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審決分類 審判 全部無効 1項3号刊行物記載  A01K
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A01K
審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A01K
審判 全部無効 2項進歩性  A01K
管理番号 1328457
審判番号 無効2016-800001  
総通号数 211 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-07-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2015-12-28 
確定日 2016-11-28 
事件の表示 上記当事者間の特許第3292366号発明「魚釣用スピニングリール」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯

平成 8年 9月 9日:優先権主張の基礎となる先の出願
(特願平8-237986号)
平成 9年 3月31日:本件出願(特願平9-80933号)
平成14年 3月29日:設定登録(特許第3292366号)
平成27年12月28日:本件審判請求
平成28年 3月22日:被請求人より答弁書提出
平成28年 5月 2日:審理事項通知(起案日)
平成28年 6月16日:請求人より口頭審理陳述要領書提出(同年6月17日受付)
平成28年 6月30日:被請求人より口頭審理陳述要領書提出
平成28年 7月14日:口頭審理
平成28年 7月19日:請求人より上申書提出(同年7月20日受付)
平成27年 8月 9日:被請求人より上申書提出
平成27年 8月30日:請求人より上申書提出(同年8月31日受付)


第2 本件特許発明

本件特許の請求項1ないし4に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明4」といい、まとめて「本件発明」という。)は、特許明細書の特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された事項により特定される次のとおりのものと認められる。

[請求項1]
ハンドルの回転に連動回転するアイドルギヤの一側面に突起をその周縁部に形成すると共に、当該突起を、先端にスプールを有するスプール軸の後端側に取り付けられたオシレートスライダーのオシレート溝に係合させて、ハンドルの回転をスプールの前後方向への往復動に変換させるオシレート機構を備えた魚釣用スピニングリールに於て、
上記オシレート溝を、その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成したことを特徴とする魚釣用スピニングリール。

[請求項2]
オシレート溝の傾斜部からストレート部への突起の移行時は、スプールの前後方向への往復動の切換点であることを特徴とする請求項1記載の魚釣用スピニングリール。

[請求項3]
オシレート溝の傾斜部の溝幅を、ストレート部の溝幅より幅狭としたことを特徴とする請求項1又は請求項2記載の魚釣用スピニングリール。

[請求項4]
オシレート溝に係合するアイドルギヤの突起を、傾斜部への係合時に当該傾斜部と直交する方向が長軸となる楕円形状に形成したことを特徴とする請求項1又は請求項2記載の魚釣用スピニングリール。


第3 当事者の主張

1 請求人の主張
請求人は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された発明についての特許を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求め、証拠として、甲第1号証ないし甲第13号証の5を提出し、以下の無効理由を主張した。

<主張の概要>

無効理由1(新規性欠如)
本件発明1及び2は、甲第1号証の1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。よって、本件特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきものである。

無効理由2(新規性欠如)
本件発明1及び2は、甲第2号証の1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。よって、本件特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきものである。

無効理由3(進歩性欠如)
本件発明1及び2は、甲第1号証の1に記載された発明、及び、甲第2号証の1、甲第3号証、甲第5号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。よって、本件特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきものである。

無効理由4(進歩性欠如)
本件発明1及び2は、甲第4号証に記載された発明、及び、甲第1号証の1、甲第2号証の1、甲第3号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。よって、本件特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきものである。

無効理由5(進歩性欠如)
本件発明1及び2は、甲第3号証に記載された発明、及び、甲第1号証の1、甲第2号証の1、甲第4号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。よって、本件特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきものである。

無効理由6(進歩性欠如)
本件発明1及び2は、甲第2号証の1に記載された発明、及び、甲第1号証の1、甲第3号証、甲第4号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。よって、本件特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とされるべきものである。

無効理由7(サポート要件違反)
本件発明1ないし4は、発明の詳細な説明に記載したものでないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たさない。よって、本件特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とされるべきものである。

無効理由8(実施可能要件違反)
本件特許の発明の詳細な説明には、当業者が本件発明1ないし4を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たさない。よって、本件特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とされるべきものである。

無効理由9(明確性要件違反)
本件発明1ないし4は明確でないから、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たさない。よって、本件特許は同法第123条第1項第4号に該当し、無効とされるべきものである。

<具体的理由>

(1)無効理由1について
ア 甲第1号証の1に記載された発明

「a1 ハンドル(5)の回転に連動回転し、その一側面の周縁部にピン(18)が形成されている歯車(10)と、
a2 端部支点(16)の周りを揺動し、非直線形状のスロット(19)が形成されたレバー(15)であって、該レバー上を長手方向に自在に摺動する摺動パッド(17)を介して先端にスプールを有するスプールシャフトの後端側に連結されているレバー(15)とを有し、
a3 該歯車(10)に形成された該ピン(18)は、該レバー(15)の非直線スロット(19)に該スロット内を移動可能に係合して、ハンドルの回転をスプールの前後方向への往復動に変換させる、スライダクランク機構を備えた投げ釣り用スピニングリールに於いて、
b 上記非直線スロットを、その中間部に設けられ、スプールシャフトの前後方向へ傾斜する傾斜接続部分(傾斜平面)と、この傾斜接続部分(傾斜平面)の両端側から延設したストレート形状の長手方向延長部とで形成した、投げ釣り用スピニングリール」
(口頭審理陳述要領書18頁4行ないし17行)

イ 本件発明1と甲第1号証の1に記載された発明との対比

(ア)本件発明1は、構成要件1において「スプール軸の後端側に取り付けられたオシレートスライダー」と特定されているのに対して、甲第1号証の1に記載する発明は、端部支点(16)の周りを揺動するレバー(15)が、該レバー上を長手方向に自在に摺動する摺動パッド(17)を介してスプールシャフトの後端側に連結されている点で一応相違する(相違点1)。
(口頭審理陳述要領書20頁末行ないし21頁5行)

(イ)本件発明1はまた、オシレート溝を形成する「ストレート部」が、「この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部」に限定されているのに対して、甲第1号証の1に記載する発明は、長手方向延長部がスプール軸方向に対してどのような位置関係で配置されるかについて明示の記載が無い点で一応相違する(相違点2)。
(口頭審理陳述要領書21頁6行ないし10行)

ウ 相違点1について
(ア)本件特許の請求項1に記載する「取り付けられた」は、「備え付けられた」と同義であり、「スプール軸の後端側に取り付けられたオシレートスライダー」との発明特定事項は、スプール軸の後端側に固着されているオシレートスライダーのみならず、摺動、又は回動可能な状態など、種々の態様でスプール軸の後端側に備え付けられているオシレートスライダーを包含し、スプール軸に直接備え付けられている場合のみならず、摺動、又は回動可能とするためのパッドなど、他の部材を介して備え付けられている場合も包含するので、相違点1は実質的な相違点ではない。
(口頭審理陳述要領書21頁12行ないし末行)

(イ)「取り付けられた」は、特許公報の特許請求の範囲での用語法を見ても、釣用リールを含む広い分野で、固着より広い意味で用いられており、極一部の例を挙げると以下の通りである。
「摺動体が取り付けられたスプール軸」特許5330971(甲13号証の1)
「回転可能に取り付けられたスプール」特許4913307(甲13号証の2)
「取り付けられたローター」特許4090046(甲13号証の3)
「取り付けられた摺動体」特許3955809(甲13号証の4)
「摺動可能に取り付けられた」特許3921128(甲13号証の5)
(平成28年7月19日付け上申書3頁10行ないし17行)

エ 相違点2について
(ア)甲第1号証の1に開示するレバー(15)は、レバー(15)の揺動動作の中間位置では、2つの長手方向延長部(21及び22)はスプール軸に対して直交する。揺動動作の全体を考えた場合、この中間位置での部材間の関係が基本的な姿態であり、そこから上下に揺動すると、レバー(15)はスプールシャフトに対して直交の状態を中心として一定範囲の角度で位置すると理解できる。従って、「その中間部に設けられ、スプールシャフトの前後方向へ傾斜する傾斜接続部分(傾斜平面)と、この傾斜接続部分(傾斜平面)の両端側からスプール軸と直交または略直交する上下方向へ延設したストレート形状の長手方向延長部とで形成」された非直線スロットは、甲第1号証の1に記載されているので、相違点2は実質的な相違点ではない。
なお、被請求人は、「スプール軸と略直交する」を「2つのストレート部が同一直線上にない状態で平行に設けられている」と解釈しており、このような解釈によれば「略直交」によって規定される角度の範囲は、非常に広い範囲になることが想定され、上下運動の上端及び下端に位置する揺動レバーの長手方向延長部(21及び22)も、当然に、スプールシャフトに「略直交」することになるはずである。
(口頭審理陳述要領書22頁2行ないし末行)

(イ)「略直交」及び「傾斜」は、一定の範囲の角度を意味する用語と理解でき、これには、一定の範囲で角度が変動する態様も含むと解釈し得る。
(平成28年7月19日付け上申書3頁下から4行ないし下から2行)

(2)無効理由2について
ア 甲第2号証の1に記載された発明

「ハンドクランク(8)の回転に連動回転する歯車(11)の一側面にカムスタッド(13)を回転軸(12)からずらしてその周縁部に設けると共に、該カムスタッド(13)を、先端にスプール(1)を有するスピンドル(2)の後端側に取り付けられたガイド部品(15)のガイドスロット(14)に該スロット内を摺動可能に入れて、該カムスタッド(13)により該ガイド部品(15)を変位させて、該ハンドクランク(8)の回転を該スプール(1)の前後方向への往復動に変換させる機構を備えた釣り用リールに於て、
該ガイドスロット(14)を、細長いS字形状を有し、このS字の長手方向が、ストローク方向(スピンドルの軸方向)に対してある角度(非ゼロ角)を有しており、中央部分(図6の25及び29で示される部分)は、S字の長手方向(スピンドルの軸方向(26)に対して直交する方向)に対して傾斜し、この中央部分から他の部分に推移する位置(図6のB及びDで示される位置)で、スプールの往復動が反転する釣り用スピニングリールに関する発明」であって、「ガイドスロット(14)を形成する側壁(14’14’’)を直線的にしたもの。」
(口頭審理陳述要領書32頁12行ないし33頁7行)

イ 本件発明1と甲第2号証の1に記載された発明との対比
本件発明1は、「上記オシレート溝を、その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成した」との構成要件を有するのに対して、甲第2号証の1に記載の発明は、細長いS字形状を有するガイドスロット(14)を形成する側壁(14’14’’)を直線的にすることを開示するが、側壁をどのように直線的にするかについて明示がない点で一応相違する。
(口頭審理陳述要領書33頁下から2行ないし34頁5行)

ウ 相違点について
甲第2号証の1は、図3に示すガイドスロットを「直線的なガイドスロット」と説明し(第4カラム第35行から第37行、訳文の第7頁最終段落第1行及び第2行)、「側壁14’14’’は、直線的であってもよく」の記載は、その後、接続詞「又は」に続き「・・・エッジ又は角などの急な移行を回避する、・・・弧形状であってもよい」との文が記載され、側壁14’14’’を直線的にする場合、エッジ又は角などの急な移行が想定されていると理解でき、スピンドルの軸方向に傾斜する中央部分から他の部分に推移する位置(図6のB及びDで示される位置)で、スプールの往復動が反転する形状とすることが開示されていることから、側壁14’14’’全体を直線的にすると共に、スピンドルの軸方向に傾斜する中央部分とその両端に存在する部分とで異なる直線の側壁で構成し、中央部分から他の部分に推移する位置は、スプールの往復動が反転する位置(図6のB及びDに相当する位置)となるクランク形状とすることが理解できる。従って、このようなクランク形状を有するガイドスロット(14)も甲2号証の1に記載されているに等しい事項である。
ここで、図6のS字状のガイドスロット(14)を上述したようにクランク形状とした場合、図6の28及び31で示す領域の延伸方向は、スピンドルの軸方向(26)に対して直交しない。しかしながら、被請求人は、本件特許の請求項1に記載する「スプール軸と略直交する・・・ストレート部」を「2つのストレート部が同一直線上にない状態で平行に設けられている」と同義と解釈しており、この解釈によれば「略直交」とは90度を含む広範囲の角度を規定することになる。また、甲2号証の1に開示されているクランク形状の中央部分の両端から延伸する各端部の全体を代表するスピンドルの軸方向(26)に対する傾斜角はαよりずっと90度に近くなるはずである。これらを踏まえると、当該各端部の全体を代表するスプールのストロークの方向(26)に対する傾斜角は、本件発明1の「略直交」に包含される。
よって、上記相違点は実質的な相違点ではない。
(口頭審理陳述要領書34頁6行ないし35頁8行)

(3)無効理由3について
ア 周知慣用技術
例えば、米国特許第5350131号明細書(甲第2号証の1)及び特開平8-154543号公報(甲第3号証)に記載する通り、非直線スロットを有するスライダーがスプール軸に固着されて一緒に前後運動する機構は、本件特許の優先日当時には周知慣用技術であり、釣り用リールでは一般的に採用されている機構であった。
(審判請求書30頁下から2行ないし31頁3行)

イ 甲第1号証の1に記載された発明に対する、周知慣用技術の適用
(ア)適用の動機
a 甲第2号証の1、甲第5号証に記載の通り、同じオシレート溝のオシレートスライダーが、ピボット動作を伴うオシレート機構とスライダーがスプール軸に固着されて一緒に前後運動する機構の何れでも使用されていた。
従って、この技術分野の当業者であれば、甲第1号証の1に記載するピボット動作による機構を、甲第2号証の1及び甲第3号証に記載するスライダーがスプール軸に固着されて一緒に前後運動する機構に置き換えることを容易に想起する。
(審判請求書31頁4行ないし12行)

b ハンドルの回転をスプールの前後方向への往復動に変換させるオシレート機構において、スプール軸にスライダーを固着する構造は、本件特許の優先日当時においても最も普及し、このような構造を採用する強い動機付けが存在していた(甲第10号証の「1 スライダーがスプール軸に固着されて一緒に前後動する機構が開示されている先行技術文献」)。
また、オシレート溝が、I字型、S字型、及びC字型のオシレート溝、その他いずれの場合でも、ピボット動作を伴うオシレート機構とスライダーがスプール軸に固着されて一緒に前後運動する機構の両方の先行技術が存在していた(甲第10号証の「2 オシレート溝の形状等が同一で、スライダーの動作に関する機構が相違する先行技術文献の組み合わせ」の(A)?(D))。
従って、この技術分野の当業者であれば、甲第1号証の1に記載するピボット動作による機構を、多数の先行技術文献に記載するスライダーがスプール軸に固着されて一緒に前後運動する機構に置き換えることを容易に想起するはずである。
(口頭審理陳述要領書39頁16行ないし40頁4行)

(イ)適用の際に採用する構成
スライダーをスプール軸に固着する際には、甲第1号証の1、図3の「H」で示される矢印の方向の上下運動の中間点の状態が揺動レバーの基本的姿態と理解し、長手方向延長部がH方向に対して直交する状態で、スライダーをスプール軸に固着するのが自然である。
(審判請求書31頁13行ないし16行)

ウ 被請求人の上記イ(ア)aへの反論に関する主張
甲5号証には、「ピン溝はS字形に形成されている」との記載があるだけで(段落0013)、特に非対称とすることを意図する記載は無い。特許公報の図面は、概略を示すものとして一般的に理解されるので、甲5号証には、ピン溝をS字形に形成することが開示されているとするのが相当である。仮に、両者(甲2公報に記載のガイドスロット14と、甲5公報に記載の第1ピボットアーム80のピン溝86)の形状が異なったとしても、それは、上記置換の阻害要因にはならない。結局の所、従来から両置換がなされていたことは動かせない事実であり、仮に両機構の相違によりスロット形状を修正することが認識されていたとしても、当業者は、そのような修正をして両機構間の置換をするだけであり、置換をしないとの結論には至らない。両機構の相違により特定のスロット形状で規制する動作に多少の影響があったとしても、スロット形状で規制する基本的動作には違いは無いのであり、当業者は容易に両者間の置換を想起するはずである。
(口頭審理陳述要領書40頁下から5行ないし41頁7行)

(4)無効理由4について
ア 甲第4号証に記載された発明

「ハンドル1の回転に連動回転する駆動ギヤ9の一側面に、駆動ピン11をその先端係合部11Bを駆動ギヤ9の歯部底径よりも大径位置に設定して突設すると共に、当該駆動ピン11を、先端にスプール5を有するスプール軸6の後端側に取り付けられた被動体10の係合長溝10Aに係合させて、ハンドル1の回転をスプール5の前後方向への往復動に変換させるオシレーティング機構を備えたスピニングリールに於て、前記係合長溝10Aが、前記スプール軸6に直交する方向に真っすぐ延伸している、スピニングリール」
(口頭審理陳述要領書48頁2行ないし9行)

イ 本件発明1と甲第4号証に記載された発明との対比
本件発明1は、「上記オシレート溝を、その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成した」のに対して、甲第4号証に記載する発明は、「係合長溝10Aが、前記スプール軸6に直交する方向に真っすぐ延伸している」点で異なる。
(口頭審理陳述要領書49頁7行ないし12行)

