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審決分類 審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B29B
審判 一部申し立て 2項進歩性  B29B
審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B29B
管理番号 1326982
異議申立番号 異議2017-700030  
総通号数 209 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-05-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-01-13 
確定日 2017-04-04 
異議申立件数
事件の表示 特許第5949896号発明「繊維強化プラスチック成形体用シート及びその成形体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5949896号の請求項1ないし9、12ないし19に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5949896号の請求項1?19に係る特許についての出願は,2013年2月28日(優先権主張 2012年2月29日 2012年4月17日 2012年7月11日 2012年12月25日 いずれも日本国(JP))を国際出願日とする出願であって,平成28年6月17日に特許権の設定登録がされ,同年7月13日にその特許公報が発行され,その後,平成29年1月13日に特許異議申立人東レ株式会社(以下「特許異議申立人」という。)から,請求項1?9,12?19に係る特許について特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第5949896号の請求項1?19に係る発明(以下「本件発明1」?「本件発明19」といい,本件の明細書を「本件特許明細書」という。)は,それぞれ,その特許請求の範囲の請求項1?19に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
強化繊維シートと、マトリックス樹脂成分を含有する不織布シートを貼合した繊維強化プラスチック成形体用シートであって、JAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法No.5-2に規定される透気度が200秒以下であり、
前記不織布シートは、少なくとも限界酸素指数が25以上であり繊維径が30μm以下である熱可塑性スーパーエンプラ繊維のチョップドストランドからなるマトリックス樹脂成分とバインダー成分を含有し、前記バインダー成分の量は全繊維強化プラスチック成形体用シートの10質量%以下であることを特徴とする、繊維強化プラスチック成形体用シート。
【請求項2】
前記マトリックス樹脂成分を含有する不織布シートが、強化繊維のチョップドストランドをさらに含有し、前記スーパーエンプラ繊維の繊維径が前記強化繊維の繊維径の4倍以下である、請求項1記載の繊維強化プラスチック成形体用シート。
【請求項3】
前記バインダー成分が、前記不織布シートの表層部にその多くの部分が存在するように偏在している、請求項1又は2に記載の繊維強化プラスチック成形体用シート。
【請求項4】
前記バインダー成分が前記スーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分と相溶性を有し、且つ前記繊維強化プラスチック成形体用シートを300℃以上400℃以下の
温度で加熱加圧成形したときに前記スーパーエンプラ繊維との間に界面が存在せず一体化する樹脂成分である、請求項1?3のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形体用シート。
【請求項5】
前記スーパーエンプラ繊維の繊維径が1?20μmである請求項1?4のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形体用シート。
【請求項6】
前記スーパーエンプラ繊維がポリエーテルイミド(PEI)繊維である請求項1?5のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形体用シート。
【請求項7】
前記バインダー成分がポリエチレンテレフタレート(PET)又は変性ポリエチレンテレフタレート(PET)を含む請求項6記載の繊維強化プラスチック成形体用シート。
【請求項8】
前記バインダー成分の一部は、前記スーパーエンプラ繊維のガラス転移温度よりも低い融点を持つ繊維状の熱可塑性樹脂である、請求項1?7のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形体用シート。
【請求項9】
マトリックス樹脂成分がポリエーテルイミド樹脂であり、バインダー成分は融点が80℃?130℃である変性ポリエステル樹脂を少なくとも含有する、請求項1?8のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形体用シート。
【請求項10】
バインダー成分が、モノマー成分としてメチルメタクリレート及びエチルメタクリレートから選ばれる少なくとも1種を含有する共重合体を含有するエマルジョンを含む、請求項1?9のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形体用シート。
【請求項11】
バインダー成分が、モノマー成分としてメチルメタクリレート及びエチルメタクリレートから選ばれる少なくとも1種を含有する共重合体と繊維状の熱可塑性樹脂とを含み、
繊維強化プラスチック成形体用シートに対し、共重合体の含有量が0.5質量%?3.0質量%であり、繊維状の熱可塑性樹脂の含有量が1質量%?6質量%である、請求項1?10のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形体用シート。
【請求項12】
繊維強化プラスチック成形体用シート中の全強化繊維とスーパーエンプラ繊維の比率が、体積比で5/95?70/30である、請求項1?11のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形体用シート。
【請求項13】
強化繊維シートの両面に、マトリックス樹脂成分を含有する不織布シートが貼合されている、請求項1?12のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形体用シート。
【請求項14】
マトリックス樹脂成分を含有する複数の不織布シートが貼合されている、請求項1?13のいずれか1項に記載の繊維強化プラスチック成形体用シート。
【請求項15】
強化繊維シートと、少なくとも限界酸素指数が25以上であり繊維径が30μm以下であるスーパーエンプラ繊維のチョップドストランドからなるマトリックス樹脂成分とバインダー成分を含有する不織布シートとを積層し加熱処理して貼合することを含む繊維強化プラスチック成形体用シートの製造方法であって、
前記繊維強化プラスチック成形体用シートにおいて、前記バインダー成分の量が全繊維強化プラスチック成形体用シートの10質量%以下であり、かつJAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法No.5-2に規定される透気度が200秒以下である、前記方法。
【請求項16】
前記バインダー成分が、バインダー成分を含有する溶液或いはエマルジョンとして、塗布法或いは含浸法により前記不織布シートに付与される、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
強化繊維シートと、マトリックス樹脂成分を含有する不織布シートの貼合が熱プレスにより行われる、請求項15又は16に記載の方法。
【請求項18】
スーパーエンプラ繊維のガラス転移温度よりも低い融点を持つ繊維状の熱可塑性樹脂により貼合されている、請求項17記載の方法。
【請求項19】
前記不織布シート中のスーパーエンプラ繊維の一部が溶融することにより貼合されている請求項17又は18に記載の方法。」

第3 取消理由の概要
特許異議申立人が申し立てた取消理由の概要は以下のとおりである。

[理由1]
本件発明1?9,12?19は,本件優先日前に頒布された刊行物である下記甲第1?3号証に記載された発明に基いて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができない。
よって,本件発明1?9,12?19に係る特許は,特許法第29条の規定に違反してされたものであるから,同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

甲第1号証:特許第4708330号公報
甲第2号証:特開平5-69441号公報
甲第3号証:特開2011-144473号公報

[理由2]
本件発明1?5,8,12?19は,下記の点で,特許請求の範囲に記載された特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないから,特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって,本件発明1?6,9?13に係る特許は,特許法第36条第6項の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであり,同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

本件発明1?5,8,12?19は,「限界酸素指数25以上の熱可塑性スーパーエンプラ繊維」がその発明特定事項として記載されているが,発明の詳細な説明において,その効果を実証しているのは「ポリエーテルイミド繊維」と「ポリフェニレンスルフィド繊維」のみである。
一方,スーパーエンプラ樹脂は,ポリエーテルイミド,ポリフェニレンスルフィド以外にも存在し(甲第4号証参照),その限界酸素指数が25以上のものも多数存在するが,これらすべてのスーパーエンプラ樹脂が本件発明の効果を奏するかは不明であって,出願時の技術常識に照らしても,本件発明1?5,8,12?19の範囲にわたって,発明の詳細な説明に記載された開示内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
甲第4号証:精密工学会誌, 第56巻, 表紙,目次,第607?612頁,裏表紙, 1990年4月

[理由3]
本件特許明細書の発明の詳細な説明は,下記の点で,当業者が本件発明4を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから,特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
よって,本件発明4に係る特許は,特許法第36条第4項第1号の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであり,同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

本件発明4には,「バインダー成分がスーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分と相溶性を有する」と規定されているが,発明の詳細な説明には,「相溶性」に関する定義も測定法も記載されていない。
一方,高分子材料の相溶性の評価手法は種々の方法があり,単一の方法に依存することができないものである(甲第5号証参照)から,発明の詳細な説明に相溶性についての定義や測定方法が記載されておらず,どのような形態が相溶性を有するのか記載もないことから,本件発明4を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。
甲第5号証:高分子, 第29巻, 第804,819?822頁, 1980年11月

