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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C12P
管理番号 1326230
審判番号 不服2015-19131  
総通号数 209 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-05-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-10-23 
確定日 2017-03-15 
事件の表示 特願2013-117761「セルロース転換工程の改善方法」拒絶査定不服審判事件〔平成25年9月26日出願公開,特開2013-188226〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 1 手続の経緯・本願発明

本願は,平成19年11月13日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2006年11月13日 米国)を国際出願日とする特願2009-537169号の一部を,特許法第44条第1項の規定により,平成25年6月4日に新たな特許出願として分割したものである。
以降の手続は次のとおりである。

平成25年 7月 3日 手続補正書・上申書
平成26年10月28日付け 拒絶理由通知書
平成27年 1月27日 意見書・手続補正書
平成27年 6月23日付け 拒絶査定
平成27年10月23日 審判請求書

そして,本願の請求項1?8に係る発明は,平成27年1月27日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?8に記載されたとおりのものと認められるところ,その請求項1に記載された発明(以下,「本願発明」という。)は,次のとおりである。

「【請求項1】
38℃より高い加水分解反応温度において、ベータグルコシダーゼを3.3mg/gリグノセルロース系物質乃至20mg/gリグノセルロース系物質含むセルラーゼ混合物をpH4乃至9で1乃至4日間処理して得られるリグノセルロース系物質の加水分解により生じた可溶性糖中の、グルコース分画を高め、それゆえ、前記可溶性糖中のグルコース分画が38℃での加水分解により生じた可溶性糖中のグルコース分画より多くなる、方法において、前記リグノセルロース系物質がコーンストーバーであり、前記セルラーゼ混合物がトリコデルマ・レーシ(Trichoderma reesei)の発酵により生成される完全セルラーゼ組成物である、方法。」

2 引用例

(1)引用例1
原査定の拒絶の理由で引用文献2として引用された特表2002-506616号公報(以下,「引用例1」という。)には,以下の事項が記載されている(下線は当審にて付した。)。

(1-a)「(2.関連分野の背景)
セルロースからエタノールを産生する能力は、供給原料の莫大な量の利用可能性、材料を燃焼または埋め立てすることを回避することの望ましさ、およびエタノール燃料のきれいさのために、大きな関心を集めてきた。社会のためのこのようなプロセスの利点は、Atlantic Monthly、1996年4月号の記事に記載される。
このようなプロセスのための天然のセルロース供給原料は、「バイオマス」と呼ばれる。木材、農業の残渣、草本作物、および地方の固形廃棄物を含む、多くの型のバイオマスが、エタノール産生のための供給原料と考えられてきた。これらの材料は、主にセルロース、ヘミセルロース、およびリグニンからなる。本発明は、セルロースからエタノールへの転換に適用され得る。」(段落【0002】?【0003】)

(1-b)「多くの微生物がセルロースを加水分解する酵素を作り、これらの微生物には、木材腐朽真菌であるTrichoderma、堆肥の細菌であるThermomonospora、Bacillus、およびCellulomonas;Streptomyces;ならびに真菌Humicola、AspergillusおよびFusariumが含まれる。これらの微生物によって作られる酵素は、セルロースからグルコースへの転換に有用な3つの型の作用を有するタンパク質:エンドグルカナーゼ(EG)、セロビオヒドロラーゼ(CBH)、およびβ-グルコシダーゼの混合物である。EG酵素およびCBH酵素は、集合的に、「セルラーゼ」と呼ばれる。」(段落【0007】)

(1-c)「β-グルコシダーゼによって触媒されるセルロース加水分解の最終段階は重要である。なぜなら、グルコースは、種々の酵母によって容易にエタノールに発酵され、一方セロビオースは発酵されないからである。加水分解の最後に残存しているいかなるセロビオースも、エタノールの収量の損失を示す。より重要なことに、セロビオースは、CBH酵素およびEG酵素の極度に強力なインヒビターである。セロビオースは、わずか3.3g/Lの濃度で、Trichoderma CBH酵素およびEG酵素の加水分解の速度を50%減少させる。加水分解の速度の減少は、より高いレベルのセルラーゼ酵素の添加を必要とする。これは逆に、プロセス全体の経済性に悪影響を与える。従って、加水分解の間のセロビオースの蓄積は、エタノール産生のために極度に望ましくない。
セロビオースの蓄積は、酵素的加水分解において主要な問題であった。なぜなら、Trichodermaおよび他のセルラーゼ産生微生物は、非常に少量しかβ-グルコシダーゼを作らないからである。Trichodermaによって作られた全タンパク質の1%未満が、β-グルコシダーゼである。β-グルコシダーゼのこの少ない量は、セロビオースのグルコースへの加水分解能力の不足、および加水分解の間の10?20g/Lのセロビオースの蓄積を生じる。高いレベルのセロビオースは、適切な量のβ-グルコシダーゼが存在する場合よりも、必要とされるセルラーゼの量を10倍増加させる。
セルラーゼ酵素におけるβ-グルコシダーゼの不足を克服するために、いくつかのアプローチが提案されている。」(段落【0011】?【0013】)

