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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1330721
審判番号 不服2015-4831  
総通号数 213 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2017-09-29 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2015-03-11 
確定日 2017-07-24 
事件の表示 特願2010-549117「医薬溶液、調製方法及び治療的使用」拒絶査定不服審判事件〔平成21年9月11日国際公開、WO2009/109547、平成23年4月28日国内公表、特表2011-513360〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成21年3月2日(パリ条約による優先権主張 2008年3月3日、欧州特許庁(EP))を国際出願日とする特許出願であって、以降の手続の経緯は次のとおりである。

平成25年 7月19日付け 拒絶理由通知
9月25日 意見書の提出
平成26年 3月14日付け 拒絶理由通知
6月 9日 意見書の提出
平成26年10月30日 拒絶査定
平成27年 3月11日 審判請求書及び手続補正書の提出
3月17日 手続補正書(方式)の提出
5月20日 前置報告
9月 9日 上申書の提出
平成28年 5月13日 拒絶理由通知(当審)
8月17日 意見書及び手続補正書の提出
9月26日 最後の拒絶理由通知(当審)
12月15日 応対記録
12月26日 意見書及び手続補正書の提出

第2 本願発明
本願の請求項1?6に係る発明は、平成28年12月26日受付けの手続補正書の特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ、その請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は次のとおりのものである。

「【請求項1】
下記式で表される、(2S)-2-[(4R)-2-オキソ-4-プロピル-ピロリジン-1-イル]ブタンアミド

である医薬化合物の水性溶液であって、
pH値が5.2?5.7の間にあることを特徴とする上記溶液。」

第3 拒絶理由の概要
当審において、平成28年5月13日付けで通知した拒絶理由の概要は、本件出願の請求項1?6に係る発明は、本件出願の優先日前に日本国内又は外国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件出願の優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、というものを含むものである。
なお、平成28年9月26日付け最後の拒絶理由通知に[付記]として、上記拒絶理由の進歩性についての判断は保留している旨記載し、同12月15日の応対記録でもその旨を伝えた。

1 国際公開第2006/131322号
2 KEPPRA(登録商標)(levetiracetam)Injec
tion Label,2006,pp.1?21,http://w
ww.accessdata.fda.gov/drugsatfda
_docs/label/2006/021872lbl.pdf
3 Pharmazeutische Zeitung,1987,Vol
.132,pp.1024?1029
4 特表2003-523996号公報

第4 当審の判断
1 刊行物等の記載事項
(1)国際公開第2006/131322号(以下、「引用例1」という。)には、次の事項が記載されているものと認められる。なお、引用例1は英語で記載されているので、その記載事項は引用例1のパテントファミリーである特表2008-542417号公報の記載を援用した当審による翻訳文のみを示し、その英語の記載は省略する。記載箇所については、引用例1及び公表公報の両方を併記する。また、以下の下線は当審で付したものである。

(1a)「請求の範囲
・・・
4.(2S)-2-[(4R)-2-オキソ-4-プロピルピロリジニル]ブタンアミドの治療有効量及び医薬として許容される担体を含む、進行性ミオクローヌスてんかんに特徴付けられる病状の予防又は治療用医薬組成物。」(11頁1?17行;【特許請求の範囲】)

(1b)「本発明は、進行性ミオクローヌスてんかんの予防又は治療に有効な薬物の調製のためのブリバラセタムの使用に関する。
英国特許第1,039,113号には、化合物2-ピロリジンアセトアミドが記載されており、この化合物は治療目的に使用することができることが述べられている。この化合物は、ピラセタムとしても知られている。
低酸素性虚血性の中枢神経系への侵襲の治療及び予防のための保護剤としてレベチラセタムとしても知られている、左旋性(S)-α-エチル-2-オキソ-1-ピロリジンアセトアミドの使用は、EP-A-0 162 036に記載されている。この化合物は、てんかんの治療においても使用することができ、その治療効果によって、その右旋性の鏡像異性体である(R)-(+)-α-エチル-2-オキソ-1-ピロリジン-アセトアミドは、完全にその活性を欠いていることが示されている(・・・)。不安の治療用として、レベチラセタムはEP-A-0 645 139にも記載されている。
ブリバラセタムなどの2-オキソ-1-ピロリジン誘導体、並びに医薬品としてのその使用は、WO 01/62726に記載されている。その誘導体は、神経障害の治療に特に適している。」(1頁4?21行;【0001】?【0004】)

