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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  H01L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01L
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01L
管理番号 1322318
異議申立番号 異議2016-700921  
総通号数 205 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-01-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-09-27 
確定日 2016-12-08 
異議申立件数
事件の表示 特許第5896346号発明「炭化珪素半導体」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第5896346号の請求項1ないし2に係る特許を維持する。 
理由 1 手続の経緯
特許第5896346号の請求項1?2に係る特許についての出願は,平成17年3月18日に出願した特願2005-080648号の一部が,平成22年11月25日に新たな特許出願(特願2010-262775号)とされ,この新たな特許出願の一部が,平成26年4月24日に新たな特許出願(特願2014-089900号)とされ,さらに,この新たな特許出願(特願2014-089900号)の一部が,平成27年3月16日に新たな特許出願(特願2015-051636号)とされたものであって,平成28年3月11日にその特許権の設定登録がされ,その後,その特許に対し,特許異議申立人 小山 輝晃 及び 一條 淳 により特許異議の申立てがされたものである。

2 本件発明
特許第5896346号の請求項1?2の特許に係る発明は,それぞれ,その特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。(以下「請求項1」及び「請求項2」の特許に係る発明を「本件特許発明1」及び「本件特許発明2」ともいう。)

「【請求項1】
4H炭化珪素基板上に設けられた4H炭化珪素膜を備え,
前記4H炭化珪素膜には窒素がドーピングされており,
前記窒素のドーピング密度は1×10^(15)?1×10^(17)個/cm^(3)であり,
前記ドーピング密度の標準偏差を平均値で除した値が5%以内である炭化珪素半導体。
【請求項2】
ショットキーダイオード用の炭化珪素半導体である請求項1に記載の炭化珪素半導体。」

3 申立理由の概要
特許異議申立人 小山 輝晃 は,主たる証拠として特開2005-26408号公報(以下「甲第1-1号証」という。)及び従たる証拠として特開2004-253751号公報(以下「甲第1-2号証」という。),特表2004-524699号公報(以下「甲第1-3号証」という。),特表2003-507319号公報(以下「甲第1-4号証」という。),特開2002-57109号公報(以下「甲第1-5号証」という。),”Progress in SiC:from material growth to commercial device development" Materials Science and Engineering B61-62 (1999)1-8(以下「甲第1-6号証」という。)及び甲第1-6号証のインターネットオンラインダウンロードサイトの表示画面(「甲第1-7号証」という。)を提出し,請求項1?2に係る特許は同法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから,請求項1?2に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。
さらに,特許異議申立人 小山 輝晃 は,請求項1?2に係る特許は,発明の詳細な説明に記載したものではなく,実施することができず,明確でないから,特許法第36条第6項第1号,同条第4項第1号,同条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず,請求項1?2に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

また,特許異議申立人 一條 淳 は,主たる証拠として,"CHARACTERIZATION OF THICK 4H-SiC HOT-WALL CVD LAYERS" M.J.Paisley, Materials Research Society Symposium Proceedings Vo1ume 572(1999)pp.167-172,1999年発行(以下「甲第2-1号証」という。)従たる証拠として,「大学の研究・動向 半導体シリコンカーバイドのパワーデバイス -電気エネルギー有効利用の礎-」松波 弘之,京都大学電気関係教室技術情報誌(1998),1:4-8,1998年6月発行(以下「甲第2-2号証」という。),"SiC epitaxial layer growth in a novel multi-wafer vapor-phase epitaxial(VPE)reactor" A.A.Burk Jr, Journal of Crystal Growth 200(1999)pp.458-466,1999年発行(以下「甲2-3号証」という。)を提出し,請求項1?2に係る特許は特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものであるから,請求項1?2に係る特許を取り消すべきものである旨主張し,また,特許異議申立人 一條 淳 は,主たる証拠として甲第2-1号証及び従たる証拠として,甲第2-2号証,甲2-3号証,"Large Area SiC Epitaxial Layer Growth in a Warm-Wall Planetary VPE Reactor" A.A.Burk, Materials Science Forum Vols.483-485(2005)pp.137-140,2005年1月発行)(以下「甲2-4号証」という。),及び,本件特許の出願後に頒布された刊行物であるが,一般に測定値を統計学的手法により計算し,評価する際に用いられる統計量の用語を説明するための資料として,「ぶんせき」(公益社団法人日本分析化学会機関誌)2010年1号; 2-9,2010年1月発行)(以下「甲2-5号証」という。)を提出し,請求項1?2に係る特許は同法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから,請求項1?2に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

4 甲第1-1号証を主たる証拠とした進歩性の検討
(1)甲第1-1号証には,以下の事項が記載されている。
・「【0031】
(第1の実施形態)
図1は,第1の実施形態における炭化珪素を用いた半導体素子(ショットキーダイオード)の一例を示す断面図である。図1に示すように,本実施形態のショットキーダイオード10は,n型不純物を含む4H-SiCからなる半導体基板11(抵抗率約0.02Ωcm)と,半導体基板11の上にホモエピタキシャル成長した,4H-SiCからなる第1SiC層12と,第1SiC層12の上に設けられ,ニッケルからなるショットキー電極14と,半導体基板11の下面上に設けられ,ニッケルからなるオーミック電極15とから構成されている。」

・「【0032】
第1SiC層12は,濃度1×10^(16)cm^(-3)の不純物を含む厚さ9μmの下部低濃度層12aと,下部低濃度層(第1濃度層)12aの上に設けられ,濃度5x10^(17)cm^(-3)の不純物を含む厚さ10nmの高濃度層(第2濃度層)12bと,高濃度層12bの上に設けられ,濃度1x10^(16)cm^(-3)の不純物を含む厚さ600nmの上部低濃度層(第3濃度層)12cとから構成されている。」

・「【0035】
まず,図2(a)に示す工程で,( 0 0 0 1 )面から[ 1 1 -2 0 ]( 1 1 2バー 0 )方向に8度のオフカット角がついた直径2インチの4H-SiCである半導体基板11のウェハを反応炉(図示せず)内に導入する。半導体基板11の導電型はn型で,抵抗率は約0.02Ω・cmである。その後,反応炉内の気圧を,1.3×10^(-4)Pa(≒1×10^(-6)Torr)以下にまで減圧する。
【0036】
次に,流量2L/minの水素ガスと流量1L/minのアルゴンガスとを供給して,反応炉内の気圧を9.3×10^(4)Pa(≒7×10^(2)Torr)とする。この流量を維持しながら,半導体基板11を1600℃の温度まで加熱する。」