ウ 相違点について
(ア)甲第4号証に記載された発明の「係合長溝」について、甲第3号証の記載に照らせば、スプール前後動のストロークを確保するために連動歯車を大型化する必要があるとの課題が存在し、甲第2号証の1の記載に照らせば、巻取り部の端部領域で巻き取り量が多くなり、「まとわりつき」の問題などを生じるとの課題が存在していた。
(口頭審理陳述要領書56頁13行ないし末行)

(イ)甲第10号証の「2 オシレート溝の形状等が同一で、スライダーの動作に関する機構が相違する先行技術文献の組み合わせ」の(A)?(D)において機構毎に挙げられている先行技術文献に示すように、同じオシレート溝のオシレートスライダーが、ピボット動作を伴うオシレート機構とスライダーがスプール軸に固着されて一緒に前後運動する機構の何れでも使用されていた。
(口頭審理陳述要領書57頁15行ないし19行)

(ウ)上記(イ)を踏まえれば、上記(ア)の課題を解決するために、甲第1号証の1に開示する投げ釣り用スピニングリールの非直線スロット、又は甲第2号証の1で教示されるクランク形状のガイドスロットで、甲第4号証に記載された発明の「係合長溝」を置換することは容易に想到する。
(口頭審理陳述要領書57頁下から6行ないし58頁4行)

(5)無効理由5について
ア 甲第3号証に記載された発明

「ハンドル7の回転に連動回転する連動歯車25の一側面に偏芯凸部25aをその周縁部に設けると共に、当該凸部25aを、先端にスプール5を有するスプール軸17の後部に取り付けられた摺動子33の係合長溝33aに係合させて、ハンドル7の回転をスプール5の前後方向への往復動に変換させるスプール前後動機構を備えた魚釣用スピニングリール1に於て、前記係合長溝33aを、前記スプール軸17に対して所定角度傾斜させたことを特徴とする魚釣用スピニングリール1」
(口頭審理陳述要領書61頁7行ないし13行)

イ 本件発明1と甲第3号証に記載された発明との対比
本件発明1は、「上記オシレート溝を、その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成した」のに対して、甲第3号証に記載する発明は、「前記係合長溝33aを、前記スプール軸17に対して所定角度傾斜させ」ている点で異なる。
(口頭審理陳述要領書62頁4行ないし9行)

ウ 相違点について
(ア)甲第3号証に記載された発明の「係合長溝」について、甲第2号証の1の記載に照らせば、巻取り部の端部領域で巻き取り量が多くなり、「まとわりつき」の問題などを生じるとの課題が存在していた。
(口頭審理陳述要領書62頁下から2行ないし63頁5行)

(イ)甲第10号証の「2 オシレート溝の形状等が同一で、スライダーの動作に関する機構が相違する先行技術文献の組み合わせ」の(A)?(D)において機構毎に挙げられている先行技術文献に示すように、同じオシレート溝のオシレートスライダーが、ピボット動作を伴うオシレート機構とスライダーがスプール軸に固着されて一緒に前後運動する機構の何れでも使用されていた。
(口頭審理陳述要領書63頁下から5行ないし末行)

(ウ)上記(イ)を踏まえれば、上記(ア)の課題を解決するために、甲第1号証の1に開示する投げ釣り用スピニングリールの非直線スロット、又は甲第2号証の1で教示されるクランク形状のガイドスロットで、甲第3号証に記載された発明の「係合長溝」を置換することは容易に想到する。
(口頭審理陳述要領書64頁1行ないし11行)

(6)無効理由6について
仮に、本件発明1と甲第2号証の1に記載の発明が上記(2)に記載した相違点、又は、合議体が暫定的な見解として示した相違点で相違するとしても、甲第1号証の1に開示する投げ釣り用スピニングリールの非直線スロットの基本的姿態(上下動の中間位置の姿態)、並びに甲第4号証に記載するスピニングリールの「係合長溝」、及び甲第3号証に記載する魚釣用スピニングリールの「係合長溝」の配置、さらには、それらの技術的意義に照らし、(甲第2号証の1に記載の発明において、)スロットの中央部分は、スプールのストロークの方向へ傾斜され、その両端側から延設されている両端部分は、スプール軸と直交する上下方向に伸長させる配置とすることを当業者は容易に想到し得る。
(口頭審理陳述要領書43頁14行、44頁2行ないし9行)

(7)無効理由7について
ア 本件発明1ないし4について
請求項1乃至4の記載によれば、本件発明1乃至4による魚釣用スピニングリールのオシレート溝は、傾斜部の形状(例えば、ストレート形状かアーチ形状等の湾曲形状かなど)、傾斜部とストレート部の接合形態(例えば角を形成する接合形態であり、一方の部分から他方の部分に直ぐに移行するか、湾曲した接合形態であり、一方の部分から他方の部分に徐々に移行するかなど)、及び傾斜部とストレート部の比率について特に限定は無く、上記の請求項1、3及び4の記載によれば、本件発明1、3及び4による魚釣用スピニングリールのオシレート溝は、傾斜部からストレート部へ、又はその逆へと移行する位置と、スプールの前後運動の切り換え点との対応関係について特に限定は無いと解釈される。
(審判請求書52頁6行ないし14行)

イ 本件発明の課題
(ア)本件発明は、特開平8-154543号公報(甲第3号証)に記載のリールのようにリールを大型化せずに糸巻容量の増加を可能としながらも、同公報及び米国特許第5350131(甲第2号証の1)等に記載のリールが有する糸巻面の前後端部で膨らみ、中央部での凹むといった糸巻状態の問題を改善した魚釣用スピニングリールを提供することを解決課題にし、特に、米国特許第5350131号明細書(甲第2号証の1)等の、オシレート溝を略S字状に成形して、オシレートスライダーを等速度運動させることを指向したスピニングリールでは、糸巻状態をある程度改善するものの、スプールの往復動の切換時に、アイドルギヤの所定角度の回転に対しオシレートスライダーの変位量が依然として他の区間に比し少なく、糸巻面の前、後端部近傍で釣糸が多く巻かれ、その一方で、糸巻面中央部に対応する位置でオシレートスライダーは最速となり、糸巻面の中央部に於ける糸巻量が減少することとなるという問題を解決するものとして位置付けられるものである。
(審判請求書52頁下から6行ないし53頁6行)

(イ)被請求人は、糸巻面中央部に対応する位置でオシレートスライダーは最速となり、糸巻面の中央部に於ける糸巻量が減少することとなるという問題を解決する事のみを本件発明1の解決課題とするが、この問題は甲第2号証の1に記載する発明で既に解決済みであることは、同明細書の図8の記載並びに請求人が検証したデータ(甲第7号証の1?3)から明らかであり、本件発明の課題と認めることはできず、甲第2号証の1に記載する発明の改良と位置付けられる本件発明の課題は、甲第2号証の1に記載する発明の更なる改善、本件特許明細書によれば、急激な切換えや不連続な変化を達成して、スプールの前後方向ヘの往復動の切換をより迅速に行なうことと解される。
(口頭審理陳述要領書67頁14行ないし19行、69頁11行ないし15行)

(ウ)甲第7号証の1は、具体的に形状が特定されたS字状のスロットが「往復道の最速点が糸巻面の中央部で一致しない」との作用効果を奏するという事実を客観的に実証している。
(平成28年8月30日付け上申書8頁5行ないし8行)

(エ)本件特許の図20をみると、b’及びc’間がc’及びd’間より幅が広く、b’及びc’間の方が速度が大きいと理解できる。従って、本件特許の段落0010の「N’点、P’点でオシレートスライダーが最速となる」との記載は、図20と整合せず、むしろ、本件特許の図20からも甲第2号証の1に開示されているS字状のスロットが「往復動の最速点が糸巻面の中央部で一致しない」との作用効果を奏することが理解できる。
(平成28年8月30日付け上申書8頁下から6行ないし末行)

ウ 本件発明と本件発明の課題を解決する手段との対応関係について
(ア)本件発明の作用として、「スプールが早く移動してその両端部側に多くの釣糸が巻き取られることがなくなる」と記載されているが、この作用又は効果は、請求項2に記載する「突起がオシレート溝の傾斜部からストレート部へ移行するとき、スプールの前後方向の往復動が切り換わる」との構成を備えるリールに関するものである。
(審判請求書57頁2行ないし7行)

(イ)本件特許明細書の記載によれば、傾斜部が湾曲した形状で、両端のストレート部に緩やかに移行したのでは、スプールの往復動の切換が速やかに行われず、更に切り換え後の動作も速やかに行なわれないため、スプールの両端での糸巻量が多くなる問題は解消しないのであり、湾曲した形状の傾斜部を中間に有し、傾斜部とその両端で接続する部分との接合も湾曲した形状で、両部間の移行が緩やかに進むオシレート溝は上述の問題に対する解決手段を提供しないこととなる。
(審判請求書58頁末行ないし59頁5行)

(ウ)両端にある2つのストレート部のスプール軸方向における間隔、ストレート部と傾斜部との比率、傾斜部の斜度などの条件によっては、上述した本発明の課題を解決し得ないが、本件発明1乃至4にはそのような条件も一切規定されていない。
(審判請求書59頁6行ないし9行)

(8)無効理由8について
上記(7)から明らかな通り、本件発明1乃至4は、ストロークの反転動作の切り換えを速やかに行ない、切り換え後の動作も速やかに行なうことで、糸巻面の糸巻き量を全体として均一にする作用効果を奏するリールを提供するものである。しかしながら、本件発明1乃至4は、全体としてその特有の効果を奏する事が出来ず、有用性を欠く実施形態を包含する。従って、本件発明1乃至4は、いわゆる当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではなく、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たさないものである。
(審判請求書61頁下から5行ないし62頁3行)

(9)無効理由9について
ア 本件発明1には「傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部」の発明特定事項が記載されている。しかしながら、「スプール軸と略直交する」との発明特定事項は、本件特許の発明の詳細な説明及び技術常識を参酌してもその範囲が不明確である。
すなわち、「略直交する」との用語は、それ自体でその技術的意義及び範囲を一義的に理解することはできない。そこで、本件特許の発明の詳細な説明の記載を参酌すると、【0014】に本件発明1と同様の記載がなされ、【0022】で、図2に示すオシレート溝45について、「傾斜部51の両端側からスプール軸15と略直交して上下方向へ夫々ストレート状に形成した2つのストレート部53、55」と説明しているだけであり、「スプール軸と略直交する」との発明特定事項について、その定義や技術的意義について何ら説明がない。「略直交」なる用語の意義及び範囲は、夫々の発明の技術内容に応じて変わるものであり、本発明の属する釣り用リールの技術分野において「略直交」なる用語が一定の意義及び範囲を示すとする技術常識は存在しない。結局、発明の詳細な説明及び技術常識を参酌しても、「スプール軸と略直交する」との技術的意義は理解できず、その範囲も特定できないので、本件発明1は不明確である。また、本件発明2乃至4は、本件発明1に従属し、「スプール軸と略直交する」との発明特定事項を含むので、同様の理由により不明確である。
(審判請求書62頁6行ないし末行)

イ 請求人の主張は、結局、「往復動の最速点が糸巻面の中央部で一致しない」との作用効果を本件発明に特有の作用効果と捉えた上で、「ストレート部」及び「略直交」の意義をこの作用効果を奏する範囲で考えるというものである。
しかしながら、甲第7号証の1で実証した通り、S字形状のスロットでも同様の作用効果を奏するし、一般常識に照らし「大凡90°」の範囲に入り得ない角度(例えば80°、70°など)でも同様の作用効果を奏する。
よって、被請求人の主張する作用効果で、「ストレート部」及び「略直交」の範囲を確定することなど不可能である。
(平成28年8月30日付け上申書11頁下から10行ないし末行)

[証拠方法]
甲第1号証の1:イタリア特許第694177号明細書
甲第1号証の2:甲第1号証の1の訳文
甲第2号証の1:米国特許第5350131号明細書
甲第2号証の2:甲第2号証の1の訳文
甲第3号証:特開平8-154543号公報
甲第4号証:実願平3-71902号(実開平5-21663号)のCD-ROM
甲第5号証:特開平7-255335号公報
甲第6号証:三省堂、「大辞林」の写し[インターネット]http://www.weblio.jp/content/%E5%8F%96%E3%82%8A%E4%BB%98%E3%81%91%E3%82%8B
甲第7号証の1:甲第2号証の1の図6で示すスロットを用いて、本件特許公報の図12と同様に、横軸を回転角、縦軸をオシレート変位量として、5度毎にプロットしたグラフ
甲第7号証の2:甲第2号証の1の図6で示すスロットの両端をスプール軸に対して直交するストレート部としたスロットを用いて、本件特許公報の図12と同様に、横軸を回転角、縦軸をオシレーション変位量として、5度毎にプロットしたグラフ
甲第7号証の3:I字スロットを用いて、本件特許公報の図12と同様に、横軸を回転角、縦軸をオシレーション変位量として、5度毎にプロットしたグラフ
甲第8号証の1:対応米国特許に関する当事者系レビューでの特許権者の応答書の写し
甲第8号証の2:甲第8号証の1の訳文
甲第9号証:甲第1号証の1に記載するオシレート機構の動作説明に基づき作成した図面
甲第10号証:各種オシレート溝又はカムを有するオシレート機構を備えるリールに関する先行技術文献の一覧表
甲第11号証の1の1:米国特許出願公開公報2724563号
甲第11号証の1の2:甲第11号証の1の1の部分和訳
甲第11号証の2:実公昭28-1466号公報
甲第11号証の3:実公昭29-11171号公報
甲第11号証の4:実公昭29-11179号公報
甲第11号証の5:実公昭29-16456号公報
甲第11号証の6:実公昭29-16474号公報
甲第11号証の7:実公昭33-7280号公報
甲第11号証の8:実公昭33-15063号公報
甲第11号証の9:実公昭33-15065号公報
甲第11号証の10:実公昭34-17877号公報
甲第11号証の11:独国特許第1073794号公報
甲第11号証の12:実公昭37-15478号公報
甲第11号証の13:実公昭37-15473号公報
甲第11号証の14:実公昭41-18704号公報
甲第11号証の15:実願昭48-30595号(実開昭49-128794号)のマイクロフィルム
甲第11号証の16:実願昭50-161160号(実開昭52-163592号)のマイクロフィルム
甲第11号証の17:実公昭55-25258号公報
甲第11号証の18:特開昭52-127887号公報
甲第11号証の19:特開昭52-136791号公報
甲第11号証の20:特公昭59-18013号公報
甲第11号証の21:特開昭53-48895号公報
甲第11号証の22:実願昭53-120109号(実開昭55-37327号)のマイクロフィルム
甲第11号証の23:実願昭55-74538号(実開昭56-175068号)のマイクロフィルム
甲第11号証の24:特開昭57-29234号公報
甲第11号証の25:特開昭59-42828号公報
甲第11号証の26:特開昭59-42829号公報
甲第11号証の27:特公平2-5380号公報
甲第11号証の28:特公平2-60295号公報
甲第11号証の29:実願昭57-186482号(実開昭59-90371号)のマイクロフィルム
甲第11号証の30:実願昭57-202467号(実開昭59-105871号)のマイクロフィルム
甲第11号証の31:特開昭59-196025号公報
甲第11号証の32:特公平3-68653号公報
甲第11号証の33:特開昭60-256328号公報
甲第11号証の34:実公平4-684号公報
甲第11号証の35:実願昭59-81205号(実開昭60-191178号)のマイクロフィルム
甲第11号証の36:実願昭59-81206号(実開昭60-191179号)のマイクロフィルム
甲第11号証の37:実願昭59-82732号(実開昭60-194977号)のマイクロフィルム
甲第11号証の38:実願昭59-97730号(実開昭61-12372号)のマイクロフィルム
甲第11号証の39:実願昭63-116556号(実開平2-36973号)のマイクロフィルム
甲第11号証の40:実願平3-106015号(実開平5-53472号)のCD-ROM
甲第11号証の41:特開平4-271740号公報
甲第11号証の42:実願平3-71902号(実開平5-21663号)のCD-ROM
甲第11号証の43:登録実用新案第2570781号公報
甲第11号証の44:登録実用新案第3012426号公報
甲第12号証の1:特開昭59-196026号公報
甲第12号証の2:特許第3111360号公報
甲第12号証の3:米国特許出願公開公報5143318号
甲第12号証の4:特開平5-336865号公報
甲第12号証の5:特公昭56-46377号公報
甲第13号証の1:特許5330971号公報
甲第13号証の2:特許4913307号公報
甲第13号証の3:特許4090046号公報
甲第13号証の4:特許3955809号公報
甲第13号証の5:特許3921128号公報


2 被請求人の主張

被請求人は、本件審判請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とするとの審決を求め、請求人の無効理由に対して以下のとおり反論した。

