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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 G03G
管理番号 1326638
審判番号 不服2016-1544  
総通号数 209 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-05-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-02-02 
確定日 2017-04-18 
事件の表示 特願2012-259148「電子写真感光体及び画像形成装置」拒絶査定不服審判事件〔平成26年6月9日出願公開,特開2014-106364,請求項の数(2)〕について,次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は,特許すべきものとする。 
理由 第1 事案の概要
1 手続の経緯
特願2012-259148号(以下「本件出願」という。)は,平成24年11月27日の特許出願であって,その手続の概要は,以下のとおりである。
平成27年 7月13日付け:拒絶理由通知書(同年同月21日発送)
平成27年 9月16日提出:意見書
平成27年 9月16日提出:手続補正書
平成27年11月 4日付け:拒絶査定
(同年同月10日送達,以下「原査定」という。)
平成28年 2月 2日提出:審判請求書
平成29年 1月18日付け:拒絶理由通知書
(同年同月24日発送,この拒絶理由通知書により通知された拒絶の理由を,以下「当合議体の拒絶の理由」という。)
平成29年 1月30日提出:意見書
平成29年 1月30日提出:手続補正書
(この手続補正書による手続補正を,以下「本件補正」という。)

2 本願発明
本件出願の特許請求の範囲の請求項1?2に係る発明は,本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?2に記載されたとおりの,以下のものである(以下,それぞれ「本願発明1」及び「本願発明2」という。)。
「【請求項1】導電性基体上に,少なくとも電荷発生材料,正孔輸送材料,電子輸送材料,及びバインダー樹脂を含む単層構造の感光層が形成されており,接触帯電方式の直流電圧印加型の帯電部を備える画像形成装置において像担持体として使用される正帯電単層型電子写真感光体であって,
前記電子輸送材料が,下記ETM-1,及びETM-2から選択されるビススチルベンキノン誘導体である,正帯電単層型電子写真感光体。
【化1】


【請求項2】像担持体と,
前記像担持体の表面を帯電するための接触帯電方式の直流電圧印加型の帯電部と,
帯電された前記像担持体の表面を露光して前記像担持体の表面に静電潜像を形成するための露光部と,
前記静電潜像をトナー像として現像するための現像部と,
前記トナー像を前記像担持体から被転写体へ転写するための転写部と,を備え,前記像担持体が,請求項1記載の正帯電単層型電子写真感光体であることを特徴とする画像形成装置。」

3 原査定及び当合議体の拒絶の理由の概要
原査定及び当合議体の拒絶の理由は,概略,本願発明1及び本願発明2は,本件出願の出願前に頒布された刊行物である引用例1に記載された発明及び周知技術に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
引用例1:特開2000-143607号公報

なお,原査定では,引用例1の【0009】に記載された一般式(I)が引用され,当合議体の拒絶の理由では,引用例1の段落【0019】に例示された化合物(I-5)が引用されている。

第2 当合議体の判断
1 引用例1の記載及び引用発明
(1) 引用例1
引用例1には,以下の事項が記載されている。なお,段落【0009】及び【0012】の下線は,当合議体が付したものである。
ア 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,電子輸送物質,これを用いた電子写真用感光体およびこの電子写真用感光体を用いた電子写真装置に関する。」

イ 「【0002】
【従来の技術】近年,電子写真用感光体は,有機光導電材料を用いた有機電子写真用感光体が,無公害,低コスト,材料選択の自由度より感光体特性を様々に設計できるなどの観点から,数多く提案され実用化されている。
…(省略)…
【0005】ところで,前述のような耐久性に優れた感光体を正帯電プロセス用でかつ高感度にするには電子輸送機能の優れた物質を用いる必要がある。このような物質は,今までにも例えば特開平1-206349号公報などに提案されているが,まだ充分に満足できる特性をもつとは必ずしも言えない。」