・「【0037】
次に,半導体基板11の上に,厚さ9μmで,n型不純物濃度が約1×10^(16)cm^(-3)の下部低濃度層12aを形成する。このとき,図3に示す時間(a)において,水素ガスの流量を2L/min,アルゴンガスの流量を1L/minに保った状態で,新たに,シリコン源としてシランガス31を流量3mL/minで,炭素源としてプロパンガス32を流量2mL/minで,窒素源として窒素ガス33を流量0.1mL/minで供給する。」

・「【0038】
次に,図2(b)に示す工程で,下部低濃度層12aの上に,半値幅が約10nm,ピーク濃度が約5x10^(17)cm^(-3)の高濃度層12bを形成する。このとき,図3に示す時間(b)において,シランガス31,プロパンガス32および窒素ガス33の流量を保持した状態で,瞬間的に濃い窒素ガス34を,バルブの開いている時間を0.1m秒,閉じている時間を4m秒に設定して複数回供給する(パルスバルブによる供給)。ここで,高濃度層12bはデルタドープ層と呼ばれる急峻な高濃度層となっている。」

・「【0039】
次に,図2(c)に示す工程で,キャリア濃度1×10^(16)cm^(-3)で厚さ600nmの上部低濃度層12cを形成する。このとき,図3に示す時間(c)において,パルスバルブによる窒素ガス34の供給を止め,シランガス31,プロパンガス32および窒素ガス33の流量を保持する。その後,シランガス31,プロパンガス32および窒素ガス33の供給を停止し,水素雰囲気中で,下部低濃度層12a,高濃度層12bおよび上部低濃度層12cからなる第1SiC層12の表面処理を行う。」

(2)したがって,上記各記載から,甲第1-1号証には,異議申立人 小山 輝晃 が,異議申立書の第7ページで「甲1発明」と認定した以下の発明が記載されていると認められる。
「A:4H-SiCからなる半導体基板11上にホモエピタキシャル成長した4H-SiCからなる第1SiC層12の下部低濃度層12aを備え,
B:第1SiC層12の下部低濃度層12aはn型不純物として窒素を含み,
C:第1SiC層12の下部低濃度層12aの窒素濃度は1×10^(16)である
E,F:炭化珪素を用いた半導体素子(ショットキーダイオード)」

(3)判断
・本件特許発明1に係る発明について
本件特許発明1と甲1発明とを対比すると,本件特許発明1では,「ドーピング密度の標準偏差を平均値で除した値が5%以内」となっているのに対して,甲1発明は,「ドーピング密度の標準偏差を平均値で除した値が5%以内」であるか不明である点で相違(以下「相違点1」という。)し,その余の点で両者は一致すると認められる。

(ア)相違点1について検討する。
異議申立人 小山 輝晃 は,異議申立書の第14ページにおいて「また,不純物のドーピング密度の均一化が周知の課題であり,甲1発明もその課題を有しているのであるから,その均一性の程度を望ましいものとすること,すなわち均一性を表す数値について望ましい値を選択することは,当業者の通常の創作能力の発揮といえる。」と主張する。
しかしながら,仮に,課題が周知であり,甲1発明がその課題を有しているとしても,均一性を表す数値について特定の値を得ることが,出願時において,公知の技術に基づいて当業者が容易になし得たといえない場合には,均一性を表す数値について当該特定の望ましい値を選択することが,当業者の通常の創作能力の発揮であるということはできない。
そして,異議申立人 小山 輝晃 は,異議申立ての理由において,甲1発明について,上記相違点1の構成を得ることが,出願時に,当業者が公知の技術を用いて容易に想到することができたかについて,具体的に主張していない。
しかも,異議申立人 小山 輝晃 が提出した,甲第1-1号証ないし甲第1-6号証を検討しても,下記に示すように,甲1発明について,上記相違点1の構成を得ることが,容易に想到することができたとは認められない。

(イ)すなわち,甲第1-1号証の上記記載から,甲1発明に係る「半導体素子(ショットキーダイオード)」は,以下の方法で作製されたものと認められる。
「( 0 0 0 1 )面から[ 1 1 -2 0 ]( 1 1 2バー 0 )方向に8度のオフカット角がついた直径2インチの4H-SiCである,導電型がn型で,抵抗率は約0.02Ω・cmである半導体基板11のウェハを反応炉内に導入する工程と,
反応炉内の気圧を,1.3×10^(-4)Pa(≒1×10^(-6)Torr)以下にまで減圧する工程と,
流量2L/minの水素ガスと流量1L/minのアルゴンガスとを供給して,反応炉内の気圧を9.3×10^(4)Pa(≒7×10^(2)Torr)として,この流量を維持しながら,半導体基板11を1600℃の温度まで加熱する工程と,
水素ガスの流量を2L/min,アルゴンガスの流量を1L/minに保った状態で,新たに,シリコン源としてシランガス31を流量3mL/minで,炭素源としてプロパンガス32を流量2mL/minで,窒素源として窒素ガス33を流量0.1mL/minで供給して,半導体基板11の上に,厚さ9μmで,n型不純物濃度が約1×10^(16)cm^(-3)の下部低濃度層12aを形成する工程と,
シランガス31,プロパンガス32および窒素ガス33の流量を保持した状態で,瞬間的に濃い窒素ガス34を,バルブの開いている時間を0.1m秒,閉じている時間を4m秒に設定して複数回供給(パルスバルブによる供給)して,下部低濃度層12aの上に,半値幅が約10nm,ピーク濃度が約5x10^(17)cm^(-3)のデルタドープ層と呼ばれる急峻な高濃度層12bを形成する工程と,
パルスバルブによる窒素ガス34の供給を止め,シランガス31,プロパンガス32および窒素ガス33の流量を保持して,キャリア濃度1×10^(16)cm^(-3)で厚さ600nmの上部低濃度層12cを形成する工程と
を含む方法。」

(ウ)他方,本件特許明細書には,以下の記載がある。(下線は,当審で付与した。以下同じ。)
・「【発明が解決しようとする課題】
【0007】
CVDにおけるエピタキシャル成長を利用して窒素をドーピングする際の窒素源としては,通常は可燃性,支燃性,毒性が無く使いやすい窒素ガス(N_(2))が用いられている。しかし,窒素ガスは,窒素の3重結合のエネルギーが大きいため熱分解による熱分解反応過程の制御が難しく,このためドーピングに寄与する活性種として基板上に供給する際に分圧を基板面上で均一に分布するように制御することが難しい。
【0008】
さらに,CVD法における炉の構造的特徴として,基板だけが加熱されるいわゆるコールドウォール型の成長炉を使用した場合には,ガスが基板の直上に来て始めて分解され始めるため,窒素ガスはもとより窒素化合物を含有するガスを用いた場合にも,基板面上で窒素のドーピング濃度の均一性を得ることが困難であった。
またコールドウォール型の成長炉の場合,基板温度を基板面全体に均一にすることが難しく,この点からも基板面上で窒素のドーピング濃度の均一性を得ることが困難であった。」

