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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
管理番号 1327896
異議申立番号 異議2016-700767  
総通号数 210 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-06-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-08-23 
確定日 2017-04-12 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5908936号発明「フランジ用フェライト系ステンレス鋼板とその製造方法およびフランジ部品」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5908936号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔2、5、9〕について訂正することを認める。 特許第5908936号の請求項1?10に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5908936号(以下、「本件特許」という。)は、その特許出願が、平成26年 3月26日にされ、その特許権の設定の登録が、平成28年 4月 1日にされたものである。
その後、本件特許の請求項1?10に係る特許について、特許異議申立人尾田久敏により特許異議の申立てがされ、平成28年12月 9日付けで当審から取消理由が通知され、平成29年 2月 8日付けで特許権者から意見書及び訂正請求書が提出され、この意見書及び訂正請求書に対して、同年 3月17日付けで特許異議申立人から意見書が提出された。

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
平成29年 2月 8日付けの訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)は、訂正後の請求項2、5、9からなる一群の請求項についての以下の訂正事項からなる。

(1)訂正事項1
訂正前の特許請求の範囲の請求項2に
「ただし、質量%でC:0.015%、Si:0.50%、Mn:0.29%、P:0.027%、S:0.006%、Cr:18.15%、N:0.009%、Nb:0.38%、Al:0.03%、Cu:0.43%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を除く。」という発明特定事項を追加する。
(請求項2の記載を引用する請求項5及び9も同様に訂正する。)

(2)訂正事項2
訂正前の特許請求の範囲の請求項5に
「熱延仕上温度を800℃以上とし」とあるのを、
「熱延仕上温度を800℃以上、880℃以下とし」と訂正する。

(3)訂正事項3
本件特許の願書に添付した明細書の【0008】に
「(2)さらに質量%にて、Ti:0.01?0.4%、Nb:0.01?0.6%、B:0.0002?0.0030%、Al:0.005?0.3%、Ni:0.1?1%、Mo:0.1?2.0%、Cu:0.1?3.0%、V:0.05?1.0%、Mg:0.0002?0.0030%、Sn:0.01?0.3%、Sb:0.01?0.3%、Zr:0.01?0.1%、Ta:0.01?0.1%、Hf:0.01?0.1%、W:0.01?2.0%、Co:0.01?0.2%、Ca:0.0001?0.0030%、REM:0.001?0.05%、Ga:0.0002?0.1%の1種または2種以上を含有し、Mn含有量を0.01?0.5%とすることを特徴とする(1)記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯。」とあるのを
「(2)さらに質量%にて、Ti:0.01?0.4%、Nb:0.01?0.6%、B:0.0002?0.0030%、Al:0.005?0.3%、Ni:0.1?1%、Mo:0.1?2.0%、Cu:0.1?3.0%、V:0.05?1.0%、Mg:0.0002?0.0030%、Sn:0.01?0.3%、Sb:0.01?0.3%、Zr:0.01?0.1%、Ta:0.01?0.1%、Hf:0.01?0.1%、W:0.01?2.0%、Co:0.01?0.2%、Ca:0.0001?0.0030%、REM:0.001?0.05%、Ga:0.0002?0.1%の1種または2種以上を含有し、Mn含有量を0.01?0.5%とすることを特徴とする(1)記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯。ただし、質量%でC:0.015%、Si:0.50%、Mn:0.29%、P:0.027%、S:0.006%、Cr:18.15%、N:0.009%、Nb:0.38%、Al:0.03%、Cu:0.43%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を除く。」と訂正する。

(4)訂正事項4
本件特許の願書に添付した明細書の【0008】に
「(5)熱間圧延を行い、熱延仕上温度を800℃以上とし、巻取温度を500℃以下とすることを特徴とする(1)または(2)記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯の製造方法。」とあるのを
「(5)熱間圧延を行い、熱延仕上温度を800℃以上、880℃以下とし、巻取温度を500℃以下とすることを特徴とする(1)または(2)記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯の製造方法。」と訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、一群の請求項及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)一群の請求項について
訂正事項1に係る本件訂正前の請求項2は、その記載を本件訂正前の請求項5及び9が引用し、訂正事項2に係る本件訂正前の請求項5は、その記載を本件訂正前の請求項9が引用しているから、本件訂正前の請求項2、5、9に対応する本件訂正後の請求項2、5、9は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。してみると、本件訂正の請求は、一群の請求項ごとにされたものである。

(2)訂正事項1について
ア 訂正事項1は、本件訂正前の請求項2に「ただし、質量%でC:0.015%、Si:0.50%、Mn:0.29%、P:0.027%、S:0.006%、Cr:18.15%、N:0.009%、Nb:0.38%、Al:0.03%、Cu:0.43%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を除く。」という発明特定事項を追加するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、また、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

イ 訂正事項1は、特許異議の申立てがされている本件訂正前の請求項2を訂正するものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第7項に規定する要件の対象となる訂正ではない。

(3)訂正事項2について
ア 訂正事項2は、訂正前の特許請求の範囲の請求項5に「熱延仕上温度を800℃以上とし」とあるのを、「熱延仕上温度を800℃以上、880℃以下とし」と訂正するものであり、「熱延仕上温度」の上限値が特定されていなかったものを特定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、訂正事項2は、本件特許の願書に添付した明細書の【0039】に記載された事項であるから、願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内の訂正である。さらに、訂正事項2は、特許請求の範囲を減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

イ 訂正事項2は、特許異議の申立てがされている本件訂正前の請求項5を訂正するものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第7項に規定する要件の対象となる訂正ではない。

(4)訂正事項3及び4について
ア 訂正事項3及び4は、それぞれ訂正事項1及び2に伴って、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るための訂正であって、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ また、訂正事項3及び4は、上記(2)及び(3)で検討したものと同様の理由により願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許請求の範囲を減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

ウ さらに、訂正事項3及び4は、請求項2、5に関係する訂正であり、これらの請求項を含む一群の請求項のすべてについて行われるものである。

3 小括
したがって、本件訂正の訂正事項1?4は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号又は第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同法同条第4項、同法同条第9項で準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、訂正後の請求項〔2、5、9〕について訂正を認める。

第3 本件特許発明
上記第2に記載のとおり、本件訂正は認められるので、本件特許の請求項1?10に係る発明は、平成29年 2月 8日付けの訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?10に記載された事項により特定される以下のとおりのものであると認める。

【請求項1】
質量%にて、C:0.001?0.08%、Si:0.01?1.0%、Mn:0.01?1.0%、P:0.01?0.05%、S:0.0002?0.01%、Cr:10.0?25.0%、N:0.001?0.05%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物より成る鋼で、板厚が5mm以上、<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率が20%以上であることを特徴とするフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯。
【請求項2】
さらに質量%にて、Ti:0.01?0.4%、Nb:0.01?0.6%、B:0.0002?0.0030%、Al:0.005?0.3%、Ni:0.1?1%、Mo:0.1?2.0%、Cu:0.1?3.0%、V:0.05?1.0%、Mg:0.0002?0.0030%、Sn:0.01?0.3%、Sb:0.01?0.3%、Zr:0.01?0.1%、Ta:0.01?0.1%、Hf:0.01?0.1%、W:0.01?2.0%、Co:0.01?0.2%、Ca:0.0001?0.0030%、REM:0.001?0.05%、Ga:0.0002?0.1%の1種または2種以上を含有し、Mn含有量を0.01?0.5%とすることを特徴とする請求項1に記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯。ただし、質量%でC:0.015%、Si:0.50%、Mn:0.29%、P:0.027%、S:0.006%、Cr:18.15%、N:0.009%、Nb:0.38%、Al:0.03%、Cu:0.43%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を除く。
【請求項3】
質量%にて、C:0.001?0.08%、Si:0.01?1.0%、Mn:0.01?1.0%、P:0.01?0.05%、S:0.0002?0.01%、Cr:10.0?25.0%、N:0.001?0.05%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物より成る鋼で、板厚が5mm以上、<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率が20%以上であることを特徴とするフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯。
【請求項4】
さらに質量%にて、Ti:0.01?0.4%、Nb:0.01?0.6%、B:0.0002?0.0030%、Al:0.005?0.3%、Ni:0.1?1%、Mo:0.1?2.0%、Cu:0.1?3.0%、V:0.05?1.0%、Mg:0.0002?0.0030%、Sn:0.01?0.3%、Sb:0.01?0.3%、Zr:0.01?0.1%、Ta:0.01?0.1%、Hf:0.01?0.1%、W:0.01?2.0%、Co:0.01?0.2%、Ca:0.0001?0.0030%、REM:0.001?0.05%、Ga:0.0002?0.1%の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項3に記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯。
【請求項5】
熱間圧延を行い、熱延仕上温度を800℃以上、880℃以下とし、巻取温度を500℃以下とすることを特徴とする請求項1または2記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯の製造方法。
【請求項6】
熱間圧延を行い、熱延仕上温度を800℃以上とし、巻取温度を500℃以下とすることを特徴とする請求項3または4記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯の製造方法。
【請求項7】
焼鈍する際、10℃/sec以上の加熱速度で800?1000℃に加熱後、10℃/sec以上で冷却することを特徴とする請求項3または4に記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯の製造方法。
【請求項8】
焼鈍する際、10℃/sec以上の加熱速度で800?1000℃に加熱後、10℃/sec以上で冷却することを特徴とする請求項6に記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯の製造方法。
【請求項9】
請求項1又は2記載のフェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯からなるフランジ部品であって、-20℃で125J以下の衝撃エネルギーの付与で破壊しないことを特徴とするフェライト系ステンレス鋼フランジ部品。
【請求項10】
請求項3または4記載のフェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯からなるフランジ部品であって、-20℃で125J以下の衝撃エネルギーの付与で破壊しないことを特徴とするフェライト系ステンレス鋼フランジ部品。

第4 申立理由、取消理由について
1 申立理由の概要
特許異議申立書において、本件訂正前の請求項1?10に係る特許に対して、特許異議申立人が、甲第1号証?甲第5号証を証拠方法として、申立てた理由の概要は、以下のとおりである。

(申立理由1)
本件特許発明2、4?8は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に掲げる発明に該当し、本件特許発明1?10は、甲第1号証に記載された発明と、甲第3号証及び甲第4号証に記載される周知技術とに基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、本件訂正前の請求項1?10に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。
(申立理由2)
本件特許発明2、4?10は、甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件訂正前の請求項2、4?10に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。
(申立理由3)
本件特許発明2、5、9は、甲第3号証に記載された発明と甲第1号証、甲第2号証に記載された周知技術とに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件訂正前の請求項2、5、9に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。
(申立理由4)
本件特許発明2、5、9は、甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件訂正前の請求項2、5、9に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。
(申立理由5)
本件特許発明2、5、9は、甲第5号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件訂正前の請求項2、5、9に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。

(証拠方法)
甲第1号証:特開2012-140688号公報
甲第2号証:特開2012-140687号公報
甲第3号証:国際公開第2013/085005号
甲第4号証:特開2012-188748号公報
甲第5号証:特開平8-199237号公報

2 取消理由の概要
平成28年12月 9日付けの取消理由通知書において、本件訂正前の請求項2、5、9に係る特許に対して、当審より特許権者に通知した取消理由の概要は、以下のとおりである。

(取消理由1)
本件特許発明2、5は、甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に掲げる発明に該当し、又は、本件特許発明2、5、9は、甲第1号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件訂正前の請求項2、5、9に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。
(取消理由2)
本件特許発明2、5、9は、甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件訂正前の請求項2、5、9に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。
(取消理由3)
本件特許発明2、5、9は、甲第5号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件訂正前の請求項2、5、9に係る特許は、特許法第29条の規定に違反してされたものである。

第5 当審の判断
申立理由は、甲第1号証、甲第2号証、甲第3号証、甲第4号証及び甲第5号証をそれぞれ主引用例とするものであり、甲第1号証、甲第2号証及び甲第5号証をそれぞれ主引用例とする取消理由を包含するものである。
そこで、甲第1号証?甲第5号証をそれぞれ主引用例する申立理由について、以下、検討する。

1 甲各号証の記載事項
(1)甲第1号証:特開2012-140688号公報について
甲第1号証は、本件特許に係る特許出願の出願日前に日本国内において頒布された刊行物であって、以下の事項が記載されている。なお、1(1)?(5)において、下線は、強調のために当審が付したものである。

(1-ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.030%以下、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.050%以下、S:0.040%以下、Cr:10.00?25.00%、N:0.030%以下、Nb:0.01?0.80%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、硬さが190HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が20J/cm^(2)以上に調整されている板厚5.0?10.0mmのNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイル。
【請求項2】
さらに、Ni:2.00%以下、Mo:2.50%以下、Cu:1.80%以下、Co:0.50%以下、Al:0.50%以下、W:1.80%以下、V:0.30%以下、Ti:0.50%以下、Zr:0.20%以下、B:0.0050%以下、REM(希土類元素):0.100%以下、Ca:0.0050%以下の1種以上を含有する組成を有する請求項1に記載のNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイル。
【請求項3】
質量%で、C:0.030%以下、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.050%以下、S:0.040%以下、Cr:10.00?25.00%、N:0.030%以下、Nb:0.01?0.80%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、硬さが175HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が25J/cm^(2)以上に調整されている板厚5.0?10.0mmのNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延焼鈍コイル。
【請求項4】
さらに、Ni:2.00%以下、Mo:2.50%以下、Cu:1.80%以下、Co:0.50%以下、Al:0.50%以下、W:1.80%以下、V:0.30%以下、Ti:0.50%以下、Zr:0.20%以下、B:0.0050%以下、REM(希土類元素):0.100%以下、Ca:0.0050%以下の1種以上を含有する組成を有する請求項3に記載のNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延焼鈍コイル。
【請求項5】
質量%で、C:0.030%以下、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.050%以下、S:0.040%以下、Cr:10.00?25.00%、N:0.030%以下、Nb:0.01?0.80%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成のステンレス鋼スラブを仕上圧延温度890℃以上で熱間圧延して板厚5.0?10.0mmとしたのち、巻取前に水冷して巻取温度400℃以下で巻取ってコイルとし、巻取終了時から30分以内にコイルを水中に浸漬し、当該水中で15分以上保持するNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルの製造法。
【請求項6】
ステンレス鋼スラブが、さらに、Ni:2.00%以下、Mo:2.50%以下、Cu:1.80%以下、Co:0.50%以下、Al:0.50%以下、W:1.80%以下、V:0.30%以下、Ti:0.50%以下、Zr:0.20%以下、B:0.0050%以下、REM(希土類元素):0.100%以下、Ca:0.0050%以下の1種以上を含有する組成を有するものである請求項5に記載のNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルの製造法。
【請求項7】
請求項5または6に記載の製造法で得られたNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルに対して、連続焼鈍酸洗ラインにて焼鈍酸洗を施すNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延焼鈍コイルの製造法。」