(1-d)「さらに別の局面において、本発明は、β-グルコシダーゼを産生するために遺伝子改変されたTrichoderma reesei微生物を含み、この微生物は、形質転換していないTrichoderma reesei微生物中には存在しないβ-グルコシダーゼ構築物を含み、このβ-グルコシダーゼ構築物は、プロモーター、キシラナーゼ分泌シグナル、および成熟β-グルコシダーゼコード領域を含み、ここで、この遺伝子改変されたTrichoderma reesei微生物は、この形質転換していない微生物に対して、少なくとも約10倍のβ-グルコシダーゼの産生の増加を生じる。」(段落【0028】)

(1-e)(実施例10:T.reesei株RutC30、RC300、RC-302、M2C38、RM4-300、R4-301、RM4-302、BTR48、およびRB4-301から単離されたゲノムDNAのサザンブロット分析)
・・・・(途中省略)・・・・
【表1】

」(段落【0095】?【0096】)

(1-f)「(実施例17:セルロース加水分解)
この実験の目的は、セルロースの加水分解増強における、形質転換されたTrichodermaにより産生されたβ-グルコシダーゼの有効性を実証することであった。
この研究のためにもちいた酵素は、Iogen セルラーゼ(Iogen Corporationの市販のセルラーゼ酵素)、および実施例11に記載の手順を用いて(その実施例に挙げた培地濃度レベルの2倍で)30リットルの発酵容器中で増殖したRM4-302の産物であった。酵素濃度を、Amicon 10,000MWCO膜を通過する限外濾過により増加させ、そしてIogen セルラーゼと同じセルラーゼ活性に対して基準化した。これらの2つの酵素の活性を表6に示す。
【表6】

この研究に用いるセルロースは、前処理したカラスムギの外皮であり、Foodyら(Improved Pretreatment Process for Conversion of Cellulose to Fuel Ethanol,1997年6月9日出願の米国特許出願、実施例6)の手順に従って調製した。
0.5グラムの前処理カラスムギ外皮セルロースのサンプルを、49.5グラムの0.05モラーのクエン酸ナトリウム緩衝液、pH4.8とともに、25mlフラスコに添加した。
この酵素をセルロース1グラムあたり10FPUに対応する量でフラスコに添加した。得られたβ-グルコシダーゼ用量を表6に列挙する。
両方の場合において、このフラスコを250RPMで振盪し、そして24時間50℃で維持した。この時、サンプルを採取し、不溶性セルロースを濾過除去し、そして標準的なDionexパルス電流測定HPLC炭水化物分析方法を用いてグルコース濃度およびセロビオース濃度について分析した。この結果を表7に列挙する。
Iogen Cellulase(従来のTrichodermaのセルラーゼ)は、セルロースのわずか45%しかグルコースに転換しなかった。これは、エタノールプロセスには受容できない低さである。セロビオースのこの蓄積は、有意であり、セルロースの13%を示した。
増強されたβ-グルコシダーゼを伴うセルラーゼは、より良好に実施した。このセルロースのグルコースへの転換は、84%に達した。この優れた能力の理由は、β-グルコシダーゼの豊富さによって、セロビオース蓄積が、無視できたことであった。
【表7】

」(段落【0122】?【0130】)

