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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 H01L
管理番号 1327809
審判番号 不服2016-13412  
総通号数 210 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-06-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-09-07 
確定日 2017-05-23 
事件の表示 特願2012-155083「化合物半導体装置及びその製造方法」拒絶査定不服審判事件〔平成26年 1月30日出願公開、特開2014- 17422、請求項の数(7)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成24年7月10日の出願であって,その手続の経緯は以下のとおりである。
平成27年 4月 6日 審査請求
平成28年 1月 8日 拒絶理由通知
平成28年 3月22日 意見書・手続補正
平成28年 5月30日 拒絶査定(以下,「原査定」という。)
平成28年 9月 7日 審判請求・手続補正
平成28年12月 8日 上申書

第2 審判請求時の補正の適否
平成28年9月7日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)は,特許請求の範囲の請求項1を補正(以下,「補正事項1」という。)し,及び,明細書の段落【0008】を補正(以下,「補正事項2」という。)するものである。
補正事項1及び2は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであるから,特許法17条の2第3項の規定に適合する。
また,補正事項1は,明りょうでない記載の釈明を目的とするものであるから,特許法17条の2第4項の規定に適合し,同条5項4号に掲げるものに該当する。
よって,本件補正は,特許法第17条の2第3項ないし第5項の規定に適合し,適法なものである。

第3 原査定の理由の概要
この出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前に日本国内又は外国において,頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)
・請求項 1,2,6,7
・引用文献等 1,2
・備考
本願発明と引用文献1に記載された発明を比較すると,本願発明は,電子走行層がその下層領域に炭素を含有する構成であるのに対し,引用文献1にはGaN層18についてその旨の記載がない点で相違する。
一方,引用文献2(特に,段落[0017]-[0041],図1-6)には,シリコン基板10上のAlN層12(本願発明の「第1のバッファ層」に相当。)と,AlN層12の上方に形成されたAlGaN層14(本願発明の「第2のバッファ層」に相当。)と,AlGaN層14の上方に形成されたGaN層22(本願発明の「電子走行層」に相当。)を有しており,GaN層22は,第1のGaN層18(本願発明の「下層領域」に相当。)と第2のGaN層20(本願発明の「上層領域」に相当。)の積層からなり,第1のGaN層18が第2のGaN層20よりも高い濃度の炭素を含有する構成の窒化物半導体HEMT,及びその製造方法の発明が記載されている。更に,第1のGaN層18の上面にC濃度がより低い第2のGaN層20を積層させることで,トラップの少ないGaN層20が得られる旨の,本願と同じ作用・効果の記載がある(段落[0036],図5,6)。
してみれば,引用文献1と引用文献2に記載された発明は,GaN系半導体HEMTにおける電子トラップ濃度を低減するという共通の課題を有するものであるから,引用文献1に記載の発明に引用文献2に記載の発明を適用して,GaN層18の下層領域を高い濃度の炭素を含有する構成とすることは当業者が容易に想到し得ることである。
引用文献1(段落[0021]-[0045],図3-7)には,第1AlGaN層14と第2AlGaN層16の積層(本願発明の「第2のバッファ層」に相当。)における炭素は,電子トラップ濃度を低減するために成長速度を大きくした結晶成長工程においてH等と同様にはからずも結果として取り込まれたものであることが認められる。
一方,引用文献2において,第1のGaN層18(電子走行層の下層領域)は,低V/III比で成膜することによって,成膜に用いた原料ガスに含まれる炭素をより多く取り込むことで,C濃度を高くしている旨の記載があり(段落[0034]),意図的に高濃度の炭素を取り込む成長条件を設定して成膜したものであることが認められる。
