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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 G02C 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 G02C 審判 全部申し立て 2項進歩性 G02C |
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管理番号 | 1327937 |
異議申立番号 | 異議2017-700221 |
総通号数 | 210 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2017-06-30 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2017-03-06 |
確定日 | 2017-05-19 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第5985167号発明「防眩光学要素」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第5985167号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 事案の概要 1 手続の経緯 特許第5985167号の請求項1?請求項7に係る発明についての特許は,特願2011-211458号として平成23年9月27日(優先権主張 平成23年6月2日)に出願され,平成28年8月12日に特許権の設定の登録がされたものである。 本件特許について,平成28年9月6日に特許掲載公報が発行されたところ,平成29年3月6日に,特許異議申立人 山下桂から特許異議の申立がされた。 以下,請求項1?請求項7に係る発明を,それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明7」というとともに,総称して「本件特許発明」という。また,本件特許の優先権主張の日を,「優先日」という。 2 本件特許発明 本件特許発明1?本件特許発明7は,それぞれ特許請求の範囲の請求項1?請求項7に記載された事項により特定されるとおりの,以下のものである。 「【請求項1】 透明基材からなる,単層の又は偏光素子を有する複層の光学要素であって, 前記透明基材に,特定波長吸収色素を紫外線吸収剤とともに含有させて, 前記特定波長吸収色素は,テトラアザポルフィリン化合物を含み, 分光光度計にて測定された透過率曲線(以下「透過率曲線」)において, 透過率曲線の450?500nmおよび550?630nmの各波長域に第一バレー極小および第二バレー極小をそれぞれ備え, 400?700nmの波長域における全体平均透過率が35%以上であり,また, 前記第一・第二バレー極小の各透過率が,60%以下であるとともに,各隣接極大透過率と20%以上の差を有し,更に, 前記第一・第二バレー極小の各透過率と,各極小波長±20nmにおける透過率差平均が10?50%の範囲にある, ことを特徴とする防眩光学要素。 【請求項2】 前記第一バレー極小と前記第二バレー極小の透過率差が20%以下であることを特徴とする請求項1記載の防眩光学要素。 【請求項3】 透明基材からなる,単層の又は偏光素子を有する複層の光学要素であって, 前記透明基材に,特定波長吸収色素とともに紫外線吸収剤を含有させて, 前記特定波長吸収色素は,テトラアザポルフィリン化合物を含み, 分光光度計にて測定された透過率曲線(以下「透過率曲線」)において, 450?500nmに第一バレー極小を,550?630nmおよび650?700nmの各波長域にそれぞれ前記第一バレー極小より25%以上浅い透過率を有する第二・第三バレー極小をそれぞれ備え, 400?700nmの波長域における全体平均透過率が30%以上であり, 前記第一バレー極小の透過率が30%以下であるともに,隣接極大透過率との差が25%以上であり, 前記第二・第三バレー極小の各透過率が55%以下であるとともに,隣接極大透過率との差が10%以上であり,更に, 前記第一・第二・第三バレー極小の各透過率と,各極小波長±20nmにおける透過率差平均が10?40%の範囲にある, ことを特徴とする防眩光学要素。 【請求項4】 透明基材からなる,単層の又は偏光素子を有する複層の光学要素であって, 前記透明基材に,特定波長吸収色素とともに紫外線吸収剤を含有させて, 前記特定波長吸収色素は,テトラアザポルフィリン化合物を含み, 分光光度計にて測定された透過率曲線(以下「透過率曲線」)において, 450?500nmに第一バレー極小を,550?630nmおよび650?700nmの各波長域にそれぞれ前記第一バレー極小より25%以上浅い透過率を有する第二・第三バレー極小をそれぞれ備え, 400?700nmの波長域における全体平均透過率が30%以上であり, 前記第一バレー極小の透過率が30%以下であるともに,隣接極大透過率との差が25%以上であり, 前記第二・第三バレー極小の各透過率が55%以下であるとともに,隣接極大透過率との差が5%以上であり,更に, 前記第一・第三バレー極小の各透過率と,各極小波長±20nmにおける透過率差平均が10?40%の範囲にあるとともに,前記第二バレー極小の透過率と各極小波長±20nmにおける透過率差平均が3?10%の範囲にある, ことを特徴とする防眩光学要素。 【請求項5】 前記透明基材が,特定波長吸収色素を紫外線吸収剤とともに含む透明合成樹脂層で形成され,前記特定波長吸収色素の樹脂原料100部に対する配合量が,0.5×10^(-4)?5.0×10^(-3)部であるとともに,紫外線吸収剤の樹脂原料100部に対する配合量が,0.1?6部であることを特徴とする請求項1?4いずれか一記載の防眩光学要素。 【請求項6】 前記特定波長吸収色素の樹脂原料100部に対する配合量が,0.8×10^(-4)?3.5×10^(-3)部であることを特徴とする請求項5記載の防眩光学要素。 【請求項7】 前記偏光素子の偏光度が80%以下であることを特徴とする請求項1?6いずれか一記載の防眩光学要素。」 3 申立の理由の概要 特許異議申立人 山下桂の申立の理由は,概略,以下のとおりである。 (1) 特許法29条2項(以下「申立の理由1-1」という。) 本件特許発明1及び本件特許発明2は,いずれも,甲1に記載された発明,甲2?甲7及び甲9の記載,並びに,周知慣用技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 本件特許発明3?本件特許発明7は,いずれも,甲1に記載された発明,甲2?甲9の記載及び周知慣用技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 甲1:特開2006-31030号公報 甲2:特開2003-36033号公報 甲3:特開2004-323481号公報 甲4:特開2008-134618号公報 甲5:特開2002-40233号公報 甲6:特開2008-268757号公報 甲7:特開2005-197240号公報 甲8:特開2003-149605号公報 甲9:坂本保夫,「遮光と視機能-透明遮光眼鏡への挑戦-」,日本白内障学会誌 Vol.22,2010年,24?28頁 (2) 特許法29条2項(以下「申立の理由1-2」という。) 本件特許発明1及び本件特許発明2は,いずれも,甲2に記載された発明,甲1,甲6,甲7及び甲9の記載,並びに,周知慣用技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 本件特許発明3?本件特許発明7は,いずれも,甲2に記載された発明,甲1及び甲6?甲9の記載,並びに,周知慣用技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 (当合議体注:甲1?甲9については前記(1)を参照。) (3) 特許法29条2項(以下「申立の理由1-3」という。) 本件特許発明1及び本件特許発明2は,いずれも,甲9に記載された発明,甲1?甲7の記載及び周知慣用技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 本件特許発明3?本件特許発明7は,いずれも,甲9に記載された発明,甲1?甲8の記載及び周知慣用技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 (当合議体注:甲1?甲9については前記(1)を参照。) (4) 特許法36条6項1号(以下「申立の理由2」という。) 本件特許発明は,光学要素を構成する成分の種類,量及び配合比について,広範な組み合わせを包含するものである。しかしながら,本件特許の出願の時(以下「本件出願時」という。)の技術常識に照らしても,このような本件特許発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないから,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載したものであるということができない。 (5) 特許法36条4項1号(以下「申立の理由3」という。) 本件特許発明は,光学要素を構成する成分の種類,量及び配合比について,広範な組み合わせを包含するものである。しかしながら,本件特許発明の詳細な説明の記載は,このような広範な組み合わせに及ぶ本件特許発明の防眩光学要素を当業者が作ることができるように記載されているとはいえない。 (6) 特許法36条6項2号(以下「申立の理由4」という。) 本件特許の明細書及び図面の記載,並びに,本件出願時の技術常識を考慮しても,請求項1,3及び4に記載された用語「バレー」の意味内容を当業者が理解することができず,その結果,本件特許発明は明確であるということができない。 第2 当合議体の判断 1 申立の理由1-1について (1) 甲1の記載 本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲1には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定に特に関係する箇所である。 