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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08F
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08F
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08F
管理番号 1330144
異議申立番号 異議2017-700380  
総通号数 212 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2017-08-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2017-04-18 
確定日 2017-07-18 
異議申立件数
事件の表示 特許第6010833号発明「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6010833号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6010833号の請求項1ないし5に係る特許についての出願は、平成27年2月4日に特許出願され、平成28年9月30日にその特許権の設定登録がされ、平成29年4月18日にその特許に対し、特許異議申立人渋谷都により特許異議の申立てがされたものである。


第2 本件発明

特許第6010833号の請求項1ないし5に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載された事項により特定される、以下のとおりのものである。

「【請求項1】
けん化度が65?90モル%であり、かつ下記式(1)?(3)を満たすポリビニルアルコールからなるビニル化合物の懸濁重合用分散剤。
0.4≦(Mw_(UV)/Mw_(RI))≦0.95 (1)
3≦(Mw_(UV)/Mn_(UV))≦12 (2)
0.1≦A_(220)≦0.8 (3)
Mw_(UV):ゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定における、吸光光度検出器(測定波長220nm)によって求められる、前記ポリビニルアルコールの重量平均分子量
Mw_(RI):ゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定における、示差屈折率検出器によって求められる、前記ポリビニルアルコールの重量平均分子量
Mn_(UV):ゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定における、吸光光度検出器(測定波長220nm)によって求められる、前記ポリビニルアルコールの数平均分子量
A_(220):前記ポリビニルアルコールの0.1質量%水溶液の吸光度(光路長10mm、測定波長220nm)
【請求項2】
アルデヒドの存在下でビニルエステルを重合させてポリビニルエステルを得た後、該ポリビニルエステルをけん化する請求項1に記載の懸濁重合用分散剤の製造方法。
【請求項3】
分子中に2つ以上のハロゲン原子を有するハロゲン化合物の存在下でビニルエステルを
重合させてポリビニルエステルを得た後、該ポリビニルエステルをけん化する請求項1に記載の懸濁重合用分散剤の製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載の分散剤の存在下、水性媒体中でビニル化合物を懸濁重合するビニル重合体の製造方法。
【請求項5】
水性媒体とビニル化合物との質量比(水性媒体/ビニル化合物)が0.9?1.2である請求項4に記載のビニル重合体の製造方法。」

以下、特許第6010833号の請求項1ないし5に係る発明を、それぞれ、「本件特許発明1」ないし「本件特許発明6」という。


第3 特許異議の申立ての概要

特許異議申立人渋谷都は、証拠として、
・特開平5-105702号公報(以下、「甲1」という。)
・特開昭49-9488号公報(以下、「甲2」という。)
・特開平8-208724号公報(以下、「甲3」という。)
・特開昭61-111307号公報(以下、「甲4」という。)
・特開2009-62425号公報(以下、「甲5」という。)
・「爆発防止実用便覧」、株式会社サイエンスフォーラム、昭和58年12月26日発行、第418頁(以下、「甲6」という。)
・「NFPA(R)69 Standard on Explosion Prevention Systems (2014 Edition)」、National Fire Protection Association、December 2, 2013、第69-1、69-12頁(以下、「甲7」という。なお「(R)」は○の中にRが入った記号を表す。)
・C.A. FINCH編、「Polyvinyl Alcohol Properties and Applications」、John Wiley & LTD.発行、1973年、第131-132頁 (以下、「甲8」という。)
・W. MAYO. SMITH編「MANUFACTURE OF PLASTICS Volume 1」、Reinhold Publishing Corporation発行、1964年、第266頁 (以下、「甲9」という。)
・特開2001-192416号公報(以下、「甲10」という。)
・特開2016-29159号公報(以下、「甲11」という。)
を提出し、特許異議の申立てとして、以下の主張をしている。

1.特許法第29条第1項第3号について
本件特許発明1、2、4及び5は、甲1、甲2又は甲3に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号に該当しており、請求項1、2、4及び5に係る特許は、特許法第29条の規定に違反して特許されたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

2.特許法第29条第2項について
本件特許発明1、2、4及び5は、甲1、甲2又は甲3に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1、2、4及び5に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであり、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

3.特許法第36条第6項第1号について
請求項1ないし5に係る特許は、その特許請求の範囲が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えており、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。


第4 甲1ないし甲11の記載並びに甲1ないし甲3に記載された発明

1.甲1の記載
甲1には、以下のとおりの記載がある。
(1-A)「【請求項1】ケン化度75?85モル%、0.1重量%水溶液の波長280mμにおける吸光度が0.1以上、カルボキシル基の含有量が0.01?0.15モル%及び0.1重量%水溶液の曇点が50℃以上であるポリビニルアルコールよりなる塩化ビニルの懸濁重合用分散安定剤
【請求項2】ポリビニルアルコールを酢酸ナトリウムの存在下、酸素濃度1?15容量%の雰囲気下で120?150℃にて熱処理することを特徴とする請求項1記載の塩化ビニルの懸濁重合用分散安定剤の製造法。」(特許請求の範囲の請求項1、2)

(1-B)「【産業上の利用分野】本発明は、塩化ビニル単量体単独、又はこれを主体とするビニル単量体の混合物を懸濁重合させる場合において多孔性に富み、見掛け比重大、かつ粗大粒子が少なく良好な粒子径を有する等物性の優れた塩化ビニル樹脂を製造できる懸濁重合用分散安定剤及びその製法並びに該分散安定剤を用いるホットウォーターチャージ方式により重合サイクルの効率アップをはかり、生産性向上に効果の大きい塩化ビニルの懸濁重合法に関するものである。」(段落【0001】)

(1-C)【課題を解決するための手段】そこで本発明者等は、上記の課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、ケン化度75?85モル%、カルボニル基の含有量として0.1重量%水溶液の波長280mμにおける吸光度が0.1以上、カルボキシル基の含有量が0.01?0.15モル及び0.1重量%水溶液の曇点が50℃以上であるポリビニルアルコールを塩化ビニル系単量体の懸濁重合用分散安定剤として用いた場合、温水仕込重合法を用いてもポリビニルアルコールの析出及び溶液の白濁化等の現象は全く見られず、重合を安定に実施出来、多孔性に富み、粒径及び粒度分布等物性が非常に優れた塩化ビニル樹脂が得られることを見出し本発明を完成するに至った。本発明は上記の如く、特定範囲のケン化度、カルボニル基含有量、カルボキシル基含有量及び曇点をもつポリビニルアルコールによって初めて本発明如き優れた効果を示すものであり、上記範囲外ではかかる特異な効果は認められない。」(段落【0005】)

