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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) G01N
管理番号 1326474
審判番号 不服2014-15132  
総通号数 209 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-05-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2014-08-01 
確定日 2017-03-24 
事件の表示 特願2011-542257「機能性流体用光学活性マーカー」拒絶査定不服審判事件〔平成22年 7月 8日国際公開、WO2010/077754、平成24年 5月31日国内公表、特表2012-512416〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、平成21年12月10日(パリ条約による優先権主張 平成20年12月17日、米国)を国際出願日とする出願であって、平成26年3月28日付けで拒絶査定がされたところ、同年8月1日に拒絶査定不服審判の請求がなされ、それと同時に手続補正がなされた。
その後、当審において、平成27年7月27日付けで拒絶理由の通知がなされ、これに対して、平成28年1月27日付けで意見書及び手続補正書が提出され、さらに当審において、同年3月30日付けで拒絶理由の通知がなされ、これに対して同年9月30日付けで意見書及び手続補正書が提出されたものである。

第2 本願発明

本願請求項1ないし4に係る発明(以下、それぞれの発明を「本願発明1」などという。)は、平成28年9月30日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載の事項により特定されるとおりのものであり、そのうちの請求項1に係る発明は、請求項1に記載されている事項により特定される次の発明であると認める。

「【請求項1】
(1)光学活性マーカー成分を、機能性流体に添加するステップ;
(2)適用において、前記流体のサンプルの使用の前、間、または後に、前記流体のサンプルを得るステップ;
(3)偏光ビームを前記流体のサンプル内に通過させるステップ;
(4)前記光が前記流体のサンプル内を通過した後の前記光の平面の回転を、前記光の当初の向きと比較することによって、測定するステップ;
(5)観察された回転の量によって、前記流体の属性を決定するステップを含む、
(6)機能性流体の属性を決定する方法であって、
(7)ここで、前記光学活性マーカー成分が、機能性流体に少なくとも部分的に可溶であるキラル分子を含み、
(8)ここで、前記光学活性マーカー成分が、下式の化合物:
【化6】

(式中、Xは、C、N、P、またはSであり;R^(1)、R^(2)、R^(3)、およびR^(4)は、それぞれ独立して、ヒドロカルビル基、-OR^(5)基(R^(5)は水素またはヒドロカルビル基である)、芳香族基、孤立電子対(XがNである場合)、二重結合した酸素原子(XがPまたはSである場合)であり、但し、R基のいずれも同一ではないことを条件とする)を含み、
(9)前記光学活性マーカー成分が、少なくとも1組の鏡像異性体に関して非ラセミであり
(10)ここで、前記流体が、オートマチックトランスミッション流体、エンジンオイル、牽引駆動トランスミッション流体、マニュアルトランスミッション流体、パワーステアリング流体、凍結防止液、潤滑油、グリース、クランク室潤滑剤、鉱油、グループ1、2、3、または4基油を有する油、差動潤滑剤、タービン潤滑剤、ギア潤滑剤、ギアボックス潤滑剤、車軸潤滑剤、ブレーキ流体、ファームトラクタ流体、変圧器流体、コンプレッサ流体、冷却システム流体、金属加工流体、油圧流体、工業用流体、乗用車用燃料、ディーゼルエンジン燃料、バイオベース燃料、連続可変トランスミッション流体、無段変速トランスミッション流体、およびこれらの混合物からなる群から選択される、
方法。」
(当審注:(6)?(10)の見出しは、当審で付記したものである。)

第3 当審の平成28年3月30日付け拒絶理由の概要

当審の平成28年3月30日付け拒絶理由のうち、請求項1に係る発明に対する特許法第29条第2項の規定に係る拒絶理由の概要は、次のとおりである。

本願の請求項1に係る発明は、その出願前の優先日前日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。


刊行物1:特開2000-206007号公報
刊行物2:米国特許第5942444号明細書

第4 刊行物記載の事項

上記拒絶理由通知において引用した各刊行物に記載の事項は次のとおりである。
なお、下線は当審にて付記したものである。

(1) 刊行物1記載の事項

(刊1-ア)「【請求項2】識別の対象とするホスト材料または物質に該ホスト材料を識別する情報として1または複数のマーキング物質と、該マーキング物質の混入状態を定量化する基準マーキング物質とを混入し、
上記ホスト材料が使用された後、上記マーキング物質および上記基準マーキング物質が混入された上記ホスト材料または該ホスト材料を含有する物質を分析して、上記マーキング物質を検出し、
検出されたマーキング物質の混入結果から上記ホスト材料を同定する材料識別方法。
【請求項3】上記マーキング物質は、上記ホスト材料およびそのホスト材料と合成などする他の材料の特性を変化させず、混入したマーキング物質が混入状態で分析可能な物質である、請求項2記載の材料識別方法。
【請求項4】上記マーキング物質は、上記ホスト材料およびそのホスト材料と合成などする他の材料の特性とは異なる物質、および/または、ホスト材料およびそのホスト材料と合成などする他の材料の特性に影響を及ぼさない程度の微量だけ上記ホスト材料に混入する、請求項3記載の材料識別方法。
【請求項5】上記マーキング物質は、立体異性体、光学異性体、幾何異性体、同位体、ホスト材料との類似物質などの任意のものを選択して使用する、請求項4記載の材料識別方法。
・・・
【請求項8】上記分析は、波長の吸収スペクトル解析法、元素同位体比率同定法、光学活性物質の鏡像体比率同定法、各種クロマトグラフィ技術、核磁気共鳴スペクトル解析法、複数の物質の混合比率の特定方法などのいずれかを用いる、請求項5記載の材料識別方法。」