(1-イ)「【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼製品の用途としては冷延鋼板を素材とする用途が多いが、なかには板厚が5?10mmといった「厚ゲージ」のステンレス鋼板を素材とする用途もある。例えば、自動車排ガス経路中の装置に用いられるフランジには耐食性・耐熱性・強度が要求されることから、ステンレス鋼の厚板が使用される。従来、製造性の良好なオーステナイト系ステンレス鋼が適用されてきたが、熱膨張係数の面および素材コストの面で有利なフェライト系ステンレス鋼への置き換えが検討されている。
【0003】
自動車排ガス経路のフランジ用途では、耐食性・耐熱性に優れる鋼種の適用が有利となる。そのようなフェライト系鋼種の一つとしてNb含有フェライト系ステンレス鋼が挙げられる。しかし、Nb含有フェライト系ステンレス鋼はLaves相(Fe_(2)Nbを主体とする金属間化合物)が生成して靱性低下を起こしやすく、厚ゲージの熱延コイルを製造すると、次工程の通板ライン(連続焼鈍酸洗ラインや、その準備のためにダミーテールを取り付ける巻替えラインなど)においてコイルを展開して通板したときに鋼帯に割れが生じるトラブルが発生しやすい。また、本来フェライト系ステンレス鋼は475℃脆化を生じやすいという問題もある。これらのことから、Nb含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージ熱延鋼帯を既存の大量生産設備によって製造することは非常に難しい。」

(1-ウ)「【課題を解決するための手段】
・・・
【0011】
詳細な検討の結果、
(i)仕上圧延温度を890℃以上の高温とすること、
(ii)巻取温度を400℃以下の低温とすること、
(iii)低温巻取後のコイルをさらに水中に浸漬して復熱を防止すること、
によって硬さが190HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が20J/cm^(2)以上に調整された熱延コイルを得ることができる。また、その熱延コイルを連続焼鈍酸洗ラインで焼鈍酸洗することにより、硬さが175HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が25J/cm^(2)以上に調整された熱延焼鈍コイルを得ることができる。このような熱延コイルや熱延焼鈍コイルは、厚ゲージであるにもかかわらず、そのままの状態で次工程の通板ラインにて割れを生じることなく展開することができる。
本発明はこれらの知見に基づいて完成したものである。
【0012】
すなわち上記目的は、質量%で、C:0.030%以下、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.050%以下、S:0.040%以下、Cr:10.00?25.00%、N:0.030%以下、Nb:0.01?0.80%であり、必要に応じてNi:2.00%以下、Mo:2.50%以下、Cu:1.80%以下、Co:0.50%以下、Al:0.50%以下、W:1.80%以下、V:0.30%以下、Ti:0.50%以下、Zr:0.20%以下、B:0.0050%以下、REM(希土類元素):0.100%以下、Ca:0.0050%以下の1種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、硬さが190HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が20J/cm^(2)以上に調整されている板厚5.0?10.0mmのNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルによって達成される。また、上記組成を有し、硬さが175HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が25J/cm^(2)以上に調整された板厚5.0?10.0mmのNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延焼鈍コイルよって達成される。
・・・
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、Nb含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージの熱延コイルまたは熱延焼鈍コイルにおいて、靱性・延性に優れたものが提供可能となった。従来Nb含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージの熱延コイルや熱延焼鈍コイルはライン通板に供することが困難であったところ、本発明に従えばそれが可能となる。したがって本発明は、自動車排ガス経路中の装置に用いられるフランジをはじめとする厚板部材の用途において、フェライト系ステンレス鋼材の普及に寄与しうる。」

(1-エ)「【発明を実施するための形態】
【0017】
以下において成分元素における「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
〔化学組成〕
Cは、鋼を硬質化させ、靱性を低下させる要因となるので、0.030%以下の含有量に制限される。ただし、極度に低C化を図る必要はなく、通常、0.001?0.030%のC含有量とすればよい。
【0018】
Si、Mnは、脱酸剤として有効である他、耐高温酸化性を向上させる作用を有する。特に耐高温酸化性を重視する場合には、Siについては0.05%以上、Mnについても0.05%以上の含有量を確保することがより効果的である。ただし、これらの元素を多量に含有させると鋼の脆化を招く要因となる。種々検討の結果、Si、Mnともそれぞれ2.00%以下の含有量に制限される。それぞれ1.00%以下、あるいは0.50%以下に管理してもよい。
【0019】
P、Sは、多量に含有すると耐食性低下などの要因となりうるので、Pは0.050%以下、Sは0.040%以下に制限される。通常は、P:0.010?0.050%、S:0.0005?0.040%の範囲とすればよい。耐食性を重視する場合はS含有量を0.005%以下に制限することがより効果的である。
【0020】
Crは、ステンレス鋼としての耐食性を確保するために重要な元素である。また、耐高温酸化性の向上にも有効である。これらの作用を発揮させるためには10.00%以上のCr含有量が必要となる。15.00%以上、あるいは17.00%以上のCr含有量とすることがより効果的である。一方、多量にCrを含有させると、鋼の硬質化および靱性低下によって厚ゲージ鋼帯の製造性が難しくなる。種々検討の結果、Cr含有量は25.00%以下に制限される。22.00%以下、あるいは20.00%以下に管理してもよい。
【0021】
Nは、靱性を低下させる要因となるので、0.030%以下の含有量に制限される。ただし、極度に低N化を図る必要はなく、通常、0.001?0.030%のN含有量とすればよい。
【0022】
Nbは、C、Nを固定することによってCr炭化物・窒化物の粒界偏析を抑制し、鋼の耐食性や耐高温酸化性を高く維持するうえで極めて有効な元素である。そのためには0.01%以上のNb含有が必要となる。0.05%以上とすることがより効果的であり、0.20%以上とすることがさらに効果的である。ただし、過剰のNb含有は熱延コイルの靱性低下を助長するので好ましくない。種々検討の結果、Nb含有量は0.80%以下に制限される。0.60%以下に管理してもよい。
【0023】
Niは、腐食の進行を抑制する作用があり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.01%以上のNi含有量を確保することがより効果的である。ただし、多量のNi含有は加工性に悪影響を及ぼすことがあるので、Niを添加する場合は2.00%以下の範囲で行う必要があり、1.00%以下の範囲に管理してもよい。
【0024】
Moは、耐食性の向上に有効な元素であり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.02%以上のMo含有量を確保することがより効果的であり、0.50%以上とすることが一層効果的である。ただし、多量のMo含有は靱性に悪影響を及ぼすので、Moを添加する場合は2.50%以下の範囲で行う必要があり、1.50%以下の範囲に管理してもよい。
【0025】
Cuは、低温靱性および加工性の向上に有効な元素である。また、高温強度の向上にも有効である。そのため、必要に応じてCuを添加することができる。その場合、0.02%以上のCu含有量を確保することがより効果的である。ただし、多量にCuを添加すると加工性がむしろ低下するようになる。Cuを添加する場合は1.80%以下の範囲で行う必要があり、0.50%以下の含有量に管理してもよい。
【0026】
Coは、低温靭性に寄与する元素であり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.010%以上のCo含有量を確保することがより効果的である。ただし、過剰添加は延性低下の要因となるので、Coを添加する場合は0.50%以下の範囲で行う。
【0027】
Alは、脱酸剤として有効な元素であり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.005%以上のAl含有量とすることがより効果的である。ただし、多量のAl含有は靱性低下の要因となるので、Alを含有させる場合、Al含有量は0.50%以下に制限され、0.20%以下とすることがより好ましい。
【0028】
W、Vは、高温強度の向上に有効な元素であり、必要に応じてこれらの1種以上を添加することができる。その場合、Wについては0.10%以上、Vについても0.10%以上の含有量を確保することがより効果的である。ただし、これらの元素を多量に添加すると鋼が硬質となり、鋼帯通板時の割れを招く要因となる。Wを添加する場合は1.80%以下の範囲で行う必要があり、0.50%以下の含有量に管理してもよい。Vを添加する場合は0.30%以下の範囲で行う必要があり、0.15%以下の含有量に管理してもよい。
【0029】
Ti、Zrは、Cを固定する作用があり、鋼の耐食性や耐高温酸化性を高く維持するうえで有効な元素である。そのため、必要に応じてTi、Zrの1種以上を添加することができる。その場合、Tiについては0.01%以上、Zrについては0.02%以上の含有量を確保することがより効果的である。ただし、過剰のTi含有は熱延コイルの靱性低下を助長しするので、Tiを添加する場合は0.50%以下の範囲で行う。また、多量のZr含有は加工性を阻害する要因となるので、Zrを添加する場合は0.20%以下の範囲で行う。
【0030】
Bは、少量の添加によって耐食性や加工性を改善する元素であり、必要に応じてこれらの1種以上を添加することができる。その場合、0.0001%以上のB含有量を確保することがより効果的である。ただし、過剰のB含有は熱間加工性に悪影響を及ぼすので、Bを添加する場合は0.0050%以下の範囲で行う。
【0031】
REM(希土類元素)、Caは、耐高温酸化性の向上に有効な元素であり、必要に応じてこれらの1種以上を添加することができる。その場合、REMは0.001%以上、Caは0.0005%以上の含有量を確保することがより効果的である。ただし、これらの元素を多量に添加すると靱性が低下するので、REMを添加する場合は0.100%以下、Caを添加する場合は0.0050%以下の含有量範囲で行う。」

(1-オ)「【0033】
〔機械的性質〕
上記組成を有するNb含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージ熱延鋼帯をライン通板する際の割れを防止するためには、材料が良好な延性および靱性を有していることが重要となる。延性は硬さによって、また靱性は25℃におけるシャルピー衝撃値によって評価することができる。詳細な検討の結果、熱延コイルの場合、コイル全長にわたって、硬さが190HV以下でかつ25℃におけるシャルピー衝撃値が20J/cm^(2)以上であるとき、板厚10.0mmまで、そのまま次工程のラインに割れを発生させることなく通板させることが可能となる。また、熱延焼鈍コイルの場合は、コイル全長にわたって、硬さが175HV以下でかつ25℃におけるシャルピー衝撃値が25J/cm^(2)以上であるとき、板厚10.0mmまで、そのまま次工程のラインに割れを発生させることなく通板させることが可能となる。」

(1-カ)「【実施例1】
【0039】
表1に示す鋼を溶製して連続鋳造スラブとし、連続熱間圧延ラインにて板厚8mmの熱延コイルを製造した。・・・。表2に熱延コイル製造条件を示す。熱延コイルの水冷は、水槽中の水に熱延コイルを浸漬する方法で行った。表1中には熱延コイル製造条件のうち、スラブ加熱温度、仕上圧延温度、巻取温度を具体的に記載した。
【0040】
水槽中の水はポンプの動力により循環するようにしてあり、熱延コイル全体が常に水中に没するように適宜水が補給される。水槽浸漬を行う場合には、巻取終了時から30分以内に浸漬した。また、水槽中の浸漬時間は15分以上とした。
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

【0043】
得られた熱延コイルの最外周部および最内周部からサンプルを採取し、それぞれのサンプルの鋼帯幅方向端部(エッジ部)付近および幅方向中央部から、シャルピー衝撃試験片および硬さ測定用試験片を切り出した。硬さ測定と25℃におけるシャルピー衝撃試験を前述の手法にて実施した。コイルの外周部付近と内周部付近とでは復熱による影響に差が生じることから、各コイルについて、最外周部および最内周部の全ての測定値の中で最も成績の悪い数値を、そのコイルの特性値(以下「評価特性値」という)として採用した。具体的には、シャルピー衝撃値については得られた測定値のうち最も小さい値を評価特性値とし、硬さについてはビッカース硬さの測定値のうち最も大きい値を評価特性値とした。
【0044】
図1および図2に、それぞれ熱延コイルの25℃におけるシャルピー衝撃値および硬さ(いずれも上述の評価特性値)を示す。
【0045】
分類aの条件は仕上圧延終了後に特段の冷却操作を施さない一般的なフェライト系ステンレス鋼熱延コイルの製造方法に従ったものであるが、巻取までの間にLaves相が生成し、巻取後に475℃脆化を起こしたことにより、靱性(シャルピー衝撃値)の低下が著しかった。また、硬質な仕上がりとなった。このままではライン通板に供することが困難であるため、製品化するためにはバッチ焼鈍後に急冷するといった特別な処理が必要となる。
【0046】
分類bの条件は、分類aの条件で得られたコイルを水中に浸漬して冷却したものである。これにより475℃脆化はかなり回避できるものの、Laves相の生成により靱性は低かった。また、硬質な仕上がりとなった。この熱延コイルもこのままライン通板に供することは困難である。
【0047】
分類cの条件は仕上圧延温度を高くして高温巻取を行い、その後、水槽浸漬を施したものである。この場合は熱延ひずみが少なくなって比較的軟質な仕上がりとなったが、Laves相による靱性低下が生じた。
【0048】
分類dの条件は、分類cの条件において、巻取前に水冷を行って巻取温度をやや低くしたものである。ただし、巻取前の水冷が不十分であるためLaves相による脆化は解消されていない。
【0049】
分類eの条件は仕上圧延温度を高くするとともに、巻取前に十分に水冷を行って巻取温度400℃以下の低温巻取とし、さらに水槽浸漬をも実施したものである(本発明例)。この場合は、仕上圧延温度が高いので熱延ひずみが抑制され、軟質な仕上がりが得られた。また、800℃付近の通過時間を短くしたことによってLaves相の生成が抑制され、さらにコイルの水槽浸漬によって475℃脆化も抑制されたことから、良好な靱性も得られた。この条件によって製造した各熱延コイルについて、ラインに通板して展開した後、そのラインの出側で巻取るという、巻替え実験を実施したところ、いずれの熱延コイルも通板の支障になるようなトラブルは発生しないことが確認された。
【0050】
分類fの条件は、分類eの条件において水槽浸漬を省略したものである。この場合はコイルの復熱により475℃脆化が進行したとみられ、靱性は低下した。また、やや硬質な仕上がりとなった。」