(1c)「ブリバラセタムは、(2S)-2-[(4R)-2-オキソ-4-プロピルピロリジニル]ブタンアミドとしても知られる、(α^(1)S,4R)-α-エチル-2-オキソ-4-プロピル-1-ピロリジンアセトアミド)として公開番号WO 01/62726を有する国際特許出願に記載されており、下記の化学構造を有する。

」(1頁33?36行及び2頁の化学構造式;【0009】)

(1d)「本発明は、活性化合物ブリバラセタムの治療有効量及び医薬として許容される担体を含む、進行性ミオクローヌスてんかんの予防又は治療用医薬組成物にも関する。
活性化合物を含む医薬組成物は、例えば経口又は非経口、すなわち静脈内、筋肉内、皮下又は髄腔内に投与することができる。
経口投与に使用できる医薬組成物は、固体又は液体でよく、例えば、錠剤、丸剤、糖衣錠、ゼラチンカプセル剤、液剤、シロップ剤などの形態でよい。
・・・非経口投与に使用することができる医薬組成物は、この投与方法において公知である医薬品形態であり、アンプル、使い捨て注射器、ガラス製若しくはプラスチック製のバイアル又は注入容器に一般に入れられた、水性若しくは油性溶液又は懸濁液の形態である。
活性化合物に加えて、これらの溶液又は懸濁液は、注射用水、生理食塩水溶液、油、ポリエチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール又は他の合成溶媒などの無菌希釈剤;ベンジルアルコールなどの抗菌剤;アスコルビン酸又は重亜硫酸ナトリウムなどの抗酸化剤;エチレンジアミン四酢酸などのキレート剤;酢酸、クエン酸又はリン酸などの緩衝液;及び塩化ナトリウム又はデクストロースなどの浸透圧調製剤を任意選択で含有することもできる。」(3頁14行?4頁5行;【0017】?【0021】)

(1e)「実施例2
ブリバラセタムを、発作及びてんかんの広範囲の動物モデルにおいて評価する。この評価における様々な試験の簡単な説明を下記に示す。
・・・
・・・マウスを、食塩水又は異なる用量のブリバラセタム(腹腔内投与、-30分)で前処置し、発作から保護されたマウスの割合を記録する。
・・・
・・・20分の順化期間後に、ラットに食塩水又は異なる用量のブリバラセタムの腹腔内注射を行い、120分まで連続20分の間隔に亘りEEGを連続記録する。」(5頁18行?6頁28行;【0031】?【0039】)

(2)KEPPRA(登録商標)(levetiracetam)Injection Label,2006,pp.1?21,http://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2006/021872lbl.pdf(以下、「引用例2」という。)には、次の事項が記載されているものと認められる。なお、引用例2は英語で記載されているので、その記載事項は当審による翻訳文のみを示し、その英文の記載は省略する。

(2a)「KEPPRA(登録商標)
(レベチラセタム)注射剤」(1頁1?2行)

(2b)「KEPPRA注射剤は抗てんかん薬であり、静脈内投与用の無色澄明な滅菌溶液(100mg/mL)である。・・・構造式は以下のとおりである。

レベチラセタムは光学異性体であり、化学名は(-)-(S)-α-エチル-2-オキソ-1-ピロリジンアセトアミド・・・である。
・・・
KEPPRA注射剤は、1mLあたりレベチラセタム100mgを含有する。氷酢酸及び酢酸ナトリウム三水和物8.2mgで約pH5.5に調整され、レベチラセタム500mg、注射用水、塩化ナトリウム45mgを含有する、1回使い切りの5mLバイアルで供給される。KEPPRA注射剤は、静脈内注投与前に希釈する(用量及び用法参照)。」(1頁6?21行)

(2c)「貯法
25℃(77゜F)で保管する。15?30℃(59?86゜F)の範囲は可」(21頁4?5行)

(3)Pharmazeutische Zeitung,1987,Vol.132,pp.1024?1029(以下、「引用例3」という。)には、次の事項が記載されているものと認められる。なお、引用例3はドイツ語で記載されているので、その記載事項は当審による翻訳文のみを示し、そのドイツ語の記載は省略する。

(3a)「大脳のエネルギー強壮剤であるピラセタムは、代謝活性、特に神経細胞のタンパク質合成に対して刺激作用を及ぼすため、脳機能障害に起因する大脳機能低下の治療で頻繁に使用される。脳外傷のような救急対象の症例又は外科的処置で使用する場合、静脈内投与が必要であるため、我々の目的は、ピラセタム輸液を調製及び保管する間の有効成分の安定性を検査することであった。
ピラセタムの化学
ピラセタムは2-オキソピロリジン-1-アセトアミドである。