<主張の概要>

(無効理由に関して)

請求人の主張は理由がなく、本件特許に無効理由は存在しない。

<具体的主張>

(1)無効理由1について
ア 本件発明1と甲1発明とは、少なくとも以下の点で相違する。
[相違点1]
本件発明1のオシレートスライダーは、先端にスプールを有するスプール軸の後端側に取り付けられているのに対して、甲1発明のレバー(15)は、レバー(15)上を長手方向に自在に摺動するパッド状摺動ブロックを介在させることによりスプールシャフト(23)と連結するとともに、端部支点(16)の周りを揺動している点。
[相違点2(甲1発明)]
本件発明1のオシレート溝は、その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成しているのに対して、甲1発明のスロット(19)は2つの長手方向延長部(21)と(22)との間を傾斜部(20)で接続した形状であるが、2つの長手方向延長部(21)と(22)はスプールシャフト(23)とは略直交して延設されたものではない点。
(答弁書6頁下から10行ないし7頁6行)

イ 請求人の提出する辞書(甲6)の意味において,「取り付ける」とは,「機械・器具などを装置する。そなえつける。」という意味であり,その用法として「エアコンを取り付ける」が例示されており,一般的にも固着させる意味に捉えられる。
また,本件発明の構成要件として「オシレートスライダーのオシレート溝」は「その中間部に設けられ,スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と,この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成したこと」を特徴とすることが記載されている。すなわち,スプール軸に「取り付けられた」「オシレートスライダーのオシレート溝」のストレート部等の,スプール軸に対する角度が一定に定まっていることが規定されているのであるから,オシレートスライダーは,スプール軸に対して角度が可変することなく固着されていることは明らかである。
(口頭審理陳述要領書2頁下から6行ないし3頁6行)

(2)無効理由2について
ア 本件発明1と甲2発明とは、少なくとも以下の点で相違する。
[相違点(甲2発明)]
本件発明1のオシレート溝は、その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成しているのに対して、甲2発明のガイドスロット14は、細長いS字形状であり、ガイドスロット14のセグメント20、21に対する接線TA及びTC((1)セグメント20、領域28、第1の反転位置27までのガイドスロット14部分、及び、(2)第2の反転位置30、領域31、セグメント21までのガイドスロット14部分)とスピンドル2と直交する仮想線との角度が45°(又は40°?50°の範囲)である点。
(答弁書13頁下から6行ないし14頁5行)

イ 甲2には、側壁14’14”が直線的であってもよいとの記載があるのみで、その全体を直線的にすることは記載されていない。そのため、側壁14’14”のどの部分をどのように直線的にすれば良いかについて開示も示唆もされていない。
また、甲2において、「歯車11を回転させるときにカムスタッド13によって特定の側壁14’又は側壁14”にわたって、及びガイド部品15によってスピンドル2に与えられる時間当たりのストロークは、セグメント22、22’におけるよりもセグメント20、21において少ない」という効果を発揮するため、側方位置A及びCにおいてセグメント20、21に対する接線TA及びTCの移動方向3-3に対する角度αは、セグメント22、22’(反転位置B及びD)における側壁14’、14”の接線TB及びTDによってなされる角度βよりも小さくする必要があり、好ましいα及びβは、α=40°?50°(図示された実施例では45°)、β=70°?75°(図示された実施例では72.5°)であるとされている。
したがって、仮に、甲2に、請求人のいうところの「クランク形状」のガイドスロットが示唆されていたとしても、その「クランク形状」の両端の「直線的」な側壁14'14"は、移動方向3-3(スプール軸)に対して、40?50°の角度を有することとなり、「スプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部」とはなり得ないことは明らかである。

(3)無効理由3について
ア 甲1発明において、レバー(15)をスプールシャフト(23)に取り付け、端部支点(16)の周りを揺動しない構成に置換するなどした場合、甲1発明の作用効果を発揮しないこととなる。したがって、当業者は、甲1発明に、相違点1及び2に係る構成を採用する動機づけはなく、甲1発明を主引例とする請求人の進歩性の欠如に係る主張は理由がない。
(答弁書15頁下から6行ないし下から2行)

イ 請求人は、甲2及び甲5に記載のとおり、同じオシレート溝のオシレートスライダーが、ピボット動作を伴うオシレート機構とスライダーがスプール軸に固着されて一緒に前後運動する機構の何れでも使用されていたことを根拠に、甲1発明のピボット動作による機構を、甲2及び甲3に記載するスライダーがスプール軸に固着されて一緒に前後運動する機構に置き換えることを容易に想起するはずであると主張する。
しかし、甲2に記載のガイドスロット14の形状や、甲5に記載の第1ピボットアーム80のピン溝86の形状は、甲1発明のスロット(19)とは異なっている。また、甲2に記載のガイドスロット14の形状と、甲5に記載の第1ピボットアーム80のピン溝86の形状とが同一であるとの記載もなく、むしろ甲5の図4の右図を見るとその形状は非対称となっており、甲2に記載のガイドスロット14の形状と異なることは明らかであって、例えば甲5のピボット動作による機構を、甲1に記載のようにスライダーがスプール軸に固着されて一緒に前後運動する機構に置き換えることを想起し得ない。したがって、甲2公報や甲5公報の記載をもってしても、甲1発明のピボット動作による機構を、スライダーがスプール軸に固着されて一緒に前後運動する機構に置き換えることは当業者は想到しないことは明らかである。
(答弁書15頁末行ないし16頁17行)

ウ 特定のオシレート溝の形状のオシレート機構を有する魚釣用リールにおいて,スプール軸に固着されたスライダーが開示されていたからといって,これとは異なるオシレート溝の形状を備えたスライダーをスプール軸に固着することを想到する動機づけにはなり得ない。とりわけ,前述のとおり,甲1発明は,略均一な交互の直線運動は,スロット形状のみならず,レバー(15)の揺動によってもたらされるのであるから,このレバー(15)をスプール軸に固着させることを当業者が想到するはずはない。
(口頭審理陳述要領書16頁下から9行ないし下から3行)

エ そもそも,オシレート溝の形状や,オシレート溝を備えたスライダーを揺動させる否かは,このような形状や構成によってスプール軸をどのような速度でどのように変位させるかと関わっており,そのため,その形状や構成を無視して,スライダーを揺動させる構成を固着させる構成に置換できないことは明らかである。
(口頭審理陳述要領書17頁6行ないし9行)

(4)無効理由4について
甲1発明のレバー(15)をスプールシャフト(23)に取り付け、端部支点(16)の周りを揺動しない構成に置換するなどした場合、甲1発明の作用効果を発揮しないこととなる。したがって、当業者は、甲5発明の係合長孔10Aに変えて、甲1記載のスロット(19)の形状のみを採用する動機づけはなく、甲5発明を主引例とする請求人の進歩性の欠如に係る主張は理由がない。
(答弁書17頁下から3行ないし18頁3行)

(5)無効理由5について
甲1発明のレバー(15)をスプールシャフト(23)に取り付け、端部支点(16)の周りを揺動しない構成に置換するなどした場合、甲1発明の作用効果を発揮しないこととなる。したがって、当業者は、甲3発明の係合長溝33aに変えて、甲1記載のスロット(19)の形状のみを採用する動機づけはなく、甲3発明を主引例とする請求人の進歩性の欠如に係る主張は理由がない。
(答弁書20頁3行ないし8行)

(6)無効理由6について
ア 甲1に記載されたオシレート機構は、ハンドル(5)の回転に連動回転する歯車(10)が回転すると、図3にあるように、レバー(15)が端部支点(16)の周りを揺動し、このようなレバー(15)の揺動により、初期の前方運動及び後方運動を遅くし、交互の動きを均一化するように、歯車(8)及び下部支持ソケット(24)内で摺動スプールシャフト(23)に軸方向に伝えられるという作用効果をもたらす。そのため、仮に、スプールシャフトの前後運動を均一にするために、甲2発明に、甲1に記載されたオシレート機構を採用する場合でも、レバー(15)が端部支点(16)の周りを揺動する構成を採用することになるのであって、レバー(15)のスロット(19)の形状のみを取り出して、これを甲2発明に採用することはない。
したがって、当業者は、甲2発明に、相違点に係る構成を採用する動機づけはなく、甲2発明を主引例とする請求人の進歩性の欠如に係る主張は理由がない
(答弁書21頁7行ないし18行)

イ 甲2発明は、「歯車11を回転させるときにカムスタッド13によって特定の側壁14’又は側壁14”にわたって、及びガイド部品15によってスピンドル2に与えられる時間当たりのストロークは、セグメント22、22’におけるよりもセグメント20、21において少ない」という効果を発揮するため、側方位置A及びCにおいてセグメント20、21に対する接線TA及びTCの移動方向3-3に対する角度αは、セグメント22、22’(反転位置B及びD)における側壁14’、14”の接線TB及びTDによってなされる角度βよりも小さくする必要があり、好ましいα及びβは、α=40°?50°(図示された実施例では45°)、β=70°?75°(図示された実施例では72.5°)であるとされている。
そうすると、上記のαよりもβの方が小さくなるような、甲1記載のスロット(19)を備えたレバー(15)を、甲2発明に採用する動機づけはないものといわざるを得ない。
(口頭審理陳述要領書18頁下から2行ないし19頁下から5行)

(7)無効理由7について
ア 本件発明1と課題の関係について
(ア)本件発明1は、主に、オシレート溝を、その中間部に設けられスプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成している、すなわち、オシレート溝両端の2つのストレート部が平行に設けられているため、それぞれのストレート部を突起が移動する場合の変位量が上下にずれ、ストレート部の往復動の最速点が糸巻面の中央部で一致せず、その結果、糸巻面の中央部でオシレートスライダーは最速となるため、糸巻面の中央部に於ける糸巻量が減少するという課題を解決するものである。
すなわち、オシレート溝両端の2つのストレート部が平行に設けられていることで、ストレート部の往復動の最速点が糸巻面の中央部で一致しないという作用効果を発揮するものであるから、このような作用効果を発揮することと、傾斜部の形状や傾斜部とストレート部の連結箇所の形状は無関係である。
また、上記のとおり、本件発明は、突起がオシレート溝のストレート部から傾斜部に切り換わると、傾斜部はストレート部とをつなぐ溝であるため、切り換わり点のオシレート溝を突起が移動する変位量よりも変位量が大きくなる結果、本件特許の特許請求の範囲・請求項2に係る発明よりは劣るが、スプールの往復動の切換時に、アイドルギヤの所定角度の回転に対しオシレートスライダーの変位量が依然として他の区間に比し少なく、そのため、糸巻面の前、後端部近傍で釣糸が多く巻かれてしまうという課題を解決する。
すなわち、傾斜部がオシレート溝両端に平行に設けられた2つのストレート部をつなぐ溝であるために、突起がオシレート溝のストレート部から傾斜部に切り換わる点のオシレート溝を突起が移動する変位量よりも大きくなるという作用効果を発揮するものであるから、このような作用効果を発揮することと、傾斜部の形状や傾斜部とストレート部の連結箇所の形状は無関係である。
(答弁書30頁4行ないし31頁11行)

(イ)ストレート部の間を狭め、傾斜部を短くした実施形態であっても、本件発明1の作用効果を奏するのであるから、本件発明1に本件発明1の課題を解決するための手段が反映されていることは明らかである。
(答弁書33頁3行ないし5行)

(ウ)甲2には,糸巻面の中央部に位置するA点及びC点までスプールのストローク量が加速し,その後減速することが記載されており,そうすると,甲2発明のスプール往復動に於ける最速点は,糸巻面の中央部と一致することとなり,糸巻量が減少することとなる。
(口頭審理陳述要領書7頁7行ないし10行)

(エ)請求人は,甲2の図6で示すスロットを用いて,本件明細書の図12と同様に,横軸を回転角,縦軸をオシレート変位量として,5度毎にプロットしたグラフ(甲7の1)を作成し,中間点(すなわち糸巻面の中央部)が最速点として重ならないと主張するが,一般に公報に示された図面は正確なものではない場合が多く,そのことは,例えば甲1公報の図3が正確さに欠けると請求人が述べていることからも裏付けられる。したがって,正確な図面である裏付けのない甲2公報の図6を根拠に,甲2発明において糸巻面の中央部が最速点とはならないとする請求人の主張は失当である。
(口頭審理陳述要領書7頁下から5行ないし8頁5行)

(8)無効理由8について
請求人は、本件各発明がサポート要件に反するとの主張と同様の理由で、本件各発明は実施可能要件に違反すると主張するが、本件各発明は実施可能要件を充足しており、請求人の主張は失当である。
(答弁書35頁4行ないし6行)

(9)無効理由9について
ア 本件発明1は、オシレート溝を、その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成している、すなわち、2つのストレート部が同一直線状にない状態で平行に設けられていることから、ストレート部を突起が移動する場合の変位量がずれ、往復動の最速点が糸巻面の中央部で一致せず、その結果、糸巻面の中央部でオシレートスライダーは最速となるため、糸巻面の中央部に於ける糸巻量が減少するという課題を解決している。すなわち、スプール軸と厳密に直交している場合に生じる作用効果ではなく、2つのストレート部が同一直線状にない状態で平行に設けられていることによって生じる作用効果である。
このように本件発明1の作用効果及びこれを生じさせる機序の観点から、同様の作用効果をもたらすような、ストレート部がスプール軸と厳密に直交している場合と実質的に変わらない範囲が、「スプール軸と略直交する」と合理的に解釈しうる。
(答弁書35頁13行ないし末行)

イ 魚釣用スピニングリールにおいては、厳密な直交(90°)の角度で部品を製造することは行わないのであり、例えば一般的に公差を設定し、基準値が90°であったとしても、性能の損なわない範囲で大凡直交(90°)の範囲に収まっていれば、製品として許容される。そして、そのような公差の範囲は、その目的とする性能等との関係で当業者が適宜設計するものである。
そうすると、当業者であれば、「略直交」とは大凡直交するといった意味に捉えると共に、技術水準及び本件発明1の作用効果を奏するメカニズムを加味して、どの程度の角度とするかを適宜設定することが可能であって、何ら不明確なことはない 。
(口頭審理陳述要領書3頁末行ないし4頁8行)

ウ 上記アに関し、被請求人は、構成要件の文言を無視する解釈を行っているものではなく、「略直交」とは大凡直交するといった意味に捉えると共に、技術水準及び本件発明1の作用効果を奏するメカニズムを加味して、どの程度の角度とするかを適宜設定するものであり、明確であることを述べているに過ぎない。
(口頭審理陳述要領書4頁9行ないし15行)

[証拠方法] なし


第4 当審の判断

1 各甲号証の記載
(1)甲第1号証の1
請求人が無効理由に係る証拠として提出した、本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第1号証の1には、次の事項が記載されている(下線は審決で付した。訳文は請求人が作成した甲第1号証の2に基づく。なお、訳文については両当事者間に争いはない。以下同様。)。



(1頁左欄1行ないし右欄末行)

(訳文)
「釣糸を巻き取るスピニングリールが周知であるが、このようなスピニングリールはすべて、一般に、糸がスプールに確実に均一に巻き上げられるようにするために多くの歯車を必要とすることから、かなり複雑な方法で作られる。
本発明はスピニングリールを単純化することを目的とするものであり、それによれば、「巻き取り」段階において糸を案内するために必要なスプールの前後動がスライダクランク機構を用いることによって生じており、当該機構においては、揺動レバーがレバー自体に存するスロット内にある摺動ピンを利用して、スライダクランク機構の歯車に連結されている。このスロットは非直線スロットであり、レバー自体に沿って動く長手方向スライダーを介在させることによってスプールシャフトが揺動レバーに連結されるので、このスロットにより、スプールシャフトは、略均一な、すなわち調和のとれた交互の直線運動で動作することができる。
好ましい構成の形態は、一連の減速歯車を介してリールハンドルにより操作される揺動スライダクランク機構の歯車を有し、上記スライダは、プラスねじにより保持されたパッドの形態である。
添付図面は、本発明に基づくスピニングリールの一例を示す。
図1は、対象の部分のみを示すために一部を開示するリールの側面図である。
図2は、外側から見た同リールの正面図である。
図3は、図1の詳細図であり、揺動スライダクランク機構の補償動作を示す。
図4は、図1の4^(0)-4^(0)断面図である。
上に挙げた図面を参照すると、図示されたリールは、従来通り、以下に記載する様々な部品を収める一般的な筐体(1)と、ねじ(3)により縁部に沿って取り付け可能な前記筐体のカバー(2)と、リールを釣竿に取り付けるための足部(4)と、前記カバー(2)により支持される操作用ハンドル(5)と、リールの外側部分を支持するための円形ベース(6)と、糸ガイドボックス(図示せず)を支持するための中空ロッド(7)とを備え、中空ロッド(7)は、適切な方法で前記ハンドル(5)によって作動されると円形歯車(9)の動きを受けて回転する円錐歯車(8)と一体となっている。」




(2頁左欄1行ないし右欄末行)

