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審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない。 C07C
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 C07C
管理番号 1329528
審判番号 不服2016-256  
総通号数 212 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-08-25 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2016-01-07 
確定日 2017-06-14 
事件の表示 特願2012-555432「アルケンのカルボキシル化によるエチレン性不飽和カルボン酸塩の製造」拒絶査定不服審判事件〔平成23年9月9日国際公開、WO2011/107559、平成25年6月10日国内公表、特表2013-521261〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願は、2011年3月3日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2010年3月3日(EP)欧州特許庁)を国際出願日とする出願であって、平成26年11月13日付けで拒絶理由が通知され、平成27年3月19日に意見書及び手続補正書が提出され、同年3月20日に手続補足書が提出され、同年9月2日付けで拒絶査定がされ、平成28年1月7日に拒絶査定不服審判が請求されるとともに手続補正書が提出されたものである。

第2 平成28年1月7日付けの手続補正についての補正の却下の決定

[補正の却下の決定の結論]
平成28年1月7日付けの手続補正を却下する。

[理由]

1 本件補正
平成28年1月7日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)は、本件補正前の特許請求の範囲(平成27年3月19日に提出された手続補正書により補正されたものである。)の請求項1である
「α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩の製造方法であって、
a)アルケンと、二酸化炭素と、Ni^(0) と二座ホスフィン配位子との錯体を含むカルボキシル化均一触媒とをアルケン/二酸化炭素/カルボキシル化触媒付加物に変換する工程と、
b)該付加物を有機助剤塩基で分解してカルボキシル化触媒を放出し、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を与える工程と、
c)該α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を、アルカリ金属塩基またはアルカリ土類金属塩基と反応させて助剤塩基を放出し、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を与える工程とを含む製造方法。」
を、
「α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩の製造方法であって、
a)アルケンと、二酸化炭素と、Ni^(0) と二座ホスフィン配位子との錯体を含むカルボキシル化均一触媒とをアルケン/二酸化炭素/カルボキシル化触媒付加物に変換する工程と、
b)上記a)の工程と同時に、該付加物を、液状の反応媒体全体に対して5?95重量%の有機助剤塩基で分解してカルボキシル化触媒を放出し、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を与える工程と、
c)該α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を、アルカリ金属塩基またはアルカリ土類金属塩基と反応させて助剤塩基を放出し、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を与える工程とを含む製造方法。」
とする補正を含むものである(注:補正部分に下線を付した。)。

2 補正の適否

(1)補正の目的の適否
上記補正は、発明を特定するために必要な事項である、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩を製造するためのa)、b)及びc)の工程のうちのb)の工程について、「a)の工程と同時に」行う態様に限定し、また、その工程で用いる「有機助剤塩基」の量に関し「液状の反応媒体全体に対して5?95重量%の有機助剤塩基」と限定するものであるから、上記a)及びb)の工程の態様を限定するものであって、その補正前の請求項1に記載された発明とその補正後の請求項1に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法第17条の2第5項第2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。

(2)独立特許要件について
そこで、本件補正後の上記請求項1に記載されている事項により特定される発明(以下「本願補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)否かについて検討する。

ア 特許法第36条第4項第1号について

(ア)はじめに
物を生産する方法の発明における発明の「実施」とは、その方法の使用をする行為のほか、その方法により生産した物の使用等をする行為をいう(特許法第2条第3項第3号)から、特許法第36条第4項第1号の「その実施をすることができる」(実施可能要件)とは、その方法により物を生産することができ、かつ、その物を使用できることである。したがって、物を生産する方法の発明については、明細書の記載又はその示唆及び出願当時の技術常識に基づき、当業者がその方法により物を生産することができ、かつ、その物を使用できるのであれば、上記の実施可能要件を満たすということができる。

(イ)発明の詳細な説明の記載

a 技術分野、背景技術、発明が解決しようとする課題についての記載
この出願の明細書(以下「本願明細書」という。補正されていない。)の段落【0001】?【0013】に、以下の記載がある。
「【技術分野】
【0001】本発明は、アルケンの直接カルボキシル化によりα,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を製造する方法、特にエテンの直接カルボキシル化によりアクリル酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】エチレンへのCO_(2) の直接付加(スキーム1)は、熱力学的な制限(AG=34.5kJ/mol)があるため、また好ましくない平衡(室温でほぼ完全に反応物側にある(K_(293)=7×10^(-7)))のため工業的に魅力がない。
【0003】

【0004】山本らは、0℃を越える温度で3級ホスフィン化合物配位子の存在下でのアクリル酸の、ビス(1,5-シクロオクタジエン)ニッケルなどの均一性なNi(0)種との反応で、「Hoberg錯体」として知られる安定な5員のニッケララクトン環Aが得られることを示した(スキーム2)(J.Am.Chem.Soc.1980、102、7448)。0℃未満の温度では、同じ反応で、ラクトンAと非環式π錯体Bの等モル混合物が得られる。Aの熱的切断による遊離アクリル酸の生成は起こらなかった。Buntineらによる理論化学的研究(Organometallics 2007,26,6784)では、中間体ニッケララクトンAの安定性が、アクリル酸反応生成物と較べて-40kcal/mol^(-1) 増加していることが示されている。
【0005】Hobergが発見したように(J.Organomet Chem.1983、C51)、CO_(2) とエチレンの直接結合により同じニッケララクトンAが生成する。塩基性の2,2’-ビピリジン配位子とNi(0)種を用いて、他のアルケンまたはアルキン(例えばノルボルネン)やこれらに由来する環状ニッケル化合物に同じ反応が観測されている。これらは安定な固体として単離でき(J.Organomet.Chem.1982、C28)、このことは、これらの化合物が極めて大きな安定性をもつこと示している。
【0006】

【0007】環状化合物Aの場合、このような安定なニッケララクトンを鉱酸水溶液で処理するとプロピオン酸を与え、アクリル酸を与えない。このことは、アクリル酸とその誘導体の生成に必要な錯体Aからのβハイドライドの脱離が阻害されていることを示す。従って、この反応の他の触媒は、今まで知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】US2007/219391
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】本発明の目的は、CO_(2) とアルケンとの反応を利用する、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸誘導体の工業生産に好適な方法を指定することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】塩基の形の助剤を併用することでCO_(2) とアルケンの反応の平衡を生成物側にシフトできることが明らかとなった。α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の塩の形成は、熱力学的に好ましい反応のようである。α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の塩、特にアクリル酸ナトリウムは、例えば吸水性樹脂(超吸水性樹脂と呼ばれる)の製造に多量に求められている。
【0011】本発明は、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩の製造方法であって、
a)アルケンと二酸化炭素とカルボキシル化触媒を変換して、アルケン/二酸化炭素/カルボキシル化触媒付加物とし、
b)この付加物を助剤塩基で分解してカルボキシル化触媒を遊離させ、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩とし、
c)このα,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩をアルカリ金属塩基またはアルカリ土類金属塩基と反応させて助剤塩基を遊離させ、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を与えることを特徴とする製造方法を提供する。
【0012】本発明の方法の工程a)とb)は、逐次で実施可能であるが、カルボキシル化反応器中で助剤塩基の存在下でアルケンと二酸化炭素とカルボキシル化触媒を接触させて同時に実施することが好ましい。
【0013】なお、「アルケン/二酸化炭素/カルボキシル化触媒付加物」は、広い意味で解釈すべきであり、冒頭に述べた「Hoberg錯体」に似た構造の化合物または構造不明の化合物をも含んでいる。この用語は、単離可能な化合物と不安定中間体とを含んでいる。」
以下においては、本願明細書の記載に従い、「a)の工程」を「工程a)」などということがある。b)の工程及びc)の工程についても同様である。