第4 当審の判断
当審は,特許異議申立人が申し立てた取消理由はいずれも理由がないものと判断する。その理由は以下のとおりである。

1 理由1について
(1)甲号証の記載事項
ア 甲第1号証
甲第1号証には,以下の事項が記載されている。
(1a)「【請求項1】
半製品としての不織マットであって、
0.1から30mmのファイバ長さを備え、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ-P-フェニレンサルファイド、ポリエーテルイミド及び/又はポリエーテルサルフォン及び/又はこれらの混合物から選択される、熱可塑性物質からなる少なくとも一つの溶融ファイバと、
0.1から30mmのファイバ長さを備え、グラスファイバ、アラミドファイバ、カーボンファイバ、セラミックファイバ、メタルファイバ、ポリベンゾイミダゾール(PBI)、ポリベンゾオキサゾールファイバ及び/又は天然ファイバ及び/又はこれらの混合物から選択される、少なくとも一つの補強ファイバと、
を含み、
前記溶融ファイバと補強ファイバとの重量割合の合計に対して、前記溶融ファイバは30から90%の重量割合であり、前記補強ファイバは10から70%の重量割合であり、
前記溶融ファイバと補強ファイバとの重量割合の合計に対して1から10重量%のバインダによって、前記溶融ファイバと前記少なくとも一つの補強ファイバとが単に交差点又は接触点で接合されており、
前記溶融ファイバのファイバ長さが前記補強ファイバのファイバ長さより短く、前記不織マットが8から400g/m^(2)の単位面積重量を備える不織マット。
【請求項2】
前記溶融ファイバの長さが2mmから6mmであることを特徴とする請求項1に記載の不織マット。
【請求項3】
前記溶融ファイバの長さが2.5mmから3.5mmであることを特徴とする請求項2に記載の不織マット。
【請求項4】
前記補強ファイバの長さが6mmから18mmであることを特徴とする請求項1に記載の不織マット。
【請求項5】
前記補強ファイバの長さが6mmから12mmであることを特徴とする請求項4に記載の不織マット。」
(1b)「【請求項15】
前記不織マットは少なくとも二つの不織マットの複合材料であることを特徴とする請求項1乃至14の少なくとも1項に記載の不織マット。」
(1c)「【請求項18】
請求項1乃至17の少なくとも一つに基づく不織マットを製造する方法であって、
分散媒に前記溶融ファイバと前記補強ファイバとを分散させ、
濾過及び後の圧縮によって斜め移動するワイヤベルト上で連続的な不織物形成を達成すると共にその不織の絡み合い物の乾燥を実行し、前記バインダを前記分散の工程の間及び/又は前記不織物形成の間に加えることを特徴とする方法。」
(1d)「【請求項30】
請求項1乃至18の少なくとも1項の不織マットの少なくとも二つを加熱された機器内で圧縮することにより製造することができる請求項25乃至29のいずれか1項に記載のファイバ複合材料。」
(1e)「【0001】
本発明は、溶融ファイバとしての高性能可塑性物質と補強ファイバとを含む半製品としての不織マット、このようなタイプの不織マットを製造する方法、及び前記不織マットから製造されるファイバ複合材料に関する。」
(1f)「【0019】
バインダは分散物質であってもよく、又はフィラメント、フィブリッドの形状であることも可能であり、又は繊維のような特性を有することもできる。この種のバインダについては、長さ/幅/高さの比に関する幾何的構造は、個々のパラメータの他のパラメータに対する比は1:1から1:100,000の範囲で変化させることができる。」
(1g)「【0022】
更に、本発明の不織マットは、平坦な基体を該不織マットの外側の少なくとも一方に取り付けて構成されるようにすることもできる。この平坦な基体は例えば機能層となるように構成することができ、これは更なる処理工程すなわち半製品が最終製品へと処理されるときにおいてこの機能層が後に伝導性のような特定の機能や特別の接着機能を果たすことができるという利点がある。これに関しては、平坦な基体は織布、編んだ布、紙または不織物とすることが可能である。本発明の不織マットの更なる代替によれば、少なくとも二つの不織マットが上下に配置されたもの、すなわち、追加の不織マットが平坦な基体として機能する、二つの不織マットの複合材料が提供される。」
(1h)「【0037】
例1:不織マットの製造物例
VP00054の下、例として不織物を製造した。
PPS カット長さ3mm 81重量%
カーボンファイバ カット長さ6mm 19重量%
相対的に:
接合ファイバPVA 4mm 10重量%
単位面積重量 128g/m^(2)
厚さ 0.95mm
密度 0.135g/cm^(3)」

イ 甲第2号証
甲第2号証には,以下の事項が記載されている。
(2a)「【請求項1】 3?20μm径で1?50mmに切断された導電性強化繊維5?95wt%と、0.5?20デニールで1?50mmに切断された熱可塑性樹脂繊維95?5wt%とからなり、導電性強化繊維と熱可塑性樹脂繊維とが絡まったバルク状混合体であって、熱成形可能な繊維強化熱可塑性樹脂複合材料。」
(2b)「【0003】また、繊維強化熱可塑性樹脂複合材料の混合形態として、マトリックスとしての熱可塑性樹脂を溶融し、圧縮後に冷却固化してシート状にしたものと、強化繊維の絡まりの中に粉粒体状熱可塑性樹脂を保持し通気性を有するバルク状あるいはシート状にしたとの2種類がある。」
(2c)「【0013】
【実施例】以下、図面を参照しつつ本発明例を説明する。図1は導電性強化繊維と熱可塑性樹脂繊維とからなる繊維強化熱可塑性樹脂複合材料の模式図、図2は導電性強化繊維と熱可塑性樹脂繊維と粉粒体状充填材とからなる繊維強化熱可塑性樹脂複合材料の模式図である。図1及び図2において、1は導電性強化繊維、2は熱可塑性樹脂繊維、3は粉粒体状充填材である。図1は、導電性強化繊維1と熱可塑性樹脂繊維2が混合され絡み合って嵩高い綿状で通気性を持ち、均一に分散混合されたバルク状となっている。図2は、更に熱可塑性樹脂繊維2に粉粒体状充填材3が吸引して保持され、均一に分散混合されたバルク状となっている。
【0014】導電性強化繊維1としては、炭素繊維、金属繊維又はガラス繊維セラミック繊維などの無機繊維、アラミド繊維などの有機繊維を金属コーティングした繊維などがあり、これらから1種以上選んで用いることができる。また、これらの強化繊維は導電性を有し、静電気力による結合力が働かないという点で共通している。つぎに、導電性強化繊維1の形態としては、3?20μm径で、1?50mmに切断された短繊維が用いられる。さらに、導電性強化繊維1の表面にその解維をさまたげない範囲で接着剤あるいは粘着剤をコーティングすることもでき、繊維1,2同士の分散及び充填材3の分散がより均一になる。
【0015】熱可塑性樹脂繊維2としては、公知の熱可塑性樹脂から選んだ1種あるいは2種以上を用いることができる。例えば、ポリエチレン、ポリプロピレンなどのポリオレフィン、ポリエチレンテレフタレート、ボリブチレンフタレートなどのポリエステル、ナイロン6,ナイロン6,6、ナイロン6,10、ナイロン6,12、ナイロン4,6、ナイロン12、ナイロンMXDなどのポリアミド、ポリアセタール、ポリフェニレンエーテル、ポリカーボネート、ポリフェニレンスルフィド、ポリアミドイミド、ポリイミドエーテル、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリサルフォン、ポリエーテルサルフォンおよびこれらの共重合体樹脂あるいはこれらのブレンド、アロイ樹脂などである。つぎに、これらの熱可塑性樹脂繊維2の形態としては、0.5デニール?20デニールで1?50mmに切断されたショートカットトウ又はスライバーが用いられ、上述した導電性強化繊維1の形態と同様となっている。」
(2d)「【0019】-本発明例1-
カーボンファイバー(7μm径で12mmのチョップドファイバー)90gと、ナイロン6から繊維(3デニールで10mmのチョップドファイバー)210gを3Kgf/cm^(2 )の圧縮空気で30秒間混合し、バルク状の繊維強化熱可塑性樹脂複合材料を得た。この複合材料を真空下240℃2分間300Kgf/cm^(2) の条件でホットプレスした後、冷却し板を成形した。得られた板の曲げ強度は、25Kgf/mm^(2) (±1.5Kgf/mm^(2 ))であった。また、板のカーボンファイバー含有率の分布は29?31wt%であり、ばらつきが小さかった。」

