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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H05B
管理番号 1329512
審判番号 不服2015-6632  
総通号数 212 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-08-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-04-08 
確定日 2017-06-14 
事件の表示 特願2012-529134「有機エレクトロルミネセンス素子」拒絶査定不服審判事件〔平成23年3月24日国際公開,WO2011/032624,平成25年2月7日国内公表,特表2013-504882〕について,次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は,成り立たない。 
理由 第1 事案の概要
1 手続の経緯
特願2012-529134号(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2009年9月16日 ドイツ,以下「本件出願」という。)は,2010年8月16日の国際特許出願であって,その手続の概要は,以下のとおりである。
平成26年 3月24日起案:拒絶理由通知書(同年4月8日発送)
平成26年 7月 7日差出:意見書
平成26年 7月 7日差出:手続補正書
平成26年12月 2日起案:拒絶査定(同年同月9日送達)
平成27年 4月 8日差出:審判請求書
平成27年 4月 8日差出:手続補正書
平成28年 2月23日起案:拒絶理由通知書及び指令書
(同年3月1日発送)
平成28年 5月27日差出:手続補正書
(この手続補正書による補正を,以下「本件補正」という。)
平成28年 5月27日差出:意見書
平成28年 8月26日起案:拒絶理由通知書(同年同月30日発送)
(この拒絶理由通知書による拒絶の理由を,以下「当審の拒絶の理由」という。)
平成28年11月30日差出:意見書(以下「本件意見書」という。)

2 本願発明
本件出願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載されたとおりの,次のものである(以下「本願発明」という。)。
「少なくとも80nmの層厚を有し,10^(5)V/cmの場で少なくとも10^(-5)cm^(2)/Vsの電子移動度を有する電子輸送層が,発光層とカソードとの間に配置され,電子輸送層のための電子輸送層材料が,トリアジン誘導体から選ばれ,電子輸送層の層厚が,少なくとも130nmであることを特徴とする,アノード,カソードおよび少なくとも一つの発光層を含む有機エレクトロルミネッセンス素子。」

3 当審の拒絶の理由
当審の拒絶の理由は,概略,本願発明は,その優先権主張の日(以下「優先日」という。)前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基づいて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
引用例1:特開2006-253015号公報
引用例2:特表2007-520875号公報
周知例1:特開2008-130840号公報
周知例2:特開2007-223929号公報
周知例3:特開2006-86284号公報

第2 当合議体の判断
1 引用例1の記載及び引用発明
(1) 引用例1の記載
本件出願の優先日前に頒布された刊行物であり,当審の拒絶の理由で引用された引用例1には,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定に活用した箇所を示す。
ア 「【請求項2】
支持基板上に,
発光ピーク波長がλ_(1)である光を発する第1の有機エレクトロルミネッセンス素子を設けた第1の画素と,
発光ピーク波長がλ_(2)である光を発する第2の有機エレクトロルミネッセンス素子を設けた第2の画素と,
発光ピーク波長がλ_(3)である光を発する第3の有機エレクトロルミネッセンス素子を設けた第3の画素と,を有し,
前記発光ピーク波長λ_(2)は,同λ_(1)よりも長波長であり,前記発光ピーク波長λ_(3)は,同λ_(2)よりも長波長であり,
前記第1?第3の有機エレクトロルミネッセンス素子が,少なくとも光反射性電極,有機発光媒体層,光半透過性電極を光取出し方向に,この順に積層した素子であり,
下記式(2)で定義されるm_(1)及びm_(3)が,m_(3)+1.3>m_(1)>m_(3)+0.7(m_(1)及び/又はm_(3)は0以上の略整数である)の関係を満たす有機エレクトロルミネッセンスカラー発光装置。
【数2】

[式中,L_(x)は波長λ_(x)の光に対する光反射性電極と光半透過性電極の間の光学的距離,Φ_(x)は波長λ_(x)の光が光反射性電極表面及び光半透過性電極表面で反射するときに生じる位相シフトの合計値を示す。xは1又は3であり,x=1のときは,第1の有機エレクトロルミネッセンス素子の値であり,x=3のときは,第3の有機エレクトロルミネッセンス素子の値であることを示す。]
…(省略)…
【請求項4】
前記有機発光媒体層が,少なくとも第1電荷輸送層,有機発光層,第2電荷輸送層を光取出し方向にこの順に積層した素子であり,
前記第1?第3の画素における,光反射性電極と有機発光層との間の距離がほぼ同一である請求項1又は2に記載の有機エレクトロルミネッセンスカラー発光装置。」

イ 「【技術分野】
【0001】
本発明は,有機エレクトロルミネッセンスカラー発光装置に関する。より詳しくは,カラー発光装置を構成する画素において,有機エレクトロルミネッセンス素子の上部及び下部の電極間の光学的距離を特定の範囲となるように調整することにより,電極間の電気的ショートの防止,生産性の向上を図り,かつ特定の光の強度を増強させることにより,高効率な発光を可能にした有機エレクトロルミネッセンスカラー発光装置に関する。」

ウ 「【背景技術】
【0002】
有機エレクトロルミネッセンス素子(以下,エレクトロルミネッセンスを「EL」と略記する。)は,第1電極と第2電極との間に,有機電荷輸送層や有機発光層を積層させてなる有機発光媒体層を設けた構成であり,低電圧直流駆動による高輝度発光が可能な,自発光型の表示素子として注目されている。
…(省略)…
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は,上述の問題に鑑みなされたものであり,対向する電極間の電気的ショートを防止しつつ,高い発光効率を実現する有機ELカラー発光装置を提供することを目的とする。」