(訳文)
「糸の巻き取り中に糸のスプールを軸方向に交互に上下に動かすのに必要な本発明の揺動円形軌道機構は、ピン(11)の周りを回転し、且つ歯車(12)、(13)及び(14)を介してハンドル(5)の動きを受ける回転自在な歯車(10)と、端部支点(16)の周りを揺動するレバー(15)と、レバー上を長手方向に自在に摺動する摺動パッド(17)とから構成される。
スライダクランク機構の歯車(10)は、ピン(18)により揺動レバー(15)に係合する。このピンは、この歯車から適切な長さ分だけ突出しており、レバー自体の中にあるが、意図的に互いに異なる平面に配置された2つの長手方向延長部(21)と(22)との間を傾斜部(20)で接続した非直線スロット(19)内を自在に移動する。スロット(19)のこの特定の形状により、レバー(15)は、ピン(18)により駆動されると、調和的でないが略均一な上下運動で、その支点(16)の周りを揺動する。これは、接続部分(20)に沿って移動しているピン(18)が、ゾーンA及びB、すなわち図3において一点鎖線で示す全円運動(C)の下方点及び上方点のそれぞれを越えるたびに、一端部から他端部へ、そしてその逆へと動くからである。
図3のように、ハンドル(5)により駆動されたときに歯車(10)が反時計方向に動くと想定すると、歯車(10)のピン(18)がスロット(19)の下側端部(22)内で上方に動くことにより、それに対応してレバー(15)が(H)方向へ上方に動き、ピンがその円形経路(C)の上方ゾーン(B)に到達するまで、レバー(15)がその支点(16)の周りを回転する。ゾーン(B)を通過すると、傾斜接続部分(20)に沿って動いているピン(18)は、レバーの初期の戻り運動を遅くする効果を有するスロット(19)の上側端部(21)に入る。レバー(15)の初期の進行運動は遅くなるとしても、ピン(18)は、下方ゾーン(A)に沿って移動すると直ぐに前記接続部分(20)に沿って再び動かされる。
この初期の前方運動及び後方運動を遅くするようなレバー(15)の揺動は、本発明が意図するように相互の動きを均一化するように、歯車(8)及び下部支持ソケット(24)内で摺動スプールシャフト(23)に軸方向に伝えられる。これは、スプールシャフト(23)が、ねじ(15)を用いてシャフトに取り付けられた前記パッド状摺動ブロック(17)を介在させることにより、レバー(15)に連結されるからである。

特許請求の範囲
1.通常の糸ガイドボックスを用いて糸をスプールに均一に巻き付けるために必要な該スプールの直線的な交互の上下運動が揺動スライダクランク機構によって得られ、
該機構は、リールの外部ハンドル及び一端に支点を有するレバーによって直接又は間接的に操作される歯車から構成され、該レバーは、該歯車から突出し且つ非直線スロット内で摺動可能なピンによって該歯車に連結され、
該機構は、揺動する該レバーにスプールシャフトが、該レバー自体に沿って長手方向に摺動するアームによって連結されることにより、該スプールシャフトが略均一に直線的に交互に動くことができるように、すなわち、動きが調和的でないように作られることを特徴とする、投げ釣り用スピニングリール。
2.前記揺動レバーの前記スロットが、前記レバーの長手方向に2つの別個の平面で互いに平行に延びる前記スロットの2つの拡張部を接続する傾斜平面を要求することを特徴とする、請求項1に記載のリール。
3.前記スライダクランク機構の前記揺動レバー上で長手方向に摺動する前記アームが、少なくとも1つの横方向ねじによって前記スプールシャフトに取り付けられたパッドの形態であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のリール。」(審決注:下線部の「ねじ(15)を用いて」は「ねじ(25)を用いて」の(原文における)誤記と認める。)

ウ 図1ないし4として、下記の図が記載されている。


エ 図3から、非直線スロット(19)は、その中間部に設けられた傾斜部(20)と、傾斜部(20)の両端側から平行に延設した2つの直線状の長手方向延長部(21)、(22)とで形成されていること、が看取できる。

オ 図3及び図4から、
(ア)ピン(18)が歯車(10)の一側面の周縁部に形成されていること、
(イ)ピン(18)が、揺動レバー(15)の非直線スロット(19)に係合させられていること、
が看取できる。

カ 上記アないしオによると、甲第1号証の1には、以下の発明が記載されていると認められる(以下「甲1発明」という。)。

「ハンドル(5)の動きを受ける揺動スライダクランク機構の回転自在な歯車(10)の一側面の周縁部にピン(18)が形成され、ピン(18)が、ピン(18)により駆動されると支点(16)の周りを揺動する揺動レバー(15)の非直線スロット(19)に係合させられ、
スプールシャフト(23)が、ねじを用いてスプールシャフト(23)に取り付けられたパッド状摺動ブロック(17)を介在させることにより、揺動レバー(15)に連結され、
非直線スロット(19)は、その中間部に設けられた傾斜部(20)と、傾斜部(20)の両端側から平行に延設した2つの直線状の長手方向延長部(21)、(22)とで形成され、ピン(18)は、非直線スロット(19)内を自在に移動し、糸をスプールに均一に巻き付けるために必要なスプールの直線的な交互の上下運動が揺動スライダクランク機構によって得られる、投げ釣り用スピニングリール。」

(2)甲第2号証の1
請求人が無効理由に係る証拠として提出した、本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第2号証の1には、次の事項が記載されている(訳文は請求人が作成した甲第2号証の2に基づく。)。

ア 「A straight guide slot was offered in previously known designs for the above type of fishing reel. While such a design has been found practical for narrow spools, if the width of the spool must be made larger to permit more fishing line to be wound onto the same diameter of spool core, outwardly projecting bulges may form at the two end zones of the line winding because of changes in spool speed caused as the spool approaches the reversing positions of the spool travel path. The width must be further enlarged if the spool core diameter is to be made larger without thereby enlarging the spool diameter, i.e., the diameter of the outer line winding, because otherwise the line capacity would be decreased. The bulge formation takes place as the travel or stroke speed drops down to zero at the cam stud reversing positions, i.e., at the end positions of the reciprocating spool stroke, because the amount of line wound per unit time by the winding flange of the fishing line onto the spool will not decrease but remain constant, regardless of which position the spool assumes in the travel direction. When the fishing line plus bait is cast, the bulge causes the problem of "clinging", i.e., the line cast from the spool drags along adjacent line turns. This leads to the so-called wig formation as the excess line dragged along by clinging hangs loose and tangles. In turn, this leads to delicate casting, subject to interference.」(1欄18行ないし44行)

(訳文)
「上記のタイプの釣り用リールに関して従来から知られている設計において、真っ直ぐなガイドスロットが提案されていた。そのような設計は、幅の狭いスプールに関して実用的であることが分かっているが、スプールの幅をより大きくして、より多くの釣り糸を同じ直径のスプールコアに巻き取ることを可能にしなければならない場合、スプールがスプール移動経路の反転位置に近づくとスプール速度の変化が生じるので、外側に張り出した膨らみが糸の巻取りの2つの端部領域において形成される可能性がある。スプールコアの直径を、それによってスプールの直径、すなわち巻取り部の外周の直径を拡大することなくより拡大するときは、幅をさらに広げなければならない。それはそのようにしないと糸の収容量が低下するからである。釣り糸の巻取りフランジによってスプール上に巻き取られる単位時間当たりの釣糸の量は、スプールが移動方向のどの位置をとるかに関係なく低下せずに一定になるので、膨らみの形成は、移動又はストロークの速度がカムスタッドの反転位置、すなわち往復するスプールのストロークの終端位置においてゼロに低下すると起こる。釣り糸が餌を付けて投げ出されると、膨らみは「まとわりつき」の問題、すなわちスプールから投げ出された糸が隣接する糸の回転に引っ張られる問題を生じる。このことは、まとわりつくことによって引っ張られた過剰な糸が垂れ下がり、もつれることで、いわゆるウイッグ形成につながる。これによって、じゃまを受けながらの、注意を要するキャスティングが必要となってしまう。」

イ 「SUMMARY OF THE INVENTION
It is therefore an objective of the present invention to make possible the widening of a reciprocating spool for a fishing reel in a simple manner while precluding or minimizing formation of bulges during winding of the fishing line to such an extent that no "wig formation" shall take place when casting.
This objective is achieved by providing a spindle cam-drive guide slot which assumes the shape of an elongated S, the cam stud being located approximately centrally in the S when at the reversing positions of the spool, and in one of the end zones of the S when at the side positions. The longitudinal direction of the S subtends an angle, preferably a right angle, with respect to the direction of the spool stroke. As a result, when the spool passes from one reversing position to the next side position and from the side position to the next reversing position etc, continuously changing stroke speeds are communicated by the motion of the cam stud to the guide part. As a result a number of advantages are secured. The shape of the guide slot as an S and the angle of the guide slot, preferably an approximately fight angle with respect to the longitudinal travel direction, prevent axial play from arising and hence prevents self-locking of the motion of the cam stud in the zone of the side positions.」(2欄35行ないし61行)

(訳文)
「発明の概要
したがって、本発明の目的は、釣り糸の巻取り中の膨らみの形成を、投出し時に「ウイッグ形成」が起こらない程度に防止し、又は最小限に抑えながら、単純な方式で、釣り用リール用スプールの往復の拡張を可能にすることである。
この目的は、細長いS字の形状をとる、スピンドルカム駆動部のガイドスロットを提供することによって達成され、カムスタッドは、スプールが反転位置にあるときにS字のほぼ中央に位置し、側方位置にあるときにS字の端部領域のうちの1つに位置する。S字の長手方向は、スプールのストロークの方向に対してある角度、好ましくは直角をなす。その結果、スプールが1つの反転位置から次の側方位置へ、側方位置から次の反転位置へ、等々のように進行すると、連続的に変化するストローク速度がカムスタッドの動作によってガイド部品に伝達される。その結果、いくつかの利点が確保される。S字としてのガイドスロットの形状、及び好ましくは長手方向への移動方向に対しでほぼ直角であるガイドスロットの角度が、軸方向の遊びが生じるのを防止し、したがって側方位置の領域においてカムスタッドの動作が自動的にロックするのを防止する。」

ウ 「DETAILED DESCRIPTION OF THE PREFERRED EMBODIMENTS
FIG. 1 shows a fishing reel according to a preferred embodiment of the invention, with several conventional pans omitted for illustrative purposes. Spool 1 is moved by the spindle 2 in a to-and-fro direction of travel 3--3 by means of the cam drive which is described in detail below. At the same time, the fishing line or cord winding 4 is wound on the spool 1, by means of a reel winding flange. The winding flange is not shown in the drawings because it is conventional and well-known. The width of the cord winding 4 is denoted by b. If this width b exceeds a certain value, then projecting bulges 5 may be formed in the designs of the known cam drives at the sides of the cord winding 4, as discussed above. When casting the: cord in the direction of the arrow 6, the described wig formation may ensue on account of dragging along the adjacent turns of the fishing cord. The attempt therefore is made either to entirely avoid these bulges 5, that is, in the ideal case to make a cylindrical winding as shown by the surface 7 of the winding 4, or at least to so reduce the magnitude of the bulges 5 to reduce the danger of wig formation. The spool-core diameter is denoted by 7'.」(3欄55行ないし4欄10行)

(訳文)
「好ましい実施形態の詳細な説明
図1は、本発明の好ましい実施例による釣り用リールを、説明目的のため、いくつかの一般的な部品を除外して示したものである。スプール1は、下記に詳細に説明されるカム駆動部によって、スピンドル2により往復の移動方向3-3に動かされる。同時に、リールの巻取りフランジによって、釣り糸又は巻取りひも4がスプール1に巻き取られる。巻取りフランジは、従来からのものでありよく知られているので図には示されていない。巻取りひも4の幅がbによって示される。上記で論じたように、公知のカム駆動部の設計では、この幅bがある値を超えると、巻取りひも4の両側部で、張り出した膨らみ5が、形成され得る。ひもを矢印6の方向に投げ出す場合、釣りひもが隣接する巻き取りに沿って引きずられることにより既述のウイッグ形成が起こり得る。したがって、これらの膨らみ5を完全に回避するため、すなわち理想的な場合には、巻取り4の表面7によって示されるような円筒形の巻取りを作るため、又は少なくともウイッグ形成の危険を減らすために膨らみ5の大きさを低減するための試みがなされる。スプールコアの直径が7’で示される。」

エ 「FIGS. 1 and 2 show that when the handcrank 8 is rotated, a shaft 9 will drive a pinion 10 meshing with a larger gear 11 of the cam drive. Thereby the rotation of the handcrank 8 is reduced by the gears 10/11, i.e., the gear 11 rotates correspondingly more slowly than the handcrank 8. A cam stud 13 is affixed to gear 11 eccentrically to its axis of rotation 12, the cam stud 13 entering a guide slot 14 of a guide part 15. The guide part 15 is affixed to the spindle 2 by an attachment 16 at least to such an extent that it is able to displace this spindle in the travel direction 3--3 on account of the cam motion discussed below. For this purpose two locking rings 17 rigidly joined to the spindle 2 or the like, which rest on both sides against the attachment 16 of the guide part 15 may be used. Where called for, this design allows rotation of the spindle 2 about its own longitudinal center line. Such a design of the spindle as a rotatable shaft is required in the case a spool brake is present on the spool side away from the fishing-reel housing. Otherwise, the spindle 2 and the spool 1 can be joined not only for being driven in the travel direction 3--3, but also for being driven rotationally jointly about their longitudinal center line. This longitudinal center line coincides with the winding axis of the spool 1.」(4欄11行ないし49行)

(訳文)
「図1及び図2は、ハンドクランク8が回転されると、シャフト9がカム駆動部のより大きな歯車11と歯合しているピニオン10を駆動することを示す。それによって、ハンドクランク8の回転が歯車10/11に減らされ、すなわちそれに対応して歯車11がハンドクランク8よりもゆっくりと回転する。カムスタッド13が歯車11にその回転軸12からずらして取り付けられており、このカムスタッド13は、ガイド部品15のガイドスロット14に入り込んでいる。ガイド部品15は、下記に論じられるカム動作により、少なくとも移動方向3-3にスピンドル2を移動させることができるように、接続部品16によってスピンドル2に取り付けられる。この目的で、スピンドル2などに堅固に接合され、ガイド部品15の接続部品16に対して両側に置かれた2つの固定用リング17が使用され得る。必要に応じて、この設計は、スピンドル2がそれ自体の長手方向の中心線の周りで回転できるようにする。回転可能なシャフトとしての、スピンドルのそのような設計は、釣り用リールハウジングから離れたスプール側にスプールブレーキが存在する場合に必要とされる。そうでない場合、スピンドル2及びスプール1は、移動方向3-3に駆動されるためだけでなく、長手方向の中心線の周りで回転的に接合して駆動されるためにも接合され得る。この長手方向の中心線は、スプール1の巻取り軸と一致する。」

オ 「In contrast, FIGS. 6 through 8 illustrate the preferred embodiment of the invention wherein, just as in FIGS. 3-5, the stoke direction 3--3 is shown, which, on account of the drawing, is rendered horizontally. However, for the sake of clarity, gear 11 and the guide part 15 with attachment 16 are omitted from this Figure. Cam-stud positions A, B, C, D shown in FIGS. 6-8 correspond to those shown in FIGS. 3-5, and denote the positions assumed by the cam stud 13 and the gear 11 rigidly joined to it at each 90.degree. division of a complete revolution of gear 11. Positions B and D are the travel reversing positions and positions A and C are the two side positions. Each time the cam stud travels from one position to the next, it crosses 90.degree.. Because the gear 11 rotates about its shaft 12, which is rigidly joined to the housing of the fishing reel (FIGS. 1,2), and therefore cannot be displaced relative to the fishing-reel housing 19, and because the cam stud 13 moves in the guide slot 14 of the guide part 15, a complete 360 .degree. revolution of the gear 11 results, by means of the shaft or spindle 2, in a complete to-and-fro motion of the spool. In position B, the spindle 2 together with the spool 1 assumes the first reversing position, wherein the spool 1 is displaced as far as possible from the fishing-reel housing (upward in FIG. 1). Following a 90.degree.-rotation of gear 11 in the direction of the arrow 18, the first side position A is reached and the spool assumes a middle position. Following another rotation of gear 11 by about 90.degree., the second reversing position is reached, at which point the spool is nearest the fishing-reel housing. After another rotation of about 90.degree., the second side and middle position C has been reached, and after further rotation of the gear 11 by about 90.degree., the position B of the first reversing position is reached.」(4欄50行ないし5欄15行)