ウ 甲第3号証
甲第3号証には,以下の事項が記載されている。
(3a)「【請求項1】
炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との複合不織布を加熱加圧してなる炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材であって、
該複合不織布を構成する炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との合計重量に占める炭素繊維の割合が20?80重量%であり、
該複合不織布を、当該複合不織布の厚さT_(1)に対して、得られる炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材の厚さT_(2)が1/3?1/50となるように加熱加圧してなることを特徴とする炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材。」
(3b)「【請求項3】
請求項1又は2において、前記複合不織布がエアレイド法により製造された複合不織布であることを特徴とする炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材。」
(3c)「【請求項7】
炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との合計重量に占める炭素繊維の割合が20?80重量%である、炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との複合不織布を製造し、得られた複合不織布を、当該複合不織布の厚さT_(1)に対して、得られる炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材の厚さT_(2)が1/3?1/50となるように加熱加圧することを特徴とする炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材の製造方法。」
(3d)「【請求項9】
請求項7又は8において、エアレイド法により前記複合不織布を製造することを特徴とする炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材の製造方法。」
(3e)「【0046】
芯鞘繊維を構成する熱可塑性樹脂としては特に制限はないが、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリフェニレンスルフィド、ポリ塩化ビニル、ポリエチレン酢酸ビニル/塩化ビニル、低級アルキルアクリレートポリマー、ポリアクリロニトリル、部分加水分解ポリ酢酸ビニル、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリスチレンアクリレート、ナイロン、レーヨン、ポリカーボネート等が挙げられ、これらのうち、特にポリエステル、ポリプロピレン、ポリスルフィド、ポリオレフィン、ポリエチレン等を用いた組合せを使用することが好ましく、これらの樹脂の中から、前述の好適な融点の組み合わせとなるように、芯樹脂と鞘樹脂とを選択する。芯樹脂と鞘樹脂の具体的な組み合せとして、ポリエチレンテレフタレート/ポリプロピレン、変性ポリエチレン/ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート/ポリエチレン、ポリプロピレン/ポリエチレン、コポリエステルポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンテレフタレート、ポリ-1,4-シクロヘキサンジメチルテレフタレート/ポリプロピレン、高密度ポリエチレン/ポリエチレンテレフタレート、高密度ポリエチレン/ポリプロピレン、線状低密度ポリエチレン/ポリエチレンテレフタレート、ナイロン6/ナイロン6,6、グリコール変性ポリエチレンテレフタレート/ポリエチレンテレフタレート等が挙げられる。なお、同一の樹脂であっても、分子量によって融点が異なるため、組み合わせと分子量の設計により、いずれの樹脂も、芯樹脂にも鞘樹脂にもなり得る。
【0047】
芯鞘繊維等の熱可塑性樹脂繊維の平均繊維径は1?300μm、特に5?50μmであることが好ましい。熱可塑性樹脂繊維の繊維径が小さ過ぎると熱可塑性樹脂繊維によるバインダー作用を十分に得ることができず、大き過ぎると単位重量当たりの本数が少なくなり、炭素繊維との均一な混合が困難になる。」
(3f)「【0057】
エアレイド法によって得られたウェブは熱可塑性樹脂繊維同士の交点の溶融熱処理によって不織布に加工される。この熱処理は、例えば、スルーエアー型熱処理機、エンボスロール型熱処理機、フラットロール型熱処理機等を用いて、熱可塑性樹脂繊維としての芯鞘繊維の低融点熱可塑性樹脂(鞘樹脂)の融点以上、高融点熱可塑性樹脂(芯樹脂)の融点未満の温度に加熱して芯鞘繊維の交点を融着する。特にエアレイド法により得られたウェブはスルーエアー型熱処理機を用いることで嵩高な不織布が得られるため好適である。」
(3g)「【実施例】
【0072】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0073】
なお、以下の実施例で用いた炭素繊維及び芯鞘繊維の仕様は次の通りである。
【0074】
炭素繊維:三菱樹脂(株)製「ダイアリードK6371T」(引張弾性率:640GPa、繊維径:11μm、繊維長:6mm)
芯鞘繊維:芯部がポリプロピレン樹脂(融点:160℃)であり、鞘部がマレイン酸変性ポリエチレン樹脂(融点:130℃)で、芯部:鞘部=50:50(重量比)の芯鞘繊維(平均繊維径:20μm、繊維長:5mm)
【0075】
また、エアレイド法による複合不織布の製造には、池上製作所製エアレイド不織布加工機「マットフォーマー」を用いた。
【0076】
実施例1?3
炭素繊維と芯鞘繊維とを下記表1の割合で混合して、エアレイド法により複合不織布を製造した。この複合不織布の芯鞘繊維交点の熱融着処理には、スルーエアー型熱処理機を用い、150℃の熱風を当てて行った。」

(2)刊行物に記載された発明
特許異議申立人は,特許異議申立書において,甲第1号証の記載事項を摘記するのみで,引用発明を明確に特定して記載していないので,当審において妥当と判断される引用発明を以下に認定する。
甲第1号証には,「半製品としての不織マットであって、
0.1から30mmのファイバ長さを備え、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ-P-フェニレンサルファイド、ポリエーテルイミド及び/又はポリエーテルサルフォン及び/又はこれらの混合物から選択される、熱可塑性物質からなる少なくとも一つの溶融ファイバと、
0.1から30mmのファイバ長さを備え、グラスファイバ、アラミドファイバ、カーボンファイバ、セラミックファイバ、メタルファイバ、ポリベンゾイミダゾール(PBI)、ポリベンゾオキサゾールファイバ及び/又は天然ファイバ及び/又はこれらの混合物から選択される、少なくとも一つの補強ファイバと、
を含み」,
「前記溶融ファイバと補強ファイバとの重量割合の合計に対して1から10重量%のバインダによって、前記溶融ファイバと前記少なくとも一つの補強ファイバとが単に交差点又は接触点で接合されて」いる「不織マット」が記載され(摘記1a参照),その具体的な実施例として,
「PPS カット長さ3mm 81重量%
カーボンファイバ カット長さ6mm 19重量%
相対的に:
接合ファイバPVA 4mm 10重量%」を含む不織マットが実際に製造されている(摘記1h参照)。
また,甲第1号証には,半製品の不織マットから「ファイバ複合材料」が製造されるものである(摘記1e参照)。
そうすると,甲第1号証には,「半製品としての不織マットであって、
0.1から30mmのファイバ長さを備え、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ-P-フェニレンサルファイド、ポリエーテルイミド及び/又はポリエーテルサルフォン及び/又はこれらの混合物から選択される、熱可塑性物質からなる少なくとも一つの溶融ファイバと、
0.1から30mmのファイバ長さを備え、グラスファイバ、アラミドファイバ、カーボンファイバ、セラミックファイバ、メタルファイバ、ポリベンゾイミダゾール(PBI)、ポリベンゾオキサゾールファイバ及び/又は天然ファイバ及び/又はこれらの混合物から選択される、少なくとも一つの補強ファイバと、
を含み、
前記溶融ファイバと補強ファイバとの重量割合の合計に対して1から10重量%のバインダによって、前記溶融ファイバと前記少なくとも一つの補強ファイバとが単に交差点又は接触点で接合されているファイバ複合材料を製造するための不織マット」の発明(以下「甲1発明A」という。)が記載されているといえる。
また,甲第1号証には,上記の「不織マットを製造する方法であって、
分散媒に前記溶融ファイバと前記補強ファイバとを分散させ、
濾過及び後の圧縮によって斜め移動するワイヤベルト上で連続的な不織物形成を達成すると共にその不織の絡み合い物の乾燥を実行し、前記バインダを前記分散の工程の間及び/又は前記不織物形成の間に加えることを特徴とする方法」が記載されている(摘記1c参照)。
そうすると,甲第1号証には,「半製品としての不織マットの製造方法であって、
0.1から30mmのファイバ長さを備え、ポリエーテルエーテルケトン、ポリ-P-フェニレンサルファイド、ポリエーテルイミド及び/又はポリエーテルサルフォン及び/又はこれらの混合物から選択される、熱可塑性物質からなる少なくとも一つの溶融ファイバと、
0.1から30mmのファイバ長さを備え、グラスファイバ、アラミドファイバ、カーボンファイバ、セラミックファイバ、メタルファイバ、ポリベンゾイミダゾール(PBI)、ポリベンゾオキサゾールファイバ及び/又は天然ファイバ及び/又はこれらの混合物から選択される、少なくとも一つの補強ファイバと、
を含み、
前記溶融ファイバと補強ファイバとの重量割合の合計に対して1から10重量%のバインダによって、前記溶融ファイバと前記少なくとも一つの補強ファイバとが単に交差点又は接触点で接合されている不織マットであり、
分散媒に前記溶融ファイバと前記補強ファイバとを分散させ、
濾過及び後の圧縮によって斜め移動するワイヤベルト上で連続的な不織物形成を達成すると共にその不織の絡み合い物の乾燥を実行し、前記バインダを前記分散の工程の間及び/又は前記不織物形成の間に加えることを特徴とするファイバ複合材料を製造するための不織マットの製造方法」の発明(以下「甲1発明B」という。)も記載されているといえる。

(3)対比・判断
(3-1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明Aとを対比する。
甲1発明Aの「ポリエーテルエーテルケトン、ポリ-P-フェニレンサルファイド、ポリエーテルイミド及び/又はポリエーテルサルフォン及び/又はこれらの混合物から選択される、熱可塑性物質からなる少なくとも一つの溶融ファイバ」は,本件発明1の「少なくとも限界酸素指数が25以上であ」る「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」に相当し,甲1発明Aの「溶融ファイバ」が本件発明1の「マトリックス樹脂成分」に相当するから,甲1発明Aの「不織マット」は,本件発明1の「マトリックス樹脂成分を含有する不織布シート」に相当する。
甲1発明Aの「バインダ」は,本件発明1の「バインダー成分」に相当し,甲1発明Aの「バインダ」は,本件発明1の「マトリックス樹脂成分を含有する不織布シート」に相当する「不織布マット」の「溶融ファイバと補強ファイバとの重量割合の合計に対して1から10重量%」であるから,「強化繊維シート」をさらに加えた「全繊維強化プラスチック成形体用シートの10質量%以下であること」は明らかである。
また,甲1発明Aの「ファイバ複合材料を製造するための不織マット」は,これを成形して「ファイバ複合材料」を製造していることは明らかであるから,本件発明1Aの「繊維強化プラスチック成形体用シート」に相当する。
そうすると,本件発明1と甲1発明Aとは,「マトリックス樹脂成分を含有する不織布シートを含む繊維強化プラスチック成形体用シートであって、
前記不織布シートは、少なくとも限界酸素指数が25以上である熱可塑性スーパーエンプラ繊維のからなるマトリックス樹脂成分とバインダー成分を含有し、前記バインダー成分の量は全繊維強化プラスチック成形体用シートの10質量%以下であることを特徴とする、繊維強化プラスチック成形体用シート。」である点で一致し,以下の点で相違する。
(1-i)「繊維強化プラスチック成形体用シート」が,本件発明1は,「強化繊維シートと、マトリックス樹脂成分を含有する不織布シートを貼合した」ものであるのに対して,甲1発明Aは,強化繊維シートと貼合したものではない点
(1-ii)「繊維強化プラスチック成形体用シート」が,本件発明1は,「JAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法No.5-2に規定される透気度が200秒以下であ」るのに対して,甲1発明Aでは,そのような限定がない点
(1-iii)「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」が,本件発明1は,「繊維径が30μm以下」であり,「チョップドストランド」からなるものであるのに対して,甲1発明Aは,繊維径の限定がなく,「チョップストランド」であるかが明確でない点

