激したPBMC及びLPSで処置した単球において観察されたことから、このグレリンの作用は、GHS-R特異的であることが判明した。・・・サイトカイン産生の低減がみられた全てのドナーで、グレリンは、IL-1β、IL-6及びTNF-αのmRNA発現を有意に阻害することがリアルタイムRT-PCRにより実証された(図3h)。これらの結果は、グレリンが炎症性サイトカインの発現における転写制御でなんらかの役割を担っていることを示す。」(46ページ29行?47ページ22行)
イ 「実施例7:グレリンは内毒素による炎症性サイトカインの発現・・・を減少する」
「細菌のリポ多糖(LPS)は内毒素によるショックの主要な成分であり、これは主に単球に作用し、インビボで急性期型応答を誘起し、IL-1β、IL-6及びTNF-αの過剰産生を生じる。これらの近位のサイトカインの増幅は、広範な炎症促進作用及び食欲抑制作用を示し(Kotlerほか, 2000, Ann.Internal Med.133: 622-634)・・・。グレリンの炎症性サイトカイン発現調節に対するインビボの効果を調べるために、LPSの投与前及び投与後にマウスをグレリンで処置した。図6に示されるように、グレリンは、IL-1β、IL-6及びTNF-αのインビボでの発現を阻害することにより、LPS誘発内毒素血症に対して強力な抗炎症効果を示した。内毒素で処置したマウスの脾臓及び肝臓のmRNAのリアルタイムPCRの結果、LPS投与の4時間後にこれらのサイトカイン遺伝子が強力に発現し(図6a-c)、24時間後に有意に消滅した(図6d-f)。グレリンを投与し、内毒素で処置したマウスは、4時間及び24時間後の脾臓及び肝臓でIL-1β及びIL-6のmRNA発現の低減が認められた(図6a-f)。LPS投与の4時間後の脾臓及び肝臓でTNF-αのmRNAの減少が観察され(図6c)、24時間後の肝臓でTNF-αの発現が阻害されたが、脾臓では変化がなかった(図6f)。炎症促進性サイトカインの同様の阻害が、LPS投与4?24時間後のグレリン処置したマウスの肺及び腸膜間リンパ節で観察された。
マウスをLPS処置し、又は、グレリン投与後にLPS処置し、4時間又は24時間後に血清中のサイトカイン濃度を測定した。血清中のサイトカインは、グレリン処置した4時間後のTNF-αにおいて有意な変化があったものの(図7c)、IL-1β(図7a)、IL-6(図7b)では変化がなかった。しかし、LPS処置の24時間後のIL-1β及びIL-6については有意な阻害が観察された(図7d、7e)。LPS処置の24時間後に、TNF-αは検出不能であった。」(50ページ1?27行)」
ウ 「実施例9:グレリン濃度は潰瘍性大腸炎及びクローン病の被験体で低下する」
「血清中のグレリン濃度は、クローン病の患者において低下する(図11)。15人のクローン病の被験体及び13人のクローン病ではない被験体による研究で、グレリン濃度はクローン病の被験体で有意により低いことが判明した。グレリンの発現は、潰瘍性大腸炎を有する被験体においても有意に少ない(図12)。」(52ページ19?23行)
(5) 特許請求の範囲
ア 請求項1
「被験体の炎症を処置する方法であって、該被験体にグレリンの有効量を投与する工程を包含する、方法。」
イ 請求項14
「前記炎症が炎症性疾患と関連する、請求項1に記載の方法。」
ウ 請求項16
「前記炎症性疾患が自己免疫疾患と関連する、請求項14に記載の方法。」
エ 請求項17
「前記自己免疫疾患が、・・・クローン病、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎、・・・小児脂肪便症、・・・である、請求項16に記載の方法。」

2 平成27年1月28日付けの当審による拒絶理由通知において引用した本願の優先日前に頒布された国際公開第2007/041278号(以下、「引用例B」という。)には以下の事項が記載されている。(引用例Bは英語で記載されているので、訳文で示す。)
(1) 発明の分野