エ 「【0022】
実施形態2
図3は,本発明の実施形態2の有機ELカラー発光装置を示す概略図である。
有機ELカラー発光装置2は,基板100上に並置された第1の画素10と,第2の画素20と,第3の画素30とを有する。尚,第1の画素10及び第2の画素20は,上述した実施形態1と同様であるので説明は省略する。
第3の画素30は,第3の有機EL素子からなり,基板100上に,光反射性電極31,有機発光媒体層(第1電荷輸送層32,有機発光層33,第2電荷輸送層34),及び光反射層35と光透過性電極36を積層した光半透過性電極とを,この順に積層した構造を有している。尚,各層の機能は上述した実施形態1と同様である。
【0023】
有機ELカラー発光装置2において,第3の画素30は,第1の画素10及び第2の画素20と同様に,光反射性電極31と光反射層35の間を共振器とする共振器構造を有している。
本実施形態においては,第1の画素10の光学的距離(光学膜厚)をL1,第2の画素20の光学的距離をL2,第3の画素30の光学的距離とL3としてある。L1?L3では,第1電荷輸送層12,22,32の膜厚に相当する分だけ光学的距離が異なっている。第1の画素10では,波長λ1の光(例えば,青色領域である400nm?500nm)を強調して素子の外部に取出すように設定し,第2の画素20では,λ1より長い波長λ2の光(例えば,緑色領域である500nm?570nm)を強調して素子の外部に取出すように設定し,第3の画素30では,λ2より長い波長λ3の光(例えば,赤色領域である570nm?700nm)を強調して素子の外部に取出すように設定する。これら3つの画素から取り出される光の発光スペクトルをそれぞれ異なるものとしているので多色発光が可能となる。
…(省略)…
【0028】
尚,上述した実施形態では,いずれも第1電荷輸送層の膜厚を調整することにより,各有機EL素子の光学距離を異なるように設定しているが,これに限らず,例えば,第2電荷輸送層の膜厚を調整することで,各有機EL素子の光学距離を異ならせてもよい。この場合,製造工程上,光反射性電極と有機発光層との間の距離は,ほぼ等しいことが好ましい。即ち,上述した実施形態における,各第1電荷輸送層(12,22,32)の膜厚がほぼ同一であることが好ましい。これにより,有機発光層を成膜する段階前までの成膜工程を3種類の画素で共通化することができ,カラー発光装置の生産効率を高めることができる。」
(当合議体注:図3は,以下の図である。)


オ 「【0069】
電子輸送層の材料としては,陰極より注入された電子を発光層に伝達する機能を有していればよく,その材料としては従来公知の化合物の中から任意のものを選択して用いることができる。
電子輸送層は数nm?数μmの膜厚で適宜選ばれるが,10^(4)?10^(6)V/cmの電界印加時に電子移動度が10^(-5)cm^(2)/Vs以上であるものが好ましい。
【0070】
電子輸送層に用いられる材料としては,8-ヒドロキシキノリン又はその誘導体の金属錯体が好適である。
上記8-ヒドロキシキノリン又はその誘導体の金属錯体の具体例としては,オキシン(一般に8-キノリノール又は8-ヒドロキシキノリン)のキレートを含む金属キレートオキシノイド化合物(例えば,Alq)が挙げられる。」

カ 「【実施例】
【0089】
以下,本発明を実施例によってさらに具体的に説明する。
実施例1
厚み0.7mmのガラス基板上に,青,緑及び赤色を発する各有機EL素子を形成したカラー発光装置を作製した。この際,正孔輸送層(第1電荷輸送層)及び電子輸送層(第2電荷輸送層)の膜厚を変化させ,有機発光媒体層内における有機発光層の位置を変動させた場合について評価を行った。
尚,素子に使用した化合物の構造を以下に示す。
【0090】
【化16】



キ 「【0091】
[光反射性電極の作製]
厚み0.7mmのガラス支持基板上に,密着層としてITOをスパッタリングにより100nmの厚みになるように成膜した。その後,アルミニウムをスパッタリングにより150nmの厚みになるように成膜し,さらにITOをスパッタリングにより10nmの厚みになるように成膜した。このアルミニウム/ITO膜は,第1,第2,第3の有機EL素子全てに共通の光反射性電極として機能する。
…(省略)…
【0093】
[第1の有機EL素子の作製]
まず,正孔輸送層として機能するHT膜をx〔nm〕成膜した。HT膜の成膜に続けて,青色発光層として,化合物BHと化合物BDを30:1.5の膜厚比となるように膜厚30nmで共蒸着した。この膜上に電子輸送層として,Alq_(3)膜を膜厚175-x〔nm〕で成膜した。この後,バッファー層としてLiFを膜厚1nmで蒸着し,この膜上に,光反射層として機能するMg:Ag膜を,MgとAgを成膜速度比を9:1として10nm蒸着し,さらに光透過性電極として機能するITOを100nmの厚みで成膜した。ここで,有機発光媒体層の総膜厚が205nmとなるように,xは20nmから160nmまで10nm間隔で15段階変え,第1の有機EL素子として15種類の素子を作製した。
【0094】
[第2の有機EL素子の作製]
まず,正孔輸送層として機能するHT膜をy〔nm〕成膜した。HT膜の成膜に続けて,緑色発光層として,化合物BHと化合物GDを30:2.3の膜厚比となるように膜厚30nmで共蒸着した。この膜上に電子輸送層として,Alq_(3)膜を膜厚220-y〔nm〕で成膜した。この後,バッファー層としてLiFを膜厚1nmで蒸着し,この膜上に,光反射層として機能するMg:Ag膜を,MgとAgを成膜速度比を9:1として10nm蒸着し,さらに光透過性電極として機能するITOを100nmの厚みで成膜した。ここで,Mg:Agからなる光反射層とITOからなる光透過性電極は,第1の有機EL素子と共通である。また,有機発光媒体層の総膜厚が250nmとなるように,yは20nmから210nmまで10nm間隔で20段階変え,第2の有機EL素子として20種類の素子を作製した。
【0095】
[第3の有機EL素子の作製]
まず,正孔輸送層として機能するHT膜をz〔nm〕成膜した。HT膜の成膜に続けて,赤色発光層として,化合物BHと化合物RDを30:1.5の膜厚比となるように膜厚30nmで共蒸着した。この膜上に電子輸送層として,Alq_(3)膜を膜厚90-z〔nm〕で成膜した。この後,バッファー層としてLiFを膜厚1nmで蒸着し,この膜上に,光反射層として機能するMg:Ag膜を,MgとAgを成膜速度比を9:1として10nm蒸着し,さらに光透過性電極として機能するITOを100nmの厚みで成膜した。ここで,Mg:Agからなる光反射層とITOからなる光透過性電極は,第1および第2の有機EL素子と共通である。また,有機発光媒体層の総膜厚が120nmとなるように,zは25nmから80nmまで5nm間隔で12段階変え,第3の有機EL素子として12種類の素子を作製した。
…(省略)…
【0098】
【表1】

