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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  H01M
管理番号 1330077
異議申立番号 異議2016-700806  
総通号数 212 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-08-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2016-09-01 
確定日 2017-06-02 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第5882433号発明「燃料電池」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第5882433号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-3〕について訂正することを認める。 特許第5882433号の請求項1、2に係る特許を維持する。 特許第5882433号の請求項3に係る特許異議の申立ては却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5882433号の請求項1乃至3に係る特許についての出願は、平成26年10月16日に特許出願され、平成28年2月12日にその特許権の設定登録がされ、その後、その特許について、特許異議申立人亀崎伸宏(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、平成28年12月19日付けで取消理由の通知及び審尋がされ、その指定期間内である平成29年2月20日に意見書及び回答書の提出並びに訂正の請求がされたものである。

第2 訂正の適否について
1.訂正の内容
平成29年2月20日付け訂正請求書による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおり訂正前の特許請求の範囲を訂正後の特許請求の範囲に訂正するものである(下線部は、訂正により変更された部分を示す)。

(1)訂正前の特許請求の範囲
「【請求項1】
燃料極と、
空気極と、
前記燃料極と前記空気極の間に配置され、ジルコニウムを含む固体電解質層と、
前記固体電解質層と前記空気極の間に配置され、セリウムを含むバリア層と、
前記固体電解質層と前記バリア層の間に配置され、ジルコニウムとセリウムを含む中間層と、
を備え、
前記中間層におけるセリウム濃度は、前記固体電解質層側から前記バリア層側に向かって徐々に増加し、
前記中間層におけるジルコニウム濃度は、前記バリア層側から前記固体電解質層側に向かって徐々に増加しており、
前記中間層の断面において、セリウム濃度とジルコニウム濃度が一致する基準ラインは、前記中間層を構成する複数の構成粒子と重なる、
燃料電池。
【請求項2】
前記粒子の格子定数の平均値は、前記粒子の内部において前記バリア層側から前記固体電解質層側に向かって徐々に小さくなっている、
請求項1に記載の燃料電池。
【請求項3】
前記中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する、
請求項1又は2に記載の燃料電池。」

(2)訂正後の特許請求の範囲
「【請求項1】
燃料極と、
空気極と、
前記燃料極と前記空気極の間に配置され、ジルコニウムを含む固体電解質層と、
前記固体電解質層と前記空気極の間に配置され、セリウムを含むバリア層と、
前記固体電解質層と前記バリア層の間に配置され、ジルコニウムとセリウムを含む中間層と、
を備え、
前記中間層におけるセリウム濃度は、前記固体電解質層側から前記バリア層側に向かって徐々に増加し、
前記中間層におけるジルコニウム濃度は、前記バリア層側から前記固体電解質層側に向かって徐々に増加しており、
前記中間層の断面において、セリウム濃度とジルコニウム濃度が一致する基準ラインは、前記中間層を構成する複数の構成粒子と重なり、
前記中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する、
燃料電池。
【請求項2】
前記粒子の格子定数の平均値は、前記粒子の内部において前記バリア層側から前記固体電解質層側に向かって徐々に小さくなっている、
請求項1に記載の燃料電池。
【請求項3】(削除)」

2.訂正の目的の適否、一群の請求項、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
上記訂正は、特許請求の範囲の請求項1の「複数の構成粒子と重なる、」との記載を、「複数の構成粒子と重なり、前記中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する、」に訂正し、特許請求の範囲の請求項3を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、また、上記訂正により請求項1に付加された上記下線部の事項は、訂正前の請求項3に記載されていた事項であるから、新規事項の追加に該当しない。さらに、上記訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。そして、この訂正は一群の請求項1乃至3に対して請求されたものである。

3.小括
以上のとおりであるから、本件訂正は特許法第120条の5第2項第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、及び、同条第9項において準用する同法第126条第4項から第6項までの規定に適合するので、訂正後の請求項〔1-3〕について訂正を認める。

