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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B32B
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B32B
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B32B
審判 全部申し立て 2項進歩性  B32B
管理番号 1323523
異議申立番号 異議2016-700134  
総通号数 206 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-02-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-02-18 
確定日 2017-01-05 
異議申立件数
事件の表示 特許第5766125号発明「多層ポリイミドフィルム及びそれを用いたフレキシブル金属張積層板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5766125号の請求項1?9に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5766125号の請求項1?9に係る特許についての出願は、平成23年1月13日(優先権主張 平成22年1月18日 日本)を国際出願日とする特許出願であって、平成27年6月26日にその特許権の設定登録がされ、その後、請求項1?9に係る特許について、特許異議申立人細野高良(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審において平成28年4月8日付けで取消理由を通知し、その指定期間内である平成28年6月13日に意見書の提出がされたものである。その後、当審において平成28年8月24日付けで取消理由を通知し、その指定期間内である平成28年10月24日に意見書の提出がされたものである。

第2 本件発明
「【請求項1】
非熱可塑性ポリイミド層の少なくとも一方に熱可塑性ポリイミド層を有する多層ポリイミドフィルムであって、熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の60%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じであることを特徴とする多層ポリイミドフィルム。
【請求項2】
熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の80%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じであることを特徴とする請求項1記載の多層ポリイミドフィルム。
【請求項3】
上記熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体は、ピロメリット酸二無水物、3,3´,4,4´-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、および3,3´,4,4´-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物からなる群より選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1又は2に記載の多層ポリイミドフィルム。
【請求項4】
上記熱可塑性ポリイミドを構成するジアミン単量体は、4,4´-ジアミノジフェニルエーテル、または2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパンであることを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の多層ポリイミドフィルム。
【請求項5】
上記熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体が、ピロメリット酸二無水物と3,3´,4,4´-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物とであり、上記熱可塑性ポリイミドを構成するジアミン単量体が、2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパンであることを特徴とする請求項1?4のいずれか1項に記載の多層ポリイミドフィルム。
【請求項6】
上記熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体である、ピロメリット酸二無水物と3,3´,4,4´-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物の比率が、70/30?95/5であることを特徴とする請求項5に記載の多層ポリイミドフィルム。
【請求項7】
上記熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体が、ピロメリット酸二無水物であり、上記熱可塑性ポリイミドを構成するジアミン単量体が、2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパンであることを特徴とする請求項1?4のいずれか1項に記載の多層ポリイミドフィルム。
【請求項8】
多層共押出によって製造することを特徴とする請求項1?7のいずれか1項に記載の多層ポリイミドフィルム。
【請求項9】
請求項1?8のいずれか1項に記載の多層ポリイミドフィルムに金属箔を貼り合わせて得られることを特徴とするフレキシブル金属張積層板。」

第3 取消理由の概要
1 当審において、請求項1?9に係る特許に対して、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由を全て含む、平成28年4月8日付けで通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
(理由1)本件特許の下記の請求項に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。
(理由2)本件特許の下記の請求項に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
(理由3)本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号及び第2号に規定する要件を満たしていない。

甲第1号証 特開2009-184130号公報
甲第2号証 特開2008-188843号公報
甲第3号証 特開2007-302003号公報

(29条)(理由1及び理由2)
・請求項1に係る発明(以下「本件発明1」という。)について
甲第1号証に記載された発明(以下「甲1発明」という。)における「低熱膨張性のポリイミド樹脂層(X)」、「接着層(Y)」は、本件発明1における「非熱可塑性ポリイミド層」、「熱可塑性ポリイミド層」にそれぞれ相当する。
甲第2号証に記載された発明(以下「甲2発明」という。)における「非熱可塑性ポリイミドを含む高耐熱性性ポリイミド樹脂層(B)」、「熱可塑性ポリイミドを含む熱接着層(A)、(A’)」は、本件発明1における「非熱可塑性ポリイミド層」、「熱可塑性ポリイミド層」にそれぞれ相当する。
甲第3号証に記載された発明(以下「甲3発明」という。)における「非熱可塑性ポリイミド層」、「熱可塑性ポリイミド層」」は、本件発明1における「非熱可塑性ポリイミド層」、「熱可塑性ポリイミド層」にそれぞれ相当する。
よって、本件発明1は、甲1発明又は甲2発明又は甲3発明であるか、甲1発明、甲2発明及び甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

