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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01L
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01L
管理番号 1321259
異議申立番号 異議2016-700570  
総通号数 204 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2016-12-22 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-06-24 
確定日 2016-11-10 
異議申立件数
事件の表示 特許第5840327号発明「半導体装置用ボンディングワイヤ及びその製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5840327号の請求項に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5840327号の請求項1ないし4に係る特許についての出願(以下「本件出願」という。)は、平成27年3月31日(優先権主張平成26年3月31日、日本国)を国際出願日とする出願であって、平成27年11月20日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許に対し、特許異議申立人田中電子工業株式会社(以下「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。


第2 本件特許発明
特許第5840327号の請求項1ないし4の特許に係る発明(以下「本件特許発明1」ないし「本件特許発明4」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
Ag含有量が90質量%以上である半導体装置用ボンディングワイヤであって、ワイヤ中心を含みワイヤ長手方向に平行な断面であるワイヤ中心断面において、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在せず、前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満であり、ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上であることを特徴とする半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項2】
前記半導体装置用ボンディングワイヤは、Pd、Cu、Au、Zn、Pt、Ge、Sn、Ti、Niの1種以上を含み、Pd、Cu、Au、Znを含む場合はそれらの合計が0.01?8質量%であり、Pt、Ge、Sn、Ti、Niを含む場合はそれらの合計が0.001?1質量%であり、残部がAg及び不純物であることを特徴とする請求項1に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項3】
前記不純物に含まれるSが1質量ppm以下、Clが0.5質量ppm以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項4】
1回以上の伸線加工を行う伸線工程を有し、前記伸線工程中に減面率が15.5?30.5%である伸線加工を少なくとも1回有し、前記伸線工程の途中に1回以上の熱処理と伸線工程終了後に最終熱処理を行い、前記最終熱処理の直前の熱処理の温度が300℃以上600℃未満であり、前記最終熱処理の温度が600℃以上800℃以下であることを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の半導体装置用ボンディングワイヤの製造方法。」


第3 特許異議申立理由の概要
1 申立理由1
本件特許発明1ないし4は、甲第02号証記載の発明、甲第02号証ないし甲第12号証の記載事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本件特許発明1ないし4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号の規定により、取り消すべきものである。

[証拠方法]
・甲第01号証:特許5840327号公報(本件出願の特許公報)
・甲第02号証:特開2013-139635号公報(以下「刊行物1」という。)
・甲第03号証:米国特許8940403号公報(以下「刊行物2」という。)
・甲第04号証:古林栄一,“再結晶と材料組織”,内田老鶴圃,2000年12月15日,pp.3-10(以下「刊行物3」という。)
・甲第05号証:H.-J.Shin、外2名,“Defomation and annealing textures of silver wire”,Materials Science and Engineering A,ELSEVIER,2000年2月29日,Vol.279,pp.244-253,写し及び抄訳(以下「刊行物4」という。)
・甲第06号証:小菅張弓,“再結晶と金属組織の制御”,静岡新聞社,2005年3月20日,pp.1-2(以下「刊行物5」という。)
・甲第07号証:Hsing-Hua Tsai、外5名,“An Innovative Annealing-Twinned Ag-Au-Pd Bonding Wire for IC and LED Packaging”,2012 7th International Microsystems,Packaging,Assembly and Circuits Technology Conference (IMPACT2012),IEEE,2012年10月26日,pp243-246,写し及び抄訳(以下「刊行物6」という。)
・甲第08号証:稲数直次,“金属引抜”,近代編集社,昭和60年7月1日,p131、p132、p138、p139(以下「刊行物7」という。)
・甲第09号証:Hao-Wen Hsueh、外3名,“Microstructure,electric flame-off characteristics and tensile properties of silver bonding wires”,Maicroelectonics Reliability,ELSEVIER,2011年12月,Vol.51,pp2243-2249,写し及び抄訳(以下「刊行物8」という。)
・甲第10号証:T.LI.Richard,“PREFERRED ORIENTATION IN NON-FERROUS METALS”,Progress in Metal Physics,BUTTERWORTHS SCIENTIFIC PUBLICATIONS,1949年8月,pp281-305,写し及び抄訳(以下「刊行物9」という。)
・甲第11号証:特許5840328号公報(以下「刊行物10」という。)
・甲第12号証:特開2012-99577号公報(以下「刊行物11」という。)

2 申立理由2
本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載には不備があり、本件特許明細書は、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確にかつ十分に記載したものとはいえない。
したがって、本件特許発明1ないし4に係る特許は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない特許出願、または、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号の規定により、取り消すべきものである。


第4 当審の判断
1 申立理由1について
(1)刊行物に記載された発明
(1-1) 刊行物1に記載された事項
ア 刊行物1には、下記の事項が記載されている。(当審注:下線は当審により付加した。)

(ア)「【請求項1】
銀-金合金、銀-パラジウム合金および銀-金-パラジウム合金よりなる群のうちの1つから選ばれる材料からなる合金線材であって、
前記合金線材が面心立方格子(face-centered cubic lattice)の多結晶構造を有するもので、かつ複数の結晶粒を含み、
前記合金線材の中心部は細長い結晶粒または等軸結晶粒を含み、前記合金線材のその他の部分は等軸結晶粒からなり、
焼なまし双晶(annealing twins)を含む前記結晶粒の数量が前記合金線材の前記結晶粒の総量の20パーセント以上である
合金線材。
【請求項2】
前記銀-金合金が0.01から30.00重量パーセントの金および残余の銀を含み、
前記銀-パラジウム合金が0.01から10.00重量パーセントのパラジウムおよび残余の銀を含み、
前記銀-金-パラジウム合金が0.01から30.00重量パーセントの金、0.01から10.00重量パーセントのパラジウムおよび残余の銀を含む
請求項1に記載の合金線材。」

(イ)「【請求項10】
合金線材の製造方法であって、
銀-金合金、銀-パラジウム合金および銀-金-パラジウム合金よりなる群のうちの1つから選ばれる材料で作られた太線材を準備する工程、
N個の冷間加工成形工程により、前記太線材の線径を段階的に小さくして前記太線材よりも線径の小さい細線材を形成する工程であって、第(N-1)番目および第N番目の前記冷間加工成形工程のそれぞれにおいて、その直前の冷間加工成形工程による中間線材に対し変形量が1%から15%であり、このうちNは3以上の正の整数である、工程、ならびに
各前記冷間加工成形工程の間および第N番目の前記冷間加工成形工程の後に、N個の焼きなまし工程を前記中間線材に対してそれぞれ行う工程であって、
第(N-1)番目および第N番目の前記冷間加工成形工程の間の第(N-1)番目の前記焼きなまし工程は、焼きなまし温度0.5Tmから0.7Tmで焼きなまし時間1秒から10秒間行い、このうちTmは前記太線材の前記材料のケルビン温度目盛(Kelvin temperature scale)における融点であり、かつ、
第N番目の前記冷間加工成形工程の後の第N番目の前記焼きなまし工程は、第(N-1)番目の前記焼きなまし工程よりも高い20Kから100Kの焼きなまし温度で焼きなまし時間2秒から60秒間行い、これによって面心立方晶相の多結晶構造を有すると共に複数の結晶粒を含む前記細線材となり、このうち前記細線材の中心部は細長い結晶粒または等軸結晶粒を含み、前記細線材のその他の部分は等軸結晶粒からなり、かつ前記結晶粒の少なくとも一部に焼きなまし双晶を形成しており、前記焼なまし双晶を含む前記結晶粒の数量が前記細線材の前記結晶粒の総量の20パーセント以上である、工程、
を含む方法。」

(ウ)「【0002】
本発明は合金線材およびその製造方法に関し、より詳細には電子素子のパッケージのワイヤボンディングに用いられる合金線材およびその製造方法に関する。」

(エ)「【0004】
金属線材の硬度は、ワイヤボンディング工程における熱プレス時にチップがクラックするのを回避し、かつ金属線材とボンドパッドの間の接触を良好とし優れた接合性を得るため、高すぎてはならない。さらに、パッケージングに用いるポリマー封止材は通常、腐食性の塩化物イオンを含み、かつ環境から水分を吸収する吸湿性を備えているため、金属線材は優れた抗酸化性および耐食性を備えている必要がある。
・・・中略・・・
【0007】
ワイヤボンディングに用いるこれら従来の金属線材の内部組織はいずれも等軸の微細結晶粒(fine grains)である。かかる従来の微細結晶粒組織は、十分な引張強度と延性を提供することができるが、これら微細結晶粒間には大量の大傾角粒界(high angle grain boundaries)が存在する。大傾角粒界は電子の輸送を阻むため、金属線材の電気抵抗率を高めると同時に、金属線材の熱伝導性を低下させてしまう。一方で、大傾角粒界はより高い界面エネルギーを有し、環境の酸化、硫化および塩化物イオンの腐食に有利な経路を提供するため、パッケージされた電子製品の信頼性を低下させてしまう。さらに、熱影響部は、ワイヤボンディング時に、第1のボンド(ボールボンド)付近の微細結晶粒組織を持つ金属線材に形成される傾向がある。このため、ワイヤボンディング強度が低下すると共に、パッケージされた半導体素子または発光ダイオードの使用中、電子マイグレーションが微細結晶粒組織を持つ金属線材に生じ易くなり、これらは全て、ワイヤボンディング技術を用いる従来のパッケージ製品の品質と信頼性の低下をもたらす主要な原因である。」