・「【0050】
(比較例1)
予備加熱装置20を使用しない他は第1の実施の形態と同じ条件で,エピタキシャル成長を利用したSiCへの窒素のドーピングを行い,また同じ方法で面内の均一性の検査を行った。
検査結果は,σ/mが,ガスの流れ方向では20%程度であり,ガスの流れに直交する方向では10%程度であった。
【0051】
(比較例2)
ドーパントガスとして,アンモニアに換えて窒素ガス(N2)を使用する外は第1の実施の形態と同じ条件で,エピタキシャル成長を利用したSiCへの窒素のドーピングを行
い,また同じ方法で面内の均一性の検査を行った。
検査結果は,σ/mが,ガスの流れ方向では15%程度であり,ガスの流れに直交する方向では6%程度であった。
σ/mが高い理由は,窒素ガスは3重結合のエネルギーが大きいため予備加熱を行っても充分に熱分解せず,反応容器30内で徐々に熱分解することとなるため,特にガスの流れ方向に沿って熱分解した窒素の濃度が高くなり,ひいてはドーピングされる窒素の濃度も高くなったためと思われる。
なお,コールドウォール型の成長炉を用いて窒素ガスをドーパントとした場合の基板面内での窒素濃度の均一性は,窒素の分解が適切になされないため,ホットウォール型の成長炉を用いる場合よりも悪くなる。」

(エ)そうすると,甲1発明に係る「半導体素子(ショットキーダイオード)」は,甲第1-1号証の上記記載から,窒素源として,窒素ガスを用い,基板だけを1600℃の温度まで加熱して得られたものと認められる。
そして,本件特許明細書の上記記載に照らして,窒素源として窒素ガスを用いた場合は,窒素の3重結合のエネルギーが大きいため熱分解による熱分解反応過程の制御が難しく,しかも,基板だけを1600℃の温度まで加熱した場合は,前記窒素ガスは基板の直上に来て始めて分解され始めるため,基板面上で窒素のドーピング濃度の均一性を得ることが困難であることが理解できる。
してみれば,甲1発明に係る「半導体素子(ショットキーダイオード)」の「第1SiC層12の下部低濃度層12aの窒素濃度」における「ドーピング密度の標準偏差を平均値で除した値」は,本件特許明細書の「比較例1」,「比較例2」における場合と同様に,「5%」を超える値となるものと推認され,これを否定する特段の事情を見いだすことはできない。

(オ)そこで,さらに,甲1発明に係る「半導体素子(ショットキーダイオード)」の「第1SiC層12の下部低濃度層12aの窒素濃度」における「ドーピング密度の標準偏差を平均値で除した値」を,「5%以内」とすることが,甲第1-2ないし1-6号証に記載された発明から,当業者が容易になし得たかを検討する。

(カ)甲第1-2号証には,以下の記載がある。
・「【0028】
本発明において,形成されたエピタキシャル成長膜のドーパント濃度のバラツキを低減させるために,ドーパントとして窒素ガスを用いる場合は,当該窒素ガスの濃度を,結晶成長反応炉の単位体積あたり,1×10^(-7)mol/cm^(3)?1×10^(-12)mol/cm^(3)の範囲内として結晶成長行なうことが好ましい。1×10^(-12)mol/cm^(3)未満では,バックグラウンドの窒素濃度と同程度という理由で制御性が失われるからであり,また,1×10^(-7)を超えると,窒素が結晶内に多量にとりこまれて,結晶性が低下するからである。好ましくは,10^(-8)?10^(-11)mol/cm^(3)の範囲内として,より好ましくは,10^(-9)?10^(-10)mol/cm^(3)の範囲内として結晶成長することがよい。」

・「【0036】
(実施例2)
上記実施例1において,n型のドーピングを行なうために,ドーピング材料としての窒素ガス(水素中0.5%)をさらに6sccmの流量で流した。このとき,窒素ガスについての,結晶成長炉内の単位体積あたりの濃度は,4.3×10^(-10)mol/cm^(3)であった。このときの結晶成長速度は,3μm/時であった。結晶成長面内の複数箇所をSIMSで測定したところ,不純物濃度のバラツキはほとんどなかった。」

・「【0038】
上記実施例1?3において,SiC基板上に結晶成長されたエピタキシャル膜の膜厚分布を,SIMSを用いて分析した結果を図2に示す。表面の成長膜厚の平均からのずれは,基板面のいずれの領域おいても,-10%?+10%の範囲内にあり,良好な表面モホロジーであることがわかる。」

(キ)すなわち,甲第1-2号証の上記記載から,形成されたエピタキシャル成長膜のドーパント濃度のバラツキを低減させるために,ドーパントとして窒素ガスを用いる場合は,窒素ガスの濃度が,1×10^(-7)を超えると,窒素が結晶内に多量にとりこまれて,結晶性が低下することが理解できる。
そうすると,甲1発明において,形成されたエピタキシャル成長膜のドーパント濃度のバラツキを低減して本件特許発明1を得るためには,甲第1-1号証に記載された前記作製方法において,窒素ガスの濃度を,結晶成長反応炉の単位体積あたり,1×10^(-7)mol/cm^(3)?1×10^(-12)mol/cm^(3)の範囲内として結晶成長行なうことを要するものといえるところ,このような窒素ガスの濃度を用いたエピタキシャル成長によって,「半導体基板11の上に,厚さ9μmで,n型不純物濃度が約1×10^(16)cm^(-3)の下部低濃度層12aを形成す」ることができたか,甲第1-2号証の記載からは明らかとはいえない。
しかも,甲第1-2号証においては,「不純物濃度のバラツキはほとんどなかった」と記載されているだけであって,「ドーピング密度の標準偏差を平均値で除した値が5%以内」という条件を満たしているかも明らかでない。

(ク)したがって,甲1発明と甲第1-2号証に記載された発明に基づいて,当業者が,上記相違点1について,本件特許発明1の構成とすることを容易になし得たとは認められない。