してみれば,意図してC濃度が高い濃度で取り込まれる結晶成長条件で形成される引用文献2に記載の第1のGaN層18の炭素濃度は,引用文献1に記載の第2AlGaN層16の炭素濃度よりも当然高いものと認められるので,引用文献1に記載の発明に引用文献2に記載の発明を適用することで,GaN層18の下層領域をバッファ層である第2AlGaN層16よりも意図的に高い炭素濃度で形成した構成とすることは当業者が容易になし得ることである。

・請求項 3
・引用文献等 1,2
・備考
引用文献1において,AlN下地層12における炭素濃度についての明記的な記載はないので,積極的に炭素を含有させることなく,第1AlGaN層14よりも炭素濃度を低くしてAlN下地層12を構成することは,当業者が容易になし得ることである。

・請求項 4,5
・引用文献等 1,2
・備考
引用文献1には,第2AlGaN層16の炭素不純物濃度が第1AlGaN層14の炭素不純物濃度よりも高い構成が記載されている(段落[0043])。
してみれば,第1AlGaN層14と第2AlGaN層16の境界で,第1AlGaN層14から第2AlGaN層16に向けて炭素濃度を階段状に高くなるように構成すること,及び,第1AlGaN層14側から第2AlGaN層16側に向けて,炭素濃度を漸増するように構成すること,は当業者が容易になし得ることである。
<引用文献等一覧>
引用文献1 特開2012-015306号公報
引用文献2 特開2012-033703号公報

第4 本願発明
本願の請求項1-7に係る発明(以下,それぞれ「本願発明1」-「本願発明7」という。)は,平成28年9月7日付けの手続補正で補正された特許請求の範囲の請求項1-7に記載された事項により特定される発明であり,以下のとおりである。
「【請求項1】
AlNを材料とする第1のバッファ層と,
前記第1のバッファ層の上方に設けられ,前記第1のバッファ層から離れるほど高濃度に炭素を含有した,AlGaNを材料とする第2のバッファ層と,
前記第2のバッファ層の上方に設けられ,前記第2のバッファ層と接する面の近傍において炭素を含有した電子走行層と
を有し,
前記電子走行層の前記第2のバッファ層と接する面の近傍の炭素濃度は,前記第2のバッファ層の前記電子走行層と接する面の近傍の炭素濃度よりも高いことを特徴とする化合物半導体装置。
【請求項2】
前記第2のバッファ層は,そのAl組成比が下面から上面に向かうほど低値とされることを特徴とする請求項1に記載の化合物半導体装置。
【請求項3】
前記第1のバッファ層は,前記第2のバッファ層の下面よりも炭素濃度が低いことを特徴とする請求項1又は2に記載の化合物半導体装置。
【請求項4】
前記第2のバッファ層は,その炭素濃度が下面から上面に向かうほど階段状に高くなることを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の化合物半導体装置。
【請求項5】
前記第2のバッファ層は,その炭素濃度が下面から上面に向かうほど漸増することを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載の化合物半導体装置。
【請求項6】
AlNを材料とする第1のバッファ層と,
前記第1のバッファ層の上方に形成され,前記第1のバッファ層から離れるほど高濃度に炭素を含有した,AlGaNを材料とする第2のバッファ層と,
前記第2のバッファ層の上方に形成され,前記第2のバッファ層と接する面の近傍において炭素を含有した電子走行層と
を形成し,
前記電子走行層の前記第2のバッファ層と接する面の近傍の炭素濃度は,前記第2のバッファ層の前記電子走行層と接する面の近傍の炭素濃度よりも高いことを特徴とする化合物半導体装置の製造方法。
【請求項7】
前記第2のバッファ層は,そのAl組成比が下面から上面に向かうほど低値とされることを特徴とする請求項6に記載の化合物半導体装置の製造方法。」

第5 原査定について
1 本願発明1について
(1)引用文献1の記載
ア 引用文献1
引用文献1には,図面とともに,次の記載がある。
(ア)「【技術分野】
【0001】
本発明は半導体基板およびその製造方法に関し,例えばSi基板上にAlN層が形成された半導体基板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化ガリウム(GaN)系半導体を用いた半導体装置は,高周波かつ高出力で動作するパワー素子,短波長で発光する発光ダイオードやレーザダイオードとして用いられている。これらの半導体装置のうち,マイクロ波,準ミリ波,ミリ波等の高周波帯域において増幅を行なうのに適した半導体装置として,高電子移動度トランジスタ(HEMT)等のFET,発光装置として,レーザダイオード(LD)および発光ダイオード(LED)などの開発が進められている。
