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審決分類 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G02C
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G02C
管理番号 1324352
審判番号 不服2015-994  
総通号数 207 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-03-31 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-01-19 
確定日 2017-01-25 
事件の表示 特願2010-549845「回転的に安定化されたコンタクトレンズ及びその設計方法」拒絶査定不服審判事件〔平成21年9月11日国際公開,WO2009/111545,平成23年4月28日国内公表,特表2011-513792〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 事案の概要
1 手続の経緯
手続の経緯
特願2010-549845号(以下「本件出願」という。)は,2009年3月4日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2008年3月4日 アメリカ合衆国)の国際特許出願であって,その手続の概要は,以下のとおりである。
平成25年 4月30日起案:拒絶理由通知書(同年5月7日発送)
平成25年 7月17日差出:意見書
平成25年 8月 2日起案:拒絶理由通知書(同年同月6日発送)
平成25年11月 6日差出:意見書
平成25年11月 6日差出:手続補正書
平成26年 1月24日起案:拒絶理由通知書(同年同月28日発送)
平成26年 4月24日差出:意見書
平成26年 4月24日差出:手続補正書
(この手続補正書による補正を,以下「本件補正(2)」という。)
平成26年10月 9日起案:本件補正(2)の補正の却下の決定
平成26年10月 9日起案:拒絶査定(同年同月14日送達)
平成27年 1月19日差出:手続補正書
平成27年 1月19日差出:審判請求書
平成28年 1月 5日起案:拒絶理由通知書(同年同月12日発送)
(この拒絶理由通知による拒絶の理由を,以下「当審拒絶理由」という。)
平成28年 5月11日差出:意見書
平成28年 5月11日差出:手続補正書

2 本願発明
本件出願の特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである(この記載に係る発明を,以下「本願発明」という。)。
「 垂直軸および水平軸を有する回転的に安定化されたコンタクトレンズであって,
光学ゾーンと,レンズ周辺部と,前記レンズ周辺部内の第1および第2の厚いゾーンとを含み,
前記第1および第2の厚いゾーンが,上眼瞼および下眼瞼のうち少なくとも上眼瞼に同時に当たるように,前記第1及び第2の厚いゾーンが前記水平軸および前記垂直軸に関して非対称で,かつ前記第1及び第2の厚いゾーンのそれぞれが水平軸の上方および下方に延在して形成されている,レンズ。」

3 原査定の拒絶の理由
当審拒絶理由において,解消したか否かの判断が留保されていた原査定の拒絶の理由1?3のうち,理由1及び2は,概略,以下のとおりである。

理由1:本願発明は,その優先権主張の日(以下「優先日」という。)前に日本国内又は外国において,頒布された引用例1に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない。
理由2:本願発明は,その優先日前に日本国内又は外国において頒布された引用例1に記載された発明に基づいて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
引用例1:特開平11-24012号公報

第2 当合議体の判断
1 引用例1の記載及び引用発明
(1) 引用例1の記載
引用例1には,以下の事項が記載されている。
ア 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,ほぼ凸形の外側表面と,ほぼ凹形の内側表面と,光学的中心点とを有するほぼ球面のレンズ本体を具備し,人間の目に装着したレンズが通常の直立位置をとるときの水平方向と垂直方向という意味での水平軸と,垂直軸とを有し,それらの軸は光学的中心点で交わり,レンズの中央に配置された光学ゾーンと,レンズ外側領域と,縁部領域とを含み,光学ゾーンの外側のレンズ外側領域には少なくとも2つの肉厚領域が配置され,少なくとも2つの肉厚領域は,人間の目に対するコンタクトレンズの所定の向きを調整するために,垂直中心軸の両側の,光学ゾーンとレンズ外側領域の縁部領域との間に配置されている多焦点コンタクトレンズに関する。」