(ケ)甲第1-3号証には,以下の記載がある。
・「【この発明の好適な実施形態の詳細な記述】
【0018】
この発明の原理を説明するために,化学的気相蒸着を用いて特にSiCのエピタキシャル成長を行う装置1を図1に示す。この装置1は,石英の外壁3から構成されるケース2と,ステンレス鋼製の端部フランジ4を備える。上記ケース2は,図示しないポンプによって真空が作り出される内部領域すなわち室5を画定している。この装置は,更に,石英製のケースの内側に,断熱発泡体で形成されれば好適な熱的な断熱層6を備える。上記室5に隣接する壁(天井壁7および底部壁8も含む)部分は,十分に厚いグラファイトで形成されており,これらの壁7,8は,いわゆる熱い壁の加熱台(hot-wall susceptor)を構成している。また,上記ケース2は,上部と室5内とを連通させる略垂直方向に延びる入り口9を有し,矢印で示された手段10は,SiCを成長させるために,プロパンやシランのようなCやSiを含んだガスである原料物質ガスと,H_(2)のようなキャリアガスとの混合ガスを供給する。
【0019】
また,上記装置2は,ディスク状の部材12によって構成されたフォルダを備えており,このディスク状の部材12の周辺領域には基板13が配置されている。上記ディスク状の部材12は,立軸の回りを回転するようになっている軸14に中心が連結されており,成長中に,室5の内部で基板13を有するフォルダ11を回転させるようになっている。上記基板13は,SiCの成長の場合においては,結晶性のSiCやSiあるいはIII族窒化物で形成されるのが好ましい。
【0020】
また,上記装置は,上記ケース2の下面および上面上で上記垂直軸の回りに巻き付けられた所謂パンケーキ高周波放射コイル(pancake RF-field radiating coils)の形式の加熱手段15を備える。ケース2が石英で形成されているおかげで,上記高周波場が透過可能である。上記加熱台は,更に,少なくとも基板13の近傍においては,SiCで被覆されているのが好ましく,このことによって,加熱台におけるグラファイト中の不純物が,室5中に放出されて,基板のエピタキシャル層に混入することを抑制できる。上記加熱手段は,上記高周波場によってグラファイトの厚い壁7,8を熱するようになっており,そこからの放射によって,基板と上記入り口9を通じて室に入る混合ガスとを熱するようになっている。加熱を行う部分(加熱台壁7,8)は,回転部分(フォルダディスク状部材12)から分離されていると有益であり,そのことによって,室5内を均一な温度にすることが容易になる。上で述べたように,加熱手段は,ケースの外部に配意されると有益であり,このことによりクリーナーシステム(cleaner system)を実現できる。冷却目的のために,28で指し示される水を循環させるための溝が,端部フランジ4に配置されている。この装置および以下に記述される他の実施形態の装置は,垂直中心軸に対する回転に対して略対称である。
【0021】
上記入り口9を通じて室に流れ込む上記混合ガスのための流れの通路16が,上記ディスク状の部材と上記天井の間で径方向にいくに従って先細りになるような形式で,ディスク状の部材12と天井7との間に径方向の出口17の方に径方向に形成されている。これは,上記成長における基板上の一様な蒸着に有益であり,これによって,混合ガスの径方向の速度が略一様になる。特に,流れの通路の高さYが,次式を満たすようにすれば特に有益な結果となる。
【0022】
Y=RH/χ,
ここで,Rは,中心入り口から径方向の出口17の間の室5の半径であり,Hは,上記出口の高さであり,χは,フォルダ11の軸14が下方から加熱台室に入り込んでいる点が実質的に図1に従う実施形態と異なる図2に従う実施形態で例解されているように,上記入り口における中心軸からの径方向の距離である。図1に従う実施形態では,水平方向に対して小さな角をなしていたが,図2においては,ディスク状の部材は,略水平方向に延びている。流れの通路におけるこのデザインは,直線形状の天井壁がガスの速度を速めている回転軸に近接する幾分冷たい領域における,不都合な蒸着を低減するだろう。この方式では,図2に従う天井壁は,基板13上の上昇気流領域における減少を低減し,ウエハにおける高い成長率を実現し,ウエハ上に均一な膜18を成長させる。
【0023】
このタイプの装置は,主に高出力の半導体装置で使用するために1-50μmの厚さの膜を成長させるのに用いられる。上記加熱手段15は,加熱台壁を加熱し,加熱台壁からの放射によって,基板および室に流入した混合ガスを,好ましくは,1500-1600℃まで加熱する。その結果,原料ガスは熱分解し,SiCを成長させる場合では,それで形成されたSi原子やC原子が,基板13上に蒸着され,基板13上に良質なエピタキシャル層が形成される。基板フォルダを回転させ,かつ,上記デザインの流れの通路を用いることによって,基板上における略一様な成長条件が,供給される。その結果,異なる基板上に成長させられる層は,略同じ特性を有するようになる。これはまた,Al,B,N等のドーパントを混合ガスに加えることによって得られる層のドーピングに有効である。」

(コ)すなわち,甲第1-3号証の上記記載から,甲第1-3号証の図2に従う天井壁は,基板13上の上昇気流領域における減少を低減し,ウエハにおける高い成長率を実現し,ウエハ上に均一な膜18を成長させることが理解できる。
しかしながら,甲第1-3号証に記載された方法によって,具体的に,どの程度の均一性が得られるかが明らかでないから,4H炭化珪素基板上に4H炭化珪素膜を,甲第1-3号証に記載された方法によって作製した場合に,窒素ガスを窒素源とした甲1発明において,「窒素のドーピング密度は1×10^(15)?1×10^(17)個/cm^(3)であり,前記ドーピング密度の標準偏差を平均値で除した値が5%以内である」という条件を満たすことができるとまでは認めることはできない。
しかも,甲1発明は,「下部低濃度層12aの上に,半値幅が約10nm,ピーク濃度が約5x10^(17)cm^(-3)のデルタドープ層と呼ばれる急峻な高濃度層12bを形成する工程」を備えることが前提とされていると認められるところ,甲第1-3号証に記載された,「上記装置2は,ディスク状の部材12によって構成されたフォルダを備えており,このディスク状の部材12の周辺領域には基板13が配置されている。上記ディスク状の部材12は,立軸の回りを回転するようになっている軸14に中心が連結されており,成長中に,室5の内部で基板13を有するフォルダ11を回転させるようになっている」という装置が,前記「デルタドープ層と呼ばれる急峻な高濃度層12b」という,「急峻」な組成分布を有する薄膜の形成に適していると立証されていないから,甲1発明に甲第1-3号証に記載された発明を適用することが容易であるともいえない。

(サ)したがって,甲1発明と甲第1-3号証に記載された発明に基づいて,当業者が,上記相違点1について,本件特許発明1の構成とすることを容易になし得たとは認められない。

