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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  G02C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G02C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  G02C
管理番号 1320225
異議申立番号 異議2016-700457  
総通号数 203 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-11-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-05-20 
確定日 2016-10-14 
異議申立件数
事件の表示 特許第5824218号発明「防眩光学要素」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第5824218号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 事案の概要
1 手続の経緯
特許第5824218号(以下「本件特許」という。)は,特願2011-38468号として平成23年2月24日に出願され,平成27年10月16日に特許権の設定の登録がされたものである。
本件特許について,特許異議申立人 荒木麻里子及び秋山満からそれぞれ特許異議の申立てがされた(異議2016-700457号)。
(以下,本件特許に関し,本件特許の特許請求の範囲の請求項1?請求項6に係る発明を,それぞれ,「本件特許発明1」?「本件特許発明6」というとともに,総称して「本件特許発明」という。また,本件特許発明1に係る特許?本件特許発明6に係る特許を,それぞれ,「本件特許1」?「本件特許6」という。)

2 本件特許発明
本件特許発明1?本件特許発明6は,それぞれ,本件特許の特許請求の範囲の請求項1?請求項6に記載された事項により特定されるとおりの,以下のものである。

「【請求項1】
薄板状の偏光素子の少なくとも片面に透明基材層を有して,前記偏光素子と前記透明基材層とで構成される二層以上の多層とされた光学要素であって,
前記多層における少なくとも一層に紫外線吸収剤を含有させるとともに,該紫外線吸収剤を含有させた層と同一の又は別の少なくとも一層に特定波長吸収色素を含有させて,
分光光度計にて測定された透過率曲線(以下「透過率曲線」)において,
波長域550nm超605nm以下および波長域450?550nmにそれぞれバレー長波長側およびバレー短波長側を少なくとも1個有し,
前記バレー長波長側は,複数個存在する場合にはその各々が,極小値が25%超であるとともに,バレー波長の±20nmの波長範囲内の透過率値の最大値に対して最小値の比率が,0.5?0.9であり,また,
波長域450?550nmにおける全体平均透過率(積分平均)が30%以下である,
ことを特徴とする防眩光学要素。

【請求項2】
薄板状の偏光素子の少なくとも片面に透明基材層を有して,前記偏光素子と前記透明基材層とで構成される二層以上の多層とされた光学要素であって,
前記多層における少なくとも一層に紫外線吸収剤を含有させるとともに,該紫外線吸収剤を含有させた層と同一の又は別の少なくとも一層に特定波長吸収色素を含有させて,
透過率曲線において,
波長域550nm超605nm以下にバレー長波長側を少なくとも1個有し,
該バレー長波長側は,複数個存在する場合にはその各々が,極小値が25%超であるとともに,バレー波長の±20nmの波長範囲内の透過率値の最大値に対して最小値の比率が,0.5?0.9であり,さらに,
波長域450?550nmに透過率ピークを有さず,かつ,
波長域450?550nmにおける全体平均透過率(積分平均)が30%以下である,
ことを特徴とする防眩光学要素。

【請求項3】
前記バレー短波長側は,複数個存在する場合にはその各々が,極小値が5%以上であるとともに,バレー波長の±20nmの波長範囲内の透過率値の最大値に対して最小値の比率が,0.5?0.9であることを特徴とする請求項1記載の防眩光学要素。

【請求項4】
波長域605nm超780nm以下の全体平均透過率(積分平均)が30%超であることを特徴とする請求項1?3のいずれか一記載の防眩光学要素。

【請求項5】
波長400nmの分光透過率1%以下で,波長410nmの分光透過率20%以下を示すことを特徴とする請求項1?4のいずれか一記載の防眩光学要素。

【請求項6】
前記透明基材層が,特定波長吸収色素および紫外線吸収剤を含む透明合成樹脂層で形成され,前記特定波長吸収色素および前記紫外線吸収剤の樹脂原料100部に対する配合量が,前者:0.5×10^(-5)?1.5×10^(-3)部および後者:0.5?5部であることを特徴とする請求項1?5のいずれか一記載の防眩光学要素。」

3 申立の理由の概要
(1) 特許異議申立人 荒木麻里子の申立の理由は,概略,以下のとおりである。
ア 特許法29条2項(以下「申立の理由1-1」という。)
本件特許発明1は,甲1に記載された発明(以下「甲1発明」という。)に基づいて,又は甲1発明及び周知事項(以下「周知技術」という。)に基づいて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものである。
本件特許発明2は,甲1発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
本件特許発明3は,甲1発明及び甲4に記載された事項(以下「甲4記載技術」という。)に基づいて,当業者が容易に発明できたものである。
したがって,本件特許1?本件特許3は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから特許法113条2号に該当し,その特許を取り消すべき旨の決定(以下「取消決定」という。)がされるべきものである。

甲1:特開2008-134618号公報
甲2:特開平10-204304号公報
甲3:東海光学株式会社 医療眼鏡事業部,「TOKAI 豊かな色彩,そのままに。TOKAIのフィルターレンズ。」,東海光学株式会社,発行日表記なし,表紙,6頁及び裏表紙
(当合議体注:裏表紙に「0210」の表示があり,これを「2002年10月」又は「2010年2月」と解した場合には,本件特許の出願前に頒布された刊行物ということになる。)
甲4:坂本保夫,「遮光と視機能-透明遮光眼鏡への挑戦-」,日本白内障学会誌 Vol.22,2010年,24?28頁

なお,特許異議申立書の記載からみて,甲2及び甲3は,周知技術を示す文献として提出されたものである。

イ 特許法36条6項1号(以下「申立の理由1-2」という。)
本件特許発明1及び本件特許発明2は,以下(ア)?(ウ)の理由により,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるから,特許法36条6項1号に適合するものであるということができない。
(ア)本件特許発明1は,「波長域550nm超605nm以下および波長域450?550nmにそれぞれバレー長波長側およびバレー短波長側を少なくとも1個有し」という構成を具備する。しかし,本件特許の発明の詳細な説明には,(A)バレー長波長側のみを有する実施例,並びに,(B)バレー長波長側及びバレー短波長側を有する実施例は記載されているが,(C)バレー短波長側のみを有する実施例は記載されておらず,示唆もない。

(イ)本件特許発明1は,「波長域550nm超605nm以下および波長域450?550nmにそれぞれバレー長波長側およびバレー短波長側を少なくとも1個有し」という構成,及び「前記バレー長波長側は,複数個存在する場合にはその各々が,極小値が25%超である」という構成を具備する。しかし,本件特許の発明の詳細な説明には,バレー長波長側が複数個存在する実施例は記載されておらず,示唆もない。

(ウ)本件特許発明2について,前記(イ)と同様である。

よって,本件特許1及び本件特許2は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから特許法113条4号に該当し,取消決定がされるべきものである。

ウ 特許法36条4項1号(以下「申立の理由1-3」という。)
本件特許の発明の詳細な説明の記載は,以下(ア)?(ウ)の理由により,当業者が本件特許発明1及び本件特許発明2の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができないから,特許法36条4項1号に適合するものであるということができない。
(ア)前記イ(ア)のとおり,本件特許の発明の詳細な説明には,(C)バレー短波長側のみを有する実施例は記載されていないため,当業者は本件特許発明1を実施することができない。

(イ)前記イ(イ)のとおり,本件特許の発明の詳細な説明には,バレー長波長側が複数個存在する実施例は記載されていないため,当業者は本件特許発明1を実施することができない。

(ウ)本件特許発明2について,前記(イ)と同様である。

よって,本件特許1及び本件特許2は,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから特許法113条4号に該当し,取消決定がされるべきものである。

エ 特許法36条6項2号(以下「申立の理由1-4」という。)
本件特許発明1?本件特許発明3は,明確であるとはいえないから,特許法36条6項2号に適合するものであるということができない。
(ア)本件特許発明1は,「前記バレー長波長側は,複数個存在する場合にはその各々が,極小値が25%超であるとともに,バレー波長の±20nmの波長範囲内の透過率値の最大値に対して最小値の比率が,0.5?0.9であり」という構成を具備するが,バレー長波長側が1個である場合の数値限定がなされていないから,本件特許発明1は明確でない。

(イ)本件特許発明2及び本件特許発明3について,前記(ア)と同様である。

よって,本件特許1?本件特許3は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから特許法113条4号に該当し,取消決定がされるべきものである。

(2) 特許異議申立人 秋山満の申立の理由は,概略,以下のとおりである。なお,甲号証の番号が重複しないように,当合議体において番号を付け替えた(10を加算して甲号証の番号とした。)。
ア 特許法29条2項(以下「申立の理由2-1」という。)
本件特許発明は,甲11号証に記載された発明?甲16号証に記載された発明(以下,それぞれ,「甲11発明」?「甲16発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって,本件特許1?本件特許6は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから特許法113条2号に該当し,取消決定がされるべきものである。

甲11:特表2010-535538号公報
甲12:米国特許5274403号明細書
甲13:米国特許出願公開2005/0043793号明細書
甲14:米国特許出願公開2003/0193643号明細書
甲15:国際公開97/20246号
甲16:特開2010-204383号公報

イ 特許法36条6項1号及び特許法36条4項1号(以下「申立の理由2-2」という。)
以下(ア)?(ウ)の理由により,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるから,特許法36条6項1号に適合するものであるということができない。また,以下(ア)?(ウ)の理由により,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件特許発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができないから,特許法36条4項1号に適合するものであるということができない。
(ア)本件特許の特許請求の範囲の記載により特定される透過率曲線が広範にすぎ,本件特許発明は多種多様な透過率曲線のパターンを包含しうる。しかしながら,本件特許出願時に存在する色素を使用して発現しうる透過率曲線のパターンは限られ,また,本件特許の発明の詳細な説明の実施例で実証されているものは,限られた種類の色素を特定量使用した特定のパターンのみである。したがって,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであり,また,広範な範囲について,当業者は,本件特許発明を実施することができない。