ここで,記載事項(1-f)の形質転換されたTrichodermaである「RM4-302」は,記載事項(1-e)によれば,「T.reesei株」,すなわちTrichoderma reeseiと理解される。また,記載事項(1-f)の【表6】及び【表7】の「RM4-301」は,記載事項の(1-f)の他所の記載に照らせば「RM4-302」の誤記であることは明らかであるところ,【表6】を参照すると,酵素「RM4-302」は「β-グルコシダーゼ」活性と「セルラーゼ」活性を有することが理解され,記載事項(1-b)において,「セルラーゼ」が「エンドグルカナーゼ」及び「セロビオヒドロラーゼ」を含むことが記載されている。つまり,記載事項(1-b),(1-e),(1-f)を総合すると,引用例1には,「RM4-302」によって産生される酵素が,「β-グルコシダーゼ」,「エンドグルカナーゼ」及び「セロビオヒドロラーゼ」を含むことが記載されている。

したがって,引用例1には,以下の発明が記載されていると認められる。

「50℃の加水分解反応温度において、ベータグルコシダーゼを含むセルラーゼ混合物をpH4.8で24時間処理するカラスムギの外皮を加水分解する方法において、前記セルラーゼ混合物がTrichoderma reesei RM4-302により産生されるβ-グルコシダーゼ、エンドグルカナーゼ及びセロビオヒドロラーゼを含む混合物である方法。」(以下,「引用発明」という。)

(2)引用例2
原査定の拒絶の理由で引用文献3として引用された国際公開第2006/063467号(以下,「引用例2」という。)には,以下の事項が記載されている(下線は当審にて付した。)。なお,英語から日本語への翻訳においては,引用例2に対応する特表2008-523788号公報の記載内容を参考にして翻訳した。

(2-a)「発明の要約
本発明は、セルロース原料の生成物への転化の方法に関する。さらに具体的には、本発明は、効率性を改善したセルロース原料の酵素転化の方法に関する。」(段落[0016])

(2-b)「本発明は、前処理されたセルロース原料が、コムギわら、エンバクわら、オオムギわら、コーンストーバー、ダイズ茎葉、カノーラわら、サトウキビ残渣(バガス)、スイッチ・グラス、クサヨシ、コード・グラス、カラスムギの外皮、サトウダイコン・パルプまたはミスカンサスから得られる、上記で説明した方法を指向する。」(段落[0022])

(2-c)「スラリーのpHは一般的に、使用されるセルラーゼ酵素のための最適pH(ペーハー)の範囲内に調整される。一般的にスラリーのpHは、約3.0から約7.0もしくは約4.0から約6.0またはそれらの間のpHの範囲内、好ましくは約4.5から約5.5の範囲内に調整される。例えばpHは、約3.0、3.5、4.0、4.5、4.6、4.7、4.8、4.9、5.0、5.1、5.2、5.3、5.4、5.5、6.0、6.5または7.0でもよい。スラリーのpHは、当技術分野で知られている適切な酸または塩基を使用して調整することができる。例えば、水酸化ナトリウム、アンモニア、水酸化アンモニウム、水酸化カリウムもしくはその他の適切な塩基(スラリーが酸性の場合)、または硫酸もしくはその他の適切な酸(スラリーがアルカリ性の場合)を使用することができる。しかしながら、スラリーのpHは、使用されるセルラーゼ酵素が好アルカリ性または好酸性である場合それぞれ、約4.5から約5.5より高くまたは低くすることができる。スラリーのpHは、使用される酵素のための最適pHの範囲内に調整すべきである。
スラリーの温度は、セルラーゼ酵素の活性にとって最適な範囲内にある点まで調整される。一般的に、約45℃から約70℃もしくは約45℃から約65℃の温度またはそれらの間の温度は、ほとんどのセルラーゼ酵素に適している。例えばスラリーの温度は、約45、46、47、48、49、50、51、52、53、54、55、56、57、58、59、60、61、62、63、64、65、66、67、68、69または70℃に調整することができる。しかしながら、スラリーの温度は、好熱性のセルラーゼ酵素について、より高くすることができる。」(段落[0061]?[0062])

