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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C21D
審判 全部申し立て 2項進歩性  C21D
管理番号 1324854
異議申立番号 異議2016-700201  
総通号数 207 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-03-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-03-08 
確定日 2017-01-05 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5777387号発明「二相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5777387号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?4〕について訂正することを認める。 特許第5777387号の請求項1、3、4に係る特許を維持する。 特許第5777387号の請求項2に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯

本件特許第5777387号(請求項の数4)に係る特許出願(特願2011- 92686号)は、平成23年 4月19日に出願され、平成27年 7月17日に特許権の設定の登録がなされたものである。

その後、本件特許について、平成28年 3月 8日に特許異議申立人 岩谷 幸祐 より特許異議の申立てがなされ、同年 4月26日付けで当審より取消理由が通知され、その指定期間内である同年 7月 6日に意見書の提出及び訂正請求(以下、「本件訂正請求」という。)がなされたものである。

第2 訂正の適否についての判断

1 訂正の内容

本件訂正請求による訂正の内容は、以下のア?イのとおりである。

ア 訂正事項1

特許請求の範囲の請求項1に「窒素を0.16?0.32質量%含有する、フェライト相・オーステナイト相の組織を有する二相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法であって、」とあるのを、「窒素を0.16?0.32質量%含有する、フェライト相・オーステナイト相の組織を有する、厚さが0.9?4.0mmである二相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法であって、」に訂正する。
請求項1を引用する請求項3、請求項4も同様に訂正する。

イ 訂正事項2

特許請求の範囲の請求項2を削除する。

2 訂正の目的の適否、一群の請求項、新規事項の有無、及び、特許請求の範囲の拡張・変更の存否

(a)訂正事項1について

訂正事項1は、訂正前の請求項1において、二相ステンレス鋼の厚さについて、「0.9?4.0mmである」と特定するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。

また、訂正事項1による訂正は、願書に添付した明細書の「…例えば、二相ステンレス鋼の形態が板状、帯状または管状の場合、厚さ(肉厚)の上限値は、…(略)…σ相の析出を確実に防止する点から4.0mmが特に好ましい。一方で、その下限値は、…(略)…前記窒素の拡散を確実に防止する点から0.9mmが特に好ましい。…」(【0022】)という記載に基づくものであり、願書に添付した明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。

さらに、訂正事項1による訂正は、二相ステンレス鋼の厚さの範囲を限定するものであるから、実質上、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。

(b)訂正事項2について

訂正事項2は、請求項2を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(c)一群の請求項について
本件訂正前の請求項2?4は訂正前の請求項1を引用するものであり、本件訂正は一群の請求項ごとに請求されたものである。

3 小括

以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、いずれも特許法第120条の5第2項第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、本件訂正後の請求項〔1?4〕について、訂正することを認める。

第3 特許異議申立について

1 本件特許発明

上記第2のとおり、本件訂正請求による訂正は認められたので、本件特許第5777387号の請求項1?4に係る発明(以下「本件特許発明1?4」という。)は、訂正請求書に添付された特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

【請求項1】
窒素を0.16?0.32質量%含有する、フェライト相・オーステナイト相の組織を有する、厚さが0.9?4.0mmである二相ステンレス鋼光輝焼鈍方法であって、
水素ガス100体積%からなる雰囲気中または水素ガスと1.0体積%以下の希ガスとからなる混合ガスの雰囲気中で、温度が1030?1100℃、焼鈍時間が20?120秒で焼鈍することを特徴とする二相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法。

【請求項2】
(削除)

【請求項3】
前記水素ガス100体積%からなる雰囲気中または水素ガスと1.0体積%以下の希ガスとからなる混合ガスの雰囲気中の露点が、-35℃以下であることを特徴とする請求項1に記載の二相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法。