イ 「【0002】
【従来の技術】人間の目の上にレンズを安定させる手段を備えたコンタクトレンズは,たとえば,目の従属視覚障害(たとえば,非点収差)を補正する働きをする。コンタクトレンズの軸位置の安定化手段は,目の上におけるコンタクトレンズのねじれ運動を抑制し,且つまばたきの後でもコンタクトレンズの向きを確保する働きをする。目の上におけるコンタクトレンズの位置安定化を実現するために,様々な安定化原理が知られている。
【0003】様々な位置安定化手段は特に欧州特許第0452549号に記載されている。そこに記載されているコンタクトレンズの動的安定化手段は,特に多焦点コンタクトレンズに適している。多焦点コンタクトレンズの場合,位置安定化手段を伴うコンタクトレンズと,それを含まないコンタクトレンズとは区別される。光学ゾーンの異なる領域を遠用視野領域と,近用視野領域とに対応させて規定すれば,特に,位置安定化手段を伴うコンタクトレンズを実現できる。
【0004】光学ゾーンの有利な構成は,たとえば,米国特許第5,151,723号及び米国特許第4,693,572号から知られている。そこに記載されている光学ゾーンの形状の欠点は,コンタクトレンズの側方縁部にかなり大きな厚さの差があり,そのために,上まぶたが刺激を受けるおそれがあるということである。米国特許第5,151,723号及び第4,693,572号に記載されているコンタクトレンズで不都合であるのは,特に採用されている安定化原理であるとみるべきである。」

ウ 「【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明の基礎を成す課題は,コンタクトレンズ使用者の目の上におけるコンタクトレンズの位置をより確実に安定させる手段を光学ゾーンの多焦点形状を,人間の目に多焦点コンタクトレンズを装着したときにできる限り刺激を少なくできるように組合わせることである。」

エ 「【0006】
【課題を解決するための手段】本発明による多焦点コンタクトレンズは,ほぼ凸形の外側表面と,ほぼ凹形の内側表面とを有するほぼ球面のレンズ本体を具備する。人間の目に装着したレンズが通常の直立位置をとるときの水平方向と垂直方向という意味での水平軸と垂直軸は,光学的中心点で交差する。コンタクトレンズの表面で,レンズは中央に配置された光学ゾーンと,レンズ外側領域と,縁部領域とに分割される。光学ゾーンの外側のレンズ外側領域に,コンタクトレンズ使用者の目の上におけるレンズの位置を安定させるために,少なくとも2つの肉厚領域が配置されており,少なくとも2つの肉厚領域は,目に対するコンタクトレンズの所定の向きを調整するために,垂直中心軸の両側に配置されている。
【0007】本発明によれば,レンズ本体の表面で,あらかじめ規定された近用度数は少なくとも下部視野領域に配分され,あらかじめ規定された遠用度数は上部視野領域に配分されている。このことは,たとえば,米国特許第5,151,723号及び第4,693,572号から既に知られているコンタクトレンズにも当てはまる。しかし,それらの視野領域の間の移行部分は研磨され,さらに,各々の視野領域は少なくとも球面収差に関して,他方の視野領域とは無関係に個別に補正されている。」