第3 特許異議の申立てについて
1.本件発明
本件訂正により訂正された請求項1及び2に係る発明(以下「本件発明1」、「本件発明2」という。)は、その特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された次の事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
燃料極と、
空気極と、
前記燃料極と前記空気極の間に配置され、ジルコニウムを含む固体電解質層と、
前記固体電解質層と前記空気極の間に配置され、セリウムを含むバリア層と、
前記固体電解質層と前記バリア層の間に配置され、ジルコニウムとセリウムを含む中間層と、
を備え、
前記中間層におけるセリウム濃度は、前記固体電解質層側から前記バリア層側に向かって徐々に増加し、
前記中間層におけるジルコニウム濃度は、前記バリア層側から前記固体電解質層側に向かって徐々に増加しており、
前記中間層の断面において、セリウム濃度とジルコニウム濃度が一致する基準ラインは、前記中間層を構成する複数の構成粒子と重なり、
前記中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する、
燃料電池。
【請求項2】
前記粒子の格子定数の平均値は、前記粒子の内部において前記バリア層側から前記固体電解質層側に向かって徐々に小さくなっている、
請求項1に記載の燃料電池。」

2.申立理由の概要
申立人は、証拠として甲第1号証?甲第6号証を提出し、以下の申立理由1?7によって、請求項1乃至3に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

・甲第1号証:特開2013-77542号公報
・甲第2号証:国際公開第2009/075022号
・甲第3号証:Ruth Knibbe、外6名、「Cathode-Electrolyte Interfaces with CGO Barrier Layers in SOFC」、Journal of American Ceramic Society、米国、2010年9月、Vol.93、No.9、p.2877?2883
・甲第4号証:辻 伸泰、「種々の結晶方位解析法とSEM/EBSD法の原理」、日本金属学会・鉄鋼協会関西支部 平成20年度材料セミナー「材料技術者・研究者のためのEBSDによる局所方位解析技術の基礎と応用」、2008年11月28日
・甲第5号証:鈴木 清一、「EBSD法による材料組織変化のIn-Situ観察」、顕微鏡、社団法人 日本顕微鏡学会、2010年、Vol.45、No.3、p.166?172
・甲第6号証:ギュンター ペツォー(Gunter Petzow)著、内田裕久・内田晴久訳、「金属・セラミクス・プラスチック 組織学とエッチングマニュアル」、初版、日刊工業新聞社、1997年7月30日、p.214-215

・申立理由1:本件の請求項1乃至3に係る発明は、本件特許出願前日本国内または外国において頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、本件の請求項1乃至3に係る特許は取り消すべきものである。
・申立理由2:本件の請求項1乃至3に係る発明は、本件特許出願前日本国内または外国において頒布された刊行物である甲第3号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、本件の請求項1乃至3に係る特許は取り消すべきものである。
・申立理由3:本件の請求項2に係る発明は、本件特許出願前日本国内または外国において頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件の請求項2に係る特許は取り消すべきものである。
申立理由4:本件の請求項2に係る発明は、本件特許出願前日本国内または外国において頒布された刊行物である甲第3号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、本件の請求項2に係る特許は取り消すべきものである。
申立理由5:本件の請求項1乃至3に係る発明は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものではないから、本件の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものではなく、本件の請求項1乃至3に係る特許は取り消すべきものである。
申立理由6:本件の請求項1乃至3に係る発明は、明確ではないから、本件の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に適合するものではなく、本件の請求項1乃至3に係る特許は取り消すべきものである。
申立理由7:本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、請求項1乃至3に係る発明を当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではないから、特許法第36条第4項第1号に適合するものではなく、本件の請求項1乃至3に係る特許は取り消すべきものである。

3.取消理由の概要
当審において、上記申立理由1に基づいて通知された平成28年12月19日付け取消理由通知書による取消理由の要旨は、次のとおりである。
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明は、本件特許出願前に頒布された刊行物である甲第1号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであり、本件の請求項1及び2に係る特許は取り消すべきものである。