ウ 「【0007】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら,上記公報などに記載されているジフェノキノン化合物は,電子輸送能を有しているけれども,感光層や,下引き層中の樹脂バインダーとの相溶性が低いため,析出する等の問題がある。この問題の解決のために感光層中のジフェノキノン化合物はその含有量が制限されるので,結果としては電子輸送能に優れた感光体とすることが困難であった。
【0008】そこで本発明の目的は,導電性基体上に感光層を有する電子写真用感光体への使用において,前記の欠点を除去し,樹脂バインダーとの相溶性に優れ,さらに電子輸送能に優れた電子輸送物質を提供することにある。また,本発明の他の目的は,上記電子輸送物質を用いて,電気特性に優れ,繰り返し使用においても安定な電子写真用感光体,および該電子写真用感光体を用いた電子写真装置を提供することにある。」

エ 「【0009】
【課題を解決するための手段】上記課題を解決するために,本発明の電子輸送物質は,下記一般式(I),

(式中,R^(1)?R^(12)は夫々同一でも異なっていてもよく,水素原子,ハロゲン原子,置換基を有してもよい炭素数1から6のアルキル基,置換基を有してもよい環状アルキル基,置換基を有してもよいアリール基,置換基を有してもよい複素環基,置換基を有してもよいアラルキル基,または置換基を有してもよい炭素数1から6のアルコキシ基を表し,これらのうち,2つの基が結合して,置換基を有してもよい環状アルキレン基,または置換基を有してもよい芳香族環を形成してもよい。前記置換基は,ハロゲン原子,炭素数1から6の無置換もしくはハロゲン化アルキル基,炭素数1から6の無置換もしくはハロゲン化アルコキシ基,ニトロ基,またはシアノ基を表す。A^(1)およびA^(2)は夫々酸素原子またはCR^(13)R^(14)(R^(13)およびR^(14)は夫々シアノ基またはアルコキシカルボニル基)を表す)で示されることを特徴とする。」

オ 「【0011】本発明の電子輸送物質は,いずれも従来のジフェノキノン系化合物と比較して樹脂バインダーとの相溶性に優れ,電子輸送能においても優れている。
【0012】本発明の電子写真用感光体は,導電性基体上に感光層が設けられた電子写真用感光体において,該感光層中に,前記電子輸送物質が含有されてなることを特徴とする。本発明の電子輸送物質を電子写真用感光体の感光層中に含有させることにより,電子輸送性が向上し,優れた電気特性を示し,同時に,電荷のトラップが少なくなり,繰り返し安定性に優れた効果を奏する。」

カ 「【0015】
【発明の実施の形態】本発明の電子輸送物質は,公知な合成方法により,例えば下記反応式に従い合成される。
【0016】

【0017】すなわち,上記反応式(A)および(B)で示されるように,フェノール系化合物をクロロホルム,ジクロロメタン,ベンゼン等の有機溶剤に溶解させ,過マンガン酸カリウム,フェリシアン化カリウム,二酸化マンガン等の酸化剤にて酸化反応させることにより合成される。またさらに,上記反応式(C)および(D)で示されるように,これらの化合物とCH_(2)R^(13)R^(14)およびCH_(2)R^(27)R^(28)(R^(13),R^(14),R^(27)およびR^(28)は夫々シアノ基またはアルコキシカルボニル基を表す)で示されるマロノニトリル等の化合物をTHF,ジオキサン等の有機溶剤に溶解させ,必要に応じてピペリジン等の触媒を用いて,反応させることにより合成される。
【0018】前記一般式(I)および(II)で示される電子輸送物質の具体例として,以下に(I-1)?(I-58)および(II-1)?(II-50)を示すが,これらの化合物に限定されるものではない。
【0019】

