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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C21D
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C21D
審判 全部申し立て 2項進歩性  C21D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C21D
管理番号 1324888
異議申立番号 異議2016-700636  
総通号数 207 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-03-31 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-07-21 
確定日 2017-02-13 
異議申立件数
事件の表示 特許第5855338号発明「高周波焼き入れ方法及び鉄鋼を素材とする製品の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5855338号の請求項に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5855338号の請求項1ないし3に係る特許についての出願は、平成22年11月1日の出願であって、平成27年12月18日に特許の設定登録がなされ、その特許について、平成28年7月21日付けで特許異議申立人吉村光顕により特許異議申立てがされ、当審において同年9月30日付けで取消理由が通知され、同年12月2日付けで意見書が提出されたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、本件特許請求の範囲の請求項
1ないし3に記載される以下のとおりのものである。
「【請求項1】
球状化した炭化物を含む組織を備えた鉄鋼製部品を高周波加熱する第一高周波加熱工程と、第一高周波加熱工程を経た前記鉄鋼製部品を前記第一高周波加熱工程の際の周波数よりも低い周波数で高周波誘導加熱する第二高周波加熱工程と、前記鉄鋼製部品を急冷する急冷工程を順次行う高周波焼き入れ方法であって、
前記第一高周波加熱工程によって、鉄鋼製部品の表面をAc3点よりも摂氏200度以上高い温度に昇温した後に徐冷または放冷して表面部を焼ならし組織か微細なパーライト組織とし、その後に第二高周波加熱工程によって鉄鋼製部品の表面を先の第一高周波加熱工程における加熱深さよりも深く且つAc3点直上近傍の温度に先の第一高周波加熱工程よりも長い時間をかけて昇温し、その後に急冷工程を行うことを特徴とする高周波焼き入れ方法。
【請求項2】
鉄鋼材料に球状化焼なまし処理を実施して組織中に球状炭化物を析出させ、その後に請求項1に記載の高周波焼き入れ方法を実施し、
前記第一高周波加熱工程における周波数は50kHz以上であり、前記第二高周波加熱工程における周波数は30kHz以下であり、前記徐冷または放冷した段階で、表面部が焼ならし組織か微細なパーライト組織であってその中に未溶解の球状炭化物が一部残留する組織となり、それよりも深部は、多くの球状炭化物を含有する組織を維持していることを特徴とする高周波焼き入れ方法。
【請求項3】
鉄鋼材料に球状化焼なまし処理を施す球状化工程を実施して組織中に球状炭化物を析出させ、その鉄鋼材料を所定のワーク形状に切削及び/又は鍛造成形し、その後に請求項1又は2に記載の高周波焼き入れ方法によって焼き入れすることを特徴とする鉄鋼を素材とする製品の製造方法。」(以下、それぞれ、「本件発明1」?「本件発明3」という。)

第3 取消理由の概要
当審において、本件発明1ないし3に係る特許に対して通知した取消理由は、概略、以下のとおりである。

1)本件特許の請求項1-3に係る発明は、その出願前日本国内において頒布された下記甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
2)本件特許の請求項1-3に係る発明は、その出願前日本国内において頒布された下記甲第1、2号証に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

甲第1号証:特開2006-9145号公報
甲第2号証:特許第3699773号公報

第4 判断
1 甲各号証の記載事項
(1)甲第1号証(特開2006-9145号公報)
(1a)「【請求項2】
表面層に形成され、0.35?0.8重量%の濃度で炭素が固溶されたマルテンサイト相を母相とする第1焼入れ硬化層と、
前記第1焼入れ硬化層より深い層に形成され、0.07?0.3重量%の濃度で炭素が固溶されたマルテンサイト相およびベイナイト相の少なくとも一方を含有する母相中に、セメンタイトが2?20体積%分散された第2焼入れ硬化層と、
を具備することを特徴とする転動部材。
【請求項3】
請求項2において、前記第2焼入れ硬化層より深い層に残留され、フェライト中にセメンタイトが分散された焼入れ前組織をさらに具備することを特徴とする転動部材。
・・・
【請求項5】
請求項2乃至4のいずれか一項において、前記第1焼入れ硬化層および前記第2焼入れ硬化層は高周波焼入れによって形成されたものであることを特徴とする転動部材。」