イ 相違点の検討
(ア)相違点(1-i)について
甲第1号証には,「不織マットは、平坦な基体を該不織マットの外側の少なくとも一方に取り付けて構成されるようにすることもでき」,「この平坦な基体は例えば機能層となるように構成することができる」ことは記載されているものの(摘記1g参照),この平坦な基体として「強化繊維シート」を使用することは記載されていない。
また,甲1発明Aの不織マットを二つ上下に配置され,追加の不織マットが平坦な基体として機能するものも記載されている(摘記1b,1d,1g参照)が,本件発明1の「強化繊維シート」とは,「連続繊維を一方向に引き揃えたシート、或いはクロス状に織った織布を使用することができる」が,強化繊維として有機繊維を使用する場合には,「軟化点を持たず、熱分解温度が400℃より高い繊維、或いは軟化点を持つ熱可塑性繊維であったとしても、軟化温度が成型温度よりも高い繊維である」(本件特許明細書【0052】参照)必要があるから,400℃以下で溶融する「ポリエーテルエーテルケトン、ポリ-P-フェニレンサルファイド、ポリエーテルイミド及び/又はポリエーテルサルフォン及び/又はこれらの混合物から選択される、熱可塑性物質からなる少なくとも一つの溶融ファイバ」を含む甲1発明Aの「不織布シート」は,本件発明1の「強化繊維」に相当する「補強ファイバ」を含むとしても,本件発明1の「強化繊維シート」には当たらない。
そうすると,相違点(1-i)は実質的な相違点であるといえる。
また,甲第2,3号証をみても,甲1発明Aの「不織マット」の外側の一方に取り付ける平坦な基体として,「強化繊維シート」を選択することを動機付ける記載はなく,甲1発明Aにおいては,本件発明1の「強化繊維」に相当する「補強ファイバ」を含むことで,すでにプラスチック成形体の強化作用が得られていることからすれば,平坦な基体としてあえて「強化繊維シート」を,甲1発明Aの「不織マット」にさらに取り付ける動機付けがあるとはいえない。
したがって,甲1発明Aにおいて,相違点(1-i)を構成することは,当業者が容易になし得たことであるとは認められない。

(イ)相違点(1-ii)について
甲第3号証には,「炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との複合不織布を加熱加圧してなる炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材であって」,「前記複合不織布がエアレイド法により製造された複合不織布であること」が記載されている(摘記3a?3d参照)。
また,甲第3号証には,「エアレイド法により得られたウェブはスルーエアー型熱処理機を用いることで嵩高な不織布が得られるため好適である。」と記載されている(摘記3f参照)。
そうすると,甲第3号証に記載されている「エアレイド法により製造された炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との複合不織布」が通気性を有するものであることは理解できる。
しかしながら,甲1発明Aの不織布シートは,「分散媒に前記溶融ファイバと前記補強ファイバとを分散させ、濾過及び後の圧縮によって斜め移動するワイヤベルト上で連続的な不織物形成を達成すると共にその不織の絡み合い物の乾燥を実行し、バインダを前記分散の工程の間及び/又は前記不織物形成の間に加えること」により得られるものであるから(摘記1c参照),明らかに甲第3号証に記載されるエアレイド法と異なる湿式法であって,また,甲1発明Aにおいて,その製造方法を甲第3号証に記載されるエアレイド法に変える動機付けについても甲第1,3号証に記載されていない。
さらに,スーパーエンプラ繊維を用いて成形するとボイドが発生するとの本件発明1の課題については甲第1?3号証のいずれにも記載されておらず,当業者がこのような課題を認識していないのであるから,甲1発明Aにおいて,通気性の観点から透気度を特定の範囲に設定しようとする動機付けがあるとも認められない。
そうすると,甲第3号証に記載されている「エアレイド法により製造された炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との複合不織布」が本件発明1の「JAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法No.5-2に規定される透気度が200秒以下であ」るとの要件を満たしているか否かにかかわらず,甲1発明Aにおいて,相違点(1-ii)を構成することが容易であるとはいえない。

(ウ)相違点(1-iii)について
甲第2号証には,「3?20μm径で1?50mmに切断された導電性強化繊維5?95wt%と、0.5?20デニールで1?50mmに切断された熱可塑性樹脂繊維95?5wt%とからなり、導電性強化繊維と熱可塑性樹脂繊維とが絡まったバルク状混合体であって、熱成形可能な繊維強化熱可塑性樹脂複合材料」が記載されている(摘記2a,2c,2d参照)が,繊維径をこの範囲とする理由については特に記載されていない。
また,甲第3号証には,「炭素繊維と熱可塑性樹脂繊維との複合不織布を加熱加圧してなる炭素繊維/熱可塑性樹脂複合材」において,熱可塑性樹脂繊維の繊維径を5?50μmとすること(摘記3e参照),芯部がポリプロピレン樹脂,鞘部がマレイン酸変性ポリエチレン樹脂の芯鞘繊維として,平均繊維径:20μmのものを使用した実施例が記載されている(摘記3g参照)が,この範囲は熱可塑性繊維と炭素繊維との均一な混合を目的とするものである(摘記3e参照)。
一方,本件発明1において,繊維径を30μm以下に限定したのは,「繊維径が細い場合、繊維同士の接触点数が増加するため、繊維同士の接触面積が増加し、熱伝導が良好となること、及び繊維の熱容量が小さくなるため、溶融させるために必要な熱量が少なくな」り,短時間で成形が可能となるからであって(本件特許明細書【0069】参照),このような繊維径の限定の技術的意味については,甲第1?3号証に何ら記載がないから,甲1発明Aにおいて,甲第2,3号証に記載される熱可塑性繊維の繊維径を採用する動機付けがあるとはいえず,また,繊維径を30μm以下とする点が当業者が適宜なし得る設計事項に当たるということもできない。
そうすると,甲1発明Aの「溶融ファイバ」が「チョップストランド」であるか否かにかかわらず,甲1発明Aにおいて,相違点(1-iii)を構成することが容易であるとはいえない。

ウ 効果
本件発明1の効果は,本件特許明細書の記載(【0049】参照)からみて,加熱加圧成形することにより,ボイドの発生がない,強度・外観共に良好な繊維強化プラスチック成形用複合体に成形できることにあるものといえる。
そして,この効果については,甲第1?3号証に何ら記載されていないから,本件発明1は当業者が予測し得ない効果を奏するということができる。

エ まとめ
上記イで検討したとおり,甲1発明Aにおいて,甲第1?3号証の記載から相違点(1-i)?(1-iii)を構成することは当業者が容易になし得たこととは認められず,また,本件発明1は,甲第1?3号証の記載からは予測し得ない効果を有するから,本件発明1は,甲1発明A及び甲第1?3号証の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3-2)本件発明2?9について
本件発明2は,本件発明1において,「前記マトリックス樹脂成分を含有する不織布シートが、強化繊維のチョップドストランドをさらに含有し、前記スーパーエンプラ繊維の繊維径が前記強化繊維の繊維径の4倍以下である」との限定が,
本件発明3は,本件発明1,2において,「前記バインダー成分が、前記不織布シートの表層部にその多くの部分が存在するように偏在している」との限定が,
本件発明4は,本件発明1?3において,「前記バインダー成分が前記スーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分と相溶性を有し、且つ前記繊維強化プラスチック成形体用シートを300℃以上400℃以下の温度で加熱加圧成形したときに前記スーパーエンプラ繊維との間に界面が存在せず一体化する樹脂成分である」との限定が,
本件発明5は,本件発明1?4において,「前記スーパーエンプラ繊維の繊維径が1?20μmである」との限定が,
本件発明6は,本件発明1?5において,「前記スーパーエンプラ繊維がポリエーテルイミド(PEI)繊維である」との限定が,
本件発明7は,本件発明6において,「前記バインダー成分がポリエチレンテレフタレート(PET)又は変性ポリエチレンテレフタレート(PET)を含む」との限定が,
本件発明8は,本件発明1?7において,「前記バインダー成分の一部は、前記スーパーエンプラ繊維のガラス転移温度よりも低い融点を持つ繊維状の熱可塑性樹脂である」との限定が,
本件発明9は,本件発明1?8において,「マトリックス樹脂成分がポリエーテルイミド樹脂であり、バインダー成分は融点が80℃?130℃である変性ポリエステル樹脂を少なくとも含有する」との限定が,それぞれなされたものである。
したがって,本件発明2?9は,いずれも,本件発明1の構成をさらに限定したものであるから,上記(3-1)で述べたとおり,本件発明1が甲1発明A及び甲第1?3号証の記載事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたとはいえない以上,本件発明2?9も甲1発明A及び甲第1?3号証の記載事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3-3)本件発明12?14について
本件発明12は,本件発明1?11において,「繊維強化プラスチック成形体用シート中の全強化繊維とスーパーエンプラ繊維の比率が、体積比で5/95?70/30である」との限定が,
本件発明13は,本件発明1?12において,「強化繊維シートの両面に、マトリックス樹脂成分を含有する不織布シートが貼合されている」との限定が,
本件発明14は,本件発明1?13において,「マトリックス樹脂成分を含有する複数の不織布シートが貼合されている」との限定が,それぞれなされたものである。
したがって,本件発明12?14は,いずれも,本件発明1の構成をさらに限定したものであるから,上記(3-1)で述べたとおり,本件発明1が甲1発明A及び甲第1?3号証の記載事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたとはいえない以上,本件発明12?14も甲1発明A及び甲第1?3号証の記載事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3-4)本件発明15について
ア 対比
本件発明15と甲1発明Bを対比する。
本件発明15と甲1発明Bとは,上記(3-1)アで述べた,本件発明1と甲1発明Aと同様の関係にあるから,
両者は,「少なくとも限界酸素指数が25以上であるスーパーエンプラ繊維からなるマトリックス樹脂成分とバインダー成分を含有する不織布シートを含む繊維強化プラスチック成形体用シートの製造方法であって、
前記繊維強化プラスチック成形体用シートにおいて、前記バインダー成分の量が全繊維強化プラスチック成形体用シートの10質量%以下である、前記方法。」である点で一致し,以下の点で相違している。
(15-i)「繊維強化プラスチック成形体用シート」の製造方法が,本件発明15は,「強化繊維シートと、マトリックス樹脂成分を含有する不織布シートとを積層し加熱処理して貼合することを含む」のに対して,甲1発明Bは,強化繊維シートと不織マットとを積層も貼合もしていない点
(15-ii)「繊維強化プラスチック成形体用シート」が,本件発明15は,「JAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法No.5-2に規定される透気度が200秒以下であ」るのに対して,甲1発明Bでは,そのような限定がない点
(15-iii)「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」が,本件発明15は「繊維径が30μm以下」であり,「チョップドストランド」からなるものであるのに対して,甲1発明Bでは,繊維径の限定がなく,「チョップストランド」であるかが明確でない点