(シ)甲第1-4号証には,以下の記載がある。
・「【0018】
基板皿の回転は好都合にガス翼回転によって実施することができ,これによって機械的な磨耗および複雑な機械的支持および駆動を避けることができる。
【0019】
基板の回転によって,通路長さで低下する成長率の補正および通路長さと直角な方向に生じ得る基板容器または基板保持体の温度勾配を均等化する利点が達成される。
【0020】
回転および特にガス翼回転による回転によって,被膜厚さおよびドーピングの均等な成長および均等な温度分布の利点が達成される。さらに,一方ではガス翼回転の使用によって粒子の生成を非常に少なくすることができる。その上ガス翼回転によって,従来解決することができなかった温度の均一性および部品の寿命に悪影響のない高温における機械的回転の問題が解消される。」

(ス)すなわち,甲第1-4号証の上記記載から,回転および特にガス翼回転による回転によって,被膜厚さおよびドーピングの均等な成長および均等な温度分布の利点が達成されることが理解できる。
しかしながら,甲第1-4号証に記載された方法によって,具体的に,どの程度のドーピングの均等な成長が得られるかが明らかでないから,4H炭化珪素基板上に4H炭化珪素膜を,甲第4号証に記載された方法によって作製した場合に,窒素ガスを窒素源とした甲1発明において,「窒素のドーピング密度は1×10^(15)?1×10^(17)個/cm^(3)であり,前記ドーピング密度の標準偏差を平均値で除した値が5%以内である」という条件を満たすことができるとまでは認めることはできない。
しかも,甲1発明は,「下部低濃度層12aの上に,半値幅が約10nm,ピーク濃度が約5x10^(17)cm^(-3)のデルタドープ層と呼ばれる急峻な高濃度層12bを形成する工程」を備えることが前提とされていると認められるところ,甲第1-4号証に記載された,回転および特にガス翼回転による回転によって,被膜厚さおよびドーピングの均等な成長および均等な温度分布を得る装置が,前記「デルタドープ層と呼ばれる急峻な高濃度層12b」という,「急峻」な組成分布を有する薄膜の形成に適していると立証されていないから,甲1発明に甲第1-4号証に記載された発明を適用することが容易であるともいえない。

(セ)したがって,甲1発明と甲第1-4号証に記載された発明に基づいて,当業者が,上記相違点1について,本件特許発明1の構成とすることを容易になし得たとは認められない。

(ソ)甲第1-5号証には,以下の記載がある。
・「【0021】上述の減圧CVD装置10によって,次のようにして,炭化珪素を製造する。ここで,基板4として,直径が6インチであり,結晶の{001}面が表面に現れる単結晶珪素基板を用る。そして,前処理としてこの珪素基板表層を炭化し,基板上に成長させる炭化珪素層と珪素基板との間にバッファ層として薄い炭化珪素層を形成することにより,結晶性のよい炭化珪素層を成長できるようにする。すなわち,排気パイプ6を通じて成膜室1内を排気し,バルブ2b及びバルブ2eを開いて,H_(2)ガスを200sccm,C_(2)H_(2)ガスを50sccmそれぞれを導入して,成膜室1内を100mTorrになるようにするとともに,加熱手段5によって基板4の温度を約1分間で1200℃まで加熱する。これによって,基板4の表層をあらかじめ炭化しておく。この処理が終了したら,バルブ2eを閉じてC_(2)H_(2)ガスの導入を一旦止める。以後は,基板温度を維持したままでH_(2)ガスを常時200sccm流しつつ,成膜室1内の圧力が60mTorrとなるように排気パイプ6を通じての圧力調整バルブ7による排気量をコントロールすることによって圧力調整を行いながら以下の成膜操作をする。
【0022】図2に示したように,まず,バルブ2cを開いて供給量30sccmでSiH_(2)Cl_(2)ガスを5秒間供給する(珪素層の形成)。次に,バルブ2cを閉じてSiH_(2)Cl_(2)ガス供給を止め,バルブ2dを開いて供給量50sccmでN_(2)ガスを5秒間供給する(珪素層へのN(ドナー)添加)。次いで,バルブ2dを閉じてN_(2)ガス供給を止め,バルブ2eを開いて供給量10sccmでC_(2)H_(2)ガスを5秒間供給する(N添加された珪素層の炭化)。以上の一連の工程(珪素層の形成工程,珪素層へのN添加工程及びN添加された珪素層の炭化工程)を単位工程とすると,この単位工程を2000回繰り返す。これにより,基板4(珪素基板)上にエピタキシャル成長によって立方晶炭化珪素膜が形成される。
【0023】上記炭化珪素膜の成長に要した時間は8.3時間である。成長の結果,基板4(珪素基板)上には54μmの単結晶炭化珪素半導体膜が形成された。基板4(珪素基板)上に成長した炭化珪素中のN濃度をSIMS(2次イオン質量分析法)により測定した結果,7.4×10^(19)/cm^(3)で均一に分布していることが判明した。また,この炭化珪素中の室温における電子濃度をホール効果を用いて測定したところ,7.2×10^(19)/cm^(3)であることが分かった。さらに,この炭化珪素の抵抗率は0.007Ωcmであった。不純物濃度のばらつきは,面内,厚さ方向とも3.7%であった。」

(タ)すなわち,甲第1-5号証の上記記載から,結晶の{001}面が表面に現れる単結晶珪素基板の珪素基板表層を炭化し,バッファ層として薄い炭化珪素層を形成した基板の表層に,供給量30sccmでSiH_(2)Cl_(2)ガスを5秒間供給し,次に,SiH_(2)Cl_(2)ガス供給を止め,供給量50sccmでN_(2)ガスを5秒間供給し,次いで,N_(2)ガス供給を止め,供給量10sccmでC_(2)H_(2)ガスを5秒間供給するという一連の単位工程を2000回繰り返すことで,N濃度が,7.4×10^(19)/cm^(3)であり,不純物濃度のばらつきが,面内,厚さ方向とも3.7%である立方晶炭化珪素膜,すなわち3C-SiC膜を形成できることが理解できる。

(チ)しかしながら,甲1発明は,「4H-SiCからなる半導体基板11上にホモエピタキシャル成長した4H-SiCからなる第1SiC層12の下部低濃度層12aを備え」た発明であって,甲第1-5号証に記載された,結晶の{001}面が表面に現れる単結晶珪素基板の珪素基板表層を炭化し,バッファ層として薄い炭化珪素層を形成した基板の表層に立方晶炭化珪素膜,すなわち3C-SiC膜を形成した発明とは,結晶構造が異なるから,甲第1-5号証の記載に基づいて,甲1発明において,甲第1-5号証に記載された発明と同様の均一性を得ることができたとは認められない。
したがって,甲1発明と甲第1-5号証に記載された発明に基づいて,当業者が,上記相違点1について,本件特許発明1の構成とすることを容易になし得たとは認められない。