(イ)本件特許発明は,バレーの数が多数(無限大)の場合を包含するが,存在する色素の数は限られ,また,本件特許の発明の詳細な説明の実施例で実証されているものは,バレー長波長側が1個,バレー短波長側が2個までである。したがって,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであり,また,バレーの数が多数(無限大)の場合について,当業者は,本件特許発明を実施することができない。

(ウ)本件特許の特許請求の範囲の記載において,紫外線吸収剤及び特定波長吸収色素について,具体的な種類及び配合量が特定されておらず,広範にすぎる。本件特許発明の透過率曲線のパターンを形成するために使用可能な紫外線吸収剤及び特定波長吸収色素の種類及び配合量は特定の種類のものに限定され,また,本件特許の発明の詳細な説明の実施例で実証されているものは,限られた種類の色素を特定量使用した例のみである。したがって,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであり,また,広範な範囲について,当業者は,本件特許発明を実施することができない。

よって,本件特許1?本件特許6は,特許法36条4項1号及び特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから特許法113条4号に該当し,取消決定がされるべきものである。
第2 当合議体の判断
当合議体の判断をまとめて示すため,特許法29条2項に関する申立の理由(申立の理由1-1及び申立の理由2-1)について先に判断を示す。また,特許法36条に関する申立(申立の理由1-2?1-4及び申立の理由2-2)については,順序立てて説明することを目的として,申立の理由2-2について先に判断を示す。
1 申立の理由1-1(甲1等に基づく29条2項)について
(1) 甲1の記載
甲1には,以下の事項が記載されている。
ア 「【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱硬化性樹脂又は熱可塑性樹脂から形成したプラスチックレンズウエハーからなるプラスチック眼鏡レンズ又は前記プラスチックウェハーとこのプラスチックウェハーの少なくとも片面に形成された一層又は複数層の成分層とからなるプラスチック眼鏡レンズであって,前記プラスチックウェハー及び前記成分層のうちの少なくとも一つが以下の条件(A)を満足する有機系色素を含有することを特徴とするプラスチック眼鏡レンズ。
条件(A):有機系色素のクロロホルム又はトルエン溶液で測定された可視光吸収分光スペクトルにおいて,565nm?605nmの間に主吸収ピーク(P)を有し,前記主吸収ピーク(P)のピーク頂点(Pmax)の吸光係数が0.5×10^(5)(ml/g・cm)以上であり,前記主吸収ピーク(P)のピーク頂点(Pmax)の吸光度の1/4の吸光度におけるピーク幅が50nm以下であり,かつ前記主吸収ピーク(P)のピーク頂点(Pmax)の吸光度の1/2の吸光度におけるピーク幅が30nm以下であり,かつ前記主吸収ピーク(P)のピーク頂点(Pmax)の吸光度の2/3の吸光度におけるピーク幅が20nm以下の範囲にあること。
【請求項2】
前記主吸収ピーク(P)のピーク頂点(Pmax)が580nm?590nmの間である請求項1に記載のプラスチック眼鏡レンズ。」

イ 「【0001】
本発明は,光吸収性能を有するネオジム化合物の代わりに有機系色素を用いて,ネオジム化合物含有プラスチック眼鏡レンズと同等の光透過性を得ることのできるプラスチック眼鏡レンズに関する。」

ウ 「【背景技術】
【0002】
眼鏡レンズの用途目的のひとつとして,可視光に対する眩しさと関連した不快感やコントラストの不鮮明感,視覚疲労,などを軽減することが挙げられ,その対処法のひとつとして眼鏡レンズにいわゆる防眩性機能を付与する処方が施されている。主たる処方として眩しさを与え易い波長帯をできるだけ選択的に遮光することであり,実際にも585nm付近の可視光を高度に波長選択的に吸収できるネオジム化合物を眼鏡レンズに含有させると効果的な防眩性が得られることから実用化されている。」

エ 「【0005】
前記希土類金属化合物配合レンズは,例えば特許文献1に開示の如く主としてガラスレンズに希土類金属酸化物を配合させる方法が行われていたが,レンズ材料のプラスチック化の流れに伴い,プラスチックレンズ材料に特定の有機希土類金属錯体を配合させたレンズが開発されてきている。
しかるに上記プラスチックレンズ材料に特定の有機希土類金属錯体を配合させる方法には各種の不都合な問題をかかえている。第一にはレンズ材料によっては有機希土類金属錯体の有機性部分の選択が大幅に制限されるため高価な化合物に限定されることが多く,また例えばチオウレタンレンズ系では通常の有機希土類金属錯体は樹脂への溶解性や分散性あるいはレンズ樹脂との好ましくない反応性,更には環境下保存安定性などの点で適用し難く,特許文献2に例示の如く特殊な有機希土類金属錯体の事例があるのみで,その場合でも実用的には上記観点から解決を要する難点が多い。
第二には前記する波長域で要求される低光透過度(高光遮光性)を達成させるためには有機希土類金属錯体の配合量が通常5重量%程度も必要であり,高価な有機希土類金属錯体を多量に使用する不都合さだけでなくしばしばレンズの機械的物性の低下とのバランスを余儀なくされ,これらの点でも不満足であるのが現状である。
【0006】
前記背景に鑑み各種着色法を用いて,プラスチックレンズに対して特定波長帯でできるだけ選択的に遮光する機能を付与させる各種試みが開示されており,防眩性付与目的で特許文献3の如く成形後レンズを染料水溶液に浸漬して染色させる方法,あるいは特許文献4,特許文献5,また特許文献6に開示の如くコバルト化合物や特定の有機色素をモノマーに配合して硬化させるなどの方法が提案されている。
【0007】
しかし上記特許文献3?特許文献5では色素に基づく吸収帯がネオジム化合物の波長帯とは異なる場合があるだけでなく,吸収帯幅が極度に幅広く,有効な防眩性を確保するには他の可視領域の透過度も必要以上に遮光せざるを得ず,視認性が大幅に犠牲となった。
また,特許文献6ではネオジム化合物使用の場合に対する比較例として染色法による染料の導入しで作成した約550?630nm付近に最低透過率を有するレンズを示し,その際にはネオジム化合物使用に比べ明度が大幅に低下する欠点を指摘している。」

オ 「【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記背景技術に鑑みなされたものであり,有機希土類金属化合物を配合させたプラスチックレンズは防眩性と視認性のバランスと実用的な色調づけに優れた特性を有するにも拘わらず,配合させる目的のプラスチックレンズ材料の種類によっては樹脂への溶解性に難点があることも多い欠点,レンズ樹脂種によっては光,熱など環境下での安定性への課題,あるいは所望の程度の防眩性を付与させるには通常数%程度の多量の配合量が必要とされる欠点,また結果的には高価となる欠点や,高配合に由来するレンズの機械的物性への悪影響が生じやすいなど多くの問題点を有していた。本発明は前記有機希土類金属化合物が有する優れた防眩性と視認性のバランス,及び実用的な色調づけに優れた特徴を保持しつつ,さらにはより広い種類のプラスチックレンズ材料への適用が可能であり,また必要濃度レベルまでの溶解性が良好であり,更にその際の必要濃度レベルが極めて低く設定でき,結果として配合によるレンズの機械的物性への悪影響も発生しにくく,経済的にも有利である配合種と配合処方に基づいたプラスチック眼鏡レンズを提供することにある。」

カ 「【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の目的は,以下の手段により達成できる。すなわち,請求項1に記載するように,熱硬化性樹脂又は熱可塑性樹脂から形成したプラスチックレンズウエハーからなるプラスチック眼鏡レンズ又は前記プラスチックウェハーとこのプラスチックウェハーの少なくとも片面に形成された一層又は複数層の成分層とからなるプラスチック眼鏡レンズであって,前記プラスチックウェハー及び前記成分層のうちの少なくとも一つが下記(A)の条件を満足するシャープな吸収ピークを示す有機系色素を含有させることで,実質的に希土類金属を含有しないプラスチック眼鏡レンズが提供できる。
(A) 有機系色素のクロロホルム又はトルエン溶液で測定された可視光吸収分光スペクトルにおいて,565nm?605nmの間に主吸収ピーク(P)を有し,該ピーク(P)のピーク頂点(Pmax:ピーク中で最大吸光係数を示す点)の吸光係数(ml/g・cm)が0.5×10^(5)以上であり,該ピーク(P)の(Pmax)の吸光度の1/4の吸光度におけるピーク幅が50nm以下であり,かつ該ピーク(P)の(Pmax)の吸光度の1/2の吸光度におけるピーク幅が30nm以下であり,かつ該ピーク(P)の(Pmax)の吸光度の2/3の吸光度におけるピーク幅が20nm以下の範囲にある。」

キ 「【発明の効果】
【0019】
本発明によれば,特定の熱硬化性樹脂又は熱可塑性樹脂で形成されるプラスチックレンズウエハーからなるプラスチック眼鏡レンズにおいて,585nm付近に波長選択的にシャープな光吸収ピークを有する特定の有機系色素が前記眼鏡レンズに含有されており,同種のシャープな吸収ピークを有するネオジム化合物が有する優れた防眩性能とコントラスト増強効果を付与することができ,特定吸収ピークのシャープさに由来して585nm付近以外での光透過性が良好で明視野が確保できるため,防眩性と視認性のバランスが極めて良好であり,かつグレーやブラウンなどの各種の色調化が実現しやすく,更にはより広い種類のプラスチックレンズ材料への適用が可能であり,また使用濃度が極めて低く設定でき,結果として配合によるレンズの機械的物性への悪影響が発生しにくく,ネオジム代替として経済的にも有利な配合処方が可能であるプラスチック眼鏡レンズを提供できる。」

