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審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07C |
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管理番号 | 1320952 |
審判番号 | 不服2015-14142 |
総通号数 | 204 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2016-12-22 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2015-07-28 |
確定日 | 2016-10-27 |
事件の表示 | 特願2010-285075「金属サレン錯体化合物及びその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成24年 7月12日出願公開、特開2012-131737〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 この出願は、平成22年12月21日の出願であって、平成26年9月11日付けで拒絶理由が通知され、同年11月17日に意見書および手続補正書が提出され、平成27年5月15日付けで拒絶査定され、同年7月28日に拒絶査定不服審判が請求されると同時に手続補正書が提出され、平成28年7月8日付けで上申書が提出されたものである。 第2 平成27年7月28日付けの手続補正についての補正却下の決定 [補正却下の決定の結論] 平成27年7月28日付けの手続補正を却下する。 [理由] 1 補正の内容 平成27年7月28日付けの手続補正(以下、「本件補正」という。)は、特許請求の範囲について、平成26年11月17日付け手続補正により補正された請求項1である 「【請求項1】 結晶粒径が1μm以下、かつ、100nm以上500nm以下の結晶粒径が全体の70%以上であり、 個体に静注で投与された後、外部磁場によって磁化され、目的とする領域まで誘導可能な磁気特性を有するN,N’-Bis (salicylidene) ethylenediamine iron系化合物を強磁性成分として含有する磁性体。」 を 「【請求項1】 結晶粒径が1μm以下、かつ、100nm以上500nm以下の結晶粒径が全体の70%以上であり、 個体に静注で投与された後、外部磁場によって磁化され、目的とする領域まで誘導可能な磁気特性を有するN, N' - Bis (salicylidene) ethylenediamine iron系化合物を強磁性成分として含有する磁性体からなる抗腫瘍薬剤。」 とする補正を含むものである。 2 補正の適否 上記補正は、発明を特定する事項である本件補正前の請求項1の「磁性体」を「磁性体からなる抗腫瘍薬剤」に限定するものであり補正前後で、発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一であるので、特許法第17条の2第5項第2号に規定された特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。 そこで、補正後の請求項1に係る発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるか否か(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するか否か)について検討する。 (1)引用刊行物 刊行物1:特開2009-173631号公報(原査定の拒絶の理由に引用された引用文献1) 刊行物2:特開2004-262810号公報(原査定の拒絶の理由に引用された引用文献2) 刊行物3:社団法人日本化学会編「第5版 実験化学講座 28 -ナノテクノロジーの化学-」平成17年7月30日、丸善、334?343頁 刊行物4:特表2009-534350号公報 刊行物5:特開2010-9044号公報 刊行物6:国際公開第2009/119757号 刊行物7:緒方 章 外2名著「化学実験操作法」昭和52年6月20日、南江堂、訂正第36版、519頁 なお、刊行物3?7は本願出願日時点の技術常識を示す文献である。 (2)刊行物の記載事項 ア 刊行物1 原査定の拒絶の理由に引用された本願の出願の日前に頒布された刊行物である特開2009-173631号公報には、以下の記載がある。 (1a)「【請求項1】 下記式(I)?(V)のいずれかで示される鉄サレン錯体。 【化1】 (式(I)において、Xは、下記のいずれかである: -H -CO_(2)Me -CO(OCH_(2)CH_(2))_(n)OCH_(3) 【化2】 (R_(2)はアデニン、グアニン、チミン、シトシン、ないしウラシルからなる核酸が複数結合されてなる)、又は -NHR_(1)(R_(1)は水酸基を有する置換基である) 【化3】 (式(II)において、Xは、-NHR_(1)(R_(1)は水酸基を有する置換基である)、-Cl、-Br、又は-Hである) 【化4】 【化5】 (式(IV)において、Yは、-H、-NH_(2)、又は-NHR_(1)(R_(1)は水酸基を有する置換基である)であり、Zは-Cl又は-NHR_(1)(R_(1)は水酸基を有する置換基である)である) 【化6】 (式(V)において、R_(1)は-Cl又は-NHR_(3)(R_(3)は水酸基を有する置換基である)であり、R_(2)は-H、-NH_(2)、又は-NHR_(4)(R_(4)は水酸基を有する置換基である)である)」 (1b)「【発明の効果】 【0012】 本発明によれば、鉄サレン錯体自体に磁性をもたせることができるため、これを薬剤として用いれば、従来のように磁性体からなる担体を用いることなく、薬剤自体が有する磁性を利用して体内の患部まで薬剤を誘導することができる。 