【0003】
GaN系半導体層を成長する基板として一般にサファイア基板やSiC(炭化シリコン)基板等が用いられている。サファイア基板やSiC基板は高価なため,Si(シリコン)基板上にGaN系半導体層を成長する技術が開発されている。SiとGaとは反応し易いため,Si基板とGaN系半導体層との間にバリア層としてAlN(窒化アルミニウム)層が設けられる。AlN層上にGaN層を形成する際にAlN層とGaN層との間にAlGaNバッファ層を形成することにより,反りを低減できることが知られている(例えば,特許文献1)。また,Si基板とGaN系半導体層との間に超格子バッファを層設けることにより,反りが低減できることが知られている(例えば,特許文献2)。」
(イ)「【0027】
図3は,実施例1に係る半導体装置用の基板の断面図である。実施例1においては,第1バッファ層である第1AlGaN層14とGaN層18との間に第2バッファ層である第2AlGaN層16を設けている。その他の構成は比較例1の図1と同じであり説明を省略する。
【0028】
図4(a)から図4(c)は,基板からの距離に対するAl組成比x,a軸長および伝導帯底のエネルギーEcを示した図である。図4(a)から図4(c)のように,第2AlGaN層16においてはAl組成比xを成長とともに第1AlGaN層から急激に低減させる。また,第2AlGaN層16において,a軸長を成長に従いGaN層18のa軸長に近づける。さらに,伝導帯底のエネルギーEcを成長とともに第1AlGaN層から急激に低減させる。
【0029】
以上のように,実施例1においては,第1AlGaN層14とGaN層18との間に,a軸長を緩和する第2AlGaN層16を設ける。つまり,図4(b)のように,第2AlGaN層16における第1AlGaN層14側の面のa軸長に対し第1AlGaN層14と反対の面のa軸長がGaN層18に近くなるようにする。これにより,GaN層18におけるa軸長の緩和は少なくてすむ。よって,領域32は小さくなる。図4(c)のように,領域32における電子トラップ30の濃度を減少させることができる。図4(b)のように,第2AlGaN層16において,a軸長を緩和させているため,図4(c)のように電子トラップ34が生じる。しかしながら,第2AlGaN層16の伝導帯底のエネルギーEcはGaN層18より高いため,電子トラップ34の影響は電子トラップ30より小さくなる。
【0030】
実施例1において,下地層としてAlN層12を例に説明したが,下地層は,AlNを主成分とする層であればよい。例えば,不純物程度に他の元素が含まれていてもよい。第1バッファ層として第1AlGaN層14を例に説明したが,第1バッファ層は,反りを緩和するため下地層から圧縮応力を受けるものであればよい。例えば,単層でなくとも多層でもよく,特許文献2のような超格子層でもよい。
【0031】
実施例1において,第2バッファ層として第2AlGaN層16を例に説明したが,第2バッファ層は,GaN層18(GaN系半導体層)に対し,高いEcを有し,結晶軸長(例えばa軸長)がGaN層18とほぼ整合されることを主目的とする。よって,第2バッファ層の第1バッファ層側の面の結晶軸長に対し第1バッファ層と反対の面の結晶軸長がGaN系半導体層に近いことが好ましい。また,第2バッファ層の伝導帯底のエネルギーEcがGaN系半導体層より高いことが好ましい。このため,図4(a)のように,第1バッファ層からGaN系半導体層に向かって組成がGaN系半導体層に近づく構造であることが好ましい。第2バッファ層中の結晶軸長を緩和させるためには,第2バッファ層の成長速度を第1バッファ層より速くすること,第2バッファ層の成長温度を第1バッファ層より低くすること,および第2バッファ層の不純物濃度を第1バッファ層の不純物濃度より高くすることの少なくとも1つを行なうことが好ましい。
【0032】
実施例1において,第2バッファ層においても格子緩和に起因して転位が集中し,図4(c)のように電子トラップ34が生じる。しかしながら,第2バッファ層の伝導帯底のエネルギーEcをGaN系半導体層より高くする。これにより,電子トラップ34に捕獲される電子を抑制することができる。なお,第2バッファ層の伝導帯底のエネルギーEcをGaN系半導体層より高くするためには,図4(a)のように,第2バッファ層がGaN系半導体層より高いエネルギーバンドを有するように材料を選択してもよい。または,第2バッファ層内にピエゾ電荷を生成させ,第2バッファ層の伝導帯底のエネルギーEcを大きくしてもよい。なお,第2バッファ層の膜厚は,生成される電子トラップの総量を低減させるため300nm以下が好ましい。」
(ウ)「【実施例2】
【0034】