(1-D)「以下、本発明について詳述する。本発明において用いられるポリビニルアルコールは、通常、例えばアルデヒド類及びケトン類等の連鎖移動剤の共存下に酢酸ビニル単量体を重合し、ケン化することによりカルボニル基含有ポリビニルアルコールを得た後、かかるポリビニルアルコールに対して好ましくは2重量%以下の酢酸ナトリウムを加え、特定の酸素濃度の雰囲気下で熱処理を行うことによりカルボキシル基を導入して得られる。又、アルデヒド類及びケトン類等の連鎖移動剤の共存重合以外で得たポリビニルアルコールであっても、かかる熱処理条件下でカルボニル基及びカルボキシル基が導入され、目的とする品質が付与されたポリビニルアルコールが得られれば何ら問題はない。」(段落【0006】)

(1-E)「比較例2
実施例1に準じて酢酸ビニル100重量部、アセトアルデヒド1.2重量部、メタノール5重量部及び酢酸ビニルに対して0.07重量%のアゾビスイソブチロニトリルを重合缶に仕込み、部分ケン化ポリビニルアルコールを得た。ついで、該部分ケン化ポリビニルアルコール100重量部に対して1.5重量部の酢酸ナトリウムを添加し、粉温110℃において2時間乾燥させた後、窒素:空気=1:1のガスを100l/時間の速度で反応缶に流し込み、酸素濃度10%に保ちつつ、90℃で2時間加熱処理を行った。得られたポリビニルアルコールの物性は次のとおりである。
重合度 1000
ケン化度 71モル%
0.1重量%水溶液の波長280mμにおける吸光度 0.25
カルボキシル基含有量 0.03モル%
曇点 40℃
上記で得た部分ケン化ポリビニルアルコールを用いて実施例1に従い塩化ビニル系樹脂を製造し、かかる樹脂の物性を測定した。結果はまとめて表1に示す。」(段落【0035】?【0036】)

(1-F)「【表1】

」(段落【0039】)


2.甲1に記載された発明
甲1は、摘示(1-B)に基づくと、多孔性に富み、見掛け比重大、かつ粗大粒子が少なく良好な粒子径を有する等物性の優れた塩化ビニル樹脂を製造することができる懸濁重合用分散安定剤に関する文献である。そして、摘示(1-A)の請求項2には、そのような塩化ビニルの懸濁重合用分散安定剤の製造方法として、「ポリビニルアルコールを酢酸ナトリウムの存在下、酸素濃度1?15容量%の雰囲気下で120?150℃にて熱処理する」方法が記載されている。
これに対し、摘示(1-E)に記載された「比較例2」は、甲1における所期の効果を有する発明と比較するために記載されたものであるが、摘示(1-F)において、塩化ビニルの懸濁重合の安定剤として用いて試験を行った結果が記載されているから、これも一応塩化ビニルの懸濁重合用分散安定剤としての用途に用いられていると認められる。よって、甲1には、次の発明が記載されているといえる。

甲1発明
「重合度が1000、けん化度が71モル%、0.1重量%水溶液の波長280mμにおける吸光度が0.25、カルボキシル基含有量が0.03モル%、曇点が40℃であるポリビニルアルコールからなるビニル化合物の懸濁重合用分散剤。」

3.甲2の記載
甲2には、以下のとおりの記載がある。
(2-A)「1.ケン化度90モル%以下で、かつ0.03モル%以上のカルボニル基を含有するボリビニルアルコールよりなる塩化ビニルの懸濁重合用分散安定剤。
2.アルデヒド類またはケトン類の存在下において重合して得られたポリビニルエステルのアルコール溶液にケン化触媒を配合し、これを該ポリビニルエステルのアルコール溶液との相溶性が小さくかつ不活性な媒体および少量の界面活性剤とよりなる混合系中に懸濁し、ケン化することを特徴とするケン化度90モル%以下で、かつ0.03モル%以上のカルボ二ル基を含有するポリビニルアルコールよりなる塩化ビニルの懸濁重合用分散安定剤の製法。」(特許請求の範囲の請求項1、2)

(2-B)「本発明の分散安定剤はアルデヒド類又はケトン類の存在下において重合して得られたポリビニルエステルのアルコール溶液にケン化触媒を配合し、これを該ポリビニルエステルのアルコール溶液との相溶性が小さく、かつ不活性な媒体(以下この媒体を単に「媒体」と記す。)および少量の界面活性剤とよりなる混合系中に懸濁し、ケン化することにより得られる。
本発明の分散安定剤は、分散効果が優れ、さらにこれを使用して得られる塩化ビニル重合体は優れた多孔性を有し、そのために可塑剤の吸収性がよく、さらにまた得られる塩化ビニル重合体の粒子径はきわめて小さいものである。したがって、得られた塩化ビニル重合体は成形性あるいは加工性のきわめて良好なものとなる。
本発明の方法により得られたポリビニルアルコールが塩化ビニルの懸濁重合用分散安定剤として効果的な理由については、ポリビニルアルコールの末端構造の変化およびケン化方式が異なることにより生成するポリビニルアルコールの残存酢酸基の分布状態が変化することなどに基き、塩化ビニルへの該ポリビニルアルコールの吸着性が変化することによるものではないかと推定されるが、明確ではない。」(第2頁右上欄第1行?同頁左下欄第4行)
(2-C)「本発明において便用する「媒体」とは脂肪族、芳香族、ナフテン系炭化水素などの飽和炭化水素であり、たとえば流動パラフィン、スピンドル油、灯油などがあげられるが、このなかでもとくに流動パラフィンが好ましい。流動パラフィンなどの「媒体」とポリビニルエステルのアルコール溶液の重量比は0.2:1?5:1が適当であり、1:1付近がもっとも好ましい。
また界面活性剤としはとくにその種類を選ばないが、ノニオン界面活性剤が好ましく、またアルコールに易容なものが望ましい。たとえばニッサンデイスパノールNo.6、ニッサンデイスパノールNo.26、ノニオンL-4、ノニオンST221、ノニオンS-4などが好ましいものとしてあげられるが、このうちとくにニッサンデイスパノールNo.26、ノニオンL-4が効果的である。界面活性剤の添加量は、ケン化液に対し0.05?1重量%程度が適当であるが、とくにこの範囲に限定されるものではない。」(第2頁右下欄第17行?第3頁左上欄第15行)