(2-d)「セルラーゼ酵素は次いで、スラリーに添加される。「セルラーゼ酵素」、「セルラーゼ」または「酵素」という用語により、セルロースの加水分解に触媒作用を起こし、グルコース、セロビオースおよびその他のセロオリゴ糖などの生成物を作る酵素が意味される。セルラーゼは、多くの植物および微生物により生産され得るエクソ-セロビオハイドロラーゼ(exo-cellobiohydrolases)(CBH)、エンドグルカナーゼ(endoglucanases)(EG)および[ベータ]?グルコシダーゼ([ベータ]G)を含む多酵素混合物を表す一般名である。本発明の方法は、それらの入手源にかかわらず、いかなる種類のセルラーゼ酵素によっても行うことができる;しかしながら、微生物のセルラーゼは一般的に、植物のものより低費用で入手可能である。最も広く研究され、特徴付けられ、かつ商業的に生産されているセルラーゼの中には、アスペルギルス、フミコーラおよびトリコデルマ属の菌ならびにバチルスおよびテルモビフィダ(Thermobifida)属の細菌から得られるものがある。糸状体菌トリコデルマ・ロンギブラキアタム(Trichoderma longibrachiatum)から生産されるセルラーゼは、CBHIおよびCBHIIと名付けられた少なくとも2個のセロビオハイドロラーゼ(cellobiohydrolases)ならびに少なくとも4個のEG酵素を含む。」(段落[0063])

(2-e)「スラリーに添加されるセルラーゼ酵素の投与量は、過剰投与なしに、十分に高い水準のセルロース転化を達成するよう選択される。例えば、適切なセルラーゼ投与量は、セルロース1グラムあたり約1.0から約40.0FPUまたはそれらの間の量でもよい。例えば、セルラーゼ投与量は、1グラムあたり約1.0、3.0、5.0、8.0、10.0、12.0、15.0、18.0、20.0、22.0、25.0、28.0、30.0、32.0、35.0、38.0もしくは40.0FPUまたはそれらの間の量でもよい。FPU(濾紙単位)は、当業者によく知られた標準の測定法であり、ゴーセ(1987年、Pure and Appl.Chem.59:257-268)に従い定義および測定される。グルコースへの完全な転化のため、セルラーゼが適切な量のβ?グルコシダーゼ(セロビオース)活性を含むことが好ましい。β?グルコシダーゼの投与量水準は、セルロース1グラムあたり約5から約600β?グルコシダーゼ単位またはそれらの間の量である。β?グルコシダーゼの通常の投与量水準は、セルロース1グラムあたり約10から約400β?グルコシダーゼ単位またはそれらの間の量である;例えば投与量は、セルロース1グラムあたり10、12、15、17、20、22、25、27、30、32、35、37、40、42、45、47、50、52、55、57、60、62、65、67、70、72、75、77、80、82、85、87、90、92、95、97、100、120、140、160、180、200、220、240、260、280、300、320、340、360、380および400β?グルコシダーゼ単位またはそれらの間の量でもよい。β?グルコシダーゼ単位は、ゴーセの方法(1987年、Pure and Appl.Chem. 59:257-268)に従い測定される。」(段落[0065])

(3)引用例3
原査定の拒絶の理由で引用文献4として引用されたINTERNATIONAL BIODETERIORATION & BIODEGRADATION, Vol.47, No.1(2001), p.7-14(以下,「引用例3」という。)には,以下の事項が記載されている(下線は当審にて付した。)。なお,英語から日本語への翻訳は当審が行った。

(3-a)「2.4 セルロースの酵素加水分解
セルラーゼとベータグルコシダーゼによるセルロース(合計量100mlにおける2.5%乾燥基準濃度)の加水分解は,蓋をした250mlの三角フラスコで実施した。酵素の調製物を添加する前に,細菌汚染を防止するために,セルロースと緩衝液の混合物を121℃で20分間オートクレーブした。トリコデルマ・レーシのセルラーゼとアスペルギルス・ニガーのベータグルコシダーゼをそれぞれ3.5U ml^(-1)(0.25mg ml^(-1))の濃度と0.1U ml^(-1)(0.25mg ml^(-1))の濃度で用いた。加水分解反応は,0.1Mの酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0)で150回転/分の振動盤の上で30℃48時間行われた。」(第9頁左欄第14?27行)

(4)引用例4
周知技術の存在を明示するために当審において新たに引用する国際公開第2006/034590号(以下,「引用例4」という。)には,以下の事項が記載されている(下線は当審にて付した。)。なお,英語から日本語への翻訳においては,引用例4に対応する特表2008-514207号公報の記載内容を参考にして翻訳した。