4.甲号証の記載
(1)甲第1号証
本件特許の出願日前に頒布された刊行物である上記甲第1号証には、次の技術事項が記載されている。なお、下線は当審により付与したものであり、また、「…」は記載の省略を示す。

ア.「【0011】
以下の実施形態では、燃料電池の一例として、複数の燃料電池セルが積層されたセルスタック構造を有する固体酸化物型燃料電池(Solid Oxide Fuel Cell:SOFC)を挙げて説明する。…」

イ.「【0015】
(2-2.バリア層13)
バリア層13は、空気極14と燃料極11との間に設けられ、より具体的には、空気極14と電解質層15との間に設けられる。バリア層13は、電解質層15と共焼成されている。
【0016】
バリア層13は、セリウムを含む。…
【0017】
ここで、バリア層13は、図1に示すように、中間層131と緻密層132とを有している。…」

ウ.「【0019】
(2-4.電解質層15)
電解質層15は、固体電解質層の一例であって、バリア層13と燃料極11との間に設けられる。電解質層15は、バリア層13と共焼成されている。
【0020】
電解質層15はジルコニウムを含む。…」

エ.「【0021】

3.バリア層13の詳細構成
次に、バリア層13の詳細構成について、図面を参照しながら説明する。図2は、中間層13と電解質層15との断面を示すFE-SEM画像である。図3は、図2の中間層13と電解質層15との界面付近を拡大して示すFE-SEM画像である。
【0022】
なお、図2及び図3では、共焼結体の粒界を発達させることによって、観察組織が明瞭化されている。このように粒界を発達させる手法としては、酸溶液又はアルカリ溶液を用いるケミカルエッチングや高温雰囲気暴露を用いるサーマルエッチングを用いることができる。図2及び図3は、所定条件(1350℃、大気雰囲気、10分暴露)のサーマルエッチングが施された研磨面をFE-SEM(日本電子製 フィールドエミッション走査電子顕微鏡 JSM-6700F)で観察した画像である。」

オ.「【0024】
(3-1.中間層131の構成)
中間層131は、図2及び図3に示すように、電解質層15と緻密層132とに接している。具体的に、中間層131は、第1面131aにおいて電解質層15と接し、第2面131bにおいて緻密層132と接している。第1面131aは、セリウム濃度とジルコニウム濃度とが一致するラインとして定義され、第2面131bは、第1面131aから所定間隔(例えば、3.0μm程度)離れたラインとして定義される。中間層131の内部におけるセリウム濃度とジルコニウム濃度の分布については後述する。」

カ.「【0046】
(3-5.中間層131の組成)
中間層131は、ジルコニウムとセリウムとを含む。ジルコニウムはジルコニアとして、セリウムはセリアとして、中間層131に含まれていてもよい。中間層131においてセリウム(又はセリア)とジルコニウム(又はジルコニア)とは混合されており、中間層131は好ましくはセリアとジルコニアとの固溶体である。なお、中間層131は、セリウム及びジルコニウム以外の物質を含んでいてもよい。中間層131は例えば、緻密層132又は電解質層15に含まれる物質(添加剤等)を含んでいてもよい。電解質層15がイットリウム(Y)を含む場合、中間層131もイットリウムを含み得る。また、緻密層132がガドリニウム(Gd)を含む場合、中間層131もガドリニウムを含み得る。
【0047】
(3-6.中間層131におけるセリウム濃度及びジルコニウム濃度)
図7は、電解質層15及びバリア層13におけるセリウム濃度とジルコニウム濃度の分布の一例を模式的に示すグラフである。図7に示される濃度分布データは、y軸方向に平行な断面において、y軸方向に沿ってEPMA(Electron Probe Micro Analyzer)でライン分析を行うことにより取得される。」