ク 「【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下,本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
[熱硬化性樹脂]
本発明の実施に当たっては,目的のプラスチック眼鏡レンズを構成する熱硬化性プラスチックレンズウエハー材料部の重合成型を行う工程が含まれる。プラスチックレンズウエハー材料が熱硬化性樹脂である場合,通常は目的の重合体を形成させるモノマーを重合硬化させる方法が採用される。その重合方法は特に限定されるものではないが,通常,注型重合が採用される。
その際,熱硬化性樹脂配合物には,特定の有機系色素が配合されており,前記樹脂配合物をレンズ注型用鋳型に供給して重合反応を行い眼鏡レンズに成型する。上記レンズ注型用鋳型に供給する方法は特に限定されるものではないが,例えば前記樹脂配合物を細管を通すなどによって注入する方法が使用される。前記樹脂配合物は予め減圧等の方法で脱泡処理が施されてもよく,また空気環境因子が実質的に排除された状態で注型重合が行われてもよい。
【0021】
本発明におけるレンズ注型用鋳型は,ガスケットで保持された2個のモールドから構成されるものが一般的である。ガスケットの材質としては,ポリ塩化ビニル,エチレン-酢酸ビニルコポリマー,エチレン-エチルアクリレートコポリマー,エチレン-プロピレンコポリマー,エチレン-プロピレン-ジエンコポリマー,ポリウレタンエラストマー,フッ素ゴム,あるいはそれらにポリプロピレンをブレンドした軟質弾性樹脂類が用いられる。本発明において使用される有機色素が配合されている前記樹脂配合物に対して膨潤も溶出もしない材料が好ましい。モールドの材質としては,ガラス,金属などが挙げられ,通常はガラスが用いられる。モールドには,得られたレンズの離型性を向上するために離型剤を塗付してもよい。また,レンズ材料にハードコート性能を付与するためのコート液をモールドに塗付してもよい。」

ケ 「【0051】
上記重合開始剤を含む(メタ)アクリル系モノマー混合物は,本発明の有機系色素を後に示す方法にて含有させて使用されるが,重合に供するにあたってはその他に必要に応じ,公知の成形法における手法と同様に,熱安定剤,紫外線吸収剤,赤外線吸収剤,酸化防止剤,光安定剤,離型剤,帯電防止剤,充填剤等を添加することもできる。」

コ 「【0062】
プラスチックレンズウエハー材料が熱可塑性樹脂である場合通常,圧縮成形法,トランスファー成形法,射出成形法,圧縮射出成形法などの公知の方法が採用される。すなわち供給される該熱可塑性樹脂を溶融温度以上に加熱させ,これを目的のプラスチックレンズウエハーの形状を有する金型内に導入後,冷却固化させてプラスチックレンズウエハーを得る方法である。その際,偏光フィルムなど目的の機能を有するプラスチックフィルムを予め金型内に設置しておき,上記方法で成形されたプラスチックレンズウエハー内に該機能性のプラスチックフィルムを一体化させるいわゆるインサート法も本発明の範囲を超えるものではない。
【0063】
その際前記供給される熱可塑性樹脂には,予め1種又は2種以上の特定の有機系色素を配合させておく。該配合の方法としては特に制限はないが,例えば前記特定の有機系色素粉末と熱可塑性樹脂ペレットを,ペレットの溶融温度以下で機械的に混合させて前記特定の有機系色素粉末を該ペレット表面に保持させる方法,又別の方法としては,適切な混練機を用いて,前記特定の有機系色素粉末と熱可塑性樹脂ペレットを,ペレットの溶融温度以上で混練して該特定の有機系色素粉末を該熱可塑性樹脂ペレットに含有させることができる。
前記成形機への熱可塑性樹脂の供給にあたっては,該熱可塑性樹脂中に含有されている水分量を低減させるため必要に応じて予め公知の条件で乾燥処理を施してもよい。
【0064】
[有機系色素]
本発明の有機系色素は,油溶性の性質を有し,クロロホルム又はトルエン溶液で測定された可視光吸収分光スペクトルにおいて,565nm?605nmの間に主吸収ピーク(P)を有し,前記主吸収ピーク(P)のピーク頂点(Pmax)の吸光係数が0.5×10^(5)(ml/g・cm)以上であり,前記主吸収ピーク(P)のピーク頂点(Pmax)の吸光度の1/4の吸光度におけるピーク幅が50nm以下であり,かつ前記主吸収ピーク(P)のピーク頂点(Pmax)の吸光度の1/2の吸光度におけるピーク幅が30nm以下であり,かつ前記主吸収ピーク(P)のピーク頂点(Pmax)の吸光度の2/3の吸光度におけるピーク幅が20nm以下の範囲にあることを要件とする。有機系色素は,熱硬化性又は熱可塑性プラスチックレンズウエハー内の少なくとも片面表面から500μm以下の深さの範囲に局在させるとよい。」

サ 「【0066】
この様な有機系色素としては例えば(1)の一般式で表されるテトラアザポルフィリン化合物があり,(1)式中,Mは2価の銅であることがより好ましい。具体例としては(2)式で表されるテトラ-t-ブチル-テトラアザポルフィリン・銅錯体が挙げられ,PD-311S[三井化学(株)製]の品番名に相当する。
【化1】

[式(1)中,A^(1)?A^(8)は各々独立に,水素原子,ハロゲン原子,ニトロ基,シアノ基,ヒドロキシ基,アミノ基,カルボキシル基,スルホン酸基,炭素数1?20の直鎖,分岐又は環状のアルキル基,炭素数1?20のアルコキシ基,炭素数6?20のアリールオキシ基,炭素数1?20のモノアルキルアミノ基,炭素数2?20のジアルキルアミノ基,炭素数7?20のジアルキルアミノ基,炭素数7?20のアラルキル基,炭素数6?20のアリール基,ヘテロアリール基,炭素数6?20のアルキルチオ基,炭素数6?20のアリールチオ基を表し,連結基を介して芳香族環を除く環を形成しても良く,Mは2個の水素原子,2価の金属原子,2価の1置換金属原子,4価の2置換金属原子,又はオキシ金属原子を表す。]
【0067】
【化2】

[式(2)中,Cuは2価の銅を,t-C4H9はターシャリーブチル基を表し,その4個の置換基の置換位置は式(1)におけるそれぞれA1とA2,A3とA4,A5とA6及びA7とA8のいずれかひとつの位置に置換されていている位置異性体構造を表す。]」

シ 「【0074】
本発明の熱硬化性又は熱可塑性のプラスチック眼鏡レンズにおいては,必要に応じてプラスチックレンズウェハーの少なくとも片面にレンズ部材として施された単層又は多層積層を構成する成分層の少なくとも1層に本発明の有機系色素を含有させて,目的の波長選択的光吸収性を有するプラスチックレンズとすることができる。
本発明の有機系色素の585nm付近(概ね585±2nm付近)での吸光係数はネオジム化合物に比べて大幅に大きく,薄いコート層に含有させても充分な程度の遮光効果が得られるからである。」

ス 「【0088】
表1は,有機系色素であるPD-311SとTY-102の吸光度スペクトル結果を示したものである。
【表1】

PD-311S:三井化学(株)社製。TY-102(ADEKA ARKLS):旭電化工業(株)社製。
ピーク(P)吸光度の単位は,(ml/g・cm)
吸光度の計測は,JASCO製の吸光度計測器 UV/VIS SPECTROMETER V-550を用いた。」

セ 「【0089】
[実施例1]
PD-311S(三井化学社製)0.0010重量部をビス(イソシアネートメチル)ビシクロ-[2.2.1]-ヘプタン(2,5-体と2,6-体の混合物)50.6重両部に加え攪拌下均一溶液とした後,この溶液にペンタエリスリトールテトラキス(3-メルカプトプロピオネート)23.9重量部,4-メルカプトメチル-1,8-ジメルカプト-3,6-ジチアオクタン25.5重量部,硬化促進剤としてジブチル錫ジクロライド0.02重量部,離型剤としてZelecUN(登録商標,Stepan社製)0.13重量部,及び紫外線吸収剤としてSeesorb 709(シプロ化成社製)0.05重量部を加えて混合溶解し,室温減圧下で脱泡処理して得られるモノマー混合物を,3μmのフィルターを通してろ過した。その後,チューブを通して成形用のレンズ注型用鋳型に注入した。レンズ注型用鋳型は前後面ともに平板型でその間隔が2.2mmのプラノ型とした。注入後閉栓したレンズ注型用鋳型を熱風循環式オーブンの中に置き,26時間かけて20℃から130℃に昇温し,その後130℃で4時間維持,徐冷の後,オーブンからレンズ注型用鋳型を取り出した。レンズ注型用鋳型からレンズを離型し,130℃で2時間アニール処理して有機色素含有の熱硬化性プラスチック眼鏡レンズを得た。得られたレンズの透過率スペクトルを図1に示す。この実施例では,最低透過率ピークにおける波長は,588.0nmであった。
また,前記レンズの透過光の色度計による測定結果を表2に示す。前記レンズを通して観察した色調は紫青であった。得られたレンズを通しての観察では,例えば,晴天下の樹木の小枝の線や赤色,黄色,緑色のコントラストがきわめて明瞭化して見えた。」

ソ 「【0094】
【表3】

表中の単位は重量部。
以下は,有機系色素とその製品名
Blue:Blue up-R[北陸カラー(株)社製]
Y2G:Y-2G[北陸カラー(株)社製]
KP-R:KP PLAST RED[紀和化学(株)社製)]
KP-Y:KP PLAST YELLOW[紀和化学(株)社製)]
Y.S.5R:Y.S.5R[北陸カラー(株)社製]」

タ 「【0096】
[実施例10?11]
内面がSUSで形成されたタンクに,熱可塑性樹脂であるポリカーボネート樹脂のペレットとしてパンライトL-1250VX(Natural)[帝人化成(株)]を100重量部を仕込み,これに表5に示す色素とその重量部を加えペレット表面に吸着させた。得られた配合物を120℃で12時間乾燥処理を施し,これを260?300℃に温度調節された射出成形機で外径73mm,中心圧2mmのレンズに成形した。得られたレンズの透過率スペクトルを図10及び図11に示す。それぞれにおける最低透過率ピークにおける波長,色調及び視感透過率計による視感透過率はそれぞれ,
実施例10(図10) :586.0nm(ピーク波長),グレー(色調),40.0%(視感透過率)
実施例11(図11) :585.9nm(ピーク波長),ブラウン(色調),49.1%(視感透過率)
であった。得られたレンズを通しての観察では,例えば,晴天下の樹木の小枝の線や赤色,黄色,緑色のコントラストがきわめて明瞭化して見えた。
【表5】