また、薬剤に交流磁場を印加することにより温度を上昇させがん細胞を殺傷することも可能である。 その結果、従来における、経口投与が困難なこと、担体分子が一般的に巨大であること、あるいは薬剤分子との結合強度、親和性に技術的な問題があることを解決することができ、実用化が容易なドラッグ・デリバリ・システムを実現することが出来る。」 (1c)「【課題を解決するための手段】 【0010】 本発明は、下記式(I)?(V)のいずれかで示される鉄サレン錯体を提供する。 【化1】 (式(I)において、Xは、下記のいずれかである: -H -CO_(2)Me -CO(OCH_(2)CH_(2))_(n)OCH_(3) 【化2】 (R_(2)はアデニン、グアニン、チミン、シトシン、ないしウラシルからなる核酸が複数結合されてなる)、又は -NHR_(1)(R_(1)は水酸基を有する置換基である) 【化3】 (式(II)において、Xは、-NHR_(1)(R_(1)は水酸基を有する置換基である)、-Cl、-Br、又は-Hである) 【化4】 【化5】 (式(IV)において、Yは、-H、-NH_(2)、又は-NHR_(1)(R_(1)は水酸基を有する置換基である)であり、Zは-Cl又は-NHR_(1)(R_(1)は水酸基を有する置換基である)である) 【化6】 (式(V)において、R_(1)は-Cl又は-NHR_(3)(R_(3)は水酸基を有する置換基である)であり、R_(2)は-H、-NH_(2)、又は-NHR_(4)(R_(4)は水酸基を有する置換基である)である) 【0011】 本発明の鉄サレン錯体は、上記式(I)?(V)で示される特定の構造を有していることにより、水溶性に優れ、かつ磁性を有する。両端に水素結合を多く有する置換基を結合させることにより、水溶性を向上させ、かつ磁性を有する。 本発明の鉄サレン錯体は、磁性を有するため、特定の化合物を結合させた磁性を有する薬剤を提供することができる。」 (1d)「【0034】 (薬剤) 本発明の薬剤は、上記の鉄サレン錯体からなる。 本発明の薬剤の使用例としては、薬剤自体が磁性を有するため、個体に投与した後、当該個体に磁界を加えて、薬剤を目的とする組織又は患部に誘導させることができる。 別の使用例としては、個体の組織内又は患部内に磁力発生手段を適用し、薬剤を当該組織又は患部に誘導させることができる。 別の使用例としては、個体の組織内又は患部内に当該個体の体液を供給する血管等の経路の途中に磁力発生手段を配置して、薬剤を下流の組織又は患部に誘導させることができる。 別の使用例としては、R_(1)がローダミン(蛍光色素)である鉄サレン錯体からなる薬剤に、光を照射して発光させ、これを検出することで、薬剤の体内動態を検知することができる。 別の使用例として、薬剤を磁場により患部へ誘導後、交流磁場を薬に印加して、がん細胞周辺の温度をがん細胞殺傷温度へ上昇させ、がん細胞のみを殺すことができる。 【0035】 (薬剤誘導システム) 本発明の薬剤は、体内に投与した薬剤を、当該薬剤の磁性を利用して所定の患部に誘導する誘導システムであって、個体の表面、組織、又は患部に対して磁場を発生する手段を配置するようにした、薬剤誘導システム、に適用することができる。 本発明の薬剤は、体内に投与した薬剤を、当該薬剤の磁性を利用して所定の患部に誘導する誘導システムであって、個体に対して磁場を発生する手段と、当該磁場を前記個体の目的とする組織又は患部に誘導する手段と、を備える薬剤誘導システム、に適用することができる。 前記磁場を発生する手段は、2つの磁石を対にして当該二つの磁石の間に前記目的とする組織又は患部を置き、当該組織又は患部に磁束を集中させるように構成されてなる、ことが好ましい。」 (1e)「【0040】 (実施例1) 鉄サレン錯体の合成を、次のように行った。 【0041】 【化24】 【0042】 4-nitrophenol (25g, 0.18mol)、hexamethylene tetramine (25g, 0.18mol)、 polyphosphoric acid (200ml)の混合物を1時間100℃で攪拌した。その後、その混合物を500mlの酢酸エチルと1Lの水の中に入れ、完全に溶解するまで攪拌した。さらにその溶液に400mlの酢酸エチルを追加で加えたところその溶液は2つの相に分離し、水の相を取り除き、残りの化合物を塩性溶剤で2回洗浄し、無水MgSO4で乾燥させた結果、compound 2が17g(収率57%)合成できた。 【0043】 【化25】 【0044】 compound 2 (17g, 0.10mol), acetic anhydride (200ml), H_(2)SO_(4) (少々)を室温で1時間攪拌させた。得られた溶液は、氷水(2L)の中に0.5時間混ぜ、加水分解を行った。得られた溶液をフィルターにかけ、大気中で乾燥させたところ白い粉末状のものが得られた。酢酸エチルを含む溶液を使ってその粉末を再結晶化させたところ、24gのCompound 3(収率76%)の白い結晶を得ることができた。 【0045】 【化26】 【0046】 compound 3 (24g, 77mmolとメタノール(500ml)に10%のパラジウムを担持したカーボン(2.4g)の混合物を一晩 1.5気圧の水素還元雰囲気で還元した。終了後、フィルターでろ過したところ茶色油状のcompound 4 (21g)が合成できた。 