(オ)「【0040】
本発明の合金線材の特徴の1つは、当該合金線材が多結晶構造を有するもので、かつ複数の結晶粒を含むという点である。合金線材の中心部は細長い結晶粒を含み、合金線材のその他の部分は等軸結晶粒からなる。結晶粒の平均粒径は1μmから10μmであり、0.5μmから1μmである従来のワイヤボンディング用の線材の平均粒径よりも若干大きい。これにより、本発明の合金線材の大傾角粒界の密度が減少し、上述した微細結晶粒間の大量の大傾角粒界に起因する欠点が低減されることとなる。
【0041】
本発明の合金線材のより重要な特徴は、本発明の合金線材の結晶粒の少なくとも20パーセントが、その中に焼なまし双晶組織を含むという点である。
【0042】
焼なまし双晶組織の双晶境界は、低エネルギーのΣ3特殊粒界(special grain boundaries)に属するコヒーレント結晶(coherent crystal)構造である。双晶境界の界面エネルギーは一般の大傾角粒界のわずか5パーセントである(George E. Dieter, Mechanical Metallurgy, McGRAW-HILL Book Company,1976, P. 135-141参照)。双晶境界のより低い界面エネルギーは、双晶境界が酸化、硫化および塩化物イオンの腐食の経路となってしまうのを防ぎ、よってより優れた抗酸化活性および耐腐食性を提供する。」

(カ)「【0044】
まとめると、半導体素子および発光ダイオードの製品において本発明の合金線材をワイヤボンディング用の線材として用いる際に、本発明の合金線材は従来の金属線材よりも優れた品質および信頼性を提供する。
【0045】
さらに、効果を明らかとするため、本発明の合金線材の結晶粒の総量の少なくとも20パーセントが、その中に焼なまし双晶組織を含んでいることが必要である。ワイヤボンディング用の従来の金属線材にて、焼なまし双晶組織はまれに見られる場合があるが、
焼なまし双晶組織を含む結晶粒の数量は、従来の線材の全ての結晶粒の10パーセント以下である。よって、従来の金属線材は、本発明の合金線材により提供される上述の効果を提供することができない。」

(キ)「【0048】
その結果、焼なまし双晶が形成され、その対称な界面が双晶境界である。焼なまし双晶は主に、結晶格子配列が最も密な面心立方(FCC)格子を有する材料に生じる。双晶境界は低エネルギーのΣ3特殊粒界であり、かつその結晶方位は全て{111}面である。」

(ク)「【0073】
(実施例1)
銀-8wt%・金-3wt%・パラジウム合金を高周波電気製錬(high frequency electric smelting)により製錬してから、連続鋳造により線径6mmの太線材を形成する。その太線材は、複数の伸線・延伸(wire drawing elongation)および焼きなまし処理の工程の後に、線径22.6μmの細線材となり、続いて最後から2番目の伸線・延伸工程を行うことにより、線径20μmの細線材となる。次にその細線材を530℃で1.5秒間焼きなましてから、最後の伸線・延伸工程を行うことで、線径17.5μmの細線材になる。最後に、最後の焼きなまし処理の工程を焼きなまし温度570℃で4.8秒間、細線材に対して行う。最後の焼きなまし処理の工程が完了したら、細線材を巻き取り、そしてワイヤボンディングに用いる合金線材製品が完成する。」

(ケ)「【0075】
実施例1の本発明の合金線材の縦切り断面に沿った金属組織(Metallography structure)の写真は、本発明の合金線材の中心部にいくらかの細長い結晶粒が存在し、本発明の合金線材のその他の部分は等軸結晶粒からなっていたことを示しており、焼なまし双晶を含む結晶粒の数量は、本発明の合金線材の結晶粒の総量の30パーセントよりも多かった。
【0076】
実施例1の本発明の合金線材の横断面に沿った金属組織の写真は、焼なまし双晶を含む結晶粒の数量が、本発明の合金線材の結晶粒の総量の40パーセントより多いと見積もられることを示していた。」

(コ)「【0082】
さらに、図8Aおよび8Bに示される分析結果を比較すると、本発明の実施例1の合金線材の図ははっきりとした{111}の結晶方位のスペクトル線を示していた。{111}のスペクトル線は焼なまし双晶の典型的な結晶方位のスペクトル線である。対照群の従来の合金線材のX線回折図中にははっきりとした{111}のスペクトル線は無かった。商用の4N純金線材およびパラジウムでコーティングされた銅線材のサンプルのX線回折図中にもはっきりとした{111}のスペクトル線は無かった。結果、本発明の実施例1の合金線材の材料中に大量の焼なまし双晶組織が存在していたことが確認された。」

イ 刊行物1に記載された発明
上記アから、刊行物1には次の発明(以下「刊行物発明」という)が記載されているといえる。

「銀-パラジウム合金が0.01から10.00重量パーセントのパラジウムおよび残余の銀を含む合金線材であって、
前記合金線材が面心立方格子(face-centered cubic lattice)の多結晶構造を有するもので、かつ複数の結晶粒を含み、
前記合金線材の中心部は細長い結晶粒または等軸結晶粒を含み、前記合金線材のその他の部分は等軸結晶粒からなり、
焼なまし双晶(annealing twins)を含む前記結晶粒の数量が前記合金線材の前記結晶粒の総量の20パーセント以上である
電子素子のパッケージのワイヤボンディングに用いられる合金線材。」

(1-2) 刊行物2に記載された事項
ア 刊行物2には、下記の事項が記載されている。(当審注:翻訳は、特許異議申立書に添付された甲第03号証の抄訳文に基づいて当審が記載したものである。)

(ア)「FIG. 8A shows a photograph of a Metallography structure along a lengthwise cross-section of the inventive alloy wire of the example 1」 (第4欄53行?55行)
(訳:「図8Aは、本発明の実施例1の合金線材の長手方向に平行な方向の横断面に沿った、金相学構造の写真を示す。」)

(イ)「Example 1
A silver-8 wt % gold-3 wt % palladium alloy is smelted by high frequency electric smelting, followed by continuous casting to form a thick wire with a wire diameter of 6 mm. The thick wire becomes a fine wire with a wire diameter of 22.6 μm after a plurality of steps of wire drawing elongation and annealing treatment, followed by performance of the second-last step of wire drawing elongation, becoming a fine wire with a wire diameter of 20 μm. Next, the fine wire is annealed at 530℃. for 1.5 seconds, followed by performance of the last step of wire drawing elongation, becoming a fine wire with a wire diameter of 17.5 μm. Finally, the last step of the annealing treatment is performed on the fine wire at an annealing temperature of 570℃. for 4.8 seconds. Completing the last step of the annealing treatment, the fine wire is wound, and then an alloy wire product for wire bonding is complete.」(第12欄35行?52行)
(訳:「実施例1
銀-8wt%・金-3wt%・パラジウム合金を高周波電気製錬により製錬してから、連続鋳造により線径6mmの太線材を形成する。その太線材は、複数の伸線・延伸および焼きなまし処理の工程の後に、線径22.6μmの細線材となり、続いて最後から2番目の伸線・延伸工程を行うことにより、線径20μmの細線材となる。次にその細線材を530℃で1.5秒間焼きなましてから、最後の伸線・延伸工程を行うことで、線径17.5μmの細線材になる。最後に、最後の焼きなまし処理の工程を焼きなまし温度570℃で4.8秒間、細線材に対して行う。最後の焼きなまし処理の工程が完了したら、細線材を巻き取り、そしてワイヤボンディングに用いる合金線材製品が完成する。」)

(ウ)「As shown in FIG. 9A , a photograph of a Metallography structure along a lengthwise cross-section of the conventional alloy wire of the control group showed that there were some slender grains mixed with a few coarse grains existing in the central part of the conventional alloy wire, and other parts of the conventional alloy wire consist of fine grain structures, wherein a quantity of the grains comprising annealing twins was only less than 10 percent of the total quantity of the grains of the conventional alloy wire.」(第13欄12行?20行)
(訳:「図9Aに示すように、対照群の従来の合金線材の縦切り断面に沿った金属組織の写真は、従来の合金線材の中心部にいくらかの細長い結晶粒が少量の粗大な結晶粒と混ざって存在し、従来の合金線材のその他の部分は微細結晶粒組織からなっていたことを示しており、このうち焼きなまし双晶を含む結晶粒の数量は、従来の合金線材の結晶粒の総量の10パーセント未満であった。」)

イ 刊行物2に記載された事項
上記アから、刊行物2の図8Aは、実施例1の合金線材の長手方向に平行な方向の横断面に沿った金相学構造の写真であり、該「実施例1」は、「ワイヤボンディングに用いる」「線径17.5μm」の「合金線材」が「銀-8wt%・金-3wt%・パラジウム合金」から形成されたことが記載され、図9Aは、従来の合金線材の合金線材の縦切り断面に沿った金相学構造の写真である。よって、刊行物2には、次の事項が記載されていると認められる。

「図8Aの写真は、実施例1として、銀-8wt%・金-3wt%・パラジウム合金から形成された線径17.5μmのワイヤボンディングに用いる合金線材の長手方向に平行な方向の横断面に沿った、金相学構造の写真であり、図9Aの写真は、従来の合金線材の合金線材の縦切り断面に沿った金相学構造の写真である。」

