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審決分類 |
審判 一部申し立て 2項進歩性 H01L 審判 一部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 H01L |
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管理番号 | 1329106 |
異議申立番号 | 異議2017-700359 |
総通号数 | 211 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2017-07-28 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2017-04-12 |
確定日 | 2017-06-09 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6005147号発明「トランジスタ及びその形成方法」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6005147号の請求項1ないし4,17,18,及び22ないし24に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6005147号(以下「本件特許」という。)の請求項1ないし24に係る特許についての手続の経緯は,以下のとおりである。 平成24年 5月24日 特許出願 (2012年(平成24年)5月24日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理2011年5月26日,2011年11月1日,2011年12月7日,及び2012年3月22日,英国)を国際出願日とする特許出願(特願2014-511955号)) 平成28年 8月 3日 特許査定 平成28年 9月16日 特許の設定登録 平成28年10月12日 特許公報発行 平成29年 4月12日 特許異議の申立て (特許異議申立人 スマートケム リミテッド) 第2 特許異議の申立てについて 1 本件特許発明 本件特許の請求項1ないし4,請求項17,請求項18,及び請求項22ないし24の各請求項(以下,請求項1,請求項2,・・・を,それぞれ,「本件請求項1」,「本件請求項2」,・・・という。)に係る発明(以下,請求項1に係る発明,請求項2に係る発明,・・・を,それぞれ,「本件特許発明1」,「本件特許発明2」,・・・といい,また,これらをまとめて「本件特許発明」という。)は,それぞれ,本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし4,請求項17,請求項18,及び請求項22ないし24の各請求項に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。 ・「【請求項1】 可溶性のポリアセン半導体及びポリマー半導体の結合剤を有する半導体組成物であり,前記ポリマー半導体の結合剤は1000Hzで3.4より高い誘電率を有する,半導体組成物であり,前記ポリマー半導体の結合剤の電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高い,半導体組成物。」 ・「【請求項2】 請求項1記載の半導体組成物において,前記ポリマー半導体の結合剤の電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-6)cm^(2)/Vsより高い,半導体組成物。」 ・「【請求項3】 請求項1又は2記載の半導体組成物において,前記ポリマー半導体の結合剤はトリアリールアミンの反復単位を有する,半導体組成物。」 ・「【請求項4】 請求項3記載の半導体組成物において,前記トリアリールアミンの反復単位の少なくとも一つが,シアン基,又はシアン基若しくはアルコキシ基を含む基によって置換されている,半導体組成物。」 ・「【請求項17】 請求項1?16のうちいずれか一項記載の半導体組成物において,前記可溶性のポリアセン半導体が,以下の化学式(A2),(A3)及び/又は(C)で表される,半導体組成物。 【化20】 化学式(A2) ここで,R^(1),R^(4),R^(8)およびR^(11)はメチル基であり,R^(f)はエチル基又はイソプロピル基であり, 【化21】 化学式(A3) ここで,R^(2),R^(3),R^(9),R^(10)はメチル基であり,R^(f)はエチル基又はイソプロピル基であり, 【化22】 化学式(C) ここで,Y^(1)及びY^(2)のうち一方は,-CH=又は=CH-を示し,また他方は-X’-を示し, Y^(3)及びY^(4)のうち一方は,-CH=又は=CH-を示し,また他方は-X’-を示し, X’は,-O-,-S-,-Se-,又は-NR^(’’’)-であり, R^(s)は,1?20個の炭素原子を有する環状,直鎖若しくは分岐型のアルキル若しくはアルコキシ,又は2?30個の炭素原子を有するアリールであり,これらすべては随意的に,フッ素化又はペルフルオロ化しており, R^(t)は,H,F,Cl,Br,I,CN,1?20個の炭素原子を有し,随意的にフッ素化又はペルフルオロ化した直鎖若しくは分岐型のアルキル若しくはアルコキシ,6?30個の炭素原子を有する随意的にフッ素化又はペルフルオロ化したアリール,CO_(2)R^(’’)(R^(’’)はH),1?20個の炭素原子を有する随意的にフッ素化したアルキル,又は2?30個の炭素原子を有し随意的にフッ素化したアリールであり, R^(’’’)は,H,又は1?10個の炭素原子を有する環状,直鎖若しくは分岐型のアルキルであり, mは0又は1であり,そして, nは0又は1である。」 ・「【請求項18】 請求項17記載の半導体組成物において,前記可溶性のポリアセン半導体が,以下の化学式(C1)及び/又は(C2)で表される,半導体組成物。 【化23】 化学式(C1) 【化24】 化学式(C2) ここで,X’,R^(t)及びR^(s)は,請求項15に定義されている。」 ・「【請求項22】 ソース電極とドレイン電極とを請求項1?21のうちいずれか一項記載の半導体組成物によって橋渡しした,有機薄膜トランジスタ。」 ・「【請求項23】 請求項1?21のうちいずれか一項記載の有機半導体組成物を溶液コーティングによって堆積するステップを有する有機薄膜トランジスタの製造方法。」 ・「【請求項24】 請求項23記載の方法に使用する請求項1?21のうちいずれか一項記載の有機半導体組成物の溶液。」 2 特許異議申立理由の概要 本件請求項1ないし4,請求項17,請求項18,及び請求項22ないし24の各請求項に係る特許に対して,特許異議申立人が主張する特許異議申立理由の概要は,以下(1)ないし(3)のとおりである。 なお,異議申立人が提示した,いずれも,本願の出願日前,日本国内又は外国において頒布された刊行物である,甲第1号証ないし甲第6号証は,次のとおりである。 ・甲第1号証:特表2009-522781号公報 ・甲第2号証:米国特許出願公開第2004/0222412号 ・甲第3号証:John E.Anthony,”Silylethyne-Substituted Pentacenes”,Material Matters(米国),Aldrich Chemical Co.,Inc.,Sigma-Aldrich Corporation,2009,Vol.4,No.3,p.58-61 ・甲第4号証:Iain McCulloch,Martin Heeney,”Polytriarylamine Semiconductors”,Material Matters(米国),Aldrich Chemical Co.,Inc.,Sigma-Aldrich Corporation,2009,Vol.4,No.3,p.70-73 ・甲第5号証:特表2007-519227号公報 ・甲第6号証:特表2009-524226号公報 (1)異議理由1(特許法第29条第2項) ア 異議理由1A 本件特許発明1は,甲第1号証に記載された発明において,甲第3号証に記載の発明,及び甲第2号証記載の周知技術に基づいて,当業者が容易になし得たものである。 そして,本件特許発明2ないし4,本件特許発明17,本件特許発明18,及び本件特許発明22ないし24は,いずれも,甲第1号証記載の発明において,甲第3号証記載の発明,甲第2号証記載の周知技術,並びに甲第4号証ないし甲第6号証それぞれに記載された事項に基づいて,当業者が容易になし得たものである。 イ 異議理由1B 本件特許発明1は,甲第5号証に記載された発明において,甲第2号証記載の周知技術,及び甲第6号証記載の周知技術に基づいて,当業者が容易になし得たものである。 そして,本件特許発明2ないし4,本件特許発明17,本件特許発明18,及び本件特許発明22ないし24は,いずれも,甲第5号証記載の発明において,甲第2号証記載の周知技術,甲第6号証記載の周知技術,並びに,甲第1号証,甲第3号証,及び甲第4号証それぞれに記載された事項に基づいて,当業者が容易になし得たものである。 ウ 異議理由1C 本件特許発明1は,甲第3号証に記載された発明において,甲第2号証記載の周知技術に基づいて,当業者が容易になし得たものである。 そして,本件特許発明2ないし4,本件特許発明17,本件特許発明18,及び本件特許発明22ないし24は,いずれも,甲第3号証記載の発明において,甲第2号証記載の周知技術,及び,甲第4号証ないし甲第6号証それぞれに記載された事項に基づいて,当業者が容易になし得たものである。 (2)異議理由2(特許法第36条第4項第1号) 本願明細書の発明の詳細な説明には,本件特許発明1ないし4,本件特許発明17,本件特許発明18,及び本件特許発明22ないし24について,当業者が容易に実施し得る程度に記載されていない。 (3)異議理由3(特許法第36条第6項第1号) 本件特許の請求項1ないし4,請求項17,請求項18,及び請求項22ないし24の各請求項に係る発明は,いずれも,本願明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではない。 3 甲号証の記載について (1)甲第1号証 甲第1号証の記載(【0001】,【0004】ないし【0006】,【0010】,【0017】ないし【0019】,【0030】及び【0031】)より,甲第1号証には,下記の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。 