オ 「【0016】以下,添付の図面を参照して,実施形態に基づいて本発明をさらに詳細に説明する。下記の実施形態は本発明を限定する性質をもつものではなく,本発明の他の有利な構成を包含する。
【0017】
【発明の実施の形態】図1から図6に示すコンタクトレンズ1は,欧州特許第0452549号に記載されるコンタクトレンズと同じ安定化原理を使用する。コンタクトレンズの下面にある2つの肉厚領域12,12aは,コンタクトレンズを装着している人の開いた状態の目17の下まぶた21aに少なくともそれぞれ1つの当接点20でコンタクトレンズを当接させるためのものであり(適応作業時には直線状の当接を得るべきである),それにより,目17の上におけるコンタクトレンズ1の位置は非常に安定する。
【0018】目の上まぶた21bは,その動きにより,コンタクトレンズ1が滑って位置を変えた後に一度まばたきをするだけで目17の上で少なくとも点状の軽い当接20が再び実現させるような働きをする。コンタクトレンズ1の一部4a,4bが常に上まぶた21bと下まぶた21aの下に位置していれば,目17を開いたときにコンタクトレンズ1は確実に保持される。さらに,コンタクトレンズによりまぶたが刺激を受けることは最小限に抑えられる。
【0019】そこで,コンタクトレンズ1を装着している人のまぶたの幾何形状に応じて,肉厚領域12,12aを確定するための角度(α1,α2,α3 )を個別に適応させることができる。角度α1 は,水平中心軸19に対する肉厚領域12aの上側境界線の中心点の位置を指示する。角度α2 は,中心点27と肉厚領域12aの上側境界線の中心点を結ぶ直線と,中心点27と肉厚領域12aの下側境界線の中心点を結ぶ直線との間にあり,従って,レンズ外側領域4における肉厚領域12,12aの大きさを確定する。角度α3 も,同様に,中心点27と肉厚領域12aの下側境界線の中心を結ぶ直線と,この結合直線との間にあり,従って,この結合直線の向きを確定する。肉厚領域12aの下側境界線の位置は,本質的には,コンタクトレンズ1の肉厚領域12aが下まぶた21aにどのように当接するかを表わす。多くの場合,上まぶた21bが肉厚領域12aの境界線に当たる角度を最適化するために,肉厚領域12aの上側境界線の位置をも検出することは有意義である。コンタクトレンズ1の該当する角度(α1,α2,α3) は,垂直中心軸18の側方にある左右の肉厚領域12,12aに対して異なっていても良く,また,コンタクトレンズ1を装着する人の左右の目17に対しても異なっていて良い。」
(当審注:「結合曲線」の定義が明確でないが,図1からみて,「肉厚領域の下側境界線」のことを指す。)

カ 「【0020】図4には,レンズ外側領域4の,肉厚領域12の領域をさらに拡大して示す。肉厚領域12の寸法を規定するときには,内側と外側の傾斜した境界面11a,11bと,それに伴って形成される丸い中心隆起部分16とが外側に配置されている光学ゾーン8の厚さに,その光学ゾーン8と肉厚領域12との移行ゾーン6の厚さの差6′が大きくなりすぎないように対応すべきであることにも注意しなければならない。
【0021】図1から図6に示すコンタクトレンズ1は,一般に,凸形の外側表面(レンズ正面14)と,凹形の内側表面(レンズ背面15)とから構成されている。また,中心に配置され,レンズ外側領域4により包囲された光学ゾーン8を有する。コンタクトレンズ1の縁部領域2は外側密着部分を形成する。図示した実施形態においては,肉厚領域12,12aはレンズ外側領域4の,水平中心軸18の下方に配置されている。
【0022】さらに,レンズ外側領域4の,コンタクトレンズ1の垂直軸19上にはカラーポイント5が配置されている。このカラーポイント5は,コンタクトレンズ1を使用者の目17に正しく挿入させる働きをする。レンズ外側領域4には,眼科医又は眼鏡調製担当者が使用者の目17に装着されたコンタクトレンズ1の位置を判断できるように配置された別の記号10やマーク13も設けられている。このため,個々のマーク10,13は互いに所定の(等しい又は異なる)間隔を有するか,又は互いに所定の角間隔(θ)(光学中心点に関して)をもって配列されている。
【0023】光学ゾーン8自体は遠方視部分22と,付近視部分23とに分割されている。図1に示す実施形態では,遠方視部分22と付近視部分23との間の分離線24は,光学的中心点27の下方で水平中心軸19と平行になっている。しかしながら,別の図に示す本発明によるコンタクトレンズの下記の変形例の場合のように,角度βを成していても良い。尚,この角度βは分離線24と水平中心軸19の終端を結ぶ直線の間(すなわち,光学ゾーン8と,レンズ外側領域4との移行領域)に示されている。
【0024】図6に非常に明確に示すように,光学ゾーン8のそれらの2つの領域22,23はレンズ正面14で異なる湾曲を有し(遠方視部分と付近視部分22,23のそれらの異なる湾曲はレンズ背面15にあっても良いであろう),そのために,付近視部分23と遠方視部分22でそれぞれ異なる光学的作用が得られる。このように正面の曲率半径が異なることにより,垂直中心軸19のそばの分離線24の上で,遠方視部分22から付近視部分23への移行場所,また,付近視部分から遠望部分への移行場所においてはね上がりが形成され,このはね上がりは光学ゾーン8の縁部で最大になる。分離線24のこのはね上がりは,移行領域の少なくとも水平中心軸19のそばの分離線24の周囲に,この移行領域の大きさと比較したときの瞳の関係上,コンタクトレンズ使用者の脳がその移行を認識しないようなすべり視野ゾーンが形成されるように研磨される。しかし,分離線24のこのような研磨は,使用者の目17にコンタクトレンズ1を装着するときの使い心地を良くするために不可欠である。
【0025】最後に,レンズ正面14上の光学ゾーン8の半径が異なることによって,光学ゾーン8におけるコンタクトレンズの厚さに差3,7が生じ,厚さの総差26は最大でも0.1mmを越えるべきではないであろう。従って,この場合にも,まぶた21a,21bの刺激を防止するために,コンタクトレンズ1のレンズ外側領域4に向かって光学ゾーン8は研磨される。
【0026】さらに,遠方視部分23と付近視部分22の領域は球面収差に関して補正されているので,2つの領域22,23はすぐれた結像特性を示す。近用視野領域22と遠用視野領域23に対応する光学ゾーン8の直径8′の大きさは異なる。2つの領域22,23について選択すべき直径は,各々の目17に対して個別に確定されるべきである。」