キ.「【0064】
(3-7.中間層131における成分の濃度分布)
中間層131におけるセリウム濃度及びジルコニウム濃度の分布は、図7に示すように、下記(a)?(e)の条件を満たしていてもよい。
【0065】
(a)中間層131は、セリウム濃度勾配を有することが好ましい。このセリウム濃度勾配を表すグラフにおいて、横軸が、第2面131bから中間層131中の任意の位置にある部分までの距離(この距離の最大値は、第2面131bから第1面131aまでの距離)を示し、縦軸が、その部分におけるセリウム濃度を示す場合、このグラフにおいて、セリウム濃度は、距離の増加に応じてほぼ単調に減少することが好ましい。…
【0068】
(c)中間層131は、ジルコニウム濃度勾配を有することが好ましい。このジルコニウム濃度勾配を表すグラフの横軸が、上記(a)のグラフと同様に第2面131bからの距離を示し、縦軸がジルコニウム濃度を示すのであれば、このグラフにおいて、ジルコニウム濃度は、距離の増加に応じてほぼ単調に増加することが好ましい。」

ク.「【図3】



ケ.「【図7】



(2)甲第3号証
本件特許の出願日前に頒布された刊行物である上記甲第3号証には、次の技術事項が記載されている。

ア.「Electron microscopey characterization across the cathode-electrolyte interface of two different types of intermediate temperature solid oxide fuel cells (IT-SOFC) is performed to understand the origin of the cell performamce disparity. One IT-SOFC cell had a sprayed-cosintered Ce_(0.90)Gd_(0.01)O_(1.95)(CGO10) barrier layer, the other had a barrier layer deposited by pulsed laser deposition (PLD)CGO10. 」(第2877頁左欄第1-7行)

(セル性能の差の原因を理解するために、2つの異なるタイプの中温動作型の固体酸化物型燃料電池(IT-SOFC)におけるカソード-電解質界面について、電子顕微鏡を用いた特性評価が行われた。一方のIT-SOFCセルは、スプレー法により形成され共焼成されたCe_(0.90)Gd_(0.01)O_(1.95)(CGO10)バリア層を有しており、他方は、CGO10のパルスレーザー堆積法(PLD)により堆積されたバリア層を有していた。)

イ.「The cells investigated were anode-supported fuel cells with a PLD(sectionII(1)(A)) or sinterd CGO10 barrier layer (sectionII(1)(B)) and a (La_(0.6)Sr_(0.4))_(0.99)CoO_(3-δ)(LSC40):CGO10 cathode. The half cell(anode and electrolyte) is a cosintered multilayer structure composed of a tape-cast Ni-YSZ support;sprayed Ni-YSZ active electrode and sprayed YSZ electrolyte.」(第2877頁右欄第41-46行)

(調査対象のセルは、PLDにより形成され、または、焼成により形成されたCGO10バリア層と、(La_(0.6)Sr_(0.4))_(0.99)CoO_(3-δ)(LSC40):CGO10カソードとを有するアノード支持型の燃料電池であった。ハーフセル(アノードおよび電解質)は、テープキャストされたNi-YSZ支持体と、スプレーされたNi-YSZ活性電極と、スプレーされたNi-YSZ電解質とから構成された多層構造の共焼成体である。)

ウ.「Figure 3(b) and (c) are two EBSD images of the PLD barrier layer cell before fuel cell operation across the CGO-YSZ interface. The EBSD map confirms the epitaxy between the YSZ grains and the PLD CGO barrier layer. CGO and YSZ phases are difficult to distinguish using EBSD as they are both cubic with a small mismatch, δ.」(第2880頁左欄第29-34行)

(図3(b)と(c)は、燃料電池運転前のCGO-YSZ界面におけるPLDバリア層のセルの2つのEBSD像である。該EBSD像では、YSZ粒子とPLD CGOバリア層の間のエピタキシーが確認できる。CGO層とYSZ層は、いずれも、δの差が小さい立方体であるため、EBSDを用いて区別することは困難である。)

エ.


Fig.1…Energy-dispersive X-ray linescans across the CGO-PLD barrier before (c)… fuel cell operation.」
訳(図1(c)燃料電池の運転前のCGO-PLDバリア層を横切る方向でのエネルギー分散型X線ライン分析)

オ.