【0047】 【化27】 【0048】 無水ジクロメタン(DCM) (200ml)にcompound 4 (21g, 75mmol), di(tert-butyl) dicarbonate (18g, 82mmol)を窒素雰囲気で一晩攪拌した。得られた溶液を真空中で蒸発させた後、メタノール(100ml)で溶解させた。その後、水酸化ナトリウム(15g, 374mmol)と水(50ml)を加え、5時間還流させた。その後冷却し、フィルターでろ過し、水で洗浄後、真空中て乾燥させたところ茶色化合物が得られた。 得られた化合物は、シリカジェルを使ったフラッシュクロマトグラフィーを2回行うことで、10gのcompound 6(収率58%)が得られた。 【0049】 【化28】 【0050】 無水エタノール400mlの中にcompound 6 (10g, 42mmol)を入れ、加熱しながら還流させ、無水エタノール20mlにエチレンジアミン(1.3g, 21mmol)を0.5時間攪拌しながら数滴加えた。そして、その混合溶液を氷の容器に入れて冷却し15分間かき混ぜた。その後、200mlのエタノールで洗浄しフィルターをかけ、真空で乾燥させたところcompound 7が8.5g (収率82%)で合成できた。 【0051】 【化29】 【0052】 無水メタノール(50ml)の中にcompound 7 (8.2g, 16mmol)、triethylamine (22ml, 160mmol)をいれ、10mlメタノールの中にFeCl_(3)(2.7g, 16mmol)を加えた溶液を窒素雰囲気下で混合した。室温窒素雰囲気で1時間混合したところ茶色の化合物が得られた。その後、真空中で乾燥させた。得られた化合物はジクロロメタン400mlで希釈し、塩性溶液で2回洗浄し、真空中で乾燥させたところcomplex Aが得られた。 得られた化合物を、ジエチルエーテルとパラフィンの溶液中で再結晶させ高速液化クロマトグラフィーで測定したところ、純度95%以上のcomplex A(鉄サレン錯体)5.7g(収率62%)を得た。」 (1f)「【0069】 (実施例5) 【化38】 【0070】 【化17】 【0071】 【化16】 【0072】 上記式で示されるそれぞれの鉄サレン錯体を用いて、以下の実験を行った。 ラットL6細胞が30%のコンフルエントの状態の時に上記式で示される鉄サレン錯体粉末を磁石に引き寄せられるのが目視できる程度の量を培地にふりかけて48時間後に培地の状態を写真撮影した。 図1はラットL6細胞の培地がある角型フラスコに棒磁石を接触させた状態を示している。次いで、48時間後角型フラスコ底面の一端から他端までを撮影し、細胞数を算出した結果を図2に示す。図2において磁石から近位とは、角型フラスコ底面における磁石端面の投影面積内を示し、磁石から遠位とは、角型フラスコ底面において磁石端面と反対側にある領域を示す。 【0073】 図2に示すように、磁石から近位では鉄サレン錯体が引き寄せられて鉄サレン錯体の濃度が増し鉄サレン錯体のDNA抑制作用によって細胞数が遠位よりも極端に低いことが分かる。この結果、本発明による、磁性を持った薬剤と、磁気発生手段とを備えたシステムによって、個体の目的とする患部や組織に薬剤を集中して存在させることが可能となる。次に本発明に係る誘導装置の他の例について説明する。この誘導装置は、図3に示すように重力方向に互いに向き合う一対の磁石230,232がスタンド234とクランプ235によって支持されており、磁石の間には金属板236が置かれている。一対の磁石間に金属板、特に鉄板をおくことにより、局所的に一様で強力な磁界を作り出すことができる。 【0074】 この誘導装置は磁石の代わりに電磁石を用いて発生磁力を可変にすることができる。また、XYZ方向に一対の磁力発生手段を移動できるようにして、テーブル上の固体の目的とする位置に磁力発生手段を移動させることができる。 この磁界の領域に固体の組織を置くことにより、この組織に薬剤を集中させることができる。体重約30グラムのマウスに既述の金属錯体(薬剤濃度5mg/ml(15mM))を静注して開腹し、右の腎臓を前記一対の磁石の間に来るようにマウスを鉄板の上に置く。 使用した磁石は、信越化学工業株式会社製 品番:N50(ネオジウム系永久磁石) 残留磁束密度:1.39-1.44 Tである。このとき、右側の腎臓に与えられた磁場は約0.3(T)で左側の腎臓に与えられる磁場はその約1/10である。左の腎臓及び磁界を適用しない腎臓(コントロール)と共に、マウスの右腎に磁界を加えて10分後MRIでSNRをT1モード及びT2モードで測定した。その結果、図4に示すように、磁界を加えた右腎(RT)が左腎(LT)及びコントロールに比較して薬剤を組織内に留め置くことができることが確認された。 【0075】 図5に、マウスにおけるメラノーマ成長に対するサレン錯体の効果を示す。メラノーマは、培養メラノーマ細胞(クローンM3メラノーマ細胞)の局所的移植によって、マウス尾腱においてin vivoに形成された。サレン錯体を尾腱の静脈から静脈投与し(50 mg/kg)、市販の棒磁石(630mT、円筒状ネオジウム磁石、長さ150mm、直径20mm)を用いて、局所的に磁場を印加した。サレン錯体を注入した直後に、メラノーマ部位に3時間穏やかに棒磁石を接触させた。棒磁石の適用は、磁場強度がメラノーマ浸潤が予想される部位に最大となるように、150mmの長さにわたって2週間の成長期間行った。サレン錯体の初回注入の12日後に、メラノーマ浸潤の大きさを評価することによって、メラノーマの増大を評価した。 図6に示すように、サレン錯体の代わりに、塩水を注入した塩水グループ(saline)では、メラノーマ増大は最大であった(100±17.2%)。一方、磁場を適用せずにサレン錯体を注入したSCグループでは、メラノーマ増大は緩やかに減少した(63.68±16.3%)。