表中の単位は重量部。
Blue-2:Blue up-R-3[北陸カラー(株)社製],Blue-3:Blue up-R-3[北陸カラー(株)社製],その他の色素記号は表3の脚注に記載。」

チ 「【0097】
[実施例12?13]
内面がSUSで形成されたタンクに,ポリアミド樹脂ペレットとしてGrilamid TR90(Natural)[EMS-CHEMIE]を100重量部仕込み,これに表6に示す色素とその重量部を加えペレット表面に吸着させた。得られた配合物を減圧下80℃で12時間乾燥処理を施し,これを250?290℃に温度調節された射出成形機で外径73mm,中心肉厚2mmのレンズに成形した。得られたレンズの透過率スペクトルを図12及び図13に示す。それぞれにおける最低透過率ピークにおける波長,色調及び視感透過率計による視感透過率はそれぞれ,
実施例12(図12) :585.2nm(ピーク波長),グレー(色調),46.5%(視感透過率)
実施例13(図13) :585.1nm(ピーク波長),ブラウン(色調),55.8%(視感透過率)
であった。得られたレンズを通しての観察では,例えば,晴天下の樹木の小枝の線や赤色,黄色,緑色のコントラストがきわめて明瞭化して見えた。
【表6】

表中の単位は重量部。色素記号は表3及び表5の脚注に記載。」

ツ 「【0098】
[比較例1]
表1に示した如く,吸光度スペクトルにおいて吸収ピークは585nm付近(概ね585±2nm付近)にはあるがピークの線幅が本発明の範囲を超えて大きい色素例としてTY-102[ADEKA ARKLS,旭電化工業(株)]0.00115重量部を用いた以外は実施例1と同様にして熱硬化性プラスチック眼鏡レンズを得た。得られたレンズの透過率スペクトルを図14に示す。この例において最低透過率ピークにおける波長は,587.0nmであった。また,前記レンズの透過光の色度計による測定結果を表7に示す。前記レンズを通して観察した色調は淡い紫青であった。得られたレンズを通しての観察では,例えば,晴天下の樹木の小枝の線や赤色,黄色,緑色のコントラストは明瞭化して見えた。」

テ 「【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明は,ネオジム化合物等の希土類金属を用いずに特定色素を用いたプラスチック眼鏡レンズに適用が可能である。本発明のプラスチック眼鏡レンズは,防眩性に優れるだけでなく明るい視野で像や色の識別性に優れており,混色法による所望の色調への設定性に優れている。また,本発明が適用されるプラスチック眼鏡レンズは,熱硬化性樹脂又は熱可塑性樹脂から形成したプラスチックレンズウエハー単体からなるものであってもよいし,前記プラスチックウェハーとこのプラスチックウェハーの片面又は両面に形成された一層又は複数層の成分層(ハードコート層,プライマー層その他の成分層を含む)とからなるプラスチック眼鏡レンズであってもよい。」

(2) 甲1発明
甲1の段落【0097】には,実施例13として,次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。
「 内面がSUSで形成されたタンクに,ポリアミド樹脂ペレットとしてGrilamid TR90(Natural)[EMS-CHEMIE]を100重量部仕込み,
これに色素を加えペレット表面に吸着させ,
得られた配合物を減圧下80℃で12時間乾燥処理を施し,
これを250?290℃に温度調節された射出成形機で外径73mm,中心肉厚2mmのレンズに成形し,得られたレンズであって,
得られたレンズにおける最低透過率ピークにおける波長,色調及び視感透過率計による視感透過率は,それぞれ,585.1nm,ブラウン,55.8%であり,
色素は,PD-311S(三井化学(株)社製)が0.0020重量部,Blue up-R-3(北陸カラー(株)社製)が0.0013重量部,KP PLAST RED(紀和化学(株)社製)が0.0020重量部,KP PLAST YELLOW(紀和化学(株)社製)が0.0025重量部,Y.S.5R(北陸カラー(株)社製)が0.0120重量部であり,
以下の透過率スペクトルを具備する,
レンズ。
透過率スペクトル(図13):



(当合議体注:色素名は甲1の段落【0088】,【0094】及び【0096】の記載に基づく。透過率スペクトルは,甲1の【図13】に基づく。)

(3) 対比
本件特許発明1と甲1発明を対比すると,以下のとおりとなる。
ア 光学要素,防眩光学要素
甲1発明の「レンズ」は,その文言が意味する機能から理解できるとおり,「光学要素」ということができる。
また,甲1発明の「レンズ」の「最低透過率ピークにおける波長,色調及び視感透過率計による視感透過率は,それぞれ,585.1nm,ブラウン,55.8%」である。これら光学特性からみて,甲1発明の「レンズ」は防眩性を有するといえるから,甲1発明の「レンズ」は,「防眩光学要素」ということもできる。なお,甲1の段落【0103】の「産業上の利用可能性」には,「本発明のプラスチック眼鏡レンズは,防眩性に優れる」と記載されており,この記載からも理解できる事項である。
したがって,甲1発明の「レンズ」は,本件特許発明1の「光学要素」に相当するとともに,本件特許発明の「防眩光学要素」にも相当する。

イ 特定波長吸収色素
(ア)甲1発明の「レンズ」は,「ポリアミド樹脂ペレット…を100重量部仕込み」,「色素を加えペレット表面に吸着させ」,「射出成形機で外径73mm,中心肉厚2mmのレンズに成形」して得られたものである。
これらの製造工程からみて,甲1発明の「レンズ」は「色素」を含有するものである。
(イ)甲1発明の「レンズ」の「透過率スペクトル」からは,400nm?500nmにかけて透過率が低下している様子が見て取れるところ,その下側のピーク(極小値を取る波長)は,450nmよりも大きく,500nmよりも小さい波長域にある。また,甲1発明の「レンズ」における「最低透過率ピーク」の波長は,「585.1nm」である。ここで,本件特許発明1の「バレー」とは,「極小ピーク」のことである(本件特許の発明の詳細な説明の段落【0013】)。
したがって,甲1発明の「下側のピーク」及び「最低透過率ピーク」は,いずれも,本件特許発明1でいう「バレー」に該当する。
(ウ)甲1発明の「レンズ」の「透過率スペクトル」が,分光光度計にて測定されたものであることは,技術的にみて明らかである。なお,甲1の段落【0088】には,「有機系色素であるPD-311SとTY-102の吸光度スペクトル結果」について,「吸光度の計測は,JASCO製の吸光度計測器 UV/VIS SPECTROMETER V-550を用いた。」と記載されており,この記載からも類推できるところである。また,甲1発明の「レンズ」の「透過率スペクトル」は,波長と透過率の関係を曲線のグラフで表したものであるから,「透過率曲線」ということができる。

以上(ア)?(ウ)を勘案すると,甲1発明の「色素」は,「特定波長吸収色素」ということができ,甲1発明の「レンズ」は,本件特許発明1の「特定波長吸収色素を含有させて」の要件を満たすものといえる。
また,甲1発明の「レンズ」は,(A)「波長域550nm超605nm以下」に1個の「バレー」を有し,かつ,(B)「波長域450?550nm」にも1個の「バレー」を有するといえる。そして,前記(A)と(B)の波長域からみて,甲1発明の「レンズ」は,本件特許発明1の「分光光度計にて測定された透過率曲線(以下「透過率曲線」)において」,「波長域550nm超605nm以下および波長域450?550nmにそれぞれバレー長波長側およびバレー短波長側を少なくとも1個有し」の要件を満たすものである。

(4) 一致点及び相違点
ア 一致点
本件特許発明1と甲1発明は,次の構成で一致する。
「光学要素であって,
特定波長吸収色素を含有させて,
分光光度計にて測定された透過率曲線(以下「透過率曲線」)において,
波長域550nm超605nm以下および波長域450?550nmにそれぞれバレー長波長側およびバレー短波長側を少なくとも1個有する,
防眩光学要素。」

イ 相違点
本件特許発明1と甲1発明は,以下の点で相違する。
(相違点1)
本件特許発明1の「光学要素」は,「薄板状の偏光素子の少なくとも片面に透明基材層を有して,前記偏光素子と前記透明基材層とで構成される二層以上の多層とされた」光学要素であるのに対して,甲1発明の「レンズ」は,色素を含有したポリアミド樹脂からなる単体の光学要素であるから,本件特許発明1のような多層とされたものとはいえない点。

(相違点2)
本件特許発明1の「防眩光学要素」は,「前記多層における少なくとも一層に紫外線吸収剤を含有させるとともに,該紫外線吸収剤を含有させた層と同一の又は別の少なくとも一層に」特定波長吸収色素を含有させているのに対して,甲1発明の「レンズ」は,紫外線吸収剤を含有するか不明であり,また,前記相違点1に関係する事項として,紫外線吸収剤及び特定波長吸収色素を含有させる対象が,「前記多層における少なくとも一層」及び「該紫外線吸収剤を含有させた層と同一の又は別の少なくとも一層」であるとはいえない点。

(相違点3)
本件特許発明1の「防眩光学要素」の「前記バレー長波長側」は,「複数個存在する場合にはその各々が,極小値が25%超であるとともに,バレー波長の±20nmの波長範囲内の透過率値の最大値に対して最小値の比率が,0.5?0.9」であるのに対して,引用発明の「レンズ」は,これが明らかではない(透過率スペクトルから直ちに把握できない)点。

(相違点4)
本件特許発明1の「レンズ」は,「波長域450?550nmにおける全体平均透過率(積分平均)が30%以下」であるのに対して,引用発明の「レンズ」は,これが明らかではない(透過率スペクトルから直ちに把握できない)点。