(1-3) 刊行物3に記載された事項
刊行物3には、下記の事項が記載されている。

ア 「再結晶とは、格子欠陥を含まず熱力学的に安定な結晶粒が新たに形成し、変形を受けて欠陥密度の高い周囲の領域、すなわちマトリックス(matrix)を蚕食しながら成長することにより、その歪エネルギーを解消する現象をいう。・・・中略・・・これに対して回復とは、粒界の通過によらずに高歪状態から連続的に低歪状態に移行する現象である。」(5頁4行?11行)

イ 「正常結晶粒成長の過程で、ある条件が満たされると異常結晶粒成長が起きる。この再結晶粒の中の少数のものが他より急速に成長する現象を2次再結晶(secondary recrystallization)ともいう。」(8頁下から2行?9頁1行)

ウ 図1-2には、焼なまし時間と結晶粒径の関係からなる再結晶の進行段階を模式的に示した図が記載されている。

(1-4) 刊行物4に記載された事項
刊行物4には、下記の事項が記載されている。(当審注:翻訳は、特許異議申立書に添付された甲第05号証の抄訳文に基づいて当審が記載したものである。)

ア 「1. Introduction
Silver wires show unusuial behavior in the texture evolution, when axisymmetrically drawn and annealed. The axial orientation of cold drawn wire of most f.c.c. metals is known to be major〈111〉+ minor〈100〉, regardless of the reduction degree. However, cold drawn silver wires develop major〈111〉+minor〈100〉at low reductions (less than about 90%)as other f.c.c. metals,whereas they exhibit major〈100〉+ minor〈111〉at high reductions (99%).
・・・
It is well known that the major〈111〉+ minor〈100〉textures of cold drawn f.c.c. metals changes to 〈100〉when they are recrystallized [5-7]. 」 (244頁左欄本文1行?同右欄下から3行)
(訳:「1.序論
銀線は、軸対称に伸線して焼鈍を行うと、組織が独特の進展挙動を示す。大部分の面心立方(fcc)金属は、冷間伸線すると、減少率にかかわらず、軸配向が〈111〉主配向+〈100〉副配向となることが知られている。しかしながら、冷間伸線した銀線は、減少率が低いと(約90%未満)〈111〉主配向+〈111〉副配向を呈し、減少率が高いと(99%)〈100〉主配向+〈111〉副配向を示す。
・・・中略・・・
冷間伸線したfcc金属の〈111〉主配向+〈100〉副配向組織は、再結晶すると、〈100〉に変化することがよく知られている[5-7]。」)

イ 「4.2 Recrystallization texture
Fig. 8 shows the hardness of deformed silver wires as a function of annealing time at 250 and 300℃, indicating that recrystallization was completed after a few minutes. Fig. 9 shows the microstructures of 99.99% silver wires annealed at 300℃for l h after 90 and 99% reductions, which clearly differ from those of cold worked specimens in Fig. 7. Fig. 10 shows the annealing textures of drawn silver wires. The texture of 99.95% silver wires drawn by 61 and 84%, followed by annealing at 250℃ for l h may be approximated by random orientation (Fig. 10(a)and (b)). Silver wires with the〈111〉+〈100〉deformation texture (Fig. 5(d)) developed recrystallization textures of major〈100〉and minor〈111〉, or major〈100〉+ its twin component〈122〉and minor〈111〉(Fig.10(c)-(e)). The near random orientation in Fig. 10(f) will be discussed later. These results lead to the conclusion that the recrystalzation texture of the heavily drawn silver wires is 〈100〉regardless of relative intensity of 〈111〉and 〈100〉.」(248頁右欄8行?28行)
(訳:「4.2.再結晶組織
図8は、変形を受けた銀線の硬度を、250℃および300℃での焼鈍時間の関数として表したもので、数分後に再結晶が完了したことを示している。図9は、90%および99%の減少後に300℃で1時間焼鈍した銀線(99.99%)の顕微鏡組織を示す。これらは、図7の冷間伸線した試験体とは明らかに異なっている。図10は伸線した銀線の焼鈍組織を示す。61%および84%で伸線し、その後で250℃で1時間焼鈍した銀線(99.95%)の組織は、ランダム配向に近似しているかもしれない(図10(a)、(b))。〈111〉+〈100〉変形組織を有する銀線(図5(d))は、〈100〉主配向と〈111〉副配向、または〈100〉主配向+その双晶成分〈122〉と〈111〉副配向の再結晶組織を形成した(図10(c)?(e))。図10(f)のランダムに近い配向については、後で考察する。これらの結果から、強伸線した銀線の再結晶組織は、〈111〉と〈100〉の相対強度に関係しないと結論される。」)

ウ 「4.3. Growth texture
Fig. 12 shows the ODFs and IPFs of 99% drawn 99.99% silver wire annealed at 600℃ for l min-200 h. Their microstructures are shown in Fig. 13. The specimen annealed at 600℃ for l min is almost completely recrystallized and has major〈100〉+ minor〈111〉as the specimens annealed at 300℃. After annealing at 600℃ for 3 min, some grains show abnormal grain growth, indicating complete recrystallization, and the intensity of〈100〉component increased. However, as the annealing time prolonged, the〈111〉orientation density became larger than the〈100〉orientation density, and the orientation density ratio of〈111〉to〈100〉increased, accompanied by grain growth. It is noted that the annealing texture was diffuse at the transient stage from〈100〉to〈111〉(Fig.12(c)). This seems to be case of Fig.10(f).」(249頁左欄20行?36行)
(訳:「4.3.成長組織
図12は、99%で伸線し、600℃で1分?200時間焼鈍した銀線(99.99%)のOFDとIPFを示す。これらの顕微鏡組織は図13に示す。600℃で1分間焼鈍した試験体は、ほぼ完全に再結晶し、300℃で焼鈍した試験体と同じく〈100〉主配向+〈111〉副配向を有している。600℃で3分間焼鈍すると、一部の結晶粒が、完全な再結晶と、〈100〉成分の強度増大を示す異常な結晶粒成長を示す。しかしながら、焼鈍時間が長くなるにしたがって、〈111〉配向密度が〈100〉配向密度より大きくなり、粒成長に伴って、〈100〉度比が増大した。〈100〉から〈111〉への過渡段階で、焼鈍組織が拡散していたことが指摘される(図12(c))。これは、図10(f)の事例であるように思われる。」)

(1-5) 刊行物5に記載された事項
刊行物5には、下記の事項が記載されている。

ア 「第1章 序論(Introduction)
1.1変形された材料の焼鈍(The annealing of a deformed material)
1.1.1概要および用語(Outline and terminology)
結晶性材料の自由エネルギーハ変形時に転位および界面の存在によって上昇する、そしてこれらの欠陥を含有する材料は熱力学的に不安定である。
・・・中略・・・・
高温度で冷間加工した金属を焼鈍すると、ミクロ組織および特性が転位の消滅および再配列が起こる回復(recovery)によってもとの値まで部分的に回復することがある。回復時のミクロ組織の変化は比載的均一であり、通常変形された結晶粒間の粒界には影響しない。回復によるミクロ組織の変化が図1.1bに図式的に示される。同じような回復過程はまた変形時、特に高温度での変形時にも起こりうる、この動的回復(dynamic recovery)は材料のクリープ(creep)および熱間加工(hot working)において重要な役割をはたす。
回復によって一般的に性質の部分的復帰がもたらされる、なぜならば転位組織が完全に除去されるのではなくて、準安定状態に達するからである(図1.1b)。新しい転位のない結晶粒が変形または回復組織内に形成される再結晶(recrystallization)と称する更なる復帰過程が起こる(図1.1c)。次いで新しい結晶粒はもとの古い結晶粒を消費する、その結果低転位密度を有する新しい結晶粒組織となる(図1.1d)。再結晶は高温度での変形時に起こることがある、それでそれは動的再結晶(dynamic reaystallization)と名づけられる。
再結晶によって転位が除去されるが、その材料は依然として熱力学的に不安定な結晶粒界を有している。更に焼鈍すると結晶粒成長が起こることがある、結晶粒成長段階ではより小さな結晶粒は除かれ、より大きな結晶粒は成長し、結晶粒界はより低いエネルギー配列をとる(図1.1e)。ある状況においては、この正常結晶粒成長(normal grain growth)が数個の大きな結晶粒の選択的成長、すなわち異常結晶粒成長(abnonnal grain growth)または二次再結晶(secondary resrystallization)として知られている過程に道を譲ることがある(図1.1f)。」(1頁1行?36行)

イ 図1.1には、主な焼鈍過程である、(a)変形状態、(b)回復状体、(c)部分再結晶状態、(d)完全再結晶状態、(e)結晶粒成長、(f)異常結晶粒成長、についてのそれぞれの図式図が記載されている。

(1-6) 刊行物6に記載された事項
刊行物6には、下記の事項が記載されている。(当審注:翻訳は、特許異議申立書に添付された甲第07号証の抄訳文に基づいて当審が記載したものである。)