(2-D)実施例1
酢酸ビニル2000g、メタノール700g、アセトアルデヒド20gの混合溶液に重合開始剤としてα、α’アゾビスイソブチロニトリル0.4gを加え、攪拌装置と逆流冷却器を備えた3lのセパラブルフラスコ中で60℃、5時間重合し、重合率70%で重合を停止し、ポリ酢酸ビニルを得た。この粗製ポリ酢酸ビニルから未重合酢酸ビニルを除去精製し、ポリマー濃度45%のポリ酢酸ビニルのメタノール溶液3000gを得た。このポリ酢酸ビニルのメタノール溶液3000gを40℃に保ち、これに少量のノニオン界面活性剤「ニッサンデイパノールNo.26」10gを添加後、苛性ソーダ-のメタノール溶液を苛性ソーダ-がポリ酢酸ビニルに対して0.003当量になるように添加し、1分間混合後、流動パラフィン2500gを添加撹拌し、30分後に酢酸を加えて反応を停止し、脱液、洗浄、乾燥後粒状ポリビニルアルコールを得た。得られたポリビニルアルコールのケン化度は72モル%、重合度700であり、またカルボニル基含有量は0.05モル%であった。これを塩化ビニルの懸濁重合に使用した結果を第1表に示す。」(第3頁左下欄第13?同頁右下欄第14行)

(2-E)「

」(第4頁左上欄、第1表)

(2-F)「実施例2
酢酸ビニル300g、n-ブチルアルデヒド3gの混合溶液にα、α’アゾビスイソブチロニトリル0.03gを加え、60℃で5時間重合し、ポリ酢酸ビニルを得た。このポリ酢酸ビニル40%のメタノ-ル溶液300gを20℃に保ち、これに少量のノニオン界面活性剤1gを加えた後、苛性ソーダ-のメタノール溶液を苛性ソーダ-がポリ酢酸ビニルに対して0.006当量になるように加え、1分間混合後、流動パラフィン300gを添加し、30分後に反応を停止して、脱液、洗浄、乾燥してケン化度75モル%、重合度900、カルボニル基含有量0.095モル%の部分ケン化ポリビニルアルコールを得た。これを塩化ビニルの懸濁重合に分散安定剤として使用した結果を第2表に示す。」(第4頁左上欄第8行?同頁右上欄第9行)

(2-G)「

」(第4頁左下欄、第2表)


4.甲2に記載された発明
甲2は、摘示(2-A)及び(2-B)に基づくと、塩化ビニルの懸濁重合用分散安定剤に関する文献であり、当該懸濁重合用分散安定剤は、塩化ビニルの分散効果に優れ、さらにこれを使用して得られる塩化ビニル重合体の多孔性、可塑剤の吸収性、ビニル重合体の粒子径を改善するものである。そして、摘示(1-A)の請求項1には、「ケン化度90モル%以下で、かつ0.03モル%以上のカルボニル基を含有するボリビニルアルコールよりなる塩化ビニルの懸濁重合用分散安定剤。」との記載がなされている。また、そのような塩化ビニルの懸濁重合用分散安定剤の具体的な製造例として、摘示(2-D)と(2-E)には、ケン化度が72.0モル%、重合度700、カルボニル基含有量0.05モル%のポリビニルアルコールを調製した旨が記載され、また同様に、摘示(2-F)と(2-G)には、ケン化度が75.0モル%、重合度900、カルボニル基含有量0.095モル%のポリビニルアルコールを調製した旨が記載されている。
よって、甲2には、上記摘示(2-D)?(2-G)に記載された実施例1及び2のポリビニルアルコールに着目すると、次の発明が記載されているといえる。

甲2発明
「重合度が700、けん化度が72.0モル%、カルボニル基含有量0.050モル%であるポリビニルアルコール、又は重合度が900、けん化度が75.0モル%、カルボニル基含有量0.095モル%であるポリビニルアルコールのいずれかからなる塩化ビニルの懸濁重合用分散安定剤。」


5.甲3の記載
甲3には、以下のとおりの記載がある。
(3-A)「分子内に下記式(1) :
【化1】

で表される構造を有し、1重量%水溶液の 280nmにおける吸光度が 2.5以上であり、平均重合度が 500以上であり、けん化度が60?90モル%であり、数平均分子量Mnに対する重量平均分子量Mwの比(Mw/Mn)が 2.5以下であり、けん化度に関するブロックキャラクターが0.45以下であり、メタノール可溶分が10重量%以下のポリビニルアルコール系重合体からなる、エチレン性不飽和二重結合を有する単量体の懸濁重合用分散剤。」(特許請求の範囲の請求項1)

(3-B)「【産業上の利用分野】本発明はエチレン性不飽和二重結合を有する単量体の懸濁重合に用いる分散剤及びそれを用いた重合体の製造方法に関する。」(段落【0001】)

(3-C)「【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、エチレン性不飽和二重結合を有する単量体を均一にかつ安定して水性媒体中に分散させることができ、そして、粒度分布がシャープで、ポロシティーが高く、加工性に優れ、フィッシュアイの発生が少ない重合体を得ることができる分散剤及びそれを用いた重合体の製造方法を提供することにある。」(段落【0005】)

(3-D)「また、上記のようにMw/Mnが 2.5以下のPVA系重合体を得る方法としては、例えば、重合転化率を30?70%が範囲の低い段階において重合を停止、終了させる方法や、単量体を重合系に連続又は間欠的に供給する方法等が挙げられる。」(段落【0029】)