(2)甲第2号証:特開2012-140687号公報について
甲第2号証は、本件特許に係る特許出願の出願日前に日本国内において頒布された刊行物であって、以下の事項が記載されている。

(2-ア)「【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、Ti含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージの熱延コイルまたは熱延焼鈍コイルにおいて、靱性・延性に優れたものが提供可能となった。従来Ti含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージの熱延コイルや熱延焼鈍コイルはライン通板に供することが困難であったところ、本発明に従えばそれが可能となる。したがって本発明は、自動車排ガス経路中の装置に用いられるフランジをはじめとする厚板部材の用途において、フェライト系ステンレス鋼材の普及に寄与しうる。」

(2-イ)「【発明を実施するための形態】
【0018】
以下において成分元素における「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
〔化学組成〕
・・・
【0026】
Cuは、低温靱性および加工性の向上に有効な元素である。また、高温強度の向上にも有効である。そのため、必要に応じてCuを添加することができる。その場合、0.02%以上のCu含有量を確保することがより効果的である。ただし、多量にCuを添加すると加工性がむしろ低下するようになる。Cuを添加する場合は1.80%以下の範囲で行う必要があり、0.50%以下の含有量に管理してもよい。
・・・
【0031】
Bは、少量の添加によって耐食性や加工性を改善する元素であり、必要に応じてこれらの1種以上を添加することができる。その場合、0.0001%以上のB含有量を確保することがより効果的である。ただし、過剰のB含有は熱間加工性に悪影響を及ぼすので、Bを添加する場合は0.0050%以下の範囲で行う。
・・・
【0033】
〔板厚〕
上記組成のTi含有フェライト系ステンレス鋼の熱延コイルや熱延焼鈍コイルの場合、板厚が5.0mm以上になると、一般的な鋼帯製造ラインにおいて通板時にロールによる曲げ変形を受けた際に割れが生じやすくなり、しばしば問題となる。一方、一般的な鋼帯製造ラインの通板能力を考慮すると、板厚が12.0mmを超えるような鋼帯を通板させることには無理がある。したがって本発明では、板厚5.0?12.0mmの熱延コイルまたは熱延焼鈍コイルを対象とする。5.5?9.0mmの板厚に管理してもよい。」

(2-ウ)「【実施例1】
【0039】
表1に示す鋼を溶製して連続鋳造スラブとし、連続熱間圧延ラインにて板厚8mmの熱延コイルを製造した。・・・。表2に熱延コイル製造条件を示す。熱延コイルの水冷は、水槽中の水に熱延コイルを浸漬する方法で行った。表1中には熱延コイル製造条件のうち、スラブ加熱温度、仕上圧延温度、巻取温度を具体的に記載した。
・・・
【0041】
【表1】

【0042】
【表2】

・・・
【0046】
分類Bの条件は仕上圧延終了後の鋼帯を水冷して475℃脆化域より低温で巻取を行ったものである。この手法は従来から475℃脆化を回避あるいは軽減するうえで有効であることが知られており、板厚5mm未満の一般的な熱延コイルであればそのままライン通板に供することが可能である。しかし、熱延ひずみの残留によって材料が硬質化するため、厚ゲージの熱延コイルの場合、このままではライン通板が困難である。
【0047】
分類Cの条件は、分類Bの条件で得られたコイルを水中に浸漬して冷却したものである。この場合も熱延ひずみが残留する点は分類Bと同様であり、コイルの水冷は靱性・延性の向上に寄与しない。」

(2-エ)「【実施例2】
【0052】
実施例1で製造した熱延コイルを、連続焼鈍酸洗ラインに通板して熱延焼鈍コイルを得た。その焼鈍条件は、900?1100℃に加熱した後、加熱温度から400℃までの平均冷却速度を50℃/sec以上として冷却する条件を満たす範囲で、種々の条件を採用した。得られた熱延焼鈍コイルについて、上記と同様にシャルピー衝撃値およびビッカース硬さの評価特性値を求めた。・・・。
【0053】
図3に、表1のNo.7(分類C)およびNo.8、10、21(分類D)の熱延コイルを用いて種々の焼鈍条件で製造した熱延焼鈍コイルのシャルピー衝撃値(上記の評価特性値)を例示する。また、図4に、表1のNo.5、6(分類B)、No.7(分類C)およびNo.8、10、21(分類D)の熱延コイルを用いて種々の焼鈍条件で製造した熱延焼鈍コイルの硬さ(上記の評価特性値)を例示する。」

(3)甲第3号証:国際公開第2013/085005号について
甲第3号証は、本件特許に係る特許出願の出願日前に外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであって、以下の事項が記載されている。

(3-ア)「実施例
・・・
[0045] 本実施例では、まず、表1に示す組成の各鋼を溶製して鋳造し、鋼塊(鋼片)を得た。
この鋼塊を90mm厚まで研削した。表2,3に示す仕上げ温度(FT)にて熱間圧延を行い、鋼塊を板厚5mmまで圧延し、熱延鋼板とした。次に、圧延後の鋼板温度を放射温度計でモニターしながら、水冷によって表2,3に示す巻き取り温度(CT)まで冷却した。なお、この時の冷却速度は約20℃/secであった。
[0046] 次に、炉内の温度が表2,3の巻き取り温度(CT)に制御された炉の中に熱延鋼板を挿入し、巻き取り処理を模擬した。その後、表2,3の時間(t)が経過した後に熱延鋼板を水槽に浸漬した。次いで、水槽内に、表2,3に示す浸漬時間(tx)の間保持し、そして熱延鋼板を取り出した。
[0047] 得られた各熱延鋼板は、全てフェライト単相組織であった。
また、実施形態に記載の測定方法と同様にして、EBSPを用いて結晶粒界特性(全結晶粒界長さLに対する亜粒界長さLaの比La/L)を算出した。
熱延鋼板よりサブサイズシャルピー衝撃試験片をJIS Z 2202に準拠して採取し、圧延方向の垂直方向を衝撃方向としてJIS Z 2242に準拠した金属材料の衝撃試験を実施した。試験温度を25℃として衝撃吸収エネルギーを調査した。
[0048] また、得られた結果より、熱延鋼板の冷間割れ性(靭性)を下記の方法により評価した。
・・・。従って、シャルピー衝撃値が20J/cm^(2)未満の熱延鋼板の冷間割れ性を“不良”と評価し、シャルピー衝撃値が20J/cm^(2)以上の熱延鋼板の冷間割れ性を“良好”と評価した。表2,3では、シャルピー衝撃値が20J/cm^(2)未満の値に下線を付した。
以上の製造条件及び評価結果を表2,3に示す。
なお、表2,3において、FTは、熱間圧延の仕上げ温度(℃)を示し、CTは、熱延鋼板の巻き取り温度(℃)を示す。tは、巻き取りの完了から水冷の開始(浸漬の開始)までの時間(h)を示し、txは、水冷の開始から完了(浸漬開始から取り出し)までの時間(h)を示す。
また、表1?3では、本実施形態で規定された範囲外の数値には、下線を付した。

[0049]
[表1]

[0050]
[表2]

[0051]
[表3]

[0052] ・・・。
一方、本実施形態で規定された範囲外の比較例では、いずれもシャルピー衝撃値が低かった。これにより、比較例における熱延鋼板の冷間割れ性(靭性)が低下してしまったことが分かる。
これらの結果から、上述した知見を確認することができ、また、上述した各鋼組成及び構成を限定する根拠を裏付けることができた。
産業上の利用可能性
[0053] 本実施形態のフェライト系ステンレス熱延鋼板は、20J/cm^(2)以上のシャルピー衝撃値を有し、冷間割れ性に優れる。このため、熱間圧延後に連続焼鈍あるいは酸洗工程が施されても冷間割れは生じない。従って、本実施形態のフェライト系ステンレス熱延鋼板は、フェライト系ステンレス鋼が用いられる家電、建材、自動車部品などの部材の製造工程に好適に適用できる。」

(4)甲第4号証:特開2012-188748号公報について
甲第4号証は、本件特許に係る特許出願の出願日前に日本国内において頒布された刊行物であって、以下の事項が記載されている。

(4-ア)「【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼熱延鋼板及びその製造方法、並びにフェライト系ステンレス鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の排ガス経路に用いられる部材には、一般的に、耐酸化性や耐腐食性に優れるステンレス鋼が使われている。特に、使用温度が高温になる排ガス経路の上流部材、例えばエキゾーストマニホールド、触媒コンバータ、フロントパイプなどの排気系用部材には、エンジンから排出される高温の排気ガスを通すため、高い耐酸化性、高温強度、耐熱疲労特性など多様な特性が要求される。」

(4-イ)「【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明者らは、Cu添加による高温強度向上を主に活用する事で、高価なNb、Moの添加を低減する材料開発を行った。その結果、・・・、Nb,Moが無添加もしくは少量添加であっても、耐熱性、高温強度を高める事が可能となった。
【0012】
しかし、・・・、実際に製造したものは、靭性が低く、冷間で、圧延や酸洗、焼鈍などの後工程を通板することは困難であった。即ち、従来知見された技術では、耐熱用にCuを添加したステンレス鋼の靭性を改善する事は出来なかった。
【0013】
また、従来鋼に比べて、加工性低下の問題も認められた。・・・、十分なr値を得る事が出来なかった。・・・。
【0014】
そこで、本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、Cu析出物を微細分散させることで高温特性を向上させ、さらに硬度を制御することで靭性に優れたフェライト系ステンレス鋼熱延鋼板及びその製造方法、並びに、当該フェライト系ステンレス鋼熱延鋼板を用いたフェライト系ステンレス鋼板の製造方法を提供することを目的とする。」

(4-ウ)「【実施例】
・・・
【0081】
(実施例1)
本実施例では、まず、表1及び表2に示す成分組成の鋼を溶製してスラブに鋳造した。このスラブを1190℃に加熱後、仕上げ温度を800?950℃の範囲内として、板厚5mmまで熱間圧延し、熱延鋼板とした。
次に、平均冷却速度を10?100℃/sとして、冷却速度に応じて空冷と水冷を使い分けて、表3、4に示す各巻取温度まで冷却した。その後、表3、4に示す所定の巻取温度で巻き取り熱延コイルとした。・・・。
【0082】
引き続き、・・・スケールを除去し、板厚2mm厚まで冷間圧延し、冷延板とした。・・・。ここで、表3、4中の試験番号P58?P63については、上記酸洗を行う前に、焼鈍温度を950℃、焼鈍時間を120秒、雰囲気を燃焼ガス雰囲気として熱延板焼鈍を施した。
・・・
表1中のNo.0A?0C、及び1?24は本発明例、表2中のNo.25?44は比較例である。
・・・
【0085】
・・・。
以上の製造条件及び評価結果を表3、4に示す。
【0086】
【表1】

【0087】
【表2】
・・・
【0088】
【表3】

【0089】
【表4】
・・・
【0091】
試験番号P1?4、P15については、巻取温度が450℃未満としたため、鋼板中のCuを固溶させることができ、結果、良好な靭性値を確保することができた。しかし、冷延板焼鈍における昇温過程で過飽和に固溶したCuがCu-richクラスタとして析出したため、ランクフォード値が低下し、加工性が劣化した。」

(5)甲第5号証:特開平8-199237号公報について
甲第5号証は、本件特許に係る特許出願の出願日前に日本国内において頒布された刊行物であって、以下の事項が記載されている。

(5-ア)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、特に各種内燃機関やガスタービン等の排ガス管路部材用途に好適な、低コストのフェライト系ステンレス鋼の低温靱性に優れた、板厚4.5mm から9.0mm までの熱延板の製造方法に関する。」

(5-イ)「【0017】以下に、本発明鋼における各成分の作用とそれらの含有量の限定理由を個別に概説する。
・・・
【0020】Mn:本発明鋼の重要な元素である。本発明鋼のようにSiを添加することによって、酸化増量は抑制するのに加え、Mnを添加すると表層酸化物の密着性を著しく改善する。しかし、過剰に添加すると、オーステナイト相の析出などによってかえって異常酸化を誘発する。したがって、その範囲を0.60%?1.50%とする。」