(1b)「【請求項17】
0.4?1.5重量%のCと2重量%以下のCrを含有する鋼材であって、前記鋼材中のセメンタイト中の合金元素の濃度に等しい合金組成のオーステナイトと平衡するセメンタイトの固溶度の炭素活量が、前記鋼材のオーステナイトの炭素活量より低くなるようにセメンタイト中の合金組成を調整した鋼材を用意する工程と、
Ac1温度?1150℃の温度範囲またはAc3温度?1150℃の温度範囲において、二種以上の加熱温度に前記鋼材を表面層から誘導加熱した後に急冷する焼入れ工程と、
を具備することを特徴とする転動部材の製造方法。
【請求項18】
請求項17において、前記鋼材は、それぞれ2重量%以下のMn,V,Mo,Wのうち一種以上の合金元素が含有されていることを特徴とする転動部材の製造方法。
・・・
【請求項22】
請求項17又は18において、前記鋼材を用意する工程は、前記鋼材中のセメンタイト中にCrが4?11重量%含有されるように熱処理する工程を有し、
前記焼入れ工程は、前記鋼材に、Ac1温度?950℃の範囲の温度で2?1000秒間の誘導加熱、および900?1150℃の範囲で0.1?5秒間の誘導加熱を行った後に急冷することを特徴とする転動部材の製造方法。」

(1c)「【0029】
ここで、前記二種以上の加熱温度への誘導加熱調整および急冷の詳細について説明する。前記第1焼入れ硬化層を形成するために前記鋼材の表面層を900?1150℃に急速加熱した後に、前記第2焼入れ硬化層を形成するために前記急速加熱した際の温度より低い温度であってAc1温度(共析変態温度)?950℃の範囲の温度またはAc3温度?950℃の範囲の温度に冷却し、前記温度に保持して、前記鋼材をより深部まで加熱した後に急冷する方法を採用することも好ましい。もしくは、前記第2焼入れ硬化層を形成するために、前記鋼材をAc1温度?950℃の範囲の温度またはAc3温度?950℃の範囲の温度に加熱した後に、前記温度に保持して前記鋼材をより深部まで加熱し、次に、前記鋼材の表面層に前記第1焼入れ硬化層を形成するために、前記加熱温度より高い温度であって900?1150℃の温度に前記鋼材の表面層を加熱した後に急冷する方法を採用することも好ましい。」

(1d)「【0049】
なお、本実施の形態は、前述のように二種以上の加熱温度による急速な誘導加熱によってオーステナイト相を出現させ、焼入れ前組織中にあらかじめ分散させておいたセメンタイトがオーステナイト中へ固溶する量を正確に調整すると同時に、残留させるセメンタイト(未固溶セメンタイト)を調整することによって、第1焼入れ硬化層および第2焼入れ硬化層を形成するものである。その制御方法を検討した結果、所定のオーステナイト化加熱温度における鋼中のセメンタイトの合金元素濃度に等しい組成のオーステナイト相の炭素活量(オーステナイトへのセメンタイトの固溶度線上における炭素活量(例えば後述する図1中のK点))が、その鋼材組成のオーステナイト相の炭素活量(例えば後述する図1中のH点)より低くなる時点からセメンタイトの固溶が顕著に遅れ、短時間のオーステナイト化条件では合金元素を含んだセメンタイトのオーステナイトへの固溶度分のセメンタイトが固溶し、その分の炭素が、その固溶度に等しいオーステナイト中の等炭素活量線(例えば後述する図1中のK点とL点を通る等炭素活量線)上に沿ってオーステナイト中に急速に拡散する。これによって、そのオーステナイト化温度とセメンタイト中の合金元素濃度から焼入れ層におけるマルテンサイト母相中の炭素濃度が正確に決定付けられる。
【0050】
したがって、本実施の形態では、鋼材中のセメンタイト合金組成をあらかじめ調整した鋼材を用い、その転動面をAc1温度(鋼の共析変態温度)?1150℃の温度範囲またはAc3温度?1150℃の温度範囲の二種の所定の温度でのオーステナイト化条件、例えば、転動表面層を1000℃に加熱した後に、冷却しながらさらに800℃で深部にまで誘導加熱する場合のように二種以上の加熱温度でのオーステナイト化を行うことが好ましい。これによって、転動表面層の第1焼入れ硬化層中のマルテンサイトに固溶する炭素の濃度が第2焼入れ硬化層中のマルテンサイトに固溶する炭素の濃度より高濃度となり、より硬質な第1焼入れ硬化層が得られるとともに、その深部においては低炭素で高靭性な第2焼入れ硬化層が形成され、この結果、浸炭焼入れ硬化層に類似の硬度分布をもつ歯車部材を高周波焼入れ法によって製造することができる。」

