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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C08F
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 C08F
管理番号 1328921
審判番号 不服2016-630  
総通号数 211 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-07-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-01-14 
確定日 2017-06-09 
事件の表示 特願2014-211760「CrもしくはMoが基になった触媒系を用いてシンジオタクテック1,2-ポリブタジエンとゴム状弾性重合体のブレンド物を製造する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 2月26日出願公開、特開2015- 38222〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は,平成13年4月12日(パリ条約による優先権主張 2000年4月13日(2件) (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする特願2001-576903号の一部を平成25年2月7日に新たな特許出願である特願2013-22362号としたものの一部をさらに平成26年10月16日に新たな特許出願としたものであって,同日に上申書が提出され,平成27年7月24日付け拒絶理由通知書により拒絶理由が通知され,同年9月25日に意見書及び手続補正書が提出されたが,同年10月9日付けで拒絶査定がなされ,同査定の謄本は同年10月14日に送達された。これに対して,平成28年1月14日に拒絶査定不服審判の請求がなされると同時に手続補正書が提出され,同年2月4日に特許法第164条第3項の報告がされたものである。


第2 補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]

平成28年1月14日提出の手続補正を却下する。

[理由]

1.補正の内容

平成28年1月14日提出の手続補正(以下,「本件補正」という)は,拒絶査定不服審判の請求と同時にしたものであって,本件補正前の請求項1?8のうち,まず請求項2?7を削除し,その上で,本件補正前の請求項1において本件補正前の請求項4の発明特定事項を追加する補正がされた。
また,本件補正前の請求項8は,その記載を残したまま請求項番号をくり上げ,本件補正後の請求項2とされた。

そして,本件補正前の請求項1と本件補正後の請求項1の記載は次のとおりである。

本件補正前:

「【請求項1】
シンジオタクテック1,2-ポリブタジエンとゴム状弾性重合体のブレンド物を製造する方法であって,
(a)ゴムセメントと1,3-ブタジエンの混合物を準備し,そして
(b)触媒組成物の調製を行うが,(1)クロム含有化合物と,ハイドロジエンホスファイトと,有機マグネシウム化合物,または,(2)モリブデン含有化合物と,ハイドロジエンホスファイトと,有機アルミニウム化合物を組み合わせることにより行い,この触媒組成物の調製を前記ゴムセメントと1,3-ブタジエンの非存在下で行い,そして
(c)上記触媒組成物を用いて前記1,3-ブタジエンを前記ゴムセメント内で重合させることによりシンジオタクテック1,2-ポリブタジエンを生成させる,
ことを含んで成り,
ここで,クロム化合物の量は1,3-ブタジエン100g当たり0.01?2ミリモルであり,有機マグネシウム化合物とクロム化合物のモル比が1:1?50:1であり,そしてハイドロジエンホスファイトとクロム化合物のモル比が0.5:1?50:1である方法。」

本件補正後:

「【請求項1】
シンジオタクテック1,2-ポリブタジエンとゴム状弾性重合体のブレンド物を製造する方法であって,
(a)ゴムセメントと1,3-ブタジエンの混合物を準備し,そして
(b)触媒組成物の調製を行うが,(1)クロム含有化合物と,ハイドロジエンホスファイトと,有機マグネシウム化合物,または,(2)モリブデン含有化合物と,ハイドロジエンホスファイトと,有機アルミニウム化合物を組み合わせることにより行い,この触媒組成物の調製を前記ゴムセメントと1,3-ブタジエンの非存在下で行い,そして
(c)上記触媒組成物を用いて前記1,3-ブタジエンを前記ゴムセメント内で重合させることによりシンジオタクテック1,2-ポリブタジエンを生成させる,
ことを含んで成り,
ここで,クロム化合物の量は1,3-ブタジエン100g当たり0.01?2ミリモルであり,有機マグネシウム化合物とクロム化合物のモル比が1:1?50:1であり,そしてハイドロジエンホスファイトとクロム化合物のモル比が0.5:1?50:1であり,
前記ハイドロジエンホスファイトが下記のケト-エノール形互変異性構造物:
【化1】


で定義される非環状のハイドロジエンホスファイトまたは下記のケト-エノール形互変異性構造物:
【化2】


で定義される環状のハイドロジエンホスファイトまたはそれらの混合物であり,
R^(1)およびR^(2)が独立して一価有機基でありそしてR^(3)が二価有機基である,
方法。」


