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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  H01M
管理番号 1326923
異議申立番号 異議2016-700556  
総通号数 209 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-05-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-06-21 
確定日 2017-02-13 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5838113号発明「固体酸化物形燃料電池用電解質シートと、それを備えた固体酸化物形燃料電池用単セルおよび固体酸化物形燃料電池、並びに、固体酸化物形燃料電池用電解質シートの検査方法および固体酸化物形燃料電池用電解質シートの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5838113号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項7、8について訂正することを認める。 特許第5838113号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1.手続の経緯
特許第5838113号の請求項1-8に係る特許についての出願は、平成24年3月29日(国内優先権主張 平成23年3月30日)に特許出願され、平成27年11月13日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許について、特許異議申立人 井上敬也(以下、「申立人」という)により特許異議の申立てがされ、平成28年9月15日付けで取消理由が通知され、その指定期間内である平成28年11月16日に意見書の提出及び訂正の請求(以下、「本件訂正の請求」という。)がされたものである。

第2.訂正の適否についての判断
1.訂正の内容
本件訂正の請求による訂正の内容は以下のア、イのとおりである。
ア 特許請求の範囲の請求項7を削除する。
イ 特許請求の範囲の請求項8を削除する。

2.訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
上記ア、イの訂正事項は、特許請求の範囲の請求項7、8を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、新規事項の追加に該当せず、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

3.小括
以上のとおりであるから、本件訂正の請求による訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項、第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項7、8について訂正を認める。

第3.特許異議の申立てについて
1.本件発明
本件特許の請求項1-6に係る発明(以下、それぞれ、「本件発明1」、「本件発明2」、・・・、「本件発明6」という。また、これらをまとめて「本件発明」ということがある。)は、平成28年11月16日付け訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1-6に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。なお、請求項1に記載された「シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画」に関して、明細書の【0027】には、電解質シートを1辺30mmの区画に分割したときに、電解質シートの形状および寸法によっては、全てが1辺30mmの区画に分割できず、シート周縁部等は30mm区画に達しない場合があることが記載されている。これによれば、請求項1に記載された「シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画」とは、「シートを分割して得られる、1辺30mmの区画、または、1辺が30mmに達しないシート周縁部等の区画」を意味するものと認められる。

【請求項1】
固体酸化物形燃料電池用の電解質シートであって、
少なくとも一方の面において、蛍光浸透探傷試験で検出される前記シートの表面のキズの数であって、有効画素数が1000×1000画素以上のCCD撮像カメラで一辺100mmの領域を撮影したときに得られる画像に基づいて検出されるキズの数が、前記シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画で30点以下である、
固体酸化物形燃料電池用電解質シート。
【請求項2】
蛍光剤が浸透されていない前記電解質シートをCCD探傷検査したとき、CCDカメラを用いて得られる画像に基づいて検出される前記シートの表面のキズの数が、前記各区画で7点以下である、
請求項1に記載の固体酸化物形燃料電池用電解質シート。
【請求項3】
ジルコニア系酸化物を含有し、
前記ジルコニア系酸化物が、スカンジウム、イットリウム、セリウムおよびイッテルビウムよりなる群から選択される少なくとも1種の元素の酸化物で安定化されたジルコニアである、
請求項1又は2に記載の固体酸化物形燃料電池用電解質シート。
【請求項4】
前記電解質シートの厚さが50μm以上400μm以下であり、平面面積が50cm^(2)以上900cm^(2)以下である、
請求項1?3の何れか1項に記載の固体酸化物形燃料電池用電解質シート。
【請求項5】
燃料極と、空気極と、前記燃料極と前記空気極との間に配置された請求項1?4の何れか1項に記載の固体酸化物形燃料電池用電解質シートとを備えた、
固体酸化物形燃料電池用単セル。
【請求項6】
請求項5に記載の固体酸化物形燃料電池用単セルを備えた、
固体酸化物形燃料電池。

2.取消理由の概要
請求項1-6に係る特許に対して平成28年9月15日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
請求項1-6に係る発明は、本件特許の出願の日前に日本国内または外国において頒布された甲第3号証に記載された発明並びに甲第4号証及び甲第5号証に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件発明1-6に係る特許は、取り消すべきものである。

3.甲号証の記載
(1)甲第1号証
甲第1号証(特開2000-281438号公報)には、次の技術事項が記載されている。なお、下線は当審により付与したものである。

「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明はジルコニアシートとその製法に関し、特にスクリーン印刷などで両面に電極形成を行なう様な場合に、シートと電極との密着性を高め得る様に改善されたジルコニアシートとその製法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】セラミックスは、耐熱性や耐摩耗性などの機械的性質に加えて電気的、磁気的特性等にも優れたものであることから、多くの分野で活用されている。中でもジルコニアを主体とするセラミックシートは、優れた酸素イオン伝導性や耐熱・耐食性、靭性、耐薬品性等を有しているので、酸素センサーや湿度センサーの如きセンサー部品の固体電解質膜、更には燃料電池用の固体電解質膜などとして活用されている。」

「【0011】また該ジルコニアシートは、固体電解質膜などとしての実用性を高める意味から、その厚さが10μm以上、より好ましくは30μm以上、更に好ましくは50μm以上で、500μm以下、より好ましくは300μm以下、特に好ましくは200μm以下が望ましい。該シートを構成する好ましいジルコニアとしては、MgO,CaO,SrO,BaOなどのアルカリ土類金属酸化物、Y_(2)O_(3),La_(2)O_(3),CeO_(2),Pr_(2)O_(3),Nd_(2)O_(3),Sm_(2)O_(3),Eu_(2)O_(3),Gd_(2)O_(3),Tb_(2)O_(3),Dy_(2)O_(3),Ho_(2)O_(3),Er_(2)O_(3),Yb_(2)O_(3)などの希土類元素酸化物、Sc_(2)O_(3),Bi_(2)O_(3),In_(2)O_(3)等の安定化剤を1種もしくは2種以上含有するジルコニアが挙げられ、その他の添加剤としてSiO_(2),Al_(2)O_(3),Ge_(2)O_(3),B_(2)O_(3),SnO_(2),Ta_(2)O_(5),Nb_(2)O_(5)等が含まれていてもよい。」