【請求項4】
前記二相ステンレス鋼が、
C:0.001?0.030質量%
Si:0.05?1.00質量%
Mn:0.1?2.0質量%
Cr:23?29質量%
Ni:5.0?9.0質量%
Mo:2.0?5.0質量%
N:0.16?0.32質量%
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、フェライト相・オーステナイト相の組織を有し、前記フェライト相が30?70体積%であることを特徴とする請求項1に記載の二相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法。

2 申立理由の概要

特許異議申立人は、証拠として、
特開平04-198456号公報(以下、「甲第1号証」という。)、
特開2004-353041号公報(以下、「甲第2号証」という。)、
特開平11-100613号公報(以下、「甲第3号証」という。)
を提出し、以下の申立理由1?2によって請求項1?4に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

申立理由1
本件発明1、3、4は、甲第1号証に記載された発明であるから、その特許は、特許法第29条第1項第3号の規定に違反してなされたものである。

申立理由2
本件発明1?4は、甲第1号証?甲第3号証に記載の発明に基づいて当業者が容易になし得た発明であるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

3 取消理由の概要

本件訂正前の請求項1?4に係る発明に対して、平成28年 4月26日付けで通知した取消理由の概要は、上記申立理由2に基づく、次のとおりのものである。

取消理由1
請求項1、3、4に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

取消理由2
請求項2に係る発明は、甲第1号証に記載された発明、及び周知技術に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものである。

4 判断

上記第2のとおり、請求項2は削除されたので、取消理由2の対象である請求項2に係る特許は存在しなくなった。
そこで、取消理由1の対象である、請求項1、3、4に係る発明について検討する。

甲第1号証には、次の記載がある。

(1-1)
「重量パーセントで、
C:0.07%以下、
Si:0.7%以下、
Mn:1.3%以下、
Cr:20?35%、
Ni:4?18%、
Mo:9%以下、
N:0.4%以下を含み、
Cr+5Mo≧4Niであり、残部はFeと不可避不純物から構成され、フェライト相が体積パーセントで30?90%の範囲であることを特徴とする自動車モール材用フェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼。」(【特許請求の範囲】)

(1-2)
「A?Mの光輝焼鈍材は、0.5mmまで冷間圧延したものを幅60mm、縦100mmの板にして、露点を-40?-65°Cに制御したH_(2)ガスもしくはH_(2)とN_(2)混合ガス(H_(2):N_(2)=3:1、容量比)中で880?1050℃で焼鈍を行うことにより得た。」(第4頁左上欄第4?9行)

(1-3)
wt%で、C:0.025%、N:0.20%、Mn:0.24%、Si:0.17%、Ni:5.12%、Cr:25.06%、Mo:3.03%を含む「本発明鋼」(第1表の記号「B」)

(1-4)
wt%で、C:0.018%、N:0.22%、Mn:0.22%、Si:0.34%、Ni:7.11%、Cr:30.07%、Mo:2.98%を含む「本発明鋼」(第1表の記号「F」)

甲第2号証には、次の記載がある。

(2-1)
「【請求項1】 オーステナイト相比が20?80%の二相ステンレス鋼において、その表層部に、オーステナイト相比が90%以上のオーステナイト富化層を有することを特徴とする、高耐食二相ステンレス鋼。
…(略)…
【請求項4】 前記二相ステンレス鋼は、オーステナイト相比が20?80wt%である母材の成分組成が、C:0.030wt%以下、Si:0.01?1.00%、Mn:1.50wt%以下、P:0.040wt%以下、S:0.030wt%以下、Ni:3.00?10.00wt%、Cr:16.00?30.00wt%、Mo:2.00?4.00wt%、N:0.08?0.50wt%を含有し、残部が実質的にFe及び不可避的不純物よりなるものであることを特徴とする、請求項1?3に記載の高耐食二相ステンレス鋼。…」(【特許請求の範囲】)