2.補正の適否

本件補正は,国際出願時の明細書又は特許請求の範囲の翻訳文の範囲内でする補正であると認められる。

そして,本件補正後の請求項1は,本件補正前の請求項1において,本件補正前の請求項4に記載されていた特定事項を追加することで,「ハイドロジエンホスファイト」の範囲を限定するものである。そして,本件補正前の請求項1に記載された発明と本件補正後の請求項1に記載される発明は,産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから,本件補正は平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第4項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものであると認められる。また,本件補正後の請求項2についても同様に,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであると認められる。

そこで,本件補正後の請求項1に係る発明(以下,「本件補正発明」という。)が,特許出願の際,独立して特許を受けることができるものであるか,すなわち平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するかについて,以下検討する。

2-1.本件補正発明

本件補正発明は,前記1.に「本件補正後」として記載したとおりのものである。

2-2.引用例の記載事項・引用発明

(1)引用例1の記載事項
原査定の拒絶理由で引用された,本願の優先日前に頒布されたことが明らかな刊行物である,特開平1-282231号公報(以下,「引用例1」という。)には,次の事項が記載されている(下線は合議体による。以下同様。)。

(摘記事項1-ア)
「(1)少なくとも1種のジエンモノマーを有機溶媒中,溶液重合条件下で重合してゴム状エラストマーの有機溶媒中ポリマーセメントを形成し,
(2)1,3-ブタジエンモノマーを該ポリマーセメント中で,シンジオタクチック-1,2-ポリブタジエンが分散されているゴムセメントを形成させる条件と触媒の存在の下で重合し,そして
(3)該シンジオタクチック-1,2-ポリブタジエンのゴム状エラストマー中高度分散ブレンドを該ゴムセメント中の有機溶媒から回収する
ことを特徴とする,シンジオタクチック-1,2-ポリブタジエンのゴム状エラストマー中高度分散ブレンドの製造法。」(第1頁右欄第8行?第2頁左上欄第2行,「特許請求の範囲」の請求項3)

(摘記事項1-イ)
「発明の背景
エラストマーの物性はその中に結晶性ポリマーをブレンドしてやることによって改善することができる場合がある。例えば,タイヤの支持カーカス又はインナーライナーに用いられるゴム組成物にシンジオタクチック-1,2-ポリブタジエン(SPBD)を配合すると,そのような組成物の生強度が著しく改善される。タイヤ用インナーナライー組成物として用いられるハロゲン化ブチルゴムにSPBDを配合すると,そのような組成物のスコーチ安全性も著しく改善される。」(第3頁左下欄第10?20行)

(摘記事項1-ウ)
「発明の概要
本発明の方法を用いることによってSPBD等の結晶性ポリマーの良好なゴム状エラストマー中分散体が容易にかつ経済的に製造することができる。本発明の方法によればまた高温度での混合と関連して起こるポリマー分解が排除され,しかも常用混合技術と結び付いた多くのプロセス制限も除かれる。」(第4頁右上欄第7行?第14行)

(摘記事項1-エ)
「SPBDは,1,3-ブタジエンモノマーをゴムセメント中で(1)有機金属化合物,(2)遷移金属化合物及び(3)二硫化炭素から構成される触媒組成物の存在下において重合することによって製造することができる。斯る触媒系は米国特許第3,778,424号明細書に詳細に記載されている。この米国特許明細書全体を本明細書で引用,参照するものとする。」(第17頁左上欄第15行?右上欄第2行)

(摘記事項1-オ)
「実施例4
この実験では,SPBDの高シス-1,4-ポリブタジエン中高度分散ブレンドを製造した。使用した方法において,乾燥高シス-1,4-ポリブタジエンをまずヘキサンに溶解した。形成されたゴムセメントを次に1,3-ブタジエンモノマーのSPBDへの立体特異性重合の重合媒体として用いた。
すなわち,1,3-ブタジエンモノマーを高シス-1,4-ポリブタジエンセメントに仕込んだ。重合はオクタン酸コバルト/トリイソブチルアルミニウム/二硫化炭素触媒系を加えることによって開始した。室温で8?24時間の重合後に75?80%の転化率が達成された。次に,SPBDの高シス-1,4-ポリブタジエン中高度分散ブレンドを凝集法により回収した。」(第21頁右下欄第6行?第22頁左上欄第1行。)