(5) 判断
ア 相違点3について
まず,相違点3について判断する。
(ア)甲1発明の透過率スペクトルは,模式図ではなく,測定結果を表すグラフと考えられるから,グラフから読み取られた値は,誤差等はあるとしても,一応,事実と理解することができる。そこで,当合議体において,甲1発明の透過率スペクトルのグラフに補助線を引いて確認してみると,次の【参考図】のとおりとなった。
【参考図】

参考図から見て取れるように,甲1発明の「レンズ」における「最低透過率ピーク」の透過率は,約27%と確認された。また,甲1発明の「バレー波長の±20nmの波長範囲内の透過率値の最大値」,すなわち,参考図の605nmの透過率は,約69%と確認された。
したがって,甲1発明の「レンズ」は,本件特許発明1の「前記バレー長波長側は,複数個存在する場合にはその各々が,極小値が25%超である」という要件は満たすものの,本件特許発明1の「バレー波長の±20nmの波長範囲内の透過率値の最大値に対して最小値の比率が,0.5?0.9」という要件(以下「透過率比率」という。)は満たさないことが判明した(27%÷69%=約0.4である。)。
したがって,相違点3のうち,「バレー波長の±20nmの波長範囲内の透過率値の最大値に対して最小値の比率が,0.5?0.9」の構成については,確かに,相違点といえる。

(イ)そして,甲1の記載を参照しても,甲1発明の「レンズ」において,透過率比率の構成を採用することについては,開示も示唆もない。すなわち,甲1には,最低透過率ピークの±20nmの波長範囲内の透過率値に着目する記載は存在せず,また,この範囲内の透過率値の最大値に対する最小値の比率に着目する記載も存在せず,さらに,この比率を0.5?0.9とすることに言及する記載も存在しない。
したがって,甲1には,相違点3の構成を採用することについて,記載がなく,示唆もないといえる。

(ウ)甲1の段落【0004】には,背景技術として,「特に注目すべき点は,一般に希土類金属化合物の可視光線領域での吸収波長帯における吸光スペクトルのピーク形状が極めてシャープな点,すなわち吸収波長領域が狭くて波長選択的な点であり,…吸収ピークがシャープなこの特性は,視認性に必要な波長帯では大きな透過率を有し,かつ眩しさに悪影響を与える波長帯を選択的に吸収するので,防眩性と視認性を兼備することになり,防眩性眼鏡レンズとしては極めて望ましい特性を有することになる。」と記載されている。また,甲1の段落【0098】には,甲1発明(甲1でいう実施例13)に対する比較例として,「ピークの線幅が本発明の範囲を超えて大きい色素…を用いた以外は実施例1と同様にして熱硬化性プラスチック眼鏡レンズを得た。…得られたレンズを通しての観察では,例えば,晴天下の樹木の小枝の線や赤色,黄色,緑色のコントラストは明瞭化して見えた。」と記載され,甲1発明の「得られたレンズを通しての観察では,例えば,晴天下の樹木の小枝の線や赤色,黄色,緑色のコントラストがきわめて明瞭化して見えた。」(段落【0097】)よりは劣る結果となっている。
このような甲1の記載に接した当業者ならば,甲1発明の「レンズ」における「最低透過率ピーク」の形状は,よりシャープである方が,より好ましいと理解するはずである。したがって,甲1発明に接した当業者において,「最低透過率ピーク」の形状をよりシャープに(透過率比率を0.4より小さく)することには動機付けがあるとしても,「最低透過率ピーク」の形状をより幅広に(透過率比率を0.4より大きく)することには動機付けがないというべきである。

(エ)発明が解決しようとする課題に関して,本件特許の発明の詳細な説明の段落【0029】及び【0030】には,それぞれ,「特許文献1・2では,550nm超の長波長側の可視光域(以下「長波長側可視光域」)に本発明におけるバレー長波長側(極小)に相当するものを有するが,該極小値は透過率略25%以下であるとともに,バレーがシャープである。」及び「バレー透過率が低すぎたり,該バレーがシャープであったりすると,バレー波長の発光色と近傍波長の発光色との照度差が大きくなって,バレー波長の発光色の認識が困難となったり,該発光色が照明色の場合,視野が暗くなったりするおそれがある。」と記載されている。ここで,前記「特許文献1」は,甲1のことである。すなわち,本件特許発明1は,甲1発明において極めて望ましいとされている事項(吸収ピークがシャープな特性)を,望ましくない事項(発明が解決しようとする課題)として否定し,これを課題とする発明である。
また,課題を解決するための手段に関して,本件特許の発明の詳細な説明の段落【0038】及び【0040】には,それぞれ,「バレー長波長側・短波長側は,通常,バレー値の波長の±20nmの波長範囲内の視感透過率値の最大値に対して最小値の比率が,0.5?0.9であるものとすることが望ましい。」及び「バレーの曲率が大きすぎる(平板状・ダル)であると,バレーによる波長カットを奏しがたい。逆に,バレー曲率が小さい(シャープである)と,バレー波長の両側近傍の発光照度差が大きくなって,バレー波長の発光色の視認性が低下するおそれがある。」と記載されている。すなわち,本件特許発明1は,甲1発明において極めて望ましいとされている事項(吸収ピークがシャープな特性)を否定し,適度のバレー曲率を得るための手段として,甲1発明においては望ましくない透過率比率を採用した発明である。
本件特許発明1と甲1発明は,(A)発明が解決しようとする課題の点,及び(B)課題を解決するための手段の点において相反するものである。すなわち,本件特許発明1と甲1発明は,防眩光学要素の透過率曲線に対する設計思想の段階において,相容れないものである。
したがって,本件特許発明1の前記(A)及び(B)の点は,いずれも,甲1発明からは予測できないものである。

(オ)以上のとおりであるから,甲1発明において,当業者が相違点3に係る構成を採用することが,容易に発明できたということはできない。

イ 相違点1について
本件特許発明1が,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということができないことは,既に明らかであるが,念のため,相違点1についても判断すると以下のとおりである。
すなわち,甲1発明は薄板状の偏光素子の構成を具備しないところ,甲1の段落【0062】には,「偏光フィルムなど目的の機能を有するプラスチックフィルムを予め金型内に設置しておき,上記方法で成形されたプラスチックレンズウエハー内に該機能性のプラスチックフィルムを一体化させるいわゆるインサート法も本発明の範囲を超えるものではない。」と記載されている。
しかしながら,上記アの【参考図】に示されるとおり,甲1発明の「レンズ」における「最低透過率ピーク」の透過率は,約27%である。したがって,甲1発明において偏光フィルムを採用すると,甲1発明の「レンズ」における「最低透過率ピーク」の透過率は25%を下回り,本件特許発明1の「前記バレー長波長側は…極小値が25%超である」の要件を満たさなくなる。
仮に,甲1発明において偏光フィルムの構成を採用したとしても,本件特許発明1の構成に到らない。

ウ 甲2?甲4について
異議申立人が周知技術を示す文献として提出された甲2及び甲3には,相違点3に係る構成が記載されていない。また,甲2及び甲3には,甲1発明において上記アで述べた(A)及び(B)の点を克服して,相違点3に係る構成を採用することを示唆する記載もない。
甲4についても,同様である。

(6) 小括
以上のとおりであるから,本件特許発明1は,甲1発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということができない。

(7) 本件特許発明2及び本件特許発明3について
本件特許発明2についても,同様である。
すなわち,本件特許発明2は,本件特許発明1と同様に,前記相違点3に対応する,「該バレー長波長側は,複数個存在する場合にはその各々が,極小値が25%超であるとともに,バレー波長の±20nmの波長範囲内の透過率値の最大値に対して最小値の比率が,0.5?0.9である」という構成を具備する。また,本件特許発明2は,本件特許発明1と同様に,前記相違点1に対応する,「薄板状の偏光素子の少なくとも片面に透明基材層を有して,前記偏光素子と前記透明基材層とで構成される二層以上の多層とされた光学要素」の構成を具備する。
したがって,前記(5)で述べたのと同じ理由により,本件特許発明2は,甲1発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということができない。

本件特許発明3は,本件特許発明1の構成に,さらに,他の構成を加えた発明である。
したがって,前記(5)で述べたのと同じ理由により,本件特許発明3は,甲1発明及び甲4記載技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということができない。

2 申立の理由2-1(甲11等に基づく29条2項)について
(1) 甲11の記載
甲11には,以下の事項が記載されている。
ア 「【請求項1】
約490 nm未満の波長の光を選択的に実質的に遮断する光学フィルタを含む,夜間に光に曝露される被検体の概日リズムを維持するための機器。」

イ 「【技術分野】
【0001】
[0001] 本発明は,検体における概日リズムを維持するための方法および機器に関する。本発明はさらに,夜間に光に曝露された被検体において,概日リズムの発現パターンを示す遺伝子の遺伝子発現レベルを正常化することに関する。本発明はさらに,夜間に光に曝露された被検体におけるメラトニンレベルおよびグルココルチコイドレベルを正常化することに関する。
【背景技術】
【0002】
[0002] 北米における総労働力のおよそ25%が,通常の日中時間以外の労働に関与する(1)。以前の研究により,夜間シフト労働,特に交代制シフト労働が,日中シフト労働と比較して,短期的および長期的の両方において,悪影響を有する可能性があることが,示された。短期的には,事故の発生率の増加および敏捷さ(alertness)の低下に伴う仕事能力の低下が存在しており(2?6),一方,長期的には,肺癌,前立腺癌,結腸直腸癌を含む様々な形態の癌のリスクが増大する(7?10)。肥満,心臓疾患,およびストレスに関連する精神身体障害のより高い発生率もまた,これらの慢性的な交代制シフト労働者において注目されてきた(11?13)。これらの不都合な健康上の影響は,夜間に明光に曝露されることによる概日リズム破壊と強く関連している。概日リズムは,大まかに24時間のパターンを示し,そして睡眠/起床サイクル,摂食時間,気分,敏捷さ(alertness),細胞増殖および様々な組織型における遺伝子発現さえも含む(しかし,これらには限定されない),様々な生理学的機能において,観察される(14?16)。これらのリズムは,交叉上核(SCN)に位置するマスター概日時計により制御される。SCNにより使用される一つの鍵となる制御因子は,神経ホルモンであるメラトニンであり,しばしば暗闇のホルモンとも呼ばれる(17)。」