(ツ)甲第1-6号証(なお,甲1-7号証は,甲1-6号証が公知であったことを立証するものである。)には,以下の記載がある。
・「最近の成長プロセスの改善により,50mmウェハにおける厚さの均一性が1%となり,ドーピングの均一性が5%以下となった。均一性の値はいずれもδ/平均値である。」(4ページ右欄5?8行目)

(テ)しかしながら,甲第6号証の,異議申立人 小山 輝晃 が摘記した箇所には,具体的な製造方法が記載されていないから,甲1発明と甲第1-6号証に記載された発明に基づいて,当業者が,上記相違点1について,本件特許発明1の構成とすることを容易になし得たとは認められない。

(ト)小括
以上の検討したように,上記相違点1について,本件特許発明1の構成を採用することは,当業者が容易になし得たことではない。
したがって,本件特許発明1は,上記甲第1-1号証に記載の発明及び甲第1-2号証ないし甲1-6号証に記載された技術的事項から当業者が容易になし得るものではない。

・本件特許発明2に係る発明について
本件特許発明2は,本件特許発明1を更に減縮したものであるから,上記本件特許発明1についての判断と同様の理由により,上記甲第1-1号証に記載の発明及び甲第1-2号証ないし甲1-6号証に記載された技術的事項から当業者が容易になし得るものではない。
以上のとおり,請求項1,2に係る発明は,甲第1-1号証に記載の発明及び甲第1-2号証ないし甲1-6号証に記載された技術的事項から当業者が容易に発明をすることができたものではない。

5 記載要件について
(1)特許法第36条第6項第1号(サポート要件)について
異議申立人 小山 輝晃 は,以下のように主張する。
・「・・・これらの記載から,当該発明において特に重要な構成は,窒素源として窒素ガスではなく窒素化合物を使用する点と,窒素源を予備加熱により熱分解しておく点であり,これらは当該発明が発明の課題を解決し効果を奏するために必須の構成と言える。すなわち,発明の詳細な説明には,この必須の構成を備えた,窒素ドーピング密度の均一性が高いSiCのエピクキシャル成長膜を得るための特定の製造方法または製造装置が記載されているのである。
一方,本件請求項1には・・・が記載されたに過ぎず,発明の詳細な説明に記載された特定の製造方法または製造装置は記載されていない。当然ながら,発明の詳細な説明に記載された発明の課題を解決するために必須である,窒素源を窒素化合物とすることや予備加熱するとの構成も記載されていない。・・・ そうすると,本件特許発明1は,発明の詳細な説明に記載された範囲を超えるものである。
また,・・・そうすると,窒素源として窒素化合物まで拡張ないし一般化できるとは認められず,窒素源としてはアンモニアまでがせいぜい拡張できる範囲である。また,基板の口径はドーピング密度の均一性に寄与することは明らかであり,当然ながら口径の大きい基板ほど均一性を実現するのは困難となる。・・・したがって,基板の口径としては2インチまでがせいぜい拡張できる範囲である。・・・請求項1に係る発明の範囲まで,発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとは言えないことは明らかである。・・・
よって,請求項1に係る発明は発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであり,請求項1および請求項2に係る特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。」

しかしながら,前記主張は,以下の理由により採用することはできない。
すなわち,本件特許明細書の発明の詳細な説明の【0046】-【0048】には,「4H炭化珪素基板上に設けられた4H炭化珪素膜を備え,前記4H炭化珪素膜には窒素がドーピングされており,前記窒素のドーピング密度は5×10^(15)個/cm^(3)であり,前記ドーピング密度の標準偏差を平均値で除した値が,ガスの流れ方向及びガスの流れに直交する方向のいずれにおいても5%以内である炭化珪素半導体(ショットキーダイオード)。」が開示されている。
そして,前記「炭化珪素半導体(ショットキーダイオード)」は,本件特許明細書の【0009】に記載された「広い基板上にCVD法によりSiCのエピタキシャル成長をさせつつSiC結晶内に不純物原子をドーピングする際に,ドーピング濃度の面内分布の高い均一性が得られる技術の開発が望まれていた」とする課題を解決するものである。
しかも,本件特許明細書には,ドーピング密度が5×10^(15)個/cm^(3)であるものが開示されているだけであるが,出願時の技術常識に照らして,上記開示によって,「ドーピング密度は1×10^(15)?1×10^(17)個/cm^(3)」の範囲についてサポートされていると認めることができる。
そうすると,特許請求の範囲に記載された請求項1及び請求項2に係る発明が,発明の詳細な説明において,発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるとまではいえないから,特許請求の範囲に記載された請求項1及び請求項2に係る発明は,発明の詳細な説明に記載したものであると認められる。

異議申立人 小山 輝晃 は,本件特許明細書には,窒素ドーピング密度の均一性が高いSiCのエピクキシャル成長膜を得るための特定の製造方法または製造装置が記載されていると主張するが,特許請求の範囲に,製造方法または製造装置が記載されていることと,「炭化珪素半導体(ショットキーダイオード)」に係る発明が記載されていることとは両立しないものではない。
さらに,異議申立人 小山 輝晃 は,「窒素源として窒素化合物まで拡張ないし一般化できるとは認められず,窒素源としてはアンモニアまでがせいぜい拡張できる範囲である。また,基板の口径はドーピング密度の均一性に寄与することは明らかであり,当然ながら口径の大きい基板ほど均一性を実現するのは困難となる。・・・したがって,基板の口径としては2インチまでがせいぜい拡張できる範囲である。・・・請求項1に係る発明の範囲まで,発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとは言えないことは明らかである」と主張するが,特許請求の範囲には,特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項を記載することが求められいるのであって,発明の詳細な説明に記載された特定の具体例にとらわれて,実施例に限定することは求められておらず,請求項は,発明の詳細な説明に記載された具体例に対して,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内で拡張ないし一般化した記載とすることができるものといえる。

(2)特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)について
異議申立人 小山 輝晃 は,以下のように主張する。
・「・・・本件請求項1の記載からは,本件特許発明1を製造する種々の方法等がその技術範囲に含まれ得ることになるが,発明の詳細な説明に記載された特定の方法以外の方法については開示はなく,特定の方法以外の他の方法でどのように本件特許発明1を実現するのか当業者は理解できない。・・・
よって,発明の詳細な説明は,請求項1に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されておらず,請求項1および2に係る特許は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。」