b 工程a)で原料として用いる「アルケン」及び「二酸化炭素」についての記載
段落【0014】?【0018】に、以下の記載がある。
「【0014】好適なアルケンは、少なくとも2個の炭素原子、例えば2?8個の炭素原子、または2?6個の炭素原子と、少なくとも一個のエチレン性不飽和二重結合をもつ。この二重結合は末端位置にあることが好ましい。このアルケンはジエンであってもよく、その場合には、少なくとも一個の炭素-炭素二重結合が末端にあり、他の二重結合が炭素骨格のどこかにある。好適なアルケンは、例えばエテンやプロペン、イソブテン、ピペリレンである。カルボキシル化に用いるアルケンは、カルボキシル化条件下では通常ガス状または液体である。
【0015】ある好ましい実施様態においては、このアルケンがエテンである。本発明の方法により、アルリル酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩、特にアクリル酸ナトリウムの濃厚水溶液を、高純度かつ高収量で得ることができる。もう一つの実施様態においては、本発明の方法で、例えばピペリレンとKOHからソルビン酸カリウムを得ることができる。
【0016】本反応で使用される二酸化炭素は、ガス状、液体状または超臨界状で使用できる。工業用規模で入手可能な二酸化炭素含有混合ガスも、もし一酸化炭素を実質的に含まないなら使用することもできる。
【0017】二酸化炭素とアルケンは、窒素または希ガスなどの不活性ガスを含んでいてもよい。しかしながら、その含量は、反応器中の二酸化炭素とアルケンの総量に対して10モル%未満であることが好ましい。
【0018】反応器供給物中の二酸化炭素とアルケンのモル比は、通常0.1?10であり、好ましくは0.5?3である。」

c 工程b)で用いる「有機助剤塩基」の上位概念に当たる助剤塩基についての記載
段落【0019】?【0027】に、以下の記載がある。
「【0019】助剤塩基は、有機助剤塩基であっても無機助剤塩基であってもよい。適当な助剤塩基は、アニオン性の塩基(一般的には、無機または有機アンモニウムイオンまたはアルカリ金属またはアルカリ土類金属との塩の形)であるか、中性の塩基である。無機のアニオン性塩基には、炭酸塩、リン酸塩、硝酸塩、またはハロゲン化物が含まれる。有機のアニオン性塩基の例としては、フェノキシド、カルボキシレート、有機分子単位のスルフェート、スルホネート、ホスフェート、ホスホネートがあげられる。
【0020】有機の中性塩基には、一級アミン、二級アミンまたは三級アミン、またエーテル、エステル、イミン、アミド、カルボニル化合物、カルボキシレートまたは一酸化炭素が含まれる。
【0021】この助剤塩基は、一級アミン、二級アミンまたは三級アミンであることが好ましい。助剤塩基は第三級アミンであることが最も好ましい。好適な第三級アミンは、一般式(I)をもつ:
NR^(1)R^(2)R^(3) (I)、
【0022】式中、R^(1)?R^(3) 基は、同一であっても異なっていてもよく、それぞれ独立して非分岐状または分岐状の、非環式または環状の、脂肪族、芳香脂肪族または芳香族基で、いずれの場合も1?16個の炭素原子、好ましくは1?12個の炭素原子を有し、個々の炭素原子はそれぞれ独立して-O-基と>N-基から選ばれるヘテロ原子で置換されていてもよく、二個の基または全ての三個の基が相互に結合して、それぞれ少なくとも4個の原子を含む鎖を形成していてもよい。
【0023】好適なアミンの例としては、以下のものがあげられる。
-トリ-n-プロピルアミン、トリ-n-ブチルアミン、トリ-n-ペンチルアミン、トリ-n-ヘキシルアミン、トリ-n-ヘプチルアミン、トリ-n-オクチルアミン、トリ-n-ノニルアミン、トリ-n-デシルアミン、トリ-n-ウンデシルアミン、トリ-n-ドデシルアミン、トリ-n-トリデシルアミン、トリ-n-テトラデシルアミン、トリ-n-ペンタデシルアミン、トリ-n-ヘキサデシルアミン、トリ(2-エチルヘキシル)アミン
-ジメチルデシルアミン、ジメチルドデシルアミン、ジメチルテトラデシルアミン、エチルジ(2-プロピル)アミン、ジオクチルメチルアミン、ジヘキシルメチルアミン
-トリシクロペンチルアミン、トリシクロヘキシルアミン、トリシクロヘプチルアミン、トリシクロオクチルアミン、これらの、一個以上のメチル、エチル、1-プロピル、2-プロピル、1-ブチル、2-ブチルまたは2-メチル-2-プロピル基で置換された誘導体
-ジメチルシクロヘキシルアミン、メチルジシクロヘキシルアミン、ジエチルシクロヘキシルアミン、エチルジシクロヘキシルアミン、ジメチルシクロペンチルアミン、メチルジシクロペンチルアミン
-トリフェニルアミン、メチルジフェニルアミン、エチルジフェニルアミン、プロピルジフェニルアミン、ブチルジフェニルアミン、2-エチルヘキシルジフェニルアミン、ジメチルフェニルアミン、ジエチルフェニルアミン、ジプロピルフェニルアミン、ジブチルフェニルアミン、ビス-(2-エチルヘキシル)フェニラミン、トリベンジルアミン、メチルジベンジルアミン、エチルジベンジルアミン、またこれらの、一個以上のメチル、エチル、1-プロピル、2-プロピル、1-ブチル、2-ブチルまたは2-メチル-2-プロピル基で置換された誘導体
- N-C_(1)-?-C_(12)-アルキルピペリジン、N,N’-ジ-C_(1)-?-C_(12)-アルキルピペラジンs、N-C_(1)-?-C_(12)-アルキルピロリジン、N-C_(1)-?-C_(12)-アルキルイミダゾール、またこれらの、一個以上のメチル、エチル、1-プロピル、2-プロピル、1-ブチル、2-ブチルまたは2-メチル-2-プロピル基で置換された誘導体
-1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデス-7-エン(DBU)、1,4-ジアザビシクロ[2.2.2]オクタン(DABCO)、N-メチル-8-アザビシクロ[3.2.1]オクタン(トロパン)、N-メチル-9-アザビシクロ[3.3.1]ノナン(グラナタン)、1-アザビシクロ[2.2.2]オクタン(キヌクリジン)。
【0024】もちろん本発明の方法において、異なる塩基の混合物、特に異なる第三級アミン(I)の混合物を使用することもできる。
【0025】R^(1)?R^(3) 基のうちの少なくとも一つが、α-炭素原子上に2個の水素原子を持つことが好ましい。
【0026】本発明の方法で使用される三級アミンは、最も好ましくは一般式(I)のアミンであって、R^(1)?R^(3) 基がそれぞれ独立してC_(1)-?C_(12)-アルキルとC_(5)-?C_(8)-シクロアルキル、ベンジル、フェニルからなる群から選ばれるものである。
【0027】本発明の方法で用いられる助剤塩基、好ましくは第三級アミンの量は、一般的には反応器中の全体の液状反応混合物に対して5?95重量%、好ましくは20?60重量%である。」