…(省略)…
【0101】
以下に各有機EL素子の積層構造を示す。
・第1の有機EL素子(青色発光)
Al(150nm)/ITO(10nm)/HT(xnm)/BH:BD(30:1.5,膜厚比:30nm)/Alq_(3)(175-xnm)/LiF(1nm)/Mg:Ag(10nm)/ITO(100nm)
・第2の有機EL素子(緑色発光)
Al(150nm)/ITO(10nm)/HT(ynm)/BH:GD(30:2.3,膜厚比:30nm)/Alq_(3)(220-ynm)/LiF(1nm)/Mg:Ag(10nm)/ITO(100nm)
・第3の有機EL素子(赤色発光)
Al(150nm)/ITO(10nm)/HT(znm)/BH:RD(30:1.5,膜厚比:30nm)/Alq_(3)(90-znm)/LiF(1nm)/Mg:Ag(10nm)/ITO(100nm)
【0102】
作製した各有機EL素子に,電流密度が10mA/cm^(2)となるように通電し,分光放射輝度計CS1000A(コニカミノルタ社製)を用いて,輝度,色度を測定した。測定された輝度から発光効率(単位:cd/A)を算出した。
図5は,第1の有機EL素子における,正孔輸送層(HT)の膜厚(x)と発光効率及びCIE色度y座標の関係を示す図である。
図6は,第2の有機EL素子における,正孔輸送層(HT)の膜厚(y)と発光効率及びCIE色度y座標の関係を示す図である。
図7は,第3の有機EL素子における,正孔輸送層(HT)の膜厚(z)と発光効率及びCIE色度x座標の関係を示す図である。
【0103】
図5?7において網掛け部分で示す領域は,発光効率が高く,かつ青,緑,赤各色の色度が良好な領域を示す。例えば,図5(青色発光)では,発光効率が3cd/A以上であり,かつCIE色度y座標が0.15以下の領域を示している。図6(緑色発光)では,発光効率が20cd/A以上であり,かつCIE色度y座標が0.65以上の領域を示している。図7(赤色発光)では,発光効率が10cd/A以上であり,かつCIE色度x座標が0.60以上の領域を示している。」
(当合議体注:図5は,以下の図である。)


(当合議体注:図6は,以下の図である。)


(当合議体注:図7は,以下の図である。)


ク 「【産業上の利用可能性】
【0108】
本発明の有機ELカラー発光装置は,民生用TV,大型表示ディスプレイ,携帯電話用表示画面等の各種表示装置に用いることができる。」

(2) 引用発明
引用例1には,対向する電極間の電気的ショートを防止しつつ,高い発光効率を実現する有機ELカラー発光装置を提供することを目的とし(段落【0008】),民生用TV,大型表示ディスプレイ,携帯電話用表示画面等の各種表示装置に用いることができる有機ELカラー発光装置が開示されている(段落【0108】)。また,引用例1の段落【0089】?【0103】には,有機ELカラー発光装置の光反射性電極(アルミニウム/ITO膜)と光半透過性電極(Mg:Ag/ITO膜)の間の光学的距離(L_(x))に関して,青,緑及び赤色を発する各有機EL素子を正孔輸送層及び電子輸送層の膜厚を変化させて作製,評価を行った実施例が記載されているところ,そのうち段落【0091】及び【0094】には,緑色発光の「第2の有機EL素子」として,次の発明が記載されている(以下「引用発明」という。)。
「厚み0.7mmのガラス支持基板上に,
密着層としてITOをスパッタリングにより100nmの厚みになるように成膜し,その後,アルミニウムをスパッタリングにより150nmの厚みになるように成膜し,さらに,ITOをスパッタリングにより10nmの厚みになるように成膜し,このアルミニウム/ITO膜は光反射性電極として機能し,
正孔輸送層として機能するHT膜をy〔nm〕成膜し,緑色発光層として,化合物BHと化合物GDを30:2.3の膜厚比となるように膜厚30nmで共蒸着し,この膜上に電子輸送層として,Alq_(3)膜を膜厚220-y〔nm〕で成膜し,この後,バッファー層としてLiFを膜厚1nmで蒸着し,この膜上に,光反射層として機能するMg:Ag膜を,MgとAgを成膜速度比を9:1として10nm蒸着し,光透過性電極として機能するITOを100nmの厚みで成膜してなる,
有機EL素子。
(ここで,HT,BH及びGDの化合物の構造は,以下のとおりである。
HT:


BH:


GD:

)」

2 周知技術及び引用例2記載技術
(1) 周知技術
ア 本件出願の優先日前に頒布された刊行物であり,当審の拒絶の理由で引用された周知例1には,以下の記載がある。
(ア)「【0181】
2,4-ビス(4-ビフェニリル)-6-[4’-(2-ピリジル)ビフェニル-4-イル]-1,3,5-トリアジン(化合物E-15)の合成
アルゴン気流下,tert-ブチルリチウムを6.0mmol含むペンタン溶液4.1mLを-78℃に冷却したテトラヒドロフラン15mLにゆっくり加え,この溶液にさらに2-(4-ブロモフェニル)ピリジン0.70g(3.0mmol)を溶解したテトラヒドロフラン10mLを滴下した。-78℃で30分間攪拌した後,ジクロロ(テトラメチルエチレンジアミン)亜鉛(II)1.89g(7.5mmol)を加え,-78℃で10分間次いで室温で2時間攪拌した。この溶液に参考例1で得た2-(4-ブロモフェニル)-4,6-ビス(4-tert-ブチルフェニル)-1,3,5-トリアジン1.35g(2.5mmol)とテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)0.12g(0.10mmol)を溶解したテトラヒドロフラン60mLを加え,13時間加熱還流下で攪拌した。反応溶液を減圧濃縮し得られた固体をジクロロメタン-メタノールで再結晶した。得られた粗生成物をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶離液 ヘキサン:ジクロロメタン=2:1?2:3)およびアルミナゲルカラムクロマトグラフィー(溶離液 ヘキサン:ジクロロメタン=2:1?1:2)で精製後,再度ジクロロメタン-メタノールで再結晶し,目的の2,4-ビス(4-ビフェニリル)-6-[4’-(2-ピリジル)ビフェニル-4-イル]-1,3,5-トリアジン(化合物E-15)の白色固体(収量1.19g,収率77%)を得た。
…(省略)…
【0185】
2-(4-ビフェニリル)-4,6-ビス[4’-(2-ピリジル)ビフェニル-4-イル]-1,3,5-トリアジン(化合物E-24)の合成
アルゴン気流下,tert-ブチルリチウムを8.8mmol含むペンタン溶液6.0mLを-78℃に冷却したテトラヒドロフラン20mLにゆっくり加え,この溶液にさらに2-(4-ブロモフェニル)ピリジン1.03gを溶解したテトラヒドロフラン10mLを滴加した。-78℃で30分間攪拌した後,ジクロロ(テトラメチルエチレンジアミン)亜鉛(II)2.78gを加え,-78℃で10分間次いで室温で2時間攪拌した。この溶液に2-(4-ビフェニリル)-4,6-ビス(4’-ブロモビフェニル-4-イル)-1,3,5-トリアジン1.09gとテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(0)0.23gを溶解したテトラヒドロフラン60mLを加え,16時間加熱還流下で攪拌した。反応溶液を減圧濃縮し得られた固体をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶離液 ヘキサン:クロロホルム=2:1?クロロホルム)およびアルミナゲルカラムクロマトグラフィー(溶離液 ヘキサン:クロロホルム=2:1?クロロホルム)で精製後,ジクロロメタン-メタノールで再結晶し,目的の2-(4-ビフェニリル)-4,6-ビス[4’-(2-ピリジル)ビフェニル-4-イル]-1,3,5-トリアジン(化合物E-24)の白色固体(収量1.06g,収率77%)を得た。融点およびガラス転移温度を表1に示した。」

(イ)「【0189】
参考例と同様の方法で、アリールアミン誘導体(1)およびトリアジン誘導体(8)の各材料の正孔移動度ならびに電子移動度を測定した結果を表11に示す。
【0190】
【表11】



イ 本件出願の優先日前に頒布された刊行物であり,当審の拒絶の理由で引用された周知例2には,以下の記載がある。
(ア)「【0006】
本発明者らは,これまでの文献に明記されていないテルフェニリル基を一つもつ1,3,5-トリアジン誘導体の類縁体を種々合成し,それらの電荷移動度を測定したところ,汎用のトリス(8-キノリノラト)アルミニウム(III)(以下,Alqとする)を超える電子移動度が得られた。また,それらが高い正孔移動度を示すことも同時に見出した。さらに,それらを構成成分とする有機電界発光素子を作製して発光特性を測定したところ,高い輝度,発光効率を示し,また寿命も長く,発光色もCIE(Commision International de l‘Eclairage:国際照明委員会)が定めた純青の色度座標(x,y)=(0.14,0.08)に極めて近いことを見出し,本発明を完成するに至った。」