キ 「【0027】図7には,コンタクトレンズ701の正面にある肉厚領域712,712a,712′,712a′の位置どりの様々に異なる可能性を示す。この場合,垂直中心軸719の両側にそれぞれ複数の肉厚領域(712,712′;712a,712a′)が配置されるように肉厚領域(712,712a;712′,712a′)をレンズ正面714を配分することができ,各領域の形状(角度αn により規定される)はそれぞれ異なっていても良い。」

(2) 図面について
引用例1の図1,図5及び図7は,以下のとおりである。
【図1】

(当合議体注:人間の眼に装着したときの装着位置は,図1を反時計回りに90°回転させた位置となる。)

【図5】

(当合議体注:図5において符号21aが指す位置が正確ではなく,定義にしたがうと,下まぶたを指すべきである。また,図1及び図7に合わせると,符号12と符号12aは入れ替えるべきである。)

【図7】


(3) 引用発明
引用例1の段落【0017】?【0019】には,引用例1の【課題を解決するための手段】(段落【0006】)を具体化した,以下のコンタクトレンズが開示されている(以下「引用発明」という。なお,「水平軸」及び「水平中心軸」,「垂直軸」及び「垂直中心軸」は,それぞれ,「水平中心軸」及び「垂直中心軸」で用語を統一して記載した。)。
「【0006】 ほぼ凸形の外側表面と,ほぼ凹形の内側表面とを有するほぼ球面のレンズ本体を具備し,人間の目に装着したレンズが通常の直立位置をとるときの水平方向と垂直方向という意味での水平中心軸と垂直中心軸が,光学的中心点で交差し,コンタクトレンズの表面で,レンズは中央に配置された光学ゾーンと,レンズ外側領域と,縁部領域とに分割され,光学ゾーンの外側のレンズ外側領域に,コンタクトレンズ使用者の目の上におけるレンズの位置を安定させるために,少なくとも2つの肉厚領域が配置されており,少なくとも2つの肉厚領域は,目に対するコンタクトレンズの所定の向きを調整するために,垂直中心軸の両側に配置された,多焦点コンタクトレンズであって,
【0017】 コンタクトレンズの下面にある2つの肉厚領域は,コンタクトレンズを装着している人の開いた状態の目の下まぶたに少なくともそれぞれ1つの当接点でコンタクトレンズを当接させるためのものであり,適応作業時には直線状の当接を得るべきであり,それにより,目の上におけるコンタクトレンズの位置は非常に安定し,
【0018】 目の上まぶたは,その動きにより,コンタクトレンズが滑って位置を変えた後に一度まばたきをするだけで目の上で少なくとも点状の軽い当接を再び実現させ,
【0019】 まぶたの幾何形状に応じて,肉厚領域を確定するための角度α1,α2,α3を個別に適応させ,ここで,角度α1は,水平中心軸に対する肉厚領域の上側境界線の中心点の位置を指示し,角度α2は,レンズ外側領域における肉厚領域の大きさを確定し,角度α3は結合直線(肉厚領域の下側境界線)の向きを確定し,
肉厚領域の下側境界線の位置は,コンタクトレンズの肉厚領域が下まぶたにどのように当接するかを表わし,
上まぶたが肉厚領域の境界線に当たる角度を最適化するために,肉厚領域の上側境界線の位置をも検出する,
多焦点コンタクトレンズ。」