d 工程a)で用いる「Ni^(0) と二座ホスフィン配位子との錯体を含むカルボキシル化均一触媒」の上位概念に当たるカルボキシル化触媒についての記載
段落【0028】?【0056】に、以下の記載がある。
「【0028】一般に、このカルボキシル化触媒は、活性金属として、少なくとも一種の、元素周期律表の4族元素(好ましくは、Ti、Zr)と、6族元素(好ましくは、Cr、Mo、W)、7族元素(好ましくは、Re)、8族元素(好ましくは、Fe、Ru)、9族元素(好ましくは、Co、Rh)、10族元素(好ましくは、Ni、Pd)を含む。ニッケルとコバルト、鉄、ロジウム、ルテニウム、パラジウム、レニウム、タングステンが好ましい。ニッケルとコバルト、鉄、ロジウム、ルテニウムが特に好ましい。
【0029】これらの活性金属の役割は、CO_(2) とアルケンを活性化させて、CO_(2) とアルケンの間にC-C結合を形成することである。この活性化は、一箇所以上の活性点で行われる。この“Hoberg”類似錯体の形成後に、本発明で使用される助剤塩基の存在下で、これを、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩として除くことができる。
【0030】ある実施様態においては、用いるカルボキシル化触媒が不均一触媒である。不均一カルボキシル化触媒は、担持触媒の形で存在していても、非坦持触媒の形で存在していてもよい。担持触媒は、触媒支持体と一種以上の活性金属と、必要なら一種以上の添加物を含んでいる。
・・・(審決注:不均一触媒の説明なので省略)・・・
【0040】好ましい実施様態においては、用いるカルボキシル化触媒が均一触媒である。均一触媒は、一般的には金属の錯体である。均一触媒の場合、活性金属は、錯体型化合物の形で反応混合物中に均一に溶解して存在する。
【0041】均一カルボキシル化触媒は、少なくとも一個のホスフィン配位子を持っていることが適当である。これらのホスフィン配位子は、一座配位でも、二座、多座配位であってもよく、即ちこれら配位子が、一個、二個、あるいはそれ以上の、例えば三個の三級の三価燐原子を持っていてもよい。これらの燐原子は、1?18個の炭素原子をもつ、非分岐状または分岐状の、非環式または環状の脂肪族基であってもよい。
【0042】好適な単座ホスフィン配位子は、例えば式(II)をもつ。
PR^(4)R^(5)R^(6) (II)
【0043】式中、R^(4) とR^(5) とR^(6) は、それぞれ独立してC_(1)-C_(12)-アルキル、C_(3)-C_(12)-シクロアルキル、アリール、アリール-C_(1)-C_(4)-アルキルである。なお、シクロアルキルとアリール、アリール-C_(1)-C_(4)-アルキルのアリール基は、無置換であっても、1個、2個、3個または4個の同一または異なる置換基(例えば、Cl、Br、I、F、C_(1)-C_(8)-アルキルまたはC_(1)-C_(4)-アルコキシ)を持っていてもよい。
【0044】適当なR^(4) とR^(5) とR^(6) 基は、例えば、メチルやエチル、1-プロピル、2-プロピル、1-ブチル、2-ブチル、1-(2-メチル)プロピル、2-(2-メチル)プロピル、1-ペンチル、1-(2-メチル)ペンチル、1-ヘキシル、1-(2-エチル)ヘキシル、1-ヘプチル、1-(2-プロピル)ヘプチル、1-オクチル、1-ノニル、1-デシル、1-ウンデシル、1-ドデシルなどのC_(1)-C_(12)-アルキル基;無置換またはC_(1)-C_(4)-アルキル基(例えばシクロペンチル、メチルシクロペンチル、シクロヘキシル、メチルシクロヘキシル、シクロヘプチル、シクロオクチル、ノルボルニル)を有していてよいC_(3)-C_(10)-シクロアルキル基;無置換または塩素とC_(1)-C_(8)-アルキル、C_(1)-C_(8)-アルコキシから選ばれる一個または二個の置換基を有していてよいアリール基(例えば、フェニルやナフチル、トリル、キシリル、クロロフェニルまたはアニシル)である。
【0045】好適な式(II)のホスフィン配位子の例としては・・・(審決注:単座配位子の例の説明なので省略)・・・
【0046】好適な二座ホスフィン配位子は、例えば式(III)をもつ。
R^(7)R^(8)P-A-PR^(9)R^(10) (III)
【0047】式中、AはC_(1)-C_(4)-アルキレンであり、R^(7) とR^(8) とR^(9) とR^(10) は、それぞれ独立して、R^(4) とR^(5) とR^(6) に定義されたものと同じである。
【0048】二座ホスフィンの例としては、1,2-ビス(ジシクロヘキシルホスフィノ)エタンや、1,2-ビス(ジシクロヘキシルホスフィノ)メタン、1,2-ビス(ジメチルホスフィノ)エタン、1,2-ビス(ジメチルホスフィノ)メタン、1,2-ビス(ジ-tert-ブチルホスフィノ)メタンまたは1,2-ビス(ジイソプロピルホスフィノ)プロパンがあげられる。
【0049】この有機金属錯体は、一個以上の、例えば2個、3個または4個の上述の、少なくとも一種の非分岐または分岐状の、非環状または環状の脂肪族基をもつホスフィン基を含んでいてもよい。
【0050】また、少なくとも1当量の助剤塩基が、上記均一錯体の金属上の配位子として機能してもよい。
【0051】あるいは、このカルボキシル化触媒が、少なくとも一種のN-複素環式カルベン配位子を有していてもよい。なお、一般式(IV)または(V)のN-複素環式カルベンが金属上の配位子として機能する:
【0052】

・・・(審決注:N-複素環式カルベン配位子の説明なので省略)・・・
【0054】上述の配位子に加えて、この触媒は、ハライド、アミン、カルボキシレート、アセチルアセトネート、アリール-またはアルキルスルホネート、水素化物、CO、オレフィン、ジエン、シクロオレフィン、ニトリル、芳香族及び複素芳香族エーテル、PF_(3)、ホスホール、ホスファベンゼンと単座、二座および多座のホスフィナイト、ホスホナイト、ホスホラミダイト、ホスフィット配位子から選ばれる少なくとも一種の他の配位子を持っていてもよい。
【0055】これらの均一触媒は、直接活性な形で得ることもできるし、従来から使用されている標準的な錯体、例えば[M(p-シメン)Cl_(2)]_(2)、[M(ベンゼン)Cl_(2)]_(n)、[M(COD)(アリル)]、[MCl_(3)×H_(2)O]、[M(アセチルアセトネート)_(3)]、あるいは[M(DMSO)_(4)Cl_(2)](なお、Mは、周期律表の第4、6、7、8、9族または10族の元素である)から、反応条件下のみにおいて、相当する配位子を添加して得ることもできる。
【0056】均一触媒を使用する場合、有機金属錯体中の上記金属錯体の使用量は、一般的には、反応器中の全液体反応混合物に対して0.1?5000重量ppmであり、好ましくは1?800重量ppmで、より好ましくは5?500重量ppmである。」