しかしながら,前記主張は,以下の理由により採用することはできない。
すなわち,物の発明について実施をすることができるとは,その物を作れ,かつ,その物を使用できることである。
そして,本件特許明細書の【0046】-【0048】の記載は,出願時の周知技術を参酌することで,本件特許発明1及び本件特許発明2に係る「炭化珪素半導体(ショットキーダイオード)」を作り,かつ,使用することができるものである。
そして,物の発明の出願において,物を作製する全ての方法を,発明の詳細な説明に記載することは求められていない。
したがって,発明の詳細な説明は,請求項1及び請求項2に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものであると認められる。

(3)特許法第36条第6項第2号(明確性要件)について
異議申立人 小山 輝晃 は,以下のように主張する。
・「・・・標準偏差を求めるに際し必要となる測定位置については,本件請求項1の記載では何ら特定されておらず,本件特許明細書に至っても何ら開示されていない。したがって,本件特許明細書を参酌しても,「前記ドーピング密度の標準偏差を平均値で除した値が5%以内」とは,どのようにドーピング密度を測定して得られる値なのか不明確である。・・・
よって,請求項1および2に係る発明は明確でなく,請求項1および2に係る特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。」

しかしながら,異議申立人 小山 輝晃 の前記主張は,以下の理由により採用することはできない。
標準偏差を平均値で除した値による評価は,異議申立人 小山 輝晃 が提出した甲1-6号証においても用いられているように,周知の手法である。
そして,評価方法が周知なものである場合には,発明の詳細な説明に,当該評価方法の詳細な手順を記載することは要さないといえる。
すなわち,本件特許明細書において特段の指定がない本件特許発明1及び本件特許発明2において,ドーピング密度の標準偏差を平均値で除した値の算出は,出願時の技術常識に基づいて行うものと認められるから,請求項1及び請求項2の記載が,明確でないとまではいえない。

なお,異議申立人 小山 輝晃 は,「5%以内との数値が,ガスの流れ方向の値なのかガスの流れと直行する方向の値なのか,それともガスの流れ方向には関係なく例えば半導体全面で定義されているのか,特定できない。また,本件特許明細書を参酌しても,上記のとおり2方向のいずれの方向なのか明確でなく,『前記ドーピング密度の標準偏差を平均値で除した値が5%以内』とはガスの流れに対しどの方向の値で定義されているのか不明確である。」と主張する。
しかしながら,本件特許明細書の【0032】の「広い基板上に面方向(2次元的)に均一に,そしてもちろん基板面に垂直な方向にも均一に窒素がドーピングされているため,優れた炭化珪素半導体,炭化珪素半導体素子,炭化珪素半導体を使用した電気,電子装置を得ることが可能となる。」,【0047】の「このため,ガスの流れ方向およびガスの流れに垂直な方向のいずれにも,即ち基板面上どこをとってもより均一な濃度に窒素がドーピングされたSiC薄膜が得られた。」,【0048】の「σ/mは,ガスの流れ方向では5%以内であり,ガスの流れに直交する方向では3%程度と非常に均一であり,再現性も充分満足させることができた。」等の記載に照らして,本件特許発明1及び本件特許発明2の「5%以内」との数値は,「ガスの流れ方向およびガスの流れに垂直な方向のいずれにも,即ち基板面上どこをとってもより均一な濃度に窒素がドーピングされ」ることを特定していることは明らかといえる。
すなわち,仮に,本件特許発明1及び本件特許発明2の「5%以内」が,特定の方向,例えば,ガスの流れ方向に沿って達成されていたとしても,ガスの流れに垂直な方向において,大幅に変動している場合には,【0009】に記載された,「広い基板上にCVD法によりSiCのエピタキシャル成長をさせつつSiC結晶内に不純物原子をドーピングする際に,ドーピング濃度の面内分布の高い均一性が得られる技術の開発が望まれていた」との課題が解決されたとはいえないことからも明らかといえる。

6 甲第2-1号証を証拠とした新規性進歩性の検討
(1)請求項に係る発明の新規性及び進歩性を検討するに当たり,その判断の根拠となる特許法第29条第1項第3号に掲げる「頒布された刊行物に記載された発明」とは,刊行物に記載されている事項及び刊行物に記載されているに等しい事項から把握される発明をいう。
しかしながら,刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握することができる発明であったとしても,物の発明については,刊行物の記載及び本願の出願時の技術常識に基づいて,当業者がその物を作れることが明らかでない場合は,その刊行物に記載された発明を「引用発明」とすることはできないといえる。(特許庁「特許・実用新案 審査基準」第III部第2章第3節3.1.1(1)参照)
すなわち,刊行物に,物の発明が記載されているというためには,同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが,発明が技術的思想の創作であることをかんがみれば,当該物の発明の構成が開示されているに止まらず,当該刊行物に接した当業者が,特別の思考を経ることなく,容易にその技術的思想を実施し得る程度に,当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。
以上の点を踏まえて,甲第2-1号証に記載された発明によって,本件特許発明1及び本件特許発明2の新規性進歩性が否定されるかについて検討する。

(2)甲第2-1号証には,以下の事項が記載されている。
・「高出力デバイスに適した4H-SiCエピタキシャル層は,ホットウォール化学気相成長(CVD)システムで成長させられてきた。そして,この層は,デバイス開発及び製造において重要な多くのパラメータのために評価されてきた。厚みとドーピングの両方の均一性について示される。」(167頁ABSTRACTの1行?4行)

・「用いられたp型ドーパントについて,温度および成長速度に対するドーピングの傾向が示される。n型ドーパントは,温度の上昇あるいは成長速度の上昇に対して濃度が低下する。一方,p型ドーパントは,温度の下降あるいは成長速度の上昇に対して濃度が上昇する。この挙動についての簡単な記述的モデルが示される。」(167頁ABSTRACTの5行?8行)

・「例えば,広いバンドギャップ,高電界破壊強度や高熱伝導性などのシリコンカーバイドの特性は,高出力デバイスの材料とする特徴となっている。近年,基板およびCVD開発に大きな進展があり,その結果,SiCベースの金属半導体電界効果トランジスタ(MESFET)のような高出力高周波数デバイスの開発が可能になった[1]。ダイオード,MOSFET及びGTOのような他の高出力ダイオードも実証されてきた[2,3,4]。層の厚み及びドーピングの均一性の現在のレベルは製造用の使用としては十分であるが,現在のウェハーの直径は十分ではない。このため,商業的に実現可能になるときの製造の準備に利用できるように,より大きなウェハーサイズにおける層の均一性についての研究を続けることが必要である。」(167頁INTRODUCTIONの1行?8行)