」(1024頁左欄1?12行)

(3b)「水性溶液の安定性によって最も重要な分解反応は加水分解である。

これは擬一次反応である。より安定なシス立体配座におけるアミド性NH_(2)基の、ピロリジン環の方向への配向により、極性水分子の接近が困難になる。分子内水素結合の安定化効果を考慮すると、ピラセタムは加水分解にさほど感受性を持たないことが予想できるであろう。」(1024頁左欄33行?同頁右欄2行)

(3c)「pHプロファイル
水性溶液中のピラセタムの安定性に最適なpH範囲を定めるために、pHプロファイルを作成した。この目的のために、20%溶液のpH値を様々な値に調整し、オートクレーブ中で121℃/20分間滅菌してから保管した後、アンモニウムイオン濃度を測定した。
・・・
・・・ピラセタム加水分解の速度pHプロファイルから、この溶液の安定性に関して最適なpH範囲は、5.5?6.0にあることが読み取れる。
・・・
輸液の調製
ピラセタム静注投与には、20%溶液を使用する。
組成:
ピラセタム 200.0g
酢酸ナトリウム三水和物 1.0g
注射用水 1000mlまで添加
溶液のpH値は、30%氷酢酸で5.5?6.0に調整する。」(1024頁右欄下から8行?1025頁右欄2行)

(3d)「要約
ピラセタム分子の立体配座、及びそれに起因して生じる、水性溶液中での安定性を理論的に考慮した後、20%ピラセタム静注液に関する等温加速試験及び長期試験について記載している。実験結果は、水性溶液中での加熱滅菌及び保管中、有効成分が良好な安定性を有し、ただしpH最適条件は5.5?6.0であることを示す。等温加速試験及び長期安定性試験の評価から、121℃/20分間の滅菌及び室温での5年間の保管後に、アミド基の加水分解によって生じるアンモニウムイオンの濃度は、矛盾の余地なく、毒理学上の見地から懸念がないこと予測することができる。」(1028頁右欄22?37行)

(4)特表2003-523996号公報(以下、「引用例4」という。)には、次の事項が記載されている。

(4a)「【0001】
本発明は、2-オキソ-1-ピロリジン誘導体、それらの製造方法、これらの化合物を含有する医薬組成物及びそれらの製薬上の使用に関する。
【0002】
ヨーロッパ特許No.0162036B1は、(S)-α-エチル-2-オキソ-1-ピロリジンアセトアミドを開示しており、この化合物はレベチラセタム(levetiracetam)の国際命名法による名前で公知である。
左旋性化合物であるレベチラセタムは、中枢神経系の低酸素性及び虚血性型の攻撃の処置及び予防用の保護剤として開示されている。この化合物はまた、てんかんの処置に有用であり、治療指針に関し、その右旋性エナンチオマー:(R)-α-エチル-2-オキソ-1-ピロリジンアセトアミド(・・・)は、この活性が完全に欠落していることが証明されている(・・・)。」

(4b)【0090】
・・・
活性化合物の活性及び性質、経口利用性及びインビトロ又はインビボ安定性は、開示されている化合物の光学異性体の間で有意に変化することがある。
好適態様において、活性化合物はエナンチオマー的に富裕の形態、すなわち実質的に1種の異性体の形態で投与する。」

2 引用例1に記載された発明
引用例1の上記(1a)及び(1c)からみて、引用例1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。

「ブリバラセタムの治療有効量及び医薬として許容される担体を含む、進行性ミオクローヌスてんかんに特徴付けられる病状の予防又は治療用医薬組成物。」

3 対比
そこで、本願発明と引用発明とを対比する。

(1)引用発明の「ブリバラセタム」は、引用例1の上記(1c)の化学構造式及びその名称から明らかなとおり、本願発明の「下記式で表される、(2S)-2-[(4R)-2-オキソ-4-プロピル-ピロリジン-1-イル]ブタンアミド・・・である医薬化合物」に相当する。
なお、以下では、単にブリバラセタムということもある。

(2)本願発明の「医薬化合物の水性溶液」は、本願明細書【0041】の「通常、溶液は、水性又はアルコール性である。本発明の好ましい実施形態では、溶液は、水溶液である。すなわち、水が溶媒として使用され、経口水溶液用の精製水、及び注射溶液形のための注射用パイロジェンフリーの水であるのが好ましい。」との記載からみて、ブリバラセタムと水を含む溶液であるから、医薬組成物といえる。
したがって、引用発明の「ブリバラセタムの治療有効量及び医薬として許容される担体を含む」「医薬組成物」と、本願発明の「医薬化合物の水性溶液」とは、「ブリバラセタムを含む医薬組成物」である点で共通する。