(2-2)
「光輝熱処理雰囲気:上記光輝熱処理の雰囲気は、窒素ガスを10.0?50.0vol%、残部が実質的に水素ガスと不活性ガスを含む不可避的な不純物ガスで構成されるか、あるいはアンモニア分解ガスからなり、露点が-10℃以下の雰囲気ガスとする。その理由は、窒素ガスが10.0vol%以下だと、最表層部への窒素吸収が不十分で、耐食性の向上が得られない。一方、窒素ガスが50.0vol%を越えると最表層部への窒素吸収が過剰になり、鋼中の窒素量が固溶限を越えて耐食性の劣化をもたらす窒化物が析出するようになるからである。」(【0033】)

(2-3)
「【実施例】
次に、本発明を以下に示す実施例に基づいて説明する。
まず、通常の製造方法により、表1に示す成分組成を有する二相ステンレス鋼からなる厚さ0.3mmの冷延板を作製した。
…(略)…
この表2から明らかなように、本発明鋼においては、10?50vol%窒素ガス+残水素ガス雰囲気、温度1050?1150℃、加熱保持時間0?120秒の光輝熱処理した本発明鋼の表層部は、オーステナイト相90wt%以上の富化層を有し、かつ1μm以上の厚みを有する金属学的組織であり、明らかに耐食性の向上が認められた。…」(【0035】?【0037】)

甲第3号証には、次の記載がある。

(3-1)
「【請求項1】
2相ステンレス鋼を光輝焼鈍する方法において、焼鈍雰囲気中の窒素ガス濃度が(9N-0.5)?(9N+0.5)体積%、残部が実質的に水素ガスからなり、露点が-30℃以下である雰囲気ガス中で、1000?1200℃で焼鈍することを特徴とする2相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法。ただしNは、重量%で表示した鋼の窒素含有量を表す。」(【特許請求の範囲】)

(3-2)
「【0005】
【発明が解決しようとする課題】
オーステナイト相とフェライト相が混在している2相ステンレス鋼を光輝焼鈍する場合、その際の焼鈍雰囲気を通常の水素-窒素ガス雰囲気にして焼鈍すると、雰囲気中の窒素が鋼の表面から鋼中に吸収される(以下、この現象を単に『吸窒』と記す)場合がある。窒素はNiやMnと共にオーステナイト生成元素であるので、鋼表面層で窒素含有量が増すと、表層部ではオーステナイト相が増しフェライト相が減少する。ステンレス鋼の窒素含有量が増すと耐孔食性が改善されるが、2相ステンレス鋼においてオーステナイト相が過度に増すと応力腐食割れ感受性が増加する。
【0006】他方、窒素の吸収を避けるために水素ガス単体の雰囲気中で光輝焼鈍すると、鋼の表面から鋼中の窒素が放出される(以下、この現象を単に『脱窒』と記す)場合がある。脱窒が生じて、鋼の窒素含有量が低下するとフェライト相の比率が高くなりオーステナイト相の比率が減少するので、応力腐食割れ感受性は改善される。しかし耐孔食性を改善する作用がある窒素含有量が減少するので耐孔食性が損なわれるのが問題である。」(【0005】?【0006】)

(3-3)
「【0026】
【実施例】表1に示す4種類の化学組成の鋼を常法に従って溶製し、造塊した後、条鋼圧延機によって鋼片とした。
…(略)…これらの鋼片を、常法に従って、ユジーンセジュルネ式製管機を用いて熱間仕上げの継目無鋼管とし、冷間圧延後冷間抽伸して、外径:19?35mm、肉厚:1?3mmの鋼管にした。これらの鋼管に、通常の光輝焼鈍炉を用いて、光輝焼鈍を施した。光輝焼鈍に際しては、焼鈍雰囲気中の窒素ガス濃度、露点、焼鈍温度等を変更した。…」(【0026】?【0028】)

(3-4)


」(【表2】)

記載事項(1-1)?(1-4)を本件特許発明1の記載ぶりに則して整理すると、甲第1号証には、次の2つの発明(以下、「甲1-a発明」及び「甲1-b発明」という。)が記載されていると認める。