ウ 「【0010】
[0010] 夜間に明光に対して曝露することは,SCN,マスターの体内時計を脱同期化し,様々な生理学的機能のミスタイミングを引き起こし,その結果健康不良を引き起こす可能性がある。
【0011】
[0011] 通常の明-暗サイクルの破壊に関連する条件を改善するために取られる主要なアプローチの一つには,夜間に敏捷さ(alertness)を増加し,そして朝の時間帯に睡眠を誘導することを期待した,明光での治療を使用した,後退相に対する概日リズムの同調が含まれる(58?61)。しかしながら,夜間シフトの最後に,明るい昼光に対して曝露することが,強力な同調因子(Zeitgeber)として機能し,明光の介在の潜在的に有益な作用を無効にし,そして概日リズムの同調を無効にする(62)。さらに,夜間に明るい光を与えると,夜間のメラトニン分泌が妨害されることにより,身体の自然の概日性メラトニンプロファイルが破壊される。癌,心臓血管疾患,胃腸障害,および気分障害,およびこれらの関連する罹患率および死亡率のリスクの増加を含む,シフト労働-関連リスク因子の,潜在的な長期的結果との関連性を示す実質的な研究的証拠が出現しつつある。最近の研究では,これらのリスク因子により,メラトニン分泌が破壊されることが示される。」

エ 「【発明の概要】
【0022】
[0020] 一側面において,本発明は,夜間のあいだ約490 nm未満の波長の光への被検体のレチナール曝露を選択的に実質的に遮断することを含む被検体の概日リズムを維持する方法を提供する。」

オ 「【発明を実施するための形態】
【0033】
発明の詳細な説明
[0047] 本発明は,様々な手段により達成することができる。以下において,本願明細書中で使用される用語のいくつかについての定義を提示する:」

カ 「【0038】
[0053] 光の波長に関して使用される場合,“実質的に遮断する”または“実質的な遮断”は,入射光波長の40%未満;入射光波長の30%未満;入射光波長の20%未満;そして入射光波長の10%未満;を透過することとして定義される。“選択的に遮断”とは,被検体の環境におけるその他の光の波長の実質的な透過(すなわち,40%より多くの透過;50%より多くの透過;60%より多くの透過;70%より多くの透過;80%より多くの透過;90%より多くの透過;または100%の透過)を可能にしつつ,特定の光の波長のみを実質的に遮断することをいう。波長範囲の文脈における“約”は,±5 nmのことをいう。本発明の文脈において,“光学フィルタ”は,(この用語が上述の通り定義されるように)非-透過光の波長の範囲を実質的に遮断する機器のことである。当業者により理解されるものであるが,この文脈において,用語,光学フィルタは,カラーフィルタと同等とは理解すべきではなく,これは特定の視感色彩を有する光を透過させつつ,透過される視感色彩の波長の外側の光の波長は“実質的に遮断”しなくてもよいものである。」

キ 「【0053】
[0069] 以下の表1において,本発明に従って作製された光学フィルタにより真空コーティングされたポリカーボネートレンズを組み込む眼鏡(pair of glasses)の透過値が,示される。約460 nmまたはそれ以下の光の波長は,実質的に遮断される。これらの透過値は,図1において透過曲線として示される。以下の表2において,本発明に従って作製された光学フィルタにより真空コーティングされたポリカーボネートレンズを組み込む別の眼鏡(pair of glasses)の透過値が示される。ここで,約490 nmまたはそれ以下の光の波長は,実質的に遮断される。両方の眼鏡のセットは,夜間に光に曝露された個体に対して本発明の健康上の利益をもたらしつつ,良好な色彩認識を可能にする。これらのレンズは,検眼の処方箋に従って研磨して,視力調整を行うこともできる。以下の表3は,それに対して適用される抗-反射性コーティングにより,490 nmまたはそれ以下の波長の光を実質的に遮断する,眼鏡(pair of glasses)の透過値を示す。
【0054】
[0070] 本発明の一態様において,ポリカーボネートレンズは,複数の光学フィルタ層で真空コーティングし,それにより累積的に,本発明の選択的波長遮断を提供する。一態様において,10またはそれ以上の光学フィルタコーティング層が,本発明のレンズを形成するために適切に適用される。
【0055】
【表1】

【0056】
【表2】

【0057】
【表3】



ク 【図1】




ケ 【図2】



(2) 甲11発明
甲11の【請求項1】に記載された発明を,段落【0038】に記載された以下ア?ウの定義を考慮して書き改めると,甲11には,以下エの発明が記載されている(以下「甲11発明」という。)。
ア 「約」の定義
「±5 nmのことをいう。」(段落【0038】の第3文)

イ 「選択的に遮断」の定義
「被検体の環境におけるその他の光の波長の実質的な透過(すなわち,40%より多くの透過;50%より多くの透過;60%より多くの透過;70%より多くの透過;80%より多くの透過;90%より多くの透過;または100%の透過)を可能にしつつ,特定の光の波長のみを実質的に遮断することをいう。」(同第2文)

ウ 「実質的に遮断する」の定義
「入射光波長の40%未満:入射光波長の30%未満;入射光波長の20%未満;そして入射光波長の10%未満;を透過することとして定義される。」(同第1文)

エ 「 490nm±5nm以上の波長の,40%より多くの透過,50%より多くの透過,60%より多くの透過,70%より多くの透過,80%より多くの透過,90%より多くの透過,又は100%の透過を可能にしつつ,
前記490nm±5nm未満の波長の,40%未満を透過,30%未満を透過,20%未満を透過,又は10%未満を透過する,
光学フィルタを含む,夜間に光に曝露される被検体の概日リズムを維持するための機器。」

(3) 対比
本件特許発明1と甲11発明を対比すると,甲11発明の「光学フィルタ」は,「490nm±5nm以上の波長の,40%より多くの透過,50%より多くの透過,60%より多くの透過,70%より多くの透過,80%より多くの透過,90%より多くの透過,又は100%の透過を可能にしつつ」,「前記490nm±5nm未満の波長の,40%未満を透過,30%未満を透過,20%未満を透過,又は10%未満を透過する」ものである。
したがって,甲11発明の「光学フィルタ」は,「光学要素」ということができるから,甲11発明の「光学フィルタ」は,本件特許発明1の「光学要素」に相当する。

(4) 一致点及び相違点
本件特許発明1と甲11発明は,「光学要素」の点で一致し,以下の点で相違する。なお,申立の理由1-1における相違点との番号の重複を避けるため,相違点の番号を,11から始める。
(相違点11)
本件特許発明1の「光学要素」は,「薄板状の偏光素子の少なくとも片面に透明基材層を有して,前記偏光素子と透明基材層とで構成される二層以上の多層とされた」光学要素であって,「前記多層における少なくとも一層に紫外線吸収剤を含有させるとともに,該紫外線吸収剤を含有させた層と同一の又は別の少なくとも一層に特定波長吸収色素を含有させ」たものであるのに対して,甲11発明の「光学フィルタ」は,この構成を具備するか,明らかではない点。

(相違点12)
本件特許発明1の「光学要素」は,「分光光度計にて測定された透過率曲線(以下「透過率曲線」)において,波長域550nm超605nm以下および波長域450?550nmにそれぞれバレー長波長側およびバレー短波長側を少なくとも1個」有するのに対して,甲11発明の「光学フィルタ」は,この構成を具備するか,明らかではない点。

(相違点13)
相違点12の「バレー長波長側」に関して,本件特許発明1は,「前記バレー長波長側は,複数個存在する場合にはその各々が,極小値が25%超であるとともに,バレー波長の±20nmの波長範囲内の透過率値の最大値に対して最小値の比率が,0.5?0.9」であるのに対して,甲11発明の「光学フィルタ」は,この構成を具備するか,明らかではない点。

(相違点14)
相違点12の「バレー短波長側」に関して,本件特許発明1は,「波長域450?550nmにおける全体平均透過率(積分平均)が30%以下」であるのに対して,甲11発明の「光学フィルタ」は,この構成を具備するか,明らかではない点。

(相違点15)
本件特許発明1は,「防眩光学要素」であるのに対して,甲11発明は,これが明らかではない点。

(5) 判断
ア 甲11の段落【0001】には,「本発明は,検体における概日リズムを維持するための方法および機器に関する。本発明はさらに,夜間に光に曝露された被検体において,概日リズムの発現パターンを示す遺伝子の遺伝子発現レベルを正常化することに関する。本発明はさらに,夜間に光に曝露された被検体におけるメラトニンレベルおよびグルココルチコイドレベルを正常化することに関する。」と記載されている。また,甲11の段落【0022】には,「本発明は,夜間のあいだ約490 nm未満の波長の光への被検体のレチナール曝露を選択的に実質的に遮断することを含む被検体の概日リズムを維持する方法を提供する。」と記載されている。
甲11からは,約490nm未満の波長の光を遮断することにより,被検体の概日リズムを維持できることは理解できるとしても,相違点13に係る構成と被検体の概日リズムとの関係については記載も示唆もされてない。
甲11発明において,当業者が相違点13に係る構成を採用することが容易に発明できたということはできない。