e 工程a)及びb)の反応器及び操作条件についての一般的な記載
段落【0057】?【0063】に、以下の記載がある。
「【0057】用いるカルボキシル化反応器は、原理的には、特定の温度と特定の圧力下で気液反応または液液反応を行うのに適当なすべての反応器である。液-液反応系用に適当な標準的な反応器が、例えば、K.D.Henkel,「反応器の形式とその工業利用」、ウルマン工業化学辞典2005,Wiley VCH Verlag GmbH & Co KGaA,DOI:10.1002/14356007.b04_087,3.3章、「気液反応用の反応器」に具体的に記載されている。例えば、攪拌槽反応器や円管状反応器、気泡塔反応器があげられる。
【0058】このカルボキシル化は、回分的に行っても連続的に行ってもよい。回分的に行う場合、反応器に所望の液体の供給原料、あるいは必要なら固体の供給原料と助剤を入れ、次いで二酸化炭素とアルケンを所望圧力と所望温度となるまで注入する。反応終了後、反応器は通常、放圧される。
【0059】連続的に行う場合、供給原料と、二酸化炭素とアルケンを含む助剤とを、連続的に添加する。用いる不均一カルボキシル化触媒は、いずれも反応器中に固定されて存在していることが好ましい。従って、液相は反応器から連続的に除かれ、反応器内の液体レベルは、平均的に一定に保たれる。
【0060】工程a)とb)は、液相で行うか、圧力が1?150bar、好ましくは圧力が1?100bar、より好ましくは圧力が1?60barの超臨界相で行うことが好ましい。本発明の方法の工程a)とb)は、温度が-20℃?300℃で、好ましくは温度が20℃?250℃、より好ましくは温度が40℃?200℃で行うことが好ましい。
【0061】反応物と、カルボキシル化触媒と助剤塩基とを含む媒体とをよく混合するために、適当な装置を用いることができる。このような装置は、一台以上の攪拌器を備えた、邪魔板を持つか持たない機械攪拌装置であっても、充填気泡塔または非充填気泡塔、スタチックミキサーを持つか持たない充填流動管または非充填流動管、あるいはこれらの加工工程に適した、当業界の熟練者には既知の他の有用な装置であってもよい。邪魔板と遅延構造の利用は、本発明の方法に明確に含まれている。
【0062】反応媒体に、CO_(2) とアルケン反応物を共に供給してもよいし、空間的に分離して供給してもよい。このような空間的な分離は、例えば攪拌槽中に、単純に2個以上の別々の供給口を設けることで達成できる。一個以上のタンクを使用する場合には、例えば異なるタンク中に異なる媒体を供給してもよい。本発明の方法では、CO_(2) とアルケン反応物とを、時間的に分離して添加することも可能である。このような時間的な分離は、例えば、攪拌槽中への反応物の供給を別々に行うことで行われる。流動管またはこれに類似の装置を使用する場合、このような供給は、例えば流動管中の異なる位置で行うことができる。このような添加位置の変更は、反応物を滞留時間の関数として添加する巧妙な方法である。
【0063】工程a)とb)においては、一種以上の非混和性の液相を、あるいは難混和性の液相を使用することができる。超臨界媒体とイオン性液体の利用とこのような状態の形成を促進する条件の確立は、明らかに本方法に含まれる。相間移動触媒の利用及び/又は界面活性剤の使用は、明らかに本発明の方法に含まれる。」

f 工程b)の反応媒体からα,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を除去することについての一般的な記載
段落【0064】?【0074】に、以下の記載がある。
「【0064】ある好ましい実施様態においては、工程b)で生成されるα,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩が、反応媒体から除去される。この助剤塩基塩の除去は、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩が濃縮された第一の液相と助剤塩基が濃縮された第二の液相への液-液相分離を含むことが好ましい。
【0065】均一カルボキシル化触媒を使用する場合、これが助剤塩基とともに第二液相中で濃縮されるように選択することが好ましい。なお、「濃縮」は、均一触媒の分配係数Pが>1であることを意味するものとする。この分配係数は、好ましくは≧10であり、より好ましくは≧20である。
【0066】

【0067】この均一触媒は、通常、計画プロセス条件下での所望の均一触媒の分配係数を試験的に求める簡単な試験で選択される。
【0068】この液-液相分離は、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩が良く溶解し、助剤塩基が濃縮される第二液相に非混和性であるか難混和性である極性溶媒をさらに使用することで促進される。
この極性溶媒が第一液相中に濃縮した形で存在するように、この極性溶媒を選択するか、助剤塩基にマッチさせることが必要である。なお、「濃縮」とは、両方の液相中の極性溶媒の総量に対して第一液相中の極性溶媒の重量比が>50%であることを意味するものとする。この重量比は、好ましくは>90%であり、より好ましくは>95%、最も好ましくは>97%である。この極性溶媒は、一般的には、プロセス条件下における二つの液相中での極性溶媒の分配を試験的に測定できる簡単な試験で選択される。
【0069】極性溶媒として好適な物質の種類は、ジオールとそのカルボン酸エステル、ポリオールとそのカルボン酸エステル、スルホン、スルホキシド、鎖状または環状アミド、上記の種類の物質の混合物である。
【0070】好適なジオールとポリオールの例としては、エチレングリコールやジエチレングリコール、トリエチレングリコール、ポリエチレングリコール、1,3-プロパンジオール、2-メチル-1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、ジプロピレングリコール、1,5-ペンタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、グリセロールがあげられる。
【0071】好適なスルホキシドの例としては、ジアルキルスルホキシドがあげられ、好ましくはC_(1)-?C_(6)-ジアルキルスルホキシド、特にジメチルスルホキシドがあげられる。
【0072】好適な鎖状または環状アミドの例としては、ホルムアミドやN-メチルホルムアミド、N,N’-ジメチルホルムアミド、N-メチルピロリドン、アセトアミド、N-メチルカプロラクタムがあげられる。
【0073】必要なら、この極性溶媒に非混和性あるいは難混和性の溶媒を使用することも可能である。好適な溶媒は、原理的には、(i)アルケンのカルボキシル化に対して化学的に不活性なもの、(ii)助剤塩基と、均一触媒を使用する場合には均一触媒がよく溶解するもの、(iii)α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩がよく溶解するもの、(iv)極性溶媒に非混和性または難混和性であるものである。したがって原理的には、有用な溶媒は化学的に不活性な非極性溶剤であり、例えば脂肪族、芳香族または芳香脂肪族炭化水素、具体的にはオクタンや高級アルカン、トルエン、キシレンである。本発明の方法のすべての加工段階において助剤塩基自体が液状で存在する場合、極性溶媒に非混和性または難混和性の溶媒の使用は不必要である。
【0074】均一カルボキシル化触媒を使用する場合、助剤塩基と、必要なら極性溶媒及び/又はそれに非混和性または難混和性の溶媒をうまく選択することで、例えば、カルボキシル化触媒を第二液相中に濃縮させることができる。例えば、このカルボキシル化触媒を、α,β-不飽和酸の助剤塩基塩から相分離により分離し、さらに後処理工程なしに反応器に循環させることができる。α,β-不飽和酸から形成された助剤塩基塩から触媒が速やかに除かれるため、二酸化炭素とアルケンへの分解をともなう逆反応が抑制される。また、二つの液相が形成されるため、触媒の保持または除去により、触媒の損失が減少し、このため活性金属の損失が減少する。第一液相を除くには、単にカルボキシル化反応器から第一液相を取り出し、第二液相をカルボキシル化反応器内に残す方法をとってもよい。あるいは、液-液混合流をカルボキシル化反応器から抜き出して、液-液相分離をカルボキシル化反応器の外部の適当な装置で行うこともできる。これらの二つの液相は、一般的には重量的相分離で分離される。この目的のために適当な例は、例えば、E.Muller et al.,「液液抽出」、ウルマン工業化学辞典,2005,Wiley-VCH Verlag GmbH & Co.KGaA,DOI:10.1002/14356007.b03_06、第3章、「装置」に記載の標準的な装置と標準的な方法である。一般に、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩が濃縮された第一液相が重く、下相を形成する。次いで、第二液相をカルボキシル化反応器に再循環することができる。」