甲1-a発明:
「wt%で、C:0.025%、N:0.20%、Mn:0.24%、Si:0.17%、Ni:5.12%、Cr:25.06%、Mo:3.03%を含有するとともに、
残部はFeと不可避不純物からなる、厚さが0.5mmのフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法であって、
露点を-40?-65°Cに制御したH_(2)ガスもしくはH_(2)とN_(2)混合ガス(H_(2):N_(2)=3:1、容量比)の雰囲気中で、温度が880?1050℃で焼鈍する、2相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法。」

甲1-b発明:
「wt%で、C:0.018%、N:0.22%、Mn:0.22%、Si:0.34%、Ni:7.11%、Cr:30.07%、Mo:2.98%を含有するとともに、
残部はFeと不可避不純物からなる、厚さが0.5mmのフェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法であって、
露点を-40?-65°Cに制御したH_(2)ガスもしくはH_(2)とN_(2)混合ガス(H_(2):N_(2)=3:1、容量比)の雰囲気中で、温度が880?1050℃で焼鈍する、2相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法。」

ここで、甲1-a発明における、「wt%で、C:0.025%、N:0.20%、Mn:0.24%、Si:0.17%、Ni:5.12%、Cr:25.06%、Mo:3.03%を含有するとともに、
残部はFeと不可避不純物からなる、…(略)…フェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼」、及び、甲1-b発明における、「wt%で、C:0.018%、N:0.22%、Mn:0.22%、Si:0.34%、Ni:7.11%、Cr:30.07%、Mo:2.98%を含有するとともに、
残部はFeと不可避不純物からなる、…(略)…フェライト・オーステナイト2相ステンレス鋼」は、それぞれ、本件特許発明1の「窒素を0.16?0.32質量%含有する、フェライト相・オーステナイト相の組織を有する二相ステンレス鋼」に相当する。

また、甲1-a発明、及び甲1-b発明のそれぞれ(以下、纏めて「甲1発明」という。)における、「H_(2)ガスもしくはH_(2)とN_(2)混合ガス(H_(2):N_(2)=3:1、容量比)の雰囲気中」、及び、「温度が880?1050℃」は、本件特許発明1の「水素ガス100体積%からなる雰囲気中または水素ガスと1.0体積%以下の希ガスとからなる混合ガスの雰囲気中」、及び、「温度が1030?1100℃」に相当する。

そうすると、本件特許発明1と甲1-a発明とは、
「窒素を0.20質量%含有する、フェライト相・オーステナイト相の組織を有する二相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法であって、
水素ガス100体積%からなる雰囲気中で、温度が880?1050℃で焼鈍する、二相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法。」
である点で一致する。

また、本件特許発明1と甲1-b発明とは、
「窒素を0.22質量%含有する、フェライト相・オーステナイト相の組織を有する二相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法であって、
水素ガス100体積%からなる雰囲気中で、温度が880?1050℃で焼鈍する、二相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法。」
である点で一致する。

そして、本件特許発明1と甲1発明とは、以下の点で相違する。

相違点1:本件特許発明1においては、二相ステンレス鋼の厚さが「0.9?4.0mm」であるのに対し、甲1発明においては、「0.5mm」である点。

相違点2:本件特許発明1においては、「焼鈍時間が20?120秒」であるのに対し、甲1発明においては、かかる事項を有していない点。

ここで、光輝焼鈍方法に関する周知技術である甲第2号証をみると、記載事項(2-1)?(2-4)からは、二相ステンレス鋼を「加熱保持時間0?120秒」の光輝焼鈍に供することが記載されている(記載事項(2-4))一方で、光輝焼鈍時の焼鈍雰囲気は「窒素ガスを10.0?50.0vol%、残部が実質的に水素ガスと不活性ガスを含む不可避的な不純物ガスで構成されるか、あるいはアンモニア分解ガス」(記載事項(2-2))とあるとおり、窒素を含有するものであることが記載され、また二相ステンレス鋼の厚さも「0.3mm」(記載事項(2-3))とすることが記載されている。