「1kHzにて3.3を超える誘電率を有するポリマーを含み,可溶性のポリアセン半導体を含む半導体材料。」 (2)甲第2号証 甲第2号証の記載([0005]及び[0006])より,甲第2号証には,下記の事項が記載されていると認められる。 「電子デバイス用の有機ポリマーとして,比較的厚い膜を使用できるようにするために,また,同じ誘電分極を維持しながらデバイスの動作電圧を低下させるために,高い誘電率を有することが望ましく,比較的高いデバイス移動度観測値と比較的高い誘電率とを兼備し,かつ好ましくは,例えばスピンコーティング法または類似の方法により溶液堆積が可能である有機ポリマーが望まれること。」 (3)甲第3号証 ア 甲第3号証の記載(59頁右欄「Blends」の項)より,甲第3号証には,下記の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されていると認められる。 「TIPSペンタセンとポリ(トリール)アミン半導体ポリマーの混合。」 イ また,甲第3号証の記載(59頁右下欄「Blends」の項)より,甲第3号証には,下記の事項が記載されていると認められる。 「小分子半導体のフィルム形成性を向上するため,TIPSペンタセンと絶縁体ポリマー又は半導体ポリマーとの混合が説得力のある戦略となってきていて,近年のポリ(α-メチルスチレン)とTIPSペンタセンとの混合の研究では,スピンキャストフィルムで,0.54cm^(2)/V・sに達する移動度を示し,TIPSペンタセンとポリ(トリール)アミン半導体ポリマーの混合では,トップ-ゲート構造のスピンキャストフィルムは,1.1cm^(2)/V・sに達する飽和移動度が得られ,良好なデバイス均一性及び安定性を伴ったこと。」 (4)甲第4号証 甲第4号証の記載(70頁右欄「Synthesis」の項)より,甲第4号証には,下記の事項が記載されていると認められる。 「パラジウム触媒を使用したSuzukiカップリングにより合成された,ポリ(ビス(4-フェニル)(2,4,6-トリメチルフェニル)アミン)」 (5)甲第5号証 甲第5号証の記載(【0001】ないし【0008】,【0030】,【0032】,【0052】,【0053】,【0078】,【0086】,【0088】,【0113】,【0122】,【0123】及び【0125】)より,甲第5号証には,下記の発明(以下「甲5発明」という。)が記載されていると認められる。 「1,000Hzにおける誘電率が3.3以下で,10^(-5)cm^(2)/Vsの電荷キャリア移動度を有する,半導体である有機結合剤,及び式Aのポリアセン化合物を含む有機半導体層。 式A」 (6)甲第6号証 甲第6号証の記載(【0001】,【0006】,【0008】,【0015】ないし【0020】,【0074】,【0075】,【0077】及び【0078】)より,甲第6号証には,下記の事項が記載されていると認められる。 「可溶性ポリアセン類に半導体バインダーとしてポリトリアリールアミンを含む有機半導体配合物を有する,短いチャネル長の有機電界効果型トランジスタ(OFET)。」 4 特許異議申立理由の検討 (1)異議理由1について ア 異議理由1Aについて (ア)対比 本件特許発明1と甲1発明とを対比すると,両者の一致点及び相違点は,それぞれ,以下のとおりと認められる。 a 一致点 「可溶性のポリアセン半導体及びポリマーの結合剤を有する半導体組成物。」 b 相違点 ・相違点1 一致点に係る構成の「結合剤」について,本件特許発明1は「ポリマー半導体の結合剤」であって,「1000Hzで3.4より高い誘電率を有」し,「電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高い」のに対し,甲1発明は,「1kHzにて3.3を超える誘電率を有するポリマー」で,「ポリマー半導体」とは認められず,また,「電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高い」との特定はされていない点。 (イ)相違点についての判断 本件特許明細書の記載(【0009】,【0010】)より,本件特許発明は,薄膜トランジスタを製造する際にトランジスタの性能が不均一になることが,トランジスタの寸法をできるだけ減少し,チャネル長さを減少しようとするときに極めて大きな問題となるとの課題に鑑み,電子デバイスにおける全体的性能均一性に優れるとともに,良好な電荷移動度を兼ね備える半導体組成物を得ることを目的としたものと認められる。 そして,本件特許明細書の実施例の記載(【0069】,【0073】ないし【0189】)より,1000Hzで3.4より高い誘電率を有し,電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高い,ポリマー半導体の結合剤である,実施例1ないし10のポリマーと可溶性のポリアセン半導体を有する半導体組成物を用いた薄膜トランジスタにおいて,短チャネル化しても電荷移動度が維持され,トランジスタの性能が均一となり,本件特許発明の目的が達成されることが記載されていると認められる。 他方,上記3(2)及び(3)より,甲第2号証には,電子デバイス用の有機ポリマーは,高い誘電率を有することが望ましいことが,また,甲第3号証には,TIPSペンタセンとポリ(トリール)アミン半導体ポリマーの混合では,1.1cm^(2)/V・sに達する飽和移動度が得られ,良好なデバイス均一性及び安定性を伴うことが,それぞれ記載されている。 