これに対して、磁場を適用しつつ(n=7?10)サレン錯体を注入したSC+Magグループでは、ほとんどのメラノーマが消失した(9.05±3.42%)。 図7に示すように、組織学的検討を、腫瘍増殖マーカーであるanti-Ki-67抗体及びanti-Cyclin D1抗体を用いて、ヘマトキシリン-エオジン染色及び免疫組織染色により行った。その結果、サレン錯体を注入した場合(SC)においてメラノーマの腫瘍増大が減少し、さらにサレン錯体に磁場の適用が組み合わされた場合にはほとんどが消失することが分かった。 【0076】 また、薬剤に磁場強度200 Oe(エルステッド)、周波数50kHzから200KHzの交流磁場を印加したところ2℃から10℃薬剤の温度が上昇した(図8)。これは、体内投与時の温度に換算したところ39℃から47℃に相当しがん細胞を殺傷することが可能な温度域であることを確認した。」 イ 刊行物2 原査定の拒絶の理由に引用された本願の出願の日前に頒布された刊行物である特開2004-262810号公報には、以下の記載がある。 (2a)「【0002】 【従来の技術】 平均粒径が1000nm未満、すなわち平均粒径が1μmより小さいナノオーダーの微粉体、すなわちナノ粒子は、従来のミクロンサイズの微粉体に比べて、比表面積や活性度が極めて大きく、様々な物性が劇的に変化し、あらゆる分野で製品性能特性の画期的な向上をもたらす可能性が高い。特に、医薬品・医療品分野における製剤技術の分野では、ナノ粒子の応用範囲は非常に広いものとなっている。 【0003】 具体的には、まず、ナノ粒子は非常に粒子径が小さい。そのため、例えば、注射剤においては、末端毛細血管の直径が約4μm程度であることから、固形の薬物をナノ粒子化すれば、静脈注射を行っても血栓の発生を回避できる。また、筋肉注射や皮下注射でも炎症や腫傷形成等を軽減させることが可能である。 【0004】 さらに、ナノ粒子は比表面積が大きいことから、表面エネルギーの増加をもたらし、その結果、ナノ粒子は高反応性を示すことになる。それゆえ、薬物の経口、経肺投与においては、薬物のナノ粒子化により、生体内での薬物の透過性や吸収部位到達性を向上できるとともに、ナノ粒子は生体膜の表面に強く付着し易いため、薬物の吸収部位滞留性等が増大し、その結果、薬物の吸収性を増大させることが可能となる。 【0005】 したがって、ナノ粒子は、ドラッグデリバリーシステム(Drug Delivery System、薬物送達システム、以下DDSと略す)の開発においても非常に注目されている。」 ウ 刊行物3 本願の出願の日前に頒布された刊行物3には、以下の記載がある。 (3a)「3.3.2 ナノ磁性微粒子 ナノ磁性微粒子は磁性流体においてすでに実用化されているように、ナノテクノロジーが注目される以前から研究されていた。一方、磁気記録やバイオ・医療技術において磁性微粒子の微細化の要求が高まるにつれ、再び注目を集めるようになってきた。」(334頁下から5?2行) (3b)「微粒子の粒径と保持力の関係は図3.136(a)に示すように、粒径の減少とともにまず保持力は増加するが、極大値をとるように、それ以降の粒径の減少については保持力も低下する。」(337頁下から10?6行) エ 刊行物4 本願の出願の日前に頒布された刊行物4には、以下の記載がある。 (4a)「【0025】 本発明に有用な生体適合性の磁性粒子は、マクロファージによって(食菌作用によって)捕獲されることなく細胞に入るために(エンドサイトーシスのプロセスによって)、組織に拡散できるようにサイズが十分小さく、37℃で印加された磁場に反応するのに十分大きい必要がある。したがって、直径200nm未満、好ましくは約100nm未満、または直径約10nmから約100nm未満の範囲の粒子、さらにより好ましくは直径50nm未満の粒子が本発明に適している。本発明に有用な好ましい粒子は、約10から約50nmの間の直径を有する。磁気コアは、治療および診断効果をもたらすための磁気特性、特に強磁性の特性を示すために十分大きくなければならない。」 オ 刊行物5 本願の出願の日前に頒布された刊行物5には、以下の記載がある。 (5a)「【0005】 残留磁気は、粒子サイズおよび磁性顔料コーティングの密度の関数として増加する傾向がある。したがって、磁性粒子のサイズが減少すると、磁性粒子は、対応する残留磁気の減少を経験する傾向がある。」 カ 刊行物6 本願の出願の日前に頒布された刊行物6には、以下の記載がある。 (6a)「[0046][2]被覆金属微粒子の構造及び特性 (1)被覆金属微粒子の粒径及び粒径分布 上記方法により得られる被覆金属微粒子の粒径は、M酸化物粉末の粒径に依存する。高い耐食性及び分散性を得るために、被覆金属微粒子のメディアン径(d50)は0.4?0.7μmである。メディアン径が0.4μm未満であると、十分な厚さの被覆を確保できずに耐食性が低くなるだけでなく、1粒子当たりの磁化が極めて小さくなり磁気応答性が低くなってしまう。メディアン径(d50)が0.7μmを超えると、分散性が低下し、液体中での粒子沈降が速くなりハンドリングが難しくなる。 [0047] 被覆金属微粒子の粒度分布幅を表す変動係数は35%以下が好ましい。変動係数が35%を越えると、0.4?0.7μmの粒径範囲から外れた粒子の割合が増加するため、前記耐食性の低下、磁気応答性の低下、分散性の低下等の問題が生じる。変動係数を35%以下にすることで、1粒子当りの磁化のばらつきが小さくなるので溶液中で分散させた粒子を磁気捕捉する際の集磁性が良好となる。」(10頁5?17行) キ 刊行物7 本願の出願の日前に頒布された刊行物7には、以下の記載がある。 (7a)「結晶の大きさ 過飽和溶液は真空中で生成しやすいことと、過飽和溶液がはいっている容器の器壁を摩擦すると、結晶の生成が促されることはp.524に述べるが、結晶を析出するはずの溶液に刺激をあたえずにおくと、結晶の生成は遅れる。長期間かかってゆるゆる生成した結晶は、非常に大きくなる。・・・大きな結晶は、結晶中に母液を包含するのが常であるから、結晶の形よりも、むしろ純粋なことの方が必要な場合、例えば分析などに供する極純粋な製品を作ろうとするときには、飽和溶液を急に冷やし、しかも冷やしている間、液をかき回して、なるべく早く結晶させ、小さな結晶を作る方が良い。」(519頁7?19行) (3)刊行物1記載の発明 摘記(1a)及び摘記(1c)には、下記式(I)で示される磁性を有する鉄サレン錯体の一つが記載されており、 摘記(1b)には、鉄サレン錯体自体に磁性を持たせることができ、薬剤自体の磁性を利用して体内の患部まで薬剤を誘導できることが記載され、摘記(1d)には、鉄サレン錯体からなる薬剤の使用例として、薬剤自体が磁性を有するため、個体に投与した後、当該個体に磁界を加えて、薬剤を目的とする組織又は患部に誘導させることができることが記載されている。 そして、摘記(1e)には、実施例として、鉄サレン錯体を合成し、Complex Aを得て、再結晶して純度95%以上のComplex A(鉄サレン錯体)を得たことが記載され、摘記(1f)には、マウスにメラノーマ細胞を形成し、サレン錯体をマウスの尾腱の静脈から静脈投与し棒磁石を用いて、局所的に磁場を印加し、磁場強度がメラノーマ浸潤が予想される部位に最大となるように行い、注入12日後のメラノーマ浸潤の大きさを評価し、メラノーマの増大を評価したり、腫瘍増殖マーカーを用いて、組織学的検討をした結果、共にサレン錯体に磁場の適用が組み合わされた場合ほとんどのメラノーマ腫瘍が消失したことが記載されている。 実施例で、摘記(1f)には、【0017】の式(1)において、XがHの場合も含めて、鉄サレン錯体を用いて抗腫瘍作用の実験が行われたことが記載されているのであるから、刊行物1には、以下の発明が記載されているといえる(以下「刊行物1発明」という。)。 「薬剤自体が磁性を有するため、個体に投与した後、当該個体に磁界を加えて、薬剤を目的とする組織又は患部に誘導させることができる再結晶して合成した下記式(I) で示される磁性を有する鉄サレン錯体からなり、該サレン錯体をマウスの尾腱の静脈から静脈投与し棒磁石を用いて、局所的に磁場を印加し、磁場強度がメラノーマ浸潤が予想される部位に最大となるように行うことで、メラノーマ腫瘍を消失させる薬剤」 (4)対比・判断 ア 対比 刊行物1発明の「薬剤自体が磁性を有するため、個体に投与した後、当該個体に磁界を加えて、薬剤を目的とする組織又は患部に誘導させることができ」「マウスの尾腱の静脈から静脈投与し棒磁石を用いて、局所的に磁場を印加し、磁場強度がメラノーマ浸潤が予想される部位に最大となるように行う」ことは、本願補正発明の「個体に静注で投与された後、外部磁場によって磁化され、目的とする領域まで誘導可能な磁気特性を有する」ことに該当し、刊行物1発明の「メラノーマ腫瘍を消失させる薬剤」は、本願補正発明の「抗腫瘍薬剤」に相当し、刊行物1発明は、磁性を有するのであるから磁性体であり、再結晶して合成したのであるから結晶であり、「式(I)で示される」「鉄サレン錯体」は、式(I)の構造式から、N,N’-Bis (salicylidene) ethylenediamine iron系化合物に該当し、薬剤自体が磁性を有し磁場の印加により目的の場所に誘導されるのであるから一定の強磁性を有するものといえる。 そうすると、本願補正発明と刊行物1発明とは、 「結晶であり、 個体に静注で投与された後、外部磁場によって磁化され、目的とする領域まで誘導可能な磁気特性を有するN, N' - Bis (salicylidene) ethylenediamine iron系化合物を強磁性成分として含有する磁性体からなる抗腫瘍薬剤」 である点で一致し、以下の点で相違している。 相違点:結晶粒径に関して、本願補正発明は、「結晶粒径が1μm以下、かつ、100nm以上500nm以下の結晶粒径が全体の70%以上であり」と特定されているのに対して、刊行物1発明は結晶粒径に関して明らかでない点 イ 相違点の判断 上記相違点について検討する。 (ア)結晶粒径の範囲及び割合の設定に関して 刊行物2の摘記(2a)に、「平均粒径が1μmより小さいナノオーダーの微粉体、すなわちナノ粒子は、従来のミクロンサイズの微粉体に比べて、比表面積や活性度が極めて大きく、様々な物性が劇的に変化し、あらゆる分野で製品性能特性の画期的な向上をもたらす可能性が高い。特に、医薬品・医療品分野における製剤技術の分野では、ナノ粒子の応用範囲は非常に広いものとなっている。・・・具体的には、まず、ナノ粒子は非常に粒子径が小さい。そのため、例えば、注射剤においては、末端毛細血管の直径が約4μm程度であることから、固形の薬物をナノ粒子化すれば、静脈注射を行っても血栓の発生を回避できる。」と記載されるように、医薬品における製剤技術の分野では末端毛細血管の直径が約4μm程度であることから、固形の薬物をナノ粒子化すれば、静脈注射を行っても血栓の発生を回避できることから平均粒径が1μmより小さいナノオーダーの微粉体、すなわちナノ粒子を用いることが公知技術であり、刊行物3の摘記(3a)(3b)、刊行物4の摘記(4a)、刊行物5の摘記(5a)、刊行物6の摘記(6a)に記載されるように、微粒子の結晶粒径と保持力又は磁気応答性とは相関関係があり、微粒子の粒径が極端に小さくなると減少すること、ある程度の粒径がないと磁気応答性に問題が生じることも本願出願時の技術常識であったことが理解できる。 