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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A61K
審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
管理番号 1323481
異議申立番号 異議2016-700139  
総通号数 206 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-02-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-02-19 
確定日 2016-11-18 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5766124号発明「炎症性疾患および自己免疫疾患の処置の組成物および方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5766124号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?15、18〕、〔16、17、19〕について訂正することを認める。 特許第5766124号の請求項1?19に係る特許を維持する。 
理由 [第1]手続の経緯
特許第5766124号の請求項1?19に係る特許についての出願は、平成22年1月20日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2009年1月21日 米国)を国際出願日とする出願であって、平成27年6月26日にその特許権の設定登録がなされ、その後、その特許について、特許異議申立人鈴野幹夫(以下、単に「申立人」ということがある)により特許異議の申立てがなされ、平成28年4月22日付で取消理由が通知され、その指定期間内に平成28年7月26日付の意見書の提出及び訂正の請求があり、これを受けて、申立人に対して平成28年8月10日付で訂正請求があった旨が通知され、その指定期間内に平成28年9月15日付の意見書の提出があったものである。

[第2]訂正の適否についての判断

1 訂正の内容
1-1.本件訂正請求による訂正の内容は、以下の(1)?(3)のとおりである。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の
「(d)(i)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有するか、(ii)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2Rβおよび/もしくはIL-2Rγ親和性を有するか、または、(iii)該(i)と(ii)の両方であり、」

「 (d)(i)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2Rβ親和性を有するか、(ii)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有し、かつ、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2Rβ親和性を有するか、(iii)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有するか、または、(iv)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有し、かつ、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有し、」
に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項12の
「STAT5のリン酸化を誘発する能力が低下している」

「FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が、配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して低下している」
に訂正する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項16の
「(d)(i)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有するか、(ii)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2Rβおよび/もしくはIL-2Rγ親和性を有するか、または、(iii)該(i)と(ii)の両方であり、」

「 (d)(i)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2Rβ親和性を有するか、(ii)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有し、かつ、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2Rβ親和性を有するか、(iii)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有するか、または、(iv)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有し、かつ、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有し、」
に訂正する。

1-2.訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1ならびに3は、訂正前の請求項1ならびに請求項16の各(d)の選択肢(i)?(iii)において、
(1)訂正前の(i)の規定を削除し、
(2)訂正前の(ii)を、
・「・・・低下した、IL-2Rβ親和性を有する」ものの部分、
及び
・「・・・低下した、IL-2Rβ親和性およびIL-2Rγ親和性を有する」ものの部分
のみに限定して、順に訂正後の「(i)」及び「(iii)」とし、
(3)訂正前の(iii)を、
・訂正前の(i)の規定を満たし、かつ、訂正前の(ii)における「・・・低下した、IL-2Rβ親和性を有する」ものの部分、
及び
・訂正前の(i)の規定を満たし、かつ、訂正前の(ii)における「・・・低下した、IL-2Rβ親和性およびIL-2Rγ親和性を有する」ものの部分
のみに限定して、順に訂正後の「(ii)」及び「(iv)」とした
ものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
訂正事項2は、訂正前の請求項12において、「STAT5のリン酸化を誘発する能力が低下している、」対象ならびにその「低下」の比較対照を、引用する請求項1の「(c)配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して、FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しており、」の記載に基づいて同請求項12内に記載したものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、これらの訂正はいずれも、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

1-3.一群の請求項について
(1)訂正前の請求項1?15、18について
請求項2?6、12、15は請求項1を直接引用しており、請求項7?11は請求項6を直接引用しており、請求項13は請求項12を直接引用しており、請求項14は請求項13を直接引用しており、請求項18は請求項1?15を引用している。そして、これら請求項2?15、18はいずれも訂正事項1によって訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。
また、請求項13、14、18はいずれも訂正事項2によって訂正される請求項12に連動して訂正されるものである。
(2)訂正前の請求項16、17、19について
請求項17は請求項16を直接引用しており、請求項19は請求項16?17を引用しており、これら請求項17、19はいずれも訂正事項3によって訂正される請求項16に連動して訂正されるものである。

1-4.むすび
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項第1号又は第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、本件訂正後の請求項〔1?15、18〕、〔16、17、19〕についての訂正を認める。