しかし,可溶性のポリアセン半導体において,1000Hzで3.4より高い誘電率を有し,電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高い,ポリマー半導体の結合剤を有することで,チャネル長さを減少した場合でも,良好な電荷移動度を有し,トランジスタの性能(電荷移動度)が不均一にならないようにすることは,甲第2号証及び甲第3号証のいずれにも記載も示唆もされていない。 そうすると,甲1発明において,「1kHzにて3.3を超える誘電率を有するポリマー」を,1000Hzで3.4より高い誘電率を有し,電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高い,ポリマー半導体に置き換えることや,それによる作用効果を,電子デバイス用の有機ポリマーの誘電率についてのみ記載された甲第2号証と,TIPSペンタセンとポリ(トリール)アミン半導体ポリマーの混合の電荷移動度とデバイス均一性及び安定性についてのみ記載された甲第3号証とから,当業者が容易に想到し得るとは認められない。 以上から,相違点1に係る構成は,甲1発明において,甲第2号証,及び甲第3号証にそれぞれ記載された事項に基づいて,当業者が容易に想到し得たものとはいえない。 (ウ)小括 したがって,本件特許発明1は,異議理由1Aの理由により,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。 そして,同様の理由により,本件特許発明2ないし4,本件特許発明17,本件特許発明18,及び本件特許発明22ないし24も,異議理由1Aの理由により,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。 イ 異議理由1Bについて (ア)対比 本件特許発明1と甲5発明とを対比すると,両者の一致点及び相違点は,それぞれ,以下のとおりと認められる。 a 一致点 「可溶性のポリアセン半導体及びポリマー半導体の結合剤を有する半導体組成物であり,前記ポリマー半導体の結合剤の電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高い,半導体組成物。」 b 相違点 ・相違点2 一致点に係る構成の「ポリマー半導体の結合剤」について,本件特許発明1は「1000Hzで3.4より高い誘電率を有」するのに対し,甲5発明は,「1,000Hzにおける誘電率が3.3以下」である点。 (イ)相違点についての判断 甲第5号証の記載(【0005】,【0006】)より,甲5発明は,改善された電荷移動度,及び有機半導体層の改善された安定性および整合性を得ることを目的とし,1,000Hzにおける誘電率が3.3以下の有機結合剤,及び式Aのポリアセン化合物を含む有機半導体層を提供するものと認められる。 そして,甲第5号証には,上記有機結合剤の誘電率について,以下の記載がある。 「ポリマーである結合剤は,絶縁結合剤または半導体結合剤,またはそれらの混合物のいずれかを含んでもよく,ここでは,有機結合剤,ポリマー結合剤または単に結合剤と呼ぶ。 本発明の好ましい結合剤は,低い誘電率の材料,すなわち1,000Hzにおいて3.3以下の誘電率,εを有するものである。有機結合剤は,好ましくは,1,000Hzにおいて3.0より小さい,さらに好ましくは,2.9以下の誘電率を有する。好ましくは,有機結合剤は,1,000Hzで1.7よりも大きい誘電率を有する。結合剤の誘電率が,2.0?2.9の範囲であることがとくに好ましい。ある特定の理論に束縛されることは望まないが,1,000Hzで3.3よりも大きい誘電率の結合剤を用いることは,電子デバイス,たとえばOFETのOSC層の移動度を減少させるかもしれないと考えられている。さらに,高い誘電率の結合剤は,また望ましくない増加した電流ヒステリシスをもたらし得る。」(【0047】) また,甲第5号証における実施例の記載(【0120】の【表20】,【0122】の【表21】)によれば,甲5発明における有機結合剤として,1,000Hzにおける誘電率が3.3以下のものを用いたトランジスタでは,電荷移動度が大きく,1,000Hzにおける誘電率が3.3より大きいものを用いたトランジスタでは,電荷移動度が小さいか,測定不能である。 そうすると,甲第5号証の記載より,甲5発明における有機結合剤として,1000Hzで3.3より高い誘電率を有するものを用いることには,阻害要因があるというべきである。 以上より,甲5発明において,本件特許発明1のように,有機結合剤を「1000Hzで3.4より高い誘電率を有」するものとすること(相違点2に係る構成とすること)には,阻害要因があると認められるから,他の甲号証の記載にかかわらず,甲5発明において,相違点2に係る構成とすることを,当業者が容易に想到し得るとは認められない。 (ウ)小括 したがって,本件特許発明1は,異議理由1Bの理由により,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。 