ア 「Through the above innovative concepts for drawing and annealing processes, a new structure of Ag-Au-Pd bonding wire containing a mass of annealing twins has been manufactured. Figure l shows the grain structure in the longitudinal cross-sections of an annealing twinned Ag-8Au-3Pd alloy wire. For comparison, the grain structure of the conventional grained Ag-8Au-3Pd wire, 4N Au wire and Pd coated Cu wire are also demonstrated in Fig.1. It is evidenced that the annealing twinned Ag-8Au-3Pd wire comprises slender grains in the central part of the wire and equi-axial grains around the central slender grains. In addition, the percentage of annealing twins in this bonding wire is over 60%, which is much higher than those in the_other wires [14,15].」(244頁左欄下から18行?同下から7行)
(訳:「上記の伸線および焼鈍工程の革新的な概念を通じて、たくさんの焼鈍双晶があるAg-Au-Pdボンディングワイヤの新しい構造が製造された。図1にAg-8Au-3PD合金ワイヤ双晶ア二-リングの長手方向断面の結晶粒構造を示す。比較のため、従来の粒状のAg-8Au-3Pdワイヤ、4NAuワイヤおよびPd被覆Cuワイヤの結晶粒構造も図1に示す。焼鈍双晶によるAg-8Au-3Pdワイヤは、ワイヤの中央部に細長い粒子があり、その中央の細長い粒子の周りに等軸粒があることが証明される。しかも、このボンディングワイヤの焼鈍双晶の割合は、60%以上あり、他のワイヤよりもはるかに高い[14,15]。」)

イ 図1には、(a)焼鈍双晶によるAg-8Au-3Pd ワイヤ、(b)従来の粒子によるAg-8Au-3Pd ワイヤ、(c)4NAuワイヤ、(d)Pd被覆Cuワイヤのそれぞれに、ボンディングワイヤの長手方向断面における粒子構造が記載されている。

ウ 図2には、600℃×30分間の高温貯蔵後の、(a)焼鈍双晶によるAg-8Au-3Pdワイヤ、(b)これまでの粒子によるAg-8Au-3Pdワイヤ、(c)4N Au ワイヤ、(d)Pd被覆Cuワイヤのそれぞれに、ボンディングワイヤの長手方向断面における粒子構造が記載されている。

(1-7) 刊行物7に記載された事項
刊行物7には、下記の事項が記載されている。

ア 「(iii)銀線材
面心立方晶金属の中で、<100>繊維軸成分の方が優勢な特異な金属として銀があげられる。
小久保らは95%の強加工を施した直径4mmの銀線材の,種々の半径位置での繊維組織を調べた。
図5.5(a),(b),(c)にその結果を示す。
(a)は線材中心付近の{100}極点図を示すが,<111>繊維軸成分として,{112}<111>方位を<111>軸まわりに回転したような拡がりが観察される。<100>繊維軸成分もまた{001}<100>から{011}<100>に至る拡がりが認められる。
・・・中略・・・
外周部では,(110)[001]方位がかなりの集積度で形成されている。その他副方位的な存在として,<111>繊維軸成分も認められる。以上のように銀線材は<100>繊維軸成分が主方向の二重繊維組織を呈することがわかる。」(138頁14行から28行)

イ 表5.1には、<100>繊維軸の形成と積層欠陥エネルギとの関係の表において、金属が純度99.99%の銀の場合に、「English%Chinの資料」および「他研究者の資料」によると、<100>繊維軸の百分率は90%および100%であることが記載されている。

(1-8) 刊行物8に記載された事項
刊行物8には、下記の事項が記載されている。(当審注:翻訳は、特許異議申立書に添付された甲第09号証の抄訳文に基づいて当審が記載したものである。)

ア 「2. Experimental procedure
2.1 Annealing treatment and electric flame-off (EFO) process
A silver ingot of 99.99% purity was drawn to thin silver wire with diameter φ=23 μm. Three temperatures, 225℃, 250℃and 275℃, were chosen for the vacuum (10^(-3) Pa)annealing for the as-drawn wires. The annealing time for the as-drawn wires was fixed at 30 min, and followed by air cooling to room temperature. The melting of the wire tip was controlled by an EFO process using the thermosonic wire bonder machine (Shin-Mei-Hua: SPB-TS668)[11,12]. A schematic illustration (including electric flame-off wire, EFO)of the bonding process is shown in Fig. 1.」(2243頁右欄本文下から6行?2244頁右欄5行)
(訳:「2.実験手順
2.1.焼鈍処理と電気トーチ(EFO)工程
純度99.99%の銀塊を、直径φ=23μmの細い銀線に伸線した。伸線後(熱処理前)の銀線の真空(10^(-3)Pa)焼鈍について、225℃、250℃、275℃の3つの温度を選択した。伸線後の銀線の焼鈍時間は30分間に設定し、その後で室温に空気冷却した。銀線先端の融解は、サーモソニックワイヤボンダ装置(Shin-Mei,Hua: SPB-TS668)を使用してEFO工程で制御した[11, 12]。ボンディング工程の概略図(電気トーチ線、EFOを含む)を図1に示す。」)

イ 「3.Results and discussion
3.1. The microstructure and the mechanical properties of the silver wires
The cross section microstructures of the as-drawn and annealed wires are shown in Fig. 3. The structure of the as-drawn wire contained some long, thin grains parallel to the direction of the wiredrawn process (see Fig. 3a). Fig. 3b shows the structure of the 225℃annealed wire. A few equiaxed grains were found in the inside of wire. The microstructures of both the 250℃and 275℃annealed wires are shown in Fig. 3c and Fig. 3d, revealing that they both contained fully annealing equiaxed grains and the grain size of annealed wire had increased with increasing the annealed ternperature from 225℃to 275℃. In addition, the grain size and grain number of the silver wires were measured as shown in Fig.4 and some unusual large equiaxed grains were found in the 275℃annealed wire (see Fig. 4d, grain size 16-24 m).
To investigate further, the micro-hardness was measured parallel to the wire direction on the cross section of the silver wires, as shown in Fig.5. The evidence reveals that the hardness had a Vcurve tendency [13,14]. The hardness of the annealed wires had reduced significantly compared with the un-annealed wire. Fig.6 shows a comparison of the tensile test results of the silver wires with various annealing temperatures. The total elongation (TE) of the as-drawn wire was low at about 10%. When the annealling temperature was 250℃, both the UTS and YS decreased and the elongation raised significantly (~17%). At an even higher annealing temperature, the results of the 275℃ wire were still similar to those of the 250℃wire. Notably, the 250℃wire possessed a fully annealed structure and higher ductility. It can be inferred from what has been said above that a temperature of~250℃is probably the recrystallization temperature of the as-drawn wire.」(2247頁右欄本文1行?同32行)
(訳:「3.結果と考察
3.1.銀線の顕微鏡組織と機械的特性
熱処理前および焼鈍した銀線断面の顕微鏡組織を図3に示す。熱処理前の銀線の構造には、伸線工程の方向に平行な細長い結晶粒がいくらか含まれていた(図3a参照)。図3bは、225℃で焼鈍した銀線の構造を示す。線内部に等軸粒がわずかに見られた。250℃と275℃で焼鈍した銀線の顕微鏡組織を図3cと図3dに示す。いずれも、完全に焼鈍された等軸粒を含み、焼鈍した銀線の粒度は、225℃から275℃に焼鈍温度が上昇するの
に伴って増大していた。さらに、銀線の粒度と粒数を測定した結果を図4に示す。275℃で焼鈍した銀線では、並外れて大きな等軸粒がいくつか見られた(図4d参照、粒度:16?24m)。
さらに調べるために、銀線の断面で、線方向に平行に微小硬度を測定し、図5に示す。この証拠から、硬度にVカーブの傾向があったことが明らかとなる[13, 14]。焼鈍した銀線の硬度は、焼鈍していない銀線と比べて明らかに減少していた。図6は、さまざまな焼鈍温度の銀線を用いた引張試験の結果の比較を示す。熱処理前の銀線の全伸び(TE)は、約10%と低かった。焼鈍温度が250℃では、極限引張強さ(UTS)と降伏強度(YS)がいずれも低下し、伸び(EL)は有意に向上した(約17%)。さらに高い焼鈍温度では、275℃で焼鈍した銀線が、250℃の銀線となおも同程度であった。特に、250℃の銀線は、完全に焼鈍した構造と高い延性を有していた。上述した内容から、約250℃の温度がおそらく熱処理前の銀線の再結晶温度であると推論できる。」)

ウ 「3.2. Electric flame-off (EFO)and heat-affected zone (HAZ) characteristics
・・・
The micro-hardness of the EFO as-drawn and EFO annealed wires are shown in Fig.9. The average micro-hardness value of the as-drawn and 250℃annealed wires was Hv61.2±3.0 (Fig.9a) and Hv53.2±2.0 (Fig.9b) respectively. Micro-hardness analysis of these wires after EFO revealed that the neck of the FAB (i.e., HAZ)was the weakest in strength. Also, it can be seen from Fig.9 that the further away from the ball, the higher the hardness, until it reached the average value before EFO. In the as-drawn and 250℃annealed wires, the length of the HAZ was 420 μm and 220 μm respectively.」(2247頁右欄本文33行?2248頁左欄本文33行)
(訳:「3.2.電気トーチ(EFO)と熱影響域(HAZ)特性
・・・中略・・・
熱処理前およびEFO焼鈍した銀線の微小硬度を図9に示す。熱処理前および250℃で焼鈍した銀線の平均微小硬度値は、それぞれHv61.2±3.0(図9a)andHv53.2±2.0 (図9b)であった。EFO後のこれらの銀線の微小硬度解析から、FABのネック(すなわちHAZ)の強度がもっとも弱かったことがわかった。また、図9から、EFO前に平均値に達するまでは、ボールから離れるほど硬度が高いことがわかる。熱処理前および250℃で焼鈍した銀線では、HAZの長さは、それぞれ420μmと220μmであった。」)

