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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 F16H
管理番号 1321904
審判番号 不服2016-6296  
総通号数 205 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-01-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-04-27 
確定日 2016-12-13 
事件の表示 特願2011-193898「車両の動力伝達制御装置」拒絶査定不服審判事件〔平成25年3月21日出願公開、特開2013-53725、請求項の数(2)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成23年9月6日の出願であって、平成27年6月25日付けで拒絶理由の通知がされ、その指定期間内である同年8月28日に手続補正がなされたが、平成28年1月28日付けで拒絶査定がされ(発送日:同年2月3日)、これに対し、同年4月27日に拒絶査定不服審判が請求されたものである。

第2 本願発明
本願の請求項1及び2に係る発明(以下「本願発明1」及び「本願発明2」という。)は、平成27年8月28日の手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定されるものと認められるところ、本願発明1は次のとおりのものである。

「【請求項1】
車両の駆動源から動力が入力される第1入力軸と、前記駆動源から動力が入力される第2入力軸と、前記車両の駆動輪へ動力を出力する出力軸と、複数の全変速段のうちの一部である第1グループの1つ又は複数の変速段の何れか1つを選択的に確立して前記第1入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成する確立状態又は前記第1グループの変速段の何れも確立せずに前記第1入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成しない開放状態を選択的に達成する第1機構部と、前記全変速段のうちの残りである第2グループの1つ又は複数の変速段の何れか1つを選択的に確立して前記第2入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成する確立状態又は前記第2グループの変速段の何れも確立せずに前記第2入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成しない開放状態を選択的に達成する第2機構部と、を備えた変速機と、
前記駆動源の出力軸と前記第1入力軸との間に介装されて、前記駆動源の出力軸と前記第1入力軸との間で動力伝達系統が形成される接合状態と前記動力伝達系統が形成されない分断状態とを選択的に実現する第1クラッチと、
前記駆動源の出力軸と前記第2入力軸との間に介装されて、前記駆動源の出力軸と前記第2入力軸との間で動力伝達系統が形成される接合状態と前記動力伝達系統が形成されない分断状態とを選択的に実現する第2クラッチと、
前記車両の走行状態に基づいて、前記第1、第2機構部、及び、前記第1、第2クラッチを制御する制御手段と、
を備えた車両の動力伝達制御装置であって、
前記制御手段は、
前記車両の走行状態に基づいて、前記複数の全変速段のうち選択されるべき変速段である選択変速段を決定し、
前記制御手段は、
前記第1、第2機構部のうちで前記選択変速段に対応する選択機構部を制御して前記選択変速段を確立するとともに前記第1、第2クラッチのうちで前記選択機構部に対応する選択クラッチを接合状態に調整し、前記第1、第2機構部のうちで前記選択変速段に対応しない非選択機構部を制御して前記選択変速段に対して1段だけ高速側の高速側隣接変速段又は前記選択変速段に対して1段だけ低速側の低速側隣接変速段を確立するとともに前記第1、第2クラッチのうちで前記選択機構部に対応しない非選択クラッチを分断状態に調整するように構成され、
前記制御手段は、
前記変速機の潤滑用の流体の温度を検出する検出手段を備え、
前記流体の温度が所定温度以上である場合、前記非選択機構部において、前記高速側隣接変速段及び前記低速側隣接変速段のうち前記車両の走行状態に基づいて決定される変速段を確立し、
前記流体の温度が前記所定温度未満である場合、前記非選択機構部において、前記高速側隣接変速段及び前記低速側隣接変速段のうち前記低速側隣接変速段を強制的に確立するように構成された、車両の動力伝達制御装置。」

第3 原査定の理由の概要
本願発明1及び2は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


刊行物1:特開2010-216509号公報
刊行物2:特開2009-47184号公報(周知技術を示す文献)
刊行物3:特開2011-112146号公報(周知技術を示す文献)
刊行物4:特開2009-250324号公報(周知技術を示す文献)
刊行物5:実公平4-53483号公報(周知技術を示す文献)