「本発明は、作動性のグレリン活性を保有するペプチジル類似体、そのプロドラッグ、又は前記類似体若しくは前記プロドラッグの医薬的に許容される塩を投与することを含む、胃腸系の運動を患者において刺激するための方法へ向けられる。」(1ページ11?14行。行は引用例Bの欄外に表示された行番号による。)
(2) 背景技術
「最近発見された食欲増進ホルモンであるグレリンは、タンパク質分解的に処理されて以下の配列:・・・のペプチドとなるプレプロホルモンとして産生される(Kojima, M.ほか, Nature, (1999), 402(6272): 656-60)。・・・
グレリンは、動物及びヒトにおいて、成長ホルモン分泌促進受容体(GHS-R)との相互作用を介して、脳下垂体前葉からのGH(審決注:成長ホルモンのこと(5ページ13行参照))分泌を、主に視床下部レベルで強力に刺激する(Ukkola, O.ほか, Ann. Med., (2002), 34(2): 102-8、Kojima, M.ほか, Nature, (1999), 402(6762): 656-60)。」(5ページ20?30行)
(3) 発明の概要
「本発明は、患者(例えば、ヒトのような哺乳動物)において胃腸運動を刺激する方法に関する。本方法には、胃腸の運動不全を患っているか又は患うリスクがある前記患者へグレリンのペプチジル類似体の治療有効量を投与する工程が含まれる。」(8ページ6?9行)
(4) 実施例
ア 「B.生物学的アッセイ」
(ア) 「B.1 GHS受容体に活性な化合物のスクリーニング」
a 「B.1.a. ヒト組換えGHS受容体を発現するCHO-K1細胞の調製」
「鋳型としてのヒト脳のRNA(Clontech、カリフォルニア州パロアルト)、hGHS-Rの全長コ-ディング配列に並列する遺伝子特異的プライマ-(S:5’-ATGTGGAACGCGACGCCCAGCGAAGAG-3’及びAS:5’-TCATGTATTAATACTAGATTCTGTCCA-3’)、及びAdvantage2 PCRキット(Clontech、カリフォルニア州パロアルト)を使用するポリメラ-ゼ連鎖反応(PCR)によって、ヒト成長ホルモン分泌促進受容体(hGHS-R又はグレリン受容体)のcDNAをクローニングした。このPCR産物を、Original TA(登録商標)クローニングキット(Invitrogen、カリフォルニア州カールスバッド)を使用して、pCR2.1(登録商標)ベクターへクローニングした。全長のヒトGHS-Rを哺乳動物の発現ベクタ-、pcDNA3.1(登録商標)(Invitrogen、カリフォルニア州カールスバッド)へサブクローニングした。このプラスミドを、リン酸カルシウム法(Wigler, M. ほか, Cell. (1977), 11(1) :223-32)によって、チャイニーズハムスタ-卵巣細胞系、CHO-K1(American Type Culture Collection、メリーランド州ロックヴィル)へトランスフェクトした。10%胎仔ウシ血清と0.8mg/ml G418を含有する1mMピルビン酸ナトリウムを補充したRPMI 1640培地(Gibco、ニューヨーク州グランドアイランド)のクローニング・リングで増殖させた被トランスフェクト細胞を選択することによって、hGHS-Rを安定的に発現する単一細胞クローンを入手した。」(124ページ17?30行)
b 「B.1.b. GHS-受容体結合アッセイ」
「放射リガンド結合試験用の膜は、ヒト組換えGHS受容体を発現する先述のCHO-K1細胞のホモジェナイゼーションによって調製することができて、調製した。約20mlの氷冷50mM Tris-HClにおいて、Brinkman Polytron(登録商標)(ニューヨーク州ウェストベリ;設定6,15秒)を使用してホモジェナイズした。ホモジェネートを遠心分離(39,000g/10分)により2回洗浄して、最終ペレットを、2.5mM MgCl_(2)及び0.1%ウシ血清アルブミン(BSA)を含有する50mM Tris-HClに再懸濁させた。アッセイには、0.4mlのアリコートを0.05nM(^(125)I)グレリン(?2000Ci/ミリモル;Perkin Elmer Life Sciences、マサチュ-セッツ州ボストン)と共に、0.05mlの非標識の競合試験ペプチドを伴うか伴わずにインキュベートした。