(イ)「【0121】
(実施例4) 2,4-ビス(4-tert-ブチルフェニル)-6-[1,1’:4’,1’’]テルフェニル-4-イル-1,3,5-トリアジンの移動度測定
実施例1で合成した2,4-ビス(4-tert-ブチルフェニル)-6-[1,1’:4’,1’’]テルフェニル-4-イル-1,3,5-トリアジンの電荷移動度を参考例4に従って測定した。なお,蒸着膜の膜厚は,1.5μmであった。
【0122】
得られた電子移動度は1.0×10^(-4)cm^(2)/V・secであった。この値は,電子輸送材料として汎用的なAlq(特開2002-158091号公報)の1.0×10^(-5)cm^(2)/V・secの10倍であった。さらにこの素子は,正孔移動も確認され,1.0×10^(-4)cm^(2)/V・secと電子移動度と同程度の正孔移動度を示した。以上の結果から,2,4-ビス(4-tert-ブチルフェニル)-6-[1,1’:4’,1’’]テルフェニル-4-イル-1,3,5-トリアジンを用いて作製された薄膜は,速い電子輸送特性と正孔輸送特性を示す優れたバイポーラ性化合物であることが明らかとなった。
【0123】
(実施例5) 2,4-ジ(ナフタレン-1-イル)-6-[1,1’:4’,1’’]テルフェニル-4-イル-1,3,5-トリアジンの移動度測定
実施例2で合成した2,4-ジ(ナフタレン-1-イル)-6-[1,1’:4’,1’’]テルフェニル-4-イル-1,3,5-トリアジンを用い,実施例4と同様の方法で素子作製及び電荷移動度測定を行った。得られた電子移動度は4×10^(-4)cm^(2)/V・secで,正孔移動度は1×10^(-5)cm^(2)/V・secあった。2,4-ジ(ナフタレン-1-イル)-6-[1,1’:4’,1”]テルフェニル-4-イル-1,3,5-トリアジンも同様にバイポーラ性を示す化合物であることが明らかとなった。
【0124】
(実施例6) 2,4-ビス(ビフェニル-4-イル)-6-[1,1’:4’,1’’]テルフェニル-4-イル-1,3,5-トリアジンの移動度測定
実施例3で合成した2,4-ビス(ビフェニル-4-イル)-6-[1,1’:4’,1’’]テルフェニル-4-イル-1,3,5-トリアジンを用い,実施例4と同様の方法で素子作製及び電荷移動度測定を行った。得られた電子移動度は7×10^(-4)cm^(2)/V・secで,正孔移動度は1×10-6cm^(2)/V・secあった。2,4-ビス(ビフェニル-4-イル)-6-[1,1’:4’,1’’]テルフェニル-4-イル-1,3,5-トリアジンも同様にバイポーラ性を示す化合物であることが明らかとなった。」

ウ 本件出願の優先日前に頒布された刊行物であり,当審の拒絶の理由で引用された周知例3には,以下の記載がある。
「【0088】
(実施例1)2-[4-(4-tert-ブチルフェニルエチニル)フェニル]-4,6-ジ-p-トリル-1,3,5-トリアジンからなる薄膜の電子移動度測定
[移動度測定素子の作製]
最初に移動度素子の作製法について説明する。基板には2mm幅のITO(酸化インジウム-スズ)膜がストライプ状にパターンされたITO透明電極付きガラス基板を用いた。この基板をイソプロピルアルコールで洗浄した後,オゾン紫外線洗浄にて表面処理を行った。洗浄後の基板に,真空蒸着法で評価化合物を蒸着させを行い,移動度測定素子を作製した。以下にその詳細を述べる。
【0089】
真空蒸着槽内を4.8×10^(-4)Paまで減圧した後,抵抗加熱方式により加熱した2-[4-(4-tert-ブチルフェニルエチニル)フェニル]-4,6-ジ-p-トリル-1,3,5-トリアジンを0.3?0.5nm/sの蒸着速度で前記基板上に真空蒸着した。触針式膜厚測定計(DEKTAK)で測定した成膜後の膜厚は3.8μmであった。次にこの基板上にITOストライプと直行するように,メタルマスクを配して,2mm幅のAl膜を100nmの膜厚で真空蒸着した。これによって,移動度測定用の2mm角の動作エリアが得られた。この基板を酸素・水分濃度1ppm以下の窒素雰囲気グローブボックス内で封止した。封止は,エポキシ型紫外線硬化樹脂(ナガセケムテックス社製)を用いた。
【0090】
[移動度の測定]
移動度測定はタイムオブフライト移動度測定法で行った。移動度測定装置は,オプテル社製のものを用い,測定は室温で行った。窒素レーザをITO透明電極側から照射した時に発生した電荷のAl電極への移動速度から得られた移動度は1.0×10^(-4)cm^(2)/V・sであり,汎用の正孔輸送材の正孔移動度(10^(-4)?10^(-3)cm^(2)/V・s)に匹敵する値であった。
【0091】
(比較例1)ヒドロキシキノリンアルミニウム錯体(Alq)からなる薄膜の電子移動度測定
ヒドロキシキノリンアルミニウム錯体(Alq)を実施例1と同様の方法により成形した薄膜の電子移動度を,実施例1と同様の方法で測定したところ,その電子移動度の値は1.0×10^(-5)cm^(2)/V・sであり,2-[4-(4-tert-ブチルフェニルエチニル)フェニル]-4,6-ジ-p-トリル-1,3,5-トリアジンの電子移動度の1/10であった。」

周知例1?周知例3の記載からみて,本件出願の優先日前において,Alq_(3)よりも電子移動度が高い電子輸送層材料として,トリアジン誘導体は周知である。

(2) 引用例2の記載及び引用例2記載技術
本件出願の優先日前に頒布された刊行物であり,当審の拒絶の理由で引用された引用例2には,以下の記載がある。
ア 「【0018】
本発明は,陽極,陰極,および少なくとも1つのリン光エミッタをドープした少なくとも1つのマトリックス材料から成る発光層を含む有機エレクトロルミネセンスデバイスであって,式(1)の化合物を含む正孔障壁層を,発光層と陰極との間に組み込んだことを特徴とする有機エレクトロルミネセンスデバイスに関する
【化3】