(2)引用例2の記載事項
原査定の拒絶理由で引用された,本願の優先日前に頒布されたことが明らかな刊行物である,特開平11-255817号公報(以下,「引用例2」という。)には,次の事項が記載されている。

(摘記事項2-ア)
「【請求項1】 (a)有機マグネシウム化合物
(b)クロム化合物
(c)亜燐酸水素ジヒドロカルビル
の触媒的に有効な量の存在下に,炭化水素溶媒中で1,3-ブタジエンを重合することを含んでなる,シンジオタクテイック1,2-ポリブタジエン生成物の生成方法。」(特許請求の範囲請求項1)

(摘記事項2-イ)
「【従来の技術】純粋なシンジオタクテイック1,2-ポリブタジエン(SPB)は,その重合鎖に交互に二重結合が結合している熱可塑性樹脂である。シンジオタクテイック1,2-ポリブタジエンを用いてフイルム,繊維及び成形品を製造することができる。また,それをゴムに混入させ,共に硬化することができる。
・・・(中略)・・・以下のコバルト含有触媒系がシンジオタクテイック1,2-ポリブタジエンの製造について広く知られている:
I. 日本合成ゴム株式会社に譲渡された米国特許第4182813号に開示される二臭化コバルト/トリイソブチルアルミニウム/水/トリフェニルホスフィン,
II. 宇部興産株式会社に譲渡された米国特許第3778424号に開示されるコバルトトリス(アセチルアセトネート)/トリエチルアルミニウム/水/二硫化炭素
これらの二つの触媒系には,重大な欠点がある。・・・(中略)・・・第二の触媒系は,二硫化炭素を触媒成分の一つとして使用するが,その高い揮発性,低い還流温度並びに毒性のために特殊な安全装置を必要とする。従って該触媒系の工業的的応用には多くの制約が存在する。」(段落【0002】。)

(摘記事項2-ウ)
「本発明の目的は,先行文献の欠点を克服し,先行文献のシンジオタクテイック1,2-ポリブタジエンより高い融点及び増強されたシンジオタクテイック性を有するシンジオタクテイック1,2-ポリブタジエン生成物を製造するために使用することができる新規で改良された触媒系を提供することである。」(段落【0007】)

(摘記事項2-エ)
「本発明の触媒系に用いられる亜燐酸水素ジヒドロカルビルは,下記
【化1】


ここで,R^(1)及びR^(2)は,同一でも異なってもよく,アルキル,シクロアルキル,アリール,アラルキル,又はアリル基であり,それぞれの基は,好ましくは20個の炭素原子までの基を形成するために1または適当な最小の炭素原子を含有するで表されるケト-エノール互変異性体構造で表わされる。
亜燐酸水素ジヒドロカルビルは,主にケト型互変異性体(左の式で表される)として存在し,エノール型互変異性体(右の式で表される)が少量存在する。双方の互変異性体,水素結合により,二量体,又は三量体に自然に会合(selfassociated)する。」(段落【0012】?【0015】)

(摘記事項2-オ)
「本発明の触媒は,その場(in situ)で触媒成分をモノマー/溶媒混合物に順次もしくは同時に加えることにより生成してもよい。成分を順次加える場合の順番は,重要ではないが,有機マグネシウム化合物,クロム化合物そして最後に亜燐酸水素ジヒドロカルビルを加えることが好ましい。触媒は,重合系の外で成分を予備的に混合することにより前以て生成し,得られた予備的に混合された触媒を重合系に加えてもよい。」(段落【0017】)

(摘記事項2-カ)
「有機マグネシウムのクロム化合物に対するモル比(Mg/Cr)は,約2:1ないし約50:1に変えることができる。しかしながら,好ましいMg/Crモル比は,約3:1ないし約20:1である。亜燐酸水素ジヒドロカルビルのクロム化合物に対するモル比(P/Cr)は約0.5:1ないし25:1であり,P/Crモル比の好ましい範囲は,約1:1ないし10:1である。」(段落【0019】)

(摘記事項2-キ)
「一般的にクロム化合物の使用量は1,3-ブタジエン100グラム当たり0.01ないし2ミリモルの範囲で変化させることができ,好ましい範囲は,1,3-ブタジエン100グラム当たり0.05ないし1.0ミリモルの範囲である。」(段落【0021】)