「【0015】即ち、ジルコニアシートに電極をスクリーン印刷等によって塗布もしくはコーティングする際に、該シートと電極印刷との密着性を高めるには、該シート両面の表面粗さを適正な範囲にすることが必要であり、該表面粗さが、最大高さ(Ry)で0.3?3μm、且つ算術平均粗さ(Ra)で0.02?0.3μmの範囲内のものは、シート面と電極印刷層との界面で高い密着性を示すことが確認された。」

「【0018】なお本発明でいう上記表面粗さとは、1994年に改正されたJIS B-0601に基づいて測定した値をいい、使用した測定器は株式会社東京精密製の「サーフコム1400A」である。」

「【0034】またシートの形状としては、円形、楕円形、R(アール)を持った角形など何れでもよく、これらのシート内に同様の円形、楕円形、Rを持った角形などの穴を有するものであってもよい。更にシートの面積は、50cm^(2)以上、好ましくは100cm^(2)以上である。なおこの面積とは、シート内に穴がある場合は、該穴の面積を含んだ外周縁の面積を意味する。」

「【0042】
【実施例】以下、実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0043】実施例1
市販の3モル%イットリア安定化ジルコニア粉末(第一希元素社製商品名「HSY-3.0」100重量部に対し、メタクリル系共重合体からなるバインダー(分子量:30000、ガラス転移温度:-8℃)15重量部、可塑剤としてジブチルフタレート2重量部、分散媒としてトルエン/イソプロパノール(重量比=3/2)の混合溶剤50重量部を、直径5mmのジルコニアボールが装入されたナイロンポットに入れ、臨界速度の70%の約60rpmで40時間混練してスラリーを調製した。
【0044】このスラリーの一部を採取し、トルエン/イソプロパノール(重量比=3/2)の混合溶剤で希釈して島津製作所製の粒度分布測定装置「SALD-1000」を用いて、スラリー中の固形成分の粒度分布を測定したところ、平均粒子径(50体積%径)が0.35μm、90体積%径が0.85μm、限界粒子径(100体積%径)が1.95μmであることが確認された。
【0045】このスラリーを濃縮脱泡して粘度を30ポイズ(23℃)に調整し、最後に200メッシュのフィルターに通してからドクターブレード法によりポリエチレンテレフタレート(PET)シート上に塗工してグリーンシートを得た。このグリーンシートを正方形に切断し、その上下をウネリ最大高さが10μmの99.5%アルミナ多孔質板(気孔率:30%)で挟んで脱脂した後、1480℃で3時間加熱焼成し、約100mm角、厚さ0.1mmの3モル%イットリア安定化ジルコニアシートを得た。
【0046】得られたグリーンシートの、PETフィルムに接触していた光沢のある面(PET面)と、その反対側の空気に曝されていた面(Air面)を、夫々10mm角に100等分し、合計で両面200の分割面につき、東京精密社製の表面粗さ計「サーフコム1400A」を用いて測定速度0.30mm/secで表面粗さを測定した。なお測定に当たっては、解析パラメータを1994年に改正されたJIS B-0601の規定を適用した。結果を表1に示す。
【0047】実施例2
ジルコニア原料粉末を、市販の4.5モル%イットリア安定化ジルコニア粉末(第一希元素社製商品名「HSY-4.5」)に代えた以外は上記実施例1と全く同様にしてスラリーを調製した。該スラリーの一部を採取し、上記実施例と同様の方法で固形成分の粒度分布を測定したところ、平均粒子径が0.28μm、90体積%径が0.79μm、限界粒子径が1.54μmであることが確認された。
【0048】このスラリーを使用し、上記と同様にして約100mm角(厚さ約0.2mm)の4.5モル%イットリア安定化ジルコニアシートを製造し、同様にして表面粗さを測定した。
【0049】実施例3
ジルコニア原料粉末を、市販の6モル%イットリア安定化ジルコニア粉末(第一希元素社製商品名「HSY-6.0」)に代えた以外は上記実施例1と全く同様にしてスラリーを調製した。該スラリーの一部を採取し、上記実施例1と同様の方法で固形成分の粒度分布を測定したところ、平均粒子径が0.43μm、90体積%径が1.65μm、限界粒子径が2.21μmであることが確認された。
【0050】このスラリーを使用し、上記と同様にして直径100mm(厚さ約0.25mm)の6モル%イットリア安定化ジルコニアシートを製造し、同様にして表面粗さを測定した。
【0051】実施例4
ジルコニア原料粉末に代えて、市販の8モル%イットリア安定化ジルコニア粉末(第一希元素社製商品名「HSY-8.0」)100重量部と高純度アルミナ粉末(大明化学社製商品名「TMDAR」)0.5重量部との混合粉末を使用した以外は、前記実施例1と全く同様にしてスラリーを調製した。該スラリーの一部を採取し、上記実施例1と同様の方法で固形成分の粒度分布を測定したところ、平均粒子径が0.12μm、90体積%径が0.88μm、限界粒子径が2.1μmであることが確認された。
【0052】このスラリーを使用し、上記と同様にして直径100mm(厚さ約0.3mm)の8モル%イットリア安定化ジルコニアシートを製造し、同様にして表面粗さを測定した。」