【0020】

【0021】

【0022】

【0023】

【0024】



キ 「【0032】本発明の電子写真用感光体の実施の形態について,図面を参照しながら説明する。図1は,本発明の感光体の一実施例を示す概念的断面図で,1は導電性基体,2は下引き層,3は感光層,4は保護層であり,下引き層2と保護層4とは,必要に応じて設けられる。感光層3は,電荷発生機能と電荷輸送機能とを併せ持ち,1つの層で両方の機能を有する単層型や,電荷発生層と電荷輸送層とに分離した機能分離型がある。主な具体例としては,図2から図4で示されるような層構成の感光体が挙げられる。図2は,感光層3が単層型である感光体である。図3は,感光層3が,電荷発生層3a,電荷輸送層3bの順に積層された機能分離型積層感光体である。図4は,感光層が,電荷輸送層3b,電荷発生層3aの順に積層され,保護層4を有する機能分離型積層感光体である。
【0033】導電性基体1は,感光体の電極としての役目と同時に他の各層の支持体となっており,円筒状,板状,フィルム状のいずれでもよく,材質的にはアルミニウム,ステンレス鋼,ニッケルなどの金属,あるいはガラス,樹脂などの上に導電処理を施したものでもよい。」
(当合議体注:図1?図4は,以下の図である。)


ク 「【0037】感光層3は,機能分離型の場合は,電荷発生層3aと電荷輸送層3bの主として2層からなり,単層型の場合は1層からなる。
…(省略)…
【0040】電荷発生層は,電荷発生物質を主体としてこれに電荷輸送物質などを添加して使用することも可能である。電荷発生物質として,フタロシアニン系顔料,アゾ顔料,アントアントロン顔料,ペリレン顔料,ペリノン顔料,スクアリリウム顔料,チアピリリウム顔料,キナクリドン顔料等を用いることができ,またこれらの顔料を組み合わせて用いてもよい。
…(省略)…
【0042】電荷輸送層3bは樹脂バインダー中に電荷輸送物質を分散させた材料からなる塗膜であり,暗所では絶縁体層として感光体の電荷を保持し,光受容時には電荷発生層から注入される電荷を輸送する機能を発揮する。
【0043】電荷輸送物質としては,本発明の電子輸送物質に加え,その他,無水コハク酸,無水マレイン酸,ジブロム無水コハク酸,無水フタル酸,3-ニトロ無水フタル酸,4-ニトロ無水フタル酸,無水ピロメリット酸,ピロメリット酸,トリメリット酸,無水トリメリット酸,フタルイミド,4-ニトロフタルイミド,テトラシアノエチレン,テトラシアノキノジメタン,クロラニル,ブロマニル,o-ニトロ安息香酸,トリニトロフルオレノン,キノン,ジフェノキノン,ナフトキノン,アントラキノン,スチルベンキノン等の電子輸送物質を併用することが可能であり,また,ヒドラゾン化合物,ピラゾリン化合物,ピラゾロン化合物,オキサジアゾール化合物,オキサゾール化合物,アリールアミン化合物,ベンジジン化合物,スチルベン化合物,スチリル化合物,ポリビニルカルバゾール,ポリシラン等の正孔輸送物質を使用することもできる。
…(省略)…
【0054】電荷輸送層用の樹脂バインダーとしては,ポリカーボネート樹脂,ポリエステル樹脂,ポリビニルアセタール樹脂,ポリビニルブチラール樹脂,塩化ビニル樹脂,酢酸ビニル樹脂,ポリエチレン,ポリプロピレン,アクリル樹脂,ポリウレタン樹脂,エポキシ樹脂,メラミン樹脂,シリコーン樹脂,ポリアミド樹脂,ポリスチレン樹脂,ポリアセタール樹脂,ポリアリレート樹脂,ポリスルホン樹脂,メタクリル酸エステルの重合体およびこれらの共重合体などを適宜組み合わせて使用することが可能である。」