そうすると、光輝焼鈍方法に関する周知技術である甲第2号証の示唆に従い、甲1発明における光輝焼鈍の条件を設定したとすると、光輝焼鈍時の雰囲気は窒素ガスを含有するものであるから、そもそも「水素ガス100体積%からなる雰囲気中」で光輝焼鈍を実施するものである、本件特許発明1を導出することはできない。

そして、仮に「水素ガス100体積%からなる雰囲気中」で光輝焼鈍を実施することが甲1発明において当業者が容易に想到し得ることであるとしても、甲2号証に記載されている二相ステンレス鋼の厚さは「0.3mm」であるから、甲1発明に接した当業者が、周知技術である甲第2号証に記載された技術的事項を勘案しても、相違点1に関して、二相ステンレス鋼の厚さを「0.9?4.0mm」の範囲内に変更することが容易になし得たとはいうことができない。

また、光輝焼鈍方法に関する周知技術である甲第3号証をみると、記載事項(3-1)?(3-4)からは、「肉厚:1?3mm」の鋼管を光輝焼鈍に供することが見て取れる(記載事項(3-3))一方で、光輝焼鈍時の焼鈍雰囲気は「窒素ガス濃度が(9N-0.5)?(9N+0.5)体積%、残部が実質的に水素ガス」(記載事項(3-1))とあるとおり、窒素を含有するものであることが記載され、また光輝焼鈍時間も「3」分(記載事項(3-4))即ち180秒とすることが記載されている。

そうすると、光輝焼鈍方法に関する周知技術である甲第3号証の示唆に従い、甲1発明における光輝焼鈍の条件を設定したとすると、光輝焼鈍時の雰囲気は窒素ガスを含有するものであるから、そもそも「水素ガス100体積%からなる雰囲気中」で光輝焼鈍を実施するものである、本件特許発明1を導出することはできない。

そして、仮に「水素ガス100体積%からなる雰囲気中」で光輝焼鈍を実施することが甲1発明において当業者が容易に想到し得ることであるとしても、甲3号証に記載されている光輝焼鈍時間は180秒であるから、甲1発明に接した当業者が、周知技術である甲第3号証に記載された技術的事項を勘案しても、相違点2に関して、光輝焼鈍時間を「20?120秒」の範囲内に変更することが容易になし得たとはいうことができない。

してみると、本件特許発明1は、光輝焼鈍時の雰囲気と、二相ステンレス鋼の厚さと、光輝焼鈍時間とを、発明特定事項として組み合わせてなるところ、甲第1?3号証を組み合わせても本件特許発明1を導出することはできない。
したがって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された事項、及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

また、本件特許発明3?4は、本件請求項1を引用するものであるから、本件特許発明1についての判断と同様に、甲第1号証に記載された事項、及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。

なお、特許異議申立人は、平成28年10月 5日付けの意見書にて、以下の資料を「参考資料1」として提示し、「光輝焼鈍に供されるステンレス鋼の厚さを0.2?4.5mm又は0.4?3.2mm程度に冷間加工するのは周知技術であるから、この範囲内で、種々の目的に応じて板厚を変更することは当業者の設計事項に過ぎない。よって、引用文献1に記載される『0.5mm』という厚さを本件発明で規定される『0.9?4.0mm』に変更することは当業者が容易になしえることに過ぎない。」と主張する。

参考資料1:ステンレス鋼便覧 第3版、1995年 1月24日、日刊工業新聞社発行、741頁、742頁、839頁、845頁、846頁

しかし、上記参考資料1は、冷間圧延後の処理を特定しない冷延ステンレス鋼に適用する圧延機における、圧延前の板厚か圧延後の板厚か不明な「板厚」が「0.2?4.5mm又は0.4?3.2mm」であることを示すに留まり、「光輝焼鈍に供されるステンレス鋼の厚さを0.2?4.5mm又は0.4?3.2mm程度に冷間加工する」ことを読み取ることができるとはいえず、かかる主張は、理由がない。