そして,同様の理由により,本件特許発明2ないし4,本件特許発明17,本件特許発明18,及び本件特許発明22ないし24も,異議理由1Bの理由により,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。 ウ 異議理由1Cについて (ア)対比 本件特許発明1と甲3発明とを対比すると,両者の一致点及び相違点は,それぞれ,以下のとおりと認められる。 a 一致点 「可溶性のポリアセン半導体及びポリマー半導体の結合剤を有する半導体組成物。」 b 相違点 ・相違点3 一致点に係る構成の「ポリマー半導体の結合剤」について,本件特許発明1は,「電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高」く,「1000Hzで3.4より高い誘電率を有」するのに対し,甲3発明では,「電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高い」との特定,及び「1000Hzで3.4より高い誘電率を有」するとの特定はされていない点。 (イ)相違点についての判断 本件特許明細書の記載(【0009】,【0010】)より,本件特許発明は,薄膜トランジスタを製造する際にトランジスタの性能が不均一になることが,トランジスタの寸法をできるだけ減少し,チャネル長さを減少しようとするときに極めて大きな問題となるとの課題に鑑み,電子デバイスにおける全体的性能均一性に優れるとともに,良好な電荷移動度を兼ね備える半導体組成物を得ることを目的としたものと認められる。 そして,本件特許明細書の実施例の記載(【0069】,【0073】ないし【0189】)より,1000Hzで3.4より高い誘電率を有し,電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高い,ポリマー半導体の結合剤である,実施例1ないし10のポリマーと可溶性のポリアセン半導体を有する半導体組成物を用いた薄膜トランジスタにおいて,短チャネル化しても電荷移動度が維持され,トランジスタの性能が均一となり,本件特許発明の目的が達成されることが記載されていると認められる。 他方,上記3(2)及び(3)より,甲第2号証には,電子デバイス用の有機ポリマーは,高い誘電率を有することが望ましいことが,また,甲第3号証には,TIPSペンタセンとポリ(トリール)アミン半導体ポリマーの混合では,1.1cm^(2)/V・sに達する飽和移動度が得られ,良好なデバイス均一性及び安定性を伴うことが,それぞれ記載されている。 しかし,可溶性のポリアセン半導体において,1000Hzで3.4より高い誘電率を有し,電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高い,ポリマー半導体の結合剤を有することで,チャネル長さを減少した場合でも,良好な電荷移動度を有し,トランジスタの性能(電荷移動度)が不均一にならないようにすることは,甲第2号証及び甲第3号証のいずれにも記載も示唆もされていない。 そうすると,甲3発明において,ポリマー半導体の結合剤として,「電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高」く,「1000Hzで3.4より高い誘電率を有」するものを用いることや,それによる作用効果を,電子デバイス用の有機ポリマーの誘電率についてのみ記載された甲第2号証と,TIPSペンタセンとポリ(トリール)アミン半導体ポリマーの混合の電荷移動度とデバイス均一性及び安定性についてのみ記載された甲第3号証とから,当業者が容易に想到し得るとは認められない。 以上から,相違点3に係る構成は,甲3発明において,甲第2号証及び甲第3号証にそれぞれ記載された事項に基づいて,当業者が容易に想到し得たものとはいえない。 (ウ)小括 したがって,本件特許発明1は,異議理由1Cの理由により,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。 そして,同様の理由により,本件特許発明2ないし4,本件特許発明17,本件特許発明18,及び本件特許発明22ないし24も,異議理由1Cの理由により,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。 エ 小括 上記アないしウのとおりであるから,異議理由1に理由はない。 (2)異議理由2について ア 本件特許発明1について 「半導体組成物」という「物」の発明である本件特許発明1について,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から,当業者が,その物を作れ,かつ,その物を使用できるか否かについて,以下検討する。 本件特許発明1について,当業者は,本件請求項1の記載から発明を把握することができると認められ,また,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,本件特許発明1における「可溶性のポリアセン半導体」及び「ポリマー半導体の結合剤」それぞれの化学物質名又は化学構造式が示されているから,当業者は,本件特許発明1を,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から読み取ることができると認められる。 