(5-ウ)「【0027】熱延仕上げ温度は、低すぎると熱延時に導入される加工ひずみが回復しないため、これを生成核としてLaves 相が多量に生成する可能性がある。したがって、熱延仕上げ温度は,800℃以上とした。・・・。
【0028】巻き取り温度は、本発明において最も重要な因子の一つである。800℃以上で熱延を終了した後、急冷してできるだけ低い温度で巻き取ることがLaves 相の生成を抑制するうえで望ましいが、図3で示したように、板厚によって巻き取り温度の許容範囲(上限温度)が変化する。・・・。
【0029】・・・。また、本発明では板厚4.5mm 以上9.0mm 以下の熱延鋼帯のみを規定しているが、板厚4.5mm 未満の熱延鋼帯についても、本発明方法を適用することにより、熱延板の低温靱性を改善することが可能である。
【0030】以上のような製造方法によって作製した、本発明のフェライト系ステンレス熱延鋼帯は、熱延板の低温靱性に優れる。しかも18%以上のCrを含有するフェライト系ステンレス鋼よりも低コストに製造できる。」

(5-エ)「【0031】
【実施例】本発明の熱延鋼帯の低温靱性を実施例を用いて説明する。
【0032】表1に供試材の化学成分値を示した。
【0033】
【表1】

【0034】表中のAからCまでの鋼は、本発明の範囲に含まれるものである。いずれの鋼も真空溶解炉にて溶製し、熱延により種々の板厚の熱延鋼帯とし、熱延後の冷却条件を種々変化させた。熱間圧延方法を表2に示す。得られた熱延板を用い、熱延板の低温靱性および曲げ性の検討を行った。表2にその試験結果をあわせて示す。
【0035】
【表2】



(5-オ)「【0041】
【発明の効果】本発明によれば、耐熱性が重要視される部材に適している、低コストフェライト系ステンレス鋼の板厚4.5mm 以上9.0mm 以下の、低温靱性に優れた熱延鋼帯を提供することが可能となる。」

2 甲第1号証を主引用例とする申立理由について
(1)甲第1号証に記載された発明
ア 前記(1-ア)の【請求項1】には、「質量%で、C:0.030%以下、Si:2.00%以下、Mn:2.00%以下、P:0.050%以下、S:0.040%以下、Cr:10.00?25.00%、N:0.030%以下、Nb:0.01?0.80%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、硬さが190HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が20J/cm^(2)以上に調整されている板厚5.0?10.0mmのNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイル。」が記載されている。

イ さらに、前記(1-エ)の【0017】?【0019】、【0021】の記載によれば、上記Nb含有フェライト系ステンレス鋼の組成は、C:0.001?0.030%の範囲、Si、Mnをそれぞれ0.05%以上、0.50%以下、P:0.010?0.050%、S:0.0005?0.005%の範囲、N:0.001?0.030%の範囲とすることが好ましいことが記載されているといえる。

ウ また、前記(1-ウ)の【0015】の記載によれば、上記Nb含有フェライト系ステンレス鋼の用途は、自動車排ガス経路中の装置に用いられるフランジをはじめとする厚板部材の用途であるといえる。

エ してみると、甲第1号証には、以下の発明が記載されていると認められる。

「質量%で、C:0.001以上0.030%以下、Si:0.05%以上0.50%以下、Mn:0.05%以上0.50%以下、P:0.010以上0.050%以下、S:0.0005以上0.005%以下、Cr:10.00?25.00%、N:0.001以上0.030%以下、Nb:0.01?0.80%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、
硬さが190HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が20J/cm^(2)以上に調整されている板厚5.0?10.0mmの自動車排ガス経路中の装置に用いられるフランジをはじめとする厚板部材の用途のNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイル。」(以下、「甲1-1発明」という。)

オ また、甲第1号証には、前記(1-ア)の【請求項3】、前記(1-エ)の【0017】?【0019】、【0021】、及び、前記(1-ウ)の【0015】の記載によれば、以下の発明が記載されているといえる。

「質量%で、C:0.001以上0.030%以下、Si:0.05%以上0.50%以下、Mn:0.05%以上0.50%以下、P:0.010以上0.050%以下、S:0.0005以上0.005%以下、Cr:10.00?25.00%、N:0.001以上0.030%以下、Nb:0.01?0.80%、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、
硬さが175HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値が25J/cm^(2)以上に調整されている板厚5.0?10.0mmの自動車排ガス経路中の装置に用いられるフランジをはじめとする厚板部材の用途のNb含有フェライト系ステンレス鋼熱延焼鈍コイル。」(以下、「甲1-2発明」という。)

(2)本件特許発明1について
ア 本件特許発明1と甲1-1発明とを対比すると、両者は、少なくとも、以下の点で相違する。

相違点1-1:フランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板又は熱延鋼帯の組成について、本件特許発明1が、Nbを含有しないのに対して、甲1-1発明が、Nbを0.01?0.80質量%含有する点。
相違点1-2:フランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板又は熱延鋼帯の<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率について、本件特許発明1が「20%以上である」のに対し、甲1-1発明は不明である点。

イ そこで、これらの相違点について検討する。

ウ 相違点1-1について検討すると、甲1-1発明は、「Nb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイル」に係るものであり、前記(1-エ)の【0022】の記載によれば、C、Nを固定することによってCr炭化物・窒化物の粒界偏析を抑制し、鋼の耐食性や耐高温酸化性を高く維持するためにNbを必須成分とするものであるから、甲1-1発明において、Nbを含有しないものとする動機付けはない。してみると、当業者が、甲1-1発明において、その鋼組成についてNbを含有しないものとすることを容易に想到することができたとはいえない。

エ なお、特許異議申立人は、特許異議申立書において、「Nbは、窒化物または炭化物を形成して固溶C、Nを減少させる作用があり高温特性(高温強度、耐酸化性)を向上させる成分としての使用が周知事項である。例えば、甲第3号証、甲第4号証には、フェライト系ステンレス鋼の高温特性を向上させるための任意の選択成分として、Nb等が列挙されている(・・・)。・・・甲1-1発明は・・・耐食性、耐酸化性の観点でNbを必須成分として添加されているが、製造方法によっても靱性向上が図られている。そうすると、Nbを含有しない鋼組成とすることは、当業者が適宜なし得る設計事項であるといえる。」(第56頁第5行?第15行)と主張している。

オ そこで、この主張について検討すると、上記ウで検討したとおり、甲1-1発明は、Nbを必須成分とするものでありNbを含有しないものとする動機付けはないから、仮に、上記エの特許異議申立人の主張のとおり、Nbが窒化物または炭化物を形成して固溶C、Nを減少させる作用があり、高温特性(高温強度、耐酸化性)を向上させる元素としての使用が周知であり、また、甲1-1発明において、製造方法によっても靱性向上が図られているとしても、これらの事項は、上記ウを左右するものではなく、この主張を採用することができない。

カ 次に、相違点1-2について検討する。

キ 相違点1-2に係る本件特許発明1の発明特定事項であるフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板又は熱延鋼帯の「<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率が20%以上であること」は、本件訂正後の明細書の詳細な説明によれば、フランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板又は熱延鋼帯の組成について、各添加元素の上限値を特定する(【0012】?【0037】)とともに、製造方法として、熱間圧延における仕上温度を800℃以上、900℃以下に特定し、巻取温度上限を500℃に特定(【0038】?【0047】)することにより得られるものであるといえる。

ク 一方、甲1-1発明において、Nb含有フェライト系ステンレス鋼熱延コイルの硬さを190HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値を20J/cm^(2)以上に調整することは、前記(1-ウ)の【0011】の記載によれば、「(i)仕上圧延温度を890℃以上の高温とすること、(ii)巻取温度を400℃以下の低温とすること、(iii)低温巻取後のコイルをさらに水中に浸漬して復熱を防止すること」によって得られるものであるといえる。

ケ そこで、両者を製造方法の観点で対比すると、少なくとも、熱間圧延における仕上温度について、本件特許発明1が800℃以上、900℃以下であるのに対して、甲1-1発明が890℃以上の高温であるから、両者の熱間圧延における仕上温度の数値範囲について、一部が重複するものの、両者が一致しているとはいえない。

コ ここで、本件特許発明1は、本件特許の発明の詳細な説明の記載によれば、熱間圧延における仕上温度を800℃以上、900℃以下に特定することにより、フランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板又は熱延鋼帯の「<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率が20%以上」とし、これにより、0℃での衝撃値が7J/cm^(2)以上の衝撃値を有し、熱延コイルの展開および通板時に脆性割れが生じない(【0011】)という効果を奏するものである。

サ 一方、甲第1号証?甲第5号証のいずれをみても、熱間圧延における仕上温度について、800℃以上、900℃以下に特定することにより、フランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板又は熱延鋼帯の「<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率が20%以上」とし、0℃での衝撃値が7J/cm^(2)以上の衝撃値を有し、熱延コイルの展開および通板時に脆性割れが生じないという効果を奏することについて、記載も示唆もされていない。

シ してみると、甲1-1発明において、熱間圧延における仕上温度を800℃以上、900℃以下に特定することにより、熱延鋼板又は熱延鋼帯の「<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率が20%以上」とすることを当業者が容易に想到することができたとはいえない。

ス したがって、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件特許発明2について
ア 本件特許発明2と甲1-1発明とを対比すると、両者は、少なくとも前記(2)の相違点1-2と同様の相違点で相違する。

イ してみると、前記(2)カ?シで検討したものと同様の理由により、本件特許発明2は、甲第1号証に記載された発明とはいえず、また、甲第1号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(4)本件特許発明5、9について
本件特許発明5は、本件特許発明1又は2の「熱延鋼板または熱延鋼帯」の製造方法に係るものであり、また、本件特許発明9は、本件特許発明1又は2の「熱延鋼板または熱延鋼帯」からなるフランジ部品に係るものであり、本件特許発明5及び9は、ともに、本件特許発明1又は2の全ての発明特定事項を有するものである。
してみると、本件特許発明5及び9は、前記(2)及び(3)で検討した本件特許発明1又は2についての理由と同様の理由により、甲第1号証に記載された発明とはいえず、また、甲第1号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(5)本件特許発明3について
ア 本件特許発明3と甲1-2発明とを対比すると、両者は、少なくとも、以下の点で相違する。

相違点1-3:フランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板又は熱延焼鈍鋼帯の組成について、本件特許発明3が、Nbを含有しないのに対して、甲1-2発明が、Nbを0.01?0.80質量%含有する点。
相違点1-4:フランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板又は熱延焼鈍鋼帯の<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率について、本件特許発明3が「20%以上である」のに対し、甲1-2発明は不明である点。

イ そこで、これらの相違点について検討する。

ウ 相違点1-3は、前記(2)の相違点1-1と同様の相違点であるから、前記(2)ウで検討した理由と同様の理由により、当業者が、甲1-2発明において、その鋼組成をNbを含有しないものとすることを容易に想到することができたとはいえない。

エ 次に相違点1-4について検討する。

オ 相違点1-4に係る本件特許発明3の発明特定事項であるフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板又は熱延焼鈍鋼帯の「<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率が20%以上であること」は、本件訂正後の明細書の発明の詳細な説明によれば、フランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板又は熱延鋼帯の組成について、各添加元素の上限値を特定する(【0012】?【0037】)とともに、製造方法として、熱間圧延における仕上温度を800℃以上、900℃以下に特定し、巻取温度上限を500℃に特定し、熱間圧延後に焼鈍-酸洗工程を通板する場合の焼鈍条件として加熱温度を800?1000℃、加熱速度を10℃/sec以上、冷却速度についても10℃/sec以上(【0038】?【0047】)に特定することにより得られるものといえる。

カ 一方、甲1-2発明において、Nb含有フェライト系ステンレス鋼熱延焼鈍コイルの硬さを175HV以下、25℃におけるシャルピー衝撃値を25J/cm^(2)以上に調整することは、前記(1-ウ)の【0011】の記載によれば、「(i)仕上圧延温度を890℃以上の高温とすること、(ii)巻取温度を400℃以下の低温とすること、(iii)低温巻取後のコイルをさらに水中に浸漬して復熱を防止すること」によって得られるものであるといえる。

キ そこで、両者を組成及び製造方法の観点で対比すると、両者は、前記(2)ケで検討した点と同様の点で一致しているとはいえず、前記(2)コ?シで検討したものと同様の理由により、甲1-2発明において、熱間圧延における仕上温度を800℃以上、900℃以下に特定することにより、熱延鋼板又は熱延鋼帯の「<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率が20%以上」とすることを当業者が容易に想到することができたとはいえない。

ク したがって、本件特許発明3は、甲第1号証に記載された発明とはいえず、また、甲第1号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。

(6)本件特許発明4について
ア 本件特許発明4と甲1-2発明とを対比すると、両者は、少なくとも前記(5)の相違点1-4と同様の相違点で相違する。

イ してみると、前記(5)エ?キで検討したものと同様の理由により、本件特許発明4は、甲第1号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(7)本件特許発明6?8、10について
本件特許発明6?8は、本件特許発明3又は4の「熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯」の製造方法に係るものであり、本件特許発明10は、本件特許発明3又は4の「熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯」からなるフランジ部品に係るものであり、本件特許発明6?8、10は、いずれも本件特許発明3又は4の全ての発明特定事項を有するものである。
してみると、本件特許発明6?8、10は、前記(5)及び(6)で検討した本件特許発明3及び本件特許発明4についての理由と同様の理由により、甲第1号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3 甲第2号証を主引用例とする申立理由について
(1)甲第2号証に記載された発明について
ア 甲第2号証には、前記(2-ア)?(2-エ)の記載、特に、前記(2-ウ)の【表1】の比較例5、比較例6、比較例7によれば、それぞれ、以下の発明が記載されていると認められる。