ア 「【技術分野】 【0001】 本発明は,視野の明るさを維持しつつ,光線の眩しさを緩和し,かつ鮮明な色感が得られる光線透過フィルター用に適する合成樹脂成形体に関する。」 イ 「【背景技術】 【0002】 知られているように,パソコン,ワープロなどのCRT画面からは紫外線その他眼に何らかの影響を及ぼす可能性のある光線が発生する。この対策として,画面の前面にフィルターが使用されている。このフィルターとしては,通常,画面からの反射光防止作用を有するものがある。また,紫外線遮光の機能を有するものや,画面の眩しさを抑えるため光線透過率を抑えているものもあるが,この機能は,太陽光線の透過を調整するために使用される一般的なサングラスの機能と共通する。 …(省略)… 【0003】 全般的な明るさを維持しながらも標準比視感度曲線の中心波長近傍の透過率を抑えて防眩効果を発揮するサングラスとしては,ガラスにネオジムやジジムを含有させて590nm付近の光線を吸収させるサングラスが知られている。しかしながら,取扱い易さという観点からすれば,素材としては,ガラスよりはプラスチック等の合成樹脂,特に,耐衝撃性の高いポリカーボネートが望ましい。しかるに,プラスチック,特に,ポリカーボネート製でかかる要望を満たすものは存在しなかった。視感度のよい550?600nmの光を幅広く吸収する眼鏡用レンズが特公昭53-39910に開示されているが,該眼鏡用レンズではジエチレングリコールビスアリルカーボネート(CR-39)を素材として使用しており,これをポリカーボネートにすると染色困難とされている。また,該眼鏡用レンズは550?650nm付近(黄色?橙色)で緩やかに透過率が低くなるものであり,防眩効果を高める目的で黄色光の透過率を低くすると,これに伴って橙色光の透過率も低下し,色バランスを悪くするおそれがある。 【0004】 CRT用のフィルターの場合も同様のことが言えるのであって,前記したような,黄色?橙色域で緩やかに透過率が低くなるような眼鏡用レンズと同等の構成でCRT用フィルターを製作し,これを使用した場合,CRT画面が今日のテレビゲームのように多彩なカラー動画面であるときは全体の透過光線量が減り過ぎて色彩の区別がつき難くなり,対象画面を十分視認できない状態となる場合がある。」 ウ 「【発明が解決しようとする課題】 【0005】 本発明の目的は,視野の明るさを保ちつつ眩しさを抑える一方,鮮明な色感が得られる光線透過フィルターに適する合成樹脂成形体を提供することにある。」 エ 「【課題を解決するための手段】 【0006】 本発明者らは,光線の一定の波長域についての光線透過率等を抑制することにより前記の課題を解決できることを見い出し,本発明を完成するに至った。 【0007】 本発明は,標準比視感度曲線の中心波長近傍に極大吸収値を有する有機色素と共に紫外線吸収剤および青色光吸収剤を含有し,550?585nmの波長範囲に透過率曲線の極小値を有し,該極小値での透過率が25%以下,590?660nmの波長範囲における平均透過率が15%以上,かつ,470?550nmの波長範囲における平均透過率が10%以上である合成樹脂成形体を提供する。該合成樹脂成形体は,赤外線吸収もしくは反射剤を含有していてもよい。 …(省略)… 【発明の効果】 【0009】 本発明の合成樹脂成形体は,眼に有害な紫外線,青色光,必要により赤外線を阻止できるとともに,CRT,液晶ディスプレイ等の,カラー像を表示する装置の光線透過フィルターとしては可視光線の眩しさを軽減し,色バランスと色コントラストを良くし,かつ,輪郭をはっきりと見せ,また,眼に対する刺激の強い黄色光を減光して疲労を和らげることができる等,広範な用途に耐えるものである。例えば,前記のほか,交通機関の日除けシートや窓ガラスに使用しても景色を鮮明に見ることができ,また,信号機の青,黄,赤の識別,自動車のブレーキランプの識別もし易くなる。」 オ 「【0018】 550?585nmの波長範囲に透過率曲線の極小値を有し,該極小値での透過率を25%以下とするのは,可視光線のうち最も眩しさを感じさせる波長域の光線透過率を抑えることを目的としており,好ましいのは,極小値での透過率を20%以下とすることであり,さらに好ましいのは,極小値での透過率を15%以下とすることである。 【0019】 590?660nmの波長範囲における平均透過率を15%以上とするのは,橙色光の透過率を維持するためであり,好ましくは,20%以上とする。さらに,590?660nmの波長範囲に透過率曲線の極大値を有し,該極大値での透過率を30%以上とするのが好ましく,なかでも特に好ましいのは,極大値での透過率を35%以上とすることである。この目的は,合成樹脂原料に標準比視感度曲線の中心波長近傍に極大吸収値を有する有機色素,紫外線吸収剤および青色光吸収剤に加えて赤外線吸収もしくは反射剤を含有させることにより効果的に達成することができる。これにより,橙色光の透過率を高い水準に維持する一方,赤色光が過剰に透過することを防止し,全透過光の色バランスを適切なものとすることができる。 【0020】 470?550nmの波長範囲における平均透過率を10%以上とするのは,透過光の色バランスと視野の明るさを確保するためである。とりわけ,470?550nmの波長範囲のいずれの波長においても透過率を15%以上とすることが好ましく,特に好ましいのは,20%以上とすることである。 【0021】 なお,400?450nmの波長範囲での光線透過率は,青色光吸収剤によって実質的に0となるのが好ましい。 【0022】 上記したそれぞれの透過率などの限定により,合成樹脂成形体が透過光線フィルターとして使用されたとき,単に眩しさを緩和するだけでなく,色バランス,色コントラストが良くなる事情は次のように考えられる。 【0023】 まず,550?585nmの波長範囲を吸収減光することで眩しさを抑えるだけでなく,視覚系の中での赤色に対する反応と緑色に対する反応との間の連続性に段差が生ずるため,赤色と緑色の識別がし易くなる。これは,普通,虹に見られる隣接する色と色の境界がはっきりとは見えないが,仮にその境界に少し暗い部分があれば色の識別がし易くなる,と推測されるのと同じ理由である。一方,青色光は大気中で塵や水蒸気で散乱され易いが眼球内でも散乱されやすく視界の鮮明度を低下させる原因となっている。この青色光を減光するため青色光吸収剤を含有させたことで黄色と青色の透過率のバランスがとれるとともに,全般的に鮮明度を向上した。これらの結果として赤色,黄色,緑色,青色の色バランスがとれたことになり,しかも色コントラストが強調されるようになった。」 カ 「【実施例1】 【0028】 ポリカーボネート樹脂[三菱エンジニアリング プラスチック(株)製H-3000FN] 15kg 紫外線吸収剤[城北化学(株)製JF-86] 60g 青色光吸収剤[日本化薬(株)製カヤセットイ エローA-G] 1.05g 赤外線吸収剤[大日本インキ化学工業(株)製 IRアディティブ200] 1.84g 化合物(1) 0.24g 【化2】 上記の混合物を250?300℃に温度調節された射出成形機で外形255mm×330mm,厚さ2mmのシートに成形した。得られたシートの分光透過率を図1に示す。このシートをCRT画面の前面に画面と平行に吊り下げ,テレビゲームを続けたところ,眩しさを全く感じさせず,長時間のゲームでも疲労感が少なく,一方,青色,緑色,黄色,赤色が識別し易くなり色コントラストが鮮やかであった。」 (当合議体注:材料及びその分量について,表示が崩れないように改行及びスペースを調整して表記した。また,図1は,以下の図である。) キ 「【実施例2】 【0029】 ポリカーボネート樹脂[三菱エンジニアリング プラスチック(株)製H-3000FN] 60kg 紫外線吸収剤[城北化学(株)製JF-86] 240g 青色光吸収剤[三井東圧染料(株)製PS オレンジGG] 2g 赤外線吸収剤[日本化薬(株)製IR750] 1.04g 化合物(1) 0.6g 上記の混合物を250?300℃に温度調節された押出成形機で厚さ2mmの連続シートに成形し,切断して外形550×700mmのシートを得た。得られたシートの分光透過率を図4に示す。このシートを商用ゲーム機画面の前面に画面と平行に設置し,ゲームソフトによるゲームを続けたところ,ギラツキの激しい画面でも眩しさを全く感じさせず,長時間のゲームでも疲労感が少なく,一方,青色,緑色,黄色,赤色が識別し易くなり色コントラストが鮮やかとなった。」 (当合議体注:図4は,以下の図である。) ク 「【実施例4】 【0031】 偏光フィルムの両面にポリカーボネートのシートを積層した偏光シート[三菱ガス化学(株)製“ユーピロンポーラ”,0.8mm厚]を合成樹脂成形体の輪郭に一致する形状に打ち抜いた偏光素子を予め準備し,これを金型面に安定するように配置した。 ポリカーボネート樹脂[三菱エンジニアリング プラスチック(株)製H-3000FN] 15kg 紫外線吸収剤[城北化学(株)製JF-86] 60g 青色光吸収剤[三井東圧染料(株)製PSオレ ンジGG] 0.4g 赤外線吸収剤[日本化薬(株)製IR750] 0.78g 化合物(1) 0.42g 上記の混合物を250?300℃に温度調節された射出成形機で射出成形し,偏光素子と射出樹脂が一体化した外形255mm×330mm,厚さ2mmのシートを得た。得られたシートの分光透過率を図6に示す。このシートをCRT画面の前面に画面と平行に吊り下げ,テレビゲームを続けたところ,ギラツキの激しい画面でも眩しさを全く感じさせず,長時間のゲームでも疲労感が少なく,一方,青色,緑色,黄色,赤色が識別し易くなり色コントラストが鮮やかとなった。」 (当合議体注:図6は,以下の図である。) ケ 「【実施例5】 【0032】 ポリカーボネート樹脂[三菱エンジニアリング プラスチック(株)製H-3000FN] 15kg 紫外線吸収剤[城北化学(株)製JF-86] 60g 青色光吸収剤[日本化薬(株)製カヤセットイ エローA-G] 0.5g 化合物(1) 0.17g 上記の混合物を250?300℃に温度調節された射出成形機で外形255mm×330mm,厚さ2mmのシートに成形した。得られたシートの分光透過率を図7に示す。このシートをCRT画面の前面に画面と平行に吊り下げ,テレビゲームを続けたところ,眩しさを全く感じさせず,長時間のゲームでも疲労感が少なく,一方,青色,緑色,黄色,赤色が識別し易くなり色コントラストが鮮やかとなった。」 (当合議体注:図7は,以下の図である。) (2) 甲1に記載された発明 ア 甲1実施例1発明 甲1には,「視野の明るさを維持しつつ,光線の眩しさを緩和し,かつ鮮明な色感が得られる光線透過フィルター用に適する合成樹脂成形体」(段落【0001】)の具体的実施例(実施例1)として,次の発明が記載されている(以下「甲1実施例1発明」という。)。 「 視野の明るさを維持しつつ,光線の眩しさを緩和し,かつ鮮明な色感が得られる光線透過フィルター用に適する合成樹脂成形体のシートであって, ポリカーボネート樹脂[三菱エンジニアリングプラスチック(株)製H-3000FN]が15kg, 紫外線吸収剤[城北化学(株)製JF-86]が60g, 青色光吸収剤[日本化薬(株)製カヤセットイエローA-G]が1.05g, 赤外線吸収剤[大日本インキ化学工業(株)製IRアディティブ200]が1.84g, 化合物(1)が0.24g,からなる混合物を,250?300℃に温度調節された射出成形機で外形255mm×330mm,厚さ2mmに成形してなる, 以下の分光透過率のシート。 化合物(1): 分光透過率: 」 イ 甲1実施例2発明 甲1には,「視野の明るさを維持しつつ,光線の眩しさを緩和し,かつ鮮明な色感が得られる光線透過フィルター用に適する合成樹脂成形体」(段落【0001】)の具体的実施例(実施例2)として,次の発明が記載されている(以下「甲1実施例2発明」という。)。 「 視野の明るさを維持しつつ,光線の眩しさを緩和し,かつ鮮明な色感が得られる光線透過フィルター用に適する合成樹脂成形体のシートであって, ポリカーボネート樹脂[三菱エンジニアリングプラスチック(株)製H-3000FN]が60kg, 紫外線吸収剤[城北化学(株)製JF-86]が240g, 青色光吸収剤[三井東圧染料(株)製PSオレンジGG]が2g, 赤外線吸収剤[日本化薬(株)製IR750]が1.04g, 化合物(1)が0.6g,からなる混合物を,250?300℃に温度調節された押出成形機で厚さ2mmの連続シートに成形し,切断して得た,外形550×700mmの, 以下の分光透過率のシート。 化合物(1): 分光透過率: 」 ウ 甲1実施例4発明 甲1には,「視野の明るさを維持しつつ,光線の眩しさを緩和し,かつ鮮明な色感が得られる光線透過フィルター用に適する合成樹脂成形体」(段落【0001】)の具体的実施例(実施例4)として,次の発明が記載されている(以下「甲1実施例4発明」という。)。 「 視野の明るさを維持しつつ,光線の眩しさを緩和し,かつ鮮明な色感が得られる光線透過フィルター用に適する合成樹脂成形体のシートであって, 偏光フィルムの両面にポリカーボネートのシートを積層した偏光シート[三菱ガス化学(株)製“ユーピロンポーラ”,0.8mm厚]を合成樹脂成形体の輪郭に一致する形状に打ち抜いた偏光素子を予め準備し,これを金型面に安定するように配置し, ポリカーボネート樹脂[三菱エンジニアリングプラスチック(株)製H-3000FN]が15kg, 紫外線吸収剤[城北化学(株)製JF-86]が60g, 青色光吸収剤[三井東圧染料(株)製PSオレンジGG]が0.4g, 赤外線吸収剤[日本化薬(株)製IR750]が0.78g, 化合物(1)が0.42g,からなる混合物を250?300℃に温度調節された射出成形機で射出成形し,偏光素子と射出樹脂が一体化した外形255mm×330mm,厚さ2mmの, 以下の分光透過率のシート。 化合物(1): 分光透過率: 」 エ 甲1実施例5発明 甲1には,「視野の明るさを維持しつつ,光線の眩しさを緩和し,かつ鮮明な色感が得られる光線透過フィルター用に適する合成樹脂成形体」(段落【0001】)の具体的実施例(実施例5)として,次の発明が記載されている(以下「甲1実施例5発明」という。)。 「 視野の明るさを維持しつつ,光線の眩しさを緩和し,かつ鮮明な色感が得られる光線透過フィルター用に適する合成樹脂成形体のシートであって, ポリカーボネート樹脂[三菱エンジニアリングプラスチック(株)製H-3000FN]が15kg, 紫外線吸収剤[城北化学(株)製JF-86]が60g, 青色光吸収剤[日本化薬(株)製カヤセットイエローA-G]が0.5g, 化合物(1)が0.17g,からなる混合物を250?300℃に温度調節された射出成形機で外形255mm×330mm,厚さ2mmに成形してなる, 以下の分光透過率のシート。 化合物(1): 分光透過率: 」 (3) 甲1実施例1発明に基づく容易推考について ア 対比 本件特許発明1と甲1実施例1発明を比較すると,以下のとおりとなる。 (ア)光学要素 甲1実施例1発明の「シート」は,「視野の明るさを維持しつつ,光線の眩しさを緩和し,かつ鮮明な色感が得られる光線透過フィルター用に適する合成樹脂成形体のシート」である。すなわち,甲1実施例1発明の「シート」は,光線を透過するシートであるから,「透明基材からなる」「光学要素」といえる。 また,甲1実施例1発明の「シート」は,「混合物を,250?300℃に温度調節された射出成形機で外形255mm×330mm,厚さ2mmに成形してなる」ものである。したがって,甲1実施例1発明の「シート」は,「単層の」ものである。 そうしてみると,甲1実施例1発明の「シート」は,本件特許発明1の「光学要素」に相当するとともに,本件特許発明1の「光学要素」における,「透明基材からなる,単層の又は偏光素子を有する複層の」という要件を満たすものである。 (イ)特定波長吸収色素及び紫外線吸収剤 甲1実施例1発明の「シート」は,「青色光吸収剤[日本化薬(株)製カヤセットイエローA-G]」及び「紫外線吸収剤[城北化学(株)製JF-86]」を含む「混合物を」,「成形してなる」ものである。 ここで,甲1実施例1発明の「青色光吸収剤[日本化薬(株)製カヤセットイエローA-G]」は,「青色光吸収剤」という文言が意味するとおり,青色波長を吸収するものであり,また,「カヤセットイエロー」という文言が意味するとおり,黄色を呈する色素である。 そうしてみると,甲1実施例1発明の「青色光吸収剤[日本化薬(株)製カヤセットイエローA-G]」は,「青色波長」を「特定波長」とみなす前提において,本件特許発明1の「特定波長吸収色素」に相当する。 また,甲1実施例1発明の「紫外線吸収剤[城北化学(株)製JF-86]」は,「紫外線吸収剤」という文言が意味するとおり,紫外線を吸収する剤である。したがって,甲1実施例1発明の「紫外線吸収剤[城北化学(株)製JF-86]」は,本件特許発明1の「紫外線吸収剤」に相当する。 そして,甲1実施例1発明の「シート」は,本件特許発明1の「前記透明基材に,特定波長吸収色素を紫外線吸収剤とともに含有させ」という要件を満たすものといえる。 (ウ)防眩光学要素 甲1実施例1発明の「シート」は,「視野の明るさを維持しつつ,光線の眩しさを緩和し,かつ鮮明な色感が得られる光線透過フィルター用に適する合成樹脂成形体のシート」である。したがって,甲1実施例1発明の「シート」は,防眩性能を有する光学要素といえる。 そうしてみると,甲1実施例1発明の「シート」は,本件特許発明1の「防眩光学要素」に相当する。 イ 一致点及び相違点 (ア)一致点 本件特許発明1と甲1実施例1発明は,次の構成で一致する。 「 透明基材からなる,単層の又は偏光素子を有する複層の光学要素であって, 前記透明基材に,特定波長吸収色素を紫外線吸収剤とともに含有させてなる, 防眩光学要素。」 (イ)相違点 本件特許発明1と甲1実施例1発明は,以下の点で相違する。 (相違点1) 本件特許発明1の「特定波長吸収色素」は,「テトラアザポルフィリン化合物」を含むのに対して,甲1実施例1発明の「青色光吸収剤[日本化薬(株)製カヤセットイエローA-G]」は,「テトラアザポルフィリン化合物」を含むとはいえない点。 すなわち,「カヤセットイエローA-G」は,「2-(3-ヒドロキシ-2-キノリニル)-1,3-インダンジオン」の商品名であるから,「テトラアザポルフィリン化合物」ではない。また,本件特許発明の「特定波長吸収色素」と甲1実施例1発明の「青色光吸収剤[日本化薬(株)製カヤセットイエローA-G]」は,青色光を吸収するという観点においては一致するとしても,化合物として異なるからには,色素が吸収する「特定波長」の具体的範囲においては,相違するといえる。 (相違点2) 本件特許発明1の「防眩光学要素」は,「分光光度計にて測定された透過率曲線(以下「透過率曲線」)において,透過率曲線の450?500nmおよび550?630nmの各波長域に第一バレー極小および第二バレー極小をそれぞれ備え,400?700nmの波長域における全体平均透過率が35%以上であり,また,前記第一・第二バレー極小の各透過率が,60%以下であるとともに,各隣接極大透過率と20%以上の差を有し,更に,前記第一・第二バレー極小の各透過率と,各極小波長±20nmにおける透過率差平均が10?50%の範囲にある」のに対して,甲1実施例1発明の「シート」は,これとは異なる透過率曲線のものである点。 (当合議体注:光学要素における透過率曲線は,光学要素に対する設計者の技術思想が反映されたひとまとまりの構成と理解すべきである。したがって,当合議体においては,甲1実施例1発明の透過率曲線の一部に本件特許発明1と共通する部分(バレー等)があるとしても,相違点2のとおり,相違点を認定する。) ウ 判断 甲1実施例1発明の「シート」が「青色光吸収剤[日本化薬(株)製カヤセットイエローA-G]」を含むことの技術的意義に関して,甲1の段落【0023】には,「青色光は大気中で塵や水蒸気で散乱され易いが眼球内でも散乱されやすく視界の鮮明度を低下させる原因となっている。この青色光を減光するため青色光吸収剤を含有させたことで黄色と青色の透過率のバランスがとれるとともに,全般的に鮮明度を向上した。」と記載されている。また,甲1の段落【0021】には,「400?450nmの波長範囲での光線透過率は,青色光吸収剤によって実質的に0となるのが好ましい。」と記載されている。 これら記載からは,甲1実施例1発明の400?500nmの波長域(青色光に概ね該当する波長域)の分光透過率が,青色光を減光するとともに黄色と青色の透過率のバランスをとるという設計思想に基づき,意図的に採用された構成であることが理解できる。 そうしてみると,上記甲1の記載に接した当業者ならば,甲1実施例1発明の400?500nmの波長域の分光透過率を安易に変更しようとはせず,むしろ,この分光透過率を尊重すると解するのが相当である。