したがって、刊行物1発明において、結晶粒径が1μm以下のナノ粒子の結晶粒径範囲を血管内での流動性と磁気応答性の観点から上下限を設定する動機付けは存在したといえる。 また、刊行物6摘記(6a)にあるように、目的とする結晶粒径範囲にある粒子が全体においてできるだけ多く存在することがより望ましいことは当然であるので、血管内での流動性と磁気応答性を満たす粒径範囲、そのような範囲のものの全体に対する割合を設定することは当業者が容易になしうる技術的事項である。 (イ)結晶粒径の調整手段に関して 刊行物7摘記(7a)に記載されるように、結晶の大きさに関して、ゆっくり時間をかけて大きな結晶を成長させるのに対して、急冷によって、小さな純度の高い結晶が析出することは技術常識であり、本願明細書において、水冷等の急冷で結晶粒の粒径を制御して製造することは、本願出願時において、結晶作成の慣用手段であったといえるので、結晶粒径の調整手段の観点からも、本願補正発明は、刊行物1発明から当業者が容易に発明することができたものといえる。 エ 本願補正発明の効果について 本願明細書には、実施例1で得られた本願補正発明に該当する結晶を用いた薬剤を磁場とともに用いた場合にメラノーマ細胞が死滅し、血管閉塞がおこらないことが示され、比較例1の粒径が1ミクロンを超え粒径範囲の粒子が70%未満のものでは、血管閉塞がおこりマウスが死亡したとの結果が示されているものの、刊行物1には、本願補正発明と同様に、マウスのメラノーマ尾腱の静脈から静脈投与し棒磁石を用いて、局所的に磁場を印加し、磁場強度がメラノーマ浸潤が予想される部位に最大となるように行い、注入12日後のメラノーマ浸潤の大きさを評価し、腫瘍増殖マーカーを用いて、組織学的検討をした結果、共にサレン錯体に磁場の適用が組み合わされた場合ほとんどのメラノーマ腫瘍が消失したことが記載されているのであるから(摘記(1f)参照)、これも血管閉塞は生じず抗腫瘍薬剤として機能したことが示されているといえる。そうすると、ナノ微粒子において、血管内での流動性や磁気応答性の観点から一定の結晶粒径範囲や割合を設定することで、血管閉塞は生じず有効な抗腫瘍薬剤として作用したことは予測の範囲にすぎない。 したがって、本願補正発明の効果は、刊行物1記載の発明及び刊行物2記載の技術的事項、刊行物3?7の本願出願時の技術常識からみて、当業者の予測を超える顕著なものとはいえない。 オ 小括 以上のとおり、本願補正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができない。 3 補正却下のまとめ したがって、本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。 第3 本願発明について 1 本願発明の認定 第2で検討したとおり、平成27年7月28日付け手続補正は却下されることとなったので、この出願の請求項1に係る発明は、平成26年11月17日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の記載からみて、請求項1に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下「本願発明」という。)。 「【請求項1】 結晶粒径が1μm以下、かつ、100nm以上500nm以下の結晶粒径が全体の70%以上であり、 個体に静注で投与された後、外部磁場によって磁化され、目的とする領域まで誘導可能な磁気特性を有するN,N’-Bis (salicylidene) ethylenediamine iron系化合物を強磁性成分として含有する磁性体。」 第4 原査定の拒絶の理由 原査定の拒絶の理由の1つは、概略、以下のとおりのものと認める。 「この出願の請求項1に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である「特開2009-173631号公報」に記載された発明及び「特開2004-262810号公報」に記載された技術的事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」 特開2009-173631号公報は、前記刊行物1であり、特開2004-262810号公報は、前記刊行物2である。 拒絶査定の対象となった、平成26年11月17日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1である本願発明は、拒絶理由通知の対象となった、願書に最初に添付された特許請求の範囲の請求項1に対応する。 第5 当審の判断 当審は、原査定の拒絶の理由のとおり、本願発明は、前記刊行物1に記載された発明及び前記刊行物2に記載された技術的事項及び本願出願時の技術常識に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,と判断する。 理由は以下のとおりである。 1 引用刊行物 刊行物1:特開2009-173631号公報 刊行物2:特開2004-262810号公報 刊行物3:社団法人日本化学会編「第5版 実験化学講座 28 -ナノテクノロジーの化学-」平成17年7月30日、丸善、334?343頁 刊行物4:特表2009-534350号公報 刊行物5:特開2010-9044号公報 刊行物6:国際公開第2009/119757号 刊行物7:緒方 章 外2名著「化学実験操作法」昭和52年6月20日、南江堂、訂正第36版、519頁 なお、刊行物3?7は本願出願日時点の技術常識を示す文献である。 2 引用刊行物の記載 各刊行物には、第2 2(2)に記載のとおりの記載がある。 