【0019】
(式中,以下を,用いられる記号および添え字に適用する。すなわち,
Qは,出現毎に同一であるか異なり,NまたはCRであり,但し,少なくとも2つの,最大で4つのQは,窒素を表わし,
Rは,出現毎に同一であるか異なり,H,NO_(2),CN,N(R^(1))_(2),1?40のC原子を有する直鎖の,分岐の若しくは環状のアルキル基若しくはアルコキシ基(ここで,1以上の非隣接のCH_(2)基は,-R^(1)C=CR^(1)-,-C≡C-,Si(R^(1))_(2),Ge(R^(1))_(2),Sn(R^(1))_(2),-O-,-S-または-NR^(1)-により置き換えられてもよく,また,1以上のH原子は,Fまたは芳香族基R^(1)により置き換えられてもよい),またはそれぞれ1?40の芳香族C原子を有する芳香族環構造若しくは複素環式芳香族環構造,若しくはアリールオキシ基若しくはヘテロアリールオキシ基(ここで,1以上のH原子は,F,Cl,BrまたはIにより置き換えられてもよく,または,これは,1以上の非芳香族基Rにより置換されていてもよい(ここで,複数の置換基Rは,さらなる単環または多環の脂肪族環構造または芳香族環構造を形成していてもよい)),またはそれぞれ1?40の芳香族C原子を有する,二価の基-Z-を介して結合された芳香族環構造若しくは複素環式芳香族環構造,若しくは1?40の芳香族C原子を有するアリールオキシ基若しくはヘテロアリールオキシ基(ここで,1以上のH原子は,F,Cl,BrまたはIにより置き換えられてもよく,または,これは,1以上の非芳香族基Rにより置換されていてもよい(ここで,複数の置換基Rは,さらなる単環のまたは多環の脂肪族環構造または芳香族環構造を形成していてもよい))であり,
R^(1)は,出現毎に同一であるか異なり,H,1?20のC原子を有する脂肪族炭化水素基,芳香族炭化水素基,または複素環式芳香族炭化水素基(ここで,複数の置換基R^(1),またはR^(1)とRは,さらなる単環または多環の脂肪族環構造または芳香族環構造を形成していてもよい)であり,
Zは,出現毎に同一であるか異なり,1?40のC原子を有する直鎖の,分岐のまたは環状の,好ましくは共役基であり,これは,好ましくは,2つの他の置換基と共役しており,ここで,式(1)の基と芳香族基を結ぶZにおける原子の数は,好ましくは偶数であり,ここで,1以上の非隣接のC原子は,-O-,-S-若しくは-NR^(1)により置き換えられてもよく,または1以上のC原子は,R^(1)基またはハロゲンにより置換されていてもよく,
但し,Rは,置換または無置換フェニルピリジンを含まない)。
…(省略)…
【0023】
式(1)の好ましい構造は,環に2つまたは3つの窒素原子を含有する。これらは,ジアジンまたはトリアジンであり,すなわち,ピリダジン(1,2-ジアジン),ピリミジン(1,3-ジアジン),ピリダジン(1,4-ジアジン),1,2,3-トリアジン,1,2,4-トリアジン若しくは1,3,5-トリアジンである。ピリミジンまたはトリアジン,とりわけ1,2,4-トリアジンおよび1,3,5-トリアジンが特に好ましい。」

イ 「【0029】
R基の少なくとも1つにおいて,9,9’-スピロビフルオレン誘導体を含む式(1)の化合物が,非常に特に好ましい。
…(省略)…
【0032】
とりわけ駆動電圧およびパワー効率に関する特に良好な結果を,正孔障壁層と陰極または電子注入層との間に,別個の電子輸送層が組み込まれない場合に達成することが見出された。つまり,電子輸送層を含まず,正孔障壁層が,電子注入層または陰極に直接的に隣接する本発明によるエレクトロルミネセンスデバイスが好ましい。正孔障壁材料としてBCPを含み,ETLを含まない同様のデバイス構造が,著しく短い寿命を与えるために,このことは驚くべき結果である。
【0033】
本発明を,式(1)の正孔障壁材料の以下の例により,より詳細に説明するが,これらに制限されることを望まない。スピロビフルオレン単位または対応する他の単位上の考えられる置換基,およびトリアジン上の考えられるさらなる置換基は,明瞭にするために示さない。当業者は,発明を必要とすることなく,記載および例から,同様の正孔障壁材料を含む本発明に従うさらなるエレクトロルミネセンスデバイスを製造することができるであろう。
【化4】



引用例2の記載内容からみて,引用例2には,以下の技術が記載されている(以下「引用例2記載技術」という。)。
「陽極,陰極,および少なくとも1つのリン光エミッタをドープした少なくとも1つのマトリックス材料から成る発光層を含む有機エレクトロルミネセンスデバイスであって,式(1)の化合物を含む正孔障壁層を,発光層と陰極との間に組み込んだことを特徴とする有機エレクトロルミネセンスデバイスであって,
【化3】

式中,QはN又はCRであり,
式(1)の構造は,1,2,4-トリアジンおよび1,3,5-トリアジンが特に好ましく,
R基の少なくとも1つにおいて,9,9’-スピロビフルオレン誘導体を含む式(1)の化合物が,非常に特に好ましい,
有機エレクトロルミネセンスデバイス。」