・請求項2に係る発明(以下「本件発明2」という。)について
本件発明2は、甲1発明であるか、甲1発明、甲2発明及び甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

・請求項3?7に係る発明(以下「本件発明3?7」という。)について
本件発明3?7は、甲1発明であるか、甲1発明、甲2発明及び甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

・請求項8に係る発明(以下「本件発明8」という。)について
本件発明8は、甲1発明、甲2発明及び甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

・請求項9に係る発明(以下「本件発明9」という。)について
本件発明9は、甲1発明であるか、甲1発明、甲2発明及び甲3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(36条)(理由3)
(1)請求項1の「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の60%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じである」、及び請求項2の「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の80%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じである」の記載は、明確でない。
よって、本件発明1?9は、明確でない。
(2)請求項1の「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の60%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じである」、及び請求項2の「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の80%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じである」に関して、非熱可塑性ポリイミド層を構成する単量体の存在量を全く考慮していないので、実施例(表2の実施例1?11)に裏付けされないものをも含む、非常に広い範囲となっている。
よって、本件発明1?9は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるとはいえない。

2 当審において、請求項1?9に係る特許に対して、平成28年8月24日付けで通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

(理由4)本件特許は、明細書及び特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号及び第4項1号に規定する要件を満たしていない。

本件特許に係る発明は、フィルム成膜工程で高温加熱させる際に生じる層間の剥がれ又は層間の白濁(白色化)が少ない多層ポリイミドフィルム等を提供することを課題とするものである(段落[0009])。

そして、段落[0011]、[0014]?[0015]には、熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の60%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じであることが記載されており、これによれば、熱可塑性ポリイミドについては、それを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数、すなわち組成割合についての特定はなされているが、非熱可塑性ポリイミドについては、それを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体が熱可塑性ポリイミドと共通すれば、その組成割合が如何なるものであってもよいとするものである。

一方、段落[0017]には、「溶液キャスト法と多層押出法のいずれも、高温加熱させる際、内部層から溶剤や水等が最外層を通過する。しかし、内部層から溶剤や水等の排出する速度が、溶剤や水等が最外層を通過する速度よりも極端に速い場合、内部層と最外層の間に、溶剤、水等が溜まり、層の間で剥がれる又は白濁(白色化)することがあった。また、内部層のイミド化速度が最外層よりも極端に速いと、内部層と最外層の密着性が低下し、層の間で剥がれる又は白濁(白色化)することがあった。非熱可塑性ポリイミド層と熱可塑性ポリイミド層に用いる酸二無水物とジアミンが、同じものである割合が高いほど、最外層では、内部層から排出された溶剤や水等が同程度に排出されやすく、また、同様の構造であるため、最外層と内部層との密着性が向上することが分かった。特に、多層押出法では、内部層からの溶剤や水等の排出量が多いため、上記問題が顕著に現れることが多かった。」と記載されている。

また、表1、表2に示される実施例には、非熱可塑性ポリイミドは合成例1と合成例2のみが示され、それぞれ、熱可塑性ポリイミドと共通するジアミンは、BAPPの0.140、酸二無水物は、BPDAの0.093、BTDAの0.093又はPMDAの0.367が示されるのみであり、例えば、非熱可塑性ポリイミドにおける、熱可塑性ポリイミドと共通するジアミン及び酸二無水物が、微量である場合については示されていない。

そうすると、本件明細書の特に段落[0017]の記載及び実施例の記載に接した当業者であれば、成分の共通点が多ければその性質についても共通することが予測されるという技術常識を踏まえ、上記の課題を解決するためには、非熱可塑性ポリイミドと熱可塑性ポリイミドの両方に共通する成分が、両方ともに、ある程度の割合で含まれていることが必要と理解するのが自然であるところ、本件特許において、熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のみを特定すればよいことについての合理的な説明は、明細書においてなされていない。

また、このように熱可塑性ポリイミドの組成割合のみを特定すれば十分であること(この特定だけで、非熱可塑性ポリイミドと性状が共通すること)が、本件特許の出願時に技術常識であったとする証拠もない。

よって、本件特許の請求項1?9に係る発明は、明細書に記載された発明とはいえないし、明細書の発明の詳細な説明には、本件特許の請求項1?9に係る発明を当業者が実施できる程度に記載がされているとはいえない。