[第3]特許異議の申立について

1 本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1?19に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1?19に記載された次の事項により特定されるとおりのものである(以下、順に「本件発明1」?「本件発明19」ということがあり、また、これらをまとめて単に「本件発明」ということがある)。
『 【請求項1】
被験体において炎症性疾患、障害または状態を処置する方法において使用するための組成物であって、該組成物は、IL-2改変体を含み、該IL-2改変体は、
(a)配列番号1に少なくとも90%同一のアミノ酸の配列を含み、
(b)FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リン酸化を刺激し、
(c)配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して、FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しており、および
(d)(i)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2Rβ親和性を有するか、(ii)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有し、かつ、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2Rβ親和性を有するか、(iii)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有するか、または、(iv)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有し、かつ、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有し、
該炎症性疾患、障害または状態は、自己免疫疾患、器官移植片拒絶、または、移植片対宿主病である、組成物。
【請求項2】
前記炎症性疾患、障害または状態は、喘息、糖尿病、関節炎、アレルギー、器官移植片拒絶、および移植片対宿主病からなる群より選択される、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記IL-2改変体は、配列番号1に少なくとも95%同一のアミノ酸の配列を含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
前記IL-2改変体は、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有する、請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
前記IL-2改変体は、インビトロにおいて、FOXP3陽性調節性T細胞の成長または生存を促進する、請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
前記IL-2改変体は、アミノ酸30、アミノ酸31、アミノ酸35、アミノ酸69、およびアミノ酸74からなる群より選択される位置に、配列番号1において記載されるポリペプチド配列において変異を含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項7】
前記30位の変異は、N30Sである、請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
前記31位の変異は、Y31Hである、請求項6に記載の組成物。
【請求項9】
前記35位の変異は、K35Rである、請求項6に記載の組成物。
【請求項10】
前記69位の変異は、V69Aである、請求項6に記載の組成物。
【請求項11】
前記74位の変異は、Q74Pである、請求項6に記載の組成物。
【請求項12】
前記IL-2改変体は、機能的IL-2受容体複合体を含むエクスビボFOXP3陽性T細胞においてSTAT5リン酸化を誘発するが、FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が、配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して低下している、請求項1に記載の組成物。
【請求項13】
前記IL-2改変体は、配列番号1において記載されるポリペプチド配列の88位において変異を含む、請求項12に記載の組成物。
【請求項14】
前記88位の変異は、N88Dである、請求項13に記載の組成物。
【請求項15】
前記IL-2改変体は、インビボにおいて該IL-2改変体の血清半減期を延長する化学物質またはポリペプチドに結合体化されている、請求項1に記載の組成物。
【請求項16】
炎症性疾患、障害または状態の処置のための医薬の調製におけるIL-2改変体の使用であって、該IL-2改変体は、
(a)配列番号1に少なくとも90%同一のアミノ酸の配列を含み、
(b)FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リン酸化を刺激し、
(c)配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して、FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しており、および
(d)(i)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2Rβ親和性を有するか、(ii)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有し、かつ、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2Rβ親和性を有するか、(iii)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有するか、または、(iv)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有し、かつ、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有し、
該炎症性疾患、障害または状態は、自己免疫疾患、器官移植片拒絶、または、移植片対宿主病である、使用。
【請求項17】
前記IL-2改変体は、インビボにおいて該IL-2改変体の血清半減期を延長する化学物質またはポリペプチドに結合体化されている、請求項16に記載の使用。
【請求項18】
前記IL-2改変体は、
配列番号3に記載のアミノ酸;
配列番号4に記載のアミノ酸;
配列番号5に記載のアミノ酸;
配列番号6に記載のアミノ酸;
配列番号8に記載のアミノ酸;および
配列番号9に記載のアミノ酸;
からなる群より選択されるアミノ酸の配列を含む、請求項1?15のいずれかに記載の組成物。
【請求項19】
前記IL-2改変体は、
配列番号3に記載のアミノ酸;
配列番号4に記載のアミノ酸;
配列番号5に記載のアミノ酸;
配列番号6に記載のアミノ酸;
配列番号8に記載のアミノ酸;および
配列番号9に記載のアミノ酸;
からなる群より選択されるアミノ酸の配列を含む、請求項16?17のいずれかに記載の使用。 』

2 取消理由の概要
(1) 訂正前の請求項1?19に対して平成28年4月22日付で特許権者に通知した取消理由は、次のとおりである。
『 1.本件特許の下記の請求項に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

2.本件特許の下記の請求項に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)

・請求項:1?19
・引用文献等:1?7
取消理由1,2の詳細については、本件特許異議申立人鈴野幹夫が提出した特許異議申立書を参照のこと。引用文献1?7は、各々、同申立書中の甲第1?7号証として提出されたものである。
なお、本件特許の優先権主張の有効性に係る異議申立人の主張(同申立書14?20頁(4-1-3))に関し、本件特許発明1,16の発明特定事項、特に(c)及び(d)(ii)、がいずれも甲第7号証として提出された引用文献7中に記載されていることに基づく反論を行う場合は、当該記載されている引用文献7中の箇所を具体的に摘示されたい。

引 用 文 献 等 一 覧

1.国際公開第2009/135615号公報
[対応和文公報:特表2011-519882号公報]
2.米国特許出願公開第2005/0142106号明細書
3.Journal of Autoimmunity, (2008) 31(1) p.7-12
4.国際公開第1999/060128号公報
[対応和文公報:特表2002-515247号公報]
5.Nature Biotechnology, (2000) 18 p.1197-1202
6.国際公開第2010/085495号公報(本件特許出願当初明細書等)
[対応和文公報:特表2012-515778号公報]
7.米国特許仮出願番号第61/146,111号(本件特許本件優先権基礎出願)明細書等 』

(2) そして、取消理由通知書における、訂正前の請求項1?19の発明に対する取消理由1,2の要旨は、以下のア、イのとおりである。

ア.特許法第29条第1項第3号(同法第113条第2号)について
本件特許の優先権主張は無効であり、優先権の利益を享受できないため、その出願日は国際出願日となるところ、本件特許発明1?3、5、12、13、及び16は、その国際出願日前に日本国内又は外国において頒布された甲第1号証(引用文献1)に記載された発明であるため、その特許は取り消されなければならない。
イ.特許法第29条第2項(同法第113条第2号)について
本件特許の優先権主張は無効であり、優先権の利益を享受できないため、その出願日は国際出願日となるところ、本件特許発明1?3、5、12、13、及び16は、その国際出願日前に日本国内又は外国において頒布された甲第1号証(引用文献1)に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、また、本件特許発明4、6?11、14、15、及び17?19は、その国際出願日前に日本国内又は外国において頒布された甲第1号証(引用文献1)及び甲第2号証(引用文献2)に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、いずれも特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明であるため、その特許は取り消されなければならない。