3 対比及び判断
(1) 対比
本願発明と引用発明を対比すると,以下のとおりとなる。
ア 発光層,電子輸送層及びカソード
引用発明の「有機EL素子」は,「緑色発光層として,化合物BHと化合物GDを…膜厚30nmで共蒸着し,電子輸送層として,Alq_(3)膜を膜厚220-y〔nm〕で成膜し,…光反射層として機能するMg:Ag膜を…10nm蒸着し,光透過性電極として機能するITOを100nmの厚みで成膜してなる」ものである。
ここで,引用発明の「緑色発光層」及び「電子輸送層」は,それぞれ,その文言のとおり,又は技術的にみて,「緑色」に「発光」する「層」,及び「電子」を「輸送」する「層」として機能する。したがって,引用発明の「緑色発光層」及び「電子輸送層」は,それぞれ,本願発明の「発光層」及び「電子輸送層」に相当する。
また,引用発明の「光透過性電極」と「光反射層」を併せたものは,技術的にみて,引用発明の「電子輸送層」に電子を供給する層として機能する。したがって,引用発明の「光透過性電極」と「光反射層」を併せたものは,本願発明の「カソード」に相当する。
加えて,引用発明の各層の積層順からみて,引用発明の「電子輸送層」は,本願発明の電子輸送層における「発光層とカソードとの間に配置され」という要件を満たす。また,引用発明の緑色発光層の数は一つであるから,引用発明の「緑色発光層」は,本願発明の発光層における「少なくとも一つの」という要件を満たす。

イ アノード
引用発明の「有機EL素子」は,「アルミニウムを…150nmの厚みになるように成膜し,ITOを…10nmの厚みになるように成膜し,このアルミニウム/ITO膜は光反射性電極として機能し」,「正孔輸送層として機能するHT膜をy〔nm〕成膜し」てなる構成を具備する。
ここで,引用発明の「光反射性電極」は,技術的にみて,引用発明の「正孔輸送層」に正孔を供給する層として機能する。したがって,引用発明の「光反射性電極」は,本願発明の「アノード」に相当する。

ウ 有機エレクトロルミネッセンス素子
引用発明の全体の構成からみて,引用発明の「有機EL素子」は,本願発明の「有機エレクトロルミネッセンス素子」に相当する。

(2) 一致点及び相違点
ア 本願発明と引用発明は,次の構成で一致する。
「電子輸送層が,発光層とカソードとの間に配置され,アノード,カソードおよび少なくとも一つの発光層を含む有機エレクトロルミネッセンス素子。」

イ 本願発明と引用発明は,以下の点で相違する。
(相違点1)
本願発明は,「電子輸送層の層厚が,少なくとも130nmである」のに対し,引用発明は,「電子輸送層」の膜厚が,「220-y〔nm〕」である点。

(相違点2)
本願発明の「電子輸送層」は,「電子輸送層のための電子輸送層材料が,トリアジン誘導体から選ばれ」,「10^(5)V/cmの場で少なくとも10^(-5)cm^(2)/Vsの電子移動度を有する」電子輸送層であるのに対し,引用発明の「電子輸送層」は,「Alq_(3)膜」である点。

(3) 判断
ア 相違点1について
正孔輸送層の膜厚yに関して,引用例1の段落【0094】には,「yは20nmから210nmまで10nm間隔で20段階変え,第2の有機EL素子として20種類の素子を作製した。」と記載されている。すなわち,引用例1には,正孔輸送層の膜厚yが,90nm以下である引用発明の態様が記載されているところ,その電子輸送層の膜厚は,220-90=130nm以上と計算される。
したがって,引用例1には,相違点1に係る構成を具備した引用発明の態様が記載されているといえるから,相違点1は,相違点ではない。

なお,引用発明の有機EL素子は,正孔輸送層の膜厚に応じて20種類の態様が想定されるのに対し,正孔輸送層の膜厚が90nm以下の態様は半分以下の8種類である。しかしながら,引用例1の図5?図7は測定点(□及び▲)付きのグラフであり,正孔輸送層の膜厚と発光効率及びCIE色度の関係が正確に読み取ることができる。また,これらグラフからは,特に,正孔輸送層の膜厚が40nm,50nm又は60nmにおいて,青色画素,緑色画素及び赤色画素の評価結果がともに良い(網掛けの範囲内にある)ことが把握される。そして,この場合の引用発明の電子輸送層の膜厚は,それぞれ,180nm,170nm及び160nmと計算される。
そうしてみると,引用例1には,少なくとも,民生用TVや携帯電話用表示画面に用いる高い発光効率の有機ELカラー発光装置に関心を寄せる当業者との関係においては,相違点1に係る本願発明の構成を具備した引用発明が記載されていることは,明らかである。

イ 相違点2について
前記アで述べたとおり,当業者が理解する引用発明の電子輸送層の膜厚は,160?180nmと,他の層に比較して厚いものである。したがって,当業者ならば,引用発明の電子輸送層の電子移動度を高めることに配慮するといえる(そうしなければ,たとえ電流あたりで高い発光効率が得られたとしても,電力当たりでの高い発光効率は得られなくなる。)。加えて,電子移動度に関して,引用例1の段落【0069】には,「電子輸送層の材料としては…従来公知の化合物の中から任意のものを選択して用いることができる。電子輸送層は…10^(4)?10^(6)V/cmの電界印加時に電子移動度が10^(-5)cm^(2)/Vs以上であるものが好ましい。」と記載されている。
したがって,例えば,10^(5)V/cmの電界印加時に電子移動度が10^(-5)cm^(2)/Vs以上である電子輸送層の材料を従来公知の化合物の中から選択して用いることは,引用例1の記載が示唆する事項である。また,本件出願の優先日前において,Alq_(3)よりも電子移動度が高い電子輸送層材料として,トリアジン誘導体は周知である(前記2(1)参照。)。
そうしてみると,従来公知のトリアジン誘導体の中から電子移動度の高いものを,引用発明の電子輸送層のための電子輸送層材料として選択することにより,10^(5)V/cmの場で少なくとも10^(-5)cm^(2)/Vsの電子移動度を有する電子輸送層を得ることは,引用例1の記載に従う電子輸送層材料の選択にすぎない(なお,本願発明の実施例の化合物(本件出願の明細書の段落【0118】に記載されたETM3(2,4-ジフェニル-6-(9,9'-スピロビ[フルオレン]-2-イル)-1,3,5-トリアジン))は,公知である(前記2(2)イの段落【0033】の【化4】の「例1」参照。)。)。