(4-a)「非限定例示で、リグノセルロース原料は、限定されないが、スイッチグラス、ミスカンサス(miscanthus)、コードグラス、ライ麦、クサヨシまたはこれらの組み合わせなどの草類;限定されないが、サトウキビのバガスおよび砂糖大根パルプなどの砂糖産業残渣;限定されないが、稲の麦わら、籾殻、トウモロコシの穂軸、大麦、小麦、カノーラ、カラスムギの麦わら、カラスムギの外皮、トウモロコシの繊維などの農業廃棄物;限定されないが大豆の茎葉、コーンストーバー;例示されないが、回収木材パルプ繊維、大鋸屑、硬質木材、軟質木材またはこれらの組み合わせ等の林業生物資源などを含む。リグノセルロース原料は、繊維の一種からなることがあり得て、またはその代わりに、リグノセルロース原料は異なるリグノセルロース原料から派生する繊維混合物であり得る。小麦の麦わら、カラスムギの麦わら、大麦の麦わら、カノーラの麦藁等;コーンストーバー及び大豆の茎などの茎;スイッチグラス、リード カナリー グラス、コードグラス およびミスカンサスなどの草またはこれらの組み合わせ等の農業廃棄物は、これらが広く存在し、低価格であるのでリグノセルロース原料として特に有利である。」(段落[0043])

(5)引用例5
周知技術の存在を明示するために当審において新たに引用する国際公開第2005/099854号(以下,「引用例5」という。)には,以下の事項が記載されている(下線は当審にて付した。)。なお,英語から日本語への翻訳においては,引用例5に対応する特表2007-532587号公報の記載内容を参考にして翻訳した。

(5-a)「本発明の方法の原材料は、リグノセルロース材料である。“リグノセルロース原材料”という語は、以下に例示されるがこれに限らない非木質系植物資源の植物資源、例示されるがこれに限らない栽培作物、たとえば草、例えば限定されないが、C4グラス、例えばスイッチグラス、コードグラス、ライグラス、miscanthus、クサヨシ、またはこれらの組み合わせ、または砂糖処理残渣、たとえば、バガス、ビートパルプ、農業廃棄物、例えば、大豆の茎、コーンストーバー、稲の藁、稲の籾殻、大麦の茎、トウモロコシの穂軸、小麦の茎、アブラナの茎、稲の茎、カラス麦の茎、カラスムギの外皮、トウモロコシの繊維、再生木材パルプ繊維、大鋸屑、アスペン材や大鋸屑など、軟質材、及びこれらの組み合わせなどである。さらに、リグノセルロース材は、セルロース廃棄材、例えば限定されないが、新聞、板紙、大鋸屑などを含む。リグノセルロース原材料は1種の繊維からなるか、または代わりに、リグノセルロース原材料は異なるリグノセルロース原材料から派生する繊維混合物からなる。さらに、リグノセルロース原材料は、新鮮なリグノセルロース原材料、部分的に乾燥したリグノセルロース原材料、完全に乾燥したリグノセルロース原材料、またはこれらの組み合わせからなり得る。」(段落[0058])

3 対比

本願発明と引用発明とを対比すると,まず,本願明細書の段落【0009】?【0011】には,「セルラーゼはセルロース(ベータ-1,4-グルカン、又はベータ-D-グルコシド結合)を加水分解して、グルコース、セロビオース、セロオリゴサッカライド等を生成する酵素である。セルラーゼは従来、エンドグルカナーゼ(EC3.2.1.4)(EG)、エキソグルカナーゼ又はセロビオハイドラーゼ(EC3.2.1.9)(CBH)、及びベータグルコシダーゼ([ベータ]-D-グルコシドグルコハイドロラーゼ;EC3.2.1.21)(BG)の、3つの主要なクラスに分類されている。・・・・(途中省略)・・・・結晶性セルロースをグルコースに効率的に転換するために、CBH、EG、及びBGに分類されている各成分を含む完全セルラーゼシステムが必要とされる。」と記載されているから,本願発明の「完全セルラーゼ」とは、「セロビオハイドラーゼ」,「エンドグルカナーゼ」及び「ベータグルコシダーゼ」を含むものと解される。そして,「セロビオヒドロラーゼ」は「セロビオハイドラーゼ」とも称され,「β-グルコシダーゼ」は「ベータグルコシダーゼ」とも表記されることは技術常識であるから,引用発明の「Trichoderma reesei RM4-302により産生されるβ-グルコシダーゼ,エンドグルカナーゼ及びセロビオヒドロラーゼを含む混合物」は,本願発明の「トリコデルマレーシ(Trichoderma reesei)の発酵により生成される完全セルラーゼ組成物」に相当する。