(3-E)「本発明の製造方法を適用して重合を行うエチレン性不飽和二重結合を有する単量体としては、例えば、塩化ビニル等のハロゲン化ビニル;例えば、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、安息香酸ビニル等のビニルエステル;アクリル酸、メタクリル酸、及びそれらのエステル;マレイン酸及びその無水物;例えば、エチレン、プロピレン等のオレフィン;ハロゲン化ビニリデン;ビニルエーテル;スチレン等が例示される。これらは、1種単独で、又は2種以上の組み合わせで用いられる。また、本発明の製造方法は、特に塩化ビニル単独又は塩化ビニルを含む単量体混合物の重合に適する。」(段落【0035】)

(3-F)「【実施例】
PVA系重合体の調製
〔部分けん化PVA(No.1)〕酢酸ビニル 800重量部、メタノール 165重量部及びアセトアルデヒド25重量部を還流冷却器を備えた反応器内に仕込み、反応器内の内容物を攪拌しながら反応容器内を窒素置換した後、反応器の周囲に配置したジャケット温度を64℃に昇温し、反応器の内容物の温度が60℃に達したところで更に反応器内にα,α’-アゾビスイソブチロニトリル0.52重量部を含むメタノール液10重量部を仕込んだ。
重合転化率が50%に到達したところで、反応器を冷却して重合を停止させた。その後、減圧下で未反応の酢酸ビニルとアセトアルデヒドを、メタノールとともに反応器外に除去する操作をメタノールを添加しながら行い、ポリ酢酸ビニルのメタノール溶液を得た。
次に、ポリ酢酸ビニルのメタノール溶液の一部をとり、これにメタノールとベンゼンを加えて、ポリ酢酸ビニルの40重量%溶液(ベンゼン濃度:15重量%)を調製した。次に、この溶液の温度を40℃に保ちながら、この溶液に水酸化ナトリウムのメタノール溶液を、ポリ酢酸ビニルのビニルアセテート単位1モルに対して水酸化ナトリウム7ミリモルを加えて混合し、ゲル状のPVA系重合体を得、これを粉砕した。この粉砕したPVA系重合体にPVA系重合体の濃度が15重量%となるようメタノールを加え、固液分離する洗浄操作を2回繰り返した後、乾燥し、PVA系重合体を得た。
得られたPVA系重合体のけん化度(モル%)、平均重合度、数平均分子量Mnに対する重量平均分子量Mwの比(Mw/Mn)、1重量%水溶液の 280nmにおける吸光度、ブロックキャラクター及びメタノール可溶分を下記に示す方法で測定した。結果を表1にPVA系重合体(No.1)として示す。」(段落【0040】?【0043】)

(3-G)「けん化度の測定
JIS K 6726に準拠して測定した。
比(Mw/Mn)の測定
ポリビニルアルコール系重合体の重量平均分子量Mw及び数平均分子量Mnは、PVA系重合体を完全けん化させてゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いて以下に示す条件で測定して求め、得られた測定値からMw/Mnを算出した。
条件:
カラム:Shodex社製 KB-800P(1本)
KB-800P(2本)
溶離液:0.1M NaNO_(3 )水溶液
カラム温度:35℃
流量 :0.7ml/min
注入量:200μl
試料濃度:0.05wt%
吸光度の測定
10ミリ角石英セル中の1重量%水溶液試料の280nm における吸光度を紫外可視分光光度計(島津製作所製 UV160A)で求めた。
ブロックキャラクターの測定
FT-NMR(GSX-270型 日本電子製)で測定した^(13)C-NMRのメチレン領域のピーク吸収強度から前記式(3) を用いて求めた。」(段落【0044】?【0045】)

(3-H)「〔PVA系重合体(No.2?7)〕また、上記PVA系重合体(No.1)の製造方法において、メタノールの配合量、アセトアルデヒドの配合量及び重合転化率を表1に示すように代えたほかは、上記No.1の製造方法と同様にしてポリ酢酸ビニルを得た。そして、ベンゼン濃度を表1に示す濃度に代えたほかは上記No.1の製造方法と同様にしてポリ酢酸ビニルの40重量%溶液を調製した。そして、該40重量%溶液のポリ酢酸ビニルをけん化してゲル状のPVA系重合体を得、このゲルの洗浄回数を表1の回数にしたほかは上記No.1の製造方法と同様にして乾燥PVA系重合体を得た。得られたPVA系重合体のけん化度(モル%)、平均重合度、数平均分子量Mnに対する重量平均分子量Mwの比(Mw/Mn)、1重量%水溶液の 280nmにおける吸光度、ブロックキャラクター及びメタノール可溶分を上記と同様にして測定した。結果を表1に示す。

【表1】

」(段落【0047】から【0048】)

6.甲3に記載された発明
甲3は、摘示(3-A)及び(3-B)に基づくと、エチレン性不飽和二重結合を有する単量体の懸濁重合に用いる分散剤に関する文献であり、当該甲3に記載された分散剤は、エチレン性不飽和二重結合を有する単量体を均一にかつ安定して水性媒体中に分散させることができ、そして、粒度分布がシャープで、ポロシティーが高く、加工性に優れ、フィッシュアイの発生が少ない重合体を得るという課題を解決するためのものである。そして、摘示(3-F)には、分散剤の具体的な製造例として、PVA(No.1?7)が記載されている。
よって、甲2には、具体的に製造された上記PVA(No.1?7)に着目すると、次の発明が記載されているといえる。

「エチレン性不飽和二重結合を有する単量体の懸濁重合に用いる分散剤であって、下記性質を有するPVA(No.1?7)のいずれかからなるもの。
PVA(No.1):ケン化度71.2モル%、平均重合度670、Mw/Mn2.1、吸光度3.4、ブロックキャラクター0.38、メタノール可溶分2.2%、
PVA(No.2):ケン化度71.8モル%、平均重合度800、Mw/Mn2.0、吸光度3.1、ブロックキャラクター0.36、メタノール可溶分3.5%、
PVA(No.3):ケン化度73.1モル%、平均重合度830、Mw/Mn2.2、吸光度2.9、ブロックキャラクター0.39、メタノール可溶分4.3%、
PVA(No.4):ケン化度72.8モル%、平均重合度890、Mw/Mn2.3、吸光度2.0、ブロックキャラクター0.39、メタノール可溶分5.2%、
PVA(No.5):ケン化度71.0モル%、平均重合度640、Mw/Mn2.6、吸光度3.0、ブロックキャラクター0.40、メタノール可溶分3.2%、
PVA(No.6):ケン化度72.2モル%、平均重合度750、Mw/Mn2.3、吸光度3.2、ブロックキャラクター0.46、メタノール可溶分4.7%、又は、
PVA(No.7):ケン化度73.3モル%、平均重合度840、Mw/Mn2.1、吸光度2.9、ブロックキャラクター0.40、メタノール可溶分13.2%。」