「質量%にて、C:0.003%、Si:0.06%、Mn:0.15%、P:0.019%、S:0.001%、Ni:0.20%、Cr:17.60%、Mo:0.84%、Cu:0.05%、N:0.015%、Ti:0.27%、Al:0.17%、V:0.07%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、
板厚が8mmである、
フェライト系ステンレス鋼からなる熱延コイル又は熱延焼鈍コイルであって、
前記熱延コイルは、熱延仕上温度870℃、巻取り温度360℃の熱間圧延を行って製造されたものであり、
前記熱延焼鈍コイルは、前記熱延コイルを、900?1100℃に加熱した後、加熱温度から400℃までの平均冷却速度を50℃/secで冷却する条件を満たす範囲で製造されたものである、
Ti含有フェライト系ステンレス鋼からなる熱延コイル又は熱延焼鈍コイル。」(以下、「甲2-1発明」という。)

「質量%にて、C:0.008%、Si:0.19%、Mn:0.16%、P:0.030%、S:0.001%、Ni:0.20%、Cr:17.70%、Mo:1.05%、N:0.014%、Ti:0.30%、Al:0.03%、V:0.06%、B:0.0001%、Ca:0.0003、Co:0.040を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、
板厚が8mmである、
フェライト系ステンレス鋼からなる熱延コイル又は熱延焼鈍コイルであって、
前記熱延コイルは、熱延仕上温度830℃、巻取り温度340℃の熱間圧延を行って製造されたものであり、
前記熱延焼鈍コイルは、前記熱延コイルを、900?1100℃に加熱した後、加熱温度から400℃までの平均冷却速度を50℃/secで冷却する条件を満たす範囲で製造されたものである、
Ti含有フェライト系ステンレス鋼からなる熱延コイル又は熱延焼鈍コイル。
」(以下、「甲2-2発明」という。)

「質量%にて、C:0.008%、Si:0.19%、Mn:0.16%、P:0.030%、S:0.001%、Ni:0.20%、Cr:17.70%、Mo:1.05%、N:0.014%、Ti:0.30%、Al:0.03%、V:0.06%、B:0.0001%、Ca:0.0003、Co:0.040を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなり、
板厚が8mmである、
フェライト系ステンレス鋼からなる熱延コイル又は熱延焼鈍コイルであって、
前記熱延コイルは、熱延仕上温度830℃、巻取り温度300℃の熱間圧延を行って製造されたものであり、
前記熱延焼鈍コイルは、前記熱延コイルを、900?1100℃に加熱した後、加熱温度から400℃までの平均冷却速度を50℃/secで冷却する条件を満たす範囲で製造されたものである、
Ti含有フェライト系ステンレス鋼からなる熱延コイル又は熱延焼鈍コイル。
」(以下、「甲2-3発明」という。)

(2)本件特許発明2について
ア 本件特許発明2と甲2-1発明?甲2-3発明とを対比すると、両者は、少なくとも以下の点で相違している。

相違点2-1:フェライト系ステンレス鋼について、本件特許発明2が「フランジ用」であるのに対し、甲2-1発明?甲2-3発明は、その用途が特定されていない点。
相違点2-2:フェライト系ステンレス鋼の組成における任意成分であるCu、Bの含有量について、本件特許発明2が「Cu:0.1?3.0%」、「B:0.0002?0.0030%」であるのに対し、甲2-1発明は「Cu:0.05%」、甲2-2発明は「B:0.0001%」、甲2-3発明は「B:0.0001%」である点。
相違点2-3:フランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板又は熱延鋼帯の<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率について、本件特許発明2が「20%以上である」のに対し、甲2-1発明?甲2-3発明は不明である点。

イ そこで、これらの相違点について、相違点2-1から検討する。

ウ 甲2-1発明?甲2-3発明は、前記(2-ウ)の記載によれば、それぞれ比較例であり、熱延歪みが残留し材料が硬質化するためライン通板が困難であるか、水中に浸漬して冷却することが靱性・延性の向上に寄与しない(【0046】、【0047】)ものである。

エ してみると、前記(2-ア)に、Ti含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージの熱延コイル又は熱延焼鈍コイルにおいて、靱性・延性に優れたものが提供可能となり、自動車排ガス経路中の装置に用いられるフランジをはじめとする厚板部材の用途において、フェライト系ステンレス鋼材の普及に寄与し得ることが記載されているとしても、甲2-1発明?甲2-3発明は、ライン通板が困難であるか、水中に浸漬して冷却することが靱性・延性の向上に寄与しないものであるから、当業者がこれらの熱延コイルをフランジ用に用いる動機付けとはなり得ない。

オ また、甲第1号証、甲第3号証?甲第5号証のいずれにも、甲2-1発明?甲2-3発明の熱延コイルをフランジ用に用いることについて、記載も示唆もされていない。

カ 次に、相違点2-2について検討すると、甲2-1発明?甲2-3発明は、上記ウで述べたように比較例であるところ、あえてこれらの発明に基づいて新たな発明を行おうとする動機付けがなく、また、甲第2号証には、比較例である甲2-1発明?甲2-3発明においてCu又はBの含有量を調整することは記載も示唆もされていない。

キ また、甲第1号証、甲第3号証?甲第5号証のいずれにも、甲2-1発明?甲2-3発明において、Cu又はBの含有量を調整することは記載も示唆もされていない。

ク なお、特許異議申立人は、特許異議申立書において、前記(2-イ)の【0026】、【0031】の記載によれば、甲2-1発明?甲2-3発明において、そのCu又はBの含有量を本件特許発明2の範囲に選択することは、当業者が適宜なし得る設計事項である旨主張しているが、上記カで述べたように、甲2-1発明?甲2-3発明は比較例であるところ、あえてこれらの発明に基づいて新たな発明を行おうとする動機付けがなく、前記(2-イ)の【0026】、【0031】において、Cu及びBの好ましい添加量が記載されているとしても、当業者がこれらの発明のCu又はBの含有量を調整することが設計事項であるとはいえない。したがって、この主張を採用することができない。

ケ したがって、相違点2-3について検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲第2号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件特許発明5、9について
本件特許発明5は、本件特許発明1又は2の「熱延鋼板または熱延鋼帯」の製造方法に係るものであり、本件特許発明9は、本件特許発明1又は2の「熱延鋼板または熱延鋼帯」からなるフランジ部品に係るものであり、本件特許発明5及び9は、いずれも、申立理由の対象ではない本件特許発明1又は前記(2)で検討した本件特許発明2の全ての発明特定事項を有するものである。
そして、本件特許発明2の全ての発明特定事項を有する本件特許発明5及び9は、前記(2)で検討した本件特許発明2についての理由と同様の理由により、甲第2号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件特許発明4について
ア 本件特許発明4と甲2-1発明とを対比すると、両者は、少なくとも前記(2)で検討した相違点2-1及び相違点2-2と同様の点において相違している。

イ してみると、前記(2)で検討したものと同様の理由により、本件特許発明4は、甲第2号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)本件特許発明6?8、10について
本件特許発明6?8は、本件特許発明3又は4の「熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯」の製造方法に係るものであり、本件特許発明10は、本件特許発明3又は4の「熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯」からなるフランジ部品に係るものであり、本件特許発明6?8、10は、申立理由の対象ではない本件特許発明3又は前記(4)で検討した本件特許発明4の全ての発明特定事項を有するものである。
そして、本件特許発明4の全ての発明特定事項を有する本件特許発明6?8、10は、前記(4)で検討した本件特許発明4についての理由と同様の理由により、甲第2号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

4 甲第3号証を主引用例とする申立理由について
(1)甲第3号証に記載された発明について
ア 甲第3号証には、前記(3-ア)の記載、特に、[表1]の鋼G、鋼I、鋼N、鋼O、及び、これらに対応する[表2]の例21、[表3]の例26、例40、例44によれば、それぞれ、以下の発明が記載されていると認められる。なお、甲第3号証の記載全体からみて、[表1]に示される組成の数値の単位が「質量%」であり、記載される成分以外の組成は「残部がFe及び不可避的不純物からなる」ものと認められる。

「質量%にて、C:0.0032、Si:0.15、Mn:0.12、P:0.023、S:0.001、Cr:22.1、Al:0.010、N:0.0016、Nb:0.22、Ti:0.06、Mo:0.81、B:0.0009を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を、
熱延仕上温度910℃、巻取り温度450℃の熱間圧延を行い、板厚5mmまで圧延したフェライト系ステンレス熱延鋼板。」
(以下、「甲3-1発明」という。)

「質量%にて、C:0.0034、Si:0.12、Mn:0.24、P:0.017、S:0.007、Cr:14.5、Al:0.074、N:0.0061、Nb:0.11、Ti:0.10、Sn:0.10を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を、
熱延仕上温度900℃、巻取り温度355℃の熱間圧延を行い、板厚5mmまで圧延したフェライト系ステンレス熱延鋼板。」
(以下、「甲3-2発明」という。)

「質量%にて、C:0.0028、Si:0.08、Mn:0.11、P:0.020、S:0.001、Cr:14.3、Al:0.033、N:0.0089、Nb:0.13、Ti:0.08、Sn:0.03、B:0.0006を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を、
熱延仕上温度900℃、巻取り温度500℃の熱間圧延を行い、板厚5mmまで圧延したフェライト系ステンレス熱延鋼板。」
(以下、「甲3-3発明」という。)

「質量%にて、C:0.0033、Si:0.25、Mn:0.09、P:0.028、S:0.001、Cr:13.5、Al:0.025、N:0.0091、Ti:0.07、Sn:0.03を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を、
熱延仕上温度950℃、巻取り温度480℃の熱間圧延を行い、板厚5mmまで圧延したフェライト系ステンレス熱延鋼板。」
(以下、「甲3-4発明」という。)

(2)本件特許発明2について
ア 本件特許発明2と甲3-1発明?甲3-4発明とを対比すると、少なくとも以下の点で相違する。

相違点3-1:フェライト系ステンレス鋼について、本件特許発明2が「フランジ用」であるのに対し、甲3-1発明?甲3-4発明は、その用途が特定されていない点。
相違点3-2:フランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板又は熱延鋼帯の<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率について、本件特許発明2が「20%以上である」のに対し、甲3-1発明?甲3-4発明は不明である点。

イ そこで、これらの相違点について、相違点3-1から検討すると、甲3-1発明?甲3-4発明は、前記(3-ア)の記載によれば、比較例であり、シャルピー衝撃値が低く、熱延鋼板の冷間割れ性(靭性)が低下してしまった([0052])ものであるから、前記(3-ア)に「本実施形態のフェライト系ステンレス熱延鋼板は、フェライト系ステンレス鋼が用いられる家電、建材、自動車部品などの部材の製造工程に好適に適用できる」([0053])との記載があるとしても、当業者がこれらの熱延鋼板をフランジ用に用いる動機付けとはなり得ない。

ウ また、甲第1号証、甲第2号証、甲第4号証、甲第5号証のいずれにも、甲2-1発明?甲2-3発明の熱延コイルをフランジ用に用いることについて、記載も示唆もされていない。

エ したがって、相違点3-2について検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲第3号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件特許発明5、9について
本件特許発明5は、本件特許発明1又は2の「熱延鋼板または熱延鋼帯」の製造方法に係るものであり、本件特許発明9は、本件特許発明1又は2の「熱延鋼板または熱延鋼帯」からなるフランジ部品に係るものであり、ともに、申立理由の対象ではない本件特許発明1又は前記(2)で検討した本件特許発明2の全ての発明特定事項を有するものである。
そして、本件特許発明2の全ての発明特定事項を有する本件特許発明5及び9は、前記(2)で検討した本件特許発明2についての理由と同様の理由により、甲第3号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

5 甲第4号証を主引用例とする申立理由について
(1)甲第4号証に記載された発明について
ア 甲第4号証には、前記(4-ア)?(4-ウ)の記載、特に、前記(4-ウ)の【表1】の鋼種1、鋼種2、及び、これらに対応する【表3】の試験番号P1?5、P15によれば、それぞれ、以下の発明が記載されていると認められる。なお、甲第4号証の記載全体からみて、記載される成分以外の組成は「残部がFe及び不可避的不純物からなる」ものと認められる。

「mass%にて、C:0.002%、Si:0.45%、Mn:0.42%、P:0.026%、Si:0.001%、Cr:14.0%、Ni:0.09%、Cu:1.20%、Ti:0.08%、V:0.05%、Al:0.05%、B:0.0006%、N:0.0055%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を
仕上げ温度を800?950℃の範囲内として、板厚5mmまで熱間圧延し、熱延鋼板とし、巻取り温度を330℃又は500℃で巻き取った熱延コイル。」(以下、「甲4-1発明」という。)

「mass%にて、C:0.002%、Si:0.42%、Mn:0.52%、P:0.028%、Si:0.002%、Cr:14.1%、Ni:0.08%、Cu:1.21%、Ti:0.23%、V:0.04%、Al:0.04%、B:0.0004%、N:0.0078%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を
仕上げ温度を800?950℃の範囲内として、板厚5mmまで熱間圧延し、熱延鋼板とし、巻取り温度を330℃で巻き取った熱延コイル。」(以下、「甲4-2発明」という。)

(2)本件特許発明2について
ア 本件特許発明2と甲4-1発明?甲4-2発明とを対比すると、両者は、少なくとも以下の点で相違している。

相違点4-1:フェライト系ステンレス鋼について、本件特許発明2が「フランジ用」であるのに対し、甲4-1発明?甲4-2発明は、その用途が特定されていない点。
相違点4-2:フェライト系ステンレス鋼の組成について、本件特許発明2が「Ni:0.1?1%」、「V:0.05?1.0%」、「Mn含有量を0.01?0.5%」であるのに対し、甲4-1発明は「Ni:0.09%」、甲4-2発明は「Ni:0.08%」、「V:0.04%」、「Mn:0.52%」である点。
相違点4-3:フランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板又は熱延鋼帯の<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率について、本件特許発明2が「20%以上である」のに対し、甲4-1発明?甲4-2発明は不明である点。