刊行物1(特に段落0005、図1-5参照)には、ダブルクラッチトランスミッション(DCT)を備えた車両の動力伝達制御装置であって、車両の走行状態に応じて変わるプリシフト用マップに基づいて、プリシフトされることが記載されている。
車両の動力伝達制御装置に含まれる、車両用自動変速機の技術分野において、冷間時に、潤滑油の攪拌によって変速機の油温上昇を促進するために、ダウンシフトしたり、入力軸回転数を高くして、変速機内部の回転する部材の回転数を高めることは、刊行物2(特に段落0003参照)、刊行物4(特に段落0040、0079、図13参照)、刊行物5(特に第6欄第36-43行、第3図参照)に示されるように従来周知の技術的事項である。
そして、刊行物1に記載されたダブルクラッチトランスミッション(DCT)を備えた車両の動力伝達制御装置は、変速機内部の回転する部材として、第1機構部と第2機構部を備えるものであるから、刊行物2、4、5に記載された周知技術を適用するに際して、回転数を高める部材として、第1、第2機構部のうちで選択変速段に対応しない非選択機構部を選び、選択変速段に対応しない非選択機構部における隣接変速段の選択において、強制的に低速側隣接変速段を確立することは、当業者が容易に想到し得たものと認められる。

したがって、本願発明1は、刊行物1に記載された発明及び刊行物2、4、5に記載された周知技術に基いて、当業者であれば容易になし得たものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
また、非選択入力軸の回転速度が許容される上限に達したことに基づいて、シフトアップすることは、刊行物3に示されるように従来周知の技術的事項である。

したがって、本願発明2は、刊行物1に記載された発明、刊行物2、4、5に記載された周知技術、及び刊行物3に示される周知の技術的事項に基づいて、当業者であれば容易になし得たものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第4 当審の判断
1 本願発明1
(1)刊行物
ア 原審において通知した拒絶の理由に引用され、本願の出願前に頒布された刊行物1には、「自動マニュアルトランスミッションの変速制御装置」に関して、図面(特に、図1、図2参照)と共に、次の事項が記載されている。

(ア)「【0005】
本発明によれば、2つの発進クラッチを有する自動マニュアルトランスミッションで、プリシフトマップ内のアップシフト待機線とダウンシフト待機線とに基づきプリシフトを実行し、変速マップ内のアップシフト線とダウンシフト線とに基づき車両の変速を実行する際に、このアップシフト待機線及びダウンシフト待機線を、車両の走行状態に応じて可変とするようにした。」

(イ)「【0008】
まず、本発明の理解を容易にするために、2つの発進クラッチを有する自動マニュアルトランスミッションの変速機構について説明する。
【0009】
[自動マニュアルトランスミッション]
図1は、本発明による後述する各実施例の変速制御装置を適用可能な、自動マニュアルトランスミッションを例示するツインクラッチ式自動マニュアルトランスミッションの概略図である。
【0010】
エンジン1の出力軸(クランクシャフト2)を、奇数変速段(第1速、第3速、第5速、後退)用の自動湿式回転クラッチ(以下、「奇数段用クラッチ」)C1、及び、偶数変速段(第2速、第4速、第6速)用の自動湿式回転クラッチ(以下、「偶数段用クラッチ」)C2の共通な自動クラッチドラム3に駆動結合する。ツインクラッチ式自動マニュアルトランスミッションは、奇数変速段(第1速、第3速、第5速、後退)用の第1入力軸4、及び、偶数変速段(第2速、第4速、第6速)用の第2入力軸5を備え、これら第1入力軸4及び第2入力軸5をそれぞれ、個々の自動クラッチC1,C2によりエンジン出力軸のクランクシャフト2に結合可能とする。
【0011】
ツインクラッチ式自動マニュアルトランスミッションは更に出力軸6を備え、これを第1入力軸4及び第2入力軸5に同軸に配置し、出力軸6は図示しないプロペラシャフトやディファレンシャルギヤ装置を介して左右駆動車輪に結合する。」