4℃で60分のインキュベーションの後で、0.5%ポリエチレンイミン/0.1%BSAにすでに予浸したGF/Cフィルター(Brandel、メリーランド州ゲイサースブルグ)を通す迅速ろ過により、結合した(^(125)I)グレリンを遊離(^(125)I)グレリンより分離した。次いで、フィルターを、氷冷50mM Tris-HCl及び0.1%BSAの5mlアリコートで3回洗浄して、フィルター上に捕捉された結合放射活性をガンマ分光法(Wallace LKB、メリーランド州ゲイサースブルグ)により計数した。特異結合は、結合した(^(125)I)グレリン全体より1000nMグレリン(Bachem、カリフォルニア州トーレンス)の存在下で結合したそれを引いたものと定義した。
上記に考察した受容体結合アッセイを使用して好ましい態様の選択物について試験して、その結果を以下に提示する表1に報告する。」(124ページ33行?125ページ21行)
c 表1には、実施例19として、「H-Inp-D-Bal-D-Trp-Phe-Apc-NH_(2)」のKi値が0.47nMであること、「rGhrelin」のKi値が0.59nMであること、及び、「hGhrelin(1-28)-NH_(2)」のKi値が24.16nMであることが記載されている。
(イ) 「B.3 胃腸運動性に及ぼす効果」
a 「B.3.b. グレリンの胃内容排出に関するインビボ試験」
「本発明の選択化合物の胃内容排出に及ぼす効果を測定するために試験することができ、試験した。ネイティブなグレリン及びグレリンのペプチジル類似体、H-Inp-D-Bal-D-Trp-Phe-Apc-NH_(2)の胃内容排出に及ぼす効果を試験した。この試験では、雄性スプラーグドーリーラット(体重200?250g)は8匹毎にグループ分けし、ほぼ24時間絶食させた(水は自由摂取)。麻酔した試験被験体へ、ネイティブなグレリン、上記グレリン類似体、及びメトクロプラミド(対照化合物)を静脈内投与した。ネイティブなグレリン、上記グレリン類似体、又は対照化合物の初回投与からほぼ5分後に、フェノールレッドでマークした1.5mlの食餌(0.5mg/mlのフェノールレッド及び1.5%のメチルセルロースを全ミルク中に含む)を各試験被験体へ食道強制給餌により投与した。さらにほぼ20分後、試験被験体を頚部骨折によりと殺し、胃を摘出して粉砕した。試験被験体の胃の残留フェノールレッドを抽出し、波長560nmで分光光学法により測定した。グレリン及びグレリンのペプチジル類似体(H-Inp-D-Bal-D-Trp-Phe-Apc-NH_(2))は、胃内容排出を促進した。
他の実験では、雄性スプラーグドーリーラット(体重200?250g)は8匹毎にグループ分けし、ほぼ24時間絶食させた(水は自由摂取)。この動物に、ビヒクル又は可変量のネイティブグレリン若しくは上記グレリン類似体を皮下注射した。ほぼ15分後に、フェノールレッドでマークした1.5mlの食餌(0.5mg/mlのフェノールレッド及び1.5%のメチルセルロースを全ミルク中に含む)をこのラットへ経口投与した。さらにほぼ15分後、被験体を頚部骨折によりと殺し、幽門と噴門を結さつして、胃を摘出した。胃の残留フェノールレッドを抽出し、波長560nmで分光光学法により測定した。グレリン及びグレリンのペプチジル類似体(H-Inp-D-Bal-D-Trp-Phe-Apc-NH_(2))は、胃内容排出を促進した(図参照)。」(130ページ6?31行)
b 「B.3.c. ラットにおけるPOI(審決注:術後イレウスのこと(2ページ16?17行参照))に対する効果」
「イソフルラン麻酔下の雄性スプラーグドーリーラット(体重200?250g)に3cmの腹腔切開を行い、胃イレウスを誘発した。腹筋及び皮膚を縫合し、動物をほぼ2時間45分間かけて回復させた。その後、基剤又はグレリン類似体を開腹した動物へ皮下投与した。化合物又は基剤の投与からほぼ15分後、フェノールレッドでマークした食餌(上記参照)を動物に投与した。さらにほぼ15分後、被験体を頚部骨折によりと殺し、胃内容排出を上述のように測定した。グレリン及びグレリンのペプチジル類似体(H-Inp-D-Bal-D-Trp-Phe-Apc-NH_(2))は、術後イレウス状態において、胃内容排出を有意に促進した。」(130ページ33行?131ページ14行)