3 当審の判断

(1)本件特許出願における新規性及び進歩性の判断の基準日について

(1-1) 本件特許出願のような優先権主張を伴う出願についての特許法第29条第1項及び第2項の判断の基準日は優先日であるところ、上述のとおり、上述の要旨ア、イは、いずれも、本件特許においては優先権の利益を享受できない(優先権主張の効果が認められない)、との主張を前提とするものである。
そして、申立書中の16頁13行?20頁5行等、ならびに、本件訂正請求後に申立人により提出された平成28年9月15日付意見書(以下、単に「意見書」ということがある)に記載された、かかる主張の根拠は、要するに、
本件発明に規定されるIL-2改変体のうち、以下の要件(1)及び(2):
(1) (c)配列番号1として記載されるポリペプチド(※異議決定注:以下、単に「野生型IL-2」又は「wtIL-2」ということがある)と比較して、FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しており;
(2) 要件(d)のうち、野生型IL-2より高いIL-2Rα親和性を有することなく、野生型IL-2より低下したIL-2Rβ親和性を有する;
を共に満たすものは、甲第7号証(本件優先権基礎出願明細書等)には記載されていない
という点にあるものである。
[ 以下、(1)を「要件(c)」ということがある。
また、(2)は、(d)のうちIL-2Rα親和性に係る限定がない部分、即ち、(d)(i)?(iv)のうち(i)又は(iii)、を対象としているものと解されることから、以下、(2)を「要件(d)(i)/(iii)」ということがある。]

そこで、引用文献7(甲第7号証。以下、単に「優先権書類」ということがある)の記載に基づき、優先権書類中の上記要件(c)及び(d)(i)/(iii)の記載の有無、ならびに、それに伴う優先権主張の利益の享受の可否について、以下検討する。

(1-2)優先権書類の記載事項
優先権書類中には、以下の記載がある。(優先権書類は英語で記載されているため、申立人が提出した甲第7号証の部分訳(以下、単に「訳文」ということがある)に基づく、合議体による日本語文にて記す。各[ ]は訳文中の各対応箇所を示す。下線は当審による)

ア.14?16頁 請求の範囲[訳文12?13頁 特許請求の範囲]
『 1 被験体において炎症性障害を処置するための方法であって、治療有効量のIL-2改変体を被験体に投与するステップを含み、前記IL-2改変体は、
(a)配列番号1に少なくとも80%同一のアミノ酸の配列を含み、
(b)FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リン酸化を刺激し、および
(c)配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して、FOXP3陽性調節性T細胞においてAKTのリン酸化を誘発するための能力が低下している、方法。
・・・
3 前記IL-2改変体は、配列番号1に少なくとも90%の同一のアミノ酸の配列を含む、請求項1に記載の方法。
・・・
5 前記IL-2改変体は、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも、IL-2Rαに対する高い親和性を有する、請求項1に記載の方法。
・・・
13 前記IL-2改変体は、機能的IL-2受容体複合体を含むエクスビボT細胞においてSTAT5リン酸化を誘発するが、野生型IL-2と比較して、前記エクスビボT細胞におけるAKTのリン酸化を誘発するための能力が低下している、請求項1に記載の方法。
14 前記IL-2改変体は、88位に、配列番号1において記載されるポリペプチド配列において変異を含む、請求項13に記載の方法。
15 前記88位の変異は、N88Dである、請求項14に記載の方法。
・・・ 』

イ.1頁26行?2頁7行[訳文1頁26行?2頁2行]
『 概要
IL-2の免疫抑制変異性改変体が、本明細書において提供される。当該改変体は、望ましくない炎症を抑制する調節性T細胞を優先的に促進する。本明細書において記載されるように、ある種のIL-2改変体は、調節性T細胞の増殖、生存、成長、又は活性化を優先的に誘発するシグナル伝達事象を誘発する。ある実施形態では、IL-2改変体は、STAT5リン酸化ならびに/またはIL-2Rの下流の1つもしくは複数のシグナル伝達分子、たとえばp38、ERK、JNK、およびSYK)のリン酸化を刺激する。他の実施形態では、IL-2改変体は、AKTの非効率的なリン酸化、リン酸化の低下、リン酸化の欠如などのような、PI3Kにより誘発されるシグナル伝達の非効率的な刺激、刺激の低下、または刺激の欠如を示す。さらに他の実施形態では、IL-2改変体は、STAT5リン酸化および/またはIL-2Rの下流の1つもしくは複数のシグナル伝達分子のリン酸化を刺激し、さらに、AKTの非効率的なリン酸化、リン酸化の低下、又はリン酸化の欠如を示す。 』

ウ.2頁17行?3頁5行[訳文2頁10?29行]
『 好ましい実施形態の詳細な説明
・・・
Tregの増殖/生存を選択的に促進する突然変異改変体が本明細書において記載される。特に、本明細書に記載のIL-2改変体は、Treg細胞の成長/生存を促進するが、非調節性細胞(FOXP3-IL-2Rα+CD4+)の増殖/生存を促進するための能力が野生型IL-2と比較して低下している。ある実施形態では、そのようなIL-2改変体は、非シグナル性IL-2RサブユニットIL-2Rαに対する親和性の上昇ならびにシグナル伝達サブユニットIL-2Rβに対する親和性の低下の組み合わせを通して機能する。IL-2およびその改変体が、免疫賦活剤として、たとえば、がんまたは感染症を処置するための方法において、当技術分野において使用されてきたのに対して、本明細書において記載されるIL-2改変体は、免疫抑制作用物質として、例えば、炎症性障害を処置するための方法において、特に有用である。 』

エ.3頁6?17行[訳文2頁30行?3頁4行]
IL-2改変体は、野生型IL-2に対して・・・、少なくとも90%、・・・同一のアミノ酸の配列を含む。・・・「野生型IL-2」は、以下のアミノ酸配列を有するポリペプチドを意味するものとする:
APTSSSTKKTQLQLEHLLLDLQMILNGINNYKNPKLTRMLTFKFYMPKKATELK
HLQCLEEELKPLEEVLNLAQSKNFHLRPRDLISNINVIVLELKGSETTFMCEYADE
TATIVEFLNRWITFXQSIISTLT
ここで、Xは、C又はS(配列番号1)である。 』