(刊1-イ)「【0002】
【従来の技術】各種合成材料、各種化学物質、各種薬品、その他の人工的に混合・合成された前の材料を特定することが要望されている。最近とみに、有害物質の追跡、検出などの環境問題への社会的な要請も強い。」

(刊1-ウ)「【0039】本発明の実施に際しては、ホスト材料としては、気体、液体、流体、流動体、固体、固溶体など種々の物質を適用できる。もちろん、マーキング物質は、これらのホスト材料としての物質の特性とその後の利用形態、たとえば、そのホスト材料を他の材料と合成するとか、そのまま使用するとかに応じて適宜決定する。それゆえ、マーキング物質としては、上記例示した立体異性体、光学異性体、幾何異性体、同位体、ホスト材料との類似物質などには限定されない。同様に、その分析方法としては、上記例示した波長の吸収スペクトル解析法、元素同位体比率同定法、光学活性物質の鏡像体比率同定法、各種クロマトグラフィ技術、核磁気共鳴スペクトル解析法、複数の物質の混合比率の特定方法などには限定されない。」

(刊行物1記載の発明)
請求項2?請求項5を直列的に引用する請求項8(刊1-ア)に係る発明に注目すると、「本発明の実施に際しては、ホスト材料としては、気体、液体、流体、流動体、固体、固溶体など種々の物質を適用できる。」(刊1-イ)と記載されており、「ホスト材料」(請求項2)として「液体」を選んだ発明が記載されていると当業者が認識できることは明白である。
また、請求項8に係る発明が引用する請求項5には「上記マーキング物質は、立体異性体、光学異性体、幾何異性体、同位体、ホスト材料との類似物質などの任意のものを選択して使用する」と規定されており、光学異性体を選択した発明を当業者が認識でき、また、「マーキング物質を検出する」「分析」として請求項8には、「光学活性物質の鏡像体比率同定法」(請求項8)が示されている。
ここで、広辞苑によると「こうがく-かっせいたい[光学活性体] 自然の状態で旋光性を示す物質。光学異性体や水晶の類。」[株式会社岩波書店 広辞苑第六版]とされ、「光学活性物質」は「光学異性体」ということができる。
そうすると、請求項8に記載の発明において、マーキング物質として光学異性体を選び、分析方法として、「光学異性体であるところの光学活性体の鏡像体比率同定法」を選んだ発明が記載されていると認識できる。

以上のことを含めて、刊行物1の請求項2?請求項5を直列的に引用する請求項8(刊1-ア)を、請求項の引用をしないものとして整理すると、刊行物1には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。(なお、(A)?(D)の見出しは当審が付記したものである。)
「(A)液体である識別の対象とするホスト材料に該ホスト材料を識別する情報として1または複数のマーキング物質と、該マーキング物質の混入状態を定量化する基準マーキング物質とを混入し、
(B)上記ホスト材料が使用された後、上記マーキング物質および上記基準マーキング物質が混入された上記ホスト材料または該ホスト材料を含有する物質を分析して、上記マーキング物質を検出し、
(C)検出されたマーキング物質の混入結果から上記ホスト材料を同定する材料識別方法であって、
(a-1)上記マーキング物質は、上記ホスト材料およびそのホスト材料と合成などする他の材料の特性を変化させず、混入したマーキング物質が混入状態で分析可能な物質であり、
(a-2)上記マーキング物質は、上記ホスト材料およびそのホスト材料と合成などする他の材料の特性とは異なる物質、および/または、ホスト材料およびそのホスト材料と合成などする他の材料の特性に影響を及ぼさない程度の微量だけ上記ホスト材料に混入するものであり、
(a-3)上記マーキング物質は、光学異性体を使用し、
(D)上記分析は、光学異性体であるところの光学活性物質の鏡像体比率同定法を用いる
材料識別方法。」

(2) 刊行物2記載の事項

(刊2-ア)「BACKGROUND OF THE INVENTION
This invention relates to the marking of products to establish their identity, source, and fate.」(1欄1?5行)
(当審訳)
「発明の背景
本発明は、その身元、出所、および行く末を立証するための製品のマーキングに関する。」

(刊2-イ)「Examples of fluid products include oil-based products such as lubricating oils, gasoline, diesel and liquified petroleum products; paints and coatings; perfumes; cosmetics; inks; drinks such as wine, whiskey, sherry, gin and vodka; liquid pharmaceutical formulations such as syrups, emulsions and suspensions; liquid agrochemical formulations; chemical compositions; and industrial solvents. The fluid product is preferably liquid. One preferred class of products encompasses oil based products such as lubricating oils.」(6欄8?16行)
(当審訳)
「流体製品の例としては、潤滑油,ガソリン,ディーゼルおよび液化石油製品などの石油ベースの製品;塗料およびコーティング;香水;化粧品;インク;ワイン,ウイスキー,シェリー酒,ジンやウォッカのような飲料;シロップ,エマルジョン及び懸濁液のような液体医薬製剤;化学組成物;工業溶剤などを含む。流体製剤は、好ましくは液体である。製品の一つの好ましいクラスは、潤滑油などの石油ベースの製品を包含する。」