イ ところで,甲11の【0053】には,「本発明に従って作製された光学フィルタにより真空コーティングされたポリカーボネートレンズを組み込む眼鏡(pair of glasses)の透過値が,示される。」と記載されている。
したがって,甲11発明の光学フィルタは,一応,眼鏡のレンズと捉えることができる。また,甲11発明において,眼鏡のレンズにおいて通常採用される構成を採用することは,当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項ということができる。そして,眼鏡のレンズには,通常,反射防止等の機能が追加されるところ,眼鏡の用途によっては,防眩性も求められる。
この点に関して,異議申立人は,本件特許明細書の段落【0018】に記載された特許文献1(甲1)には,上記相違点14以外の構成が実質的に記載されていると主張する。
しかしながら,前記1(5)で述べたとおり,甲1には,上記相違点13に係る構成が記載されておらず,また,示唆もされていない。この点は,本件特許明細書の段落【0018】に記載された特許文献2(特開2003-107412号公報)を参照しても,同様である。

ウ 甲12?甲16について
甲12?甲14には,甲11発明と同様に,青のように短い波長の光を選択的に遮断する眼鏡が開示されている。しかしながら,甲12?14には,上記相違点13に係る構成は記載されていない。また,甲15のFIGURE 2のグラフからは,550?600nmの範囲の吸収ピークが見て取れるが,その余は解らない。甲16には赤色強調眼鏡及び紫外線吸収剤が記載されているにすぎない。

防眩光学要素の透過率曲線は,[1]光を通過させる波長領域及び透過率,[2]光を遮断させる波長領域,波長領域の幅,吸収ピークの吸収率及びシャープさのみならず,[3]全体としての光透過率や色バランス等が勘案されてなる。特に,本件特許発明1の場合は,バレー長波長側の波長領域とバレー短波長側の波長領域が連続したものとなっているから,一方の波長領域の透過率特性が変更されれば,当然,他方の波長領域の透過率特性に影響が及ぶ(透過率特性が再検討される)と考えられる。したがって,仮に,波長領域の一部において,本件特許発明1の透過率の要件を満たす発明が存在し,また,その余の波長領域について,本件特許発明1の透過率の要件を満たす別の発明が存在したとしても,これら発明を単純に組み合わせて本件特許発明1になるとはいえない。
防眩光学要素の光学特性の設計は,可視光領域における目標とする透過率曲線のパターンが存在して初めて可能となる。しかしながら,甲11?甲16には,本件特許発明1と同様の目標に基づく透過率曲線のパターンは開示されていない。また,透過率曲線のパターンの前提となる目標すらも開示されていない。甲11?甲16には,本件特許発明1の構成に到る動機付けが存在しない。

(6) 小括
以上のとおりであるから,本件特許発明1は,甲11発明?甲16発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということができない。

(7) 本件特許発明2?本件特許発明6について
本件特許発明2についても,同様である。
すなわち,本件特許発明2は,本件特許発明1と同様に,前記相違点13に対応する,「該バレー長波長側は,複数個存在する場合にはその各々が,極小値が25%超であるとともに,バレー波長の±20nmの波長範囲内の透過率値の最大値に対して最小値の比率が,0.5?0.9である」という構成を具備する。
したがって,前記(5)で述べたのと同じ理由により,本件特許発明2は,甲11発明?甲16発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということができない。

本件特許発明3?本件特許発明6は,本件特許発明1又は本件特許発明2の構成に,さらに,他の構成を加えた発明である。
したがって,前記(5)で述べたのと同じ理由により,本件特許発明3?本件特許発明6は,甲11発明?甲16発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということができない。

3 申立の理由2-2(36条)について
(1) 透過率曲線のパターン(36条6項1号)について
ア 背景技術及び発明が解決しようとする課題に関して,本件特許の発明の詳細な説明には,以下のとおり記載されている。
「【背景技術】
【0004】
人間の眼は,明順応状態の視覚(明所視)では,555nm付近(標準比視感度曲線の中心波長)(510?600nm)の光を最も明るく感じる。
【0005】
そこで,眩しさを防ぐためには,上述した波長付近の光をカットすればよい。
…(省略)…
【0006】
ところで,特定波長吸収色素を用いると,人間の眼に眩しく感じる付近の波長域で特に強い波長域(570?600nm)のみを選択的に吸収できる。
…(省略)…
【0012】
上記問題点を解決するために,有機系の特定波長吸収色素を含有させて,ネオジム化合物含有プラスチックと同等の防眩特性を有するプラスチック眼鏡レンズが特許文献1・2等で提案されている。
…(省略)…
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
しかし,昨今,目の健康上の見地から,防眩性能の向上に加え,紫・青色の青色系波長域(400?500nm)のカットが要求されるようになってきた。
…(省略)…
【0028】
したがって,特許文献1・2における記載は,積極的に青色光を含む短波長側可視光域(400?550nm)を紫外線とともにカット(遮断)することを予定するものではない。
【0029】
更に,特許文献1・2では,550nm超の長波長側の可視光域(以下「長波長側可視光域」)に本発明におけるバレー長波長側(極小)に相当するものを有するが,該極小値は透過率略25%以下であるとともに,バレーがシャープである。
【0030】
こうして,眩しさを与え易い波長域の透過率を低くすることにより,防眩性能は向上する。しかし,バレー透過率が低すぎたり,該バレーがシャープであったりすると,バレー波長の発光色と近傍波長の発光色との照度差が大きくなって,バレー波長の発光色の認識が困難となったり,該発光色が照明色の場合,視野が暗くなったりするおそれがある。
【0031】
例えば,波長域550?600nmの光をカットすると,黄色光の中心波長が580nmであるのに対し,黄赤光の中心波長は600nmであり近接しており(斉藤勝裕著「ブルーバックス 光と色彩の科学」2010年,講談社,p96図4-3),黄色光の視認性が低下したり,ナトリウムランプの照明光(中心波長:589nm)がレンズを透過せず,視野が暗くなるおそれがある(特許文献2段落0003参照)。
【0032】
本発明は,上記にかんがみて,眼鏡レンズ等に適用した場合,優れた防眩性能を有するとともに,目の保護の観点から優れ,且つ,視認性を確保し易い防眩光学要素を提供することを目的とする。
【0033】
本発明の他の目的は,更に,目に有害とされている青色系波長域(400?500nm)の光を吸収でき,且つ,紫外線もカットでき,目の健康の見地からも望ましい防眩光学要素を提供することを目的とする。」

イ 課題を解決するための手段に関して,本件特許の発明の詳細な説明には,以下のとおり記載されている。
「【課題を解決するための手段】
【0034】
本発明者らは,上記課題を解決するために,鋭意開発に努力をした結果,下記構成の光学要素に想到した。
…(省略)…
【0036】
当該構成とすることにより,眩しさの原因である標準比視感度曲線の中心波長近傍に,バレー(極小)長波長側を有するため,偏光素子と相まって防眩性能を向上させることができる。また,波長域450?550nm(青色系で強度の強い範囲)に他のバレーを有する又はシャープな透過率ピークを有しないため,更に防眩性効果を増大させることができるとともに青色ハザードを低減でき目の健康保全への寄与が期待できる。
…(省略)…
【0037】
上記各構成において,波長域450?550nmにおける全体平均透過率(積分平均)が30%以下であることがより望ましい。青色ハザードの低減がより確実となる。
…(省略)…
【0038】
前記構成において,バレーの極小値を5%以上とし,バレー長波長側・短波長側は,通常,バレー値の波長の±20nmの波長範囲内の視感透過率値の最大値に対して最小値の比率が,0.5?0.9であるものとすることが望ましい。
【0039】
また,バレー長波長側の極小値は25%以上とすることが,特定波長の光の視認性をより確保し易くなる。
【0040】
バレーの曲率が大きすぎる(平板状・ダル)であると,バレーによる波長カットを奏しがたい。逆に,バレー曲率が小さい(シャープである)と,バレー波長の両側近傍の発光照度差が大きくなって,バレー波長の発光色の視認性が低下するおそれがある。
…(省略)…」

ウ 上記ア及びイからは,以下の事項が理解できる。
(ア)段落【0032】の記載からみて,本件特許発明の課題は,眼鏡レンズ等に適用した場合,優れた防眩性能を有するとともに,目の保護の観点から優れ,且つ,視認性を確保し易い防眩光学要素を提供することにある。

(イ)優れた防眩性能を有することに関して,段落【0004】には,人間の眼が,明順応状態の視覚では,510?600nmの光を最も明るく感じることが記載されている。また,段落【0036】の記載からは,眩しさの原因である標準比視感度曲線の中心波長近傍に,バレー(極小)長波長側を有すると,偏光素子と相まって防眩性能を向上させることができることが理解できる。加えて,波長域450?550nm(青色系で強度の強い範囲)に他のバレーを有する又はシャープな透過率ピークを有しないと,更に防眩性効果を増大させることができることが理解できる。

(ウ)眼の保護の観点から優れることに関して,段落【0019】には,目の健康上の見地から,防眩性能の向上に加え,紫・青色の青色系波長域のカットが要求されるようになってきたことが記載されている。また,段落【0036】の記載からは,波長域450?550nm(青色系で強度の強い範囲)に他のバレーを有する又はシャープな透過率ピークを有しないと,青色ハザードを低減でき目の健康保全への寄与が期待できることが理解できる。加えて,段落【0037】の記載からは,波長域450?550nmにおける全体平均透過率(積分平均)が30%以下であると,青色ハザードの低減がより確実となることが理解できる。

(エ)視認性を確保しやすくすることに関して,段落【0030】には,眩しさを与え易い波長域の透過率を低くすることにより,防眩性能は向上するが,バレー透過率が低すぎたり,該バレーがシャープであったりすると,視認性が低下することが記載されている。また,段落【0038】?【0040】の記載からは,バレーの極小値を5%以上とし,バレー長波長側・短波長側は,通常,バレー値の波長の±20nmの波長範囲内の視感透過率値の最大値に対して最小値の比率が,0.5?0.9であるものとすると,視認性を確保しやすくなることが理解できる。加えて,段落【0039】の記載からは,バレー長波長側の極小値は25%以上とすると,特定波長の光の視認性をより確保し易くなることが理解できる。