(ウ)「【0019】
カウンターシャフト10には更に、第1速出力歯車14及び後退出力歯車16間に配して第1速-後退用同期噛合機構(選択噛合機構)21が設けられている。この第1速-後退用同期噛合機構(選択噛合機構)21は、カウンターシャフト10と共に回転するカップリングスリーブ21aを図示の中立位置から第1速出力歯車14側に移動(左行)させて第1速出力歯車14に一体に設けた自動クラッチギヤ21bに噛合させると、第1速出力歯車14がカウンターシャフト10に駆動結合されることで後述するごとく第1速を選択する。これに対し、カップリングスリーブ21aを図示の中立位置から後退出力歯車16側に移動(右行)させて後退出力歯車16に一体に設けた自動クラッチギヤ21cに噛合させると、後退出力歯車16がカウンターシャフト10に駆動結合されることで後述するごとく後退を選択する。
【0020】
第1入力軸4の後端延長部には更に、第3速入力歯車19及び第5速入力歯車31間に第3速-第5速用同期噛合機構(選択噛合機構)22が設けられている。この第3速-第5速用同期噛合機構(選択噛合機構)22は、第1入力軸4(その後端延長部)と共に回転するカップリングスリーブ22aを図示の中立位置から第3速入力歯車19側に移動(右行)させて第3速入力歯車19に一体に設けた自動クラッチギヤ22bに噛合させると、第3速入力歯車19が第1入力軸4に駆動結合されることで後述するごとく第3速を選択する。これに対し、カップリングスリーブ22aを図示の中立位置から第5速入力歯車31側に移動(左行)させて第5速入力歯車31に一体に設けられた自動クラッチギヤ22cに噛合させると、第5速入力歯車31が第1入力軸4に駆動結合されることで後述するごとく第5速を選択する。」
(エ)「【0023】
カウンターシャフト10には更に、第6速出力歯車24及び第2速出力歯車26間に第6速専用の同期噛合機構(選択噛合機構)29が設けられている。この第6速専用同期噛合機構(選択噛合機構)29は、カウンターシャフト10と共に回転するカップリングスリーブ29aを図示の中立位置から第6速出力歯車24側に移動(左行)させて第6速出力歯車24に一体に設けた自動クラッチギヤ29bに噛合させると、第6速出力歯車24がカウンターシャフト10に駆動結合されることで後述するごとく第6速を選択する。またカウンターシャフト10には、第2速出力歯車26及び第4速出力歯車28間に第2速-第4速用同期噛合機構(選択噛合機構)30が設けられている。この第2速-第4速用同期噛合機構(選択噛合機構)30は、カウンターシャフト10と共に回転するカップリングスリーブ30aを図示の中立位置から第2速出力歯車26側に移動(左行)させて第2速出力歯車26に一体に設けられた自動クラッチギヤ30bに噛合させると、第2速出力歯車26がカウンターシャフト10に駆動結合されることで後述するごとく第2速を選択する。これに対し、カップリングスリーブ30aを図示の中立位置から第4速出力歯車28側に移動(右行)させて第4速出力歯車28に一体に設けられた自動クラッチギヤ30cに噛合させると、第4速出力歯車28がカウンターシャフト10に駆動結合されることで後述するごとく第4速を選択する。」