また,甲1実施例1発明の「青色光吸収剤[日本化薬(株)製カヤセットイエローA-G]」は,青色光を減光するとともに黄色と青色の透過率のバランスをとるために適した色素として甲1実施例1発明において特に採用されたものと解するのが相当である。 そこで,当業者が甲1実施例1発明において,相違点1及び相違点2に係る構成を採用することが容易であるかについて検討すると,以下のとおりである。 すなわち,仮に,甲1実施例1発明において,相違点1に係る「テトラアザポルフィリン化合物」を採用したならば,甲1実施例1発明の400?500nmの波長域の分光透過率が変化することになる。また,当業者が甲1実施例1発明の400?500nmの波長域の分光透過率を,相違点2に係る「透過率曲線の450?500nm…の…波長域に第一バレー極小…を…備え,前記第一…バレー極小の…透過率が,60%以下であるとともに…隣接極大透過率と20%以上の差を有」するものに変えたならば,甲1実施例1発明の400?450nmの波長範囲での光線透過率は,少なくとも第一バレー極小の透過率+20%の透過率のピーク(極大)を有するものとなる。 しかしながら,甲1の記載あるいは技術常識を考慮したとしても,甲1実施例1発明において上記相違点1及び相違点2に係る構成を採用し,甲1実施例1発明の400?500nmの波長域の分光透過率を変更することの動機を見いだすことができない。むしろ,甲1実施例1発明において相違点1及び相違点2に係る構成を採用した場合においては,400?450nmの波長範囲での光線透過率が実質的に0とならないという,甲1の段落【0021】の記載に照らし好ましくない結果となり,また,黄色と青色の透過率のバランスを維持できるか不明となってしまう。 以上のとおりであるから,甲1実施例1発明において,相違点1及び相違点2に係る構成を採用し,本件特許発明1の構成に到ることは,たとえ当業者といえども容易に発明をすることができたということはできない。 エ 特許異議申立人の主張について 特許異議申立人は,光学フィルター,眼鏡レンズ等の光学要素の技術分野において,透過率曲線の450?500nmの波長域にさらに第一バレー極小を備える構成とすること,及び第一バレー極小の透過率を相違点2のように設計することは,例えば,甲2(段落【0039】,図1及び図2),甲6(図3),甲7(図1),並びに,甲9(図2及び図6)に基づき当業者が適宜なしうる設計事項であると主張する(特許異議申立書の49頁4?10行)。 しかしながら,甲2の図1及び図2の分光透過率からは,400?450nmの波長域に80%を越える透過率のピークが看取される。このような分光透過率は,甲1実施例1発明の分光透過率と相容れない構成である。甲6の図3,甲7の図1,並びに,甲9の図2及び図6においても,同様に,400?450nmの波長域に大きなピークが看取され,やはり,甲1実施例1発明の分光透過率と相容れない。 したがって,特許異議申立人の主張を採用することはできない。 (4) 甲1実施例2発明等に基づく容易推考について 甲1実施例2発明,甲1実施例4発明及び甲1実施例5発明(以下「甲1実施例2発明等」という。)について検討しても,同様である。 すなわち,本件特許発明1と甲1実施例2発明等を比較すると,前記(3)イ(イ)で述べた相違点が見いだされる。そして,前記(3)ウと同じ理由により,甲1実施例2発明等において,相違点1及び相違点2に係る構成を採用し,本件特許発明1の構成に到ることは,たとえ当業者といえども容易に発明をすることができたということはできない。 (5) 本件特許発明2について 本件特許発明2は,本件特許発明1に対して,さらに請求項2記載の構成を加えたものである。したがって,本件特許発明2と甲1実施例1発明を比較すると,前記(3)イ(イ)で述べた相違点が見いだされる。そして,前記(3)ウと同じ理由により,甲1実施例1発明において,相違点1及び相違点2に係る構成を採用し,本件特許発明2の構成に到ることは,たとえ当業者といえども容易に発明をすることができたということはできない。 また,甲1実施例2発明等について検討しても,同様である。 (6) 本件特許発明3について ア 対比及び相違点 本件特許発明3と甲1実施例1発明を比較すると,概略,前記(3)アと同様のものとなり,その結果,以下の相違点が見いだされる。 (相違点3) 本件特許発明3の「特定波長吸収色素」は,「テトラアザポルフィリン化合物」を含むのに対して,甲1実施例1発明の「青色光吸収剤[日本化薬(株)製カヤセットイエローA-G]」は,「テトラアザポルフィリン化合物」を含むとはいえない点。 (相違点4) 本件特許発明3の「防眩光学要素」は,「分光光度計にて測定された透過率曲線(以下「透過率曲線」)において,450?500nmに第一バレー極小を,550?630nmおよび650?700nmの各波長域にそれぞれ前記第一バレー極小より25%以上浅い透過率を有する第二・第三バレー極小をそれぞれ備え,400?700nmの波長域における全体平均透過率が30%以上であり,前記第一バレー極小の透過率が30%以下であるともに,隣接極大透過率との差が25%以上であり,前記第二・第三バレー極小の各透過率が55%以下であるとともに,隣接極大透過率との差が10%以上であり,更に,前記第一・第二・第三バレー極小の各透過率と,各極小波長±20nmにおける透過率差平均が10?40%の範囲にある」のに対して,甲1実施例1発明の「シート」は,これとは異なる透過率曲線のものである点。 イ 判断 当業者が甲1実施例1発明において,相違点3及び相違点4に係る構成を採用することが容易であるかについて検討すると,以下のとおりである。 すなわち,仮に,甲1実施例1発明において,相違点3に係る「テトラアザポルフィリン化合物」を採用したならば,甲1実施例1発明の400?500nmの波長域の分光透過率が変化することになる。また,当業者が甲1実施例1発明の400?500nmの波長域の分光透過率を,相違点4に係る「450?500nmに第一バレー極小を…備え,…前記第一バレー極小の透過率が30%以下であるともに,隣接極大透過率との差が25%以上であ」るものに変えたならば,甲1実施例1発明の400?450nmの波長範囲での光線透過率は,少なくとも第一バレー極小の透過率+25%の透過率のピーク(極大)を有するものとなる。 しかしながら,甲1の記載あるいは技術常識を考慮したとしても,甲1実施例1発明において上記相違点3及び相違点4に係る構成を採用し,甲1実施例1発明の400?500nmの波長域の分光透過率を変更することの動機を見いだすことができない。むしろ,甲1実施例1発明において相違点3及び相違点4に係る構成を採用した場合においては,400?450nmの波長範囲での光線透過率が実質的に0とならないという,甲1の段落【0021】の記載に照らし好ましくない結果となり,また,黄色と青色の透過率のバランスを維持できるか不明となってしまう。 以上のとおりであるから,甲1実施例1発明において,相違点3及び相違点4に係る構成を採用し,本件特許発明3の構成に到ることは,たとえ当業者といえども容易に発明をすることができたということはできない。 ウ 甲1実施例2発明等に基づく容易推考について 甲1実施例2発明等について検討しても,同様である。 (7) 本件特許発明4について ア 対比及び相違点 本件特許発明4と甲1実施例1発明を比較すると,概略,前記(3)アと同様のものとなり,その結果,以下の相違点が見いだされる。 (相違点5) 本件特許発明4の「特定波長吸収色素」は,「テトラアザポルフィリン化合物」を含むのに対して,甲1実施例1発明の「青色光吸収剤[日本化薬(株)製カヤセットイエローA-G]」は,「テトラアザポルフィリン化合物」を含むとはいえない点。 (相違点6) 本件特許発明4の「防眩光学要素」は,「分光光度計にて測定された透過率曲線(以下「透過率曲線」)において,450?500nmに第一バレー極小を,550?630nmおよび650?700nmの各波長域にそれぞれ前記第一バレー極小より25%以上浅い透過率を有する第二・第三バレー極小をそれぞれ備え,400?700nmの波長域における全体平均透過率が30%以上であり, 前記第一バレー極小の透過率が30%以下であるともに,隣接極大透過率との差が25%以上であり,前記第二・第三バレー極小の各透過率が55%以下であるとともに,隣接極大透過率との差が5%以上であり,更に,前記第一・第三バレー極小の各透過率と,各極小波長±20nmにおける透過率差平均が10?40%の範囲にあるとともに,前記第二バレー極小の透過率と各極小波長±20nmにおける透過率差平均が3?10%の範囲にある」のに対して,甲1実施例1発明の「シート」は,これとは異なる透過率曲線のものである点。 イ 判断 当業者が甲1実施例1発明において,相違点5及び相違点6に係る構成を採用することが容易であるかについて検討すると,以下のとおりである。 すなわち,仮に,甲1実施例1発明において,相違点5に係る「テトラアザポルフィリン化合物」を採用したならば,甲1実施例1発明の400?500nmの波長域の分光透過率が変化することになる。また,当業者が甲1実施例1発明の400?500nmの波長域の分光透過率を,相違点6に係る「450?500nmに第一バレー極小を…備え,…前記第一バレー極小の透過率が30%以下であるともに,隣接極大透過率との差が25%以上であ」るものに変えたならば,甲1実施例1発明の400?450nmの波長範囲での光線透過率は,少なくとも第一バレー極小の透過率+25%の透過率のピーク(極大)を有するものとなる。 しかしながら,甲1の記載あるいは技術常識を考慮したとしても,甲1実施例1発明において上記相違点5及び相違点6に係る構成を採用し,甲1実施例1発明の400?500nmの波長域の分光透過率を変更することの動機を見いだすことができない。むしろ,甲1実施例1発明において相違点5及び相違点6に係る構成を採用した場合においては,400?450nmの波長範囲での光線透過率が実質的に0とならないという,甲1の段落【0021】の記載に照らし好ましくない結果となり,また,黄色と青色の透過率のバランスを維持できるか不明となってしまう。 以上のとおりであるから,甲1実施例1発明において,相違点5及び相違点6に係る構成を採用し,本件特許発明4の構成に到ることは,たとえ当業者といえども容易に発明をすることができたということはできない。 ウ 甲1実施例2発明等に基づく容易推考について 甲1実施例2発明等について検討しても,同様である。 (8) 本件特許発明5?本件特許発明7について 本件特許発明5は,本件特許発明1?本件特許発明4に対して,さらに請求項5記載の構成を加えたものである。したがって,前記(3)ウ,(5),(6)イ及び(7)イと同じ理由により,甲1実施例1発明において,相違点1及び相違点2,相違点3及び相違点4,又は相違点5及び相違点6に係る構成を採用し,本件特許発明5の構成に到ることは,たとえ当業者といえども容易に発明をすることができたということはできない。 また,甲1実施例2発明等について検討しても,同様である。 加えて,本件特許発明6及び本件特許発明7についても,同様である。 2 申立の理由1-2について (1) 甲2の記載 本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲2には,以下の記載がある。 ア 「【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は,テトラアザポルフィリン系色素 ,ジピラゾリルメチン系色素及びジピラゾリルスクアリリウム系色素を含有する層を有することを特徴とするディスプレイ用フィルターに関する。」 イ 「【0002】 【従来の技術】従来より,カラー画像の表示装置として,陰極管,蛍光表示管,電界放射,プラズマパネル,液晶,及びエレクトロルミネッセンス等による各種の表示装置が開発されている。これらは,赤,青,緑の三原色発光の組み合わせを利用し画像表示をする形式を取っているが,その際,上記三原色以外の発光を,所謂バンドパスフィルターを用いて吸収し,鮮明なカラー画像を得,かつ,画像の色バランスを補正する必要がある。該バンドパスフィルターとしては,色素を用いたものの検討が各種なされているが,この場合,目的とする吸収以外に吸収がないこと,及び,色素の耐熱性及び耐光性が重要な因子となる。 【0003】ディスプレイ用の色調整フィルターに関しては,市販の色素を用いて特定の波長の光を選択吸収するものについて各種検討がなされているが,これらの色調整方法では,必要な3原色成分まで一部吸収してしまうために色バランスが悪くなってしまったり,ディスプレイ画面が暗くなってしまうという問題があった。」 ウ 「【0007】 【発明が解決しようとする課題】本発明は,赤,青,緑の3原色発光に影響を及ぼさず,光線透過率曲線における480?520nmの波長域,550?610nmの波長域にシャープな吸収を有し,かつ380?420nmの波長域に吸収を有する優れた色調整フィルター,色純度改善フィルター,色再現範囲拡大フィルター等を提供することにある。」 エ 「【0008】 【課題を解決するための手段】本発明者等は,上記課題を解決するために,一般式(III)で表されるジピラゾリルスクアリリウム系色素と一般式(I)で表されるテトラアザポルフィリン系色素及び一般式(II)で表されるジピラゾリルメチン系色素とを組み合わせることにより,上記課題を解決することができることを見出し,本発明を解決するに至った。 …(省略)… 【化4】 …(省略)… 【化5】 …(省略)… 【化6】 」 オ 「【0039】本発明のディスプレイ用フィルターは,上述の3種の化合物を含有するのが特徴である。また,該フィルターの光線透過率曲線のそれぞれの極小値における半値幅は60nm以下が好ましい。特にテトラアザポルフィリン系色素の吸収及びジピラゾリルスクアリリウム系色素に該当する部分の吸収曲線は,シャープなバレー型を有するのが好ましく,又,その波長における透過率の極小値が,テトラアザポルフィリン系色素については,35%以下,更には30%以下であるのが好ましく,ジピラゾリルスクアリリウウ系色素については,55%以下,更には50%以下であるのが好ましい。 【0040】該極小値間に位置する450nm,550nm及び650nmにおける透過率は60%以上,更には70%以上であることが好ましい。それにより,蛍光体の発光色である430?470nm付近の青色発光,530nm付近を中心としたの緑色発光及び600?640nm付近の赤色発光は遮蔽せず,590nm付近のネオン発光を効率的に遮蔽でき,しかも色調の調節,色純度の向上,色温度の向上ができるものである。」 カ 「【0071】 【実施例】以下,実施例にて本発明を更に具体的に説明するが,本発明はその要旨を越えない限り,以下の実施例に限定されるものではない。 実施例1 前記一般式(I)で表される色素として,I-1のテトラアザポルフィリン系色素0.0050g,一般式(II)で表される色素として,II-3のジピラゾリルメチン系色素0.0010g,一般式(III)で表される色素として,III-4のジピラゾリルスクアリリウム系色素0.0019gをトルエン0.795gに溶解した色素溶液0.25g,及び,バインダー樹脂としてのアクリル系樹脂(三菱レーヨン社製「ダイヤナールBR-80)の20重量%ジメトキシエタン溶液1.0gとを混合した後,透明基材としてのポリエチレンテレフタレート製フィルム(厚み100μm,三菱化学ポリエステルフィルム社製「PETフィルムT100E」)にバーコーターを用いて塗布し乾燥させて,膜厚6μmのジフェニルスクアリリウム系化合物含有樹脂層を形成することにより,プラズマディスプレイパネル用フィルターを作製した。 【0072】得られたプラズマディスプレイパネル用フィルターについて,分光光度計(日立製作所製「U-3500」)を用いて光線透過率を測定し,その透過率曲線を図1に示した。透過率の極小値における波長は592nm(透過率10.91%)及び504nm(透過率40.39%)であり,両極小値以外の領域には,大きな極小値はなく,可視光線透過率は64.61%であり, 又,JIS Z8729に規定されるL^(*) a^(*) b^(*) 表色系における明度L^(*) ,色座標a^(*) ,b^(*) は,2°視野,C光源において,L^(*) =84.082,a^(*) =9.668,b^(*) =-11.913であり,プラズマディスプレイパネルの赤,青,緑の三原色発光の阻害が小さく,視野の明るさの低下がないと共に,ネオン発光の遮蔽性に優れた暗青色に調色されたフィルターであることが確認できた。」 (当合議体注:色素I-1,II-3及びIII-4,並びに,図1は,以下のものである。) 色素I-1: 色素II-3: 色素III-4: 図1: キ 「【0076】 実施例3 前記一般式(I)で表される化合物として,I-2のテトラアザポルフィリン系色素0.0065g,一般式(II)で表される化合物として,II-3のジピラゾリルメチン系色素0.0013g,一般式(III)で表される化合物として,III-4のジピラゾリルスクアリリウム系色素0.0024gをトルエン1.034gに溶解した色素溶液0.25g,及び,バインダー樹脂としてのアクリル系樹脂(三菱レーヨン社製「ダイヤナールBR-80)の20重量%ジメトキシエタン溶液1.0gとを混合した後,透明基材としてのポリエチレンテレフタレート製フィルム(厚み100μm,三菱化学ポリエステルフィルム社製「PETフィルムT100E」)にバーコーターを用いて塗布し乾燥させて,膜厚6μmのジフェニルスクアリリウム系化合物含有樹脂層を形成することにより,プラズマディスプレイパネル用フィルターを作製した。 【0077】得られたプラズマディスプレイパネル用フィルターについて,分光光度計(日立製作所製「U-3500」)を用いて光線透過率を測定し,その透過率曲線を図2に示した。透過率の極小値における波長は584nm(透過率16.88%)及び504nm(透過率40.43%)であり,両極小値以外の領域には,大きな極小値はなく,可視光線透過率は64.84%であり, 又,JIS Z8729に規定されるL^(*) a^(*) b^(*) 表色系における明度L^(*) ,色座標a^(*) ,b^(*) は,2°視野,C光源において,L^(*) =84.380,a^(*) =16.599,b^(*)=-11.356であり,プラズマディスプレイパネルの赤,青,緑の三原色発光の阻害が小さく,視野の明るさの低下がないと共に,ネオン発光の遮蔽性に優れた暗紫色に調色されたフィルターであることが確認できた。」 (当合議体注:色素I-2及び図2は,以下のものである。) 色素I-2: 図2: ク 「【0081】 【発明の効果】本発明の,テトラアザポルフィリン系色素,ジピラゾリルメチン系色素及びジピラゾリルスクアリリウム系色素を含有するディスプレイ用フィルターは,赤,青,緑の3原色発光に影響を及ぼさずに色調の調節,色純度の向上,色温度の向上等ができる透過率の良好な明るいフィルターであり,耐熱,耐光性等の耐久性に優れている。」 (2) 甲2に記載された発明 ア 甲2実施例1発明 甲2には,実施例1として,以下のプラズマディスプレイパネル用フィルターが記載されている(以下「甲2実施例1発明」という。)。 「 式I-1のテトラアザポルフィリン系色素0.0050g, 式II-3のジピラゾリルメチン系色素0.0010g, 式III-4のジピラゾリルスクアリリウム系色素0.0019gをトルエン0.795gに溶解した色素溶液0.25g,及び, バインダー樹脂としてのアクリル系樹脂(三菱レーヨン社製「ダイヤナールBR-80」)の20重量%ジメトキシエタン溶液1.0gとを混合した後, 透明基材としてのポリエチレンテレフタレート製フィルム(厚み100μm,三菱化学ポリエステルフィルム社製「PETフィルムT100E」)にバーコーターを用いて塗布し乾燥させて,膜厚6μmのジフェニルスクアリリウム系化合物含有樹脂層を形成することにより作製した, 分光光度計(日立製作所製「U-3500」)を用いて測定した透過率曲線が以下のものであり,透過率の極小値における波長は592nm(透過率10.91%)及び504nm(透過率40.39%)である, プラズマディスプレイパネル用フィルター。 式I-1: 式II-3: 式III-4: 透過率曲線: 」 イ 甲2実施例3発明 甲2には,実施例3として,以下のプラズマディスプレイパネル用フィルターが記載されている(以下「甲2実施例3発明」という。)。 