g 工程c)で用いる「アルカリ金属塩基」又は「アルカリ土類金属塩基」についての記載及び工程c)の操作条件についての一般的な記載
段落【0075】?【0083】に、以下の記載がある。
「【0075】工程c)では、このα,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩が、アルカリ金属塩基またはアルカリ土類金属塩基と反応させられて助剤塩基を放出し、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を与える。好適なアルカリ金属塩基またはアルカリ土類金属塩基は、特にアルカリ金属またはアルカリ土類金属の水酸化物、炭酸塩、重炭酸塩または酸化物である。適当なアルカリ金属及びアルカリ土類金属の水酸化物は、例えば、水酸化ナトリウムや水酸化カリウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウムである。好適なアルカリ金属及びアルカリ土類金属の炭酸塩は、例えば、炭酸リチウムや炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸カルシウムである。好適なアルカリ金属の重炭酸塩は、例えば、重炭酸ナトリウムまたは重炭酸カリウムである。好適なアルカリ金属及びアルカリ土類金属の酸化物は、例えば、酸化リチウムや酸化ナトリウム、酸化カルシウム、酸化マグネシウムである。水酸化ナトリウムが特に好ましい。
【0076】このアルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩基は、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩とアルカリ金属またはアルカリ土類金属の塩基との間の塩基交換を可能とするのに好適な条件で加えられる。本発明の方法の工程c)は、液相中で行うか、圧力が1?150barの、好ましくは圧力が1?100bar、より好ましくは1?60barの超臨界相中で行うことが好ましい。本発明の方法の工程c)は、温度が-20℃?300℃で、好ましくは温度が20℃?250℃、より好ましくは温度が40℃?200℃で行うことが好ましい。工程c)の反応条件は、工程a)とb)の反応条件と同じであっても異なっていてもよい。
【0077】工程c)では、一種以上の非混和性または難混和性の液相を使用することができる。通常、このような非混和性または難混和性の液相は、有機相と水相である。超臨界媒体及びイオン性液体の使用とこのような状態の形成を促進する条件の確立は、明らかに本方法に含まれる。
【0078】α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を助剤塩基から、これらを二つの異なる相に分離させて、分離することが好ましい。従って、例えば、高極性の水相中にあるα,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩と有機相中にある助剤塩基を分離することができる。分離を助ける効果の利用、例えばイオン性液体または超臨界媒体の相変化の利用は、明らかに本方法に含まれる。相分離に好ましい影響を与える圧力または温度の変化は、明らかに本方法に含まれる。
【0079】放出される助剤塩基は、工程b)に再循環される。本方法に好適な条件下でこの再循環が行われる。
【0080】除去される第一液相をアルカリ金属塩基またはアルカリ土類金属塩基の水溶液で処理して、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩の水溶液と助剤塩基を含む有機相とを得ることが好ましい。
【0081】第一液相は、一般的には、アルカリ金属塩基またはアルカリ土類金属塩基の溶液に非混和性または難混和性であり、処理は液-液抽出の形で適当に行われる。液-液抽出は、この目的に適当なすべての装置で、例えば攪拌容器、抽出器または濾過器で実施できる。α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を含む水溶液と、助剤塩基を含む有機相とが得られる。
【0082】放出された助剤塩基は、カルボキシル化反応器に再循環される。プロセス設計が単純であるため、本発明の方法を実施する必要がある製造プラントでは、先行技術と較べると、必要とする空間が小さく、使用する装置の数が少ない。資本コストが少なく、エネルギー需要が小さい。
【0083】もう一つの実施様態においては、工程c)において、反応媒体(前もってα,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩が除去されていない)をアルカリ金属塩基またはアルカリ土類金属塩基の水溶液で抽出して、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩の水溶液を得ることができる。抽出は、工程a)とb)と同時にカルボキシル化反応器内で直接行うことができる。このために、アルカリ金属塩基またはアルカリ土類金属塩基の溶液をカルボキシル化反応器に投入し、カルボキシル化反応器内で反応媒体をアルカリ金属塩基またはアルカリ土類金属塩基の溶液で抽出して、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩の水溶液をカルボキシル化反応器から除くことができる。」

(ウ)判断

a 本願補正発明は、
「α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩の製造方法であって、
a)アルケンと、二酸化炭素と、Ni^(0) と二座ホスフィン配位子との錯体を含むカルボキシル化均一触媒とをアルケン/二酸化炭素/カルボキシル化触媒付加物に変換する工程と、
b)上記a)の工程と同時に、該付加物を、液状の反応媒体全体に対して5?95重量%の有機助剤塩基で分解してカルボキシル化触媒を放出し、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を与える工程と、
c)該α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を、アルカリ金属塩基またはアルカリ土類金属塩基と反応させて助剤塩基を放出し、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を与える工程とを含む製造方法。」
と特定されている。
そして、本願明細書には、上記(イ)に示したとおり、実施例の記載がなく、実際に、上記の方法で、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を経由してα,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩を製造した具体例の記載は全くされていない。
そこで、本願補正発明の方法により、請求項1記載のα,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩を生産することができるかを検討する。

b まず、工程a)及び工程b)を同時に行うことにより、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を生産することができるかを検討する。

(a)工程a)及び工程b)を同時に行う方法は、上記(イ)a段落【0012】によれば、カルボキシル化反応器中で助剤塩基の存在下でアルケンと二酸化炭素とカルボキシル化触媒を接触させて実施するものである(以下、この工程を「同時a)b)工程」という。)。

(b)そのアルケンは、上記(イ)bによれば、少なくとも2個の炭素原子と少なくとも一個のエチレン性不飽和二重結合をもち、ジエンであってもよく(その場合には、少なくとも一個の炭素-炭素二重結合が末端にあり、他の二重結合が炭素骨格のどこかにある)、エテン、プロペン、イソブテン、ピペリレンが例示され、カルボキシル化条件下でガス状又は液状のもので、窒素又は希ガスなどの不活性ガスを含んでいてもよいものである。

(c)その二酸化炭素は、上記(イ)bによれば、ガス状、液体状又は超臨界状で、工業用規模で入手可能な二酸化炭素含有混合ガス(一酸化炭素を実質的に含まないもの)でもよく、窒素又は希ガスなどの不活性ガスを含んでいてもよいものである。
また、二酸化炭素とアルケンのモル比が0.1?10、好ましくは0.5?3で用いられるものである。

(d)そのカルボキシル化触媒、すなわち、Ni^(0) と二座ホスフィン配位子との錯体を含むカルボキシル化均一触媒は、上記(イ)dによれば、その二座ホスフィン配位子が、例えば式(III)
R^(7)R^(8)P-A-PR^(9)R^(10) (III)
をもち、そのAはC_(1)-C_(4)-アルキレンであり、R^(7) とR^(8) とR^(9) とR^(10) は、それぞれ独立して、C_(1)-C_(12)-アルキル、C_(3)-C_(12)-シクロアルキル、アリール、アリール-C_(1)-C_(4)-アルキルであり、そのシクロアルキルとアリール、アリール-C_(1)-C_(4)-アルキルのアリール基は、無置換であっても、1個、2個、3個又は4個の同一または異なる置換基(例えば、Cl、Br、I、F、C_(1)-C_(8)-アルキル又はC_(1)-C_(4)-アルコキシ)をもっていてもよい、というものであって、例として1,2-ビス(ジシクロヘキシルホスフィノ)エタンや、1,2-ビス(ジシクロヘキシルホスフィノ)メタン、1,2-ビス(ジメチルホスフィノ)エタン、1,2-ビス(ジメチルホスフィノ)メタン、1,2-ビス(ジ-tert-ブチルホスフィノ)メタン又は1,2-ビス(ジイソプロピルホスフィノ)プロパンが挙げられ、この均一触媒は、直接活性な形で得ることもできるし、従来から使用されている標準的な錯体、例えば[M(p-シメン)Cl_(2)]_(2)、[M(ベンゼン)Cl_(2)]_(n)、[M(COD)(アリル)]、[MCl_(3)×H_(2)O]、[M(アセチルアセトネート)_(3)]、あるいは[M(DMSO)_(4)Cl_(2)](なお、Mは、Niである)から、反応条件下のみにおいて、相当する配位子を添加して得ることもできる、というものである。
ただし、上記において下線を付したものは、理論上存在しない化合物である。
また、その金属錯体の使用量は、反応器中の全液体反応混合物に対して0.1?5000重量ppm、より好ましくは5?500重量ppmである。