7.甲4ないし11の記載
甲4ないし11には、本件特許異議申立書の第17頁から第23頁3[4](2)(iv)?(xi)に示されているとおりの記載がある。

第5 対比・判断

1.特許法第29条第1項第3号について
(1)本件特許発明1と甲1発明について
ア 本件特許発明1と甲1発明とを対比する。本件特許発明1は「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」に係る発明であるところ、本件特許の明細書段落【0081】には、「本発明の分散安定剤」と記載されていることから、分散状態を安定化させるための剤であると解される。また、甲1発明の塩化ビニルは、本件特許発明1の「ビニル化合物」の一種であることも踏まえると、甲1発明の「塩化ビニルの懸濁重合用分散安定剤」は、本件特許発明の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」に相当する。

また、甲1発明におけるポリビニルアルコールのけん化度が71モル%であるところ、本件特許発明1のけん化度は65?90モル%であるから、甲1発明におけるポリビニルアルコールのけん化度は、本件特許発明1のけん化度の数値範囲に包含されている。

イ そうすると、本件特許発明1と甲1発明とは、
「けん化度が65?90モル%である、ポリビニルアルコールからなるビニル化合物の懸濁重合用分散剤。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点1)
ポリビニルアルコールについて、本件特許発明1は
「0.4≦(Mw_(UV)/Mw_(RI))≦0.95 (1)
3≦(Mw_(UV)/Mn_(UV))≦12 (2)
0.1≦A_(220)≦0.8 (3)
Mw_(UV):ゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定における、吸光光度検出器(測定波長220nm)によって求められる、前記ポリビニルアルコールの重量平均分子量
Mw_(RI):ゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定における、示差屈折率検出器によって求められる、前記ポリビニルアルコールの重量平均分子量
Mn_(UV):ゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定における、吸光光度検出器(測定波長220nm)によって求められる、前記ポリビニルアルコールの数平均分子量
A_(220):前記ポリビニルアルコールの0.1質量%水溶液の吸光度(光路長10mm、測定波長220nm)」という(1)?(3)の式を満たすものであるのに対し、
甲1発明では、吸光度について、「0.1重量%水溶液の波長280mμにおける吸光度が0.25」であることが特定されているが、本件特許発明1の式(1)ないし(3)を満たすか不明である点。

ウ 相違点1について検討する。まず、甲1発明における「0.1重量%水溶液の波長280mμにおける吸光度」の中の「mμ」については、光の波長を表す単位であることを考慮すると、技術常識からみて誤記であると認められ、正しくは「nm」(ナノメートル)であるとして以下検討を進める。
甲1発明のポリビニルアルコールについては、甲1の記載全体を参照しても、本件特許発明1における式(1)?(3)を満たすことを示唆する記載は見いだせない。なお、本件特許発明1の式(3)については、波長220nmで測定された吸光度であるのに対し、甲1発明は280nmで測定されていることから、異なる物理量を測定したものと認められるため、両者の数値自体は包含関係にあったとしても、甲1発明が本件特許発明1の式(3)を満たしているとはいえない。したがって、甲1発明のポリビニルアルコールが直接的に本件特許発明1におけるポリビニルアルコールと同じものであるとはいえない。
次に、直接的に同じものとはいえないとしても、仮に両発明のポリビニルアルコールの製造方法が共通しているのであれば、上記式(1)?(3)の記載の有無にかかわらず、両発明のポリビニルアルコールが同じものであるとの一応の推論が成り立つ。よって、両発明のポリビニルアルコールの製造方法について以下検討する。
甲1発明におけるポリビニルアルコールは、適示(1-A)、(1-D)及び(1-E)に基づくと、常法により得たポリビニルアルコールに対して酢酸ナトリウムを加え、1?15容量%の酸素濃度の雰囲気下で120?150℃にて熱処理を行うことによりカルボキシル基を導入して得られるものである。このように、ポリビニルアルコールに対して酢酸ナトリウムを加えた上で、120?150℃の温度で熱処理を行う方法については、本件特許の明細書には記載されていない。特に本件特許明細書の段落【0054】等においては、加熱処理ではなく乾燥工程であり、120℃を超えない範囲で行うこととされている点からみても、両発明におけるポリビニルアルコールの製造方法が異なるものであるこということができる。
そして、甲1発明において上記方法によってカルボキシル基が導入されるということは、得られたポリビニルアルコール中の二重結合の量にも少なからず影響があるものと解され、そうであれば、本件特許明細書の段落【0028】の記載に基づくと、Mw_(UV)の値にも影響してくる蓋然性が高いといえる。したがって、製造方法の観点からも、甲1発明のポリビニルアルコールは、本件特許発明1のポリビニルアルコールと同じものであるとはいえないため、当該甲1発明のポリビニルアルコールは、少なくとも本件特許発明1のMw_(UV)を含む式(1)や(2)を満たすものとはいえない。
以上のことから、上記相違点1については、甲1に記載も示唆もなく、またポリビニルアルコールの製造方法も異なるため、得られるポリビニルアルコールも異なるものであるといえるから、実質的な相違点である。

エ したがって、本件特許発明1は甲1発明と相違点1において相違するものであるから、本件特許発明1は甲1に記載されたものであるとはいえない。

(2)本件特許発明2、4及び5と甲1発明について
本件特許発明2、4及び5は、本件特許発明1に係るビニル化合物の懸重合分散剤を直接又は間接的に引用している。そして、本件特許発明2は、本件特許発明1の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」の製造方法に係るものであり、また本件特許発明4及び5は本件特許発明1の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」を用いてビニル重合体を製造する方法に係るものであるところ、「物」の発明である本件特許発明1が甲1に記載されていないのであるから、その製造方法やそれを用いた他の物質の製造方法についても同様に、甲1に記載されているとはいえない。