第5 対比

本願発明1と引用発明を対比する。
上記「第2 本願発明」で述べたように、当審にて(6)?(10)の見出しを付して整理した本願発明1と対比する。

ア 本願発明1の(1)の特定事項について
引用発明(a-3)の「マーキング物質」である「光学異性体」は、本願発明1の「光学活性マーカー成分」に相当する。

また、引用発明(A)の「液体である識別の対象とするホスト材料」と本願発明1の「機能性流体」とは、「流体」という点で共通する。

以上のことから、引用発明の(A)「液体である識別の対象とするホスト材料」において、(a-3)「光学異性体」である(A)「該ホスト材料を識別する情報として1または複数のマーキング物質」「を混入」する工程と、本願発明1の「(1)光学活性マーカー成分を、機能性流体に添加するステップ」とは、「(1)光学活性マーカー成分を、流体に添加するステップ」という点で共通する。

イ 本願発明1の(2)の特定事項について
引用発明が、(D)「鏡像体比率同定法」で「分析」を行うためのサンプルを得ることは自明なことであるから、引用発明の(B)「上記ホスト材料が使用された後」のサンプルを「マーキング物質を検出」するために得るステップは、本願発明1の「(2)適用において、前記流体のサンプルの使用の」「後に、前記流体のサンプルを得るステップ」に相当する。

ウ 本願発明1の(6)の特定事項について
本願発明1の(5)でいう「属性」について、本願明細書には次のような記載がある。
「【0001】本発明は、有機流体などの流体の、属性(identity)の決定に関する。」
「【0003】本出願で定義される機能性流体は、様々な自動車、オフロード車、公道車両(on-highway vehicles)、装置、機械、金属加工、および工業的適用例で用いられる流体である。機能性流体の不適正な利用または認められていない偽造を防止するには、そのような機能性流体の属性を知ることが重要である。適正な機能性流体は、この機能性流体を含有するデバイスおよび/または装置の良好な状態を確実にするのを助け、保証契約(warranty agreements)に影響を及ぼす可能性がある。したがって、そのような機能性流体の属性を決定できることが望ましい。」
「属性(identity)」のidentityに、”身元”や”識別”という意味があり、「属性を知る」ことが、「偽造」を確かめたり「適正な機能性流体」であったかを知るためであるから、本願発明1の(5)でいう「属性」とは”身元”や”識別”を意味すると解される。

そうすると、引用発明(C)の「材料識別」は、文字通り「識別」を意味するし、「追跡」(刊1-イ)を目的とし、身元をたどることができるものと理解される。してみると、引用発明の「(A)液体である識別の対象とするホスト材料」の(C)「材料識別方法」は、本願発明1の「機能性流体の属性を決定する方法」に相当する。

エ 本願発明1の(3)?(5)の測定工程について
(ア) 本願発明1の(3)?(5)の測定工程について、本願明細書の【0033】には、
「【化2】 (省略)
(式中、[α]=比旋光度、T=温度、λ=波長、α=光学回転、c=g/100mlを単位とした濃度、l=dmを単位とした光路長である)。光学活性化合物により引き起こされた回転は、キラル材料と偏光との相互作用から得られる。キラル分子の特定の鏡像異性体は、偏光を様々な程度まで吸収する。鏡像異性体は、偏光の平面を回転させる方向によって命名することができる。光を時計回りに回転させる場合(光の進行方向に居る観察者によって見られるように)、鏡像異性体は、(+)、または右旋性(dextrorotatory)に由来して「d-」と標識される。その鏡像は、(-)、または左旋性(levorotatory)に由来して「l-」と標識される。」
と記載され、【0027】に「上述の実施形態の全てにおいて、使用されるマーカーの混合物は、光学活性系が、偏光の平面を回転させるように存在するような、全体鏡像体過剰率を持たねばならない。」(当審注:「全体鏡像体過剰率」と記載されているが、国際出願時の明細書においては「overall enantiomeric excess」と記載されているから、「全体として鏡像体過剰率を持たなければならない。」と訳すべきである。)と記載されている。
このことに照らし、本願発明1の(3)?(5)の測定工程は、鏡像体過剰率を測定することを含むものである。