(訳文)
「対照的に、図6から図8は、本発明の好ましい実施形態を示し、図3?図5と全く同様にストローク方向3-3が図面によって水平方向に示されている。しかし、明瞭にするために、歯車11及び接続部品16を備えるガイド部品15がこの図から除かれている。図6?図8に示されたカムスタッド位置A、B、C、Dは、図3?図5に示されたカムスタッド位置に対応し、カムスタッド13及びそれに堅固に接合された歯車11によってとられる位置を歯車11の完全な回転の各90°分割毎に示す。位置B及びDは、移動反転位置であり、位置A及びCは2つの側方位置である。カムスタッドは1つの位置から次の位置に移動するたびに、90°遷移す移動する。歯車11が、釣り用リールのハウジング(図1、2)に堅固に接合されているシャフト12の周りで回転し、したがって釣り用リールハウジング19に対して移動され得ず、且つカムスタッド13がガイド部品15のガイドスロット14内で移動するので、歯車11の360°の回転が、シャフト又はスピンドル2によって、スプールの完全な往復動作を生じさせる。位置Bでは、スピンドル2がスプール1とともに第1の反転位置をとり、スプール1は釣り用リールハウジング(図1の上方)から可能な限り遠くに移動している。歯車11が矢印18の方向へ90°回転するとの、第1の側方位置Aに到達し、スプールが中間位置をとる。歯車11がさらに約90°回転すると、第2の反転位置に到達し、その時点でスプールが釣り用リールハウジングに最も近くなる。さらに約90°回転すると、第2の側面及び中間位置Cに到達し、歯車11がさらに約90°回転すると、第1の反転位置である位置Bに到達する。」

カ 「FIG. 6 shows in detail a design of the guide slot 14. The positions assumed by the cam stud 13 in the locations A, B, C and D inside the guide slot 14 are correspondingly marked. Point B is not directly located on the center line whose direction coincides with the stroke direction 3--3 and which is transverse to the longitudinal direction of the slot. Rather, point B is offset from this center line by about 20.degree. in the direction of the arrow 18. As a result, the cam stud on segment 25 of the sidewall 14' of this guide slot imparts a corresponding speed to the guide part in the direction of the arrow 26 (also see this direction of displacement in FIG. 1), in order to increase the travel speed in this zone. The reversing position has been reached at point B. As the gear 11 rotates further, the cam stud no longer presses against the sidewall 14' but against the opposite sidewall 14" of the guide slot, starting at about the position 27, in order to then pass through the zone 28 to arrive at point: A, i.e., the first side position. As the gear keeps on rotating, the cam stud moves along the sidewall 14" and back through the zone 28 and further through the zone 29 until reaching position D, i.e., the second reversing position. It is clear that in the last segment of the zone 29, before reaching the reversing position D, the travel speed is again increased. In position D or shortly thereafter a transition takes place (just as the transition from B past the position 27), in that the cam-stud once more rests against the sidewall 14', approximately at position 30, from where the stroke proceeds through the segment 31 to C, i.e., the second side position. From there the stroke goes back through the segment 31, the further segment 32, and then the segment 25 of the sidewall 14' to position B.」(5欄16行ないし48行)

(訳文)
「図6は、ガイドスロット14の設計を詳細に示す。ガイドスロット14内での位置A、B、C、及びDにおいてカムスタッド13によってとられる位置が、それに対応して記されている。点Bは、方向がストローク方向3-3と一致し、スロットの長手方向を横断している中心線の上に位置しない。むしろ、点Bは、この中心線から矢印18の方向に約20°ずれている。その結果、このガイドスロットの側壁14’のセグメント25にあるカムスタッドは、矢印26の方向(図1でのこの移動方向も参照されたい)にガイド部品に対して対応する速度を与えて、この領域での移動速度を増加させる。点Bでは反転位置に到達している。歯車11がさらに回転すると、カムスタッドは側壁14’をこれ以上押し込まず、ガイドスロットの反対側の側壁14’’を押し込む。これは位置27の付近で始り、次いで領域28を通過して点Aすなわち第1の側方位置に達する。歯車が回転し続けると、カムスタッドは側壁14’’に沿って進み、領域28を通って戻り、さらに領域29を通って、位置Dすなわち第2の反転位置に到達するまで移動する。領域29の最後のセグメントにおいて、反転位置Dに到達する前に、移動速度が再び増加することが明らかである。位置Dにおいて、又はそのわずか後で(Bから位置27を通過する移行とちょうど同じように)、カムスタッドがほぼ位置30で再度側壁14’にもたれかかり、そこからストロークがセグメント31を通ってCまで、すなわち第2の側方位置まで進むという移行が起こる。そこから、ストロークは側壁14’のセグメント31、さらにセグメント32、次いでセグメント25を通って、位置Bに戻る。」

キ 「The curved guidance discussed above and shown in FIG. 6 is such that when passing from position B to position A, there takes place some acceleration (also see the plot of FIG. 8), so that in the further transition from position A to position D the stroke decelerates somewhat, and again during the return from position D to position C this stroke accelerates, and lastly decelerates somewhat again from position C to position B. This is shown by the plot of FIG. 8, where the stroke as a function of the particular angular position of the gear does not result in coincident curves from B to D and back, but instead curves which are somewhat apart. To further make plain the kinematics of this design, two abscissas are shown, namely an upper abscissa with the strokes related to the particular angular positions from B through A to D and a lower abscissa for the displacement from D through C to B. By providing the desired motion, the preferred design prevents formation of bulges 5, or permits fomation of bulges which are so little that they can be neglected. Acceleration of travel near the reversing points B and D is achieved on the one hand, and on the other hand, a lesser stroke speed is achieved in the zones near A and C.」(5欄49行ないし6欄3行)

(訳文)
「上記で論じられ、図6に示された湾曲した案内は、位置Bから位置Aに通過する場合に、ある程度の加速が起こり(図8のプロットも参照されたい)、それによって位置Aから位置Dへのさらなる移行においては、ストロークがいくぶん減速し、位置Dから位置Cへ戻る間に、このストロークが再び加速し、最後に位置Cから位置Bにへの移行で再びいくぶん減速するようになっている。これは、図8のプロットによって示され、歯車の特定の角度位置の関数であるストロークが、BからDへそして後戻りの一致した曲線にならず、その代わりにいくぶん離れた曲線になることによって示されている。この設計の運動学を明らかにするために、2つの横座標すなわち、BからAを通りDに至るまでの特定の角度位置に関係するストロークに関する上側の横座標と、DからCを通りBに至るまでの変位に関する下側の横座標が示される。好ましい設計では、所望の動作を提供することで、膨らみ5の形成を防止し、又は膨らみが形成されるとしてもそれらはとても小さいので無視することができる。一方で、反転の点B及びDの付近での移動の加速が達成され、A及びCの付近の領域でのより少ないストローク速度が他方で達成される。」

ク 「Yet another effect is achieved by the invention. Whereas the stroke path h of the state of the art is double the spacing between the cam stud 13 and the center point 12 of the gear 11, in the preferred embodiment the stroke path is increased by 2h'. This follows from the fact that when the cam stud is moved toward the point B at the sidewall 14', this sidewall is additionally displaced by h' in the direction of travel. FIG. 6 shows the associated displacement of the cam stud 13 when it is being rotated about the center of the gear 11. In the upper one of the two positions shown by dashed lines, the cam stud clearly has pressed the guide part by a distance h' in the travel direction 3--3, namely to the left. This displacement by h' will take place when the cam stud 13 is sliding, for instance, in the zone 29 along the other sidewall 14" of the guide slot 14 toward point D. In that case the guide part is displaced by h' in the travel direction 3--3 to the right. Accordingly the total travel path is h+2h+. This effect of the invention moreover can be achieved both when rotating the gear 11 in the direction of arrow 18 and in the opposite direction.」(6欄4行ないし25行)

(訳文)
「さらに別の効果が本発明により達成される。従来技術のストローク経路hは、カムスタッド13と歯車11の中心点12との聞の間隔の2倍であるのに対して、好ましい実施例ではストローク経路はさらに2h’だけ増加する。これは、カムスタッドが側壁14’において点Bに向かつて移動されるとき、この側壁は移動方向にh’だけさらに変位されることの結果である。図6は、カムスタッド13が歯車11の中心の周りで回転された場合の、カムスタッド13に関する変位を示す。破線 によって示された2つの位置のうちの上方の位置では、カムスタッドは明らかに移動方向3-3、すなわち左に距離h’だけガイド部品を押している。このh’の変位は、カムスタッド13が、たとえば領域29においてガイドスロット14のもう一方の側壁14’’に沿って点Dに向かつて摺動している場合にも生じる。その場合、ガイド部品がh’だけ移動方向3-3において右に変位される。したがって、総移動経路はh+2h’である。さらに、本発明のこの効果は、歯車11を矢印18の方向に回転させるときにも、反対方向に回転させるときにも、達成され得る。」

ケ 「It should be borne in mind that the curved shape of the guide slot 14 must be selected in such manner that it is not always identical with the circular motion of the cam stud around the axis 12 of the gear 11, because otherwise no travel would be possible. FIG. 6 shows furthermore that the tangents TA and TC to the segments 20, 21 of the guide slot 14 receiving the cam stud 13 in the side positions A and C subtend an angle .alpha. with the travel direction 3--3, which is less than the angle .beta. subtended by the tangents TB and TD of the sidewalls 14', 14" in their segments 22, 22', wherein the cam stud 13 is in the reversing positions B and D respectively. The above angles preferably are .alpha.=40.degree.-50.degree. (45.degree. in the embodiment shown) and .beta.=70.degree.-75.degree. (72.5.degree. in the illustrated embodiment). An angle which is always smaller than 90.degree. is thereby provided between the particular tangents TB, TA, TD and TC extending in the stroke direction, and the stroke direction 3--3. As a result, the stroke caused upon rotating the gear 11 by the cam stud 13 over the particular sidewall 14' or 14", and by the guide part 15 on the spindle 2, is less per unit time in the segments 20, 21 than in the segments 22, 22'.」(6欄26行ないし47行)

(訳文)
「ガイドスロット14の湾曲した形状は、歯車11の軸12の周りのカムスタッドの円運動と常に同ーになることがないように選択されなければならず、それは、そのように選択しないと移動動作が不可能になるからである、ということに留意すべきである。図6は、側方位置A及びCにおいてカムスタッド13を受けるガイドスロット14のセグメント20、21に対する接線TA及びTCが、移動方向3-3に対して角度αをなし、その角度αは、セグメント22、22’(ここではカムスタッド13が反転位置B及びDそれぞれにある)における側壁14’、14’’の接線TB及びTDによってなされる角度βよりも小さいことを示す。上記の角度は、好ましくは、α=40°?50°(図示された実施例では45°)、及びβ=70°?75°(図示された実施例では72.5°)である。それによって、常に90°より小さい角度が、ストローク方向に延びる特定の接線TB、TA、TD、及びTCと、ストローク方向3-3の間にもたらされる。その結果、歯車11を回転させるときにカムスタッド13によって特定の側壁14’又は側壁14’’にわたって、及びガイド部品15によってスピンドル2に与えられる時間あたりのストロークは、セグメント22、22’におけるよりもセグメント20、21において少ない。」

コ 「Preferably, the guide slot 14 is formed in the shape of an elongated letter S (FIGS. 1, 6), with a lack of geometric congruence, for reasons apparent from the above discussion, between arcuate zones of the guide slot and the path of the cam stud about the origin of the circle described by the gear. The sidewalls 14', 14" may be either rectilinear or, as in this preferred embodiment, arcuate along this S, averting abrupt transitions such as edges or corners. The positions B and D of the cam stud are located approximately at the center of the S, whereas the positions A and C of the cam stud are located in the end zones of the S. The longitudinal direction of the S is at an angle, preferably a right angle to the stroke direction 3--3. This angular position of the longitudinal direction of the S to the stroke direction 3--3 and the curved shape of the side walls 14', 14" are so dimensioned that the sidewall 14' facing the spool moves away from the spool 3 as it approaches this point B , and furthermore the sidewall 14" nears the spool 3 as it moves toward point D when it is in its zone 29 in front of point D, resulting in an additional travel h' as described above. Finally, in order to achieve maximum compactness, the S is preferably arranged in mirror-inverted form, as shown in FIGS. 1 and 6.」(6欄48行ないし7欄3行)

(訳文)
「好ましくは、ガイドスロット14は、上記の論述から明らかな理由により、ガイドスロットの弧形状の領域と歯車によって描かれた円の原点の周りのカムスタッドの経路との間に幾何学的な合同の欠落を伴う細長いS字形状(図1、6)に形成される。側壁14’14’’は、直線的であってもよく、又はこの好ましい実施例のように、エッジ又は角などの急な移行を回避する、上記S字に沿った弧形状であってもよい。カムスタッドの位置B及びDは、ほぼS字の中心に位置し、それに対してカムスタッドの位置A及びCはS字の端部領域にある。S字の長手方向はストローク方向3-3に対してある角度、好ましくは直角になっている。ストローク方向3-3に対するS字の長手方向の上記角度位置、及び側壁14’、14’’の湾曲した形状の設定により、スプールに対面する側壁14’は、カムスタッドが上記点Bに近づくとスプール3から離れるように移動し、さらに側壁14’’は、カムスタッドが点Dの前の領域29にある場合にそれが点Dに向かって移動するとスプール3に近づき、これにより上記に説明したように追加の移動h’を生じる。最後に、最大のコンパクト性を達成するために、S字は、図1及び6に示されるように、鏡像反転の形態で構成されることが好ましい。」

サ 「We claim:
1. In a fishing reel which includes a spool for receiving a fishing line, means for winding the fishing line on the spool, a crank drive, a cam drive, and a spindle member connected to the spool, the spool having a longitudinal axis and being displaced to and fro parallely to the longitudinal axis between reversing positions of the spool at which a direction of displacement of the spool reverses by means of the cam drive which causes the spindle member to also move to and fro parallely to the longitudinal axis, the cam drive including a guide part having a guide slot which includes sidewalls, said guide part being connected to the spindle member, a gear rotated by said crank drive, a cam stud, and means for eccentrically mounting the cam stud on the gear to rotate in a circular path about an axis of rotation, said stud entering the guide slot and sliding along said sidewalls of the slot to displace said guide part and therefore the spool in the direction parallel to the longitudinal axis, the improvement wherein the guide slot has an elongated S shape, said cam drive forming drive means for causing the cam stud to be approximately midway between end zones of the S when the spool is at said reversing positions of the spool and in one of the end zones of the S when the spool is at a position approximately midway between said reversing positions, wherein a line connecting said end zones of the S subtends a nonzero angle with respect to the direction of displacement of the guide part, and wherein as the spool is moved from one reversing position to a position approximately midway between said reversing positions, and from said position approximately midway between said reversing positions to a next reversing position, said drive means causes said cam stud to impart to the guide part continuously changing stroke speeds as a result of the shape of the guide slot and displacement of the cam stud, said sidewalls also forming means for causing the stroke speed to increase as the spool approaches one of the reversing positions, and for causing the stroke speed to decrease as the spool approaches the position approximately midway between the reversing positions,
wherein segments of the sidewalls in which the cam stud is located before reversal of the spool displacement direction are spaced farther from a line through the slot whose direction coincides with the direction of displacement of the guide part and which is transverse to said longitudinal direction than are segments of the sidewalls in which the cam stud is located substantially at the side positions.
2. An improvement as claimed in claim 1, wherein the elongated S is in the form of a mirror-inverted letter S.
3. An improvement as claimed in claim 1, wherein the guide slot has arcuate zones and said arcuate zones of the guide slot and the circular path of the cam stud are incongruent.
4. An improvement as claimed in claim 1, wherein near the two side positions, an angle of the sidewalls relative to the direction of displacement of the guide part is approximately 40.degree.-45.degree., and an angle of the sidewalls near the reversing positions in the direction of displacement of the guide part is approximately 70.degree.-75.degree., slopes of the sidewalls relative to the travel direction changing continuously, without abrupt transitions from one position to the next.
5. An improvement as claimed in claim 1, wherein said nonzero angle is an approximately 90.degree. angle.
6. An improvement as claimed in claim 1, wherein a curvature of the sidewall of the guide slot is such that stroke distance of the spool is larger than a stroke distance moved by the cam stud in the direction of spool movement.」(特許請求の範囲)