ケ 「【0067】感光体実施例1
電気特性評価用としては板状感光体,印字評価用としてドラム状感光体(30mmφ)を作製した。アルミニウム板とアルミニウム素管上に夫々,以下の組成の下引き層溶液を浸漬塗工し,100℃で60分乾燥して膜厚0.3μmの下引き層を形成した。
可溶性ナイロン(アミランCM8000:東レ(株)製) 3部
メタノール/塩化メチレン混合溶剤(5/5) 97部
【0068】次に,以下の組成の単層型感光層分散液を浸漬塗工し,100℃で60分乾燥して膜厚25μmの単層型感光層を形成した。
電荷発生物質:X型無金属フタロシアニン 0.3部
正孔輸送物質:前記式(III-51)の化合物 8部
電子輸送物質:前記(I-2)式の化合物[合成実施例1] 1部
バインダー樹脂:ビスフェノールZ型ポリカーボネート樹脂
[前記式(IV-3)を構造単位とする樹脂]
(パンライトTS2050:帝人化成(株)製)10部
塩化メチレン 100部
以上のように電子写真用感光体を作製した。」

コ 「【0087】感光体実施例1?5,感光体比較例1?3の評価
電気特性評価として,板状感光体を用い,(株)川口電機製作所製静電複写紙試験装置EPA-8100にて評価を行った。温度23℃,湿度50%の環境下で,暗所にて表面電位を約+600Vになるように帯電させ,その後露光までの5秒間の表面電位の保持率を次式より求めた。
保持率Vk5(%)=V5/V0×100
V0:帯電直後の表面電位
V5:5秒後(露光開始時)の表面電位
…(省略)…
【0089】実際の印字による耐久性の評価として,ドラム状感光体をブラザー社製レーザープリンターHL-730に装着し,温度22℃,湿度48%の環境下で,黒ベタ画像,白ベタ画像,ハーフトーン画像を印刷し,マクベス濃度計(Macbeth RD914)にて,画像濃度を測定し,初期画像を評価した。続いて,印字率約5%の画像を5千枚印刷し,5千枚後再び,黒ベタ画像,白ベタ画像,ハーフトーン画像を印刷し,5千枚印字後の画像の評価を行った。」

(2) 引用発明
引用例1の段落【0009】には,一般式(I)で示される電子輸送物質が記載され,また,引用例1の段落【0012】は,当該電子輸送物質を感光層中に含有する電子写真用感光体が記載されている。
そうしてみると,引用例1には,次の発明が記載されている(以下「引用発明」という。)。
「 導電性基体上に感光層が設けられた電子写真用感光体において,
該感光層中に,下記一般式(I)で示される電子輸送物質が含有されてなる,
電子写真用感光体。
一般式(I):

(式中,R^(1)?R^(12)は夫々同一でも異なっていてもよく,水素原子,ハロゲン原子,置換基を有してもよい炭素数1から6のアルキル基,置換基を有してもよい環状アルキル基,置換基を有してもよいアリール基,置換基を有してもよい複素環基,置換基を有してもよいアラルキル基,または置換基を有してもよい炭素数1から6のアルコキシ基を表し,これらのうち,2つの基が結合して,置換基を有してもよい環状アルキレン基,または置換基を有してもよい芳香族環を形成してもよい。前記置換基は,ハロゲン原子,炭素数1から6の無置換もしくはハロゲン化アルキル基,炭素数1から6の無置換もしくはハロゲン化アルコキシ基,ニトロ基,またはシアノ基を表す。A^(1)およびA^(2)は夫々酸素原子またはCR^(13)R^(14)(R^(13)およびR^(14)は夫々シアノ基またはアルコキシカルボニル基)を表す)」