Fig.3…(b)…electron backscattered diffraction images across PLD-YSZ interface confirming epitaxy across several grains.」
訳((b)いくつかの粒子にわたるエピタキシーが確認できるPLD-YSZ界面を横切る方向での電子線後方散乱解析(EBSD)像)

5.判断
(1)取消理由通知に記載した取消理由(特許法第29条第1項第3号)について
本件発明1、2は、本件訂正によって、「中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する」との特定事項を有するものとなった。
これに対して、甲第1号証には、上記特定事項に相当する技術事項について記載されていない。
この点について詳述する。
本件発明1、2における「中間層」とは、本件明細書の【0027】-【0029】の記載によれば、固体電解質層の最大ジルコニウム濃度の85%の濃度を示す第1界面ラインR1と、バリア層50の最大セリウム濃度の85%の濃度を示す第2界面ラインR2との間に配置された層である。
よって、本件発明1、2の上記特定事項は、固体電解質層の最大ジルコニウム濃度の85%の濃度を示す第1界面ラインR1と、バリア層50の最大セリウム濃度の85%の濃度を示す第2界面ラインR2との間に配置された層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有することを意味していると認められる。

一方、甲第1号証には、ジルコニウムを含む電解質層15とセリウムを含むバリア層13(中間層131と緻密層132)を備えた燃料電池に関する発明が記載されており、【図7】には、電解質層15及びバリア層(中間層131と緻密層132)におけるセリウム濃度分布とジルコニウム濃度分布を模式的に示すグラフが、【図3】には、中間層と電解質層との断面を示す【図2】のFE-SEM画像の部分拡大図が記載されている。
【図7】のグラフ上で、電解質層15の最大ジルコニウム濃度の85%の濃度を示す厚み方向の位置(以下、「r1」という。)を特定することができ、また、緻密層132の最大セリウム濃度の85%の濃度を示す厚み方向の位置(以下、「r2」という。)を特定することができる。このように特定したr1とr2の間の層は、本件発明1、2の「中間層」(甲第1号証における中間層131とは異なる。)に相当するといえる。【図3】においては、本件発明1、2の「中間層」に相当する部分がどの部分であるか正確には特定はできないが、【図7】と対比すると、少なくとも、図中の第1面131aに平行なラインであって上記r1に対応するラインが、電解質層15内に存在することは明らかであるから、該ラインと図中の第1面131aとの間の電解質層15の部分が「中間層」に相当する部分に含まれるということはいえる。
しかしながら、該電解質層15内の画像は、粒子の個数を数えることができる程度には鮮明でないから、【図3】に基づいては、本件発明1、2の「中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する」ことに相当する内容を看て取ることはできない。

したがって、甲第1号証には、少なくとも、本件発明1、2の「中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する」との特定事項に相当する技術事項が記載されているとはいえないから、本件発明1、2は、甲第1号証に記載された発明であるということはできない。
よって、取消理由通知書に記載した取消理由によっては、請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。

(2)取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
ア.請求項3に対する申立理由1?7について
請求項3は本件訂正により削除されたため、本件特許の請求項3に対して申立人がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。

イ.請求項1、2に対する申立理由2(特許法第29条第1項第3号)について
本件発明1、2は、本件訂正によって、「中間層の断面において、セリウム濃度とジルコニウム濃度が一致する基準ラインは、前記中間層を構成する複数の構成粒子と重なり、中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する」との特定事項を有するものとなった。
これに対して、甲第3号証には、上記特定事項に相当する技術事項について記載されていない。
この点について詳述する。
本件発明1、2における「中間層」とは、上述したように、固体電解質層の最大ジルコニウム濃度の85%の濃度を示す第1界面ラインR1と、バリア層50の最大セリウム濃度の85%の濃度を示す第2界面ラインR2との間に配置された層である。