「【0057】[性能評価試験]上記実施例1?4および比較例1,2で得た各ジルコニアシートを、5%水酸化ナトリウム水溶液に漬し、超音波を3分間当ててシート表面を脱脂した後、その両面に、電極として、共にジルコニアシートと熱膨張率を合わせた酸化ニッケル粉末/酸化ジルコニウム粉末含有ペーストを一方の面にスクリーン印刷し、100℃で乾燥してから1300℃で1時間加熱焼成し、次いでランタン・ストロンチウム・マンガネート(La_(0.8)Sr_(0.2)MnO_(3))粉末含有ペーストを他面にスクリーン印刷し、1000℃で1時間焼成して、両面電極付きジルコニアシートを得た。
【0058】得られた各シートの表面性状を目視観察すると共に、各シートにおける電極印刷層の界面をSEM写真観察し、界面性状を目視評価した。結果を表2に示す。尚表1には、各ジルコニアシートの製造に使用したスラリー中の固形成分の粒度構成も併記した。
【0059】
【表1】

【0060】
【表2】

【0061】表1,2からも明らかな様に、ジルコニアシート両面の表面粗さが本発明の規定要件を満たす実施例1?4では、いずれもシートの表面性状が良好でほぼ均一な厚さを有しており、且つシートと電極の密着性も優れているのに対し、シート片面側の表面粗さが粗過ぎる場合(比較例1)は、表面性状が不均一で且つ電極の一部剥離が見られ、また平滑過ぎる場合(比較例2)では、シートの表面性状は良好で均一な厚さのものが得られるが、電極との密着性が悪く剥離を生じている。
【0062】
【発明の効果】本発明は以上の様に構成されており、ジルコニアシート両面の表面粗さを特定することによって、固体電解質膜用の如く両面に電極印刷を施す場合でも、該電極印刷の厚さ不均一による局部的な通電不良などの問題を生じることなく該電極を高度の密着性で強力に接合することができ、電極形成時における部分的な剥離や稼動時における電極の剥離を可及的に抑制することができ、特に燃料電池用として用いることにより、燃料電池の発電特性や耐久性を大幅に延長できる。」

以上の記載、特に、【0002】、【0051】、【0052】、【表1】の実施例4の記載によれば、甲第1号証には、以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

[甲1発明]
「燃料電池用の固体電解質膜として活用されるジルコニアシートであって、
シートの表面粗さについて、算術平均粗さRaの平均値が0.03であり、算術平均粗さRaの最大値が0.06であり、最大高さRyの平均値が0.5であり、最大高さRyの最大値が0.8であり、
直径100mm、厚さ約0.3mmのイットリア安定化ジルコニアシート。」

(2)甲第2号証
甲第2号証(特開2010-251312号公報)には、次の技術事項が記載されている。

「【0001】
本発明は、固体酸化物形燃料電池用電解質シートおよびその製造方法ならびに当該電解質シートの製造に好適に使用されるスタンパ、当該電解質シートを用いた固体酸化物形燃料電池用セルに関するものである。」

「【0053】
1-2.電解質シート材料
本発明の電解質シートを構成する材料としては、酸素イオン伝導性を有するセラミックであれば特に制限されないが、好ましくはジルコニア、セリアおよびランタンガレート酸化物からなる群から選択される少なくとも1種である。すなわち、前記電解質シートは、ジルコニウム、セリウム、ランタンおよびガリウムよりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有することが好ましい。
【0054】
上記ジルコニアを用いる場合には、酸化スカンジウム、酸化イットリウム、酸化セリウム、酸化イッテルビウム等で安定化されたジルコニア;上記セリアを用いる場合にはイットリア、サマリア、ガドリニア等でドープされたセリア;ランタンガレート酸化物を用いる場合には、ランタンガレートのランタンまたはガリウムの一部が、ストロンチウム、カルシウム、バリウム、マグネシウム、アルミニウム、インジウム、コバルト、鉄、ニッケル、銅等で置換されたランタンガレート型ペロブスカイト構造酸化物等を使用することができる。」

「【0114】
2.電解質シートの製造
2-1.製造例1
6モル%スカンジウム安定化ジルコニア粉末(第一稀元素社製、商品名「6ScSZ」、比表面積:11m^(2)/g、平均粒子径:0.5μm、以下6ScSZと記す。)100質量部に対して、メタアクリレート系共重合体(数平均分子量:100,000、ガラス転位温度:-8℃、固形分濃度:50質量%)からなるバインダーを固形分換算で17質量部、可塑剤としてジブチルフタレート3質量部を、トルエン/イソプロパノール(質量比:3/2)の混合溶剤と共にナイロンポットに投入し、60rpmで20時間ミリングして原料スラリーを調製した。このスラリーを減圧脱泡容器へ移し、3.99kPa?21.3kPa(30Torr?160Torr)に減圧して濃縮・脱泡し、粘度が2.5Pa・sの塗工用スラリーとした。
【0115】
得られた塗工用スラリーを塗工装置のスラリーダムに移して、塗工部のドクターブレードによってPETフィルム上に連続的に塗工し、塗工部に続く110℃の乾燥炉に0.15m/分の速度で通過させて溶剤を蒸発させ、乾燥させることにより、厚さ約180μmの6ScSZグリーンシートを成形した。得られたグリーンシートは、23℃における引張試験による引張破壊伸び率が15%であり、且つ、引張降伏強さが13.9MPa(142kgf/cm^(2))であった。
【0116】
当該6ScSZグリーンシートを約12cm角に切断して加熱テーブルの上に載置し、その上にスタンパを重ねて図7に示すような積層体(加熱テーブル6/グリーンシート5/スタンパ4)とした。なお、スタンパには、押圧部および基板部が樹脂製であり、突起形状が半球状、突起高さが15μm、突起径が30μm、隣接する突起頂点の間隔が60μmに設定され、押圧部がフッ素樹脂でコートされたものを用いた。この積層体を圧縮成形機(神藤金属工業所製、型式「S-37.5」)のプレス部に載置し、押圧温度25℃、押圧力22.5MPa(230kgf/cm^(2))、押圧時間2秒間の条件で加圧した。スタンパをグリーンシートから剥離して、陥没孔が形成された6ScSZグリーンシートを得た。
【0117】
このグリーンシートを1400℃で3時間焼成することにより、10cm角、厚さ160μmの6ScSZ電解質シートを得た。得られた6ScSZ電解質シートの平均山頂間距離、平均谷底深さおよび曲げ強度を測定し、ワイブル係数を算出した。これらの結果を表2に、表面形状の代表的なスケール調整粗さ曲線を図8に示した。得られた6ScSZ電解質シートの粗さ曲線に認められる陥没内の凹部先端は全て鋭角でなかった。」