(3)本件特許発明1と甲2発明について
ア 本件特許発明1と甲2発明とを対比する。本件特許発明1は「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」に係る発明であるところ、本件特許の明細書段落【0081】には、「本発明の分散安定剤」と記載されていることから、分散状態を安定化させるための剤であると解される。また、甲2発明の塩化ビニルは、本件特許発明1の「ビニル化合物」の一種であることも踏まえると、甲2発明の「塩化ビニルの懸濁重合用分散安定剤」は、本件特許発明の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」に相当する。
また、甲2発明におけるポリビニルアルコールのけん化度が72.0モル%又は75.0モル%であるところ、本件特許発明1のけん化度は65?90モル%であるから、甲2発明におけるポリビニルアルコールのけん化度は、本件特許発明1のけん化度の数値範囲に包含されている。

イ そうすると、本件特許発明1と甲2発明とは、
「けん化度が65?90モル%である、ポリビニルアルコールからなるビニル化合物の懸濁重合用分散剤。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点2)
ポリビニルアルコールについて、本件特許発明1は
「0.4≦(Mw_(UV)/Mw_(RI))≦0.95 (1)
3≦(Mw_(UV)/Mn_(UV))≦12 (2)
0.1≦A_(220)≦0.8 (3)
Mw_(UV):ゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定における、吸光光度検出器(測定波長220nm)によって求められる、前記ポリビニルアルコールの重量平均分子量
Mw_(RI):ゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定における、示差屈折率検出器によって求められる、前記ポリビニルアルコールの重量平均分子量
Mn_(UV):ゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定における、吸光光度検出器(測定波長220nm)によって求められる、前記ポリビニルアルコールの数平均分子量
A_(220):前記ポリビニルアルコールの0.1質量%水溶液の吸光度(光路長10mm、測定波長220nm)」という(1)?(3)の式を満たすものであるのに対し、
甲2発明では、本件特許発明1の式(1)ないし(3)を満たすか不明である点。

ウ 相違点2について検討する。甲2発明のポリビニルアルコールについては、甲2の記載全体を参照しても、本件特許発明1における式(1)?(3)を満たすことを示唆する記載は見いだせない。したがって、甲2発明のポリビニルアルコールが直接的に本件特許発明1におけるポリビニルアルコールと同じものであるとはいえない。
次に、直接的に同じものとはいえないとしても、仮に両発明のポリビニルアルコールの製造方法が共通しているのであれば、上記式(1)?(3)の記載の有無にかかわらず、両発明のポリビニルアルコールが同じものであるとの一応の推論が成り立つ。よって、両発明のポリビニルアルコールの製造方法について以下検討する。
甲2発明におけるポリビニルアルコールは、適示(2-A)、(2-B)及び(2-C)に基づくと、アルデヒド類等の存在下において重合して得られたポリビニルエステルに対して、アルコール溶液との相溶性の低い媒体である流動パラフィン等、及び界面活性剤であるノニオン界面活性剤といった成分を添加して、アルカリによってケン化して得られるものである。このように、ポリビニルエステルに流動パラフィンやノニオン界面活性剤を添加した上でケン化を行う方法については、本件特許の明細書の段落【0050】?【0053】を含むすべての記載をみても記載も示唆もされていない。よって、両発明におけるポリビニルアルコールのケン化方法の点において製造方法が異なるものであるこということができる。
そして、甲2の摘示(2-B)によれば、甲2発明のポリビニルアルコールについては、その末端構造が異なること、残存酢酸基の分布状態が変化すること等が示唆されていることから、当該ポリビニルアルコール中の二重結合の量にも少なからず影響があるものと解され、そうであれば、本件特許明細書の段落【0028】の記載に基づくと、Mw_(UV)の値にも影響してくる蓋然性が高いといえる。したがって、製造方法の観点からも、甲2発明のポリビニルアルコールは、本件特許発明1のポリビニルアルコールと同じものであるとはいえないため、当該甲2発明のポリビニルアルコールは、少なくとも本件特許発明1のMw_(UV)を含む式(1)や(2)を満たすものとはいえない。
以上のことから、上記相違点2については、甲2に記載も示唆もなく、またポリビニルアルコールの製造方法も異なるため、得られるポリビニルアルコールも異なるものであるといえるから、実質的な相違点である。

エ したがって、本件特許発明1は甲2発明と相違点2において相違するものであるから、本件特許発明1は甲1に記載されたものであるとはいえない。

(4)本件特許発明2、4及び5と甲2発明について
本件特許発明2、4及び5は、本件特許発明1に係るビニル化合物の懸重合分散剤を直接又は間接的に引用している。そして、本件特許発明2は、本件特許発明1の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」の製造方法に係るものであり、また本件特許発明4及び5は本件特許発明1の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」を用いてビニル重合体を製造する方法に係るものであるところ、「物」の発明である本件特許発明1が甲2に記載されていないのであるから、その製造方法やそれを用いた他の物質の製造方法についても同様に、甲2に記載されているとはいえない。

(5)本件特許発明1と甲3発明について
ア 本件特許発明1と甲3発明とを対比する。甲3発明の「エチレン性不飽和二重結合を有する単量体」については、甲3の摘示(3-E)において説明されており、ビニル化合物の例示が多数なされており、かつ「特に塩化ビニル単独又は塩化ビニルを含む単量体混合物の重合に適する」と記載されていることからみて、塩化ビニルを含むものと解される。そして、当該塩化ビニルは、本件特許発明1の「ビニル化合物」に相当するから、甲3発明の「エチレン性不飽和二重結合を有する単量体の懸濁重合用分散剤」は、本件特許発明1の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」に相当する。
また、甲3発明におけるPVA(No.1?7)のけん化度は、いずれも本件特許発明1のけん化度である65?90モル%の範囲に含まれている。