そして,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,「ポリマー半導体の結合剤」の製造方法,「半導体組成物」の製造方法,「半導体組成物」の溶液の塗布方法,並びに「半導体組成物」を用いた「有機薄膜トランジスタ」の製造方法及びその特性が記載されている(【0073】ないし【0188】)から,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,「物」の発明である本件特許発明1について,その「物を作れる」ように記載され,また,「その物を使用できる」ように記載されていると認められる。 そうすると,本件特許明細書の発明の詳細説明には,本件特許発明1について,当業者が容易に実施し得る程度に記載されていると認められる。 イ 本件特許発明2ないし4,本件特許発明17,及び本件特許発明18について 「半導体組成物」という「物」の発明である本件特許発明2ないし4,本件特許発明17,及び本件特許発明18について,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から,当業者が,その物を作れ,かつ,その物を使用できるか否かについて,以下検討する。 本件特許発明2ないし4,本件特許発明17,及び本件特許発明18について,当業者は,本件請求項2ないし4,本件請求項17,及び本件請求項18の記載から発明を把握することができると認められ,また,上記アと同様の理由により,当業者は,本件特許発明2ないし4,本件特許発明17,及び本件特許発明18を,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から読み取ることができると認められる。 そして,上記アと同様の理由により,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,「物」の発明である本件特許発明2ないし4,本件特許発明17,及び本件特許発明18について,その「物を作れる」ように記載され,また,「その物を使用できる」ように記載されていると認められる。 そうすると,本件特許明細書の発明の詳細説明には,本件特許発明2ないし4,本件特許発明17,及び本件特許発明18について,当業者が容易に実施し得る程度に記載されていると認められる。 ウ 本件特許発明22について 「有機薄膜トランジスタ」という「物」の発明である本件特許発明22について,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から,当業者が,その物を作れ,かつ,その物を使用できるか否かについて,以下検討する。 本件特許発明22について,当業者は,本件請求項22の記載から発明を把握することができると認められ,また,上記アと同様の理由により,当業者は,本件特許発明22を,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から読み取ることができると認められる。 そして,上記アと同様の理由により,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,「物」の発明である本件特許発明22について,その「物を作れる」ように記載され,また,「その物を使用できる」ように記載されていると認められる。 そうすると,本件特許明細書の発明の詳細説明には,本件特許発明22について,当業者が容易に実施し得る程度に記載されていると認められる。 エ 本件特許発明23について 「有機薄膜トランジスタの製造方法」という「方法」の発明である本件特許発明23について,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から,当業者が,その方法を使用できるか否かについて,以下検討する。 「有機薄膜トランジスタの製造方法」の発明である,本件特許発明23について,当業者は,本件請求項23の記載から発明を把握することができると認められ,また,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,「ポリマー半導体の結合剤」の製造方法,「半導体組成物」の製造方法,「半導体組成物」の溶液の塗布方法,並びに「半導体組成物」を用いた「有機薄膜トランジスタ」の製造方法及びその特性が記載されている(【0073】ないし【0188】)から,当業者は,本件特許発明23を,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から読み取ることができると認められる。 加えて,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,「方法」の発明である本件特許発明23について,「その方法を使用できる」ように記載されていることも認められる。 そうすると,本件特許明細書の発明の詳細説明には,本件特許発明23について,当業者が容易に実施し得る程度に記載されていると認められる。 オ 本件特許発明24について 「有機半導体組成物の溶液」という「物」の発明である本件特許発明24について,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から,当業者が,その物を作れ,かつ,その物を使用できるか否かについて,以下検討する。 