(1-9) 刊行物9に記載された事項
刊行物9には、下記の事項が記載されている。(当審注:翻訳は、特許異議申立書に添付された甲第10号証の抄訳文に基づいて当審が記載したものである。)

ア 「TEXTURES AFTER ROCESSING
Textures in Drawn Wire-In wire drawing the metal crystals are deformed more or less in direct proportion to the deformation of the wire asawhole and the initially equiaxial crystals are elongated into long filaments or fibres parallel to the wire axis. The crystals also take up a definite orientation so that a particoilar crystal axis is paralld to the wire axis but quite randomly oriented about the axis, formiag a very well defined fibre texture. Two types of orientation have been observed in varying proportions in drawn wires of face-centred cubic metals, namely with a〈100〉or〈111〉axis parallel to the wire axis. Schmid and Wassermann quote relative proportions for different metals as in the following table:」(284頁26行?37行)
(訳:「処理後の集合組織
伸線ワイヤの集合組織-ワイヤの引抜きでは、金属結晶が全体としてワイヤの変形に直接比例して多かれ少なかれ変形し、最初は等軸結晶としてのワイヤがワイヤ軸に平行な長いフィラメント状または繊維状に伸長する。結晶も限られた方位をとり、その結果、結晶軸はワイヤ軸に平行であるが軸周りにはまったくランダムであり、非常によく定義された繊維組織を形成する。面心立方金属の伸線ワイヤの比率が変化すると、2種類の方位、すなわち、ワイヤ軸に平行な<100>または<111>軸が観察される。シュミットとヴァッサーマンは、次表のように様々な金属の相対的な割合を引用している。」)

イ 表1には、伸線ワイヤにおける<100>組織と<111>組織の割合において、銀の場合、ワイヤ軸に平行な<100>をもつものの割合が75%であることが記載されている。

(1-10) 刊行物10に記載された事項
刊行物10は、半導体装置用ボンディングワイヤ及びその製造方法が記載された特許公報であるが、本件特許に係る出願の優先日後に頒布された刊行物である。

(1-11) 刊行物11に記載された事項
刊行物11には、下記の事項が記載されている。

「【請求項1】
銀(Ag)を主成分とし、10000?90000質量ppmの金(Au)、10000?50000質量ppmのパラジウム(Pd)、10000?30000質量ppmの銅(Cu)、10000?20000質量ppmのニッケル(Ni)から選ばれた少なくとも1種以上の成分を含み、塩素(Cl)含有量が1質量ppm未満であることを特徴とするボンディングワイヤ。」

(2)本件特許発明1について
ア 対比
刊行物発明の「電子素子のパッケージ」は半導体装置の下位概念であり、刊行物発明の「ワイヤボンディングに用いられる合金線材」自体は、「ボンディングワイヤ」として用いられるものと認められるから、刊行物発明の「合金線材」は、下記の相違点を除いて本件特許発明1の「半導体装置用ボンディングワイヤ」に相当している。
刊行物発明の「合金線材」である「銀-パラジウム合金」は、合金組成がは、「0.01から10.00重量パーセントのパラジウムおよび残余の銀を含む」ものであるから、銀の含有量は90重量パーセント以上といえる。
なお、本件特許発明1の「ワイヤ中心を含みワイヤ長手方向に平行な断面であるワイヤ中心断面において、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在せず」という事項、「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満であり」という事項、及び「ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上である」という事項は、それぞれ、「Ag含有量が90質量%以上」という特定の合金組成においての数値限定であると認められる。
そうすると、本件特許発明1と刊行物発明は、下記の点で一致し、相違する。

(一致点)
「Ag含有量が90質量%以上である半導体装置用ボンディングワイヤ。」

(相違点1)
本件特許発明1は、「Ag含有量が90質量%以上」であって、「ワイヤ中心を含みワイヤ長手方向に平行な断面であるワイヤ中心断面において、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在せず」というものであるのに対し、刊行物発明は、「前記合金線材の中心部は細長い結晶粒または等軸結晶粒を含」むものであるが、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「合金線材中心断面において、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在」しないものであるか定かではない点。

(相違点2)
本件特許発明1は、「Ag含有量が90質量%以上」であって、「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満であり」というものであるのに対し、刊行物発明は、「前記合金線材の中心部は細長い結晶粒または等軸結晶粒を含」むものであるが、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「合金線材中心断面における結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」であるか定かではない点。

(相違点3)
本件特許発明1は、「Ag含有量が90質量%以上」であって、「ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上である」というものであるのに対し、刊行物発明は、「前記合金線材のその他の部分は等軸結晶粒からな」るものであるが、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「合金線材表面における結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上」であるか定かではない点。