(3)引用発明は、「進行性ミオクローヌスてんかんに特徴付けられる病状の予防又は治療用医薬組成物」と特定されているが、本願明細書【0005】に、「ブリバラセタムには、また、進行性ミオクローヌス癲癇及び症候性ミオクローヌスの治療における適応もある。」と記載されているとおり、ブリバラセタムの薬効を示したに過ぎないから、この点は本願発明との対比おける相違点とはならない。

(4)以上のことから、両発明は、次の一致点及び相違点1?2を有する。

一致点:
「ブリバラセタムを含む医薬組成物。」である点

相違点1:
本願発明では、「ブリバラセタムである医薬化合物の水性溶液」であると特定されているのに対し、引用発明では、「ブリバラセタムの治療有効量及び医薬として許容される担体を含む」、「医薬組成物」である点

相違点2:
本願発明では、「pH値が5.2?5.7の間にある」水性溶液であると特定されているのに対し、引用発明ではそのような特定を有さない点

4 判断
上記相違点1?2について検討する。

(1)相違点1について
引用例1の上記(1d)には、医薬として許容される担体が水性溶液である医薬組成物とすることができることが記載されており、上記(1e)の実施例2には、「食塩水又は異なる用量のブリバラセタムの腹腔内注射を行い」と記載されているとおり、ブリバラセタムを液剤として使用した例が示されている。
ここで、医薬組成物において活性化合物を治療有効量で用いることは当業者に自明な事項であるから、引用発明においてこの点が特定されていることは実質的な相違点とはならない。
よって、引用発明において、医薬として許容される担体を水性溶液として、ブリバラセタムである医薬化合物の水性溶液とすることは、当業者が容易になし得たことである。

(2)相違点2について
ア 引用例1には、上記(1d)のとおり、ブリバラセタムの水性溶液としてよいこと、さらに、酢酸、クエン酸又はリン酸などの緩衝液を加えてもよいことが記載されており、このような緩衝液が、製薬分野におけるpH調整剤であることは技術常識であるが(上記(3c)参照)、具体的にどのようなpH値に調整するかは記載されていない。

イ ところで、引用例1の上記(1b)には、ブリバラセタムに対する従来の医薬化合物として、ピラセタムやレベチラセタムが挙げられ、ブリバラセタムを含むこれらの2-オキソ-ピロリジン誘導体は、てんかんなどの神経障害の治療に適する化合物として知られていることが記載されている。

ウ 引用例2には、上記引用例1記載のレベチラセタムについて記載されている。
引用例2は、上記(2a)のとおり、KEPPRA(一般名:レベチラセタム)注射剤に関するものであり、上記(2b)には、レベチラセタムの化学名が(-)-(S)-α-エチル-2-オキソ-1-ピロリジンアセトアミドであり、アミド骨格を有すること、KEPPRA注射剤は抗てんかん薬であること、緩衝液(氷酢酸及び酢酸ナトリウム三水和物)で約pH5.5に調整された注射剤として供給され、使用前に希釈することが記載され、上記(2c)には、25℃で保管することが記載されている。
引用例2の記載から、レベチラセタムは、25℃での保管に関して、pH5.5程度に調整された注射剤原液として安定であることが理解できる。

エ 引用例3には、上記引用例1記載のピラセタムについて記載されている。
引用例3の上記(3a)には、ピラセタムの化学名が2-オキソピロリジン-1-アセトアミドであり、アミド骨格を有すること、静脈内投与が必要とされるピラセタム輸液の保存安定性について検討したことが記載されている。そして、上記(3b)?(3d)によれば、水性溶液の安定性にとって最も重要なのはアミド骨格部分の加水分解であるが、その構造上加水分解に対してさほど感受性を持たないことが予想できるところ、ピラセタム加水分解速度pHプロファイルの検討により、水性溶液の安定性に関しては、最適なpH範囲が5.5?6.0であったことが示されている。