2 対比及び判断
(1) 対比
本願発明と引用発明を対比すると,以下のとおりとなる。
ア コンタクトレンズ
引用発明の「多焦点コンタクトレンズ」は,「人間の目に装着したレンズが通常の直立位置をとるときの水平方向と垂直方向という意味での水平中心軸と垂直中心軸が,光学的中心点で交差し」たものである。ここで,引用発明の「水平中心軸」,「垂直中心軸」及び「多焦点コンタクトレンズ」は,それぞれ,本願発明の「水平軸」,「垂直軸」及び「コンタクトレンズ」に相当する。また,引用発明の「多焦点コンタクトレンズ」の「2つの肉厚領域」は,「目に対するコンタクトレンズの所定の向きを調整するために,垂直中心軸の両側に配置され」,「コンタクトレンズを装着している人の開いた状態の目の下まぶたに少なくともそれぞれ1つの当接点でコンタクトレンズを当接させるためのものであり」,「それにより,目の上におけるコンタクトレンズの位置は非常に安定」するというものである。そうしてみると,引用発明の「多焦点コンタクトレンズ」は,回転的に安定化された「多焦点コンタクトレンズ」といえる。
したがって,引用発明の「多焦点コンタクトレンズ」は,本願発明の「垂直軸および水平軸を有する回転的に安定化されたコンタクトレンズ」の要件を満たす。

イ 光学ゾーン,レンズ周辺部,厚いゾーン
引用発明の「多焦点コンタクトレンズ」は,「中央に配置された光学ゾーンと,レンズ外側領域と,縁部領域とに分割され,光学ゾーンの外側のレンズ外側領域に,コンタクトレンズ使用者の目の上におけるレンズの位置を安定させるために,少なくとも2つの肉厚領域が配置され」たものである。ここで,引用発明の「光学ゾーン」,「レンズ外側領域」及び「肉厚領域」は,それぞれ,本願発明の「光学ゾーン」,「レンズ周辺部」及び「厚いゾーン」に相当する。
また,引用発明の「肉厚領域」は「2つの肉厚領域」であり,「光学ゾーンの外側のレンズ外側領域に」「配置され」たものであるから,「レンズ外側領域」内の第1及び第2の「肉厚領域」といえる。
したがって,引用発明の「多焦点コンタクトレンズ」は,本願発明の「光学ゾーンと,レンズ周辺部と,前記レンズ周辺部内の第1および第2の厚いゾーンとを含み」の要件を満たす。

ウ 非対称
引用発明の「多焦点コンタクトレンズ」は,「まぶたの幾何形状に応じて,肉厚領域を確定するための角度α1,α2,α3を個別に適応させ,角度α1は,水平中心軸に対する肉厚領域の上側境界線の中心点の位置を指示し,角度α2は,レンズ外側領域における肉厚領域の大きさを確定し,角度α3は結合直線の向きを確定し」,「肉厚領域の下側境界線の位置は,コンタクトレンズの肉厚領域が下まぶたにどのように当接するかを表わ」すものである。
ここで,人間の下まぶたの幾何学形状が「人間の目に装着したレンズが通常の直立位置をとるときの」「垂直方向という意味での」「垂直中心軸」との関係において左右非対称であることは,当合議体において顕著な事実である(図5からも見て取れる事項である。)。
そうしてみると,引用発明の「多焦点コンタクトレンズ」において,「まぶたの幾何形状に応じて,肉厚領域を確定するための角度α1,α2,α3を個別に適応させ」た「下側境界線の位置」(=α1+α2),及び「結合直線の向き」(=α3)は,必然的に,「2つの肉厚領域」で異なるといえる。また,「下側境界線の位置」(=α1+α2)又は「結合直線の向き」(=α3)が異なれば,「2つの肉厚領域」は,「水平中心軸」及び「垂直中心軸」に関して非対称となる。
したがって,引用発明の「多焦点コンタクトレンズ」は,本願発明の「前記第1及び第2の厚いゾーンが前記水平軸および前記垂直軸に関して非対称」の要件を満たす。
なお,引用例1の段落【0019】及び【0027】には,それぞれ,「コンタクトレンズ1の該当する角度(α1,α2,α3)は,垂直中心軸18の側方にある左右の肉厚領域12,12aに対して異なっていても良く」及び「図7には,コンタクトレンズ701の正面にある肉厚領域712,712a,712′,712a′の位置どりの様々に異なる可能性を示す。この場合,垂直中心軸719の両側にそれぞれ複数の肉厚領域(712,712′;712a,712a′)が配置されるように肉厚領域(712,712a;712′,712a′)をレンズ正面714を配分することができ,各領域の形状(角度αnにより規定される)はそれぞれ異なっていても良い。」と記載されており,この記載からみても,引用発明の「多焦点コンタクトレンズ」は,本願発明の「前記第1及び第2の厚いゾーンが前記水平軸および前記垂直軸に関して非対称」の要件を満たすといえる。