以上の記載によれば、特に、製造例1の記載に着目すると、甲第2号証には、以下の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。

[甲2発明]
「固体酸化物型燃料電池用の電解質シートであって、
6モル%スカンジウム安定化ジルコニア粉末(第一稀元素社製、商品名「6ScSZ」、比表面積:11m^(2)/g、平均粒子径:0.5μm、以下6ScSZと記す。)100質量部に対して、メタアクリレート系共重合体(数平均分子量:100,000、ガラス転位温度:-8℃、固形分濃度:50質量%)からなるバインダーを固形分換算で17質量部、可塑剤としてジブチルフタレート3質量部を、トルエン/イソプロパノール(質量比:3/2)の混合溶剤と共にナイロンポットに投入し、60rpmで20時間ミリングして原料スラリーを調製し、このスラリーを減圧脱泡容器へ移し、3.99kPa?21.3kPa(30Torr?160Torr)に減圧して濃縮・脱泡し、粘度が2.5Pa・sの塗工用スラリーとし、得られた塗工用スラリーを塗工装置のスラリーダムに移して、塗工部のドクターブレードによってPETフィルム上に連続的に塗工し、塗工部に続く110℃の乾燥炉に0.15m/分の速度で通過させて溶剤を蒸発させ、乾燥させることにより、厚さ約180μmの6ScSZグリーンシートを成形し、当該6ScSZグリーンシートを約12cm角に切断して加熱テーブルの上に載置し、その上にスタンパを重ねて積層体(加熱テーブル6/グリーンシート5/スタンパ4)とし、なお、スタンパには、押圧部および基板部が樹脂製であり、突起形状が半球状、突起高さが15μm、突起径が30μm、隣接する突起頂点の間隔が60μmに設定され、押圧部がフッ素樹脂でコートされたものを用い、この積層体を圧縮成形機(神藤金属工業所製、型式「S-37.5」)のプレス部に載置し、押圧温度25℃、押圧力22.5MPa(230kgf/cm^(2))、押圧時間2秒間の条件で加圧し、スタンパをグリーンシートから剥離して、陥没孔が形成された6ScSZグリーンシートを得て、このグリーンシートを1400℃で3時間焼成することにより製造され、
電解質シートは、スカンジウム安定化ジルコニアにより構成され、
電解質シートの厚さは160μmであり、
電解質シートの平面面積は100cm^(2)である、
電解質シート。」

(3)甲第3号証
甲第3号証(国際公開第99/55639号)には、次の技術事項が記載されている。なお、下線は当審により付与したものである。

「セラミックスシートは、通常、セラミックス粉体に有機バインダー、溶剤および必要に応じて可塑剤、分散剤などを添加し、混練して得られるスラリーを、ドクタ一ブレード法、カレンダーロール法や押出し成形法によって成形してグリーンシートとし、このグリーンシートを所定の形状に打抜き、切断した後、焼成することにより製造される。」(第1頁第20-24行)

「本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、異物・キズなどの不良箇所が少なく、表面全体にわたり均一な品質を有するセラミックスシート、特に燃料電池用の固体電解質膜に好適な大判で薄膜のジルコニアシ一トを提供することにある。また、本発明の他の目的は、グリーンシートの重ね焼きにおいて、キズなどの不良箇所の発生を効果的に防止して、上記のようなセラミックスシートを製造できる方法を提供することにある。」(第4頁第10-15行)

「本発明のセラミックスシートは、CCD(chargecouleddevice)カメラを用いて得られる画像に基づいて不良個所を検出する場合に、対象となるシートを画面分割して得られる1辺30mm以内の各区画で不良個所が5点以下のセラミックスシートである。すなわち、本発明のセラミックスシ一トは、表面全体にわたって不良個所が少なく均質な機械的強度を示すものである。ここで、CCDカメラとは、光を感じる素子(画素)が20万個以上取り付けられていて、透過光若しくは反射光により得られる光画像を電気信号に変換するものであり、得られた電気信号を画像処理することにより、対象となるセラミックスシートのキズ、凹みやピンホール、付着物等を検出することができる。本発明では、300000画素以上のCCDカメラを使用することが好ましい。」(第6頁第1-10行)

「不良個所の検出は、セラミックスシート全面を1辺30mm以下の正方形の区画単位に分割して行う。画面分割の態様は特に限定しないが、1辺30mmの正方形が碁盤目状に配列されるように分割する方法が合理的である。この場合、シートの寸法や形状(たとえば円形)によっては、1辺30mm未満の区画が存在することになるが、中央部に1辺30mmの区画がなるべく多くとれるように分割することが好ましい。例えば、1辺100mmの正方形のセラミックスシートの場合、図2に示すように分割することが好ましい。
本発明のセラミックスシートは、分割態様によらず、いずれの区画においても不良個所が5個以下であるという、正にシート表面全体にわたり均一な品質を有し、しかも不良箇所が極めて少ない。よって、本発明のセラミックスシートは、センサー基板やカッター基板、電子回路用厚膜基板や薄膜基板、放熱基板、その他の各種基板、焼成用セッタ一など、電気、電子、機械、化学の各分野で使用されるシート状構造部品として好適であり、さらにセラミックスシートが固体電解質の場合には、燃料電池用の固体電解質膜として有用である。」(第7頁第7-20行)