(イ) 他方、引用発明(D)の「鏡像体比率同定法」とは、下記刊行物Aに「鏡像体比率又は鏡像体過剰率によって定量化される」(刊A-ア)と記載のように、「鏡像体過剰率同定法」のような鏡像体の比率を求める同定法であることは技術常識である。
刊行物A:国際公開第2007/022073号
(刊A-ア)「The term percent enantiomeric excess (% ee) refers to optical purity. It is obtained by using the following formula:
[R] - [S] X 100 = %R-%S
[R] + [S]

where [R] is the amount of the R isomer and [S] is the amount of the S isomer. This formula provides the % ee when R is the dominant isomer. The term enantioenriched or enantiomerically enriched refers to a sample of a chiral compound that consists of more of one enantiomer than the other. The extent to which a sample is enantiomerically enriched is quantitated by the enantiomeric ratio or the enantiomeric excess. 」(20頁下から6行?21頁4行)
(当審訳)
「「パーセント鏡像体過剰率(%ee)」という用語は、光学的純度を表す。パーセント鏡像体過剰率は、以下の式を使用することによって得られる。
[R] - [S] X 100 = %R-%S
[R] + [S]
ここで、[R]は、R異性体の量であり、及び[S]は、S異性体の量である。この式は、Rが優越的な異性体である場合の%eeを与える。
「鏡像体濃縮された」又は「鏡像的に濃縮された」という用語は、他方の鏡像異性体に比べて、一方の鏡像異性体のより多くからなるキラル化合物の試料を表す。試料が鏡像的に濃縮されている程度は、鏡像体比率又は鏡像体過剰率によって定量化される。」

(ウ) そこで検討するに、上記(イ)に照らし、引用発明(D)の「鏡像体比率同定法」は、鏡像体過剰率同定法と理解されるものの、具体的に過剰率の測定手段についての規定は無いが、上記(ア)に照らし、鏡像体過剰率を求めるための測定工程を包含する本願発明1の
「(3)偏光ビームを前記流体のサンプル内に通過させるステップ;
(4)前記光が前記流体のサンプル内を通過した後の前記光の平面の回転を、前記光の当初の向きと比較することによって、測定するステップ;
(5)観察された回転の量によって、前記流体の属性を決定するステップを含む」こととは、
「(3)(4)鏡像体過剰率を測定するステップ」を含むものである点で共通する。

(エ) 上記「ウ 本願発明1の(6)の特定事項について」で述べたように、引用発明の「(A)液体である識別の対象とするホスト材料」の(C)「材料識別方法」は、本願発明1の「機能性流体の属性を決定する方法」に相当する。
このことに照らし、引用発明(D)の「(A)液体である識別の対象とするホスト材料」を、偏光面を回転する能力を測定する(D)「鏡像体比率同定法」で分析し「(C)検出されたマーキング物質の混入結果から上記ホスト材料を同定する材料識別」することと、本願発明1の「(5)観察された回転の量によって、前記流体の属性を決定するステップ」とは、「観察された鏡像体過剰率によって、前記液体の属性を決定するステップ」である点で共通する。

(オ) 小括
以上のことから、引用発明の「(A)液体である識別の対象とするホスト材料」を(D)「光学異性体であるところの光学活性物質の鏡像体比率同定法」で分析し、「(C)検出されたマーキング物質の混入結果から上記ホスト材料を同定する材料識別」すること、本願発明1の
「(3)偏光ビームを前記流体のサンプル内に通過させるステップ;
(4)前記光が前記流体のサンプル内を通過した後の前記光の平面の回転を、前記光の当初の向きと比較することによって、測定するステップ;
(5)観察された回転の量によって、前記流体の属性を決定するステップ」
とは、「(3)(4)鏡像体過剰率を測定するステップ、(5)観察された鏡像体過剰率によって、前記流体の属性を決定するステップ。」という点で共通する。

オ 本願発明1の(7)の特定事項について
引用発明の(a-3)「光学異性体」は、「(A)液体である識別の対象とするホスト材料」に「マーキング物質」として混入するものであり、「(a-1) 上記マーキング物質は、上記ホスト材料およびそのホスト材料と合成などする他の材料の特性を変化させず、混入したマーキング物質が混入状態で分析可能な物質」とされている。
この「マーキング物質」である「光学異性体」が、「(A)液体である識別の対象とするホスト材料」に(a-1)「混入したマーキング物質が混入状態で分析可能」というのであるから、引用発明の(a-3)「光学異性体」は「(A)液体である識別の対象とするホスト材料」に溶けていると理解するのが自然である。
また、「光学異性体」はキラル分子ともいわれるものである。

そうすると、引用発明の(A)「液体である識別の対象とするホスト材料」に「混入」される(a-3)「マーキング物質」の成分である(a-3)「光学異性体」と、本願発明1の「(7)ここで、前記光学活性マーカー成分が、機能性流体に少なくとも部分的に可溶であるキラル分子」とは、流体が機能性であることを除けば一致する。

カ 本願発明1の(8)の特定事項について
(ア) 本願発明1の【化6】の化学式は、下記刊行物Bに「キラル分子」とは、「不斉原子」、すなわち、「異なる4つの原子または基に結合する原子」を有する分子として定義されているように、キラル分子の一般式に他ならない。

刊行物B:特表2006-505606号公報
(刊B-ア)「【0023】
本件の明細書および特許請求の範囲にみられる立体化学の用語は以下のように定義される:
不斉原子とは、異なる4つの原子または基に結合する原子である。不斉原子の位置はキラル中心または立体中心と称されまた1つまたはそれ以上のキラル中心を含む分子はキラル分子と称される。キラル分子はその鏡像と同一でなくまた重ね合わせが不可能である。」