(オ)「【0036】
このようなツインクラッチ式自動マニュアルトランスミッションでは、プリシフトマップ内のアップシフト待機線とダウンシフト待機線とに基づきプリシフトを実行し、変速マップ内のアップシフト線とダウンシフト線とに基づき自動マニュアルトランスミッションの変速を実行する必要があり、プリシフト動作及び変速動作について以下詳細に説明する。
【0037】
[プリシフト動作及び変速動作]
図2は、図1に示すツインクラッチ式自動マニュアルトランスミッションの基本的な変速動作状態を示す図である。図2を参照して、ツインクラッチ式自動マニュアルトランスミッションの基本的な変速動作例について簡潔に説明する。
【0038】
<第3速→第4速のアップシフト(アクセル開度一定で車速が上昇し、運転点がaからeに変化する場合)>
運転点a:第3速の走行状態にある。第3速-第5速用同期噛合機構22が第3速係合状態で、奇数クラッチC1が締結状態にある。第2速-第4速用同期噛合機構30は、第2速係合状態にある(第3速へのアップシフト前は第2速状態であり、第2速係合状態のままである)。偶数クラッチC2は解放状態にある。
運転点b:上記運転点aと同じ状態にある。
運転点c:上記運転点aと同じ状態にある。
運転点c→d:第2速-第4速用同期噛合機構30が第2速係合状態から第4速係合状態へと移行する状態にある(変速制御装置は、車側がアップシフト待機線を横切るため、現在の第3速に対してアップシフト待機、即ち第4速で待機させる変速指令を出力する)。
運転点d:第2速-第4速用同期噛合機構30は第4速係合状態にある。その他は上記運転点aと同じ状態にある。
運転点d→e:第3速から第4速へのアップシフトを開始する(変速制御装置は、アップシフト線を横切るため、奇数クラッチC1を解放すると共に偶数クラッチC2を締結して変速を実行する)。
運転点e:第4速で走行状態にある。第2速-第4速用同期噛合機構30は第4速係合状態で偶数クラッチC2を締結状態にする。第3速-第5速用同期噛合機構22は第3速係合状態にある。奇数クラッチC1は解放状態にある。
【0039】
<第3速→第2速のダウンシフト(アクセル開度=0で車速が減少し、運転点がfからiに変化する場合)>
運転点f:第3速の走行状態にある。第3速-第5速用同期噛合機構22が第3速係合状態で、奇数クラッチC1が締結状態にある。第2速-第4速用同期噛合機構30は、第4速係合状態にある(第3速へのダウンシフト前は第4速状態であり、第4速係合状態のままである)。偶数クラッチC2は解放状態にある。
運転点g:上記運転点fと同じ状態にある。
運転点h:上記運転点fと同じ状態にある。
運転点h→i:第2速-第4速用同期噛合機構30が第4速係合状態から第2速係合状態へと移行する状態にある(変速制御装置は、車側がダウンシフト待機線を横切るため、現在の第3速に対してダウンシフト待機、即ち第2速で待機させる変速指令を出力する)。
運転点i:第2速-第4速用同期噛合機構30は第2速係合状態にある。その他は上記運転点fと同じ状態にある。
運転点i→j:第3速から第2速へのダウンシフトを開始する(変速制御装置は、車側がダウンシフト線を横切るため、奇数クラッチC1を解放すると共に偶数クラッチC2を締結して変速を実行する)。
運転点j:第2速で走行状態にある。第2速-第4速用同期噛合機構30は第2速係合状態で偶数クラッチC2を締結状態にする。第3速-第5速用同期噛合機構22は第3速係合状態にある。奇数クラッチC1は解放状態にある。」

これらの記載事項及び図面の図示内容を総合し、本願発明1の記載ぶりに則って整理すると、刊行物1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。