(e)その助剤塩基、すなわち、有機助剤塩基は、工程a)で得られるアルケン/二酸化炭素/カルボキシル化触媒付加物を分解して、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を与えるものであって、上記(イ)cによれば、「アニオン性の塩基(一般的には、無機または有機アンモニウムイオンまたはアルカリ金属またはアルカリ土類金属との塩の形)」のうちの「有機のアニオン性塩基」であり「フェノキシド、カルボキシレート、有機分子単位のスルフェート、スルホネート、ホスフェート、ホスホネート」が例示されるものであるか、又は「中性の塩基」のうちの「有機の中性塩基」であり「一級アミン、二級アミンまたは三級アミン、またエーテル、エステル、イミン、アミド、カルボニル化合物、カルボキシレートまたは一酸化炭素」が例示されるものである。アミンに関しては、トリ-n-プロピルアミンからキヌクリジンまで多数(置換誘導体を数えなくても50個以上)の、液体又は固体の化合物が例示されている(段落【0023】?【0024】)。
また、その使用量は、反応器中の全体の液状反応混合物に対して5?95重量%、好ましくは20?60重量%である。

(f)その他の成分については、上記(イ)e段落【0063】によれば、「非混和性の液相」又は「難混和性の液相」、「超臨界媒体」、「イオン性液体」、「相間移動触媒」、「界面活性剤」の言及があるが、何ら具体的でない。

(g)他に、上記(イ)fによれば、工程b)で生成されるα,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を反応媒体から除去することに関連して、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩が濃縮された第一の液相と、助剤塩基が濃縮された第二の液相とが形成されるように、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩がよく溶解し第二の液相に非混和性であるか難混和性である極性溶媒を使用することができることについての記載があり、ジオールとそのカルボン酸エステル、ポリオールとそのカルボン酸エステル、スルホン、スルホキシド、鎖状または環状アミド、上記の種類の物質の混合物が挙げられ、エチレングリコールなどが例示されている(段落【0064】?【0072】)。
さらに、助剤塩基自体が液状で存在する場合には不必要であるとの断りとともに、上記の極性溶媒に非混和性又は難混和性の溶媒、例えばオクタン、高級アルカン、トルエン、キシレンを、使用することができるとされている(段落【0073】)。
そして、助剤塩基と、必要なら極性溶媒及び/又はそれに非混和性または難混和性の溶媒をうまく選択することで、例えば、均一カルボキシル化触媒を第二液相中に濃縮させることができ、相分離により分離した触媒を反応器に循環させることができると記載されている(段落【0074】)。
しかし、ここに言及されている極性溶媒や、それに非混和性または難混和性の溶媒は、工程b)で生成されるα,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を反応媒体から除去することに関連して記載されているのであり、工程a)、工程b)又は本願補正発明の同時a)b)工程において反応混合物中に存在させるものとして記載されているのではない。

(h)反応条件は、上記(イ)eによれば、気液反応又は液液反応であり、圧力は、1?150bar、好ましくは1?60barの超臨界相であり、温度は、-20?300℃、好ましくは40?200℃である。
反応器は、その温度と圧力下で気液反応又は液液反応を行うのに適当な反応器であるとされ、攪拌ができる反応器である。
反応は、回分的に行っても連続的に行ってもよく、反応器への原料その他反応物質の供給は、反応媒体に二酸化炭素とアルケンを供給するものである。

(i)以上によれば、本願補正発明の同時a)b)工程を実施して、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を得るためには、適当な反応器に、適当なNi^(0) と二座ホスフィン配位子との錯体を含むカルボキシル化均一触媒と、適当な有機助剤塩基を反応器中の全体の液状反応混合物に対して5?95重量%の量で、含む、反応媒体を用意し、これに二酸化炭素とアルケンを供給し、圧力1?150bar、温度-20?300℃で反応させ、反応後に、反応媒体からα,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を除去すればよいことがわかる。
しかし、実際に同時a)b)工程を実施するには、反応に必要な物質の入手や、選択、反応の条件設定が必要である。
まず、適当なNi^(0) と二座ホスフィン配位子との錯体を含むカルボキシル化均一触媒を用意する必要がある。本願明細書には、二座ホスフィン配位子の一般式PR^(4)R^(5)R^(6) の開示と1,2-ビス(ジシクロへキシルホスフィノ)エタンなどの例示と、均一触媒の錯体を直接活性な形で得ることもできる、又は、従来から使用されている標準的な錯体、例えば[M(p-シメン)Cl_(2)]_(2)、[M(ベンゼン)Cl_(2)]_(n)、[M(COD)(アリル)]、[MCl_(3)×H_(2)O]、[M(アセチルアセトネート)_(3)]、あるいは[M(DMSO)_(4)Cl_(2)](なお、Mは、Niである)から反応条件下のみにおいて相当する配位子を添加して得ることもできる、との記載があるだけである。どのように入手するのか、配位子が上記の1,2-ビス(ジシクロへキシルホスフィノ)エタンであるものについてすら、具体的に開示していない。そのため、適当なNi^(0) と二座ホスフィン配位子との錯体を含むカルボキシル化均一触媒を用意するだけでも、当業者に過度の負担を強いる。
次に、適当な有機助剤塩基を選び、反応の条件を設定する必要がある。
有機助剤塩基について、本願明細書には、フェノキシド、カルボキシレート、有機分子単位のスルフェート、スルホネート、ホスフェート、ホスホネート、一級アミン、二級アミンまたは三級アミンが使用できるとして、アミンだけでもトリ-n-プロピルアミンからキヌクリジンまで多数(置換誘導体を数えなくても50個以上)の化合物が例示されるが、これらは、性状(液体か固体か)や、塩基性の程度が、異なるものである。
反応の条件は、圧力1?150bar、温度-20?300℃という、広い範囲から選ぶことになる。供給する二酸化炭素とアルケン(二酸化炭素とアルケンのモル比が0.1?10)の量と、適当なNi^(0) と二座ホスフィン配位子との錯体を含むカルボキシル化均一触媒と適当な有機助剤塩基を所定量(反応器中の全体の液状反応混合物に対して5?95重量%である。)含む反応媒体の量との、比率も、選ぶ必要がある。反応時間も、どの段階で反応の終了であるとするのかを何らかの手段で見極めて、選ぶ必要がある。有機助剤塩基の使用量も、選択した個別の有機助剤塩基に応じて上述の5?95重量%の範囲から選ぶ必要がある。また、反応の温度及び圧力において反応器中に液状反応混合物が生成するように、有機助剤塩基やアルケンの種類によっては、追加の溶媒の使用の検討が必要になるかもしれない。
本願補正発明においては、有機助剤塩基は、同時a)b)工程で生成されるアルケン/二酸化炭素/カルボキシル化触媒付加物を分解してカルボキシル化触媒を放出させてα,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を与えるものであるところ(請求項1)、このような反応は、新規な反応であるとして、この出願において特許請求されているのであるから、有機助剤塩基を反応媒体中に所定量(本願補正発明においては、液状の反応媒体全体に対して5?95重量%である。)で存在させれば、上記の反応によりα,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩が生成する、という技術常識は存在しない。
すると、実際に、本願補正発明の同時a)b)工程を実施して、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を得るためには、非常に多くの選択及び条件設定をする必要があるといえる。その選択及び条件設定は、当業者に多数の試行錯誤を強いるものであると認められる。