(1e)「【0112】
本実施の形態の歯車装置の製造に際しては、セメンタイトの粒状化処理や焼入れ焼戻し処理によって(フェライト+セメンタイト)二相領域でセメンタイト中にCrを濃縮させた鋼材(鋼材硬さ:Hv160?260)を用い、歯車加工した素材に、図9に示される代表的な熱処理パターンもしくはその原理的類似性を持つ熱処理パターンにしたがった処理がなされる。図9に示される(a)型は、歯部の表面層に第1焼入れ硬化層1を形成させるオーステナイト化温度(1)にまで歯形に沿って表面層を加熱した後に冷却させながら、第1焼入れ硬化層1の深部に第2焼入れ硬化層2を形成させるためのオーステナイト化温度(2)により深部まで加熱した後に急冷する方法である。また、(b)型は(a)型とは逆に、第2焼入れ硬化層2を形成させるためのオーステナイト化温度(2)により深部まで加熱した後に、歯部の表面層に第1焼入れ硬化層1を形成させるオーステナイト化温度(1)にまで歯形に沿って表面層を急速加熱した後に急冷する方法である。また、(c)型は、(a)型に予備加熱工程を設けたものである。このような予備加熱工程を設けることは、歯型に沿っての入熱性を高める上で好ましく、その加熱温度は、Ac1温度以下の温度域であることが好ましい。また、(C-3)型は、オーステナイト化温度(1)への加熱・冷却後に、別工程でオーステナイト化温度(2)への加熱と急冷処理を施すことによっても、本発明の主旨に沿った熱処理が可能であることを示唆しており、また、オーステナイト化温度(2)への加熱手段が前記誘導加熱にこだわるものでなく、例えば塩浴炉などの加熱手段を用いることができる。
【0113】
また、(a)型のオーステナイト化温度(1)からオーステナイト化温度(2)への冷却速度を適正にするか、もしくは、(d)型のように第1焼入れ硬化層1と第2焼入れ硬化層2の境界部の硬さ変化をスムーズ化するように3種以上の焼入れ硬化層を形成させることは、浸炭焼入れ歯車の硬化パターンに近づけられることから好ましい。
【0114】
なお、オーステナイト化温度(1)は900?1150℃であり、オーステナイト温度(2)はAc1温度またはAc3温度?950℃の範囲であることが好ましいことは前述のとおりであるが、本実施の形態において、オーステナイト化温度(1)としては、焼入れ前組織中のセメンタイトのほぼ全量がオーステナイト(残留セメンタイト量:2体積%未満)に固溶する温度が選定される。」

(1f)「



(2)甲第2号証(特許第3699773号公報)
【特許請求の範囲】
(2a)「【請求項1】
被加熱品を誘導加熱により300℃/秒以上の昇温速度にて1000℃?1200℃の温度に急速短時間で予加熱した後、徐冷し、続いて該被加熱品を誘導加熱により1000℃/秒以上の昇温速度にて900℃?1050℃で、かつ予加熱温度よりも100?150℃低い温度に急速短時間で本加熱した後、急冷することを特徴とする高周波焼入方法。」

(2b)【0008】
なお、本発明の熱処理対象になるものとしては、自動車エンジンやミッション等に用いられる歯車、さらにスプロケット等が例示される・・・
【0009】
また、上記歯形状品等を構成する材料についても特に限定されるものではなく、焼入可能な各種炭素鋼や合金鋼等を使用することができる。・・・
【0011】
上記予加熱では、1000℃?1200℃の高温に加熱する。被加熱品を1000℃以上の高温に急速加熱することによりセメンタイトが分解してCが均一に分散分布し、組織の均一化が達成される。この組織形態の材料を本加熱することにより均一オーステナイト化が容易になる。これはフェライト面積率が大きな材料やさらに炭化物の球状化がなされている材料で特に顕著である。一方、1200℃を越えて加熱しても上記効果は飽和し、却って材料の溶解等の不具合が生じるため、上記温度範囲とする。
【0012】
予加熱後は、徐冷することにより、焼きならし効果が得られ、例えばフェライト面積率が大きな材料やセメンタイトの球状化処理がなされている材料でも比較的フェライト面積率の少ないフェライト(例えば20%以下)+パーライト組織になる。・・・」