オ.3頁18行?4頁2行[訳文3頁5?22行]
『 一態様では、本発明は、野生型IL-2よりもIL-2Rαに対する高い親和性を有する免疫抑制IL-2改変体を提供する。米国特許出願公開第2005/0142106号(その全体が参照によって本明細書において組み込まれる)は、野生型IL-2が有するよりも、IL-2Rαに対する高い親和性を有するIL-2改変体およびそのような改変体を作製し、かつスクリーニングするための方法を記載する。好ましいIL-2改変体は、IL-2Rαに接触するIL-2配列の位置か、またはIL-2αに接触する他の位置の方向づけを改変するIL-2配列の位置に1つまたは複数の変異を含み、IL-2Rαに対するより高い親和性がもたらされる。・・・。IL-2Rαに接触すると考えられるIL-2残基は、K35、R38、F42、K43、F44、Y45、E61、E62、K64、P65、E68、V69、L72、及びY107を含む。
IL-2Rαに対するより大きな親和性を有するIL-2改変体は、N29、N30、Y31、K35、T37、K48、E68、V69、N71、Q74、S75、またはK76における変化を含むことができる。好ましい改変体は、1つまたは複数の以下の変異を有するものを含む:N30S、N30D、Y31H、Y31S、K35R、V69A、およびQ74P。 』

カ.4頁3?15行[訳文3頁23?36行]
『 免疫抑制IL-2改変体はまた、IL-2Rを介して野生型IL-2によって活性化されるある種の経路を通してのシグナル伝達の改変を示し、Tregの優先的な増殖/生存/活性化をもたらす改変体をも含む。IL-2Rの活性化に際してリン酸化されることが公知の分子は、STAT5、p38、ERK、JNK、SYK、およびAKTを含む。野生型IL-2と比較して、免疫抑制IL-2改変体は、低下したPI3Kシグナル伝達能力を有することができ、これは、野生型IL-2と比較した、AKTのリン酸化における低下によって測定することができる。そのような改変体は、IL-2RβもしくはIL-2Rγに接触する位置か、またはIL-2RβもしくはIL-2Rγに接触する他の位置の方向づけを改変する位置に変異を含んでいてもよい。IL-2Rβに接触すると考えられるIL-2残基は、L12、Q13、H16、L19、D20、M23、R81、D84、S87、N88、V91、I92、およびE95を含む。IL-2Rγに接触すると考えられるIL-2残基は、Q11、L18、Q22、E110、N119、T123、Q126、S127、I129、S130、およびT133を含む。好ましい実施形態では、IL-2改変体はN88に、N88Dを含む変異を含む。 』

キ.4頁16?26行[訳文3頁37行?4頁8行]
『 IL-2改変体は、野生型IL-2配列と比較して、IL-2Rα又はIL-2Rβに対する親和性に対して効果を有していない1つ又は複数の変異をさらに含んでいてもよいが、IL-2改変体が、FOXP3を発現しない他のT細胞の増殖/生存/活性化よりも、FOXP3+Tregの優先的な増殖/生存/活性化を促進することを条件とする。・・・ 』

ク.12頁5?25行[訳文9頁32行?10頁16行]
『 実施例1:選択的Treg増殖/生存
本実施例は、総PBMCをIL-2変異体と共に他の刺激の不在下で培養した場合に、IL-2変異体(2-4)が選択的にTreg増殖を促進することを示す。2-4は配列番号1に以下の変異を含む;N29S、Y31H、K35R、T37A、K48E、V69A、N71R、Q74P、N88D、I89V(米国特許出願公開第2005/0142106号公報)。
PBMCを、96ウェルの平底プレートにおいて、wtIL-2又はIL-2の2-4変異体の存在下・・・培養した。6日の培養後、フローサイトメトリーで決定されるFOXP3+細胞の存在数は、wtIL-2の存在下と比べて2-4の存在下では2?8倍に高まった。対して、wtIL-2と共に培養したPBMCは、より多くのFOXP3-CD25+CD4+T細胞を含んでいた。FOXP3+細胞の増加は、部分的には、細胞分裂を観察するためのCFSE標識により示されるように、FOXP3+細胞の増加した増殖及び/又は生存によるものであった。これら2つの変異がN88及びI89に戻された2-4の改変型(mod2-4)は、wtIL-2と同様の挙動を示したことから、2-4のN88D及び/又はI89V変異は、そのFOXP3+細胞の増加を促進する能力に関与していた。
FOXP3+細胞の増殖を優先的に促進する2-4の能力は、予め活性化したT細胞でも観察された。これらの実験では、総PBMCを抗CD3(100ng/ml OKT3)で3日間刺激し、洗浄し、培地中で5日間放置した。続いて細胞をwtIL-2、2-4、又はmod2-4と共に0.5?1時間培養し、3回洗浄し、数日培養した。IL-2でパルスしてから3日後、2-4と共に培養したCD4+T細胞は、wtIL-2又はmod2-4と培養した細胞と比較してFOXP3+細胞の含有比率が2?3倍に高まっていた。 』