2 対比及び判断
(1) 対比
本願発明1と引用発明を対比する。
引用発明の「電子写真用感光体」は,「導電性基体上に感光層が設けられた」ものである。これに対して,本願発明1の「電子写真感光体」は,「導電性基体上に,少なくとも電荷発生材料,正孔輸送材料,電子輸送材料,及びバインダー樹脂を含む単層構造の感光層が形成されており,接触帯電方式の直流電圧印加型の帯電部を備える画像形成装置において像担持体として使用される正帯電単層型」のものである。
そうしてみると,引用発明の「導電性基体」及び「感光層」は,それぞれ,本願発明1の「導電性基体」及び「感光層」に相当する。また,「導電性基体」と「感光層」の関係について,引用発明と本願発明1は,「導電性基体上に」,「感光層が形成されており」という点で共通する。
また,引用発明の「感光層」は,「該感光層中に…電子輸送物質が含有されてなる」。ここで,引用発明の「電子輸送物質」は,本願発明1の「電子輸送材料」に相当する。そして,引用発明の「感光層」と本願発明1の「感光層」は,「電子輸送材料」「を含む」点で共通する。
さらに,技術常識を考慮すると,引用発明の「電子写真用感光体」は,「画像形成装置において像担持体として使用される」ものである(引用例1の段落【0089】の記載からも明らかな事項である。)。そうしてみると,引用発明の「電子写真用感光体」と本願発明1の「正帯電単層型電子写真感光体」は,「画像形成装置において像担持体として使用される」,「電子写真感光体」の点で共通する。

(2) 一致点及び相違点
ア 一致点
本願発明1と引用発明は,次の構成で一致する。
「導電性基体上に,電子輸送材料を含む感光層が形成されており,画像形成装置において像担持体として使用される電子写真感光体。」

イ 相違点
本願発明1と引用発明は,以下の点で相違する。
(相違点1)
本願発明1の「感光層」は,「少なくとも電荷発生材料,正孔輸送材料,」電子輸送材料,「及びバインダー樹脂を含む単層構造の」感光層であるのに対して,引用発明の「感光層」は,このようなものとは特定されていない点。
すなわち,引用発明の「感光層」は,「電子輸送材料」「を含む」ものではあるとしても,「少なくとも電荷発生材料,正孔輸送材料,」電子輸送材料,「及びバインダー樹脂を含む」ものかは,一応,判らない。また,引用例1の段落【0032】の記載からみて,引用発明の「感光層」は,単層型感光体又は機能分離型積層感光体であり得る。

(相違点2)
本願発明1の「電子写真感光体」は,「接触帯電方式の直流電圧印加型の帯電部を備える画像形成装置において像担持体として使用される正帯電単層型電子写真感光体」であるから,帯電方式が「正帯電」である「接触帯電方式の直流電圧印加型の帯電部を備える」画像形成装置において像担持体として使用されることに適した「電子写真感光体」であるのに対して,引用発明は,これが明らかではない点。
すなわち,引用例1の段落【0005】及び【0087】には,それぞれ,「前述のような耐久性に優れた感光体を正帯電プロセス用でかつ高感度にするには電子輸送機能の優れた物質を用いる必要がある。」及び「温度23℃,湿度50%の環境下で,暗所にて表面電位を約+600Vになるように帯電させ,その後露光までの5秒間の表面電位の保持率を次式より求めた。」と記載されている。そうしてみると,引用発明の「電子写真用感光体」は,帯電方式が「正帯電」である「直流電圧印加型の帯電部を備える」画像形成装置において像担持体として使用されることに適したものである可能性はある。しかしながら,引用例1の段落【0005】でいう「前述のような耐久性に優れた感光体」とは,段落【0004】に記載の,「感光層として,電荷発生層の上に電荷輸送層を積層させた機能分離型の感光体」のことである。そして,本願発明の「感光体」が「単層構造の感光体」であることを考慮すると,引用発明の「電子写真用感光体」が「機能分離型の感光体」であることを前提として,本願発明1と引用発明の一致点を抽出することはできない。したがって,引用発明の「電子写真用感光体」は,帯電方式が「正帯電」である「接触帯電方式の直流電圧印加型の帯電部を備える」画像形成装置において像担持体として使用されることに適した「電子写真感光体」であるか,明らかではない。

(相違点3)
本願発明1の「電子輸送材料」は,「下記ETM-1,及びETM-2から選択されるビススチルベンキノン誘導体である」のに対して,引用発明の「電子輸送物質」は,「下記一般式(I)で示される」電子輸送物質である点。
(当合議体注:本願発明1のETM-1及びETM-2,並びに,引用発明の一般式(I)を再掲すると,以下のものである。
ETM-1及びETM-2:


一般式(I):

(式中,R^(1)?R^(12)は夫々同一でも異なっていてもよく,水素原子,ハロゲン原子,置換基を有してもよい炭素数1から6のアルキル基,置換基を有してもよい環状アルキル基,置換基を有してもよいアリール基,置換基を有してもよい複素環基,置換基を有してもよいアラルキル基,または置換基を有してもよい炭素数1から6のアルコキシ基を表し,これらのうち,2つの基が結合して,置換基を有してもよい環状アルキレン基,または置換基を有してもよい芳香族環を形成してもよい。前記置換基は,ハロゲン原子,炭素数1から6の無置換もしくはハロゲン化アルキル基,炭素数1から6の無置換もしくはハロゲン化アルコキシ基,ニトロ基,またはシアノ基を表す。A^(1)およびA^(2)は夫々酸素原子またはCR^(13)R^(14)(R^(13)およびR^(14)は夫々シアノ基またはアルコキシカルボニル基)を表す))

(3) 判断
事案に鑑みて,相違点3について判断する。
本願発明のETM-1は,引用発明の一般式(I)において,置換基が以下の選択肢の化合物である。
A^(1):酸素原子
A^(2):酸素原子
R^(1):置換基を有していない炭素数1のアルキル基(メチル基)
R^(2):水素原子
R^(3):水素原子
R^(4):置換基を有していない炭素数1のアルキル基(メチル基)
R^(5):水素原子
R^(6):水素原子
R^(7):水素原子
R^(8):水素原子
R^(9):フェニル基の2位に位置する水素原子
R^(10):フェニル基の3位に位置する水素原子
R^(11):フェニル基の5位に位置する水素原子
R^(12):フェニル基の6位に位置する水素原子
(当合議体注:フェニル基の4位には,(3,5-ジメチル-4-オキソシクロヘキサ-2,5-ジエン-1-イリデン)メチル基が位置し,フェニル基の1位には,(4-オキソシクロヘキサ-2,5-ジエン-1-イリデン)メチル基が位置している。)

これに対して,引用発明の一般式(I)における置換基A^(1)及びA^(2)の選択肢は「酸素原子またはCR^(13)R^(14)(R^(13)およびR^(14)は夫々シアノ基またはアルコキシカルボニル基)」であり,また,R^(1)?R^(12)の選択肢は,「ハロゲン原子,置換基を有してもよい炭素数1から6のアルキル基,置換基を有してもよい環状アルキル基,置換基を有してもよいアリール基,置換基を有してもよい複素環基,置換基を有してもよいアラルキル基,または置換基を有してもよい炭素数1から6のアルコキシ基を表し,これらのうち,2つの基が結合して,置換基を有してもよい環状アルキレン基,または置換基を有してもよい芳香族環を形成してもよい。前記置換基は,ハロゲン原子,炭素数1から6の無置換もしくはハロゲン化アルキル基,炭素数1から6の無置換もしくはハロゲン化アルコキシ基,ニトロ基,またはシアノ基を表す。」である。そして,引用発明の一般式(I)におけるこれら選択肢は,本願発明のETM-1の置換基を選択肢の中に含むものであるとはしても,選択肢全体から把握される置換基としては,本願発明のETM-1の置換基と類似の性質のもののみとはいえない。そして,引用発明の一般式(I)には,極めて多数の置換基の組み合わせが考えられる。すなわち,例えば,置換基R^(1)?R^(12)の1つが取り得る選択肢をM通りとすると,組み合わせの数は,R^(1)?R^(12)についてだけで,M^(12)通りに達する。
そうしてみると,引用発明の一般式(I)の置換基の選択肢の中から,本願発明1のETM-1の置換基に相当するものを選択し,本願発明のETM-1等の構成に到ることが,容易であるということはできない。