c 「B.3.d. モルヒネの存在下のラットにおけるPOIに対する効果」
「イソフルラン麻酔下の雄性スプラーグドーリーラット(体重200?250g)に3cmの腹腔切開を行い、胃イレウスを誘発した。腹筋及び皮膚を縫合し、動物をほぼ2.5時間かけて回復させ、この開腹した動物に4mg/kgのモルヒネを皮下投与した。モルヒネの投与からほぼ15分後に、基剤又はグレリン類似体を皮下投与した。化合物又は基剤の投与からほぼ15分後、フェノールレッドでマークした食餌(上記参照)を動物に投与した。さらにほぼ15分後、被験体を頚部骨折によりと殺し、胃内容排出を上述のように測定した。図に示されるように、グレリン及びその類似体は、モルヒネの存在下の術後イレウス状態において、胃内容排出を有意に促進する。」(131ページ16?28行)
(5) 特許請求の範囲
ア 請求項1
「グレリンのペプチジル類似体、そのプロドラッグ、又は前記類似体若しくは前記プロドラッグの医薬的に許容される塩を投与することを含む、患者における胃腸系の運動を刺激する方法。」
イ 請求項2
「前記患者が胃腸手術後の術後イレウスである、請求項1の方法。」
ウ 請求項3
「前記ペプチジル類似体がH-Inp-D-Bal-D-Trp-Phe-Apc-NH_(2)である、請求項2の方法。」
(6) 図4


第4 当審の判断
1 引用例Aに記載された発明
引用例Aには、グレリンが炎症促進性サイトカイン(例えば、IL-1β、IL-6及びTNF-α)の発現及び産生を抑制する作用効果を有することが示されており(前記第3の1(3)ア(ア)並びに(4)ア及びイ)、また、潰瘍性大腸炎やクローン病に罹患した患者では血中のグレリン濃度が低下していることも示されている(前記第3の1(4)ウ)。そして、IL-1、TNF-α、IL-6といったサイトカインは炎症促進性サイトカインで、急性炎症反応の伝達に重要な役割を果たすというものであり(前記第3の1(3)イ(イ)b)、その発現及び産生を抑制するグレリンの血中濃度が潰瘍性大腸炎及びクローン病患者で低下しているというのであるから、引用例Aの「治療及び予防方法」の項(前記第3の1(3)イ)及び特許請求の範囲(前記第3の1(5))の記載も参酌すると、引用例Aには、グレリンを投与することにより、クローン病、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎及び小児脂肪便症といった炎症性疾患を治療する方法が記載されているものと認められる。すなわち、引用例Aには、「被験体のクローン病、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎及び小児脂肪便症から選択される炎症性疾患を治療するための、有効量のグレリンを含む医薬組成物」についての発明(以下、この発明を「引用発明」という。)が記載されている。

2 本願発明と引用発明の対比
本願発明における有効成分である「H-Inp-D-Bal-D-Trp-Phe-Apc-NH_(2)」(以下、「化合物A」という。)は、本願明細書における「本発明は、作動性グレリン活性を保有するペプチジル類似体、そのプロドラッグ、又は前記類似体又はプロドラッグの医薬的に許容される塩を投与することを含む、患者において炎症を弱めるための方法へ向けられる。」(段落【0001】)との記載から、作動性グレリン活性を有するものと認められる。一方、グレリン自体が作動性グレリン活性を有することは自明の事項である。そうしてみると、本願発明と引用発明は、
「作動性グレリン活性を有する物質を有効成分とする医薬用途発明」である点において一致し、
作動性グレリン活性を有する物質が、本願発明では化合物Aであるのに対し、引用発明ではグレリンである点(相違点1)、及び、