また,引用例4の記載事項(4-a),及び,引用例5の記載事項(5-a)からも明らかなように,引用発明において用いられる「カラスムギの外皮」はリグノセルロース系物質である。

これらを踏まえると,本願発明と引用発明とは,

「50℃の加水分解反応温度において、ベータグルコシダーゼを含むセルラーゼ混合物をpH4.8で24時間処理するリグノセルロース系物質を加水分解する方法において、前記セルラーゼ混合物がトリコデルマ・レーシ(Trichoderma reesei)の発酵により生成される完全セルラーゼ組成物である方法。」

である点で一致し,以下の点で一応相違する。

相違点1:本願発明の方法においては,「ベータグルコシダーゼを3.3mg/gリグノセルロース系物質乃至20mg/gリグノセルロース系物質含む」のに対し,引用発明の方法においては,重量割合基準でのベータグルコシダーゼの添加量が特定されていない点。

相違点2:本願発明の方法においては,「リグノセルロース系物質の加水分解により生じた可溶性糖中の、グルコース分画を高め、それゆえ、前記可溶性糖中のグルコース分画が38℃での加水分解により生じた可溶性糖中のグルコース分画より多くなる」のに対し、引用発明の方法においては,このような特定がされていない点。

相違点3:本願発明の方法においては,「前記リグノセルロース系物質がコーンストーバーであ」るのに対し,引用発明の方法おいては,「カラスムギの外皮」が用いられている点。

4 当審の判断

(1)相違点1について
引用発明は,記載事項(1-c)及び記載事項(1-d)に示されているように,Trichodermaによって産生されるβ-グルコシダーゼの量が少ないことに起因する従来技術の課題を解決しようとして,β-グルコシダーゼを過剰発現する「Trichoderma reesei RM4-302」の開発を至ったものである。そして,記載事項(1-f)に記載されているように,β-グルコシダーゼの酵素活性を【表6】において確認すると共に,「酵素をセルロース1グラムあたり10FPUに対応する量」で添加している。このような引用例1の記載に接した当業者であれば,従来技術の課題を十分に解決し得るβ-グルコシダーゼの添加量に着目することは当然に行うことである。

また,引用例2の記載事項(2-e)にも示されているように,セルラーゼの酵素加水分解処理において,セルラーゼ酵素の投与量を過剰投与なしに十分に高い水準のセルロース転化を達成するように選択することは技術常識であるし,「グルコースへの完全な転化のため、セルラーゼが適切な量のβ?グルコシダーゼ(セロビオース)活性を含むことが好ましい。」との記載を踏まえれば,当業者において,「β-グルコシダーゼ」の添加量を好適な範囲に設定することに格別の困難性は存在しなかったと言える。

そして,引用例3の記載事項(3-a)において,比重が不明であるものの,乾燥基準濃度2.5%のセルロース混合液100mlに2.5gのセルロースが含まれると仮定すると,このセルロース混合液100mlには「トリコデルマ・レーシのセルラーゼ」を25mgと「アスペルギルス・ニガーのベータグルコシダーゼ」を25mgの量で添加されることから,セルロース1gに対して「トリコデルマ・レーシのセルラーゼ」と「アスペルギルス・ニガーのベータグルコシダーゼ」がそれぞれ10mgの割合で添加されていることになる。ここで,本願明細書の段落【0013】の「特に、トリコデルマ(Trichoderma)株(例えば、トリコデルマロンギブラキアタム(Trichoderma longibrachiatum)又はトリコデルマレーシ(Trichoderma reesei))の発酵は結晶状のセルロースを分解する能力を有する完全セルラーゼシステムを生産することが確認されている。」との記載を参酌すると,「トリコデルマ・レーシのセルラーゼ」には一定割合で「ベータグルコシダーゼ」が含まれていることから,「ベータグルコシダーゼ」は,「アスペルギルス・ニガーのベータグルコシダーゼ」と合わせて合計で10?20mg/gセルロースの重量割合の範囲内で添加されていることとなる。このような引用例3の記載内容を勘案すると,本願発明において特定されるベータグルコシダーゼの重量割合は,従来技術を踏まえて当業者が調製しようとする範囲内であると認められる。