イ そこで、これらの相違点について、相違点4-1から検討する。

ウ 甲4-1発明?甲4-2発明の熱延コイルは、前記(4-イ)の記載によれば、冷間での圧延や酸洗、焼鈍などの後工程の通板を課題とし、冷間圧延によりフェライト系ステンレス鋼板(冷延鋼板)とするためのものであり、前記(4-ウ)の記載によれば、引き続き冷間圧延し、冷延板とするものであるから、甲4-1発明?甲4-2発明の熱延コイルは、冷間圧延前の中間材であって、フランジ等の製品用として用いられるものではない。

エ してみると、前記(4-ア)に、自動車の排ガス経路に用いられる部材に、耐酸化性や耐腐食性に優れるステンレス鋼が使われ、特に、使用温度が高温になる排ガス経路の上流部材、例えばエキゾーストマニホールドなどの排気系用部材には、エンジンから排出される高温の排気ガスを通すため、高い耐酸化性、高温強度、耐熱疲労特性など多様な特性が要求されることが記載されているとしても、当業者が、甲4-1発明?甲4-2発明の熱延コイルを、これらの用途に用いることを容易に想到することができるとはいえない。

オ また、例えば、甲第1号証の前記(1-イ)に記載されているように、自動車排ガス経路中の装置に用いられるフランジにステンレス鋼の厚板(熱延板)が使用されることが知られているとしても、上記ウで検討したように、甲4-1発明?甲4-2発明の熱延コイルは、冷間圧延前の中間材であって、フランジ等の製品用として用いられるものではないから、当業者が甲4-1発明?甲4-2発明の熱延コイルを、フランジに用いるとすることを容易に想到することができるとはいえない。さらに、甲第2号証、甲第3号証、甲第5号証のいずれにも、甲4-1発明?甲4-2発明の熱延コイルをフランジに用いることについて、記載も示唆もされていない。

カ 次に、相違点4-2について検討すると、甲4-1発明?甲4-2発明は、上記(4-ウ)の記載によれば、比較例として記載されたものであるところ、あえてこれらの発明に基づいて新たな発明を行おうとする動機付けがなく、また、甲第2号証には、比較例である甲2-1発明?甲2-3発明において、Ni、V、Mnの含有量を調整することは記載も示唆もされていない。

キ また、甲第1号証?甲第3号証、甲第5号証のいずれにも、甲4-1発明?甲4-2発明において、Ni、V、Mnの含有量を調整することは記載も示唆もされていない。

ク したがって、相違点4-3について検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲第4号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件特許発明5、9について
本件特許発明5は、本件特許発明1又は2の「熱延鋼板または熱延鋼帯」の製造方法に係るものであり、本件特許発明9は、本件特許発明1又は2の「熱延鋼板または熱延鋼帯」からなるフランジ部品に係るものであり、いずれも、申立理由の対象ではない本件特許発明1又は前記(2)で検討した本件特許発明2の全ての発明特定事項を有するものである。
そして、本件特許発明2の全ての発明特定事項を有する本件特許発明5及び9は、前記(2)で検討した本件特許発明2についての理由と同様の理由により、甲第4号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

6 甲第5号証を主引用例とする申立理由について
(1)甲第5号証に記載された発明について
ア 甲第5号証には、前記(5-ア)?(5-オ)の記載、特に、前記(5-エ)の【表1】の供試材A、B、C、及び、これらに対応する【表2】の方法No.11、4?6、8及び13によれば、それぞれ、以下の発明が記載されていると認められる。なお、甲第5号証の記載全体からみて、【表1】に示される化学成分値の単位が「質量%」であり、記載される成分以外の組成は「残部がFe及び不可避的不純物からなる」ものと認められる。

「質量%にて、C:0.011%、Si:0.81%、Mn:0.84%、Cr:13.59%、Nb:0.45%、Cu:0.10%、Ni:0.11%、N:0.008%、Al:0.010%、Ti:0.02%、O:0.004%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなるフェライト系ステンレス鋼を用い、
仕上板厚が10.0mm、熱延仕上温度805℃、巻取温度355℃の熱延条件で熱間圧延して得られた熱延鋼帯。」(以下、「甲5-1発明」という。)

「質量%にて、C:0.006%、Si:0.83%、Mn:0.81%、Cr:14.01%、Nb:0.48%、Cu:0.12%、Ni:0.12%、N:0.008%、Al:0.010%、Ti:0.02%、O:0.004%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなるフェライト系ステンレス鋼を用い、
仕上板厚が6.0mm、熱延仕上温度822℃、巻取温度412℃、
仕上板厚が6.0mm、熱延仕上温度843℃、巻取温度355℃、又は、
仕上板厚が9.0mm、熱延仕上温度818℃、巻取温度390℃、
のいずれかの熱延条件で熱間圧延して得られた熱延鋼帯。」(以下、「甲5-2発明」という。)

「質量%にて、C:0.007%、Si:0.82%、Mn:0.80%、Cr:15.47%、Nb:0.53%、Cu:0.11%、Ni:0.11%、N:0.007%、Al:0.011%、Ti:0.01%、O:0.006%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなるフェライト系ステンレス鋼を用い、
仕上板厚が9.0mm、熱延仕上温度809℃、巻取温度382℃、又は、
仕上板厚が9.0mm、熱延仕上温度804℃、巻取温度447℃、
のいずれかの熱延条件で熱間圧延して得られた熱延鋼帯。」
(以下、「甲5-3発明」という。)

(2)本件特許発明2について
ア 本件特許発明2と甲5-1発明?甲5-3発明とを対比すると、両者は、少なくとも以下の点で相違している。

相違点5-1:フェライト系ステンレス鋼について、本件特許発明2が「フランジ用」であるのに対し、甲5-1発明?甲5-3発明は、その用途が特定されていない点。
相違点5-2:フェライト系ステンレス鋼の組成について、本件特許発明2が「Mn含有量を0.01?0.5%」であるのに対し、甲5-1発明は「Mn:0.84%」、甲5-2発明は「Mn:0.81%」、甲5-3発明は「Mn:0.80%」である点。
相違点5-3:フランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板又は熱延鋼帯の<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率について、本件特許発明2が「20%以上である」のに対し、甲5-1発明?甲5-3発明は不明である点。

イ そこで、これらの相違点について、相違点5-2から検討する。

ウ 前記(5-イ)の記載によれば、甲第5号証に記載されたフェライト系ステンレス鋼は、Siを添加することによって酸化増量が抑制されるのに加え、Mnを添加すると表層酸化物の密着性を著しく改善し、過剰に添加すると、オーステナイト相の析出などによってかえって異常酸化を誘発すことから、Mnの含有量の範囲を0.60%?1.50%とするものである。してみると、甲5-1発明?甲5-3発明において、Mnの含有量をこの範囲外である0.01?0.5%の範囲とすることは、当業者が容易に想到することができたこととはいえない。

エ また、甲第1号証?甲第4号証をみても、甲5-1発明?甲5-3発明において、Mnの含有量を0.01?0.5%の範囲とすることについて記載も示唆もされていない。

オ なお、特許異議申立人は、平成29年 3月17日付け意見書において、本件特許発明2において、Mn量を0.1?0.5%と特定することについて、本件特許明細書に単に材質や製造コストを考慮したと記載されているだけだから、格別の技術的意義を見いだすことができず、進歩性を肯定する理由になり得ない旨主張しているが、本件特許発明2のMn量が格別の技術的意義を有するか否かは、上記ウの判断を左右するものではないから、この主張を採用しない。