3 刊行物1に記載された発明について 摘記(1a)及び摘記(1c)には、下記式(I)で示される磁性を有する鉄サレン錯体の一つが記載されており、 摘記(1b)には、鉄サレン錯体自体に磁性を持たせることができ、薬剤自体の磁性を利用して体内の患部まで薬剤を誘導できることが記載され、摘記(1d)には、鉄サレン錯体からなる薬剤の使用例として、薬剤自体が磁性を有するため、個体に投与した後、当該個体に磁界を加えて、薬剤を目的とする組織又は患部に誘導させることができることが記載されている。 そして、摘記(1e)には、実施例として、鉄サレン錯体を合成し、Complex Aを得て、再結晶して純度95%以上のComplex A(鉄サレン錯体)を得たことが記載され、摘記(1f)には、マウスにメラノーマ細胞を形成し、サレン錯体をマウスの尾腱の静脈から静脈投与し棒磁石を用いて、局所的に磁場を印加し、磁場強度がメラノーマ浸潤が予想される部位に最大となるように行い、注入12日後のメラノーマ浸潤の大きさを評価し、メラノーマの増大を評価したり、腫瘍増殖マーカーを用いて、組織学的検討をした結果、共にサレン錯体に磁場の適用が組み合わされた場合ほとんどのメラノーマ腫瘍が消失したことが記載されている。 実施例で、摘記(1f)には、【0017】の式(1)において、XがHの場合も含めて、鉄サレン錯体を用いて抗腫瘍作用の実験が行われたことが記載されているのであるから、刊行物1には、以下の発明が記載されているといえる(以下「刊行物1’発明」という。)。 「薬剤自体が磁性を有するため、個体に投与した後、当該個体に磁界を加えて、薬剤を目的とする組織又は患部に誘導させることができる再結晶して合成した下記式(I)で示される 磁性を有する鉄サレン錯体からなり、該サレン錯体をマウスの尾腱の静脈から静脈投与し棒磁石を用いて、局所的に磁場を印加し、磁場強度がメラノーマ浸潤が予想される部位に最大となるように行うことで使用した鉄サレン錯体」 3 対比・判断 (1)対比 刊行物1’発明の「薬剤自体が磁性を有するため、個体に投与した後、当該個体に磁界を加えて、薬剤を目的とする組織又は患部に誘導させることができ」「マウスの尾腱の静脈から静脈投与し棒磁石を用いて、局所的に磁場を印加し、磁場強度がメラノーマ浸潤が予想される部位に最大となるように行う」ことは、本願発明の「個体に静注で投与された後、外部磁場によって磁化され、目的とする領域まで誘導可能な磁気特性を有する」ことに該当し、刊行物1’発明は、磁性を有するのであるから磁性体であり、再結晶を経て合成したのであるから結晶であるといえ、「式(I)で示される」「鉄サレン錯体」は、式(I)の構造式から、N,N’-Bis (salicylidene) ethylenediamine iron系化合物に該当し、薬剤自体が磁性を有し磁場の印加により目的の場所に誘導されるのであるから一定の強磁性を有するものといえ、刊行物1’発明の鉄サレン錯体は、「純度95%以上のComplex A(鉄サレン錯体)」から合成しており、保護基を有する状態のComplex A(鉄サレン錯体)も、実施例で抗腫瘍作用の確認に使用された各サレン錯体も、いずれもN,N’-Bis (salicylidene) ethylenediamine iron系化合物に該当するので、本願発明の「N,N’-Bis (salicylidene) ethylenediamine iron系化合物を」「含有する磁性体」に相当する。 そうすると、本願発明と刊行物1’発明とは、 「結晶であり、 個体に静注で投与された後、外部磁場によって磁化され、目的とする領域まで誘導可能な磁気特性を有するN, N' - Bis (salicylidene) ethylenediamine iron系化合物を強磁性成分として含有する磁性体」 である点で一致し、以下の点で相違している。 相違点:結晶粒径に関して、本願発明は、「結晶粒径が1μm以下、かつ、100nm以上500nm以下の結晶粒径が全体の70%以上であり」と特定されているのに対して、刊行物1’発明は結晶粒径に関して明らかでない点 (2)相違点の判断 上記相違点について検討する。 ア 結晶粒径の範囲及び割合の設定に関して 刊行物2の摘記(2a)に、「平均粒径が1μmより小さいナノオーダーの微粉体、すなわちナノ粒子は、従来のミクロンサイズの微粉体に比べて、比表面積や活性度が極めて大きく、様々な物性が劇的に変化し、あらゆる分野で製品性能特性の画期的な向上をもたらす可能性が高い。特に、医薬品・医療品分野における製剤技術の分野では、ナノ粒子の応用範囲は非常に広いものとなっている。・・・具体的には、まず、ナノ粒子は非常に粒子径が小さい。そのため、例えば、注射剤においては、末端毛細血管の直径が約4μm程度であることから、固形の薬物をナノ粒子化すれば、静脈注射を行っても血栓の発生を回避できる。」と記載されるように、医薬品における製剤技術の分野では末端毛細血管の直径が約4μm程度であることから、固形の薬物をナノ粒子化すれば、静脈注射を行っても血栓の発生を回避できることから平均粒径が1μmより小さいナノオーダーの微粉体、すなわちナノ粒子を用いることが公知技術であり、刊行物3の摘記(3a)(3b)、刊行物4の摘記(4a)、刊行物5の摘記(5a)、刊行物6の摘記(6a)に記載されるように、微粒子の結晶粒径と保持力又は磁気応答性とは相関関係があり、微粒子の粒径が極端に小さくなると減少すること、ある程度の粒径がないと磁気応答性に問題が生じることも本願出願時の技術常識であったことが理解できる。 したがって、刊行物1’発明は、薬剤として使用することが想定されているのであるから(摘記(1b)、摘記(1d))、刊行物1’発明において、結晶粒径が1μm以下のナノ粒子の結晶粒径範囲を血管内での流動性と磁気応答性の観点から上下限を設定する動機付けは存在したといえる。 