(3)引用例3の記載事項
原査定の拒絶理由で引用された,本願の優先日前に頒布されたことが明らかな刊行物である,特開平11-349623号公報(以下,「引用例3」という。)には,次の事項が記載されている。

(摘記事項3-ア)
「【請求項1】炭化水素溶媒中,触媒的に有効量の(a)有機マグネシウム化合物,(b)クロム化合物,及び(c)環式亜燐酸水素エステルの存在下に1,3-ブタジエンを重合することを含んでなるシンジオタクチック1,2-ポリブタジエンを製造する方法であって,クロム化合物及び有機マグネシウム化合物が随時炭化水素溶媒に可溶であり且つ随時分子量調節剤の存在下に製造を行なう,該シンジオタクチック1,2-ポリブタジエンの製造法。」(特許請求の範囲【請求項1】)

(摘記事項3-イ)
「【従来の技術】・・・(中略)・・・次のコバルト含有触媒系はシンジオタクチック1,2-ポリブタジエンの製造に関してよく知られている。…
I.二臭化コバルト/トリイソブチルアルミニウム/水/トリフェニルホスフィン(日本合成ゴム(株)の特公昭44-32426号,米国特許第44-4,182,813号(1/8/1980))及び
II.コバルトトリス(アセチルアセトネート)/トリエチルアルミニウム/水/二硫化炭素(宇部興産の米国特許第3,778,424号(1970),・・・(中略)・・・。
これら2つの触媒系は,致命的な欠点を有する。・・・(中略)・・・コバルトトリス(アセチルアセトネート)/トリエチルアルミニウム/水/二硫化炭素系は触媒成分の1つとして二硫化炭素を使用するが,この高い揮発性,低い引火性,並びに毒性のために特別な安全性の手段を講じる必要がある。」(段落【0002】?【0004】。下線は合議体による。)


(摘記事項3-ウ)
「本発明の目的は,従来法のシンジオタクチック1,2-ポリブタジエン生成物よりも高い溶融温度及び増大したシンジオタクティシチ-を有するシンジオタクチック1,2-ポリブタジエン生成物を製造するための,従来法の欠点を克服し且つ新規で改良された触媒系を提供することである。」(段落【0008】)

(摘記事項3-エ)
「本発明の触媒系に使用される環式亜リン酸水素エステルは,環式アルキレン亜リン酸水素エステル及び環式アリ-レン亜リン酸水素エステルであり,次のケト-エノ-ル互変異性体構造で表すことができる。
【化1】


上式において,Rは炭素数2?約20の2価のアルキレン又はアリ-レン基,或いは置換されたアルキレン又はアリ-レン基である。環式亜リン酸水素エステルはケト互変異性体(上式の左側)として主に存在し,エノ-ル互変異性体(上式の右側)は少量の種である。両互変異性体は,水素結合によって2量体又は3量体に自己会合していることもある。」(段落【0013】?【0014】)

(摘記事項3-オ)
「本発明の触媒は,3つの触媒成分を,単量体/溶媒混合物に,段階的に又は同時に添加することによってその場で生成させうる。成分を段階的に添加する時の順序は重要でないが,好ましくは有機マグネシウム化合物,クロム化合物,及び最後に環式亜リン酸水素エステルの順で添加される。また3つの触媒成分は,重合系以外の所で予め混合し,ついで得られた混合物を重合系に添加してもよい。」(段落【0018】)

(摘記事項3-カ)
「有機マグネシウム化合物とクロム化合物のモル比(Mg/Cr)は約2:1?約50:1で変化しうる。しかしながら,Mg/Crモル比の好適な範囲は約3:1?約20:1である。環式亜リン酸水素エステルとクロム化合物のモル比(P/Cr)は約0.5:1?約25:1で変化させ得,好適なP/Crモル比の範囲は約1:1?10:1である。」(段落【0021】)

(摘記事項3-キ)
「一般に使用されるクロム化合物の量は1,3-ブタジエン100グラム当たり0.01?2ミリモルであり,好適な範囲は1,3-ブタジエン100グラム当たり約0.05?約1.0ミリモルである。」(段落【0022】)

(4)引用発明
引用例1の摘記事項1-イと1-ウによれば,引用例1は,エラストマーの中に結晶性ポリマーをブレンドしてやることによって物性を改善することができるという知見に基づき,シンジオタクチック-1,2-ポリブタジエン(SPBD)等の結晶性ポリマーの良好なゴム状エラストマー中分散体を容易にかつ経済的に製造することに関する文献であることが理解できる。そして,引用例1には,摘記事項1-アを参照すると,次の発明(以下,「引用発明」という。)が記載されているといえる。