「エンジン1から動力が入力される第1入力軸4と、前記エンジン1から動力が入力される第2入力軸5と、左右駆動車輪へ動力を出力する出力軸6と、奇数変速段(第1速、第3速、第5速、後退)の何れか1つを選択的に確立して前記第1入力軸4と前記出力軸6との間で動力伝達系統を形成する駆動結合又は前記奇数変速段(第1速、第3速、第5速、後退)の変速段の何れも確立せずに前記第1入力軸4と前記出力軸6との間で動力伝達系統を形成しない中立位置を選択的に達成する選択歯噛機構21及び22と、偶数変速段(第2速、第4速、第6速)の何れか1つを選択的に確立して前記第2入力軸5と前記出力軸6との間で動力伝達系統を形成する駆動結合又は前記偶数変速段(第2速、第4速、第6速)の変速段の何れも確立せずに前記第2入力軸5と前記出力軸6との間で動力伝達系統を形成しない中立位置を選択的に達成する選択歯噛機構29及び30と、を備えたツインクラッチ式自動マニュアルトランスミッションと、
前記エンジン1の出力軸2と前記第1入力軸4との間に介装されて、前記エンジン1の出力軸2と前記第1入力軸4との間で動力伝達系統が形成される締結状態と前記動力伝達系統が形成されない解放状態とを選択的に実現する奇数段落用クラッチC1と、
前記エンジン1の出力軸2と前記第2入力軸5との間に介装されて、前記エンジン1の出力軸2と前記第2入力軸5との間で動力伝達系統が形成される締結状態と前記動力伝達系統が形成されない解放状態とを選択的に実現する偶数段落用クラッチC2と、
車速及びアクセル開度による走行状態に基づいて、前記選択歯噛機構21及び22、選択歯噛機構29及び30、並びに、奇数段落用クラッチC1、偶数段落用クラッチC2を制御する変速制御装置と、
を備えた自動マニュアルトランスミッションの変速機構であって、
前記変速制御装置は、
前記走行状態に基づいて、第3速を決定し、
前記変速制御装置は、
前記第3速に対応する選択歯噛機構22を制御して前記第3速を確立するとともに前記選択歯噛機構22に対応する奇数段落用クラッチC1を締結状態に調整し、前記第3速に対応しない選択歯噛機構30を制御して前記第3速に対して1段だけ高速側の第4速又は前記第3速に対して1段だけ低速側の第2速を確立するとともに前記選択歯噛機構22に対応しない偶数段落用クラッチC2を解放状態に調整するように構成された、自動マニュアルトランスミッションの変速機構。」

イ 原審において通知した拒絶の理由に引用され、本願の出願前に頒布された刊行物2には、「車両駆動系の昇温制御装置」に関して、図面(特に、図1参照)と共に、次の事項が記載されている。

「【0003】
ところで、エンジンのクランクシャフトと自動変速機の入力軸とを駆動結合した一般的な車両駆動系において、車両が冷え切った状態で発進する際に、エンジンや自動変速機を暖機運転して、作動油温が常温まで積極的に高くする昇温制御も要望される。この昇温制御はすなわち、自動変速機の作動油温をセンサ等で監視し、作動油温が設定温度に達するまで暖機運転し、暖機運転から通常運転に切り替える制御である。具体的には、暖機運転ではエンジン回転数を常温の場合よりも高めに設定したり、自動変速機を常温の場合よりもダウンシフトしたり、ライン圧を高めに設定したり、エンジン回転数および変速機入力軸回転数を常温よりも高くしたりして、作動油温の温度上昇を促進するものである。
そして、作動油温が設定温度に達すると、昇温制御を終了し、エンジン回転数を常温の場合に戻したり、自動変速機を常温の場合の変速比に戻したり、ライン圧を常温の場合に設定したり、エンジン回転数および変速機入力軸回転数を常温の場合に戻したりする。」

ウ 原審において通知した拒絶の理由に引用され、本願の出願前に頒布された刊行物4には、「変速機の制御装置」に関して、図面(特に、図1、図13参照)と共に、次の事項が記載されている。

(ア)「【0040】
上記変速ガード処理が実行されると、その非実行時と比較して機関回転速度は高くなりやすく、燃費は低下する。他方、変速ガード処理の実行により機関回転速度が比較的高い状態に維持されると、変速機30内の潤滑油の攪拌が促進されてその油温上昇が促進される。このように変速機30の暖機が促進されると、潤滑油の粘度低下も早期に進行し、変速機30の動力伝達効率の上昇は、変速ガード処理の非実行時と比較して高くなる。こうして動力伝達効率が早期に高くなると、変速機30内での機関出力の損失が少なくなり、燃費が向上する。」