あるいは,引用例2には,引用例2記載技術が記載されているところ,引用例2記載技術の正孔障壁層材料は,正孔障壁層と陰極または電子注入層との間に,別個の電子輸送層が組み込まれない場合にとりわけ駆動電圧およびパワー効率に関する特に良好な結果が得られるとされている(引用例2の段落【0032】)。すなわち,引用例2記載技術の正孔障壁層材料は,正孔障壁層として良好に機能するのみならず,その層の位置からみて,別個の電子輸送層が組み込まれない場合の方が良好な結果が得られるほど,電子輸送層材料の代替材料として機能する,優れた材料である(例えば,引用例2の段落【0033】の【化4】の「例1」には,本願発明の実施例の化合物ETM3と同一の化合物が開示されている。したがって,本件出願の明細書の段落【0087】?【0089】に記載の測定条件で測定した場合に,少なくとも10^(-5)cm^(2)/Vsの電子移動度の測定結果が得られるものである。)。
そうしてみると,引用発明を,民生用TVや携帯電話用表示画面に用いる高い発光効率の有機ELカラー発光装置として具体化しようとする当業者が,引用発明の電子輸送層のための電子輸送層材料として,正孔障壁層としての機能をも具備する引用例2記載技術の正孔障壁層材料を採用し,10^(5)V/cmの場で少なくとも10^(-5)cm^(2)/Vsの電子移動度を有する電子輸送層とすることは,容易に発明できた事項である。

なお,引用発明の電子輸送層材料(Alq_(3))とトリアジン誘導体材料では屈折率が相違するが,電子輸送層の膜厚を130nm未満に設計変更すべき程の相違ではないことは,技術的にみて明らかである。すなわち,電子輸送層として,例えば,170nmのAlq_(3)膜(屈折率1.72(段落【0098】【表1】))と同一の光学的距離を130nm未満の膜で得ようとする場合,その膜の屈折率は,1.72×170/130=2.25超という,未知のトリアジン誘導体有機EL材料を採用しなければならないこととなる。

(4) 請求人の主張について
請求人は,本件意見書において,寿命,カラーシフトおよび駆動電圧等の効果が,請求項記載の厚さを有するET層でトリアジン誘導体を使用すると改善されるとして,引用例1のET層材料としてトリアジン誘導体を採用することは容易であるとすることはできないと主張する。
しかしながら,請求人が主張する効果は,以下のとおり,引用発明から予測可能な効果,又は技術常識の範囲内の効果にすぎない。
すなわち,引用例1の段落【0001】,【0008】及び【0108】には,それぞれ「本発明は…カラー発光装置を構成する画素において,有機エレクトロルミネッセンス素子の上部及び下部の電極間の光学的距離を特定の範囲となるように調整することにより…高効率な発光を可能にした有機エレクトロルミネッセンスカラー発光装置に関する。」,「本発明は,上述の問題に鑑みなされたものであり,対向する電極間の電気的ショートを防止しつつ,高い発光効率を実現する有機ELカラー発光装置を提供することを目的とする。」及び「本発明の有機ELカラー発光装置は,民生用TV,大型表示ディスプレイ,携帯電話用表示画面等の各種表示装置に用いることができる。」と記載されている。これら引用例1の記載からみて,あるいは,このような引用例1の記載を考慮するまでもなく,引用発明を製品化しようとする当業者が,素子寿命,発光効率,消費電力等を考慮して,素子の各層の膜厚を設計し,また,本件出願の優先日における最も優れた発光材料や輸送材料を選択ことは当然のことにすぎない。加えて,有機エレクトロルミネッセンス素子の上部及び下部の電極間の光学的距離の調整によりカラーシフトが発生することは,当業者における技術常識にすぎない(必要ならば,引用例1の図5?7のグラフにおける色度変化を参照されたい。)。
そして,引用発明に基づいて,前記(3)で述べたとおり容易推考してなる有機ELカラー発光装置は,寿命及び駆動電圧において優れたものである。また,カラーシフトに関しては,技術常識にすぎない。
以上のとおりであるから,請求人の主張は採用できない。

(5) 小括
本願発明は,引用発明,引用例2記載技術及び周知技術に基づいて,その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものである。

第3 まとめ
以上のとおりであるから,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって,他の請求項に係る発明について審理するまでもなく,本件出願は拒絶すべきものである。
よって,結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-01-13 
結審通知日 2017-01-17 
審決日 2017-01-30 
出願番号 特願2012-529134(P2012-529134)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (H05B)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 中山 佳美  
特許庁審判長 鉄 豊郎
特許庁審判官 渡邉 勇
樋口 信宏
発明の名称 有機エレクトロルミネセンス素子  
代理人 佐藤 立志  
代理人 砂川 克  
代理人 河野 直樹  
代理人 峰 隆司  
代理人 堀内 美保子  
代理人 野河 信久  
代理人 蔵田 昌俊  
代理人 岡田 貴志  

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