引用発明:
「(1)少なくとも1種のジエンモノマーを有機溶媒中,溶液重合条件下で重合してゴム状エラストマーの有機溶媒中ポリマーセメントを形成し,
(2)1,3-ブタジエンモノマーを該ポリマーセメント中で,シンジオタクチック-1,2-ポリブタジエンが分散されているゴムセメントを形成させる条件と触媒の存在の下で重合し,そして
(3)該シンジオタクチック-1,2-ポリブタジエンのゴム状エラストマー中高度分散ブレンドを該ゴムセメント中の有機溶媒から回収する,
シンジオタクチック-1,2-ポリブタジエンのゴム状エラストマー中高度分散ブレンドの製造法。」


2-3.対比

本件補正発明のうち,触媒組成物として「(1)クロム含有化合物と,ハイドロジエンホスファイトと,有機マグネシウム化合物」を組み合わせたものを採用した場合の発明と,引用発明とを対比する。

引用発明の「ゴム状エラストマー」、「ポリマーセメント」及び「触媒」は,それぞれ本件補正発明の「ゴム状弾性重合体」、「ゴムセメント」及び「触媒組成物」に相当するものである。
このことを踏まえると,本願発明と引用発明とは,
「シンジオタクテック1,2-ポリブタジエンゴムとゴム状弾性重合体のブレンド物を製造する方法であって,
(a)ゴムセメントと1,3-ブタジエンの混合物を準備し,そして,
(c)触媒組成物を用いて,前記1,3-ブタジエンを前記ゴムセメント内で重合させることによりシンジオタクテック1,2-ポリブタジエンを生成させる,
ことを含んで成る,方法。」
の点で一致し,次の点で相違する。

<相違点1>
触媒組成物について,本件補正発明は「(1)クロム含有化合物と,ハイドロジエンホスファイトと,有機マグネシウム化合物」を組み合わせたものであって,かつ「クロム化合物の量は1,3-ブタジエン100g当たり0.01?2ミリモルであり,有機マグネシウム化合物とクロム化合物のモル比が1:1?50:1であり,そしてハイドロジエンホスファイトとクロム化合物のモル比が0.5:1?50:1」であって,かつ
「ハイドロジエンホスファイトが下記のケト-エノール形互変異性構造物:
【化1】


で定義される非環状のハイドロジエンホスファイトまたは下記のケト-エノール形互変異性構造物:
【化2】


で定義される環状のハイドロジエンホスファイトまたはそれらの混合物であり,
R^(1)およびR^(2)が独立して一価有機基でありそしてR^(3)が二価有機基である,」
と特定されたものであるのに対し,引用発明ではそのような特定がない点。

<相違点2>
触媒組成物の調製方法に関して,本件補正発明では「触媒組成物の調製を前記ゴムセメントと1,3-ブタジエンの非存在下で行」うことが特定されているのに対し,引用発明ではそのような特定がない点。

2-4.相違点についての判断

相違点1について:
引用発明においてシンジオタクチック1,2-ポリブタジエンを製造するときの触媒について検討する。
引用例1の摘記事項1-エによれば,使用する触媒に関して,(1)有機金属化合物,(2)遷移金属化合物及び(3)二硫化炭素から構成される触媒組成物を用いることができる旨が記載されており,また,そのような触媒系は米国特許第3,778,424号明細書に詳細に記載されているとの説明がなされている。さらに,引用例1の摘記事項1-オによれば,実際の触媒組成物として,オクタン酸コバルト/トリイソブチルアルミニウム/二硫化炭素触媒系を用いて,1,3-ブタジエンモノマーの重合を実施したことが記載されている。
一方,引用例2の摘記事項2-アによれば,1,3-ブタジエンを重合して,シンジオタクティック1,2-ポリブタジエンを製造するときの触媒として,(a)有機マグネシウム化合物,(b)クロム化合物及び(c)亜燐酸水素ジヒドロカルビルからなる触媒を用いることが記載され,さらに摘記事項2-エによれば,(c)成分の亜燐酸水素ジヒドロカルビルとして,
「【化1】