「上記セラミックスのうち燃料電池の固体電解質膜に用いるセラミックスシートしては、2?12モル%のイットリアで安定化されたジルコニアで、セラミックス粉体全体の0.01?5重量%の範囲で、アルミナ、チタニア、シリカよりなる群から選ばれる1種以上を含有したものが好ましく用いられる。」(第8頁第5-8行)

「本発明のセラミックスシートのサイズは、一般に、1辺25?300mmの角形または直径25?300mmの円形である。これらのうち、面積が100cm^(2)以上のシートが好ましく、より好ましくは120cm^(2)以上である。面積が100cm^(2)以上で不良個所が少ない均質なセラミックスシートを、従来の重ね焼きの方法では得ることができなかったからである。
本発明のセラミックスシートの厚さについては特に制限しないが、一般に0.01?1mmであり、好ましくは0.05?0.5mm、より好ましくは0.07?0.3mmであり、さらに好ましくは0.1?0.15mmである。」(第9頁第7-14行)

「実施例
以下、 実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明する。ただし、本発明は以下の実施例に限定されない。
〔測定、評価方法〕
本発明に用いた測定、評価方法は、以下の通りである。
(1)セラミックスシートの不良箇所の位置・数の測定
SONY (株)製CCDカメラ[タイプ;XC-7500、有効画素数;659(H)×494(V)]、画像処理装置、ホストコンピュータ一などを搭載したミノルタ(株)製セラミックプレート検査機の蛍光灯面照明付き試料台の上に測定しょうとするセラミックスシートを置いて、シート表面の照度が4500ルクスになるように透過光量を調整した。
セラミックスシートを30mm×30mmの領域に分割し、各区画について上記検査機を用いて不良箇所の数をカウントした。区画分割は、1辺30mm未満の区画が周縁部となるように行った。よって、セラミックスシートが1辺100 mmの角形シートの場合には、図2に示すようにAa,Ab……Ddの計16区画に分割し、1辺が120mmの角形シートの場合には、Aa, Ab……Ed,E eの25区画に分割した。」(第13頁第6-22行)

「実施例1:
<焼成用グリーンシートの作成>
・・・(省略)・・・
<セラミックシートの作成>
セッタ一の上に上記スぺ一サー用シートを敷き、その上に所定の形状に切断した上記焼成用グリーンシートを載せ、さらにその上にカバ一用シートを載せて、1450℃で焼成した。焼成により、1辺が100mm、厚さ0.2mmの8モル%イットリア安定化ジルコニアシートを得た。」(第15頁第1行-第17頁第2行)

「[評価]
実施例1?3、比較例1,2で製造したジルコニアシートについて、上記評価方法に準じて、不良個所、曲げ強度、ワイプル係数、割れ・クラック発生数を測定した。不良個所の測定結果を表2に示す。また、評価結果の一覧を表3に示す。
尚、不良個所の数測定に際しての画面分割は、実施例3は25区画とし、他は16区画とした。
表2

表2からわかるように、実施例1?3はいすれも不良個所5個以下であり、比較例は、不良個所5個以上の区画が存在した。」(第21頁第1行-第8行)

以上の記載、特に、実施例1、表2によれば、甲第3号証には、以下の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されていると認められる。

[甲3発明]
「燃料電池の固体電解質膜に用いられるジルコニアシートであって、
有効画素数659×494画素のCCDカメラを用いて得られる画像に基づいて不良個所の数をカウントする場合に、対象となるシートを画面分割して得られる1辺30mmの各区画及び1辺30mm未満の各区画で不良個所が5点以下であり、
イットリア安定化ジルコニアにより構成され、
ジルコニアシートの厚さは200μmであり、
ジルコニアシートは1辺が100mmの角形シートである、
ジルコニアシート。」

(4)甲第4号証
甲第4号証(特開平5-36390号公報)には、次の技術事項が記載されている。

「かくして得られた焼成β-アルミナ袋管について、通常の水溶性蛍光浸透探傷(ザイグロ)試験によつて、その表面の欠陥密度を調べたところ、欠陥部分で紫外線により蛍光を発するインジケーシヨンの密度は単位平方センチメートルあたり平均1個以下であつた。」(第4頁左欄第20-25行)

「以上説明から明らかなように、本発明に従えば、β-アルミナセラミツクスを、そのようなβ-アルミナセラミツクスを与える成分を含む溶液若しくはスラリーに浸漬処理して、充分に含浸せしめた後、熱処理を施すことによつて、かかるβ-アルミナセラミツクスの表面に局在する。実質的な表面欠陥が消失させられ、特に局部電流集中を生じ易いヘアー状クラツクが有効に解消せしめられることとなるところから、例えばナトリウム-硫黄電池における固定電解質として有利に用いられることとなり、それによつて、電流集中を回避し、以てβ-アルミナセラミツクスの劣化寿命を効果的に改善せしめ得たのであり、そこに、本発明の大きな工業的意義が存するのである。」(第5頁右欄第2-15行)

(5)甲第5号証
甲第5号証(特開2001-3764号公報)には、次の技術事項が記載されている。

「【発明の詳細な説明】
本発明は、概括的には、物品表面の微小亀裂を検出するとともに検出した亀裂を自動及び/又は手動補修するための改良方法に関するものであり、具体的には、蛍光浸透剤によってタービンエンジンハードウェアの表面の亀裂を検出するとともに亀裂を自動及び/又は手動補修することに関する。」

「【0003】
【発明が解決しようとする課題】この補修手順を終えた後、物品を周知の手順に従って蛍光浸透剤検査する。これらの手順には、部品の洗浄、紫外線下での部品の検査、欠陥が残っていないかの確認、部品の洗浄、及び後で確認された欠陥の再補修のためのスラリーの再施工を要する。もちろん、この手順での問題は、後段の蛍光浸透剤検査において、拡大鏡の使用の有無を問わず視覚検査技術では見いだせなかった或いは見いだし得なかった欠陥が見つかることが多々あることである。補修に悪影響を与えずに補修サイクル前に物品に存在する欠陥を適切に識別することができる方法で仮にすべての補修がワンサイクルで終えることができるものがあれば、時間、人手、労力及びエネルギー資源を節約することができる。」