オ 上記イ?エから、引用発明のブリバラセタム、引用例2記載のレベチラセタム及び引用例3記載のピラセタムは、いずれも神経障害の治療に適する化合物であり、2-オキソピロリジン-1-アセトアミド骨格を有するものであり、水性溶液として使用し得るものであるところ、全ての化合物に共通するアミド骨格部分の加水分解に対する安定性が、いずれの化合物であってもその安定性に影響を与えるであろうことは、当業者が容易に予測できることである。
そして、それに対し、引用例3では、このアミド骨格部分の加水分解に対する影響を検討したところ、安定性に関して最適なpH範囲が5.5?6.0であったことが記載され、引用例2でも、pH5.5程度に調整された注射剤原液が安定であることが理解できることから、同様な化学構造を有する引用発明のブリバラセタムについても、水性溶液の安定なpH値が5.5?6.0程度、特にpH5.5付近にあると予測して、例示されている添加可能な緩衝液などによって水性溶液のpH値を調整して安定なpH範囲を決定すること、すなわち、引用発明において、そのpH値を5.2?5.7の間にある5.5付近とすることは、当業者が容易になし得たことである。

(3)本願発明の効果について
ア 本願明細書【0010】、【0011】、【0014】、【0062】の記載及び実施例の記載から、本願発明の効果は、ブリバラセタムの水性溶液のpH値を4.5?6.5の間、特には5.5近傍とすることによって、室温で貯蔵しても、塩基性又は酸性加水分解やエピマー化、酸化などの分解生成物を含む不純物の形成が抑制されることと認められる。
そうすると、本願発明もpH範囲を4.5?6.5、特には5.5近傍としたことにより、加水分解を抑制できるpH範囲を特定したものでもあるから、引用例1?3から容易想到な発明に比べて格別な効果を奏するものということはできない。

イ 請求人は、平成25年9月25日付け意見書及び平成28年8月17日付け意見書において、ブリバラセタムには2つの不斉中心があるため、3つのエピマーに分解される可能性があるところ、引用例2や引用例3に記載されているレベチラセタムやピラセタムには、2以上の不斉炭素は存在しないため、エピマー化に対する安定性に関する開示も示唆もなく、本願発明の効果は引用例1?3から予測し得ないものであると主張している。
加えて、上記意見書において実験データを示しつつ、本願発明のブリバラセタムは、エピマー化や加水分解など様々な分解生成物が予測されるところ、pH範囲を4.5?6.0の範囲とすることで全分解生成物の量が顕著に少なく、かつ、pH6付近から位置2の不斉炭素でのエピマー化による不純物量が増大し始め、この量はpHが大きくなるにつれ増大し、一方、pH4.5以下ではエピマー化による不純物量は増大しないが、その他の原因による不純物の量が増大し、全分解生成物の量はpHが低くなるほど増大するのに対し、本願発明はこれら各種原因で生じる全分解生成物の量を減らすことから、pH4.5?6.0という数値範囲には臨界的意義があることも主張している。
しかしながら、審判請求人の主張を検討しても、引用例2?3から想到容易なpH範囲であるpH5.5程度は、加水分解とエピマー化のいずれもが抑制される安定なpH域であるから、結果的に得られる水性溶液は、加水分解のみならず、エピマー化に対しても安定な溶液となっているといえ、上記主張は採用できない。

ウ さらに、引用例1の上記(1b)に、レベチラセタムの鏡像異性体は不活性であることが示されており、また、ここで挙げられているWO 01/62726のパテントファミリーにあたる引用例4の上記(4a)にも同様の記載があり、これに加えて引用例4の上記(4b)には、光学異性体の間で活性化合物の活性や性質が有意に変化することが示されているように、立体異性体が存在する活性化合物の他の異性体への転換が、活性の損失をもたらすことがあることは当業者に周知の事項である。
したがって、引用発明のブリバラセタムについて、加水分解のみならず、起こり得るエピマー化についても安定性を評価することは当業者が当然行うことであって、本願発明は加水分解に安定なpH値がエピマー化に安定であることを確認してそれを示したに過ぎないものであって、格別な効果を奏するものとはいえない。

5 まとめ
よって、本願発明は引用例1?3に記載された発明に基づいて、当業者が容易になし得たものである。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用例1?3に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、その他の請求項に係る発明についての判断を示すまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
審理終結日 2017-02-28 
結審通知日 2017-03-01 
審決日 2017-03-14 
出願番号 特願2010-549117(P2010-549117)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 淺野 美奈杉江 渉  
特許庁審判長 大熊 幸治
特許庁審判官 関 美祝
齊藤 光子
発明の名称 医薬溶液、調製方法及び治療的使用  
代理人 特許業務法人浅村特許事務所  

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