イ 判断
(ア)相違点1について
最初に、刊行物1ないし9及び11に、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材にいて、「合金線材中心断面において、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在」しないものが記載されているかを確認し、次に、刊行物発明が相違点1の構成を実質的に備えているものであるのか、また、刊行物発明が相違点1の構成を実質的に備えていない場合に、刊行物1ないし9及び11の記載から、刊行物発明が相違点1の構成を備えるものとすることが容易であったかについて検討する。
(a)刊行物1に記載された結晶粒面積
刊行物1には、合金線材の中心を含み合金線材の長手方向に平行な断面の具体例として、「第1の実施形態」の合金線材の縦切りの断面図が図1Bに記載され、「第2の実施形態」の合金線材の縦切りの断面図が図2Bが記載されている。
そして、第1の実施形態及び第2の実施形態における「合金線材」の具体的な材料については、刊行物1の段落【0068】に、
「銀-金合金が0.01から30.00重量パーセントの金および残余の銀を含み、銀-パラジウム合金が0.01から10.00重量パーセントのパラジウムおよび残余の銀を含み、銀-金-パラジウム合金が0.01から30.00重量パーセントの金、0.01から10.00重量パーセントのパラジウムおよび残余の銀を含むことが好ましい。」
と記載されているが、図1Bの断面図の「合金線材」が「銀が90重量パーセント以上」であること、図2Bの断面図の「合金線材」が「銀が90重量パーセント以上」であることは、刊行物1に記載されていない。
また、第1の実施形態及び第2の実施形態における「合金線材」の結晶の具体的な大きさについては、刊行物1の段落【0040】に、
「本発明の合金線材の特徴の1つは、当該合金線材が多結晶構造を有するもので、かつ複数の結晶粒を含むという点である。合金線材の中心部は細長い結晶粒を含み、合金線材のその他の部分は等軸結晶粒からなる。結晶粒の平均粒径は1μmから10μmであり、0.5μmから1μmである従来のワイヤボンディング用の線材の平均粒径よりも若干大きい。」
と記載されているが、「細長い結晶粒」等の結晶粒の面積については記載されていない。
さらに、第1の実施形態及び第2の実施形態における「合金線材」自体の具体的な大きさについては、刊行物1の段落【0039】に「本発明の第1および第2の実施形態の合金線材10および20の線径は10μmから50μmである」ことが好ましいこと、刊行物1の段落【0057】に「細線材の線径は10μmから50μmである」ことが好ましいことが記載されているものの、図1B及び図2Bの断面図の「合金線材」が、どのような線径のものであるかは記載されていないため、図1B及び図2Bに記載された個々の結晶粒の面積を判断することはできない。
よって、刊行物1には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「合金線材中心断面に、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在しない」合金線材が記載されているとは認められない。
(b)刊行物2に記載された結晶粒面積
刊行物1の優先権主張の基礎出願の公報である刊行物2には、上記(a)で検討した刊行物1の図1B及び図2B以外に、図8A、図9Aに合金線材の縦切りの断面図が記載されている。
そして、上記1(1)(1-2)イから、図8Aは、「実施例1として、銀-8wt%・金-3wt%・パラジウム合金から形成された線径17.5μmの合金線材の長手方向に平行な方向の横断面に沿った、金相学構造の写真」であるが、「銀-8wt%・金-3wt%・パラジウム合金」の合金組成から判断すると、図8Aに記載された合金線材は、「銀が90重量パーセント以上」の実施例とは認められない。また、図9Aは、「従来の合金線材の合金線材の縦切り断面に沿った金相学構造の写真」が記載されているが、具体的な合金組成については記載されていない。
よって、刊行物2には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において「合金線材中心断面において、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在しない」合金線材が記載されているとは認められない。
(c)刊行物3ないし9及び11に記載された結晶粒面積の確認
上記(1)の(1-3)ないし(1-9)及び(1-11)から、刊行物3は焼なましによる再結晶について記載され、刊行物4は伸線した純度90%以上の銀線の焼鈍による再結晶組織について記載され、刊行物5は冷間加工された金属の焼鈍過程での再結晶について記載され、刊行物6はAg-8Au-3Pdワイヤの焼鈍双晶について記載され、刊行物7は銀線材の<100>繊維軸の形成が記載され、刊行物8は焼鈍前後で引張試験した純度90%以上の銀ボンディングワイヤの伸びと硬度について記載され、刊行物9は銀のワイヤの引抜きによる<100>組織と<111>組織の割合が記載され、刊行物11は塩素の含有量が1質量ppm未満の銀を主成分としたボンディングワイヤが記載されているものの、これらいずれの刊行物にも、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材について、「合金線材中心断面」において、「長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在しないもの」である合金線材は記載されていないものと認められる。
よって、刊行物3ないし9及び11には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「合金線材中心断面に、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在しない」合金線材が記載されているとは認められない。
(d)刊行物発明が相違点1の構成を実質的に備えているかについて
上記(a)で検討したように、刊行物1には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「合金線材中心断面に、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在しない」ものについては記載されていないので、刊行物発明が相違点1の構成を実質的に備えているとはいえない。
(e)相違点1の構成とすることの容易性について
本件特許明細書には、「本発明は、リーニング不良とスプリング不良をともに改善したAg又はAg合金からなる半導体装置用ボンディングワイヤ及びその製造方法を提供することを目的とする。」(段落【0014】)こと、「本発明は繊維状組織を存在させないことにより、スプリング不良発生を抑えることができる。」(段落【0021】)ことが記載され、【表1-1】及び【表1-2】には、繊維状組織「なし」であることがリーニング不良とスプリング不良をともに改善する要素の一つであることが示されていることから、本件特許発明1は、「Ag含有量が90質量%以上である半導体装置用ボンディングワイヤ」において、「ワイヤ中心を含みワイヤ長手方向に平行な断面であるワイヤ中心断面において、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在せず」とすることを1つの要素とすることで、「リーニング不良とスプリング不良をともに改善する」ことを実現しているものであるといえる。
これに対して、刊行物1ないし9及び11には、上記(a)ないし(c)から、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「合金線材中心断面に、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在しない」ものが記載されているとは認められない。
また、刊行物1には、段落【0007】ないし【0009】に、微細結晶粒間の大量の大傾角粒界による、金属線材の電気抵抗率を高め、熱伝導性を低下させる等の問題を解決すること、段落【0040】に、合金線材の中心部は細長い結晶粒を含み、合金線材のその他の部分は等軸結晶粒からなり、結晶粒の平均粒径は従来よりも若干大きくすることで、「合金線材の大傾角粒界の密度が減少し、上述した微細結晶粒間の大量の大傾角粒界に起因する欠点が低減される」ことは記載されているが、「リーニング不良とスプリング不良をともに改善する」ことは記載されておらず、また、合金線材の中心部に存在する「細長い結晶粒」の面積を制限することも記載されていない。
してみると、刊行物1には、刊行物発明において、「合金線材中心断面において、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在しないもの」とするための動機付けは存在しない。このことは、刊行物1の優先権主張の基礎出願の公報である刊行物2だけでなく、刊行物3ないし9及び11も、「リーニング不良とスプリング不良をともに改善する」ことは記載されておらず、合金線材の中心部に存在する「細長い結晶粒」の面積を制限することも記載されていないので、同様である。
よって、刊行物発明には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において「合金線材中心断面に、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在しない」ものとする必要性は認められないこと、刊行物1ないし9及び11には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において「合金線材中心断面に、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在しない」ものとすることは記載されていないと認められること、本件特許発明1は、相違点1の構成を1つの要素とすることで、「リーニング不良とスプリング不良をともに改善する」ことを実現していることを踏まえると、刊行物1ないし9及び11に接した当業者が、刊行物発明の半導体装置用ボンディングワイヤを、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において「合金線材中心断面において、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在」しないものとすることは、容易に想到し得たとは認められない。
(f)特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、特許異議申立書の4(4)ウ(イ)(a)において、刊行物1(甲第02号証)及び刊行物2(甲第03号証)では、「甲第02号証の図1Bの模式図は甲第03号証の図8Aの写真が対応する。この図8Aでは、結晶粒の面積が15μm^(2)以上でない結晶粒が存在することしか確認することができない。」こと及び、「甲第02号証の図1B・Cを観察すると、線径17.5μmの細線材(0073段落)の中心断面には面積が15μm^(2)以上の結晶粒が存在しないことがわかる。」ことを主張し、特許異議申立書の4(4)ウ(イ)(b)において、刊行物3(甲第04号証)では、「本件特許発明の構成要件Bは、同証9ページの『図1-2 再結晶の段階』に図示されているすべてのAgワイヤに当てはまる」こと、刊行物4(甲第05号証)および刊行物5(甲第06号証)では「同様のことが甲第05号証および甲第06号証からもいえる」こと、刊行物6(甲第07号証)では、「面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在するが長径aと短径bの比a/bが10以上でない。」ことを主張している。
しかしながら、上記(e)に記載したように、刊行物1ないし6には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「合金線材中心断面に、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在しない」ものとする合金線材が記載されているとは認められず、また、本件特許明細書の【表1-1】及び【表1-2】には、繊維状組織「なし」であることがリーニング不良とスプリング不良をともに改善する要素の一つであることが示されていることから、本件特許発明1は、相違点1の構成を1つの要素とすることで、「リーディング不良とスプリング不良をともに改善する」ことを可能にした」ものであるから、相違点1に係る構成は単なる設計事項であるとはいえないので、特許異議申立人の上記主張を採用することはできない。

(イ)相違点2について
最初に、刊行物1ないし9及び11に、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材であって、「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」であるものが記載されているかを確認し、次に、刊行物発明が相違点2の構成を実質的に備えているものであるのか、また、刊行物発明が相違点2の構成を実質的に備えていない場合に、刊行物1ないし9及び11の記載から、刊行物発明が相違点2の構成を備えるものとすることが容易であったかについて検討する。
(a)刊行物1の存在比率の記載の確認
刊行物1の段落【0048】に、
「その結果、焼なまし双晶が形成され、その対称な界面が双晶境界である。焼なまし双晶は主に、結晶格子配列が最も密な面心立方(FCC)格子を有する材料に生じる。双晶境界は低エネルギーのΣ3特殊粒界であり、かつその結晶方位は全て{111}面である。」と記載され、段落【0076】に、
「実施例1の本発明の合金線材の横断面に沿った金属組織の写真は、焼なまし双晶を含む結晶粒の数量が、本発明の合金線材の結晶粒の総量の40パーセントより多いと見積もられることを示していた。」
と記載され、段落【0082】に、
「さらに、図8Aおよび8Bに示される分析結果を比較すると、本発明の実施例1の合金線材の図ははっきりとした{111}の結晶方位のスペクトル線を示していた。{111}のスペクトル線は焼なまし双晶の典型的な結晶方位のスペクトル線である。対照群の従来の合金線材のX線回折図中にははっきりとした{111}のスペクトル線は無かった。商用の4N純金線材およびパラジウムでコーティングされた銅線材のサンプルのX線回折図中にもはっきりとした{111}のスペクトル線は無かった。結果、本発明の実施例1の合金線材の材料中に大量の焼なまし双晶組織が存在していたことが確認された。」
と記載されている。
しかしながら、段落【0048】の記載は、「双晶境界」での結晶方位が「全て{111}面である。」ことが記載されているだけであり、段落【0076】及び段落【0082】は「銀が90重量パーセント以上」ではない実施例1について記載したものである。
よって、刊行物1には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」であるものは、記載されていない。
(b)刊行物2ないし9及び11の存在比率の記載の確認
刊行物1の優先権主張の基礎出願の公報でる刊行物2は刊行物1と同様のことが記載され、上記(1)の(1-3)ないし(1-9)及び(1-11)から、刊行物3ないし9及び11には、上記イ(ア)(c)に記載した事項が記載されているものの、これらいずれの刊行物にも、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材について、「前記ワイヤ中心断面」における「ワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」である合金線材は記載されていないものと認められる。
よって、刊行物2ないし9及び11には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」の合金線材が記載されているとは認められない。
(c)刊行物発明が相違点2の構成を実質的に備えているかについて
上記(a)で検討したように、刊行物1には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」のものについては記載されていないので、刊行物発明が相違点2の構成を実質的に備えているとはいえない。
(d)相違点2の構成とすることの容易性について
本件特許明細書には、「本発明は、リーニング不良とスプリング不良をともに改善したAg又はAg合金からなる半導体装置用ボンディングワイヤ及びその製造方法を提供することを目的とする。」(段落【0014】)こと、「断面<100>方位比率が低すぎると、2nd接合部の破断強度が高くなり、スプリング不良が発生するが、断面<100>方位比率を10%以上とすることにより、スプリング不良発生を抑えることができる。また、断面<100>方位比率が高すぎると2nd接合部の破断強度が高くなるためスプリング不良発生がやや増加するが、断面<100>方位比率を50%未満にすることにより、スプリング不良発生を良好に抑えることができる。」(段落【0021】)ことが記載され、【表1-1】及び【表1-2】には、断面<100>方位比率の数値がリーニング不良とスプリング不良をともに改善する要素の一つであることが示されていることから、本件特許発明1は、「Ag含有量が90質量%以上である半導体装置用ボンディングワイヤ」において、「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」とすることを1つの要素とすることで、「リーニング不良とスプリング不良をともに改善する」ことを実現しているものであるといえる。
これに対して、刊行物2ないし9及び11には、上記(a)及び(b)から、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材について、「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」のものが記載されているとは認められない。
また、刊行物1には、微細結晶粒間の大量の大傾角粒界による、金属線材の電気抵抗率を高め、熱伝導性を低下させる等の問題を解決することは段落【0007】ないし【0009】に記載されているが、「リーニング不良とスプリング不良をともに改善する」ことについては記載されていない。
してみると、刊行物1には、刊行物発明において、「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」とするための動機付けは存在しない。このことは、刊行物2ないし9及び11も、「リーニング不良とスプリング不良をともに改善する」ことについては記載されていないことから、同様である。
よって、刊行物発明には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」とする必要性は認められないこと、刊行物1ないし9及び11には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材について、「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」とすることは記載されていないと認められること、本件特許発明1は、相違点2の構成を1つの要素とすることで、「リーニング不良とスプリング不良をともに改善する」ことを実現していることを踏まえると、刊行物1ないし9及び11に接した当業者が、刊行物発明の半導体装置用ボンディングワイヤを、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」とすることは、容易に想到し得たとは認められない。
(e)特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、特許異議申立書の4(4)ウ(ウ)において、刊行物7(甲第08号証)では、「具体的な数値はないが、二重繊維組織のうち線材中心付近では<111>繊維軸成分に次いで<100>繊維軸成分が認められ、外周部では(110)方位がかなりの集積度で形成され、全体の銀線材は<100>繊維軸成分が主方位を呈することがわかる。」こと、また、図5.5(a)から<100>方位が存在しかつ<100>および<111>以外の他の方も含まれること、刊行物4(甲第05号証)では、「・・・の結果から、強伸線した銀線の再結晶組織は、<111>と<100>の相対強度に関係しないと結論される。」旨の記載から、相違点1の「合金線材中心断面において、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在」しないものであることと、相違点2の「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」であることが無関係であること、刊行物5(甲第06号証)及び刊行物8(甲第09号証)での銀ボンディングワイヤを焼鈍すことで伸びが向上したことは、「リーディング不良とスプリング不良を同時に改善することを可能にした」という作用・効果と同じ意味であること、刊行物6(甲第07号証)の図1(a)と図1(b)の合金も「結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」であること、刊行物10(甲第11号証)から数値限定には臨界的異議は認められないことを主張している。
しかしながら、上記(d)に記載したように、刊行物1、刊行物4ないし8には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」とする合金線材の記載はないと認められ、本件特許明細書の【表1-1】及び【表1-2】には、本件特許発明1は相違点2の構成を1つの要素とすることで、「リーディング不良とスプリング不良をともに改善する」ことを可能にしたものであるから、相違点2に係る構成は単なる設計事項であるとはいえないので、特許異議申立人の上記主張を採用することはできない。