(イ) 本願発明1の【化6】の化学式において、不斉中心原子Xは、C、N、P、またはSであるという規定がなく、かつ、不斉中心原子と結合する異なる4つの官能基であるR^(1)、R^(2)、R^(3)、およびR^(4)の規定がないとすれば、本願発明1の【化6】の化学式はキラル分子の一般構造を示していることに鑑み、刊行物1第1発明の(a-3)「光学異性体」(キラル分子)の化学式と、本願発明1の【化6】の化学式とは、前記不斉中心原子X及びそれに結合する官能基の限定が本願発明1でなされていることを除けば、同じ構造を有するものといえる。

(ウ) そうすると、引用発明の(a-3)「マーキング物質」に含まれる(A)「液体である識別の対象とするホスト材料」に(A)「混入」される(a-3)「光学異性体」と、本願発明1の
「(8)ここで、前記光学活性マーカー成分が、機能性流体に少なくとも部分的に可溶であるキラル分子を含み、
ここで、前記光学活性マーカー成分が、下式の化合物:
【化6】 (省略)
(式中、Xは、C、N、P、またはSであり;R^(1)、R^(2)、R^(3)、およびR^(4)は、それぞれ独立して、ヒドロカルビル基、-OR^(5)基(R^(5)は水素またはヒドロカルビル基である)、芳香族基、孤立電子対(XがNである場合)、二重結合した酸素原子(XがPまたはSである場合)であり、但し、R基のいずれも同一ではないことを条件とする)を含」むこととは、
「(8)ここで、前記光学活性マーカー成分が、機能性流体に少なくとも部分的に可溶であるキラル分子を含み、
ここで、前記光学活性マーカー成分が、下式の化合物:
【化6】 (省略)
(式中、Xは、4つの結合を有する原子であり;R^(1)、R^(2)、R^(3)、およびR^(4)は、それぞれ独立して、いずれも同一ではないことを条件とする)」ものである点で共通する。

キ 本願発明1の(9)の特定事項について
引用発明は、「(D)上記分析は、光学異性体であるところの光学活性物質の鏡像体比率同定法」を用いるものであり、「(a-3)上記マーキング物質」である「光学活性物質」の鏡像体の比率を求めるのだから、比率に差のある、すなわち、非ラセミ体を前提とするすることは自明なことである。
そうすると、引用発明の(a-3)「上記マーキング物質」の成分である「光学異性体」は、非ラセミ体であって、本願発明1の「(9)前記光学活性マーカー成分が、少なくとも1組の鏡像異性体に関して非ラセミである」ことと一致する。

ク 小括
以上のことから、両発明の間には、次の一致点及び相違点がある。
(一致点)
「(1)光学活性マーカー成分を、流体に添加するステップ;
(2)適用において、前記流体のサンプルの使用の後に、前記流体のサンプルを得るステップ;
(3)(4)鏡像体過剰率を測定するステップ;
(5)観察された鏡像体過剰率によって、前記流体の属性を決定するステップを含む、
(6)機能性流体の属性を決定する方法であって、
(7)ここで、前記光学活性マーカー成分が、流体に少なくとも部分的に可溶であるキラル分子を含み、
(8)ここで、前記光学活性マーカー成分が、下式の化合物:
【化6】


(式中、Xは、4つの結合を有する原子であり;R^(1)、R^(2)、R^(3)、およびR^(4)は、それぞれ独立して、いずれも同一ではないことを条件とする)
(9)前記光学活性マーカー成分が、少なくとも1組の鏡像異性体に関して非ラセミである、方法。」

(相違点1)
鏡像体過剰率を測定するステップが、本願発明1では、
「(3)偏光ビームを前記流体のサンプル内に通過させるステップ;
(4)前記光が前記流体のサンプル内を通過した後の前記光の平面の回転を、前記光の当初の向きと比較することによって、測定するステップ;
(5)観察された回転の量によって、前記流体の属性を決定するステップを含む」
ものであるのに対して、引用発明では、鏡像体比率同定法の測定手段が規定されていない点。

(相違点2)
流体及び該流体に添加する光学活性マーカー成分に含まれる【化6】のキラル分子のX及びR^(1)、R^(2)、R^(3)、およびR^(4)に関して、本願発明1では、流体が、「機能性流体」であって、「オートマチックトランスミッション流体、エンジンオイル、牽引駆動トランスミッション流体、マニュアルトランスミッション流体、パワーステアリング流体、凍結防止液、潤滑油、グリース、クランク室潤滑剤、鉱油、グループ1、2、3、または4基油を有する油、差動潤滑剤、タービン潤滑剤、ギア潤滑剤、ギアボックス潤滑剤、車軸潤滑剤、ブレーキ流体、ファームトラクタ流体、変圧器流体、コンプレッサ流体、冷却システム流体、金属加工流体、油圧流体、工業用流体、乗用車用燃料、ディーゼルエンジン燃料、バイオベース燃料、連続可変トランスミッション流体、無段変速トランスミッション流体、およびこれらの混合物からなる群から選択される」ものであり、また、【化6】のキラル分子について、(式中、Xは、C、N、P、またはSであり;R^(1)、R^(2)、R^(3)、およびR^(4)は、それぞれ独立して、ヒドロカルビル基、-OR^(5)基(R^(5)は水素またはヒドロカルビル基である)、芳香族基、孤立電子対(XがNである場合)、二重結合した酸素原子(XがPまたはSである場合)であり、但し、R基のいずれも同一ではないことを条件とする)ものであるのに対して、引用発明では、「液体」と規定されているが液体の機能や種類までは規定されておらず、また、光学異性体の一般式である【化6】の化学構造を有することは自明であるものの、X及びR^(1)、R^(2)、R^(3)、およびR^(4)の規定がない点。