イ 相違点の検討
(ア)相違点(15-i)について
相違点(15-i)は,上記相違点(1-i)である「繊維強化プラスチック成形体用シート」が「強化繊維シートと、マトリックス樹脂成分を含有する不織布シートを貼合した」ものとするための,製造工程である「積層し加熱処理して貼合する」ことをその構成とするものであるから,上記(3-1)イ(ア)で述べたとおり,甲1発明Aにおいて,相違点(1-i)を構成することが甲第1?3号証の記載に基づいて当業者が容易になし得たものといえない以上,同様に,甲1発明Bにおいて,相違点(15-i)を構成することも甲第1?3号証の記載に基づいて当業者が容易になし得たものといえない。

(イ)相違点(15-ii)について
相違点(15-ii)は,相違点(1-ii)と実質的に同じであるから,上記(3-1)イ(イ)で述べたとおり,甲1発明Aにおいて,相違点(1-ii)を構成することが甲第1?3号証の記載に基づいて当業者が容易になし得たものといえない以上,同様に,甲1発明Bにおいて,相違点(15-ii)を構成することも甲第1?3号証の記載に基づいて当業者が容易になし得たものといえない。

(ウ)相違点(15-iii)について
相違点(15-iii)は,相違点(1-iii)と実質的に同じであるから,上記上記(3-1)イ(ウ)で述べたとおり,甲1発明Aにおいて,相違点(1-iii)を構成することが甲第1?3号証の記載に基づいて当業者が容易になし得たものといえない以上,同様に,甲1発明Bにおいて,相違点(15-iii)を構成することも甲第1?3号証の記載に基づいて当業者が容易になし得たものといえない。

ウ 効果
上記(3-1)ウで述べたとおり,本件発明15の効果も,本件特許明細書の記載(【0058】参照)からみて,加熱加圧成形することにより,ボイドの発生がない,強度・外観共に良好な繊維強化プラスチック成形用複合体に成形できることにあるものといえる。
そして,この効果については,甲第1?3号証に何ら記載されていないから,本件発明15も当業者が予測し得ない効果を奏するということができる。

エ まとめ
上記イで検討したとおり,甲1発明Bにおいて,甲第1?3号証の記載から相違点(15-i)?(15-iii)を構成することは当業者が容易になし得たこととは認められず,また,本件発明15は,甲第1?3号証の記載からは予測し得ない効果を有するから,本件発明15は,甲1発明B及び甲第1?3号証の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(3-5)本件発明16?19について
本件発明16は,本件発明15において,「前記バインダー成分が、バインダー成分を含有する溶液或いはエマルジョンとして、塗布法或いは含浸法により前記不織布シートに付与される」との限定が,
本件発明17は,本件発明15,16において,「強化繊維シートと、マトリックス樹脂成分を含有する不織布シートの貼合が熱プレスにより行われる」との限定が,
本件発明18は,本件発明17において,「スーパーエンプラ繊維のガラス転移温度よりも低い融点を持つ繊維状の熱可塑性樹脂により貼合されている」との限定が,
本件発明19は,本件発明17,18において,「前記不織布シート中のスーパーエンプラ繊維の一部が溶融することにより貼合されている」との限定が,それぞれなされたものである。
したがって,本件発明16?19は,いずれも,本件発明15の構成をさらに限定したものであるから,上記(3-4)で述べたとおり,本件発明15が甲1発明B及び甲第1?3号証の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない以上,本件発明16?19も甲1発明B及び甲第1?3号証の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(4)小括
以上のとおりであるから,本件発明1?9,12?19は,甲第1?3号証に記載された発明に基いて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
よって,本件発明1?9,12?19に係る特許は,特許法第29条の規定に違反してされたものとはいえず,同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものともいえない。

2 理由2について
(1)特許法第36条第6項第1号について
特許法第36条第6項は,「第三項第四号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は,明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって,特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下,この観点に立って検討する。