(イ)「【0079】
・図13に示すように、変速ガード処理の実行時には、変速ガード処理の非実行時(通常時)に比して各変速段に対応した変速線をシフト量SHの分だけ高車速側にずらすようにしてもよい。この場合には、同一の車速であっても、変速ガード処理の実行中には、非実行時と比較してより低速側の変速段が選択されるようになり、これにより機関回転速度を高めることができるようになる。例えば、図13に示すように、変速ガード処理の非実行時(通常時)にあって、ある車速SP1においては4速段が選択される場合に、変速ガード処理の実行により変速線が高速側にずらされると、同一の車速SP1であっても3速段が選択されるようになる。従って、この場合には、機関回転速度が高くなる。」

エ 原審において通知した拒絶の理由に引用され、本願の出願前に頒布された刊行物5には、「自動トランスミツシヨン」に関して、図面(特に、第2図、第3図参照)と共に、次の事項が記載されている。

「すなわちこのような自動トランスミツシヨン15においては、停車中はクラツチ30が原則とし遮断された状態にある。従つて停車中にエンジン10の暖機を行なつてもトランスミツシヨン15の暖機は行なわれない。従つて低温時にエンジン10のみを暖機して発進しても、トランスミツシヨン15が円滑に作動されない可能性を生ずる。
このような不具合を防止するために、第3図に示すように、トランスミツシヨン15の油温が一定の値以下の場合には、トランスミツシヨン15の暖機をも可能にしている。すなわちマイクロコンピユータ21はコントロールボツクス22の出力を読込むとともに、変速レバー23がニユートラルの位置にあるかどうかを判断する。そしてニユートラルの位置にある場合にはマイクロコンピユータ21はさらに油温センサ31によつてトランスミツシヨン15の油温を検出する。検出された温度が所定の値以下の場合、すなわち暖機を必要とする温度以下の場合にはアクチユエータ19によつてクラツチ30を接続し、エンジン10とトランスミツシヨン15とを機械的に結合するようにしている。従つて低温時においてはトランスミツシヨンのオイルが歯車によつて攪拌されて、エンジン10とともにトランスミツシヨン15が暖機されることになる。これによつて発進直後におけるトランスミツシヨン15の円滑な切換え動作が可能になる。」(6欄18行?7欄1行)

(2)対比
本願発明1と引用発明とを対比すると、後者の「エンジン1」は前者の「車両の駆動源」に相当し、以下同様に、「第1入力軸4」は「第1入力軸」に、「第2入力軸5」は「第2入力軸」に、「左右駆動車輪」は「車両の駆動輪」に、「左右駆動車輪へ動力を出力する出力軸6」は「車両の駆動輪へ動力を出力する出力軸」に、「奇数変速段(第1速、第3速、第5速、後退)」は「複数の全変速段のうちの一部である第1グループ」に、「動力伝達系統を形成する駆動結合」は「動力伝達系統を形成する確立状態」に、「動力伝達系統を形成しない中立位置」は「動力伝達系統を形成しない開放状態」に、「選択歯噛機構21及び22」は「第1機構部」に、「偶数変速段(第2速、第4速、第6速)」は「前記全変速段のうちの残りである第2グループ」に、「選択歯噛機構29及び30」は「第2機構部」に、「ツインクラッチ式自動マニュアルトランスミッション」は「変速機」に、「エンジン1の出力軸2」は「駆動源の出力軸」に、「動力伝達系統が形成される締結状態」は「動力伝達系統が形成される接合状態」に、「動力伝達系統が形成されない解放状態」は「動力伝達系統が形成されない分断状態」に、「奇数段落用クラッチC1」は「第1クラッチ」に、「偶数段落用クラッチC2」は「第2クラッチ」に、「車速及びアクセル開度による走行状態」は「車両の走行状態」に、「変速制御装置」は「制御手段」に、「自動マニュアルトランスミッションの変速機構」は「車両の動力伝達制御装置」に、「第3速」は「前記複数の全変速段のうち選択されるべき変速段である選択変速段」に、「前記第3速に対応する選択歯噛機構22」は「前記選択変速段に対応する選択機構部」に、「前記選択歯噛機構22に対応する奇数段落用クラッチC1」は「前記選択機構部に対応する選択クラッチ」に、「前記第3速に対応しない選択歯噛機構30」は「前記選択変速段に対応しない非選択機構部」に、「前記第3速に対して1段だけ高速側の第4速」は「前記選択変速段に対して1段だけ高速側の高速側隣接変速段」に、「前記第3速に対して1段だけ低速側の第2速」は「前記選択変速段に対して1段だけ低速側の低速側隣接変速段」に、「前記選択歯噛機構22に対応しない偶数段落用クラッチC2」は「前記選択機構部に対応しない非選択クラッチ」にそれぞれ相当する。