「【0010】本発明の補修方法を図2に示す。図2は本発明に従って物品を補修する段階の概略を示したフローチャートである。本発明は、、翼形部を高温環境54に暴露する前に実施される初期検査46、50において表面に通じる欠陥がすべて確認されるという点で、従来技術の方法よりも改善されている。本発明の方法では、白色光つまり慣用照明下で実施される第1視覚検査46と紫外線下で行われる第2検査50の2つの検査において関連欠陥をすべて識別する。第1視覚検査46では、紫外線の下では余り目立たないおそれもある表面に通じた幅広い欠陥を識別するのに対し、第2検査50では、通常の浸透剤法を用いて、白色光条件下では高倍率に拡大しても観察できないおそれのある非常に微小な亀裂を識別する。」

「【0015】アーム78にはテレビカメラ82も取付けられていて、その焦点は翼形部62に合わせられる。このカメラ82はコントロールルーム84にビジュアルフィードバックを供給し、翼形部62の映像がスクリーン86に表示される。コントロールルーム84から、台車80、アーム78及び容器74内の材料76を遠隔操作して、紫外線照明72で照明したときに蛍光浸透剤で明るく見える翼形部62表面の欠陥に材料76を施工できる。こうした明るく見える領域が、翼形部のなかで、スラリー状の材料76を堆積すべき所定部分である。好ましい実施形態では、カメラ82はCCDカメラであって、コントロールルーム84の映像システム(図示せず)にフィードバックを提供する。この映像システムは、残留浸透剤に紫外線を当てたときに発光する翼形部62表面の補修の必要な明領域を検出できるようにプログラムされる。かかる能力をもつ映像システムは周知である。映像システムはアーム78及び台車80用コントローラにフィードバックを提供することができて、翼形部62の所定部分の上方に台車80及びアーム78を自動的に位置付けることができる。適切な位置決めがなされれば、分配装置をその位置決め能力と関連して作動させて、容器74からスラリー状の材料76をノズル90を通して翼形部62上に分配することができる。」

4.判断
(1)取消理由通知に記載した取消理由について
本件発明1と甲3発明とを対比すると、両者の一致点・相違点は、次のとおりである。

[一致点]
「固体酸化物形燃料電池用の電解質シートであって、
CCD撮像カメラで撮影したときに得られる画像に基づいて検出されるキズの数が、前記シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画で所定値以下である、
固体酸化物形燃料電池用電解質シート。」である点。

[相違点]
「CCD撮像カメラで撮影したときに得られる画像に基づいて検出されるキズの数が、前記シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画で所定値以下である」ことが、本件発明1は、「少なくとも一方の面において、蛍光浸透探傷試験で検出される前記シートの表面のキズの数であって、有効画素数が1000×1000画素以上のCCD撮像カメラで一辺100mmの領域を撮影したときに得られる画像に基づいて検出されるキズの数が、前記シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画で30点以下である」のに対し、甲3発明は、そうであるか否か不明である点。

相違点について検討する。
甲第4号証には、電池の固体電解質として用いられるβ-アルミナセラミックスに対して蛍光浸透探傷試験を行い、その表面の欠陥密度を調べることが記載されている。すなわち、固体酸化物形燃料電池用の電解質シートの表面において、前記シートの表面のキズの密度を調べるにあたり蛍光浸透探傷試験を用いることは知られており、甲3発明の固体電解質膜に用いられるジルコニアシートにおいても、蛍光浸透探傷試験で検出される前記シートの表面のキズの密度を調べることは当業者が容易に想到し得ることである。
しかしながら、甲3発明の認定の基礎となった実施例1について、たとえ蛍光浸透探傷試験を行ったとしても、「有効画素数が1000×1000画素以上のCCD撮像カメラで一辺100mmの領域を撮影したときに得られる画像に基づいて検出されるキズの数が、前記シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画で30点以下」となるとはいえない。なぜならは、特許権者が平成28年11月16日に提出した意見書に添付された実験成績証明書には、甲第3号証に記載された実施例1及び2のジルコニアシートについて、蛍光浸透探傷試験で検出されるシートの表面のキズの数を確認した実験結果が記載されている。この実験結果によれば、甲第3号証に記載された実施例1及び2のジルコニアシートは、「少なくとも一方の面において、蛍光浸透探傷試験で検出される前記シートの表面のキズの数であって、有効画素数が1000×1000画素以上のCCD撮像カメラで一辺100mmの領域を撮影したときに得られる画像に基づいて検出されるキズの数が、前記シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画で30点以下である」ものではないことが示されているからである。
したがって、甲3発明は、上記相違点に係る本件発明1の上記発明特定事項を備えるものではなく、上記相違点は、実質的な相違点である。

次に、甲3発明において、上記相違点に係る本件発明1の発明特定事項とすることが容易であるか否かについて検討する。上記相違点は、本件発明1が、本件発明1の電解質シートを得る製造方法の例として本件特許明細書の段落【0057】-【0061】に記載されているように、グリーンシートの焼成時に突起形状を有するスペーサーを用いて製造したものであるのに対し、甲3発明の認定の基礎となった実施例1は、突起形状を有するスペーサーを用いて製造したものではないことにより生じていると考えられる。
そして、甲第3-5号証のいずれにも、グリーンシートの焼成時に突起形状を有するスペーサーを用いて製造することについての示唆はないから、甲3発明を、グリーンシートの焼成時に突起形状を有するスペーサーを用いて製造することによって、蛍光浸透探傷試験で検出されるキズの数を30点以下にすることが当業者に容易に想到し得るとはいえない。
また、甲第5号証には、蛍光浸透剤検査によって物体の表面の亀裂を検出し、検出された亀裂を補修することが記載されているが、甲第5号証に記載された技術は、検査・補修の対象となる物体がタービンエンジンハードウェアであって、補修方法は、補修合金を欠陥に施工してから物品を加熱して補修合金を流動化させる(甲第5号証の【0008】を参照されたい。)というものであり、甲3発明のジルコニアシートのようなセラミックシートに適用することは全く想定されていないから、甲3発明において、甲第5号証に記載された検査・補修を行うことによって、蛍光浸透探傷試験で検出されるキズの数を30点以下にすることが当業者に容易に想到し得るとはいえない。
また、上記相違点に係る発明特定事項により、本件発明1は、「キズに起因する電解質シートの破損が低減でき、より信頼性の高い強度特性を有する固体酸化物形燃料電池用電解質シートを提供できる」という顕著な効果を奏するものである。