ケ.12頁27行?13頁20行[10頁17行?11頁4行]
『 実施例2:IL-2受容体シグナル伝達
2-4がwtIL-2又はmod2-4と比較して、IL-2Rを通じて質的に異なるシグナルを誘発したのか決定するために、予め活性化及び放置したT細胞を、上記三種のIL-2に短時間曝露した後、IL-2受容体シグナル伝達カスケードの一部として既知のタンパク質のリン酸化状態を観察した。STAT5及びAKTのリン酸化は、フローサイトメトリー及びELISAにより決定された。wtIL-2及びmod2-4は何れもAKT及びSTAT5リン酸化を刺激する能力を有していたのに対して、2-4はAKTリン酸化を刺激することはできず、CD4+T細胞のあるサブセットについてのみ、STAT5リン酸化を刺激した。2-4への暴露後にSTAT5リン酸化を誘導する能力を有していたCD4+T細胞は、より高いレベルのCD25を発現し、FOXP3+細胞の全てを含んでいた。本発明は何ら特定の生物学的機能の理論に限定されることを意図するものではないが、これらの結果は、2-4が有するCD25への高い親和性によって、2-4がIL-2RβおよびIL-2Rγと、STAT5シグナルを誘発するのに十分であるが、AKTシグナルを誘発するには十分でない時間、接触することを可能にする機序があり、斯かる差分的なシグナル伝達が、FOXP3+調節性T細胞の増殖及び/又は維持に寄与していることを示唆している。
方法:・・・ 』

(1-3) (1-2)の記載事項を踏まえつつ、優先権書類中の要件(c)、ならびに要件(d)(i)/(iii)の記載の有無について、以下検討する。

(1-3-1) まず、要件(c)に関し、
1) 摘記ウの後段には、本件発明のIL-2改変体が、Treg細胞の成長/生存を促進するが、非調節性細胞(FOXP3-IL-2Rα+CD4+)の増殖/生存を促進するための能力が野生型IL-2と比較して低下しているものであることが記載されている。また、摘記キの後段にも、本件発明のIL-2改変体が、FOXP3-の他のT細胞の増殖/生存/活性化よりもFOXP3+Tregの優先的な増殖/生存/活性化を促進するものであることを前提条件とする旨記載されている。
2)一方、摘記カの前段には、そのようなTregの優先的な増殖/生存/活性化の促進作用が、IL-2Rを介して野生型IL-2によって活性化される経路を通してのシグナル伝達の改変に基づくものであり、当該IL-2R活性化に際しリン酸化されることが既知の分子としてSTAT5が挙げられることが記載されていることから、STAT5リン酸化刺激の高低が、(IL-2Rを介した)FOXP3+Tregの優先的(選択的)活性化の高低の指標、もしくはFOXP3-の他のT細胞の活性化の高低の指標となり得ることが、把握できるものといえる。
3) そうすると、これら1)及び2)の点を併せ参酌すれば、
・本件発明のIL-2改変体が、野生型IL-2と比較してFOXP3+Tregをより優先的(選択的)に活性化する能力を有しており、当該優先的(選択的)活性化の指標として、当該TregにおいてSTAT5のリン酸化刺激がみられるのに対し;
・本件発明のIL-2改変体が、野生型IL-2と比較してFOXP3-T細胞の活性化能力が低く、当該低い活性化の指標として、当該T細胞においてより低いSTAT5リン酸化刺激能力がみられるものである(これは、本件発明の要件(c)に相当する);
ということが、優先権書類に示されていると一応理解できるものといえる。
4) 以上、1)?3)の検討のとおりであるから、本件発明のIL-2改変体であって要件(c)を満たすものについて、優先権書類中に記載されているといえる。
(1-3-2) また、要件(d)(i)/(iii)に関し、
1) 摘記オには、本件発明のIL-2改変体の一態様として、「野生型IL-2よりもIL-2Rαに対する高い親和性を有する」ものが含まれることが記載されている。
2) また、摘記カの中?後段((1-3-1)2)の事項の直後)には、本件発明のIL-2改変体が、野生型IL-2と比較して低下したPI3Kシグナル伝達能力を有し得る旨記載されており、当該低下した能力を(野生型IL-2と比較した)AKTのリン酸化における低下を指標として測定し得ることも記載されており、併せて、そのような改変体は、IL-2RβもしくはIL-2Rγとの接触に関与する部位(即ち親和性に関与する部位)に変異を含み得るものである旨記載されている。
3) 一方、これら摘記オ、カの前段である摘記ウの中段には、本件発明のIL-2改変体が、非シグナル性IL-2RサブユニットIL-2Rαに対する親和性の上昇ならびにシグナル伝達サブユニットIL-2Rβに対する親和性の低下の組み合わせを通して機能するものである旨記載されているところ、ここでいう前者のIL-2Rαへの高い親和性については摘記オで説明されており、後者のIL-2βに対する低い親和性については摘記カで説明されているものと解される。
4) 即ち、かかる摘記ウの中段の記載と摘記カの記載を併せ参酌すれば、AKTにおけるリン酸化の低下と、IL-2Rβに対する親和性の低下、もしくは、IL-2Rβ及びIL-2Rγに対する親和性の低下(これらは要件(d)の(i)もしくは(iii)に相当する)とが相関することが示唆されているものと理解できるところ、上述のとおり、このような理解の基礎となる摘記カは、摘記オとは独立した段落において、摘記オと共に並記されているのである。
5)A) そうすると、本件発明のIL-2R改変体のうち、
*1:野生型IL-2と比較して、IL-2Rαへの親和性が向上しているもの(これは要件(d)(ii)/(iv)に相当する)、
と、
*2:野生型IL-2と比較して、IL-2Rβへの親和性が低下しているか、もしくは、IL-2Rβ及びIL-2Rγへの親和性が低下しているもの(これらは要件(d)(i)/(iii)に相当する)
とは、優先権書類内では、一応互いに独立したものとして記載されているものと解される。そして、このような解釈は、摘記オ、カの直後の摘記キにおいて「IL-2改変体は、野生型IL-2配列と比較して、IL-2Rα又はIL-2Rβに対する親和性に対して・・・」と記載されており、これは、IL-2Rαに対する親和性とIL-2Rβに対する親和性が各々独立した選択肢として記載されているものと解される。
B) さらに、摘記アの請求項1では、本件発明のIL-2改変体に関し、野生型IL-2と比較してFOXP3+T細胞においてAKTのリン酸化を誘発するための能力が低下していることが規定されており、特に、当該請求項1を直接引用する従属請求項13では、本件発明のIL-2改変体について、「(・・・STAT5リン酸化を誘発するが、)野生型IL-2と比較して、前記エクスビボT細胞におけるAKTのリン酸化を誘発するための能力が低下している」ものであることが規定されているところ、当該請求項13は、その前段の、野生型IL-2よりも「IL-2Rαに対する高い親和性を有する」ことが規定された、従属請求項5(請求項13と同様、請求項1を直接引用している)とは独立して記載されている。
そして、4)で述べたとおり、本件発明のIL-2改変体において、IL-2Rβに対する親和性の低下、もしくは、IL-2Rβ及びIL-2Rγに対する親和性の低下と、AKTにおけるリン酸化の低下とは相関するものと考えられることを踏まえると、請求項13はA)の*2の態様、請求項5は同*1の態様にそれぞれ相当するものといえるところ、それら請求項13と請求項5とは、同じ請求項1の従属項ではあっても、少なくとも記載形式上、従属-非従属等の特段の関係が見出せるわけでもなく、またこの点、上のA)の解釈と照応している。
C) なお、本件発明のIL-2改変体において、摘記オにいうIL-2Rαに対する親和性の上昇と摘記カにいうIL-2Rβに対する親和性の低下とが互いに独立した性質である、とのA)の解釈は、例えば、摘記オにおける、本件発明のIL-2改変体中のIL-2Rαへの結合に影響を及ぼす部位として挙げられているアミノ酸部位が、摘記カにおける、本件発明のIL-2改変体中のIL-2Rβへの結合に影響を及ぼす部位(即ち、IL-2Rβに対する親和性の低下に寄与すると考えられる部位)として挙げられているアミノ酸部位と全く異なることとも矛盾しない。