実施例2は,実施例1の具体例である。図5(a)から図6(b)は,実施例2に係る半導体装置の製造工程の断面図である。図5(a)を参照し,Si基板10を準備する。Si基板10の仕様は以下である。
面方位:(111)面
厚さ:625μm
・・・
【0039】
次に,GaN層18上に電子供給層であるAlGaN層20を成長する。AlGaN層20の成長条件は以下である。
原料ガス:NH_(3),SiH_(4),TMA,TMG
ドープ:Siドープ
Al組成:0.25
膜厚: 25nm
上記各層の成長面は,(0002)面である。以上により,HEMT用の半導体基板が完成する。
【0040】
図6(b)のように,塩素系ガスを用いたRIE(反応性イオンエッチング)法を用い,AlGaN層20およびGaN層18の一部を除去し素子分離を行なう(不図示)。AlGaN層20に接するように基板側からTi/Alを真空蒸着する。700℃で5分間熱処理することによりAlGaN層20とTi/Alを合金化させ,ソース電極24およびドレイン電極26を形成する。AlGaN層20に接するように基板側からNi/Auを真空蒸着することによりゲート電極28を形成する。その後,保護膜形成等を行ない,実施例2に係るHEMTが完成する。
・・・
【0043】
なお,第2AlGaN層16において成長速度を早くすると第1AlGaN層14に比べ,例えばHまたはC等の不純物濃度が高くなる。これにより,第2AlGaN層16の成長速度が第1AlGaN層14より速いことが確認できる。」
(エ)図4(c)には,GaN層18の第2バッファ層16に近い領域32,が記載されている。
(オ)図6(b)には,AlN層4の上方に第1AlGaN層14が設けられ,第1AlGaN層14の上方に第2AlGaN層16が設けられ,第2AlGaN層16の上方にGaN層18が設けられること,が記載されている。
イ 引用発明1
前記アより,引用文献1には次の発明(以下,「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。
「下地層としてのAlN層と,AlN層の上方に設けられたバッファ層である第1AlGaN層と,第1AlGaN層の上方に設けられたバッファ層である第2AlGaN層と,第2AlGaN層の上方に設けられたGaN層とを有するHEMTであって,第2バッファ層の不純物濃度を第1バッファ層の不純物濃度より高くすること。」
(2)引用文献2の記載
ア 引用文献2
引用文献2には,図面とともに,次の記載がある。
(ア)「【実施例1】
【0017】
図1は,実施例1に係る半導体装置の断面模式図の例である。実施例1では,窒化物半導体のHEMTの場合を例に説明する。なお,窒化物半導体とは,窒素を含んだ半導体のことであり,例えばGaN,InN,AlN,AlGaN,InGaN,AlInGaN等である。
【0018】
図1のように,シリコン基板10の上面に接して,AlN層12とAlGaN層14とからなるバッファ層16が形成されている。バッファ層16の上面は凹凸がなく,ほぼ平坦な面となっている。バッファ層16上に,第1のGaN層18と第2のGaN層20とからなるGaN層22が形成されている。第1のGaN層18に含まれる炭素(C)の濃度は,第2のGaN層20に含まれるCの濃度よりも高くなっている。第2のGaN層20に含まれるCの濃度は,例えば1.0×10^(17)Atoms/cm^(3)以下である。第1のGaN層18および第2のGaN層20に含まれるCの濃度は,例えばSIMS分析(二次イオン質量分析)により計測することができる。」
(イ)「【0032】
このように,実施例1のGaN層22は,比較例1のGaN層48に比べて,結晶性が改善された理由は次のように考えられる。比較例1のGaN層48は,V/III比を10000とした高V/III比条件で成膜を行っている。このような高V/III比条件でGaNを成膜する場合,GaNエピ自身の結晶性が悪くなり,ロッキングカーブの半値幅が大きく,バンド端発光強度が低くなってしまう。一方,実施例1のGaN層22は,まずV/III比を2000とした低V/III比条件で第1のGaN層18を成膜し,その後,高V/III比条件で第2のGaN層20を成膜している。これにより,実施例1のGaN層22は,比較例1のGaN層48に比べて,結晶性が改善されて,ロッキングカーブの半値幅が小さく,バンド端発光強度が大きい結果が得られたものと考えられる。
【0033】
また,図5および図6のように,500?700nm帯でのブロードな発光(Yellow Band:YB)の強度は,実施例1および比較例1共に,約5(任意強度)程度であった。YB強度はGaN中のトラップに起因したものであることから,YB強度が大きいことはGaN中にトラップが多いことを意味し,電流コラプスの原因となるが,実施例1のGaN層22のトラップは,比較例1のGaN層48と同程度に少ないことが分かる。