第6 検討・判断

ア 相違点1について
引用発明の鏡像体比率同定法、すなわち、鏡像体過剰率を同定する方法は、いくつかあるが、下記刊行物Cに記載のように、サンプルの観察された比旋光度を意味する[α]_(obs)を測定することにより求めることが一般的である。
具体的には、下記引用情報Aの図(情A-ア)に記載されているように、キラル化合物の溶液に偏光を通過させ、偏光面の回転から、旋光度αを測定し、「濃度などにより換算した値を“比旋光度”といい[α]で表す」データを得ることによる。
これは、本願発明1の「(3)偏光ビームを前記流体のサンプル内に通過させるステップ;
(4)前記光が前記流体のサンプル内を通過した後の前記光の平面の回転を、前記光の当初の向きと比較することによって、測定するステップ;」に相当するものである。
そうすると、引用発明において、「鏡像体比率同定法」の具体的な測定手段を、下記刊行物Cや下記引用情報Aのような一般的な比旋光度の測定手段によるものと規定することにより(相違点1)に記載の本願発明1の特定事項とすることは、当業者にとって困難なことではない。

刊行物C:国際公開第2007/134107号
(刊C-ア)「As used herein、 the term enantiomeric excess refers to when one enantiomer is present in greater quantity than the other enantiomer. Such mixtures of two enantiomers, unlike a racemic mixture, will show a net optical rotation. The specific rotation of the mixture may be determined with knowledge of the specific rotation of the pure enantiomer, and subsequently the enantiomeric excess (ee) can be determined using equation (1)
ee = ([α] _(obs) / [α] _(max) × 100% (1). 」(明細書12頁下から7行?末行)
(当審訳)
「本明細書で使用する用語“鏡像体過剰率”は、一方の鏡像体がもう一方の鏡像体よりも多い量で存在している場合を指す。そのような2種類の鏡像体の混合物は、ラセミ混合物とは異なり、正味の旋光度を示すであろう。その混合物の比旋光度は、純粋な鏡像体が示す比旋光度を知ることで決定され得、そして、次いで、鏡像体過剰率(ee)は、式(1)を用いて決定され得る: ee=([α]_(obs)/[α]_(max) × 100% (1)。」

引用情報A:「Enantiomerとは?」、[online]、2005.2.23、[検索日2016.3.18]、インターネット
<URL:https://web.archive.org/web/20050223203910/http://chiral.jp/main/enantiomer.html >
なお、該サイトの現在の情報は
<URL:http://www.chiral.jp/main/enantiomer.html >
であり、トップページは
<URL:http://www.chiral.jp/ >
である。
(情A-ア)「エナンチオマーは、融点、沸点、密度などの、通常のほとんどの物理化学的性質は同じであるが、ただ一つ、旋光性だけが異なる。旋光性とは、光の偏光面を回転させる性質である。
通常の光はさまざまな方向の振幅の波の混合物(円偏光)である。この光を一方向の振幅の光だけを通すフィルター(偏光フィルター)を通すと、定まった方向だけに振幅を持つ面偏光となる。キラル化合物は、この面偏光の“面”を回転させる性質があり、上図のようにキラル化合物の溶液を通って出てきた偏光の偏光面は元の偏光面からαだけ回転している。このαを旋光度といい、濃度などにより換算した値を“比旋光度”といい[α]で表す。」(1頁)

イ 相違点2について
(ア) 「流体」を「機能性流体」とし、その種類を特定することについて
a 刊行物2には、「身元、出所、および行く末を立証するための製品のマーキング」(刊2-ア)を行う「流体製品の例としては、潤滑油、ガソリン、ディーゼルおよび液化石油製品などの石油ベースの製品」のような非極性の液体や、非極性液体や極性液体のいずれでもあり得る「工業溶剤」が記載されている。さらに「製品の一つの好ましいクラスは、潤滑油などの石油ベースの製品を包含する。」と記載されている。
そうすると、引用発明において、「液体である識別の対象とするホスト材料」を、刊行物2記載のような「潤滑油、ガソリン、ディーゼルおよび液化石油製品など」や「工業溶剤」、「潤滑油などの石油ベースの製品」を選んで、本願発明1の(1)のごとく、「機能性流体」とすることは、当業者が何の創作性も無くなし得たことといえる。