2 甲第1号証記載の発明
上記(1a)、(1b)によれば、甲第1号証には、表面層に形成されるマルテンサイト相を母相とする第1高周波焼入れ硬化層と、前記第1高周波焼入れ硬化層より深い層に形成され、マルテンサイト相を含有する母相中にセメンタイトが分散された第2高周波焼入れ硬化層を具備する転動部材を形成することが記載されている。
そして、上記(1d)?(1f)によれば、その具体例として、セメンタイトの粒状化処理がされた鋼材(鋼材硬さ:Hv160?260)を用い、歯車加工した素材に対して、所定のパターンの熱処理(図9における(C-3)型)を行い、歯車装置を製造することが記載されており、該(C-3)型パターンは、オーステナイト化温度(1)(900≦T1≦1150℃)に加熱した後にAc1温度より下まで冷却し、再びオーステナイト化温度(2)(Ac1あるいはAc3<T2≦950℃)へ先の加熱深さよりも深く加熱し、その後に急冷を施すものである。

よって、甲第1号証には、
「セメンタイトの粒状化処理がされた鋼材を歯車加工した素材に対して、素材を高周波加熱する第一高周波加熱工程と、高周波誘導加熱する第二高周波加熱工程と、前記素材を急冷する工程を順次行う高周波焼入れ方法であって、
前記第一高周波加熱工程によって、素材の表面をオ-ステナイト化温度(1)(900≦T1≦1150℃)に加熱した後にAc1温度より下まで冷却し、その後に第二高周波加熱工程によって素材の表面を先の第一高周波加熱工程における加熱深さよりも深く且つオーステナイト化温度(2)(Ac1あるいはAc3<T2≦950℃)に加熱し、その後に急冷を施す高周波焼き入れ方法。」(以下、「甲1発明」という。)が記載されている。

3 対比・判断
(1)本件発明1について
本件発明1と甲1発明とを対比すると、甲1発明における「セメンタイトの粒状化処理がされた鋼材を加工した素材」は、本件発明1における「球状化した炭化物を含む組織を備えた鉄鋼製部品」に相当する。
そして、本件発明1における「Ac3点よりも摂氏200度以上高い温度」、「Ac3点直上近傍の温度」は、甲1発明における「オ-ステナイト化温度(1)(900≦T1≦1150℃)」、「オーステナイト化温度(2)(Ac1あるいはAc3<T2≦950℃)」に含まれる。

よって、両者は、「球状化した炭化物を含む組織を備えた鉄鋼製部品を高周波加熱する第一高周波加熱工程と、第一高周波加熱工程を経た前記鉄鋼製部品を高周波誘導加熱する第二高周波加熱工程と、前記鉄鋼製部品を急冷する急冷工程を順次行う高周波焼き入れ方法であって、
前記第一高周波加熱工程によって、鉄鋼製部品の表面をAc3点よりも摂氏200度以上高い温度に昇温した後に冷却し、その後に第二高周波加熱工程によって鉄鋼製部品の表面を先の第一高周波加熱工程における加熱深さよりも深く且つAc3点直上近傍の温度に昇温し、その後に急冷工程を行う高周波焼き入れ方法。」である点一致し、以下の点で相違する。

(相違点1)
本件発明1では、第二高周波加熱工程は、第一高周波加熱工程の際の周波数よりも低い周波数で高周波誘導加熱するのに対し、甲1発明では、それが明らかではない点。

(相違点2)
本件発明1では、第一高周波加熱工程において昇温した後に徐冷または放冷して表面部を焼きならし組織か微細なパーライト組織とするのに対し、甲1発明では、それが明らかではない点。