一方,相違点1に基づく本願発明の効果について検討すると,本願明細書においては,段落【0078】及び【図1】に「トリコデルマレーシ由来セルラーゼ,3.3mg/g」を用いることが記載され,また,段落【0081】及び【図4】に「トリコデルマレーシ由来セルラーゼ,20mg/g」を用いることが記載されているように,セロビオハイドロラーゼやエンドグルカナーゼを含んだ完全セルラーゼの合計量が記載されているものの,「ベータグルコシダーゼ」のみの添加量については何ら具体的に記載されていないため,本願明細書を参酌しても「ベータグルコシダーゼ」の添加量を特定することによる有利な効果を確認することはできない。また,仮に完全セルラーゼの添加量について検討したとしても,本願明細書の段落【0082】及び【図5】の「トリコデルマレーシ由来セルラーゼ,25mg/g」を用いた場合と比較して,「トリコデルマレーシ由来セルラーゼ,3.3mg/g」を用いる場合や「トリコデルマレーシ由来セルラーゼ,20mg/g」を用いる場合が特に優れているとする分析結果も示されておらず,グルコース分画の割合や転換率において際立った差異を確認することもできない。さらに,平成26年10月28日付拒絶理由通知において審査官が指摘したように,一般的には酵素の添加量については,その重量ではなく活性度を基準として選択することが技術的に適切であることは引用例1の記載事項(1-f)や引用例2の記載事項(2-e)からも明らかであるところ,本願明細書においては,ベータグルコシダーゼの重量割合を特定の範囲とすることによってその範囲に共通する顕著な効果を発揮することが,様々な酵素の種類や加水分解処理の条件において網羅的に実証されている訳でもない。よって,本願発明がこの点において有利な効果を奏するものではない。

したがって,相違点1については当業者が容易に想到できたものである。

(2)相違点2について
引用発明の方法においては,50℃でリグノセルロース系物質の加水分解を行っているところ,本願発明の方法と同様に38℃を越える温度条件を採用していることに加えて,引用発明の完全セルラーゼは,β-グルコシダーゼを過剰発現しているトリコデルマレーシに由来する,増強されたβ-グルコシダーゼを含むものであるから,本願実施例の「ベータグルコシダーゼを過剰発現しているトリコデルマレーシ由来セルラーゼ」(段落【0078】?【0082】)と同様の酵素混合物であると推認される。このように同様の条件で加水分解反応を行った結果として,引用発明における可溶性糖中のグルコース分画が38℃での加水分解の場合と比較して多くなる蓋然性が高い。

また,引用例2の記載事項(2-c)の「スラリーの温度は、セルラーゼ酵素の活性にとって最適な範囲内にある点まで調整される。一般的に、約45℃から約70℃もしくは約45℃から約65℃の温度またはそれらの間の温度は、ほとんどのセルラーゼ酵素に適している。」との記載にもあるように,セルラーゼ酵素の活性に関する至適温度が知られているところ,至適温度から外れた38℃よりも53℃の方が加水分解反応が効率的に進行すると考えられる。このことからも,引用発明の方法における可溶性糖中のグルコース分画が38℃での加水分解の場合と比較して多くなる蓋然性が高い。

したがって,相違点2においては,引用発明と本願発明とが実質的に相違するものではない。

(3)相違点3について
引用例2の記載事項(2-b)には,引用発明と同じセルラーゼ酵素を用いてセルロース原料を加水分解する方法において,セルロース原料として,「カラスムギの外皮」や「コーンストーバー」を用いることが記載されている。また,引用例4の記載事項(4-a),及び,引用例5の記載事項(5-a)に記載されているように,引用発明の方法において用いられる「カラスムギの外皮」はリグノセルロース系物質であり,リグノセルロース系物質として「コーンストーバー」も本願優先日前において周知であった。このように引用例2の記載や周知技術が存在していた状況においては,引用発明のセルロース原料の1つであるリグノセルロース系物質として「カラスムギの外皮」に替えて「コーンストーバー」を用いることは,当業者であれば容易に想到できたことである。

また,相違点3に基づく本願発明の効果について検討すると,引用発明において用いられる「カラスムギの外皮」と本願発明において用いられる「コーンストーバー」がリグノセルロース系物質として共通していることから,同様の条件で加水分解を行った場合には顕著な差異が生じることはないものと考えられる。そして,本願明細書を参酌しても,例えば,段落【0044】に様々なセルロース系物質が記載されているものの,特にコーンストーバーが好ましいとすることは記載されていないし,実施例においてもコーンストーバー以外のリグノセルロース系物質が用いられていないことから,効果を比較して検討することもできない。よって,本願発明がこの点において有利な効果を奏するものではない。