(イ) 【化6】のX及びR^(1)、R^(2)、R^(3)、およびR^(4)の選択について
a 不斉中心原子であるXの選択について
引用発明において「(D) 上記分析は、光学異性体であるところの光学活性物質の鏡像体比率同定法」を用いるものであり、「分析」においては、光学異性体の化学反応性等の性質ではなく、光学活性に注目している。
そうすると、光学異性体がどのような化学構造のものであっても、光学活性を有することから、引用発明の「光学異性体」の不斉中心原子の種類にかかわらず「マーキング物質」として使用し得ることは明らかなことである。
そして、C、N、P、またはSは、例示するまでもなく、本願優先日前から代表的な不斉中心原子であることが知られた原子であることから、引用発明の「マーキング物質」である「光学異性体」の不斉中心原子に、単に代表的な元素を選んで、光学異性体の一般式である【化6】において、式中、Xは、C、N、P、またはSであるとすることは、単なる設計的事項に過ぎない。

ここで、N、P、またはSが不斉中心原子となるには、条件があることが技術常識となっている。
チッ素が不斉中心原子であるために、R^(1)、R^(2)、R^(3)、およびR^(4)の何れかに孤立電子対による結合が必要であることは、例えば、下記刊行物Dに記載のように技術常識である。

リンや硫黄を不斉中心原子とするために、R^(1)、R^(2)、R^(3)、およびR^(4)の何れかに二重結合した酸素原子と結合させ、スルホキシド基(下記刊行物E)にしたり、リン酸基(刊行物F)とすることが必要であることは技術常識である。

そうすると、引用発明において、「マーキング物質」である「光学異性体」の不斉中心原子にN、P、またはSを選んだ場合、本願発明1のごとく「R^(1)、R^(2)、R^(3)、およびR^(4)」として、「孤立電子対(XがNである場合)、二重結合した酸素原子(XがPまたはSである場合)」という条件を付すことは、上記技術常識に照らし、当然なされる限定にすぎない。

刊行物D:特開2006-206550号公報
(刊D-ア)「【0036】
本発明の銅触媒としては、1価または2価の銅の化合物、好ましくは2価の銅化合物が挙げられる。銅化合物としては、銅の塩、錯塩、有機金属化合物等の各種のものから選択することができる。なかでも、有機酸または無機酸の塩、又はこの塩との錯体や有機複合体が好適なものとして挙げられる。銅塩としては、強酸との塩、例えば、(パー)フルオロアルキルスルホン酸や過塩素酸、硫酸等の塩、それらの錯体や有機複合体が好ましいものとして例示される。好ましい銅化合物としては、例えば、Cu(OTf)_(2)、Cu(SbF_(6))_(2)、CuClO_(4)・4CH_(3)CN等が挙げられる(式中、Tfはトリフルオロメタンスルホネートを示す。)。
本発明の銅触媒は、前記した銅化合物を単独で使用するのではなく、ジアミンのような銅原子のリガンドとなり得る化合物と共に使用するか、このようなリガンドを有する銅錯体として使用のが好ましい。さらに、本発明の方法において、エナンチオ選択的な方法とするためには、キラルなジアミンをリガンドとして使用することがより好ましい。
ジアミンとしては、配位可能な孤立電子対を有する窒素原子を2個有するものが挙げられ、好ましい例としては、エチレンジアミン誘導体が挙げられる。キラルなジアミンの好ましい例としては、エチレンジアミン誘導体におけるエチレン基の2個の炭素原子がキラリティーを有するジアミンが挙げられる。
好ましいキラルなジアミンの例としては、次の3a?3gに示されるジアミンが挙げられる。」

刊行物E:特開昭60-215662号公報
(刊E-ア)「スルホキシド基に2個の異なった置換基が結合した形のスルホキシド類には、硫黄原子を不斉原子とする(+)-体及び(-)-体の2種の光学異性体が存在することが知られている。」(1頁右下欄5?8行)

刊行物F:特開2006-306882号公報
(刊F-ア)「【0061】
(項目30)
前記化合物が、リン酸原子のキラル中心でエンリッチまたは分割される、項目29に記載の化合物。」

b R^(1)、R^(2)、R^(3)、およびR^(4)としてヒドロカルビル基、-OR^(5)基(R^(5)は水素またはヒドロカルビル基である)、芳香族基を選択することについて
引用発明は、(A)「液体である識別の対象とするホスト材料」に「光学異性体」からなる「マーキング物質」を混入するものであり、「(a-1) 上記マーキング物質は、上記ホスト材料およびそのホスト材料と合成などする他の材料の特性を変化させず、混入したマーキング物質が混入状態で分析可能な物質」とされている。
(A)「液体である識別の対象とするホスト材料」に「混入したマーキング物質が混入状態で分析可能」というのであるから、液体に溶けていると理解するのが自然である。

他方、芳香族基やアルキル基(脂肪族基)すなわちヒドロカルビル基が疎水性を向上させる官能基ことは、下記刊行物Gに記載のように技術常識である。
また、アルコキシル基、すなわち、-OR^(5)基(R^(5)はヒドロカルビル基である)も疎水性を向上させる官能基であることは、下記刊行物Hに記載のように周知である。
さらに、-OR^(5)基(R^(5)は水素)の場合、親水性の高い官能基であることら技術常識のOH基となる。