エ レンズ
引用発明は「多焦点コンタクトレンズ」であるから,本願発明の「レンズ」の要件を満たす。

(2) 一致点及び相違点
ア 一致点
本願発明と引用発明は,以下の構成で一致する。
「 垂直軸および水平軸を有する回転的に安定化されたコンタクトレンズであって,
光学ゾーンと,レンズ周辺部と,前記レンズ周辺部内の第1および第2の厚いゾーンとを含み,
前記第1及び第2の厚いゾーンが前記水平軸および前記垂直軸に関して非対称である,レンズ。」

イ 一応の相違点
本願発明と引用発明は,以下の構成で,一応,相違する。
(相違点)
本願発明の「前記第1および第2の厚いゾーン」は,「前記第1および第2の厚いゾーンが,上眼瞼および下眼瞼のうち少なくとも上眼瞼に同時に当たるように」,前記第1及び第2の厚いゾーンが前記水平軸および前記垂直軸に関して非対称で,「かつ前記第1及び第2の厚いゾーンのそれぞれが水平軸の上方および下方に延在して形成されている」のに対して,引用発明の「2つの肉厚領域」は,上まぶた及び下まぶたのうち少なくとも上まぶたに同時に当たるように形成されているか明らかではなく,また,「2つの肉厚領域」は,「コンタクトレンズの下面にある」(下面のみにあるのか,下面にあるとともに上面にもあるのか,特定されていない)点。

(3) 判断
相違点に対する判断は,以下のとおりである。
引用発明の「多焦点コンタクトレンズ」は,「まぶたの幾何形状に応じて,肉厚領域を確定するための角度α1,α2,α3を個別に適応させ」たものであり,また,上まぶたとの関係においては,「上まぶたが肉厚領域の境界線に当たる角度を最適化するために」,「肉厚領域の上側境界線の位置をも検出する」構成を具備する。
そうしてみると,引用発明の「多焦点コンタクトレンズ」において,(まばたきをしたときに)上まぶたが2つの肉厚領域の上側境界線に同時にあたるように,まぶたの幾何形状に応じて,上まぶたが肉厚領域の境界線に当たる角度(=α1)が個別に設定されていることは,明らかである(上まぶたが2つの肉厚領域の一方に先に当たってしまうのでは,まばたきをする度に,コンタクトレンズが通常の位置から滑ってしまう。)。
また,引用例1の図1では,「2つの肉厚領域」が,「コンタクトレンズの下面にある」(肉厚領域が水平中心軸より下方に配置されている)けれども,図7では,肉厚領域の位置取りの様々に異なる可能性として,肉厚領域が水平中心軸の上方から下方にかけて配置されている態様が図示されている。
そうしてみると,相違点に係る構成は,引用例1に実質的に開示されているから,一応の相違点は,相違点であるとはいえない。
仮に,一応の相違点が相違点であるとしても,まばたきをしたときに,コンタクトレンズが通常の位置から滑らないように,かつ,上まぶたができるだけ長い間,肉厚領域と接触(摩擦)し続けることにより「一度まばたきをするだけで目の上で少なくとも点状の軽い当接を再び実現させ」やすくするべく,2つの肉厚領域の各α1の方向を,水平方向より上の最適化された角度にそれぞれ設定することは,当業者における通常の創意工夫の範囲内の事項である。