したがって、両者は、
「車両の駆動源から動力が入力される第1入力軸と、前記駆動源から動力が入力される第2入力軸と、前記車両の駆動輪へ動力を出力する出力軸と、複数の全変速段のうちの一部である第1グループの1つ又は複数の変速段の何れか1つを選択的に確立して前記第1入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成する確立状態又は前記第1グループの変速段の何れも確立せずに前記第1入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成しない開放状態を選択的に達成する第1機構部と、前記全変速段のうちの残りである第2グループの1つ又は複数の変速段の何れか1つを選択的に確立して前記第2入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成する確立状態又は前記第2グループの変速段の何れも確立せずに前記第2入力軸と前記出力軸との間で動力伝達系統を形成しない開放状態を選択的に達成する第2機構部と、を備えた変速機と、
前記駆動源の出力軸と前記第1入力軸との間に介装されて、前記駆動源の出力軸と前記第1入力軸との間で動力伝達系統が形成される接合状態と前記動力伝達系統が形成されない分断状態とを選択的に実現する第1クラッチと、
前記駆動源の出力軸と前記第2入力軸との間に介装されて、前記駆動源の出力軸と前記第2入力軸との間で動力伝達系統が形成される接合状態と前記動力伝達系統が形成されない分断状態とを選択的に実現する第2クラッチと、
前記車両の走行状態に基づいて、前記第1、第2機構部、及び、前記第1、第2クラッチを制御する制御手段と、
を備えた車両の動力伝達制御装置であって、
前記制御手段は、
前記車両の走行状態に基づいて、前記複数の全変速段のうち選択されるべき変速段である選択変速段を決定し、
前記制御手段は、
前記第1、第2機構部のうちで前記選択変速段に対応する選択機構部を制御して前記選択変速段を確立するとともに前記第1、第2クラッチのうちで前記選択機構部に対応する選択クラッチを接合状態に調整し、前記第1、第2機構部のうちで前記選択変速段に対応しない非選択機構部を制御し前記選択変速段に対して1段だけ高速側の高速側隣接変速段又は前記選択変速段に対して1段だけ低速側の低速側隣接変速段を確立するとともに前記第1、第2クラッチのうちで前記選択機構部に対応しない非選択クラッチを分断状態に調整するように構成された、車両の動力伝達制御装置。」
である点で一致し、以下の点で相違している。

〔相違点〕
本願発明1は、「前記制御手段は、前記変速機の潤滑用の流体の温度を検出する検出手段を備え、前記流体の温度が所定温度以上である場合、前記非選択機構部において、前記高速側隣接変速段及び前記低速側隣接変速段のうち前記車両の走行状態に基づいて決定される変速段を確立し、前記流体の温度が前記所定温度未満である場合、前記非選択機構部において、前記高速側隣接変速段及び前記低速側隣接変速段のうち前記低速側隣接変速段を強制的に確立するように構成され」るのに対し、
引用発明は、かかる構成を備えていない点。