刊行物G:特開2008-89855号公報
(刊G-ア)「【0169】
作製した透明支持体の吸湿による寸度変化を小さくするには、疎水基を有する化合物或は微粒子等を添加することが好ましい。疎水基を有する化合物としては、分子中に脂肪族基や芳香族基のような疎水基を有する可塑剤や劣化防止剤の中で該当する素材が特に好ましく用いられる。これらの化合物の添加量は、調整する溶液(ドープ)に対して0.01?10質量%の範囲にあることが好ましい。」

刊行物H:特開2007-54975号公報
(刊H-ア)「【0054】
フタロシアニン染料が油溶性である場合には、疎水性基を有することが好ましい。好ましい疎水性基としては、炭素数が4個以上の脂肪族基(アルキル基、シクロアルキル基、アルケニル基、アルキニル基等)、炭素数が6個以上のアリール基、アルコキシ基、アリールオキシ基、アシルアミノ基、アルキルチオ基、アリールチオ基、アルコキシカルボニルアミノ基、スルホンアミド基、カルバモイル基、スルファモイル基、スルホニル基、アルコキシカルボニル基、アシルオキシ基、アミノ基(アニリノ基を含む)及びアシル基を挙げることができる。
Mは、水素原子、金属元素またはその酸化物、水酸化物もしくはハロゲン化物を表す。」

c 引用発明の「液体」には、水のような極性液体と油のような非極性液体に大別できることは技術常識である。引用発明が、これらの液体に「光学異性体」からなる「マーキング物質」を混入するものであるから、引用発明の「液体」を混入しやすくするために、極性を考慮して極性液体の場合には、親水性を向上させる官能基であることが技術常識である-OR^(5)基(R^(5)は水素である)ところのOH基を選択し、また、非極性液体の場合には、疎水性を向上させることが技術常識であるヒドロカルビル基、-OR^(5)基(R^(5)はヒドロカルビル基である)、又は、芳香族基を選択することは、当業者であれば難なくなし得たことといえる。

(ウ) 小括
以上のことを総合すると、引用発明において、「液体」として、刊行物2記載のものを選び、「光学異性体」としては、「光学活性物質の鏡像体比率同定法」による光学活性に注目した分析ができれば、どのような化学構造のものであっても良いのだから、不斉中心原子として代表的なC、N、P、またはSを選ぶとともに、N、P、またはSが不斉中心原子となる条件として技術常識である「孤立電子対(XがNである場合)、二重結合した酸素原子(XがPまたはSである場合)」という条件を付し、さらに、「液体」に「光学異性体」を混入しやすくするため、「液体」の極性又は非極性の性質を考慮して、不斉中心原子に結合する官能基として、疎水性基又は親水性基であることが技術常識として知られている「ヒドロカルビル基、-OR^(5)基(R^(5)は水素またはヒドロカルビル基である)、芳香族基」を選ぶことで、相違点2に記載の本願発明1のごとく構成することは、当業者が容易に想到し得たことといえる。

ウ 効果について
本願明細書には、「機能性流体」として列挙された「流体」に、相違点2に係る本願発明1の特定事項の化合物を選んだ作用効果については記載されていないし、また、本願優先日の技術常識に照らし、光学異性体になるという他に特段の作用効果が見いだせないから、本願発明1により奏される作用効果は、刊行物1、刊行物2、周知の事項及び技術常識から当業者が予測し得るものであって、格別顕著なものとはいえない。

第7 請求人の平成28年9月30日付け意見書について

(1) 請求人の意見書における主張の概要
請求人は平成28年9月30日付け意見書において、刊行物1と刊行物2とに記載されたマーカーを同定するための方法は異なるものであり、刊行物2の教示を全体として見れば、刊行物2の教示を考慮しなかったであろうことは明らかであり、当業者が刊行物2の教示を考慮する動機付けはない旨を主張している。

(2) 請求人の主張に対する反論
上記(刊1-ウ)には、「本発明の実施に際しては、ホスト材料としては、気体、液体、流体、流動体、固体、固溶体など種々の物質を適用できる。」と記載されていることから、液体への適用が示唆されているとともに、引用発明を実施するためには、液体のうち、マーカーによる同定が必要とされる材料が選択されることになるが、「材料の識別」という、引用発明と同様の解決しようとする課題が記載された刊行物2を参酌し、マーカーによる同定が必要とされる物質として列記された液体を採用することには、十分な動機付けが存在すると認められる。
そして、上記「第6 検討・判断」「ウ 効果について」において指摘したように、本願発明1は、「機能性流体」として列挙された流体に対して、相違点2に係る本願発明1の特定事項の化合物を採用したことによる特段の作用効果は見出せない。
したがって、請求人の主張を参酌しても、先に示した拒絶理由を覆すに足る根拠が見出せない。

第8 結語

以上のとおり、本願発明1は、刊行物1に記載された発明、刊行物2に記載された技術事項、及び、周知の事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-10-28 
結審通知日 2016-10-31 
審決日 2016-11-11 
出願番号 特願2011-542257(P2011-542257)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (G01N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 樋口 宗彦南 宏輔  
特許庁審判長 郡山 順
特許庁審判官 ▲高▼見 重雄
▲高▼橋 祐介
発明の名称 機能性流体用光学活性マーカー  
代理人 山本 秀策  
代理人 森下 夏樹  

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