(4) 本願発明の効果について
本願発明の効果に関して,本件出願の発明の詳細な説明に明示はないが,段落【0006】には,以下のとおり記載されている。
「【0006】
従来の二重安定ゾーンレンズと比較して改善された性能を有する二重安定ゾーンを備える安定化されたコンタクトレンズが,安定ゾーンを非対称とすることによって得ることができるということは,本発明の発見である。より詳細には,少なくとも上眼瞼,好ましくは下眼瞼もまたレンズの両方の安定ゾーンに同時に当たるように,二重安定ゾーンが個体の眼瞼と相互に作用するように設計することによって,本発明の安定化されたレンズが,従来の安定化されたレンズと比べ,より良好に眼上での方向を維持するということは,本発明の発見である。」
また,本願発明は,前記「第1」1に記載したとおりである。
そうしてみると,本願発明の効果は,「上眼瞼が,レンズの両方の安定ゾーンに同時に当たるように,二重安定ゾーンが個体の眼瞼と相互に作用するように設計することによって,従来の安定化されたレンズと比べ,より良好に眼上での方向を維持する。」ことにあると解するのが妥当である。
しかしながら,前記(3)で述べたとおり,仮に,本願発明と引用発明との間に相違点が存するとしても,引用発明において「上眼瞼が,レンズの両方の安定ゾーンに同時に当たるように,二重安定ゾーンが個体の眼瞼と相互に作用するように設計する」ことは,引用例1に記載された示唆に基づいて,

当業者が容易に発明できた事項である。
したがって,本願発明の効果は,引用発明から予測可能な範囲内のものであり,少なくとも,当業者が予測できないような顕著なものであるということはできない。

(5) 請求人の主張について
請求人は,審判請求書において,概略,以下のとおり主張している。
引用例1の開示は,単に,コンタクトレンズ1における,α1,α2,α3,などの角度が左右の肉厚領域に対して異なっていても良いことを示唆し,また,図7において厚いゾーンのそれぞれが水平軸の上方および下方に延在している例を示しているだけであって,本願発明のように,第1及び第2の厚いゾーンが上眼瞼に同時に当たるように,第1及び第2の厚いゾーンが前記水平軸および前記垂直軸に関して非対称で,かつ第1及び第2の厚いゾーンのそれぞれが水平軸の上方および下方に延在して形成されていることを開示または示唆するものではありません。

しかしながら,引用発明の「2つの肉厚領域」は「コンタクトレンズ使用者の目の上におけるレンズの位置を安定させるため」のものであり,また,「目に対するコンタクトレンズの所定の向きを調整するため」のものである。
このような引用発明の機能を考慮した当業者において,引用発明の「まぶたの幾何形状に応じて,肉厚領域を確定するための角度α1,α2,α3を個別に適応させ」という構成が,上記(2)の相違点に係る構成を意味することは明らかであり,少なくとも,当業者が,引用発明において上記(2)の相違点に係る構成を採用することは,通常の創意工夫の範囲内の事項である。

(6) 小括
本願発明は,引用発明と同一である,あるいは,本願発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明できたものである。

第3 結論
本願発明は,その優先日前に日本国内又は外国において,頒布された引用例1に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない,あるいは,本願発明は,その優先日前に日本国内又は外国において頒布された引用例1に記載された発明に基づいて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって,他の請求項に係る発明について審理するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-08-29 
結審通知日 2016-08-30 
審決日 2016-09-12 
出願番号 特願2010-549845(P2010-549845)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (G02C)
P 1 8・ 113- WZ (G02C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 井海田 隆藤岡 善行  
特許庁審判長 西村 仁志
特許庁審判官 樋口 信宏
清水 康司
発明の名称 回転的に安定化されたコンタクトレンズ及びその設計方法  
代理人 加藤 公延  
代理人 大島 孝文  

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