【0034】
例えば,第1のGaN層18上に第2のGaN層20を設けず,第1のGaN層18のみでGaN層22を形成する場合を考える。この場合,GaN層22は結晶性が改善されることとなり,ロッキングカーブの半値幅は小さく,バンド端発光強度は大きい結果が得られる。しかしながら,第1のGaN層18は,低V/III比で成膜しているために,成膜に用いた原料ガスに含まれる炭素(C)をより多く取り込み,C濃度が高くなる。Cは,それ自身がトラップとして働く。このため,第1のGaN層18のみでGaN層22を形成した場合,GaN層22のYB強度は増大してしまう。また,低V/III比で成膜した第1のGaN層18では,表面にクラックやピットが発生し易いことから,GaN層22の上面にクラックやピットが生じてしまう。GaN層22上にはAlGaN電子供給層24を成膜するため,上面にクラックやピットが生じている状態は好ましくない。
【0035】
そこで,実施例1では,第1のGaN層18上に,V/III比を10000とした高V/III比条件で第2のGaN層20を成膜している。第2のGaN層20は高V/III比で成膜しているためC濃度が低い。このため,GaN層22全体のC濃度を低く抑えることができ,比較例1のGaN層48と同程度のYB強度とすることができる。また,第2のGaN層20は高V/III比で成膜していることから表面にクラックやピットが発生し難く,その結果,GaN層22の上面にクラックやピットが生じることを抑制できる。
【0036】
以上のように,実施例1によれば,シリコン基板10上に形成したバッファ層16上に,第1のGaN層18と第1のGaN層18の上面に接して第2のGaN層20とを成膜する際に,第1のGaN層18のV/III比を第2のGaN層20のV/III比よりも低くする。V/III比を下げてGaNを成膜する程,Cが取り込まれてC濃度が高くなることから,第1のGaN層18に含まれるCの濃度は,第2のGaN層20に含まれるCの濃度よりも高くなる。これにより,上述したように,第1のGaN層18と第2のGaN層20とからなるGaN層22は,ロッキングカーブの半値幅が小さく,バンド端発光強度が大きい結果となり,結晶性が改善される。また,第1のGaN層18の上面にC濃度がより低い第2のGaN層20を積層させることで,GaN層22全体のC濃度を低く抑えることができ,YB強度の増加が抑制され,トラップの少ないGaN層22が得られる。さらに,高V/III比で成膜された第2のGaN層20は表面にクラックやピットが発生し難いことから,GaN層22の上面にクラックやピットが生じることを抑制できる。このように,実施例1によれば,シリコン基板10上にバッファ層16を介して形成されるGaN層22の品質を高品質にすることができる。」
イ 引用発明2
前記アより,引用文献2には次の発明(以下,「引用発明2」という。)が記載されていると認められる。
「AlN層とAlGaN層とからなるバッファ層が形成され,バッファ層上に,第1のGaN層と第2のGaN層が形成されている窒化物半導体のHEMTであって,第1のGaN層に含まれる炭素の濃度は,第2のGaN層に含まれる炭素の濃度よりも高くなっている。」
(3)本願発明1と引用発明1との対比
ア 引用発明1の「下地層としてのAlN層」と,本願発明1の「AlNを材料とする第1のバッファ層」とは,下記相違点1を除いて,「AlNを材料とする第1の層」という点で共通すると認められる。
イ 引用発明1の「AlN層の上方に設けられたバッファ層である第1AlGaN層と,第1AlGaN層の上方に設けられたバッファ層である第2AlGaN層」は,「第2バッファ層の不純物濃度を第1バッファ層の不純物濃度より高くする」ものであり,不純物として「C」があげられている(前記(1)ア(ウ)【0043】)から,前記アを考慮し,まとめて,本願発明1の「前記第1の層の上方に設けられ,前記第1の層から離れるほど高濃度に炭素を含有した,AlGaNを材料とする第2のバッファ層」に相当すると認められる。
ウ 引用発明1の「第2AlGaN層の上方に設けられたGaN層」は,「HEMT」を構成するものであり,その上に電子供給層が成長される(前記(1)ア(ウ)【0039】)から,電子走行層として機能するものと認められ,すると,下記相違点2を除いて,本願発明1の「前記第2のバッファ層の上方に設けられ,前記第2のバッファ層と接する面の近傍において炭素を含有した電子走行層」と,「前記第2のバッファ層の上方に設けられた電子走行層」という点で,共通すると認められる。
エ 引用発明1の「HEMT」は,AlGaN及びGaNからなるから,下記相違点1及び2を除いて,本願発明1の「化合物半導体装置」に相当すると認められる。