以上の検討から、本件発明1は、甲3発明並びに甲第4号証及び甲第5号証に記載された技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

また、本件発明2-6は、本件発明1にさらに発明特定事項を付加して限定したものであるから、本件発明1と同様の理由により、甲3発明並びに甲第4号証及び甲第5号証に記載された技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由(特許法第36条第6項第1号)について
ア 課題解決
申立人は、本件発明は、発明の課題を解決できない態様を含んでおり、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるため、発明の詳細な説明に記載したものではなく、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないと主張している。
より具体的には、
(ア)請求項1-6は、電解質シートのキズの大きさや深さについて規定していないから、シートの表面に1つでも非常に深いキズが存在する場合には、「電解質シート表面のキズを原因としたシートの割れが発生し、信頼性が低下するおそれがある」との課題を解決できない、
(イ)請求項1-6における「キズ」を、明細書の段落【0023】、【0028】の記載を参酌して、「従来のCCDカメラでは検出されにくい、微小・微細な、深さが20μm未満のキズおよび長さが100μm未満のキズ」に限定解釈するとしても、シートの厚さが20μm未満であれば、割れが発生しやすいことは明らかであり、上記課題を解決できない、
(ウ)請求項1-6における「キズ」は、明細書の段落【0025】、【0026】の記載を参酌すると、「従来のCCDカメラで検出される、微小・微細でないキズ」も含み得るといえるから、上記(イ)の限定解釈をすることはできない、
と主張している。

申立人の上記(ア)?(ウ)主張は、要するに、請求項1-6の電解質シートに含まれる「キズ」は、非常に深い等の理由によってシートの割れが発生しやすいキズを含み得るから、上記課題は解決できないということである。
そこで、この点について検討する。
本件発明が解決しようとする課題は、明細書の段落【0006】等の記載によれば、従来のCCDカメラよってキズが検出されたシートを排除することによっては燃料電池運転中のセルの破損を防ぐことができないことに対して、より信頼性の高い強度特性を備えたシートを提供することである。
そして、本件発明は、蛍光浸透探傷試験によって従来のCCDカメラを用いた方法では検出されなかった微小・微細なキズをもったシートを排除することができ、信頼性の高い強度特性を備えたシートを提供することができるものである。
したがって、本件発明のシートに、シートの割れが発生しやすい深いキズが含まれていたとしても、そのようなキズを有するシートを排除することは本件発明の課題ではないから、割れが発生しやすい深いキズを有するシートを排除できないとの理由によって本件発明が課題を解決していないと直ちにいうことはできない。
よって、申立人の主張は理由がない。

イ 拡張ないし一般化
申立人は、本件発明は、特許請求の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないものであるため、発明の詳細な説明に記載したものではなく、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていないと主張している。
より具体的には、
本件発明は、「蛍光浸透探傷試験で検出される前記シートの表面のキズの数であって、有効画素数が1000×1000画素以上のCCD撮像カメラで一辺100mmの領域を撮影したときに得られる画像に基づいて検出されるキズの数が、前記シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画で30点以下である」という達成すべき結果により規定されたもの、すなわち、キズの数の少ないほど好ましいという周知な課題により規定されたものであり、一方、発明の詳細な説明には、特定の材料を用いて特定の製法に従い製造された電解質シートの実施例について、上記結果が達成されたことのみが記載されているから、出願時の技術常識を考慮しても、材料や製法の限定の無い本件発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないと主張している。

申立人の主張するように、本件発明は、「蛍光浸透探傷試験で検出される前記シートの表面のキズの数であって、有効画素数が1000×1000画素以上のCCD撮像カメラで一辺100mmの領域を撮影したときに得られる画像に基づいて検出されるキズの数が、前記シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画で30点以下である」という達成すべき結果により規定されたものである。
しかしながら、本件発明は、そもそも、「蛍光浸透探傷試験で・・30点以下である」という上記規定によるシートであれば、シートの材料や製法に関係なく上記課題が解決され、上記顕著な効果を奏するものと考えられ、シートの材料や製法により上記規定に当てはまらないシートは本件発明のシートではないといえるから、材料や製法の限定の無い本件発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないという申立人の主張は理由がない。

(3)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由(特許法第36条第6項第2号)について
申立人は、特許請求の範囲の請求項1-6の記載は、特許を受けようとする発明が明確でなく、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないと主張している。
より具体的には、
本件発明1の「シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画」には、1辺30mm以内のあらゆる区画が含まれ、区画を小さくすればするほど1区画に含まれるキズの数は少なくなるから、本件発明の「キズの数が、前記シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画で30点以下である」との記載は、キズの数について何ら限定するものではなく、本件発明はキズの数がどの程度の電解質シートを規定しているのか不明であり、発明の範囲が不明確である、
本件発明2の「キズの数が、前記各区画で7点以下である」についても同様であり、したがって、本件発明1-6は明確でない、
と主張している。