(訳文)
「特許請求の範囲
請求項1:
釣り糸を受けるためのスプールと、前記釣り糸を前記ヌプールに巻き取るための手段と、クランク駆動部と、カム駆動部と、前記スプールに接続されたスピンドル部材とを含む釣り用リールにおいて、
前記スプールは、長手方向軸を有し、前記スプールの反転位置の間で前記長手方向軸に対して平行に往復運動し、前記反転位置において前記スプールの変位の方向が前記カム駆動部によって反転し、前記カム駆動部により前記スピンドル部材も前記長手方向軸に対して平行に往復して移動され、
前記カム駆動部は、側壁を含むガイドスロットを有し、前記スピンドル部材に接続されたガイド部品と、前記クランク駆動部によって回転される歯車と、カムスタッドと、前記カムスタッドを前記歯車に中心からずらして装着して、回転軸の周りに円形の経路で回転するための手段とを含み、前記スタッドが前記ガイドスロットに入り、前記スロットの前記側壁に沿って摺動し、前記ガイド部品を変位させ、これによって前記スプールを前記長手方向軸に対して平行な方向に変位させ、
改良は、前記ガイドスロットが細長いS字形状を有し、前記カム駆動部が、前記スプールが前記スプールの前記反転位置にある時に前記カムスタッドが前記S字の端部領域の間のほぼ中間にあり、前記スプールが前記反転位置の聞のほぼ中間の位置にある時に前記カムスタッドが前記S字の前記端部領域のうちの1つにあるようにするための駆動手段を形成し、前記S字の前記端部領域をつなぐ線が前記ガイド部品の変位の前記方向に対して非ゼロ角で相対し、前記スプールが1つの反転位置から前記反転位置の間のほほ中間の点に、及び前記反転位置の間のほぼ中間の前記位置から次の反転位置に移動されると、前記駆動手段が前記ガイドスロットの形状及び前記カムスタッドの変位の結果として、前記カムスタッドが前記ガイド部品に対して連続的に変化するストローク速度を与えるようにし、前記側壁が、前記スプールが前記反転位置のうちの1つに近づくと前記ストローク速度を増加させ、前記スプールが前記反転位置の聞のほぼ中間の位置に近づくと前記ストローク速度を減少させる手段も形成し、
前記スプール変位方向の反転の前に前記カムスタッドが置かれる前記側壁のセグメントが、前記カムスタッドが実質的に前記側方位置にある前記側壁のセグメントよりも、前記ガイド部品の変位の方向と一致し、前記長手方向を横断する、前記スロットを通る線から遠くに配置される釣り用リール。
請求項2:
前記細長いS字は、鏡像反転されたS文字の形である、請求項1に記載の改良。
請求項3:
前記ガイドスロットが弧形状の領域を有し、前記ガイドスロッドの前記弧形状の領域及び前記カムスタッドの前記円形の経路が一致しない、請求項1に記載の改良。
請求項4:
2つの側方位置の付近で、前記ガイド部品の変位の方向に対する前記側壁の角度 が約40°?45°であり、前記ガイド部品の変位の方向における反転位置付近の前記側壁の角度が約70°?75°であり、1つの位置から次の位置への急な移行がなく、前記移動方向に対する前記側壁の傾斜が連続的に変化する、請求項1に記載の改良。
請求項5:
前記非ゼロ角が約90°の角度である、請求項1に記載の改良。
請求項6:
前記ガイドスロットの前記側壁の湾曲は、前記スプールのストローク距離が、前記スプール移動の方向へ前記カムスタッドによって移動されたストローク距離よりも大きいようにされている、請求項1に記載の改良。」

シ 図1として、下記の図が記載されている。


ス 図2として、下記の図が記載されている。


セ 図6として、下記の図が記載されている。


ソ 上記ウ、エを踏まえて図1、図2をみると、
(ア)釣り用リールがスピニングリールであること、
(イ)カムスタッド13が歯車11の一側面の周縁部に取り付けられていること、
(ウ)ガイド部品15が先端にスプール1を有するスピンドル2の後端側に取り付けられていること、
が看取できる。

タ 上記コ、サを踏まえて、図1、図6をみると、ガイドスロット14は、その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部(領域29のあたり)と、この傾斜部の両端側から延設した延設部(領域28、31のあたり)とによってS字形状に形成され、延設部の端部領域をつなぐ線(S’-S’’)がスプール軸(3-3)に対して約90°の角度で相対していること、が看取できる。

チ 上記アないしタによると、甲第2号証の1には、以下の発明が記載されていると認められる(以下「甲2発明」という。)。

「カムスタッド13が歯車11の一側面の周縁部に取り付けられており、このカムスタッド13は、ガイド部品15のガイドスロット14に入り込んでおり、ガイドスロット14は、その側壁14’、14’’は直線的であって、その中間部に設けられスプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側から延設した延設部とによってS字形状に形成され、延設部の端部領域をつなぐ線がスプール軸に対して約90°の角度で相対しており、ガイド部品15が先端にスプール1を有するスピンドル2の後端側に取り付けられており、ハンドクランク8が回転されると歯車11が回転し、歯車11の360°の回転が、スピンドル2によって、スプールの完全な往復動作を生じさせる釣り用スピニングリール。」

(3)甲第3号証
請求人が無効理由に係る証拠として提出した、本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第3号証には、次の事項が記載されている。

ア 「【0001】
【産業上の利用分野】この発明は、魚釣用スピニングリールに関する。
・・・
【0006】この発明は、リール本体の小型、コンパクト化を図りながらスプール前後動のストロークを長くすることが可能な、魚釣用スピニングリールを提供することを目的とする。
【0007】
【課題を解決するための手段】前記課題を解決するために、本発明の魚釣用スピニングリールは、ハンドル駆動軸と連動して回転する連動歯車に偏芯凸部を設け、先端にスプールを有するスプール軸の後部に取り付けられた摺動子の係合長溝に前記偏芯凸部を係合させて、前記ハンドル駆動軸の回転をスプール軸の前後往復動に変換させるように構成されており、前記係合長溝を、前記スプール軸に対して所定角度傾斜させたことを特徴としている。
【0008】
【作用】連動歯車に設けられた偏芯凸部が係合する摺動子の係合長溝をスプール軸に対して傾斜させることにより、摺動子の側部とハンドル駆動軸との当接を回避し、かつスプール前後動のストロークを大きくする。」

イ 「【0009】
【実施例】以下、本発明の好ましい実施例について詳細に説明する。図1は、本発明に係る魚釣用スピニングリールの全体的な構成を示す図であり、スプール前後動機構の部分の構成を切欠いて示す図である。
・・・
【0014】リール本体1の側板1aには、前記平歯車15と噛合するように、支軸23および止輪24を介して連動歯車25が回転可能に支持されている。この連動歯車25のスプール軸17に対向する表面には、支軸23から偏芯した位置に凸部25a(以下、偏芯凸部)が設けられている。
【0015】前記スプール軸17の後部は、断面D状に形成されており、この部分に、止めビス30を介して摺動子33が締め付け固定されている。摺動子33には、前記連動歯車25に設けられた偏芯凸部25aが係合するように、係合長溝33aが形成されている。この係合長溝33aは、スプール軸17に対して所定角度傾斜しており、図2に示すように、その上方がスプールと反対側で下方がスプールに向くように傾斜している。そして、ハンドル駆動軸14と一体化された平歯車15がハンドル7の操作によって回転駆動されると、連動歯車25に設けられた偏芯凸部25aは、係合長溝33a内を摺動しながら摺動子33を前後動させる。この結果、スプール軸17は前後動され、その先端側に取り付けられたスプール5も前後動される。」

ウ 上記アないしイによると、甲第3号証には、以下の発明が記載されていると認められる(以下「甲3発明」という。)。

「平歯車15と噛合するように支持されている連動歯車25のスプール軸17に対向する表面に、支軸23から偏芯した位置に偏芯凸部25aが設けられ、その先端側にスプール5が取り付けられたスプール軸17の後部に締め付け固定されている摺動子33に、連動歯車25に設けられた偏芯凸部25aが係合するように、係合長溝33aが形成され、係合長溝33aは、スプール軸17に対してその上方がスプールと反対側で下方がスプールに向くように所定角度傾斜しており、ハンドル駆動軸14と一体化された平歯車15がハンドル7の操作によって回転駆動されると、連動歯車25に設けられた偏芯凸部25aは、係合長溝33a内を摺動しながら摺動子33を前後動させ、この結果、スプール軸17は前後動される魚釣用スピニングリール。」

(4)甲第4号証
請求人が無効理由に係る証拠として提出した、本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第4号証には、次の事項が記載されている。

ア 「【0001】
【産業上の利用分野】
本考案は回転枠の糸巻き取り作動に連れて、スプールをその軸芯方向に一定ストロークで往復移動させるべく、回転枠駆動系のギヤに形成した駆動ピンでスプール往復駆動系の被動体に形成した係合長孔とを係合連係させてあるスピニングリールのオシレーティング機構に関する。
【0002】
【従来の技術】
この種のスピニングリールのオシレーティング機構において、従来、駆動ピンを回転枠駆動系のギヤに形成するに、前記駆動ピンをギヤに取り付けた基端部とスプール往復駆動系の被動体としてのアームに形成した係合孔に係合する先端係合部とから形成し、前記先端係合部を前記ギヤの歯部底径よりも小径位置に設定してあった(例えば、実開平2-974号公報)。
【0003】
【考案が解決しようとする課題】
上記構成の場合には、先端係合部の回転半径が歯部の回転半径よりも小なるものであるから、スプールの往復ストロークが短く、同一長さの釣り糸を巻き付けるには、隣接する糸の間隔を密にして巻き付けねばならず、その為に、投げ釣り時等において、糸を繰り出す際に糸同士の接触抵抗が大きくなり、飛距離が充分に採れないことがあった。
本考案の目的は糸同士の接触抵抗を軽減し、飛距離等を稼ぐに充分なリールを提供する点にある。
【0004】
【課題を解決するための手段】
本考案は係合ピンをギヤに取り付けた基端部と係合孔に係合する先端係合部とから形成し、前記先端係合部を前記ギヤの歯部底径よりも大径位置に設定してある点にあり、その作用効果は次の通りである。
【0005】
【作用】
つまり、先端係合部の回転半径が従来の場合に比べて大きくなり、それに連れてスプールの往復ストロークを従来に比べて大きく出来るとともに、回転枠の回転速度に対するスプールの往復移動速度を大きくでき、必然的に、スプールに巻かれる糸の隣接間隔を従来に比べて大きくできて、糸を繰り出す際の糸同士の接触抵抗を低減できる。
【0006】
【考案の効果】
その結果、スプールに巻かれる糸の長さを短くすることなく、糸の隣接間隔を大きくできて、投げ釣り時の遠投性能を向上させることが出来、しかも、ギヤ等のピッチ円径を変更する必要はなく設計上の負担を軽減できる。」

イ 「【0007】
【実施例】
図4に示すように、糸巻上げ用のハンドル1及び後端にリアドラグ操作具2を備えたリール本体3の前端に、ハンドル1によって駆動される回転枠4、スプール5を配して、それら回転枠4を相対回転する状態でかつスプール5を一体回転状態にスプール軸6に装着して投げ用のスピニングリールを構成する。
【0008】
オシレーティング機構について説明する。図1及び図2に示すように、ハンドル1と一体回転するハンドル軸7をリール本体3に枢支するとともに、ハンドル軸7に原動ギヤ8を固着し、ハンドル1によって駆動可能に構成する。この原動ギヤ8と咬合して減速動力を得る駆動ギヤ9を配すとともに、駆動ギヤ9に相対向して、スプール軸6に遊転支持されかつスプール軸6と一体でスプール軸芯方向に往復移動する被動体10を配してある。駆動ギヤ9の側面に駆動ピン11を突設し、駆動ピン11と係合する係合長孔10Aを被動体10に形成し、駆動ギヤ9より被動体10に動力伝達可能に構成する。駆動ピン11は駆動ギヤ9に取り付けた基端部11Aと係合長孔10Aに係合する先端係合部11Bとからなり、先端係合部11Bを駆動ギヤ9のピッチ円径位置に位置させてある。つまり、先端係合部11Bを駆動ギヤ9の歯部底径よりも大径位置に設定して、被動体10の往復ストローク及び移動速度を大きくしてある。」

ウ 図1から、係合長孔10Aがスプール軸6と直交するストレート部で形成されていること、が看取できる。

エ 上記イを踏まえて図2をみると、駆動ギア9の一側面に駆動ピン11をその周縁部に形成されていること、が看取できる。

オ 上記イを踏まえて図3をみると、スプール軸6が先端にスプール5を有し、後端側に被動体10を支持していること、が看取できる。

カ 上記アないしオによると、甲第4号証には、以下の発明が記載されていると認められる(以下「甲4発明」という。)。

「ハンドル1と一体回転するハンドル軸7に原動ギヤ8を固着し、この原動ギヤ8と咬合して減速動力を得る駆動ギヤ9を配すとともに、駆動ギヤ9に相対向して、先端にスプール5を有するスプール軸6の後端側に遊転支持されかつスプール軸6と一体でスプール軸芯方向に往復移動する被動体10を配し、駆動ギア9の一側面に駆動ピン11をその周縁部に形成し、駆動ピン11と係合する係合長孔10Aを被動体10に形成し、係合長孔10Aがスプール軸6と直交するストレート部で形成され、駆動ギヤ9より被動体10に動力伝達可能に構成するオシレーティング機構を備えたスピニングリール。」

(5)甲第5号証
請求人が無効理由に係る証拠として提出した、本件特許の優先日前に頒布された刊行物である甲第5号証には、次の事項が記載されている。

ア 「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は釣に用いられる後方ドラグ型スピニングリールのスプール往復装置に関する。」

イ 「【0022】図1および図2に示すように、スプール往復装置は、駆動ギア50と共にハンドル軸40に固定されたスパーギア60に歯合した従動ギア70を備え、この従動ギア70に形成されたカムピン71により動力の伝達を受ける。
【0023】スプール往復装置は、第1ピボットアーム80、第2ピボットアーム90、結合部材94、及びねじ96を備えている。図2ないし図4に示すように、第1ピボットアーム80は固定用孔82を有し、この固定用孔には、第1ピボットアーム80を回動可能に支持するため本体10の内部に一体的に形成された固定軸83が挿通されている。また、第1ピボットアーム80は、従動ギア70に形成されたカムピン71が係合されたピン溝86、及びピン溝86の反対側面上に形成されたスロット88を備えている。なお、ピン溝86はほぼS字形に形成されている。」

ウ 図4として、下記の図が記載されている。


2 無効理由1について
(1)本件発明1について
ア 対比・判断
(ア)甲1発明の「ハンドル(5)」、「歯車(10)」、「スプールシャフト(23)」、「非直線スロット(19)」、「揺動スライダクランク機構」は、それぞれ、本件発明1の「ハンドル」、「アイドルギア」、「スプール軸」、「オシレート溝」、「オシレート機構」に相当する。

(イ)甲1発明の「揺動レバー(15)」及び「パッド状摺動ブロック(17)」は、本件発明1の「オシレートスライダー」と、「往復動変換部材」で共通する。

(ウ)甲1発明の「ハンドル(5)の動きを受ける」「回転自在な歯車(10)の一側面の周縁部にピン(18)が形成され」ることは、スピニングリールの「ハンドル(5)の動き」が回転であることは明らかであるから、本件発明1の「ハンドルの回転に連動回転するアイドルギヤの一側面に突起をその周縁部に形成する」ことに相当する。

(エ)甲1発明の「揺動レバー(15)の非直線スロット(19)に係合させられ」る「ピン(18)」は、本件発明1の「オシレートスライダーのオシレート溝に係合させ」る「突起」に相当する。

(オ)甲1発明の「糸をスプールに均一に巻き付けるために必要なスプールの直線的な交互の上下運動が揺動スライダクランク機構によって得られる投げ釣り用スピニングリール」は、「揺動スライダクランク機構」が「ハンドル(5)の動きを受ける」ように構成されており、「ハンドル(5)の動き」が回転であることは明らかであるから、本件発明1の「ハンドルの回転をスプールの前後方向への往復動に変換させるオシレート機構を備えた魚釣用スピニングリール」に相当する。

(カ)甲1発明の「スプールシャフト(23)が、ねじを用いてスプールシャフト(23)に取り付けられたパッド状摺動ブロック(17)を介在させることにより、揺動レバー(15)に連結され」ることは、「揺動レバー(15)」及び「パッド状摺動ブロック(17)」が「ねじを用いてスプールシャフト(23)に取り付けられ」ることを意味し、「スプールシャフト(23)」が先端にスプールを有することは技術常識であるから、本件発明1の「オシレートスライダー」が「先端にスプールを有するスプール軸の後端側に取り付けられ」ることと、「往復動変換部材」が「先端にスプールを有するスプール軸の後端側に取り付けられ」ることで共通する。

(キ)甲1発明の「非直線スロット(19)は、その中間部に設けられた傾斜部(20)と、傾斜部(20)の両端側から平行に延設した2つの直線状の長手方向延長部(21)、(22)とで形成され」は、本件発明1の「オシレート溝を、その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成した」と、「オシレート溝を、その中間部に設けられた傾斜部と、この傾斜部の両端側から平行に延設したストレート部とで形成した」で共通する。

(ク)以上によれば、両者は以下の点で一致する。

「ハンドルの回転に連動回転するアイドルギヤの一側面に突起をその周縁部に形成すると共に、当該突起を、先端にスプールを有するスプール軸の後端側に取り付けられた往復動変換部材のオシレート溝に係合させて、ハンドルの回転をスプールの前後方向への往復動に変換させるオシレート機構を備えた魚釣用スピニングリールに於て、オシレート溝を、その中間部に設けられた傾斜部と、この傾斜部の両端側から平行に延設したストレート部とで形成した魚釣用スピニングリール。」