(ウ)相違点3について
刊行物1ないし9及び11に、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上」であるものが記載されているかを確認し、次に、刊行物発明が相違点3の構成を実質的に備えているものであるのか、また、刊行物発明が相違点3の構成を実質的に備えていない場合に、刊行物1ないし9及び11から、刊行物発明が相違点3の構成を備えるものとすることが容易であったかについて検討する。
(a)刊行物1に記載された存在比率の確認
刊行物1には、合金線材の表面を含み合金線材の長手方向に垂直な断面の具体例として、第1の実施形態の合金線材の横断面図が図1Cに記載され、第2の実施形態の合金線材の横断面図が図2Cが記載されている。
そして、第1の実施形態及び第2の実施形態における「合金線材」の具体的な材料については、刊行物1の段落【0068】に、
「銀-金合金が0.01から30.00重量パーセントの金および残余の銀を含み、銀-パラジウム合金が0.01から10.00重量パーセントのパラジウムおよび残余の銀を含み、銀-金-パラジウム合金が0.01から30.00重量パーセントの金、0.01から10.00重量パーセントのパラジウムおよび残余の銀を含むことが好ましい。」
と記載されているが、図1Cの横断面図の「合金線材」が「銀が90重量パーセント以上」であること、図2Cの横断面図の「合金線材」が「銀が90重量パーセント以上」であることは、記載されているとは認められない。
よって、刊行物1には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上」の合金線材が記載されているとは認められない。
(b)刊行物2ないし9及び11に記載にされた存在比率の確認
刊行物1の優先権主張の基礎出願の公報でる刊行物2は刊行物1と同様のことが記載され、上記(1)の(1-3)ないし(1-9)及び(1-11)から、刊行物3ないし9及び11には、上記イ(ア)(c)に記載した事項が記載されているものの、これらいずれの刊行物にも、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材について、「ワイヤ表面」における「ワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上」である合金線材は記載されていないものと認められる。
よって、刊行物2ないし9及び11には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上」である合金線材が記載されているとは認められない。
(c)刊行物発明が相違点3の構成を実質的に備えているかについて
上記(a)で検討したように、刊行物1には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上」であるものは記載されていないので、刊行物発明が相違点3の構成を実質的に備えているとはいえない。
(d)相違点3の構成とすることの容易性について
本件特許明細書には、「本発明は、リーニング不良とスプリング不良をともに改善したAg又はAg合金からなる半導体装置用ボンディングワイヤ及びその製造方法を提供することを目的とする。」(段落【0014】)こと、「表面<100>方位比率が低すぎると、ボールネック部が横方向に変形しやすくなるためにリーニング不良が発生しやすくなるが、表面<100>方位比率を70%以上にすることにより、リーニング不良発生を抑えることができる。」(段落【0021】)ことが記載され、【表1-1】及び【表1-2】には、表面<100>方位比率の数値がリーニング不良とスプリング不良をともに改善する要素の一つであることが示されていることから、本件特許発明1は、「Ag含有量が90質量%以上である半導体装置用ボンディングワイヤ」において、「ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上」とすることを1つの要素とすることで、「リーニング不良とスプリング不良をともに改善」ことを実現しているものであるといえる。
これに対して、刊行物1ないし9及び11には、上記(a)及び(b)から、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上」である合金線材が記載されているとは認められない。
また、刊行物1には、微細結晶粒間の大量の大傾角粒界による、金属線材の電気抵抗率を高め、熱伝導性を低下させる等の問題を解決することは段落【0007】ないし【0009】に記載されているが、「リーニング不良とスプリング不良をともに改善する」ことについては記載されていないので、刊行物1には、刊行物発明において、「ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上」であるとするための動機付けは存在しない。このことは、刊行物2ないし9及び11も、「リーニング不良とスプリング不良をともに改善する」ことについては記載されていないので、同様である。
してみると、刊行物発明には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上」であるとする必要性は認められないこと、刊行物1ないし9及び11には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材について、「ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上」である合金線材は記載されていないと認められること、本件特許発明1は、相違点3の構成を1つの要素とすることで、「リーニング不良とスプリング不良をともに改善する」ことを実現していることを踏まえると、刊行物1ないし9及び11に接した当業者が、刊行物発明の半導体装置用ボンディングワイヤを、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上」であるとすることは、容易に想到し得たとは認められない。
(e)特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、特許異議申立書の4(4)ウ(ウ)において、刊行物7(甲第08号証)には、「具体的な数値はないが、二重繊維組織のうち線材中心付近では<111>繊維軸成分に次いで<100>繊維軸成分が認められ、外周部では(110)方位がかなりの集積度で形成され、全体の銀線材は<100>繊維軸成分が主方位を呈することがわかる。」こと、また、表5.1に<100>繊維軸の百分率が90%及び100%であることが記載されていること、刊行物4(甲第05号証)では、「・・・の結果から、強伸線した銀線の再結晶組織は、<111>と<100>の相対強度に関係しないと結論される。」旨の記載から、相違点1の「合金線材中心断面において、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在」しないものであることと、相違点2の「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満」であることが無関係であること、刊行物5(甲第06号証)及び刊行物8(甲第09号証)での、銀ボンディングワイヤを焼鈍すことで伸びが向上したことは、「リーディング不良とスプリング不良を同時に改善することを可能にした」という作用・効果と同じ意味であること、刊行物9(甲第10号証)では、銀の場合ワイヤ軸に平行な<100>結晶の割合が75%であることを主張している。
しかしながら、上記(d)に記載したように、刊行物1、刊行物4、刊行物5及び刊行物7ないし9には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材において、「ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上」である合金線材が記載されているとは認められないこと、本件特許発明1は、相違点3の構成を1つの要素とすることで、「リーディング不良とスプリング不良をともに改善する」ことを可能にしたものであるから、相違点3に係る構成は単なる設計事項であるとはいえないので、特許異議申立人の上記主張を採用することはできない。

(エ)刊行物発明を相違点1ないし3に係る構成とすることの容易性
本件特許明細書の「本発明は、リーニング不良とスプリング不良をともに改善したAg又はAg合金からなる半導体装置用ボンディングワイヤ及びその製造方法を提供することを目的とする。」(段落【0014】)の記載から、本件特許発明1は「リーニング不良とスプリング不良をともに改善」することを発明の目的とするものであり、その目的を実現する構成として、相違点1ないし3に係る構成を備えたものである。
上記(ア)ないし(ウ)では、刊行物1ないし9及び11には、それぞれ相違点1ないし相違点3の記載がないことを理由に、刊行物発明を相違点1に係る構成とすること、刊行物発明を相違点2に係る構成とすること、刊行物発明を相違点3に係る構成とすることが、それぞれ当業者が容易に想到し得たとは認められないことを述べたが、本件特許発明1は、「リーニング不良とスプリング不良をともに改善」するものであることを踏まえれば、刊行物発明が本件特許発明1を構成するためには、相違点1ないし相違点3を同時に満たすことが必要である。
しかしながら、刊行物1ないし9及び11には、「Ag含有量が90質量%以上」の合金線材を「半導体装置用ボンディングワイヤ」の用途とするに際して、「リーニング不良とスプリング不良をともに改善」するために、相違点1ないし相違点3を同時に満たす構成とすることは、記載も示唆もされていないことから、仮に、刊行物1ないし9及び11に、相違点1、相違点2、または相違点3の何れかの構成について記載ないし示唆があったとしても、当業者が、刊行物発明を相違点1ないし3に係る構成とすることは容易に想到し得るものではない。