第4 甲各号証の記載
甲第1号証には、「非熱可塑性のポリイミド樹脂である、低熱膨張性のポリイミド樹脂層(X)と、
非熱可塑性ポリイミド樹脂(A)の前駆体樹脂(A')及び熱可塑性ポリイミド樹脂(B)の前駆体樹脂(B')を含む混合溶液を塗布、乾燥して、イミド化して形成した接着性層(Y)とからなり、
非熱可塑性ポリイミド樹脂(A)の前駆体樹脂(A')が、低熱膨張性のポリイミド樹脂層(X)を形成するために使用されるポリアミド酸と同種である、
低熱膨張性のポリイミド樹脂層(X)の少なくとも片面に接着性層(Y)を有するポリイミド樹脂積層体。」という発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。

甲第2号証には、「少なくとも、熱可塑性ポリイミドおよび/または熱可塑性ポリイミドの前駆体を含む溶液層(a)、非熱可塑性ポリイミド前駆体を含む溶液層(b)、熱可塑性ポリイミドおよび/または熱可塑性ポリイミドの前駆体を含む溶液層(a‘)がこの順に積層されており、かつ溶液層(b)に含まれる非熱可塑性ポリイミド前駆体が、分子中に熱可塑性のブロック成分を有する非熱可塑性ポリイミドの前駆体であるポリイミド前駆体溶液の多層膜を、加熱あるいはイミド化することによって得られた、
熱可塑性ポリイミドを含む接着層(A)
熱可塑性のブロック成分を有する非熱可塑性ポリイミドを含む高耐熱性ポリイミド層(B)
熱可塑性ポリイミドを含む接着層(A‘)
がこの順に積層された多層ポリイミドフィルム。」
という発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されている。

甲第3号証には、「非熱可塑性ポリイミド層の少なくとも片面に熱可塑性ポリイミド層が形成され、該熱可塑性ポリイミド層の表面に金属箔が積層されたポリイミド金属箔積層板であって、
熱可塑性ポリイミドが、1,3-ビス(3-アミノフェノキシ)ベンゼン、4,4’-ビス(3-アミノフェノキシ)ビフェニル及び3,3’-ジアミノベンゾフェノンからなる群から選ばれた少なくとも一種のジアミンと、3,3’,4,4’-ジフェニルエーテルテトラカルボン酸二無水物、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物、ピロメリット酸二無水物及び3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物からなる群から選ばれた少なくとも一種のテトラカルボン酸二無水物から合成されたものである、ポリイミド金属箔積層板。」
という発明(以下、「甲3発明」という。)が記載されている。

第5 判断
まず、理由3及び理由4(36条記載要件)の取消理由について検討する。

1.理由3及び理由4(36条記載要件)について
(1)請求項1?9の明確性要件について
請求項1の「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の60%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じである」、及び請求項2の「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の80%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じである」について、本件特許明細書の段落【0014】「熱可塑性ポリイミドで用いられる酸二無水物及びジアミンを基準にし、非熱可塑性ポリイミドで用いられている酸二無水物及びジアミンの割合を算出する。算出する方法は、熱可塑性ポリイミドで用いる酸二無水物及びジアミンの総モル数を算出する(総モル数)。次に、熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物及びジアミンであって、非熱可塑性ポリイミドで用いる酸二無水物及びジアミンのモル数を算出する(同種モル数)。最後に、(同種モル数)/(総モル数)で、熱可塑性ポリイミドで用いられる酸二無水物及びジアミンを基準にし、非熱可塑性ポリイミドで用いられている酸二無水物及びジアミンの割合を算出する。」に、その定義及び算出方法が記載されている。
その記載を参酌すれば、請求項1の「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の60%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じである」は、「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物及びジアミンであって、非熱可塑性ポリイミドで用いる酸二無水物及びジアミンのモル数(同種モル数)/熱可塑性ポリイミドで用いる酸二無水物及びジアミンの総モル数(総モル数)が、60%以上である」と理解できる。同様に、請求項2の「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の80%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じである」は、「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物及びジアミンであって、非熱可塑性ポリイミドで用いる酸二無水物及びジアミンのモル数(同種モル数)/熱可塑性ポリイミドで用いる酸二無水物及びジアミンの総モル数(総モル数)が、80%以上である」と理解できる。
そうすると、請求項1の「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の60%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じである」、及び請求項2の「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の80%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じである」の記載は、明確でないとまではいえない。
よって、本件特許の請求項1?9の記載は、請求項1?9に係る発明が、明確でないとはまではいえないから、申立人の主張は失当である。