「 式I-2のテトラアザポルフィリン系色素0.0065g, 式II-3のジピラゾリルメチン系色素0.0013g, 式III-4のジピラゾリルスクアリリウム系色素0.0024gをトルエン1.034gに溶解した色素溶液0.25g,及び, バインダー樹脂としてのアクリル系樹脂(三菱レーヨン社製「ダイヤナールBR-80」)の20重量%ジメトキシエタン溶液1.0gとを混合した後, 透明基材としてのポリエチレンテレフタレート製フィルム(厚み100μm,三菱化学ポリエステルフィルム社製「PETフィルムT100E」)にバーコーターを用いて塗布し乾燥させて,膜厚6μmのジフェニルスクアリリウム系化合物含有樹脂層を形成することにより作成した, 分光光度計(日立製作所製「U-3500」)を用いて測定した透過率曲線が以下のものであり,透過率の極小値における波長は584nm(透過率16.88%)及び504nm(透過率40.43%)である, プラズマディスプレイパネル用フィルター。 式I-2: 式II-3: 式III-4: 透過率曲線: 」 (3) 甲2実施例1発明に基づく容易推考について ア 対比 (ア)光学要素 甲2実施例1発明は,「プラズマディスプレイパネル用フィルター」であるから,技術的にみて,「プラズマディスプレイパネル用フィルター」として機能するに足りる,透明性を有するシート状の光学要素といえる。 したがって,甲2実施例1発明の「プラズマディスプレイパネル用フィルター」は,本件特許発明1の「光学要素」に相当するとともに,本件特許発明1の「光学要素」における,「透明基材からなる」「光学要素」の要件を満たす。 (イ)特定波長吸収色素 甲2実施例1発明の「プラズマディスプレイパネル用フィルター」は,「膜厚6μmのジフェニルスクアリリウム系化合物含有樹脂層」の中に,「式I-1のテトラアザポルフィリン系色素」,「式II-3のジピラゾリルメチン系色素」及び「式III-4のジピラゾリルスクアリリウム系色素」を含む(以下「3種の色素」という。)。ここで,3種の色素が,いずれも,特定の波長を吸収する色素であることは,技術的にみて明らかである。また,3種の色素のうち,「式I-1のテトラアザポルフィリン系色素」は,その名のとおり「テトラアザポルフィリン化合物」である。 そうしてみると,甲2実施例1発明の「3種の色素」は,いずれも,本件特許発明1の「特定波長吸収色素」に相当する。また,甲2実施例1発明の「プラズマディスプレイパネル用フィルター」及び「3種の色素」は,それぞれ,本件特許発明1の「前記透明基材に,特定波長吸収色素を」「含有させて」の要件,及び「前記特定波長吸収色素は,テトラアザポルフィリン化合物を含み」の要件を満たす。 イ 一致点及び相違点 (ア)一致点 本件特許発明1と甲2実施例1発明は,次の構成で一致する。 「 透明基材からなる,光学要素であって, 前記透明基材に,特定波長吸収色素を紫外線吸収剤とともに含有させて, 前記特定波長吸収色素は,テトラアザポルフィリン化合物を含む, 光学要素。」 (イ)相違点 本件特許発明1と甲2実施例1発明は,以下の点で相違する。 (相違点1) 本件特許発明1の「防眩光学要素」は,「単層の又は偏光素子を有する複層の」光学要素であるのに対して,甲2実施例1発明の「プラズマディスプレイパネル用フィルター」は,この構成を具備しない点。 すなわち,甲2実施例1発明の「プラズマディスプレイパネル用フィルター」は,「透明基材としてのポリエチレンテレフタレート製フィルム」及び「膜厚6μmのジフェニルスクアリリウム系化合物含有樹脂層」の2層構造であるから,「単層の」ものではなく,また,「偏光素子を有する」ものでもない点。 (相違点2) 本件特許発明1の「防眩光学要素」は,「分光光度計にて測定された透過率曲線(以下「透過率曲線」)において,透過率曲線の450?500nmおよび550?630nmの各波長域に第一バレー極小および第二バレー極小をそれぞれ備え,400?700nmの波長域における全体平均透過率が35%以上であり,また,前記第一・第二バレー極小の各透過率が,60%以下であるとともに,各隣接極大透過率と20%以上の差を有し,更に,前記第一・第二バレー極小の各透過率と,各極小波長±20nmにおける透過率差平均が10?50%の範囲にある」のに対して,甲2実施例1発明の「プラズマディスプレイパネル用フィルター」は,これとは異なる透過率曲線のものである点。 (相違点3) 本件特許発明1は,「防眩光学要素」であるのに対して,甲2実施例1発明の「プラズマディスプレイパネル用フィルター」は,「防眩光学要素」といえるか,一応,明らかではない点。 すなわち,甲2の段落【0072】の記載によると,甲2実施例1発明の「プラズマディスプレイパネル用フィルター」の「可視光線透過率は64.61%」であり,また,「ネオン発光の遮蔽性に優れた暗青色に調色されたフィルター」ではあるが,「防眩」とまでいえるかは,一応,判らない。 ウ 判断 甲2実施例1発明の「プラズマディスプレイパネル用フィルター」は,592nmに,透過率の極小を有する(以下「592nm極小」という。)。また,甲2実施例1発明の「592nm極小」は,550?630nmの波長域にあるという点においては,本件特許発明1の「第二バレー極小」と,一応,共通する。 しかしながら,甲2実施例1発明の「592nm極小」の透過率と,592nm±20nmにおける透過率差平均を求めると,以下の参考図のとおり,65%となる。すなわち,甲2実施例1発明の「592nm極小」は,相違点2のうち,「前記…第二バレー極小の…透過率と,…極小波長±20nmにおける透過率差平均が10?50%の範囲にある」の要件を満たさない。 参考図: この点に関して,甲2の【0039】及び【0081】には,それぞれ「本発明のディスプレイ用フィルターは,上述の3種の化合物を含有するのが特徴である。また,該フィルターの光線透過率曲線のそれぞれの極小値における半値幅は60nm以下が好ましい。特にテトラアザポルフィリン系色素の吸収及びジピラゾリルスクアリリウム系色素に該当する部分の吸収曲線は,シャープなバレー型を有するのが好ましく,又,その波長における透過率の極小値が,テトラアザポルフィリン系色素については,35%以下,更には30%以下であるのが好ましく,ジピラゾリルスクアリリウウ系色素については,55%以下,更には50%以下であるのが好ましい。」及び「【発明の効果】本発明の,テトラアザポルフィリン系色素,ジピラゾリルメチン系色素及びジピラゾリルスクアリリウム系色素を含有するディスプレイ用フィルターは,赤,青,緑の3原色発光に影響を及ぼさずに色調の調節,色純度の向上,色温度の向上等ができる透過率の良好な明るいフィルターであり,耐熱,耐光性等の耐久性に優れている。」と記載されている。 これら記載からは,甲2実施例1発明の「592nm極小」は「シャープなバレー型を有するのが好まし」いこと,また,シャープなバレー型を有するが故に,「赤,青,緑の3原色発光に影響を及ぼさずに色調の調節,色純度の向上,色温度の向上等ができる透過率の良好な明るいフィルター」が得られることが理解される。 そうしてみると,上記甲2の記載に接した当業者ならば,甲2実施例1発明の「592nm極小」を,よりシャープなバレー型にするべく創意工夫することはあるとしても,シャープでないバレー型にするべく創意工夫することはありえないというべきである。 以上のとおりであるから,甲2実施例1発明において,相違点2に係る構成を採用することは,たとえ当業者といえども容易に発明をすることができたということはできない。 甲2実施例2発明について検討しても,同様である。 本件特許発明2?本件特許発明7について検討しても,同様である。 3 申立の理由1-3について (1) 甲9の記載 本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲9には,以下の記載がある。 ア 24頁右欄10行?25頁左欄8行 「医療用遮光眼鏡は身体障害者福祉法および児童福祉法に基づいて給付される補装具の一つである。元来,網膜色素変性症の病状悪化防止と防眩を目的として考案されたロービジョンケア用品であるが,まぶしさの主な原因といわれている500nm以下の短波長光(青色光)をカットし,防眩とコントラスト感度の向上を図るフィルターレンズであることから,臨床の現場では羞明を訴える患者に広く処方が試みられている。しかしつぎのような理由から実際に処方された眼鏡は使用されないことが多い。 [1]青色光散乱による防眩と眼障害を防ぐことを重視し,レンズ色は黄色,橙色または赤色を使用し,レンズ濃度は装用者の眼が外側から見えないくらいに濃いものになっている場合が多い。そのため使用を断念する患者が多く,特に職場,学校での装用が必要な患者にとっては,ほとんど使用不可能な状況である(図1)。 [2]レンズが高濃度のため,瞳孔の拡大により眼球光学系の収差が増大し,コントラスト感度を低下させる危険性がある。 [3]その他,500nm以下の波長光を完全カットすることが,青色光障害防止,防眩効果,視機能改善効果にどの程度役立っているのかいまだ不明な点が多い。 このように,既存の医療用遮光眼鏡は臨床で効果的に使用されているとは言いがたいのが現状である。」 (当合議体注:○囲い数字を[]囲いで代替表記した。) イ 25頁左欄下から5行?右欄5行 「筆者らは使用環境・状況に左右されない遮光眼鏡の開発を目指している。つまりほとんど着色されていない透明なレンズで,効果的な防眩と視機能改善を可能にする遮光眼鏡である。具体的には,既存の遮光眼鏡のような単なる青色光吸収ではなく,テレビやディスプレイのコントラスト向上を目的とした高コントラストフィルターの考え方を利用し,ヒトの視感度ピークの光はできる限りカットせず,赤,緑,青の網膜感度の境界波長のみを狭帯域で吸収してコントラスト感度の向上を図り,レンズの高濃度化を抑えるものである(図2)。」 (当合議体注:図2は以下の図である。) ウ 27頁左欄3?30行 「III 3波長同時狭帯域吸収の程度と視機能改善効果 可視光線の狭帯域吸収が視機能改善に有効であることは前述したとおりであるが,フィルターの吸収程度(τV視感透過率)に伴う視機能の改善効果はどうであろうか。20?61歳の健常ボランティア14名を対象として,フィルター濃度(τV)とコントラスト感度の関係を検討した。フィルターのτVは図6に示すような67?90%の5種類である。視機能評価にはコントラスト感度視力検査装置(CAT-2000,ナイツ)を用いた。 …(省略)… 狭帯域吸収によるコントラスト視力の改善効果は視感透過率τV75?80%で最大となり,その改善の程度は約0.1logMARに相当した。透明水晶体を有する健常ボランティアでのフィルター効果には年齢差があり,高齢者ほどその効果は高い。