医薬用途が、本願発明では、「胃腸管の炎症性疾患をもつ患者において、炎症誘発性サイトカインIL-6の分泌を抑制し、抗炎症性サイトカインIL-10の分泌を増強するため」で、「前記炎症性疾患がクローン病、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎および小児脂肪便症から選択される」と特定されているのに対し、引用発明では、「被験体のクローン病、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎及び小児脂肪便症から選択される炎症性疾患を治療するため」と特定されている点(相違点2)において相違する。

3 相違点に対する判断
(1) 相違点1について
引用例Bには、作動性のグレリン活性を保有するグレリンのペプチジル類似体を投与することによる胃腸系の運動を刺激する方法が記載されている(前記第3の2(1)、(3)及び(5))ところ、その実施例にはグレリンのペプチジル類似体として化合物Aが記載されている(前記第3の2(4)ア(イ))。したがって、引用例Bに記載された化合物Aは作動性のグレリン活性を保有するグレリンのペプチジル類似体と認められる。一方、引用例Bにはグレリン及びそのペプチジル類似体のGHS受容体に対する結合アッセイの結果が示されている(表1)ところ、そのKi値は、化合物Aでは0.47nM、「rGhrelin」では0.59nM、及び、「hGhrelin(1-28)-NH_(2)」では24.16nMであった(前記第3の2(4)ア(ア))ことから、化合物Aは、「hGhrelin(1-28)-NH_(2)」と比較してGHS受容体に対して約50倍の親和性し、また、「rGhrelin」よりも親和性が高いという特性を有していることが理解できる。また、グレリン(図面(前記第3の2(6))の記載から、これは、「hGhrelin(1-28)-NH_(2)」のことと認められる。)とグレリンのペプチジル類似体である化合物Aは、引用例Bで実施例として示された試験では、いずれのものも、胃の内容物の排出を促進したことが記載されており(前記第3の2(4)ア(イ))、その効果は、例えば、術後イレウスを誘発させたラットでは、化合物Aの方が優れているものと認められる(前記第3の2(4)ア(イ)b及び(6))。
このように、引用例Bには、作動性のグレリン活性を保有するペプチジル類似体である化合物Aについて、GHS受容体に対する親和性がグレリンと比較して高いことが記載されており、また、その胃腸運動を刺激する能力も、グレリンと比較して優れていることが記載されている。
この様な引用例Bの記載に接した当業者であれば、化合物Aは、グレリンと比較してGHS受容体に対する親和性が高く、その結果もたらされる生体に対する活性も、グレリンと比較して優れたものとなるという示唆を受けるものといえるから、引用発明におけるグレリンを化合物Aに置換することを想到するのに格別の創意は認められない。

(2) 相違点2について
本願発明における医薬用途は、「胃腸管の炎症性疾患をもつ患者において、炎症誘発性サイトカインIL-6の分泌を抑制し、抗炎症性サイトカインIL-10の分泌を増強するため」で、「前記炎症性疾患がクローン病、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎および小児脂肪便症から選択される」と特定されているところ、これは、「クローン病、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎及び小児脂肪便症から選択される胃腸管の炎症性疾患に罹患した患者において、炎症誘発性サイトカインIL-6の分泌を抑制し、かつ、抗炎症性サイトカインIL-10の分泌を増強するため」と同義である。すなわち、本願発明は、作動性グレリン活性を有する物質である化合物Aを投与することにより、クローン病、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎又は小児脂肪便症の患者において、炎症誘発性サイトカインIL-6の分泌を抑制し、かつ、抗炎症性サイトカインIL-10の分泌を増強するものであるが、これは、化合物Aにより、クローン病、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎又は小児脂肪便症を治療することにほかならない。