(相違点3)
本件発明1では、第二高周波加熱工程における昇温が、第一高周波加熱工程における昇温よりも長い時間をかけて行われるのに対し、甲1発明ではそれが明らかではない点。

上記相違点について検討する。
・相違点2について
上記(1e)によれば、甲1発明においては、第一高周波加熱工程における加熱後に、別工程で第二高周波加熱が行なわれることが記載されている。
また、上記(2a)、(2b)によれば、甲第2号証には、セメンタイト(炭化物)の球状化処理がなされた鋼材料を1000?1200℃に加熱し、その後、徐冷(放冷)することにより、焼きならし組織あるいはパーライト組織になることが記載されている。
しかしながら、甲1発明において、仮に、別工程に移行する過程において加熱された素材が冷却されるとしても、焼きならし組織等が得られる程度の徐冷が行われるのかは直ちに明らかではなく、また、甲1発明における第一高周波加熱工程による加熱は材料の表面部のみに限定されており、内部への奪熱が生じること、そして、上記(1f)の図9に示される(c-3)型の冷却パターン(第一高周波加熱工程における冷却速度と第二高周波加熱工程における冷却速度に顕著な差異は認められず、第二高周波加熱工程における冷却は急冷であるとされている。)を勘案すると、必ずしも第一高周波加熱工程の加熱後の冷却により焼きならし組織あるいは微細パーライト組織になっているかも直ちには明らかではない。
したがって、当該相違点は、実質的な相違点であり、また、甲第1、2号証のいずれにも、第一高周波加熱工程、第二高周波加熱工程を順次行う際、第一高周波加熱工程における昇温後に徐冷または放冷して表面部を焼きならし組織か微細なパーライト組織とすることについて記載されていないことから、当該相違点が、当業者が容易になし得たことであるともいえない。

そうすると、上記相違点1、3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明であるとはいえず、また、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(2)本件発明2、3について
本件発明2、3はいずれも本件発明1を引用するものであり、上記(1)のとおり、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明であるとはいえず、また、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえないから、同様に、本件発明2,3についても、甲第1号証に記載された発明であるとはいえず、また、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由(特許法第36条第4項第1号及び第6項第2号)について
1 特許異議申立書に記載された特許異議申立理由の概要
ア)特許法第36条第6項第2号
本件特許発明1(及び本件特許発明2、3)に第一高周波加熱工程における加熱温度に関し、「Ac3点よりも摂氏200℃以上高い温度」という記載があるが、発明の詳細な説明を参照しても、当該第一高周波加熱工程における加熱温度の下限値について明示の記載があるものの、上限値について明示の記載がなく、出願時の技術常識を考慮したとしても、発明の範囲を理解することができない。

イ)特許法第36条第6項第2号
本件特許発明1(及び本件特許発明2、3)に第二高周波加熱工程における加熱温度に関し、「Ac3点直上近傍の温度」という記載があるが、発明の詳細な説明を参照しても、当該第二高周波加熱工程における加熱温度について「Ac3点直上程度となる様に」と記載されているため、Ac3点温度を含む温度であるのか、Ac3点温度を含まないAc3点温度よりも高い温度であって、且つ、どの程度高い温度であるのかが不明確である。

ウ)特許法第36条第4項第1号
本件特許発明1(及び本件特許発明2、3)には、「その後に第二高周波加熱工程によって鉄鋼製部品の表面を先の第一高周波加熱工程における加熱深さよりも深く且つAc3点直上近傍の温度に先の第一高周波加熱工程よりも長い時間をかけて昇温し」という記載がある。発明の詳細な説明には、「第二高周波加熱工程の際に、発熱領域が高温を維持している時間は、前記した第一高周波加熱工程の際よりもはるかに長い」(段落0030)ことは記載されているが、「第二高周波加熱工程において、Ac3点直上近傍の温度にまで第一高周波加熱工程よりも長い時間をかけて昇温する」ことは記載されておらず、発明の詳細な説明は、本件特許発明1(及び本件特許発明2、3)を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。