(2)特許請求の範囲の記載
上記「第2」に記載したとおりである。

(3)発明の詳細な説明の記載
発明の詳細な説明には以下の事項が記載されている。
(a)「【0023】
ところが、耐熱性・難燃性の高いスーパーエンプラである熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂としたスタンパブルシートは、加熱加圧成型時に300℃以上という高温に曝されるため、成形物中に熱分解・気化したバインダーに起因する空隙(以下「ボイド」という)が発生し、外観・強度共に低下しやすい。」
(b)「【0026】
かかる状況に鑑み、本発明においては、耐熱性と難燃性が高い熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂として使用した高強度・高耐熱性、優れた難燃性を有する繊維強化樹脂成形体が得られるスタンパブルシートとして有用なシートにおいて、ごく短時間の加熱加圧成形時間であってもボイド等が発生せずに十分な強度の繊維強化樹脂成形体が得られることに加えて、スタンパブルシートとしての生産性も高く、加工工程におけるハンドリング性にも優れているスタンパブルシートとして有用なシートを安価に提供することを目的とする。」
(c)「【0028】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、いわゆるスーパーエンプラと呼ばれる耐熱性と難燃性の高い熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂として使用した繊維強化プラスチック成形体用シートにおいて、特定の繊維径のスーパーエンプラ繊維のチョップドストランドをマトリックス樹脂成分として含有する不織布シートと、強化繊維を引き揃えたシート或いは強化繊維をクロス状に編んだ強化繊維シートを貼合した複層のシートを形成し使用することで、従来の高耐熱性熱可塑性樹脂を使用したスタンパブルシートより更に短時間の加熱加圧時間であっても、マトリックス繊維が十分に溶融して強化繊維シート内に浸透し、十分な強度の繊維強化プラスチック成形体が得られることを見出した。
【0029】
また、前記の不織布シートを強化繊維のチョップドストランドを含有する不織布シートとしたうえで、強化繊維シートと貼合した複層のシートを形成してスタンパブルシートとして使用することで、強化繊維シートにおける強化繊維が引き揃えられた方向の強度が高いのみならず、他の方向の強度も高められている繊維強化プラスチック成形体が得られることを見出した。
【0030】
また、特定の繊維径のスーパーエンプラ繊維のチョップドストランドをマトリックス樹脂成分として含有する不織布シートと、強化繊維を引き揃えたシート或いは強化繊維をクロス状に編んだ強化繊維シートを貼合することで、スタンパブルシートの通気性を一定値よりも高く(空気が通りやすい)保つことが可能となり、短い加熱加圧成形時間であっても、ボイドが発生せず、外観・強度共に良好な繊維強化樹脂成形体が得られることを見出した。」
(d)「【0059】
〔スーパーエンプラ繊維〕
本発明の繊維強化プラスチック成形体用シートに使用される不織布シートにおけるスーパーエンプラ繊維は、耐熱性で難燃性の熱可塑性樹脂を繊維化したものである。
【0060】
このような熱可塑性樹脂としては、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリアミドイミド(PAI)、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリエーテルケトンケトン(PEKK)等が例示されるが、これに限定されるものではない。
【0061】
スーパーエンプラ繊維は、繊維状態において限界酸素指数が25以上でガラス転移温度が140℃以上であるものが好ましい。スーパーエンプラ繊維成分の限界酸素指数が25以上であると難燃性に優れる。」
(e)「【0069】
加熱加圧成形時にマトリックスを形成する樹脂がスーパーエンプラ繊維である本発明の繊維強化プラスチック成形体用シートは、熱硬化性樹脂を使用したプリプレグよりも繊維強化プラスチックに加工する際の加熱加圧成形時間が短時間ですみ、生産性に優れることが本来の特徴である。繊維強化プラスチック成形体用シートをスタンパブルシートとして短時間で加熱加圧成形するためには、使用されるスーパーエンプラ繊維が高温下で速やかに溶融することが必要であり、そのためには、スーパーエンプラ繊維の繊維径が細いほうが好ましい。繊維径が細いほど繊維同士の接触点数が増加するため、繊維同士の接触面積が増加し、熱伝導が良好となること、及び繊維の熱容量が小さくなるため、溶融させるために必要な熱量が少なくなるためである。本発明者らの検討によれば、繊維径は30μm以下であることが好ましく、20μm?1μmであることが更に好ましい。」
(f)「【0075】
バインダー成分は、加熱加圧成型後にマトリックスとなるスーパーエンプラ繊維が加熱加圧成型で溶融する際に、その樹脂と相溶する樹脂成分であることが特に好ましい。このような樹脂成分をバインダーとした場合、加熱加圧成型後、マトリックス樹脂とバインダー樹脂の間に界面が存在せず一体化するため高強度となるし、更にバインダー樹脂に起因するマトリックス樹脂のガラス転移温度の低下が少ないという特徴を持つ。
【0076】
例えば、加熱加圧成型後マトリックスとなる熱可塑性樹脂としてPEI繊維を用いる場合、加熱加圧成形で溶融する際に、その樹脂と相溶するバインダー成分であるPET若しくは変性PETを用いることが好ましい。PET若しくは変性PETをバインダーとして
使用する場合、形状としてはパウダー、繊維状、或いは通常のPETを芯部に配し、この周囲を芯部よりも融点の低い変性PETで覆った形である、芯鞘構造のPET繊維等が好適に使用される。変性PETとしては、共重合PET(CoPET)が好ましく、例えば、ウレタン変性共重合PETが挙げられる。特公平1-30926に記載のような変性PETを使用してもよい。変性PETの具体例として、特に、ユニチカ製 メルティ4000(繊維全てが共重合ポリエチレンテレフタレートである繊維)が好ましく挙げられる。また、芯鞘構造のバインダー繊維としては、ユニチカ製 メルティ4080や、クラレ製 N-720等が好適に使用できる。」
(g)「【0078】
不織布シートにおけるバインダーの含有量は、全スタンパブルシート(全繊維強化プラスチック成形体用シート)中の含有量として10質量%以下となる含有量であることが好ましく、より好ましくは、7質量%以下、0.05質量%以上である。このようなバインダー成分は、限界酸素指数が25以上である難燃性のスーパーエンプラ繊維成分よりも限界酸素指数の数値が低いのが一般的であるため、バインダー成分の含有量が多いとスタンパブルシートとして使用する際に要求される難燃性が損なわれることがある。また、スタンパブルシートとして前記した透気度が200秒以下という通気性を有していても、加熱加圧成形温度において熱分解により多量のガスを発生して形成される繊維強化プラスチック中にボイドが形成される原因となったり、バインダー自体が変色して残存して外観・強度共に劣る繊維強化プラスチックとなったりする場合がある。
【0079】
上記のような観点から、不織布シート中のバインダー成分の含有量は、繊維強化プラスチック成形体用シート中10質量%以下となる含有量であることが好ましく、より好ましくは7質量%以下である。しかし、不織布シート中のバインダー成分の量が少なすぎると、スタンパブルシートとして使用する際の全体の強度が不足して作業中に破れが発生する原因となることがあるし、スタンパブルシートとして使用する際に表面の不織布シート部分の繊維が脱落して加工工程に舞い散るような不都合が発生することもあるので、不織布シートにおけるバインダー成分の含有量は、繊維強化プラスチック成形体用シートの取扱中に前記のような不都合を発生させることがない量とされる。」
(h)「【0116】
製造例1
表1に示した繊維径のPPS繊維(Fiber Innovation Technology社製、繊維長13mm、限界酸素指数41)を、水中に投入した。投入した水の量は、PPS繊維に対し200倍となるとした(繊維スラリー濃度として0.5%)。
【0117】
このスラリーに、分散剤として「エマノーン3199」(花王株式会社、商品名)をPPS繊維100質量部に対し1質量部となるよう添加して攪拌し、繊維を水中に均一に分散させた繊維スラリーを調製した。
【0118】
粒状ポリビニルアルコール(PVA)(ユニチカ株式会社、商品名「OV-N」)を、濃度が10%となるように水に添加し、攪拌してバインダースラリーを調製した。
【0119】
この粒状PVAのスラリーを上記繊維スラリーに投入して湿式抄紙法でウエットウエブを形成し、180℃で加熱乾燥することにより表1に示すバインダー量で目付けが120g/m^(2)である不織布を作製した。
【0120】
この不織布を、目付けが200g/m^(2)である炭素繊維クロス(NEWS-COMPANY製 炭素繊維クロス(3K 平織り コーティング無し))の上下にそれぞれ1枚ずつ配し、220℃の熱プレスにて加熱処理することで、表1に記載の透気度となる、目付け440g/m^(2)のスタンパブルシートを得た。
【0121】
製造例2
製造例1と同様に作製した目付けが120g/m^(2)の不織布を、目付けが200g/m^(2)である炭素繊維クロス(NEWS-COMPANY製 炭素繊維クロス(3K 平織り コーティング無し))の上下にそれぞれ1枚ずつ配し、220℃の熱プレスにて、製造例1における熱プレス時間より短い時間で加熱処理することで、表1に記載の透気度となる、目付け440g/m^(2)のスタンパブルシートを得た。
【0122】
製造例3
製造例1と同様にして調製したPPS繊維スラリーに、製造例1と同様のバインダーを使用して調製したバインダースラリーを投入して湿式抄紙法でウエットウエブを形成し、180℃で加熱乾燥することにより、目付けが123g/m^(2)である不織布を作製した。
【0123】
この不織布を、目付けが200g/m^(2)である炭素繊維クロス(NEWS-COMPANY製 炭素繊維クロス(3K 平織り コーティング無し))の上下にそれぞれ1枚ずつ配し、220℃の熱プレスにて、加熱加圧処理することで表1に記載の透気度となる、目付け446g/m^(2)のスタンパブルシートを得た。
【0124】
製造例4
製造例1と同様に作製した目付けが120g/m^(2)の不織布を、目付けが200g/m^(2)である炭素繊維クロス(NEWS-COMPANY製 炭素繊維クロス(3K 平織り コーティング無し))の上下にそれぞれ1枚ずつ配し、220℃の熱プレスにて、製造例1における熱プレス時間より長時間加熱処理することで、表1に記載の透気度となる、目付け440g/m^(2)のスタンパブルシートを作製した。
【0125】
製造例5
PPS繊維を、表1に示した繊維径のPPS繊維(KBセーレン株式会社製、繊維長13mm、限界酸素指数41)に変更した以外は、製造例1と同様にして、目付440g/m^(2)のスタンパブルシートを作製した。」
(i)「【0126】
製造例6
表1に示した繊維径のPPS繊維(Fiber Innovation Technology社製、限界酸素指数41)を、表2に示した繊維径のポリエーテルイミド(PEI)繊維(Fiber Innovation Technology社、ガラス転移温度220℃、繊維長13mm、限界酸素指数47)に変更した以外は、製造例1と同様にして目付けが120g/m^(2)である不織布を作製した。
【0127】
この不織布を、目付けが200g/m^(2)である炭素繊維クロス(NEWS-COMPANY製 炭素繊維クロス(3K 平織り コーティング無し))の上下にそれぞれ1枚ずつ配し、220℃の熱プレスにて加熱加圧処理することで、表1に記載の透気度となる、目付け440g/m^(2)のスタンパブルシートを作製した。
【0128】
製造例7
製造例6と同様に作製した目付けが120g/m^(2)の不織布を、目付けが200g/m^(2)である炭素繊維クロス(NEWS-COMPANY製 炭素繊維クロス(3K 平織り コーティング無し))の上下にそれぞれ1枚ずつ配し、220℃の熱プレスにて、製造例6における熱プレス時間より短い時間で加熱加圧処理することで、表2に記載の透気度となる、目付け440g/m^(2)のスタンパブルシートを得た。
【0129】
製造例8
製造例6において、粒状PVA(ユニチカ株式会社、商品名「OV-N」)を、PET/coPET変性芯鞘バインダー繊維(ユニチカ株式会社、商品名「メルティ4080」)に変更して不織布を形成し、使用した以外は、製造例6と同様にして製造例8のスタンパブルシートを作製した。
【0130】
製造例9
製造例6と同様にして調製したPET繊維スラリーに、製造例6と同様のバインダーを使用して調製したバインダースラリーを投入して湿式抄紙法でウエットウエブを形成し、180℃で加熱乾燥することにより、表2に示すバインダー添加量で、目付けが123g/m^(2)である不織布を作製した。
【0131】
この不織布を、目付けが200g/m^(2)である炭素繊維クロス(NEWS-COMPANY製 炭素繊維クロス(3K 平織り コーティング無し))の上下にそれぞれ1枚ずつ配し、220℃の熱プレスにて、加熱加圧処理することで、表2に記載の透気度となる、目付け446g/m^(2)のスタンパブルシートを得た。」
(j)「【0132】
製造例10?15
製造例1における繊維径27μmのPPS繊維(Fiber Innovation Technology社製、繊維長13mm、限界酸素指数41)を、繊維径16μmのPPS繊維(Fiber Innovation Technology社製、繊維長13mm、限界酸素指数41)に代えた以外は、製造例1と同様にしてPPS繊維のウエットウエブを形成し、そのウエットウエブの片面に表3に示す種類のバインダー含有液を、表3に示す全バインダー添加量となるようにスプレー法で添加し、加熱乾燥させて形成した目付け120g/m^(2)のPPS繊維不織布を不織布として使用し、該不織布を目付けが200g/m^(2)である炭素繊維クロス(NEWS-COMPANY製 炭素繊維クロス(3K 平織り コーティング無し))の上下に、前記バインダー供給面を外側としてそれぞれ1枚ずつ配し、220℃の熱プレスにて加熱加圧処理することで、表3に製造例10?製造例15として記載されている目付け440g/m^(2)のスタンパブルシートを得た。」
(k)「【0133】
製造例16?21
製造例1における繊維径27μmのPPS繊維(Fiber Innovation Technology社製、繊維長13mm、限界酸素指数41)を繊維径15μmのPEI繊維(Fiber Innovation Technology社製、繊維長13mm、限界酸素指数41)に代えた以外は、製造例1と同様にしてPEI繊維のウエットウエブを形成し、そのウエットウエブの片面に表4に示す種類のバインダー含有液を、表4に示す全バインダー添加量となるようにスプレー法で添加し、加熱乾燥させて形成した目付け120g/m^(2)のPEI繊維不織布を不織布として使用し、該不織布を目付けが200g/m^(2)である炭素繊維クロス(NEWS-COMPANY製 炭素繊維クロス(3K 平織り コーティング無し))の上下に、前記バインダー供給面を外側としてそれぞれ1枚ずつ配し、220℃の熱プレスにて加熱加圧処理することで、表1に製造例16?製造例21として記載されている目付け440g/m^(2)のスタンパブルシートを得た。」
(l)「【0135】
製造例22?25
繊維径が9μmであり、繊維長が18mmのガラス繊維と、表5に示したポリエーテルイミド(PEI)繊維(Fiber Innovation Technology社、ガラス転移温度220℃、繊維長13mm、限界酸素指数47)を、質量比がガラス繊維25に対して繊維径26μmのポリエーテルイミド(PEI)繊維75となるように計量し、水中に投入した。投入した水の量は、ガラス繊維とPEI繊維の合計質量に対し200倍となる量とした(繊維スラリー濃度として0.5%)。
【0136】
このスラリーに分散剤として「エマノーン3199」(花王株式会社、商品名)を、ガラス繊維とPEI繊維の合計100質量部に対し1質量部となるよう添加して攪拌し、繊維を水中に均一に分散させた繊維スラリーを作製した。
【0137】
粒状ポリビニルアルコール(PVA)(ユニチカ株式会社、商品名「OV-N」)を、濃度が10%となるように水に添加し、攪拌してバインダースラリーを調製した。この粒状PVAのスラリーを前記繊維スラリーに投入して湿式抄紙法でウエットウエブを形成し、180℃で加熱乾燥することにより目付けが140g/m^(2)である不織布を得た。
【0138】
この不織布を、目付けが200g/m^(2)である炭素繊維クロス(NEWS-COMPANY製 炭素繊維クロス(3K 平織り コーティング無し))の上下にそれぞれ1枚ずつ配し、220℃の熱プレスにて、加熱加圧処理することで目付けが480g/m^(2)となる、製造例22のスタンパブルシートを得た。
【0139】
上記製造例22における220℃の熱プレスによる加熱加圧処理の時間を、製造例22の場合よりも短縮して行ってスタンパブルシートの密度を低くすることにより、製造例23のスタンパブルシートを得た。
【0140】
また、製造例22における不織布に使用している粒状ポリビニルアルコール(PVA)(ユニチカ株式会社、商品名「OV-N」)を、PET/coPET変性芯鞘バインダー繊維(ユニチカ株式会社、商品名「メルティ4080」)に変更した以外は、製造例22と同様にして製造例24のスタンパブルシートを得た。
【0141】
また、製造例22におけるガラス繊維を、繊維径が6μmであり、繊維長が18mmのガラス繊維に変更して、製造例22と同様にして製造例25のスタンパブルシートを得た。
【0142】
製造例26
製造例17において使用したものと同一配合の、幅280mmのPEI繊維シートの巻取りを2本準備し、また幅250mmの炭素繊維クロスの巻取りを1本準備し、上からPEI繊維シート、炭素繊維クロス、PEI繊維シートの順に重ねて180℃の熱カレンダーにて加熱加圧処理し、得られたスタンパブルシートを3インチ紙管に巻き取った。
【0143】
製造例27?32
製造例26のスタンパブルシートにおいて、PEI繊維不織布に、鞘部に変性PET(融点110℃)、芯部にPET繊維を使用した芯鞘バインダー繊維(クラレ製 N-720)を表6に記載の添加量となるよう添加し、そのウエットウエブの片面にスチレン・アクリル樹脂エマルジョン液を、表6に示す添加量となるようにスプレー法で添加し、加熱乾燥させて形成した目付け120g/m^(2)のPEI繊維不織布を不織布として使用した以外は製造例26と同様にスタンパブルシートを製造した。」
(m)「【0146】
以上の製造例1?32の方法で得られた各スタンパブルシートを、6枚積層し、310℃に予熱したホットプレスに挿入して60秒加熱加圧した後、230℃に冷却して繊維強化プラスチック体を得た。
【0147】
得られた繊維強化プラスチック体について、JIS K7074に準拠した方法で炭素繊維クロスの繊維方向と、繊維と45度の角度をなす方向で測定した曲げ強度を表1?6に示した。
【0148】
また、得られた繊維強化プラスチック体の外観を目視により観察して以下の基準で評価した。
【0149】
<加熱加圧成型後の積層板外観>
◎:ボイド等がなく良好
○:わずかにボイドが確認できるだけである
△:ボイドの発生があるが実用上差し支えがない
×:ボイドに起因して明らかに外観が悪く、製品として使用できない
【0150】
【表1】