したがって,相違点3については当業者が容易に想到できたものである。

(4)まとめ
上記4(1)?(3)の検討結果を踏まえると,本願発明は,引用例1?3に記載された発明及び周知技術に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

5 審判請求人の主張

審判請求人は,平成27年10月23日付の審判請求書中において,引用例1(原査定の拒絶理由の引用文献2)について次の主張を行っている。

(1)「引用文献2は酵素の生産を高めるための微生物における遺伝子操作に関するものである。その酵素の一例として、β?グルコシダーゼがセルロースの転換工程に有用である旨が記載されている。更に、該文献ではトリコデルマ・レーシ(Trichderma reesei)においてβ?グルコシダーゼを過剰発現させた株を用いて、カラスムギの外皮から84%のグルコースを含む分画を得たことが記載されている(実施例)。しかしながら、該文献にはコーンストーバー等の他のバイオマスの利用と、用いるバイオマスに基づく効率的なグルコース転換条件については記載も示唆もされていないものと思料する。」

(2)「本願発明は、本願の[0042]の記載のように、糖化温度を高くすると、セルロース系物質からもグルコース生産が高められ、及びより高いインキュベーション温度において、転換生成物中のグルコース分画が多くなるように、セルロース転換全体が改善されるという発明者らの発見に基づくものであることを御理解戴きたい。」

(3)「本願発明においては、このセルロース系物質は、コーンストーバーである(請求項1)。通常、コーンストーバーのような不溶性物質をグルコースにするには、該物質を可溶性糖類に分解し、このような分解物からグルコースを生成する。例えば、本願[0035]乃至[0038]段落に記載のように、それぞれの工程に関与する酵素は異なるものである。もし、本願発明の方法が、不溶性糖類への分解工程のみを偏って促進してしまったら、最終生成物中でのグルコース濃度は相対的に低いものとなる。本願発明においてはこのような不都合は起こらないものである。また、本願発明においては、生成されたグルコースが更なるグルコース生成を阻害するという通常のセルロース転換に見られる、所謂グルコース阻害という現象は、見られない(図1乃至12)。
上記段落[0042]のセルロース転換全体が改善されるとは、このような効果を意味するものであることを御理解いただきたい。」

しかしながら,審判請求人の主張(1)については,上記「4(3)相違点3について」で検討したとおりであり,引用発明と本願発明とは相違するものの,この点において進歩性を肯定できるものではない。

審判請求人の主張(2)については,引用発明と本願発明とが38℃を越える温度条件を採用している点で共通しているから,両者を区別することはできないし,グルコース分画が多くなる点についても,上記「4(2)相違点2について」で検討したとおりであり,引用発明と本願発明とが実質的に相違するものではない。

審判請求人の主張(3)については,引用発明においても「β-グルコシダーゼ」,「エンドグルカナーゼ」及び「セロビオヒドロラーゼ」を含む完全セルラーゼを用いている点で本願発明と相違するものではないし,「ベータグルコシダーゼ」の添加量についても上記「4(1)相違点1について」で検討したとおりである。特に,引用例1の記載事項(1-c)及び記載事項(1-d)においても示されているように,Trichodermaによって産生される酵素についてはβ-グルコシダーゼが不足するという課題に着目した上で,β-グルコシダーゼを強発現することによって課題を解決していること,及び,加水分解の際の温度やpHも同様の条件が採用されていることに照らせば,審判請求人が主張する効果は引用発明においても十分に発揮されていたと考えられる。

したがって,審判請求人の主張(1)?(3)のいずれも採用することはできない。

6 むすび

以上のとおりであるから,本願請求項1に係る発明は,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができないので,他の請求項に係る発明については検討するまでもなく,本願は拒絶をすべきものである。

よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-10-17 
結審通知日 2016-10-18 
審決日 2016-11-01 
出願番号 特願2013-117761(P2013-117761)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C12P)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 濱田 光浩  
特許庁審判長 田村 明照
特許庁審判官 山崎 利直
高堀 栄二
発明の名称 セルロース転換工程の改善方法  
代理人 内藤 忠雄  
代理人 尾首 亘聰  
代理人 赤松 利昭  
代理人 山崎 行造  
代理人 奥谷 雅子  

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