このことは、本願明細書の段落【0037】に「さらなる側面において、本発明は、上記に定義されるような、・・・式(II)・・・によるペプチジルグレリン類似体化合物・・・の治療有効量の、・・・クローン病、潰瘍性大腸炎が含まれる炎症性腸疾患・・・が含まれる炎症に関連した疾患及び/又は状態を治療するのに有用な医薬品の製造への使用を提供する。」と記載され(化合物Aが、式(II)による化合物の1種であることは、段落【0158】の記載から明らかである。)、また、平成25年7月29日付けの手続補正書では、特許請求の範囲が「【請求項1】 インスリン依存型糖尿病または胃腸管の炎症性疾患を治療することを必要とする被検者においてそれを治療するための医薬組成物であって、グレリンのペプチジル類似体の有効量を含み、ここで前記類似体は:H-Inp-D-Bal-D-Trp-Phe-Apc-NH_(2);またはその医薬的に許容される塩である前記医薬組成物。【請求項2】 炎症性疾患がクローン病、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎および小児脂肪便症から選択される、請求項1記載の医薬組成物。」と特定して記載されていたことからも理解できる。
そうしてみると、本願発明と引用発明において、その医薬用途に実質的な差異は認められない。
そして、本願発明において特定されているIL-6及びIL-10について、本願の明細書には、その背景技術の項に、「炎症誘発性サイトカインを抑制する、及び/又は抗炎症性サイトカイン、即ちIL-10を増強する能力は、内毒素の中毒効果を厳しく抑えることが示された(・・・)。」(段落【0009】)、「IL-1β、IL-6、及びTNF-αのようなサイトカインは、炎症に関連した消耗(・・・)、老化時の慢性的な低グレード炎症(・・・)、及びアテローム性動脈硬化症(・・・)に影響があると示唆されてきた。」(段落【0010】及び【0023】)、「グレリンは、機能的な細胞表面のGHS-Rを介して、ヒトのPBMC及びT細胞による炎症性サイトカイン(IL-1β、IL-6、及びTNF-αのような)の発現及び産生に対して特異的かつ選択的な阻害効果を発揮する。」(段落【0015】)と記載され、また、実施例では、グレリンや化合物Aを投与した場合の、マウスやラットの血清中のこれらサイトカインの濃度や、培養PBMCやマクロファージが産生するサイトカインの培地中の濃度を測定した結果が記載されているものの、これらの記載以外に、IL-6やIL-10についての説明は本願の明細書中には存在せず、また、これらのサイトカインと、本願発明において治療を行おうとする疾患であるクローン病、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎又は小児脂肪便症との関係についての説明もない。そうしてみると、本願の特許請求の範囲における「炎症誘発性サイトカインIL-6の分泌を抑制し、抗炎症性サイトカインIL-10の分泌を増強する」との記載は、化合物Aによって、クローン病、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎又は小児脂肪便症を治療する際の、化合物Aの作用機序を記載したに過ぎないものと認められるところ、斯かる薬剤の作用機序を特定することにより、本願発明において治療しようとする疾患が、引用発明と比較して異なるものになるというものでもない。したがって、上述した本願発明と引用発明でその医薬用途に実質的な相違点がないという判断は、本願の特許請求の範囲における「炎症誘発性サイトカインIL-6の分泌を抑制し、抗炎症性サイトカインIL-10の分泌を増強する」との記載によって変わるものではない。

(3) 本願発明の効果について