(オ)本件特許発明1のまとめ
上記(ア)ないし(エ)から、本件特許発明1は、刊行物発明、刊行物1ないし9及び11に記載された事項から、当業者が容易になし得るものではない。

(3)本件特許発明2ないし4について
本件特許発明2ないし本件特許発明4は、本件特許発明1を更に減縮したものである。
そうすると、上記本件特許発明1についての判断と同様の理由により、刊行物発明、刊行物1ないし9及び11に記載された事項から、当業者が容易になし得るものではない。

(4)小括
以上のとおり、請求項1ないし請求項4に係る発明は、刊行物発明、刊行物1ないし9及び11に記載された事項から、当業者が容易になし得るものではない。

2 申立理由2について
(1)特許異議申立人の主張
特許異議申立人は、特許異議申立書の4(4)エにおいて、構成要件Bである「ワイヤ中心を含みワイヤ長手方向に平行な断面であるワイヤ中心断面において、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在せず」は、ボンディングワイヤにおいて「面積が15μm^(2)以上である結晶粒」が単独で存在し得るかどうか不明であり、構成要件Bの結晶方位と構成要件Cである「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満であり、ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上である」での結晶方位の関係が不明であり、構成要件Hである「前記伸線工程の途中に1回以上の熱処理と伸線工程終了後に最終熱処理を行い、前記最終熱処理の直前の熱処理の温度が300℃以上600℃未満であり、前記最終熱処理の温度が600℃以上800℃以下である」には熱処理時間が記載されていないことから、本件特許明細書は、特許法第36条の規定に違反すると主張している。

(2)構成要件B及び構成要件Cについて
本件特許明細書には、
「【0040】
[ボンディングワイヤの結晶組織]
ワイヤ中心を含みワイヤ長手方向に平行な断面(ワイヤ中心断面)及びワイヤ表面を観察面として、結晶組織の評価を行った。評価手法として、後方散乱電子線回折法(EBSD、Electron Backscattered Diffraction)を用いた。EBSD法は観察面の結晶方位を観察し、隣り合う測定点間での結晶方位の角度差を図示出来るという特徴を有し、ボンディングワイヤのような細線であっても、比較的簡便ながら精度よく結晶方位を観察できる。
【0041】
ワイヤ表面のような曲面を対象として、EBSD法を実施する場合には注意が必要である。曲率の大きい部位を測定すると、精度の高い測定が困難になる。しかしながら、測定に供するボンディングワイヤを平面に直線上に固定し、そのボンディングワイヤの中心近傍の平坦部を測定することで、精度の高い測定をすることが可能である。具体的には、次のような測定領域にすると良い。円周方向のサイズはワイヤ長手方向の中心を軸として線径の50%以下とし、ワイヤ長手方向のサイズは100μm以下とする。好ましくは、円周方向のサイズは線径の40%以下とし、ワイヤ長手方向のサイズは40μm以下とすれば、測定時間の短縮により測定効率を高められる。更に精度を高めるには、3箇所以上測定し、ばらつきを考慮した平均情報を得ることが望ましい。測定場所は近接しないように、1mm以上離すと良い。
【0042】
断面<100>方位比率及び表面<100>方位比率は、専用ソフト(例えば、TSLソリューションズ社製OIM analysis等)により特定できた全結晶方位を母集団として、ワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率(面積率)を算出した。繊維状組織については、専用ソフト(例えば、TSLソリューションズ社製OIM analysis等)によって、長径a、短径bの比a/b及び結晶粒の面積を算出し、定義に従って繊維状組織の有無を評価した。」
と記載されている。
上記には、ボンディングワイヤに対して後方散乱電子線回折法を実施し、実施結果にTSLソリューションズ社製OIM analysis等の専用ソフトを用いることで、断面<100>方位比率及び表面<100>方位比率を求め、長径a、短径bの比a/b及び結晶粒の面積を算出して繊維状組織の有無を評価することが記載されている。
また、「ワイヤ中心を含みワイヤ長手方向に平行な断面であるワイヤ中心断面において、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒」の記載では、「長径aと短径bの比a/bが10以上」の形状と「15μm^(2)以上」の面積により結晶粒が明確に特定されており、「前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満であり、ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上である」の記載では、結晶方位<100>及び結晶方位<100>自体は明確であり、それらの存在比率も面積率で明確に特定されている。
よって、本件特許発明1の構成要件B及び構成要件Cの記載事項は明確であり、さらに、これらの記載事項を実施するための方法も本件特許明細書には具体的に記載されていることから、本件特許明細書は、構成要件B及び構成要件Cについて、当業者が発明を実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものといえる。

(3)構成要件Hについて
さらに、本件特許明細書には、
「【0025】
本発明においては、伸線加工における減面率に工夫を加えるとともに、伸線途中及び伸線工程終了後に行う熱処理のパターンを限定することによりはじめて、繊維状組織を存在させず、同時に断面<100>方位比率が10%以上50%未満であり、表面<100>方位比率が70%以上とすることができた。そしてこれにより、リーニング不良とスプリング不良をともに抑制することができた。
【0026】
即ち、Ag又はAg合金素材を1回以上の伸線加工を行う伸線工程を有し、伸線工程中に減面率が15.5?30.5%である伸線加工を少なくとも1回行う。さらに、伸線工程の途中に1回以上の熱処理を行い、伸線工程終了後にも熱処理(最終熱処理)を行う。最終熱処理直前の熱処理(最終前熱処理)温度を300℃以上600℃未満とし、最終熱処理温度を600℃以上800℃以下とすることにより、ワイヤ中心断面に繊維状組織が存在せず、表面<100>方位比率と断面<100>方位比率が上記本発明の好ましい範囲であるAg又はAg合金ボンディングワイヤとすることができる。減面率が15.5?30.5%である伸線加工を少なくとも1回行うことにより、通常よりも繊維状組織の少ない結晶組織を実現することができ、その後の熱処理により繊維状組織が消滅しやすくなる。最終熱処理温度を600℃以上とするのは、これにより断面<100>方位比率を本発明の上限以下とすることができるからであり、800℃以下とするのは、これにより表面<100>方位比率を本発明の下限以上とすることができるからである。最終前熱処理温度を300℃以上とするのは、加工歪みを取り除くためであり、600℃未満とするのは、この段階で再結晶が過度に進行しないようにするためである。」
ことが記載されている。
上記には、「最終熱処理直前の熱処理」と「最終熱処理」の時間は記載されていない。しかしながら、「繊維状組織を存在させず、同時に断面<100>方位比率が10%以上50%未満であり、表面<100>方位比率が70%以上とする」ためには、「伸線加工における減面率に工夫を加えるとともに、伸線途中及び伸線工程終了後に行う熱処理のパターンを限定する」ことが必要であること、その具体的な熱処理パターンとして、「300℃以上600℃未満」の熱処理を最終熱処理直前に実施し、「600℃以上800℃以下」の熱処理温度を最終熱処理に実施することが記載されており、Ag合金素材を熱処理すれば熱処理時間の経過に応じて結晶粒径が増大することを踏まえれば、「ワイヤ中心を含みワイヤ長手方向に平行な断面であるワイヤ中心断面において、長径aと短径bの比a/bが10以上であって面積が15μm^(2)以上である結晶粒が存在せず、前記ワイヤ中心断面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で10%以上50%未満であり、ワイヤ表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位を測定した結果、前記ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以下である結晶方位<100>の存在比率が面積率で70%以上」とする熱処理時間は、当業者が技術常識を参酌して適宜設定し得る程度のものと認められることから、本件特許明細書は、構成要件Hについて、当業者が発明を実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないとまではいえない。

(4)小括
以上のとおり、本件特許明細書は、特許法第36条第4項または第6項に規定する要件を満たしている。


第5 結言
以上検討したとおり、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし請求項4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし請求項4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-11-02 
出願番号 特願2015-516368(P2015-516368)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (H01L)
P 1 651・ 121- Y (H01L)
P 1 651・ 537- Y (H01L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 工藤 一光  
特許庁審判長 河口 雅英
特許庁審判官 加藤 浩一
飯田 清司
登録日 2015-11-20 
登録番号 特許第5840327号(P5840327)
権利者 日鉄住金マイクロメタル株式会社 新日鉄住金マテリアルズ株式会社
発明の名称 半導体装置用ボンディングワイヤ及びその製造方法  
代理人 石田 敬  
代理人 亀松 宏  
代理人 古賀 哲次  
代理人 古賀 哲次  
代理人 中村 朝幸  
代理人 福地 律生  
代理人 青木 篤  
代理人 石田 敬  
代理人 青木 篤  
代理人 亀松 宏  
代理人 中村 朝幸  
代理人 宮崎 悟  
代理人 福地 律生  

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