(2)サポート要件及び実施可能要件
本件発明は、「高温加熱させる際に生じる層間の剥がれ、又は層間の白濁(白色化)が少ない多層ポリイミドフィルム及びそれを用いたフレキシブル金属張積層板を提供する」(段落【0009】)ことを課題としている。そして、本件発明の課題と、本件発明の発明特定事項との関係については、本件特許明細書の段落【0017】及び【0018】に記載されている。
さらに、本件特許明細書には、実施例1?11とともに比較例1が示されている(段落【0095】?【0132】、【表1】及び【表2】)。それによれば、熱可塑性ポリイミド中の非熱可塑性ポリイミドで使用の酸二無水物及びジアミンの割合が60%以上である実施例1?11において、白化及び剥がれはなく、外観に問題がなく、熱可塑性ポリイミド中の非熱可塑性ポリイミドで使用の酸二無水物及びジアミンの割合が50%である比較例1において、白化及び剥がれが生じていることがわかる。当業者であれば、これらの実施例、比較例の記載を含む発明の詳細な説明において、請求項1?9に係る発明により、発明の課題を解決できることを認識し得るものと認められる。
そうすると、請求項1?9に係る発明が、発明の詳細な説明に記載したものではないとまではいえない。

また、本件特許明細書の段落【0017】の「溶液キャスト法と多層押出法のいずれも、高温加熱させる際、内部層から溶剤や水等が最外層を通過する。しかし、内部層から溶剤や水等の排出する速度が、溶剤や水等が最外層を通過する速度よりも極端に速い場合、内部層と最外層の間に、溶剤、水等が溜まり、層の間で剥がれる又は白濁(白色化)することがあった。また、内部層のイミド化速度が最外層よりも極端に速いと、内部層と最外層の密着性が低下し、層の間で剥がれる又は白濁(白色化)することがあった。非熱可塑性ポリイミド層と熱可塑性ポリイミド層に用いる酸二無水物とジアミンが、同じものである割合が高いほど、最外層では、内部層から排出された溶剤や水等が同程度に排出されやすく、また、同様の構造であるため、最外層と内部層との密着性が向上することが分かった。特に、多層押出法では、内部層からの溶剤や水等の排出量が多いため、上記問題が顕著に現れることが多かった。」の記載から、高温加熱させる際に生じる層間の剥がれ、又は層間の白濁(白色化)を防止するためには、(1)最外層で、内部層から排出された溶剤や水等が同程度に排出するようにすること、(2)最外層のイミド化速度を内部層のイミド化速度に近づけることが有効であることが読み取れる。そして、実施例1?実施例11では、最外層は、熱可塑性ポリイミド層であり、内部層は、非熱可塑性ポリイミド層であるから、上記(1)、(2)を実現するには、最外層の熱可塑性ポリイミド層の特性を、内部層の非熱可塑性ポリイミド層の特性に近づければいいということが当業者に容易に理解できる。そのためには、最外層の熱可塑性ポリイミド層において、内部層の非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体を多く用いればよい(本件特許明細書段落【0018】)ことが、当業者に容易に理解できる。
したがって、発明の詳細な説明が、請求項1?9に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものではないとまではいえない。