イ そうすると、本件特許発明1と甲3発明とは、
「けん化度が65?90モル%である、ポリビニルアルコールからなるビニル化合物の懸濁重合用分散剤。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点3)
ポリビニルアルコールについて、本件特許発明1は
「0.4≦(Mw_(UV)/Mw_(RI))≦0.95 (1)
3≦(MwUV/Mn_(UV))≦12 (2)
0.1≦A_(220)≦0.8 (3)
Mw_(UV):ゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定における、吸光光度検出器(測定波長220nm)によって求められる、前記ポリビニルアルコールの重量平均分子量
Mw_(RI):ゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定における、示差屈折率検出器によって求められる、前記ポリビニルアルコールの重量平均分子量
Mn_(UV):ゲルパーミエーションクロマトグラフィー測定における、吸光光度検出器(測定波長220nm)によって求められる、前記ポリビニルアルコールの数平均分子量
A_(220):前記ポリビニルアルコールの0.1質量%水溶液の吸光度(光路長10mm、測定波長220nm)」という(1)?(3)の式を満たすものであるのに対し、
甲3発明では
重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比Mw/Mnが、2.1、2.0、2.2、2.3、2.6、2.3又は2.1であることが特定されており、
吸光度が280nmの波長で測定したものであって、かつ3.4、3.1、2.9、2.0、3.0、3.2又は2.9であることが特定されているが、
本件特許発明1の式(1)ないし(3)を満たすか不明である点。

ウ 相違点3について検討する。甲3発明のポリビニルアルコールについて、Mw/Mnの値は、いずれも3未満であり、これを本件特許発明1の式(2)のように3以上12以下とすることについては記載も示唆もない。なお、甲3発明のMw/Mnについては、摘示(3-G)においてゲルパーミエーションクロマトグラフィーを用いて測定したことは記載されているものの、吸光光度検出器(測定波長220nm)を用いて測定したことは記載されていない。しかしながら、Mw/Mnという測定値の比であるため、具体的にゲルパーミエーションクロマトグラフィーを用いて何を測定したかにかかわらず、PVAの性質に応じて一定に定まるものと認められることから、甲3におけるMw/Mnは、本件特許発明1におけるMw_(UV)/Mn_(UV)と同じものを意味していると解される。
したがって、ポリビニルアルコールの製造方法が同じであるか異なっているかによらず、上記相違点3のうち少なくともMw_(UV)/Mn_(UV)の点で、本件特許発明1と甲3発明とは異なっているから、本件特許発明1は甲3に記載されたものであるとはいえない。

(6)本件特許発明2、4及び5と甲3発明について
本件特許発明2、4及び5は、本件特許発明1に係るビニル化合物の懸重合分散剤を直接又は間接的に引用している。そして、本件特許発明2は、本件特許発明1の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」の製造方法に係るものであり、また本件特許発明4及び5は本件特許発明1の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」を用いてビニル重合体を製造する方法に係るものであるところ、「物」の発明である本件特許発明1が甲3に記載されていないのであるから、その製造方法やそれを用いた他の物質の製造方法についても同様に、甲3に記載されているとはいえない。

2.特許法第29条第2項について
(1)本件特許発明1、2、4及び5と甲1発明について
上記1.(1)の相違点1について検討する。ポリビニルアルコールを特許発明1の式(1)?(3)を満たすようにすることについては、甲1には記載も示唆もされていないし、甲4?甲10はポリビニルアルコールを製造する際の成分の量比や乾燥条件に関する技術常識を示すものであるが、これらを考慮しても当業者といえども容易に想到できるものではない。
したがって、本件特許発明1は、甲4?10の記載を考慮しても、甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

また、上記1.(2)における検討と同様に、本件特許発明2は、本件特許発明1の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」の製造方法に係るものであり、また本件特許発明4及び5は本件特許発明1の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」を用いてビニル重合体を製造する方法に係るものである。
本件特許発明1が甲1及び甲4?10の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないのであるから、それを引用する当該本件特許発明2、4及び5についても、甲1及び甲4?10の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(2)本件特許発明1、2、4及び5と甲2発明について
上記1.(3)の相違点2について検討する。ポリビニルアルコールを特許発明1の式(1)?(3)を満たすようにすることについては、甲2には記載も示唆もされていないし、甲4?甲10はポリビニルアルコールを製造する際の成分の量比や乾燥条件に関する技術常識を示すものであるが、これらを考慮しても当業者といえども容易に想到できるものではない。
したがって、本件特許発明1は、甲1及び甲4?10の記載を考慮しても、甲2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

また、上記1.(4)における検討と同様に、本件特許発明2は、本件特許発明1の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」の製造方法に係るものであり、また本件特許発明4及び5は本件特許発明1の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」を用いてビニル重合体を製造する方法に係るものである。
本件特許発明1が甲2及び甲4?10の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないのであるから、それを引用する当該本件特許発明2、4及び5についても、甲1、2及び甲4?10の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件特許発明1、2、4及び5と甲3発明について
上記1.(5)の相違点3について検討する。ポリビニルアルコールを特許発明1の式(1)?(3)を満たすようにすることについては、甲3には記載も示唆もされていないし、甲4?甲10はポリビニルアルコールを製造する際の成分の量比や乾燥条件に関する技術常識を示すものであるが、これらを考慮しても当業者といえども容易に想到できるものではない。特に、甲3の摘示(3-A)及び(3-D)によれば、Mw/Mnの値を2.5以下とすることが必要であり、そのようなPVAを得る方法についても具体的に開示されている。
よって、当業者にとっては、甲3発明において、少なくとも本件特許発明1における式(2)について「3≦(Mw_(UV)/Mn_(UV))≦12」とする動機付けはない。
したがって、本件特許発明1は、甲1及び甲4?10の記載を考慮しても、甲3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

また、上記1.(6)における検討と同様に、本件特許発明2は、本件特許発明1の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」の製造方法に係るものであり、また本件特許発明4及び5は本件特許発明1の「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」を用いてビニル重合体を製造する方法に係るものである。
本件特許発明1が甲1、3及び甲4?10の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないのであるから、それを引用する当該本件特許発明2、4及び5についても、甲1、3及び甲4?10の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