カ してみると、相違点5-1、相違点5-3について検討するまでもなく、本件特許発明2は、甲第5号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件特許発明5、9について
本件特許発明5は、本件特許発明1又は2の「熱延鋼板または熱延鋼帯」の製造方法に係るものであり、本件特許発明9は、本件特許発明1又は2の「熱延鋼板または熱延鋼帯」からなるフランジ部品に係るものであり、いずれも、申立理由の対象ではない本件特許発明1又は前記(2)で検討した本件特許発明2の全ての発明特定事項を有するものである。
そして、本件特許発明2の全ての発明特定事項を有する本件特許発明5及び9は、前記(2)で検討した本件特許発明2についての理由と同様の理由により、甲第5号証に記載された発明と甲第1号証?甲第5号証の記載事項とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された申立理由によっては、本件請求項1?10に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1?10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
フランジ用フェライト系ステンレス鋼板とその製造方法およびフランジ部品
【技術分野】
【0001】
本発明は、板厚が5mm以上のフェライト系ステンレス鋼板であって、鋼板製造時の割れを防止するとともに、本発明用途であるフランジ部品に対して耐食性、靭性に優れた素材を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の排ガス経路は、エキゾーストマニホールド、マフラー、触媒、フレキシブルチューブ、センターパイプおよびフロントパイプ等様々な部品から構成されている。これらの部品をつなげる際、フランジと呼ばれる締結部品を使用することが多い。自動車の排気系部品では、加工工数が少なく済むと同時に作業空間が狭く済むため、フランジ接合が積極的に採用されている。また、振動による騒音および剛性確保の観点から、5mm厚以上の厚手フランジが使用されることが多い。フランジはプレス成形の他、打ち抜き等の加工によって製造されるが、従来普通鋼板が素材として利用されていた。しかしながら、普通鋼は耐食性に劣るため、自動車製造後に初期錆びと呼ばれる錆が発生し、美観を損なう場合があった。このため、フランジ素材として普通鋼板に換えてステンレス鋼板の使用が積極的に進められつつある。
【0003】
フェライト系ステンレス鋼板は、オーステナイト系ステンレス鋼板に比べてNi含有量が少なく低コストなため、フランジには主としてフェライト系ステンレス鋼板が適用される場合が多いが、靭性に劣ることが課題であった。靭性が低いと鋼板製造過程のライン通板時およびコイル展開時に板破断が生じてしまう問題が生じる。また、フランジ加工において、切断、打ち抜き等の加工時に割れが生じることがある。更に、冬場の低温環境において衝撃が加えられた際にフランジが割れてしまい、自動車排気管が損傷してしまう問題が生じる。5mm以上の厚手フェライト系ステンレス鋼板で特に靭性が低い場合があり、フランジに適用する場合に信頼性が低いという課題があった。
【0004】
本発明は、フランジ用厚手フェライト系ステンレス鋼板の靭性に関するもので、特に熱延鋼板あるいは熱延後焼鈍・酸洗処理が施されるNo.1製品に関するものである。フェライト系ステンレス鋼板の靭性に関する課題を解決するための工夫がいくつか成されている。例えば、特許文献1および2には、板厚が5?12mmのフェライト系ステンレス鋼熱延コイルまたは熱延焼鈍コイルを大量生産するための製造条件について開示されている。特許文献1はTi含有フェライト系ステンレス鋼を対象としており、硬さおよびシャルピー衝撃値を調整するために、巻取温度を570℃以上とし、コイルを水中に浸漬する方法が示されている。一方、特許文献2はNb含有フェライト系ステンレス鋼を対象としており、硬さおよびシャルピー衝撃値を調整するために、熱延仕上温度を890℃以上とし400℃以下で巻き取り、コイルを水中に浸漬する方法が示されている。これらは、熱延板あるいは熱延・焼鈍板の靭性向上の点から熱延条件を規定しているが、コイル全長を上記条件に制御するのは困難であるとともに、靭性向上のための金属組織的な支配因子が不明確であった。特許文献3には、フェライト相の結晶方位差が小さい亜粒界の長さを一定以上にした冷間割れ性に優れたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。これは、熱延仕上温度を800?1000℃、巻取温度を650℃超?800℃とし、巻取後に水槽に浸漬する方法により得られる。また、特許文献4には粒界の析出物の占める割合を規定した靭性に優れたフェライト系ステンレス鋼板が開示されている。これらは、結晶粒界性格や粒界上析出物の制御によって靭性向上が図られているが、必ずしもフランジ用途として満足いく靭性レベルには到達していなかった。この要因としては、上記以外の靭性支配因子を制御する必要があり、本発明ではこの点について鋭意研究を推進した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012-140687号公報
【特許文献2】特開2012-140688号公報
【特許文献3】WO2013/085005号公報
【特許文献4】特開2009-263714号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、既知技術の問題点を解決し、靭性に優れたフランジ用フェライト系ステンレス鋼板を効率的に製造することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者らはフェライト系ステンレス鋼板の低温靭性に関して、成分および製造過程における組織、結晶方位学的見地から詳細な研究を行った。その結果、例えば5mm以上の厚手のフェライト系ステンレス鋼板で特に熱延鋼板あるいは熱延・焼鈍鋼板の靭性向上に対しては、母相結晶方位の配向を制御することが極めて有効であることを知見した。
【0008】
上記課題を解決する本発明の要旨は、
(1)質量%にて、C:0.001?0.08%、Si:0.01?1.0%、Mn:0.01?1.0%、P:0.01?0.05%、S:0.0002?0.01%、Cr:10.0?25.0%、N:0.001?0.05%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物より成る鋼で、板厚が5mm以上、<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率が20%以上であることを特徴とするフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯。
(2)さらに質量%にて、Ti:0.01?0.4%、Nb:0.01?0.6%、B:0.0002?0.0030%、Al:0.005?0.3%、Ni:0.1?1%、Mo:0.1?2.0%、Cu:0.1?3.0%、V:0.05?1.0%、Mg:0.0002?0.0030%、Sn:0.01?0.3%、Sb:0.01?0.3%、Zr:0.01?0.1%、Ta:0.01?0.1%、Hf:0.01?0.1%、W:0.01?2.0%、Co:0.01?0.2%、Ca:0.0001?0.0030%、REM:0.001?0.05%、Ga:0.0002?0.1%の1種または2種以上を含有し、Mn含有量を0.01?0.5%とすることを特徴とする(1)記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯。ただし、質量%でC:0.015%、Si:0.50%、Mn:0.29%、P:0.027%、S:0.006%、Cr:18.15%、N:0.009%、Nb:0.38%、Al:0.03%、Cu:0.43%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を除く。
(3)質量%にて、C:0.001?0.08%、Si:0.01?1.0%、Mn:0.01?1.0%、P:0.01?0.05%、S:0.0002?0.01%、Cr:10.0?25.0%、N:0.001?0.05%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物より成る鋼で、板厚が5mm以上、<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率が20%以上であることを特徴とするフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯。
(4)さらに質量%にて、Ti:0.01?0.4%、Nb:0.01?0.6%、B:0.0002?0.0030%、Al:0.005?0.3%、Ni:0.1?1%、Mo:0.1?2.0%、Cu:0.1?3.0%、V:0.05?1.0%、Mg:0.0002?0.0030%、Sn:0.01?0.3%、Sb:0.01?0.3%、Zr:0.01?0.1%、Ta:0.01?0.1%、Hf:0.01?0.1%、W:0.01?2.0%、Co:0.01?0.2%、Ca:0.0001?0.0030%、REM:0.001?0.05%、Ga:0.0002?0.1%の1種または2種以上を含有することを特徴とする(3)記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯。
(5)熱間圧延を行い、熱延仕上温度を800℃以上、880℃以下とし、巻取温度を500℃以下とすることを特徴とする(1)または(2)記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯の製造方法。
(6)熱間圧延を行い、熱延仕上温度を800℃以上とし、巻取温度を500℃以下とすることを特徴とする(3)または(4)記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯の製造方法。
(7)焼鈍する際、10℃/sec以上の加熱速度で800?1000℃に加熱後、10℃/sec以上で冷却することを特徴とする(3)または(4)記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯の製造方法。
(8)焼鈍する際、10℃/sec以上の加熱速度で800?1000℃に加熱後、10℃/sec以上で冷却することを特徴とする(6)に記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯の製造方法。
(9)(1)又は(2)記載のフェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯からなるフランジ部品であって、-20℃で125J以下の衝撃エネルギーの付与で破壊しないことを特徴とするフェライト系ステンレス鋼フランジ部品。
(10)(3)または(4)記載のフェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯からなるフランジ部品であって、-20℃で125J以下の衝撃エネルギーの付与で破壊しないことを特徴とするフェライト系ステンレス鋼フランジ部品。
【発明の効果】
【0009】
以上の説明から明らかなように、本発明によれば靭性に優れたフランジ用フェライト系ステンレス鋼板を新規設備を必要とせず、効率的に提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】<011>方位比率とシャルピー衝撃値の関係を示す図である。
【図2】フランジ部品を示す図である。
【図3】フランジ部品の低温落重試験方法を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に本発明の限定理由について説明する。靭性向上には、結晶粒微細化、析出物の微細化ならびに軟質化が寄与する。しかしながら、添加元素が多く厚さが5mm以上の厚手フェライト系ステンレス熱延板あるいは熱延・焼鈍板に対して、これらだけではフランジ用途として十分な靭性を確保することは困難であった。本発明では、母相であるフェライト相の結晶方位に着目して靭性との関係を詳細に調査した結果、熱延の安定方位である<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒(以下「<011>方位粒」ともいう。)を面積率で20%以上形成させることにより靭性が向上することを見出した。図1に種々の製法で製造した板厚が異なる鋼(17%Cr-0.34%Nb-0.005%C-0.01%N)の熱延板あるいは熱延・焼鈍板の<011>方位粒比率とシャルピー衝撃値の関係を示す。ここで、結晶方位はEBSP(Electron Back-Sccetering Difraction pattern)を用い、熱延板あるいは熱延・焼鈍板の全板厚について結晶粒毎の方位を測定し、<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率(以下「<011>方位比率」ともいう。)を測定した。シャルピー衝撃値は、熱延・焼鈍板からVノッチ試験片(幅方向にVノッチ付与)を採取して、JISZ2242に準拠して0℃での衝撃値を計測した。これより、<011>方位比率が20%以上になると衝撃値が向上し、靭性が良好になる。ここで、良好な靭性とは0℃での衝撃値が7J/cm^(2)以上の衝撃値を有することであり、熱延コイルの展開および通板時に脆性割れが生じない。フェライト鋼のへき開面は{100}面であり、この面に沿って脆性割れが生じることが知られているが、<011>方位粒が発達すると亀裂伝播方向とへき開面の成す角度が大きくなるため、へき開破壊の抵抗力が大きくなり、靭性値が向上すると考えられる。
【0012】
次に鋼の成分範囲について説明する。成分含有量の%は質量%を意味する。
【0013】
Cは、固溶Cによる硬質化ならびに炭化物析出により靭性を劣化させるため、その含有量は少ないほど良い。また、0.08%超の場合、炭化物生成に起因して結晶方位のランダム化が生じ、<011>方位の発達が抑制されるため、上限を0.08%とした。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.001%とした。更に、製造コスト、耐食性および熱延板靭性を考慮すると0.002?0.015%が望ましい。
【0014】
Siは、脱酸元素として添加される場合がある他、耐酸化性の向上をもたらすが、固溶強化元素であるため、靭性の観点からは少ないほど良い。また、1.0%超の場合、すべり系の変化に起因して、<011>方位の発達が抑制されるため、上限を1.0%とした。一方、耐酸化性確保のため、下限を0.01%とした。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、材質や耐初期錆び性を考慮して0.05?0.9%が望ましい。
【0015】
Mnは、Si同様、固溶強化元素であるため、材質上その含有量は少ないほど良い。また、1.0%超の場合、MnS等の析出物生成に起因して結晶方位のランダム化が生じ、<011>方位の発達が抑制されるので、上限を1.0%とした。一方、過度の低減は精錬コストの増加に繋がる他、微量のMn添加はスケール剥離性を向上させるため、下限は0.01%とした。更に、材質や製造コストを考慮すると0.1?0.5%が望ましい。
【0016】
Pは、MnやSi同様に固溶強化元素であり材料を硬質化させるため、靭性の観点からその含有量は少ないほど良い。また、0.05%超の場合、リン化物の生成に起因して結晶方位のランダム化が生じ、<011>方位の発達が抑制されるため、上限を0.05%とした。但し、過度の低減は原料コストの増加に繋がるため、下限を0.01%とした。更に、製造コストと耐食性を考慮すると0.015?0.03%が望ましい。
【0017】
Sは、耐食性を劣化させる元素であるため、その含有量は少ないほど良い。また、0.01%超の場合、MnS、Ti_(4)C_(2)S_(2)等の析出物生成に起因して結晶方位のランダム化が生じ、<011>方位の発達が抑制されるため、上限を0.01%とした。一方、MnやTiと結合してフランジ成形における打ち抜き性を向上させる効果があり、これを発現するのが0.0002%からなので、下限を0.0002%とした。更に、精錬コストや燃料部品とした際の隙間腐食抑制を考慮すると、0.0010?0.0060%が望ましい。
【0018】
Crは、耐食性や耐酸化性を向上させる元素であり、フランジに要求される塩害性を考慮すると、10.0%以上が必要である。一方過度な添加は、硬質となり成形性や靭性を劣化させる。また、25.0%超の場合、粗大なCr炭化物ならびに窒化物等の析出物生成に起因して結晶方位のランダム化が生じ、<011>方位の発達が抑制されるため、上限を25.0%とした。尚、製造コストや靭性劣化による製造時の板破断を考慮すると、10.0?18.0%が望ましい。
【0019】
Nは、Cと同様に靭性と耐食性を劣化させるため、その含有量は少ないほど良い。また、0.05%超の場合、窒化物生成に起因して結晶方位のランダム化が生じ、<011>方位の発達が抑制されるため、上限を0.05%とした。但し、過度の低下は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.001%とした。更に、製造コストと加工性及び初期錆び性を考慮すると0.005?0.02%が望ましい。
【0020】
さらに本発明は、以下に示す元素を選択的に含有すると好ましい。
【0021】
Tiは、C,N,Sと結合して耐食性、耐粒界腐食性、靭性を向上させるために必要に応じて添加する元素である。C,N固定作用は0.01%から発現するため、下限を0.01%とした。また、0.4%超の添加は硬質化する他、粗大なTi(C,N)が析出して靭性を著しく劣化させる他、<011>方位の発達を抑制するため、上限を0.4%とした。更に、製造コストなどを考慮すると、0.05?0.25%が望ましい。
【0022】
Nbは、高温強度を向上させる他、Ti同様CやNと結合して耐食性、耐粒界腐食性、靭性を向上させるため必要に応じて添加される。この作用は、0.01%以上で発現するため、下限を0.01%とした。但し、過度な添加は硬質化し成形性を劣化させる他、粗大なNb(C,N)や熱履歴によっては(Fe,Nb)_(6)CやFe_(2)Nbが析出して靭性を著しく劣化させる他、<011>方位の発達を抑制するため、上限を0.6%とした。尚、原料コストや隙間腐食性を考慮すると、0.1?0.45%が望ましい。
【0023】
Bは、粒界に偏析することで製品の2次加工性を向上させる元素であり、フランジの打ち抜き性を向上させるため、必要に応じて添加される。この作用は、0.0002%以上で発現することから、下限を0.0002%とした。但し、過度な添加はほう化物が析出して靭性を劣化させる他、<011>方位の発達を抑制するため、上限を0.0030%とした。更に、コストや延性低下を考慮すると、0.0003?0.0010%が望ましい。
【0024】
Alは、脱酸元素として添加される場合があり、その作用は0.005%から発現するため、下限を0.005%とした。また、0.3%以上の添加は、靭性の低下や、溶接性および表面品質の劣化をもたらす他、<011>方位の発達を抑制するため、上限を0.3%とした。更に、精錬コストを考慮すると0.01?0.1%が望ましい。
【0025】
Niは、隙間腐食の抑制や再不働態化の促進により耐初期錆び性を向上させるため、必要に応じて添加される。この作用は、0.1%以上で発現するため、下限を0.1%とした。但し、過度な添加は硬質化し成形性を劣化させる他、<011>方位の発達を抑制したり、応力腐食割れが生じ易くなるため、上限を1%とした。尚、原料コストを考慮すると、0.1?0.5%が望ましい。
【0026】
Moは、耐食性や高温強度を向上させる元素であり、特に隙間構造を有する場合には隙間腐食を抑制するために必要な元素である。この作用は、0.1%から発現するため、下限を0.1%とした。また、2.0%を越えると著しく成形性が劣化したり、製造時の靭性劣化、<011>方位の発達を抑制が生じるため、上限を2.0%とした。更に、製造コストを考慮すると0.1?1.2%が望ましい。
【0027】
Cuは、高温強度向上の他、隙間腐食の抑制や再不働態化を促進させるため、必要に応じて添加される。この作用は、0.1%以上から発現するため、下限を0.1%とした。但し、過度な添加は、ε-Cu析出によって硬質化し成形性と靭性を劣化させる他、<011>方位の発達を抑制するため、上限を3.0%とした。尚、製造時の酸洗性等を考慮すると、0.1?1.2%が望ましい。
【0028】
Vは、隙間腐食を抑制させる他、微量添加によって靭性向上に寄与するため必要に応じて添加される。この作用は、0.05%以上から発現するため、下限を0.05%とした。但し、過度な添加は、硬質化し成形性を劣化させる他、粗大なV(C,N)が析出によって靭性劣化ならびに<011>方位の抑制につながるため、上限を1.0%とした。尚、原料コストや初期錆び性を考慮すると、0.07?0.2%が望ましい。
【0029】
Mgは、脱酸元素として添加させる場合がある他、スラブの組織を微細化させ、成形性向上に寄与する元素である。また、Mg酸化物はTi(C,N)やNb(C,N)等の炭窒化物の析出サイトになり、これらを微細分散析出させる効果がある。この作用は0.0002%以上で発現し、靭性向上に寄与するため下限を0.0002%とした。但し、過度な添加は、溶接性や耐食性の劣化につながる他、粗大な析出物形成に起因して<011>方位の抑制につながるため、上限を0.0030%とした。精錬コストを考慮すると、0.0003?0.0010%が望ましい。
【0030】
SnやSbは、耐食性と高温強度の向上に寄与するため,必要に応じて0.01%以上添加する.0.3%超の添加により鋼板製造時のスラブ割れが生じる場合がある他、<011>方位の発達を抑制するため上限を0.3%とする.更に,精錬コストや製造性を考慮すると、0.01?0.15%が望ましい。
【0031】
Zr、TaおよびHfは、CやNと結合して靭性の向上に寄与するため必要に応じて0.01%以上添加する.但し,0.1%超の添加によりコスト増になる他,製造性を著しく劣化や<011>方位の発達を抑制につながるため,上限を0.1%とする.更に,精錬コストや製造性を考慮すると、0.01?0.08%が望ましい。
【0032】
Wは、耐食性と高温強度の向上に寄与するため,必要に応じて0.01%以上添加する.2.0%超の添加により鋼板製造時の靭性劣化や<011>方位の抑制ならびにコスト増につながるため,上限を2.0%とする.更に,精錬コストや製造性を考慮すると、0.01?1.0%が望ましい。
【0033】
Coは、高温強度の向上に寄与するため,必要に応じて0.01%以上添加する.0.2%超の添加により鋼板製造時の靭性劣化や<011>方位の抑制ならびにコスト増につながるため,上限を0.2%とする.更に,精錬コストや製造性を考慮すると、0.01?0.1%が望ましい。
【0034】
Caは、脱硫のために添加される場合があり、この効果は0.0001%以上で発現することから下限を0.0001%とした。しかしながら、0.0030%超の添加により粗大なCaSが生成し、靭性や耐食性を劣化、<011>方位を抑制させるため、上限を0.0030%とした。更に,精錬コストや製造性を考慮すると、0.0003?0.0020%が望ましい。
【0035】
REMは、種々の析出物の微細化による靭性向上や耐酸化性の向上の観点から必要に応じて添加される場合があり、この効果は0.001%以上で発現することから下限を0.001%とした。しかしながら、0.05%超の添加により鋳造性が著しく悪くなる他、<011>方位の発達を抑制することから上限を0.05%とした。更に,精錬コストや製造性を考慮すると、0.001?0.01%が望ましい。REM(希土類元素)は、一般的な定義に従い、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独で添加してもよいし、混合物であってもよい。
【0036】
Gaは、耐食性向上や水素脆化抑制のため、0.1%以下で添加してもよい。硫化物や水素化物形成の観点から下限は0.0002%とする。好ましくは0.0010%以上である。さらに、製造性やコストの観点ならびに、<011>方位発達の観点から0.0040%以下が好ましい。
【0037】
その他の成分について本発明では特に規定するものではないが、本発明においては、Bi等を必要に応じて、0.001?0.1%添加してもよい。なお、As、Pb等の一般的な有害な元素や不純物元素はできるだけ低減することが好ましい。
【0038】
次に製造方法について説明する。本発明の鋼板は、製鋼-熱間圧延、製鋼-熱間圧延-酸洗あるいは製鋼-熱間圧延-焼鈍-酸洗の工程で製造される。製鋼においては、前記必須成分および必要に応じて添加される成分を含有する鋼を、転炉溶製し続いて2次精錬を行う方法が好適である。溶製した溶鋼は、公知の鋳造方法(連続鋳造)に従ってスラブとする。スラブは、所定の温度に加熱され、所定の板厚に連続圧延で熱間圧延される。
【0039】
本発明では、熱間圧延における仕上温度と巻取温度を規定する。仕上温度は、高温ほど仕上圧延後にフェライト相の加工歪が除去と組織回復が促進し、<011>方位粒(<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒)を有するサブグレイン形成によって靭性向上に寄与する。加えて、仕上温度が800℃未満では<011>方位粒以外の方位(<001>方位等)が熱延せん断歪に起因して生成および発達してしまう。仕上温度を800℃以上にすることにより、他方位を抑制し、サブグレイン組織を有する<011>方位粒が20%以上得られることから、仕上温度を800℃以上とする。しかしながら、過度な高温化は<011>方位粒の生成が抑制される他、酸洗性の低下につながることから、仕上温度上限を900℃とする。更に、表面疵を考慮すると810?880℃が望ましい。
【0040】
仕上圧延後巻取処理がなされるが、500℃超の高温巻取で靭性低下をもたらす析出物の生成、475°脆性によって低靭化するため、巻取温度上限を500℃とする。また、仕上温度800℃以上で施された仕上圧延時に形成されたサブグレイン組織を有する<011>方位粒の結晶方位回転を抑制し、また再結晶組織にしないために、巻取上限温度の500℃が必要となる。しかしながら、過度な低温化はコイル形状が不良になることから、下限を200℃とする。更に、形状安定性、酸洗性を考慮すると巻取温度300?450℃が望ましい。尚、熱延板厚はフランジとして多用される5mm以上とするが、過度に厚手化すると靭性が極端に低下するため、望ましくは5?20mmが望ましい。
【0041】
熱間圧延後に焼鈍-酸洗工程を通板する場合、焼鈍条件を規定する。焼鈍温度の高温化に伴い回復・再結晶が進み、<011>方位粒が低減する。これを抑制するために、800?1000℃に加熱する。加熱温度800℃未満では、熱延段階の加工組織が残留して回復が十分進まず硬質なため、靭性が不良となる。また、加熱温度1000℃超では再結晶完了後の粒成長が顕著に進行するとともに、結晶方位のランダム化が進み<011>方位粒が低減するため靭性が著しく劣化するからである。加熱する際、加熱速度を10℃/sec以上とする。加熱速度がこれよりも遅い場合、再結晶が進行しサブグレイン組織の消失および結晶粒の粗大化が生じ、<011>方位粒が低減して靭性が劣化する。加熱速度が10℃/sec未満で<011>方位粒が低減する要因としては、徐加熱中に他方位の生成が生じてしまい、<011>方位粒を蚕食することが原因である。特に、<112>、<100>方位が発達し、<011>方位粒の存在比率が20%を満たすことが困難となる。また、冷却速度についても10℃/sec以上とするが、これは冷却過程で靭性劣化をもたらす析出物の形成を抑制するためである。また、冷却速度が10℃/sec未満では、冷却過程で結晶方位変化が生じて<011>方位比率が低減する。更に、生産性を考慮すると、加熱速度は15℃/sec以上、冷却速度は15℃/sec以上が望ましい。なお、本発明の成分組成であれば上記の冷却速度で十分効果を発現する。上記よりも高速(例えば、50℃/sec以上)の冷却速度にしても本発明の効果は飽和する。本発明においては、表面品位、鋼板形状や製造コストを考慮して、冷却速度を50℃/sec未満とするのが好ましい。また、加熱温度については、析出物の固溶化、結晶粒の粗大化抑制および<011>方位残留の観点から850?950℃が望ましい。
【0042】
熱間圧延を経た上記本発明のフェライト系ステンレス鋼は、熱延鋼板または熱延鋼帯を構成する。熱間圧延後に焼鈍を行った上記本発明のフェライト系ステンレス鋼は、熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯を構成する。
【実施例】
【0043】
表1に示す成分組成の鋼を溶製しスラブに鋳造し、スラブを5mm厚以上に熱間圧延して熱間圧延コイルとした。この際、熱延仕上温度を810?880℃、巻取温度を300?450℃に制御した。その後、焼鈍を施すコイルも製造し、この際の焼鈍温度は850?950℃、加熱速度と冷却速度はいずれも15℃/secとした。これら熱延板あるいは熱延・焼鈍板から結晶方位評価サンプルとシャルピー衝撃試験片を採取した。結晶方位はEBSPを用い、熱延板あるいは熱延・焼鈍板の全板厚について結晶粒毎の方位を測定し、<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率(<011>方位比率)(面積%)を測定した。シャルピー衝撃試験を前記方法でJISZ2242に準拠して実施した。
【0044】
【表1-1】