(ケ)他方、両者は以下の点で相違する。

[相違点1]:「往復動変換部材」が、本件発明1ではスプール軸の後端側に取り付けられ、オシレート溝を有するオシレートスライダーであるのに対して、甲1発明では、「揺動レバー(15)」及び「パット状摺動ブロック(17)」で往復動変換部材が構成され、本件発明1のオシレート溝に相当する「非直線スロット(19)」を有する揺動レバー(15)は、スプール軸の後端には取り付けられるものではなく、支点(16)の周りを揺動するものであり、スプールシャフトに取り付けられたパッド状摺動ブロック(17)を介在させて、スプールシャフトに連結されている点。

[相違点2]:「オシレート溝」の「傾斜部」の傾斜方向と「ストレート部」の延設方向について、
本件発明1では、傾斜部が「スプール軸の前後方向」へ傾斜し、ストレート部が「スプール軸と略直交する上下方向」へ延設するのに対して、
甲1発明では、(非直線スロット(19)が設けられる)揺動レバー(15)が支点(16)の周りを揺動するため、非直線スロット(19)の傾斜部(20)の傾斜方向と長手方向延長部(21)、(22)の延設方向が、それぞれ、スプールシャフト(23)の前後方向とスプールシャフト(23)と略直交する上下方向を基準に定まらない点。

(コ) よって、本件発明1は、甲第1号証の1に記載された発明とすることはできない。

イ 請求人の主張
(ア)請求人は、甲第1号証の1に開示する揺動レバー(15)は、揺動レバー(15)の揺動動作の中間位置では、2つの長手方向延長部(21及び22)はスプール軸に対して直交する。揺動動作の全体を考えた場合、この中間位置での部材間の関係が基本的な姿態であり、そこから上下に揺動すると、揺動レバー(15)はスプールシャフトに対して直交の状態を中心として一定範囲の角度で位置すると理解できるので、相違点(上記ア(ケ)の相違点2に該当する。)に係る本件発明1の構成は甲第1号証の1に記載されている旨主張する。

(イ)しかしながら、相違点2に係る本件発明1の構成は、オシレート溝の形状をスプール軸との位置関係によって規定するものであるから、オシレート溝とスプール軸の位置関係が相対的に変化しないことを前提とした構成であると解するのが自然である上、本件明細書の記載もこの解釈に矛盾しないことから、当該構成にオシレート溝とスプール軸の位置関係が相対的に変化するものを含むことを前提とした請求人の主張は採用できない。
なお、そもそも、甲第1号証の1には、相違点1に係る本件発明1の構成は、記載も示唆もない。

(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1に従属し、本件発明1の発明特定事項をすべて含むものであり、本件発明2と甲1発明とを対比すると、両者は少なくとも上記相違点1及び2で相違するから、本件発明2は、甲第1号証の1に記載された発明とすることはできない。


3 無効理由2について
(1)本件発明1について
ア 対比・判断
(ア)甲2発明の「ハンドクランク8」、「スプール1」、「スピンドル2」、「釣り用スピニングリール」は、それぞれ、本件発明1の「ハンドル」、「スプール」、「スプール軸」、「魚釣用スピニングリール」に相当する。

(イ)甲2発明の、「ハンドクランク8が回転されると」「回転」する「歯車11」は、本件発明1の「ハンドルの回転に連動回転するアイドルギヤ」に相当する。

(ウ)甲2発明の「カムスタッド13が歯車11の一側面の周縁部に取り付けられて」いることは、本件発明1の「アイドルギヤの一側面に突起をその周縁部に形成する」ことに相当する。

(エ)甲2発明の「先端にスプール1を有するスピンドル2の後端側に取り付けられて」いる「ガイド部品15」は、本件発明1の「先端にスプールを有するスプール軸の後端側に取り付けられたオシレートスライダー」に相当する。

(オ)甲2発明の「ガイド部品15のガイドスロット14に入り込んで」いる「カムスタッド13」は、本件発明1の「オシレートスライダーのオシレート溝に係合させ」る「突起」に相当する。

(カ)甲2発明の「ハンドクランク8が回転されると歯車11が回転し、歯車11の360°の回転が、スピンドル2によって、スプールの完全な往復動作を生じさせる」ことは、本件発明1の「ハンドルの回転をスプールの前後方向への往復動に変換させるオシレート機構を備え」ることに相当する。

(キ)本件発明1の「その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成した」「オシレート溝」と、甲2発明の「その側壁14’、14’’は直線的であって、その中間部に設けられスプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側から延設した延設部とによってS字形状に形成され、延設部の端部領域をつなぐ線がスプール軸に対して約90°の角度で相対して」いる「ガイドスロット14」とは、「その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側から延設した延設部とで形成した」「オシレート溝」で共通する。

(ク)以上によれば、両者は以下の点で一致する。

「ハンドルの回転に連動回転するアイドルギヤの一側面に突起をその周縁部に形成すると共に、当該突起を、先端にスプールを有するスプール軸の後端側に取り付けられたオシレートスライダーのオシレート溝に係合させて、ハンドルの回転をスプールの前後方向への往復動に変換させるオシレート機構を備えた魚釣用スピニングリールに於て、上記オシレート溝を、その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側から延設した延設部とで形成した魚釣用スピニングリール。」

(ケ)他方、両者は以下の点で相違する。

[相違点A]:「オシレート溝」の「延設部」について、
本件発明1において、「スプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部」であるのに対して、
甲2発明では、「端部領域をつなぐ線がスプール軸に対して約90°の角度で相対」するように形成されており、「延設部」はスプール軸と略直交する上下方向へ延在したものとはならない点。

(コ)よって、本件発明1は、甲第2号証の1に記載された発明とすることはできない。

イ 請求人の主張
(ア)請求人は、被請求人が本件発明1の「スプール軸と略直交する・・・ストレート部」を「2つのストレート部が同一直線上にない状態で平行に設けられている」と同義と解釈しており、この解釈によれば「略直交」とは90度を含む広範囲の角度を規定することになり、甲2号証の1に開示されているクランク形状の中央部分の両端から延伸する各端部の全体を代表するスピンドルの軸方向(26)に対する傾斜角はαよりずっと90度に近くなることを踏まえると、当該各端部のスプールのストロークの方向(26)に対する傾斜角は、本件発明1の「略直交」に包含される旨主張する。

(イ)しかしながら、甲第2号証の1の「図6は、側方位置A及びCにおいてカムスタッド13を受けるガイドスロット14のセグメント20、21に対する接線TA及びTCが、移動方向3-3に対して角度αをなし、その角度αは、セグメント22、22’(ここではカムスタッド13が反転位置B及びDそれぞれにある)における側壁14’、14’’の接線TB及びTDによってなされる角度βよりも小さいことを示す。上記の角度は、好ましくは、α=40°?50°(図示された実施例では45°)、及びβ=70°?75°(図示された実施例では72.5°)である。それによって、常に90°より小さい角度が、ストローク方向に延びる特定の接線TB、TA、TD、及びTCと、ストローク方向3-3の間にもたらされる。」(上記1(2)ケを参照。)との記載を踏まえて図1、6をみれば、甲第2号証の1には、延設部(図6における領域28、31のあたり)をスピンドル2に対して直交させることが記載されていないことは明らかである上、本件発明1の「略直交」の意味について、その字義からは、図1、6に図示された角度を含むような広範囲の角度を意味するとは解釈できず、また、本件明細書において「略直交」との用語に広範囲の角度が含まれると解釈できる事情も存在しないから、請求人の主張は採用できない。

(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1に従属し、本件発明1の発明特定事項をすべて含むものであり、本件発明2と甲2発明とを対比すると、両者は少なくとも上記相違点Aで相違するから、本件発明2は、甲第2号証の1に記載された発明とすることはできない。


4 無効理由3について
(1)本件発明1について
ア 対比
上記2(1)のとおり、本件発明1と甲1発明は、上記相違点1及び2で相違する。

イ 判断
(ア)相違点2に係る本件発明1の構成は、相違点1に係る本件発明1の構成によるものであるため、相違点1、2はまとめて検討する。

(イ)甲1発明において相違点1及び2に係る本件発明1の構成を得るためには、甲1発明の揺動レバー(15)を、スプールシャフト(23)に取り付けられたパッド状摺動ブロック(17)を介在させることにより(スプールシャフト(23)に固定せずに)支点(16)の周りを揺動させる構成から、非直線スロット(19)の形状を変えずに、スプールシャフト(23)に取り付けられたパッド状摺動ブロック(17)を取り除いた上で、非直線スロット(19)の長手方向延長部(21)、(22)の延設方向がスプールシャフト(23)と略直交する方向となるようにスプールシャフト(23)に対して固定する構成に変更しなければならない。

(ウ)しかしながら、上記(イ)のように、甲1発明において、非直線スロット(19)の形状を変えずに、揺動レバー(15)を支点(16)の周りを揺動する構成からスプールシャフト(23)に固定される構成に変更することによって、変更前の状態において設定されていたスプールのオシレートの挙動が保てなくなることは明らかであるから、スプールのオシレートの挙動に当然注意を払うべき当業者が、非直線スロット(19)の形状を変えないのであれば、揺動レバー(15)を支点(16)の周りを揺動する構成からスプールシャフト(23)に固定される構成に変更すること、すなわち、相違点1及び2に係る本件発明1の構成を採用することを容易に着想することはできない。また、仮に、揺動レバー(15)を支点(16)の周りを揺動する構成からスプールシャフト(23)に固定される構成に変更することができたとしても、そのような変更に合わせて非直線スロット(19)の形状も必然的に見直されるべきものであるから、相違点2に係る本件発明1の構成を採用することを容易に着想できたとはいえない。

(エ)また、甲第1号証の1、甲第2号証の1、甲第3号証、甲第5号証には、上記(イ)の変更について何ら記載も示唆もされていない。

(オ)以上から、甲第1号証の1、甲第2号証の1、甲第3号証、甲第5号証の記載を踏まえたとしても、甲1発明において上記相違点1及び2に係る本件発明1の構成を採用することを当業者が容易に着想するとはいえない。

ウ 請求人の主張
(ア)請求人は、オシレート溝が、I字型、S字型、及びC字型のオシレート溝のいずれの場合でも、ピボット動作を伴うオシレート機構(以下「ピボット機構」という。)とスライダーがスプール軸に固着されて一緒に前後運動する機構(以下「リニア機構」という。)の両方の先行技術が存在していた(甲第10号証)ので、この技術分野の当業者であれば、甲第1号証の1に記載するピボット機構を、リニア機構に置き換えることを容易に想起する旨主張する。

(イ)しかしながら、甲第10号証においてS字型の例として挙げられている、甲第2号証の1(リニア機構の例)、甲第5号証(ピボット機構の例)に記載されているオシレート溝を比較すると、両者のオシレート溝の形状は明らかに異なることから(上記1(2)セ、1(5)ウを参照)、これらの証拠により、S字型のオシレート溝の場合に、オシレート溝の形状を変えずにピボット機構からリニア機構に変更することを当業者が通常なし得ることが裏付けられるとはいえない。
また、甲第10号証においてC字型のオシレート溝を用いたピボット機構の例として挙げられている、甲12号証の2ないし4(なお、甲第12号証の3は、甲第12号証の2に係る出願の公開特許公報、甲第12号証の4は、甲第12号証の2及び3に係る出願において主張する優先権の基礎となる出願についての公開特許公報であり、これらの証拠には実質的に同一の内容が記載されている。)には、甲第12号証の2の「【0027】・・・振動駆動歯車88は一体の側方に突出するピン94を有し、このピンはピボット・アーム78に振動駆動歯車88に向かって側方に開いた細長い直線形の盲スロット96内を案内されながら移動する。」、「【0032】図5に仮想線108で示すように、スロット96を湾曲形状にすることによって中心軸72の前後両方方向における移動速度を等しくすることはできる。この構成では、スロット108の湾曲は、ピン94が中心軸72を後方へ押圧し続ける2時位置で始まり、3時位置で終わる。・・・」との記載を踏まえれば、I字型のオシレート溝を用いることを前提として、オシレート溝に「ピン94が中心軸72を後方へ押圧し続ける2時位置で始まり、3時位置で終わる」湾曲を形成することは記載されているが、オシレート溝をC字型とすることまでは記載されていない。いずれにせよ、これらのオシレート溝の形状が、C字型のオシレート溝を用いたリニア機構の例として挙げられている甲第11号証の1及び甲第11号証の24に記載されたオシレート溝の形状と異なることは明らかであるから、これらの証拠により、C字型のオシレート溝の場合に、オシレート溝の形状を変えずにピボット機構からリニア機構に変更することを当業者が通常なし得ることが裏付けられるとはいえない。
加えて、甲第12号証の2の段落【0032】において、I字型のオシレート溝を形状を変えずにピボット機構に用いれば、スプール軸の前後方向における移動速度が異なってしまう課題が生じることを指摘していることからも明らかである。

(ウ)上記(イ)から、請求人の上記(ア)の主張は裏付けが十分でなく妥当性を欠く上、そもそも、甲第1号証の1に記載された非直線スロット(19)の形状は、I字型、S字型、及びC字型の何れでもないから、請求人の主張は採用できない。

エ まとめ
以上のとおりであるから、本件発明1は、甲第1号証の1に記載された発明、及び、甲第2号証の1、甲第3号証、甲第5号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1に従属し、本件発明1の発明特定事項をすべて含むものであるから、本件発明2と甲1発明とを対比すると、両者は少なくとも上記相違点1及び2で相違する。
そして、上記(1)の本件発明1についての検討と同様の理由により、本件発明2は、甲第1号証の1に記載された発明、及び、甲第2号証の1、甲第3号証、甲第5号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。


5 無効理由4について
(1)本件発明1について
ア 対比
(ア)甲4発明の「ハンドル1」、「スプール5」、「スプール軸6」、「」オシレーティング機構」、「スピニングリール」は、それぞれ、本件発明1の「ハンドル」、「スプール」、「スプール軸」、「オシレート機構」、「魚釣用スピニングリール」に相当する。

(イ)甲4発明の「ハンドル1と一体回転するハンドル軸7に原動ギヤ8を固着し、この原動ギヤ8と咬合して減速動力を得る駆動ギヤ9」は、本件発明1の「ハンドルの回転に連動回転するアイドルギヤ」に相当する。

(ウ)甲4発明の「駆動ギア9の一側面に駆動ピン11をその周縁部に形成」することは、本件発明1の「アイドルギヤの一側面に突起をその周縁部に形成する」ことに相当し、同様に、「駆動ピン11と係合する係合長孔10Aを被動体10に形成」することは、「突起を」「オシレートスライダーのオシレート溝に係合させ」ることに相当する。

(エ)甲4発明の「先端にスプール5を有するスプール軸6の後端側に遊転支持されかつスプール軸6と一体でスプール軸芯方向に往復移動する被動体10」は、本件発明1の「先端にスプールを有するスプール軸の後端側に取り付けられたオシレートスライダー」に相当する。

(オ)甲4発明の「ハンドル1と一体回転するハンドル軸7に原動ギヤ8を固着し、この原動ギヤ8と咬合して減速動力を得る」「駆動ギヤ9より被動体10に動力伝達可能に構成するオシレーティング機構」は、本件発明1の「ハンドルの回転をスプールの前後方向への往復動に変換させるオシレート機構」に相当する。

(カ)本件発明1の「その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成した」「オシレート溝」と、甲4発明の「スプール軸6と直交するストレート部で形成され」ている「係合長孔10A」とは、「スプール軸と直交するストレート部を有する」「オシレート溝」で共通する。

(キ)以上によれば、両者は以下の点で一致する。

「ハンドルの回転に連動回転するアイドルギヤの一側面に突起をその周縁部に形成すると共に、当該突起を、先端にスプールを有するスプール軸の後端側に取り付けられたオシレートスライダーのオシレート溝に係合させて、ハンドルの回転をスプールの前後方向への往復動に変換させるオシレート機構を備えた魚釣用スピニングリールに於て、上記オシレート溝が、スプール軸と直交するストレート部を有する魚釣用スピニングリール。」

(ク)他方、両者は以下の点で相違する。

[相違点ア]:「スプール軸と直交するストレート部を有する」「オシレート溝」について、
本件発明1が、「その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成した」ものであるのに対して、
甲4発明は、その特定がない点。

イ 判断
(ア)甲第1号証の1には、上記1(1)カに記載した甲1発明が記載されている。

(イ)ここで、甲4発明と甲1発明のオシレート機構を比較すると、甲4発明では、移動体10をスプール軸6に固定して(スプール軸6と一体的に)移動する構成を採用しているのに対して、甲1発明では、揺動レバー(15)を、スプールシャフト(23)に取り付けられたパッド状摺動ブロック(17)を介在させることにより(スプールシャフト(23)に固定せずに)支点(16)の周りを揺動させる構成を採用しており、両者においてオシレート機構の構成が異なっている。