オ すると,本願発明1と引用発明1とは,下記カの点で一致し,下記キの点で相違すると認められる。
カ 一致点
「AlNを材料とする第1の層と,
前記第1の層の上方に設けられ,前記第1の層から離れるほど高濃度に炭素を含有した,AlGaNを材料とする第2のバッファ層と,
前記第2のバッファ層の上方に設けられた電子走行層と
を有すること
を特徴とする化合物半導体装置。」
キ 相違点
(ア)相違点1
「第1の層」について,本願発明1では「バッファ層」であるのに対し,引用発明1では「下地層」である点。
(イ)相違点2
本願発明1では,「電子走行層」が「前記第2のバッファ層と接する面の近傍において炭素を含有した」ものであり,「前記電子走行層の前記第2のバッファ層と接する面の近傍の炭素濃度は,前記第2のバッファ層の前記電子走行層と接する面の近傍の炭素濃度よりも高い」のに対し,引用発明1ではそうなっていない点。
(4)相違点についての判断
相違点2について検討する。
引用発明2では「バッファ層上に,第1のGaN層と第2のGaN層が形成されている窒化物半導体のHEMTであって,第1のGaN層に含まれる炭素の濃度は,第2のGaN層に含まれる炭素の濃度よりも高くなっている」ことが開示されているが,同時に炭素自身がトラップとして働くことも開示されている(前記(2)ア(イ)【0034】)。すると,引用発明1において,GaN層の下に不純物濃度が高い第2バッファ層を設けるのは,a軸長を緩和してGaN層の第2バッファに近い領域の電子トラップの濃度を減少させるためである(前記(2)ア(イ)【0029】及び同(エ))ことに鑑みれば,引用発明1において引用発明2を採用すれば,GaN層のバッファ層に近い領域の炭素濃度が高くなりトラップが増加することに帰着し,これは引用発明1の目的に反するから,引用発明1に引用発明2を採用することには,阻害要因があるというべきである。
また,仮に,引用発明1に引用発明2を採用したとしても,その炭素濃度を設定する際に,「前記電子走行層の前記第2のバッファ層と接する面の近傍の炭素濃度は,前記第2のバッファ層の前記電子走行層と接する面の近傍の炭素濃度よりも高い」とすることは,引用文献1にも2にも,記載も示唆もされていない。
なお,引用文献1には,第2バッファ層中の結晶軸長を緩和させるために,第2バッファ層の不純物濃度を第1バッファ層の不純物濃度より高くすることが明示されている(前記(1)ア(イ)【0031】)から,引用発明1において「第1AlGaN層14と第2AlGaN層16の積層(本願発明の「第2のバッファ層」に相当。)における炭素は,電子トラップ濃度を低減するために成長速度を大きくした結晶成長工程においてH等と同様にはからずも結果として取り込まれたものであること」を認めることはできない。
そして,本願発明1は,相違点2に係る構成を有することにより,オフリーク電流が抑制されて耐圧が向上するとともに,化合物半導体積層構造の優れた結晶性がより確実に担保される(本願明細書段落【0039】)という有利な効果を奏するものである。
(5)まとめ
したがって,本願発明1は,引用文献1及び2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
2 本願発明2ないし7について
本願発明2ないし5は,本願発明1の発明特定事項を全て含みさらに他の発明特定事項を付加したものに相当し,本願発明6は,本願発明1の半導体装置の製造方法であり,本願発明7は,本願発明6をさらに限定したものであるから,前記1のとおり,本願発明1が引用文献1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない以上,請求項2ないし7に係る発明についても引用文献1及び2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

第6 結言
以上のとおりであるから,原査定の理由によっては,本願を拒絶することはできない。
また,他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。

よって,結論のとおり審決する。
 
審決日 2017-05-08 
出願番号 特願2012-155083(P2012-155083)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (H01L)
最終処分 成立  
前審関与審査官 大橋 達也恩田 和彦棚田 一也  
特許庁審判長 飯田 清司
特許庁審判官 小田 浩
深沢 正志
発明の名称 化合物半導体装置及びその製造方法  
代理人 國分 孝悦  

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