c 以上によれば、本願明細書には、実施例の記載がなく、実際に、本願補正発明の方法で、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を経由してα,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩を製造した具体例の記載は全くされていないうえ、発明の詳細な説明又は示唆及び出願時の技術常識に基づき、当業者が、本願補正発明の方法により、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を経由してα,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩を生産できる、とはいえない。したがって、発明の詳細な説明は、本願補正発明に関し、当業者が発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。

d 請求人の主張について

(a)なお、請求人は、意見書において、本願明細書の段落【0005】で提示した文献である参考資料1(J.Organomet Chem.1983,C51-C53)を示し、
「そこには以下のように記載されています:
「(cdt)Ni(I)(cdt=1,5,9-シクロドデカントリエン)、CO_(2)(II)、エチレン(III)及びキレートリガンド(Lig)(IV)(例えば1,2-ビス(ジシクロヘキシルホスフィノ)エタン(dcpe)(IVa)又は2,2‘-ビピリジン(bpy)(IVb))(モル比I/II/III/IV=1/1/5/1)を20℃で混合して、そのオキサニッケルシクロペンタノンVa(50%;黄緑色、融点170℃(分解)、IR(KBr)1620cm^(-1)(v(CO))及びVb(85%;赤色、融点228℃(分解)、IR(KBr)1635cm^(-1)(v(CO))を得る。
例えば、上記記載を参考にしては補正後の請求項1の方法の工程a)を実施することができると思われます。」
と主張している。また、以下の追加の実験データ([実施例1]?[実施例4])を提出している。
「[実施例1]
1,2-ビス(ジ-tert-ブチルホスフィノ)エタン(159mg、0.5ミリモル)及びビス(シクロオクタジエン)ニッケル(0)(138mg、0.5ミリモル)をテトラヒドロフラン(10mL)中に懸濁させ、赤色溶液が形成するまで撹拌した。混合物をオートクレーブ容器に移し、テトラヒドロフラン(10mL)で希釈した。オートクレーブをエチレンで20バールまで加圧した。撹拌(600rpm)を室温で30分間行った。次いで、エチレン圧を10バールに減圧し、二酸化炭素を導入し、混合圧を50バールにした。その後、撹拌(600rpm)を45℃で32時間行った。^(31)PNMR分析により、1,2-ビス(ジ-tert-ブチルホスフィノ)エタンのニッケルラクトンへの定量的変換が明らかとなった。その後、圧力を解放し、混合物をガラス瓶に移した。溶剤を蒸発させ、固体残渣をテトラヒドロフラン(3mL)に溶解した。n-ヘキサン(50mL)を混合物に加え、微細黄色沈殿を得、これをろ過し、高真空で乾燥した。この黄色の沈殿は純粋なニッケルラクトン(120mg、0.27ミリモル、収率54%)であることがわかった。
[実施例2及び3]
グローブ・ボックス中で、モノクロロベンゼン(30mL)、ビス(シクロオクタジエン)ニッケル(0)(0.16ミリモル)、1,2-ビス(ジ-tert-ブチルホスフィノ)エタン(0.16ミリモル)及び塩基(3.2ミリモル)を、窒素雰囲気下、両端のバルブでシール可能な充填カートリッジに移した。オートクレーブに、グローブ・ボックスの外側で、エテンを充填した。充填カートリッジの一端をオートクレーブの注入ポートに接続した。充填カートリッジの他端を窒素ラインに接続した。両方のバルブを、充填カートリッジの中身がオートクレーブに移るように開放した。オートクレーブを、室温においてエテンで加圧し(p(エテン)=5バール絶対)、その後二酸化炭素で加圧した(p(CO_(2))=5バール絶対)。平衡時間は各ガスとも15分であった。オートクレーブの温度を70℃に調節し、反応混合物を500rpmで20時間混合した。オートクレーブを室温に冷却し開放した。反応媒体は100mLの容量のガラス瓶に移した。
オートクレーブをD_(2)O(15mL)で洗浄した。内部標準(NMe_(4)I、25mg、0.125ミリモル、又は2,2,3,3、-d4-3-(トリメチルシリル)プロピオン酸、28.7mg、0.167ミリモル、共に5mlのD_(2)Oに溶解)を加え、オートクレーブを、追加のD_(2)O(5mL)で洗浄した。オートクレーブを洗浄するために使用されたすべてのD_(2)Oは、反応媒体と混合された。エチルエーテル(40mL)を混合相に加え、2mLの水相を、相分離を助けるために遠心分離した。アクリル酸ナトリウムの量はH-NMR分光器(200MHz、40スキャン)により決定し、遷移金属の転換数(TON)をアクリル酸ナトリウムの量から決定した(表1)。
表1

[実施例4]
オートクレーブ(内容量=160ml)を一晩不活性にし(100℃、真空)、その後エチレンでフラッシュし、オートクレーブの内容量が定量的に交換されるまで行った。1,2-ビス(ジシクロヘキシルホスフィノ)エタン(0.22ミリモル、92.9mg)、Ni(COD)_(2)(0.2ミリモル、55mg)、トリエチルアミン(2.5ミリモル)及びナトリウム・ビス(トリメチルシリル)アミド(10ミリモル)をTHF(45ml)に溶解した。不均一アルカリ分貯めを加えた直後に、得られた混合物を不活性下にオートクレーブに移した。オートクレーブを、室温においてエテンで加圧し(p(エテン)=5バール絶対)、その後二酸化炭素で加圧した(p(CO_(2))=10バール絶対)。オートクレーブの温度を80℃に調節し、反応混合物を2000rpmで72時間混合した。オートクレーブを室温に冷却した。過圧を10分以内に開放した。D_(2)O(15mL)及びTHF(10mL)の混合物を反応混合物に滴下した。得られた混合物をD_(2)O(15mL)で希釈し、その後2度抽出した(2×20mlEt_(2)O)。内部標準を水相に添加した際に、その中に溶解しているアクリレートの量を1H-NMR分光器で決定し、0.45の遷移金属の転換数をアクリレートの量から計算した。」
さらに、請求人は、審判請求書において、以下の主張をしている。
「本審判請求と同時に提出された手続補正書により、請求項1は必要な付加物の分解に対し明らかに好ましい条件に限定されました。すなわち、本発明では、工程a)の付加物生成と、工程b)の付加物分解が同時に行われ、かつ、液体の反応媒体全体に対し5?95重量%の有機助剤塩基を用いて分解が行われます。
付加物の塩基分解により生じるフリーのニッケル結合部位が反応媒体中に存在するアルケンに占有されるので、a)、b)工程の同時実施が特に好ましく(本願明細書の段落0012)、逆反応、すなわち、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の塩の配位は不適切です。
α,β-エチレン性不飽和カルボン酸自体よりもα,β-エチレン性不飽和カルボン酸の塩を得るために必要な脱プロトンは分解に寄与するから、5?95重量%の有機助剤塩基は分解に適しております。
実施例に関しては、特許・実用新案審査基準第II部第1章第1節は、「実施例を用いなくても、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて発明を実施できるように発明の詳細な説明を記載することができる場合は、実施例の記載は必要ではない」と明示されております。
本出願の当初明細書に実施例などの実験データが存在しなくても、上述したように、当該明細書の記載のみならず出願時の技術常識をもってすれば、本発明は当業者が容易に実施可能であり、本発明の課題が解決できることを当業者が認識可能であることは明らかです。
すなわち、仮に当業者に試行錯誤が必要であったとしても、工程b)を実施するための思考錯誤(審決注:「試行錯誤」の誤記と認める。)(困難性)は技術常識を参照すれば非常に小さく、工程c)に至っては単なる塩基交換工程にすぎないのだから、補正後の請求項1の発明は当業者に対する実施困難性が極めて小さく、むしろ当業者にとっては極めて平凡な実験技術にすぎません。」