さらにすすんで,引用例1の他の記載を参照すると,引用例1の段落【0018】には,「前記一般式(I)…で示される電子輸送物質の具体例として,以下に(I-1)?(I-58)…を示すが,これらの化合物に限定されるものではない。」と記載されている。そして,これに続く段落【0019】?【0024】には,一般式(I)の置換基が,ある特定のものである,58種類の具体的な化合物が開示されている(当合議体注:異性体は考慮しないものとする。)。しかしながら,これら58種類の化合物は,いずれも,本願発明1のETM-1等とは異なる化合物である。

ところで,これら58種類の化合物について,その置換基の傾向を考察すると,以下のような知見が得られる。
ア A^(1)及びA^(2)(シクロヘキサ-2,5-ジエン-1-イリデン基の4位)は同一であることが多い。
イ シクロヘキサ-2,5-ジエン-1-イリデン基の4位は,酸素原子,1,3-ジアミノプロパン-2-イリデン,又はジメチルマロン酸-2-イリデンであることが多い。
ウ シクロヘキサ-2,5-ジエン-1-イリデン基の3位と5位の置換基は,同一であることが多い。
エ シクロヘキサ-2,5-ジエン-1-イリデン基の3位及び5位の置換基は,メチル基,tert-ブチル基,シクロヘキシル基,又はフェニル基であることが多い。
オ シクロヘキサ-2,5-ジエン-1-イリデン基の2位及び6位は,無置換(水素原子)であることが多い。
カ フェニル基の2位,3位,5位及び6位は,無置換(水素原子)であることが多い。
キ (シクロヘキサ-2,5-ジエン-1-イリデン)メチル基は,フェニル基の1位及び4位に位置する場合が多い。
ク フェニル基の1位と4位の置換基は,同一である(化合物として左右対象に描かれる)ことが多い。
そして,これらア?クの知見に基づくと,化合物の選択肢は,12種類(上記イの3つの選択肢と上記エの4つの選択肢の積)にまで減らされる。
しかしながら,本願発明1のETM-1は,上記エ及びクの知見に反するものであり,また,本願発明1のETM-2は,上記クの知見に反するものである。したがって,前記ア?クの知見を得た当業者を想定すると,かえって,本願発明1のETM-1等の化合物に到ることはないといえる。
したがって,引用発明の一般式(I)に加えて,段落【0019】?【0024】に開示された58種類の具体的な化合物を考慮しても,当業者が,本願発明1のETM-1等の化合物に到るとまではいえない。

その他,引用例1の記載全体を考慮しても,当業者が本願発明1のETM-1等の化合物に到ることができたとする具体的な論理付けを見いだすことができない。

(4) 小括
以上のとおりであるから,他の相違点について判断するまでもなく,本願発明1は,当業者が引用発明に基づいて容易に発明できたものであるということはできない。

3 本願発明2について
本願発明2は,本願発明1の正帯電単層型電子写真感光体を具備する画像形成装置である。
したがって,本願発明2についても,同様に,当業者が引用発明に基づいて容易に発明できたものであるということはできない。

4 当合議体の拒絶の理由について
当合議体の拒絶の理由は,引用例1の段落【0019】に例示された化合物(I-5)を引用したものである。しかしながら,化合物(I-5)に対応する化合物は,本件補正により特許請求の範囲から削除された。
したがって,当合議体の拒絶の理由によってもなお,本願発明1及び本願発明2は,当業者が引用発明に基づいて容易に発明できたものであるということはできない。

第3 むすび
以上のとおり,原査定及び当合議体の拒絶の理由によっては,本件出願を拒絶することはできない。また,他に本件出願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり審決する。
 
審決日 2017-03-31 
出願番号 特願2012-259148(P2012-259148)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (G03G)
最終処分 成立  
前審関与審査官 高松 大  
特許庁審判長 西村 仁志
特許庁審判官 樋口 信宏
清水 康司
発明の名称 電子写真感光体及び画像形成装置  
代理人 正林 真之  
代理人 林 一好  
代理人 岩池 満  

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