【0151】
【表2】

【0152】
【表3】

【0153】
【表4】

【0154】
【表5】

【0155】
【表6】

【0156】
表1?表6に示されているように、本発明の繊維強化プラスチック成形体用シートは、スタンパブルシートとして加熱加圧成形することにより、ボイドの発生がなく、強度・外観共に良好である繊維強化プラスチック成形体に成形することができた。
【0157】
なお、製造例3のシートは粒状PVAが12質量%と多く、加熱加圧成形時にバインダー臭気が強く現れたが成形体としての評価には影響がない。製造例5はPPS樹脂繊維の繊維径が35μmと大きいためPPS樹脂繊維が部分的に残って樹脂板が不均一になった。
【0158】
製造例1?9、製造例22?25のようにバインダー粒子の内添量を多くすると層間強度が強くなるが、加熱加圧成形時の臭気が強くなる傾向がある。
【0159】
製造例10?21のようにバインダー粒子を無添加の場合は層間強度が弱くなる。また、表面繊維の飛散防止のために液状バインダーをスプレー法で最低限添加する必要があるが、いずれもスタンパブルシートとしての使用は可能であるという評価結果となった。」

(4)本件発明1?5,8,12?14及び本件発明15?19の課題
発明の詳細な説明には,「耐熱性・難燃性の高いスーパーエンプラである熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂としたスタンパブルシートは、加熱加圧成形時に300℃以上という高温に曝されるため、成形物中に熱分解・気化したバインダーに起因する空隙(以下「ボイド」という)が発生し、外観・強度共に低下しやすい。」という課題があり(摘記a参照),このために,「本発明においては、耐熱性と難燃性が高い熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂として使用した高強度・高耐熱性、優れた難燃性を有する繊維強化樹脂成形体が得られるスタンパブルシートとして有用なシートにおいて、ごく短時間の加熱加圧成形時間であってもボイド等が発生せずに十分な強度の繊維強化樹脂成形体が得られることに加えて、スタンパブルシートとしての生産性も高く、加工工程におけるハンドリング性にも優れているスタンパブルシートとして有用なシートを安価に提供することを目的とする」ことが記載されている(摘記b参照)。
そして,発明の詳細な説明には,この課題を解決するために,本件発明1?5,8,12?14及び本件発明15?19の発明特定事項に対応する「スーパーエンプラと呼ばれる耐熱性と難燃性の高い熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂として使用した繊維強化プラスチック成形体用シートにおいて、特定の繊維径のスーパーエンプラ繊維のチョップドストランドをマトリックス樹脂成分として含有する不織布シートと、強化繊維を引き揃えたシート或いは強化繊維をクロス状に編んだ強化繊維シートを貼合した複層のシートを形成し使用すること」で,「従来の高耐熱性熱可塑性樹脂を使用したスタンパブルシートより更に短時間の加熱加圧時間であっても、マトリックス繊維が十分に溶融して強化繊維シート内に浸透し、十分な強度の繊維強化プラスチック成形体が得られることを見出した。」ことが記載されている(摘記c参照)。
してみると,本件発明1?5,8,12?14及び本件発明15?19が解決しようとする課題は,「耐熱性と難燃性が高い熱可塑性樹脂をマトリックス樹脂として使用した高強度・高耐熱性、優れた難燃性を有する繊維強化樹脂成形体が得られるスタンパブルシートとして有用なシートにおいて、ごく短時間の加熱加圧成形時間であってもボイド等が発生せずに十分な強度の繊維強化樹脂成形体が得られることに加えて、スタンパブルシートとしての生産性も高く、加工工程におけるハンドリング性にも優れているスタンパブルシートとして有用なシートを安価に提供する」ことにあるものと認める。