(3) 小括
上記(1)及び(2)に示したとおり、理由3及び理由4によっては、請求項1?9に係る発明を、取り消すことはできない。

2.理由1及び理由2(29条新規性進歩性)について
(1)請求項1に係る発明について
請求項1に係る発明と甲1発明とを対比すると、甲1発明の「非熱可塑性のポリイミド樹脂である、低熱膨張性のポリイミド樹脂層(X)」は、請求項1に係る発明の「非熱可塑性ポリイミド層」に相当する。
しかし、甲1発明の「接着性層(Y)」について、甲第1号証には、「接着性層(Y)」が熱可塑性ポリイミド層であるという記載はないし、甲第1号証の段落【0040】に「混合溶液中の前駆体樹脂(A')の混合割合が上記下限未満であると、得られる接着性層(Y)のエッチング特性等が熱可塑性ポリイミド樹脂(B)の特性に類似する傾向になり、絶縁樹脂層のエッチング時の形状不良等が発生する可能性がある。」と記載されるように、「接着性層(Y)」の特性が、熱可塑性ポリイミド樹脂(B)の特性と違っていることが記載されているから、甲1発明の「接着性層(Y)」が熱可塑性ポリイミド層であるとはいえない。
なお、申立人は、特許異議申立書(16頁3行?4行)で、「接着性PI樹脂層(Y)は、熱圧着を可能とする層であるから、典型的な熱可塑性PIである。」と主張するが、「熱圧着を可能とする層」であっても「熱可塑性樹脂」であるとは限らないから、申立人の主張には理由がない。
そうすると、甲1発明の「接着性層(Y)」は、請求項1に係る発明の「熱可塑性ポリイミド層」に相当するといえず、請求項1に係る発明と甲1発明とには、実質的な相違点がある。
よって、請求項1に係る発明は、甲1発明ではない。

請求項1に係る発明と甲2発明とを対比すると、甲2発明の「非熱可塑性ポリイミドを含む高耐熱性ポリイミド樹脂層(B)」、「熱可塑性ポリイミドを含む熱接着層(A)、(A‘)」は、請求項1に係る発明における「非熱可塑性ポリイミド層」、「熱可塑性ポリイミド層」にそれぞれ相当する。
そうすると、請求項1に係る発明において、「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の60%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じであること」であるのに対して、甲2発明において、その点を満たさない点で相違する。
当該相違点により、請求項1に係る発明は、「層間の剥がれ、又は層間の白濁(白色化)が少ない多層ポリイミドフィルム及びそれを用いたフレキシブル金属張積層板を提供する」との格別の作用効果を奏するから、当該相違点は、実質的な相違点である。
よって、請求項1に係る発明は、甲2発明ではない。

請求項1に係る発明と甲3発明とを対比すると、甲3発明の「非熱可塑性ポリイミド層」、「熱可塑性ポリイミド層」は、請求項1に係る発明における「非熱可塑性ポリイミド層」、「熱可塑性ポリイミド層」にそれぞれ相当する。
そうすると、請求項1に係る発明において、「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の60%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じであること」であるのに対して、甲3発明において、その点を満たさない点で相違する。
当該相違点により、請求項1に係る発明は、「層間の剥がれ、又は層間の白濁(白色化)が少ない多層ポリイミドフィルム及びそれを用いたフレキシブル金属張積層板を提供する」との格別の作用効果を奏するから、当該相違点は、実質的な相違点である。
よって、請求項1に係る発明は、甲3発明ではない。

甲第1号証?甲第3号証には、「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の60%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じであること」が記載も示唆もない。
そして、請求項1に係る発明は、「熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体の合計モル数の60%以上が、非熱可塑性ポリイミドを構成する酸二無水物単量体とジアミン単量体のそれぞれ少なくとも1種の単量体と同じであること」により、上記した格別の作用効果を奏する。
したがって、請求項1に係る発明は、甲1発明、甲2発明あるいは甲3発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2) 請求項2?9に係る発明について
請求項2?9に係る発明は、請求項1に係る発明の全ての発明特定事項を有しているから、請求項1に係る発明と同様の理由で、請求項2?7、9に係る発明は、甲1発明ではないし、請求項2?9に係る発明は、甲1発明、甲2発明及び甲3発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3) 小括
理由1及び理由2によっては、請求項1?9に係る発明を、取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由を全て含む、上記取消理由によっては、請求項1?9に係る特許を取り消すことはできない。

また、他に請求項1?9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2016-12-21 
出願番号 特願2011-549997(P2011-549997)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (B32B)
P 1 651・ 536- Y (B32B)
P 1 651・ 113- Y (B32B)
P 1 651・ 121- Y (B32B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 横島 隆裕  
特許庁審判長 久保 克彦
特許庁審判官 井上 茂夫
蓮井 雅之
登録日 2015-06-26 
登録番号 特許第5766125号(P5766125)
権利者 株式会社カネカ
発明の名称 多層ポリイミドフィルム及びそれを用いたフレキシブル金属張積層板  
代理人 特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK  

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