以上、1)?5)の検討のとおりであるから、本件発明のIL-2改変体であって要件(d)(i)/(iii)を満たすものについてもまた、優先権書類中に記載されているといえる。

(1-3-3) なお、申立人は、申立書中の主として16頁13行?20頁5行において、
1) 優先権書類中の請求項1における要件(c)は、「・・・AKTのリン酸化を誘発するための能力が低下している」ことを規定している((1-2)摘記ア参照)ところ、本件発明のIL-2改変体における要件(c)、即ち、同改変体が「FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下して」いる態様は同書類中には記載されていない;

2)要件(d)に関し、
・優先権書類中の請求項5、3頁18?20行には、本件発明のIL-2改変体が、野生型IL-2に比して、IL-2Rαに対しより高い親和性を有しうることが記載されている((1-2)摘記ア、オ参照);
・優先権書類中の2頁31行?3頁1行には、本件発明のIL-2改変体について、「ある実施形態では、そのようなIL-2改変体は、非シグナル性IL-2RサブユニットIL-2Rαに対する親和性の上昇ならびにシグナル伝達サブユニットIL-2Rβに対する親和性の低下の組み合わせを通して機能する。」ことが記載されている((1-2)摘記ウ参照);
・例えば甲第2号証(引用文献2)の第15頁表IIIの記載からみて、優先権書類中の実施例で採用されている唯一のIL-2改変体2-4は、IL-2Rαに対して高められた親和性を有するものである;
といった点を根拠に(1-1)の内容を主張しており、訂正請求後の意見書においても同様の主張をしている。
しかしながら、(1-3-1)?(1-3-2)での検討結果のとおり、本件発明のIL-2改変体に係る要件(c)及び(d)(i)/(iii)については、当該両要件を満たすIL-2改変体の具体例の開示こそないもの、優先権書類の記載から把握できる事項であるといえるから、上の1)、2)の根拠に基づく申立人の上記(1-1)の主張は採用できない。

(1-4)小括
以上(1-1)?(1-3)のとおり、申立人の主張する根拠を以ては、本件特許についてその優先権主張の効果が認められないとすることはできないから、2(2)の取消理由の要旨ア、イはいずれもその前提を欠くものといわざるを得ず、採用できない。

したがって、本件特許出願における、特許法第29条第1項及び第2項の判断の基準日は優先日、即ち2009年1月21日であって、当該優先日後に頒布された刊行物である引用文献1の記載に基づく、新規性否定及び進歩性否定に係る取消理由1,2は、いずれも理由がない。

(2)付記

(2-1) 上述のとおり、本件特許の優先権主張は無効であり優先権の利益を享受できない、とする申立人の主張は採用できないが、仮に、優先権書類に記載された事項の範囲を超える部分が本件発明中に含まれるとしても、その場合、優先権主張の効果が認められないのは、当該超える部分についてのみである。

(2-2) また、そもそも、優先権主張が認められるか否かによらず、本件発明1は、引用文献1に記載された発明とはいえないし、引用文献1に記載された発明に基づいて、又は引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたもの

ともいえない。その理由の概要は次の(ア)?(エ)に述べるとおりである。

(ア)引用文献1には、
『 野生型ヒトインターロイキン2(hIL-2)のアミノ酸番号に基づいて、第20位、第88位および第126位のアミノ酸のうち少なくとも1つが置換されているhIL-2変異タンパク質またはそのフラグメントの、自己免疫疾患の治療および/または予防のための薬剤を製造するための使用 』(引用文献1対応和文公報の請求項1)
について記載されており、
当該変異IL-2の主な例であるhIL-2-N88R(88位のN(アスパラギン)がアルギニン(R)に置換されたもの)で多発性硬化症患者由来のPBMCを処理することにより、プロロイキン(IL-2(C125S)であって、本件発明1の配列番号1のIL-2、即ち野生型IL-2に相当する)で処理した場合と比較してFOXP3^(+)制御性T細胞が顕著に増加すること(表7,8)等が示されている。
しかしながら、
1) 引用文献1には、それらhIL-2-N88Rをはじめとする引用文献1の任意の変異IL-2が、本件発明1の要件(c)を満たすものであることについて、明確な記載乃至示唆はない。
2) また、
2-1) 引用文献1の変異IL-2は、例えばCD25^(+)(即ちIL-2Rα^(+))のCD3^(+)CD4^(+)FOXP3^(+)T細胞の増加を示す表7とCD25^(-)(即ちIL-2Rα^(-))のCD3^(+)CD4^(+)FOXP3^(+)T細胞の増加を示す表8との対比等からみて、IL-2RβγよりIL-2Rαβγに対し増殖活性を示すものであることは把握されるものの、そのような試験結果を以て、それら変異IL-2が野生型IL-2に比して高いIL-2Rα親和性を有するものであることが直ちに理解できるとはいえず、またそのことが予測し得るわけでもない。
2-2) むしろ、引用文献1の変異IL-2の特徴的作用は、「IL-2受容体のαサブユニット(CD25)を持たない制御性T細胞(CD4^(+)CD25^(-)Foxp3^(+))の形成を誘導し、また意外にもその作用は野生型hIL-2より強い」(対応和文公報【0022】)、という点にあるのであって、IL-2Rα(CD25)陽性であるか陰性であるかによらずFOXP3^(+)である制御性T細胞の活性化をもたらすものと解される。
また、上記表8のデータによれば、上記hIL-2-N88Rは、CD25^(-)(IL-2Rα^(-)、即ちIL-2Rαが当該変異IL-2の結合性に関与していない)CD3^(+)CD4^(+)FOXP3^(+)T細胞の増加量において、野生型IL-2(プロロイキン)で処理した場合より増殖作用性が高く(表8のCD3^(+)CD4^(+)CD25^(-)FOXP3^(+)T細胞の増加量を示す、hIL-2-N88R、野生型hIL-2(プロロイキン)の各「10^(-6)M」投与群の数値同士、ならびに各「10^(-6)M+Pept」投与群の数値同士を、それぞれ比較対照のこと)、これは、hIL-2-N88Rが野生型hIL-2(プロロイキン)と比較してIL-Rβ/γに対する親和性が高いことを予測させるデータといい得るものではあっても、IL-Rβ/γに対する親和性が低下したものであることを示すものとはいえず、またそのことを予測させるものともいえない。
そして、これら2-1),2-2)の点を踏まえれば、hIL-2-N88Rをはじめとする引用文献1の変異IL-2が、本件発明1のIL-2改変体における(d)(i)?(iv)のいずれかの性質を示すことが同引用文献1中で記載乃至示唆されているともいえない。[ なお、hIL-2-N88Rを含め、引用文献1の変異IL-2については、引用文献1中で「・・・。第88位の置換は、アスパラギン(N)からアスパラギン酸(D)、・・・への置換でないことが好ましい。・・・」(対応和文公報【0038】)とされているが、本件発明1に係るIL-2改変体に包含される、例えば、本件発明18,19の配列番号3?6,8,9のいずれかで表されるIL-2改変体、ならびに、本件優先権書類の実施例で採用されている2-4変異体は、いずれも88位におけるアスパラギン酸(D)への置換を含むものであり、この点からみても、本件発明1のIL-2改変体が引用文献1に係る変異IL-2と実質的に等価もしくは類似の性質を有するものである、とは推認し得ない。 ]

以上の1)及び2)で述べた点からみて、要件(a)の他、(c)及び(d)(i)?(iv)のいずれかを含めた要件(b)?(d)をも併せ満足する、本件発明におけるようなIL-2改変体、ならびに、そのような改変体を炎症性疾患、障害又は状態を呈する被験体の処置のために使用することは、記載乃至示唆されているとはいえない。

(イ)また、引用文献2には、配列番号2のhIL-2([0029]、図10A)に対し少なくとも80%同一のアミノ酸配列を含み、配列番号3のIL-2(プロロイキン([0029]、図10B,図11)。前述の配列番号2のIL-2と共に、本件発明1の「配列番号1」で表される野生型IL-2に相当する))がIL-2Rαに結合する親和性よりも高い親和性を以てIL-2Rαに結合する、変異IL-2ポリペプチドについて記載され(請求項1等)、当該変異IL-2の例として、本件優先権書類中の実施例1,2で採用されている上記2-4変異体、ならびにその他の数種の変異IL-2群が記載され(図11、表II,III等)、それらを増殖性疾患である癌等([0085]?[0091])や炎症性疾患の処置のために用い得ることも記載されている([0092]?[0093])。
しかしながら、引用文献2には、それら2-4変異体等の変異IL-2を実際に炎症性疾患を伴う被験体の処置に用いたことについての記載はなく、また、それら2-4変異体等が特にFOXP3^(+)調節性T細胞に対して刺激・増殖作用を有することは記載も示唆もされていない。そして、それら2-4変異体等の変異IL-2を炎症性疾患を伴う被験体に適用することで、特にFOXP3^(+)調節性T細胞を実際に選択的に増加せしめること、また、かかる免疫抑制性のFOXP3^(+)調節性T細胞の選択的増加作用により、特に炎症性疾患、障害または状態を呈する被験体の処置を有効に行うこともまた、引用文献2中で示唆されているとはいえない。