・「ウェハは,水平型ホットウォールCVD炉で成長させた。・・・前駆体すなわち,シラン及びプロパンは,大流量の精製水素で希釈される。1500-1700℃の範囲の成長温度が用いられた。n型ドーパントとしては窒素が用いられ,p型ドーパントとしてはトリメチルアルミニウム(TMA)が用いられた。・・・厚みおよび厚みの均一性は,走査型電子顕微鏡(SEM)中でサンプルの劈開面を観察することによって測定された。高ドープ基板とエピタキシャル層との間のドーピングの差は,厚さの決定に際して十分なコントラストを与える。ドーピングおよびドーピングの均一性は,水銀プローブ容量-電圧(C-V)計によって測定した。」(167頁EXPERIMENTAL SETUPの1行?168頁2行)

・「エピタキシャル層はプロトタイプの75mm径ウェハ上に形成され,劈開され,次いで,断面走査型電子顕微鏡(SEM)によって層厚の方向に沿って測定された。その結果を図1に示す。均一性は標準偏差を平均値で除することによって計算されている。」(168頁Epitaxial Layer Uniformitiesの1行?7行)

・「他のウェハも成長させ,ドーピングの均一性を決定するためのC-V測定によって評価された。7.5 × 10^(15)cm^(-3)のn型のドーピングレベルにおいて,標準偏差を平均値で除することによって計算されて得られた均一性は7%であった。同様の成長条件で行った,75mmウェハのp型層では,均一性は9%であった。種々の直径のウェハの結果を表1に示した。」(168頁Epitaxial Layer Uniformitiesの11行?19行)

・「Table 1.Uniformities of epitaxial layers on various wafers sizes.」に,50mm及び35mmのn-typeウェハーのエピタキシャル層の均一性が,1.6%及び2%であったことが示されている。(168頁表1)

・「4H-SiCの高均一エピタキシヤル層が,ホットウォールCVD炉において成長条件の最適化によって得られた。3インチ径のウェハでの厚み及びドーピングの均一性では初めて,それぞれ,2%以下,10%以下であることを示した。他のウェハサイズの厚み及びドーピングの均一性についても全ての場合で,2%あるいはそれ以下の結果を示した。」(171頁SUMMARYの1行?5行)

以上の記載から,甲第2-1号証に,以下の構成からなる発明(以下「甲2発明」という。)が記載されていることが把握できる。
「プロトタイプの50mm及び35mm基板上に設けられた4H炭化珪素膜を備え,
前記4H炭化珪素膜には窒素がドーピングされており,
前記窒素のドーピング密度は,7.5×10^(15)cm^(-3)であり,
前記ドーピング密度の標準偏差を平均値で除した値が1.6%及び2%である炭化珪素半導体。」

(3)次いで,甲2発明が,特許法第29条第1項第3号に掲げる「頒布された刊行物に記載された発明」として用いることができる発明であるか否か,すなわち,甲第2-1号証に接した当業者が,特別の思考を経ることなく,甲2発明に係る構成を有する炭化珪素半導体を作ることができるかについて検討する。

甲第2-1号証には,「高出力デバイスに適した4H-SiCエピタキシャル層は,ホットウォール化学気相成長(CVD)システムで成長させられてきた。」,「ウェハは,水平型ホットウォールCVD炉で成長させた。・・・前駆体すなわち,シラン及びプロパンは,大流量の精製水素で希釈される。1500-1700℃の範囲の成長温度が用いられた。n型ドーパントとしては窒素が用いられ,p型ドーパントとしてはトリメチルアルミニウム(TMA)が用いられた。」,「4 H-S i Cの高均一エピタキシヤル層が,ホットウォールCVD炉において成長条件の最適化によって得られた。3インチ径のウェハでの厚み及びドーピングの均一性では初めて,それぞれ,2%以下,10%以下であることを示した。」ことが記載されている。

そうすると,上記記載から,
・従来から,4H-SiCエピタキシャル層は,ホットウォール化学気相成長(CVD)システムで成長させられていること,及び,
・甲2発明は,水平型ホットウォールCVD炉において成長条件の最適化を行い,前駆体すなわち,シラン及びプロパンを,大流量の精製水素で希釈して,1500-1700℃の範囲の成長温度を用いて,n型ドーパントとしては窒素を用いることで,初めて,所定のドーピングの均一性を得ることができたことが理解できる。

しかしながら,甲第2-1号証には,「成長条件の最適化」を行った結果である成長条件の具体的な値,あるいは,成長条件を最適化するための指針は記載されていない。
また,「シラン及びプロパンを,大流量の精製水素で希釈」する際の希釈率,及び,窒素を供給する際の濃度,成膜速度等についても記載されていない。
さらに,甲第2-1号証には,プロトタイプの基板に成膜することが特定されているだけであって,当該基板の材質,結晶構造,結晶方位,表面処理の有無も記載されていない。

加えて,甲第2-1号証の「・・・初めて・・・」の記載から,従来の方法では得られていなかった均一性が,甲第2-1号証によって「初めて」得られたものと認められるところ,従来の方法に比べて,どのような条件をどのように変更したことで,当該均一性が「初めて」得られたのかも,異議申立ての理由からは理解することができない。

他方,ドーパント濃度の均一性が,成膜ガスの種類・供給方法等の種々の成膜条件によって変化することは自明であって,成膜条件から均一性の値を具体的に予見することが困難であることは周知の事項である。

そうすると,甲第2-1号証の記載から,当業者が,特別の思考を経ることなく,容易に,「プロトタイプの50mm及び35mm基板上に設けられた4H炭化珪素膜を備え,前記4H炭化珪素膜には窒素がドーピングされており,前記窒素のドーピング密度は,7.5×10^(15)cm^(-3)であり,前記ドーピング密度の標準偏差を平均値で除した値が1.6%及び2%である炭化珪素半導体」が作れることが明らかであるとまでは認めることはできない。

したがって,甲2発明は,特許法第29条第1項第3号に掲げる「頒布された刊行物に記載された発明」として用いることができる発明であるとは認めることはできないから,甲第2-1号証によって,本件特許発明1及び本件特許発明2の新規性進歩性を否定することはできない。

7 むすび
したがって,特許異議申立人 小山 輝晃 及び 一條 淳 による特許異議の申立ての理由及び証拠によっては,請求項1ないし2に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に請求項1ないし2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-11-29 
出願番号 特願2015-51636(P2015-51636)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (H01L)
P 1 651・ 113- Y (H01L)
P 1 651・ 537- Y (H01L)
P 1 651・ 121- Y (H01L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 境 周一  
特許庁審判長 鈴木 匡明
特許庁審判官 加藤 浩一
河口 雅英
登録日 2016-03-11 
登録番号 特許第5896346号(P5896346)
権利者 住友電気工業株式会社
発明の名称 炭化珪素半導体  
代理人 二島 英明  

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