本件特許発明24について,当業者は,本件請求項24の記載から発明を把握することができると認められ,また,上記アと同様の理由により,当業者は,本件特許発明24を,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から読み取ることができると認められる。 そして,上記アと同様の理由により,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,「物」の発明である本件特許発明24について,その「物を作れる」ように記載され,また,「その物を使用できる」ように記載されていると認められる。 そうすると,本件特許明細書の発明の詳細説明には,本件特許発明24について,当業者が容易に実施し得る程度に記載されていると認められる。 オ 小括 したがって,異議理由2に理由はない。 (3)異議理由3について 本件請求項1の記載より,本件特許発明1には,「可溶性のポリアセン半導体及びポリマー半導体の結合剤を有する半導体組成物」であって,「前記ポリマー半導体の結合剤は1000Hzで3.4より高い誘電率を有」し,「前記ポリマー半導体の結合剤の電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高い」ものが含まれ得ると認められる。 他方,本件特許明細書の記載(【0009】,【0010】)より,本件特許発明は,薄膜トランジスタを製造する際にトランジスタの性能が不均一になることが,トランジスタの寸法をできるだけ減少し,チャネル長さを減少しようとするときに極めて大きな問題となるとの課題に鑑み,電子デバイスにおける全体的性能均一性に優れるとともに,良好な電荷移動度を兼ね備える半導体組成物を得ることを目的としたものと認められる。 そして,本件特許明細書の実施例の記載(【0069】,【0073】ないし【0189】)より,本件特許明細書の発明の詳細な説明には,1000Hzで3.4より高い誘電率を有し,電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高い,ポリマー半導体の結合剤である,実施例1ないし10のポリマーと可溶性のポリアセン半導体を有する半導体組成物を用いた薄膜トランジスタにおいて,短チャネル化しても電荷移動度が維持され,トランジスタの性能が均一となり,本件特許発明の目的が達成されることが記載されていると認められる。 そうすると,本件特許発明1における「可溶性のポリアセン半導体及びポリマー半導体の結合剤を有する半導体組成物」であって,「前記ポリマー半導体の結合剤は1000Hzで3.4より高い誘電率を有」し,「前記ポリマー半導体の結合剤の電荷移動度は,純粋状態で測定したとき,10^(-7)cm^(2)/Vsより高い」との構成により,本件特許発明における上記の目的が達成されることは,本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されていると認められる。 以上から,本件特許発明1は,本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものということができる。 そして,同様の理由により,本件特許発明2ないし4,本件特許発明17,本件特許発明18,及び本件特許発明22ないし24も,本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものということができる。 したがって,異議理由3に理由はない。 (4)小括 上記(1)ないし(3)より,本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし4,請求項17,請求項18,及び請求項22ないし24の各請求項に係る特許を,異議理由1ないし3によって取り消すことはできない。 第3 結言 以上のとおりであるから,本件特許の請求項1ないし4,請求項17,請求項18,及び請求項22ないし24の各請求項に係る特許は,特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては,取り消すことができない。 また,他に,本件特許の上記各請求項に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって,結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2017-06-01 |
出願番号 | 特願2014-511955(P2014-511955) |
審決分類 |
P
1
652・
121-
Y
(H01L)
P 1 652・ 537- Y (H01L) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 川原 光司、岩本 勉、市川 武宜 |
特許庁審判長 |
鈴木 匡明 |
特許庁審判官 |
河口 雅英 加藤 浩一 |
登録日 | 2016-09-16 |
登録番号 | 特許第6005147号(P6005147) |
権利者 | ニュードライブ リミテッド |
発明の名称 | トランジスタ及びその形成方法 |
代理人 | 杉村 憲司 |
代理人 | 佐貫 伸一 |