ここで,R^(1)及びR^(2)は,同一でも異なってもよく,アルキル,シクロアルキル,アリール,アラルキル,又はアリル基であり,それぞれの基は,好ましくは20個の炭素原子までの基を形成するために1または適当な最小の炭素原子を含有するで表されるケト-エノール互変異性体構造で表わされる」
のものを用いることが記載されている。
ここで,引用例2において特定されている「亜燐酸水素ジヒドロカルビル」は,本件補正発明における「ハイドロジエンホスファイト」のうち,
「【化1】


で定義される非環状のハイドロジェンホスファイト」であって,「R^(1)およびR^(2)が独立して一価有機基であ」るものに相当することは明らかである。

また,引用例3にも摘記事項3-アにおいて,1,3-ブタジエンを重合して,シンジオタクティック1,2-ポリブタジエンを製造するときの触媒として,(a)有機マグネシウム化合物,(b)クロム化合物及び(c)環式亜リン酸水素エステルからなる触媒を用いることが記載され,さらに摘記事項3-エによれば,(c)成分の環式亜リン酸水素エステルとして,
「【化1】


上式において,Rは炭素数2?約20の2価のアルキレン又はアリ-レン基,或いは置換されたアルキレン又はアリ-レン基である。」
のものを用いることが記載されている。
ここで,引用例3において特定されている「環式亜リン酸水素エステル」は,本件補正発明における「ハイドロジエンホスファイト」のうち,
「【化2】

で定義される環状のハイドロジェンホスファイト」であって,かつ「R^(3)が二価有機基である」ものに相当することは明らかである。

引用例1において用いることができる触媒,すなわち(1)有機金属化合物,(2)遷移金属化合物及び(3)二硫化炭素から構成される触媒組成物については,米国特許第3,778,424号明細書に詳細な記載がある旨が示されているところ,引用例2の摘記事項2-イ及び引用例3の摘記事項3-イによれば,同じ米国第3,778,424号明細書に開示された触媒系には特に二硫化炭素を使用する点において重大な欠点があることが明示的に記載されているのである。そして,引用例2の摘記事項2-ウ及び引用例3の摘記事項3-ウによれば,二硫化炭素の欠点を克服し、また増強されたシンジオタクテイック性を有するシンジオタクテイック1,2-ポリブタジエン生成物を製造することが,引用例2や3に記載された発明の目的であることも記載されている。
そうすると,引用例2と3で指摘されたことに基づいて,二硫化炭素を用いることの欠点を克服し,かつより増強されたシンジオタクティック性を実現するために,引用発明の触媒について,引用例1に例示された触媒組成物に代えて,引用例2や3に記載された触媒組成物を用いることは,当業者であれば容易に想到することである。

そして,引用例2や3に記載された触媒組成物を用いて重合反応を実施しようとするときに,引用例2や3に具体的に開示された量比と同程度の量比で用いることは当業者が適宜なし得ることであり,例えば,引用例2の摘記事項2-カと2-キ及び引用例3の摘記事項3-カと3-キの記載に基づき,有機マグネシウムのクロム化合物に対するモル比を約2:1ないし約50:1とし,ハイドロジェンホスファイトのクロム化合物に対するモル比を約0.5:1ないし25:1とし,かつ,クロム化合物の使用量を1,3-ブタジエン100グラム当たり0.01ないし2ミリモルの範囲とすることに格別の技術的困難性はない。

したがって,相違点1については,当業者が容易に想到する事項である。

相違点2について:
引用例2の摘記事項2-オ及び引用例3の摘記事項3-オによれば,触媒は,重合系の外で成分を予備的に混合することにより前以て生成し,得られた予備的に混合された触媒を重合系に加えてもよいとの示唆がなされている。このように,触媒成分を重合系の外で前以て混合する調製方法は,本件補正発明において,触媒組成物の調製をゴムセメントと1,3-ブタジエンの非存在下で行う方法と同じことを意味しているといえる。
ここで,引用発明においては,触媒組成物をどのように調製するかについては特段定められていないところ,引用例2又は3に記載された触媒組成物を重合反応に用いる際に,同じ引用例2と3で示唆されている触媒調製方法,すなわちゴムセメントと1,3-ブタジエンの非存在下で触媒の調製を行うという方法を採用することは,当業者が適宜なし得たことである。