(5)対比・判断
発明の詳細な説明には,本件発明1?5,8,12?14及び本件発明15?19の「スーパーエンプラ繊維」として「ポリフェニレンスルフィド(PPS)繊維」を使用して製造したスタンパブルシートの製造例1?5と製造例10?15と,「ポリエーテルイミド(PEI)繊維」を使用して製造したスタンパブルシートの製造例6?9と製造例16?32が記載され(摘記h,i,j,k,l参照),これらを60秒加熱加圧成形して得られた繊維強化プラスチック体は,「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」が「繊維径が30μm以下」,「JAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法No.5-2に規定される透気度が200秒以下」,「バインダー成分の量が全繊維強化プラスチック成形体用シートの10質量%以下である」との要件をすべて満たすものは,成形後の積層板の外観及び曲げ強度とも良好である一方,これらの要件のうち1つでも満たさない場合(製造例3?5,9)にはボイドに起因して外観が悪くなることが示されている(摘記m参照)。
そうすると,スーパーエンプラ繊維としてポリフェニレンスルフィド(PPS)繊維,ポリエーテルイミド(PEI)繊維を使用した場合には,上述の本件発明1?5,8,12?14及び本件発明15?19の課題を解決できると当業者に理解できるように記載されているといえる。
ところで,発明の詳細な説明には,「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」が「繊維径が30μm以下」とすることについては,「繊維強化プラスチック成形体用シートをスタンパブルシートとして短時間で加熱加圧成形するためには、使用されるスーパーエンプラ繊維が高温下で速やかに溶融することが必要であり、そのためには、スーパーエンプラ繊維の繊維径が細いほうが好ましい。繊維径が細いほど繊維同士の接触点数が増加するため、繊維同士の接触面積が増加し、熱伝導が良好となること、及び繊維の熱容量が小さくなるため、溶融させるために必要な熱量が少なくなるためで・・・繊維径が30μm以下であることが好まし」いことが記載されている(摘記e参照)。
さらに,「JAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法No.5-2に規定される透気度が200秒以下」とすることについては,「透気度が200秒以下という通気性を有していても、加熱加圧成形温度において熱分解により多量のガスを発生して形成される繊維強化プラスチック中にボイドが形成される原因となったり、バインダー自体が変色して残存して外観・強度共に劣る繊維強化プラスチックとなったりする」との記載からみて(摘記g参照),加熱加圧成形温度において熱分解により発生するガスを通すためであり,「バインダー成分の量が全繊維強化プラスチック成形体用シートの10質量%以下である」ことについては,「バインダー成分は、限界酸素指数が25以上である難燃性のスーパーエンプラ繊維成分よりも限界酸素指数の数値が低いのが一般的であるため、バインダー成分の含有量が多いとスタンパブルシートとして使用する際に要求される難燃性が損なわれることがある」との記載からみて(摘記g参照),難燃性を損なわないためであることが理解できる。
これらの記載及び上記製造例の結果をみれば,「熱可塑性スーパーエンプラ繊維」が「繊維径が30μm以下」との限定は,熱可塑性スーパーエンプラ繊維の短時間での溶融を実現するためになされたものであって,この要件と,「JAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法No.5-2に規定される透気度が200秒以下」,「バインダー成分の量が全繊維強化プラスチック成形体用シートの10質量%以下である」との要件をともに満たすことで,上述の本件発明1?5,8,12?14及び本件発明15?19の課題を解決できると当業者に理解できるといえる。
そして,「スーパーエンプラ繊維は・・・ガラス転移温度が140℃以上」か,「ガラス転移温度がこれ以下であったとしても、樹脂の荷重たわみ温度が190℃以上となる」ものである(摘記d参照)から,スーパーエンプラ繊維であれば,ポリフェニレンスルフィド(PPS)繊維,ポリエーテルイミド(PEI)繊維と同様のガラス転移温度や樹脂の荷重たわみ温度を有するもので,「繊維径が30μm以下」との要件を満たすことで,短時間での溶融が実現されると理解できる。
また,「JAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法No.5-2に規定される透気度が200秒以下」,「バインダー成分の量が全繊維強化プラスチック成形体用シートの10質量%以下である」との要件は,スーパーエンプラ繊維の種類によらずに実現できることは明らかである。
したがって,限界酸素指数が25以上のスーパーエンプラ繊維は,甲第4号証にも示されるように,ポリフェニレンスルフィド,ポリエーテルイミドのみに限られないとしても,それ以外の,限界酸素指数が25以上のスーパーエンプラ繊維であっても,本件発明1?5,8,12?14及び本件発明15?19の上記課題が解決できると当業者が理解できるといえる。

(6)小括
以上のとおりであるから,特許異議申立人の指摘した理由によっては,本件発明1?5,8,12?14及び本件発明15?19は,特許請求の範囲に記載された特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものでないとはいえないから,特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合しないともいえない。
よって,本件発明1?5,8,12?14及び本件発明15?19に係る特許は,特許法第36条第6項の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであり,同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものであるとはいえない。

3 理由3について
(1)特許法第36条第4項第1号について
特許法第36条第4項は,「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し,その第1号で「経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること。」と規定している。特許法第36条第4項第1項は,明細書のいわゆる実施可能要件を規定したものであって,物の発明では,その物を製造し,使用する具体的な記載が発明の詳細な説明にあるか,そのような記載がない場合には,明細書及び図面の記載及び出願時の技術常識に基づき,当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく,その物を製造し,使用することができる程度にその発明が記載されてなければならないと解される。
よって,この観点に立って,物の発明である本件発明4の実施可能要件の判断をする。

(2)発明の詳細な説明の記載
上記2(3)に記載されたとおりである。

(3)判断
本件発明4には,「バインダー成分が前記スーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分と相溶性を有」するとの発明特定事項があるが,この「スーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分と相溶性を有」する「バインダー成分」に関して,発明の詳細な説明には,「樹脂と相溶するという点で好ましいバインダー成分として、PET若しくは変性PETを用いることが好ましい」ことが記載されている(摘記f参照)。
そして,発明の詳細な説明には,製造例8,24として,バインダー成分としてPET/coPET変性芯鞘バインダー繊維を使用して,本件発明4に対応する繊維強化用プラスチック成形用複合材料を製造すること,これを使用して繊維強化用プラスチック体を成形することが記載されている(摘記i,l参照)。
そうすると,本件発明4の「繊維強化用プラスチック成形用複合材料」として,「バインダー成分がスーパーエンプラ繊維よりなるマトリックス樹脂成分と相溶性を有する」ものを製造し,使用する具体的な記載があるといえる。
したがって,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,本件発明4を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

なお,甲第5号証には,「相溶性の実験測定は高分子ブレンドの有する複雑性のため,単一の方法に依存することができず,これまでその目的や実用面での要求に応じて種々の方法によって行われてきた.」と記載されているが,このことから,本件発明4において,スーパーエンプラ繊維と相溶性を有するバインダー成分が何か不明になるわけではなく,上述のとおり,発明の詳細な説明には,本件発明4において,スーパーエンプラ繊維と相溶性を有するバインダー成分を使用して繊維強化用プラスチック成形用複合材料を製造し,使用する具体的な方法が記載されているのであるから,発明の詳細な説明に相溶性についての定義や測定方法が記載されていないとしても,本件発明4を当業者が実施することができないとはいえない。

(4)小括
以上のとおりであるから,特許異議申立人の指摘した理由によっては,本件特許明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明4を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないとはいえないから,特許法第36条第4項第1号に適合しないとはいえない。
よって,本件発明4に係る特許は,特許法第36条第4項第1号の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであるとはいえず,同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものとはいえない。

第5 むすび
以上のとおりであるから,特許異議申立人が申し立てた理由及び証拠によっては,本件発明1?9,12?19に係る特許は,取り消すことができない。
また,他に本件発明1?9,12?19に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-03-22 
出願番号 特願2014-502348(P2014-502348)
審決分類 P 1 652・ 536- Y (B29B)
P 1 652・ 537- Y (B29B)
P 1 652・ 121- Y (B29B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 佐藤 玲奈福井 弘子斎藤 克也加賀 直人  
特許庁審判長 中田 とし子
特許庁審判官 井上 雅博
加藤 幹
登録日 2016-06-17 
登録番号 特許第5949896号(P5949896)
権利者 王子ホールディングス株式会社
発明の名称 繊維強化プラスチック成形体用シート及びその成形体  
代理人 柳井 則子  
代理人 鈴木 三義  
代理人 志賀 正武  
代理人 高橋 詔男  

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