また、刊行物6摘記(6a)にあるように、目的とする結晶粒径範囲にある粒子が全体においてできるだけ多く存在することがより望ましいことは当然であるので、血管内での流動性と磁気応答性を満たす粒径範囲、そのような範囲のものの全体に対する割合を設定することは当業者が容易になしうる技術的事項である。 イ 結晶粒径の調整手段に関して 刊行物7摘記(7a)に記載されるように、結晶の大きさに関して、ゆっくり時間をかけて大きな結晶を成長させるのに対して、急冷によって、小さな純度の高い結晶が析出することは技術常識であり、本願明細書において、水冷等の急冷で結晶粒の粒径を制御して製造することは、本願出願時において、結晶作成の慣用手段であったといえるので、結晶粒径の調整手段の観点からも、本願発明は、刊行物1’発明から当業者が容易に発明することができたものといえる。 (3)本願発明の効果について 本願明細書には、実施例1で得られた本願補正発明に該当する結晶を用いた薬剤を磁場とともに用いた場合にメラノーマ細胞が死滅し、血管閉塞がおこらないことが示され、比較例1の粒径が1ミクロンを超え粒径範囲の粒子が70%未満のものでは、血管閉塞がおこりマウスが死亡したとの結果が示されているものの、刊行物1には、本願補正発明と同様に、マウスのメラノーマ尾腱の静脈から静脈投与し棒磁石を用いて、局所的に磁場を印加し、磁場強度がメラノーマ浸潤が予想される部位に最大となるように行い、注入12日後のメラノーマ浸潤の大きさを評価し、腫瘍増殖マーカーを用いて、組織学的検討をした結果、共にサレン錯体に磁場の適用が組み合わされた場合ほとんどのメラノーマ腫瘍が消失したことが記載されているのであるから(摘記(1f)参照)、これも血管閉塞は生じず抗腫瘍薬剤として機能したことが示されているといえる。そうすると、ナノ微粒子において、血管内での流動性や磁気応答性の観点から一定の結晶粒径範囲や割合を設定することで、血管閉塞は生じず本願発明の磁性体が有効な抗腫瘍薬剤として作用したことは予測の範囲にすぎない。 したがって、本願発明の効果は、刊行物1記載の発明及び刊行物2記載の技術的事項、刊行物3?7の本願出願時の技術常識からみて、当業者の予測を超える顕著なものとはいえない。 (4)請求人の主張について ア 請求人は、平成27年7月28日付け審判請求書において、本願発明の所定の粒度分布は、毛細血管通過性だけでなく、腫瘍への滲出性を検討して特定したものである旨主張している。 しかしながら、本願明細書には、【0024】に、「金属サレン錯体化合物の粒径が1μmを越えると、金属サレン錯体化合物が毛細血管を通過できないおそれがある。金属サレン錯体化合物の粒径が100nm未満であると、磁気誘導に必要な強磁性が十分でない。一方、500nmを越えると、毛細血管に対する金属サレン錯体化化合物の流通性十分でない。粒径が100nm以上500nm以下の粒子が全体の70%未満であると、毛細血管の通過のための特性が低い粒子の割合が増加してしまう。粒径は、200nm以上400nm以下が好ましく、特に、粒径が250nm以上350nm以下であることが好ましい。」と記載され、その他、特許請求の範囲の粒径範囲、その割合に関する明細書の記載はなく、粒径が100nm以上500nm以下の粒子が全体の70%以上であるとの特定も、磁気誘導に必要な強磁性や、毛細血管の通過のための特性として特定したものであって、本願発明の所定の粒度分布は、毛細血管通過性だけでなく、腫瘍への滲出性を検討して特定したものであるとの請求人の上記主張は、本願明細書に基づかない主張であり、採用することはできない。 イ 請求人は、平成28年7月27日実施の面接に対する面接試料として、論文を提出し、活性酸素種(ROS)産生に基づく抗腫瘍効果に関して、メカニズムやROS産生量の従来技術と本願発明の比較結果に関して説明している。 しかしながら、上記論文の技術内容は、本願明細書に記載がなく、論文は本願出願後、提出され受領後公開されたものであるから、本願明細書に基づく説明とはいえず、上記活性酸素種(ROS)産生に基づく抗腫瘍効果を参酌することはできない。 4 まとめ 以上のとおり、本願発明は、刊行物1に記載された発明および刊行物2に記載された技術的事項、及び本願出願時の技術常識に基いて、本願出願日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 第6 むすび 以上のとおり、本願発明は、本願の出願日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物1?2に記載された発明に基づいて、その出願日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明することができたものであるから、その余の請求項について検討するまでもなく、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2016-08-23 |
結審通知日 | 2016-08-30 |
審決日 | 2016-09-12 |
出願番号 | 特願2010-285075(P2010-285075) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(C07C)
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最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 山本 昌広、爾見 武志 |
特許庁審判長 |
井上 雅博 |
特許庁審判官 |
木村 敏康 瀬良 聡機 |
発明の名称 | 金属サレン錯体化合物及びその製造方法 |
代理人 | 百本 宏之 |
代理人 | 大賀 眞司 |
代理人 | 百本 宏之 |
代理人 | 大賀 眞司 |