一方、甲第3号証には、固体酸化物燃料電池についての発明が記載されており、Fig.1(c)には、燃料電池の運転前のCGO-PLDバリア層のエネルギー分散型X線の厚み方向ライン分析の結果が記載されている。
Fig.1(c)のグラフ上で、YSZ電解質層の最大ジルコニウム濃度の85%の濃度を示す厚み方向の位置(以下、「r1」という。)を特定することができ、また、CGOバリア層の最大セリウム濃度の85%の濃度を示す厚み方向の位置(以下、「r2」という。)を特定することができる。このように特定したr1とr2の間の層は、本件発明1、2の「中間層」に相当するといえる。また、セリウム濃度とジルコニウム濃度が一致する厚み方向の位置(以下、「r3」という。)も特定することができ、r3は、本件発明1、2の「基準ライン」に相当するといえる。
しかしながら、Fig.3(b)には、いくつかの粒子にわたるエピタキシーが観察されたPLD-YSZ界面の電子線後方散乱解析(EBSD)像を示す図が記載されているとされているが、「CGO層とYSZ層は、…EBSDを用いて区別することは困難である」(上記3.(2)ウ.)との記載から明らかであるように、Fig.3(b)のEBSD像からは、CGO層とYSZ層の界面は明確には特定できず、本件発明1、2でいう「基準ライン」に相当する部分がどの部分であるかは明確に特定ができない。したがって、Fig.1(c)により上記のように特定した「基準ライン」、「中間層」に相当する位置を基にしても、Fig.3(b)上で「基準ライン」、「中間層」に相当する位置を特定することはできない。
また、仮に、Fig.3(b)における白線が「基準ライン」、当該白線をまたぐあたりの領域が「中間層」に相当するとしたとしても、当該領域において「粒子」を確認することができず、その数も数えることができない。
したがって、Fig.1(c)及びFig.3(b)に基づいて、本件発明1、2の「中間層の断面において、セリウム濃度とジルコニウム濃度が一致する基準ラインは、前記中間層を構成する複数の構成粒子と重なり、中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する」に相当する内容を看て取ることはできない。

以上から、甲第3号証には、少なくとも、本件発明1、2の「中間層の断面において、セリウム濃度とジルコニウム濃度が一致する基準ラインは、前記中間層を構成する複数の構成粒子と重なり、中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する」との特定事項に相当する技術事項が記載されているとはいえないから、本件発明1、2は、甲第3号証に記載された発明であるということはできない。
よって、申立理由2によっては、請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。

ウ.請求項2に対する申立理由3、申立理由4(特許法第29条第2項)について
上記(1)及び(2)イで述べたように、甲第1号証、甲第3号証のいずれにも、少なくとも、本件発明2の「中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する」との特定事項に相当する技術事項について記載されていない。
また、甲第2号証にも上記特定事項に相当する技術事項について記載されていない。
したがって、本件の請求項2に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないし、甲第3号証に記載された発明及び甲第2号証に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえない。
よって、申立理由3、申立理由4によっては、請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。

エ.請求項1、2に対する申立理由5(特許法第36条第6項第1号)について
(ア)粒子の個数について
a.申立人の主張
申立人は、本件発明1、2の「中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する」との特定事項により、熱サイクル試験後における剥離頻度低減することができる理由(理論)が、発明の詳細な説明には一切記載されておらず、性能評価において剥離が発生しなかった要因が粒子数を7個以下にしたことにあるのか当業者に理解できないから、本件発明1、2の範囲まで発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないため、本件発明1、2は、発明の詳細な説明に記載したものではない旨、主張している。
b.判断
本件発明1、2の「中間層の断面において、セリウム濃度とジルコニウム濃度が一致する基準ラインは、前記中間層を構成する複数の構成粒子と重なり」との特定事項により、構成材料の熱膨張係数差に起因して固体電解質層とバリア層の間に剥離が生じやすいという課題を解決し得ることは、本件明細書の表1において、「重なり良好」なものは、いずれも剥離なしか、軽微であることにより示されており、「中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する」との特定事項に拘わらず、該課題は解決されるものであるから、本件発明1、2は、発明の詳細な説明に記載したものではないとはいえない。
さらに、本件明細書の【0074】-【0076】に記載された「熱サイクル試験後における剥離の観察」において、【表1】の平均粒子数が7個を越えるサンプルNo.9は「軽微な剥離あり」であるのに対し、平均粒子数が1個以上7個以下であるNo.5?7は「剥離なし」であり、「中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する」との特定事項により上記課題がさらに改善されることも当業者には理解できることである。