3.特許法第36条第6項第1号について
ア 異議申立人は、本件請求項1の式(1)について、Mw_(UV)/Mw_(RI)が0.4?0.95という範囲のうち、0.4以上0.55未満の実施例は存在せず、また、甲11によって、Mw_(UV)/Mw_(RI)が0.55以下ではゲル化による増粘及び凝集が生じて分散不良が生じる可能性があることからも、0.4以上0.55未満の範囲においては、本件発明の課題が解決できると当業者が認識できるとはいえないと主張している。

イ 特許法第36条第6項第1号には、特許請求の範囲の記載は、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」と規定されており、当該規定を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

ウ 本件特許発明1ないし5が解決しようとする課題は、本件特許明細書の段落【0014】などの記載によれば、従来よりも重合時の粗大粒子の形成量が少なく、粒径分布がシャープでありかつ可塑剤の吸収性が高いビニル重合体を得ることができる懸濁重合用分散剤を提供することであると理解できる。当該課題について、発明の詳細な説明の記載に基づいて当業者が解決できるものと理解できるかどうかについて、以下検討する。
本件特許発明1における式(1)?(3)の定義や好ましい数値範囲等については、本件特許明細書の段落【0028】?【0034】に記載されており、また、本件特許発明1に係る「ビニル化合物の懸濁重合用分散剤」の製造方法及びそれに必要な材料については、本件特許明細書の段落【0038】?【0054】などに記載されている。そして、本件特許発明1?5の具体的な実施態様及びその比較例として、本件特許明細書の段落【0065】?【0093】において、実施例1?9及び比較例1?12が記載されている。
そして特に、上記式(1)の範囲の意義について、本件特許明細書の段落【0028】?【0029】においては、次のとおり説明されている。
「(Mw_(UV)/Mw_(RI))が0.95以下である場合は高い重合安定性が発現する。(中略)
一方、(Mw_(UV)/Mw_(RI))が0.4未満の場合は、二重結合の導入量が多すぎて、重合中に粗大粒子が発生したり、得られるビニル重合体の色相に悪影響が及んだりする場合がある。また、前記PVAが上記式(1)を満たさない場合には、得られる分散剤を使用して重合を行った場合に、多量の粗大粒子が形成され、得られるビニル重合体の粒径分布が広くなり品質が低下する場合がある。」

かかる記載を参照すると、(Mw_(UV)/Mw_(RI))が0.4以上であってかつ0.95以下である懸濁重合用分散剤を用いることにより、従来よりも重合時の粗大粒子の形成量が少なく、粒径分布がシャープでありかつ可塑剤の吸収性が高いビニル重合体を得るという課題を解決できるものと理解できる。
一方、その具体的な根拠として実施例1?9では、(Mw_(UV)/Mw_(RI))の値が0.55?0.92の間の各値を示すものであるが、0.4以上0.55未満の実施例については記載がされていない。また、比較例を参照しても、式(1)?(3)のうち、式(2)と式(3)を満たしつつ、かつ式(1)の(Mw_(UV)/Mw_(RI))だけが0.4を下回る例は記載されていない。
しかしながら、先にも述べたとおり本件特許明細書の段落【0028】?【0029】には、(Mw_(UV)/Mw_(RI))の値が0.4以上0.95以下という範囲の内外で、課題解決の点で差があることは明確に説明されているし、上記実施例及び比較例全体を参照しても、式(1)が0.4以上0.55未満である場合に、本件特許発明1の課題が解決できないと解すべき事情は見出せない。

エ また、甲11について検討する。甲11は、段落【0001】に記載されているとおり、樹脂組成物、多層構造体、多層シート、ブロー成形容器及び熱形成容器に関する発明を開示する文献であるところ、当該樹脂組成物として、特許請求の範囲の請求項1には次のとおり記載されている。
「エチレン-ビニルアルコール共重合体及びポリオレフィンを含有し、
上記エチレン-ビニルアルコール共重合体が、
示差屈折率検出器及び紫外可視吸光度検出器を備えるゲルパーミエーションクロマトグラフを用い、窒素雰囲気下、220℃、50時間熱処理後に測定した分子量が、下記式(1)で表される条件を満たす樹脂組成物。
(Ma-Mb)/Ma<0.45 ・・・(1)
Ma:示差屈折率検出器で測定されるピークの最大値におけるポリメタクリル酸メチル換算の分子量
Mb:紫外可視吸光度検出器で測定される波長220nmでの吸収ピークの最大値におけるポリメタクリル酸メチル換算の分子量」
さらに、甲11の段落【0040】には、上記(1)を満たさない場合には、ゲル化による増粘及び凝集が生じて分散不良を起こす旨の記載がある。
しかしながら、上記Maは「示差屈折率検出器で測定されるピークの最大値におけるポリメタクリル酸メチル換算の分子量」であるから、重量平均分子量である本件特許発明1の「Mw_(RI)」とは定義が異なるものであるし、また上記Mbは「紫外可視吸光度検出器で測定される波長220nmでの吸収ピークの最大値におけるポリメタクリル酸メチル換算の分子量」であるから、重量平均分子量である本件特許発明1の「Mw_(UV)」とは定義が異なるものである。そして、ピークの最大値が示す分子量と重量平均分子量が同じ値を示すものと解すべき根拠も見出せない。
したがって、そもそも定義の異なる甲11のMaとMbを用いた数式に基づいて、本件特許発明1の式(1)で示された数値範囲の適否を検討することは不適当である。

オ 以上のことからみて、本件の発明の詳細な説明に基づいて、本件特許発明1の課題を解決できると理解できるから、本件特許の請求項1の記載は発明の詳細な説明に記載した範囲を超えているとはいえない。また、本件特許発明2?5についても同様のことがいえる。
したがって、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている。


第6 むすび

以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件特許発明1ないし5に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許発明1ないし5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2017-07-03 
出願番号 特願2015-561003(P2015-561003)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C08F)
P 1 651・ 113- Y (C08F)
P 1 651・ 121- Y (C08F)
最終処分 維持  
前審関与審査官 岡▲崎▼ 忠  
特許庁審判長 原田 隆興
特許庁審判官 守安 智
佐久 敬
登録日 2016-09-30 
登録番号 特許第6010833号(P6010833)
権利者 株式会社クラレ
発明の名称 ビニル化合物の懸濁重合用分散剤  
代理人 伊藤 俊一郎  
代理人 中務 茂樹  

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