眼球光学系の質を基準にすると,網膜像コントラストが約5%に低下した場合(高齢者や白内障患者など)でも,25%程度を有する眼球光学系(健常若年者など)の視認性まで質の向上が見込まれる。」 (当合議体注:図6は以下の図である。) (2) 甲9に記載された発明 ア 甲9図2発明 甲9には,図2とともに,以下の遮光眼鏡が記載されている(以下「甲9図2発明」という。)。 「 ほとんど着色されていない透明なレンズで,効果的な防眩と視機能改善を可能にする遮光眼鏡であって, ヒトの視感度ピークの光はできる限りカットせず, 赤,緑,青の網膜感度の境界波長のみを狭帯域で吸収してコントラスト感度の向上を図り,レンズの高濃度化を抑え, 以下の光線透過率を有する, 遮光眼鏡。 光線透過率: 」 イ 甲9図6発明 甲9の図6には,遮光眼鏡のためのフィルターとして,F90,F83,F77,F74及びF67の5種類のフィルターが記載されている(以下「甲9図6F発明」と総称する。)。 「 赤,緑,青の網膜感度の境界波長のみを狭帯域で吸収してコントラスト感度の向上を図り,レンズの高濃度化を抑え, ほとんど着色されていない透明なレンズで,効果的な防眩と視機能改善を可能にする遮光眼鏡のためのフィルターであって, ヒトの視感度ピークの光はできる限りカットせず, 以下の透過率をそれぞれ有する, F90,F83,F77,F74及びF67のフィルター。 光線透過率: 」 (3) 甲9図2発明に基づく容易推考について ア 対比 本件特許発明1と甲9図2発明を比較すると,甲9図2発明の「遮光眼鏡」は,「ほとんど着色されていない透明なレンズで,効果的な防眩と視機能改善を可能にする遮光眼鏡」であるから,防眩光学要素ということができる。 したがって,甲9図2発明の「遮光眼鏡」は,本件特許発明1の「防眩光学要素」に相当する。 イ 一致点及び相違点 (ア)一致点 本件特許発明1と甲9図2発明は,次の構成で一致する。 「 防眩光学要素。」 (イ)相違点 本件特許発明1と甲9図2発明は,以下の点で相違する。 (相違点1) 本件特許発明1の「防眩光学要素」は,「透明基材からなる,単層の又は偏光素子を有する複層の光学要素であって,前記透明基材に,特定波長吸収色素を紫外線吸収剤とともに含有させて,前記特定波長吸収色素は,テトラアザポルフィリン化合物を含」むものであるのに対して,甲9図2発明の「遮光眼鏡」は,このような特定がされていない点。 すなわち,甲9には,レンズ及び特定波長吸収色素の材料に関する明示的な記載がないため,甲9図2発明の「遮光眼鏡」の,レンズ及び特定波長吸収色素が何か,判らない点。 (相違点2) 本件特許発明1の「防眩光学要素」は,「分光光度計にて測定された透過率曲線(以下「透過率曲線」)において,透過率曲線の450?500nmおよび550?630nmの各波長域に第一バレー極小および第二バレー極小をそれぞれ備え,400?700nmの波長域における全体平均透過率が35%以上であり,また,前記第一・第二バレー極小の各透過率が,60%以下であるとともに,各隣接極大透過率と20%以上の差を有し,更に,前記第一・第二バレー極小の各透過率と,各極小波長±20nmにおける透過率差平均が10?50%の範囲にある」のに対して,甲9図2発明の「遮光眼鏡」は,これとは異なる光線透過率のものである点。 ウ 判断 相違点2について検討する。 甲9図2発明の「遮光眼鏡」は,波長580nm近傍に,透過率の極小を有する(以下「580nm極小」という。)。また,甲9図2発明の「580nm極小」は,550?630nmの波長域の波長域にあるという点においては,本件特許発明1の「第二バレー極小」と,一応,共通する。 しかしながら,甲9図2発明の「580nm極小」の透過率と,580nm±20nmにおける透過率差平均を求めると,以下の参考図のとおり,54%となる。そして,甲9図2発明の遮光眼鏡は,「赤,緑,青の網膜感度の境界波長のみを狭帯域で吸収してコントラスト感度の向上を図」ることを目的とした遮光眼鏡である。 参考図: したがって,上記甲9図2発明に接した当業者ならば,甲9図2発明の「580nm極小」を,より狭帯域で吸収するものにするべく創意工夫することはあるとしても,より広帯域で吸収するものにするべく創意工夫することはありえないというべきである。 以上のとおりであるから,甲9図2発明において,相違点2に係る構成を採用することは,たとえ当業者といえども容易に発明をすることができたということはできない。 本件特許発明2?本件特許発明7について検討しても,同様である。 (4) 甲9図6発明について ア 対比 本件特許発明1と甲9図6発明を比較すると,甲9図6発明の各「フィルター」は,「ほとんど着色されていない透明なレンズで,効果的な防眩と視機能改善を可能にする遮光眼鏡のためのフィルター」であるから,防眩光学要素ということができる。 したがって,甲9図6発明の各「フィルター」は,本件特許発明1の「防眩光学要素」に相当する。 イ 一致点及び相違点 (ア)一致点 本件特許発明1と甲9図6発明は,次の構成で一致する。 「 防眩光学要素。」 (イ)相違点 本件特許発明1と甲9図6発明は,以下の点で相違する。 (相違点1) 本件特許発明1の「防眩光学要素」は,「透明基材からなる,単層の又は偏光素子を有する複層の光学要素であって,前記透明基材に,特定波長吸収色素を紫外線吸収剤とともに含有させて,前記特定波長吸収色素は,テトラアザポルフィリン化合物を含」むものであるのに対して,甲9図6発明の各「フィルター」は,このような特定がされていない点。 すなわち,甲9には,レンズ及び特定波長吸収色素の材料に関する明示的な記載がないため,甲9図6発明の各「フィルター」の,レンズ及び特定波長吸収色素が何か,判らない点。 (相違点2) 本件特許発明1の「防眩光学要素」は,「分光光度計にて測定された透過率曲線(以下「透過率曲線」)において,透過率曲線の450?500nmおよび550?630nmの各波長域に第一バレー極小および第二バレー極小をそれぞれ備え,400?700nmの波長域における全体平均透過率が35%以上であり,また,前記第一・第二バレー極小の各透過率が,60%以下であるとともに,各隣接極大透過率と20%以上の差を有し,更に,前記第一・第二バレー極小の各透過率と,各極小波長±20nmにおける透過率差平均が10?50%の範囲にある」のに対して,甲9図6発明の各「フィルター」は,これとは異なる光線透過率のものである点。 ウ 判断 甲9図6発明の各「フィルター」の光線透過率についてみると,450?500nmの波長域には,光線透過率の比較的小さな極小(以下「小さな極小」という。)が,それぞれ看取される。また,これら「小さな極小」は,450?500nmの波長域にあるという点においては,本件特許発明1の「第一バレー極小」と,一応,共通する。 しかしながら,これら「小さな極小」は,いずれも,隣接極大透過率との差が20%未満である。したがって,甲9図6発明の「小さな極小」は,本件特許発明1の「前記第一…バレー極小の…透過率が,…隣接極大透過率と20%以上の差を有し」の要件を満たさない。 そして,甲9図6発明の各「フィルター」は,「赤,緑,青の網膜感度の境界波長のみを狭帯域で吸収してコントラスト感度の向上を図」ることを設計思想とするものである。また,甲9図6発明の各「フィルター」の光線透過率の全体形状からみて,甲9図6発明の「小さな極小」は,甲9図6発明の上記設計思想の意図するものではない,不所望な光線透過率のうねりにすぎないと解するのが相当である。 そうしてみると,甲9図6発明に接した当業者ならば,甲9図6発明の「小さな極小」をより小さくするべく創意工夫することはあるとしても,隣接極大透過率と20%以上の差を有するように大きくするべく創意工夫することはあり得ないというべきである。 以上のとおりであるから,甲9図6発明において,相違点2に係る構成を採用することは,たとえ当業者といえども容易に発明をすることができたということはできない。 本件特許発明2?本件特許発明7について検討しても,同様である。 4 申立の理由2?申立の理由4について 事案に鑑みて,申立の理由4について検討し,次に,申立の理由3について検討し,最後に,申立の理由2について検討する。 (1) 申立の理由4について 「バレー」に関して,本件特許の発明の詳細な説明の段落【0004】には,「「バレー」:透過率曲線の全体波形の要素となる相対的に大きな谷部;短波長側から第一・第二・第三バレーという」と記載されている。 ここで,段落【0004】の記載の「相対的に大きな谷部」という記載は,何に対して「相対的に大きな」なのか,基準が示されておらず,この点において,一応,明確であるとはいえないように解される。 しかしながら,本件特許の特許請求の範囲においては,バレーの大きさが,透過率の絶対値及び隣接極大透過率との差によって,明確に特定されている。すなわち,[A]請求項1においては,「前記第一・第二バレー極小の各透過率が,60%以下であるとともに,各隣接極大透過率と20%以上の差を有し」と記載され,[B]請求項3においては,「前記第一バレー極小の透過率が30%以下であるともに,隣接極大透過率との差が25%以上であり」及び「前記第二・第三バレー極小の各透過率が55%以下であるとともに,隣接極大透過率との差が10%以上であり」と記載され,[C]請求項4においては,「前記第一バレー極小の透過率が30%以下であるともに,隣接極大透過率との差が25%以上であり」及び「前記第二・第三バレー極小の各透過率が55%以下であるとともに,隣接極大透過率との差が5%以上であり」と記載されている。そればかりか,本件特許の特許請求の範囲においては,バレーが含まれる波長域,及び極小波長における透過率と極小波長±20nmにおける透過率の差の大きさについても特定されている。 そうしてみると,本件特許の特許請求の範囲の記載からは,特許請求の範囲に記載された要件を満たすバレーについて,短波長側から,第一,第二及び第三バレーと特定した構成が明確に理解されるから,本件特許発明は明確である。 (2) 申立の理由3について ア 発明の詳細な説明の記載 光学要素を構成する成分について,本件特許の発明の詳細な説明には,以下のとおり記載されている。 (ア)段落【0043】 「本実施形態の防眩レンズは,射出成形法又は図3に示すような注型成形法で成形する。」 (イ)段落【0044】 「防眩レンズ形成材である透明基材としての透明合成樹脂材料としては,例えば,エピスルフィド系樹脂,チオウレタン系樹脂,ウレタン系樹脂,チオウレア系樹脂,ウレア系重合組成物,エポキシ系樹脂,アクリル系樹脂,ナイロン系樹脂,ポリカーボネート系樹脂,ポリアミド系樹脂,サルファイド系樹脂,等から,適宜選択する。」 (ウ)段落【0076】?【0078】 「テトラアザポルフィリン化合物としては,特許文献1に記載の前述の構造式(1)や,特開2003-211847号等で記載されている下記構造式(5)で示されるものを,好適に使用可能である。 【0077】 【化5】 【0078】 〔式中,環A,B,C,D,A',B',C',D'はそれぞれ独立してピロール環の2つのβ位に形成された縮合芳香族環を表し,置換基を有していてもよい。Mは3価の金属原子と1個の水素原子,あるいは4価の金属原子を表す。環A,B,C,Dの各環の各置換基は連結基を介して環A,B,C,Dの各環の各置換基および/または環A',B',C',D'の各環の各置換基とそれぞれ結合していてもよい。〕」 (エ)段落【0080】 「紫外線吸収剤としては,慣用のものを使用できる。例えば,ベンゾフェノン系,ジフェニルアクリレート系,立体障害アミン系,サリチル酸エステル系,ベンゾトリアゾール系,ヒドロキシベンゾエート系,シアノアクリレート系,ヒドロキシフェニルトリアジン系,等を挙げることができる。」 (オ)段落【0087】 「偏光素子を利用する場合は,偏光度が80%以下(望ましくは70%以下)のものを使用することが望ましい。」 イ 判断 まず,前記(1)で述べたとおり,本件特許発明は,明確である。 次に,前記ア(ア)及び(イ)の記載からも理解できるとおり,本件出願時の当業者において,プラスチックレンズの材料及び製造方法は,周知技術である。また,前記ア(ウ)及び(エ)の記載からも理解できるとおり,本件出願時の当業者において,プラスチックレンズに使用可能なテトラアザポルフィリン化合物等の特定波長吸収色素,及び紫外線吸収剤も,周知技術である。さらに,前記ア(オ)の記載からも理解できるとおり,本件出願時の当業者において,プラスチックレンズに使用可能な偏光素子も周知技術である。 そして,本件特許発明の透過率曲線は,プラスチックレンズ中に含める特定波長吸収色素の種類及び分量を適宜選択することにより,容易に実現可能なものである。すなわち,色素は,通常,その吸収波長や吸光度等の物性値とともに公知となっているから,当業者ならば,本件特許発明を実施するに際して,所望の色素を容易に取捨選択することができ,また,分量を見積もることもできる。 そうしてみると,本件出願時の当業者は,本件特許発明の防眩光学要素を作ることができ,かつ,本件特許発明の防眩光学要素を使用できることができるから,本件特許の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件特許発明の防眩光学要素を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものである。 (3) 申立の理由3について ア 発明の詳細な説明の記載 本件特許発明の背景技術及び発明が解決しようとする課題に関して,本件特許の発明の詳細な説明には,以下のとおり記載されている。 (ア)「【技術分野】 【0001】 本発明は,防眩光学要素に関する。特に,眼鏡用プラスチックレンズとして好適な発明に係る。 【0002】 ここでは,プラスチックレンズを例に採り説明するが,これに限られるものではない。 即ち,本発明に係る防眩光学要素は,プラスチックレンズに限らず無機ガラスレンズ,更に,サンバイザー,スキーゴーグル,自動車や住宅用の窓ガラス,飛行機やオートバイ風防ガラス,ディスプレー用フィルターカバー,照明機器用カバー等にも適用できる。 【0003】 眼鏡として使用する場合は,防眩や有害光線の遮断を目的として,ゴルフ,サイクリング,釣り,ヒッチハイク,ウォーキング,ドライブ,買い物,洗濯物干し等の屋外使用や,パソコンや携帯画面の視認時や就寝前における屋内使用に好適である。 【0004】 なお,本願明細書・特許請求の範囲における各用語の意味は下記の如くである。 「透過率曲線」:分光光度計で測定した波長に対応する透過率の波形曲線, 「バレー」:透過率曲線の全体波形の要素となる相対的に大きな谷部;短波長側から第一・第二・第三バレーという, 「隣接極大波長」:バレーの左側における最初の極大に対応する波長, 「隣接極大透過率」:隣接極大波長における透過率。 【背景技術】 【0005】 人間の眼は,明順応状態の視覚(明所視)では,555nm付近(標準比視感度曲線の中心波長)(510?600nm)の光を最も明るく感じ,暗順応状態の視覚(暗所視)では,507nm付近(472?542nm)の光を最も明るく感じる。従って,上述した波長域の光が人間の眼には眩しく感じる。 【0006】 そこで,まぶしさを防ぐためには,上述した波長の光をカットすればよい。 【0007】 しかし,夏の海岸や冬のスキー場などでまぶしさを防ぐためには,一般にサングラス等の着色レンズを使用した眼鏡を着用する。かかる着色レンズでは,全波長域の光が一様にカットされてしまうので光量不足(視野が暗い)となるという問題がある。 【0008】 ところで,特定波長吸収色素を用いると,人間の眼にまぶしく感じる波長域で特に強い波長域(570?600nm)のみを選択的に吸収できる。」 (イ)「【発明が解決しようとする課題】 【0021】 しかし,昨今,目の健康上の見地から,防眩性能の向上に加え,紫・青色の青色系波長域(400?500nm)のカットが要求されるようになってきた。 【0022】 事実,晴れにおける400?500nmの青色系波長域における強度は,他の波長域に比して格段に高い(図1参照)。図1は,出願人の従業者が,下記条件で測定し,波長に対して,晴れの日の最大値を1とした基準において相対強度(%)を表示したものである。 【0023】 測定日:2010年9月22日(晴れ),同年9月24日(曇り) 測定場所:愛知県豊橋市 測定機器:分光放射計FieldSpec3(米国ASD社製) 測定方法:北側窓から天空に向けて計測 【0024】 そして,400?500nmの青色光が目に与える影響(いわゆる青色ハザード)について,メディアで下記のような問題点が報じられている。 1.まぶしさを感じる 2.青色光網膜傷害 ⇒目にダメージ 3.覚醒効果 ⇒朝あびると目が覚める 4.睡眠物質の抑制 ⇒夜あびると眠れない 5.体内時計が遅れる ⇒眠れないため時計がずれる 6.像がぼけて見える ⇒色収差のため青色光は太陽光のほか,パソコン(PC), 携帯電話,TV, LED照明などから放射されており,とくに青色を強く放射しているディスプレーを見続けることの悪影響がある。 …(省略)… 【0032】 こうして,眩しさを与え易い波長域の透過率を低くすることにより,防眩性能は向上する。しかし,バレー透過率が低すぎたり,該バレーがシャープであったりすると,バレー極小波長の発光色と近傍波長の発光色との照度差が大きくなって,バレー極小波長の発光色の認識が困難となったり,該発光色が照明色の場合,視野が暗くなったりするおそれがある。 【0033】 例えば,黄色光の中心波長が580nmであるのに対し黄赤(橙)色光の中心波長は600nmである(斉藤勝裕著「ブルーバックス 光と色彩の科学」2010年,講談社,p96図4-3)。このため,防眩効果を高めるため黄色光の透過率を低くすると,これに伴って橙色の透過率も低下して,ナトリウムランプの照明の中心波長(589nm)がレンズを透過せず,視野が暗くなるおそれがある(特許文献2段落0003参照)。 【0034】 本発明は,上記にかんがみて,眼鏡レンズ等に適用した場合,優れた防眩性能とともに,目の保護の観点から優れ,且つ,視認性も確保し易い防眩光学要素を提供することを目的とする。 【0035】 本発明の他の目的は,更に,短波長側可視光域(400?550nm)をカットでき,目の健康の見地からも望ましい防眩光学要素を提供することを目的とする。」 イ 判断 前記アからみて,本件特許発明が解決しようとする課題は,前記段落【0034】及び【0035】に記載されたとおりの,「眼鏡レンズ等に適用した場合,優れた防眩性能とともに,目の保護の観点から優れ,且つ,視認性も確保し易い防眩光学要素を提供すること」,更に,「短波長側可視光域(400?550nm)をカットでき,目の健康の見地からも望ましい防眩光学要素を提供すること」にあるといえる。 また,前記段落【0001】?【0033】の記載に接した当業者ならば,本件特許発明が解決しようとする課題は,防眩光学要素の透過率曲線を適切に設定することにより解決可能であると理解できる。 そうしてみると,本件特許発明は,発明の詳細な説明において,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲内のものである。 なお,前記(2)で述べたとおり,当業者ならば,プラスチックレンズ中に含める特定波長吸収色素の種類及び分量を適宜選択することにより,本件特許発明の防眩光学要素を実施することができる。 したがって,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載したものである。 5 まとめ 以上のとおりであるから,特許委異議の申立の理由及び証拠によっては,本件特許を取り消すことはできない。 また,他に本件特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって,結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2017-05-08 |
出願番号 | 特願2011-211458(P2011-211458) |
審決分類 |
P
1
651・
537-
Y
(G02C)
P 1 651・ 121- Y (G02C) P 1 651・ 536- Y (G02C) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 濱野 隆 |
特許庁審判長 |
鉄 豊郎 |
特許庁審判官 |
中田 誠 樋口 信宏 |
登録日 | 2016-08-12 |
登録番号 | 特許第5985167号(P5985167) |
権利者 | 伊藤光学工業株式会社 |
発明の名称 | 防眩光学要素 |
代理人 | 赤座 泰輔 |
代理人 | 飯田 昭夫 |
代理人 | 村松 孝哉 |
代理人 | 上田 千織 |
代理人 | 安藤 敏之 |
代理人 | 江間 路子 |