(イ)中間層の厚みについて
a.申立人の主張
申立人は、中間層がある程度薄いものであるべきことは燃料電池の技術分野における技術常識であるが、本件発明1、2は、中間層の厚みが極端に厚い、課題を解決できない態様を包含しているから、発明の詳細な説明に記載したものではない旨、主張している。
b.判断
「中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する」との特定事項により、本件発明1、2は、中間層の厚みが極端に厚い態様を包含しているとはいえない。

(ウ)小括
したがって、本件発明1、2は、発明の詳細な説明に記載したものであり、申立理由5によっては、請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。

オ.請求項1、2に対する申立理由6(特許法第36条第6項第2号)について
(ア)粒子の個数について
a.申立人の主張
申立人は、本件発明1、2は、粒子の個数の決め方を定める発明特定事項を有しないから、「1個以上7個以下の粒子」の記載がどのような構成を規定しているのか不明であり、発明が明確でない旨、主張している。
b.判断
本件明細書の【0025】には、「EBSD法による結晶方位解析では、結晶方位の不連続性を観測することができ、結晶方位差が所定角度(図3では15度)以上の境界によって規定される領域が描画される。図3のEBSD画像に描画された1つ1つの領域は、各層を構成する1つ1つの粒子に対応している。」と記載され、この記載を参酌すると、「1個以上7個以下の粒子」とは、EBSD法による結晶方位解析で、結晶方位差が15度以上の境界によって規定される領域を1個の粒子として数えたものであることが理解できるから、発明が明確でないとはいえない。

(イ)前記粒子について
a.申立人の主張
申立人は、本件発明2の「前記粒子」は、本件発明1の「複数の構成粒子」の1つを指しているのか、それとも本件発明1の「複数の構成粒子」のすべてを指しているのか不明であり、発明が明確でない旨、主張している。
b.判断
本件発明2の「前記粒子」は、本件発明1の「複数の構成粒子」の「粒子」を指していると解され、そうであるならば、「前記粒子」は、「複数の構成粒子」のそれぞれの粒子を指しているのは文言上明らかである。

(ウ)粒子について
a.申立人の主張
申立人は、本件発明1の「中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する」の「粒子」が、「複数の構成粒子」の「粒子」や本件発明2の「前記粒子」の「粒子」と同じものを指しているのか否かが不明であり、発明が明確でない旨、主張している。
b.判断
「中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する」との記載は、単に、中間層における厚み方向の粒子の個数を規定するものであって、「複数の構成粒子」の「粒子」や本件発明2の「前記粒子」の「粒子」などの特定の粒子を指しているものではないことは明らかである。