【表1-2】

【0045】
表1に結果を示す。本発明例A1?A20は、本発明の成分を有し、<011>方位比率が20%以上であり、0℃での衝撃値が7J/cm^(2)以上であった。比較例B1?B26はいずれかの成分が本発明範囲外であり、<011>方位比率が20%未満であり、0℃での衝撃値が7J/cm^(2)に達しない例が多かった。0℃での衝撃値が7J/cm^(2)以上の衝撃値を有する鋼であれば、熱延コイルの展開および通板時に脆性割れが生じないが、本発明の鋼および製造方法によれば十分な靭性を有していることが分かる。
【0046】
【表2】

【0047】
本発明の成分を有する鋼に対して、表2に示すように熱延条件と焼鈍条件を変更したコイルの評価結果を示す。表2の鋼No.は、表1のNo.に対応しており、当該No.の成分を含有しており、表2に記載の製造方法を適用したものである。表2の本発明例C1?C24は、本発明の製造条件を適用し、良好な靭性が得られている。一方、比較例D1?D6は、いずれかの製造条件が本発明範囲外であり、<011>方位比率が20%未満であり、0℃での衝撃値が7J/cm^(2)に達しなかった。
【0048】
また、表2には熱延板あるいは熱延・焼鈍板を素材として、フランジ加工した後に低温落重試験を実施した結果を示す。図2にフランジ部品1の一例を示す。図3に低温落重試験の方法を示す。落重試験装置2を用い、-20℃に冷やしたフランジ部品1の側面に重さ16kgの錘3を高さ80cmから自由落下させ、フランジ部品1の割れ有無を目視観察した。この場合、フランジ部品に付与されるエネルギーは125Jとなる。フランジ部品を-20℃に冷却する方法は恒温恒湿槽あるいはアルコールと液体窒素で温度調整し、-20℃に10分保持した後、衝撃を与えた。表2から、本発明鋼から作成されたフランジ部品は-20℃で125J以下の衝撃エネルギーの付与で割れが生じることがなく、低温靭性に優れたフランジ部品を提供することが可能である。
【0049】
なお、製造工程における他の条件は適宜選択すれば良い。例えば、スラブ厚さ、熱間圧延板厚などは適宜設計すれば良い。熱延巻取後に水冷プールに浸漬しても構わない。熱延後あるいは熱延焼鈍後の酸洗については、ショットブラスト、ベンディング、ブラシ等のメカニカルデスケール方法については適宜選択すれば良く、酸液についても硫酸、硝弗酸等既設条件で構わない。更に、この後にコイル研削を表面に施しても構わない。
【産業上の利用可能性】
【0050】
以上の説明から明らかなように、本発明のステンレス熱延鋼板により、製造性に優れるとともに、フランジ作製時および使用時の靭性も確保されている。つまり、本発明を適用した材料を、特に自動車、二輪用部品として用いることで信頼性の確保が図られ、社会的貢献度を高めることが可能となり、産業上極めて有益である。
【符号の説明】
【0051】
1 フランジ部品
2 落重試験装置
3 錘
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、C:0.001?0.08%、Si:0.01?1.0%、Mn:0.01?1.0%、P:0.01?0.05%、S:0.0002?0.01%、Cr:10.0?25.0%、N:0.001?0.05%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物より成る鋼で、板厚が5mm以上、<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率が20%以上であることを特徴とするフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯。
【請求項2】
さらに質量%にて、Ti:0.01?0.4%、Nb:0.01?0.6%、B:0.0002?0.0030%、Al:0.005?0.3%、Ni:0.1?1%、Mo:0.1?2.0%、Cu:0.1?3.0%、V:0.05?1.0%、Mg:0.0002?0.0030%、Sn:0.01?0.3%、Sb:0.01?0.3%、Zr:0.01?0.1%、Ta:0.01?0.1%、Hf:0.01?0.1%、W:0.01?2.0%、Co:0.01?0.2%、Ca:0.0001?0.0030%、REM:0.001?0.05%、Ga:0.0002?0.1%の1種または2種以上を含有し、Mn含有量を0.01?0.5%とすることを特徴とする請求項1に記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯。ただし、質量%でC:0.015%、Si:0.50%、Mn:0.29%、P:0.027%、S:0.006%、Cr:18.15%、N:0.009%、Nb:0.38%、Al:0.03%、Cu:0.43%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を除く。
【請求項3】
質量%にて、C:0.001?0.08%、Si:0.01?1.0%、Mn:0.01?1.0%、P:0.01?0.05%、S:0.0002?0.01%、Cr:10.0?25.0%、N:0.001?0.05%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物より成る鋼で、板厚が5mm以上、<011>方向が圧延方向と15°以内にある結晶粒の面積率の比率が20%以上であることを特徴とするフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯。
【請求項4】
さらに質量%にて、Ti:0.01?0.4%、Nb:0.01?0.6%、B:0.0002?0.0030%、Al:0.005?0.3%、Ni:0.1?1%、Mo:0.1?2.0%、Cu:0.1?3.0%、V:0.05?1.0%、Mg:0.0002?0.0030%、Sn:0.01?0.3%、Sb:0.01?0.3%、Zr:0.01?0.1%、Ta:0.01?0.1%、Hf:0.01?0.1%、W:0.01?2.0%、Co:0.01?0.2%、Ca:0.0001?0.0030%、REM:0.001?0.05%、Ga:0.0002?0.1%の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項3に記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯。
【請求項5】
熱間圧延を行い、熱延仕上温度を800℃以上、880℃以下とし、巻取温度を500℃以下とすることを特徴とする請求項1または2記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯の製造方法。
【請求項6】
熱間圧延を行い、熱延仕上温度を800℃以上とし、巻取温度を500℃以下とすることを特徴とする請求項3または4記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯の製造方法。
【請求項7】
焼鈍する際、10℃/sec以上の加熱速度で800?1000℃に加熱後、10℃/sec以上で冷却することを特徴とする請求項3または4に記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯の製造方法。
【請求項8】
焼鈍する際、10℃/sec以上の加熱速度で800?1000℃に加熱後、10℃/sec以上で冷却することを特徴とする請求項6に記載のフランジ用フェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯の製造方法。
【請求項9】
請求項1又は2記載のフェライト系ステンレス鋼からなる熱延鋼板または熱延鋼帯からなるフランジ部品であって、-20℃で125J以下の衝撃エネルギーの付与で破壊しないことを特徴とするフェライト系ステンレス鋼フランジ部品。
【請求項10】
請求項3または4記載のフェライト系ステンレス鋼からなる熱延焼鈍鋼板または熱延焼鈍鋼帯からなるフランジ部品であって、-20℃で125J以下の衝撃エネルギーの付与で破壊しないことを特徴とするフェライト系ステンレス鋼フランジ部品。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-03-31 
出願番号 特願2014-64779(P2014-64779)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C22C)
P 1 651・ 113- YAA (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 太田 一平  
特許庁審判長 板谷 一弘
特許庁審判官 河本 充雄
富永 泰規
登録日 2016-04-01 
登録番号 特許第5908936号(P5908936)
権利者 新日鐵住金ステンレス株式会社
発明の名称 フランジ用フェライト系ステンレス鋼板とその製造方法およびフランジ部品  
代理人 内藤 俊太  
代理人 特許業務法人樹之下知的財産事務所  
代理人 田中 久喬  
代理人 特許業務法人樹之下知的財産事務所  
代理人 田中 久喬  
代理人 内藤 俊太  

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