上記「第3.1.本件発明」で述べたように、請求項1に記載された「シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画」とは、「シートを分割して得られる、1辺30mmの区画、または、1辺が30mmに達しないシート周縁部等の区画」を意味するものと認められる。
したがって、本件発明1の「シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画」には、1辺30mm以内のあらゆる区画が含まれるものではなく、発明は明確でないという申立人の主張は理由がない。本件発明2-6についても同様である。

(4)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由(特許法第29条第1項第3号)について
申立人は、本件発明1-6は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された発明、甲第3号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当すると主張している。
より具体的には、
(ア)請求項1-6の「シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画」には、1辺30mm以内のあらゆる区画が含まれるから、本件発明1-6は、電解質シートの表面のキズの数について何ら限定するものではなく、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証に記載された発明、甲第3号証に記載された発明である、
(イ)電解質シートの表面粗さと電解質シートの表面のキズの程度とは互いに相関し、また、甲1発明のシート表面の算術平均粗さや最大高さは、本件発明1-6のシートにおける好ましい算術平均粗さに包含されているから、甲1発明は、本件発明1-6の「少なくとも一方の面において、蛍光浸透探傷試験で検出される前記シートの表面のキズの数であって、有効画素数が1000×1000画素以上のCCD撮像カメラで一辺100mmの領域を撮影したときに得られる画像に基づいて検出されるキズの数が、前記シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画で30点以下である」を具備するといえ、本件発明1-6は、甲第1号証に記載された発明である、
(ウ)甲第2号証に製造例1として記載された電解質シートの製造方法と、本件発明1-6の電解質シート製造法とは、概ね同一であるから、甲第2号証に記載された電解質シートの製造方法により製造された電解質シート、すなわち、甲2発明は、本件発明1-6の電解質シートを含んでいる蓋然性が高い、
と主張している。

これら主張について検討する。
(ア)について
上記(3)で述べたように、本件発明1の「シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画」には、1辺30mm以内のあらゆる区画が含まれるものではないから、かかる主張は理由がない。
(イ)について
仮に、申立人の主張するように、電解質シートの表面粗さと電解質シートの表面のキズの程度とが互いに相関していたとしても、蛍光浸透探傷試験で検出されるシートの表面のキズの数が、表面粗さから一義的に決定されるという理由はなく、甲1発明のシート表面の算術平均粗さや最大高さが、本件発明1-6のシートにおける好ましい算術平均粗さに包含されていたとしても、そのことから直ちに、甲1発明が本件発明1-6の「少なくとも一方の面において、蛍光浸透探傷試験で検出される前記シートの表面のキズの数であって、有効画素数が1000×1000画素以上のCCD撮像カメラで一辺100mmの領域を撮影したときに得られる画像に基づいて検出されるキズの数が、前記シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画で30点以下である」を具備するとはいえないから、かかる主張は理由がない。
(ウ)について
甲第2号証製造例1として記載された電解質シートの製造方法は、【図7】に示されるように、半球状の突起を持つスタンパをグリーンシートに押圧し、グリーンシートに陥没孔を形成した後、焼成して、曲げ強度・ワイプル係数の高い電解質シートを得るものであり、本件発明の実施例のような、突起形状スペーサを用いてグリーンシートの積層体を焼成する製造方法とは異なるものであり、製造法が概ね同一であるといえないから、かかる主張は理由がない。

第4.むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1-6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1-6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体酸化物形燃料電池用の電解質シートであって、
少なくとも一方の面において、蛍光浸透探傷試験で検出される前記シートの表面のキズの数であって、有効画素数が1000×1000画素以上のCCD撮像カメラで一辺100mmの領域を撮影したときに得られる画像に基づいて検出されるキズの数が、前記シートを1辺30mm以内の区画に分割して得られる各区画で30点以下である、
固体酸化物形燃料電池用電解質シート。
【請求項2】
蛍光剤が浸透されていない前記電解質シートをCCD探傷検査したとき、CCDカメラを用いて得られる画像に基づいて検出される前記シートの表面のキズの数が、前記各区画で7点以下である、
請求項1に記載の固体酸化物形燃料電池用電解質シート。
【請求項3】
ジルコニア系酸化物を含有し、
前記ジルコニア系酸化物が、スカンジウム、イットリウム、セリウムおよびイッテルビウムよりなる群から選択される少なくとも1種の元素の酸化物で安定化されたジルコニアである、
請求項1又は2に記載の固体酸化物形燃料電池用電解質シート。
【請求項4】
前記電解質シートの厚さが50μm以上400μm以下であり、平面面積が50cm^(2)以上900cm^(2)以下である、
請求項1?3の何れか1項に記載の固体酸化物形燃料電池用電解質シート。
【請求項5】
燃料極と、空気極と、前記燃料極と前記空気極との間に配置された請求項1?4の何れか1項に記載の固体酸化物形燃料電池用電解質シートとを備えた、
固体酸化物形燃料電池用単セル。
【請求項6】
請求項5に記載の固体酸化物形燃料電池用単セルを備えた、
固体酸化物形燃料電池。
【請求項7】(削除)
【請求項8】(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-01-31 
出願番号 特願2012-78173(P2012-78173)
審決分類 P 1 651・ 851- YAA (H01M)
P 1 651・ 121- YAA (H01M)
P 1 651・ 537- YAA (H01M)
P 1 651・ 113- YAA (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 守安 太郎  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 板谷 一弘
千葉 輝久
登録日 2015-11-13 
登録番号 特許第5838113号(P5838113)
権利者 株式会社日本触媒
発明の名称 固体酸化物形燃料電池用電解質シートと、それを備えた固体酸化物形燃料電池用単セルおよび固体酸化物形燃料電池、並びに、固体酸化物形燃料電池用電解質シートの検査方法および固体酸化物形燃料電池用電解質シートの製造方法  
代理人 鎌田 耕一  
代理人 間中 恵子  
代理人 鎌田 耕一  
代理人 間中 恵子  

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