(3)判断
そこで、相違点について検討する。
刊行物2には、自動変速機にセンサを設置して作動油温を監視し、作動油温が設定温度に達するまで暖機運転することが記載されており、具体的な暖機運転として自動変速機を常温の場合よりもダウンシフトしたり、変速機入力軸回転数を常温よりも高くしたりして、作動油温の温度上昇を促進することが記載されている(以下「刊行物2に記載された事項」という。)。

刊行物4には、変速ガード処理の実行により機関回転速度が比較的高い状態に維持されると、変速機30内の潤滑油の攪拌が促進されてその油温上昇が促進されることが記載されており、具体的には、変速ガード処理の実行中は非実行時と比較してより低速側の変速段が選択されることにより機関回転速度を高めることが記載されている(以下「刊行物4に記載された事項」という。)。

刊行物5には、トランスミツシヨン15の油温が一定の値以下の場合には、トランスミツシヨン15の暖機を行うことが記載されており、具体的には、変速レバー23がニユートラルの位置にある場合にクラツチ30を接続し、エンジン10とトランスミツシヨン15とを機械的に結合することによりオイルを歯車によって攪拌して暖機することが記載されている(以下「刊行物5に記載された事項」という。)。

刊行物2、4、5に記載された事項を総合すると、原査定の理由中の「冷間時に、潤滑油の攪拌によって変速機の油温上昇を促進するために、ダウンシフトしたり、入力軸回転数を高くして、変速機内部の回転する部材の回転数を高めること」自体は従来周知の技術的事項であるが、仮に、引用発明に刊行物2、4、5に記載された事項を適用しても、引用発明において単に「全変速段のうち選択されるべき変速段」を低速側にしたり、或いは第1入力軸4、第2入力軸5の回転数を高めることが導き出せるにすぎない。

また、刊行物2、4、5に記載された事項の、変速機をダウンシフトすること及び変速機の入力回転数を高めることは、刊行物4に「変速ガード処理が実行されると、その非実行時と比較して機関回転速度は高くなりやすく、燃費は低下する。」(段落【0040】)と記載されるように、燃費の低下を伴うものであるところ、本願発明1は、非選択機構部を制御し選択変速段に対して1段だけ高速側の高速側隣接変速段又は1段だけ低速側の低速側隣接変速段を確立して非選択入力軸が既に回転していることを前提に低速側隣接変速段を強制的に確立するものであるから、更なる燃費の低下を伴うものではなく、引用発明に前記従来周知の技術的事項を適用しただけでは、相違点に係る本願発明1の構成に到達できず、当該構成が設計事項であるとも認められない。

また、原審の拒絶の理由に引用された刊行物3には、変速機の潤滑用の流体の温度を高めることに関して何ら記載されていない。

したがって、引用発明において、刊行物2ないし5に記載された事項を適用して、相違点に係る本願発明1の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たとはいえない。

(4)まとめ
よって、本願発明1は、引用発明及び刊行物2ないし5に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

2 本願発明2について
本願発明2は、本願発明1をさらに限定したものであるので、本願発明1と同様に、引用発明及び刊行物2ないし5に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない

第4 むすび
以上により、本願発明1及び2は、いずれも、引用発明及び刊行物2ないし5に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、原査定の理由によっては、拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。
 
審決日 2016-11-28 
出願番号 特願2011-193898(P2011-193898)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (F16H)
最終処分 成立  
前審関与審査官 増岡 亘  
特許庁審判長 阿部 利英
特許庁審判官 内田 博之
冨岡 和人
発明の名称 車両の動力伝達制御装置  
代理人 特許業務法人プロスペック特許事務所  

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