エ)特許法第36条第6項第2号及び第4項第1号
本件特許発明2(及び本件特許発明3)には、第一高周波加熱工程における周波数に関し、「50kHz以上」という記載があるが、特許公報の段落0026を参照すると、第一高周波加熱工程における周波数に関し、単に「高く設定し」と記載されており、比較の基準が不明確であり、下限値を50kHzとすることについて何ら記載されていない。上限値に至っては、まったく記載されていない。ゆえに、第一高周波加熱工程における周波数の数値範囲は不明確である。
また、発明の詳細な説明には、第一高周波加熱工程における周波数を50kHz以上とすることは記載されていないから、発明の詳細な説明は、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。

オ)特許法第36条第6項第2号及び第4項第1号
本件特許発明2(及び本件特許発明3)には、第二高周波加熱工程における周波数に関し、「30kHz以下」という記載があるが、特許公報の段落0029を参照すると、第二高周波加熱工程における周波数に関し、単に「前回よりも低い周波数」と記載されており、「前回」に相当する第一高周波加熱工程における周波数は、段落0026にあるように単に「高く設定し」とあるため、比較の基準が不明確であり、上限値を30kHzとすることについて何ら記載されていない。下限値に至っては、まったく記載されていない。ゆえに、第二高周波加熱工程における周波数の数値範囲は不明確である。
また、発明の詳細な説明には、第二高周波加熱工程における周波数を30kHz以下とすることは記載されていないから、発明の詳細な説明は、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。

2 判断
(1)理由ア)について
本件明細書における記載(「第一高周波加熱工程においては、歯車1の表面温度をAc3点をはるかに上回る温度とし、難拡散組織たる炭化物をある程度予備拡散させる。歯車1の表面温度は、Ac3点を摂氏200度以上上回る温度とし、加熱時間が極短い場合、具体的には摂氏1000度以上とすることが望ましい。またAISI4150の様な合金鋼を使用する場合には、炭素鋼以上に炭化物の拡散が悪いから、より高温にすることが望ましい。瞬間的には摂氏1200度程度に昇温することが推奨される。・・・その結果、表面近傍は、オーステナイト組織となり、さらに組織中の球状化していた炭化物が溶け込み、拡散する。」(【0029】?【0030】))によれば、本件発明1及び2、3の第一高周波加熱工程における加熱は、表面近傍において、「オーステナイト組織となり、さらに組織中の球状化していた炭化物が溶け込み、拡散」させるためのものである。そして、その意味において、加熱温度がAc3点を摂氏200℃以上上回る温度で行うことを特定するものであって、また、現実的とはいえないような高い温度は除かれることも明らかである。
そうすると、第一高周波加熱工程における加熱温度の上限値の特定がないことをもって、発明の範囲を理解できないとまではいえない。

(2)理由イ)について
本件明細書における記載(「第二高周波加熱工程においては、前記した第一高周波加熱工程よりも低い温度に加熱する。より具体的には加熱領域の温度を表面温度が、Ac3点直上程度となる様に加熱する。より望ましくは、摂氏800度前後に加熱する。・・・
その結果、先に第一高周波加熱工程によって高温に昇温され、予備拡散された表面領域は、第二高周波加熱工程の際に再加熱され、残っていた球状炭化物が拡散消失し、固有の炭素量に応じた均一なオーステナイト組織となる。・・・ 一方、それよりも深い領域は、第二高周波加熱工程ではじめて加熱された領域であり、未溶解の球状炭化物を含むオーステナイト組織となる。」(【0029】?【0032】))によれば、本件発明1及び2、3の第二高周波加熱工程における加熱は、「残っていた球状炭化物が拡散消失し、固有の炭素量に応じた均一なオーステナイト組織となるとともに、それよりも深い領域は、未溶解の球状炭化物を含むオーステナイト組織となる」ようにするためのものであり、その意味において、加熱温度をAc3点直上近傍とすることを特定するものであり、その技術的意味を勘案すれば、具体的な数値範囲をもって特定されていなくても、加熱温度の範囲が不明確であるとまではいえない。

(3)理由ウ)について
本件明細書中には、確かに、「第二高周波加熱工程において、Ac3点直上近傍の温度にまで第一高周波加熱工程よりも長い時間をかけて昇温する」ことについて記載されていないものの、本件発明1及び2,3において特定される、「先の第一高周波加熱工程よりも長い時間をかけて昇温」すること自体は、当業者が高周波加熱に係る諸条件(高周波電源からの電流値等)の調整により適宜なし得ることと認められ、実施可能でないとまではいえない。