(エ)小括
したがって、本件発明1、2は明確であり、申立理由6によっては、請求項1、2に係る特許を取り消すことはできない。

カ.請求項1、2に対する申立理由7(特許法第36条第4項第1号)について
a.申立人の主張
申立人は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明1、2の発明特定事項である「中間層の断面において、セリウム濃度とジルコニウム濃度が一致する基準ラインは、前記中間層を構成する複数の構成粒子と重なる」、「粒子の格子定数の平均値は、前記粒子の内部において前記バリア層側から前記固体電解質層側に向かって徐々に小さくなっている」、「中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する」により規定される特性を有する燃料電池を製造するための調整項目(基板温度、スパッタ出力、ガス組成、スパッタ時間、スパッタ成膜時のジルコニウムとセリウムのスパッタ率)を開示するにすぎないから、どのようにすれば製造できるかを理解できず、または、少なくともどのようにすれば製造できるかを見いだすために、当業者に期待し得る程度を越える試行錯誤、複雑高度な実験等をする必要があり、実施可能要件を満たさない旨、主張している。
b.判断
本件明細書の【0060】、【0061】には、次のように記載されている。
「【0060】
次に、RFマグネトロンスパッタ装置(日電アネルバ製、SPF-210H)によってジルコニウムとセリウムの2種のターゲットを用いて反応性スパッタリングすることによって、固体電解質層の表面に中間層を形成した。この際、基板温度、スパッタ出力、ガス組成を調整することによって、厚み方向におけるジルコニウム及びセリウムの濃度勾配と格子定数の勾配とを調整することができる。また、スパッタ時間を調整することによって、厚み方向に並ぶ構成粒子の数を7個以下に制限した。
【0061】
次に、中間層を熱処理(600℃?1000℃、1時間?20時間)した。この際、熱処理の温度と最高温度のキープ時間を調整することによって、ジルコニウム濃度とセリウム濃度が一致する基準ラインが複数の構成粒子と重なるように調整した。」

RFマグネトロンスパッタ装置による反応性スパッタリング自体は、成膜において普通に行われている周知の技術であり、上記【0060】に記載されているとおり、基板温度、スパッタ出力、ガス組成を調整することによって、厚み方向におけるジルコニウム及びセリウムの濃度勾配と格子定数の勾配とを調整すること、スパッタ時間を調整することによって、厚み方向に並ぶ構成粒子の数を7個以下に制限することが当業者が容易に実施し得ないとする具体的な理由が不明である。
また、このようにして反応性スパッタリングにより成膜された中間層を、ジルコニウム濃度とセリウム濃度が一致する基準ラインが複数の構成粒子と重なるように調整することは、上記【0061】に記載されているとおり、600℃?1000℃、1時間?20時間の熱処理を行い、温度と最高温度のキープ時間を調整することによって、過度の試行錯誤を必要とせずに当業者が容易に実施し得ることである。
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件発明1、2の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであり、申立理由7によっては、請求項1、2に係る特許を取り消すことはできない。

第4 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、請求項3は訂正により削除されたため、本件特許の請求項3に対して申立人がした特許異議の申立てについては、対象となる請求項が存在しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料極と、
空気極と、
前記燃料極と前記空気極の間に配置され、ジルコニウムを含む固体電解質層と、
前記固体電解質層と前記空気極の間に配置され、セリウムを含むバリア層と、
前記固体電解質層と前記バリア層の間に配置され、ジルコニウムとセリウムを含む中間層と、
を備え、
前記中間層におけるセリウム濃度は、前記固体電解質層側から前記バリア層側に向かって徐々に増加し、
前記中間層におけるジルコニウム濃度は、前記バリア層側から前記固体電解質層側に向かって徐々に増加しており、
前記中間層の断面において、セリウム濃度とジルコニウム濃度が一致する基準ラインは、前記中間層を構成する複数の構成粒子と重なり、
前記中間層は、厚み方向において1個以上7個以下の粒子を有する、
燃料電池。
【請求項2】
前記粒子の格子定数の平均値は、前記粒子の内部において前記バリア層側から前記固体電解質層側に向かって徐々に小さくなっている、
請求項1に記載の燃料電池。
【請求項3】(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2017-05-24 
出願番号 特願2014-211862(P2014-211862)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (H01M)
P 1 651・ 536- YAA (H01M)
P 1 651・ 537- YAA (H01M)
P 1 651・ 851- YAA (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 守安 太郎  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 土屋 知久
千葉 輝久
登録日 2016-02-12 
登録番号 特許第5882433号(P5882433)
権利者 日本碍子株式会社
発明の名称 燃料電池  
代理人 新樹グローバル・アイピー特許業務法人  
代理人 新樹グローバル・アイピー特許業務法人  

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