5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について

特許異議申立人は特許異議申立書において、訂正前の請求項1、3、4のそれぞれに係る発明について、申立理由1(特許法第29条第1項第3号)として、「甲第1号証には、『焼鈍時間』が明示されていない点を除き、本発明の光輝焼鈍の条件…(略)…が記載されている。」とした上で、「…耐食性が劣化していないのであるから、脱窒が生じていない、すなわち、光輝焼鈍時間が十分に短い(つまり、120秒以下である)と解するのが妥当である」とし、「本発明の第1発明、第3発明および第4発明は、甲第1号証に記載された発明である」と主張している。

しかしながら、甲第1号証の記載からは、光輝焼鈍時間が「脱窒が生じていない」程度に短いことまでは理解できるとしても、「20?120秒」であることまで読み取ることができるとはいえず、かかる主張は、理由がない。

6 付記

本件訂正請求は、平成28年12月 6日付けで提出された手続補正書(以下、「手続補正書」という。)により補正されている。

また、特許異議申立人は、特許異議申立書において意見書の提出を希望しているが、特許法第120条の5第5項ただし書によれば、特許異議申立人に意見書を提出する機会を与える必要がないと認められる特別の事情があるときは、意見書を提出する機会を与えなくてもよいとされている。

そこで、手続補正書による本件訂正請求への補正の内容についてみるに、当該補正の内容は、訂正特許請求の範囲を補正するものではなく、訂正事項1について、請求項1と請求項3、4とが一群の請求項であり、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して、請求項3、4も訂正されることを明示するものであり、実質的には内容の変更を伴わず、また、当該補正の内容が、本件特許異議の申立てについての実質的な判断に影響を与えるものでもないから、上記「特別の事情」に該当するものである。

よって、特許異議申立人に、改めて意見書を提出する機会を与える必要がないものとする(特許法第120条の5第5項ただし書、審判便覧67-05.4参照。)。

7 むすび

以上のとおり、上記取消理由、及び、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、本件請求項1、3、4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1、3、4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、請求項2は本件訂正により削除されたため、本件特許発明2に対し、特許異議申立人がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素を0.16?0.32質量%含有する、フェライト相・オーステナイト相の組織を有する、厚さが0.9?4.0mmである二相ステンレス鋼光輝焼鈍方法であって、
水素ガス100体積%からなる雰囲気中または水素ガスと1.0体積%以下の希ガスとからなる混合ガスの雰囲気中で、温度が1030?1100℃、焼鈍時間が20?120秒で焼鈍することを特徴とする二相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法。
【請求項2】(削除)
【請求項3】
前記水素ガス100体積%からなる雰囲気中または水素ガスと1.0体積%以下の希ガスとからなる混合ガスの雰囲気中の露点が、-35℃以下であることを特徴とする請求項1に記載の二相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法。
【請求項4】
前記二相ステンレス鋼が、
C:0.001?0.030質量%
Si:0.05?1.00質量%
Mn:0.1?2.0質量%
Cr:23?29質量%
Ni:5.0?9.0質量%
Mo:2.0?5.0質量%
N:0.16?0.32質量%
残部がFeおよび不可避的不純物からなり、フェライト相・オーステナイト相の組織を有し、前記フェライト相が30?70体積%であることを特徴とする請求項1に記載の二相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2016-12-15 
出願番号 特願2011-92686(P2011-92686)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C21D)
P 1 651・ 113- YAA (C21D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 佐藤 陽一静野 朋季  
特許庁審判長 鈴木 正紀
特許庁審判官 板谷 一弘
河野 一夫
登録日 2015-07-17 
登録番号 特許第5777387号(P5777387)
権利者 日本冶金工業株式会社
発明の名称 二相ステンレス鋼の光輝焼鈍方法  
代理人 住吉 秀一  
代理人 住吉 秀一  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  
代理人 アインゼル・フェリックス=ラインハルト  

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