(4)理由エ)について
本件明細書の記載(「本実施形態では、最初に歯車1を第一高周波加熱工程にかける。即ち高周波発振機10の発振周波数を高く設定し、誘導加熱コイル7に高い周波数の高周波交流を通電する。 その結果、歯車1に二次電流が流れるが、誘導加熱コイル7に通電される電流が高い周波数であるから、二次電流は、歯車1の表面だけに流れる。そのため図4に示すように、歯車1の表面だけが発熱し、内部は発熱しない。ただし発熱領域から熱伝導を受けるので、内部についても温度は上がるが、内部の温度上昇は小さいので組織中の炭化物が溶け込み拡散することはない。・・・
その結果、表面近傍は、オーステナイト組織となり、さらに組織中の球状化していた炭化物が溶け込み、拡散する。これに対して内部の非加熱領域は、実質的に組織が変わらず、球状炭化物が析出した状態を維持している。」(【0026】?【0028】))によれば、本件発明1及び2、3の第一高周波加熱工程における周波数は、「二次電流は、歯車1の表面だけに流れ」、「歯車1の表面だけが発熱し」、「その結果、表面近傍は、オーステナイト組織となり、さらに組織中の球状化していた炭化物が溶け込み、拡散する」ように設定され、その意味において、「50kHz以上」であることを特定するものであり、現実的ではない高周波数は除かれることも明らかである。
そうすると、その技術的意味を勘案すれば、周波数の上限が特定されていなくても、周波数の数値範囲が不明確であるとまではいえない。
また、「50kHz以上」とすることについて、明細書中に記載がないにしても、単に、高周波電源の周波数を「50kHz以上」に設定すればよいのであって、実施可能でないとはいえない。

(5)理由オ)について
本件明細書の記載(「歯車1に二次電流が流れるが、誘導加熱コイル7に通電される電流が、低い周波数であるから、二次電流は、歯車1の表面だけでなく、深部にも流れる。そのため図5に示すように、歯車1の歯元からさらに深い領域までが発熱する。・・・
その結果、先に第一高周波加熱工程によって高温に昇温され、予備拡散された表面領域は、第二高周波加熱工程の際に再加熱され、残っていた球状炭化物が拡散消失し、固有の炭素量に応じた均一なオーステナイト組織となる。・・・一方、それよりも深い領域は、第二高周波加熱工程ではじめて加熱された領域であり、未溶解の球状炭化物を含むオーステナイト組織となる。」(【0029】?【0032】))によれば、 本件発明1及び2、3の第二高周波加熱工程における周波数は、「二次電流は、歯車1の表面だけでなく、深部にも流れ」、「歯車1の歯元からさらに深い領域までが発熱する」ことにより、「第一高周波加熱工程によって高温に昇温され、予備拡散された表面領域は、第二高周波加熱工程の際に再加熱され、残っていた球状炭化物が拡散消失し、固有の炭素量に応じた均一なオーステナイト組織となる。・・・一方、それよりも深い領域は、第二高周波加熱工程ではじめて加熱された領域であり、未溶解の球状炭化物を含むオーステナイト組織となる」ようにするためのものであり、その意味において、「30kHz以下」であることを特定するものであり、現実的ではない低周波数は除かれることも明らかである。
そうすると、その技術的意味を勘案すれば、周波数の下限が特定されていなくても、周波数の数値範囲が不明確であるとまではいえない。
また、「30kHz以下」とすることについて、明細書中に記載がないにしても、単に、高周波電源の周波数を「30kHz以下」に設定すればよいのであって、実施可能でないとはいえない。

第6 むすび
したがって、本件請求項1ないし3に係る特許は、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に請求項1ないし3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-01-31 
出願番号 特願2010-245474(P2010-245474)
審決分類 P 1 651・ 113- Y (C21D)
P 1 651・ 121- Y (C21D)
P 1 651・ 537- Y (C21D)
P 1 651・ 536- Y (C21D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鈴木 葉子  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 河野 一夫
鈴木 正紀
登録日 2015-12-18 
登録番号 特許第5855338号(P5855338)
権利者 富士電子工業株式会社
発明の名称 高周波焼き入れ方法及び鉄鋼を素材とする製品の製造方法  
代理人 藤田 隆  

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