(ウ) さらに、上述のとおり、引用文献2の2-4変異体は、本件の優先権書類中の実施例1,2で採用されているものであって、本件発明1の(a)?(d)の要件を満たすと解されるものであるところ、(ア)での検討のとおり、引用文献1の変異IL-2に係る記載から本件発明1の要件(a)?(d)を満たすものを想起することはできないから、例えば、引用文献1の変異IL-2を引用文献2記載の2-4変異体に置き換えるといったような動機付けを当業者が得ることができるものともいえず、よって、引用文献1の記載と引用文献2の記載との組合せに基づいて本件発明1の進歩性を否定することもできない。

(エ) してみれば、本件発明1は、引用文献1に記載された発明とはいえないし、引用文献1に記載された発明に基づいて、又は引用文献1に記載された発明及び引用文献2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
本件発明2?19についても同様である。

4 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知書で通知した理由及び証拠によっては、本件請求項1?19に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?19に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験体において炎症性疾患、障害または状態を処置する方法において使用するための組成物であって、該組成物は、IL-2改変体を含み、該IL-2改変体は、
(a)配列番号1に少なくとも90%同一のアミノ酸の配列を含み、
(b)FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リン酸化を刺激し、
(c)配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して、FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しており、および
(d)(i)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2Rβ親和性を有するか、(ii)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有し、かつ、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2Rβ親和性を有するか、(iii)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有するか、または、(iv)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有し、かつ、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有し、
該炎症性疾患、障害または状態は、自己免疫疾患、器官移植片拒絶、または、移植片対宿主病である、組成物。
【請求項2】
前記炎症性疾患、障害または状態は、喘息、糖尿病、関節炎、アレルギー、器官移植片拒絶、および移植片対宿主病からなる群より選択される、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記IL-2改変体は、配列番号1に少なくとも95%同一のアミノ酸の配列を含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
前記IL-2改変体は、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有する、請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
前記IL-2改変体は、インビトロにおいて、FOXP3陽性調節性T細胞の成長または生存を促進する、請求項1に記載の組成物。
【請求項6】
前記IL-2改変体は、アミノ酸30、アミノ酸31、アミノ酸35、アミノ酸69、およびアミノ酸74からなる群より選択される位置に、配列番号1において記載されるポリペプチド配列において変異を含む、請求項1に記載の組成物。
【請求項7】
前記30位の変異は、N30Sである、請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
前記31位の変異は、Y31Hである、請求項6に記載の組成物。
【請求項9】
前記35位の変異は、K35Rである、請求項6に記載の組成物。
【請求項10】
前記69位の変異は、V69Aである、請求項6に記載の組成物。
【請求項11】
前記74位の変異は、Q74Pである、請求項6に記載の組成物。
【請求項12】
前記IL-2改変体は、機能的IL-2受容体複合体を含むエクスビボFOXP3陽性T細胞においてSTAT5リン酸化を誘発するが、FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が、配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して低下している、請求項1に記載の組成物。
【請求項13】
前記IL-2改変体は、配列番号1において記載されるポリペプチド配列の88位において変異を含む、請求項12に記載の組成物。
【請求項14】
前記88位の変異は、N88Dである、請求項13に記載の組成物。
【請求項15】
前記IL-2改変体は、インビボにおいて該IL-2改変体の血清半減期を延長する化学物質またはポリペプチドに結合体化されている、請求項1に記載の組成物。
【請求項16】
炎症性疾患、障害または状態の処置のための医薬の調製におけるIL-2改変体の使用であって、該IL-2改変体は、
(a)配列番号1に少なくとも90%同一のアミノ酸の配列を含み、
(b)FOXP3陽性調節性T細胞においてSTAT5リン酸化を刺激し、
(c)配列番号1として記載されるポリペプチドと比較して、FOXP3陰性T細胞においてSTAT5のリン酸化を誘発する能力が低下しており、および
(d)(i)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2Rβ親和性を有するか、(ii)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有し、かつ、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2Rβ親和性を有するか、(iii)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有するか、または、(iv)配列番号1として記載されるポリペプチドよりも高い、IL-2Rα親和性を有し、かつ、配列番号1として記載されるポリペプチドよりも低下した、IL-2RβおよびIL-2Rγ親和性を有し、
該炎症性疾患、障害または状態は、自己免疫疾患、器官移植片拒絶、または、移植片対宿主病である、使用。
【請求項17】
前記IL-2改変体は、インビボにおいて該IL-2改変体の血清半減期を延長する化学物質またはポリペプチドに結合体化されている、請求項16に記載の使用。
【請求項18】
前記IL-2改変体は、
配列番号3に記載のアミノ酸;
配列番号4に記載のアミノ酸;
配列番号5に記載のアミノ酸;
配列番号6に記載のアミノ酸;
配列番号8に記載のアミノ酸;および
配列番号9に記載のアミノ酸;
からなる群より選択されるアミノ酸の配列を含む、請求項1?15のいずれかに記載の組成物。
【請求項19】
前記IL-2改変体は、
配列番号3に記載のアミノ酸;
配列番号4に記載のアミノ酸;
配列番号5に記載のアミノ酸;
配列番号6に記載のアミノ酸;
配列番号8に記載のアミノ酸;および
配列番号9に記載のアミノ酸;
からなる群より選択されるアミノ酸の配列を含む、請求項16?17のいずれかに記載の使用。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2016-11-07 
出願番号 特願2011-548074(P2011-548074)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (A61K)
P 1 651・ 121- YAA (A61K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 佐々木 大輔  
特許庁審判長 關 政立
特許庁審判官 大久保 元浩
渡邉 潤也
登録日 2015-06-26 
登録番号 特許第5766124号(P5766124)
権利者 アムジェン インコーポレイテッド
発明の名称 炎症性疾患および自己免疫疾患の処置の組成物および方法  
代理人 山本 秀策  
代理人 森下 夏樹  
代理人 山本 秀策  
代理人 森下 夏樹  

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