本願の明細書並びに請求人が審査及び当審で提出した書類を検討しても、クローン病、炎症性腸疾患、潰瘍性大腸炎及び小児脂肪便症から選択される胃腸管の炎症性疾患の治療において、本願発明が引用発明と比較して有利な効果を有することを示すものはなく、本願発明の効果を参酌することにより、本願発明が進歩性を有するということはできない。
なお、作動性グレリン活性を有する物質によるIL-6及びIL-10の分泌の多寡により、本願発明と引用発明が相違するということができない点は前記(2)で述べたとおりであるが、これらサイトカインの産生量について、本願発明と引用発明を比較検討しても、本願発明が引用発明と比較して有利な効果を有するということができない点は、以下に述べるとおりである。
本願の実施例では、腎臓を5/6摘出したラットにグレリン及び化合物Aを投与した場合の、血清中のIL-6及びIL-10の濃度が示されているところ、IL-6濃度の減少度合い、すなわち、作動性グレリン活性を有する物質によるIL-6分泌の抑制は、化合物Aよりもグレリンの方が大きく(図24C)、また、IL-10濃度の増加度合い、すなわち、作動性グレリン活性を有する物質によるIL-10分泌の増強は、グレリンよりも化合物Aの方が大きい(図24G)ことが記載されている。この様に、本願発明で特定されたサイトカインであっても、その種類により、必ずしも、化合物Aの方がグレリンよりも優れているということはできないことから、本願発明が引用発明と比較して有利な効果を有するということはできない。

4 審判請求人の主張について
請求人は、マウスにLPSを投与した場合の実験では、グレリンと比較して化合物Aの方がIL-6の分泌が抑制されており(図6)、また、腎臓を5/6摘出したラットを使用した実験では、グレリンと比較して化合物Aの方がIL-10の分泌が増強されている(図24G)ことから、本願発明は引用発明と比較して顕著な効果を有する旨を主張する。
しかし、作動性グレリン活性を有する物質によるIL-6及びIL-10の分泌の多寡により、本願発明と引用発明が相違するということができない点は前記3(2)で述べたとおりである。加えて、請求人の主張はIL-6とIL-10について異なる実験系からの結果を根拠に、本願発明が引用発明と比較して顕著な効果を有すると主張するものであるところ、共通する実験系(腎臓を5/6摘出したラットを使用した実験)による結果からは、本願発明が引用発明と比較して有利な効果を有するということができないことは前記3(3)で述べたとおりであるし、マウスにLPSを投与した場合の実験では、化合物Aの投与によりIL-6の血清中の濃度は減少している(図6)ものの、IL-10の血清中の濃度も減少している(図7)か、ほぼ同等であり(図8)、この実験では化合物Aの投与によりIL-10の分泌が増強することは示されていない。このように、請求人の主張は、様々な実験を行い、その中から、IL-6とIL-10についての結果が良い実験系を別々に選択して効果を主張するものであることから、仮に、IL-6及びIL-10の分泌の多寡により本願発明と引用発明が相違するとしても、請求人のこのような主張を採用することはできない。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用例A及び引用例Bに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-03-28 
結審通知日 2016-03-29 
審決日 2016-04-15 
出願番号 特願2010-519986(P2010-519986)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐々木 大輔  
特許庁審判長 大宅 郁治
特許庁審判官 内藤 伸一

新留 素子
発明の名称 グレリン類似体を使用して炎症と炎症誘発性サイトカイン/ケモカインの発現を阻害する方法  
代理人 竹内 茂雄  
代理人 小野 新次郎  
代理人 江尻 ひろ子  
代理人 小林 泰  
代理人 山本 修  
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