したがって,相違点2については,当業者が容易に想到する事項である。

本件補正発明の効果について:
本願明細書の段落【0091】には,本件補正発明の方法を用いるとシンジオタクティック1,2-ポリブタジエンの合成に伴って反応槽が汚れると言った問題が大きく軽減され得る旨が記載されている。
しかしながら,引用発明も,本件補正発明と同じく,ゴムセメントの存在下にてシンジオタクティック1,2-ポリブタジエンの合成を行うことによってブレンド物を直接生成させる方法に他ならないから,単独で1,3-ブタジエンを重合させてシンジオタクティック1,2-ポリブタジエンを製造するときのような反応槽の汚れは,本質的に生じないといえる。
そして、本願明細書に開示されている実施例1?5及び比較実施例6(段落【0074】?【0090】)を詳細に検討すると,比較実施例として開示されている例は,ゴムセメントが存在しない状態で,1,3-ブタジエンを重合させてシンジオタクティック1,2-ポリブタジエンを製造する例であり,これと比較してゴムセメントが存在する状態で実施した実施例1?5の効果を述べているにすぎないので、引用発明と同等の効果が得られただけといえる。
したがって,引用発明においても本件補正発明と同等の効果は既に得られているから,本件補正発明が奏する効果は格別に顕著なものであるとは認められない。


2-5.小括

以上検討したところによれば,相違点1及び2についてはいずれも,引用発明に基づき,引用例2及び3に記載された事項を参考にして,当業者が容易に想到することができるものであるから,本件補正発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって,本件補正発明は,特許法第29条第2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。


3.結論

本件補正は、平成18年法律第55号改正附則第3条第1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法第17条の2第5項において準用する同法第126条第5項の規定に違反するので、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって,上記[補正の却下の決定の結論]のとおり決定する。


第3 本願発明について

1.本願発明

平成28年1月14日提出の手続補正は上記のとおり却下されたので,本願請求項1?8に係る発明は,平成27年9月25日提出の手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?8に記載されるとおりのものと特定されるところ,その請求項1に係る発明(以下,「本願発明」という。)は,次のとおりのものである(上記第2の1.に「本件補正前」として記載したものと同じ。)。

「【請求項1】
シンジオタクテック1,2-ポリブタジエンとゴム状弾性重合体のブレンド物を製造する方法であって,
(a)ゴムセメントと1,3-ブタジエンの混合物を準備し,そして
(b)触媒組成物の調製を行うが,(1)クロム含有化合物と,ハイドロジエンホスファイトと,有機マグネシウム化合物,または,(2)モリブデン含有化合物と,ハイドロジエンホスファイトと,有機アルミニウム化合物を組み合わせることにより行い,この触媒組成物の調製を前記ゴムセメントと1,3-ブタジエンの非存在下で行い,そして
(c)上記触媒組成物を用いて前記1,3-ブタジエンを前記ゴムセメント内で重合させることによりシンジオタクテック1,2-ポリブタジエンを生成させる,
ことを含んで成り,
ここで,クロム化合物の量は1,3-ブタジエン100g当たり0.01?2ミリモルであり,有機マグネシウム化合物とクロム化合物のモル比が1:1?50:1であり,そしてハイドロジエンホスファイトとクロム化合物のモル比が0.5:1?50:1である方法。」

2.本願発明の進歩性について

上記第2の2.で述べたとおり,本願発明をさらに限定したものが本件補正発明であり,本願発明は本件補正発明を包含するものであるところ,同第2の2.の2-1.?2-5.で検討したとおり,本件補正発明は引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
そうすると,本件補正発明を包含する本願発明も,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。


第4 まとめ

以上のとおり,本願発明,すなわち本願請求項1に係る発明は特許法第29条第2項の規定により,特許を受けることができないものである。
よって本願は,その余の請求項について論及するまでもなく,拒絶すべきものである。
 
審理終結日 2017-03-29 
結審通知日 2017-04-05 
審決日 2017-04-18 
出願番号 特願2014-211760(P2014-211760)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C08F)
P 1 8・ 575- Z (C08F)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 岡▲崎▼ 忠  
特許庁審判長 原田 隆興
特許庁審判官 佐久 敬
藤原 浩子
発明の名称 CrもしくはMoが基になった触媒系を用いてシンジオタクテック1,2-ポリブタジエンとゴム状弾性重合体のブレンド物を製造する方法  
代理人 特許業務法人小田島特許事務所  

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