(ウ)そして、上記4(1)にて検討したとおり、上記(イ)に記載したオシレート機構の構成の相違によって、同じ形状のオシレート溝を備えたオシレートスライダーを用いた場合であっても、両者におけるスプールのオシレートの挙動が異なってしまうので、スプールのオシレートの挙動の設計に注意を払うであろう当業者が、甲4発明において、移動体10を、オシレート機構が異なる甲1発明の揺動レバー(15)で置換すること、すなわち、相違点アに係る本件発明1の構成とすることを、容易に着想し得るとはいえない。

(エ)また、甲第2号証の1及び甲第3号証には、相違点アに係る本件発明1の構成は記載されていない。

ウ まとめ
以上のとおりであるから、本件発明1は、甲第4号証に記載された発明、及び、甲第1号証の1、甲第2号証の1、甲第3号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1に従属し、本件発明1の発明特定事項をすべて含むものであるから、本件発明2と甲1発明とを対比すると、両者は少なくとも上記相違点アで相違する。
そして、上記(1)の本件発明1についての検討と同様の理由により、本件発明2は、甲第4号証に記載された発明、及び、甲第1号証の1、甲第2号証の1、甲第3号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。


6 無効理由5について
(1)本件発明1について
ア 対比
(ア)甲3発明の「ハンドル7」、「スプール5」、「スプール軸17」、「係合長溝33a」、「魚釣用スピニングリール」は、それぞれ、本件発明1の「ハンドル」、「スプール」、「スプール軸」、「オシレート溝」、「魚釣用スピニングリール」に相当する。

(イ)甲3発明の、「ハンドル7の操作によって回転駆動される」「平歯車15」「と噛合するように支持されている連動歯車25」は、本件発明1の「ハンドルの回転に連動回転するアイドルギヤ」に相当する。

(ウ)甲3発明の「連動歯車25のスプール軸17に対向する表面に、支軸23から偏芯した位置に」「設けられ」た「偏芯凸部25a」は、本件発明1の「アイドルギヤの一側面に」「その周縁部に形成」した「突起」に相当する。

(エ)甲3発明の「先端側にスプール5が取り付けられたスプール軸17の後部に締め付け固定されている摺動子33」は、本件発明1の「先端にスプールを有するスプール軸の後端側に取り付けられたオシレートスライダー」に相当する。

(オ)甲3発明の「摺動子33に、連動歯車25に設けられた偏芯凸部25aが係合するように、係合長溝33aが形成され」ることは、本件発明1の「突起を」「オシレートスライダーのオシレート溝に係合させ」ることに相当する。

(カ)甲3発明の「ハンドル駆動軸14と一体化された平歯車15がハンドル7の操作によって回転駆動されると、連動歯車25に設けられた偏芯凸部25aは、係合長溝33a内を摺動しながら摺動子33を前後動させ、この結果、スプール軸17は前後動される」ことは、本件発明1の「ハンドルの回転をスプールの前後方向への往復動に変換させるオシレート機構を備え」ることに相当する。

(キ)甲3発明の「係合長溝33aは、スプール軸17に対してその上方がスプールと反対側で下方がスプールに向くように所定角度傾斜して」いることは、本件発明1の「オシレート溝を、その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成した」ことと、「オシレート溝が、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部を有する」点で共通する。

(ク)以上によれば、両者は以下の点で一致する。

「ハンドルの回転に連動回転するアイドルギヤの一側面に突起をその周縁部に形成すると共に、当該突起を、先端にスプールを有するスプール軸の後端側に取り付けられたオシレートスライダーのオシレート溝に係合させて、ハンドルの回転をスプールの前後方向への往復動に変換させるオシレート機構を備えた魚釣用スピニングリールに於て、
上記オシレート溝が、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部を有する
魚釣用スピニングリール。」

(ケ)他方、両者は以下の点で相違する。

[相違点a]:「スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部を有する」「オシレート溝」について、
本件発明1が、「その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成した」ものであるのに対して、
甲3発明は、「スプール軸に対してその上方がスプールと反対側で下方がスプールに向くように所定角度傾斜して」いる点。

イ 判断
(ア)甲第1号証の1には、上記1(1)カに記載した甲1発明が記載されている。

(イ)ここで、甲3発明と甲1発明のオシレート機構を比較すると、甲3発明では、摺動子33をスプール軸17に固定して(スプール軸17と一体的に)移動する構成を採用しているのに対して、甲1発明では、揺動レバー(15)を、スプールシャフト(23)に取り付けられたパッド状摺動ブロック(17)を介在させることにより(スプールシャフト(23)に固定せずに)支点(16)の周りを揺動させる構成を採用しており、両者においてオシレート機構の構成が異なっている。

(ウ)そして、上記4(1)にて検討したとおり、上記(イ)に記載したオシレート機構の構成の相違によって、同じ形状のオシレート溝を備えたオシレートスライダーを用いた場合であっても、両者におけるスプールのオシレートの挙動が異なってしまうので、スプールのオシレートの挙動に当然注意を払うべき当業者が、甲3発明において、摺動子33を、オシレート機構が異なる甲1発明の揺動レバー(15)に置換すること、すなわち、相違点aに係る本件発明1の構成とすることを、容易に着想し得るとはいえない。

(エ)また、甲第2号証の1及び甲第4号証には、相違点aに係る本件発明1の構成は記載されていない。

ウ まとめ
以上のとおりであるから、本件発明1は、甲第3号証に記載された発明、及び、甲第1号証の1、甲第2号証の1、甲第4号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。


(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1に従属し、本件発明1の発明特定事項をすべて含むものであるから、本件発明2と甲3発明とを対比すると、両者は少なくとも上記相違点aで相違する。
そして、上記(1)の本件発明1についての検討と同様の理由により、本件発明2は、甲第3号証に記載された発明、及び、甲第1号証の1、甲第2号証の1、甲第4号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。


7 無効理由6について
(1)本件発明1について
ア 対比
上記3(1)のとおり、本件発明1と甲2発明は、上記相違点Aで相違する。

イ 判断
(ア)甲第1号証の1には、上記1(1)カに記載した甲1発明が記載されている。

(イ)ここで、甲2発明と甲1発明のオシレート機構を比較すると、甲2発明では、ガイド部材15をスプール軸に固定して(スプール軸と一体的に)移動する構成を採用しているのに対して、甲1発明では、揺動レバー(15)を、スプールシャフト(23)に取り付けられたパッド状摺動ブロック(17)を介在させることにより(スプールシャフト(23)に固定せずに)支点(16)の周りを揺動させる構成を採用しており、両者においてオシレート機構の構成が異なっている。

(ウ)そして、上記4(1)にて検討したとおり、上記(イ)に記載したオシレート機構の構成の相違によって、同じ形状のオシレート溝を備えたオシレートスライダーを用いた場合であっても、両者におけるスプールのオシレートの挙動が異なってしまうので、スプールのオシレートの挙動に当然注意を払うべき当業者が、甲2発明において、ガイド部材15を、オシレート機構が異なる甲1発明の揺動レバー(15)に置換すること、すなわち、相違点Aに係る本件発明1の構成とすることを、容易に着想し得るとはいえない。

(エ)なお、甲2発明において、ガイド部材15を甲1発明の揺動レバー(15)に置換することを当業者が容易に着想し得ないことは、甲2発明において、「延設部」が、「S字形状」を構成し、その「端部領域をつなぐ線がスプール軸に対して約90°の角度で相対」することや、甲第2号証の1に「図6は、側方位置A及びCにおいてカムスタッド13を受けるガイドスロット14のセグメント20、21に対する接線TA及びTCが、移動方向3-3に対して角度αをなし、その角度αは、セグメント22、22’(ここではカムスタッド13が反転位置B及びDそれぞれにある)における側壁14’、14’’の接線TB及びTDによってなされる角度βよりも小さいことを示す。上記の角度は、好ましくは、α=40°?50°(図示された実施例では45°)、及びβ=70°?75°(図示された実施例では72.5°)である。それによって、常に90°より小さい角度が、ストローク方向に延びる特定の接線TB、TA、TD、及びTCと、ストローク方向3-3の間にもたらされる。」(上記1(2)ケを参照。)との記載があることなど、甲2発明において「オシレート溝」の「延設部」を「スプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部」とすることを阻害する要因が存在することからも明らかである。

(オ)また、甲第3号証及び甲第4号証には、相違点Aに係る本件発明1の構成は記載されていない。

ウ まとめ
以上のとおりであるから、本件発明1は、甲第2号証の1に記載された発明、及び、甲第1号証の1、甲第3号証、甲第4号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1に従属し、本件発明1の発明特定事項をすべて含むものであるから、本件発明2と甲2発明とを対比すると、両者は少なくとも上記相違点Aで相違する。
そして、上記(1)の本件発明1についての検討と同様の理由により、本件発明2は、甲第2号証の1に記載された発明、及び、甲第1号証の1、甲第3号証、甲第4号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。


8 無効理由7について
(1)請求人の主張
ア 本件発明1ないし4は、米国特許第5350131号明細書(甲第2号証の1)等の、オシレート溝を略S字状に成形して、オシレートスライダーを等速度運動させることを指向したスピニングリールでは、糸巻状態をある程度改善するものの、スプールの往復動の切換時に、アイドルギヤの所定角度の回転に対しオシレートスライダーの変位量が依然として他の区間に比し少なく、糸巻面の前、後端部近傍で釣糸が多く巻かれ、その一方で、糸巻面中央部に対応する位置でオシレートスライダーは最速となり、糸巻面の中央部に於ける糸巻量が減少することとなるという問題を解決するものとして位置付けられるところ、両端にある2つのストレート部のスプール軸方向における間隔、ストレート部と傾斜部との比率、傾斜部の斜度や湾曲度合いなどの条件によっては、上述した本件発明の課題を解決し得ないが、本件発明1乃至4にはそのような条件が一切規定されていない。
したがって、本件発明1ないし4は、発明の詳細に記載された発明の課題を解決するための手段が反映されていない。

イ 被請求人は、糸巻面中央部に対応する位置でオシレートスライダーは最速となり、糸巻面の中央部における糸巻量が減少することとなるという問題を解決することのみを本件発明1の解決課題とする旨主張するが、この問題は甲第2号証の1に記載する発明で既に解決済みであるから、本件発明の課題と認めることはできない。

(2)判断
ア 本件明細書の「【0005】然し乍ら、このオシレート機構1は、円軌道上を突起9が移動する構造上、スプール17の往復動の切換時に、アイドルギヤ7の所定角度の回転に対しオシレートスライダー13の変位量(移動量)が減少してスプール17が減速するため、スプール17の釣糸巻回面の前端部と後端部に釣糸が多く巻き取られ、逆にスプール17の往復動の略中間部で最速となるため、スプール17の中央部に巻き取られる釣糸の量が少なくなって糸巻面の形状が中央で凹み、両端部側で盛り上がってしまうこととなる。」、「【0010】そして、A′点?C′点及びG′点?I′点間で徐々にオシレートスライダーが加速されて、糸巻面31の中央部であるN′点,P′点でオシレートスライダーは最速となるため、C′点?D′点及びI′点?J′点間のオシレートスライダーの変位量が最も多く、而も、上述したようにスプール29の往復動に於ける最速点N′点,P′点が一致するので、図21に示すように糸巻面31の中央部に於ける糸巻量が減少することとなる。・・・【0012】而して、斯かるオシレート機構39によれば、アイドルギヤ41を大径化することなくオシレート幅を広げることができるため、上記各従来例に比し糸巻容量を確保することが可能となるが、斯かるオシレート機構39にあっても、スプールに釣糸を巻き取った際に、糸巻面の前,後端部での膨らみ、中央部での凹みといった不具合が依然として残り、糸巻状態の改善は何ら図られていなかった。」との記載を参酌すれば、本件発明1ないし4が解決する課題には、少なくとも、スプールの往復動の際に糸巻面の中央部でオシレートスライダーは最速となることにより糸巻面の中央部における糸巻量が減少するという課題が含まれると認められる。

イ そして、本件発明1ないし4の「オシレート溝を、その中間部に設けられ、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部と、この傾斜部の両端側からスプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部とで形成した」との構成は、本件明細書の発明の詳細な説明の「【0035】このように、図12の実線で示される本実施形態のオシレート変位と図5から明らかなように、本実施形態は、ストレート部53,55に於けるスプール17の往復動の最速点C,I点が糸巻面31の中央部で一致せず、夫々が中央を挟んでその前後に位置すると共に、糸巻位置e点?g点及び糸巻位置k点?a点に亘って釣糸が巻き取られる際に、e点及びk点でスプール17が加速されるので、その間のスプール17の変位量が従来に比し大きくなる。」との記載を参酌すれば、「スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部」を設けて「スプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部」の両端部の位置をスプール軸の前後方向にずらすことにより、スプールの往復動の際の最速点をスプール軸の前後方向にずらす作用を奏することは明らかである。

ウ よって、本件発明1ないし4は、発明の詳細に記載された発明の課題を解決するための手段が反映されているといえる。

エ なお、スプールの往復動の際に糸巻面の中央部でオシレートスライダーは最速となることにより糸巻面の中央部に於ける糸巻量が減少するという課題が先行技術により解決済みであるか否かにかかわらず、上記アのとおり、本件明細書の発明の詳細な説明に当該課題が本件発明1ないし4が解決すべき課題として示されていることに相違はない。

(3)まとめ
以上のとおりであるから、本件特許の発明の詳細な説明は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たす。


9 無効理由8について
(1)請求人の主張
本件発明1ないし4は、ストロークの反転動作の切り換えを速やかに行い、切り換え後の動作も速やかに行うことで、糸巻面の糸巻き量を全体として均一にする作用効果を奏するリールを提供するものである。しかしながら、本件発明1ないし4は、全体としてその特有の効果を奏することが出来ず、有用性を欠く実施形態を包含する。
したがって、本件発明1ないし4は、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(2)判断
ア 上記8(2)アで検討したとおり、本件発明1ないし4が解決する課題には、スプールの往復動の際に糸巻面の中央部でオシレートスライダーが最速となることにより糸巻面の中央部における糸巻量が減少するという課題が含まれる。

イ そして、本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0022】ないし【0035】及び図4ないし12には、オシレートスライダーのオシレート溝に関して、スプール軸の前後方向へ傾斜する傾斜部を設けて、スプール軸と略直交する上下方向へ延設したストレート部の両端部の位置をスプール軸の前後方向にずらす具体的な実施形態が記載されていることから、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1ないし4を、上記アの課題を解決するものとして、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

ウ なお、本件発明1ないし4が解決する課題は、ストロークの反転動作の切り換えを速やかに行い切り換え後の動作も速やかに行うことのみではないから、請求人の主張は採用できない。

(3)まとめ
以上のとおりであるから、本件特許の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たす。


10 無効理由9について
(1)請求人の主張
本件発明1ないし4の「スプール軸と略直交する」「ストレート部」との発明特定事項について、「略直交」なる用語の意義及び範囲が、本件特許の発明の詳細な説明及び技術常識を参酌しても不明確である。

(2)判断
製造時にスプール軸とオシレートスライダーの相対的な位置関係について公差の範囲で誤差が生じ得ること、及び、本件発明1ないし4の、スプールの往復動の際の最速点をスプール軸の前後方向にずらす作用に照らせば、ストレート部がスプール軸と厳密に直交している必要がないことは、当業者にとって明らかであり、本件発明1ないし4の「略」との記載は、単にそのような状態を表現したものと解することができる。そして、甲第2号証の1においても、ガイド部品(本件発明の「オシレートスライダー」に相当する。)を取り付ける角度に関して、「約90°」(請求項5を参照。)との記載を用いていることからみても、角度に一定の幅を持たせた記載を用いることは、当分野において普通に行われていることと認められる。
よって、「略直交」の記載は、「直交」の字義に加えて上記の事情を踏まえれば、当業者であれば明確に把握できるといえる。

(3)まとめ
以上のとおりであるから、本件発明1ないし4は明確であり、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たす。


第5 むすび

以上のとおりであるから、請求人の主張する無効理由によっては、本件発明1ないし4の特許を無効にすることはできない。
審判費用については、特許法第169条第2項の規定において準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人の負担とする。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2016-09-26 
結審通知日 2016-09-28 
審決日 2016-10-17 
出願番号 特願平9-80933
審決分類 P 1 113・ 537- Y (A01K)
P 1 113・ 536- Y (A01K)
P 1 113・ 121- Y (A01K)
P 1 113・ 113- Y (A01K)
最終処分 不成立  
特許庁審判長 赤木 啓二
特許庁審判官 谷垣 圭二
住田 秀弘
登録日 2002-03-29 
登録番号 特許第3292366号(P3292366)
発明の名称 魚釣用スピニングリール  
復代理人 白江 克則  
代理人 特許業務法人浅村特許事務所  
復代理人 松川 直樹  
復代理人 井上 洋一  
復代理人 和田 研史  
復代理人 橋本 裕之  
代理人 村越 智史  
代理人 末吉 亙  
代理人 高橋 元弘  
復代理人 金森 久司  
復代理人 浅村 昌弘  

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