(b)しかし、参考資料1の文献の記載は、本願補正発明の工程a)のアルケン/二酸化炭素/カルボキシル化触媒付加物に当たる(Va)のオキサニッケルシクロペンタノンが生成し固体状で得られることを示すに止まり、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸又はその塩を得られることを示すものではない。また、追加の実験データ([実施例1]?[実施例4])は、物質の入手及び選択並びに溶媒の使用に、本願明細書に記載のない独自の選択を行ったものであり、圧力や温度等の反応条件も個別の条件設定がされたものであり、発明の詳細な説明の記載又は示唆及び出願時の技術常識に基づき導かれるものではない。
また、審判請求書での主張は、具体的な根拠を欠く。そして、発明の詳細な説明が、本願補正発明に関し、当業者が発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないことは、上記cに示したとおりである。
したがって、請求人の主張は、何れも採用できない。

(エ)まとめ
以上のとおり、発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願補正発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができないから、特許法第36条第4項第1号の規定に違反している。

イ 特許法第36条第6項第1号について

(ア)はじめに
特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件(いわゆる「明細書のサポート要件」)に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(イ)発明の詳細な説明の記載
上記ア(イ)に記載したとおりである。

(ウ)本願補正発明の課題について
上記ア(イ)aによれば、この出願の優先日当時、アルケンの直接カルボキシル化によりα,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩を製造する方法は知られていなかった。そこで、この出願の発明は、CO_(2) とアルケンとの反応を利用する、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸誘導体の工業生産に好適な方法を指定する、というものである。
したがって、本願補正発明の課題は、CO_(2) とアルケンとの反応を利用するα,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩の工業生産に好適な方法を提供することであると認められる。

(エ)発明の詳細な説明に記載された発明と特許請求の範囲の請求項1に記載された発明との対比・判断
本願補正発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又は示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討する。
上記アにおいて、実施可能要件について検討したとおり、発明の詳細な説明の記載又は示唆及び出願時の技術常識に基づき、当業者が、本願補正発明の方法によりα,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩を生産できる、とはいえず、したがって、発明の詳細な説明が、本願補正発明に関し、当業者が発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
したがって、本願補正発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められない。
なお、請求人の主張については、上記ア(ウ)dに記載したのと同様であり、何れも採用できない。

(オ)まとめ
以上のとおり、本願補正発明は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえず、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。

ウ 独立特許要件についてのまとめ
したがって、その余の理由を検討するまでもなく、本願補正発明は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものではないから、請求項1についての補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合しないものである。

3 補正の却下の決定のむすび
以上のとおり、請求項1についての補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合しないものであるから、本件補正は、同法第159条第1項において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、[補正の却下の決定の結論]のとおり決定する。

第3 特許請求の範囲の記載
平成28年1月7日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので、この出願の特許請求の範囲の記載は、平成27年3月19日に提出された手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?9に記載されたとおりであるところ、その請求項1の記載は、上記第2の1に本件補正前の請求項1として示したとおりである(以下、請求項1の特許を受けようとする発明を「本願発明」という。)。以下に再掲する。
「α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩の製造方法であって、
a)アルケンと、二酸化炭素と、Ni^(0) と二座ホスフィン配位子との錯体を含むカルボキシル化均一触媒とをアルケン/二酸化炭素/カルボキシル化触媒付加物に変換する工程と、
b)該付加物を有機助剤塩基で分解してカルボキシル化触媒を放出し、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を与える工程と、
c)該α,β-エチレン性不飽和カルボン酸の助剤塩基塩を、アルカリ金属塩基またはアルカリ土類金属塩基と反応させて助剤塩基を放出し、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩またはアルカリ土類金属塩を与える工程とを含む製造方法。」

第4 原査定の理由
原査定の理由である平成26年11月13日付けの拒絶理由通知における拒絶の理由は、理由1及び2である。
その理由1の概要は、「この出願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない」というものであり、「請求項1?15に係る発明は、アルケンと二酸化炭素とカルボキシル化触媒を用い、アルケン/二酸化炭素/カルボキシル化触媒付加物を経由して不飽和カルボン酸を製造する方法に関する。一般に化学分野では、化学反応は原料や生成物の化学構造だけから容易に予測可能なものではないので、或る化学反応が実現可能であることを裏付けるためには、現実にその反応を成功させた具体例の開示が必要とされる。しかしながら、発明の詳細な説明には、上記方法を現実に成功させた具体例の記載は存在しないし、上記方法を確実に実現できることが本願出願時の技術常識から明らかであるとも認められない。よって、この出願の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1?15に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでなく」と指摘したものである。
その理由2の概要は、「この出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない」というものであり、「請求項1?15に係る発明は、アルケンと二酸化炭素とカルボキシル化触媒を用い、アルケン/二酸化炭素/カルボキシル化触媒付加物を経由して不飽和カルボン酸を製造する方法に関する。一般に化学分野では、化学反応は原料や生成物の化学構造だけから容易に予測可能なものではないので、或る化学反応が実現可能であることを裏付けるためには、現実にその反応を成功させた具体例の開示が必要とされる。しかしながら、発明の詳細な説明には、上記方法を現実に成功させた具体例の記載は存在しないし、上記方法を確実に実現できることが本願出願時の技術常識から明らかであるとも認められない。よって・・・請求項1?15に係る発明は、発明の詳細な説明に実質的に記載したものでない」と指摘したものである。
そして、拒絶査定がされた請求項1は、拒絶理由が通知された請求項1における、a)の工程で用いる「カルボキシル化触媒」が「Ni^(0) と二座ホスフィン配位子との錯体を含むカルボキシル化均一触媒」に限定されるとともに、b)の工程で用いる「助剤塩基」が「有機助剤塩基」に限定されたものである。

第5 当審の判断
本願発明は、上記第2で検討した本願補正発明と比べて、発明を特定するために必要な事項である、α,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩を製造するためのa)、b)及びc)の工程のうちのb)の工程について、「a)の工程と同時に」行う態様に限定されず、逐次に行う態様でもよく(上記第2の2(2)ア(イ)a段落【0012】)、また、工程b)で用いる「有機助剤塩基」の量に関し「液状の反応媒体全体に対して5?95重量%の有機助剤塩基」との限定がないものであるから、a)、b)及びc)の工程を含むα,β-エチレン性不飽和カルボン酸のアルカリ金属塩又はアルカリ金属塩の製造方法について、より広範な態様を含むものである。
そして、上記第2で検討したとおり、発明の詳細な説明は、本願補正発明に関し、当業者が発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないのであるから、本願発明についても、同様の理由で、発明の詳細な説明は、当業者が発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえない。
したがって、この出願は、発明の詳細な説明が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
また、上記第2で検討したとおり、本願補正発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないのであるから、本願発明についても、同様の理由で、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められない。
したがって、特許請求の範囲の記載は特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、この出願は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしていない。

第6 むすび
したがって、この出願は、発明の詳細な説明が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、特許法第36条第6項に規定する要件を満たしておらず、その余について検討するまでもなく、拒絶すべきものである。
よって結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-01-12 
結審通知日 2017-01-17 
審決日 2017-01-30 
出願番号 特願2012-555432(P2012-555432)
審決分類 P 1 8・ 536- Z (C07C)
P 1 8・ 537- Z (C07C)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 土橋 敬介  
特許庁審判長 佐藤 健史
特許庁審判官 中田 とし子
冨永 保
発明の名称 アルケンのカルボキシル化によるエチレン性不飽和カルボン酸塩の製造  
代理人 江藤 聡明  

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