エ 本件特許発明は,少なくとも,以下(A)?(D)の構成を具備している。
(A) 薄板状の偏光素子の少なくとも片面に透明基材層を有して,前記偏光素子と前記透明基材層とで構成される二層以上の多層とされた光学要素である。
(B) バレー長波長側は,複数個存在する場合にはその各々が,極小値が25%超であるとともに,バレー波長の±20nmの波長範囲内の透過率値の最大値に対して最小値の比率が,0.5?0.9である。
(C) 波長域450?550nmにバレー短波長側を少なくとも1個有する,又は波長域450?550nmに透過率ピークを有さない。
(D) 波長域450?550nmにおける全体平均透過率(積分平均)が30%以下である。
そうしてみると,本件特許発明は,「優れた防眩性能を有する」という発明が解決しようとする課題に対応した課題を解決するための手段として,上記(A),(B)及び(D)の構成を具備していることが理解できる。また,本件特許発明は,「眼の保護の観点から優れる」という発明が解決しようとする課題に対応した課題を解決するための手段として,上記(C)及び(D)の構成を具備していることが理解できる。そして,本件特許得発明は,「視認性を確保し易い」という発明が解決しようとする課題に対応した課題を解決するための手段として,上記(B)の構成を具備していることが理解できる。
したがって,本件特許発明は,発明が解決しようとする課題の各々に対応した課題を解決するための手段を,少なくとも1つずつ具備している。

オ よって,本件特許発明は,発明の詳細な説明において,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内にあるから,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載したものである。

カ 異議申立人は,(a)本件特許発明が具備する構成のうち,透過率曲線に関する構成のみから,本件特許発明の要旨に含まれる透過率曲線のパターンの範囲を認定した上で,(b)存在する色素を使用して発現しうる透過率曲線のパターンは限られること,(c)本件特許の発明の詳細な説明の実施例で実証されているものは,限られた種類の色素を特定量使用した特定のパターンのみであることを挙げて,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであると主張する。
しかしながら,本件特許発明は,その構成の一つとして「特定波長吸収色素」を含有するものであるから,本件特許発明は,想定可能な色素を前提とした発明である。そうしてみると,想定不可能な色素を使用してのみ発現しうる(製造不可能な)透過率曲線のパターンの防眩光学要素が,本件特許発明の要旨に含まれないことは,特許請求の範囲の記載から明らかである。そして,本件特許発明の要旨に含まれない発明については,発明の詳細な説明に記載したものである必要はない。
また,上記ア?オで述べたとおり,本件特許の発明の詳細な説明には,発明が解決しようとする課題に対応した課題を解決するための手段が,その因果関係とともに記載され,かつ,本件特許発明は,発明が解決しようとする課題対応した課題を解決するための手段を具備している。したがって,実施例で実証されている色素の種類が限られたものであるとしても,本件特許発明は,発明の詳細な説明において,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内にある。

(2) 透過率曲線のパターン(36条4項1号)について
本件特許の発明の詳細な説明の段落【0103】?【0112】,【0113】?【0123】及び【0136】の【表2】には,本件特許発明に対応する防眩光学要素の実施例が製造方法も含めて記載されている(実施例3及び実施例4)。また,本件特許の発明の詳細な説明の段落【0001】?【0003】には,技術分野として本件特許発明の防眩光学要素の用途が記載されている。
したがって,本件特許発明の防眩光学要素は,製造することができ,また,使用することができるものである。
よって,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件特許発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

なお,異議申立人は,(a)本件特許発明が具備する構成のうち,透過率曲線に関する構成のみから,本件特許発明の要旨に含まれる透過率曲線のパターンの範囲を認定した上で,(b)存在する色素を使用して発現しうる透過率曲線のパターンは限られること,(c)本件特許の発明の詳細な説明の実施例で実証されているものは,限られた種類の色素を特定量使用した特定のパターンのみであることを挙げて,透過率曲線の広範な範囲について,当業者は,本件特許発明を実施することができないと主張する。
しかしながら,本件特許発明は,その構成の一つとして「特定波長吸収色素」を含有するものであるから,本件特許発明は,想定可能な色素を前提とした発明である。そうしてみると,想定不可能な色素を使用してのみ発現しうる(製造不可能な)透過率曲線のパターンの防眩光学要素が,本件特許発明の要旨に含まれないことは,特許請求の範囲の記載から明らかである。したがって,想定不可能な色素を使用してのみ発現しうる(製造不可能な)透過率曲線のパターンの防眩光学要素について当業者が実施できないとしても,36条4項1号の適合しないことにはならない。また,色素は,通常,その吸収波長及び吸収率等が仕様とされて市販されている。したがって,目標とする透過率曲線のパターンが存在すれば,それを実現するための色素の選択及び分量の決定は,当業者における通常の試行錯誤の範囲内で可能なものである。
よって,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件特許発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。

(3) バレーの数について
本件特許発明が,発明の詳細な説明に記載したものであること,及び本件特許の発明の詳細な説明の記載が,当業者が本件特許発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであることは,前記(1)で述べたとおりである。
異議申立人は,本件特許発明は,バレーの数が多数(無限大)の場合を包含すると主張する。しかしながら,本件特許発明は,「特定波長吸収色素」を含有する発明であり,また,「分光光度計にて測定された透過率曲線」により規定される発明である。したがって,バレーの数が,想定可能な色素によって形成され得る数を超える発明や,分光光度計ではもはや測定できない(バレーとして分解できない)発明が,本件特許発明の要旨に含まれないことは,特許請求の範囲の記載から明らかである。そして,本件特許発明の要旨に含まれない発明については,発明の詳細な説明に記載したものである必要はない。
また,上記(1)ア?オで述べたとおり,本件特許の発明の詳細な説明には,発明が解決しようとする課題に対応した課題を解決するための手段が,その因果関係とともに記載され,かつ,本件特許発明は,発明が解決しようとする課題対応した課題を解決するための手段を具備している。したがって,実施例で実証されている色素の種類が限られたものであるとしても,本件特許発明は,発明の詳細な説明において,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内にある。
加えて,色素は,通常,その吸収波長及び吸収率等が仕様とされて市販されている。したがって,目標とするバレーの数が決まれば,それを実現するための色素の選択及び分量の決定は,当業者における通常の試行錯誤の範囲内で可能なものである。

(4) 紫外線吸収剤及び特定波長色素について
前記(1)及び(2)と同様である。

4 申立の理由1-2?1-4(36条)について
(1) 申立の理由1-2について
ア 請求項1について
(ア)バレー短波長側のみを有する発明について
特許請求の範囲の記載からみて,バレー短波長側のみを有する(バレー長波長側を有さない)発明は,本件特許発明1の要旨の範囲外である。
したがって,本件特許の発明の詳細な説明に,バレー短波長側のみを有する発明が記載されていないからといって,本件特許発明1が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないことにはならない。

(イ)バレー長波長側が複数個存在する発明について
本件特許の発明の詳細な説明の段落【0113】?【0123】及び【0136】の【表2】には,本件特許発明1に対応する防眩光学要素の実施例が,製造方法も含めて開示されている(実施例4)。
また,本件特許の発明の詳細な説明の段落【0089】には,「特定波長吸収色素としては,公知のものから,例えば,テトラアザポルフィリン化合物,スクアリリウム化合物,アゾメチル系,インドール系のものを1種又は2種以上選択して使用することができる。」と記載されている。そして,本件特許の発明の詳細な説明の段落【0100】には,吸収ピーク波長595nmの色素「C-01」,吸収ピーク波長585nmの色素「C-02」及び吸収ピーク波長594nmの色素「C-05」が挙げられている。
公知の色素の中から,吸収波長が異なる色素を所望数選択すれば,所望数の吸収波長のバレーが得られることは,技術的にみて明らかである。例えば,C-01及びC-02を併用すれば,595nmと585nmに2つのバレー長波長側ができる。
したがって,本件特許発明1は,発明の詳細な説明に記載したものである。

イ 請求項2について
特許請求の範囲の記載からみて,バレー短波長側のみを有する(バレー長波長側を有さない)発明は,本件特許発明2の要旨の範囲外である。また,上記アで述べたとおり,公知の色素の中から,吸収波長の異なる色素を所望数選択すれば,所望数の吸収波長のバレーが得られることは,技術的にみて明らかである。
したがって,本件特許発明2は,発明の詳細な説明に記載したものである。

(2) 申立の理由1-3について
前記(1)アのとおりであるから,当業者は,本件特許発明1及び本件特許発明2を実施することができる。

(3) 申立の理由1-4について
ア 請求項1について
請求項1には,「前記バレー長波長側は,複数個存在する場合にはその各々が,極小値が25%超である」と記載され,「前記バレー長波長側が複数個存在する場合には,その各々が,極小値が25%超である」とは記載されていない。
請求項1の「前記バレー長波長側は,複数個存在する場合にはその各々が,極小値が25%超である」の記載が,「前記バレー長波長側は,極小値が25%超である」ことと,「前記バレー長波長側が複数個存在する場合には,その各々が,極小値が25%超である」ことを併せて表現したものであることは明らかである。
したがって,本件特許発明1は明確である。

イ 請求項2について
請求項1と同様の理由により,本件特許発明2は明確である。

5 まとめ
本件特許1?本件特許6は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるということができない。また,本件特許1?本件特許6は,特許法36条4項1号,特許法36条6項1号,又は特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるということができない。
したがって,特許異議申立の理由及び証拠によっては,本件特許1?本件特許6を取り消すことはできない。
また,他に,本件特許1?本件特許6を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-10-06 
出願番号 特願2011-38468(P2011-38468)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (G02C)
P 1 651・ 536- Y (G02C)
P 1 651・ 121- Y (G02C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 加藤 昌伸竹村 真一郎  
特許庁審判長 藤原 敬士
特許庁審判官 多田 達也
樋口 信宏
登録日 2015-10-16 
登録番号 特許第5824218号(P5824218)
権利者 伊藤光学工業株式会社
発明の名称 防眩光学要素  
代理人 赤座 泰輔  
代理人 江間 路子  
代理人 飯田 昭夫  
代理人 上田 千織  
代理人 安藤 敏之  
代理人 荒木 佳幸  

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